日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会春季学術大会
選択された号の論文の346件中151~200を表示しています
発表要旨
  • 地理的条件に基づくジオ・エバキュエイタビリティ指標を用いて
    田中 耕市, 駒木 伸比古, 貝沼 恵美
    セッションID: P003
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    I. 研究目的と背景 津波からの「避難しやすさ」の程度は,周囲の地理的条件(津波から逃れられる高い標高地点,避難路として活用される道路ネットワーク,緊急避難先として利用される中高層建築物の立地の有無など)に大きく依存する.本研究では,これらの地理的条件に基づく「避難しやすさ」を定量的に評価するジオ・エバキュエイタビリティ指標を用いて,南海トラフ地震による津波被害が予見されている四国地方沿岸部の「避難しやすさ」を評価する.その際に,内閣府「南海トラフの巨大地震モデル検討会」によって公表された津波浸水予測データに基づき,各地の津波高に応じた「避難しやすさ」を明らかにする.
    Ⅱ. 指標の特性 GE指標は,ある一定の津波高を想定して,浸水するそれぞれの場所からみた「津波が浸水しない場所」までの要避難距離とする.「津波が浸水しない場所」には,津波高を上回る標高地点のみならず,最上階床面が津波高を上回る建築物を含める.  ただし,現実には全ての建築物に常時避難できるわけではないうえに,避難人数のキャパシティの問題がある.すなわち,津波高を上回る標高地点への避難が飽くまで第一に優先されるべきであり,建築物への避難は緊急避難的な第二の選択肢として考慮されるべきである.そのため,本稿ではある一定の津波高を想定したうえで①津波高を上回る標高地点への避難,②津波高を上回る標高地点あるいは建築物への避難,の2つのケースを考慮する.すなわち,後者は中高層建築物を避難場所として最大活用できた場合を意味する.

    Ⅲ.ジオ・エバキュエイタビリティ指標の測定 ジオ・エバキュエイタビリティ指標の測定地点は,津波浸水予測データが整備されている50mメッシュ単位とした.同指標は津波浸水高よりも標高が高い場所あるいは建築物にまで到達できる移動距離に基づいて評価される.住民は避難時に道路を移動すると想定して,経路距離を測定した.主な空間データは,道路(デジタル道路地図),標高(基盤地図情報),建築物(ZMapTownII),人口(国勢調査)であり,いずれも全国一律に整備されている. 
    Ⅳ.分析結果 「避難しやすさ」は津波浸水高だけではなく,各測定地点の周辺の地形条件や道路ネットワークによって差異がみられた.津波浸水高が低い地域でも,近隣に中高層建築物がみられない平野部では「避難しやすさ」は低下した.その一方で,津波浸水高が高い地域でも,標高が高い場所までのアクセシビリティが良いために「避難しやすさ」が高く評価された地域もみられた.
  • 元木 理寿, 市村 卓司
    セッションID: 131
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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  • 沖縄瑞泉酒造を中心に
    平山 弘
    セッションID: 822
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    1.はじめに 近年マーケティングの世界において、ブランド構築およびブランド価値を高めるために、モノよりもコト、経験、価値共創をつくりだすために必要な手法として、ストーリー・テリングが注目されている。田中(2012)によれば、これは古くは1980年代の記号論の世界に登場した経緯があり、近年ではマーケティング・コミュニケーションのために有効なコンテンツづくりとして重視されている[1]。本研究ではこれまでストーリーを重視したブランドづくりを展開してきた沖縄瑞泉酒造[2]を取り上げることで、地域ブランドとしてのブランド化への秀逸性だけでなく、企業の所在地域やその業界の地位向上に貢献する企業スピリットを明らかにする.
    2.瑞泉の歴史 泡盛は琉球王朝の歴史とともに発展してきた500年以上の歴史をもつものであり、瑞泉酒造は1888年に創業されたのであるが、その始祖は琉球王朝における焼酎職から始まっている。その後、太平洋戦争において戦局が悪化する過程で、1944年には製造休業状態となり、末期には首里城周辺がアメリカ軍の爆撃を受け、同地は壊滅的な被害を受け、泡盛の製造所が破壊され、保管されていた古酒が消失するに至ったのである。戦後は直営工場となり、1949年に民営化され、1951年にようやく同社の酒造が再開され、1971年に現在の株式会社組織となり、全国での酒類調味食品品評会での受賞、イギリス国際ワイン&スピリッツコンペティションで初受賞をしている。
    3.転機 こうした泡盛づくりにおいて県内を中心にその供給がなされてきたのであるが、同社にとって1998年6月にある転機となる出来事が判明したのである。それが東京大学分子細胞生物学研究所のコレクションに、戦前に東京大学坂口謹一郎博士が沖縄で採取した麹菌が奇跡的に残されていたである。これにより、東京大学の協力、沖縄国税事務所須藤博士の尽力と同社の職人たちの寝る間を惜しんでの泡盛づくりが功を奏して、ここでも2度目の奇跡である、戦前の黒麹菌によるお酒が復活したのである。この泡盛は「御酒(うさき)」と命名され、そのストーリー性から数多くのマスコミに取り上げられることで、県外への需要も増加することで、現在の売上の県内の55%に対して県外45%の数字を呼び起こした。
    4.ブランド化 日本国内においては2003年から2007年へ続く「第2次焼酎ブーム」の到来により、焼酎乙類の需要が拡大し、特にいもを原料とした焼酎がその牽引力となって同ブームを支えたこともあり、より品質のよいアルコール度数の高い香りのよい沖縄の泡盛に対する需要も東京や大阪の市場を中心に増大することで、また沖縄サミットでの泡盛の登場や沖縄を題材にしたNHKテレビ「ちゅらさん」の全国放送などの影響もあり、その存在価値を高めてきた。低価格路線の焼酎甲類とは異なり、焼酎乙類業界にとっては本格派のものが売れ筋となっていることもあり、瑞泉酒造のそのストーリー性あふれる「御酒」や歌手のbeginとのコラボでつくられた「びぎんのしまー」、東京大学コミュニケーションセンターで販売されている「熟成古酒御酒」など、知名度の高さとともに、指名買いを生むブランド化された商品も数多い。
    5.課題-マーケティング戦略の再構築- 沖縄における泡盛製造会社は47社からなっており、沖縄県酒造組合として組織化されていることから、今後のマーケティング戦略として組合として最優先すべき課題は(1)焼酎のカテゴリーからの脱却(2)新たな泡盛(スピリッツ)カテゴリーの構築である。焼酎甲類と焼酎乙類という二大焼酎カテゴリーの中でのポジショニングはプラスにはならないこと、また地酒という切り口で成功を収めてきた純米酒と同様に、泡盛業界も新たな価値提案をすべき時期に来ている。加えて、ヨーロッパにおける新たな泡盛スピリッツというカテゴリーでの提案はその度数の高さとともに、たとえばイタリアのお酒「グラッパ」や食前酒としてのスパークリング泡盛の開発など、今後その流通・マーケティング戦略の適切な話題作りとその構築が非常に重要になってくる。
    注 [1] http://macs.mainichi.co.jp/space/web/041/marke.html(田中洋(2012)「#41 ストーリーテリング Story Telling」『WEB版スペース』毎日新聞広告局)。[2] 本研究はJSPS科研費 JP16K03966の助成を受けたものである。日本学術振興会 2016年度科学研究費補助金(基盤研究(C)課題番号:16K03966「中小・零細企業に必要とされるプラットフォーム化とブランド価値創造戦略の重要性」)。また、前研究課題
    (24243048)の際に瑞泉酒造株式会社を訪ね、佐久本学常務取締役へのインタビュー調査を実施したものがベースとなっている。記して謝意としたい。
  • 小寺 浩二, 小山 優子, 浅見 和希
    セッションID: P050
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    Ⅰ はじめに
      都市化著しい神奈川県東部においては、既に現存する湧水の水量はかなり少なく、いつ枯渇してもおかしくない危機的状況であり、早急に調査を行わなければ、有効な保全対策が行えなくなる状況に陥ることが危惧される。そこで、神奈川県東部を中心に地下水の分布と地域特性、涵養域と土地利用や土質などの関連性などについて調査を行った結果を報告する。

    Ⅱ 研究方法
       全域の調査は、豊水期・渇水期の2度実施し、現地調査項目はAT,WT,pH,RpH,EC等である。また、一部については、月1回の定点観測を1年間行った。採水したサンプルについて、研究室にてTOC, 主要溶存成分の分析を行った。

    Ⅲ 結果と考察
    1湧水量・温度・pHEC
       湧水量は、横浜・川崎においては僅かであり、山林や畑などの浸透率が高い土地を残す大楠山や円海山周辺、三浦半島については多めであった。降水後、直ちに湧水量が増加する。
       水温については、湧水らしい湧水に限定した場合でも、ほとんどの箇所においては、1℃程度の季節変化がみられた。変化の見られない箇所については、かなりの湧水量があった。
       定点調査pHにおいて、特に降水量が多い時期に変動が激しく、その変動は地域により似通った傾向があった。

    2溶存成分
       硝酸イオンの含有量は明らかに土地利用に起因しており、山地を残す調査地においては低く、農地、特に畑地が多い地域においては高かった。都市化した地域において、局所的に農地が存在する箇所で最も高濃度であった。
       川崎、横浜西部においては、溶存成分が少なく、東部においては多いが、いずれも循環性の高いCa-HCO3型であった。
       三浦半島の衣笠・北武断層に沿う位置の湧水は、水質組成成分が全く違い、そのパターンもCa-HCO3型、Ca-SO4型、Na-Cl型などが点在した。三浦半島はその成り立ちが複雑であるゆえ、地質も複雑で、断層も多く、地下水の流れが複雑であると考えられる。
       円海山周辺においては、カルシウムイオン・硫酸イオン・炭酸水素イオンを大量に含有しているCa-SO4型である。メタン冷湧水を栄養源とした貝化石が見られる地域であり、特殊な地質が水質に起因しているのではないかと思われる。

    Ⅳ おわりに
       神奈川県東部の地下水・湧水の現状の概略を把握できた。三浦半島を中心に、さらに涵養域の環境について詳細な調査を行ったうえで、水質の違いについて再考察を行いたい。

    参 考 文 献
       西崎弘人(2009):神奈川県における湧水の分布・水質特性に関する地理学的研究, 法政大学卒業論文
  • -栃木県那須地域を事例に-
    若本 啓子
    セッションID: 518
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    本研究では、福島第一原発事故後の栃木県那須地域における牧草地除染の実施状況と、自給飼料の利用自粛がもたらした農家レベルの諸問題を明らかにし、飼料安全性確保のための課題を考察する。
    栃木県では、牧草の放射性物質モニタリング検査の結果にもとづき、県内6市町(那須町、那須塩原市、矢板市、塩谷町、日光市、鹿沼市)で2011年・2012年の2年間にわたり、永年生牧草(多年生のイネ科牧草)の利用自粛を余儀なくされた。環境省除染対策事業(実施主体は市町村)による県内の永年生牧草地の除染は2012年9月から開始され、反転耕・深耕と砕土・整地による草地更新と、カリウム施肥により牧草への放射性セシウム移行を低減する手法が採用された。農地土壌中の放射性セシウム濃度が他市町よりも相対的に高く、永年生牧草地の利用が優勢である那須町では、県内最大の約930ha(2015年5月現在、県推計)の永年生牧草地(公共牧場を除く)で除染が行われた。
    原発事故発生当時、那須塩原市および那須町の調査農家(酪農経営8戸、肉用牛繁殖経営2戸)では、前年の秋に播種した単年生のイタリアンライグラスと、多年生のオーチャードグラスを主体とする混播牧草が汚染された。国が方針を示した放射性セシウム濃度8000Bq/kg以下の汚染牧草の圃場還元については、ロールに整形した牧草を、発酵させて圃場に広げる作業の負担が過重であることなどを理由に、途中で断念する調査農家が多く、2011年、2012年産のロール牧草が大量に残されている。
    牧草地の利用自粛の間、調査農家では代替飼料となる外国産牧草の購入・給与を行った。賠償金支払いまでの経済的負担に加え、酪農家では受胎率の低下や、第四胃変位や難治性の乳房炎を発症して廃用となる例が増え、代替飼料の利用が牛の健康および農家経済に少なからぬ影響を及ぼした。
    那須町の調査農家では、①圃場の条件、②牧草播種の時期、③機械所有の個別事情に応じ、環境省除染対策事業・東電損害賠償請求のいずれか、または両者を併用して除染が行われた。実際の除染作業では、前植生の処理(刈り払いと除草剤散布)、土砂の流出を防ぐための土留めなど、環境省事業で補助対象外とされる工程が必要であった。圃場条件に適した工法で自力施工し、前処理や、耕起によって表出した石礫の除去などの追加作業にかかる工賃を東電へ請求する農家も少なくない。
    一方、単年生のイタリアンライグラス(またはライ麦)とデントコーンの二毛作を行っている那須塩原市の調査農家では、既定の除染スキームにはよらないものの、吸収抑制剤のカリウムやゼオライトの散布、汚染牧草を鋤込んだ圃場の休耕と複数回の耕起、圃場の防風林隣接部分の作付制限など、牧草の放射性セシウム濃度を低減する対策を自主的に行っている。
    給与前検査の結果が基準値以下であっても、セシウム濃度に応じて牧草の給与量が制限される状態は続いている。飼料の安全性確保のためには、再生した飼料資源の適正管理を地域全体で励行することが求められる。
  • リチウム濃度と地殻深部流体の関係
    諸星 幸子, 小寺 浩二, 浅見 和希
    セッションID: P052
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    Ⅰ はじめに
       北海道の中心にほど近い十勝岳は、上川管内の美瑛町・上富良野町、十勝管内の新得町にまたがる標高2,077mの活火山である。十勝岳では、1857年安政噴火、1887年明治噴火、1926年大正噴火、1962年噴火、1988~89年噴火と30年弱~40年弱の間隔で周期的な噴火が起きており、現在(2016年)は、直近の噴火より26年目となっている。水蒸気噴火がこれから起こる可能性が非常に高い活火山であると判断し、調査を行う事とした。当研究室では、噴火後の複数の地域で水環境変化の調査を行っているが、今後噴火の可能性のある地域として選定したものである。

    Ⅱ 研究方法
       調査は2016 年11 月11~16 日で実施し、現地調査項目はAT,WT,pH,RpH,EC 等である。採水したサンプルは、研究室にてTOC, 主要溶存成分の分析を行った。主要溶存成分の分析結果、特にリチウム濃度について、その他成分との相関などを調べる。また、モリブデン青比色法によってSiO2の測定を行い、溶存成分との関係も解析した。

    Ⅲ 結果と考察
    1.EC、WT、pH、RpH、溶存成分について
       十勝岳周辺の水質は、pHが低くECが高い傾向である。また水温も高く、温泉の影響が考えられる。pHとR-pHの差が大きい地点も温泉がほとんどである。北西の十勝岳周辺の低pH、高EC、高WT は温泉の影響が出ていると考えられる。十勝岳温泉、吹上温泉、吹上露天の湯、白金温泉、フラヌイ温泉などがあるが、泉質はそれぞれ異なっている。
        トリリニアダイヤグラムやシュティフダイヤグラムの分析によると、地域による水質のバラツキが大きく、主に地質の影響と考えられる。

    2.Li 濃度、Li/Cl 比について
       Li濃度は、温泉地ではかなり高い値となっている(図1)。Li/Cl比についてもスラブ地殻深部流体の影響があると考えられる(風早ほか、2014)0.001 を超えている地点がかなり多くある(図2)。十勝岳周辺にも集中しているが、十勝川流域の十勝平野でも多くの地点で検出された。これについては、原因を探る必要がある。
       最高値はフラヌイ温泉で0.00522、次いで爪幕橋(然別川)で、0.00300、次が清水大橋(十勝川)で0.00277である。

    Ⅳ おわりに
       十勝岳周辺の水質分析の結果、Li濃度及びLi/Cl比の高い地点が、温泉地と周辺河川にみられた。十勝岳自体の活動は、現在小康状態であるが、これは地殻深部流体の影響と考えられる。こうした調査を継続的に行うことで、火山噴火と地殻深部流体の影響が明らかになる可能性がある。

