ダム構造物が水辺林の更新動態に与える影響について,流量変動,流砂量および地形変化,撹乱の頻度と強度,そして流水による種子散布の観点から検討した.
ダムによる融雪洪水の消失は,5月から6月にかけての砂礫堆の形成と水分の供給を制限し,ポプラに代表されるヤナギ科植物が発芽定着できる更新立地を縮小させる.また,夏季の水位低下は乾燥による稚樹の枯死をもたらすと報告されている.
一方,ダムによる流量調節および砂防ダムや床固め工の施工により,氾濫原内の裸地が減少し樹林化が進んでいるという報告も多い.ダムによる砂礫供給の減少は,ダム下流における流路変動を抑制する方向に働く。先駆性の広葉樹にとって,流送砂礫による寄州の発達と古い堆積面への土砂再堆積は,更新裸地および水分・栄養補給の観点からも重要であるが,これがダムにより抑えられることになる.
砂利採取およびダム建設による掃流砂量の減少は,下流河床の低下を引き起こす.一方で,微細砂は流域の土地利用に起因して生産され,段丘化した氾濫原に越流堆積する.こうした河床低下と高水敷への微細砂堆積は,近年ニセアカシアが水辺域に分布を拡大する要因となっている.
ダムによる洪水撹乱頻度と強度の減少は,比高(最低河床位からの高さ)に沿った水辺林の種分布に少なからず影響を与え,ヤナギ科植物に代表される先駆性の広葉樹からハルニレやヤチダモに代表される遷移後期樹種への遷移を進めると考えられる.
流水による種子散布は湿地林についての報告が多い.湿地林の種多様性を維持する機構として,洪水撹乱による種子の再分散の重要性を指摘する報告もあり,ダムによる流量調節および種子の捕捉は,流水による種子散布にも影響を与えると考えられる.
ダムの影響を検討した既存の研究の多くは,ダムの上下流間比較もしくはダムの存否による流域間比較に基づいている.また,比較内容は,単純に種組成のみを比較したものから,水文・地形条件を加味したものまで様々である.ダム建設前後の比較については,成熟林からの年輪情報の解析および経年的空中写真の判読により検討している。モデル解析は,高度を環境傾度とした植物種のニッチの違いからダム水位操作による種分布域の移動を議論した事例や,遷移確率と浸食率とを組み合わせてダムの影響を評価した事例などがある.
現在,日本でも河川の生態系を復元するためにフラッシュ放流実験が実施されるようになってきた.こうした実験結果を管理計画に反映するためにも,順応的管理による仮説検証が今後必要になる.
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