細菌は多糖体(exopolysaccharide;EPS),核酸,タンパクなどの菌体外マトリックスを産生し,バイオフィルムを形成することで,物理化学的攻撃や宿主免疫応答を免れ,疾患を慢性化,難治化させることが知られている.口腔領域においても根尖性歯周炎,歯性膿瘍などからバイオフィルム形成菌が多く分離されており,病態の憎悪化との関連が明らかになってきている.現在,口腔バイオフィルム形成菌に関する様々な研究が行われているが,EPS産生に関与する遺伝子(群)とその働きについて明らかにした知見は少ない.本研究では歯性膿瘍から分離され,EPSを持続的に産生するActinomyces oris(A. oris)K20株のEPS産生性に注目し,その原因遺伝子を同定することを目的とした.A. oris K20株に対してEZ-Tn5^<TM><KAN-2>Tnp ransposome^<TM>を用いたランダムミュータジェネシスを行い,変異株を作製した.走査電子顕微鏡で菌体表層を観察し,菌体外網目様構造物を欠損または著しく減少した変異株をスクリーニングした.菌体外網目様構造物欠損変異株について,トランスポゾン内在配列をプライマーにしたゲノムダイレクトシークエンシングを行い,トランスポゾン挿入領域近傍の遺伝子配列を決定した.パイロシークエンス法により得られているA. oris K20株のドラフトゲノム情報を用いて,欠損遺伝子の全長を決定し,BLAST解析により,その遺伝子機能を推定した.トランスポゾンミュータジェネシスにより,EPS産生性を欠損した5株を得た.トランスポゾン挿入部位を解析した結果,各々polysaccharide deacetylase, Spo0J containing ParB-like nuclease domainおよび残りの3株ではhypothetical proteinと推測された遺伝子に変異が起きていることが分かった.このうちpolysaccharide deacetylase遺伝子変異株(M154株)について,変異遺伝子周囲の遺伝子コンテクストを調べた結果,糖代謝や輸送に関与すると推測される遺伝子が複数存在することが明らかとなった.今後,さらなる分子遺伝学的解析を行い,EPS産生に関連する候補遺伝子の機能や細胞内での挙動を明らかにし,A. orisにおけるEPS産生のメカニズムを解明していきたいと考えている.
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