教育社会学研究
Online ISSN : 2185-0186
Print ISSN : 0387-3145
ISSN-L : 0387-3145
95 巻
選択された号の論文の9件中1~9を表示しています
論稿
  • 林 明子
    2014 年 95 巻 p. 5-24
    発行日: 2014/11/28
    公開日: 2016/11/15
    ジャーナル フリー

     本稿の目的は,生活保護世帯に育つ子どもの中卒後の進路を「移行」の経験として連続的に捉え,その多様性を描き出すことである。生活保護世帯の子どもの中には高校非進学者や高校中退者も多く,彼らの進路を「進路選択」や「進路形成」の枠組みで読み解くことは難しい。このような視点に立ち,本稿では,首都圏近郊のある地域において,生活保護世帯に育つ子ども363名(16歳から22歳)の中卒後の進路を連続的に明らかにする。また,高校非進学者・高校中退者(非直線型)とそうではない者(直線型)とを比較し,両者を分かつ要因について検討する。さらに,非直線型の移行をたどる者に焦点をあて,学校離脱後の移行パターンを見出す。
     主な知見は以下の通りである。(1)生活保護世帯の子どもの全日制高校進学率は50.4%と全国の値より約40ポイント低い。また19歳以上の者を対象とし,カプラン・マイヤー法を用いて大学・短大進学率を算出したところ,16.7%となった。(2)直線型と非直線型の分岐には,母親の学歴や就労状況,きょうだい数,引越し回数,不登校経験が関連している。(3)非直線型の移行をたどる者は調査対象者の17.1%を占めており,その移行パターンは①求職・アルバイト型,②更生保護・医療・福祉型,③妊娠・育児型,④編入型という4つに分類された。以上をふまえて,最後に子どもを対象とした,多様で連続的な支援が構築される必要性を述べた。

  • 片山 悠樹
    2014 年 95 巻 p. 25-46
    発行日: 2014/11/28
    公開日: 2016/11/15
    ジャーナル フリー

     本稿の目的は「ものづくり」言説が工業教育にいかに受容されたのか,また「ものづくり」言説にどのような理念や価値が付与されてきたのか,その経緯を分析することである。
     現在,多くの工業高校では教育目標として「ものづくり」が掲げられており,「ものづくり」教育は高い評価を受けている。工業教育≒「ものづくり」という認識は教師たちに共有されているといえる。ところが,こうした認識は最近まで自明ではなかった。というのも,かつて教師たちは「ものづくり」に批判的であったためである。なぜ現在の教師の認識と,過去の認識に違いが生じているのか。本稿では工業教育で「ものづくり」がいつ「自明」となり,その背後要因には何があるのかを明らかにする。
     1970年から1980年代,工業高校の社会的地位は低下していたものの,教師は「科学的/批判的能力」の養成を重視し,「技能教育」に否定的であった。だが,1980年代後半以降,工業教育の専門性はさらに弱体化し,多くの教師は工業教育の専門性を教える自信を失っていく。
     このような状況のなか,工学教育の再考のため,教師は地域の中小企業との連携を模索しはじめる。1990年代後半,「ものづくり」の受容は中小企業の密集地帯で顕著にみられたが,2000年代に入ると,「ものづくり」言説に「教育的」価値が付与されることで,他の地域にも浸透していく。こうした過程を通して,工業教育のなかで「ものづくり」の「自明化」が進展したと推察される。

  • ──沖縄のノンエリート青年の居酒屋経営を事例に──
    上原 健太郎
    2014 年 95 巻 p. 47-66
    発行日: 2014/11/28
    公開日: 2016/11/15
    ジャーナル フリー

     若者の「学校から職業へ」の移行過程をネットワークという視点から論じてきた研究は,ネットワークが若者を支える一方で,そのネットワークの閉鎖性・限定性が若者を職業達成から遠ざけることを強調してきた.こうした機能主義的な説明からは,限られた条件内で若者がいかにしてネットワークを活用し,その創造を図るのかという課題が導出される。
     本稿は,ノンエリート青年という視角から,若者を主体的な存在として位置づけることで上記の課題に取り組んだ。具体的には,沖縄で居酒屋を経営する若者集団の経営実践を記述した。明らかになったことは,(1)地縁・血縁ネットワークを活用して居酒屋をオープンし,(2)そのネットワークはオープン後も活用され,(3)また,イベントの開催などを通じて職縁・客縁ネットワークを創造する側面であった。(4)そして,地縁・血縁・職縁・客縁ネットワークは,かれらの日々の働きかけによって維持されていた。
     以上,若者を主体的な存在として位置づけることで浮かび上がってきたのは,ネットワークを資源化・重層化させながら,職業達成に向けて合理的に取り組む若者たちの姿である。本稿の意義は,従来の研究が看過してきたそれらの側面を実証的に示し,機能主義的説明の問題点を指摘した点にある。

