コロナ禍において,国内外のニュースや政治的な判断に疑心暗鬼になることがよくある.イギリスでは7月末にすべての規制を緩和し,経済回復に舵をきるというニュースに驚かされた.その背景には,イギリスでは人口の約7割がワクチン接種を完了しており,感染拡大期に見られたような死者数の増加は起きていないことが根拠にあるという.コロナ禍の国の政策は非常に難しい判断である.わが国ではどうであろうか.この原稿を執筆中の9月時点では,緊急事態宣言が繰り返され,安定した日常が戻らない状況に,国民は疲弊しつつある.ネットやメディアは,ワクチンの効果,副反応,発症データ,諸外国の情報など,こぞって注目を集める話題を取り上げ,受け手がどの情報を信じてよいのか悩まされる.心理学に,利用可能性ヒューリスティック(想起しやすい事柄や事項を優先する意思決定プロセス)という物事の判断に関する心理的メカニズムがある.人はメディアから注目すべき情報を受けとると,先入観を確信しやすくなるという.曖昧で偏った情報は,人々の不安をあおり,疑心暗鬼になりやすい.ネット上に様々な情報があふれている現在社会において,情報に基づく判断や行動の責任は,以前にも増して個人に委ねられている.また,世間では,人流を抑えるために自粛が要請され,リモートワークが推奨されている.世の中の人との関係が希薄になると同調行動の強要が起こるなど,偏見や差別的な言動が増える傾向にある.確かな情報が不足し安心が脅かされた状況は,人の冷静な意思決定を鈍らせるようである.
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