1990年代に入ると、バックグラウンドオゾンに代わりに酸性雨(酸性物質)が関心を集めた。硫黄化合物の広域輸送を予測・評価するために、トラジェクトリー型モデルとオイラー型モデルを組み合わせたハイブリッド型モデルを開発し、近傍発生源の影響が大きい地点における予測精度を改善した。東アジアを対象とした広域輸送モデルの相互比較試験(MICS-Asia)のフェーズIとIIに参画し、モデル間の相違とその要因を明らかにした。東京都狛江市においてガス状・粒子状物質の連続観測を実施し、各成分の実態を把握した。また、硝酸塩のガス・粒子分配の季節変動が多成分系の熱力学平衡モデルによりほぼ再現されたことから、粒子は内部混合状態にあると推測した。さらに、MM5/CMAQにより首都圏内の排出抑制が二次生成無機粒子の濃度低減にある程度有効なことを示すとともに、地域や季節により応答が異なることを明らかにした。韓国済州島の粒子組成を熱力学平衡モデルにより解析し、東アジアのNOxとアンモニアの増大により同島で微小粒子態の硝酸アンモニウムが増えると予測した。福江島では、ダストの前に非海塩起源硫酸塩が濃度上昇する事例を捕らえるとともに、そのなかに三宅島火山ガス由来のものが含まれることを明らかにした。
大気環境学会学術賞受賞の対象となった、大気中微小エアロゾルの動態観測研究と光触媒特性を活用した大気環境改善に関する研究のうち、本稿では特に前者の研究活動に重点をおいて概要を説明する。地方自治体の環境研究所に所属する研究員として、最初に取り組んだ研究対象がPM2.5であるが、本稿では、そこからPM1との並行観測、自由対流圏に位置する富士山頂での越境大気汚染研究、日中韓の共同研究、中国農村地域の石炭燃焼粒子の磁気的特性などのフィールド研究に発展した経緯や、得られた成果について整理したものである。
後者については、主に磁場を用いた光触媒複合材料開発の概略以外は、十分な紹介ができなかったが、異分野での研究をリンクさせることで、新しい視点から大気環境研究を展開できる面白さが伝われば幸いである。
対流圏オゾン濃度は経済発展が著しいアジア地域で増加しており、農作物生産に及ぼす影響が危惧されている。アジア地域の主要作物であるイネも現状のオゾンレベルで減収している可能性が指摘されているが、収量などに関わる慢性的なオゾン影響の発現メカニズム解明は遅れていた。著者は共同研究者とともに国内外の数十品種を用いたオゾン暴露試験や感受性が異なる品種のプロテオーム解析、さらに分子遺伝学的解析を行い、オゾンによるイネ、特にインド型品種の収量低下において、従来指摘されてきた葉の可視障害などによる光合成機能の低下を主因としない新たなメカニズムが関与することを発見した。本稿では、オゾンによるイネの収量と品質低下に関する新たな分子メカニズム解明のため、著者が共同研究者とともに取り組んできた研究の成果について概説する。