日本毒性学会学術年会
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シンポジウム9: 心臓の頑健性・破綻の制御と毒性評価への展開
  • 石原 直忠
    セッションID: S9-1
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    ミトコンドリアは酸化的リン酸化によるエネルギー生産のみならず、様々な細胞内シグナル伝達経路において重要な役割を果たす多機能オルガネラである。ミトコンドリアは、細胞内のシグナル伝達や分化に伴い、膜の融合や分裂を活発に行い、ダイナミックにその構造を変化させている。ミトコンドリアの分裂にはDynamin様 GTPase タンパク質であるDrp1が重要な役割を果たしており、Drp1の受容体であるMffは外膜アンカー型タンパク質としてDrp1をミトコンドリアの分裂部位にリクルートしている。またミトコンドリアはその内部に呼吸機能に不可欠な独自のDNA、mtDNAを有している。私達はこれまでに、心筋においてミトコンドリア分裂を抑制すると心機能低下が導かれること、またその時にmtDNAの細胞内での分布が変化することを見出している。これらの結果から、分裂因子が細胞内シグナル伝達や細胞機能維持に重要な役割を果たすと考え、更なる研究を進めている。さらに、このミトコンドリアの膜とmtDNAを変動させることで、様々な阻害剤や細胞障害に起因するミトコンドリア機能低下を抑制する技術構築を進めている。ここでは心筋を含む分化組織におけるミトコンドリアダイナミクスの生理的な役割に着目した研究進展について紹介する。

  • 西村 明幸, 下田 翔, 湯 肖康, 西山 和宏, 加藤 百合, 西田 基宏
    セッションID: S9-2
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    私たちは日常生活において、様々な環境要因にさらされている。メチル水銀(MeHg)やタバコの副流煙(CSS)などの環境親電子物質の曝露は生体恒常性を破綻させ、心血管疾患のリスクを高めることが、さまざまな疫学研究によって示唆されている。しかしながら、その根本的な分子メカニズムは未だ不明である。我々は以前、ミトコンドリア分裂促進タンパク質Drp1の異常な活性化が、心臓の脆弱性を決定する一因であることを明らかにした。今回我々は、高いレドックス活性を示す硫黄代謝物である超硫黄分子が、ミトコンドリア品質と心臓恒常性維持に重要な役割を持つことを明らかするとともに、MeHgやCSSなどの環境親電子物質は、超硫黄代謝によって制御されるミトコンドリア品質を乱すことにより心臓の脆弱性を増大させることを明らかにした。

    健康な心筋細胞には超硫黄分子が豊富に存在し、それはCys644の超硫黄化を介してDrp1の活性を制御することにより、ミトコンドリアの分裂融合のバランスを適切に維持していた。心筋梗塞時には、超硫黄分子が硫化水素に代謝され、この硫化物代謝の変化がDrp1のCys644の脱硫黄化を促進し、ミトコンドリアの機能異常と心筋障害を引き起こした。親電子物質曝露により誘発されるミトコンドリア機能障害は、硫黄代謝を改善することにより回復し、心不全モデルマウスの心機能も改善した。これらの結果は、MeHgなどの環境ストレスによって引き起こされる心臓恒常性の破綻に硫黄代謝異常が関与することを示唆している。

  • 苅谷 嘉顕, 本間 雅, 鈴木 洋史
    セッションID: S9-3
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    Cardiotoxity is a severe adverse effect associated with anti-cancer drug treatment. Many research focus on myocardial excitation, the cytotoxicity to cardiomyocyte is also important. This toxicity seems to be assessed by simple in vitro experiments, however, such challenges are limited. A reason for this may be that cellular sensitivities differ by culture environment, which affect gene expression profile. Therefore, we searched gene features essential to reproduce cytotoxicity. To consider as many toxicity mechanisms as possible, we utilized data in the Genomics of Drug Sensitivity in Cancer project. We can access drug sensitivity data for about 1000 cancer cells to about 300 anti-cancer drugs together with gene expression profiles for each cell. Using these data, supervised machine learning was performed to construct a neural network model, in which sensitivities such as EC50 are returned when gene expression profile and drug property are input. Using this model, we extracted genes having high impacts in the model calculation when cardiomyocyte gene expression profile is input in combination with various drugs. The impact was evaluated by calculating partial derivatives to the model output, thus one can obtain a gene number-length vector. We clustered the drugs using the impact vectors and extracted high impact genes for each cluster. By gene ontology analyses, the extracted genes were confirmed to be associated with cytotoxicity. Further validation is required, but this result suggests that the extracted genes are key features to assess various types of toxicities.

  • 諫田 泰成, 川岸 裕幸
    セッションID: S9-4
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    近年の分子標的薬を含めた抗がん剤治療薬の開発に伴って、小児がんや成人の長期がんサバイバーが増加して、生命予後が大幅に改善された。その一方で、抗がん剤により患者の心血管障害リスクが高くなり、生命予後およびQOLに影響を与えることが明らかになってきた。特に、アントラサイクリン系抗がん剤に加え、HER2阻害剤やチロシンキナーゼ阻害剤による心筋細胞の機能的障害、器質的障害等があげられる。 そこで我々は、抗がん剤心毒性の臨床背景を踏まえて、ヒトiPS細胞技術を用いた抗がん剤心毒性の評価法を開発してきた。さらに、ミトコンドリア毒性や収縮などのメカニズムをもとに、米国HESIやFDAらと国際検証試験を実施しており、評価法の再現性や予測性などを検証している。今後、抗がん剤心毒性のリスクを予測でき、抗がん剤開発の成功率向上や患者の安全性などに貢献できることが期待される。

シンポジウム10: 製薬業界におけるDXの実践~毒性研究/非臨床領域編
  • 海邉 健
    セッションID: S10-1
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    DXは目標とするゴールを達成するための手段の一つで、製薬企業がDXを推進していく先のゴールは、患者さんに対して質の高い医薬品/サービスを早く提供することにあり、オペレーションを中心に大きな変化が起こっている。特に、臨床試験の現場においては、欧米を中心にDXが積極的に推進され、臨床試験の実施方法が大きく変化し、国内にその波が押し寄せている。その一つがDecentralized clinical trial(DCT:分散化臨床試験)と呼ばれる、患者さんを中心に置いて臨床試験のオペレーションを分散化させ、その結果患者さんが来院に依存せず臨床試験に参加できる方法である。また、デジタルバイオマーカーの開発も活発化しており、患者さんが来院せず、有効性或いは一部の安全性評価に用いるデータが連続データとして収集可能となっている。さらには、希少がんを中心にReal World Data(RWD)が活用されて医薬品の承認に至る事例や、日本以外ではCovid-19に対するワクチンの効果がRWDで検証される事例が報告されるようになり、国内においても、漸く医療情報データを活用するための環境整備が進みだしている。これらはいずれも、デジタル技術とRWDの活用、即ちDXを推進することによりDXを推進していく先のゴールにつながる事例と考えられる。日本製薬工業協会では、これらの手法が海外に遅れることなく用いられる様に、事例研究、環境整備、政策提言を積極的に行っている。今回のシンポジウムでは、これらの事例について紹介し、将来展望について触れると共に、非臨床現場の方々との意見交換を通じ、今後の活動に活かしていきたいと考えている。

  • 佐藤 玄
    セッションID: S10-2
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    2004年にデジタルトランスフォーメーション(DX)の概念が提唱されて,以来2018年に経済産業省がDX推進ガイドラインを発表し,様々な産業分野でDXの実践が求められるようになってきた。製薬業界も例外でなく,業界ニュース等でDXというキーワードを目にする機会は実際に増えている。しかし,一口に製薬業界のDXといっても,取り扱うデータの種類は製造(工場)から販売(営業)まで多岐にわたる。さらに今回のトピックである研究データには,ヒト(臨床)と動物(非臨床)の両方が含まれる。

    本発表では,非臨床領域におけるデータ活用の総論として,その概念や具体的な実践のアイディアを紹介する。そして,非臨床のCDISC標準であるSENDデータを用いた事例紹介を通じて,データ利活用の一般的な流れについて確認する。さらに,蓄積したSENDデータを背景値の管理やバーチャル対照群に応用する可能性について,製薬協の我々のチームで行ってきた議論を紹介する。

  • 川口 瞬, 高橋 一彰, 山本 大
    セッションID: S10-3
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    近年の臨床領域では,希少疾患のように被験者の確保が困難な試験や倫理的観点から対照群の設定が困難な試験において,過去の臨床試験データやリアルワールドデータから作成したヒストリカルコントロールを設定した試験が行われている.一方,非臨床領域では,臨床試験と比べ対照群の設定が容易であり,ガイドラインに陰性対照群設定の必要性が明記されていることからも,施設の背景データから作成された対照群(バーチャル対照群;VCG)を設定する試みは行われていないと思われる.しかし,実験動物に対する倫理的配慮や近年の動物供給問題といった観点から,VCG導入により動物数削減に貢献することが期待される. 今回我々は,非臨床毒性試験へのVCG導入を行った際,どのような課題が発生するか検討を行った。方法として,過去に実施した反復投与毒性試験において,対照群のデータを施設背景データから作成したVCGに置き換えて,統計学的解析を再度実施し,得られた結果の解釈を行った.本発表では,その結果を紹介し,通常の対照群を設定した試験との相違点や,動物種ごとのVCG導入時の注意点について考察する。さらに,VCGを導入した際のその他の留意事項(例:病理組織学的検査などの定性的なデータの評価方法や実験条件の担保といった対照群の役割)について我々の見解を示す.また,一般毒性試験以外の試験種についてもVCG導入に伴って生じる課題について議論したい.

