日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会秋季学術大会
選択された号の論文の92件中51~92を表示しています
発表要旨
  • 瀬戸 芳一, 高橋 日出男
    セッションID: P002
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1. はじめに

    夏季晴天日において,東京や熊谷など関東地方平野部では日中の高温が頻発している.日中の気温分布に影響を及ぼす大きな要因として海陸風などの局地風系が挙げられる.関東平野の局地風系は,日本付近の気圧傾度とも密接に関係し,夏型気圧配置の出現頻度増加と関連した高温への関与も指摘される.しかし,気圧配置型の経年変化に伴う局地風系の変化や気温分布に及ぼす影響は明らかではなく,風系の日変化についても,長期間の観測データを用いてその特徴を詳細に解析した例は少ない.本研究ではこれらの解明に向け,高密度な地上観測資料を用いて風速の高度補正や品質管理を行って長期に使用できる地上風データを整備し,夏季晴天日における局地風系の特徴および経年的な変化について検討した.

    2. 資料と方法

    気象庁アメダスに加えて,自治体の大気汚染常時監視測定局(常監局)における風向風速の毎時値を用い,1978年から2017年まで(40年間)の7,8月を対象とした.前回の報告(2020年秋季大会 S403)で整備した長期にわたる地点情報を用いて,推定した地表面粗度から対数則に基づき統一高度(10 m)の風速を求め,風速計高さの違いによる影響を補正した.また,常監局は近傍の地物による風への影響が大きい地点も含むため,西ほか(2015)による品質管理手法を参考に,長期に使用可能で観測環境の変化が小さい地点の選別を行った.近隣のアメダス毎時値を比較対象として常監局地点に内挿し,風向や風速の差(D値)を集計して一定基準を超過する年を除き,基準を30年以上満たした237地点(約77%)を解析に用いることとした.

    晴天で一般場の気圧傾度が小さく,典型的な局地風系の出現が期待される晴天弱風日の抽出を行い,対象日として492日を選んだ.地上風は,逆距離加重法により5 km 間隔の格子点に内挿して平滑化し,収束・発散量を求めた.

    3. 結果

    まず,晴天弱風日日中における風系と発散場のコンポジット解析を行った.午前中には,沿岸部で海岸線に直交する海風がみられ,海風前線に対応する収束域が神奈川県から東京都区部付近に現れた.午後になると,広域海風の発達とともに全域で南〜南東寄りの風向に変化するが,都区部西部付近には東京湾海風と相模湾海風との収束域が残っていた.また,海風前線の内陸への侵入が都区部付近でやや停滞し,風下側において弱風域とそれに伴う収束が認められた.このような詳細な風系場の特徴や,海風前線に伴う収束域および都心部風下側の弱風域の時間変化を,観測風からも詳細にとらえることができた.

    晴天弱風日を前半と後半の各20年に分け,近年における日中の風系変化について検討を行った.その結果,埼玉県や東京都西部付近で0.5 m/s程度の風速減少傾向が認められた(図).これらの地域では地表面粗度の変化が大きく,粗度の増大から想定される風速の変化と近年の風速減少は同程度であり,これらが対応している可能性が示唆された.

    次に,平野部における毎時(8時〜19時)の収束・発散量に対し主成分分析を行ったところ,上位(第1〜3)の各主成分の負荷量分布および主成分得点の日変化は,晴天弱風日に特徴的な収束・発散場とそれぞれよく対応していた.そこで,日ごとに差異のある風系の特徴を系統的に検討するため,対象日における毎時の主成分得点(第1〜3主成分)に対してクラスター分析を適用し,晴天弱風日の風系をA〜Eの5類型に分類した.分類した各類型は一般場の気圧傾度との関係が認められ,地上風系はA〜Eの順に,南寄りの海風が卓越して風速も大きい分布から,東風が関東平野に広く卓越する分布となった.また,対象期間を10年ごとに分けて各類型の出現頻度を求めたところ,東寄り風系が卓越するEは減少傾向にあるのに対し,南風が卓越し海風前線が速やかに内陸へ侵入するAは近年増加傾向にあった(表).今後,局地風系の近年における変化について,気圧配置型の変化や夜間風系との関わり,気温分布との関係を含めて検討したい.

