顎関節脱臼の徒手整復法はすでに述べたように紀元前のEdwin Smith Papyrusに始まっており,古くからある疾患である。これに対する整復法は種々にわたり,患者の前から整復するHippocrates法,後ろから行うBorchers法,耳をつかんで持ち上げる方法,コルクなどの梃子を利用する方法,殴打による方法などが報告され,その解剖学的所見も提示された。一方では,脱臼出現時の症状も細かく観察され,脱臼の分類も行われた。また整復後の繃帯法が広く使われたようである。
顎関節症のリスク因子には,外傷,解剖学的因子,病態生理学的因子,心理社会学的因子など多くのものがあることが知られており,そのうち単一の因子,あるいは複数の因子の複合によって発症するものと考えられる。すなわち,顎関節症の原因は患者によって異なっており,生物心理社会学的モデル(biopsychosocial model)の枠組みのなかで,病歴聴取を含む臨床的診察や検査結果を基に,目の前の患者ごとにそれらの複数のリスク因子のなかから推定されるべきである。咬合因子の顎関節症発症における役割について論じた質の高い文献は依然少ないものの,それらの文献は,咬合因子は顎関節症発症のリスク因子の一つにすぎず,咬合が発症の最重要因子となっている症例は決して多くはないというエビデンスを一致して示している。このことは,不可逆的治療である咬合治療は顎関節症の治療法の第一選択ではなく,保存療法,可逆療法を優先すべきであるというメッセージをわれわれに伝えている。
2014年に発表されたDiagnostic Criteria for Temporomandibular Disorders(DC/TMD)には「顎関節症による頭痛」が含まれており,顎関節症専門医が本頭痛の診断と治療をすることが期待されている。しかしながら,実際に診断を行おうとした場合,頭痛の非専門医である歯科医師にとって最も困難な作業は,診断決定樹や診断基準の最後に記されている,他の頭痛との鑑別であろう。顎関節症による頭痛と鑑別が必要な頭痛は多数あるが,本稿では,歯科医師の盲点となりやすい「薬剤の使用過多による頭痛(薬物乱用頭痛:Medication-overuse headache:MOH)」について解説する。
MOHは片頭痛あるいは緊張型頭痛を基礎疾患に有する,いわゆる「頭痛もち」の人が,急性期頭痛薬(鎮痛薬など)を頻回に服用することにより,慢性的に頭痛を呈するようになった状態である。頭痛は明け方,起き抜け時から生じ,締めつけられるような痛みや頭重感が毎日続き,顔面に痛みが拡大した場合は筋性の顎関節症,すなわち「顎関節症による頭痛」のようにみえることがある。薬に耐性が生じるため,原因薬物である鎮痛薬を服用しても頭痛は改善しない。3か月を超えて月15日以上頭痛がある人々の約半数はMOHであるため,該当する場合は鎮痛薬の使用状況を詳細に問診する必要がある。
起因薬剤として,最も多いのは市販の鎮痛薬であり,次いで医療機関で処方される非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)が多い。治療は,①原因薬物の中止,②薬剤投与中止後に生じる反跳頭痛に対する治療,③頭痛の予防薬投与の3点が中心となる。
「顎関節症による頭痛」にMOHが併存する場合は,本疾患の経験が豊富な頭痛専門医と連携して治療を行う必要がある。
これまでに成長発育期における顎運動を長期縦断的に検討した疫学調査の報告はほとんどない。当科では2002年より10年間,新潟県内の某小学校および中学校において延べ7,378名の学童・生徒を対象に,顎関節症状について検診を行った。その資料(結果)を基に,学童期における開口量の変化と身長の関連(対象者382名),クリック音の発現状況および推移(対象者133名)について縦断的に検討し,以下の結果を得た。
1.開口量と身長の関係では,小学校4年生以上で男女とも身長が増加しても開口量の増大はほとんどなく,相関関係を認めなかった。
2.クリック音の初発年齢は,小学校低学年においても認められるものの,中学生で急増していた。
3.クリック音の継続性については,一過性が49.0%,2年以上の症状の継続が28.3%,症状の再発が18.9%にみられ,一過性であることが多いものの,継続と再発を合計すると同数程度になった。
患者は初診時35歳の男性。30歳頃から皮膚の紅斑を認め,尋常性乾癬と診断された。1994年に両側顎関節痛および開口障害を主訴に東京医科歯科大学歯学部附属病院第一口腔外科を受診した。初診時の開口量は32 mmで,開口訓練を主体とした保存治療を行ったが,痛みのコントロールができず,両側顎関節円板切除術,下顎頭および関節結節形成術を実施した。術後39 mmまで開口量は改善したが,5年後には開口量が18 mmに減少,両側顎関節の骨性癒着を認めたため,両側顎関節授動術を実施した。術後は,17年にわたる開口訓練の継続と乾癬治療を並行し,顎運動機能は良好に維持している。