近年の研究により,Actinomyces属は歯垢形成におけるinitial colonizerとして重要な働きをしていることが分かってきた.そこで,Actinomyces属が保有する病原遺伝子を同定し,その機能を解明することは,歯垢形成メカニズムを明らかにするために非常に意義がある研究と考える.細菌が保有する個々の遺伝子機能を明らかにするためには,安定して利用できる遺伝子改変ツールが必要不可欠である.しかし,Actinomyces属において,有効なツールはほとんどないのが現状である.これまでにActinomyces属で複製できるプラスミドとして報告されているものは,pJRD215のみである.本プラスミドはグラム陰性菌のwide host-range conjugative cosmidベクターとして開発されたもので,グラム陽性のActinomyces属に必ずしも最適なツールとはいえない.本研究では,Actinomyces属に適したプラスミドベクターの開発のために,pJRD215全長の塩基配列を決定し,その遺伝学的背景を明らかにすることを試みた.得られた情報を基に,新たに薬剤耐性遺伝子をクローニングし,その発現を評価することにより,本プラスミドを基盤にした遺伝子発現系構築の可能性を検討した.また,本プラスミドを口腔由来の様々なActinomyces属細菌に形質転換し,pJRD215の適用範囲を調べた.pJRD215の塩基配列を解読した結果,全長10,317bpのプラスミドであることが明らかになった.プラスミド上には,複製,接合,薬剤耐性に関与する遺伝子やλファージ由来cosサイト,マルチクローニングサイトなどが内在していた.得られた遺伝情報を基に,pJRD215に内在するカナマイシン耐性遺伝子の終止コドン直後に,別の新たな薬剤耐性遺伝子(チオストレプトン耐性遺伝子あるいはトリメトプリム耐性遺伝子)をIn-Fusion cloning法によりクローニングし,2つの薬剤耐性遺伝子が直列につながったプラスミドを構築した.構築したプラスミドをActinomyces oris MG-1株(MG-1株)に形質転換し,新たな薬剤耐性化の有無を調べた結果,チオストレプトンあるいはトリメトプリム耐性化が確認できた.また,pJRD215を用いて口腔由来Actinomycesを形質転換した結果,pJRD215はMG-1株だけでなく,Actinomyces viscosusやActinomyces naeslundiiのいくつかの株においても複製することが分かった.本研究結果により,pJRD215はActinomyces属細菌での遺伝子発現系基盤ツールとして利用できることが証明された.今後は,pJRD215の内部配列を改変し,Actinomyces属でさらに良好に働くプラスミドを開発することが期待できる.
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