保全生態学研究
Online ISSN : 2424-1431
Print ISSN : 1342-4327
28 巻, 1 号
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特集 絶滅危惧種保全とエコツーリズム
  • 高橋 満彦, 早矢仕 有子, 菊地 直樹
    2023 年 28 巻 1 号 論文ID: 2232
    発行日: 2023/07/05
    公開日: 2023/09/05
    [早期公開] 公開日: 2023/07/05
    ジャーナル オープンアクセス

    野生動物観光(wildlife tourism)は世界中で年間 3436億米ドルの GDPと 21億 8千万人の雇用をもたらしている。バードウォッチングは野生動物観光の中でもっとも持続可能な活動の一つとされているが、非消費的利用とは言え、人が生息地に入り込む等で脆弱な状況にある絶滅危惧種に負の影響を及ぼすような過剰利用が起こるため、日本版レッドデータブックに掲載されている猛禽類 14種のうち 4種は、観察や写真撮影など故意による人の接近が絶滅の加速要因に挙げられている。本特集は、適切な観察方法の遵守を法規制を含めた手段で確保し、リスクを減らした上で観光資源として活用し、得られた収益で地域経済へ貢献すること等で、観光利用と保全を調和的に展開されるための方途を示している。

  • 早矢仕 有子
    2022 年 28 巻 1 号 論文ID: 2036
    発行日: 2022/04/15
    公開日: 2023/09/05
    [早期公開] 公開日: 2022/04/15
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    絶滅危惧種シマフクロウ Ketupa blakistoniに対する国の保護増殖事業は、 1984年の事業開始時から一貫して生息地を非公開とすることで、バードウォッチャーや写真撮影者の接近がシマフクロウの採餌や繁殖に悪影響を及ぼす危険性を回避しようとしてきた。しかし、接近が容易な一部の生息地では次第に人の入り込みが増加し、とくに 2010年代に急増した。シマフクロウを餌付けして観察や撮影の場を提供している宿泊施設も複数存在し、生息情報が拡散し続けている。インターネット上に公開されているシマフクロウの写真を掲載した個人のブログを検索すると、 47.4%に撮影地が明記されており、シマフクロウが見られることを宣伝材料にしている宿泊施設で撮影されていた。これら 4軒の宿泊施設のうち 3軒はシマフクロウを餌付けしており、残りの 1軒は、宿を取り囲む国有林で採餌や繁殖している個体を見せていた。インスタグラムでは 55.1%の投稿で撮影地が記載されており、そのすべてがシマフクロウを餌付けしている宿であった。ブログに掲載されている写真の 87.3%は夜間に撮影されており、光源にはストロボあるいは宿泊施設が撮影や観察のために設置した照明を使用していた。昼間に自然光の下で撮影された写真は全体の 12.7%で、そのうち 32.9%は飛翔能力の未熟な巣立雛とそれを守る親鳥に接近して撮影していた。野生個体の生息地訪問者は、動物園でシマフクロウを見るガイドツアーに参加していた来園者と比較すると北海道外に居住する年長の男性が多かった。国の保護増殖事業内容についての認知度を比較すると、野生個体生息地の訪問者は、生息地で実施されている保護施策への知識があり、逆に動物園来園者は、飼育下で実施されている保護施策をより知っていた。さらに、野生個体生息地訪問者は、動物園訪問者よりも撮影や観察にまつわる行為がシマフクロウに及ぼす影響を小さいと考える傾向があり、とくに餌付けを問題視しない者が多数を占めた。本研究結果より、現状のシマフクロウ野生個体の観光利用については以下の問題点が導き出された。すなわち、 1)生息地情報の拡散、 2)餌付け、 3)人工照明の使用、 4)人工的環境への馴化、 5)保護増殖事業との軋轢、である。

  • 菊地 直樹
    2022 年 28 巻 1 号 論文ID: 2035
    発行日: 2022/08/03
    公開日: 2023/09/05
    [早期公開] 公開日: 2022/08/03
    ジャーナル オープンアクセス