  • 草川 佳久
    セッションID: S10-4
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    GLP施設での電子データ管理として,スタンドアローン仕様で利用され,電子データを生データとして使用されている分析機器を例としたデータインティグリティ確保のための運用管理方法,標準書操作手順書や教育記録の電子化,試験計画書・試験報告書への電子署名システムの利用等を紹介する.

  • 鮫島 知哉, 山中 一徳, 小井土 大, 原 秀人, 長谷川 みゆき, 成井 信博, 阪口 元伸, 松田 浩一, 鎌谷 洋一郎, 篠澤 忠紘
    セッションID: S10-5
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    臨床におけるヒトでの有害事象を前臨床試験において予測することは、創薬研究における最も重要な課題のひとつである。医薬品の有害事象は化合物の特性だけではなく、使用する患者の遺伝的、環境的背景にも左右される。そのため、前臨床試験で毒性が見いだせなかった場合でも、安全性の問題で臨床試験や市販後において安全対策を講じることがある。特定の副作用発現につながる患者のリスク因子を探索することが出来れば、このリスク因子を指標としてリスク集団の特定が可能となり、より迅速な安全対策の立案・実施に繋がることが期待される。また、リスク因子を取り入れた前臨床試験系を構築することで、安全性に対する懸念の少ない薬剤を臨床試験前に選別することが可能となる。このような患者が有するリスク因子を探索するためには、実際に医薬品が使用されている現場の臨床情報、すなわちリアルワールドデータを活用することが有望なアプローチである。この目的のため、我々はバイオバンクジャパン(BBJ)のデータを活用することにした。BBJは登録患者数約27万人からなる日本最大級のバイオバンクである。また、既往歴や処方歴などの臨床情報だけではなく、約90万箇所の一塩基多型(SNPs)情報を始めとするゲノム情報にもアクセスできることがBBJの特徴である。本シンポジウムではBBJとの共同研究内容について紹介し、副作用のリスク因子探索におけるバイオバンクデータの利活用の方向性について遺伝学、薬剤疫学の観点から議論したい。

シンポジウム11: 発生発達期暴露による神経行動毒性の新たな課題
  • 齊藤 洋克
    セッションID: S11-1
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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     我々は、日常的に様々な化学物質にさらされながら活動しており、化学物質は個体が受ける代表的な環境ストレスの1つと考えられる。ヒトを含む哺乳類において、発生-発達期は、神経活動に依存して緻密な神経回路が形成される重要な時期であり、様々な神経シグナルが適切に働く必要がある。そのため、この時期における化学物質のばく露は神経回路の機能障害を引き起こし、発達中の神経毒性や、成熟後の脳高次機能に悪影響を及ぼすおそれが指摘されている。この問題に対応すべく、我々は実験動物としてマウスを用いて、化学物質ばく露による脳高次機能への影響を客観的かつ定量的に検出するため、自発運動量、情動行動、学習記憶能、情報処理機能に着目したバッテリー式の行動試験評価系を構築し、行動影響の検出と、その発現メカニズム解析としての神経科学的物証の収集を進めている。

     今回は、モデル化学物質としてピレスロイド系殺虫剤であるペルメトリンを用いた結果を中心に報告する。ペルメトリンを妊娠期から授乳期の雌マウスに飲水投与し、得られた雌雄の産仔において成熟後に行動試験を行った結果、雄マウスにおいては学習記憶異常を主とした行動影響が認められ、神経回路基盤の形成に与える影響として、海馬における新生ニューロンの過剰産生およびアストロサイトの機能不全が生じていることが示唆された。一方で、雌マウスにおいては、雄マウスのような特徴的な影響は認められず、ペルメトリン投与による中枢神経系への影響には雌雄差が存在することが疑われた。

     上記結果を踏まえ、本シンポジウムでは、発生-発達期への化学物質ばく露によって成熟後に顕在化する行動影響を検出するためのこれまでの取り組みや、新たな課題としての化学物質の低用量影響および行動毒性発現の性差について議論したい。

  • 野地 智法
    セッションID: S11-2
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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     ヒトや動物の腸内には極めて多くの微生物が生息しており、その大半が宿主との共生関係を構築している。腸内の微生物環境は、宿主の健康に大きな影響を与えており、微生物環境が攪乱されることで、ヒトや動物の健康状態に様々な悪循環がもたらされることが知られている。脳腸相関とは、脳の状態が腸に、あるいは腸の状態が脳に影響を及ぼすことを示しており、このことにより、腸内の微生物環境の悪化が精神神経疾患等を引き起こす要因に成り得ることも理解できる。また、腸内の微生物環境は、疾病のみならず、ヒトや動物が有する免疫機能にも深い関係性を有している。例えば、腸内の微生物環境は腸管に発達する免疫機能(腸管免疫)と密接な関係性を有しており、事実、通常環境下で飼育されている動物が有する発達した腸管の免疫機能は、無菌環境下で飼育されている動物では殆ど認められない。我々は、腸内の微生物環境は哺乳動物特有の行為である哺育にも大きな影響を与えていることを見出してきた。具体的には、母乳中に含まれる抗体が産生する際には、腸内に生息する特有の微生物の存在が必要であり、また、その微生物の存在下では、腸管の免疫機能が賦活され、その結果として、腸管から遠く離れた乳腺の免疫機能が亢進していることを明らかにしてきた。本講演では、免疫機能と腸内環境の関係性についての最新の理解を解説すると同時に、腸内の微生物環境に着目した母乳の免疫機能強化を目的とした研究の最前線についても紹介したい。

  • 佐々木 貴煕, 長谷川 彩乃, Islam JAHIDUL, 原 健士朗, 野地 智法, 種村 健太郎
    セッションID: S11-3
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    Acephate, an organophosphate insecticide, are effective against many insects, but the effects of early exposure on the central nervous system of mammals are not fully understood. In addition, in recent decades, the bidirectional interaction between the central nervous system and the gut microbiota has begun to be elucidated. Therefore, there may also be a correlation between acephate-induced behavioral effects and gut microbiota alteration. In this study, we examined the effects of chronic acephate exposure in early life on the brain functions and gut microbiota in adult mice, including acceptable daily intake (ADI) level concentrations (0.03 mg/kg/day). We exposed maternal mice to low (ADI level : 0.3 ppm), medium (10 ppm), and high (300 ppm) doses of acephate via drinking water. Dams were exposed to acephate from the gestation period (E-11.5) to lactation period when pups were 2 weeks of age. Then, behavioral tests were also conducted on 12–13-week-old mice, and fecal samples were collected from the rectum of mice dissected at 13 weeks of age, and 16s rRNA analysis was conducted. In the treated groups, significant learning and memory deficits were observed in male mice. However, no significant behavioral effects in female mice were observed. Gut microbiota analysis showed a reduced diversity and an altered microbiome composition. These results suggested that chronic exposure to acephate during development, even at ADI level concentrations, leads to neurobehavioral diseases and disruption of the gut microbiota.

  • 冨永 貴志, 冨永 洋子
    セッションID: S11-4
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    発達期の脳の形成は、幹細胞の分化やシナプスの刈り込みなど、活動に依存したプロセスに依存してる。臨界期のような発生発達に重要な時期に環境化学物質に曝露されると、成人では安全とされる低用量であっても、脳回路機能に長期的な影響を与える可能性がある。本講演では、VSDイメージングを用いて、発達中の化学物質曝露の影響を検出する我々の研究を紹介しその課題と可能性を展望する。

    はじめに、学習と記憶に関わる重要な脳領域である海馬の神経回路機能の変化を定量的に検出する方法を紹介する。ビスフェノールA(BPA)とその関連物質(BBMTBPとMBMTBP)が海馬のトリシナプス回路に与える影響について調べた結果、BBMTBPとMBMTBPへの曝露はBPAへの曝露よりも海馬の神経回路機能に高いリスクを与えることが示唆した。

    つぎに、多くの精神神経疾患において重要な役割を果たす前帯状皮質を含む、他の脳領域をVSDイメージング法で定量化できることを示す。今回の結果は、発達中の化学物質曝露に伴う脳回路機能の変化を検出するツールとして、VSDイメージングを使用できる有望な証拠を提供するものであると考える。

    発達期の化学物質曝露の影響を検出することには課題があるものの、VSDイメージングは今後の研究の有望な道筋を提供するものである。VSDイメージング技術を向上させ、化学物質曝露が発達期の神経回路機能に与える影響の根底にあるメカニズムを理解するための今後の方向性について議論する。環境化学物質が脳の発達と機能に与える影響をよりよく理解するために、この分野での継続的な研究の必要性を強調するものである。

シンポジウム12: 法中毒学の教育・研究における新たな潮流と毒性学との連携
  • 久保 真一
    セッションID: S12-1
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    法中毒学で扱う薬毒物分析は、これまでは乱用薬物等の分析や乱用者の尿等の分析、司法解剖における中毒死の診断のための分析が中心であった。令和2年4月に施行された死因究明等推進基本法(以下、基本法)は、死因究明等に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、安全で安心して暮らせる社会及び生命が尊重され個人の尊厳が保持される社会の実現に寄与することを目的としている(第1条)。薬毒物分析は、死因究明のための死体の科学調査(第15条)と位置つけられた。死因究明推進計画は、①人材の育成、②教育及び研究拠点の整備、③専門的機関の全国的な整備、④実施体制の充実に分けて計画されている。このなかで薬毒物に関する施策は18項目に上っている。①人材の育成に関しては、卒前教育では②教育及び研究拠点の整備にも関わってくる。薬学部(薬科大学)における法中毒学、毒性学の教育において、死因究明に関する教育・研究が必要となる。薬学教育モデル・コア・カリキュラム:令和4年度改訂版では、E-3-1 「人の健康に影響を及ぼす化学物質の管理と使用」において、「(7) 死因究明における毒性学・法中毒学的アプローチ」が盛り込まれ、今後、薬剤師国家試験出題基準にも死因究明に関する項目が明記されることになる。次に②教育及び研究拠点の整備においては、死因究明に関する教育・研究に、進歩的な取り組みを行っている大学に対し、国が予算配分し、整備することになるであろう。一方、③専門的機関の全国的な整備、④実施体制の充実では、死因究明のために採取された血液や尿試料から薬毒物を分析する機関の整備・充実が図られる。大学等の薬毒物を分析・研究する機関において、死因究明のための薬毒物分析体制の構築と充実を図ることになる。基本法の施行をうけて、大学(院)等における死因究明に関する法中毒学、毒性学の教育・研究および薬物分析は大きく変わることであろう。

