日本地理学会発表要旨集
2015年度日本地理学会秋季学術大会
選択された号の論文の197件中151~197を表示しています
発表要旨
  • 濱 侃, 田中 圭, 近藤 昭彦
    セッションID: P926
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
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    電動マルチコプターは,小型化・低価格化と同時に,姿勢制御技術も向上し,UAV(Unmanned Aerial Vehicle)としてカメラやセンサーを搭載することで,低コストで近接リモートセンシングが実施できるようになった。また,SfM-MVS(Structure from Motion – Multi-View
    Stereo)ソフトウェアを使用することで,複数枚の重なり合う画像からオルソ空中写真,DSM(Digital Surface Model)を簡単に作成することができるようになった。UAVやSfM-MVSを地理学の手法として活用することで,様々な課題に対応できるようになる。
    本報告では,小型UAV(電動マルチコプター)およびSfM-MVS(Agisoft社PhotoScan Professional Ver.1.0)を実際に利用した,農業モニタリング,外来種モニタリング,放射能モニタリング,土地利用研究に関する事例を紹介する。UAV,SfM-MVSを地理学の手法として活用し,地理学が重視する地域の時間-空間認識の深化を目指す一過程として報告する。
  • 村山 祐司
    セッションID: S1103
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
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    GIS革命は,都市地理学にどのような方法論的発展をもたらしたであろうか. 都市に関するデータは多岐にわたり,センサスをはじめ膨大な地理空間情報がデジタル化され蓄積されてきた.最近では,POS,各種統計の個票,さらに都市住民がSNSを通じて発信するボランタリー情報なども利用可能になっている.リアルタイムで提供される非集計の情報は,位置と時間を付与した時空間データとして体系的に整備していくことが求められ,データベース構築に対してGISの果たす役割は大きい.コミュニティレベルを例に挙げれば,字,町丁,地区,学区,自治会区,あるいはメッシュなど,さまざまなスケール単位 で自在にデータを組み替えられるし,位置・時間情報を手がかりに,研究目的に沿う新たな空間データを作り出すことも難しくない.可変単位地区問題(MAUP)にも柔軟に対応できる. これまで概念提示に留まっていた精緻な空間モデルや分析手法を操作可能にするとともに,実証研究への適用を実現させたGISの功績は大きい.グローバル/ローカル・モデル,ボロノイ分割,空間的自己相関,パターン認識など,その事例は枚挙にいとまがない.高度な空間解析機能がGISソフトウェアにモジュールとして組み込まれ, GIS初心者でもこれらの機能を難なくハンドリングできる.これらの空間解析機能を駆使した実証的な都市地理研究を通じて,新たな知見が数多く見いだされている. 今日,高精細な衛星画像が安価で入手可能になり,リモートセンシング(RS)とGISを結びつけた都市の空間分析が存在感を増しつつある.たとえば,ランドサット画像から都市的土地利用・被覆を導出し,社会経済的特性や人口分布とグリッド単位でオーバレイさせ,それらの関連性を探る研究があげられる.ALOS,ドローン,航空レーザ測量などからDEM,DSMを導くことで建築物の高さ(DSM-DEM)を自動計測し,都市の水平的拡大とともに垂直的拡大を時系列的に3D可視化する試みもみられる.NDVI(植生指標)を算出し,定量的に都市緑地の量や分布を推定することもたやすい. 多種多様な属性が同一基準で都市ごとにデータベース化されれば,研究者間で情報を共有でき,都市空間の比較研究も飛躍的に進むであろう.これまでの都市地理学は,特定の都市を対象とした個別実証分析が多数を占めた.GIS革命は個々の都市の機能や特性を都市群全体の中に位置づける相対的思考を醸成させ,都市が有する一般性と固有性の議論を深化させた.GIS革命はいわば触媒の役割を果たし,GIS技術を武器にしながら,時空間概念を旗印に専門分化が進んだ都市地理学の諸分野を結びつけるだけでなく,時空間分析に関心を持つ隣接諸科学も引き寄せたと言えるかもしれない.

    計量革命は空間プロセスの研究を興隆させたが,GIS革命は空間プロセスから空間予測の研究,さらに空間制御・管理の研究へと都市地理学をいざなった.ジオシミュレーション技法を活用した空間予測モデル,遺伝的アルゴリズム,セルオートマタ,ニューラルネットワーク,エージェント・モデルなどを活用した精緻なシナリオ分析は,現実に即した都市政策や都市計画の策定に貴重な情報を提供する. 重要なのは,アーバナイゼーションやメトロポリタニゼーションといった空間プロセスを解き明かすメカニズム研究に加え,持続可能な都市像すなわち理想的なアーバニティ,メトロポリタニティを科学的に見定め,都市の空間動態を今後いかに制御・管理すべきかを科学的に提示することである.そこには,フォアキャストではなくバックキャスト的思考が求められる.GISの果たす役割は大きい.
  • 下京第四区の事例
    長島 雄毅
    セッションID: 419
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
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    1.はじめに

    本報告では明治時代初期における京都市中出身者の奉公先とその特徴を明らかにすることを目的とする。
    歴史人口学で使用される宗門改帳は、大都市では「現住地型」とよばれる形式の場合が多い。京都の宗門改帳も同様で、江戸時代における人口移動や労働移動に関する研究では転出者を検討することが困難であった。本報告は明治期の史料を使用することによって、こうした研究の空白を埋めることを目指すとともに京都の地域構造を理解するための一視点を提示したい。

    2.対象地域と史料

    明治初期の京都では、明治2年の第2次町組改正によって上京・下京で合計65組が成立した。下京第四区はそのひとつであり、三条・四条・烏丸・柳馬場の各通りに囲まれた28か町から構成される。明治期の地誌である『京都坊目誌』によれば、明治6年時点における下京第四区の人口は3,103人であった。
    本報告の史料としては、京都市歴史資料館所蔵の梅忠町文書(写真版)に含まれる「下京第四区 区内職分総計」を使用する。この史料は「本籍地主義」で作成されており、明治5年7月時点での各町における家ごとの職業がまとめられているほか、雇用労働に従事していた「雇人」の「奉公」・「通勤(日勤)」・「出稼」先が記載されている。以下ではそのデータを使用して、「雇人」の雇用先の広がりについて検討を行う。

    3.住民の奉公先

    下京第四区の「雇人」は合計で168人(男139人・女29人)が記載されており、区内人口の5%程度にあたる。ただし、10人以上の「雇人」が登録されている町がある一方、ひとりも登録されていない町もみられ、区内でもその人数にはばらつきがある。
    「奉公」は住込奉公を示していると思われ、120人(男93人・女27人)が記載されている。彼らの8割は京都市中へ、1割強は大阪へ奉公入りしていた。京都では下京第四区を中心として距離減衰的な分布がみられ、三条通や四条通など繁華な通りの大店への奉公が多くみられた。継続年数をみると、8割以上が5年以内であり、奉公の継続と終了の分岐点が5年目頃であったことが推察される。
    「通勤」は36人(男35人・女1人)で、上京へは5人、下京へは31人となっている。下京のうち、22人が下京第四区内、さらに11人は居住する町内への「通勤」であった。このように、彼らの「通勤」先は「奉公」よりもさらに近距離に分布していた。これは、彼らの多くが住込奉公を経て別家を許可され、主家の近隣に居宅を用意されたためと考えられる。
    「出稼」は12人と少数であるが、東京・大坂などの大都市のほか、渡島や薩摩といった遠方へも向かった者もみられた。ただし、彼らの場合は必ずしもすべてが雇用労働者ではなく、商売を行うために遠隔地へ向かった者もいたと思われる。

    4.おわりに

    工業化開始以前の明治時代初期の傾向は、江戸時代後期の状況をある程度反映していたものと考えられる。当時の京都の住民の奉公先は近隣の地区が多く、多数の奉公人を抱えるような表通りの大店が一定の影響を与えていた。
  • 中岡 裕章
    セッションID: P811
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
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    エコツーリズムは,持続可能な観光の一形態であることが知られている.このエコツーリズムの理念について,立場や視点の違いから様々な議論がなされてきた中で,一般には自然地域(Natural areas)の環境を保全し,かつ地元住民の生活が保障されるように教育的・解説的な活動を伴って実現する旅行(The International Ecotourism Society 2015)として認知されてきている.すなわち,世界的なエコツーリズムにおける主たる対象は自然地域と表現するように自然環境であるといえる.
    日本におけるエコツーリズム開発においても,はじめは屋久島や知床などの自然遺産地域で展開した.しかし,それら以外の地域は人間との関りの中で保全されてきた環境であることに加え,人文資源が混在する環境である.このため,エコツーリズム推進協議会(1999)はエコツーリズムを①自然・歴史・文化など地域資源を生かした観光の成立,②地域資源の保全,③地域資源の健全な存続による地域経済への波及効果の3点を実現するツーリズムと定義した.つまり,世界的なエコツーリズムの主たる対象が自然環境であるのに対し,日本では歴史や文化などの人文資源も対象として展開している.
    従来の研究では,エコツーリズムによる環境保全の方法やエコツアーガイドの重要性に加え,エコツアー実施団体の取り組みについて地域環境ごとに論じられてきた.しかし,エコツアーに携わる地域住民の参画意識に着目した研究は乏しい現状がある.また,エコツーリズムの発展の可能性を検討する際,地域社会の自然や生活文化に着目するだけでは不十分であり,地域住民の利害関心とエコツーリズム推進地域の社会的な背景に着目することが必要である.加えて,観光現象が成立する上で不可欠な観光客への視点の欠如や,階層性を無視してひとまとめに地域住民としているといった指摘もあり,両者の視点に立った実証研究が求められる.
    本研究では,埼玉県飯能市を事例として,エコツーリズム推進の社会的背景や地域社会の特色とエコツアー実施者の参画意識を整理しながらエコツーリズムの抱える問題点と課題を考察する.
    調査は2014年から2015年にかけて,飯能市役所観光・エコツーリズム推進課,飯能市エコツーリズム推進協議会,エコツアー実施者に対して直接面接調査を行った.
    埼玉県飯能市は,面積の約76%を森林が占め,林業を中心としてきた歴史がある.近年では産業の衰退に加え,山間地域を中心とした少子高齢化や人口減少が問題視されている.こうした背景の中,飯能市のエコツーリズムは,2004年の「エコツーリズム推進モデル事業」に対して飯能・名栗地区として参画したことからはじまった.2005年には「飯能市エコツーリズム推進協議会」を設置し,エコツーリズム推進に関する会議やシンポジウムの開催,エコツアーガイドの養成を目的としたオープンカレッジを開始した.協議会は,学識経験者,農林業関係者,環境保全活動実施者,関係行政機関職員などで構成されており,飯能市におけるエコツーリズムの基本方針を定める役割を担っている.
    本研究では,エコツアーに携わる50人に対するアンケート調査および聞き取り調査を実施した.飯能市のエコツアーは参加料を徴収するものの収益はほとんど無く,ボランティア的な活動になっている.こうした状況に対し,エコツアー実施者の間で意識に差がみられた.
    人口が集中する東部と飯能市以外に居住するエコツアー実施者は,生きがいや自分自身の勉強のためにエコツアーに携わる割合が高い.このため,エコツアーがボランティア的な活動である事について約78%が肯定的である.しかし,環境保全費用の獲得が出来ない現状や,エコツアー実施者に若者が少ないことについて否定的なエコツアー実施者もいる.
      一方,中西部に居住するエコツアー実施者は,人口減少や少子高齢化が進行する現状に対する危機感が強く,エコツアーがボランティア的な活動である事について約92%は否定的である.つまり,同じ自治体内であっても,居住する地域の状況や個々の利害関心によって,エコツーリズムに対する考え方が異なるといえる.
  • 廣野 聡子
    セッションID: 418
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
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    従来の植民地期台湾における鉄道に関する研究は多くなく、それらは植民地経済或いは植民地支配システムに着目し、主に官設鉄道を研究対象としたものである。一方、植民地期台湾では私設鉄道が大きな規模を持っており、人車軌道もよく発達していた事実は着目されてこなかった。そこで、本研究では人車軌道に着目し、台湾における人車軌道の発達の背景を整理し、その地域的な特徴を捉えた上で、植民地期の台湾における人車軌道がどのように位置づけられるかを検討することを目的とする。なお、当時の人車軌道は「軌道」あるいは「台車」と呼ばれていたが、本研究では「手押台車軌道」の呼称をあてたい。
    台湾総督府は台湾統治にあたり、台湾を南北に縦貫する鉄道の敷設を急いだ。縦貫鉄道は、北部と南部から同時並行で進められ、完工した部分から区間開業していったが、台湾中部は地形的制約から工事には時間を要し、台湾の南北の交通をいち早く確保したい総督府は、設備が簡易ですむ手押台車軌道を鉄道に先行して敷設して旅客と物資の南北輸送を一時的に補うこととした。
    縦貫線の開業後その軌道物資が民間に渡ることで、以後1900年代初頭からこれを用いた手押台車軌道の敷設が台湾各地で進められた。路線網は急速に拡大し、1915年頃には各地域と官設鉄道を接続させる手押台車軌道ネットワークが出現するに至った。1915年当時の手押台車軌道の営業距離は総延長が1600kmを越え官設鉄道の営業距離512kmの3倍を超える路線網を持っていた。
    手押台車軌道を敷設した主体は、初期投資が少額で済むことから大企業だけでなく、中小民間資本も多く参入し、極めて短時間のうちに手押台車軌道による交通ネットワークが形成された。
    手押台車軌道の路線延長は1915年に最も大きな規模を見せ、1920年代を通して増減を繰り返し、1930年代中頃から道路整備の進展とバス路線の拡充を背景として急激に路線を縮小させた。
    地域的な分布では、最盛期で新竹州と台中州の合計で路線延長1000km以上となっており、全台湾の手押台車軌道延長の6割以上を占めていた。これは山岳路線を多く抱えていたことと関係する。輸送実績面では、台北州の手押台車軌道が旅客・貨物ともに高密度・高収益の輸送を行っていた。台湾北部は南部と比べて製糖工場が少なく、地形も山がちであったことで、私設鉄道が発達せず、手押台車軌道の占める位置は大きかった。
    また、手押台車軌道は地域ごとに特徴ある物資輸送を行っており、統計に表れる物資以外にも、台湾日日新報の記事には金紙などを運んでいた記録も残っており、植民地的生産物以外にもローカル需要を反映した輸送を行っていたことがうかがえる。
    この手押台車軌道は植民地経済を支えた一方で旅客輸送でも大きな存在感を持っていた。一般には「台車」と呼ばれ、市街地では民家の軒先をかすめるように路線が敷設されていた場所もあり、身近な存在であったと伝わる。また、台湾独特の交通機関として内地向けの観光ガイドにも紹介されており、台湾を訪れた皇族方が手押台車軌道を利用して観光された記録も残っている。
    ただし、日本内地の旅行者や台湾駐在の内地人にとっては台湾独自の交通機関として認識されてはいたが、庶民にとっては運賃負担の面で日常身近に利用するものではなかったようである。一方、その構造の簡便さから個人的に台車を作成して、現代でいう自家用車、あるいは自家用トラックのように利用していた記録も残されている。
    以上をまとめると、植民地期台湾の手押台車軌道について以下が指摘できる。
    ・民間資本によって敷設が進められ、道路整備に先んじた交通網形成、特に山岳部の交通路確保に大きな成果をもたらした。
    ・路線規模では新竹州や台中州などの台湾中部が、輸送密度や単位路線距離あたりの収益では北部の台北州で、高い数字を見せた。輸送品目ではそれぞれの地域の産業の特徴が表れていた。このことから、手押台車軌道は敷設された地域の特色をよく反映する存在であるといえる。
    ・貨物だけでなく地域の旅客輸送でも大きな役割を持ち、台湾独特の交通機関として日本内地でも知られていた。植民地支配の道具としてだけではなく、民衆の生活の中でも様々な形で利用された交通手段だった。
  • 竹本 統夫, 浅見 和希
    セッションID: P928
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
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    日本と比べ広い範囲で降雪が観測できるスウェーデンでは、春になると融雪によって河川の流量が大幅に増加し、時には水害を引き起こす。この融雪出水はヴォールフロードと呼ばれ、スウェーデンを代表する自然災害の一つに数えられている。しかし近年では、その発生傾向に変化が見られる。特に南部では冬季の積雪が減り、発生規模の縮小が著しい。北部を流れるカリクスエルヴェンと南部のエムオーンの二つの河川の流量とその周辺の気象データの1961年~2013年の推移を調査したところ、北と南の両方で気温が上昇傾向にあり、北部で融雪次期が2週間から1ヶ月ほど早まっている一方で、南部では冬季の積雪または降雨が短時間で流出し、融雪出水の規模が小さくなる傾向にあることが明らかとなった。また南部では、夏に集中豪雨が増え年間の流量のピークが春から夏に移動する傾向も見られた。
  • 池上 文香, 浅見 和希, 齋藤 圭, 小寺 浩二
    セッションID: 602
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
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    五島列島は九州の最西端に位置し、長崎港から西に100kmにある。北東側から南西側に80kmに渡って11の有人島と52の無人島で構成され、人口は約7万人、総面積は420.87㎢である。ほぼ全域が西海国立公園に指定される程の自然景観を有する。本研究では宇久島、小値賀島、中通島、若松島、奈留島、久賀島、福江島を対象にして2014年5月3日-5日(82地点)、2014年8月27日-31日(179地点)、2015年3月15日-18日(189地点)の3回の調査を行った。現地では多項目計測器と比色pHを使用して気温、水温、電気伝導度(EC)、pH、R-pHを計測した。また、持ち帰った試料では全有機炭素の測定とイオンクロマトグラフィーを使用して主要溶存成分の分析を行ない、さらにGISを用いて土地利用や表層地質の流域解析を行った。
  • 神谷 浩夫
    セッションID: S1106
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
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    1.目的
    本報告の目的は,近年の都市社会地理学の発展の動向を振り返ることを通じて都市地理学の今後を考えることにある.そこでまず,都市社会地理学が隆盛となってきた背景を考察し,次に現代都市を対象として都市社会地理学的な研究が取り組んでいるテーマを概観する.最後に,今後の都市地理学と都市社会地理学の方向性について考えてみる.