    鳥の観察や撮影を目的とするバードウォッチングは、野生生物を「見せて守る」方法の一つである。バードウォッチングという自然の観光利用は地域収益につながり、保全にお金が回りやすくなるため、固有種等への保全の動機付けが地域で形成されやすいと報告されている。一方、営巣地への接近の増加による捕食率や巣の放棄の上昇といった様々な負の影響も報告されている。「見せて守る」ためには、対象生物、生態系への負の影響の抑制と地域の利益や貢献の創出の両立が必要である。現在、「見せて守る」ことが求められている事例として、北海道知床半島のある生息地のシマフクロウがある。 1984年から開始された国のシマフクロウ保護増殖事業では、生息地を非公開としてきたが、知床半島の一部の生息地において餌付けをして観察や撮影場所を提供している宿泊施設が存在するようになり、非公開である生息情報が拡散するなど、保全への影響が懸念されている。一方、保護関係者から「見せて守る」方針が示されている。第一に餌付けを段階的に中止し自然の状態で見せること、第二に知床地域の世界的価値と地域の価値を低めないこと、第三にシマフクロウの生態や保全に関する学習の場として機能すること、である。「見せて守る」ためには、研究者や行政に加え、地域住民、観光業者、観光客といった多様な人びとの協働と合意形成が不可欠である。本報告では、特に重要な役割を担う地域の関係者への聞き取り調査を実施し、その意見の把握を試みた。その結果、保護関係者が示す方針と地域の関係者の意見の間にはそれほど大きな相違点はなかった。しかし、地域の生活と自然のとらえ方、自然保護や利用に関するイニシアティブ、地域生活のとらえ方について、相違点があることも分かった。「見せて守る」ためには、意見が異なることを前提に、多様な人びとが互いの違いを認め合い、何らかのルールをつくるという創造的で柔軟なプロセスの創出が必要となる。その課題として、第一に価値の複数性を認めること、第二に異なる目的を相互に受容すること、第三に異なる目的の相互受容を可能とする合意形成を指摘した。

  • 岡久 雄二
    2021 年 28 巻 1 号 論文ID: 2034
    発行日: 2021/08/31
    公開日: 2023/09/05
    [早期公開] 公開日: 2021/08/31
    ジャーナル オープンアクセス

    希少種を対象としたバードウォッチング観光では、旅行者が保護活動について学ぶ機会の提供や、経済効果による保護活動のインセンティブ向上などの好適な影響が期待される。一方、安易な自然観光資源活用は対象種に負の影響を与える危険性を伴う。そのため、負の影響を最小限に留めつつ、活用が対象種の保護活動に与える好影響を高めることが必要である。本稿では接近実験と文献に基づく統計解析により観察圧がトキ Nipponia nipponの行動と繁殖に及ぼす負の影響を明らかにし、産業連関表に基づいて、トキを目的とした観光需要が佐渡島の経済とトキの保護に与える経済波及効果を評価することで、トキの観光活用に対する提言を行った。トキに軽自動車で接近した場合、逃避距離は最長で 145 mであったが、平均逃避距離は 2015年の 106.9 mから 2019年の 62.5 mまで経年的に短縮した。トキの警戒行動は自動車の接近に伴って増加したが、群れサイズが大きいほど増加が緩やかであった。 1羽でいる場合には 184 mまで接近すると警戒行動が 1回以上増加したが、 5羽の群れでは 128 mまで接近しなければ警戒行動が増加しなかった。次に、人間の観察がトキの繁殖成績に及ぼす影響を推定した結果、野生絶滅以前の日本産トキについては営巣林への立ち入り規制によってトキの繁殖成績が有意に向上していた。また、年間約 5万人の観光客がトキを目的として佐渡島に来島しており、トキの観光活用がもたらす経済効果は 44.5億円と推定された。トキの生息環境保全に重要な役割を果たす農林水産業に対する波及効果は約 3,460万円、飼育トキの公開施設であるトキの森公園における環境保全協力金収入は約 1,600万円であった。これらより、野生下のトキの観光活用に対して 3つの提言を行う。 1)水田におけるトキの観察は単独個体ではなく群れを対象とし、最短観察距離を 150 mと定めることでトキへの影響を抑制すること。 2)営巣個体への観察圧が日本産トキの繁殖成績を低下させたことを教訓とし、営巣個体についての観光活用は行わないこと。 3)野生下のトキの観光活用においてトキ環境保全協力金を徴収する仕組みを導入するか、トキの森公園との連携を図ること。本稿で示した情報が活用され、トキへの影響を抑制しつつ、観光活用を通じたトキ保護活動の持続可能性確保が実現されることが望まれる。

  • 高橋 満彦
    2022 年 28 巻 1 号 論文ID: 2037
    発行日: 2022/10/20
    公開日: 2023/09/05
    [早期公開] 公開日: 2022/10/20
    ジャーナル オープンアクセス

