哺乳類科学
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60 巻, 2 号
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フィールド・ノート
原著論文
  • 島田 将喜, 岡本 都紅紫
    2020 年 60 巻 2 号 p. 171-179
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    オニグルミ(Juglans mandshurica,クルミ科)は,ノシメマダラメイガ(Plodia interpunctella)の幼虫により果仁を食害される.東京都西多摩郡におけるクルミパッチの林床上には健全/虫害堅果が混在するため,クルミを集中的に利用するニホンリス(Sciurus lis)は破殻・運搬行動に至る前に堅果の状態を判別できれば,採食効率を高めることが可能であると予想される.本研究は健全・虫害堅果の設置実験を行い,オニグルミ堅果を利用するリスとタヌキ(Nyctereutes procyonoides)の堅果の状態の判別方法を明らかにした.健全堅果は虫害堅果に比べ採集月にかかわらず体積・重さともに有意に大きかった.リスはタヌキと異なり接触の開始時点で健全堅果を有意に高い割合で選択し,また虫害堅果に接触した場合はタヌキより早く放棄した.リスの堅果接触時の行動推移のパタンは,堅果の状態に応じて変化した.健全堅果接触時は堅果を回転させ,咥え,その後運搬するという推移が多く生じたが,虫害堅果接触時は,においを嗅ぐとすぐに放棄するという推移のみが観察された.タヌキは堅果の状態にかかわらず,堅果のにおいを嗅ぎ,堅果を咥え運搬するという推移が多く生じた.リスは,林床上に常に高い割合で混在している虫害堅果を採食・運搬・貯食するリスクを減らし,効率的な採食行動を行っていると考えられる.一方タヌキには,堅果の状態を判別する行動は認められなかった.

  • 岡崎 重史, 辻野 亮
    2020 年 60 巻 2 号 p. 181-189
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    植生や季節,体重,性別,年齢などの様々な要因はニホンジカCervus nipponの行動パターンに影響を与えている.奈良公園におけるニホンジカの行動が幼獣・成獣メス・若オス・成獣オスの4つのサイズクラスで季節的にどのように異なるかを明らかにするために,日中(9:00~16:00)にニホンジカのルートセンサス調査を行った.年間を平均して草やリターの採食行動比率は体サイズが大きいほど小さかった.逆に人由来の餌に対しては,体サイズが大きい個体ほど採食行動比率が大きくなった.これは,競争によって他個体を排除して採食できたためであると考えられた.行動パターンの季節変化はサイズクラスによって異なった.どのサイズクラスでもシバが生育する時期には概ね草本類を採食し,秋に落葉や堅果類などが供給される時期には,これらのリターを採食していた.ただし,9月下旬~11月下旬に繁殖のための行動が活発化する成獣オスと若オスでは,採食(リター)の行動比率のピークが成獣メスと幼獣に比べて遅れた.気温が最も低下する1月と2月には,どのサイズクラスでも座って休息する時間が多くなった.

  • 安里 瞳, 伊澤 雅子
    2020 年 60 巻 2 号 p. 191-210
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    沖縄島において,外来食肉目による在来種への捕食圧が野生生物保全の上で深刻な問題となっているが,食性分析において,捕食されているトガリネズミ科動物(以下,トガリネズミ類)およびネズミ科動物(以下,ネズミ類)の種同定は,同定検索情報の不足などにより現状では困難であった.そこで,沖縄島での外来食肉目の食性分析への応用を想定し,沖縄島に生息するトガリネズミ類とネズミ類の毛の形態による種判別法の確立を試みた.沖縄島に生息するトガリネズミ科2種(ワタセジネズミCrocidura watasei,ジャコウネズミSuncus murinus),ネズミ科4種(オキナワハツカネズミMus caroli,ケナガネズミDiplothrix legata,オキナワトゲネズミTokudaia muenninki,クマネズミRattus rattus)の保護毛と下毛を対象に,毛長や最大幅,髄質幅の計測と外部形態や鱗片,髄質の観察を行った.さらに,捕食種の毛の混入も想定し,イヌCanis lupus familiarisとイエネコFelis catusの毛も同様の方法で観察を行った.