  • 山田 良広
    セッションID: S12-2
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    歯科法医学は1988年に東京帝国大学で開講された法医学における「個人識別」に特化した学問として1964年に東京歯科大学に設立された比較的新しい研究分野である。 死因究明等推進基本法は令和2年4月に施行された,死因究明等(死因究明及び身元確認)に関する施策を総合的かつ計画的に推進し,もって安全で安心して暮らせる社会及び生命が尊重され個人の尊厳が保持される社会の実現に寄与することを目的とした法律である。歯科法医学は,同法の基本的施策の一つである身元確認のための死体の科学調査の充実及び身元確認に係るデータベースの整備を担当している。 歯による身元確認は,身元不明死体の口腔内所見を肉眼とエックス線写真で採取して死後デンタルチャートを作成する。一方で状況などから予想される人の生前歯科資料を,受診していたかかりつけ歯科医院に保管されている診療録とエック線写真などを借り受け,生前デンタルチャートを作成し,死後生前の2つのデンタルチャートの比較照合を行い,所見の一致した場合は肯定,不一致の場合は時間経過などを考慮して矛盾する所見か否かを判断,最終的に同一人の可能性を判断する。この作業は古くから行われているが,最近では口腔内写真のデジタル化や感染対策の徹底などを目的として機材の開発や改良が精力的に進められている。また,生前データベースの構築として,診療録の内容を登録する事業が進められている。本シンポジウムでは歯科法医学の独自性と身元確認の方法を実際の鑑定例を含めて説明する。さらに,身元確認には歯に見られる中毒物質の発現も有効であり,飲料水中に高濃度のフッ素が含まれる地域で見られる斑状歯や,歯の形成期にテトラサイクリン系抗生物質服用することによる歯の着色などが代表的であり,これらはTooth Wearと呼ばれている。

  • 山本 英紀
    セッションID: S12-3
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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     近年の高齢化の進展に伴う死亡数の増加や、新型コロナウイルス感染症を始めとする新興感染症の脅威、大規模災害の発生リスク等を背景に、国民が安全で安心して暮らせる社会、そして、生命が尊重され個人の尊厳が保持される社会を実現する観点から、亡くなられた方の死因究明及び身元確認(以下「死因究明等」という。)の重要性はますます高まっている。

     死因究明等に関する施策については、平成24年に制定された「死因究明等の推進に関する法律」(2年間の時限立法。以下「推進法」という。)に基づき、平成26年に「死因究明等推進計画」を策定するとともに、公衆衛生の向上・増進等を目的とした解剖や死亡時画像診断に対する補助制度の確立、都道府県警察の検視官の現場臨場率の向上、大学における死因究明等に関する教育・研究拠点の整備といった成果を挙げてきた。

     推進法は平成26年に失効したが、死因究明等に関する施策を総合的かつ計画的に推進するための恒久法の制定が求められ、令和元年には推進法の後継法となる「死因究明等推進基本法」が制定された。同法に基づき、令和2年4月に厚生労働省に死因究明等推進本部を置くとともに、令和3年6月に新たな「死因究明等推進計画」を策定し、政府全体で死因究明等に関する各種施策を推進している。

     本講演では、死因究明等推進計画に基づく施策の進捗状況及び国における今後の死因究明等関連施策の方向性について紹介をすることにより、相互の取組促進をより一層進める。

  • 沼澤 聡
    セッションID: S12-4
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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     薬学の学問体系が明治期に整備されると同時に裁判化学講座が設置され、薬学教員の科学的知識を社会に還元する窓口となってきた。裁判化学は、薬物分析、動態、毒性などを統合して薬物摂取と死亡との因果関係を考える学問であり、現在では法中毒学がほぼ同意で用いられている。薬学部では、これまで裁判化学を学修した卒業生を鑑定業務機関に輩出してきた。一方、2006年に始まった薬学6年制教育の全体像を提示した薬学教育モデル・コア・カリキュラムにおいて、その目標を薬剤師養成に絞ったことや、裁判化学に対応する到達目標が異なる大項目に分断された結果、現在では裁判化学と銘打つ講義を実施する大学はごく限られるまでになっており、同時に死因究明組織への人材提供機能が低下している。

     死因究明等推進基本法に基づき定められた死因究明等推進計画において、医学・歯学に加え薬学教育においても死因究明に関する内容の充実が求められているのは、死因究明を担う人材を提供してきた歴史に加え、医系学部として死因の理解に貢献すべきとの認識に基づく。従って、今般提示された薬学教育モデル・コア・カリキュラム令和4年度改訂版に示された「死因究明明における毒性学・法中毒学的アプローチ」を各大学のカリキュラムに着実に反映させていく必要がある。

     薬物中毒死に至る前段階として必然的に薬物中毒状態を経るため、薬物中毒患者の病態を考える臨床中毒学と法中毒学は連続性を持って理解すべきものである。さらに、主に毒性の発生機構をカバーする毒性学との連携により、組織毒性と個体死の関連性を考察することが可能となる。従って、臨床中毒学、法中毒学及び毒性学を一体的に学修する体制を構築することが、臨床マインドを持って死因究明にあたる人材を養成することに繋がるものと考える。本シンポジウムでは、このような観点から死因究明に関連する教育研究についての私見を述べたい。

シンポジウム13: 医薬品における雄性生殖を介した発生毒性リスクの考え方
  • 星野 裕紀子
    セッションID: S13-1
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    生殖能を有する又は妊婦のがん患者に対して、延命を目的として遺伝毒性や発生毒性を有する抗悪性腫瘍薬が処方される場合があり、患者の妊孕性及び次世代への発生リスクについても考える必要がある。特に、小児・AYA世代がん患者へ遺伝毒性を有する薬剤の使用機会が増えるにつれ、妊孕性確保に対する意識の高まりと共に、医療従事者と患者等とのリスクコミュニケーションのあり方や、適切な避妊方法の選択等、世代に合わせた適切な指導/教育が求められている。米国及び欧州では、抗悪性腫瘍剤等を生殖可能な患者に投与する際に考慮すべき事項に関する指針が示されており、本邦においても、2019年より、医薬品等規制調和・評価研究事業(日本医療研究開発機構)の一環として「生殖能を有する者に対する医薬品の適正使用に関する情報提供のあり方の研究」が行われてきた。今般、その成果として「医薬品の投与に関連する避妊の必要性等に関するガイダンス」が2023年2月16日に発出された。本ガイダンスでは、発生毒性や遺伝毒性を有する医薬品の投与による、次世代への潜在的なリスクを最小化する上で考慮すべき基本的な考え方等が示されている。本講演では、本ガイダンスについて概説すると共に、機構における審査事例に基づき、遺伝毒性や発生毒性を有する医薬品の安全性評価における審査の視点を紹介する。

  • 桑形 麻樹子
    セッションID: S13-2
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    医薬品では非臨床試験にて催奇形性が危惧される場合、妊婦(妊娠する可能性のある女性)の薬の服用に対して妊婦禁忌としている。一方、男性の避妊の必要性及びその期間に対しては、本来、エビデンスに基づいた規制がされるべきだが、現行では雌動物の結果に基づき、より安全側に立脚した避妊規制をしている。我々は、催奇形性物質であるサリドマイド(THA)を用いて精漿を介した催奇形性発現の可能性について検討した。精漿移行を確認するために、催奇形性量である250 mg/kgのTHAを雄ウサギに経口投与し経時的に血漿および精漿中のTHAおよび2種の水酸化代謝物(ヒト型の5-OH体とげっ歯類型の5'-OH体)を液体クロマトグラフ-質量分析計により測定し、血漿中と同濃度のTHAおよび代謝物が精漿中に存在したことを確認した。この結果をもとに最大精漿移行濃度の100倍量に相当する0.4 mg/kgのTHAを雌ウサギへ連続膣内投与した結果、膣内投与による母および胚・胎児への影響は認められなかった。膣内投与後の母動物血漿および着床位置を加味した子宮内産物(胎盤、卵黄嚢膜、胎児)中のTHAおよび代謝物の濃度を調べた結果、着床位置による影響はなく、膣内投与後7時間まで実測母体血漿中薬物濃度推移は、生物学的薬物動態解析モデルを用いた仮想経口投与後の予測血中濃度推移とほぼ同様であった。この結果から、膣内投与後、全身循環を介して子宮へTHAが到達していると考えられた。膣内投与と経口投与による血漿中THAおよび代謝物濃度の薬物動態を比較した結果、Cmaxは約2500倍、AUC0-tは約5000倍の乖離が確認された。本シンポジウムでは、我々のウサギを用いた一連のサリドマイド研究結果から精漿を介した催奇形性発現の可能性について議論する。

