新型コロナウイルスのパンデミックは、人間の捉え方に二面があることを明らかにした。一つは生物種としてのヒトで、もう一つは社会的・政治的・関係的な世界に生きる人間である。この二つの軋轢としてコロナ禍で生じた社会的争点を理解することができる。
この新しい感染症は、一方で歴史的な既視感をもたらす。疫病の鎮静化と経済活動との両立の困難、個人の自由と行動制限との対立、反ワクチン派の動向など、これまでの伝染病でも同じようなことが起きた。
他方で新たな特徴もある。一つはワクチン開発における巨大製薬企業の役割であり、これは21世紀のグローバル資本主義のあり方を見事になぞっている。また、今回のパンデミックはグローバル資本主義そのものの問題の露呈で、また別の感染症が蔓延する可能性が高い。人間が地球環境と自然の一部であること、そして強者だけが肥え太る現状を理解するなら、経済活動をいまのままつづけることには首肯しがたい。
このコロナ禍では数多くの憲法問題が生じたが、殆ど主題化されてこなかった問いがある。それが身体の自由をめぐる問いである。外出自粛であれワクチン接種であれ、公衆衛生対策の多くは身体に向けられたものであることを考えると、これは不思議である。その原因の一つは、憲法学が主権的権力に目を向け過ぎるあまり、着々と進行する人口の生政治に十分な注意を払ってこなかったことにある。生政治は、人口というマスの身体に働きかけるため、個人の身体に対する作用は間接的であり捉えづらい。しかし、間接的とはいえ自律に及ぼす影響は絶大である。このことは要請ベースを主とする「日本モデル」の問題点につながる。日本の感染症対策は強制力を用いることを極力控えてきたが、それは国民を個人として尊重するどころか、かえって安全を脅かす個人を強力に排除するメカニズムとして機能してきた。その排除の自覚がないままに、国民が統治されやすい個人と化していることが、憲法上の一番の課題である。
新型コロナウイルス感染症では、通常の保険診療へのフリーアクセスが閉ざされ、保健所等が医療へのアクセスを差配する門番機能を果たす配給・統制経済となった。しかし、入院施設が限られて、陽性者は市中や家庭内に逆流を起こした。保健所は、宿泊・自宅療養における経過観察などの必要性を抱え込み、機能崩壊と個人崩壊を起こした。既存の医療・看護の資源を充分に使うことができず、コロナ対策禍を招いた。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策による市民生活への影響は多方面に及ぶ。国や地方公共団体による各種対策の法的根拠として「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」や「新型インフルエンザ等対策特別措置法」などがあるが、この間の法の運用をめぐっては、法治主義の軽視という観点から様々な問題点が指摘されている。ワクチン接種の推進方法など種々の対策の内容や決定プロセスが専門的知見も踏まえた合理的で実効的なものとなっているか、政府の諸施策に対する国民の信頼を得るためにどのようなリスクコミュニケーションが必要か、感染症の患者やその家族等が不当な偏見・差別等に遭うことがないよう過去の感染症対策の歴史を踏まえた適切な配慮がなされているかなど、法学の分野が取り組むべき課題は山積している。
日本のコロナ対策においては、部分的に強制的な手法が取り入れられているものの、ソフトな規制手法が中心となっている。強制的手法を導入するためには、制度的環境や社会状況との兼ね合いのみならず、他の代替的手段と比較をしつつ考える必要がある。代替的な手段としては、ソフトな法規制、社会規範、市場メカニズム、アーキテクチャなどがある。これらの多様な規制手法の選択・組み合わせがどのようになされるべきかは、それぞれの、規制としての特質やそれらのガバナンスのあり方と併せて考察していかなければならない。とりわけ、ポスト/ウィズ・コロナ禍の状況を考えれば、きめ細やかな規律により個人の権利の制限を最小限にすることがさらに求められ、そのためには、情報技術的なアーキテクチャのさらなる活用が求められることになるだろう。コロナ禍の恐怖が過剰な規制をもたらさないように、規制に対する適切な想像力を鍛え上げる必要がある。
世界保健機関(WHO)は、2020年1月30日に新型コロナウイルス(COVID-19)を「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」と宣言した。同年2月3日、厚生労働省が、横浜検疫所でクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号の乗客乗員全員に対するCOVID-19に関するPCR検査を行ったところ、712名の陽性者が判明した。
ダイヤモンド・プリンセス号の旗国は英国、運航国は米国、寄港国は日本であるが、クルーズ船内で発生した感染症について、旗国、運航国および寄港国のいずれの国が感染拡大防止の第一次的責任を負うのか、国連海洋法条約には直接的な規定はなく、国際法上明確な規則はない。さらに、COVID-19のパンデミックにより、交代のための船員の乗船または下船を阻止し、入港拒否を行う国が続出した。
WHOの特別総会は、2021年12月、パンデミックの防止、準備、および対応に関する歴史的合意(パンデミックに関する国際条約)に向けたプロセスを進めることにコンセンサスで合意した。