    野生動物、特に鳥獣の写真撮影や観察は、現代的なリクリエーションとしても推奨されている。今後の撮影・観察を伴う野生動物観光の参加者は増加が見込まれ、その経済的将来性に期待が高まっている。一方で、撮影・観察活動は鳥類の営巣・育雛を妨害するなど、態様によっては生態保護上の支障を惹起する懸念が報告されており、どのように負の影響を減らして実施させるかが重要な課題となっている。普及啓発や関係団体による倫理規範などの自主規制も導入され、効果が期待されるが、強制力がないなどの弱点があり、法律による規制が必要となり、自主規制との相補関係が期待される。 しかし、日本では一般的に撮影・観察を規制する法令はない。特定の保護区における規制としては、鳥獣法や自然公園法で特に指定した地域において、特定の撮影・観察、録音などを規制できる等の規定を有している。しかし、規制事例はわずかであるうえに、行政が政省令等の整備など、法律を具体化する手続きを踏んでいないケースも多い。米国でも本邦同様に、撮影・観察を一般的に規制することは行っていないが、絶滅危惧種の保存法( ESA)により、指定保護種を困惑させたりする撮影・観察は捕獲規制の対象とされる。また、英国では営巣鳥類の行動を妨げることは禁止されており、営巣生態を撮影したいものに対するライセンス制度を導入している。 結論として、既存の法令を十分活用したうえで、諸外国の先進事例から学びながら、法令を一層整備することが必要である。特に絶滅危惧種保全、繁殖鳥類の保護、国立公園等の保護区管理の局面での規制の充実が望まれる。

原著論文
  • 上野 裕介, 江口 健斗
    2023 年 28 巻 1 号 論文ID: 2218
    発行日: 2023/04/30
    公開日: 2023/09/05
    [早期公開] 公開日: 2023/04/30
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    希少種のインターネット取引は、世界的に喫緊の課題となっている。希少種の中でも採集による地域個体群の消滅が強く懸念される分類群に、小型サンショウウオ類がある。日本には 2022 年 2 月現在で 45 種の小型サンショウウオ類が生息し、うち 42 種が環境省のレッドリスト 2020 に掲載されている。さらに近年も分類学的研究が続けられており、この 10 年間に各地の地域個体群が相次いで新種記載されている。また山中の小さな繁殖池に集まり、集団で産卵する種も多いため、成体や卵のう、幼生の大量採集が行われる危険がある。そこで本研究では、希少野生生物種の取引実態の一端を明らかにするために、個人間取引が盛んなインターネット・オークションに着目し、小型サンショウウオ類の取引状況を調べ、その課題を明らかにした。調査では、国内の各インターネットオークションサイトでの取引履歴(商品名、価格、落札日、商品画像や説明など)の情報を網羅的にアーカイブし、無償または有償で提供している企業の情報を用いて、2011 年 1 月から 2020 年 12 月までにオークションサイトの「ペット・生き物」カテゴリに出品、落札された小型サンショウウオ類(生体)を調べた。その結果、日本最大級のオークションサイトでは過去 10 年間で 28 種、計 4,105 件(落札総額 14,977,021 円)の取引が確認できた。種ごとの取引件数は、環境省のレッドリストで絶滅危惧 IB 類(EN)もしくは II 類(VU)に選定されているカスミサンショウウオ群が最も多く(962 件)、次いでクロサンショウウオ、ヒダサンショウウオ群、エゾサンショウウオの順に多かった。小型サンショウウオ類全体での年間の取引件数は、当初は年 200 件ほどで推移していたものの、近年、急激に増加し、2020 年は年 1,117 件(合計落札額 5,282,518 円)を超えていた。この急増は、出品回数の特に多い数人の個人によるものであった。また分類学的研究が進み、それまで隠ぺい種だった地域個体群が新種として記載された後には、それらの種の取引件数が 2 倍以上に増えることがわかった。それゆえ、希少種や地域個体群保全の観点から早急な対策が求められる。なお本調査手法は、他の動植物の取引実態調査にも容易に適用可能である。

