植生学会誌
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39 巻, 1 号
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原著論文
  • 藤彦 祐貴, 中田 誠
    2022 年 39 巻 1 号 p. 1-13
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/06/28
    ジャーナル フリー

    1. 耕作放棄後約40年が経過し,土壌中の散布体が寿命に近づいている可能性がある新潟県佐渡島の中山間地域にある棚田跡地において,土壌中の散布体バンクの特徴を把握し,それが水生・湿生植物の復元に寄与する可能性を検討した.

    2. ヨシ群落と森林に遷移した棚田跡地の深さ5-15 cmと15-25 cmの土壌を用いて,4通りの水位条件で室内まきだし実験を行った.また,土壌を採取した棚田跡地の現生植生と,隣接する棚田復元ビオトープ群の植生調査を行った.

    3. 室内まきだし実験では種子植物17種,シダ植物3種,蘚苔類3種,車軸藻類3種からなる26種,1357個体が発芽した.生育形別には,陸生植物8種,湿生植物9種,水生植物9種(抽水植物4種,沈水植物4種,浮遊植物1種)であった.

    4. 室内まきだし実験の結果をGLMで解析した結果,沈水植物を除き,栽培水位が高いほど,また採取土壌が深いほど,発芽種数と個体数が少ない傾向を示した.また,森林群落は発芽個体数に対して負の効果があった.

    5. 本研究では10種類の環境省レッドリスト掲載種を確認したが,湿生植物は含まれず,すべて水生植物であり,うち6種が沈水植物だった.室内まきだし実験では,車軸藻類3種を含む4種類の絶滅危惧種が発芽した.棚田復元ビオトープ群には7種類の絶滅危惧種が生育しており,まきだし実験との共通種はシャジクモ1種だった.

    6. 室内まきだし実験で発芽した植物には,相対的に水位の浅い棚田復元ビオトープ群との共通種が多かった.これは,本調査地全体では陸生・湿生植物の種数が多くを占めるものの,室内まきだし実験では4通りの水位で栽培したため,陸生植物,湿生植物,水生植物などのさまざまな生育形の植物が発芽したためである.

    7. ビオトープの水位を5-15 cmに保ち,耕作放棄棚田の,とくにヨシ群落の15-25 cmの土壌をまきだせば,より多くの沈水植物を復元できる可能性が本研究で示された.

    8. 現生植生には見られない絶滅危惧種を含め,多数の植物を土壌散布体バンクより復元できたことから,耕作放棄後約40年が経過した棚田でも,地域の生物多様性を高める上で,復元対象としての一定の価値があることを本研究で示すことができた.とくに,本調査地は車軸藻類の復元ポテンシャルが高く,貴重な散布体バンクを有していた.

    9. 耕作放棄棚田の土壌中に保存されている散布体バンクからの水生・湿生植物の復元とともに,既存のビオトープの管理も含めた,多様な手法を組み合わせた水生・湿生植物の再生・保全体制の構築が重要である.

  • 石田 祐子, 松江 大輔, 井上 亮平, 小松(谷津倉) 勇太, 武生 雅明, 中村 幸人
    2022 年 39 巻 1 号 p. 15-29
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/06/28
    ジャーナル フリー

    1. 北アルプス後立山連峰北部において,亜高山性広葉草原(シナノキンバイ-ミヤマキンポウゲオーダー)の種組成と立地環境について明らかにし,本地域の植生の特性について検討した.

    2. 調査の結果,本地域の広葉草原には下記の7群集1群落3亜群集が確認された.

    ダケカンバ-ミヤマキンポウゲクラス

    Betulo ermanii-Ranunculetea acris japonici Ohba 1968

     シナノキンバイ-ミヤマキンポウゲオーダー

     Trollio-Ranunculetalia acris japonici Ohba 1973

      シナノキンバイ-ミヤマキンポウゲ群団

      Trollio-Ranunculion acris japonici Ohba 1969

       アシボソスゲ-イワオウギ群集

       Carici brevisquamae-Hedysaretum vicioidis Ohba 1974

       クロトウヒレン-ミヤマシシウド群集

       Saussureo-Angelicetum matsumurae Ohba1967

        典型亜群集

        typicum

        ヒトツバヨモギ亜群集(新)

        artemisietosum sub ass. nov.

