男女の特性論は、明治初年、男女同権論と男尊女卑の両方を否定するものとして成立し、戦前の女子教育の主要な教育理念となった。特性論は戦後の男女共学制においても維持され、教育課程の男女格差は、男女の本質的平等を保障するための合理的な差異と見なされた。1985年の女性差別撤廃条約の批准とジェンダー論の普及により特性論は終焉するが、今日、男女を区別すること自体が「差別」と見なされる中で、女子教育の存在意義が改めて問われている。
少数派の親の意思をどのように位置づけるかという公私二元論問題抜きに性教育論争を理解することはできない。宗教が扱ってきた「性」、また近代社会が私的なことがらとした「性」を、公教育で積極的に扱うのが性教育だからだ。教育内容のみならず性教育の実施そのものに同意できない宗教関係者などからの批判が登場して性教育論争となる。本稿では、イギリス、アメリカおよび日本の性教育論争の特徴とこの論点への対処方法を整理した。
本研究は、ドイツの幼児教育界を牽引してきた教育組織であるペスタロッチ・フレーベルハウスの思想とナチズムとの関係を検討することにある。女性の社会的活躍の活路を幼児教育に見出した母性の論理は、ペスタロッチ・フレーベルハウスにおける子どもと家族を一体化させる思想を支えるものであった。幼児教育は家族に準じるものと位置付けられ、学校教育体系から切断された。これにより幼児教育は家族を賞賛するナチズムの論理とシームレスに接合していくこととなった。
大学ランクや学部学科の専攻における男女差を分析した従来の研究は、大学ランクと専攻を別々に分析してきた。しかし、大学ランクや専攻、浪人という選択などの多様な変数を同時に考慮しなければ、大学進学とジェンダーの関係性はみえてこないのではないか。そこで本稿では多重対応分析を用いて、それらの変数間の「関係の網」を再構築する。その結果、人々の「合理的な選択」を促してジェンダー不平等を持続させる制度的文脈が明らかになる。
本稿は、代表性のある大規模な女性のライフヒストリー・データを用いて、出生コーホート別に年齢ごとの職業的地位を再構成する方法を紹介し、その手法によって蓄積してきた記述的な分析結果から、日本人女性のライフコースの長期的な変化を説明する。とくに戦時体制下の1940年代前半、1970年代半ばの石油ショック以後、1990年代半ば以降の「失われた10年」の3つの転換期に着目して、M字型の登場、定着、変容を検討している。
本稿は、プラグマティズムの中心概念の一つである「習慣(habit)」の観点から、ジェンダーを考察する。習慣というプラグマティズムの概念は、ジェンダーが私たちの身体的な存在を構成する構造であること理解させる。「かくれたカリキュラム」研究は、教室の中でセクシズムが伝えられていることを明らかにした。プラグマティズムの「習慣」概念は、セクシズムの克服のプロセスについて私たちの理解をさらに深めることに貢献する。
1970-80年代の地域青年活動における女性の学習実践をもとに、自身が身を置く状況の中で生じている個別具体的な問題に関与することとそこで学習や活動を展開することとの関係、またその学習実践を規定/可能にしているものを検討した。決定的な決裂や分裂を回避しながらも率直な対話の場を確保することや、年代を超えた女性どうしの関係性が、状況への意図的・自覚的な関与を支えていたことを見いだした。これはジェンダーにかかわって家庭・職場・地域など日常生活への疑問や批判的な視点を持った時の孤立状態とその克服を理解する糸口となる。
高等教育の専攻の性別分離の遠因を「理系意識」の男女差に求め、小学5~6年生の女子が理系意識を持ちづらい要因を検証した。その結果、①算数の勉強への不安に由来するジェンダー・ステレオタイプの受容、②父親との接触頻度、③業績主義的価値観が、女子の理系意識の持ちづらさに関連しているということが分かった。教育機会の男女均等を目指すには、小学校教師の教科指導力という基本的な能力が重要であること等の示唆を得た。
本稿の目的は、インプロにおけるジェンダー・バイアスの問題を扱う上演形式「ザ・ベクデルテスト」について、男性演者の「恐れ」とその軽減過程を、男性演者Aさんに着目して描き出すことである。その結果、Aさんの「恐れ」は、共演者や観客の「女性」に対するものとして語られており、「自身のジェンダー・バイアス表出への恐れ」であることが明らかになった。また、「登場人物という隠れ蓑」を被り、「恐れ」を「弱さ」として表出させることで「恐れ」は軽減されることが見出された。