  • 折戸 咲子, 正木 隆, 上條 隆志
    2023 年 28 巻 1 号 論文ID: 2222
    発行日: 2023/04/30
    公開日: 2023/09/05
    [早期公開] 公開日: 2023/04/30
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    市街地の森林の生物多様性は生態系サービスや文化の背景として重要である。市街地の森林は住宅地や田畑などによって分断化され、山地とは異なる景観構造を呈しているものの、針葉樹人工林が構成要素の一つであることなど共通する点もある。生物の中でも鳥類は種子散布による植物の繁殖への貢献や有害生物の防除など、さまざまな機能やサービスが期待される。しかし、市街地の森林で、林分構造や景観構造、さらに餌資源となる果実量が鳥類群集の組成に及ぼす影響が調べられた例はない。そこで市街地の森林景観において鳥類群集を調査し、(1)鳥類は人工林をどの程度利用するか?(2)林分構造・景観構造・果実資源量が鳥類の生息地選択にどう影響するか?(3)以上の要素は異なる鳥類種に対し同様の効果を示すのか、それとも異なる効果を示すのか?の 3 つの問いに答え、市街地の森林における鳥類の多様性の保全について考察した。調査地は主につくば市内で、植裁されたスギ・ヒノキのみからなる森林(人工林)6 箇所及びスギ・ヒノキに広葉樹が混交した森林(混交林)12 箇所の計 18 箇所とし、1月-11月に鳥類センサスと果実資源量(FRUIT)を 27 回計測した。また、各調査地の胸高断面積合計(BA)と平均胸高直径(DBH)、周辺半径 200 m 内の広葉樹林・混交林の面積(AREA)と林縁長(EDGE)の数値を得て分析に供した。調査の結果、鳥類 27 種が観測された。それらのうち観察数上位の 6 種、及び体サイズと食性に基づく 6 機能群を対象に生息場所選択を解析した結果、多くの機能群及び種は人工林よりも混交林で有意に多い個体数・種数を示した。5 変数の影響を二項混合モデルで解析した結果、ほとんどの機能群・種に対して AREA が正の効果を示し、BA や EDGE はいくつかの機能群・種に対して負の効果を示した。DBH は機能群や種によって正(コゲラ等)・負(エナガ等)のいずれかの効果を示し、果実資源量はどの機能群・種に対しても有意な効果を示さなかった。以上のことから、市街地の森林において鳥類群集の多様性を保全するには、既にまとまった面積で残されている森林をその状態で確保することが重要であること、人工林に広葉樹林が混交すると鳥類が生息場所として選択しやすいこと、林分構造(とくに DBH)に場所による不均質性をもたせることなどが有効と考えられた。

  • 森田 季恵, 赤坂 卓美, 外山 雅大
    2023 年 28 巻 1 号 論文ID: 2131
    発行日: 2023/04/30
    公開日: 2023/09/05
    [早期公開] 公開日: 2023/04/30
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    農地景観において、再森林化した耕作放棄地は、森林性生物の有用な保全地として期待されてきている。このため、優先的に保全地として活用する耕作放棄地の立地条件を明らかにしていくことが求められる。しかし、森林面積や林齢、樹種構成といった森林に関わる多くの要因は共変することが多く、鳥類の分布等に対して最も重要な要因が不明瞭になることが多い。そのため、複数の要因固有の寄与率の評価が重要となる。そこで本研究では、農地景観に生息する夜行性フクロウ類に配慮した森林管理に資する知見の提供を目的に、フクロウの分布に影響を与える要因として森林の面積、景観構造、そして森林の質の相対的重要性を、Variation partitioning を応用した寄与率解析を用いて明らかにした。フクロウの分布調査は、北海道十勝平野においてプレイバック法を用いて行った。統計解析の結果、フクロウの分布は、平地広葉樹林の面積や林齢(それぞれ正の効果)、そして、河畔林のパッチ数(負の効果)が関係していたが、林齢とパッチ数の純効果はほとんどなく、平地広葉樹林面積の純効果が最も大きかった。このことは、大面積の森林に依存し、分断化に対して脆弱と想定されるフクロウの分布に対して、森林の空間配置よりもむしろ森林の総面積が重要であることを示唆する。ただし、面積と林齢の共有効果も大きかったことから、今後フクロウを保全するためには、耕作放棄地周辺の総森林面積だけでなく、老齢林の存在にも注目する必要があるだろう。

総説
  • 小出 大, 辻本 翔平, 熊谷 直喜, 池上 真木彦, 西廣 淳
    2023 年 28 巻 1 号 論文ID: 2217
    発行日: 2023/04/30
    公開日: 2023/09/05
    [早期公開] 公開日: 2023/04/30
    ジャーナル オープンアクセス