    2.都市社会地理学台頭の背景
    都市社会地理学という用語は,比較的最近になって登場した.都市への社会地理学的な視点からのアプローチが近年になって発展してきたので,それらを都市社会地理学と呼ぶようになった.
    計量革命は従来の個別記述的な地理学研究を排し客観科学として法則定立的な地理学を確立しようする動きであり,地理学研究に多大な影響を及ぼしたが,その一方で多くの地理学者から強い反発も起きた.新古典派経済学における定量化は方法論的個人主義 に依拠しており,社会制度や社会構造の問題は考察の対象外に置かれてしまうからである.
    計量地理学に対する批判として台頭した新しい地理学研究のアプローチとして,第1に行動論的アプローチ,第2に構造主義マルクス主義のアプローチ,第3に人文主義的アプローチがある.

    3.その後の都市社会地理学の展開

    <シカゴ学派と都市社会地理学>
    1980年代に入って日本の都市地理学では,計量革命の影響を受けて中心地研究や等質地域区分あるいは社会地区分析においてコンピュータを活用して多変量解析を行う研究が盛んに行われるようになった.日本の都市地理学では,シカゴ学派都市社会学の中でもバージェスの同心円地帯構造やパークの同化理論に注目が集まったが,都市的生活様式としてのアーバニズムが引き起こす疎外や不安,逸脱といった問題に都市地理学者が取り組むようになるのは,1990年代の文化論的転回を経てからである.

    <文化論的転回>
    1990年代には,ポスト構造主義のアプローチが台頭し,カルチュラルスタディーズやポストコロニアル理論の影響を受けた研究が隆盛をみるようになった.都市研究では,都市景観や都市イメージ,そして空間そのものが社会的に構築されていることを読み解くアプローチが活発化していった.文化を重視するこうした見方は「文化論的転回」と呼ばれている.文化地理学的な研究は,従来の都市地理学において地図や図表による表現方法が多用されてきたことに異議を唱え,参与観察や深層インタビューなどを含むエスノグラフィーの手法が広く用いられるようになってきた.地図や図表による表現が忌避される理由は,それらは客観性を保証するために権力と結びついていることにある.しかしその一方,異質性を重視するポストモダニズムは過度な相対主義に陥る危険も指摘されている.

    <都市を取り巻く環境の変化>
    都市地理学の研究対象は,もちろん都市である.都市地理学の研究対象である都市そのものが変化すれば,それに対応して研究の方法や観点も変わらざるを得ない.現代都市を取り巻く環境は大きく変化しているが,グローバル化の進展と人口学的変化の影響が大きいだろう.
    グローバル化は,資本主義の深化とともに欧米諸国で多国籍企業が急成長し,国境を越えたヒト・カネ・モノの移動が活発化することで顕著となった.そしてケインズ主義福祉国家の後退により,貧富の差が拡大し,医療や福祉の分野では効率化が叫ばれるようになってきた.近年では社会の二極化が進み,貧困問題や失業問題が深刻化している.製造業では,多国籍企業は生産工程の再編成を推し進め,単純工程が海外に移転することにより,都市のサービス経済化は拍車がかかり,高度な対事業所サービスが拡大する一方で,医療や福祉など対人サービスでは低賃金が常態化しつつある.
    現代都市を取り巻く環境の変化として,グローバル化と並んで重要なのが人口学的変化である.少子高齢化の進展にともない,高齢者福祉施策の整備も順次進められてきた.その一方,1990年代に始まる民活路線の波は福祉の分野にも及び,中央政府および地方自治体の財政逼迫とも絡んで,福祉の営利化や切り捨てなども起きている.そのため,新しい公共の構築が急務となっている.
  • 東京都市圏を事例に
    杉本 興運
    セッションID: P810
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
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    研究の背景と目的  地理学における観光行動の研究では、国や世界レベルの空間スケールにおける観光流動データ、観光施設あるいは観光地レベルの空間スケールにおけるアンケートやGPSログなど、研究対象とする地域の縮尺によって独自の調査方法が確立されてきた。しかし、都市圏といった複数の都道府県をまたぐ広域的地域においては、データ取得の物理的な困難さなどから十分に研究が蓄積されてこなかった。しかし、最近では観光庁の観光動態調査事業(観光庁, 2014)のように、大規模人流データを用いた調査・分析によって、日本人観光客の行動についての詳細が解明されるようになった。また、昨今では他にも様々なタイプの大規模人流データが登場しているため、それらを利活用し、広域スケールでの観光行動の解明に役立てていく必要がある。本研究は特に、パーソントリップデータが詳細化された大規模人流データを使用し、都市圏という空間スケールにおける観光行動の特徴を、データマイニングの応用によって明らかにする。 研究方法 まず、東京都市圏の大規模人流データ全体から、観光目的で行動していた約1万人分の移動軌跡データを抽出した。その後、観光客数(トリップ目的が「観光」で訪れた観光客の訪問数)上位15以内の地域を対象に、それぞれの平均訪問時刻、自地域を含めた観光目的での訪問地域数の割合、複数地域訪問の事例を抽出した。さらに、訪問地域に関する相関ルールの算出によって訪問されやすい地域および地域の組み合わせを算出した。なお、データの処理としては、データ全体をPostgreSQLで管理し、そこからR言語によって必要なデータを取り出し、分析する方法をとった。 分析結果 抽出された15地域は、浦安市(TDR)をはじめとして、台東区(上野、谷中;雷門、浅草)、千代田区(皇居外苑、丸の内)、鎌倉市(長谷、由比ガ浜)、箱根町など、観光で有名な地域である。訪問地域数の算出結果では、千代田区(皇居外苑、丸の内)以外は一箇所の地域訪問つまり自地域だけに訪問した観光客が70%以上を占めていた。したがって、東京を訪れた日帰り観光客の大部分は、様々な地域をまたがるような広い範囲での周遊行動ではなく、一つの地域内部で観光を行っていた。特に、浦安市(TDR)と箱根町は90%以上が自地域訪問のみであり、かつ平均滞在時間が長かったことから、観光客にとって一箇所長時間滞在型の地域である。複数地域を訪問する行動パターンの事例としては、千代田区(皇居外苑、丸の内)から台東区(上野、谷中)あるいは港区(虎ノ門、六本木)への移動、鎌倉市(長谷、由比ガ浜)・藤沢市(江の島)間の移動など、隣接する区部あるいは市部間の移動がみられた。さらに、千代田区、台東区、港区など都心にある区では、観光客の同一区内部の地域間移動も多くみられた。ただし、この移動パターンに関しては、市区町村を分析の地域単位にした場合に、特定区部への一箇所訪問とみなすことができる。 次に、複数地域訪問において、どのような地域の組み合わせが頻繁に出現するのかを、相関ルールの算出によって求めた。その結果、いくつかの出現しやすい訪問地域の組み合わせが抽出された。本発表ではそれらの特徴についても言及する。   参考文献 観光庁(2014)GPS機能による位置情報等を活用した観光行動の調査分析報告書. http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/kankochi/gps.html(2015.02.14 アクセス)
  • - 岩手県西和賀町の事例から
    鷹取 泰子, 佐々木 リディア
    セッションID: 108
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
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    ■研究の目的と事例地域概観
    本研究は農村を志向し移住する若者たちの協働の実情とそれを支える社会経済的システムを明らかにすることを目的とし、ここでは岩手県西和賀町の事例を報告する。
    2005年の町村合併により誕生した西和賀町は、岩手県西部、奥羽山脈の中央に位置し、秋田県と隣接している。特別豪雪地帯に指定され、冬場の就労場所不足がネックとなっており、ダム建設や鉱山閉山を経て人口は減少し続け、高齢化が著しい(65歳以上人口:43%;2010年国勢調査)。また、町では総務省による「地域おこし協力隊」を招聘し、地域活動の活発化を模索している。

    ■西和賀町で協働する農村志向の若手移住者たちの諸相
    酪農家のA氏は、同町に入植した酪農家の父親の元で育ち、県内高校から東京の農業大学に進学、1年間のアメリカ留学を経て、現在は両親と共に酪農に従事している。希少なブラウンスイス種を導入したり、仔牛肉用の雄子牛を飼養したりしながら、Non-GMO飼料による酪農を行い、地元の乳業メーカーに生乳を出荷する。将来の加工製造も検討しながら、A氏が牧場を引き継ぐ際は放牧による省力化を図りながら経営行う計画である。また入植2代目として地域の歴史や継承されてきた文化を尊重し、後世に残すための活動・運営にも関わっている。こうした活動の背景に、大学時代の人脈やアメリカ留学が影響を及ぼしている様子がうかがわれた。新しい町の歴史の構築にも熱心に取り組むA氏の姿勢に共感し、その活動を支援する地域の先達の存在も認められた。
    岩手県S町出身のB氏は非農家から東京の大学に進学、サラリーマン経験を経て、東日本大震災を契機に地域おこし協力隊員に応募・採用の後、西和賀町内で農作業から雪下ろし、イベント企画など、広範囲の活動に従事してきた。今後は冬場の除雪作業、融雪後の山菜栽培の二本立てで生計を立て、必要に応じた山岳ガイド・狩猟などの副業も視野に入れつつ、将来の人生設計をしている。
    その他、大都市圏での進学・就労経験を経て、様々なきっかけで訪問した西和賀町に魅力を感じた/再発見した若者たちは、互いに協力し合いながら、移住前の経験・特技・ネットワーク等を現場での活動に生かすのみならず、旧態依然とした地域社会へ時に果敢に働きかけつつ、この地域で生きる道を様々に模索している。

    ■西和賀の若手移住者を支える社会経済システムと課題
    西和賀町の若い移住者らを支える1つのシステムは「地域おこし協力隊」の事業である。同町による彼らの活用方策は未だ手探りの部分も大きく、隊員らの意向と配属先に関するギャップ等が認められたが、5年間で10名の隊員を採用、うち2名は任期を終了後も引き続き町内に在住、2015年7月時点で8名の隊員が地域の活動に携わっている。また地域の農林産業、食文化に関する豊富な知識・経験を持つ様々な達人の存在・影響は大きく、地域づくりに向けて意欲的な彼らが町内で活動を継続・定住化するにあたり、良き理解者・支援者となっている。
    またA氏とその父の海外研修経験は、それを支援する団体に大きく支えられていた。一家の現在の酪農経営を支える第三セクターの地元乳業メーカーは牛乳の生産・販売への依存から加工品開発へシフトしており、将来はA氏が出荷するブラウンスイス種の濃厚な生乳を分別管理・活用することで特徴ある商品開発の実現も見据える。
    さらにインターネットの発達や交通インフラの整備は、町内出身者がUターンする要因の1つであり、通常は自然豊かな農村で生活を送り、必要に応じて都会を利用するというライフスタイルの確立に寄与しうる。移住者たちはSNSを通じた地域内外との繋がりを持つことが日常となっており、自身が築いてきたネットワークに向け、西和賀の魅力の発信をしている。一方で、観光施設のネット環境の整備は未だ発展途上であり、中短期の滞在者の利用しやすいネット環境の整備が課題となっていた。

    ■まとめおよび展望
    西和賀町は県内で最も大幅な人口減少が予想される自治体として報道されたが、豊かな自然、文化の歴史、地域内外と協働した諸活動の実態は決して暗いものばかりではなく、将来を期待させる取り組みが若手移住者らの奮闘により様々な方法で模索されている様子が確認できた。また、現在進めている比較研究において、EUやNGO等により支援・維持されているルーマニアの農山村に対し、日本の農山村の場合、自治体や国の制度・諸団体・仕組みに大きく支えられた実態が本事例から推測された。
  • 鷹取 泰子, 佐々木 リディア
    セッションID: 107
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    本報告では、ルーマニア・南トランシルバニア地方で活躍する「ADEPT Transylvania Foundation (アデプト・トランシルバニア財団)」というNGOの活動に注目した。ルーマニアでは1989年の革命以降、NGOの数が増えており、6万2千団体以上が登録されているが(2010年時点)、農村地域で活動する団体はその3割にも満たない。