  • —地域発の活用方法に着目して—
    本多 広樹
    セッションID: 216
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    地域における次世代自動車の普及に着目した制度が,2009年に開始した「EV・PHVタウン」(経済産業省)である。同制度の開始から10年が経過し,次世代自動車や充電インフラの普及は進んでいる。そして次世代自動車に着目し,地域の課題解決を図る取組みも各地域で行われている。こうした取組みの分析には,地域で次世代自動車がどのように活用されているかに着目する必要がある。そこで本研究では,次世代自動車の活用が地域に与える影響について,普及規模だけでなく地域の課題との対応にも着目して明らかにすることを目的とした。研究対象地域としては,次世代自動車や充電インフラの活用方法を考案,実験してきた新潟県柏崎市を選定した。そして柏崎市における次世代自動車の活用方法について,モデル地域選定当時の活動を中心に分析,考察した。

  • 山形 えり奈, 小寺 浩二
    セッションID: 108
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    電子付録

    Ⅰ はじめに

    阿武隈川は,福島県,宮城県を流下する,幹川流路長約239 km(全国第6位),流域面積約5,400 km2(同11位)の一級河川である.当流域について,河川水質と流域特性を明らかにする目的で,調査結果の解析と考察を行った結果を報告する.

    Ⅱ 研究方法

    2019年10月から2020年9月に,支流は月1回,本流は数か月おきに現地調査を行った.調査地点は本流支流を合わせ計61地点(一部欠測含む)であり,現地では気温,水温,比色pH,比色RpH,電気伝導度(EC)を測定し,採水を行った.また,2019年10月に採水した河川水については,主要溶存成分の分析を行い,シュティフダイアグラムを作成した.

    Ⅲ 結果と考察

    調査結果より,阿武隈川流域全体の水質の傾向が分かった.本流のECは,103〜230 µS/cmの間で推移したが,特に,上流部の田町大橋上流400mから滑津橋にかけて,大きく増加している.これは,その地点間に散在する農業集落排水処理施設からの処理水が本流に流れ込んだ影響と白河市内を流れる支流からの負荷が原因と考えられる.

    ECの値が本流より高い主な支流は,逢瀬川,荒川,東根川で,ECの値が本流より低い主な支流は,社川,移川,摺上川,広瀬川,白石川であった.20万分の1の地形図より,ストレーラー法に則り水系次数を求めたところ,水系次数が高いところほど,本流の水質に与える影響が大きい(図1).次数が高い河川は,一般的に流量が多くなることから,このような結果が得られたと推察される.

    また,各河川のシュティフダイアグラムから,水質の違いが明らかになった.ECが高く,Na-Cl型を呈した逢瀬川と東根川は,周辺の土地利用から,工場排水や生活雑排水等の人為的影響を受けたと考えられる.左岸の支流では,右岸の支流に比べ,含有するイオン成分が多様であった.左岸には火山があり,火山地域を水源に持つ笹原川,荒川,白石川で硫酸イオン濃度が高かった.一方,右岸には火山はなく,右岸の支流の多くはCa-HCO3型で,大きな違いは見られなかった.

    阿武隈川流域の右岸と左岸は,河川の勾配や水源となる山地の標高が大きく異なり,地形的な差が著しい(図2).左岸は,標高1,975 mの東吾妻山など奥羽山脈に水源を有する河川がある一方,右岸の多くの支流は,標高800 m程度の阿武隈高地に水源を有する.地形,地質,土地利用など,水質に強い影響を与えると思われる複数の要因が,右岸の水質と左岸の水質に差

    異を生じさせると考えられる.

    Ⅳ おわりに

    今回,阿武隈川流域の河川水質の特性とその要因について,考察を行い,右岸と左岸の差異を明らかにした.今後,各イオン成分や他の項目間の関係性を究明し,流域の水質形成要因および水収支を明らかにしていく必要がある.