    人為撹乱や気候変動など、変動する環境下において様々な生物多様性の変化が引き起こされ、生態系サービスの変容が危惧される中で、市民科学は生物の観測や生物多様性の普及啓発を図る上でますます重要なツールとなってきている。近年のスマートフォンの普及とデジタル技術の革新に伴って、国内でも様々な市民科学デジタルプラットフォームが構築されてきたが、相互の特徴比較やデータを活用した観測の改善などはまだ不十分である。そこで本論文では国内 3 つのデジタルプラットフォーム(iNaturalist、いきものログ、Biome)比較を行い、市民科学におけるデータやデジタル活用に関連する課題をまとめた上で、その課題をデータ解析によって克服する方法について議論した。3つのデジタルプラットフォームは入力可能なデータ形式や、使いやすさ、データの公開方針などで違いがあり、プロジェクトの目的によって使い分ける必要性が考えられる。市民科学の課題としては、データの質・量に関係するものとして種同定精度、観測バイアス、分布の北限南限やフェノロジーなどいくつかのデータの不足が挙げられた。またプロジェクト運営に関係する課題として、市民とのコミュニケーション不足や継続性の担保が指摘されている。種同定精度に関しては観察した生物の写真や位置情報などを使った機械学習による人工知能判定により改善されてきているが、その他の課題に関しては今後データを活用・解析してデータ取得の段階から改善していく方向性が考えられた。種ごとの観測データの見える化や、モデルによる時空間分布予測、個別の市民観測データに対する貢献度評価レポートなどを用いれば、既存の課題を改善することが可能と考えられる。現実世界における生物観測データの共有を進め、デジタル世界におけるデータ解析結果をユーザーがスマートフォンで簡便に確認しつつ楽しみながら観測を改善し、新たな観測データを元にモデル改善を図る。こうしたリアルとデジタルの好循環を意識した観測体制の構築が、さらなる市民科学の活性化と、自然と共存した社会形成に繋がるだろう。

  • 伊藤 玄, 北村 淳一, 谷口 倫太郎, 熊谷 正裕
    2023 年 28 巻 1 号 論文ID: 2205
    発行日: 2023/07/05
    公開日: 2023/09/05
    [早期公開] 公開日: 2023/07/05
    ジャーナル オープンアクセス

    タナゴ亜科魚類(以下、タナゴ類)は純淡水魚であり、日本においては 3属 11種 8亜種からなるグループである。本グループの全種が環境省あるいは地方公共団体のレッドリストに掲載されている絶滅危惧種であると同時に、多くの種が国内外来種となっている。婚姻色が美しく多様であり愛玩動物や釣りの対象魚としても人気が高いことから、意図的と思われる放流が各地で確認されている。本論文では、在来タナゴ類の生息域内保全を目的として、国内外来種の分布情報や駆除事例、定着状況を文献から網羅的に整理した。その結果、 14種において移植情報が確認された。そのうち、イチモンジタナゴの記録が 19県と最も多かった。また、カネヒラ、ヤリタナゴ、シロヒレタビラ、アブラボテにおいても、 10都道県を超える確認情報が得られた。特に在来種の少ない東北地方において移植事例が多く見られた。その一方で、国内外来種の駆除については確認することができなかった。移入先における定着状況から、国内外来種の河川や湖沼における定着の可能性と在来種への生態的影響について考察した。また、国内外来種の移入要因を整理し、移入対策について検討した。

調査報告
  • 浮田 悠, 佐藤 臨, 大澤 剛士
    2023 年 28 巻 1 号 論文ID: 2219
    発行日: 2023/04/30
    公開日: 2023/09/05
    [早期公開] 公開日: 2023/04/30
    ジャーナル オープンアクセス
    電子付録

    日本人にとって身近な生き物であるゲンジボタル Luciola cruciata は、レクリエーション目的等により各地で放流が行われている一方で、開発圧等による生息地の劣化、それに伴う個体数の減少も報告されている。地域における遺伝的構造、遺伝的多様性を考慮した上での絶滅地域への適切な再導入(re-introduction)や、個体数減少地域に対する補強(re-inforcement/supplementation)は、必ずしも推奨される手法ではないものの、その地域に生息する種の保全を目的とした手段の一つになりうる。既に各地で放流が行われている本種に対し、適切な放流の方法を示すことは、無秩序な放流の抑制に繋がることが期待できる。そこで本研究は、既存のゲンジボタル放流における指針においてほとんど言及のない、適切な放流場所の選定について、過去から現在にわたる土地被覆に注目して検討を行った。過去の土地被覆は現在から改変等を行うことはできないため、もし過去の土地被覆履歴がゲンジボタルの生息可能性に影響していた場合、現在の土地被覆のみから好適な環境を判断して放流を行うことは、個体が定着できない無意味な放流につながってしまう可能性がある。東京都八王子市および町田市の一部において面的なゲンジボタルの生息調査を行い、ホタルの生息と現在および過去の土地被覆の関係について統計モデルおよび AIC によるモデル選択によって検討したところ、現在の土地被覆のみを説明変数としたモデルでは開放水面面積のみが選択され(AIC 271.11)、過去の土地被覆も考慮したモデルでは、AIC の差は僅かであったものの、現在の開放水面面積に加え、1980 年代の森林面積、 1960 年代の農地面積が選択され(AIC 270.44)、これらが現在のホタル生息に影響を及ぼしている可能性が示された。この結果は、現在の土地利用のみから放流地を選定した場合、放流個体が定着できず、死滅してしまう可能性を示唆するものであり、過去の土地被覆が有効な再導入、補強を行う上で欠かすことができない重要な前提条件になる可能性を示唆するものである。ゲンジボタルの放流は各地で行われてきているため、今後は様々な地域における検証の積み重ねが望まれる。