    その結果,保護毛は,トガリネズミ類とオキナワハツカネズミでは直毛の1種類のみ,その他の3種では直毛に加えさらに1種類の毛が確認された.下毛は,調査した6種の小型哺乳類について1種類の毛のみから成り,種間で形態に違いはみられなかった.6種に共通した直毛の保護毛では,毛長が種ごと,個体ごとの平均値10 mmを境に2分できた.また,鱗片と髄質の構造からも類別が可能であった.ネズミ科3種でのみ確認された1種類の保護毛は,毛長では3種間で,最大幅ではオキナワトゲネズミのみ他種間との値に重なりがなく類別可能であった.さらにケナガネズミとオキナワトゲネズミでは,先端付近で髄質が分岐することでクマネズミから類別され,毛根部から毛幹部への移行部の形態の違いからこの2種も類別が可能であった.これらの特性からトガリネズミ科とネズミ科の6種について毛の形態による検索表を作成した.イヌとイエネコの毛については,鱗片と髄質の構造がトガリネズミ類やネズミ類とは異なる形態を有していたため,グルーミング等で捕食種の毛が糞に混入していても類別が可能であると考えられる.

    本研究の対象種については保護毛で種間に明瞭な違いがみられたことから,食性分析において正確に種判別を行うためには保護毛を用いる必要がある.また,複数の毛を用いることで判別の精度が上がる.今回の保護毛の計測結果や鱗片と髄質の観察結果のうちどれか一つだけを用いて種の識別を行うことは困難であったが,これらを総合的に評価すれば科あるいは種までの同定が可能である.

短報
報告
  • 中本 敦, 稲葉 正和
    2020 年 60 巻 2 号 p. 219-224
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    大正から昭和初期にかけて採集・作製されたものと思われるオオコウモリ類の標本が愛媛県内の高等学校から4点発見された.この時代にへき地である小笠原諸島や琉球列島に生息するオオコウモリ類が多数採集され,本土の小学校や中学校(現在の高等学校)に理科(博物学)の教材標本として販売・収蔵されていたことは,当時の人々の生物に対する価値観や標本の流通範囲などを知る上で興味深い.現在,国内の学校に保管されている古い標本の一部は教育現場で活用されず,劣化も進んでいることから今後廃棄される恐れが高い.このような標本の中には我が国の学術研究の黎明期に採集された貴重なものが含まれることから,博物館や研究者らによる早期の組織的な回収が望まれる.

  • 照井 滋晴, 深津 恵太, 斉藤 久
    2020 年 60 巻 2 号 p. 225-227
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    2019年9月17日に北海道釧路市に位置する低層湿原において全身白毛のオオアシトガリネズミSorex unguiculatus Dobson,1890を捕獲した.この個体は,両棲類調査のために設置していたトラップ(墜落缶)で錯誤捕獲されたものであり,捕獲時には既に死亡していた.体毛や皮膚の色彩的な特徴から,メラニン色素の産生に支障をきたす遺伝子疾患である眼皮膚白皮症が生じたアルビノであるとみられた.これまでにオオアシトガリネズミの完全白毛個体の記録はなく,極めて稀な事例である.

  • 白濵 秀至, 斎藤 昌幸, 金子 弥生
    2020 年 60 巻 2 号 p. 229-236
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    既存研究による行動圏サイズを用いて,東京都におけるニホンアナグマMeles anakumaの生息可能性を検討した.2000~2011年の時点における植生図から作成した連続した緑地のまとまり(連続緑地)を生息地の候補とし,その連続緑地がアナグマの行動圏サイズ以上の面積を有している場合,生息地としての可能性を有すると判断した.このとき,行動圏サイズに基づく面積条件として,5.2 ha,30 ha,72.1 ha,407.1 haの4つを使用した.解析の結果,東京都は,西部から東部地域にかけて連続緑地の平均面積が小さくなる傾向がみられ,緑地面積全体の88.9%は西部地域が占めていた.西部地域および中部地域では,407.1 haを上回る連続緑地がそれぞれ2個ずつ確認された.また,72.1–407.1 haの連続緑地が東部地域には1個,中部地域には17個存在した.一方で,東部地域には407.1 ha以上の緑地は存在せず,72.1–407.1 haの連続緑地も2個のみであった.西部地域と中部地域ではアナグマの分布が確認されており,西部地域の大規模な連続緑地が東京都におけるアナグマ個体群のソースになっている可能性がある.今後は,本研究で抽出した連続緑地の分布を参考にしながら,アナグマの実際の分布状況の把握や土地利用条件,人間活動を考慮して生息適地評価をおこなうことが必要である.