  • 山崎 浩史, 清水 万紀子
    セッションID: S13-3
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    医薬品投与に関連する避妊の必要性等に関するガイダンスが、国内にて発刊されようとしている。催奇形性の懸念のある薬物を臨床適応する場合、女性側では妊婦禁忌とする一方、男性側には、雌性動物モデルでの知見に基づき、服用者の避妊規制がなされている。細胞膜を複数回透過する血液側から臓器側への物質移動は、薬物の物性値、すなわち分子量、脂溶性、イオン型分率を規定する酸解離定数など、化学構造に依存する受動的拡散をベースに、能動的な取り込みや汲み出し機構が加わることがある。演者は、本シンポジム座長の桒形らと共に、低分子医薬品サリドマイドをモデル薬物として、通常のウサギ単回あるいは反復経口投与に加え、雄性生殖を介したウサギ発生毒性試験試料中の薬物濃度を実測した。さらにサリドマイド類の培養腸管細胞、血液脳関門モデルと培養ヒト胎盤細胞系などにて双方向の膜透過係数を実測評価した。薬物動態学的には、血液から移行したサリドマイドとその代謝物の同程度の精漿濃度情報を基盤とし、それらに男性側体液量を乗じ、男性側から女性側に移行する薬物総量評価が本議論のポイントの1つとなる。本演題では、薬物動態の観点から、サリドマイド類の各種細胞膜透過係数と、ウサギ血液中から細胞膜透過後に精漿側に移行したサリドマイド濃度値を用い、精漿を介した医薬品毒性発現の可能性について議論したい。

  • 根来 宏光, 西山 博之
    セッションID: S13-4
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    生殖可能な患者への医薬品投与による次世代以降に対する発生毒性及び遺伝毒性の潜在的リスクを最小限に抑えるため、投与中及び最終投与後に避妊が推奨される条件及び避妊期間に係る基本的な考え方をまとめたガイダンスが、2023年2月に厚生労働省より発表された。本ガイダンスにおいて、生殖可能な男性患者に対して、非臨床試験、臨床試験、市販後の情報等から、医薬品に発生毒性又は遺伝毒性のリスクが認められる場合の、投与中及び最終投与後の避妊の必要性、実施すべき避妊方法、並びに当該方法の実施期間に関する事項が記載されている。基本的な考え方として、遺伝毒性を認める医薬品の場合は、十分医薬品の血中濃度が低下した後、精子形成にかかわるとされる3ヶ月を加えた期間とされている。さらに、男性患者の場合留意が必要なのは、自身の精子への影響だけではなく、女性パートナーへの精液を介した医薬品の曝露の影響も考慮する必要がある。精液中にも医薬品が移行することが想定され、膣粘膜からの吸収を避けるためにバリア法が必要となる点である。しかし、精液移行に関しては明確なエビデンスは乏しい。遺伝毒性がなく、発生毒性又は染色体異数性誘発性がある医薬品の場合には、医薬品の精液移行を介した影響を考慮する必要があるが、根拠となるデータに基づき、避妊期間の設定あるいは避妊を不要と判断することも許容されると考えられる。本シンポジウムにおいて、臨床的な立場から、男性における医薬品の投与に関連する避妊の必要性について考えてみたい。

シンポジウム14: 細胞周期制御の破綻に起因する発がん研究の展開
  • 田中 耕三
    セッションID: S14-1
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

    ほとんどのがん細胞では染色体の数や構造の異常(異数性)が認められ、これは染色体不安定性(染色体分配異常が高頻度に起こる状態)に起因する。異数性ががんの原因か結果かについては長らく議論されてきたが、最近の研究結果から、異数性はがんの悪性化や薬剤耐性を促進することが明らかになってきている。染色体が均等に分配されるためには、すべての複製された染色体(姉妹染色分体)のペアが、紡錘体上でそれぞれ異なる紡錘体極から伸びる微小管と結合すること(双方向性結合)が必要であり、これを保証するために、誤った結合を修正する機構や、誤った結合が存在する時に染色体分配が起こるのを防ぐ機構(紡錘体チェックポイント)が存在する。一方これらの機構に異常が生じると染色体の不均等分配が起こり、それにより微小核が形成されると、微小核中の染色体の再編成(chromothripsis)や自然免疫反応であるcGAS-STING経路の活性化などに至る。本シンポジウムでは、この様な染色体分配異常による発がんのメカニズムについて概説する。また最近我々は、紡錘体上での染色体の往復運動(オシレーション)が、染色体の均等な分配に寄与することを見出した。興味深いことに、がん細胞では正常細胞と比べて染色体オシレーションが減弱しており、この染色体不安定性の新たな原因について紹介する。

  • 石井 雄二
    セッションID: S14-2
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

    小核(micronucleus)は、染色体不安定性や細胞分裂異常の結果生じた染色体又は染色体断片から成る小型の核である。化学物質の安全性評価では、古くから染色体異常の指標として用いられてきたが、小核そのものの意義や小核が生じた細胞に及ぼす影響については長い間不明なままであった。しかし近年、chromothripsisと呼ばれる現象が明らかになり、小核そのものが発がんの原因になることが報告されている。Chromothripsisは、小核の核膜の崩壊と染色体の粉砕・再構成の後、細胞質に漏出した染色体が細胞分裂の際に主核に取り込まれる現象である。取り込まれた異常な染色体は劇的な遺伝子異常を引き起こし、一度に複数のがんの発生や進行に関わる遺伝子の発現変化が生じると考えられている。実際、chromothripsisの痕跡とされる複雑なコピー数変異は、次世代シーケンサーによる全ゲノムシークエンス解析によって様々な腫瘍で見つかっており、これら腫瘍の発生や悪性化の過程にchromothripsisが寄与していることが示唆されている。一方、化学物質の中には小核を誘発するいわゆる染色体異常誘発物質が多数存在するものの、化学発がん過程においてこのような現象はこれまでに報告されていない。 最近我々は、ラット肝発がん物質であるacetamideが肝臓に特徴的な大型小核を誘発することを見出し、その分子病理学的解析とacetamide誘発腫瘍の全ゲノムシークエンス解析の結果から、acetamideの肝発がん過程にchromothripsis様の染色体異常が生じることを明らかにした。本講演では、これらの研究結果を紹介し、化学発がんにおけるchromothripsisの関与の可能性について考察する。

  • 臺野 和広, 渡辺 光, 石川 敦子, 高畠 賢, 今岡 達彦, 柿沼 志津子
    セッションID: S14-3
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

     染色体異常は放射線被ばくの生物学的マーカーとして古くから研究されてきた。また、放射線はDNAの二重鎖切断を誘発し、その誤修復によって生じた染色体転座や逆位といった染色体再配列が原因となり、発がんを引き起こすことが知られている。近年では、次世代シーケンス技術の発展により、放射線被ばくによって発生した腫瘍に見られる染色体再配列の特徴や、DNA二重鎖切断の修復過程に関する情報を包括的に解析することが可能となってきた。一方、放射線による発がんのリスク研究では、自然発症と被ばくに起因するがんを区別できないために、特に低線量の被ばくにおいて、がんリスク評価に不確実性が存在する。そこで我々は、放射線によるがんリスク評価に有用な被ばくに起因するがんの特徴(分子指標)を明らかにすることを目的とし、動物モデルを用いて、放射線によって誘発された腫瘍に観察されるゲノム異常の研究に取り組んでいる。

     本講演では、放射線により誘発される染色体再配列を介した発がんの事例として、放射線照射群に発生した腫瘍のRNAシークエンス解析により同定したチロシンキナーゼ融合遺伝子等の融合遺伝子やその生成に関わる染色体再配列や誤修復の特徴、ならびに、全ゲノムシーケンス解析により観察されたゲノム異常や染色体再配列の特徴について紹介する。

  • 高橋 暁子
    セッションID: S14-4
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

    細胞老化は生体に加わるストレスによって誘導され、細胞周期を不可逆的に停止させる重要ながん抑制機構として働いている。その一方で、老化細胞はさまざまな炎症性蛋白質や細胞外小胞を分泌するSASP(Senescence-Associated Secretory Phenotype)によって周囲の組織に慢性炎症を誘発し、加齢性疾患や個体の機能低下の要因となっていることが明らかとなっている。さらに、がんの微小環境においては、老化した間質細胞が分泌するSASP因子が、がんの発症と進展に関与することが示唆されており、細胞老化とSASPがおこる分子機構の解明は、がんを制御するために重要な課題である。そこで私たちは、老化細胞でSASPがおこる分子機構の解析を行い、炎症性遺伝子群の発現には染色体の不安定化によるゲノムDNA断片の産生や、エピゲノム異常が重要であることを報告してきた。また、老化細胞が分泌する細胞外小胞には正常細胞が分泌する細胞外小胞とは異なる核酸や蛋白質が含まれており、細胞外小胞もSASP因子のひとつとして炎症性タンパク質と同様にがんの進展に関わることが明らかになりつつある。我々は最近、老化細胞が分泌するSASP因子が細胞競合を阻害して、がん変異細胞の増殖に寄与することも見出している。近年、老化細胞に選択的に細胞死を誘導することで加齢性疾患の発症を抑制しようとするSenolyticsが注目を集めており、Senolytic 薬の投与によってがんの発症や進展の予防や治療が期待できることから、がん微小環境に存在する老化細胞の機能を解析することで、新しいがんの治療に繋がることを期待したい。

シンポジウム15: CROにおける毒性学の現状と課題
  • 角崎 英志
    セッションID: S15-1
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

    試験責任者は、安全性試験を実施する上で、「試験を管理する唯一の者であり、試験の科学的な実施全般に対する最終責任を有する」としてOECD GLPに定義され、厚生労働省の医薬品GLPにおいてはさらに、「試験の実施、記録、報告等について責任を有する」と具体的に記載されている。ここにおいて、昨今の創薬モダリティの多様化による安全性試験の複雑化は、試験責任者に対する能力の向上が求められている。すなわち、被験物質の性質を理解すること、特殊な実験操作の妥当性を判断すること、得られた結果を科学的に考察すること、が求められる。これらを担保するために、CROではどのような基準で試験責任者を任命し、教育しているか、現状を提示する。その上で、今後の課題を整理してみたい。