        コバイケイソウ亜群集(新)

        veratrietosum sub ass. nov.

       ユキクラトウウチソウ-オオヒゲガリヤス群集

       Sanguisorbo kishinamii-Calamagrostietum longearistatae Ohba 1974

       ハクサンボウフウ-モミジカラマツ群集

       Peucedano multivittatae-Trautvetterietum japonicae Ohba 1974

       オニアザミ群落

       Cirsium nipponense community

       カライトソウ-オオヒゲガリヤス群集

       Sanguisorbo hakusanensis-Calamagrostietum longearistatae Ohba 1974

       オオヒゲナガカリヤスモドキ群集

       Miscanthetum intermedius Ohba et al. 1978

       ミヤマイ群集

       Juncetum beringensis Miyawaki, Ohba et Okuda 1969

    3. 本調査地では標高と地形(斜面型や斜面傾斜),地質に応じた7群集1群落3亜群集が分布していることが確認された.

    4. 森林限界より上部では,クロトウヒレン-ミヤマシシウド群集がもっとも広い分布域を有し,蛇紋岩植生のユキクラトウウチソウ-オオヒゲガリヤス群集もこの標高域に成立し,稜線附近にはアシボソスゲ-イワオウギ群集が成立する.森林限界以下の等斉斜面から凸型斜面にはカライトソウ-オオヒゲガリヤス群集,オニアザミ群落が,凹型斜面には,オオヒゲナガカリヤスモドキ群集が成立する.ハクサンボウフウ-モミジカラマツ群集とミヤマイ群集は森林限界の上下にわたる広範な範囲で等斉斜面から凹型斜面に成立していた.

    5. 森林限界以上に成立する群集・群落のうち,アシボソスゲ-イワオウギ群集では周北極要素が多く,その他の植生単位では太平洋要素が多かった.森林限界より下に成立する群集・群落は低山要素,もしくは清水(1983)の高山植物に該当しない低標高域の種が多かった.

    6. 広葉草原の分布要素に標高や地形に応じた違いが認められた.このことは,広葉草原が亜高山帯の雪崩斜面を本拠地としながら,多雪環境に応じて上は高山帯,下は山地帯上部にまでその分布域を広げていること,そして,広葉草原の成立要因を議論する際に,気候変動に伴う植生変遷を考慮すべきであることを示唆している.

  • 金子 和広, 冨士田 裕子, 横地 穣, 加藤 ゆき恵, 井上 京
    2022 年 39 巻 1 号 p. 31-41
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/06/28
    ジャーナル フリー
    電子付録

    1. 北海道新篠津村の石狩泥炭地内に残存する小規模な湿地では,1960年代以前に掘削された排水路の影響で乾燥化が進行しており,保全のために2006年から毎年,5月から8月の期間に湿地への灌漑用水の導水が行われている.導水が与えた影響を評価するため,導水以前,導水初年,導水開始13年後の地下水位と植生を比較検討した.

    2. 導水期間中の地下水位は,導水初年・13年後においていずれの地点でも導水以前から平均で30 cm程度上昇した.地下水位の変動パターンは地形によって異なり,窪地では導水期間中に水位が湛水状態を保った一方,窪地以外の地下水位は最高でも地表面から20 cm以下だった.

    3. 導水開始13年後の植生について,窪地では草本層でヨシを主とする湿生在来種が優占し,導水以前に出現した非湿生外来種のオオアワダチソウが消滅した.窪地以外では,高木層で優占したシラカンバの大半が枯死した場所があったものの,草本層に占める湿生種の割合は50%未満で窪地よりも低く,湿地の乾燥化後に侵入したと考えられるワラビやオオアワダチソウが多くの場所で増加した.

    4. これらの結果から,地形・地下水位・植生は密接に関連することが示された.窪地では導水がもたらす湛水状態が湿生植物の優占する群落の維持や復元に十分効果的であったが,窪地以外での地下水位上昇は,湿地保全の観点からは十分な水準に達していないと結論付けられた.

  • 冨士田 裕子, 小林 春毅, 平出 拓弥, 早稲田 宏一
    2022 年 39 巻 1 号 p. 43-57
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/06/28
    ジャーナル フリー
    電子付録

    1. 北海道北部のサロベツ湿原を含む地域で2014年から2017年にかけ収集された環境省による9頭の雌のエゾシカのGPS首輪のデータを再解析し,1/25000植生図や日最深積雪データとの重ね合わせから,エゾシカの植生利用の日周あるいは季節移動の特徴を明らかにした.