  • 徳吉 美国, 岡 奈理子, 亘 悠哉
    2020 年 60 巻 2 号 p. 237-241
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    イエネコFelis silvestris catusによる在来種の捕食は生物多様性保全における大きな問題である.特に島嶼における鳥類への影響は大きいとされるが,いまだ日本における報告は限られている.伊豆諸島御蔵島において,絶滅危惧種鳥類であるアカコッコTurdus celaenopsの生体1羽を咥えたイエネコを,森林内に設置した自動撮影カメラで初めて記録したので報告する.撮影日は2018年7月24日であり,アカコッコを咥えたイエネコの静止画と,このアカコッコがイエネコに咥えられながら嘴を開閉させる動画が撮影された.これらの映像から判断し,イエネコが他の要因で死んだアカコッコを咥えていたのではなく,イエネコ自身が捕獲したと考えられた.捕獲されたアカコッコは巣立ち前後の雛の特徴を有するため,撮影直前にイエネコがアカコッコの巣内雛もしくは移動能力の低い巣立ち雛を襲ったものと考えられた.アカコッコ以外にもオオミズナギドリCalonectris leucomelasを咥えて運ぶ映像も撮影され,イエネコによる在来鳥類への捕獲リスクの存在が示唆された.今後は,映像記録の蓄積や糞分析などにより,島の在来鳥類へのイエネコの捕殺や捕食の実態の把握が必要である.御蔵島を含め,アカコッコの分布地域には放し飼いや野生化したイエネコが生息している.これらの地域で捕食リスクを低減するために,イエネコの適正飼養や効果的な捕獲対策が求められる.

  • 大泉 宏, 幅 祥太, 中原 史生, 三谷 曜子, 北 夕紀, 斎野 重夫, 吉岡 基
    2020 年 60 巻 2 号 p. 243-248
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    2019年5月と7月に北海道知床半島沖の根室海峡でシャチの白色個体が2例観察された.1頭目は成熟したオス,2頭目はメスか未成熟のオスと推定された.北太平洋周辺海域からこれまでに報告されたシャチの白色個体の写真と比較した結果,どちらの個体も既知の個体の特徴と一致しなかった.これら2頭はアルビノであるか白変種であるかの判断は出来なかったが,いずれも確認できた範囲内では,通常黒色である部位が白かった.このようなシャチの白色個体が日本の沿岸から確認されたという報告は無く,これらの2頭は日本における初記録と考えられる.

哺乳類科学60巻記念特集1 哺乳類高次分類群の拡散―分子系統学と古生物学の最近の進展―
  • 西岡 佑一郎
    2020 年 60 巻 2 号 p. 249
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー
  • 西岡 佑一郎, 楠橋 直, 高井 正成
    2020 年 60 巻 2 号 p. 251-267
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    化石記録と分子系統の結果が一致しないという問題は今に始まった話ではないが,近年,哺乳類の現生目の起源と放散が中生代なのか,新生代なのかという点が多く議論されてきた.哺乳形類の起源は2億年以上前であり,中生代のジュラ紀から白亜紀にかけて,ドコドン類との共通祖先群から単孔類,有袋類,有胎盤類に繋がる狭義の哺乳類が分岐したと考えられている.化石記録に基づくと,有胎盤類に含まれる現生目の多くが新生代の古第三紀初頭(6000万~5000万年前)に出現しており,未だ白亜紀からクラウン・クレードの確実な化石は発見されていない.これは有胎盤類が古第三紀初頭に爆発的に放散したという仮説を支持しているが,一方で白亜紀/古第三紀境界(約6600万年前)から有胎盤類の放散時期までの時間があまりに短すぎるという批判もある.最近の研究では,有胎盤類のクラウン・クレード(異節類やローラシア獣類など)の起源が白亜紀,目レベルでの放散が暁新世に起きた可能性が示されており,現状ではそれが化石記録と分子系統の折り合いをつける最適な解釈であろう.