    事例として取り上げる本財団はEUの共通農業政策のもと、地元自治体や他のNGO・財団法人と協力し、農村の持続可能な発展や伝統的な農村景観の保全などを目指した活動を行っている。その活動は主に以下の3つのレベルで行われている。

    まず、地域コミュニティーのレベルでは、具体的に様々な事業(環境調査・保全、持続可能な農業に関するコンサルティング、食品加工開発・マーケティングなど、農村経済の多様化に関する零細・中小企業・起業家へのサポート、地元学校での環境教育など)を実現させている。

    また、地域レベルでは、共通農業政策の支援金やその他のスポンサー、財団の支援を取り付ける役割を果たしている。

    さらに、国・EUレベルでは、共通農業政策の改善を目指して、地域コミュニティーのニーズに合わせた政策や支援金の実現を求め、ADEPTが実際に提案し、小規模農家を対象とした支援金制度が2014年より実施されるようになっている。

    10年以上にわたって実績を積んだこのようなNGOの活躍と、農​村​の​持​続​可​能​な​発​展への貢献が今後も期待されている。
  • ―多様性と共通性からみる―
    山内 洋美
    セッションID: P821
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
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    1.はじめに
    アフリカとラテンアメリカは,高校地理の地誌分野で扱うに当たって,生徒の関心も薄く,誤った認識を持ちやすい地域であるように思われる。例えばメンタルマップにおいて,アフリカ大陸にブラジルを,あるいは南米大陸に喜望峰を記入したりする生徒もみられたりする。また白地図での作業において,アフリカ大陸と南米大陸を取り違える生徒もクラスに複数見られる。このように,この2つの地域は混同しやすい地域であることがうかがえる。
    なぜ,このように混同しやすいのか。まずアフリカ大陸と南米大陸の形および位置する緯度が似ていること,また双方の地域に位置する国名や地名になじみが薄い,いずれも物理的にも心理的にも「遠い」地域であることが考えられる。したがって,この2つの地域を地誌分野で扱う際に,どうしても貧困や格差,紛争等,過剰に現代的な課題を用いて生徒の関心・意欲をかきたてることになりがちであり,その地域の地誌を適切に提示しているとは言いにくい。
    以上のような問題意識を踏まえて,2006年に南アフリカ,2008年にケニア・ウガンダ,2014年にパラグアイ・ブラジルを訪れた経験を活かしつつ,アフリカとラテンアメリカの地誌を比較する授業を立案し,実施の際の課題を提示したい。

    2.無視されるアフリカとラテンアメリカの多様性と共通性
    アフリカとラテンアメリカは,いずれも授業を組み立てるにあたって最も資料が手に入れにくい地域であり,さらに限られた時数で地誌を扱うためなのか,教科書や副教材等に記された情報にも偏りや強引な一般化がみられるため,それが生徒にとってアフリカとラテンアメリカをさらに「遠い」地域にしているように感じられる。
    例えば「アフリカの食事風景」と題してトウモロコシ・雑穀等の粥を食べる写真を紹介しておいて,ともに並ぶ食事風景の写真には「インド」「モンゴル」「フランス」と国名を冠しているなど,複数国が含まれる地域と国を同列に扱うような事例がみられる。「アフリカ」は多様だと述べておきながら,ブラック・アフリカの一部のみの情報が「アフリカ」の情報として与えられるのである。また,「ブラジル」を取り上げることで「ラテンアメリカ」を扱ったことになっている教科書もある。これらの例からも,生徒が触れる教科書や副教材から偏りのあるステレオタイプが植えつけられる恐れがあると感じる。
    一方で,これらの地域の日常的な暮らしはなかなか浮かび上がってこない。アフリカのスラムに暮らすアフリカ系黒人の中学生が,携帯電話を持ちナイキのシューズを履いてブレイクダンスに興じる姿はおそらくイメージできないであろうし,ラテンアメリカの内陸部で,明らかにヨーロッパ系白人の風貌を持つ人々が,小規模自給的・集約的な農業に汗水たらしている姿も想像できないであろう。それらもアフリカやラテンアメリカのある地域の一つの姿であるにもかかわらず。これまで地域の特性を表そうとするあまり,そのような例に象徴される多様性を無視して授業を行ってこなかったかと反省しきりである。
    また,ラテンアメリカ原産のさまざまな作物は,今や世界中で栽培され,食料にそして飼料や工業原料として欠かせない存在となっており,特に生活文化において似たような特性を持つ一つの要因となっているように見える。その中でもトウモロコシとキャッサバを取り上げてみると,アマゾンの熱帯雨林原産のキャッサバはアフリカにおいても熱帯地域で食べられており,ラテンアメリカで食べるのと同じようにゆでて,何らかのソースをかけて食べることが多いという意味で共通性を持っている。一方で,中米原産と考えられるトウモロコシは比較的多様な地域に広がっており,粉にして焼いて食べるトルティーヤやタコスなどが有名であるが,パラグアイではソパ・パラグアーニャと呼ばれるケーキ状のものになる。またアフリカに渡れば粥や餅状になるという意味で多様性が生まれる。
    このような,これまであまり取り上げることのなかったアフリカとラテンアメリカの共通性と多様性を扱うことで,ステレオタイプから脱却する形の地誌を提示すること,そして2つの地域に共通する事象と大きく異なる事象を比較することでそれぞれの地域について「誌」すことを試みたい。

    3.比較地誌の授業を立案するにあたっての課題
    授業のキーワードとして考えているのは「気候」とかかわる「作物の伝播」・「移民」であるが,歴史的背景が重要であり,「多様性」と「共通性」についてわかりやすくシンプルな比較を行うことは難しい。どのような比較を行うか,また具体的にどのような課題が生まれたか等については,当日の発表において述べたい。
  • 小口 高, 村山 祐司, 久保田 光一, 貞広 幸雄, 奥貫 圭一, 山内 啓之
    セッションID: 302
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    GISの教育は、地理学の今後の発展のために重要である。欧米では1980年代にGISが急速に発展し、地理学にも積極的に導入されたが、日本での導入は遅れた。この遅れは今日までにかなり解消されたが、全国の地理学科や関連学科におけるGIS教育の量と質が十分ではないことも指摘されている。一方、日本の地理学関係の研究者が、GIS教育を充実させる3つの科学研究費(基盤研究A)のプロジェクトを行ってきた。具体的には「地理情報科学標準カリキュラム・コンテンツの持続協働型ウェブ・ライブラリーの開発研究」(平成17~19年度、代表者:岡部篤行)、「地理情報科学の教授法の確立-大学でいかに効果的にGISを教えるか-」(平成17~20年度、代表者:村山祐司)、「地理情報科学標準カリキュラムに基づく地理空間的思考の教育方法・教材開発研究」(平成21~25年度、代表者:浅見泰司)である。その結果、GIS教育の基本となるコアカリキュラムと、GISの諸概念の学習および思考法を発展させるための教材が整備され、ウェブや出版物を通じて公開された。 しかし、GISを活用できる人材を育成するためには、実際にデータを取得・入手し、ソフトウェアを操作し、野外調査にもGISの関連技術を活用し、成果をGISを用いて効果的に発表する技法の教育が必要である。これは2014年9月の日本学術会議の提言「地理教育におけるオープンデータの利活用と地図力/GIS技能の育成」でも強調されている。このような教育を実現するためには、GISに関する実習の充実が重要である。上記したプロジェクトでは、講義用の資料や教材の整備が主な目的であり、実習に関する検討は少なかった。 そこで演者らは、これまでの科学研究費によるプロジェクトの成果を踏まえつつ、大学の学部や大学院におけるGISの実習を充実させるための教材を開発し、社会に公開するための新たなプロジェクトを開始した(科学研究費基盤研究A「GISの標準コアカリキュラムと知識体系を踏まえた実習用オープン教材の開発」、平成27~31年度、代表者:小口 高)。開発する教材では、室内でのGISソフトウェアの活用、GISと関連した野外調査、インターネットの活用の3点に関する技法を主に取り上げる。また、開発する実習の教材を、以前のプロジェクトで作成されたGIS教育のコアカリキュラムと講義用の資料や、地理学の古典的な概念と関連づける。また、情報系の研究者も本プロジェクトに参加し、情報科学を学ぶ学生のためのGIS教材の開発と、地理系との連携を模索する。 教材の構築の際には学部3~4年生の実習の授業や、自主学習を念頭に置く。一方で高価な機器が必要といった制約がある先端的な課題については、概念を紹介するウェブページや、機器を操作する場面のビデオなどの教材を整備し、機器がなくてもある程度の学習ができるようにする。 本プロジェクトを通じて作成された実習教材は、試用と改良を経た後にインターネットを通じて一般公開し、学部や大学院のGIS実習や、学生や市民の自習に利用できるようにする。とくに無償のGISソフトウェアであるQGISを教材の主要な対象とし、実習に用いるデータも無償でダウンロードできる国土基盤情報などを活用することにより、経費をかけなくてもGISを学べるようにする。また、利用者が教材の問題点を報告し、教材を随時改善するための仕組み(オンライン掲示板等)を整備する。さらにアンケート等を通じて、GIS実習が地理学的認識の向上に与える効果も検討する。 本プロジェクトには現時点で日本全国の31名の研究者が参画している。成果は上記のようにオンラインで公開するとともに、日本地理学会・地理情報システム学会の学術大会などでも随時紹介していく予定である。
  • 吉次 翼
    セッションID: 204
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー

    東日本大震災から4年が経過し,津波被災地における住宅再建・復興まちづくり事業がピークを迎えている。三陸沿岸の被災自治体の多くは,人口減少・高齢化に対応した“コンパクトなまちづくり”を政策目標に掲げているが,個別具体の事業実施にあたっては,津波対策やコミュニティ維持の観点から「従前の集落単位による高台等への集団移転」を目指す場合が大半であり,一定程度の居住地の拡大・拡散が避けられないという矛盾も抱えてきた。
    こうした当初からの課題に加えて,①地形的制約や用地収得の難航に伴う移転団地の分散化,②集団移転希望世帯の減少に伴う移転団地の小規模化,③一部の移転団地・災害公営住宅への移転希望世帯の集中に伴う地域的偏在等,計画策定時点では十分に想定されていなかった課題も顕在化しつつあり,さらなる居住地の拡大・拡散やコミュニティの分離・再編が懸念されることを前稿(2014年春季学術大会,2014年3月28日口頭発表)において報告した。
    本稿は,こうした問題意識に基づきながら,集団移転をはじめとした復興まちづくり事業による都市構造の変容について,とくに“コンパクトなまちづくり”(コンパクトシティの形成)という観点から考察を述べる。具体的には,本震災最大の被災自治体である宮城県石巻市を調査対象として,同市における「住まいの確保に関する事業(※)」の運用実態分析から,実証的に明らかにする。

    ※本稿においては、復興交付金基幹事業として指定されている「防災集団移転促進事業(防集)」「被災市街地復興土地区画整理事業(区画整理)」「災害公営住宅整備事業(災公)」 の3事業(平成27年3月末時点)を調査対象としている。
  • 小山 拓志, 土居 晴洋, 伊南 翔太, 坂本 皓貴, 加藤 歩
    セッションID: 301
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
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    地理学野外巡検では,一般的に紙媒体の資料を作成・配布し,それを基に案内者が解説をおこなうことが多い。しかし,紙媒体の資料は,鮮明な図表や写真を掲載するには限界があり,さらに野外において自由にそれらを拡大・加工することができないという欠点がある。そこで,大分大学地理学教室では,野外巡検の際に紙資料に加え,ICT(iPad)を活用するなど,これまで新しい野外巡検のスタイルを考案し,その効果を検証してきた(小山ほか,2014)。
    ICT (iPad)活用の利点は,野外巡検の資料として鮮明な図表や写真を使用することが可能になったことに加え,Google Earthなどによって3次元(3D)表現も容易にできるようになったことである。しかし,地形のような凹凸を現地でより理解させるためには,画面内での3D表現だけでは,学部1年生のような地形に対する知識,あるいは地形そのもののイメージが無い学生に対しては難しい。
    そこで,発表者らは,2015年6月27日に,大分県日田市で実施した地理学野外巡検(参加学生16名)において,3Dプリンターで自作した3D模型を,紙資料の補足資料として試験的に導入した。本発表では,参加学生に対する事後アンケートの結果を基に,効果と課題について報告する。また,地理教育への発展の可能性についても検討する。
    参加者に対して,3D模型を活用した解説が分かりやすかったかどうかを問うたところ,河成段丘の解説では,69%が「分かりやすかった」,「どちらかと言えば分かりやすかった」と回答した。その理由としては,「実際に手で触れたことで,どこが段丘面(平坦面)か理解できた」や,「3D模型を触ることで地形のイメージがつかめた」などが挙げられた。一方,「あまり分からなかった」,「まったく分からなかった」という回答も,河成段丘や残丘の解説地点で約30%を占めた。その理由としては,「3D模型のどこを見れば良いのか理解できなかった」,「どちらの方向を向いているのか理解できなかった」などが挙げられた。また,「数が少なくて模型を見られなかった」という意見もあった。  
    3つのタイプの3D模型は,とくにTtが分かりやすかったと好評であった。Ntが分かりにくい理由として最も多かったのは,「現在地が分からない」という意見であった。  
    以上のことから,3D模型は野外巡検の補足的資料として十分効果的であるということが明らかとなった。しかし,3D模型の「色」や「数」を,参加者の能力や人数に応じて十分工夫しなければ,有効活用できない可能性がある。
  • ―カウンティ・ダウンのバンガーを例にして―
    河島 一仁
    セッションID: 318
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
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    本報告は、現在の北アイルランドに位置するBangor が、19世紀に海浜リゾート地へ変貌する過程を捉えることを目的としている。その際に、Belfastとの関係を基軸に据える必要がある。資料として、six-inch
    maps、
    Ordnance Survey Memoirsなどを用い、通りを単位とする店舗構成に関しても詳細に分析した。Dublinとその海浜リゾート地であるKingstownとの関係はつとに知られているが、