    参 考 文 献
       風早康平, 高橋正明, 安原正也, 西尾嘉朗, 稲村明彦, 森川徳敏, 佐藤努, 高橋浩, 北岡豪一, 大沢信二, 尾山洋一, 大和田道子, 塚本斉, 堀口桂香, 戸崎裕貴, 切田司(2014):西南日本におけるスラブ起源深部流体の分布と特徴. 日本水文科学会誌44(1). pp.3-16.
  • 日本における反都市化の動向
    磯田 弦
    セッションID: 903
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    地理学において都市と農村、また中心と周辺といった概念は頻繁に用いられる概念であり、地理学的理論では主軸をなす変数であるにもかかわらず、現実の複雑な空間においてどこがどの程度中心かあるいは周辺か、といった指標は作られてこなかった。本研究ではHansen(1959)のアクセシビリティ指標を変形した、雇用への一般化平均距離を都市-農村指標として用いる。そして、この指標を用いて、2010年国勢調査の結果より、地域メッシュ単位の人口を分析する。
  • 大石 太郎
    セッションID: 532
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    1.はじめに  
      英語とフランス語を公用語とするカナダでは,人口の2割強がフランス語を母語とし,その多くは東部のケベック州に居住している。しかし,ケベック州以外にもフランス語を母語とする住民(以下,フランス語話者)は居住しており,ケベック州に次いで多くのフランス語話者が住んでいるのはオンタリオ州である。オンタリオ州には,カナダ最大の都市で州都のトロントをはじめ,オンタリオ湖,エリー湖,ヒューロン湖に囲まれた半島状の地域にカナダを代表する大都市が南部に数多く立地し,州人口は1200万を超え他州と比較して飛び抜けて大きい。そのため,オンタリオ州に居住するフランス語話者の割合は約4%にすぎないが,約50万の人々がフランス語を母語としている(単一回答のみ)。オンタリオ州ではフランス語は公用語とされていないが,1986年のフランス語サービス法(French Language Services Act)の制定以降,指定地域ではフランス語による公的サービスが提供され,アイデンティティ象徴体系の整備とその認知も徐々に進んできた。本報告では,まず2011年の国勢調査に基づいてオンタリオ州における言語使用状況を明らかにし,さらにフランス語話者のアイデンティティ象徴体系を検討する。
    2.オンタリオ州における言語使用状況  
      英語が優勢なオンタリオ州においてフランス語を母語とする人口の割合が高いのは東部と北部である。国勢調査基本統計区(郡スケール)においてもっとも割合が高いのは,連邦首都オタワの東に位置し,ケベック州境に接するPrescott and Russell合同郡であり,65.4%がフランス語を母語としている。それに次ぐのは北部のCochrane地区であり,フランス語を母語とする人口が45.4%をしめる。市町村スケールとなる下位統計区では,Cochrane地区に属するMattice-Val Cotéの90.4%を筆頭に,20の下位統計区でフランス語を母語とする人口が過半数をしめ,85の統計区で10%を超えている。その多くは小規模の自治体であり,1万を超える人口を擁する下位統計区でフランス語を母語とする人口の割合が10%を超えるのは17のみである。  
      一方,非公用語を母語とする人口の割合が高いのは南部の基本統計区である。トロントとその郊外であるYork地域自治体,Peel地域自治体では非公用語を母語とする人口が45%を超えている。トロントとYorkでは中国語話者,Peelではパンジャブ語話者が最大の非公用語集団である。  
      公用語能力では,フランス語を母語とする人口の割合が高い基本統計区で二言語話者人口の割合が高くなる傾向にあるが,オタワやグレーターサドバリーなどの都市的地域では両者の差が比較的大きく,フランス語以外を母語とする者で二言語話者となる者が多いことを示唆している。
    3.フランス語話者のアイデンティティ象徴体系
    1960年代以降,カナダからの分離・独立をも視野に入れた活動が活発化するケベック州で「ケベコワ」アイデンティティが強まっていったことが背景に,オンタリオ州のフランス語話者は「フランコ・オンタリアン」というアイデンティティをもつようになった。1975年9月25日にサドバリーでフランコ・オンタリアンの旗が初めて掲揚され,のちに9月25日はフランコ・オンタリアンの日とされた。フランコ・オンタリアンの集団歌も作成され,旗は関連施設ではためいている。ケベック州や沿海諸州のフランス語話者の象徴体系の多くがカトリックと関連するものであるのに対して,フランコ・オンタリアンのそれは世俗的であることに大きな特徴がある。
  • 熊原 康博
    セッションID: 434
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    はじめに 群馬県北東部片品川流域では,活断層研究会編(1991)により,長さ約7km,北北東-南南西走向の東傾斜の逆断層が認定され,断層と片品川との位置関係から片品川左岸断層と呼ばれた.さらに,黒ボク土を変位させる明瞭な逆断層露頭の写真も載せている.中田・今泉編(2002)では,活断層研究会編(1991)の断層トレース周辺において,より詳細な位置を提示し,二本の断層トレースが平行にのびていることを示した.熊原(2015)は,右ずれ変位を示す河谷の屈曲や累積性をしめす形成年代の異なる河成段丘面の変形があること,断層長が30kmに及ぶことを報告した。本断層が片品川右岸にも連続することから,本断層を「片品川断層」と改称した。  一方,この活断層がどのような活動履歴をもつのかについては,全く明らかになっていなかった。本発表では,片品村築地地区においてトレンチ掘削調査を行った結果を報告する。 片品川断層の概要 断層の長さは30kmに及び,北端は片品村東小川,南端は沼田市(旧白沢村)高平である.全体としては,北北東-南南西走向であり,4~5本のトレースが左ステップしながら連続する。断層変位の向きは,河谷の屈曲から右横ずれ変位が認められるが,断層の走向が変化する箇所や,トレースの末端部では,段丘面上に撓曲崖が存在することから,一部では逆断層性の変位も確認できる。 サイトの地形とトレンチの概要 トレンチ掘削調査は,片品川左岸沿いの高位段丘面上の撓曲崖で行った。この段丘はフィルトップ性の段丘で支流に沿って段丘面が連続する。垂直変位量は8.8mであった。トレンチは,長さ8m,最大深さ3.5mである。 トレンチ調査の結果 トレンチ壁面からは,地表下には榛名二ッ岳伊香保降下テフラ(Hr-FP,6世紀前半),礫混じりのクロボク土がトレンチ全体で認められた。その下位には,断層変形を受けたクロボク土と礫層の互層が認められ,低角な断層面が2本認められた。下位の断層面(F1)はほぼ水平であり,クロボク中に挟まれる礫層を約2m変位させている。F1を覆うクロボク土は,上位にある断層面(F2)によって変位を受けている。F2はHr-FP下位の礫混じりクロボク土に覆われる。従って,最も新しいイベントはF2によるものであり,おそらく一つ前のイベントはF1によるものと考えられる。ただしF2に沿っては,上盤側に,高位段丘面構成層と見られる礫層の褶曲構造が随伴し,変形の程度が大きいことから,F1の断層変位よりも前にもF2に沿った断層変位があったと見られる。 活動履歴の検討 地層中に含まれる有機質のクロボク土のAMS C14年代測定に基づくと,F2の変位を受けている地層から5300-5040 cal BP (Beta-394829),変位後の地層から 8185-8035 cal BP (Beta-394828)の年代値を得た。F1の変位を受けている地層から10225-10160 cal BP (Beta-394827),変位後の地層から17025-16780 cal BP(Beta-394826)を得た。したがって最新イベントの発生時期は5040-8185 cal BP,一つ前のイベントの発生時期は10160-17025 cal BPとなる。  現状ではイベントの年代幅が広く,再来間隔は単純には2000-12000年間隔となってしまうが,5000年前以降活動していないことを考えると,少なくとも2000年間隔よりは長くなるであろう。現在追加の年代測定を依頼しており,発表時にはその結果も加味する予定である。   文献 活断層研究会編(1991)『新編 日本の活断層』;中田・今泉編(2002)『活断層詳細デジタルマップ』;熊原(2015)地理科学学会春季学術大会発表 謝辞 本調査にあたっては,基盤研究(C)課題番号26350401(代表者熊原康博)の一部を用いた。
  • 釜堀 弘隆, 藤部 文昭, 松本 淳
    セッションID: P037
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    これまで、国内の気象台・測候所の降水量観測データのデジタル化が実施され、このデータから強雨の頻度が高まってきていることなど、様々な情報が得られてきた。しかしながら、これらの情報は各県1地点程度の限られた地点の降水量だけであり、言わば点情報にすぎなかった。これを気候変動対策の基礎資料とするためには、可能な限り多数の降水量観測を収集しデジタル化を行い、その情報を面情報とする事が必要である。降水量は地方気象台以外でも多数の地点で観測が行われてきた。ここでは、明治・大正期における関東地方の降水量観測のデジタル化を紹介する。
  • 後藤 秀昭
    セッションID: 432
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    1. はじめに 中央構造線活断層帯は,四国だけでも190kmに及ぶ日本で最も長大な活断層であり,平均変位速度は10mm/yrにも達する可能性があるとされてきた(Okada,1980)。しかし,説得力のある変位基準で,高精度に変位速度を求めたものは極めて少ない。GPS による測量では,中央構造線の横ずれ変位速度は約5mm/yr(Tabei et al., 2002)や0~5.5mm/yr(Aoki and Scholz, 2003)とのされており,これらとの対比を行うためにも,地形学的な時間スケールでの高精度な変位速度の検討が求められている。 中央構造線の古地震学的な研究では,最新活動時期について,中世を中心に歴史時代の活動が多数の地点で報告されている(後藤ほか,2001など)。しかし,それより前の活動時期や活動間隔についてはほとんど分かっていない。地震危険度の評価において大きな問題となっており,高精度な変位速度の提示が求められているといえる。  一方,地形学の研究では,多視点の写真データから作成された高密度な点群データなど,デジタル化された地形情報が用いられるようになっている。人工改変の激しい地域では,撮影年代の古い空中写真を用いて地形を復元して分析することが可能となり,変動地形でも積極的な利用が進みつつある(後藤,2015など)。  本研究では,中央構造線の池田断層,父尾断層に沿って認められていた後期更新世の変位地形を,1970年代の空中写真を用いて数値標高モデルとして復元し,変位ベクトルを検討するとともに,堆積物から得た試料の放射性炭素年代測定値に基づき,高精度な変位速度の算定を試みた。 2.地形モデルの作成と地形面区分 1974年撮影の約8000分の1カラー空中写真(CSI-74-8および9)を20μm(1,270dpi)の解像度でスキャンした画像を用い,国土基本図を評点として1m間隔のDEMとしたものを用いた。空中写真を実体視したのと同じ程度の判読が可能な画像となるよう測量間隔やブレークラインが設定されている。 対象とした地域周辺では,後期更新世以降の段丘面は中位面,低位1面,低位2面の3面に区分できる。 3.池田断層の東部の変位速度 池田断層東部の馬来谷川付近では中位面,低位1面が変位を受け,中位面で43m,低位面で7mと累積的な上下変位量が認められる。中位面の段丘崖の横ずれが複数地点で確認でき,断層崖の両側で明瞭な段丘崖が認められる場所では数値標高モデルから145~155mの横ずれ量が計測された。断層に平行な地形断面図からは上下変位量は横ずれ量の8%であり,横ずれが卓越していることが解った。低位1面の構成層上部から得られた木片から17,212~16,792 cal BPの放射性炭素年代値が得られた。これらに基づけば,横ずれ変位速度は8.5mm/yrよりも大きいことになる。 4.父尾断層の変位速度 父尾断層中央部の日開谷川西岸では,後期更新世以降の河成段丘面が発達し,典型的な横ずれ変位地形をなす(岡田・堤,1997など)。徳島自動車道の建設によって変位地形は改変されたが,1974年の空中写真によって復元された数値標高モデルによる地形をもとに多段化した地形を詳細に検討した。その結果,低位1面および沖積面はそれぞれ2面に細分されることがわかった(ぞれぞれ,上位面,下位面とする)。これらの段丘崖の基部を基準にすると,上下変位量は横ずれ変位量の6~8%でほぼ同方向に変位してきたと考えられる。低位1上位面の段丘崖の横ずれ量は140~150mと計測された。 地形面の年代を示す新たな試料は得られなかったが,低位1下位面は急傾斜であり,日開谷川下流西岸で沖積面に埋没することから,最終氷期極相期の地形面と考えられる。池田断層の馬来谷川付近の低位1面に対比されるが,約35km下流に位置し,より早くに離水したと考えられることから,低位1面下位面は18ka以降,17,122~16,639 cal BPまでに形成されたと推定される。これらに基づくと,父尾断層の変位速度は7.8~9.1 mm/yrと算定される。 5.おわりに 池田断層,父尾断層の変位速度とも,測地学的な検討により求められた変位速度より優位に大きく,地形学的検討によってこれまでに提示されてきた値よりも大きい。最新活動時の変位量(岡田・堤,1997など)に基づけば,活動間隔はこれまでの想定よりも短い可能性がある。日本で最も長大な活断層の評価にはさらなる古地震学的な調査が必要性と考える。
  • 岐阜県東濃地域における高校生のクラブ活動の事例
    野中 健一, 柳原 博之
    セッションID: P086
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    I はじめに
    岐阜県東濃地域の伝統的な地域文化資源利用の一つにクロスズメバチ(当地の方言で「ヘボ」)食文化がある.当地域のヘボ食文化は,秋に野山で巣を採取し(ヘボ追い),巣中の幼虫やサナギ(蜂の子)を蜂の子飯(ヘボ飯)やゴヘイモチなどで賞味するだけでなく,夏のうちにまだ小さな巣を採取して自家で飼育することもあり,一堂に会して巣箱を開き育てた巣の大きさを競うイベントも開催されている.このような慣行を持続的に発展させようと1990年代に各地で愛好会が設立され,さらにそれらが集まった全国地蜂連合会が組織されて現在に至っている.
    この慣行を続けていくためには,次世代の者たちが継承していく必要があるが,現在の主な担い手の次世代以降にはそれに興味関心を持つ者が少なく,その存続が危惧されている.そこで,地域資源を生かすことをテーマとして,知識・技術の継承に高校生がかかわることにより,その活動の活性化と次世代の興味を高めるための方策を講ずることが可能になるであろうと,岐阜県立恵那農業高校(恵那市に所在)でクラブ(HEBO倶楽部)が2016年に設立された.
    本発表は,高校生の関心からクラブ設立への動きと部員の活動経験を明らかにし,地域文化資源を活用した課題解決型学習の成果とその実践が地域にもたらす効果を検討する.
      Ⅱ クラブ活動実践
    (1)クラブ設立
    2015年度にヘボ食文化に関心をもって課題学習に取り組んだ一生徒が恵那市串原や全国地蜂連合会の活動に参加しながら地域との連携関係を形成できた.そこで,地域で重要でありながら失われつつある地域文化資源を特産品として活用した地域の活性化を目的に,2016年度より高校の正式なクラブ活動としてHEBO倶楽部が設立され,柳原が顧問に就き,初年度は3年生4名,2年生5名が参加した.
    (2)ヘボ食文化の実地体験
    串原・中津川市付知町の愛好会および全国地蜂連合会会員の協力・指導により,ヘボ追いを構成する餌付け・餌持たせ・追跡・巣掘り出し,飼育,蜂の子の巣盤からの抜き取り(ヘボ抜き)に至る全工程を体験し習得に努めた.全部員初めての経験であったが,指導を受けて実践できるようになった.そしてヘボ食文化のおもしろさを実感し,将来に残す必要性があることを強く感じた.
    食用に関しては,地域の味付けで食品製造販売を行う串原田舎じまんの会からヘボの甘露煮,ヘボ飯の作成方法を習い,基本的な調理法を理解した. さらにイベントを通じて,各地のヘボ飯などの食べ比べを行い,ヘボの成虫を入れる量,醤油の量,薬味の有無など調理方法に地域差のあることを学んだ.
    (3)地域文化情報の発信と地域との協働
    生徒は,さまざまな体験・活動で得た知識と経験を生かして情報発信を行った.東京大学癒やしの森研究所へ地蜂連合会会員らとヘボ生態調査・駆除に出向いた折には,同大の実習授業の受講生らに,自分たちが学んできたヘボ追い,ヘボ抜き,調理方法を伝授した.また,小学生を対象にしたヘボ抜き体験,ヘボに関する企画展の実施等を行い,他地域や異世代への情報発信を行った. 秋期の串原や付知町でのヘボの巣コンテストではスタッフとして協力した.担い手が減少する中で若い世代の参加は運営の補助のみならず,参加者らに活力を与える上でも効果的であった.
    学校祭や地域イベントでは,生徒は,ヘボ追いをはじめ自然と親しむ・自然資源を活用する魅力をテーマとした発表を行い,あわせて来場者に対してアンケート調査・分析を実施し,活動をとおして同世代の高校生への知識・技術の継承と,地域への普及を目指して活動した.また,ヘボの知識だけではなく交流をとおして地域理解を深めると共に世代を超えたコミュニケーションを実施した.これらの成果により導き出された地域活性化の提案は「田舎力甲子園2016地域活性化策コンテスト」で最優秀賞を受賞し,ヘボ食文化の意義と可能性を全国に向けて知らしめることができた.
      Ⅲ まとめと今後の課題
    今回の実践において,高校生が親世代からは学べない地域の文化を学び,その大切さに気づき,主体的な学習の向上と社会実践の意識,外部社会とのコミュニケーション力向上がみられた。いっぽう,愛好家の方々には,高校生の参加により自己の趣味から「文化の継承」という目標が生まれ,組織的で意欲的な活動になったと思われる.地域文化の知識・技術の継承やその食文化の保存に若い世代の参加は大きな影響を与えることがわかった.
    生徒のアンケート調査により当地では中年世代よりも若い世代の方がヘボ食に興味関心をもっているが明らかになったことから,この世代をターゲットにして新たな展開をすることが地域文化の継承に重要だと考えられる.
  • 日下 博幸, 中野 美紀
    セッションID: S1602
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    本講演では、都市の暑熱環境の将来予測、および温暖化とヒートアイランドの相乗効果による暑熱環境の悪化に対する適応策を評価するための「温暖化ダウンスケーラ」の開発状況を報告する。 温暖化ダウンスケーラは、もともと環境省のS8プロジェクトで開発されたものであるが、現在は文科省のSI-CATプロジェクトにより暑熱環境のモジュールを強化したシステムに改良中である。
  • 海上釣り客の津波避難行動のGPS分析
    服部 亜由未, 森田 匡俊, 小池 則満, 宮川 竜一, 石黒 聡士
    セッションID: P002
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    ◆はじめに
    本研究は,大津波警報発令時に,海上にいる釣り客を迅速に避難させるための課題とその対策を検討する.具体的には,海上釣堀や釣り筏にいる釣り客を遊漁船業者が地震発生後に港から迎えに行き,港まで戻った後,釣り客が一次避難場所に辿り着くまでの一連の避難行動を取り上げ,釣り客に模した調査員の記録とGPSデータを基に,避難にかかる時間や避難中の課題を明らかにする.「遊漁船業の適正化に関する法律」の第一条には,遊漁船の利用者(本研究では海上釣り客と呼ぶ)の安全の確保が明記されており,海上釣り客を受け入れる地域においては,海上釣り客を津波から助けるための対策整備が急務となっている.
    ◆対象地域
    対象地域は,三重県度会郡南伊勢町礫浦とする.南伊勢町は,海岸線延長が245.6kmにおよび,南海トラフ巨大地震による甚大な津波の被害が想定されている.最大津波高22m,平均津波高12m,津波到達時間が最短で8分と予測されている(内閣府2012).南伊勢町には海上釣堀や釣り筏などを提供する遊漁船業者が多く,修学旅行の学校団体をはじめ多くの海上釣り客が訪れる地域である.
    ◆GPS調査概要
    南伊勢町の防災訓練日(2016年8月28日)に,海上釣堀から一次避難場所までの避難行動を,愛知工業大学,岐阜聖徳学園大学,愛知県立大学の調査員45名(教員と学生)がGPSを装着して実施した.調査員は町内の礫浦(図2)の海上釣堀に訪れるのは初めてであり,調査実施にあたり避難場所と経路は知らされていない.大津波警報発令後,3隻が釣堀に向かい,調査員を漁港へ運んだ.着岸後,調査員は誘導標識に沿って,一次避難場所へ避難した.
    ◆遊漁船利用者の津波避難行動
    調査員の記録と避難行動GPSデータから,海上釣り客を助けるために見直すべき事項を以下の通りまとめる.
    (1)海上釣堀上では防災行政無線の内容は聞き取れなかったため,海上釣り客への情報伝達手段を再検討する必要がある.
    (2)徒歩よりも船による移動速度の方が早いことから,出来るだけ一次避難場所に近い場所に着岸することが望ましい.
    (3)着岸場所付近に避難誘導標識が設置されていなかったため,一時的に調査員の避難行動が止まってしまった.岸壁に標識を設置するなど,土地勘のない海上釣り客向けの避難誘導対策を実施する必要がある.また,集落内には誘導標識はあるものの,港からの避難を想定したルート上にはないため,「海から目線」の誘導標識設置が必要となる.
    (4)既存の一次避難場所は,住民の利用が前提となっており,海上釣り客が団体で避難するには狭い一次避難場所もある.またそこへ至る経路も狭い道が多く,避難行動の滞留が発生した.したがって,各浦で海上釣り客向けの一次避難場所を指定し,そこへ誘導させることが適切と考えられる.
    参考文献
    内閣府2012.南海トラフの巨大地震に関する津波高,浸水域,被害想定の公表について .http://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/nankaitrough_info.html (最終閲覧日2016年1月13日)
  • 佐藤 浩
    セッションID: 831
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
    会議録・要旨集 フリー
    2015年関東・東北豪雨により常総市三坂で鬼怒川が破堤を起こす洪水が生じた。その破堤地点における押堀の壁面と、堤防復旧工事のために掘られた掘削断面において地質試料を採取し、炭素14年代の測定を行った。その結果、標高14.2m T.P.の押堀の壁面では試料aとして420~537 cal AD (2σ, 95.4%)の年代が得られた。標高12.7mの暗灰色シルト層からは試料bとして360-273 cal BC (2σ, 58.9%)と262-199 cal BC (2σ, 36.5%)の年代を得た。試料aと試料bの間には,試料aより上位には層厚1.2mの木質の根の挟在が散見される硬質シルト層があり,このシルト層と,今回の破堤で流出したさらに上位の自然堤防堆積物は,537ADより新しい時代に堆積したと考えることができる。試料aと試料bの採取地点は約60m離れているが,標高から考えて,14.2m T.P.と12.7m T.P.には中砂~細砂が層厚に堆積している。この砂層と下位の暗灰色シルト層の整合・不整合の関係は不明であるが,この砂層は,199 BC~420ADの間の,少なくとも1回の出水で形成されたと考えらる。
  • 渡邉 敬逸
    セッションID: P062
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
    会議録・要旨集 フリー
    無住化集落の分布や数を示す確度の高い公的な資料は存在しない。そのため、無住化集落を対象とする研究では、まず無住化集落の特定から始めなければならない。その特定手法においては、複数の特定手段を組合せるマルチアプローチが重要である。そこで、本研究では、これまで検討されていなかった土地利用変化を指標とする無住化集落の特定手法を検討し、無住化集落に関わる研究の推進に貢献することを目的とする。検討の結果、本手法は都市部における適合性は低いものの、山間部については、無人化集落だけではなく土地利用の粗放化と人口の希薄化が進行する地域を捕捉する傾向が強いことが明らかになった。このことから、本研究を通じて検討された無住化集落の特定方法は、山間地に位置する無住化集落を特定する手法の1つとして有用であると結論づけた。
  • 渡辺 満久
    セッションID: 431
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
    会議録・要旨集 フリー
    紀伊半島南部の海成段丘面は、高位のものから、H1面、H2面、M1面、M2面に区分できる。このうち、最も広範囲に分布していることから、M1面がMIS 5eに形成された海成段丘面であるとすいてされる。M1面の旧汀線アングルの高度は20m~60mの範囲内にあり、新宮~勝浦~串本付近で最も高い。遠州灘撓曲の西への延長部は、この範囲で最も陸域に近いことから、M1面の高度分布は遠州灘撓曲の延長部の活動と調和している可能性がある。また、新宮~木本、串本町田並周辺では、陸側が低くなるような逆向き低断層が確認される。このような構造は、沿岸域を隆起させる主断層が沿岸に近い部分にあることを暗示している。この点から見ても、調査地域の隆起の原因として、遠州灘撓曲の延長部の活動に注目する必要がある。
  • 田中 雅大
    セッションID: P076
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
    会議録・要旨集 フリー
    高齢化の進展や障害者の増加を背景に,日本各地でバリアフリー整備事業が実施されているが,障害の当事者の意見が反映されていなかったり,整備後の維持・管理が行き届いていなかったりと,様々な問題が発生し始めている.今後はバリアフリー整備の実施段階に限らず,整備後の維持・管理段階にも当事者が参加できる体制を構築する必要がある.本研究では,そのための手段として参加型GIS(PGIS)に着目する.
    筆者は,視覚障害者誘導用ブロック(通称「点字ブロック」)の地理情報データベースを制作するというPGISの活動を,視覚障害者を中心メンバーとする認定NPO法人「ことばの道案内」に提案し,筆者自身が参加してその効果を検証するアクション・リサーチを実施した.本研究ではその結果をもとに,バリアフリー整備手法としてPGISが有する可能性と課題について検討した.
    事業の結果,調査地区に敷設されている点字ブロックの2割近くに何らかの不備があることや,そうした点字ブロックが特定の場所に集中していることが明らかとなった.また,これまで不明確であった管理主体ごとの管轄区域が明確になり,行政の縦割り構造に点字ブロックの不備の原因の一部があるということも明らかとなった.PGISを利用することで,地理情報データベースやそれを可視化した地図という「証拠」に基づき,当事者が上記のような社会的・政治的問題について,組織的・定量的に意見を提示できるようになる.
    一方、事業を通じて,PGISに関する人的側面での課題も見えてきた.今後は、専門家等の特定の人物に知識・技術を依存することがないように,地域住民やボランタリー組織の中に地理学的・地図学的素養を持った人材を育成していく必要がある.また,過度なデジタル化や定量化は高齢者等のコンピュータの扱いに不慣れな人々を活動から排除してしまう可能性があるため、アナログな道具を使用するなどの配慮が必要である.日本の福祉分野,特にバリアフリー分野においては,技術決定論的な考えが根強い.PGISを福祉分野で活用する際には,ボランティア等をめぐる日本の地域的文脈を十分に考慮する必要がある.
  • 福岡県福津市を例に
    近藤 祐磨
    セッションID: 201
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
    会議録・要旨集 フリー
    Ⅰ 問題の所在と研究目的
    住民,行政,学校など多様な主体が協働・参加する環境保全活動の研究は,日本ではそれぞれの主体の役割を含む主体間の関係性を分析する方法が一般的である.しかし,環境保全活動の実態をより多角的に理解するためには,活動に関わる「人」だけでなく,保全対象の性質,いわば「土地」にも考慮する必要がある.そこで本研究は,福岡県福津市における海岸林保全活動を事例として,土地所有形態が保全活動にどのような促進条件あるいは抑制条件として作用しているのかを,保全活動に関連する行政の公的管理を含めて検証した.
    海岸林は,一般的な里山と同様に,生活様式の変化などを要因として,高度経済成長期以降,植生遷移が進行し,荒廃が進んでいる.同時に,郷愁を誘う存在として再評価の対象となっている.一方,海岸林は里山と異なり,国有林を含む多様な所有形態をもつことに加え,20世紀に入ってから深刻化しているマツ枯れのため,私有林を含めて,行政による強い公的管理下に置かれてきた存在である.
    Ⅱ 土地所有形態ごとにみた保全活動の展開
    国有林は,国による管理不足が慢性的であるにもかかわらず,住民団体や地方自治体にとって,保全活動や自治体独自の公的管理を実施しようとしてもその障壁が高い.そして,たとえ実施できても,海岸林をマツ単層林ではなく広葉樹との混交林で維持するという,国の管理方針に大きく制約を受ける.例えば,津屋崎Aでは,住民による保全活動の意思表明に対して国が難色を示し,活動開始までに数年を要した.また,福津市当局は,国有林に対して根本的な抵抗感を抱いているために,市独自の公的管理は原則国有林を避けて虫食い的に実施された.ただ,住民の保全団体が積極的に国や自治体に働きかけを続けていれば,高い障壁を超えることも可能であることが判明した.
    公有林(県有林・市有林)の場合,保安林や国定公園という法的制度下にあっても,保全活動や自治体独自の公的管理の実施にあたっては,あまり制約がみられなかった.北原B-1では,住民団体による林床整備にとどまらず,住民や協力する中学校の生徒の発案に基づく多様な取り組みの舞台にもなった.その一環で,看板や鳥巣箱,腰掛といった構造物の設置が計画された際,所有する県からの修正要求は軽微で,住民や中学生の発案は実現された.ただ,北原B-2は国有林に隣接することから,市有林であるにもかかわらず保全活動や市独自の公的管理が敬遠され,国有林という所有形態による影響を間接的に受けてきた.
    私有林(森林組合有林・個人有林)も,公有林と同様に法的制度下にあっても,所有者が反対しなければ,保全活動や公的管理の実施にあたって,あまり制約を受けなかった.ただし,花見南Cは所在不明の不在地主の海岸林が複雑に入り組むが,保安林制度や森林がもつ防砂防風の公益機能を重視して,自治体は専権的に公的管理を断行した.一部の海岸林では,これに続くようにして住民による保全活動が始まったという経緯がある.国は,所有形態によらない一体的な森林管理を理想としているが,同じ管理不足の林野でも,国有林と私有林では保全活動や関連する公的管理の実態が異なっていることが判明した.
    Ⅲ 結論
    住民の保全活動のあり方は,土地所有形態によっても左右され,国有林では大きな制約条件として機能していた.ただし,保全活動や関連する公的管理は,土地所有形態のみならず,主体間関係にも左右されていた.それでも森林の保全活動を対象とした研究において,土地所有形態への注目という分析視角をもつことは,主体間関係の分析だけでは把握しづらい,環境保全活動の実態を多角的に理解するうえで,有効なものといえる.
  • 山下 宗利
    セッションID: 811
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
    会議録・要旨集 フリー
    テーマ性を有した大規模なアートプロジェクトが西洋で始まり、世界各地に展開されてきた。近年、日本においても、まちづくりの支援や地域振興を目的としたさまざまなアートプロジェクトが生まれている。日本ではこれまで以上にアートのもつ機能が注目されている。その分野は多岐にわたり、地域のブランディング、観光産業の振興、低未利用地の活用、若者の転入増加、治安の回復・維持、心のケア、マイノリティの社会的包摂、教育など、それぞれの地域の社会課題の解決を目指して多くの取り組みがなされている。これはアート機能の拡張を反映したものといえる。
    地理学においても地域の固有性やアートと場、といった視点からのアプローチがなされてきた。地域に根ざしたアートプロジェクトという観点から、越後妻有「大地の芸術祭」や直島に代表される「瀬戸内国際芸術祭」、「釜ヶ崎芸術大学」などが研究対象とされてきた。作家、行政やNPO、ボランティア、地域の住民、一般の参加者のアートプロジェクトへのプロセスとまなざしが考察されてきた。
    大都市の都心では名高い美術館や博物館、ギャラリーが数多く立地し、商業主義的作品の展示場所になっている。これらとは一線を画して、都心周辺部ではアーティスト・イン・レジデンスという形で地域に根ざしたアートプロジェクトが進行中である。これら二つのアートプロジェクトは異なった場所で併存しており、互いの地域差を価値にしている。
    若い作家が空き家をアトリエにして作品の制作・発表場所として活用している事例もある。作家志望の大学生をはじめ、さまざまな人々が作家と関係性をもちながらコミュニケーションが生まれている。しかし当該地域が活性化し、ジェントリフィケーションが起こると、経済的に困窮した若い作家にとってその場所はもはや最適な活動場所ではなく、新たな制作場所を求めて移動するようになる。グローバル化の進行に付随したローカル性の追求がそこに見て取れる。
    アートプロジェクトは社会課題の解決の一方策として注目され、治安の回復と維持、社会的包摂に活用されている。しかし一方で、アートそのものがジェントリフィケーションの機能を果たし、また「排除アート」と称されるアート作品が都心空間に現れ、社会的困窮者の追い出しに作用していることも見逃せない。
  • 藤部 文昭, 松本 淳, 釜堀 弘隆
    セッションID: S1504
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
    会議録・要旨集 フリー
    最近の十数年間に,気象官署の降水量データのディジタル化が進められ,品質チェックを経て気象庁HP等で公開された。この資料は欠測がほとんどなく,100年以上にわたる高品質の降水量データとして貴重である。しかし,データの利用に当たって注意を要する点もある。具体的には,観測時間間隔の変遷,日最大1時間降水量の定義の変更(正時間での最大値から任意1時間での最大値へ),日界の変遷等である。また,測器の変更によって観測単位が変更され,これらによって観測値の均質性にも影響が出ている可能性がある。気候研究においてデータが適切に利用されるよう,観測に付帯する情報(メタデータ)の整備・共有を期待したい。
    区内観測データについても,画像ファイルとして気象庁に所蔵されている1926年以降のデータについて,歴代の科研費などによるディジタル化が進められてきた。ただし,品質には注意が必要であり,地点情報も完全ではない。現在は,各気象台に原簿として所蔵されている1925年以前のデータのディジタル化が進められている。
  • ―レウス(カタルーニャ)の経験から―
    竹中 克行
    セッションID: 611
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
    会議録・要旨集 フリー
    都市計画マスタープランが市民生活や地域の経済産業の将来的発展を支える道具立てとして機能するためには,都市計画・建築計画などに関わる高度な専門性と併せて,戦略的な目標設定に向けて市民の支持を取りつけるための政治的なリーダーシップが重要な意味をもつ。とりわけ,ヨーロッパ諸国の都市計画マスタープランは,詳細な土地利用計画とともに,公共空間・施設整備計画や地区ごとの建築形式などを組み込むのが一般的であり,中長期的な都市変化を方向づける枠組みとして,多大な影響力を有している。都市の本報告が対象とするスペインもその例外ではない。
    本報告では,上に述べた専門性確保と政治的リーダーシップを両立させるための仕組みとして,議員内閣制によって制度的に規定された都市政治の動態に着目する。直接の分析対象とするのは,カタルーニャ自治州(スペイン)の地方中核都市に位置づけられるレウスである。レウスでは,1979年の市政民主化以来,30年余りにわたってカタルーニャ社会党(PSC)が左翼市政を率いてきたが,2011年の市会選挙で保守系カタルーニャナショナリストの党「集中と統一(CiU)」に敗れ,政権を譲った。その結果,左翼政権が準備していた都市計画マスタープランが撤回され,新政権のもとで練り直しが始まった。報告では,政権交代の前後でマスタープランの構想にいかなる変化が生じたかに焦点を当てて検討する。
    都市政策は,政権を支えるイデオロギーによって基本的な方向性を与えられると同時に,時々の社会経済の動向から強い影響を受ける。とくに,市街地開発や環境保全の中長期的方針に関わる都市計画マスタープランにあっては,不動産市場と直結した景気の変動を的確に掴み取り,将来予測に反映させることが求められる。スペインでは,2008年に勃発した国際的な金融危機を引き金として不動産バブルが崩壊し,深刻な不況・失業問題へと展開した。レウスで2011年に起きた政権交代と新政権による都市計画マスタープランの練り直しも,政権党のイデオロギー的性格のみならず,社会経済の大きな変動との関係で理解する必要がある。実際,レウス市内の新築住宅供給は,2000年代半ばをピークとして極度な低水準へと落ち込んだ(図参照)。外国からの移民流入により着実に増加していた市人口は,2008年以降,停滞ないし微減傾向へと転じ,反比例して失業者が増加した。
    他方,1978年の民主憲法により本格的な分権化を進めたスペインでは,都市計画を含む多くの政策領域が国と並んで自治州による立法のもとに置かれている。このため,基礎自治体が行う都市計画の制度的条件も,自治州によって異なる部分が多い。カタルーニャ自治州は,2003~2010年の左翼政権期に自治州地域政策担当長官を務めた地理学者ウリオル・ネッルのもとで,都市衰退地区の再生や郊外戸建住宅地区の改善など,多くの分野にわたる斬新な地域政策を打ち出した。しかし,2010年に自治州政権が左翼勢力からナショナリストへと移り,折からの経済危機による財政難とカタルーニャの自決権要求による政治的緊張が加わったことで,自治州による地域計画策定の足取りは鈍化している。レウスの都市計画は,景気動向のみならず,そうした上位計画の遅れによっても,先行き不透明な状況に置かれている。
    レウスの左翼市政は,選択集中的なクリアランス型の再開発,市民社会の蘇生力を信頼する「リハビリ」型の衰退地区再生,都市圏レベルの中心性向上をめざす拠点開発などを組み合わせる,野心的な都市政策を打ち出してきた。これに対して,ナショナリストが率いる新政権は,人口・住宅需要予測の大幅な下方修正と併せて,既存市街地の有効利用と生産緑地の再評価を軸とする新たなコンパクトシティ構想を掲げる。大幅な軌道修正が可能となったのは,専門性と政治的リーダーシップを兼ね備える政権の仕組みによる部分が大きいだろう。しかし,方針転換の具体的な中身に踏み込むと,左翼政権が打ち立てた将来構想を棚上げとし,景気変動に適応しながら時局の好転を待つだけの消極的なプランにすぎないという解釈も可能である。はたして,政治主導の都市政策を支える仕組みは,政権交代を通じた都市計画の刷新を促すのか,批判的に検証してみたい。
  • 畠山 輝雄
    セッションID: 615
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    1.はじめに
     近年,多くの地方自治体において,公共施設等の名称を売却して資金を獲得するネーミングライツ(以下,NR)の導入が増加している.わが国の公共施設では,2003年の東京スタジアムにおいて導入されて以降,増加の一途をたどり,2017年1月現在で約150自治体,約330施設に導入(が決定)されている.最近では,自治体名称を売却しようとした泉佐野市や,国立競技場への導入が報道されるなど,NRの認知度が上昇してはいるものの,一般的にはまだ認知度が低いのが現状である.
     その一方で,NRにおいては,法制度的に確立したものがなく,これまで自治体の裁量によってNRの導入や施設の愛称決定がされてきた.畠山(2014)によると,NRに関して議会承認をした事例は7.5%,アンケートや住民説明会などの住民への合意形成を図った事例も13.0%にとどまっており,多くは行政内の選定委員会が最終決定機関となっている.しかしながら,前述したNRの認知度の低さも影響してか,NRの導入や愛称決定に際して住民や施設利用者等から反対運動などが起きた事例は渋谷区宮下公園などわずかである.
     このような中で,2016年7月頃からNRの導入が検討され,同年10月に京セラ(株)への売却が決定した京都市美術館においては,議会,出展者団体,周辺住民団体が反対運動を起こし,さらに別の出展者団体がNRの導入への賛同を示すなど,NR導入に際する合意形成に苦慮している現状がある.
     そこで本報告では,関係者へのヒアリングから,京都市美術館へのNR導入における関係者間の対立構造を明らかにし,NR導入における合意形成のあり方を提示したい.
    2.京都市美術館へのNR導入に関わる動向
     京都市では,2009年の西京極総合運動公園野球場への導入以降,11件の公共施設へNRを導入する実績を持っていたこともあり,老朽化に伴う美術館の再整備の資金を獲得することを目的としてNR導入を検討した.市当局によって募集要項が作成され,50年間50億円の契約を目安に2016年9月に公募が行われた.また,契約には施設名称売却以外にも,施設の優先利用権,展覧会の特別観覧権などの付帯権利も含まれた.
     募集期間中には,市議会において公共の美術館への企業名称の付与がなじまないことや,NRの案件に関して議会が関与する権限がないことに対して異論が出され,その後10月には美術館の再整備に関する費用やNRも含めた捻出方法について市議会と議論を行うよう,「京都市美術館の再整備に関する決議」を全会一致で提出した.
     また,美術館が立地する岡崎地域の住民による「岡崎公園と疎水を考える会」も,多くの芸術家が愛着を持ち,世界の美術館からの信頼を得る京都市美術館の名称を企業に売却することは恥として,9月にNR売却を撤回する請願書を683名の署名とともに,市議会に提出した.この行動は,美術館に隣接する京都会館にもNRが導入されたことにより,岡崎公園周辺の景観が変化したことも要因となっていた.また,京都市内で活動する芸術家36人によって発足された「京都市美術館問題を考える会」も,作品寄贈者への冒涜として,住民団体と協力して署名や市役所への抗議をした.さらに住民団体らは,NRを購入することとなった京セラへも撤回を要請する動きを見せている.
     その一方で,12月には京都府内を拠点とする芸術家12人が市長と面談し,作品を発表する場が必要としてNR導入に賛同する激励文を渡す動きもあり,住民や芸術から関係者間での賛否両論がみられる.
    3.おわりに
     京都市美術館へのNR導入に関する対立構造は,美術館ないしは岡崎公園という「場所」への認識の違いが生じさせたといえ,その場所に表象される名称の変更がその対立の起因となったといえる.
     現状では,NRに関しては法制度的に確立したものがない.このため,各自治体においてNRに関して議会承認を要する条例制定や,愛称ではなく正式名称として公共施設の条例を変更する議会承認を経ることで,合意形成を図る必要があろう.
  • 平野 七恵
    セッションID: P064
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    1.    はじめに
    霞ヶ浦の北浦に注ぐ鉾田川は、硝酸態窒素濃度が高く、環境基準である10 mg N/Lを超えることがあるため、その由来と原因の解明が求められている。鉾田地域は畑作が卓越し、露地畑ではニンジンや甘藷、施設畑ではメロンや葉物の栽培がさかんである。本研究では、地下水中の硝酸態窒素に着目し、その濃度と周辺の土地利用の関連について調査した。
    2.    方法
    茨城県の鉾田地域で2014年から2016年にかけて50地点で井戸水を採取して硝酸態窒素濃度の測定を行い、井戸ごとに 周辺の土地利用分布を調査した。GISデータの編集や分析にはQGISを使用した。 土地利用分布は、露地畑と施設畑が地下水中の硝酸態窒素濃度に与える影響を別々に検討するため、土地利用のポリゴンマップを独自に作成した。作成にあたっては、空中写真(2003年10月~12月、撮影縮尺1/20000)を使用した。 作成したポリゴンマップを使用して、調査井戸を中心とした半径500 m以内の範囲で、土地利用別に面積率を算出した。井戸ごとに、土地利用別の面積率と地下水中の硝酸態窒素濃度の関係を考察した。
    3.    結果と考察
    計50地点の井戸のうち、地下水中の硝酸態窒素濃度が10 mg N/Lを超えた井戸は22地点(44%)であった。 露地畑と施設畑を合わせた面積率と硝酸態窒素濃度との関係を見たところ、有意ではないが正の相関関係を示した(図1)。露地畑のみの面積率と硝酸態窒素濃度との関係を見ると、傾きと相関係数が高くなり、5%で有意だった(図2)。同じように、施設畑のみの面積率でも関係を見たところ、傾きは負となり、有意な相関関係は認められなかった(図3) 以上より、今回の調査では、施設畑よりも露地畑のほうが地下水中の硝酸態窒素濃度と有意な正の相関関係にあることが示された。これまでに、施設畑では露地畑に比べ、作物の窒素利用効率が高く、降雨による溶脱も少ないことが指摘されている(西尾 2005)。鉾田地域でも、同様の原因によりこうした結果が得られた可能性がある。ただし、露地畑の面積率と硝酸態窒素濃度の間の相関係数は小さいため(図2)、土地利用だけでなく、畜産関連施設や作目による窒素施肥量の違い、井戸の深さなど、硝酸態窒素濃度に影響を与える要因が多くあると考えられる。
  • 若松 伸彦
    セッションID: S0204
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    1.MAB計画とユネスコエコパーク(生物圏保存地域)
    ユネスコエコパークは、ユネスコの人間と生物圏(MAB; Man and the Biosphere)計画の一事業である生物圏保存地域(Biosphere Reserve)の日本における通称である。MAB計画は、生物多様性の保全と豊かな人間生活の調和および持続的発展を実現するために1971年に発足した国際協力プログラムで、1976年より貴重な陸上及び沿岸生態系を生物圏保存地域として指定する事業を進めている。2017年3月現在、120カ国、669地域が登録されている。
    ユネスコエコパークは広い意味での自然保護区である。各国の法制度によって保護が担保されている学術上重要な自然を「核心地域(core area)」、その周りを覆う「緩衝地域(buffer zone)」、そしてさらにユネスコエコパークの最大の特徴である、人々が生活する「移行地域(transition area)」が設定される。一般的な自然保護制度とは異なり、自然環境保全型の産業の振興や環境教育などを通じた地域社会の発展を促し、それによって、住民らが地域の自然を自らの社会・文化的資本として守る意識を育むこと、また地域や世界的課題を解決するための学術研究に資する場として期待されている。  