  • 長谷川 政美
    2020 年 60 巻 2 号 p. 269-278
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    近年のDNA塩基配列解析は,真獣類の系統関係についてさまざまなことを明らかにしてきた.そのなかでの大きな発見の1つが,真獣類は系統的にはアフリカ獣類,異節類,北方獣類という3大グループに分類できるということである.このことは,真獣類の初期進化に大陸移動による超大陸の分断が関わっていることを示唆する.しかし,超大陸の分断だけで,3大グループの間の分岐を単純に説明することはできない.これには,DNA塩基配列解析の第2の大きな成果である分岐年代推定の問題が関わっている.進化の過程でDNAの塩基置換が蓄積する速度は,さまざまな要因によって変動するので,文字通りの分子時計は成り立たない.しかし,分子進化速度の変動を考慮に入れて分岐年代を推定する方法が整備されてきた.そのような方法により,真獣類の3大グループの間の分岐は,超大陸の分断よりも新しいという証拠が集まりつつある.このことは,超大陸が分裂した後も,地質学的な時間スケールでは,大陸間で海を越えた漂着などによって生物相の交流が続いたことを示唆する.こうして真獣類の進化は,大陸移動に伴う超大陸の分断と,幸運に恵まれてはじめて成功する海を越えた漂着という2つの要因が絡み合って進んできたことが明らかになってきたのである.DNA塩基配列解析の第3の大きな成果は,現生生物のゲノム情報から祖先の生活史形質や形態形質などを推定できることであろう.本稿では,2017年に吴らが開発したゲノム情報から祖先形質を推定するための統計手法を解説し,それを真獣類の生活史形質の進化の問題に適用して得られた結果もあわせて紹介する.

哺乳類科学60巻記念特集2 哺乳類の最新研究手法
  • 三谷 曜子
    2020 年 60 巻 2 号 p. 279
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー
  • 岩田 高志
    2020 年 60 巻 2 号 p. 281-296
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    近年ではバイオロギングと呼ばれる動物装着型記録計(データロガー)を用いた手法により,直接観察することの難しい野生動物の研究が進んでいる.バイオロギングは当初,海生哺乳類の潜水生理学を研究するために使われ,その目的は限定的であった.現在では深度,遊泳速度,加速度,地磁気,位置,音響,心拍,動画など様々な項目が計測できるので,その用途が多様化している.本論文では,これまでにバイオロギングにより明らかにされてきた海生哺乳類の潜水生理,行動生態,バイオメカニクス研究について紹介する.近年,バイオロギングは動物の生態調査を調べるのに使われるだけでなく,海洋環境モニタリングや家畜・愛玩動物の管理にも応用されているので,その事例も紹介し,最後に今後の発展について検討する.

  • 木下 こづえ
    2020 年 60 巻 2 号 p. 297-305
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    近年,分析手法の発展に伴って,野外で採取されたサンプル中の微量な物質の生化学分析が可能になっている.超微量生理活性物質であるホルモンもその一つである.排泄物など多くの夾雑物を含むサンプルからホルモンを抽出し,その微量濃度をモニタリングできるようになった.近年の主な分析手法は酵素免疫測定法であるが,その他にも放射免疫測定法,液体クロマトグラフィー・質量分析計,およびイムノクロマト法などがある.筆者は,これらとは別に近赤外分光法による動物の生理状態の評価を試みてきた.本報告では,筆者がこれまでに取り組んできた尿近赤外スペクトル分析による発情診断法の開発および糞近赤外スペクトル分析による種同定の可能性について紹介する.また,常温で操作が可能なイムノクロマト法およびスマートフォンアプリを利用した糞を用いた簡易ストレスチェッカーについても紹介する.

  • 佐藤 淳, 木下 豪太
    2020 年 60 巻 2 号 p. 307-319
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    次世代シークエンサーは2005年ごろから実用化が進んだ新型DNAシークエンサーであり,現在も急速なスピードで改良されている.現時点で開発から10年以上が経ち,日本の哺乳類学でも少しずつ利用されつつある一方で,未だ十分に活用されていないのが現状である.本稿では,最近の研究事例を紹介することで,今後の日本の哺乳類学における次世代シークエンサーの利用を促進するきっかけとしたい.次世代シークエンサーが提供するデータにより,従来と比較して桁の異なる莫大な量のDNA情報が利用可能となったことで,進化生物学,生態学,分類学等の基礎科学だけでなく,野生哺乳類の保護・管理等の応用科学分野においても大きな貢献が期待される.

