変形性顎関節症は変形性関節疾患であり,軟骨の劣化,軟骨下骨の肥厚,および骨棘の形成を特徴とし,開口障害や咬合不全の要因となるとされているが,疾患発症にかかわるメカニズムについて不明な点が多い。そのため,変形性顎関節症の動物モデルの開発研究は,根底にある分子メカニズムの理解を進めるうえで重要であるとされている。
STR/Ortマウスは,股関節/膝関節の自然変形性関節症モデルとして確立されており,基礎的な研究が進められているが,STR/Ortマウスの顎関節の評価についてはこれまで明らかにされていない。本研究では,STR/Ortマウスを経時的に観察し,顎関節の病態評価を行った。マイクロCT撮影した結果,40~50週齢時に68%のSTR/Ortマウスの片側下顎頭に変形が認められた。組織学的には関節面の軟骨基質の減少および軟骨層の菲薄化を伴う下顎頭の形態変化が認められた。STR/Ortマウスの下顎頭に自然発症した関節軟骨の加齢に伴う退行性形態変化はヒト変形性顎関節症の病態像に類似しており,顎関節OAモデルとして有用である可能性が示唆された。
睡眠時の歯ぎしりや食いしばりなどの睡眠時ブラキシズム(SB)は咀嚼筋筋疲労や疼痛のリスクファクターの一つと考えられている。これまで,いくつかの筋電図検査を用いた研究でSBと顎関節症の関係が検討されてきたが,現段階ではその関係を肯定する論文,否定する論文が混在しており,結論が出ているとはいいがたい。その一因として,筋活動の波形抽出の方法の差が可能性として挙げられている。また,顎関節症との関係を検討する際には生体への負荷となりうる筋活動の仕事量を総合的に評価しうるパラメータが有用と考えられるが,現行の主要な評価基準であるアメリカ睡眠学会(AASM)の基準では時間当たりの波形数による評価方法がとられている。咀嚼筋筋電図から得られる筋活動を表す波形はさまざまなバリエーションがある。そのため,振幅のみ,あるいは持続時間のみでは筋電図波形の的確な解析を行うパラメータとしては不十分と考えられる。近年,歯科領域では携帯型の筋電計の普及が進み,夜間筋活動の筋電図測定を簡便に行うことが可能となりSBを評価する手段が整ってきている。本稿では,今後筋電図検査を用いたSBの評価と顎関節症の発症や重症度分類との関係を検討する際の指標として,持続時間と筋活動量の大きさを統合した指標である波形積分値を用いたSBの重度評価や低振幅で持続時間の長い波形への着目の重要性など,新たな視点からとらえることの必要性について提示した。
変形性顎関節症(以下顎関節OA)は滑膜炎,関節円板の変形や断裂,下顎頭軟骨の破壊や変形をきたす顎関節症の病態の一つである。顎関節OA患者の滑液からはmatrix metalloproteinases(MMPs)やインターロイキン(ILs),軟骨破壊に関与するアグリカナーゼ(a disintegrin and metalloproteinase with thrombospondin motifs(ADAMTS)-4/5)が高発現しているとの報告があるが,顎関節OAにおける下顎頭軟骨破壊のメカニズムはいまだ不明なことが多い。顎関節OAの病態が十分に解明されていないことの理由の一つに,顎関節OAを自然発症する適切な動物モデルが乏しいことが挙げられる。STR/Ortマウスは加齢に伴い膝関節OAを自然に発症し,OA研究のマウスモデルとして確立されている。そこでわれわれは国際研究プロジェクトとしてリバプール大学と共同で,このマウス系統でも顎関節OAを自然に発症するかどうかを調査した。その結果,STR/Ortマウスは,対照として使用したCBAマウスよりも20週齢以降に顎関節OAの発現が高いことを見いだした。また,われわれのグループは,選択的にアグリカネーゼを阻害する[-1A]TIMP-3がSTR/Ortにおける膝関節OAの発症を抑制することを実証し,膝関節OAにおける主要な軟骨分解酵素がMMPではなく,アグリカナーゼであることを明らかにした。この研究は,[-1A]TIMP-3が膝関節OAにおける軟骨破壊を防ぐ治療効果があることを示している。さらに,[-1A]TIMP-3がSTR/Ortマウスの顎関節OAの進行を抑制できるかどうかも調査したところ,抑制することが判明した。これらの研究データは,アグリカナーゼが顎関節OAにおける主要な軟骨分解酵素であること,[-1A]TIMP-3が顎関節OAの有効な治療になりうる可能性を示唆している。
