シカなどの大型動物は,生態系の地上部および地下部に様々な影響を与え得る。シカの生態系影響に関する研究は,主にシカの行動圏が制限されていない開放的な生態系において行われているが,閉鎖的な生態系において行われた例は非常に少ない。本研究では,閉鎖的な生態系でエゾシカが高密度化した洞爺湖中島において,シカが土壌および植物に与える影響を解明することを目的として研究を行った。島内に設置された6ヶ所の防鹿柵を使用し,土壌については物理性と化学性,植物については化学性を調べた。その結果,シカの侵入を排除した防鹿柵内に比べて柵外では,顕著に土壌硬度が高く,土壌表層のリター堆積量が少なかった。また,土壌の窒素諸特性については,植生タイプによって傾向が大きく異なり,特にシカの利用性の高い草原では柵内に比べ柵外で硝酸態窒素濃度が顕著に高かった。植物についても,草原の柵外に生育するフッキソウにおいて窒素濃度が顕著に高かった。これらのことから,閉鎖的な洞爺湖中島においてシカの高密度化によって、土壌の物理性や土壌および植物の化学性に様々な変化が生じており,そうした変化はシカの利用性や植生のタイプにより異なることが示唆された。中島では,シカの移動可能範囲が限られているため,高密度なシカの影響が島内全域的に顕在化し,それらの影響が長期間に渡って維持されている可能性があると考えられた。
空間線量率は,福島第一原子力発電所事故により放出された放射性物質の地理的な沈着分布を把握する重要な指標であるものの,環境中の放射性物質動態の初期段階にあたる2011年において,森林の空間線量率の分布や経時変化を解析した研究は少ない。福島県郡山市に位置し,苗木の生産を目的に造成された採種園・採穂園,スギ林分,アカマツ・落葉広葉樹林分のパッチが存在する森林内に定点を設け,2011年6月から2011年11月にかけて高さ0.1 m,1.0 mの空間線量率の測定を行い,空間線量率に対する地形と森林植生の関係及び経時変化を統計的に解析した。2011年6月において,空間線量率は植生と関連し,森林植生間における空間線量率の大小関係は採種園・採穂園,アカマツ・落葉広葉樹林分,スギ林分の順であった。このことから,林冠による放射性物質の捕捉が高さ0.1 m,1.0 mで測定された空間線量率に関与していた可能性が示唆された。また,2011年における空間線量率の減少傾向は,森林植生ごとに異なった。採種園・採穂園は物理的減衰よりも早く低下した。一方,高木が優占するスギ林分やアカマツ・落葉広葉樹林分では,物理的減衰よりもやや早い,または物理的減衰と同程度の経時変化が観察された。これらの結果から,空間線量率の経時変化はフォールアウト時に沈着した放射性物質の林冠による捕捉とその後の林冠から林床への移行や土壌の下方浸透に関連している可能性が示唆された。
森林土壌に貯留されている有機物の温暖化に伴う動態に関する知見を得るために,新たなリター供給・植生の進入を停止させる処理を行い,土壌呼吸速度を定期的に測定した。東京農業大学奥多摩演習林内の35年生スギ人工林を調査地として,2012年12月に皆伐区と立木区(対照)を設定し,2013年3月に皆伐区の立木を伐採し,地拵えを行った。皆伐区では,苗木の植栽を行わなかった。調査地には,火山灰を母材とする黒色土と褐色森林土が分布している。皆伐区に19カ所,立木区に21カ所の測点をそれぞれ設置し,2013年3月から2018年12月にかけて土壌呼吸速度を測定した。皆伐区の測点では,新たなリターの供給や植生の進入を排除した。年ごとに土壌呼吸速度と地温との回帰式を用いて地温20℃の時の土壌呼吸速度を求めた。立木区では,2013年と比較していずれの年も有意な違いはなかった。皆伐区では,2013年と比較して2015年と2016年が有意に高く,2018年が有意に低かった。立木区に対する皆伐区の土壌呼吸速度の割合は,皆伐後1年目(2013年)が0.60であり,皆伐後4年目(2016年)に0.74と最も高くなった後に低下し,皆伐後6年目(2018年)には0.49になった。2018年に調べた深さ0~5 cmの表層土壌の炭素含有量は,皆伐区が24.6 t ha-1,立木区が23.2 t ha-1で有意差がなかった。皆伐区における6年間の炭素放出量は,50.3 tC ha-1と推定され,皆伐前に表層土壌に貯留されていた有機物の分解では説明できなかった。本研究の結果は,土壌有機物の分解を考える上で次表層以深の有機物の存在を考慮することの重要性を裏付けるものである。
北海道における主要造林樹種の一つであるアカエゾマツを対象に,根元曲がりや幹曲がりの程度について,気象条件に差がある検定林間及び家系間変動を検証した。共通家系が植栽された9ヶ所の検定林における20年次の根元曲がりと幹曲がりの程度に関するデータ(1~5の順序カテゴリカルデータ)を供試し,検定林及び検定林内反復,検定林内の植栽プロット,家系,検定林と家系の交互作用の効果を順序ロジットモデルを用いて評価した。その結果,検定林,検定林内反復,検定林内植栽プロットの効果が相対的に大きい傾向があった。特に道北地域に設定された検定林で負の効果が,道央の検定林で正の効果が顕著な傾向があったことから,根元曲がりや幹曲がりに対して積雪に関連する環境的な効果が大きかったこと,また,植栽プロットについても正または負の効果が大きかったエリアが集中しており,局所的な地形等の環境条件の効果も大きかったことが推察された。根元曲がりや幹曲がりに対する家系の効果の大きさは環境的な効果に比べると小さかったものの,有意な正または負の効果を示した家系が存在した。一方で,検定林と家系の交互作用は検出されなかった。それゆえ,環境条件に関わらず優れた遺伝的特性を示す家系が存在し,アカエゾマツでは根元曲がりや幹曲がりへの抵抗性は育種により改良が見込まれることが考えられた。
砂漠化防止や気候変動緩和のため乾燥地での植林活動が続けられている。乾燥地・半乾燥地土壌の保水性を高め,苗木の活着や成長を促すため,高吸水性高分子樹脂(superabsorbent polymer,SAP)が土壌改良に利用される。本総説ではSAPを添加した土壌の物理性,化学性,生物性を中心に基礎的知見をとりまとめ,効果的な使い方を考察する。SAP添加土壌は以下のような特徴がある。1)SAPによる保水量の増加は土性の影響が顕著で,埴質な土壌より砂質の土壌の方が保水量は増える。2)SAP添加土壌の水ポテンシャルはpF 2.5以下の水分が主で,永久萎凋点pF 4.2以上で保水される量は少ない。3)吸水と排水過程で大きなヒステリシスが認められ,排水過程の方が保水量は多い。4)塩類濃度の高い水には吸水性能が発揮できない。5)ち密な土壌に粒径の大きな膨潤したSAPを入れると,粗孔隙が増加する。6)SAPの吸水・膨潤時には粗孔隙が塞がれ,一般に透水性は低下する。7)SAPのイオン交換容量(CEC)は大きく,砂質土壌のCEC増加につながる。8)SAP施用により土壌が湿潤になり微生物バイオマスが増加する。9)施用SAPによる環境汚染の影響は小さい。以上のような特性から乾燥地においてSAPを有効に使うには,土壌の塩分が比較的少なく,砂質または粗孔隙の大きな礫質の土壌への施用が推奨される。通常,せき悪土壌は貧栄養なため,肥料と併用するには,SAPの適切な施用位置などの検討が必要である。