特集 錯誤捕獲をめぐる課題を議論する
  • 山﨑 晃司, 小坂井 千夏, 釣賀 一二三, 中川 恒祐, 近藤 麻実
    2020 年 60 巻 2 号 p. 321-326
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    近年,ニホンジカ(Cervus nippon,以下,シカ)やイノシシ(Sus scrofa)を対象としたわなにクマ類,ニホンカモシカ(Capricornis crispus),中型哺乳類等の動物が錯誤捕獲される事例が増加していることが想像される.国によるシカやイノシシの捕獲事業の推進,豚熱対策としてのイノシシの捕獲強化,知識や技術が不十分なわな捕獲従事者の増加,シカやイノシシの分布域の本州北部への拡大などにより錯誤捕獲が今後さらに増えることも懸念される.錯誤捕獲には,1)生態系(対象動物以外の種)へのインパクト,2)対象動物(シカ・イノシシ)の捕獲効率の低下,3)捕獲従事者や通行人等の安全上のリスク,4)行政コストの増加,5)捕獲従事者の捕獲意欲の低下,6)アニマルウェルフェア上の問題,といった6つの課題が挙げられる.シカ,イノシシの個体数抑制と,錯誤捕獲の低減の両立が喫緊の課題である.ボトムアップの対応として錯誤捕獲発生機序の解明と錯誤捕獲を減らすための取り組みが,またトップダウンの対応として速やかな実態把握のための統合的な情報収集システム構築と,そのための法的な整備が求められる.

  • 荒木 良太, 佐藤 那美, 小林 喬子, 滝口 正明, 平田 滋樹, 小寺 祐二
    2020 年 60 巻 2 号 p. 327-334
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    ニホンジカ(Cervus nippon)とイノシシ(Sus scrofa)の捕獲が全国的に推進されている中,錯誤捕獲の増加と錯誤捕獲された種個体群への影響が危惧され,錯誤捕獲の発生回避と発生後の適切な対処が求められる.本稿では,錯誤捕獲の回避措置や発生後の対処に関する規制や方針について,法令等への記載状況を確認した.錯誤捕獲の回避措置や発生後の対処に関する規制や方針の記載は,規則,指針及び計画で確認され,クマ類を対象としたものが多くみられた.今後,錯誤捕獲の発生を回避するためには,くくりわなの使用を禁止する措置もありうるが,ニホンジカやイノシシの捕獲を推進していく必要性も高いことから,未然に錯誤捕獲を回避すること,発生した場合にも個体の損傷を最小限に抑え放獣することの追及と,種や分野を超えた協働的な取り組みが必要である.このためには,錯誤捕獲の発生状況を的確に捉え,それに対する取り組みの導入方法や運用方法を具体的に示すことで,地域の現状に応じる必要がある.

  • 大場 孝裕
    2020 年 60 巻 2 号 p. 335-340
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    ニホンジカ捕獲強化の政策に伴い,わなによる捕獲数が増え,捕獲に占める割合も大きくなっている.わなの種類ごとの捕獲数はほとんど集計されていないが,箱わなや囲いわなに比べて安価で,1人で設置できる足くくりわなの使用が多いと推測される.捕獲具ごとの捕獲数の集計は,今後の課題である.足くくりわなによる捕獲は,ワイヤーロープで足を締め付ける.動物がわなに掛かってから,殺処分や放獣するまでの経過時間が長いことも多く,個体の損傷,ストレスが多い,アニマルウェルフェア上問題のある捕獲方法である.また,足くくりわなは,獣道に隠して設置し,荷重により作動するため,ニホンジカ以外の動物,特に大型哺乳類のクマ類,ニホンカモシカ,イノシシの意図しない錯誤捕獲を避けられない.実態把握のため,錯誤捕獲の報告を求めても,少なくとも処罰の対象となる条件が明確化されないと,正確な報告は期待できない.足くくりわな捕獲に伴う損傷とストレスの軽減,錯誤捕獲回避のための技術的改良に加え,足くくりわなに依存しないニホンジカ個体数管理技術の開発が必要である.