  • ──高等学校社会科分化の意味と機能──
    村井 大介
    2014 年 95 巻 p. 67-87
    発行日: 2014/11/28
    公開日: 2016/11/15
    ジャーナル フリー

     本研究の目的は,高等学校社会科が地理歴史科と公民科に分化した事象を事例にしながら,カリキュラム史上の出来事の意味と機能を教師のライフストーリーから明らかにすることである。
     先ず,高等学校社会科が分化した際の言説を分析し,国際化を背景に歴史・地理教育が重視され,地理歴史科と公民科に分化したことと,こうした動きの中で教師には社会科としての総合性よりも,学問領域に接続する専門性が求められたことを明らかにした。
     その上で,四半世紀を経て教師がこの事象をどのように意味づけ,影響を如何に受け止めてきたかを教師のライフストーリーから分析した。社会科分化の際に教師だった世代は,自身の専門分野からこの事象を意味づけていたが,分化以前の社会科の免許状を持つが故に専門外と考える科目も担当せざるを得なくなっていた。一方,社会科分化後に教職に就いた世代は,免許状取得の際に地理歴史科・公民科というカテゴリーを重視するが,教職経験を積む中で社会科の枠組みを意識せざるを得ない状況に直面していた。
     以上のように,教科の専門性を高めることを意図して行われた高等学校社会科の分化は,地理歴史科・公民科というカテゴリーによって専門化した教科アイデンティティを創出する一方で,教員の配置や免許状,「世界史」の必修化といった問題と絡みながら,かえって教師が専門性を発揮し難くなるという逆機能を有していた。

  • 松岡 亮二, 中室 牧子, 乾 友彦
    2014 年 95 巻 p. 89-110
    発行日: 2014/11/28
    公開日: 2016/11/15
    ジャーナル フリー

     P. ブルデューの文化的再生産論は日本社会においても教育達成の格差生成メカニズムの一つとして研究され,各家庭における文化資本の偏在,それに家庭の文化資本と子の教育達成の関係について知見が蓄積されてきた。近年,教育選抜の早期化によって社会階層と教育達成の関連強化が懸念されているが,早期家庭内社会化によって文化資本が世代間相続する過程については未だに実証的に明らかにされていない。そこで本稿は厚生労働省による21世紀出生児縦断調査の個票データを用い,文化的行為である読書に着目し,文化資本の世代間相続という動的な過程をハイブリッド固定効果モデルによって検討した。
     分析の結果,父母の学歴と世帯所得は,父母それぞれの一ヶ月あたりの雑誌・マンガを除く読書量という文化的行為を分化していた。また,これらの学歴と世帯所得によって異なる父母の読書量は,子ども間の読書量格差と関連していた。そして,父母の読書量の変化は,観察されない異質性を統制しても子の読書量の変化と関係していた。親の学歴は制度化された文化資本,世帯所得は経済資本であり,それらの資本量の差が読書行為を分化し,親子の文化的行為が関連している──小学校1,2,4年生の3時点の縦断データに基づいた本稿の結果は,子ども間の文化資本格差,それに先行研究が考慮しなかった観察されない異質性を統制した上で,文化的行為の世代間相続を実証的に示している。

  • ──トランスナショナル化する在外教育施設を事例に──
    芝野 淳一
    2014 年 95 巻 p. 111-130
    発行日: 2014/11/28
    公開日: 2016/11/15
    ジャーナル フリー

     近年,海外子女教育研究では,日本人学校に駐在家庭以外の長期滞在・永住家庭や国際結婚家庭といった多様な背景をもつ日本人が参入し,学校内部がトランスナショナルな様相を帯びていることが指摘されている。そこで争点となっているのは,日本人学校に立ち現われる本質主義的な「日本人性」の問題である。本稿は,グアム日本人学校の教員が語る「日本らしさ」を「日本人性」の表れとして捉え,現場において「日本らしさ」が実践される局面と,それがトランスナショナルな日常を生きる教員にもたらす葛藤を描き出すものである。
     本稿の知見は,三点である。①日本人学校が抱える経済的・制度的基盤の脆弱性を乗り越えるために,多様な背景をもつ日本人を呼び込み学校を安定させようとしていた。②教員は保護者の期待を反映させた象徴的かつノスタルジックな「日本らしさ」を戦略的に構築し,入学者確保を試みていた。その結果,多様な子どもが在籍するようになったにもかかわらず,教育内容はますます「日本らしさ」に方向づけられていくというパラドキシカルな状況が生じていた。③一方で,教員は「日本らしさ」に基づく教育実践と自らが経験するトランスナショナルな日常との間のズレを認識することで葛藤を抱えていた。さらに,それが「日本人性」がもつ自明性や権力性を問い直すことに結びつき,多様性に配慮した慎重な教育実践を編み出していた。
     最後に,本稿の知見が当該領域に与える示唆を論じた。

研究レビュー
feedback
Top