  • 諸澤 崇裕, 萩原 富司, 熊谷 正裕, 荒井 聡, 奥井 登美子, 岩崎 淳子, 三浦 一輝
    2023 年 28 巻 1 号 論文ID: 2213
    発行日: 2023/04/30
    公開日: 2023/09/05
    [早期公開] 公開日: 2023/04/30
    ジャーナル オープンアクセス

    霞ケ浦において、定置網で漁獲された魚類を参加者が回収、種同定、重量の計測を行い、最後に漁獲物の一部を試食し、群集調査を行う一日漁師体験というイベント型の市民参加型モニタリングを 2006 年 4 月から 2020 年 1 月までの期間、月に 1 回程度の頻度で実施した。計 142 回のイベントを実施し、参加者数はのべ 2177 人、1 回あたりの参加者数は約 20 名であった。モニタリングの結果、在来種については、シラウオ Salangichthys microdon、オイカワ Opsariichthys platypus、クルメサヨリ Hyporhamphus intermedius、アシシロハゼ Acanthogobius lactipes、マハゼ Acanthogobius flavimanus、ジュズカケハゼ Gymnogobius castaneus などが一時的に減少したのち再び増加傾向に転じたこと、タナゴ類は 2009 年ごろを境に確認されなくなったことが明らかとなった。また、外来種については、国外外来種のダントウボウ Megalobrama amblycephala が 2018 年から確認され始めたほか、国内外来種のゼゼラ Biwia zezera が 2013 年から確認され始めるなど新規定着、もしくは増加傾向の種が確認できた。さらに、国外外来種のアオウオ Mylopharyngodon piceus やペヘレイ Odontesthes bonariensis については、2010 年以降確認されなくなり、外来種の減少傾向も捉えることができた。以上の結果から市民参加型モニタリングが在来種や絶滅危惧種の増減、外来種の定着や増減を把握するために有効であることが示唆された。一方で、15 年間継続したモニタリングも新型コロナウィルスの流行等により継続できなくなり、継続性という観点からイベント型の市民参加型モニタリングの課題も明らかとなった。

  • 丹羽 英之
    2023 年 28 巻 1 号 論文ID: 2207
    発行日: 2023/07/05
    公開日: 2023/09/05
    [早期公開] 公開日: 2023/07/05
    ジャーナル オープンアクセス

    湿地の植物種の生育に関する詳細な情報を取得することは、湿地マネジメントにおいて重要である。特に標高勾配は湿地植物の空間パターンを規定する主要な環境要因となる。 Light detection and ranging(LiDAR)を使えば湿地の地形を高い空間解像度で把握することができる。 Unoccupied aerial vehicles(UAV)搭載 LiDARにより取得した高解像度 Digital terrain model(DTM)は、湿地生態系の分析の精度と効率を高めることが期待される。本研究では、湿地生態系の指標となる植物種を選定し、分布と地形の関係を分析することで、湿地マネジメントに有用な情報を効率的に取得する方法を提示することを目的とした。滋賀県大津市南小松にある近江舞子内湖の周辺に広がる湿地を調査地とした。冬期に UAV搭載 LiDARで計測し、 DTMを作成し、指標種と標高の関係を分析した。湿地に生育する草本植物の地上部が枯れ、落葉樹が落葉する冬期に UAV搭載 LiDARで計測することで、最終的な地図上での精度(絶対位置精度)が ± 5 cm以下の高解像度 DTMを作成することができた。湿地に生育する指標種を 5種選定し、湿地の踏査により発見個体の位置の標高を種ごとに集計した結果、種による分布標高の違いが明らかになった。少ない労力で高解像度 DTMが取得でき、種による分布標高の違いを明らかにできる本研究の方法は、湿地植物の新しい調査方法となると考えられる。湿地の標高を区分し、内湖の水際からのゾーネーションおよび微地形によるモザイクを示した地図は、湿地マネジメントの基盤情報となることが期待される。