    Bangorに関してはほとんど知られていない。本報告を契機にして、19世紀歴史地理学でのツーリズム研究を位置づけることが可能となる。
  • 吉田 圭一郎
    セッションID: 613
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
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    I はじめに
    地球温暖化にともなう気候条件の変化は森林生態系を大きく変化させると考えられ,植生がどのように応答するのかを把握することが急務である.特に,植生帯の境界域(ecotone)は気候変化に対して敏感に応答すると考えられており,実際に近年では,森林限界を含めた植生帯境界域では植生分布の変化が顕在化しつつある(例えば,Beckage et al. 2008など).こうした植生変化と気候条件の変化との関係を検討するためには,植生帯境界の決定機構を明らかにする必要がある.
    箱根・函南原生林は日本を代表する常緑広葉樹林帯(照葉樹林)と落葉広葉樹林帯(ブナ林)との植生帯境界にあたり,標高傾度(気温傾度)に沿って常緑広葉樹林帯から落葉広葉樹林帯へ推移している.これまでの研究から,常緑広葉樹の実生の定着率は標高傾度に沿った変化がみられない一方で,分布上限で常緑広葉樹の個体サイズが低下することが明らかとなった(Sawada et al. 2010).これらのことから,常緑広葉樹林と落葉広葉樹林の境界の形成には分布上限における常緑広葉樹の生長抑制が関わっていることが予想される.
    そこで本研究では,植生帯境界域における樹木の生長に着目し,函南原生林の常緑広葉樹林での優占種であるアカガシを対象に幹生長量の標高変化を明らかにした.また,年輪気候学の手法を用いてアカガシの生長と気候条件との関連性を検討した.そして,これらに基づき,常緑-落葉広葉樹林の植生帯境界の決定機構を考察した.
    II 調査地と方法
    調査地は,箱根外輪山の鞍掛山南西斜面(標高550m~850m)に位置する函南原生林である.函南原生林は「不伐の森」として200年以上前より保護されており,自然状態を保持している.函南原生林には,アカガシが優占する常緑広葉樹林と,ブナやイヌシデなどが林冠構成種となる落葉広葉樹林がみられ,これらの植生帯の境界域を成している.
    樹木の生長の季節変化を明らかにするため,常緑広葉樹林帯上部(標高600m),植生帯境界(標高700m),および落葉広葉樹林帯下部(標高800m)において,アカガシの主幹に計43個のデンドロバンドを設置し,幹の生長量を月1回計測した(2006年および2009年).また,気候条件との関連性について検討するため,成長錘を用いて標高毎にアカガシ15個体から各2本の年輪コアを採取した(2014年9月,2015年1月).実験室でヤスリがけなどの処理を行ったのち,年輪幅を0.001mmの精度で読み取り,三島の観測データと合わせて解析した.
    III 結果と考察
    デンドロバンドによる計測の結果,アカガシの幹生長には標高変化が認められ,相対生長速度(RGR)は標高の上昇に伴い低下した.アカガシは全ての標高において5月から9月にかけて生長していたが,生長量の季節変化には標高傾度に沿った変化が認められた.すなわち,標高600mと700mでは5月中旬から6月にかけてアカガシの幹の急速な生長がみられ,7~8月に最大の生長速度を示すのに対して,分布上限の標高800mでは生長速度のピークが1-2ヶ月遅れて9月に現れていた.これらのことから,函南原生林では分布上限において,常緑広葉樹の生長が抑制されていることが推察された.
    年輪幅を用いて樹木の生長と気象条件との関連性を解析した結果,アカガシの幹生長と気候条件とには良い対応関係がみられたが,その一方で気候条件に対する生長の応答は標高毎に異なっていた.標高600mでは8月と9月の気温と正の相関関係がみられ,標高700mでは生長期間(5月~9月)を通じての気温と正の相関関係が認められた.標高800mでは,生長期間初期(5月・6月)の気温との対応関係がより顕著になった.これらのことは,常緑広葉樹の生長が生長期間の気温に応答しており,特に常緑広葉樹の分布上限では生長期間初期の気温が年間の生長量に強く影響することを示している.
    本研究の結果から,分布上限において常緑広葉樹の生長が抑制されるため,標高傾度に沿って個体サイズが低下し,常緑広葉樹林と落葉広葉樹林との植生帯境界域が形成されていると考えられた.また,常緑広葉樹の生長は気候条件と対応しており,特に常緑広葉樹の生長期間初期の気温が植生帯境界の形成に重要な役割を果たしていると推察された.
    本研究は,平成27年科学研究費補助金基盤研究(C)「安定した立地における森林動態を考慮した地形-植生関係の実証的解明」(研究代表者:吉田圭一郎)による研究成果の一部である.
  • 佐藤 浩, 宇根 寛
    セッションID: 605
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    2015年4月25日のネパール地震(Mw7.8)の震源域を対象に,ALOS-2/PALSAR-2データからオリジナルのSAR干渉画像を生成した。この画像には地殻変動性の広域的な位相の変化を含むため,この地震で生じた地すべりによる局所の位相の変化を判読するには必ずしも適切ではない。そのため,相互相関係数が0.3以上の位相からTIN(不規則三角形網)による場合とスプライン曲面による場合の位相の内挿補間を行い,これを広域的な位相の変化と仮定して,オリジナルのSAR干渉画像から差し引き残差画像を計算した。その結果,スプライン曲面よりもTINで内挿したほうが,残差画像で地震による地すべりの局所の位相変化を判読するのにより良いことが判った。今後,Google Earth上で閲覧可能なGeoeye等の光学画像と比較して,その位相変化が実際の地すべりと対応するか調べる。
  • 阿部 日向子, 小寺 浩二, 池上 文香, 濱 侃
    セッションID: P929
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー


    日本には数多くの島嶼が存在し、各々特有の環境や文化を有している。しかし離島においては水資源が限られているため水環境に関する研究は重要であり、現在離島における水文研究が各地で行われている。しかしその一方で玄界灘の島嶼に関する水環境や水質に関する文献は未だ少ない。そこで本研究では、玄界灘に位置する壱岐島の水環境を明らかにした上でそこに存在する課題を探った。水質調査及び溶存成分の解析の結果、島全体の水の特徴として全体的にpH値が高く、Ca-HCO3型・Ca-So4,Ca-Cl型のものがほとんどであることが分かった。今後も引き続き調査・解析を進めると同時に流域解析も進める予定である。
  • 猪股 泰広
    セッションID: P812
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに
    近年,富士山の世界文化遺産登録や国民の祝日としての「山の日」制定など,山岳地域への関心が高まっている.観光対象としての山岳地域は,自然・文化の多様性や非日常性といった多くの魅力を有する一方で,人間活動の影響に対して実に脆弱である(Nepal and Chipeniuk 2005).人間による利用が進むこと,およびそれに伴い必要となる保全施策が進むことで,本来的に山岳地域が有する魅力を享受できなくなる,すなわち利用体験の破壊が生じるため(八巻 2008),利用目的や環境に応じた地域づくりが必要とされている.これについて,レクリエーション機会多様性(ROS)概念を用いた検討は多数なされているが,あくまで現況の指標に基づくものであり,地域的文脈はあまり考慮されていない.そこで本研究では,近代登山発祥以降の観光利用の進展が顕著な北アルプス槍ヶ岳周辺地域を対象に,山小屋の機能や周辺環境の変化に着目することで,登山観光地域の変容過程を明らかにし,今後の地域づくりの指針を得ることを目的とする.
    2.対象地域
    槍ヶ岳(標高3180 m)は,長野県,岐阜県の境界に位置する北アルプス南部・槍穂高連峰の主要ピークである.東側に連なる常念山脈の存在や梓川沿いの地形の急峻さにより,近代登山発祥(1900年頃)以前は信仰登山目的などで僅かな人が立入るのみであった.1916年に営林署による島々~徳本峠,明神~槍ヶ岳の登山道が整備されて以降,要衝における山小屋開業とともに,槍ヶ岳周辺地域は登山観光地としての性格を表し始めた.槍穂高連峰や常念山脈は一帯が国有林であり,また中部山岳国立公園に指定されている.
    3.登山の大衆化と地域の変容
    1920年前後,槍ヶ岳をめぐる登山道整備の進展に伴い山小屋の開業が相次いだ.当時は登山者の宿泊・休憩だけでなく,より高所にある山小屋への物資補給のための歩(ぼっ)荷(か)の中継施設としての機能を担う山小屋が多かった.1927年の釜トンネル開通,1929年のバス運行開始により,登山の起点が上高地に移ると,小屋の収容能力を超えるほどの登山者が訪れるようになった.高度経済成長を迎える頃には,収容人数増を目的とした小屋の増築が進んだことと,物資運搬手段としてのヘリコプター導入により,歩荷では不可能であった重い建材や新鮮な食料の供給が可能になったことが,設備充実や美味しい食事の提供をもたらし,登山者の利用体験の向上につながり,登山の大衆化を推し進めた.
    1970年代になると環境問題が顕在化し,1975年には国立公園で初となる上高地マイカー規制が実施された.こうしたことによる登山停滞期を経て,1990年頃から中高年,とくにレートビギナー層による登山が卓越するようになった.これを受けて,定員数百人の大規模な山小屋では,調理用コンベクションオーブンやビールサーバーを導入するなど,更なるサービスの向上を図っていた.一方で,増加する登山者の環境影響やそれに伴う利用体験の悪化を最小限に抑えるため,無放流水洗トイレの導入や官民連携での登山道整備の取り組みなどが行われている.今後の登山者の質的変化により,地域に求められるものも変化するであろう.
  • 森本 健弘
    セッションID: P814
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    目的と方法 農業の生産規模を部門にかかわらず統一的に把握するには金額で表される生産高が有用である.これから生産性を算出し構造的な検討の出発点とすることができる.地理学においては生産性の分布パターンやその変動を都道府県以下のスケールを単位として詳細に検討する研究が1960年代からさまざまに行われ成果を蓄積してきた(近年では犬井・大竹,2012).それらは農林水産省生産農業所得統計の市町村別値を利用してきた.しかし2006年を最後に市町村別値の公表が取り止められたためこの方法による研究の継続が困難になっている. そこで本研究では農業の生産規模と生産性を把握する代替的な統計を作成しそれに基づく検討を行う.この目的のため農林業センサスにおける農産物販売金額規模別農家数を用いる.すなわち農産物販売金額階級別に表章された農業経営体数に各階級の中央の値を乗じて総計することにより地域別の農産物販売金額合計の推計値を求め,これを経営耕地面積で除すると土地生産性の,農業労働力で除すると労働生産性の指標が得られる(井上・森本, 1991).農林業センサスは農業経営体を対象とする悉皆調査であるから,これらの指標は地域の属人的な農業生産規模を示すことになる.農林業センサスでは市区町村別や農業集落別の表章が行われているので,ミクロな地域差を把握することも可能である.本報告ではまず農産物販売金額および生産性の推計値を求め,得られた結果の特徴を取り上げる.このとき地域的な特性を都道府県別,市区町村別の2つのスケールからみてゆく.
    手順 2010年農林業センサス結果の公表データから農産物販売金額規模別経営体数のデータを取得し,上述の手法で農産物販売金額の推計値を求めた.販売金額5億円以上の階級ではその上限が定められていないため便宜的に7億円を経営体数に乗じた.この結果を経営耕地総面積の値(ha)で割って土地生産性の指標とした.
    結果 経営耕地1haあたり農産物販売金額の推計値を都道府県別にみると神奈川県(523万円),宮崎県(506万円),愛知県(502万円)が最高の水準にあった.いずれも園芸や畜産が主要な経営部門となっている県であり,これらに次ぐ地域もやはり園芸や畜産を主要な経営部門としていた.一方150万円より低い地域は10県あり,稲作を主要部門とするものが目立つ.たとえば新潟県,石川県,宮城県,富山県,秋田県,福井県である.大規模な畑作・畜産の卓越する北海道では最も低い.この指標はそれぞれの地域で主要な経営部門の土地当たり収益性を反映している. 全国の市区町村について,販売金額規模別経営体数が秘匿されているものを除きこれらの指標を得た.経営耕地1haあたり農産物販売金額が1000万円を超える23の市区町村には,多数の経営体が高い販売額をあげる全国有数の園芸産地(神奈川県三浦市,愛知県田原市,高知県芸西村等)が含まれていた.一方,一般に地域全体としては農業がふるわない山間部や大都市地域も含まれていた(山梨県早川村,神奈川県清川村,福岡市博多区,川崎市高津区等).後者では経営体総数と経営耕地面積がわずかなため,比較的高い販売額をあげる経営体が少数でも存在すれば土地生産性が高く算定される可能性がある.なお空間的分布の検討結果等を当日紹介する.

    犬井 正・大竹伸郎 2012.日本における農業生産性の地域的変動—2000年~2005年—.環境共生研究 5: 1-23.
    井上 孝・森本健弘 1991.関東地方における人口密度と農業土地生産性の空間的共変動—数理モデル構築の試み—.人文地理 43: 479-492.
  • 川瀬 久美子, 古田 昇, 中条 義輝, 小林 郁典
    セッションID: P922
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    2015年7月9日に愛媛県松山市で発生したゲリラ豪雨では、市内の複数箇所で極めて局地的に道路の冠水や家屋の浸水被害が発生した。被害の特徴を整理しながら、水害発生の背景を土地利用変化の観点から検討する。
  • 畠田 真利, 後藤 寛
    セッションID: 402
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    本研究ではファッションブランドショップのタイプによる立地動向の違いを明らかにする.
    日本において現在,ファッションブランドショップは大半が百貨店やショッピングセンターのテナントとして出店しており,自前でビルを構え公道に面して出店する路面店は,東京でいえば青山か渋谷,銀座,大阪では心斎橋から堀江地区にかけて位しか見られない例外的な存在である.このような店は本店とは異なるものの旗艦店と称され,かなり広域からの来店者にすべての品揃えを見せるショールーム的な要素と,シンボル的存在としてそこに来なければ買えない限定品を提供するアンテナ店としての要素をもつといえる.ブランドショップのビジネスモデルとしては,このような旗艦店を軸に全国津々浦々の百貨店あるいはショッピングセンターに出店する支店によって全国に商品を提供し,消費者にとって手近なところでもほぼ同じように買い物ができるスタイルをとっているが,そのシステムのシンボルとして旗艦店の立地と運営は重要である.
    本研究ではブランドのタイプによって異なる旗艦店の立地とそれらの特徴をもとに,そこに買い物に来るいわゆる高感度層も含めたファッションにおける流行発信源の実態を明らかにすることを目指した.その結果,海外からの輸入あるいはライセンスに基づくインポートブランドは主に銀座に,国内に本拠を置くドメスティックブランドは青山にと旗艦店の立地が異なる.
  • 南雲 直子, 大原 美保, シュレスタ バドリ バクタ, 澤野 久弥
    セッションID: P923
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    東南アジアのモンスーン地域では近年の降雨強度の変化と人口増により、これまで発生しなかった規模の洪水被害が発生する傾向にある。こうした地域で被害を軽減するには、相対的に危険性の高い地域を抽出した上で、発災時に迅速に対応できるような体制を事前に構築しておく必要がある。本研究ではフィリピン共和国ルソン島中部ブラカン州カルンピット市をモデル地域とし、降雨流出氾濫モデルを用いた500mメッシュの洪水氾濫解析や既往洪水の浸水深、現地調査を手掛かりに、バランガイごとの洪水・家屋特性について検討した。カルンピット市はパンパンガ川下流域に位置し、市域は標高5 m以下の低平なデルタに分類される。大規模洪水時にはパンパンガ川や市の北東部にあるカンダバ湿地からの溢流水が市域に流入する。また、潮汐の作用による周期的な河川水位の変動、地下水くみ上げによる地盤沈下のため排水されづらい環境にあり、この地域の洪水は深刻化する傾向にある。浸水のタイミングと浸水深に基づき、市域は AからEの5地区に分類される。A、B、D地区の計31軒で実施した家屋調査では、多くがコンクリートブロックとGalvanized iron屋根を持つ1階または2階建で、平均で床高0.28 m、1階天井高2.71 m、2階天井高2.75 mである。聞き取りによる各家屋の2011年洪水時の平均浸水深は、A地区2.25 m、B地区1.90 m、D地区1.07 mである。各地区の地表からの1階天井高(A地区:2.48 m、B地区2.71 m、D地区3.71 m)から考えると、A地区、B地区では1階が半分以上水没したが、輪中で道路や土地のかさ上げが顕著に実施されているD地区では大きな浸水を免れた。このように、カルンピット市の家屋は浸水深を考慮して作られていない。市指定の避難所や病院といった重要施設はD地区に集中しており、市域はパンパンガ川を含む複数の河川によって分断されている。浸水深が大きく市の中心部からも距離のあるA地区やB地区では、市の支援を待つだけでなく、避難所や物資の確保など、被害軽減のための対策が各バランガイで重要となる。
  • -青山における美容院集積とファッション誌を手がかりに-
    鵜野 いずみ, 後藤 寛
    セッションID: 403
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    ヘアーサロンは首都圏を例にみると東京の青山,原宿,渋谷地区にかなりの集中がみられる.このことを前提に客が移動コストをかけて美容院に通う動機と美容院業界および美容師業の構造,そしてそれに多大な影響を与えていると思われるファッションメディアによる情報発信の構造を明らかにすることを目指す.
    また直接に客を相手にする美容院と,ファッション雑誌の中で活動するヘアーメイクアーチストの関連は近くと遠いものではあるが,雑誌をはじめメディアが振りまくファッションの中心地としての青山/渋谷地区のイメージは多分に,同地区美容院の広域集客に貢献しているものと考えられる.
    美容院の立地分布をNTTのiタウンページデータをもとに描くと,東京都心西部の青山,渋谷,原宿周辺に極めて強い集積が確認できる.この集積は周囲のオフィス従業者分布や小売業の集積とは分布が異なり,それらと比べてもはるかに大きなものである.このことからこれらの地域の美容院はかなり広域からの集客によって成り立っているとみられる.
    他方で,昨今ではリクルートの「ホットペッパービューティー」に代表されるサイトに希望の条件を入力して美容院を検索し,同時に予約を入れるシステムが普及している.このようなサイトの構成自体が広域集客を可能にしているとともに,ヘアースタイルに対する需要を発掘,あるいは顕在化させながら美容院自体の多様化,専門分化をも促し,全体として美容院市場の深耕を促していると考えられる.
  • 田上 善夫
    セッションID: P914
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    Ⅰ はじめに
    歴史時代の気候変動の中でも,小氷期前期以前については不明な点が多く,また中世温暖期から小氷期への移行期も判然としない。これは資料上の制約によることが多いが,特定地域のみならずさらに広域の変動との関係を明らかにするためにも,とくに16世紀以前の変動の復元を進めることが必要である。