    2.日本のユネスコエコパークの現状と歴史
    日本では7地域がユネスコエコパークに登録されており、2地域が審査中であり、さらに複数地域が申請準備中である。日本では国立公園(環境省)の特別保護地域や森林生態系保護地域(林野庁)の保存地区を核心地域として、それ以外の保護が優先される公有地を緩衝地域、農地や市街地など民有地が多いエリアを移行地域とするのが概ねのパターンである。空間的な規模は、市町村単体もあれば県をまたいで10以上の自治体に広がる場合もある。文部科学省の中に事務局を置くユネスコ国内委員会(National Commission)とその下にあるMAB計画分科会(National MAB Committee)が制度の統括を行う。
    日本では1980年に屋久島,大台ヶ原・大峰山、白山、志賀高原の4カ所が登録され、32年ぶりに2012年に宮崎県綾地域が、2014年には福島県只見地域、山梨、静岡、長野県の3県に跨る南アルプスがそれぞれ新規登録を果たしている。さらに、みなかみ地域、祖母・傾・大崩地域の国内推薦が2016年に決定し、ユネスコに申請書を提出した。1980年登録の既存4地域の移行地域設定を含む拡張申請についても、2014年には志賀高原が承認され、2016年には、白山、屋久島・口永良部島、大台ケ原・大峯山・大杉谷が改名も含めて承認された。  