  • 平田 滋樹, 小寺 祐二, 荒木 良太, 佐藤 那美, 小林 喬子, 滝口 正明
    2020 年 60 巻 2 号 p. 341-344
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    イノシシ(Sus scrofa)保護管理は個体数調整だけではなく,被害管理や生息地管理と併せて実施されている.これら総合的な保護管理の中でも個体数調整のニーズは高く,近年その強化が図られている.しかし,イノシシの生息場所である林縁部周辺は雑木林や竹林のほか,管理不足の樹園地等多様な植生を含んでおり,他の中・大型哺乳類の生息地と重複することが多いため,イノシシをわなへ誘引するにあたり錯誤捕獲発生のリスクが高まる.このようなイノシシ保護管理の必要な場所は条件不利地でもあることから,ICT捕獲機材の導入や人材の育成教育により捕獲の省力化と錯誤捕獲のリスク軽減を併せて行う必要がある.

  • 中川 恒祐
    2020 年 60 巻 2 号 p. 345-350
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    西日本の6府県を対象にツキノワグマ(Ursus thibetanus)の錯誤捕獲対応時の情報をもとに,錯誤捕獲がもたらす生態系(捕獲対象種以外の種)へのインパクト,捕獲従事者や通行人等の安全上のリスク,錯誤捕獲個体への放獣対応等による行政コストの増加,アニマルウェルフェアの問題について報告し,管理上の課題を議論した.

  • 竹下 毅
    2020 年 60 巻 2 号 p. 351-358
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    長野県小諸市の許可捕獲体制の推移,ならびに,許可捕獲の際に発生するニホンカモシカCapricornis crispus(以下,カモシカとする)の錯誤捕獲状況について報告する.小諸市では許可捕獲実施主体を猟友会から行政へと移行させ,錯誤捕獲されたカモシカの放獣作業を行政職員が行う体制とした結果,不明な点の多かった錯誤捕獲の状況を把握することが可能となった.2016年4月から錯誤捕獲されたカモシカに耳標を取り付け,個体識別を実施した結果,44ヵ月間に68頭(延べ170回)が錯誤捕獲されていることが明らかとなった.このうち1頭は発見時に死亡しており,2頭は放獣翌日に衰弱死していた.35頭が複数回の錯誤捕獲を経験し,最も多い個体は14回の錯誤捕獲を経験していた.足くくりわなにより負傷する個体も数多く存在することから,錯誤捕獲を発生させない捕獲方法の確立や,錯誤捕獲個体を早く解放する捕獲体制の構築,放獣作業者ならびにカモシカに怪我をさせない放獣方法の確立と普及が必要であると共に,カモシカの錯誤捕獲に関する更なるデータの蓄積が求められる.

  • 福江 佑子, 南 正人, 竹下 毅
    2020 年 60 巻 2 号 p. 359-366
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/08/04
    ジャーナル フリー

    近年,錯誤捕獲への懸念が示されてきたが,鳥獣保護管理法ではその報告義務がなく,行政による捕獲従事者の管理もないため実態は不明である.鳥獣行政体制を刷新し,捕獲情報を詳細に把握し始めた小諸市では,中型食肉目の錯誤捕獲が総捕獲数の29.8~53.0%を占め,殺処分につながっていた.4年間の錯誤捕獲842頭のうち,中型食肉目は608頭(72.2%)で,そのほとんどがくくりわなによるもので,殺処分されていた(551頭,90.6%).また,くくりわなによる個体の損傷も大きかった.狩猟鳥獣となっている中型哺乳類は有害捕獲の許可を得ていればくくりわなで捕獲し殺処分しても違法とならないこと,殺処分する方が作業者にとって安全で報奨金が得られる場合があることが,錯誤捕獲個体の殺処分につながっている.錯誤捕獲の実態を明らかにし,捕獲方法,生態系,個体への影響について,科学的側面,倫理的側面から議論する必要がある.

特集 哺乳類科学60巻記念特別寄稿
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