    Ⅱ 資料と方法
    この期間の気候変動の復元の資料として,年輪,諏訪湖の御神渡,桜花宴,初終雪日などが代表的である。資料を,時間的分解能からA:季節/年,B:日/月に分け,空間スケールから①地点/局地,②:総観規模に分けると,多くのものは積算的(A)で特定地域(①)の資料にとどまる。これよりさらに空間的には拡大し,時間的には精度を高める必要がある。ここでは文書記録から抽出された日々の天候を,主として用いる。またそれを検証するための現在の天候記録として,気象庁による1980- 2010年の京都の天気概況(昼・夜)を用いる。ここでは冬季を前年の12月と1,2月とし,その雨および雪の日数から,降雪率を求めて,気候変動の指標とする。 

    Ⅲ 14-16世紀の冬季の気候変動
    古文書から抽出された天候記録は,京都のほかに奈良,伊勢,鎌倉など各地のものがあるが,ここでは京都周辺の記録のみを用いる。また京都での降雪は11月から3月にかけてみられるが,冬型気圧配置下での降雨雪を対象とするよう,12・1・2月のものを用いる。降雪率は,各年の前後計11年間の平均として求める。この降雪率にはおよそ40年ほどの周期での変動がみられ,寒暖の変動が大きかったことが推定される。とくに14世紀から15世紀前半にかけて変動は大きい。一方15世紀後半から16世紀には,変動は大きくなく,降雪率は高めに,すなわち低温で推移したとみられる。 

    Ⅳ 降雪率の変動と気温
     この降雪率と気温との関係を,現在の京都での観測記録で検討する。冬季3ヶ月の平均気温と降雪率の変動は,よく対応(R=-0.767)している。平均気温をy,降雪率をxとすると,最小二乗法によりy=-0.0544x+7.58で示される。これより14~16世紀の京都の冬季平均気温を求めると,対象期間にくらべて0.4~0.6℃低温となるが,対照期間は温暖化期であるため検討が必要である。
  • 飯塚 遼
    セッションID: 511
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    本研究ではクラウドファンディングを活用した事例としてベルギー・ブリュッセルの小規模ビール醸造業者である「Beer Project Brussels」を取り上げ、クラウドファンディングを活用したビール醸造業者の事業戦略と、それが行われることによって醸成される出資者(消費者)とビール醸造業者とのコミュニティにおける空間的広がりについて議論する。
  • 立入 郁, 篠田 雅人
    セッションID: 615
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    モンゴルでは歴史的に干ばつ・ゾド(寒雪害)が繰り返し、その都度大きな被害を出してきた。その際、被害の指標として通常用いられるのは家畜死数あるいは同死亡率である。ゾド時の家畜の死亡要因については詳しい調査結果は無く、伝染病などの疾病の影響も無視できないとの意見もあるが、一義的には干ばつによる牧草バイオマス低下や、冬季の気象条件(積雪深、気温、風速など)による牧草へのアクセスの困難化による餓死・衰弱死が多数を占めると考えられる。  本研究では、牧草採食によるエネルギー供給と気象条件等によるエネルギー消費から家畜の体重の変化を計算するプロセスモデルを構築し、体重が低くなった場合に死亡する、という仮定の下に家畜の死亡を予測するモデルを構築した。これを用いて、ゾドリスクモニタリングや同予測に役立てていきたいと考えている。
  • 長岡 かなえ, 後藤 寛, 佐藤 将
    セッションID: 401
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    1.研究課題と目的
    近年,人口減少や高齢化に伴うスーパーおよび食料品店の減少により,買い物難民問題が全国的にも問題となっている.農林水産省の報告書によると,日常的な買い物が困難である生活者が600万人程度と推計されており,ますます重要な問題となっている.これまでの既存研究では地方都市においては郊外における大型商業施設の設置に起因する中心市街地の商店街の空洞化の進行によりフードデザート問題が顕在化していることを指摘している.しかし,大都市郊外には,高齢化の進んだ団地を中心に,過疎化とは異なる形での難民問題が発生している.横浜市をはじめとする東京大都市圏郊外の住宅団地はもともと起伏の激しい地形を切り開いて開発が進められた地域が多い点や,建設からの経年に連れて居住者が一斉に高齢化する問題が顕在化している点から,空き家問題をはじめとした多くの問題を抱えている.このような地域に居住する住民にとって日常の買い物行動における移動コストの負担軽減,特に勾配・坂道という移動抵抗要因をどう解決するかがフードデザート問題解決の大きな軸になっている.そこで本研究では横浜市を対象として現在の食料品店の分布傾向を踏まえ,買い物難民問題が顕在化している地域を把握することを目的としたい.その際,①高齢化,②地形の標高差の2点がどの程度の影響を与えているかを併せて検討する.このことから過疎地や地方都市とは異なる,大都市圏郊外における買い物難民問題の現状の課題について明らかにする.
    2.研究方法
    まず,フードデザート地域を選定するにあたり,GISを用いて食料品店から半径500m圏外の地域を選定する.食料品店については2014年11月時点において発行されたNTTタウンページのスーパーおよび食料品を扱う生活協同組合を対象とする.次に選定地域内の高齢者人口および高低差の空間的分布の特徴を明らかにする.高齢者人口に関しては横浜市がオープンデータとして公表している2010年国勢調査のメッシュデータより65歳以上人口を用いて分析する.高低差については国土地理院の基盤地図情報の標高データを用いて先述した各メッシュ内の高低差を算出し,分析した.
    3.分析結果
    食料品店の多くが駅周辺に分布していることもあり,フードデザート地域は駅から離れた地域に点在していた.高齢者が多い地域は西部から南部にかけて多く,特に旭区,港南区,金沢区に多い.完成から30年経過し,かつ住戸数500 戸以上の団地との関係を見ても,高齢者が多い団地も存在している.高低差が40m以上の地域は金沢区,栄区等の南部の市境付近を中心に多かったが,保土ヶ谷区や栄区の公田団地では高齢者の多さも併せて見られる地域があるなど,買い物難民問題の解決に坂道をはじめとした移動コストの負担軽減の必要性があることが確認できた.
  • 山本 充
    セッションID: 516
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    今日、地域農業を維持・振興していく上で、地元産の農産物やその加工品を地元で消費する地産池消が推奨されている。地産池消を実現する方策のひとつとして直売があるが、直売は多様な形態をもつ。こうした直売の中に、消費者が生産者と直接契約した上で農産物の受け渡しを行う「提携」がある。日本の有機農業運動において始まったとされる「提携」は、今日、とりわけ欧米においてCommunity Supported Agriculture(CSA)(ドイツ語圏ではSolidarische Landwirtschaft(SoLaWi))として普及・定着しつつある。CSAには、生産者と消費者間の顔の見える密接な関係、そして、消費者による生産者ひいては地域経済への支援が含意され、参加者もそれらを意識している。その意味で、地産地消の推進に当たり、CSAは大きな意味を有するものといえよう。  本報告は、CSAの普及がみられる米国カンザス州において、CSAが、他の販売チャネルと組み合わされつつ実践されることで、どのように地産池消が図られているのか明らかにすることを目的とする。
    カンザス州におけるCSAは、ファーマーズ・マーケット、小売店、飲食店と多様な販売チャネルを組み合わせ、ネットワークを形成することで地産地消が図られていることが明らかとなった。合わせてこのネットワークのノードがローレンス中心部であり、このことが中心商業地の活性化にも寄与している。
  • 塩崎 大輔, 橋本 雄一
    セッションID: 503
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    1.研究目的
    日本の積雪寒冷地における代表的な地域開発としてスキーリゾート開発があげられるが、バブル期以降のスキー観光の停滞、衰退が著しいことが指摘されている(呉羽,2009)。こうした状況の中、北海道ニセコ地域では外国人観光客の取り込みを図り、特に北海道ニセコひらふ地区においては外国人向けコンドミニアムの建築など開発が盛んな地域として注目され、小澤ほか(2011)や呉羽(2014)など多くの知見が得られてきた。しかし、これまでのニセコ地域を対象とする研究では、特に開発が盛んであるひらふ地区に着目した研究が多く、ニセコ地域全体の開発に関する蓄積は少ない。そこで本研究は建築計画概要書データを用いてニセコ地域における開発の変化を明らかにすることを目的とする。
    2.研究方法及び資料
    本研究の対象地域は北海道虻田郡倶知安町及びニセコ町である。本研究を行うにあたって、倶知安町及びニセコ町の建築確認申請概要書に記載されている新規建築計画680件の建築確認申請概要書をデータベース化する。このデータベースを用いて新規建築の件数及び面積から開発行動の経年変化を分析し、ニセコ地域全域の開発の実態を明らかにする。次にニセコ地域における新規建築の分布変化をみることにより、ニセコ地域における開発の動向を分析する。最後にこれらの分析結果を総合し、本研究は積雪寒冷地におけるリゾート地域における開発の時系列変化を考察する。
    3.研究結果
    (1)ニセコ地域の新規建築の件数及び面積の時系列変化をみることにより、地方地域の開発行動が景気の影響を受けて変化していることが明らかとなった。2006年以降、ニセコ地域全域の新規建築確認申請件数は119件から174件まで増加した。しかし2009年には107件と2006年の件数を下回った。これはリーマンショック後の世界的な金融危機の影響が表れていると考えられる。
    (2)2006年から2010年までのニセコ地域の新規建築物の分布変化をみると、2006年には倶知安町ひらふ地区に開発が集中しており、2008年には樺山地区が新たに開発されるなど開発エリアの拡大がみられた(図1)。また2009年にニセコ町字曽我に大規模な開発計画が存在したが、未だ着工はされていない。ニセコ町アンヌプリスキー場周辺では温泉資源が有効活用されており、より高付加価値を求めた企業がニセコ町において開発計画を立てたが、景気の悪化に伴い計画が中断したと考えられる。
    (3)新規建築の建築主に着目してみると、日本以外では特にオーストラリアと中国香港の建築主が多く、そのほとんどがひらふ地区で開発を行うという動向が明らかとなった。またひらふ地区では企業と個人の双方が開発を進めていたが、樺山地区やニセコ町では企業による開発が目立った。これはヒラフ地区がすでに開発され土地も細分化されており、企業がより大きい開発地の一括取得を目指した結果であると考えられる。
  • 山本 遼介, 泉 岳樹, 松山 洋
    セッションID: P804
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    1 はじめに

    都市における緑は,大気汚染やヒートアイランドの緩和,生態系や生物多様性の保持等の効果を持つとともに,景観を形成したり,環境意識を高めたりする役割を持つため,その実態を把握することは重要な課題である.例えば東京都特別区においては,各区がおよそ5年に1回の頻度で「みどりの実態調査」と呼ばれる緑地調査を実施している.この調査をはじめ,緑地の実態を把握する方法として,おもに現地調査と航空写真判読(リモートセンシング)が行われている.現地調査は緑地の詳細な状況を把握するのに適するが,多くの時間や労力を要する.一方で航空写真判読は,コンピューターや目視により緑地を判読することで,広範囲を一定の基準で簡便に調査できる.しかし,上空から見える緑地の平面的広がりを捉えているため,密集した街路樹などを捉えることは難しく,人間が感じる緑の量とは一致しない場合がある.

    そこで地上から緑を把握する手法として,モバイルマッピングシステム(Mobile Mapping System, MMS)の利用が考えられる.MMSとは,車両に搭載したセンサーにより様々な地理空間情報を取得し,解析できるシステムのことである.Jaakkola et al. (2010)やHolopainen et al. (2011)は,レーザースキャナを搭載したMMSを用いて樹木の測定を行った.しかし,MMS にはレーザースキャナを搭載せず,カメラで撮影した画像を解析することによって位置情報を推定する手法も存在する.この手法では画像から位置情報の測定が行えるため,視覚的に分かりやすく,広範囲の緑を迅速に解析できる可能性がある.

    本研究では,中杉通りなど特徴的な街路樹を持つ東京都杉並区を対象に,360度の画像を取得・解析するMMSを用いた街路樹の樹高および胸高直径の計測を試みた.


    2 研究手法

    MMSは,(株)トプコン製のIP-S2 Liteを用いた.このシステムでは,車両のキャリア上に6台のカメラ,GPS,IMUを備えたメインユニットを搭載し,360度の画像を毎秒16枚撮影できる.このMMSにより道路上を走行しながらデータを取得し,撮影後に3次元の位置情報を計算する処理を行った.処理後の画像から,合計107本の樹木を対象として樹高および胸高直径を測定した.また検証データとして,同一の樹木について携帯型レーザー距離計(TruPulse 360)を用いて樹高を測定し,輪尺を用いて胸高直径を測定した.MMSと検証データの測定値は,RMSE (平方根平均2乗誤差)を算出して比較した.