    3.各地域のユネスコエコパークへの取り組み
    綾や只見地域が新たな生物圏保存地域として認定される際に最も評価された点は、地域住民と地方自治体が一体となった環境教育や有機農業などに対する継続的な取り組みであった。また、南アルプスの登録についても10もの自治体が協力して山岳環境保全へ取り組んでいる点が高く評価されている。このようなことから、自然環境保全と自然環境保全型の産業の振興に取り組みを軸として、新規登録を目指そうと地域も現われている。しかし、一方でユネスコエコパークの理解が不十分であるために、取り組みが十分とは言えない地域や自治体も存在する。各自治体におけるユネスコエコパークの窓口部局は、自治体によって異なっており、自然環境保全部局、教育部局、農業振興部局、総合政策部局など多岐にわたる。その中でも特に観光部局に窓口を設けている自治体が多いが、そのような自治体の中にはユネスコエコパークの取り組みを観光振興の一つのツールと捉え、観光客誘致のPR活動としてのみ利用し、自然環境保全への取り組みが遅れている地域も存在する。
    このような状況が生まれている最大の理由は、ユネスコエコパークの本質の無理解が原因であり、他の制度同様に正しい制度理解を進めていく必要性は極めて高い。そのためにも国内のユネスコエコパークのネットワーク組織である日本ユネスコエコパークネットワーク(JBRN)において、各ユネスコエコパークでの取り組みを共有し、日本におけるユネスコエコパークの質を高めていくことが期待される。
  • ハイダラーバードのディベロッパーの事例
    佐藤 裕哉
    セッションID: 605
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    1.研究の背景と目的
    インドでは,2000年代に入り経済特別区(Special Economic Zone,以下,SEZと略記する)の開発が進められている.その開発の目的は,国内外からの投資の促進(受け皿の創出),インフラや生産能力の向上,他の経済活動への波及効果,雇用創出のためである.中央政府や州政府がインセンティブを用意し,2014年に発足したモディ政権はSEZの投資に期待を寄せている.一方で,土地収用の問題などから大きな反対運動も起きている.本報告では,まずはSEZ開発の概要と分布について把握し,開発の実態の一端を明らかにすることを目的とする.
    2.SEZの概要
    インドのSEZは,2000年にそれまでの輸出加工区(EPZ)を転換することから始まった.そして,2005年にSEZ法が成立し,以降,急速に開発が進んだ.2016年7月時点で205か所のSEZが稼働している.SEZの輸出額は,2003年度に1,385.4億ルピーだったものが2014年度には46,377.0億ルピーとなっている.2008年度以降,SEZの輸出の成長率が急上昇する.2005年の法律の制定後,SEZが開発され,工場が創業を始めたからと考えられる. SEZ輸出額と輸出総額について,2003年の値を100とした2014年度の値を比較すると,SEZは3,347に対して,輸出全体は545であり,輸出全体に比べると成長の度合いが高いことが分かる. 2010年度以降は成長率が鈍化し、2014年度は前年度比マイナス6%とマイナス成長となっている(輸出全体はプラス3%)。2014年度は雇用創出については,2015年12月31日現在で1,556,537人であり,うち,SEZ法成立以降に開発されたSEZが1,239,201人で全体の79.6%を占める.
    業種別にみたSEZ数については,稼働済みの205か所のうちIT関連が116か所(56.6%)と最も多く,以下,多品種20(9.8%),エンジニアリング13(6.3%)と続く.IT関連が最も多く半数を超えている.SEZ開発はIT関連産業に牽引されているといえる.
    開発主体は主に民間企業である.稼働済みのうち162か所が民間企業によるものである.開発には,DFLなどの不動産ディベロッパーのほか,ウィプロなどのIT関連企業,ドクター・レディース・ラボラトリーズなどの医薬品企業が携わっている.
    3.SEZの分布
    州別に認可されたSEZ数をみると,2016年7月時点で旧アーンドラ・プラデーシュ州82か所,カルナータカ州61か所,マハーラーシュトラ州59か所,の順で多い.一方で,アッサム州やヒマーチャル・プラデーシュ州など1か所も認可されたSEZがない州もあり,地域差が明瞭にみられる.現在稼働中のSEZをディストリクト別にみると,最も多いのがランガ・レッディ(ハイダラーバード郊外)の19か所で,以下,ベンガルール16か所,プネー12か所,カーンチープラム(チェンナイ郊外)10か所と続く.これをみると,大都市とその郊外に多い傾向が認められる.また,SEZ開発の投資先,投資元の空間パターンをみると,大都市近隣地域への投資,大都市から地方都市への流れがみられる.
    4.開発の実態
    以下,2016年12月?2017年1月にかけて行ったハイダラーバードのディベロッパー調査の結果を示す.調査では,ディベロッパー4社から8か所のSEZについての情報を得た.
    8か所のSEZ内に立地する企業(工場)数は36社であり,そのうち,インド国内企業が18社,外資系企業18社である.SEZ開発によって創出された雇用者数は18,312人(間接雇用も含むが直接雇用中心)であり,多くの雇用を生んでいる.
    SEZ開発に際して,州政府の影響は大きい.税制優遇などのインセンティブはもちろん,水の確保,土地収用などに関わっている.土地収用に関しては,州政府が収用した土地を購入するSEZがあった.一方で,ハイダラーバード都市開発公社(HMDA)のように,土地問題でSEZ開発が頓挫し裁判で係争中のSEZもみられた.
  • 食事調査データの分析を中心に
    佐藤 廉也, 蒋 宏偉, 西本 太, 横山 智
    セッションID: P057
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    報告者らは、ラオスの小規模農村における生業と人口の相互関係を明らかにする研究プロジェクトの一環として、ラオス中部における焼畑農村(アランノイ村)において長期の食事調査を実施した。これは、世帯員構成の異なる数戸のサンプル世帯に依頼して、毎日の全食事メニューを記録・写真撮影してもらったもので、現在までに1年分を超えたデータが得られている。この日誌には、食材ごとにその獲得者に関する情報もあわせて記録されており、誰がどこで獲った食材が誰の口に入っているのか、食生活のなかで自給によるものと交換や購入によるものとがそれぞれどの程度を占めるのかを把握することが可能となっている。
      この発表では、これらの資料の分析結果を中心に報告し、村の人びとが季節ごとにどのような資源に依存し、その獲得に際してどのような協力・分業をおこなっているのか、概要を述べるとともに、明らかになった栄養摂取の状況と出生力との間にどのような関連が見られるのか、現時点で可能な推察と展望を述べたい。
    食事日誌は、「いつ食べたか」「どこで食べたか」「誰と食べたか」「モチ米をどのくらい食べたか」「おかずはそれぞれ誰が作ったか」「おかずの食材はどこで獲ったか」「おかずの食材は誰が獲ったか」を毎日の全食事について記録する形式となっている。これを村内の男性2名に依頼して自らの世帯の食事を記録するとともに、近隣の数戸のサンプル世帯の記録を毎日とってもらうようにした。あわせておかずを写真撮影してもらい、調理法や分量の推定もできるようにした。
      アランノイの食事は、中部ラオス農村に広く見られると同様に、ほとんどの場合モチ米を主食に、副食となる1~数種のおかずを組み合わせたものである。調理に油が使われることはまれで、副食は全体的に低脂肪食が多く、モチ米が主要なカロリー源となる。セポン川沿いに立地するアランノイでは季節を通じて淡水魚や貝類の摂取頻度が高く、主要なタンパク源といえる。鶏肉などの摂 取頻度も低いとは言えないが、齧歯類やトカゲ、カエルなどの小   動物が食されることも珍しくない。タケノコや多種多様な葉菜・ 果菜類も毎日の食事に欠かせない要素となる。
      日誌・写真による記録に加え、現地調査においては、村びとの食事を直接観察・計量させていただいた。この結果をみると、モチ米が主要カロリー源であるにもかかわらず、妊婦も含め大人の1食あたりのモチ米消費量はカロリー換算で300kcal前後であることが多く、多くても500kcal程度であった。
      食材を得る場所は、焼畑周辺(農作物、タケノコ、野草類、小動物など)と河川(魚・貝類)に大別され、子供のいる世帯では子供が食糧獲得に果たす役割も少なくない。食材の大半は村内で獲得されるものだが、村びとの間で売買されるものも見られ、世帯間での調整にも注意する必要がある。
    現地で実施したアランノイの村びと全員の身体計測の結果、性別・年齢によらず全体として低体重・低体脂肪率がみられることがわかった。医学生物学の研究では、体脂肪率が一定水準を下まわると月経が停止し出生力に影響をおよぼすことが指摘されている。これらを西本らの調査によるアランノイ女性の出生力動態のデータとあわせ考えると、20世紀後半期以降アランノイの低出生力が持続する要因には低カロリーの食生活が関連している可能性が考えられる。とりわけ、年齢別にみて出産期後期の女性の出生力が低いことと、著しい低体脂肪率が40代女性に多く見られることは注目される。こうした年齢階級別の差異がアランノイにおける世帯内の分業や家族のライフコースにどのように関連しているのか、さらに継続調査によって必要なデータを補充し、検討を続ける必要がある。あわせて、この調査で明らかになった低カロリーの食生活が、村びとたちがコントロールできる資源が不足していることによるものなのか、それとも何らかの適応的な行動の結果なのか、検討していく必要があろう。
  • 本岡 拓哉, 土屋 衛治郎, 松尾 忠直, 中島 健太
    セッションID: P088
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    1.はじめに  フィールドワークは、地理学や文化人類学をはじめとした様々な学問分野の研究手法となっており、教育手法としてのアクティブラーニングにおいても多用されている。地域に入り込み、地域に根差した調査を行い、地域のリアルな記述を目指し、さらには、地域に潜む有益な知識・知見を取り出す活動といえる。文部科学省(2014)高等学校学習指導要領解説には「地理的な見方」として「諸事情を位置や空間的な広がりとのかかわりで地理的事象として見出すこと」とある。その教育手法として重視されるフィールドワークにおいて、教員からフィールドのどこをどのようにみればよいのかという見方の伝達や、学生それぞれの見方を推進するといった教育がなされているともいえる。  これまでのフィールドにおける「地理的な見方」の教育手法として、現場実習的な伝達や学習者自身での気づき・獲得が多かった。一方、記録を用いた教育実践はあまりみられなかった。先人の「地理的な見方」を直接的に記録し、後進への財産として残し活用することは、文化をデジタルデータとして記録し保存、活用しようとするデジタルアーカイブにも通じるだろう。   2.アクションカメラを用いた「地理的な見方」の記録  フィールドワークに関して記録方法とされるものは多々あるが、大別すると、フィールドそのものをありのまま残そうとする「素材」の記録(例えば、画像や動画記録)と、テーマや問いに即しフィールドワークの全体的結果をまとめ、他の調査内容とも合わせて説明が加えられた「解説・論」の記録(例えば巡検報告や論文)に分けられると考える。この中から「地理的な見方」が残せる記録方法は、フィールドのどこに注目するかという「素材」性と、その素材に対する解釈や説明など「解説」性の両面が保持されているものではないだろうか。小林(2012)は「そもそも地域研究とは、フィールド(地域)をどうみるか、フィールドをどう捉えるかが基本となる」と述べた。フィールドのどこを見て、どう解釈するかという記録が「地理的な見方」に近づく可能性が高い。本研究では調査者の視点と発話をアクションカメラを用いた動画記録として取得した。   3.アクションカメラ動画の効果検証  アクションカメラPanasonic HX-A1HとHX-A500とヘッドマウントオプションにより利用者の視線動画撮影を行った。テスト撮影を重ねたところ、アクションカメラの動画には閲覧者にとって学習する価値ある情報が入り、地理的見方学習に活用できる可能性が示された(土屋ほか、2016)。  本研究では、アクションカメラを用いた動画と、ハンディビデオカメラを用いてフィールドワークの様子を引き気味に撮影した動画を比較し、アクションカメラが「地理的な見方」記録につながるか検証した。フィールドワークは大学近隣の植生調査を教員役(主調査者)と学生役(主調査者に指導を受けながら調査)の2名でアクションカメラを装着し実施した(図2)。ハンディカメラは両名の背後から広角で撮影した。 それぞれのカメラの動画を、上記の2名とハンディカメラ撮影者2名が閲覧し、各動画の印象と差について意見を表1のようにまとめてもらった。アクションカメラを用いると、よりフィールドにいる当人の説明活動を追跡できることや、地図などフィールドにおける資料やツールの利用方法など把握できる可能性が明らかになった。一方で、デメリットとして、そもそもどのような活動をしているのかという文脈情報は把握しづらく、引きカメラなどとの掛け合わせの利用の必要性も明らかになった。
  • 丸山 洋平, 吉次 翼, 大江 守之
    セッションID: 904
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    1.問題意識と目的 近年、日本では人口減少・少子高齢化が地域差を伴って進行しており、また、自然災害の激甚化・広域化・長期化も進んでいる。大規模自然災害の被災地では、例えば東日本大震災における原発避難区域の設定や集団移転、三宅島噴火における全島避難など、住民が居住地の変更を強いられるケースや、公共インフラ等の被害により商業施設等の生活の場が早期に復旧せず、結果として住民の流出に至るケースも少なくなく、人口減少・少子高齢化をさらに加速させる。そのため、被災地の復興を効率的・効果的に進めるには、過去の地域人口動態の特徴と被災による人口変動を考慮した将来推計人口を計画フレームとして織り込んだ災害復興計画の策定・実施が重要になる。こうした考えのもと、平成25年に制定された大規模災害復興法では、東日本大震災クラスの巨大災害が起こった場合、国・都道府県知事から被災自治体に対して復興計画の前提となる将来人口の見通しや土地利用方針が示されることが定められた。 復興計画における将来人口フレームは、どのように設定されるべきだろうか。上記法では国立社会保障・人口問題研究所の地域別将来推計人口の利用が推奨されているが、これは自然災害の影響を考慮したものではないため、被災後の将来人口フレームとして単純に引用することには疑問がある。また、復興事業を大規模に進めることが避難者の帰還や新規の定住を後押しする可能性もあり、被災後の人口流出を前提とした復興計画が一概に適切とは言い切れない。しかし、希望・願望に傾いて過度に大きな将来人口を設定すれば、復興事業の規模が過大となって将来世代に大きな負担を残し、かえって復興の妨げとなる恐れもある。 本研究は、こうした問題意識を踏まえ、東日本大震災の被災地を中心に過去の自然災害の復興計画における将来人口フレームの設定実態をレビューすること、被災後の人口変動およびそれと具体的な復興事業等の成果との関連性を分析することを通じて、災害復興計画における将来人口フレーム設定と活用のあり方を考察する。 2.分析視角 1)復興計画の期間(短期、中長期) 北海道奥尻町や兵庫県神戸市等、過去に被災した自治体の人口は被災直後に大きく減少するが一時的であり、10~20年程度かけて被災前の将来推計人口の規模の収束していく。したがって、鉄道復旧や高規格道路整備といった中長期的な復興事業に関して、被災前の将来人口推計結果を計画フレームとして活用することには一定の合理性がある。一方で、集団移転や災害復興住宅整備といった短期的かつ精緻な需要把握が求められる復興事業に関しては、被災地に住民票を残したまま避難・転居している人びとの存在や、被災者支援施策の創設・拡充や周辺環境の変化等によって断続的に変化しうる住民意向等を踏まえた将来人口フレームの設定方策等を検討していく必要がある。ただ、復興事業の早期開始が避難者の帰還を促す効果を持つことから、機動性・即時性のある計画策定も求められる。 2)被災規模(小規模、大規模・広域) 局地的な被災であれば、既存の基礎自治体単位での将来人口フレームの活用に合理性がある。しかし、津波・原子力災害をはじめとした大規模広域災害の場合は、基礎自治体の枠組みを超えた生活空間分布の変化が引き起こされるとともに、人口減少・少子高齢化の進行に対応してインフラ・公共公益施設等の集約再編が圏域レベルで行われる可能性もあることから、より広域な圏域単位での将来人口フレームの設定および各基礎自治体の復興計画への反映方策等を検討していく必要がある。
  • 井上 知栄, 松本 淳
    セッションID: P032
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
    会議録・要旨集 フリー
    最近利用可能となった高解像度の長期降水量格子点データを用いて、降水量の季節進行に基づいたインドの地域区分を試み、過去113年における各地域の降水量季節進行の変動について調べた。対象となる各格子点における半旬降水量気候値(1981~2010年の30年平均)の年降水量気候値に対する割合を変数として、ウォード法によるクラスター分析を行った。空間的なまとまりも考慮してクラスターを切断した結果、9つの地域に区分された。各地域の降水量季節進行について、100年スケールの変化傾向を調べた。北東部の地域では雨季全体を通しての降水量減少傾向がみられた。また西岸の地域では、1940年頃までは7月付近に降水量のピーク時期が集中していたが、1950年代以降は8月の降水量が増え、ピーク時期が8月中旬頃まで続くようになるなど、年代による季節進行の違いが確認された。
  • 瀬戸 真之, 田村 俊和, 岩船 昌起
    セッションID: 102
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    1.はじめに 三陸海岸中部は主として海食崖,河成・海成平野,海成段丘,山麓緩斜面から構成され,この地域には大きな津波が繰り返し訪れている.その度に標高の高い土地への集落移転が検討され,その一部は実施されてきた.しかしながら,2011年の東日本大震災では明治・昭和・チリ地震津波と同様に大きな被害をうけた.そこで本発表では,歴史的事実から被災した集落ごとの移転行動について地形認識の観点から考察を試みる. 2. 集落の立地と移転 この地域の主要な生業は漁業と農業である.したがって,住民にとり日常生活を営むための最適な場所は海に近く低平な河成・海成平野である.他方,河成・海成平野は津波に襲われると陸地の奥まで浸水し,人的・物的に大きな被害を受ける地形でもある.津波被害を受けると地形改変も含めて,海から距離数百メートルの標高の高い山麓緩斜面への集落移転が計画される.しかし,東日本大震災では低平な河成・海成平野にも集落が立地し,大きな被害を受けた.この被害は明治津波以降の(あるいはさらに前からの)被災と集落移転や津波対策が反映された結果である.以下に明治29年(1896年6月15日)に起きた明治津波後の田の浜集落,船越集落の立地・集落移転について時系列を追って述べる.明治津波以前より前の時期には,船越集落(山の内を除く)の中心部は船越地峡南端の浜堤,田の浜集落は浜堤・海成平野を中心に,いずれも低地に立地し,明治津波により,壊滅的な被害を受けた.被災直後,両集落が合併して津波到達限界以高の場所に集落を移転する計画ができた.1896年8月6日村議会議事録には「船越田ノ浜宅地位置ヲ変更シ二部落共合併セシメ実地臨検ノ上確定スル事」とあり,翌7日の村議会議事録には「船越田ノ浜新宅地ヲ左ノ字地*ト確定スル事」「船越田ノ浜字相ノ違及入江田二ケ処トス」とあり,やや不確定な点はあるが,両集落間の地区が考えられている.8月16日村議会議事録では「船越田ノ浜ノ宅地位置変更左ノ通決定ノ件」とあり,「其変更位置ハ船越村字相川字日向脇トス」と記されている.この文章から,浜堤・海成平野にあって,津波により大きな被害を受けた船越・田の浜の両集落を統一して,山麓緩斜面に移転することが計画された.この計画は山麓緩斜面の一部を切り土,盛り土して整地し,集落を移転するというもので,この時の移転先計画地は現田の浜とは異なり,田の浜地区北方から現船越小学校あたりまでの土地が統一移転先に想定されていた.しかし,その後,現田の浜集落の一部に新宅地と呼ばれる山麓緩斜面を地形改変した場所が造成された.しかしながら,内務省都市計画課(1934)掲載の1936月撮影の空中写真や,山田町税務課所管の絵図面から大羅(1987)が復元した図の判読からこの造成地に移住した家が皆無であったことは明らかである.1897年2月5日以降の村議会議事録から,畑地や山林を買収して集落の移転先を確保していたことが分かる.この時確保した土地が船越・田の浜両集落の統一移転先であるのか,あるいは田の浜集落のみの移転先であるのかは明らかではない.ただし,「田ノ浜区有財産ニ書入(取据)」る旨の記述が繰り返すことや,複数ある記述の全てが「田ノ浜区有財産ヘ」と書かれていることは,田の浜集落のみの移転先であることを強く示唆する.1897年5月19日の村議会議事録には「船越村第四地割十七番字大洞 船越村田野浜区有財産ニ・・・」との記述がある.この中で述べられている「字大洞」は明らかに現田の浜集落の新宅地の範囲を示す.したがって,少なくともこの時点で,船越・田の浜両集落の統一移転ではなく,田の浜集落単独で移転する計画に変更されていたことは明らかである.  前述のように船越・田の浜両集落の統一移転計画は実現しなかった.山奈(1897)は「船越田ノ浜合併 壱箇所居住宅地ヲナシ 市街ヲ造リ 将来ノ便ヲ謀ラントス 然ルニ 舟越ニテハ 山ノ内ヨリ上基ニ設ケントス(浜街道中央ニ通貫セシメ) 田ノ浜ニテハ 日向脇ヨリ早川(ソカワ)迄 所々移住セントス 船越 田ノ浜互ニ  新居住地ノ位置ヲ争ヘ  協議円骨ニ整ハス  故ニ 村会ノ決議ヲ得ルニ 日向脇ヨリ早川迄ニ決定」と記し,この記述からは移転先について船越集落と田の浜集落両とで統一見解を持っていなかったように読める.この理由について,田中舘・山口(1936)では,「船越の吉田源次郎氏と田の浜の山崎忠三氏との意見が合わなかった」とあり,両集落のリーダー的存在の人物が見解を異にしていたことが一因であることが分かる.集落により,移転先の地形の認識(将来的な交通の便や津波への安全性などを考慮して)に差異があったと考えることができる. 
  • 小林 基
    セッションID: 513
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
    会議録・要旨集 フリー
    1. 問題の所在  <br>
    農産物の産地間競争の研究は、農業地理学と農業経済学において多くの先行研究があるが、1980年代後半以降はほとんど見られなくなった。その理由としては、農産物の輸入自由化により「輸入対応」への研究の重要性が増したこと、アグリビジネスの隆盛や食に対する不安の高まりなど新たな問題群が出現し、フードシステム論が重視されたこと、国内の農業の生産規模が縮小傾向にあることなど、農業に関する条件と研究者の問題関心の変化が生じているためと考えられる。しかし、農業が国民経済における「成長産業」と捉え直される傾向が強まっており、競争力ある農産物産地がいかに形成されるのか、産地の盛衰がどのようなメカニズムで生じるのか、といった問題について検討することの重要性はむしろ高まっていると考えられる。また、過去の産地間競争の研究には、競争の展開過程についての記述的な検討が多く、モデル化を試みている一部の研究には、一般均衡論の立場から地域ごとの農業の優位性を比較検討するものが多い。本報告は、高度成長期以後の日本におけるイチゴの諸産地の盛衰パターンを対象として、品種の改良と産地における導入とを関連付けて把捉することで、従来の産地間競争研究よりも長期的・動態的な見方で産地の盛衰メカニズムの図式化を試みることを目的とする。<br>
    2. 研究方法 <br>
    本研究は、より多くの優良品種が開発され、速やかに新品種の採用を行っている産地ほど生産規模と市場シェアを拡大している、という仮説を検証する方法で産地間競争の分析を行う。イチゴの産地を研究対象とした理由としては、①産地の盛衰が激しいこと、②品種改良が活発になされてきたことが挙げられる。具体的には、①各産地の生産規模と卸売市場における価格・市場占有率との変化のパターンを整理し、②農林水産省の登録品種に関するデータを参照して品種の系譜関係を復元し、産地の盛衰パターンと突き合わせる、という手順をとる。
    3. 結果と考察 <br>
    1965~2015年の期間について、農水省「作物統計」と、東京都の「東京都中央卸売市場年報」を用い、生産・出荷の規模と、卸売価格の変遷を分析した。この結果、1980年代後半までに大規模化を実現していた産地はその後も規模を維持するかさらに成長し、小規模であった産地はますます縮小するという傾向が見られた。産地の盛衰パターンには、①福岡・佐賀など、生産規模を大きく拡大し、高価格をも実現している九州型の産地、②栃木・愛知など、生産規模を拡大・維持するが価格がやや低い関東・東海型の産地、③北陸・近畿・中国地方などの小規模衰退型産地、④埼玉・岐阜・奈良などの大規模衰退型産地、⑤北海道・東北の四季成品種による夏期出荷型産地、のおよそ5つを見出せた。<br>
    次に「東京都中央卸売市場年報」から、それぞれの時期の上位5品種の取扱量の変遷についてのデータを得た。出荷量の多い品種は、はじめ大規模な産地が高い占有率を有し、当該品種の出荷量が低落すると大規模産地のシェアが真っ先に低下するという傾向が見て取れた。このことは、大規模な産地ほど優良品種の採用・撤退のタイミングが早く、小さな産地ほどこのタイミングに乗り遅れることを意味していると考えられる。<br>
    次に、登録品種データを用いて品種の開発・採用プロセスを分析した。普及率が高いとみられる品種の開発・普及パターンは、都道府県の農業試験場により開発された品種が、普及所により普及される場合であると考えられる。出荷量の規模が大きい都道府県は品種登録数も多い傾向にあるが、特定の試験場が作出した有力品種が、複数の都道府県で育種・栽培のため利用される傾向があり、開発力のある研究機関には偏りがあることがわかる。 以上から、国内におけるイチゴ産地の競争優位性は、研究機関における優良な育種素材を利用した活発な品種開発活動と、産地における新品種への速やかな移行により獲得・維持されると考えられ、これにより諸産地はさらなる拡大/縮小への道を歩むものと考えることができる。 <br>
    なお、本研究は現状では統計データのみに依存しており、今後産地や研究機関への聞き取りによって裏付けを行いたい。
  • 朝日 克彦
    セッションID: P026
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    1.はじめに 気候変動下において山岳地域への影響が様々に懸念されるなか,わが国の山岳域の環境動態はいまだよくわかっていない.気候変動について山岳氷河変動の代替指標として,越年性雪渓の変動を明らかにしようと試みている.ここでは,中部山岳における2016年晩秋季の越年性雪渓分布図・目録について報告し,併せて越年性雪渓が取りわけ集中して分布する剱岳山域について,過去33年間の雪渓動態とその残存要因を考察する.
    2.研究対象地域 2016年の雪渓分布:中部山岳のうち越年性雪渓が残存していた北アルプスおよび白山とした.南アルプスおよび御嶽山については地上での予察調査で残存していなかった. 剱岳山域:剱沢,小黒部谷,白萩川からなる範囲で,エリア面積は31.7km2である.小窓雪渓,三ノ窓雪渓,剱沢雪渓,池ノ谷雪渓などが範囲に含まれる.
    3.研究方法 2016年の雪渓分布:2016年10月6~10日にセスナ機から北アルプス全域および白山山域について,手持ちカメラで斜め撮り写真を撮影し,この写真判読を行って目録を作成した. 過去の分布:1963,1969,1977,1985,1994,2009年撮影,国土地理院および林野庁空中写真を判読した.判読に供した空中写真はいずれも10月撮影のものである.このほか上述と同じ手法で斜め撮り空中写真判読を2013,2014,2015,2016年に行い,この間の動態を明らかにした.
    4.結果
    4-1 2016年は寡雪であり,越年性雪渓の残存は,過去数年に較べ,数,面積共に非常に限られていた.中部山岳全体で135箇所,総面積は1.14km2であった.2013年が601箇所,総面積3.61km2であったことと較べても小ささが際立つ.また低標高の雪渓の消失が顕著である.
    4-2 剱岳山域における越年性雪渓の動態.過去33年間の動態の中でも2016年は最も寡雪で,36箇所,総面積は0.40km2にとどまった(図1).小窓雪渓,三ノ窓雪渓,池ノ谷雪渓などの代表的な雪渓は比較的安定的で面積変動の幅は小さく,対照的に小規模な雪渓の残存・消失が総面積の変化に効いている.
    5.考察 北アルプスの雪渓の分布は,2013年の分布同様,その大半が冬季卓越風向の風下にあたる東向き斜面に集中した(図2).また雪渓の分布高度を緯度方向にプロットすると,顕著な北下がりを示す.これは冬季の積雪量の多いエリアとよく合致する.したがって,雪渓の地理的分布特性から,晩秋季の雪渓分布であっても残存の要因は冬季降雪量にあると推測される. 剱岳山域の動態と,室堂における4/30の積雪深が多い年は越年性雪渓面積が大きくなる傾向が読み取れる.気温の高い夏季の降雨は潜熱で雪渓を効果的に消耗させうると推測されるが,室堂における7・8月の降雨量と雪渓面積の間には顕著な傾向は見出せなかった.このことから越年性雪渓の残存に最も大きな要因は冬季降雪量であると推測できる.
  • 吉田 幹, 赤坂 郁美, 宮原 裕一
    セッションID: P049
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    1.はじめに
    諏訪湖には湖陸風が吹走することが知られている。吉野ほか(1970)は夏季には湖風吹走地域でより低温になることから、湖風には冷涼効果があるとしている。小田・神田(2009)によると、湖風と同じく水域と陸域の温度差により生じる海風にも冷涼効果があり、その理由として海風の吹走により水温の成層化が弱まることを挙げている。しかし、湖風も同様の理由で冷涼効果を持つのかは明らかになっていない。また湖風以外の卓越風が諏訪湖周辺の陸上気温に与える影響について、湖の水温変化との関係から言及している研究は少ない。そこで本研究では湖水温を水深別に測ることによって、湖水温の鉛直的な日変化と湖周辺地域に吹走する湖風・卓越風との関係を明らかにし、また水温の鉛直的な変化が湖周辺の陸上気温に与える影響を明らかにする。
    2. 調査方法 湖水温の鉛直分布とその日変化を調査するために、2016年7月22日~10月5日の期間に、信州大学山地水環境教育研究センターが湖に設置しているブイに水温計(Onset Computer Corporation社製 HOBO U22 WTP v2)を設置し、水深別(0m付近(10cm~20cm)、0.5m、1m、3m、5m)に10分間隔で水温の観測を行った(図1)。また、諏訪湖周辺における湖風の吹走開始・終了時間及び湖風吹走時の気温、風の変化を調査するために、2016年8月23日~25日に、移動観測と定点観測により気温、風向風速の集中観測を行った。気温計はT&D社製TR-72u、風向風速計は中浅式風向風速計とNielsen-Kellerman社製 Kestrel 4500を用いた。観測日の天候や湖風・卓越風の吹走日時の特定のために、諏訪特別地域気象観測所と釜口水門の風向風速データも使用した。
    3. 結果と考察 集中観測の結果から、湖北側と湖南側の観測地点での1時間平均風速が約3m/s未満で湖から風が吹く場合を湖風、風速が約3m/s以上で湖周辺の風向がほぼ同じ場合を卓越風であると判断し、風の吹走時間を特定した。結果として、湖風と卓越風の吹走時では湖水温の鉛直変化に違いが生じた(図2)。湖風吹走時は、湖風の風速が弱いため湖水の鉛直混合は進まず、水温の鉛直分布は成層化していた。そのため湖風が冷涼効果を持つのは、夜間に表層水温が低下することにより、日中になると陸上と水上の気温差が明瞭になるためであるといえる。また湖風の冷涼効果が及ぶ範囲は湖北側と湖南側で異なる。湖北側では気温上昇を約1℃抑制する効果が湖から約1km内陸までみられたが、湖南側では湖北側ほど顕著な冷涼効果はみられなかった。卓越風吹走時には、小田・神田(2009)の結果と同様に、湖水の鉛直混合が進み表面水温が低下する傾向が見られた。この時、風下側では湖に近いほど気温が低くなっており、冷涼効果が認められた。 
  • 萩原 誠人, 赤坂 郁美, 大和 広明, 森島 済, 三上 岳彦
    セッションID: P048
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
    会議録・要旨集 フリー
    1. はじめに
    近年、首都圏では冬季だけでなく、夏季にもヒートアイランドが顕在化しており、熱中症患者のさらなる増加等が懸念されている。そのため、首都圏の気温を時空間的に高密度に観測することにより、各地域の気候特性を把握した上で、ヒートアイランド緩和策を講じる必要がある。大和ほか(2011)は、首都圏の気温を継続的に観測する広域メトロスという観測網を構築し、首都圏の気温分布に海風が与える影響を明らかにした。結果として、日中に関東平野全域において南からの海風による冷気移流があるときには、東京都心の風下で周囲より高温となる地域がみられることを明らかにした。しかし、首都圏のヒートアイランドや海風の吹走、これに伴う移流等の影響による各地域の気温日変化パターンにどのような地域特性があるのかは充分に明らかになっていない。そこで本研究では、広域メトロスより得られた空間的に密な気温データを用いて、首都圏の気温日変化パターンの地域特性を明らかにすることを目的とする。   2. 調査方法 広域メトロスでは首都圏の約130の小学校の百葉箱に温湿度計データロガーを設置し、10分毎に気温・湿度の観測を行っている(大和ほか,2011)。本研究では2014年、2015年の2年間を対象とし、この期間に欠測がなかった98地点の気温の1時間値を使用した。また夏季を対象とした解析を行うために、梅雨明け以降の7月21日~8月31日までを対象とした。次に、ヒートアイランドの影響が明瞭に表れる晴天日のデータを抽出するために、日降水量が0mmかつ日照時間が10時間以上の条件を満たす日の1時間平均気温データを作成した。晴天日における気温日変化パターンを分類するために、晴天日平均の1時間平均気温データを標準化し、このデータにクラスター分析を行った(ユークリッド距離、ウォード法を使用)。   3. 結果と考察 結果として、10日間の晴天日が抽出された。晴天日平均の気温の日変化パターンを分類するために、クラスター分析を行い、結合距離が不連続になるところで結合をストップした結果、7つのパターンに分類することが出来た(図1)。海風の冷却効果を強く受け、日中の気温偏差が周囲よりも低くなるのはクラスター1(C1)であった。C1は神奈川県海老名市周辺、千葉県浦安市に多く分布していた(図1b)。また夜間、朝方の気温が高いという都市部特有の気温日変化パターンがクラスター6(C6)として分類された。C6は東京23区中央部を中心に分布している。その北側の埼玉県中部及び南部にはクラスター4(C4)が広域に分布しており、12時から23時の気温偏差が周囲より高くなっている。これは風上側にある都心で暖められた空気が南寄りの風によって運ばれたことで日中の気温偏差が高くなり、これが夜間まで継続していると考えられる。
  • 大貫 靖浩, 壁谷 直記, 鳥山 淳平, 生沢 均
    セッションID: 407
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
    会議録・要旨集 フリー
    沖縄本島北部の森林の伐採面積や形状、伐採方法が森林環境に及ぼす影響を評価するための一環として、皆伐地と隣接する林内の多点で林床環境測定を実施した。今回の発表では、伐採面積3.5haの皆伐地、および隣接する林内に設定した、34地点の土壌含水率と地温の測定結果に、微地形学的な考察を加えた。
    調査地は沖縄本島最北部の国頭村奥地区に位置し、付近の広い範囲が2016年9月に「やんばる国立公園」に制定されている。国立公園制定前の2014年2月に、架線集材により3.5haが伐採(皆伐)され、有用木の植栽が行われた。皆伐地および隣接する林内に分布する微地形単位は、斜面上方から、頂部平坦面・頂部斜面・上部谷壁斜面・上部谷壁凹斜面・谷頭斜面・谷頭凹地・下部谷壁斜面・下部谷壁凹斜面で、標高差は約40mである.土壌型は斜面上方から、乾性赤色土・乾性黄色土・弱乾性黄色土・適潤性黄色土(偏乾亜型)が分布する。 皆伐地の北側半分および隣接する林内の計34地点で、林床環境評価の指標として、土壌含水率と地温を2年間以上にわたり計9回測定した。土壌含水率・地温ともに初回を除き、-2cm, -5cm, -12cmの3深度で測定を行った。また、林床環境測定地点を含む計47地点で土壌断面調査による土壌型判定と簡易貫入試験を実施し、土壌水分量を規定する大きな要因である土層厚を測定した。
    2014年10月30日(先行降雨後4日目)の地表面下2cmにおける土壌含水率は、林内の頂部平坦面や上部谷壁斜面で高い値を示すのに対し、皆伐地内の頂部斜面下部・下部谷壁斜面においては土壌含水率が0~10%の地点が多く、表層土壌の乾燥が進行していた。同年12月25日(前日降雨)の地表面下2cmにおける土壌含水率は、冬季においても皆伐地内の頂部斜面下部・下部谷壁斜面を中心に乾燥が進んでおり、10~20%の値を示す地点が多く認められた。一方、谷頭凹地においては20~30%と湿潤な地点が卓越していた。2015年7月23日(先行降雨後2日目)の地表面下2cmにおける土壌含水率は、皆伐地内の頂部斜面下部・下部谷壁斜面で非常に乾燥が進行し、土層厚が薄い地点と良い対応関係を示した。以上のように、土層厚の薄い頂部斜面下部や下部谷壁斜面で、特に夏季に乾燥が進み、樹木の生育にとって厳しい林床環境となることが明らかになった。
     2014年10月30日の地表面下2cmにおける地温は、皆伐地内の頂部斜面下部・下部谷壁斜面において高い傾向が認められた。同年12月25日(前日降雨)の地表面下2cmにおける地温は、林内と皆伐地で数℃の差が認められたが、皆伐地内での微地形単位ごとの明瞭な差は無かった。2015年7月23日の地表面下2cmにおける地温は、皆伐地内の頂部斜面下部・下部谷壁斜面で非常に高く、最高で38.5℃に達した。土壌含水率同様、皆伐地の地温が高い地点と土層厚が薄い地点とは非常に良い対応関係を示した。 このように、土壌含水率同様、地温と微地形・土層厚分布には明らかな対応関係が認められた。
  • 野中 直樹
    セッションID: P041
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
    会議録・要旨集 フリー
    @font-face { font-family: "MS 明朝"; }@font-face { font-family: "Century"; }@font-face { font-family: "Century"; }@font-face { font-family: "@MS 明朝"; }p.MsoNormal, li.MsoNormal, div.MsoNormal { margin: 0mm 0mm 0.0001pt; text-align: justify; font-size: 10.5pt; font-family: Century; }.MsoChpDefault { font-size: 10pt; font-family: Century; }div.WordSection1 { } 近年の日本では3GやLTEと呼ばれる携帯電話回線の普及によって通信機能を有する機器をどこでもインターネットに繋げられるようになった.このような時代背景で遠隔地に設置したセンサを使ってセンシングしたデータを収集し,インターネット上にデータをアップロード可能なIoT機器が数多く登場してきている.また,ArduinoやRaspberryPiなど低価格で初心者にも扱いやすいマイコンボードの登場により,IoT機器を自作するMakerムーブメントがおこり,好きなセンサを組み合わせてIoT関連機器を自作するキットが各社から販売されている.これにより,自分の求めるデータを遠隔でセンシングし収集するIoT機器の作成があたかもブロックを組み立てるかのようにできるようになっている.
    @font-face { font-family: "MS 明朝"; }@font-face { font-family: "Century"; }@font-face { font-family: "Cambria Math"; }@font-face { font-family: "@MS 明朝"; }p.MsoNormal, li.MsoNormal, div.MsoNormal { margin: 0mm 0mm 0.0001pt; text-align: justify; font-size: 10.5pt; font-family: Century; }.MsoChpDefault { font-size: 10pt; font-family: Century; }div.WordSection1 { } データをインターネットにアップロードして収集する際,データの受け先となるWebサーバを用意する必要がある.情報系の詳しい知識があれば目的にあった機能を持ったWebサーバを自作することも可能だが,そうでない場合は困難である.そこで,IoT機器のセンシングデータを収集し,それをグラフとしてリアルタイムで可視化するWebサーバを提供するサービスとしてKibanaやThing Speakといったサービスがある.これらは高機能で,使いこなすことができればとても便利なサービスではあるが,センシングデータの可視化を思い通りに行うためにはある程度のプログラムを書く能力が必要である.また,各サービス独自の多数の設定項目を持つUser Interface(以下UI)を理解する必要もある.
    @font-face { font-family: "MS 明朝"; }@font-face { font-family: "Century"; }@font-face { font-family: "Cambria Math"; }@font-face { font-family: "@MS 明朝"; }p.MsoNormal, li.MsoNormal, div.MsoNormal { margin: 0mm 0mm 0.0001pt; text-align: justify; font-size: 10.5pt; font-family: Century; }.MsoChpDefault { font-size: 10pt; font-family: Century; }div.WordSection1 { } そこで本研究では,普段からデータ処理に使うことの多いMicrosoft Excelと同様のUIをもつGoogleスプレッドシートに注目し,より簡単にわかりやすくデータの収集と可視化を行う手法を提案する.
  • 畠 瞳美, 奈良間 千之, 森 義孝, 福井 幸太郎
    セッションID: 415
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
    会議録・要旨集 フリー
    北アルプス北東部に位置する白馬大雪渓は日本三大雪渓の一つで,夏季には毎年1万人以上の登山者が通過する日本屈指の登山ルートである.白馬大雪渓上では岩壁の落石や崩落で生産される岩屑により毎年のように登山事故が起こっている.2005年8月に杓子岳北面の岩壁で崩落が生じ, 2名の死傷者がでた.2008年8月には大雪渓の左岸斜面で崩落が発生し,登山者2名が犠牲になっている(苅谷ほか,2008).また,白馬大雪渓での落石事故は,1992~2013年で起きた滑落事故を除く登山事故件数が日本の山地で最多である.本研究では,落石・崩落の実態や大雪渓周辺の地形変化を明らかにすることを目的として,2014~2016年に現地調査を実施した.
  • 「絶えざる人力投入モデル」からの検討
    鍬塚 賢太郎
    セッションID: 607
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
    会議録・要旨集 フリー
    ■研究の目的 本報告では,インドICTサービス産業の大都市圏から地方都市への分散立地を支える当該産業への人材供給の仕組みについて,全国的な視点から検討を加える。具体的には,インド国勢調査に基づいて高等教育修了者(大卒者)の地域的な動向を,近年,急速にその数と在学者数を増大させる大学などの高等教育を取り巻く状況とともに把握する。これを踏まえ,インドICTサービス産業の「成長モデル」を成立させる人材供給のあり方を検討し,当該産業の地方都市への立地展開の仕組みについて考察を加えたい。