  • 青木 豊彦
    セッションID: S15-2
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

    近年、医薬品、化学物質や農薬などの非臨床安全性試験は、特にGLP試験を中心として、CROで実施されることが当たり前になってきた。しかし、例えば、医薬品においては低分子化合物から、抗体医薬、核酸医薬、遺伝子治療、再生医療と創薬modalityが多様化してきており、それらの安全性評価においても難易度は高まっており、試験責任者と同様、病理評価を担当するパソロジストにおいても委託者からCROに求められる要求レベルは増大している。このような背景の中、本シンポジウムでは、CROにおける病理評価のあり方、パソロジストの育成の他、Whole Mount imaging (WSI)、digital pathologyなどの新規技術やツールへの対応、など、CROにおける現況と課題を論じてみたい。

シンポジウム16: SOT Joint Symposium:Approaches for assessment of environmental exposures and immunotoxicity during susceptible life stages
  • Dori R. GERMOLEC, Victor J. JOHNSON
    セッションID: S16-1
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

    Bisphenols are used as curing or crosslinking agents in the processing of fluorocarbon elastomers, rubber processing, and specialty polymers due to their thermal stability, chemical resistance, and compression set resistance. These properties have led to widespread use in consumer products such as food storage containers and medical devices. We have investigated the impact of oral exposure to Bisphenol AF (BPAF) on the developing immune system of Harlan Sprague Dawley (HSD) rats. Dosed feed was provided ad libitum to pregnant HSD rats at BPAF concentrations of 250, 500 and 1000 ppm from gestation day 6 (GD6) through weaning on postnatal day 28 (PND28). F1 pups were provided dosed feed through 11-12 weeks of age. No major reproductive effects were observed in F0 rats exposed to BPAF at doses up to 1000 ppm during gestation and lactation although there was a decrease in dam bodyweights at the highest dose level. Gender- and treatment-specific effects in lymphoid organ weights and hematological effects in erythroid and myeloid cell populations were observed in the F1 generation. The antibody forming cell response to sheep red blood cells was suppressed in F1 male rats treated with the highest dose of BPAF, but unaffected in similarly exposed F1 females. T cell proliferation was suppressed in F1 female rats in in the 500 and 1000 ppm exposure groups but unaffected in F1 male rats. Taken together, these studies suggest that bisphenol analogues demonstrate the ability to modulate the immune system and can both stimulate and suppress immune function. As BPA analogues are used with increasing frequency their toxicity should be investigated fully to protect public health. This research was supported by the Intramural Research Program of the NIH and performed under contract HHSN273201400017C.

  • Natalie JOHNSON
    セッションID: S16-2
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

    Ultrafine particles (UFPs, ≤ 100 nm diameter) are a class of particulate matter pollutants ubiquitous in urban environments but generally lack explicit regulatory standards. Findings from our mouse model employing UFP exposure during pregnancy demonstrate offspring sex-specific effects on pulmonary immune responses when neonates are challenged with respiratory syncytial virus (RSV), a frequent cause of infant respiratory infection and hospitalization. We show that a lack of Nrf2-driven antioxidant signaling in response to in utero UFP exposure exacerbates pulmonary T cell skewing and induces pro-inflammatory effects and transcriptomic changes in fetal lung genes related to lipid metabolism and transport pathways, particularly in female offspring. In analogous work, we demonstrate the state of pregnancy also alters maternal pulmonary immune responses to UFPs and influenza, an important cause of respiratory viral infection in pregnant women. Results indicate UFP exposure during pregnancy increases susceptibility to and severity of influenza infection. Co-exposure results in decreased weight gain throughout pregnancy, elevation in viral titer and reduced lung inflammation, signifying immune suppression. Overall, findings emphasize common immunomodulatory effects from UFP exposure during pregnancy, on pregnant women and offspring, supporting interventions to protect these susceptible populations.

  • Eiko KOIKE, Rie YANAGISAWA, Win-Shwe TIN-TIN
    セッションID: S16-3
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

    Recent changes in health are thought to involve the combined effects of lifestyle and environmental factors, including chemical exposure. Individuals differ in their sensitivity to the environmental factors. Life stages (perinatal, childhood, and elderly) and underlying diseases are important vulnerability factors. For these vulnerable populations, even low concentrations of chemicals can cause adverse health effects. Furthermore, endocrine disrupting chemicals may not be assessed for their toxicity with a simple dose-response relationship.

    Immunotoxicity has attracted attention because chemicals such as bisphenol A (BPA) and per- and polyfluoroalkyl substances can disrupt immune system at low doses. This presentation will discuss the immunotoxicity assessment of chemicals considering vulnerability, focusing on the effects of bisphenols on allergic diseases.

    BPA is used as a raw material for polycarbonate and epoxy resins in a variety of household products, including plastic products. In recent years, regulations on BPA have been tightened and thus the use of its substitutes has increased worldwide. However, there are also concerns about their health effects.

    We have previously shown in animal models that exposure to low-dose BPA and its typical substitute, bisphenol S, during the juvenile period induces exacerbation of allergic asthma and modifications of immune cell function contributed to the pathogenesis. Our findings suggest that bisphenols may disrupt the immune system and exacerbate allergic reactions at the levels equivalent to human exposure.

  • 福山 朋季
    セッションID: S16-4
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

    Gaseous chemicals in the atmosphere such as indoor Volatile organic compounds (VOCs) have long been realized as the risk factor for several types of immune disorder including allergic asthma and chronic obstructive pulmonary disease. Gaseous chemicals are transparent and odorless, therefore, there have not been enough safety precautions so far. Our field survey inside the medical settings (indoor VOCs were measured by GC-FID and GCMS.) indicates that poor air circulation obviously increases the concentration of VOCs beyond the safety level. Recently, our group demonstrated that exposure to safety standard level ozone gas, which is one of the VOCs, significantly aggravates the symptoms of acute lung injury in a mouse model, which indicated low levels of gaseous chemicals possibly has an impact on the development of respiratory diseases. The object of this study is to examine the possible relationship between indoor VOCs and the development of several immune disorders, and we compared the development of asthma and atopic dermatitis symptoms in mice between normal room air (contained VOCs) and clean air removed VOCs by an activated carbon chemical filter. The VOCs in the clean air treated with activated carbon chemical filters were measured by the GC-FID method, and it was verified that VOCs were removed by about 90% compared to normal air. Our findings suggest that the control of VOCs may influence the development of immune disorders since VOCs at concentrations similar to those in a typical hospital setting suppress the initial stage of allergic development in mice.

シンポジウム17: ゲノム不安定性をみる~遺伝毒性研究のホットトピック~
  • 津田 雅貴, 清水 直登, 笹沼 博之, 武田 俊一, 井出 博
    セッションID: S17-1
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

    これまで行われてきた研究から、DNA末端にトラップされたタンパク質が引き起こすゲノム毒性の発現機構および発がん機構が明らかになってきた。特に、我々はこのタイプのゲノム損傷の除去効率の低下が乳がんなどの一部の病気の発症に、重要な役割があることを見出してきた。BRCA1遺伝子において、生殖細胞系列変異を有する女性は、乳がんや卵巣がんの発症率が高い。一方で、エストロゲンがエストロゲン受容体(ER)に結合すると、トポイソメラーゼ2(TOP2)により一過性にDNA二本鎖切断(DSB)が誘発され、遺伝子転写が制御されることが知られている。TOP2は、一過性にDSBであるTOP2-DNA複合体(TOP2cc)を生成し、TOP2がDSBの5′末端に共有結合することで絡み合ったDNAを解消する。TOP2は、しばしばその触媒作用を失敗し、TOP2ccを形成したままとなる。我々は、BRCA1がTOP2ccの除去を促進することを見いだした。従って、BRCA1は、エストロゲンによって誘発されるこの病的なTOP2ccsの除去に重要な役割を担っている。この結果は、エストロゲンによって誘導されたTOP2ccは、BRCA1が細胞周期を通して除去することで、腫瘍形成を抑制している可能性を示唆する。さらに、我々は、TOP1ccの除去機構に関しても解析を行ってきた。その結果、TOP1ccがプロテアソームで分解されて架橋ペプチドになり、その後、TOP1cc由来のペプチドをチロシルDNAホスホジエステラーゼ1(TDP1)がDNAから除去するという2段階の経路で修復されることを明らかにした。本講演では、トポイソメラーゼに着目したゲノム毒性の誘発機構について議論したい。

  • 佐々 彰
    セッションID: S17-2
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

    ゲノムDNAに対する外因性及び内因性の化学物質の曝露は、DNA損傷形成を起点とした遺伝子突然変異や染色体異常から、エピジェネティックな制御を担うDNAメチル化・ヒストン修飾の変動まで多階層の分子変化を誘発する。DNAに直接あるいは間接的に作用して損傷を引き起こす化学物質のスクリーニングには、国際的に標準化された遺伝毒性試験法が利用されてきた。本研究では異なる階層の変化であるエピジェネティックな作用を簡便かつ定量的に評価することを目的として、in vitro遺伝毒性試験法をプラットフォームとした新規試験法の開発を行った。そのために遺伝毒性試験株であるヒトTK6を基盤に、CRISPR/dCas9-DNMT3Aシステムによって内在性TK遺伝子座のプロモーター領域をメチル化したmTK6細胞株を樹立した。TK遺伝子プロモーターにおけるCpG領域のDNAメチル化レベルは双方向に可変であり、エピジェネティックな作用を柔軟に検出可能であることが予想された。実際に、TK遺伝子をレポーターとした遺伝子突然変異試験の原理を踏襲して、被験物質暴露後のTK発現復帰コロニー数の変化からエピジェネティック作用を定量することに成功した。すなわち本試験法を利用することで、標準化された方法で高価な解析機器を利用することなく、簡便にエピジェネティックな影響の評価が可能となる。本講演では、確立した新規試験法を利用したエピジェネティック作用の検出、およびエピゲノム制御機構解明に向けた可能性について議論する。

