本研究は, 丹沢山地におけるニホンジカ (
Cervus nippon) の行動圏特性について明らかにし, 林床植生の衰退との関係を考察することを目的として行った. 調査地は神奈川県清川村札掛地区で, 1991年~1994年にかけて成獣オス3頭, 成獣メス2頭に電波発信機を装着し, ラジオテレメトリー法により行動圏を調査した. なお, 調査地内では, 2000年までの調査期間中, 冬期に人工給餌が行われた.
行動圏調査の結果, 給餌場を利用しなかった個体は季節的行動圏に大きな変化は見られなかったが, 冬期に給餌場を利用した個体は, 冬期の行動圏を給餌場周辺に形成した. また, 調査期間中, 調査個体の年間行動圏は, 小規模な変化は見られたものの, 大きな移動は見られなかった.
調査地は, 狩猟の影響が無く, 積雪が少ない地域であり, なおかつ, 食物環境に顕著な地域差がないため, 定住型の行動圏を形成したと考えられた. 冬期に給餌場を利用した個体は, 給餌物の誘引により定住型の行動圏を小規模に変化させたものと考えられた. また, 全調査個体の年間行動圏が大きく移動しなかったことから, 札掛地区のシカは同じ地域に対する執着性が強く, 冬期に良好な採食場が継続的に存在する場合は, ほとんど移動しないと考えられた. これらのことから, 丹沢山地で生じている林床植生の劣化は, 同一地域の食物資源を執着的に利用するシカの生態的特性により, 採食圧が累積したことを一つの要因として進行している可能性が考えられた.
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