COVID-19の影響により、航空需要は大幅に減少した。しかし、航空旅客貨物輸送は社会経済活動の基本の一つであり、ポストコロナ時代でも、航空は人類を発展させる一助であり続ける。本稿では、運輸、製造、管制分野の航空産業がポストコロナ社会でとるべき方向性を議論する。航空需要がほぼ回復するポストコロナ時代には、新しい生活様式の普及やビジネス形態の変容に伴って航空輸送形態が変容する可能性がある。この時代は、環境適合性(グリーン)が最重要となる新しい社会の到来時期にも一致する。そこで、グリーンに加えて、デジタルと次世代モビリティをキーワードとした高付加価値を目指すべきである。これには、電動推進航空機、水素燃料航空機、空飛ぶクルマといった新技術を活用した機体開発が必要であるとともに、既存の技術で新たな航空需要を満たす輸送形態も発展させるべきである。無人機と有人機が協調する交通管理の実現も求められる。
2019年11月に中国で発生した新型コロナウイルスは、世界を混乱に巻き込んだが、クルーズ船もその例外ではなく運行停止を余儀なくされた。2020年5月、日本海事協会は有識者、医療専門家、我が国クルーズ船会社、旅行会社から構成される検討会で議論しクルーズ船における感染症拡大の防止を目的としたバイオセイフティマネジメントシステムガイドライン(以下NKガイドライン)を策定した。この感染症に対する人類の叡智と科学技術を結集させた対策は日々進化しており、この変化に対応できるよう、NKガイドラインでは、自らを改善できる体制が必要と考えた。このため『手順の確立・実行・改善の確認』を認証の核とし、PDCAサイクルでのマネジメント確立を要求している。
船舶の安全や環境保全について認証を行う船級協会である日本海事協会は、船舶に関する国際的な課題の解決に貢献していく。
新型コロナのパンデミックは航空産業を一変させた。各国は感染を徹底的に抑え込むために厳しい行動制限を実施するとともに、国際空港においては徹底した水際対策、感染防止策を実施することになった。成田空港では、世界経済の再開・人々の安心した移動に貢献することを目的として、業界で定めるガイドラインに沿った感染防止策の徹底した実施、Fast Travelの推進や搭乗手続きにおける顔認証技術の導入で、セルフ化・自動化による非対面化・非接触化を実現し、感染リスクの低減に取り組んできた。また、各国で入国時に求められるPCR検査結果やワクチン接種証明を世界共通のルールのもとで管理する仕組みや、日々更新される各国の入国要件を自動的に判定する仕組みを活用した新たな国際渡航モデルがICAO等で検討される中で、航空会社や関係機関と積極的な連携を実施し、必要なイノベーションを促進することで、1日も早い安全で円滑な国際渡航の本格的な再開に貢献したい。
国際宇宙ステーション(ISS)は地上400 km上空の軌道上を飛行し、2021年9月現在、7名の宇宙飛行士が滞在している。この国際宇宙ステーションの運営には、COVID-19流行前から最大限の感染リスクの低減が重要であった。特に打ち上げ前には、ISSに感染を持ち込まないため、厳重な感染管理プログラムが実施された。今回、COVID-19の流行により、WHOや各国・各機関の感染管理規制が変化し、それに応じた対策を取りながら運用する必要があった。当機構も、理事長をトップとした対策本部を設け、情報共有と意思決定の迅速化を図った。そして関係者への感染を予防し、その生命と健康を守ることを最優先として、事業を継続した。これらの国際宇宙ステーション活動におけるCOVID-19対策の概要を報告する。今回の経験から、新しいパンデミックに対応するためには、その時点の情報を迅速に収集、分析し、“正しく怖がって”対策を立案し、変化に応じて修正していくことが重要である。
日本の病院船の歴史を振り返ると共に、最近の阪神・淡路大震災、東日本大震災、新型コロナウイルス禍という三つの大災害に見舞われたことから、日本政府の行った病院船建造の検討について述べる。この検討の結果、多額の建造費と維持費がかかること、医療スタッフの確保が難しいこと、平時利用の目途が付かないことが理由となって病院船の建造は断念され、海上自衛隊や海上保安庁等の既存船の病院機能を活用することが現実的という結論となった。ただし、国土交通省の検討会では、パンデミック対応もできる病院船の具体的な試設計および船価の試算等も行っており、今後再び建造が計画された時の有益な資料となっている。
一方、日本の新型コロナウイルス禍は大型クルーズ客船の船内集団感染から始まった感が強いが、この時の日本政府による迅速な船内隔離は水際対策としての成功事例として、将来的な新型感染症パンデミック時にも有効な貴重な経験であり、全世界と共有すべきである。
宇宙及び深海といった人間が到達し難い場所での新たな科学技術のあり方や、海空宇宙に移動し活動するためのビークル等のシステムに共通する課題を日本学術会議フロンティア人工物分科会では議論してきた。今回は、さらなる展開として、突然起こった人類共通の危機であるCOVID-19に関して、この分野での対応等を議論する公開シンポジウムを開催した。本稿では安全確保と国際連携等との観点から、試行錯誤を重ねた現場の対応についてまとめた。そして、現在並びに今後とも、学術情報を含む信頼できる情報の共有と公開が不可欠であること、国際的な人の流れを扱う本分科会における議論の方向性を示した。