現今, 広く臨床で用いられているハイドロキシアパタイト(HAP)の生体への親和性については, その基礎的および臨床的研究は少なくない. しかし, 骨芽細胞のHAPへの接着や石灰化への初期反応についての研究は少ない. そこで著者は, 骨芽細胞の特性を保持したヒト骨芽細胞様細胞:MG63を用いて, HAPと骨芽細胞の接着に伴う細胞外基質成分(接着性蛋白)の動態について, これを, フィブロネクチンおよびI型, III型コラーゲンを指標に比較検討した. また併せ, 骨芽細胞が分泌し, 石灰化との関連が示唆されているオステオカルシンの変動についても観察した. 方法 MG63は2×10^4個をLab-Tek chamber slideに播き, 10%牛胎児血清を含むα-MEM培地で培養を開始し, その24時間後に, HAPを上記chamber slide中央の細胞層上に静置した群(実験群)とHAPを置かない群(対照群)とに分け, その後培養をつづけ, 1, 2, 3および4週目での変化を下記の諸点で観察した. なお, 培養液は交換ごとに回収し, オステオカルシン量の測定に供した. また, 培養終了後, 検体は, 室温で20分間1%ホルマリンを含むPBSで固定したのち, 4℃で保存した. 抗ヒトフィブロネクチンモノクローナル抗体, 抗ヒトI型コラーゲンモノクローナル抗体および抗ヒトIII型コラーゲンモノクローナル抗体をそれぞれ一次抗体として用い, FITC標識抗マウスIgGを二次抗体として, 免疫組織化学染色を行った. そして, 落射型蛍光顕微鏡で抗体への反応性を確認ののち, 蛍光画像解析装置(ACAS570)を使用し, HAPと細胞の接着する領域における接着性蛋白の産生について, その経時的変化(産生能の変化)と局在について, これを境界部の均一面積における平均蛍光量で比較検討した. 一方, オステオカルシンの測定は, オステオカルシンN末端20残基およびC末端7残基を認識する2抗体を用い, インタクトオステオカルシンをELISA法にて測定した. 結果 MG63は, この実験における培養条件下で抗フィブロネクチンおよびI, III型コラーゲンモノクローナル抗体に反応することから, これら接着性蛋白の産生が確認された. また, ACAS570によって, HAPと骨芽細胞の境界部におけるフィブロネクチンの産生領域(局在領域)での平均蛍光量はそれぞれの培養時の対照群を100%とした場合, HAP群は1週目, 約110%, 2週目, 約90%, 3週目, 約17% (p<0.01), および4週目, 約40% (p<0.01)に減少した. また, 同様にI型コラーゲンの産生は, HAP群は1週目, 約73% (0.01<p<0.05), 2週目, 約93%, 3週目, 約130%, および4週目, 約287%(p<0.01)と経時的に上昇する傾向が認められた. また, III型コラーゲンの産生は, HAP群は1週目, 約160%(0.01<p<0.05), 2週目, 約283%(p<0.01), 3週目, 約717%(p<0.01)と急激に上昇し, 4週目では, 約96%に減少するのが認められた. 一方, オステオカルシンの産生は, HAP群および対照群との間では, 経時的な産生量の差異は認められなかった. 考察 以上の結果から, HAPとMG63が接触し, 親和性を示し, 石灰化を開始するためには, まず考えられる一つとしてフィブロネクチンが, MG63から分泌され, これがHAPとの間に細胞が接着するための骨格をつくりフィブロネクチンの接着との共有に働くRGDを介してIII型, I型コラーゲンによりマトリックスが形成され, 石灰化が始まるものと考えられる. なお, この際HAPを添入した培養群と添入しない培養群のあいだではオステオカルシンの産生量に差が認められなかったことから, HAPとMG63との接触は細胞の機能に障害を与えることなく, 円滑に親和性が保たれていることも示唆された. 結論 骨芽細胞の特性を保持するMG63とHAPとの接着には, フィブロネクチン, I型およびIII型コラーゲンが働き, HAP周囲の細胞機能の調節に関与していることが示唆された.
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