医療機関における手指衛生の分野はグローバルでも過去数十年で大きく移り変わってきた.2009年に,WHOが現在の手指衛生の基礎ともいえる手指衛生ガイドラインを発行してから10年以上経つなか,日本でも様々な取り組みが進んでいる.本総説では,筆者らがTrain the Trainers in Hand Hygiene ― JapanグループとしてWHO手指衛生多角的戦略を日本で実践していくための取り組みなどを紹介し,また,今後の手指衛生のさらなる改善に向けた方向性などを概説する.
高齢者介護施設で適切な薬剤耐性菌対策を行うために,特別養護老人ホーム(施設A~C)を対象に糞便検体から基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ(Extended-spectrum β-lactamase:ESBL)産生菌保菌の実態調査および保菌と利用者特性・施設特性との関連因子の解析を行った.その結果,利用者特性では抗菌薬投与群のESBL産生菌検出率が有意に高く(検出率の比12.71[95%CI:1.33-121.53]),ESBL産生菌保菌と抗菌薬投与歴の関連が示唆された.施設特性では,介護度が最も低い利用者が入所しているユニット型(個室型)施設(施設B)の検出率(36.7%)が最も高く,介護度の高い利用者が入所している従来型(多床室型)施設(施設C)の検出率(5.9%)が最も低かった.両施設の違いは,施設Bでは日常的に抗菌薬を処方されている利用者がいるのに対し,施設Cでは抗菌薬が全く処方されていないことであった.高齢者介護施設は薬剤耐性菌拡散に対して大きな役割を果たしていると考えられてきたが,施設を担当する配置医師の抗菌薬処方状況によって薬剤耐性菌の保菌リスクは大きく異なると推察された.
新型コロナウイルス感染症(SARS-CoV-2)に対するmRNAワクチン接種後の血清抗体価と関連する因子を明らかにすることを目的とし,当院職員383名の2回目ワクチン接種後約6ヶ月(I-II期)と,3回目ワクチン接種後約5ヶ月(III期)に,血清SARS-CoV-2 S-IgG抗体を測定した.感染歴のない266例を対象とし,背景因子と血清抗体価との関連性について統計学的解析を行った.単変量解析では,I-II期抗体価に影響を与える因子には,年齢,血液型,基礎疾患,花粉症,ワクチン後副反応,運動習慣,間食習慣,他のワクチンでの不応性があり,このうち花粉症,ワクチン後副反応,他のワクチンでの不応性はIII期抗体価でも関連性がみられた.多変量解析では,I-II期抗体価に影響を与える因子は,年齢,血液型,発熱,間食習慣,他のワクチンでの不応性であり,III期抗体価に影響を与える因子は,性別,花粉症,他のワクチンでの不応性であった.また,III期では年齢と抗体価の関連性がみられなかったことから,2回目ワクチン接種までは重症化リスクの高いとされる集団で抗体価が低い傾向であったのに対し,3回目ワクチン接種後は重症化リスクの高い集団にも抗体が十分に産生され,重症化予防に大きく貢献していることが示唆された.
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行下において,合唱活動はもっとも感染拡大リスクが高い活動とされている.歌唱中のマスク着用は有効な感染対策だが,音楽の質は低下する.2023年1月の流行期に,24人がオンステージした合唱コンサートにおいて,開催日当日に抗原定量検査で陰性を確認し,ステージ上のソーシャルディスタンスを確保しマスクなしで演奏を行った.開催1週間後にPCR検査を行い,1名のみ陽性で集団発生はなかった.潜伏期間の短いオミクロン株流行期においても,換気のよい会場の選択,体調管理,開催日当日の抗原定量検査など多角的な対策により,マスクなしでの合唱コンサートが開催できる可能性が示された.
NICUで勤務する医療従事者から新生児にSARS-CoV-2が院内感染したと考えられる事例を経験し,文献上国内で同様の事例がないため報告する.症例は在胎35週出生の早産児で,担当看護師が勤務翌日に咽頭痛が出現し3日後にSARS-CoV-2検査で陽性が確認された.患児も同日(日齢19)の核酸検査でSARS-CoV-2が検出され,NICU内の個室で管理したが無症状で経過した.新生児を管理する病棟で医療従事者がCOVID-19に罹患した際は新生児との接触状況を詳細に確認し,濃厚接触者の定義に該当すると判断した場合には接触児の隔離や積極的な検査等の院内感染対策が必要である.