    ■高等教育の拡大と大卒者の増加 国勢調査に基づきインドの大卒者数を見ると,2011年は6,829万人で,2001-11年間に3,062万人も増加する。同時に「都市部」の20歳代の大卒者比率は17%から23%へと拡大する。都市部を中心に人材プールが量的に増大してきていることを把握できる。
    インド政府の政策目標と高等教育の「民営化privatization」と結びつきながら,こうした大卒者数の増大が起きている。14年度末において,インド全国に大学は711機関,カレッジは40,760機関あり,その在学者数は総計約2,659万人にものぼる。2001年度末の在学者数は約896万人でしかなく,その数は2001- 2014年度間に約3倍も増加する。特に工学,薬学,ホテルマネージメントなどの分野で,民間教育機関の設立が活発に行われているとされる(Agarwal, 2009; pp.86-91)。
    もちろん,こうした動きには地域的な特徴がみられる。図1は国勢調査のデータを利用可能な11年について,州・連邦直轄地別にみた高等教育機関(大学およびカレッジ)の在学者数と,それが15歳以上人口に占める割合を示したものである。インドの空間構造を反映するように,北部と南部で高く,東部で低いといったコントラストを持つ特徴を捉えることができる。こうした動きがICTサービス企業の地方分散のあり方にも現れる。

