本研究では, 千曲川河畔域の比高の異なる氾濫原環境に分布する植物が, 河川水との関わりを有しているのかどうかを窒素動態に着目し, 安定同位体比を用いて解析した. 氾濫原の低位面の植物のδ
15Nは, 河川表流水のδ
15Nと同様に流程に沿って上昇しており, 植物が河川水由来の窒素を利用していたことを示唆した. 一方で, 河岸から離れるほど, 植物のδ
15Nは低下しており, 種を問わず, 高位面の植物が依存している窒素源が河川水とは異なることが明らかになった. 高位面では, ハリエンジュが樹林化しており, ハリエンジュが無いところと比べて有意に比高が高かった. 高位面の土壌は, 低位面に比べて42倍もの硝酸態窒素が存在しており, ハリエンジュによる土壌への窒素負荷が起きている可能性がある. 高位面は, 堆積や水理などの物理環境だけでなく, 植物の窒素利用においても, 低位面とは異なっており, 窒素動態という観点からも特異な系を構成していることが明らかになった. 洪水によって特徴付けられる河川生態系において, 河道内で長期に渡って安定的に存在しているハリエンジュ林は極めて異質な存在である. 河川環境のあり方に未だ定見はないが, ハリエンジュ林拡大の要因となっている, 河道掘削や河床低下に伴う流路の固定化など, 河川管理について, 河川環境の多様性の維持, 物質循環の観点からも検討していく必要があるだろう.
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