本稿は若年同性愛者のセクシュアル・アイデンティティ形成過程の解明を目的とする。従来の議論は学校において困難や抑圧を経験する同性愛者像を強調してきたが、3人の研究参加者の学校経験を分析した結果、異性愛規範や同性愛嫌悪に直面しながらも、他の生徒との相互行為において参照されるセクシュアリティの言説を資源としながら、セクシュアリティの可能性を模索し、「同性愛者であること」を受容/否定する若年同性愛者の姿が明らかになった。
本論では、文科省「生命(いのち)の安全教育」モデル教材の内容をフェミニズム理論の視点から分析し、その論理体系を明らかにした。本教材は、DV・性暴力の被害者を非難する神話を問い直す点で一定の意義を有しながらも、家父長制や異性愛主義といった権力構造を不問に付していた。そうした両義的性格は、「男女共同参画」という政策概念自体の限界に由来すると同時に、国家的人口政策としての少子化対策にも矛盾なく接続されうるものである。
筆者は公立中学校で国語を担当し暮らしを綴る教育実践を行ってきた。本研究はその中で子どもがDVについて綴った事例に焦点を当て、その文章とその文章を綴った子どもに成人後に実施したインタビューとの両面から、DVについての子どもの認識とエンパワメントについての分析を試みた。子どもが綴りそれを教員が丁寧に受けとめ、文章を学級集団で交流することは子どもをエンパワーしていた。DVを受ける子どもを理解し子どもがエンパワーするために、教職員がジェンダー平等の視点を持つことの重要性が明らかになった。
本稿では、PISA2018データを用いて、日本・韓国・イギリス・オーストラリアを比較しながら、各国の男女別学あるいは男女共学のなかでのいじめ反対意識の違いを分析した。分析の結果、男子の方がいじめ反対意識が低い傾向は4ヶ国で共通しており、日本の男子校男子・共学校男子はほかの3ヶ国と比較して有意にいじめ反対意識が低かった。交互作用項を用いた分析によって、日本の男子校男子では、社会経済的地位が高いほど、あるいは、数学的リテラシーが高いほど、いじめに反対しない傾向がみられることが示された。
本稿は、アメリカ女子高等教育の拡大及びジェンダー・バランシングに関する議論を概観し、それが抱える「障壁」を考察した。1980年代には「逆ジェンダーギャップ」現象が起きたが、2000年代初頭に女子の割合が頭打ちとなったため、新たな「女性差別」として女子学生数の調整が行われているという議論が起きた。しかし、能力・業績のみに基づく選考という代替案には、反人種アファーマティブ・アクション派の主張と軌を一にするという「障壁」が存在する。
本稿では、ドイツの思想家テオドール・W・アドルノがアメリカでの亡命時代に執筆したプロパガンダ研究を検討した。アドルノのプロパガンダ研究では、プロパガンダの構造が詳細に検討されるとともに、その対抗手段としてカウンター・プロパガンダについても言及されていた。そこで示唆されていた大衆に対する啓蒙的な働きかけの構想が、ドイツ帰国後に発表されたアドルノの教育論へどのような影響を与えていたのかを考察した。
本稿は、明治期の教育学および教授理論における新心理学の思想を明らかにするため、当時の日本における新心理学の第一人者であった元良勇次郎(1858-1912)の、エネルギー概念を中心とする「多元統一論」と「仮説法」という科学的な実証実験理論を考察した。この作業から、哲学と科学のアンビバレントな心理学の歴史を描き、明治期の教育学および教授理論が教育における実験(経験)をどのようにとらえたかを明らかにすることを試みた。
本稿では、シンガポールにおける1990年代後半以降の学力競争緩和のための教育改革が、ミドルクラスの親子に新たなストレスをもたらしていることをインタビュー調査から明らかにした。親たちが他の親の動向を気にして塾に通わせ、将来の選抜や就労で有利になるとの解釈から習い事で実績作りを目指す背景には、より価値のある人的資本になるための教育投資を求める社会の在り方がある。
本論文は、堀尾輝久(1971)『現代教育の思想と構造』の読解を目的としている。ポストモダンや新自由主義に対抗する日本国憲法・教育基本法の核心である「国民の教育権論(人権としての子どもの権利)」を復権するために、本書の書評・図書紹介の検討や、本書と大田堯・梅根悟・持田栄一の近代教育観・近代公教育観との対比を通して、本書のもっている現代教育学説史的意義を解明した。
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