  • 三島 雅之
    セッションID: S17-3
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

    治験薬に含まれる変異原性不純物を理由に、米国で何件ものクリニカルホールドが発生したのは2004年のことだった。ここから、欧米の製薬会社は変異原性不純物管理について真剣に取り組み始めた。変異原性不純物の発がんリスクを無視できる程度に抑制するには、通常の分析法では検出されない潜在不純物についても変異原性を確認し、陽性の場合には厳しい管理が必要である。しかしながら、すべての潜在不純物を合成してAmes試験を実施することは不可能である。そこで、Ames試験結果を被験物質の化学構造から予測しようという変異原性(Q)SARの利用が始まった。EMAが2006年に(Q)SAR利用を求めるガイドラインを、FDAは同様のガイダンス文書を2008年に公表し、欧米では医薬品開発における(Q)SAR利用は一気に世の中に広まった。国内では2015年のICH M7 Step 5まで(Q)SARが医薬品の申請要件になっていなかったため、 (Q)SAR利用は大きく後れをとった。今日では利用可能な(Q)SARツールが多数存在するが、計算結果を人間がレビューして補完することが求められており、毒性学者の理解と経験に基づく判断力が重要になっている。日本環境変異原ゲノム学会(JEMS)は2016年から毎年1回(Q)SAR関連ワークショップ(WS)を開催し、(Q)SAR開発者、製薬企業、規制メンバーが集まって議論することで、関係者の共通理解と評価力の向上を図っている。ここでは、トキシコロジストが(Q)SARレビューにどう取り組むべきか、継続的なWSの蓄積から見えてきた専門家判断のポイントを紹介する。

  • 松村 奨士, 大坪 裕紀, 細井 紗弥佳, 廣瀬 貴子, 池田 直弘, 齋藤 和智, 伊藤 勇一, 鈴木 孝昌, 増村 健一, 杉山 圭一
    セッションID: S17-4
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

    化学物質の遺伝毒性評価には、Ames試験のように指標遺伝子を介して突然変異を検出する試験法が主に用いられてきた。これらの方法は簡便に評価が可能な一方、各物質による誘発突然変異を詳細に理解することは困難であった。近年開発されたerror-corrected sequencing (ECS) の技術は、DNA二本鎖の両鎖の配列情報を照らし合わせることで、ゲノムシーケンスのエラー頻度を約1/107 bpまで低減し、突然変異の直接検出を可能にした。ECSを用いた評価系を構築することで、化学物質による突然変異の体系的かつ詳細な理解に繋がるものと期待されている。我々は相補鎖情報を照合する解析プログラムを新たに構築することで独自のECS (i.e. Hawk-SeqTM) を開発し、変異検出における有用性を示してきた。現在までに既存の代表的な遺伝毒性評価モデル (Ames試験菌株、TGマウス、ヒト培養細胞) に適用し、いずれにおいても変異原による誘発突然変異を検出可能であることを確認した。また、得られる変異スペクトルや頻度の情報には、各変異原の化学構造的特徴が反映されており、変異原性の体系的理解に有用と考えられた。さらに我々はHawk-SeqTMの解析において、DNA断片中の一本鎖領域に、酸化的損傷に起因するエラーが残存していることを見出した。本知見を基に、断片化後に一本鎖ヌクレアーゼを処理することでエラー頻度を更に10倍低減する新たなシーケンス法 (Jade-SeqTM) も構築した。本方法は、極めて低頻度な変異を誘発する変異原の評価、ならびに由来や保存状態が多様なDNAに対する高精度な解析に応用が期待される。さらに、日本環境変異原ゲノム学会のMMS研究会において、感度や施設間再現性を検証する共同研究を開始した。上記取り組みを通じて、ECSの遺伝毒性評価への適用、標準化に貢献する。

  • 杉山 圭一
    セッションID: S17-5
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

    アンメットメディカルニーズを満たす次世代の医薬品と目される中分子ペプチド医薬品は、その期待とは裏腹に、毒性評価法についてグローバルレベルで統一的な見解は定まってはいない。ペプチド医薬品の非臨床安全性評価における遺伝毒性評価については、「医薬品の遺伝毒性試験及び解釈に関するガイダンス」(ICH S2(R1))が参考になる可能性はあるが、非天然型ペプチド医薬品の合成方法や中分子としての分子量を考慮した遺伝毒性評価法を検討する必要性は否定できない。想定される分子量など特性が低分子医薬品とは異なることから、非天然型ペプチド医薬品の変異原性を評価するにあたっては、代表的な遺伝毒性試験である「細菌を用いる復帰突然変異試験(Ames試験)」を用いることの妥当性検証は論点の1つと考えられる。非天然型ペプチド医薬品合成時の不純物に対する遺伝毒性評価においても、Ames試験の有効性を含めて整理すべき課題は多いのが現状と考える。 医薬品の安全性を科学的知見に基づいて適正に評価する上で、本講演では中分子ペプチドとしての非天然型ペプチド医薬品の遺伝毒性評価について考慮すべき点を考察したい。

シンポジウム18: 毒性研究・安全性評価におけるデータサイエンスの活用と今後の展望
  • Caroline L. RING
    セッションID: S18-1
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    Next generation chemical risk assessment (NGRA) aims to replace and enhance traditional toxicity testing via in vitro new approach methodologies (NAMs). Translating in vitro points of departure (PODs) to more traditional contexts requires in vitro-in vivo extrapolation (IVIVE) based upon toxicokinetics (TK). Information needed for risk assessment – characterization of chemical hazard, exposure, and TK – are often unavailable for non-pharmaceutical chemicals. Single chemical methods for IVIVE have been thoroughly developed by the pharmaceutical industry, but higher throughput toxicokinetic (HTTK) methods are needed to accelerate the pace of chemical risk assessment via higher throughput IVIVE. While HTTK is unlikely to produce better predictions than single chemical (“bespoke”) models developed with detailed chemical-specific data, we expect HTTK to be more reproducible and more throughly statistically evaluated, with more accurately quantified uncertainty. Because of throughput and transparency, HTTK may, in some cases, be suitable to decision-making contexts. Chemical prioritization efforts based upon HTTK are under consideration at U.S. EPA, Health Canada, and the European Food Safety Authority. There are thousands of chemicals are in need of triage, prioritization, and, potentially, full assessment. HTTK is a key technology supporting next generation approaches to chemical decision making. The views expressed in this presentation are those of the authors and do not necessarily reflect the views or policies of the U.S. EPA.

  • 齊藤 隆太
    セッションID: S18-2
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    創薬における数理モデルの活用は,医薬品の研究開発における主要な課題の一つである有効性・安全性の臨床予測精度を高めるために,この20年間で著しく発展してきた技術分野の一つである.医薬品に関する数理モデルを用いた研究領域およびその技術は,近年ではQuantitative Systems Pharmacology (QSP) と呼ばれている.

    2016年に欧州製薬連合EFPIAから提唱されたModel-informed drug discovery and development (MID3) のWhite paperが発表された (CPT Pharmacometrics Syst Pharmacol. 2016; 5: 93-122.).QSPはこのMID3フレームワークの中心的技術であり,創薬の様々な局面での定量的で科学的な意思決定を支援する有力なツールである.QSPは薬剤・疾患のメカニズムに基づいた現象の理解に適しており,ターゲット分子の推定,vitro-vivo-clinical間のトランスレーショナルリサーチ,他剤との差異化,臨床試験デザインの最適化,臨床データの解釈などで多くの成果が報告されている.

    本発表では,田辺三菱製薬におけるQSPの活用事例として,特に毒性研究や安全性評価に関わるトピック,催不整脈性評価,薬物誘発性肝障害などの研究内容を紹介し,QSPによる臨床予測の現状と将来展望について議論する.

  • 水野 忠快
    セッションID: S18-3
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    我々ヒトが化合物の特性を思い浮かべるとき, 例えばある化合物は官能基Aを持ち, 毒性Tを示す, 分子量がMの化合物であるといった具合に認識する。このように我々が扱える次元はたかだか数次元であるものの, 計算機を用いることでより高次元の情報を扱うことができる。そのため, 恣意性なく網羅的に解析対象を高次元の情報体として数値化することは, 計算機を用いて我々の解析対象に対する認識を拡張する上で必須な操作である。同時に, このようにして拡張された高次元の情報を再び我々が認識可能な次元へと出力するモデリングも欠かせない。逆説的に, 数値化とモデリングにより, 我々は自身の認識を超えた情報量を扱い, 解析対象の新たな側面を見出すことが可能となる。

    我々のグループは上述の「計算機による拡張とモデリングによる抽出」を信条に, 化合物の理解と活用について研究を展開している。例えば化合物処理時の培養細胞の生体応答をトランスクリプトームデータで捉えて化合物の作用を表現し, 潜在変数モデルにより縮約することで背後に潜む共通の機序を見出すといったアプローチが該当する。また一般的な深層学習モデルが得意とするend-to-endな解析も, 特徴量の抽出とモデリングからなる直列な操作であり, 同じフレームワークに位置する。

    本発表では, 毒性研究・安全性評価を見据え, 化合物をどのように表現するか?を焦点に, 化合物の作用の分解, 化合物構造の数値化, 及び個体での化合物作用の数値化といった最近の研究成果について紹介する。