顎関節症患者の顎関節部に対するMRIのT2強調像において,しばしば認められる関節腔の著明な高信号像はjoint effusionと呼ばれている。このjoint effusionについては,顎関節部における他の画像所見や疼痛をはじめとする臨床症状との関連を解明するためにさまざまな研究が行われてきた。われわれもこのjoint effusionに着目し,顎関節症患者の顎関節で認められる関節液量を分析し,joint effusionと顎関節の状態や疼痛との関連を調べた。その結果,非復位性関節円板転位関節において関節液量が最も多く,疼痛群が非疼痛群より多いという結果を得た。また,変形性顎関節症において,骨変化の種類と関節液量との関連を検討したところ,骨変化の種類によって関節液量が異なり,erosionを伴う関節では有意に関節液量が多かった。さらに,蛋白成分を反映できる可能性のあるFluid attenuated inversion recovery(FLAIR)法を用いて,顎関節症患者の顎関節の状態とFLAIR画像上でのjoint effusionの信号強度の関連を検討した。その結果,FLAIR画像におけるjoint effusionの信号強度は顎関節の状態によって差があり,円板正常位置関節で最も低く,変形性顎関節症関節で最も高かった。以上の結果より,FLAIR画像上のjoint effusionの信号強度は顎関節の状態と関連があることが示唆され,FLAIR画像上のjoint effusionの信号強度が,顎関節の状態に伴って変化する関節液内の蛋白成分を反映している可能性が示唆された。最近では,三次元画像上のjoint effusionの体積と疼痛との関連を示唆する報告がある。今後,このような画像も利用しつつ,joint effusionの臨床的意義についてさらに研究が進むことが望まれる。
目的:口腔機能の低下が低栄養を介して全身へ影響を及ぼすことが知られている。一方,顎関節症症状により口腔機能が低下した場合,同様の影響が生じる可能性が考えられるが十分解明されていない。そこで本研究は,顎関節症症状と口腔機能低下や全身との関連を解明することを目的とした。
方法:2019年から2021年に岡山県・徳島県・広島県の高齢者施設に入所中の高齢者を対象に質問票調査を行った。対象は文書による同意が得られた高齢者145名(平均年齢87.1±7.7歳)とし,顎関節症症状(DC/TMD質問票),フレイル/オーラルフレイル(厚生労働省基本チェックリスト),咀嚼能力(平井式摂取可能食品アンケート)および体重の変化を回答させた。高齢者を顎関節症症状あり群と顎関節症症状なし群に分け,フレイル/オーラルフレイル,BMI,咀嚼スコア,体重減少との関連について検討を行った。
結果・考察:顎関節症症状あり群の咀嚼スコアが有意に高かった(p=0.01,t-test)が,他の因子との有意な関連はなかった。顎関節症症状を細分化したところ,体重減少と開口困難に有意な関連が認められた(p=0.02,Fisher's exact test)。しかし本研究には多くのlimitationが含まれており,高齢者における顎関節症症状と全身状態との関連について,フレイルや体重減少を含めたさらなる検討が必要と考えられた。
国際頭痛分類第3版(以下ICHD-3)への改訂に伴い,二次性頭痛の一つである「顎関節症に起因する頭痛(ICHD-3 11.7)」の診断基準において,「頭痛は顎関節症の発症と時期的に一致して発現(増悪)」だけでなく,「頭痛が契機となり顎関節症が発見されたもの」が追加された。今回われわれは,この新しい基準に基づいて診断を行った症例を経験したので報告する。
症例は63歳,女性。「前兆のない片頭痛(ICHD-3 1.1)」と「頻発反復性緊張型頭痛(ICHD-3 2.2)」にて当院神経内科に通院中。睡眠時に頭痛で覚醒するため,頭痛と睡眠時無呼吸症(Sleep Apnea:以下SA)が疑われ,当院呼吸器内科へSA精査依頼となった。呼吸器内科で行った自宅での簡易睡眠検査での睡眠評価では,呼吸イベント指数(Respiratory Event Index REI)が6.4,最低酸素飽和度(Percutaneous Oxygen Saturation:SpO2)が86%とSAは軽症であり,口腔内装置(Oral Appliance:OA)治療の適応についての相談および,咀嚼筋の筋筋膜痛と頭痛との関連についての精査依頼にて当科受診となった。初診時の診査では両側咬筋,側頭筋に著明な筋筋膜痛を認め,咀嚼筋痛障害の診断基準を満たした。また,頭部への関連痛も認め,その痛みはいつもの痛み(ファミリアペイン)であったため,「顎関節症に起因する頭痛」と診断した。咀嚼筋の筋筋膜痛の改善を目的にセルフマッサージとストレッチの指導を行ったところ,筋筋膜痛の改善に伴い頭痛も軽快した。頭痛と顎関節症の併発は多く,そのなかには潜在的に「顎関節症に起因する頭痛」として病態が重複しているものが含まれるため,頭痛の正確な診断および適切な治療においても頭蓋周囲筋の触診および顎関節症の診断が重要であり,歯科医師および頭痛専門医の連携においてこれらの情報共有を適切に行っていく必要がある。