     

    3 結果

    樹高のRMSE (平方根平均2乗誤差)は1.07m,胸高直径のRMSEは0.033mであった(図1,表1).Holopainen et al. (2011)においては胸高直径のRMSEが0.028mであり,画像取得型のMMSであっても同程度の精度で測定を行えることが明らかとなった.また,樹高・胸高直径の大きさ別に比較すると,樹高が小さいほど誤差が少ない一方で,樹高が大きく樹冠が天空を覆っている場合には,過小評価の傾向が見られることが分かった.

    測定の精度は撮影地点から樹木までの距離によっても異なる可能性が考えられるため,今後は計測の地点を増やすとともに,より詳しい検証を行っていく予定である.



  • 近江国蒲生郡の辻六四文の作製史料に注目して
    古関 大樹
    セッションID: 415
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    はじめに
    明治維新後に成立した新政府は、国土を把握するために、国別の管轄地図の作製を全国に指示した(明治元年12月24日)。江戸時代の国絵図にならって進められたものであり、江戸幕府の地図編纂事業を新政府が継承したものとして学術的にも注目されている(「明治国絵図」)。政府に集められた明治国絵図は、明治6年の皇城火災によって大部分が消失したが、近年はその位置づけが再評価されており、地方に残された副本や控図の整理・検証も行われはじめている。
    今回の報告では、近江国の明治国絵図の下図となる明治2年8月の近江国蒲生郡全図とその関連資料に注目する。近江国蒲生郡全図は、いくつかの副本が確認されている。このうち、蒲生郡日野町村井の正野玄三家文書と大字村井文書には、近江国蒲生郡全図の控図、町村の里程を測った下図、近江国を管轄した大津県からの指示などがまとまって残されている。これらをもとに、近江国における作製過程と特質、測量方法や地図作製技術、近代移行期の地方における地図作製者の姿などを探ってみよう。

    近江国における明治国絵図の作製過程
    近江国では、大津県が国絵図作成の指示を管轄下に出したが、近江南部は藩領が複雑に入り乱れており、郡ごとに地域の有職者に実務を任せたようである。江戸時代の蒲生郡には、八幡町と日野町の二つの町があったが、それぞれ城主がなく、商人が地域の取りまとめ役としての顔を持っていた。八幡町では、主に商人の中から選ばれた総年寄という組織があり、日野町では町政を統括するための取締役が設置されていた。近江国蒲生郡全図の関連資料が残る正野玄三家は、製薬業などで財を成した日野の代表的な商家で、幕末まで日野の取締役を務めた。明治初年の大津県は、江戸時代からの役職を活用して事業を進めたことがうかがえるが、そこに商人が介在したことは、近江の国柄を表していると思われる。
    蒲生郡では、八幡町総年寄が大津県との橋渡し役を務めた。大津県の布達や残された文書によると、郡内各村は十数組にまとめられ、正野玄三家は、その総代を任されたようである。各村には隣の集落の方位と距離、主な道の里程を記した地図の提出が求められ、その雛形が伝達された。正野玄三家には、蒲生郡西半地域の村々から提出された下図がまとまって残されている。東半地域の情報は、おそらくは八幡町の総年寄に集められたものと推察されるが、これらを整合して近江国蒲生郡全図が作製されたものと考えられる。
    蒲生郡は丘陵地帯が続いており、各村は隣の集落を見通せないところも少なくない。下図で示された隣の集落の方位と距離は、直線状に結ばれているが、主な道の里程を記した情報は具体的に描かれている。隣村間の情報は、里程の測量値をもとに図上計算されたものと考えることができる。 

    地方における地図作製者の姿
    正野玄三家文書に残される近江国蒲生郡全図の控図や下図には、辻六四文という人物の名がよくみえることから、各村から提出された情報の整合作業は、彼が中心となって進められたことがうかがえる。同図の完成時には、大津県への提出図のほかに、関係者に配るための模写図が十数枚作られたと記録が残されており、現在、県下で確認できる副本は、これらが引き継がれたものと考えられる。 辻六四文は、文久2(1862)年から日野村井町の村方庄屋、明治初年には日野村井町戸長を務めた人物である。村井には、正野玄三家の本宅があり、また、日野町取締役を務めるにあたって日頃から信頼がおける人物であったのだろう。
    しかし、彼は村役人というよりはむしろ、地域の地図作製者としての顔ももっていた。彼は若い頃に京都四条派の長谷川玉峰から書や絵画を学んでおり、十字墨谿の号で書や詩歌、絵画などの数々の作品を残している。地域の和算家としても活躍したようで、村役人になる前は寺子屋を開き、明治初年に開校した学校では、戸長を務める傍らで数学教師を務めたという。日野町には、幕末から明治初年の間に作られた古地図が数多く残されているが、その中には彼の名や号がみえるものがかなり含まれている。正野玄三家と深い関係を持ち、地域の地図作製者として経験を重ねていたことから、近江国蒲生郡全図の作製に主体的に関わっていったのだと考えられる。
    近世後半から近代前半には全国で数多くの地図が作られており、日本地図史を考える上で重要な時期に位置付けられている。地方で活躍した和算家や地図作製集団の存在が指摘されてきたが、本報告では、地方における明治国絵図の作製過程を検証するとともに、地域の有識者が地図作製と関わった様子を考えたい。
  • 浜田 純一, 松本 淳, 森 修一, 山中 大学, Sunaryo Hasan, Lestari Sopia, Syamsudin Fadl ...
    セッションID: 712
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    ジャワ島を中心とする海大陸西部の季節内変動を含めた降水経年変動の特徴を、長期間の現地定常気象観測資料の解析を基に示し、経年変動を規定する要因について、ENSOやインド洋ダイポール(IOD)との関連より明らかにすることを目的とする。

    相関解析及びコンポジット解析結果より、IODがジャワ島北西部の乾季(5月~10月)の降水経年変動に大きな影響を与えることが分かった。乾季における少雨は、正のIODとエルニーニョが同時に発達する年に発生する一方、多雨は負のIOD年に発生する傾向にあった。正の(負の)IOD年には、インドネシア周辺は冷たい(暖かい)海水に囲まれ、対流圏下層は大規模な発散域(収束域)となり、水蒸気量も少ない(多い)状態にあった。一方、雨季(11月~4月)における降水経年変動はENSO/IODとの相関は低く、中立年(非ENSO/IOD年)に多雨となる傾向にあった。また、雨季の降水経年変動は、赤道域の海面水温変動よりも、むしろ、北半球冬季アジアモンスーンの強弱(赤道越えの北風気流の強弱)と、より関連が強いことを示唆する結果を得た。
  • 伊豆半島ジオパーク函南の「不伐の森」の事例からみた資源管理とその意義
    チャクラバルティー アビック
    セッションID: 716
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
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    ジオパークにおいて自然資源の「持続可能な利用」が認められている。つまり、ジオパーク地域の自然は保護するだけではなく、その一部を地域住民が生活のため利用することが大事であるという理念である。しかし、ジオパークの現状は、地質や地形的特徴を観光資源として開発する方向に向いており、「自然」とは何か、環境システムを健全な状態で保つためどの程度まで手入れして良いか、誰が、どのように、誰のために自然資源を利用するかなど、極めて重大な課題に関する議論が不充分である。さらに、「利用」という言葉は、資源を「開発する」「採集する」「加工する」などの意味合いで使われており、採掘的・開発的利用(extractive use) を示す場合が圧倒的に多い。もっぱら20世紀の大型開発社会のニーズを満たすための資源供給は、地球の資源埋蔵量・再生メカニズムから考えて長期的に維持できないことが成長の限界論などで述べられている。また、すべての自然資源は人類が利用するものであるという考え方にも大きな問題があり、野生の動植物には野生のまま生きる権利があるという考え方も古くからある。人間社会はこのような野生動植物や自然環境から多くの恩恵を受けており、野生的自然の保全は、このような生態系サービスの長期的確保を目的にした資源利用だと考えることもできる。いずれの考え方においても20世紀の開発社会の維持には根本的な限界があることが主張されている。ジオパークの自然資源の利用を考える際、このような観点を踏まえて一部の自然資源の人間的利用を制限することが求められる。最も、このような概念は、外部の専門家のみの 考えだけではなく、地域によって既に存在することを考えれば、そういった自発的な取り組みは一種の社会的資本として考えることができ、ジオパークの大事な柱として再評価すべきだと指摘できる。 この発表では、「非開発的資源利用」(Non-extractive resource use) の事例として伊豆半島ジオパーク函南原生林の特徴を分析する。函南原生林は第四紀火山の箱根火山外輪に位置する広葉樹、常緑樹の混合林であり、推定樹齢数百年のアカガシ、ブナなどの巨木が点在する。わずかな面積でありながら独自の生態系を持つ函南原生林は、江戸時代から水源涵養林として評価され、「不伐の森」の形で残された。「不伐の森」という概念は地域独自の自然観であり、「手をつけない資源利用」の好例として評価できるが、函南原生林は人間的活動が制限されるため、現在伊豆半島ジオパークのジオサイトにはなっていない。ジオサイトにおける自然の見せ方、観光目的での利用など現在の状況を考えれば、この貴重なサイトを単に「ジオサイト扱い」にしてしまえば良いのではなく、まずは自然環境を「自然な状態」で守る倫理性に関して理解を求めるのが大事である。ジオパークは自然と社会の絆を改めて感じさせる場所だから、「利用」という言葉の多角的な意味を考慮し、自然の健全性を守って「ポスト開発的資源利用」を提供する場としてジオパークの活かし方を探ることが持続可能な社会作りのため大きな意義を持つと言える。
  • 新井 教之
    セッションID: P818
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」とは,文部科学省が,将来の国際的な科学技術関係人材を育成するため,先進的な理数教育を実施する高校を指定し,学習指導要領によらないカリキュラムの開発・実践や課題研究の推進,観察・実験等を通じた体験的・問題解決的な学習を支援する事業のことである。2002(平成14)年の26校からスタートし,2015(平成27)年においては,全国で203校がSSHの指定を受けている。本発表では,SSH事業において,各校で「地理」がどのように関わってきたのかを明らかにするとともに,勤務校である京都教育大学附属高校での14年間の取組みについて報告する。
  • 横山 伸夫, 北浦 恵美, 目代 邦康
    セッションID: 718
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    1950年代以降,農業近代化政策やエネルギー革命によって社会環境が大きく変化し,それまで燃料採取の場であった丘陵地(ヤマ)の価値は下落していった.同時に、大都市近郊では,地価が上昇したため地権者の金銭的な負担が増大した.結果、都市近郊の丘陵地で大規模開発が進むこととなった.大規模住宅団地,レジャー施設,大学などの教育施設や廃棄物処分場が次々に建設され,今日に至っている.開発の際には,高い金額で土地が売買された. 都市域の拡大に伴う開発,地域住民の暮らしの変化,丘陵地(ヤマ)の価値の下落という,様々な社会環境の変化は,丘陵地の在り方に大きな変化をもたらした.そうした開発が進む中で,消えつつある緑を保全しようとナショナル・トラスト活動などが誕生し,市民による緑地保全の活動が進展した.  本発表では,こうした丘陵地の開発問題の経緯を整理し,その中でナショナル・トラスト活動団体を初めとする市民の活動が,地域の自然をどのように評価してきたのか,その位相を明らかにし,人と自然との関係性の中で,丘陵地の自然の価値について論じる.
  • ―オブジェクトベース画像解析を活用して―
    山本 遼介, 泉 岳樹, 松山 洋
    セッションID: 311
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    1 はじめに

    都市における緑は,大気汚染やヒートアイランドの緩和,生態系や生物多様性の保持等の効果を持つとともに,景観を形成したり,環境意識を高めたりする役割を持つため,その実態を把握することは重要な課題である.例えば東京都特別区においては,各区がおよそ5年に1回の頻度で「みどりの実態調査」と呼ばれる緑地調査を実施している.この調査をはじめ,緑地の実態を把握する方法として,おもに現地調査と航空写真判読(リモートセンシング)が行われている.現地調査は緑地の詳細な状況を把握するのに適するが,多くの時間や労力を要する.一方で航空写真判読は,コンピューターや目視により緑地を判読することで,広範囲を一定の基準で簡便に調査できる.しかし,上空から見える緑地の平面的広がりを捉えているため,密集した街路樹などを捉えることは難しく,人間が感じる緑の量とは一致しない場合がある.

    そこで本研究では,広範囲の緑を地上から迅速に把握する手法として,車載型のシステムを用いて360度の画像を取得し,画像解析による街路樹の把握を試みた.

     

    2 研究手法

    対象地域は,中杉通りなどの特徴的な街路樹を持つ東京都杉並区とした.360度画像の取得は,モバイルマッピングシステム(MMS)である(株)トプコン製のIP-S2 Liteを用いた.このシステムでは,車両のキャリア上に6台のカメラを搭載し,全天球の画像を毎秒16枚取得することができる.中杉通り北側,中杉通り南側,高円寺駅前の街路,五日市街道の4つの区間を対象にデータを取得した.

    本研究では,緑の概況を把握する指標として「緑視率」を用いた.緑視率とは,画像内に占める緑地面積の割合であり,一般的にはデジタルカメラの画像を用いて算出され,人間が感じる緑の量を表すとされる (例えば杉並区 2008).本研究では360度画像から緑視率を算出し,また比較のため,一般的な手法であるデジタルカメラの画像からも緑視率を求めた.

    緑地の抽出は,オブジェクトベース画像解析を用いた教師付き分類により行った.具体的には,画像をオブジェクトに分割するセグメンテーションを行った後,オブジェクトの輝度値の平均および標準偏差,色相,彩度,明度,および緑色域(G)の割合を閾値として緑地を抽出した(図1).その後,緑地の面積を全体面積で除し,緑視率を算出した.



    3 結果

    MMSによる画像から算出した緑視率は,樹冠の大きな樹木の多い地点で高く,樹高が小さく樹冠の小さい地点で低かった.デジタルカメラによる画像から求めた緑視率と比較すると,MMSでは360度の方向を連続撮影できるため,緑視率は連続的に変化した.一方でデジタルカメラは撮影地点や画角が限られるため,緑視率は地点や方向により値が大きく変化した.また360度画像は全天球を範囲に含むため,緑視率はデジタルカメラ画像による値より小さい傾向が見られた.

    また,航空写真から算出された正規化植生指標(NDVI)および,レーザースキャナと輪尺により測定した樹高・胸高直径の平均値について,緑視率との相関係数を求めたところ,MMSによる画像から算出した緑視率は,NDVIおよび樹高・胸高直径との間に正の相関が見られた.すなわち本研究で提案した手法は緑の量を表す指標として利用でき,おおよその樹高・胸高直径を推定できる可能性が示唆された.一方でデジタルカメラ画像から算出した緑視率については相関が見られなかった.