    ■ICTサービス産業の成長モデルと人材供給 インドの当該産業全体では,2011年に約254万人であった就業者は,15年には約370万に達し,輸出額も大きく拡大した。ここには企業の収益と従業者それぞれの増加率が強い正の相関を示す,「絶えざる人力投入モデル」(石上,2010)と呼ばれるビジネス・モデルがある。重要なのは,従業者をインド国内から雇用することで,これが可能となる点である。インド最大手TCS社の2015年度末の従業員は全世界に約35万人おり,その9割がインド国籍を持ち,しかも同年度中に世界で新規に採用した9万人のうち,7万人強が国内からであった。全世界で約19万人を抱えるインフォシス社も,9割弱がインド国内で働く。
    インド全体からすれば,当該産業の生み出す雇用は量的にごく僅かでしかない。事実,短期雇用者(Marginal Worker)を除くインドの総就業者約3億6257万人(2011年インド国勢調査)であり,同年の当該産業就業者はその1%を占めるに過ぎない。ただし,2014-15年間に創出された当該産業の雇用者数は17.8万人で,縫製産業を含む繊維産業(13.5万人)を上回るという。
    当該産業は,次々と新たな「プログラム言語」や「ビジネス・モデル」が持ち込まれ,変化の激しい産業であり,しかも必要とされる大卒者は,管理者層というよりも直接的に「サービス生産」を担う人材として雇用される。当該産業の「成長モデル」を前提とするならば,企業収益の増大は大卒者が大量に供給されることで可能となる。これを推進するのが,インドにおける高等教育の「自由化」であり,その量的な拡大が大都市だけでなく地方都市でも起きていることである。
    以上のことを含め,インド地方都市におけるICTサービス産業の成長と高等教育機関の立地を通じた人材供給との関係について,高等教育の「民営化」を視野に入れて検討する。