  • 久木 友花
    セッションID: S18-4
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    EU化粧品指令第7次改正に伴い、2013年3月より動物実験を実施した成分を使用した化粧品の販売がEU域内で全面禁止となってから10年が経過した。標準化された動物実験代替法がとりわけ全身毒性評価には存在しないなか、欧州を中心に開発の進むNext generation risk assessment (NGRA)と呼ばれるフレームワークにも代表されるように、動物を用いない化粧品の安全性評価は入手可能な情報や試験結果をケースに応じて組み合わせたweight-of-evidenceによる評価が中心となりつつある。 評価対象物質(ターゲット)のNOAELなどリスク評価に必要な指標が得られないとき、次のアプローチにはリードアクロスが考えられる。リードアクロスとは、ターゲットの毒性を類似の化学物質(アナログ)の既存の毒性情報から推定する手法であり、すでに多くの業界で普及が進み、標準的な安全性評価手法となった。 NGRAのなかでも上層に位置するリードアクロスであるが、十分なアナログとその毒性情報が集められるデータベースの不足は依然として課題である。もう1つの課題は、選出したアナログの毒性学的妥当性の説明の難しさである。近年では化学構造情報を基にしつつトランスクリプトームデータなどin vitro系を組み合わせた新たなリードアクロス手法の検討に注目が集まる。 これら課題を解決するため、我々は世界中に存在する2億を超える化合物からアナログを抽出する包括的リードアクロスや、将来的にリードアクロスをエキスなど混合物にも展開することを目指し、トランスクリプトームデータの類似したアナログ抽出を行う手法の開発に取り組んできた。本シンポジウムでは、リードアクロスおよびトランスクリプトームデータを用いた安全性評価手法について、最新の動向や課題とともに、我々の取り組みに関して最新の検討結果を含めて紹介する。

シンポジウム19: 【日本癌学会合同シンポジウム】抗がん剤開発と毒性
  • 矢守 隆夫
    セッションID: S19-1
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    日本人の死因の第1位はがんであり、4人に1人ががんでなくなっている。また、2人に1人はがんにかかる。当然のことながら、がん治療への期待は大きい。がんの3大治療として、外科手術・放射線・化学療法があげられる。この中で「抗がん剤」投与をベースとする化学療法は、最も歴史は浅いが、近年最も著しい発展を遂げた治療法と言える。抗がん剤の誕生は,1946年のナイトロジェンマスタードの開発に遡る。これ以降、細胞の基本的機能であるDNA合成等を介して殺細胞効果を発揮する種々の抗がん剤(クラシカルな抗がん剤)が開発されたが、これらは副作用として毒性が強い点が大きな問題だった。その後1980年代のがん遺伝子の発見によるがん生物学の急進展が抗がん剤の転換期をもたらした。2001年にがん遺伝子産物BCR-ABLを阻害する分子標的薬イマチニブが承認され、慢性骨髄性白血病に驚異的な治療効果を示した。イマチニブを機に分子標的薬時代が到来し、この20年間に150剤を超える新薬が開発され、がん治療が様変わりした。分子標的薬はがんに特異的に発現する標的、あるいはがんでより多く発現する標的に作用するため、クラシカルな抗がん剤に比べ低毒性であるが、特有の毒性も認められている。一方、2015年には、抗PD-1抗体を始めとする免疫チェックポイント阻害剤が登場しがん免疫療法が一躍脚光を浴びるに至った。この間、モダリティとして抗体医薬の発展は目覚ましく、分子標的薬の3割強を占めている。抗体を活用した抗体薬物複合体(antibody-drug conjugate: ADC)の開発も注目される。さらに、新しいモダリティとしてPROTAC(proteolysis targeting chimera)、核酸医薬、中分子ペプチド等の開発も進められている。本講演では、これら抗がん剤の開発と毒性要因の変遷ついて概観する。

  • 内藤 幹彦
    セッションID: S19-2
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    Technologies to induce targeted protein degradation have been developed recently and provoke novel drug discovery research. Compounds that induce protein degradation were largely classified into two groups, molecular glues and chimeric compounds. Molecular glues such as lenalidomide interact with an E3 ubiquitin ligase CRBN and modulate the selectivity of the binding proteins to be ubiquitylated and subsequently degraded by proteasome. Another class of molecules, chimeric compounds represented by PROTACs (Proteolysis Targeting Chimeras) and SNIPERs (Specific and Nongenetic IAP-dependent Protein Erasers), are hybrids of an E3 ligand and a target ligand conjugated by an appropriate linker. Because of the modular structure of PROTACs and SNIPERs, compounds that degrade proteins of your interest can be rationally designed and chemically synthesized. Currently, more than a dozen chimeric degraders are under clinical trials.

    In contrast to small molecule inhibitors, which exert their pharmacological effects by binding to their target proteins, PROTACs/SNIPERs catalytically degrade target proteins and thus exert a different pharmacological effect than small molecule inhibitors. These include more sustained suppression with lower concentration, higher selectivity to the target proteins, and suppression of all functions of the multifunctional proteins. However, when adverse effects are induced by degraders, they may be more difficult to control than inhibitors. Therefore, it is important to carefully pay attention to the potential adverse effects induced by degraders. In the symposium, I will introduce degraders with anti-cancer activity and overview future perspectives of the degraders as a novel modality for drug development.

  • 眞鍋 淳
    セッションID: S19-3
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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     がんの全身療法である薬物療法は、薬物が正常な細胞にも作用することで様々な副作用を惹起する。そのため、副作用を低減し治療効果を高めることを目的に、がん組織への集積を狙ったDDS技術の開発や薬剤の開発が進められてきた。抗体−薬物複合体(Antibody Drug Conjugate: ADC)は、薬効が期待できるが副作用も強い殺細胞性薬物と、副作用が少ないが薬効が不十分な場合もあるモノクローナル抗体を結合させたものであり、標的抗原を発現するがん細胞に直接結合して薬物を送達することで選択的かつ効果的にがん細胞を死滅させる。最小有効用量と最大耐量の間の治療用量域の拡大により、一般的ながん化学療法剤治療に比して、大きな抗がん効果の発揮が期待される。すでに複数のADCが上市され、さらに進行がんに対する多くのADCの臨床開発が進行中である。第一三共(株)が創製したトラスツズマブデルクステカン(T-DXd、DS-8201)は、DNAトポイソメラーゼⅠ阻害剤であるエキサテカン誘導体DXdを、腫瘍細胞内で切断可能なリンカーを介して抗HER2抗体に結合したADCである。その主な特徴は、1つの抗体あたりの薬物結合比が平均8と高く均一性が高いこと、バイスタンダー効果による標的分子に依存しないヘテロな腫瘍への強力な薬効を有すること、さらに体内循環中で安定性が高く広い治療域が期待できることである。本演題では、T-DXdの技術的特徴と有効性について要約するとともに、副作用プロファイル、特に間質性肺炎(ILD)について、臨床及び非臨床の両面から議論したい。

シンポジウム20: 【日本免疫毒性学会合同シンポジウム】免疫毒性学ってナンだ? −“働く免疫細胞”に起こる毒性影響,活性化と抑制 −
  • 中村 和市
    セッションID: S20-1
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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     免疫毒性学は、これまで試験法の確立、評価手順の国際的調和そして発現機序に基づいた免疫毒性評価へと軌跡を描いてきた。環境中化学物質に関しては、ヒ素、錫、TCDDなどに続き、近年ではアスベスト、微小粒子状物質、ビスフェノールA、フタル酸エステル、パーフルオロアルキルおよびポリフルオロアルキル物質(PFAS)などが免疫毒性評価の対象となった。

     日本免疫毒性学会(研究会)発足時は、医薬品の抗原性試験についての議論が活発であった。しかし、評価性能の限界を伴った抗原性試験のコンセプトが正しく理解されないまま議論を進めた結果海外から孤立した。ICH S8ガイドラインの意義としては、各極の行政当局がガイドライン(案)を提示するなか、これらを国際的に調和してまとめたところにある。抗体医薬品や核酸医薬品の出現は免疫毒性評価にも大きなインパクト与え、懸念される免疫原性等を評価するガイドラインが無いなか研究者間の議論が続いている。

     サステナブルな世界を目指す観点からは環境中・食品中化学物質の免疫毒性評価が注目される。これまでフィールドワークも活発になされ臨床にも目が向けられてきた。その後、免疫毒性機序の研究もなされてきたが、疫学調査の重要性も見直されるべきである。

     免疫亢進を伴う新規モダリティー医薬品の免疫毒性は、ICH S8ガイドラインでの評価は難しい。必要であれば、改定ではなく新規ガイドラインの制定が望ましいと考える。In vitro 評価や有害性発現経路(AOP)に基づく評価は単に代替法としての位置づけのみならず、非臨床の免疫毒性評価としても重要性を増している。

     免疫毒性学は毒性学において重要な位置を占める。免疫毒性は、肝毒性、腎毒性、皮膚毒性、発がん性、生殖毒性などに深く関わっている場合があるからである。本発表が、免疫毒性研究に携わっている研究者自身の立ち位置を見つめなおす機会になればと考える。

  • 串間 清司
    セッションID: S20-2
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

    免疫系は様々な担当細胞が複雑に相互作用しながら機能している。医薬品開発における非意図的な免疫系に対する作用は,免疫抑制あるいは免疫亢進により重篤な副作用を引き起こすことがあることから,非臨床あるいは臨床段階で免疫毒性を適切に評価することは重要である。ICHガイドラインでも免疫毒性の評価は求められており,免疫毒性ガイドライン(ICH S8)にはweight of evidence評価において考慮すべき事項や試験法が記載されている。これまでの免疫毒性評価の多くは低分子医薬品による免疫抑制に主眼が置かれてきた。免疫抑制の評価については,ガイドラインを参考に適切な評価ができていると感じるが,近年は医薬品の作用様式が多様化しており,これまでの試験法やICH S8に記載されている評価では必ずしも十分ではないケースが増えてきている。医薬品のモダリティは低分子医薬品に始まり,抗体医薬,細胞加工製品,遺伝子治療等製品,核酸医薬品など多岐に渡る。抗体医薬ではサイトカインリリースシンドローム(CRS)や自己免疫疾患の増悪など免疫刺激や免疫亢進による毒性が懸念となり,CRSについてはガイドラインには記載のないものの製薬企業やCROにてヒトの細胞を用いたin vitroの評価系が整えられ,実際に多くの抗体医薬の開発において実施されている。抗体医薬以外の各モダリティにおいても免疫毒性の懸念に対して画一の試験系を適用することが難しいため,ケースバイケースでの評価が実施されている。本発表では,作用様式が今後もますます複雑になる中,現状では十分ではない評価系やガイドラインについて取り上げるとともに,発表を通じて今後の産官学連携による試験系の拡充や環境の整備につながれば幸いである。