    本研究ではMMSにより取得される画像を用いて緑視率を算出したが,今後は360度画像のみを取得する,より簡易的な手法を検討していく予定である.
  • 岩船 昌起
    セッションID: 608
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
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    【はじめに】2015年5月29日9時59分に口永良部島新岳が爆発的に噴火した。湯向地区の住民8人は,自宅退避後に12時頃に海上保安庁の小型船舶等で救出された。本村地区等の住民124人は,番屋ヶ峰に一時避難後,本村港に着岸した「太陽丸」に乗り込み,15時42分に島から脱出した。3人の島民は自らの漁船で屋久島へ向かった。立ち入り禁止の向江浜地区に居た80代の男性が顔や手に火傷を負い,気分が悪くなった70代男性とともにヘリコプターで救急搬送されたが,軽症で命に別状がなく,結果として82世帯137人の島民全員がその日のうちに屋久島町宮之浦地区に避難できた。(注…上記の人数は,報道等の発表によるもので,正式ではない。)
      筆者は,鹿児島大学地域防災教育研究センターによる「口永良部島新岳噴火災害応急対策支援活動」として,噴火翌日以降,5回入島し,屋久島町宮之浦地区の避難所や仮設住宅建設予定地等を視察した。特に6月については「調査」より「支援」を主目的に,屋久島町や鹿児島県に助言した。本発表では,この活動について紹介する。
    【避難所】 屋久島町宮之浦地区では,「老人憩の家」「宮之浦公民館」「縄文の苑」の3箇所で,避難当日の5月29日夕方から避難所が開設された。5月30日に3つの避難所内の様子を視察した筆者は,避難所ごとに避難者の男女別年齢構成,家族構成,建物の広さや間取りなどの大きな違いに気づいた。一般に,避難所の運営は避難者自らが組織的に行い,行政関係者は基本的に支援にまわるが,避難所ごとの前述の特性や避難者の意思に応じて運営の仕方を一律化しないことを助言した。また,避難所内の居住空間を①個人空間,②共用空間,③応接空間に3つに分け,間仕切りやカーテン等で個人空間をつくることも提言した。特に1つの避難所では,他に比べて狭く,避難者1人当たりの利用面積が最低とされる2㎡を下回っており,かつ「女性が着替える場所」や「子どもの勉強部屋」が十分に確保されていなかった。そこで,不必要な荷物や運ばれ過ぎた支援物資を避難所外に運んで空間を増やすことを提案した。
    【仮設住宅】 本稿執筆の7月22日時点で,仮設住宅が建設中であり,入居方法や自治会の編成等について避難者間で話し合いがもたれている。屋久島町の仮設住宅は,与論島タイプのプレハブ仮設住宅の改良型であり, 屋久島に特徴的な夜の「山風」と昼の「海風」を室内気候の改善に活用するべく斜面の最大傾斜方向にほぼ直角に交わる向きに棟が配置されている。「窓を開けた生活」が前提なることから,生活音,タバコ臭や生活臭を隣人間でよく感じやすくなることから,同じような生活習慣者がまとまった入居することを提案した。また,室内での喫煙行動の一定の制限と,仮設団地の用地内の東端と北端に屋根つきの「喫煙スペース」を2箇所設置し,風向きに応じた喫煙場の利用の奨励を提言した。
      さらに,岩手県宮古市や鹿児島県与論町での仮設住宅での温湿度環境とそこでの生活に係わる調査に基づくと,屋久島の気候環境下のプレハブ系仮設住宅では夏季には窓を開けるだけでは熱中症にかかる危険度が高いことが予想される。そこで,電気代がかかるが日中中心のエアコンの適切な使用と,火気の使用で高温となる台所での調理時の換気扇使用を推奨した。またトイレでは,エアコンの冷気が最も届き難くかつ外側に断熱材が施されていないために、夏に高温、冬に低温になりやすい。特に脳梗塞や心筋梗塞の病歴者などはトイレ利用時に温度差があることをよく知り,利用前に換気扇を回すか,ドアを開けておくか,また冬には便座を暖めておくなどして「温度差」を小さくすることを助言した。
      一方,仮設団地が立地する「傾斜地」に関連して,以下を助言した。仮設住宅建設地周辺の「南西-東北方向」での道路の勾配が国土地理院の地形図から読み取ると約1/20(0.5%)であり,車いす利用者が屋外移動時の「スロープ」として許容できる上限値である。従って,「散歩」などの身体活動を行う場合には,前期高齢者などでは,体力に合わせて「南西-東北方向」道路(坂道)での移動も取り入れて運動強度を調整すること,一方、やや体力的に弱い後期高齢者などの場合には,仮設団地の敷地内での周回移動や等高線沿いの道路(東南-南西方向)を中心に利用することが望ましいことを伝えた。
      また,買い物ができる最寄りのスーパー「わいわいらんど」までの距離は約600mで,体力に応じて徒歩で約8~16分の所要時間が予想される。岩手県宮古市での仮設住民の徒歩生活範囲は、道のりで500~1000mであることから,後期高齢者などの体力的な弱者の買い物行動での支援の必要性を提言した。
    【おわりに】 なお,発表当日には,現在実施中の避難者への質問紙調査の結果などについても報告する。
  • 下里 直生
    セッションID: 713
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    Ⅰ,はじめに ジオパークとは地形・地質の保護・保全を行い,さらに研究・教育・観光などに活用することで地域の持続可能な発展を成立させることを目的とする自然公園制度の一種である.ジオパークの評価・審査を行う世界ジオパークネットワークのガイドラインでは持続可能な開発を一体となって行う,ある地理的範囲をもった領域であるとされている.また,ジオパークで扱う地域は,それぞれのジオパークのテーマやストーリーによって左右され,題材としては現在・過去の地質・地形現象や自然景観などが考えられる. 実際に行われているジオパークが扱う範囲を見てみると.現在,日本ジオパーク委員会に登録されているジオパークはほぼ全てが市町村域をその範囲としており,複数の市町村で構成されているジオパークも多く存在する.また,単一の市町村で構成されるジオパークについても平成の大合併以降に成立した市町村での活動が複数存在し,異なる地域性を持つ地域が一つのジオパークとして活動する事例が多く存在する.異なる地域性を持つ地域が連携する課程やその要因,地域活性化への影響を考察する事はジオパークへの申請地域が増加し,多くの地域がジオパークの可能性を検討する中で重要である. そこで本研究では2005年の市町村合併によって誕生した石川県白山市を範囲とする白山手取川ジオパークを対象として,白山市の合併経緯,白山手取川ジオパークの活動,白山手取川ジオパークと地元観光団体との関連について現地での地誌・当時の新聞記事等の文献調査及び聞き取り調査を行い,ジオパークによる地域統合と地域活性化について考察を行う.   Ⅱ,白山市の概要 石川県白山市は2005年に1市2町5村の合併により誕生した市であり,その面積は755.17㎢と石川県内最大である.市の北部は日本海に面している一方で市の南部には標高約2700mを誇る白山連峰が位置しており市内の様相は南北で大きく異なっている.白山市の合併に際しては石川県が合併推進要綱を計画したが,その計画では新市町村の最小人口を決め,その人口以下の市町村同士が合併するといった計画であった.この合併計画では白山市のような広域な合併は計画されていなかったが,隣接する金沢市との合併論議の末に従来の広域行政や手取川流域といった地域性を考慮した結果,現白山市のような広域な市町村となった,またそういった従来あるものを維持する合併であったために合併による具体的なメリットが住民に提示されなかったため,新市の一体感を創出する必要性が生じた.  Ⅲ,白山手取川ジオパークの活動 白山手取川ジオパークは2011年9月に日本ジオパークとして登録された.ジオパークの活動に際して白山市役所内にジオパーク推進室が設置され,この推進室が中心となって白山手取川ジオパーク推進協議会が設置され,その推進室が中心となって白山手取川ジオパーク推進協議会が企画された.白山手取川ジオパークではその目的として優れた地形・地質遺産の保護・保全及び地域活性化に加え,新市の統合と一体感の醸成が挙げられている.先に述べたように白山市内では北部と南部で地域の様相は大きく異なっているが,手取川流域といった共通点を活かし「山・川・海そして雪 いのちを育む水の旅」をテーマに設定した. 白山手取川ジオパークの活動としては大きく地域への普及啓発活動とジオツーリズムによる地域の活性化を目的とするツーリズム事業に分けられるが白山手取川ジオパークでは地域住民に向けた普及啓発活動がより活発に行われており,ツーリズム事業に関しては市内にあるボランティアガイド業界や旅行会社が利用しているのにとどまり,その合併経緯から市内への普及啓発を中心としていると考えられ,ジオパークによる影響は確かにあるものの地域振興への影響が出るには今後の活動の継続が重要であると考えられる.
  • 泉 岳樹
    セッションID: 609
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー


    1 はじめに

    「火の見やぐら」は,江戸時代には番人が24時間監視し,地域の火事をいち早く発見し半鐘を鳴らすことで,迅速な消火と周辺住民の避難に活用されていた.その後も消防署や消防団の倉庫の近くなどに整備され,現在でも地方では鉄塔のやぐらが残っていることが多い.しかし,119番通報システムや電話が普及したことやサイレンや防災行政無線が整備されてきたことで,実態としては使用されていないものが多いと思われる.

    2012年春に東日本大震災の被災地の調査を回転翼タイプの小型UAVであるマルチコプターで行っていたところ,仲間を亡くされた消防団の方から「被災時にこのような無人ヘリがあれば,被災状況の把握や生存者の発見に役立ったかもしれない」,「まちが復興していく様子を空撮し発信したい」とのご意見を頂いた.その際,小型UAVを上手に活用すれば,防災や減災に役立つ「現代版火の見やぐら」を実現できるのではないかと着想した.

    本研究では,近年,技術革新が著しいUAV (無人航空機)やUAS(無人航空機システム)を用いて,地域の防災力向上や発災初期の迅速かつ正確な状況把握に資する「現代版火の見やぐら」の社会実装の可能性を展望すると共に,その課題を整理することを目的とする.

     

    2 「現代版火の見やぐら」の概要

    社会実装を想定している小型UAVによる「現代版火の見やぐら」は,次に示す4点の機能を有する.

    (1) 発災時に自動離陸し,周辺の状況を空撮できること

    (2) 空撮した画像または動画を周辺にいる人の携帯電話に自動配信する機能を有すること

    (3) 空撮後は自動着陸し,その後は,定期的に状況確認の自動離発着を繰り返すか,手動での捜索・状況把握のフライトを行えること
    (4) 平常時は,手動でのフライト訓練やお祭りなど地域のイベントの空撮に活用できること 

    これらの機能を全て有するシステムは,筆者が知る限り存在しないが,現在ある技術を組み合わせることで十分に実現可能なシステムである.

    3 「現代版火の見やぐら」の社会実装

    筆者も一部お手伝いをさせて頂いている宮城県岩沼市の防災集団移転地「玉浦西地区」において,小型UAVによる「現代版火の見やぐら」を社会実装するべく,2012年秋には,地元のロータリークラブへ小型UAVを寄贈するように働きかけるだけでなく,操縦者の訓練に協力するなどしてきた.また,小型UAVの設計・製作を行う会社や大手通信会社の協力を得て,自動離発着による空撮やデータの配信方法などについての検討を進め,2015年7月19日の「玉浦西」のまち開きに合わせて,そのプロトタイプのシステムをお披露目できるように準備を進めてきた.

    しかしながら,2015年4月に小型UAVを首相官邸に墜落させる事件が起こり,小型UAVを巡る社会環境は激変し,被災地最速で進む防災集団移転の移転先でのお披露目という目標は,延期せざるを得なくなった.

    また,小型UAVの飛行を制限する議員立法での小型無人機の飛行規制法案の制定や航空法の改正なども予定されており,「現代版火の見やぐら」の実現のためには,新たにクリアしないといけない課題も出てきた.

    当日の発表では,法改正や関連技術の最新動向も踏まえた上で,小型UAVによる「現代版火の見やぐら」実現に向けた現状と課題について報告し,小型UAVを活用した防災・減災に資するシステム開発の方向性について議論したいと考えている.

