ハナガガシの分布が斜面下部に集中する原因を生理生態的特性から明らかにする目的で,葉とシュートの生理生態的な可塑性を,地形的な分布範囲が広いイチイガシと比較した。下部斜面には,高頻度の撹乱によって維持される好適な光環境と,良好な水分環境という二つの生育環境が想定される。このどちらがハナガガシの生育に影響するかを検証するために,適潤立地の陽樹冠と陰樹冠,および乾性立地の陽樹冠から葉とシュートを採取し,ガス交換特性,水分生理特性,および葉とシュートの形態を比較した。葉の最大光合成速度,暗呼吸速度,および光補償点に樹種間差はほとんど見られず,ハナガガシがイチイガシと同等の耐陰性をもつことが明らかとなった。一方,P-V曲線法で求めた葉の水分特性値では明瞭な樹種間差がみられた。ハナガガシでは,飽水時の浸透ポテンシャル(Ψs,sat),原形質分離時の水ポテンシャル(Ψl,tlp),原形質分離時の相対含水率(RWCtlp)および原形質分離までに損失可能な単位面積当りの水分量(Wtlp/LA)のいずれもシュートの生育環境間でほぼ差がなく,水分生理特性の可塑性が低かった。これに対してイチイガシでは,より乾燥しやすい環境でΨs,satおよびΨl,tlpの低下やWtlp/LAの増加がみられ,高い可塑性を示していた。また,イチイガシではハナガガシよりも当年生シュートの総葉面積に対する枝基部断面積の比の変動幅が大きく,シュートの形態の面でも高い可塑性を有することが示された。以上の結果から,ハナガガシの葉およびシュートの水分特性の可塑性が低いことが,ハナガガシの分布が水分環境のよい斜面下部に限定される要因の一つであると考えられた。
異なる光環境下におけるチシマザサの稈及び地下茎の樹液流の日変化を観察することで,1)ラメットの水収支において他のラメットからの地下茎を介した水移動がどの程度寄与しているのか,2)地下茎を介した水移動が一日の中でいつ寄与しているか,生じているか,を明らかにすることを目的とした。2本のラメットとそれを繋ぐ地下茎を1つのフラグメントと定義し,異なる光環境である林床部及び小ギャップにおいてフラグメントの稈及び地下茎で樹液流速を測定した。その結果,稈に挟まれた地下茎で樹液流の向きが日中にはっきりと変化し,その流れは小ギャップのフラグメントにおいてはフラグメント端の水要求量の綱引き関係に従って変化した。興味深いことに,林床部においては晴天下の日中に樹液流が稈から地下茎へ移動しており,その移動(下降流)は稈における日積算樹液流量の約60%となった。林床部では樹液が地下茎を介してフラグメントから流出しており,小ギャップではフラグメントにおける日積算蒸散量(稈における樹液の上昇流)に対して,地下茎を介したフラグメント外からの樹液の流入が57.4~82.3%となった。これらのことから,林床部及び小ギャップにおけるラメットはそれぞれ供給者及び消費者の役割を担っていると推察され,地下茎を介した水移動はラメットの水不足に対して日中に柔軟かつ速やかに生じていると考えられた。
北海道東部の阿寒湖近傍の標高約700 mの緩斜面に成立する林齢約120年のトドマツを主とする天然生針葉樹同齢林において,コケ型の林床に生育する稚樹の空間分布と地表および表層土壌の環境の調査を行い,稚樹の局所密度と環境要因との関係を条件付き自己回帰(CAR)モデルを用いて解析した。調査区(32 m × 32 m)における当年生稚樹を除いた稚樹の本数密度は,トドマツが35,859 本/ha,アカエゾマツとエゾマツが合わせて4,902 本/haであり,これらの稚樹はすべて地表面から発生していた。稚樹の最大樹高は,いずれの樹種でも30 cm未満であった。トドマツとエゾマツ類の稚樹の分布様式は0.5~2mの区画サイズにおいて集中分布であり,両者は同所的に分布していた。地表環境の空間変動は大きく,散乱光透過率は12.5~37.7%,コケ被度は0~100%,コケの高さは0~6cmの範囲で変動した。また,調査区内のサブプロット(4 m × 4 m)において,表層土壌のpHは3.8~5.6,C含有率は10.9~52.2%,N含有率は0.7~2.3%,CN比は15.2~26.5の範囲で変動した。CARモデルによる解析の結果,トドマツとエゾマツ類の1年生以上の稚樹の局所密度に表層土壌のC含有率とCN比がそれぞれ負と正の影響を与えていることが示された。エゾマツ類の稚樹については,これに加えてコケの高さが負の影響を与えていることが示された。これらの結果から,地表および表層土壌における小さな空間スケールでの環境の異質性が,無生物的あるいは土壌中の微生物を介した関係を含む生物的な関係を通じて稚樹の空間分布に影響を及ぼしている可能性が推察された。