    石上悦朗 2010. インドICT産業の発展と人材管理. 夏目啓二編著『アジアICT企業の競争力—ICT人材の形成と国際移動』159-179. ミネルヴァ書房. Agarwal, P. 2009. Indian Higher Education. New Delhi: Sage.
  • 福岡県嘉麻市銭代坊地区を事例として
    中山 英光
    セッションID: 620
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    1. 研究目的と対象地域
     本研究で対象とする福岡県嘉麻市銭代坊地区は、日本有数の産炭地域として、戦前戦後の日本の資本主義を牽引してきた地域である。産炭地域に存在した多くの炭住が消失するなかで、遠賀川水系の支流に沿って形成された小丘陵地には、銭代坊地区(463世帯)を始めとする大手中央財閥であった旧三井山野鉱によって形成された国内有数の炭住コミュニティが残存している。本稿では、炭鉱閉山から半世紀近くが経過した現在も、炭住コミュニティに住み続けることに積極的な意味を見出している炭鉱離職者の残留プロセスと定住要因について、ライフヒストリー的手法を援用して分析を行い、炭住コミュニティがこれまで維持されてきた要因を検討する。さらに、炭鉱離職者の築く近隣での社会関係の性格を明らかにすることにより、炭住コミュニティが抱える諸課題について考察する。
    2. 研究方法
     本稿では、質的データを重視する立場から、炭鉱離職者世帯に協力を依頼し、22世帯の炭鉱離職者本人に対する聴き取り調査をもとにライフヒストリーを分析した。この手法を用いた理由は、炭住コミュニティが維持されてきた要因分析には、炭鉱離職者一人ひとりが生きてきたこれまでの人生や過去の経験を描くことが有効だと考えたからである。聴き取り調査は2016年8月・10月に2度訪問面接を実施し、一部の世帯については、11月に補足調査を行った。さらに炭住コミュニティの生活空間を把握するために、銭代坊地区102世帯に対してアンケート調査を実施した。
    3. 調査結果
     炭鉱離職者のライフヒストリーを分析した結果、炭鉱閉山までの過程で、幼少期のころから炭鉱マンである父親の転職により「炭鉱」から「炭鉱」を渡り歩くなど、不安定な生活環境のもとで成長し、成人してからは、父親と同じ炭鉱マンとして働き、家族を支えてきた人たちであることが確認できた。坑内での掘進作業は過酷であり、地底で常に死と隣り合わせの労働を共有してきた者同士の強い絆に支えられた共同意識が、周囲に親類がなく、同じ境遇にあった仲間を支えあうという相互扶助的な意識が機能していたことが明らかになった。
     残留離職者家族の再就職先については、類型化して分析を試みた。「炭鉱関連」では、三井有明鉱(福岡県みやま市)、池島炭鉱(長崎市)への再就職は、妻子を銭代坊地区に残しての単身赴任である。「一般企業」では、愛知県、大阪府などの三大工業地域を中心に太平洋ベルトに家族全員で移動して銭代坊地区の実家の老親の介護や死去に伴いUターンするケースである。この場合、殆どが長男夫婦であり、妻も同郷である場合が多くみられた。炭鉱離職者家族の残留要因については、旧三井山野鉱が安価な価格で土地と家屋をセットで払い下げられたことで、生活の基盤となる「住む場所」が確保できたことが大きな要因であることが明らかになった。さらに、炭鉱労働者の多くが住むべき土地も家も持たない漂流者であり、不安定な生活を長く続けてきた漂流者たちにとっては、払い下げられた銭代坊の地が安住の地であることと関連している。炭住コミュニティに愛着を感じ、銭代坊の地を離れることに抵抗を覚えるのは、この場所が心のよりどころであると考えているからである。炭住コミュニティが抱える課題としては、近隣ネットワークの機能低下で、高齢単身世帯の安否確認を担う「見守りサポーター」の体制づくりが遅れていることが明らかになった。
  • 沖縄本島の救急告示病院を事例として
    小林 優一, 河端 瑞貴
    セッションID: 336
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    2011年,厚生労働省は医療圏の設定において,従来の人口規模に加え,基幹病院までのアクセシビリティを考慮するとの指針を示した.そこで本研究では,医療機関へのアクセシビリティに基づく新しい医療圏(医療アクセス圏)を提案し,沖縄の事例を通じて医療の受けやすさを比較する.対象地域は,地理的に内外の流入の少ない沖縄本島とし,対象医療機関は基幹病院の1つである救急告示病院とした.
    まず,保健医療サービスの需要(人口)の分析を行った.医療サービスを受診する需要サイドの2010年から2050年にかけての人口総数の推移を調べた.その結果,沖縄本島の3つの医療圏の中で,北部医療圏の総面積が沖縄本土の36.2%と最も大きく,2010年から2050年にかけての人口減少率が2倍以上に該当する地区数が,他の医療圏と比較して著しい多いことがわかった.沖縄本土の2倍以上減少率をする地区全体に占める,北部医療圏の割合は39.8%である.
    次に,沖縄本島における,救急告示病院から30分圏域を表す医療アクセス圏を作成した.移動限界距離は,カーラー救命曲線(Cara,1981)を基に,多量出血を伴う疾患の致死率が50%以上に高まる30分圏域と定めた.その結果,沖縄北部医療アクセス圏では医療アクセス圏外で暮らす人が101,272人中20,620人になっていた.さらに,各医療圏の救急告示病院数と医療アクセス圏内の地区数を比較した.北部医療圏の総面積は中部医療圏に比べ,約1.9倍大きい.しかし,救急告示病院の圏域内の総数は同数である.これらの数値から,北部医療圏の救急医療を受療出来る機会は相対的に少ないと予想された.
    さらに,北部医療アクセス圏と隣接する圏域との救急医療の受診しやすさを比較するために,各医療圏のアクセシビリティ指標を算出した.アクセシビリティ指標の算定式は, two-step floating catchment area (2SFCA) 手法(Luo and Wang,2003)を用いた.当初は,北部医療圏は沖縄本島の3つの医療圏内で面積が最も大きく,救急告示病院も少ないことから,需要に比べ供給が少ない,いわゆる需要過多になろうと予測していた.しかし,アクセシビリティ指標を計算することにより,医療アクセス圏内だけで,隣接する圏域同士を比べたら,北部医療圏は中部医療圏に比べ約2.8倍受診しやすいことがわかった.
    上記の様な,圏域ごとのアクセシビリティ指標を用いた比較だけでは,具体的に圏域内の,何処の地区から救急告示病院までのアクセシビリティにコストが生じるのか見えづらいという課題があった.これを改善するために,アクセシビリティの算出にODコストマトリクスのデータを用いて,北部医療圏内の医療サービスが相対的不足地区を見つけるための分析を行った.ODコストマトリクスのデータには,3つの救急告示病院と町丁字毎の重心からの1.距離と2.病院病床数,これら2つの変数を用いて(Huff,1964)の修正ハフモデルを用いて,分析した.修正ハフモデルとは,商業施設の集客力を測るためには,売り場の面積に比例し,距離の2乗反比例するというモデルである.今回は,北部医療圏にある3つの救急告示病院における吸引力を算出するために,商業施設の売り場面積に当たる変数に病床数を用いた.北部医療アクセス圏の小地域(町丁字)毎に修正ハフモデルを参考としAccess Cost Index(ACI)を求めた.2010年より,厚生労働省が沖縄県の医療圏見直し対象圏域として指摘した北部医療圏を対象に,救急告示病院へのアクセシビリティを小地域毎にACIを算出した.その結果,北部医療圏の中心市街地の北西部から南部にかけて,3つの救急告示病院から離れるに従いACIは徐々に下がることが確認された.
    本研究では,アクセシビリティ指数を医療アクセス圏毎に計算し,比較することで,隣接する医療アクセス圏同士の受診のしやすさが明確になった.2013年,沖縄県保健医療計画(第6次)によると,北部医療圏は今後も医療過疎地域として指摘されており,人口対医療従事者数や人口対病床数で同県他医療圏同士を比較する分析方法だと,救急医療へのアクセスのしやすさに関してやや現状に即していない結果が出てしまっていた.
    本研究では,救急医療へのアクセスのしやすさをより現状に即した分析をする為に,医療の受診しやすさに関して,アクセシビリティという指標に着目して,医療圏の現状を分析した.具体的には,救急医療を受診する際に用いる医療アクセス圏マップを作成した.さらに,医療アクセス圏同士を,アクセシビリティ指標を用いて比較することで,医療アクセス圏ごとの受診しやすさが明らかになった.
  • 静岡県下田市田牛サンドスキー場の事例
    栢島 智史, 青木 久
    セッションID: P018
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    1.はじめに

    静岡県下田市田牛地区には『田牛サンドスキー場』とよばれる天然の砂からなる斜面が存在する.この地形は地形学的には『這い上がり砂丘』という砂丘の一種である.這い上がり砂丘とは,風下に崖(あるいは丘陵斜面)などがあると,砂がそれらの急斜面を這い上がって堆積し形成される砂質の斜面を指す地形である.這い上がり砂丘の形成には,(1)風という地形営力によって砂が風下の崖に向かって運搬されること,(2)風下に崖が存在することが重要な条件であると想定される.そこで本研究では,田牛サンドスキー場を含む,風の営力の場所的変化が少ないと考えられる(すなわち風の営力を定数とみなせる)海浜を複数選び,這い上がり砂丘がどのような崖の条件(位置)のところに発達するのかという問題を野外調査によって明らかにすることを目的とする.

    2.調査地域概要

    調査地域は,相模湾に面する静岡県下田市の多々戸地区から田牛地区にかけての約3.2 kmの範囲に位置する海岸とした.これらの一部は伊豆半島ジオパーク下田エリア・吉佐美田牛ジオサイトとなっている.海浜背後に崖を伴うポケットビーチや丘陵が存在する海浜,また河川の流入による土砂の堆積によって形成されたと思われる海浜などが存在する.これらの中から7つの海浜を調査対象地点として選定した.これらの海浜はすべてほぼ南東方向に向き,それぞれの海浜は近接しているため,各海浜に作用する卓越風の大きさや向きの場所的な違いは少ないと考えられる.


    3.調査方法

    各調査地点において海浜の背後の砂丘帯に形成される地形(砂丘の有無,這い上がり砂丘,固定砂丘)や,砂丘背後の地形(海食崖や丘陵斜面の有無)についての現地観察を行った.次に測線を設け,レーザー距離計を使用して縦断面測量を行った.作成した縦断面図から海岸線と崖(あるいは丘陵斜面)の基部との距離L(m)を求めた.Lは砂丘の供給源となる海浜からの崖までの距離を示す指標となる.

    4.調査結果・考察

    本研究で対象とした7海浜は,海浜背後の砂丘帯の地形により砂丘が発達しない海浜,這い上がり砂丘が発達する海浜,固定砂丘が発達する海浜の3つのタイプに大別できた.海浜のタイプとL(m)との関係を見てみると,Lが約50 mの海浜で這い上がり砂丘が発達する海浜となり,L≧61 mの海浜では這い上がり砂丘は形成されず,固定砂丘を伴う海浜となっていた.L=24 mの海浜では砂丘が存在しなかった.このように3タイプの海浜はLという指標によって明瞭に区分された.このことは,風の営力の場所的変化が少ないと考えられる海浜では,海浜背後の砂丘地形のタイプが,海浜と崖との間に砂丘帯の広さに関係することを示唆している.

    5.結論

    本研究地域における海浜は,砂丘がない海浜,這い上がり砂丘の発達する海浜,固定砂丘が発達する海浜の3タイプに分類されることがわかった.海岸線と崖との距離(L)と海浜のタイプとの関係を調べた結果,海浜のタイプは,Lが大きくなるにつれて,砂丘がない海浜,這い上がり砂丘の発達する海浜,固定砂丘が発達する海浜の順序で現われることがわかった.したがって,這い上がり砂丘は,砂丘がない海浜と固定砂丘が発達する海浜の中間的なL値を示す海浜で形成されると考えられる.
  • 2015年9月関東・東北豪雨による鬼怒川水害を事例として
    内藤 亮, 青木 久, 牛垣 雄矢
    セッションID: P081
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    1.はじめに
    2022年度施行の新学習指導要領では,高等学校の全生徒が必修となる地理総合で,「(3)防災と持続可能な社会の構築 ア 自然環境と災害対応」という項目が新設される.今後,地理教育において,さらに自然災害学習や防災学習の必要性が高まると予想される.自然災害および防災に関する地理教育の既存研究において,新旧の地形図を用いて,生じうる災害の種類や規模について生徒に考察させる方法や教材に関する研究は乏しい.そこで本研究では洪水災害を取り上げ,新旧の地形図を用いて,人々の暮らしの変化に伴う洪水による浸水規模の変化を理解させるための学習方法の提案を研究目的とする.近年生じた水害であり,浸水範囲や日時など詳細な被害データがあることから,2015年9月に茨城県常総市を中心に生じた鬼怒川水害に着目し,茨城県常総市石下地区と水海道地区を本研究の事例地域とした.この地域は鬼怒川と小貝川に挟まれた氾濫原であり,かつてから水害が発生してきた地域である.
    2.研究方法と用いる資料
    どの地区でなぜ浸水被害が起こったのか,そして浸水被害の受けやすさの変化について,地形の成り立ちや土地利用の変化をふまえて生徒に学習させることを目的として,現在の2万5000分の1地形図(新地形図),過去の2万5000分の1地形図(旧地形図,石下地区:1965年発行・水海道地区:1956年発行)を用いた.浸水被害のデータとして電子国土基本図の浸水被害図を,地形図から読み取りにくい微地形や旧河道の把握のために治水地形分類図を用いた.また,浸水深が示されているハザードマップ,地形図上で把握できない集落・宅地の様子を生徒に伝えるため,補完的に発表者が現地で撮影した写真も用いた.
    3.本学習の展開
    本研究で提案する学習の展開は,以下の通りである.1時限目では,新旧の地形図を比較して,新たな宅地の立地・分布を把握し,その立地要因を自然条件と社会条件から考察する.2時限目では,旧地形図を用いて土地利用から微地形(自然堤防と後背湿地など)を把握する.また,浸水被害図から微地形と浸水範囲の関係を考察する.3時限目では,1時限目で作業した新地形図に浸水被害図を重ね合わせ,鬼怒川水害で浸水した新たな宅地を確認する.また,作業をした新旧の地形図を比較し,浸水被害の違いを考察する.石下地区では,浸水被害の程度が微地形の違いに関係することを学習させることができる.水海道地区では,洪水氾濫の規模によっては,微地形にかかわらず広範囲に浸水被害が発生することや,さらにハザードマップを用いて,浸水深の大きくなりやすい土地は標高の低い後背湿地上にある新たな宅地であることも学習させることができる.
    4.本学習の期待される効果
    本研究の方法により,まず地形と土地利用との関係から,洪水災害の起こりやすい地域において浸水被害の受けやすさの違いを学習させることができる.次に新旧地形図を用いて,集落・宅地の立地および土地利用の変化を捉えることによって,古い集落が自然条件に合わせて立地していたこと,近年の宅地は社会条件が優先されて立地してきたことを学習させることができる.さらに現在の生活における災害時の避難行動についての考察も可能であると考える.
  • 和歌山県日高川町と有田川町を事例として
    佐々木 敏光
    セッションID: 520
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    <B>1. はじめに</B><BR>
    市町村の「平成の大合併」の影響を受けて森林組合の合併が進んだが,森林組合の合併には地域的な差異が認められることから,複合的な要因がその合併の動向に影響を与えると考えられるものの,そのことが十分に解明されているとは言い難い.そこで本発表の目的は,森林組合の合併の動向とその背景を,とくに林業経営の分析を通して明らかにすることである.<BR>
    石井(1995)は資源基盤,組織体制,事業内容の三点をとりあげ,森林組合を類型化した.次に,森林組合の類型別特徴を,資源基盤,組織体制,事業量,損益,財務,地域の就業者構成を用いて表した.小川(2012)は森林組合の合併を,未合併型,市町村広域型,森林組合広域型,合併一致型の四つに類型化した.<BR>
    先行研究を受けて,本発表では和歌山県(以下,「県」)の過疎地域にあって,面積がほぼ同じで隣接する地域にありながら合併に対する動向が対照的な二つの地域(日高川町と有田川町)を抽出し,森林組合と森林組合の合併とを類型化し,合併の動向とその要因を考察する.具体的には,和歌山県森林組合連合会(以下,「県森連」),日高川町の紀中森林組合,有田川町の金屋町森林組合,清水森林組合に聞き取り調査・アンケート調査を実施し,分析を行った.<BR><BR>
    <B>2. 和歌山県における森林組合合併の動向</B><BR>
    県内における森林組合の合併の動向を見ると,全国と比較した場合,市町村数に比べて森林組合数が多い.2014年度現在,全国の市町村数は1,718市町村,森林組合数は631組合である.一方,県内の市町村数は30,森林組合数は23であった.2016年度においても市町村数は30,森林組合数は20である.<BR>
    県森連は森林組合の上部組織であるが,聞き取り調査の結果からは,以前は県森連が合併を強力に推進したが,現在では県森連自ら合併を推進している事実はなかった.県森連は森林組合の合併計画を県に提示し,県が合併計画を推進している.<BR>
    一方,県は森林組合に対する許認可権を保持しているが,森林組合・森林組合員の意向を尊重する立場をとっているといえる.<BR><BR>
    <B>3. 和歌山県日高川町における森林組合の場合―合併合意―</B><BR>
    平成の大合併により,旧美山村,旧中津村,旧川辺町が合併して2005年5月に日高川町が誕生した.旧美山村には旧美山村森林組合,旧中津村には旧中津村森林組合,旧川辺町には旧川辺町森林組合があり,日高川町が隣接する印南町には旧印南森林組合があった.2016年11月,日高川町の三つの森林組合と印南町の一つの森林組合が広域合併して紀中森林組合が誕生した.<BR>
    旧美山村森林組合は合併した四つの旧森林組合の中では,組合員所有山林面積がもっとも広いこと,財務状況が安定していること,現場作業員の技術レベルが高く,施業には高性能林業機械を保有し,架線による木材搬出も行っていること,森林地理情報システムを活用している等,紀中森林組合の中核に位置づけられている.高度な森林施業技術を持つ旧美山村森林組合では,森林組合の合併により施業面積が増えることは素材生産量の増大につながるため,合併が利益をもたらすと判断された.<BR><BR>
    <B>4. 和歌山県有田川町における森林組合の場合―合併拒否―</B><BR>
    平成の大合併により,旧吉備町,旧金屋町,旧清水町が合併して,2006年1月に有田川町が誕生した.旧吉備町には森林組合は存在しないが(1999年度に解散),旧金屋町には金屋町森林組合があり,小規模ながらも安定した経営を行っている.高性能林業機械は所有せず,施業のほとんどを請負に出すことで利益を得ている.金屋町森林組合は他の森林組合と比較した場合,小規模ながらも安定経営を続けていることで,県下で優良林業事業体として位置づけられている.旧清水町にある清水森林組合は施業面積が広く,高性能林業機械を所有しているが,一時期財務状況が不安定になった.金屋町森林組合は現在の小規模・安定経営を維持するためには,清水森林組合との合併には否定的であり,合併には至っていない.<BR><BR>
    <B>5. おわりに</B><BR>
    森林組合の合併に対する動向について,聞き取り・アンケート調査の結果から類型化を試みた.その結果,行政区域内のすべての森林組合が合併に同意し,かつ市町村の行政区域を超えた森林組合が加わった合併場合は,「完全広域合併型」といえる.一方,合併を拒否している場合を合併拒否型とした.類型化することで,合併には内的要因(森林組合内部の要因)・外的要因(森林組合外部の要因)が関係していることが明らかになった.
  • 原 政之, 嶋田 知英
    セッションID: S1605
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    東京都市圏は、日本の中でも夏季に猛暑となる場所の1つとして知られている。また、東京・神奈川・埼玉・千葉を含む首都圏は3800万人以上の人口を擁し、現在でも世界最大の都市域である。この地域では、ここ数十年急速に都市が拡大してきた。特に埼玉県は内陸に位置していることもあり、気温の日較差が大きく、これまでにも40℃を超える日最高気温が数回観測されている。このように、夏季には厳しい暑さに見舞われているため、埼玉県では暑熱環境への関心が高く、県では様々な施策が進められている。発表では、埼玉県において行われている暑熱環境への施策と、2016年8月に行った暑熱環境観測について紹介を行う。
  • ―銘柄豚事業にみられる差別化の特色と空間性の一考察ー
    淡野 寧彦
    セッションID: 516
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    1.はじめに
    海外農産物産地との競合が続くなか,日本においては様々な食料のブランド化が図られ,産地の存続を目指す手段の1つとして展開されている。報告者はこれまで,食肉のなかでも豚肉を対象とし,そのブランド化を図る動きである銘柄豚事業の進展を通じて,豚肉価格の維持や流通企業・消費者らとの新たな連携構築などによって産地の存続が図られていることを示した。ところで,何らかのかたちで消費者から好評を得てブランドとしての地位を確立するためには,「おいしい」などの満足感やイメージをもたらす必要があろう。この際,どのような生産・流通手法や情報発信をもとにおいしさや品質の良さを実現,アピールする傾向にあるのか,またこうした手法に産地の特色や何らかの地域的な差異が生じているのかといった点も,産地の存続策を検討するうえで注目すべき内容と考えられる。そこで本報告では,全国の銘柄豚事業を対象として,生産サイドの情報発信のあり方をブランド名および事業の特徴に関する記述に注目して分析し,差別化の特色と空間性について検討する。