  • 高槻 成紀
    2023 年 28 巻 1 号 論文ID: 2130
    発行日: 2023/07/05
    公開日: 2023/09/05
    [早期公開] 公開日: 2023/07/05
    ジャーナル オープンアクセス
    J-STAGE Data

    都市緑地の生物多様性にとって鳥類による種子散布は重要であるが、都市での方法上の制約のため調査が進んでいない。本調査では市街地の孤立木の樹下の舗装した地表面を利用することで、森林では困難な種子回収を試みた。 2020年の 12月から 2021年の 3月上旬まで、東京都の小平市でセンダン、ハゼノキ、トウネズミモチ、クロガネモチの 4本の樹木について、鳥類によって搬入された可能性のある種子を回収し、結実と種子の落下時期、鳥類による果実の利用時期、対象とした樹木の外部からの搬入などを調査した。果実と種子の落下時期はトウネズミモチとハゼノキは同調したが、センダンでは果実よりも種子の落下のピークが 2週間、クロガネモチでは 1カ月遅れ、鳥類の好みなどに関係する可能性が示された。樹冠以外の種子の種数は 11種から 29種(不明種を除く)であり、樹下で回収された種子数の延べ数はハゼノキ、トウネズミモチ、クロガネモチの 3種では約 900-1300個 /m2と多かったが、センダンでは約 30個 /m2と少なかった。樹冠以外の種子数の割合はセンダンは 47.7%と大きかったが、センダン以外は 20%以下と小さく、センダン樹冠下では高木種の種子が過半数であったが、ハゼノキとトウネズミモチの樹冠下では低木種が最も多く、クロガネモチ樹冠下では高木、低木、つる植物の順で多様であった。回収された果実の大半は短径が 10 mm以下で、ヒヨドリの嘴幅( 15.4 mm)より小さく、それより大きいのはカラスウリとスズメウリだけであった。

  • 花井 隆晃, 中西 彬, 伴 邦教, 服部 翔吾, 田頭 直樹, 谷口 義則
    2023 年 28 巻 1 号 論文ID: 2210
    発行日: 2023/07/05
    公開日: 2023/09/05
    [早期公開] 公開日: 2023/07/05
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    愛知県の谷津田の 2地点に生息するホトケドジョウの消化管内容物を四季にわたって調べた。全体では個体数および湿重量はいずれもユスリカ科が最大であった。また、個体数ではカイアシ亜綱、カクツツトビケラ科が多く、湿重量ではイシビル科、ガガンボ科が大きかった。餌料重要度百分率( %IRI)の解析結果では、いずれの地区でもホトケドジョウの体長が 50 mm未満の階級においてユスリカ科が最大であった。 50 mm以上 60 mm未満の階級では、それ未満の体長階級よりもユスリカ科の %IRIが低く、イシビル科やカクツツトビケラ科、ガガンボ科などの比較的湿重量の大きいものが高かった。また、ホトケドジョウの標準体長と餌生物の最大湿重量の間には弱い正の相関が認められた。季節ごとの餌生物の %IRIは、地区 Bの 6月を除いて、両地区のいずれの季節においても、ユスリカ科が最大であり、冬季のユスリカ科の %IRIが他の季節よりも高かった。本研究では餌となる底生無脊椎動物等の現存量を定量化しなかったものの、ホトケドジョウが四季を通じてユスリカ類を利用すること、特に冬季には本分類群に強く依存する傾向が示唆された。本研究の結果、ホトケドジョウの保全を図る上で仔魚・稚魚期および冬季の主な餌資源であるユスリカ類が多く生息し、イシビル科やガガンボ科等の比較的大型の水生無脊椎動物を含む多様な底生生物が生息可能な環境の保全が重要であることが示された。