  • 西村 泰光
    セッションID: S20-3
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
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    本シンポジウムでは免疫毒性研究について改めて広く毒性学研究者へ周知する目的で企画されているが、ここでは結晶性シリカとアスベスト(石綿)の免疫毒性影響に関する研究内容を紹介し、免疫毒性影響を理解する上での要点を整理すると共に、免疫毒性研究の知見により関連疾患がより深く理解できることを伝えたい。シリカや石綿は共に二酸化ケイ素を主成分とし、両粉塵への曝露は塵肺および肺がんを引き起こす。しかし、珪肺が関節リウマチや全身性強皮症など自己免疫疾患の合併を示す一方、石綿曝露は悪性中皮腫を引き起こし、両者の免疫機能への曝露影響についての差異が示唆された。実際、吸入された粉塵はリンパ節へ蓄積することが知られており、粉塵曝露のリンパ球機能への直接影響が予想された。そこで、我々はシリカまたは石綿曝露下での細胞培養実験による基礎的検討と臨床検体の免疫機能解析を中心とする一連の研究を行った。その結果、シリカ曝露はCD69+活性化T細胞の誘導とFoxp3+制御性T細胞(Treg)の減少を引き起こし、これと一致して珪肺患者の末梢血では活性化指標である可溶性IL-2R濃度の高値とTreg細胞の機能低下が確認された。一方で、石綿曝露下での培養はNK細胞の活性化受容体発現低下、CD4+T細胞のTh1機能低下とTreg機能亢進およびCD8+T細胞の細胞傷害性低下を引き起こし、指標分子の発現量変動は悪性中皮腫患者の末梢血細胞においても確認された。それらの知見は、シリカや石綿は鉱物粉塵曝露に共通する慢性炎症および肺線維化を引き起こすだけでなく、両者はリンパ球機能に異なる作用を示し、前者が過剰な免疫応答、後者が抗腫瘍免疫の減弱に働き、それぞれ合併する疾患の背景として寄与することを示す。このように、免疫機能影響を知ることは関連疾病の理解に繋がる。今後の免疫毒性研究の更なる成長による毒性学の一層の発展に期待したい。

  • 青木 重樹
    セッションID: S20-4
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

    近年、特異体質薬物毒性の発症に、ヒト白血球抗原(HLA)が関係することが示唆されている。例えば、抗HIV薬アバカビルによる過敏症の発症頻度は、HLA-B*57:01保有者で数百倍高まる。しかし、HLA多型と薬物毒性との間には未だ多くのブラックボックスが存在し、医薬品開発や臨床現場における大きな問題となっている。そこで我々は、HLAの遺伝子導入マウス(HLA-Tg)を作出して、そのメカニズムの解明を試みている。

    ヒトで起こるHLA依存的な免疫反応を再現するため、ヒトとマウスのキメラ型HLA遺伝子を導入したマウスを作出している。実際にHLA-B*57:01-Tgにアバカビルを曝露したところ、CD8+ T細胞を含めてリンパ球の増殖・活性化が確認された。しかし、薬物の投与のみでは期待するほどの強い毒性所見は認められず、背後にさらなる要因が潜んでいる可能性が考えられた。結果的に、薬物による免疫活性化の裏でPD-1を含む抑制性免疫も亢進していることが見出され、そのノックアウトに加えてCD4+ T細胞の除去も行うことで、免疫毒性を強力に惹起できることが明らかとなった。

    また、HLAの関与する薬物毒性の発症には組織特異性がある。特に我々は皮膚に着目した検討を進めており、表皮細胞ケラチノサイトがHLA-B*57:01依存的にアバカビルに対して小胞体ストレスを発することを見出した。また、HLA-Tgにおいてもアバカビルの投与直後に表皮部分で強い小胞体ストレスの惹起を認めた。さらに、ケミカルシャペロンを用いた小胞体ストレスの緩和によって毒性発症を抑えられることも明らかとなり、HLA依存性の薬物毒性に小胞体ストレスが関与することが示唆された。

    本発表では、HLA-Tgを用いた薬物毒性研究から最近進めているHLA分子の細胞内挙動の解析まで、特異体質性の免疫毒性発症に至るメカニズムを紹介する。

  • 足利 太可雄
    セッションID: S20-5
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

    アレルギー性接触皮膚炎は様々な免疫細胞が関与するⅣ型の遅延アレルギーであり,化学物質に繰り返し接触することでかぶれなどの皮膚疾患が生じることが知られている。皮膚感作性は、化学物質がアレルギー性接触性皮膚炎を引き起こす性質のことであり、様々な化学物質に接触することが避けられない日常生活の質に大きな影響を与えるため、安全性評価項目の中でも重要な毒性である。また、皮膚感作性はAOP(Adverse Outcome Pathway)が比較的明確であり、動物実験が困難な化粧品の安全性評価の主要な項目であるため、これまでin vitroあるいはin silico試験法が数多く開発されてきた。これまでAOPの各KE(Key Event)に相当するin vitro試験法がOECDテストガイドラインに収載されてきたが、それぞれ単独での評価は不可能とされていた。そこで2021年に、複数のin vitroとin silicoモデルの確定方式(Defined Approach)による組み合わせが開発され、2021年にOECDテストガイドラインTG497となった。しかし、組み合わせに使用できるin vitroおよびin silico試験は限られており、リスク評価に必要な強度予測法は確立されていない。そのため現在OECDでは、TG497の拡張を目指した検討が行われており、その現状を紹介する。また、演者はこれまで機械学習による皮膚感作性強度予測法の開発に取り組んでおり、その概要を紹介するとともに、活用事例として皮膚感作性における毒性学的懸念の閾値(TTC:Threshold of Toxicological Concern)コンセプトの開発を紹介する。さらに、酸化染料パラフェニレンジアミンの三量体であるバンドロフスキーベースを例に、動物を用いない強度予測と定量的リスク評価の試みについても紹介する。

シンポジウム21: 【日本薬理学会合同シンポジウム】薬物副作用に関わる性差
  • 黒川 洵子, 児玉 昌美, 清水 聡史, 坂本 多穗
    セッションID: S21-1
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

     薬の効き方や副作用には男女差があることが明らかとなってきており、生物医学研究では早急な対応が求められている。2015年6月に、ヒトおよびほ乳類を用いた全ての研究計画において、性による結果の違いの可能性を議論することをNIHグラント申請の要件とする声明 (NOT-OD-15-103) が発出されたこともあり、昨今の性差研究への注目度は高い。 我々の研究室では、主に循環器領域における男女差に注目した研究を遂行している。例えば、薬剤による心室再分極遅延(QT間隔延長)リスクや心臓突然死発症率は女性で高いことが知られる。この性差には心電図QT間隔が成人女性で同世代の男性よりも長いことが関連しており、思春期や性周期における変化から性ホルモンの影響が示唆されてきた。我々は、その分子メカニズムとしてNOを介した心筋細胞の性ホルモンシグナルが関与しているのではないかと提唱している。しかし、このような基礎研究の結果を如何にして生体反応における解釈に反映させるかというトランスレーションについては、今まさに取り組むべき課題と考える。また、薬物による心不全毒性の性差も今後の課題である。今回のシンポジウムでは我々が行っている独自の取り組みを紹介し、今後の課題についての議論を深めたいと考えている。

  • 佐藤 洋美, 野地 史隆, 樋坂 章博
    セッションID: S21-2
    発行日: 2023年
    公開日: 2024/03/08
    会議録・要旨集 フリー

    胃癌の標準治療は世界的に胃切除術が推奨される一方、術後補助化学療法の選択には地域差がある。日本を含む東アジアではDS療法、S-1療法に加えCapecitabine+Oxaliplatin(CapeOX)が広く行われている。CapeOXは、韓国、中国、台湾で実施されたCLASSIC試験で確立され、3年無病生存率(DFS)(層別ハザード比[HR] 0.58, 95% CI 0.47-0.72, p<0.0001)とOS(層別HR 0.66, 95% CI 0.1-0.85, p0.0015)の改善が示された。一方、平均生存期間は確かに改善されたが、多くの患者が重大な有害事象を経験している。個別化医療の最適化のためには治療法に影響する予後因子を特定する必要がある。予防医学では年齢や性別も重要な因子である。本研究ではCLASSIC試験の個々の患者情報をもとに、Cox比例ハザードモデルを用いて、交互作用を含む予後因子を段階的変数選択により検討した。 OSについては性別、年齢、血清アルブミンが、DFSについては深達度ステージ[NF1] (T)、転移リンパ節数(N)の相互作用が有意な共変量として同定された。OSとDFSで選択された共変量は異なるが、それぞれの因子の影響の傾向は類似していた。55歳以上の女性患者のOSのハザード比(HR)は、アルブミン<4.0g/dL群で1.16(95%CI 0.55-2.47)、≧4.0g/dL群で2.39(95%CI 1.15-4.94)であり、治療が有用ではない可能性が明らかとなった。腫瘍ステージ≧T3、転移リンパ節数<N2の患者では、DFSのHRは0.84(95%CI 0.60-1.17)で治療の有用性が不明瞭であった。これらの結果は、ポストホック解析のため仮説と考えるべきであるが、胃癌の術後補助療法の治療方針を決定する際には、患者背景を十分考慮する必要がある。

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