    2.銘柄豚事業における表現方法の特色
    1999年から2016年までに計7冊が発行された『銘柄豚肉ハンドブック』をもとに,まず掲載事業数の推移をみると,1999年:179件→2003年:208件→2005年:255件→2009年:312件→2012年:380件→2014年:398件→2016年:415件と年を経るごとに銘柄豚事業は増加している。このうち本報告では分析の都合上,2014年までの事業を対象とする。2014年のハンドブックに掲載された全事業を合わせた銘柄豚の年間出荷頭数はおよそ720万頭に上り,単純換算すれば国産豚の2頭に1頭は何らかの銘柄豚として出荷されたことになる。ブランド名には,牛肉と同様に地名が用いられることが多い傾向にある。一方で,銘柄豚とする根拠については,実施主体が独自に改良した飼料の使用を挙げる事業が多く,必ずしも産地が存在する地域との関係性が重視されているとはいい難い。
    次に,各実施主体が銘柄豚の特徴として記した説明文の用語に注目する。豚肉のおいしさを示す表現として,「コク」ないし「ジューシー」の用語を銘柄豚の特徴に含めた事業は1999年の10.6%から2014年には14.8%と微増したが,「甘い」を用いた事業は同12.8%から31.9%と大幅に増加した。このことから,肉の旨味よりも甘味を重視すること,あるいは「甘い」ことが肉のおいしさの判断材料になっていることが推測される。一方,「やわらかい」を用いた表現は,1999年には40.8%の事業でみられたが,2014年には28.9%に減少した。このほか,肉の「脂」身について言及した記述は同33.0%から43.0%に増加したが,このなかでも脂が「甘い」ことを強調した記述が同13.6%から42.1%に急増した。また「赤身」に関する記述も同1.1%から4.0%に若干増加しており,これらから肉のおいしさ自体を端的にアピールする方法が増えているものと思われる。他方で,「安心」や「安全」を用いた説明文は,同27.9%から16.1%に減少した。報告当日は,上記に関連してテキストマイニングによる分析も含めて,銘柄豚のアピール方法の特色や産地との関係性について,より詳しく検討する。

    3.おわりに
    食肉を生産する畜産の現場と消費者との間には,社会的・空間的な距離や乖離が存在しており,これらは容易には解消できないことから,食肉を購入する際などの選択要因にはそのイメージが大きく影響すると推察される。食肉供給の仕組みや需給量の大小にのみ注目するのではなく,食肉のイメージの形成要因となるアピール方法や,そのなかの語句や文章全体の記され方などの分析を通じて,今後はとくに中小規模畜産業産地の存続や革新に結びつく要素を考察していきたい。
  • 藤塚 吉浩
    セッションID: 533
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
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    ハンガリーでは, 社会主義体制下において多くの住宅が没収の対象となり、1953年には市内の住宅の77%が国有化され(加賀美,2007)、歴史的近隣における商業的な住宅市場は機能を終えた。社会主義体制下では住宅の補修は十分に行われなかったため、ブダペストでは、若い中間階級の人たちは新しい住宅地区へと移る一方で、ロマの人口が増加し、その多くは歴史的地区の公的住宅へ居住することとなった(Kovács, 2009)。
    ハンガリーでは、1960年代後半以降不動産の個人所有が認められ、1980年代に経済が停滞して公営住宅建設が進まなくなった一方で、多くの私有住宅が建てられた (加賀美,2007)。社会主義体制下においても、中心部への若い中間階級の移動があり、社会主義的なジェントリフィケーションがみられた(Hegedüs and Tosics, 1991)。
    政治体制変更後にハンガリーでは、旧社会主義政府が没収した資産を、居住者に安価で売却された。1990年代前半には、大量の公共住宅が私有化され、組織的な投資家に売りたい私的所有者を生み出した。  ブダペストでは1990年に市政府から区政府へ権限が移譲されたが、確固たる住宅政策がなかった。社会主義体制下では、住宅は十分な補修がなされず、トイレやバスも備えていなかったため、住宅の取得後に自らの施設内に設備をつくる人たちが多かった。1990年以降、都心から離れていたり、質の悪いものは公共所有のままとされ、それらの多くは社会的衰退した近隣であった(Kovács, 2009)。
    1990年代初頭のブダペスト中心部の変化を検討したSmith(1996)は、居住用の建物はオフィス機能へと吸収され、ジェントリフィケーションに適した不動産が限られる可能性を指摘した。Sýkora(2005)は、中心部では新たな富裕層が占めており、ブダペストでは本当のジェントリフィケーションはないとした。これに対しKovács et al.(2013)は、都市再生に関して区政府が組織的な対応を行ったため大規模な立ち退きはないが、社会的な上向化によるジェントリフィケーションがみられると反論した。  ハンガリーは2004年にEUに加盟し、不動産取得へのEU市民権が適用され、スペイン人や、イギリス人、アイルランド人の取得が多くみられた(Kovács et al. 2013)。このような事例はV区やVI区でみられたが、政治転換以前から衰退地区のあるIX区では都市再生への公的役割が大きく、VIII区では公的住宅におけるロマの居住者が多く、社会的・経済的な格差による地理的不均等が拡大している。
  • 3区に跨がるJR飯田橋駅周辺の歩道を例に
    佐藤 健二, 石黒 輝, 大舘 佳奈, 柴岡 晶, 渡部 哲平
    セッションID: 502
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
    会議録・要旨集 フリー
    I.    はじめに
    近年我が国においては、ノーマライゼーションの進展や超高齢社会への突入を背景に、障がいの有無や年齢を問わず共に生活する社会を構築していくことが求められている。中でも、交通のバリアフリー化の推進は、多くの人のアクセシビリティの向上に寄与するという点で、早急に進められるべき施策の一つであり、2006年にバリアフリー新法が制定されるなど法整備も進んでいる。そのような中で、バリアフリー施策について考察する研究や、バリアフリー設備の実用性や効果を評価し課題を見出す研究が行われている。本研究では、3つの自治体に跨がるJR飯田橋駅周辺における歩道のバリアの可視化と、各自治体の取り組み状況の比較及び各自治体の担当者へのヒアリング結果の分析から、行政区界地域における交通バリアフリー整備の課題を明らかにする。  

    II.   行政区界で変わるバリアの傾向と整備状況 
    JR飯田橋駅周辺におけるバリアの出現傾向と整備状況を把握するため、以下の2つの手法を用いてバリアを可視化した。第1に、歩道上のバリアのデータベース化および分析である。この調査では、まずバリアとなる対象の特徴や基準を定め、それに基づいて対象地域の歩道上で実測調査を実施し、歩道上のバリアを洗い出した。さらに、それらについて点数評価を行い、定量的に表した上でデータベース化をした。次に、白杖・アイマスク及び車いすを用いて障がいを持った方に近い視点で実地調査を実施し、同様にバリアを点検した。第2に、上記の3つの調査について、それぞれ得られた結果をもとにGoogleMapsを用いてバリアマップを作成した。この際、バリアの種類や出現地点に応じてコードを付与し、現地の詳しい状況や写真を紐付けることで個々のバリアの埋没を防ぐなど、障がいを持った方がPCやスマートフォンを使用し事前にバリアを認識したり、自治体がその対応策を立てたりできるようにした。 以上の調査及びマップの作成から、「何が」「どこで」「誰にとって」バリアなのかを考察するとともに、各自治体によって出現するバリアの傾向や、連続的な点字ブロックの整備やフラットな舗装といった交通バリアフリーの整備状況に違いが見られることが分かった。例えば、目白通りの新宿区側では傾斜・勾配が部分的であるが、文京区側では連続して見られた。あるいは、都立文京盲学校が立地する文京区では、広い範囲で連続的な点字ブロックの整備が見られるが、千代田区や新宿区側では駅前の狭い範囲でしか見られなかった。  

    III. 各自治体のスタンスの違いと縦割り行政
    まず、上記のように各自治体によって整備状況が異なる原因を明らかにするため、各自治体の取り組み状況の違いについて考察した。都市マスタープランにおける交通バリアフリーに関する記述や、バリアフリー基本構想の策定時期やその記述内容について比較分析を行った。新宿区、千代田区に対して文京区の基本構想の策定が約10年遅れたことなど、各自治体の交通バリアフリーへの取り組みの足並みに違いが見られた。つぎに、行政区界地域における一体的なバリアフリー整備が進まない原因を明らかにするため、JR飯田橋駅周辺の整備の現状や考え方について、各自治体のバリアフリー整備の担当の方へヒアリングを行った。その結果、同地域において東京都、新宿区、千代田区、文京区の4者による調整会議が設けられているものの会議が機能していないことや、文京区のバリアフリー基本構想の策定に際して他自治体が文京区との調整に前向きでなかったことなど、自治体間の連携・協力がうまくいっていないことが原因であることが明らかになった。また、行政区界に都道を挟むため各区と東京都との調整が難しく、さらに、その都道を管轄する建設事務所も3つの事務所のエリアに跨がっていることが分かった。3つの自治体と、東京都と、3つの建設事務所という管轄境界の重複がこの地域における一体的なバリアフリー整備を困難にしている。  

    IV.   おわりに
    本研究ではバリアの可視化手法を考案し、その有用性を示した。可視化したバリアをデータベースやバリアマップを用いて分析することで、より効果的なバリアフリー整備が可能になる。また、行政区界地域における一体的な整備を阻む、自治体間の連携不足や管轄事業者の違いによる弊害を取り除いていくことが、今後の交通バリアフリー整備において重要な課題であると言える。
  • 3区に跨がるJR飯田橋駅周辺の歩道を例に
    柴岡 晶, 石黒 輝, 大館 佳奈, 佐藤 健二, 渡部 哲平
    セッションID: P074
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
    会議録・要旨集 フリー
    Ⅰ.はじめに
     近年、高齢者や身体に障害を持つ人々が障壁を感じることなく生活できるような、バリアフリーなまちづくり整備がいっそう求められている。 こうした社会的背景の中で、バリアフリー設備の実用性や効果を評価し、その課題を見出す研究が行われている。また、情報通信技術の発達により、調査で得られたデータをある一定の基準をもとに数値化し、比較分析を行ったり、得られたデータを地図上に表現したりすることで、より視覚的にわかりやすく分析し提示することも可能となっている。本研究ではこのような定量的かつ地理学的な分析手法を用いて、①バリアのデータベース化及びそれに基づく現状分析、②それらのバリアの情報を活用し、GoogleMapsによるバリアの可視化及びGoogleEarthでの立体的表示を用いて、あらゆる対象者にとって有用性の高いマップを作成すること、の2点を目的とする。
    Ⅱ.対象地域と研究手法
    JR飯田橋駅を中心に、近隣に位置するJR水道橋駅、地下鉄神楽坂駅、牛込神楽坂駅、九段下駅に及ぶ範囲である半径800m圏内を調査区域と設定し、その中の道路及びその歩道を調査対象としている。 調査にあたっては、まず対象となる道路を、交差点を目安に分割し、調査ブロックを設定した。次に、計測と目視による実測調査と白杖や車いすを使用した体験調査を主体としたフィールドワークを行い、調査ブロックごとにバリアやバリアフリー整備状況を調査してバリアの可視化の基礎となる調査データを蓄積させていった。 これらのフィールドワークによって得られたデータは、定量評価基準によってブロックやバリアの項目ごとに点数化するとともに、バリアの属性によって細分化した。これらのデータから、実測調査、白杖調査、車いす調査の3つの調査に基づくバリアマップをそれぞれ作成し、バリアの分布を地図化して分析を行った。 これらの調査や分析によって、調査区域の道路及びその歩道が、車いす利用者や視覚障がいを持つ人にも通行しやすいものであるかを評価し、加えて自治体ごとに交通バリアフリーへの取り組みの差異について、詳細や存在する原因について考察した。
    Ⅲ.データベース化とバリアの可視化
    本研究においては、各ブロックにおける項目ごとの評価点数のほかに、実際の測定値、沿線の特徴や駅からの距離などのファクター、点字ブロックや自転車専用レーンなどの整備状況、そして実測調査、白杖体験調査、車いす体験調査それぞれのバリアの地点数という、計56項目のデータを、全87ブロックにおいて収集した。これをもとに、「何が」「どこで」「誰に対して」バリアなのかを明確にしつつ、多角的な分析を行った。
    Ⅳ.バリアマップの作製とその有用性
    収集したバリアの情報は、GoogleMapsやGoogleEarthを用いてマップ化した。インターネットに接続しているPCやスマートフォンから利用できるバリアマップで、ただバリアをマッピングするだけでなく、現地のバリアの具体的な状況や写真をプロットしたバリアそれぞれに紐づけることで、そのバリアの特徴をわかりやすく表現した。
  • データレスキューの視点から
    小林 茂
    セッションID: S1506
    発行日: 2017年
    公開日: 2017/05/03
    会議録・要旨集 フリー
    東アジアや東南アジアの気候変動を検討するに際して、第二次世界大戦期は気象観測データが欠落している場合が少なくない。この背景として、戦前期からの観測網が軍事活動により破壊されて観測そのものが行われなくなったと考えられがちである。ただし航空機の役割が重要になったこの時期は、観測網の拡大や維持は、日本軍・連合国軍を問わず重視され、それに替わるあらたな観測網ができた場合も少なくない。しかし同時に観測データは軍事情報として秘匿され、無線による通信も暗号化されて、戦後にそれが集約されなかった場合はかなり多いと推測される。
    したがって戦時期のデータ欠落については、観測が行われ、データが残存しているものを探索して集約すれば、これをある程度補える可能性がなお残されていることがあきらかである。筆者らがこれまで報告してきた『北支那氣象月報』や『比律賓氣象月報』の場合は(小林・山本2013)、データが月報としていったん印刷されても、忘れ去られていたものである。このなかには、『南支那気象概報』のように、現物がごくわずか確認できるだけというケースも多く、今後は探索の範囲を拡大する必要がある。
    他方で、これまでの研究では日本軍の気象月報に関心を集中し、連合国側の事情について考慮していなかったこと、手書きの資料に十分な配慮をしてこなかったことが反省される。とくに連合国側も戦況の変化に合わせて観測網を構築・拡大しており、本発表では、この概要を把握して、今後の資料探索とデータのレスキューを考えたい。
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