  • 坂口 豪
    セッションID: 714
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    1.研究背景と目的 ジオパークは地球活動の遺産を主な見どころとする自然の中の公園である。ジオパークでは、対象とする素材の保全・保護を確実にしつつ、教育や観光等に活用し、地域振興につなげる目的がある。ジオパークでは人文社会的な地域資源や動植物を地形や地質、自然環境と結びつけることで構築される大地の物語(ジオストーリー)が必要とされている。 日本のジオパークにおいては市町村などの地方公共団体がジオパークの事務局となってジオストーリーの構築を行なっている地域が多い。今回、事例対象とする福井県勝山市が対象範囲である「恐竜渓谷ふくい勝山ジオパーク(以下、勝山ジオパーク)」も勝山市役所内に事務局がおかれている。しかし、勝山ジオパークは日本国内のジオパークで初めて「条件付き再認定」という審査結果を突きつきつけられた。「恐竜と恐竜化石」をメインとしてきた勝山ジオパークは、大地と人びとの関係性を学ぶ場とされているジオパークの概念の中で、歴史や産業、生態系の視点が疎かにされてしまった。またエコミュージアムとジオパークが併存している状況で差別化が図れていなかったことが課題とされた。そのため、勝山ジオパークでは、ジオパーク活動を抜本的に見直す作業に入っており、ジオストーリーの再構築、多彩なジオツアーを実施、そして地域住民を巻き込んだ活動の展開がみられるようになってきた。 そこで本研究では、再構築されつつあるジオストーリーの現状を明らかにする。さらに、新たに展開されているジオツアーや地域内活動に焦点をあてて、ジオストーリーとの関係性から考察・検討することを目的とする。   2.恐竜渓谷ふくい勝山ジオパークのテーマとジオストーリー 勝山ジオパークでは「恐竜と恐竜化石」をメインテーマに、サブテーマとして「火山と火山活動」、「九頭竜川などの河川とその地形」が設定されている。それぞれのテーマには複数のジオポイントが選定されているとともに、ジオストーリーが構築されている。それぞれのテーマに即したモデルコースも作成されている。「恐竜」をテーマとしたモデルコースでは恐竜化石の産出する中生代前期白亜紀の地質を中心にストーリーが構築されている。他方、勝山市域においては重要な事項である火山活動の遺産や「クワ」などの地域資源もコース内で扱われている。つまり、恐竜と恐竜化石の中生代前期白亜紀による地質学的ストーリーに、地域内のさまざまな地域資源が組み合わせられて当該コースのジオストーリーが成立している。   3.恐竜渓谷ふくい勝山ジオパークでみられる新たな活動展開 勝山ジオパークでは新たに地域内の主体とコラボレーションしてジオツアーやジオパーク関連活動が実施されてきている。小原ECOプロジェクトとの協働はその一例である。福井県勝山市北谷町にある小原集落には現在も、白山麓の特異な歴史・文化・生活が残っており、小原ECOプロジェクトはこれらを後世に伝えるべく、地域の再生、自然環境の保護・整備を実施している。生活体験(炭焼き・養蚕・わら細工)、林業体験や登山・動植物・自然ウォチングなど、各エコツアーを企画し、人びとが自然とふれあい学べる地域づくりを進行させている。つまり、小原ECOプロジェクトは勝山ジオパーク内の生態系や人びとの暮らしを学ぶストーリーを蓄積してきており、それらのストーリーをジオパークで構築した地質学的ストーリーを融合させることで新たな地理学的なストーリーが構築されると考えられる。 発表当日は、小原ECOプロジェクトと勝山ジオパークがコラボレーションして実施したジオツアーの結果のデータも示す。
  • 荒川区南千住地区の事例から
    久木元 美琴
    セッションID: 217
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    研究の背景と目的  1990年代後半以降,東京大都市圏の都心部での人口回復が顕著となっており,従来都心居住者として指摘されてきたシングル世帯やDINKsのみならず,ファミリー世帯の増加がみられる.都心居住はこれまで指摘されてきた郊外の「時空間的制約」を軽減し,「働きながら子育てをする場所としての東京都心」として指摘されるようになった(矢部,2015).これまで,東京都心や都心湾岸部の住民を対象とした居住地選択や生活・就業の実態については様々な蓄積が進められているが,共働き子育て世帯については捕捉の困難さもあって,十分に実態が明らかにされているとはいいがたい.そこで,本研究では,共働き子育て世帯に焦点をあて,居住地選択や育児調整の実態を明らかにすることを目的とする. 対象地域と方法  対象地域として荒川区南千住4丁目および同8丁目を選定した.南千住地区の東部に位置する対象地域では,明治期以降,紡績工場と鉄道貨物基地を中心に密集住宅地や商店が立地したが,1980年代後半以降,主に防災を目的とした大規模な再開発と区画整理が進められた.特に1990年代後半以降,ファミリー向け物件を含む中高層住宅の供給が進んだほか,災害時の避難所としても利用される公園の整備も進められた.その結果,対象地域を含む南千住東地区の人口は,1998年の2008年にかけて2倍以上に増加し,特に子育て世帯の増加がみられたために,同区平均と比較しても15歳未満人口比率が高い地区となっている.  方法として,共働き子育て世帯の居住地選択と就業・育児の実態に関するアンケート調査を,南千住4丁目と8丁目に位置する保育施設9か所のうち許可を得られた8か所において実施した.アンケート票は施設で配布され,各回答者から調査者へ郵送で提出され,配布数671票に対し,回収数185票(回収率27.6%)であった.本報告では,このうち南千住4・8丁目に住む世帯131票を分析対象とする. 結果  回答世帯131世帯のうち,集合持家は87世帯で,購入価格では3000万円台後半から4000万円台前半が最も多く,住宅の広さでは70~80㎡がボリュームゾーンとなっている.他方,集合賃貸は41世帯あり,住宅の広さは60~70㎡台が最も多く,月あたりの平均家賃支払い額は16.1万円であった.保育所での調査のため基本的に妻は就業しており職種では事務職にならび,看護師等の専門職の割合も同程度に高い点が注目される.また,世帯年収では700~999万円および1000~1499万円が多いが,夫の収入では500~699万円および700~999万円が最も多く,世帯年収と妻の収入が相関している傾向がある.出身地では,夫妻ともに東京圏出身は41%,ともに東京圏外出身は20%で,東京圏出身の夫は59%,東京圏出身の妻は56.5%であった. 住宅を選ぶ際に重視した項目で選択率が3割を超えたものは,選択率の高い順に,「夫の通勤利便性」(47%),「妻の通勤利便性」(44%),「住宅の広さや間取り」(41%)「住宅の価格や家賃」(37%),「親族との距離」(37%),「公園や道幅の広さ」(36%)であった.これらを夫妻の出身地別にみると,夫妻ともに東京圏外の世帯では通勤利便性や住宅の広さや間取りが重視されているが,夫妻ともに東京圏内の世帯では,通勤利便性と同率で親族との距離が選択されている. 回答者の平均通勤時間(片道)はいずれも東京圏の平均より短く,短い通勤時間が夫の参与度に影響していることが推察される.家事や育児における夫の分担率が5割以上を示す項目として,「保育所の送り」(31%)のほか,「子の入浴」(18%),「夕食の後片付け」(18%)で相対的に高い値が示された.また,夫以外の親族が近くに住む世帯や同居している世帯では,保育所の送迎や入浴・夕食などを分担している場合がみられるほか,親族サポートが得られない世帯で夕食サービスやベビーシッター等の外部サービスの部分的な利用が,多数ではないもののみられる.これら日常的な家事や育児以外に,病気時の家事や育児,出張等の家事支援において,66%の世帯が夫以外の親族からのサポートを得ている.  以上のように,本調査が対象とした共働き子育て世帯では,共働きと子育てを両立するために居住地選択のうえで通勤利便性が最も重視されていること,親族が東京圏内に住む世帯では親族との距離も同程度に重視されていること,また夫と妻の分担や親族サポート・外部サービスを利用した育児が行われていることが示された. ※本研究の遂行にあたり,科学研究費補助金(課題番号25284170, 代表者:久木元美琴,および,課題番号25370922,代表者:川口太郎)を使用した.
  • 呉 鎮宏
    セッションID: 505
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
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       近年、訪日外国人旅行者数が増加し続けており、ことにアジアからの旅行者の成長が著しい。また、外国人観光客の観光行動の多様化により、従来の観光地域のみならず、地方への流動も見られるようになった。そこで本研究では、農山村地域におけるインバウンド受け入れに成功した山形県飯豊町における台湾人観光客誘致の取り組みを分析し、その受け入れ可能となった要因と構造を明らかにすることを目的とする。
       山形県飯豊町は山形県の南西部に位置しており、総面積の約84%が山林で、県内でも有数の豪雪地帯である。人口は約7,600人で(2015年6月時点)、町の基幹産業は農業であり、主要作物は米作と米沢牛の飼育である。飯豊町の観光・宿泊施設は主に第三セクターの形で運営されているが、近年、設備の老朽化や常連客の高齢化、東日本大震災の影響などによって、観光入込客が減少している。一方、近年の取り組みとしては、飯豊町観光協会(以下「観光協会」)が開催するスノーパーク、なかつがわ農家民宿組合による農村民泊体験等がある。
        2008年秋、観光協会に高畠にあるドライブインから「雪遊び」ができる場所について紹介の依頼があり、観光協会は町内の積雪期の未利用地(町有の駐車場)を雪遊びの場として提供することとし、2009年1月に最初の台湾人ツアーを受け入れた。 最初のツアーの経験を踏まえ、次のツアーでは歓迎の意を表すために、雪遊びの会場に台湾の国旗を飾り、帰りのバスに国旗を挿したスノーモービルを並走させて見送るなどの演出を行ったが、この取り組みは台湾人客と添乗員から大変好評を博し、これにより台湾の旅行会社からの継続的な送客に繋がった。 その後、2013年に雪遊びの会場を「スノーパーク」と名付けて、不定期の運営から定期営業を行うことになり、更に日本人客の受け入れを始めた。  しかし、スノーパークは立ち寄り施設であるため、体験料金以外の収入に結び付きにくく、収入は冬に限られてしまう。そこで、一年間を通じた集客をめざし、また台湾人旅行者の滞在時間を延ばすことでもたらされる経済効果を得るため、観光協会は台湾人観光客の宿泊について検討を始めることになった。 その過程で、台湾営業の際、台湾で「田舎に泊まろう」という番組が人気であることを知り、ランドオペレーターとのやり取りの中から、中津川地区の農家民宿を活用した「田舎に泊まろうツアー」が生まれることになった。ところが、農家民宿の経営者は60代以上の高齢者が多く、外国人の受け入れに対して不安を感じていた。スノーパーク受け入れ経験のある観光協会では、農家民宿経営者に対し地道な説得を続け、最終的には「やってみなければ分からない」ということで台湾人ツアーを受け入れることになった。ツアー受け入れを積み重ね、試行錯誤の中で外国人に対するおもてなしの仕方を固めていくことで、スタートした2011年度の92名から、2014年度には222名の受け入れ実績をあげるまでに成長した。
        飯豊町における台湾人ツアー受け入れの実務的な流れは以下の通りである。まず、観光協会は年1回程度台湾へ営業に赴き、ランドオペレーターとともに台湾の旅行会社に対して飯豊町の観光コンテンツについて営業活動を行い、それを受けて台湾の旅行会社は、飯豊町の商品を取り入れたツアーを設定して広告・募集活動を行う。このツアーの催行が決まった段階で旅行会社はランドオペレーターを通して観光協会に発注するという手順を取る。 このように、基本的には、観光協会は台湾の旅行会社と直接やり取りをするのではなく、ランドオペレーターを仲介してのやり取りとなっている。このことによって、言語上の問題が解決され、台湾での営業コストも圧縮されて、リスク対策ともなっており、観光協会の職員数が少なく組織が小さくても、台湾人ツアーの受け入れが可能となっているのである。  
        台湾人客の受け入れが一過性にならなかった背景には、観光協会が継続的な営業努力を重ねてきたことと、地域内の調整やフォローをこまめに担ってきたことが重要な要素であるといえる。飯豊町の事例をみると、外国人観光客の受け入れに際した地方における人的資源不足の問題は、ランドオペレーターの起用により解消できると考えられる。一方で、仲介役の介入によってサービスを供給する地域とサービスを受ける消費者との間が乖離することにもつながり、観光客のリアルな反応がつかみにくくなり、また常に新しいツアー受け入れが中心となってしまうため、リピーターの育成に結び付きにくい側面があるといえよう。 今回の報告は台湾人観光客自身がどのような志向・意見持っているかについて十分考察できなかった。この点については今後の課題としたい。
  • カゴメ株式会社による高知県三原村への進出を事例に
    後藤 拓也
    セッションID: 512
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
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    2000年代以降,日本においてはグローバル化に耐えうる農業を実現すべく,農業の構造改革が進行している。そのなかでも,2000年代の農地法改正によってドラスティックな展開をみせているのが「企業の農業参入」である。近年の大きな特徴として,食品企業などの大企業が自社で国産原料を確保すべく,1社で県域を越えて広域的に産地形成に関わるケースが増えている。よって本報告では、日本において大企業が広域的に農業参入を進めてきた事例として,カゴメ株式会社による生鮮トマト栽培への参入を取り上げ,以下の論点を明らかにした。具体的には,①カゴメがどのような立地戦略にもとづいて農場を配置してきたのか,②カゴメの進出によって参入先の地域がいかなる影響を受けたのか,という各論点である。研究方法としては,2014年8月にカゴメ本社への聞き取り調査を行い,2015年2月に高知県三原村において現地調査を行った。
    カゴメは1990年代後半からの「健康ブーム」や「CSRブーム」を背景に,生鮮トマト栽培への参入を進めた。カゴメは1999~2006年の短期間で全国に54農場を立地させるなど,全国的な生産体系を形成してきたことが判明した。カゴメは生鮮トマト農場の立地条件として自然的要因(日照時間や平均気温)や経済的要因(市場への近接性)を重視している。しかし現実的には,農場分布パターンはそういった要因だけに規定されている訳ではない。なぜなら,カゴメの参入先決定においては,補助金を伴う「自治体からの誘致」という社会的要因が大きく影響しているためである。
    高知県三原村では,1990年代後半から遊休農地の活用が課題となり,村ぐるみでカゴメの誘致を行ってきた。しかし,過疎地域である三原村は市場から遠隔地にあり,生鮮トマトの需要がピークとなる夏期に生鮮トマトの出荷量が鈍化するなど,収益面で不利な状況に置かれやすい。それにも関わらず,三原村の農場は,カゴメの直営農場のなかでも良好な経営を維持し,村の農業生産額の50%近くを占めるなど,地域農業に大きな役割を果たしてきた。その背景には,どのようなメカニズムが働いており,いかなる課題が潜んでいるのであろうか。その詳細については,当日報告を行う。
       
  • 前田 一馬, 中谷 友樹, 永田 彰平
    セッションID: P919
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
    会議録・要旨集 フリー
    Ⅰ.研究の背景と目的  阪神淡路大震災から20年、東日本大震災から4年の歳月が流れた。将来起こりうる災害に対応するさまざまな対応策が求められている今日、防災・減災に向けた地理情報の活用が盛んに議論されている。そのなかで、地域の記憶を共有する媒体となる文化財の価値に着目し、災害発生時における文化財の脆弱性や文化財の消失・損傷のリスクを評価する研究が蓄積されつつある(中谷 2014)。 このような機運に鑑みて、本研究では南海トラフを震源とした地震が引き起こしうる被害――とくに津波による文化財の被災に着目する。東日本大震災における文化財の被害は、地震の被害と比較すると、浸水域が狭い範囲に限定されるものの、全損・流失などの壊滅的な被害に遭うことが報告されている。 そこで、本研究では近い将来に発生する可能性が高く、多大な被害をもたらすと予想されている南海トラフ地震発生時の津波による文化財被災リスクの評価を行ない、文化財防災の視点からみたハザードマップの可能性を検討する。 Ⅱ.研究資料  対象とする国指定登録文化財の地理情報は、文化庁がweb上で公開している「国指定文化財等データベース」(2015年2月時点;日本全国1,7937件)より作成した。このデータベースには各々の文化財の位置を表す緯度経度座標が付与されている。なお、本研究における対象文化財は、国指定登録文化財のなかでも地域における歴史的文化的価値に着目して、(1)国宝・重要文化財(建造物)、(2)登録有形文化財(建造物)、(3)無形民俗文化財、(4)記念物(史跡・名勝・天然記念物)、(5)重要文化的景観、(6)重要伝統的建造物群保存地区とした。また、南海トラフ地震にともなう津波浸水深については、内閣府の南海トラフ巨大地震モデル検討会において検討された震度分布・浸水域等に係るデータの浸水メッシュデータを利用した。 Ⅲ.文化財被災リスクの評価  本研究で利用する浸水メッシュデータはさまざまな状況(ケース)別に作成されているため、それぞれのケースを対象に浸水深データと文化財レイヤを重ね合わせた検討が必要である。一例として、付表に文化財の種別と想定浸水深(m)のクロス表を示す。南海トラフ地震によって主として被害を受ける西日本地域では、沿岸部に国宝・重要文化財(建造物)の立地も散見されるものの、登録有形文化財(建造物)の被害予想が突出していることが分かる。これは東日本大震災の経験とも一致する(豊田ほか 2011)。登録有形文化財(建造物)には近代建築物が多く含まれ、そられは過去の津波被災後の市街化の過程で築かれてきたと考えられる。文化財の被災予想を集計・地図化するとともに、文化財被災の地理的背景について検討する。
  • 榊原 保志
    セッションID: 709
    発行日: 2015年
    公開日: 2015/10/05
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    長野盆地に注ぐ裾花川では、よく晴れた夜間に冷気流が観測される。この冷気流は山風とも呼ばれ、夜間に山地の地表面が放射冷却によって冷やされることで、冷気が盆地底に向かって降下し発生する。
    そこで本研究では、夜間盆地底では夜間に地上風が弱くなるが冷気流が盆地底にたまっていく現象を明らかにする.
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