通常の分子動力学法を用いた材料の変形挙動解析では,取り扱える時間スケールの問題から非常に高速なひずみ速度を採用せざるを得ない.このような場合,実際的な変形速度であれば十分に発生可能な素過程によって応力緩和が生じる前に高い応力に到達してしまうため,活性化体積が大きい素過程ばかりが発生してしまい,実現象とは全く異なる結果になってしまう場合がある.本解説では,拘束系の分子動力学法と熱力学的積分法を用いることで,マグネシウム単結晶中の転位ループ生成の活性化自由エネルギーの温度・応力依存性を評価した研究を紹介する.
加速分子動力学法は統計力学的アプローチに基づいて,分子動力学法の時間加速を行う手法の総称である.この記事ではこの手法のうちの一つとして我々のグループにて開発しているAdaptive Boost 法(AB 法) [1] を紹介する.AB 法は今までの加速分子動力学法で提案されてきたアイデアの良いものを採用した,いわばこれまでの手法のいいとこどりをしたような手法であり,現象の時間加速から実際に現象が起きる時間を定量的に評価するに至るまで一連の解析を行うことが可能である.さらに実際にAB 法を用いたいくつかの応用例を紹介し,これからの発展・改良のために加速分子動力学法に存在する問題点についても述べる.
金属材料の組織形成解析にはフェーズフィールド法などの現象論的解析手法が主に用いられるが,著者らは当該分野に率先して分子動力学法を導入してきた.本稿では高精度の測定が容易でない固液界面エネルギーやカイネティック係数などの高温物性値導出例や,過冷融液からの核生成から多結晶組織形成に至る過程の計算例を紹介し,材料プロセス研究における分子動力学法の役割について議論したい.
固体の変形メカニズムや機械的特性を明らかにするためには,固体に内在する様々な欠陥のキネティクスを原子スケールで正確に明らかにすることが求められる.とりわけ中温から高温領域では,固体内の拡散が活発化し,拡散現象が変形メカニズムに強く関与する.しかしながら,熱ゆらぎを陽に解く分子動力学法は,扱える時間スケールに限界があり,拡散のような時間スケールの長い現象の再現を苦手とする.こうした中,本分野では,時間スケールの拡張を可能にする様々な新しい分子計算アルゴリズムが提案されてきた.本稿では,有限温度での原子の熱ゆらぎ効果を粗視化し,固体内拡散に伴う物質移動といった長時間スケールの現象を追跡可能とするdiffusive molecular dynamics: DMD 法を紹介する.
溶質元素を微量に添加した希薄合金では,その時効熱処理過程において溶質原子が拡散・凝集することで特徴的な短範囲規則構造(クラスター) を形成する.母相中の溶質クラスターは組成,温度,時間によって形態が変化し,系の機械的特性に対して大きな影響を及ぼすため,その形成機構および形成条件を理解することが重要である.著者らは,希薄Mg 合金およびAl 合金中の溶質クラスター形成の鍵となる相互作用特性を電子状態計算に基づき明らかにした上で,原子論的モデリングにより組成・温度に依存した時効過程における規則構造の様態を予測的に評価してきた.本稿では,希薄Mg,Al 合金を対象とした多元系における溶質原子の時効規則化・クラスター化の解析アプローチおよびその事例について紹介する.
本連載では,私達が開発・公開している多体シミュレーションプログラム開発フレームワーク「FDPS (Framework for Developing Particle Simulators)」を紹介します.連載第二回の今回は,具体的なサンプルコードを例にとり,FDPS を使ってどのように粒子系シミュレーションプログラムを開発するのかを詳しく説明していきます.開発に必要となるC++言語の文法,FDPS の内部実装についても合わせて解説します.本稿の後半では,Fortran からの使い方を紹介します.
アルツハイマー病の原因と言われるアミロイドβ(Aβ)ペプチドのアミロイド線維について,両末端の構造が異なることを実験に先駆けて分子動力学シミュレーションにより発見した.この現象は2 枚のβシート β1 とβ2 の水素結合の強さの違いとAβアミロイド線維の形状に起因していることも解明した.
本稿は生体分子系に対する圧力効果の最近の研究と,このような効果を正確に評価するためのサンプリング手法である拡張アンサンブル法の紹介をする.熱力学変数である圧力はタンパク質の構造を考察する上で使用されてきており,このような状態を分子シミュレーションで正確に扱うことは重要である.このようなことから,サンプリング効率を向上させる温度・圧力に関する焼き戻し法の開発を行い,ペプチドやタンパク質構造の圧力依存性について研究を行ってきた.サンプリング効率の向上により,広い圧力領域での熱力学量を精度よく計算できるようになった.またその結果として,タンパク質の圧力変性などに見られるような構造変化も捉えることができるようになってきた.
本稿では自らが博士課程(後期)において執筆した博士論文「Meso-scopic structures and mechanical properties of fibers composed of biopolymers」[1]について紹介する. 本研究ではヤモリの手足に生えている毛(seta)を主な研究対象とした. 研究の背景, 目的, モデル化の紹介と研究成果を示す.
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