    2. エゾシカの越冬地は海岸砂丘上の針葉樹林(一部,針広混交林)で,1月から3月は越冬地とその周辺で活動していた.厳冬期の1月・2月は,昼夜ともに針葉樹林や針広混交林内に留まることが多かった.強風で雪が飛ばされやすい近隣の牧草地や海岸草原を採食場所として利用でき,国立公園の特別保護地区である砂丘林はエゾシカにとって安全で,積雪が深い内陸の針葉樹林より魅力的な越冬地と考えられた.

    3. 定着型の1頭を除き,4月積雪深が10 cm以下になると,エゾシカは越冬地から夏の生息地に3週間以内で移動していた.4頭が移動時に湿原を横断し,砂丘林の両端付近を越冬地にもつエゾシカなど4頭は湿原を横断せずに夏の生息地に移動していた.

    4. 夏の生息地はサロベツ湿原から離れた場所にあり,昼間は広葉樹林やヨシクラスの植生を主に利用し,夜間は牧草地を利用していた.1頭のみ湿原に隣接する場所が夏の生息地になっていたが,夜間は牧草地に移動し,湿原をエサ場にはしていなかった.今後の個体数増加や湿原への影響の累積化に,注視が必要と考えられた.

    5. 夏の生息地の行動圏面積の平均値は狭く,広域移動せずに小さな行動圏で十分なエサを得ていることから,エゾシカは夏の生息地として良質な場所を選択していることが明らかになった.

    6. 10月中旬から12月に夏の生息地から越冬地への移動が徐々になされ,積雪があると急激に移動距離が長くなることが明らかになった.

短報
  • 川田 清和, 黒川 巧, 宇田川 麻由, Gulnara T. SITPAEVA, 中村 徹
    2022 年 39 巻 1 号 p. 59-64
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/06/28
    ジャーナル フリー

    カザフスタンの耕作放棄地において種組成と生産性について検証した.また各調査地点の種組成を比較して,遷移パターンにおけるコミュニティーアセンブリルールについて議論した.調査地はカザフスタンの北部および西部ステップの6地点を選択した.除歪対応分析(DCA)第1軸のスコアが低い場合の種組成は,局所的な安定状態を反映していると考えられた.一方,DCA第2軸に沿った種組成の違いは,種プールの地域特性を反映していると考えられた.耕作放棄地の初期条件を管理することは,ステップの回復にとって重要であると結論づけた.カザフスタンのステップで耕作放棄地の管理を成功させるには,二次遷移の初期段階を注意深く監視する必要があることが示唆された.

  • 菅原 久夫
    2022 年 39 巻 1 号 p. 65-71
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/06/28
    ジャーナル フリー

    1. 富士山山頂域に進出する種子植物および植物群落の現状を明らかにすることを目的として,2006-2019年に種の記録および群落調査を行った.

    2. 富士山山頂域においては,1966年以前における種子植物の記録はない.

    3. 2006年より前の文献記録を含めると,2019年までに富士山山頂域において7科9種の種子植物が記録された.

    4. 山頂域での確認種のうち,イワスゲ,イワツメクサ,イワノガリヤスは個体数が多く,オンタデ,ミヤマヌカボ,ミヤマオトコヨモギは個体数が少なかった.木本種ではミヤマヤナギの1個体が確認されたほか,ナガハグサが帰化種として初めて確認された.

    5. 亜氷雪帯に属する山頂域(3660-3776 m)で記載された植物群落は,高山帯(3000-3550 m)に本拠のあるフジハタザオ-オンタデ群集の構成種を主に,そのほか高山帯・亜高山帯の種群が単生,散生したモザイク状の疎生群落となっていた.この群落をイワスゲ-イワツメクサ疎生群落とした.

    6. 山頂域では,山小屋,測候所などの建設に伴い平坦地や安定した立地が形成され,種子植物の侵入が容易になっているものと考えられる.帰化種ナガハグサの出現は,登山者などによる種子運搬の結果と考えられる.このように,富士山山頂域における種子植物や疎生群落の出現には,人為的要因も関与しているものと考えられた.

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