植物とシアノバクテリアの酸素発生中心について筆者らの考究と理論計算の結果を紹介する.特に酸素発生と水分解は光誘起電荷分離の結果として生じるという観点から,正電荷の担体たる正孔がプロトンに変換される事実を焦点にして酸素発生中心を議論する.酸素発生中心を形作る原子軌道や内外の水素結合ネットワークが如何にして電荷を整流するか,その滲み出しの詳細理解に迫る試みの一端として筆者らの古典分子動力学計算と量子化学計算により得られた骨子を述べる.
Photosystem II (PSII) におけるS0 → S1 遷移における基質水分子からのH+放出過程を解析した.Mn4CaO5錯体中のO5 部位からのH+放出はこの過程では起こりにくいことが明らかとなった.
光合成(PSII)の酸素発生錯体(OEC)で機能するCaMn4O5 クラスターの分子軌道計算では,UB3LYP (およびUB3LYP*(HF:15%), UB3LYP**(10%)など)が適用され,実験事実の解析に効果的である.このhybrid DFT 法の 精度を検証するには,最新の高精度計算手法を適用する必要がある.単核Mn モデルでの結果を報告する.
光化学系II (PSII)は光合成において水分解反応を担っている.PSII 反応の分子機構は未だ多くが未解決であり, まさに議論が白熱している時期であるが,これまでの実験研究と理論研究についての理論化学研究からの一見解をまとめてみた.我々はS2 → S3 反応過程とS3 → [S4] → S0 過程における基質水分子の挿入反応過程について理論研究を進めてきているので,それらの解説を通じて,PSII における特異的反応機構を考察した.
モンテカルロ法は,分子動力学法とともに,統計力学の数値解法である.モンテカルロ法は,統計力学の物理量の期待値の公式を,ボルツマン分布を実現する乱数を用いて数値積分により求める方法であり,分子動力学法に比べてより直接的に統計力学と結びついている.また,原子・分子系のモンテカルロ法の標準的方法であるメトロポリス法は,フォン・ノイマンが考案した任意分布の乱数を発生させる棄却法に基づいている.この解説では,これらの点と実際の計算で注意すべき点を中心に述べた.
本稿では我々が開発しているパラメータ空間探索フレームワーク「OACIS」を紹介します.一般に計算科学では,シミュレーションプログラムを作成したあと,様々なパラメータを設定して結果を確認するという試行錯誤を多数行う必要があります.OACIS はそのパラメータ探索の過程を自動化/簡素化し,研究者がより本質的な科学に集中することを助けるソフトウェアです.自分のシミュレーションプログラムを登録すると,ユーザーはウェブブラウザ上の画面からパラメータを指定してリモートの計算ホストにジョブを投げることができます.投入したジョブの状態は定期的にチェックされ,計算が完了すると結果を手元のマシンに自動的にダウンロードします.その際に,いつどのようなパラメータでどこにジョブを投げたかデータベースに記録され,ブラウザ上から結果をわかりやすい形で閲覧することができます.本稿ではOACIS の自体の解説に加えて,どのように分子計算に利用できるかという事例を紹介します.
蛋白質における天然変性領域(IDR)は特定の立体構造をもたないフレキシブルな領域であり,リン酸化などの化学修飾を受けて蛋白質の機能制御を行うなど,重要な役割を果たしている.本研究では重要なDNA 結合蛋白質であるEts1 に着目し,そのIDR がリン酸化を受けることでDNA 結合親和性を低下させる制御メカニズムを理論と実験の両面から明らかにした.独自のマルチカノニカル分子動力学法(McMD)を用いて求められたリン酸化Ets1 および非リン酸化Ets1 のIDR の構造アンサンブルより,リン酸基がDNA 結合領域へ接触することで競争的にDNA 結合を阻害するメカニズムが示唆された.ここで明らかとなった重要なアミノ酸残基に関する種々の変異体について実験的な結合解離速度測定を行い,計算結果と整合することを確かめた.
本研究では,量子・古典複合型の分子シミュレーション手法であるQM/MM 法と,正確かつ効率的な自由エネルギー計算手法として知られる溶液論(エネルギー表示の理論; ER 法)を結合した,QM/MM-ER 法を採用し,自由エネルギー解析を行った.本稿では,2つの研究成果について概説する.1つ目は,ベンゼン分子の水和において,電子密度揺らぎの自由エネルギーへの寄与を,π電子とσ電子に分割した.これにより,π電子がより大きく分極し,σ電子の3 倍近い安定化の寄与をすることが定量的に示された.2つ目として, 本方法を生体系に適用し,光化学系II(Photosystem II; PSII)における酸素発生反応の酸化自由エネルギーの解析を行った.その結果,PSII タンパク質の存在が,反応中心であるMn クラスター(酸素発生複合体; OEC)の酸化自由エネルギーを著しく低下させることが明らかとなり,PSII タンパク質が生体内の電子移動を促進させていることが示唆された.
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