実践報告
  • 一條 信明
    2023 年 28 巻 1 号 論文ID: 2121
    発行日: 2023/04/30
    公開日: 2023/09/05
    [早期公開] 公開日: 2023/04/30
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    釧路市の820 m2 の小さな池に、2013 年から2015 年まで毎年春から秋にかけてアナゴ籠20 個を設置し、継続的にウチダザリガニの捕獲を行い、小型(< 30 mm 頭胸甲長)850 個体、中型(30-40 mm 頭胸甲長)471 個体、大型(>= 40 mm 頭胸甲長)80 個体を駆除した。捕獲個体数は、2013 年1205 個体、2014 年162 個体、2015 年34 個体と、年を経るごとに急激に減少した。2016 年から2020 年まで6 月から9 月にかけて20 個のアナゴ籠で毎年8 回以上ウチダザリガニの捕獲作業を行ったが、2016 年1 個体、2017 年2 個体、2018 年4 個体、2019 年7 個体と、捕獲個体数は極めて少なかった。2020 年には16 回捕獲作業を行ったが、捕獲個体数は0 だった。2013 年の捕獲結果について各月雌雄ごとのサイズグループ解析を行ったところ、7 月には年齢順にグループI、II、II、IV が判別できた。各グループの平均頭胸甲長から、I は小型個体、II は小型~中型個体、III は中型~大型個体、IV は大型個体に相当した。その後グループII、III、IV は消失し、9 月以降に池に残っていたのは若齢のグループI だけだった。2014 年と2015 年には、小型個体と中型個体は雌雄とも少数が捕獲され、大型個体は2014 年に雄2 個体2015 年に雄1 個体しか捕獲されなかった。その後、小型個体は2018 年以降、中型個体と大型個体は2020 年には捕獲されなくなった。本研究により、孤立した小水域において、アナゴ籠を多数使用し長期間駆除活動を行うことで、ウチダザリガニを根絶できる可能性が示された。

保全情報
  • 黒田 有寿茂, 中濵 直之, 早坂 大亮, 玉置 雅紀, 花井 隆晃
    2023 年 28 巻 1 号 論文ID: 2214
    発行日: 2023/04/30
    公開日: 2023/09/05
    [早期公開] 公開日: 2023/04/30
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    スパルティナ・アルテルニフロラ(Spartina alterniflora Loisel.)は北アメリカの大西洋岸およびメキシコ湾岸原産の干潟や河口の塩性湿地に生育するイネ科多年生草本である。本種は干潟の陸地化や沿岸域の保護を目的とした意図的な導入、また非意図的な移入・逸出によって世界各地に分布を広げており、定着地に大規模な密生群落を形成することで在来の生態系や産業に大きな影響を及ぼしている。日本国内において、本種は 2008 年に愛知県豊橋市の梅田川河口で初めて確認され、その後 2010 年に熊本県で確認された。スパルティナ・アルテルニフロラのもつ干潟生態系への脅威から、2014 年には本種を含むスパルティナ属全種が特定外来生物に指定された。本稿ではスパルティナ・アルテルニフロラの形態的・生態的な特徴と、2020 年に山口県下関市で新たに確認された本種の侵入状況ならびに駆除の現状についてとりまとめた。

学術提案
  • 生態系管理専門委員会 調査提言部会, 西田 貴明, 岩崎 雄一, 大澤 隆文, 小笠原 奨悟, 鎌田 磨人, 佐々木 章晴, 高川 晋一, ...
    2023 年 28 巻 1 号 論文ID: 2211
    発行日: 2023/04/30
    公開日: 2023/09/05
    [早期公開] 公開日: 2023/04/30
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    近年、日本では、急速な人口減少が進む中、自然災害の頻発化、地域経済の停滞、新型コロナウィルス感染症の流行等、様々な社会課題が顕在化している。一方で、SDGs や生物多様性保全に対する社会的関心が高まり、企業経営や事業活動と自然資本の関わりに注目が集まっている。このような状況を受けて、グリーンインフラ、NbS(自然を活用した解決策)、Eco-DRR(生態系を活用した防災減災)、EbA(生態系を活用した気候変動適応)、地域循環共生圏等、自然の資源や機能を活用した社会課題解決に関する概念が幅広い行政計画において取り上げられている。本稿では、日本生態学会の生態系管理専門委員会の委員によりグリーンインフラ・NbS に関する国内外の動向や、これらの考え方を整理するとともに、自然の資源や機能を持続的・効果的に活用するためのポイントを生態学的な観点から議論した。さらに、地域計画や事業の立案・実施に関わる実務家や研究者に向けた「グリーンインフラ・NbS の推進において留意すべき 12 箇条」を提案した。基本原則:1)多様性と冗長性を重視しよう、2)地域性と歴史性を重視しよう。生態系の特性に関する留意点:3)生態系の空間スケールを踏まえよう、4)生態系の変化と動態を踏まえよう、5)生態系の連結性を踏まえよう、6)生態系の機能を踏まえよう、7)生態系サービスの連関を踏まえよう、8)生態系の不確実性を踏まえよう。管理や社会経済との関係に関する留意点:9)ガバナンスのあり方に留意しよう、10)地域経済・社会への波及に留意しよう、11)国際的な目標・関連計画との関係に留意しよう、12)教育・普及に留意しよう。

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