目的
外国出生者に対する潜在性結核感染症(以下、LTBI)の服薬支援において、保健所の観点からヘルスコミュニケーションに関する課題を抽出し、整理すること。
方法
国内の全469保健所を対象とし、2020年6月~7月に各保健所の結核担当者に対して、調査説明書と自己記入式調査票をEメールで送付した。主な情報項目は、(1)LTBI治療適用となった外国出生者が治療に応じなかった事例と治療開始後に中断した事例の経験の有無とその詳細、(2)LTBI治療適用となった外国出生者に対するヘルスコミュニケーションの課題とした。(1)に関しては選択型質問、(2)に関しては選択型質問と自由型質問を組み合わせて情報を収集した。選択型回答はExcelにて集計し、記述した。自由型質問の回答は質的に分析した。
結果
307保健所から(回収率65.5%)、315人分の外国出生LTBI治療適用者に関する有効回答を得た。315人中、25人がLTBI治療未開始事例、52人がLTBI治療中断事例であった。治療未開始および中断事例の77人中、45人は「日常的な会話は問題なかったが、治療など難しい話は対応が必要」、19人は「日常的な会話も困難」であった。一方で医療通訳は77人中6人にしか利用されていなかった。
外国出生者におけるLTBI治療開始率や治療成功率を影響する要因としては、外国出生者の「結核やLTBIに関する正しい知識の欠如」、「健康に対する意識が異なること」、「経済的な理由」などが挙げられた。
結論
外国出生LTBI治療適応者に対するヘルスコミュニケーションの課題は、言語の壁に加えて、保健所側の「彼らの知識が十分ではない」といった外国出生者に原因を求める潜在的な意識にもあると考えられた。この根底には「科学的知識の絶対的正しさ」や「その知識を有する識者がそれを有さない人々に対して、適切に知識を導き与えることで、人々は合理的な行動を起こすことができる」とした実証主義的な考えがある。しかし、近年ではヘルスコミュニケーションにおいて実証主義の限界が指摘されている。保健所の結核担当者は「科学的知識の伝道者」という自らの立場を振り返り、言葉の壁や意識の違いをお互いに踏まえたうえで外国出生者と「対話」することが求められている。「彼らがどのように健康、結核やLTBIを捉えているか」「彼らの行動に影響を与える価値観は何か」をよく聞き取り共に考える、という思考に基づいた支援の在り方を検討する必要があると思われる。
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