  • −旧西ベルリン市ノイケルン地区Weserstr.を事例として−
    池田 真利子, 高濱 佑太郎
    セッションID: 231
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    本研究の目的は都市空間を舞台とし表出する「言語景観(Linguistic Landscape)」を当該地域の歴史的背景や地域的特性,およびその変化と併せて考察することにある.本発表とこれに続く全3件の発表は,いずれも言語景観から地域的事象を理解するのに適した海外地域を対象としており,「通り」の言語景観に注目したオンライン地域調査の成果である.なお,文化としての言語の領域性や,建造物という物質(有形)の歴史性と無関係ではない「言語」という非物質(無形)からみえてくる歴史性に注目し,言語景観から理解される地域的特徴を報告した地理空間学会2021年大会発表とその後の議論を経て,本発表では飲食文化と夜の地域性に注視し,調査地・データ追加・再集計を行った.目下,COVID-19に起因し海外フィールド調査の物理的制約が続くなか,ネット技術は人間社会の行動規範やグローバル化の新局面に多大な影響を及ぼしていることがUNESCOにおいて指摘されるなか,個人情報保護やセキュリティの観点からこれまでとは異なる地域差が生じるGoogleStreetViewやオンライン公開情報を,学術・教育という公益性の高い目的で使用する可能性を模索することも本セッションの意図するところである.さて,「言語景観」の概念・調査手法に最初に言及した本邦地理学者の正井(1969)によると,「言語およびその視覚表現である文字からみた都市景観」と定義された.当該論文は新宿の業種看板や喫茶店の言語景観の欧米化と都市景観への影響を明示したものであったが,その後,2000年代に入ると,東京を中心に多文化・多言語化する社会を背景に,言語景観は研究視点・方法として再評価され,社会言語学を中心に研究が多角的に展開してきた.他方で2010年代には,言語の領域性やメッセージ性に関する関心の高まりから,インタビュー調査に基づく興味深い事例調査報告が多数報告されている.とりわけ国内では,都市空間における小地域の地域的特性やその変化と言語景観(特に言語種やデザインを含む言語表記)の関連性に関する研究が近年発表されたものの,東京都内小地域における地域変化の事例研究が圧倒的に不足する現状がある.そこで,発表者がすでに行った海外での調査結果,およびフィールド調査の過程で得られた知見に基づき,池田・高濱(2021)では旧東ベルリン・プレンツラウア—ベルク地区の都市変容(ジェントリフィケーションおよび観光地化)との関連における言語景観の変化に関する調査の結果を報告した.本発表では,これに続き,同様のネトノグラフィー調査を旧西ベルリン地区ノイケルン地区で実施することとした.2021年6〜7月実施したネトノグラフィー調査においては,Googlestreetviewと,経済アトラスおよびGoogle上で表示される店舗情報を一次情報とし収集した.次いで,各店舗業種や名称,店舗開設経緯は,各店舗のウェブサイトやSNSに基づく情報を参考に収集した.なお,ノイケルン地区の概要や地域の変化(観光地化およびジェントリフィケーション)は発表者の既往研究に詳しい(例えば,池田2018等).当該地域は,19世紀半ばまで旧市街の郊外域に属し牧草地として利用されていたが,19世紀から20世紀初頭の産業期に急増した都市人口の受け皿として急速に整備された労働者向けの居住地区であり,狭小住宅が多く卓越する地域である.東西再統一後には中所得者層が区内郊外あるいは他地区へと転出すると同時に,トルコやユーゴスラビア,ポーランド,その他アラブ諸国出身の外国人が域内へと転入した地域である。特にテナント料が高価格帯である大通り沿いは,ケバブ屋やウェディング衣装等,再統一後の移民による商業利用が主体であり,言語景観はエスニック多言語指向である.しかし,その大通りの裏側である小通りには,2000年代半ば以降,バーやカフェ等の新利用が卓越し,大通りとは異なる多言語指向の傾向をみせてきた.とりわけ,全長2,460mにおよぶWeserstr.は,周辺地域のジェントリフィケーションにおいて重要な役割を果たした観光街路である.さて,街路北側全体で76件の店舗が確認された.言語種は多い順にドイツ語(38件),英語(29件),フランス語(6件),トルコ語・その他(2件)であり,イタリア語・ポルトガル語・ロシア語が各1件ある.また,業種別にみると,サービス業が58件,小売業が22件である.また,バーが9件,カフェ・レストランが7件と,夜間営業が主体の店も多い.ただし,バーがドイツ語指向であるのに対し,カフェ・レストランは欧米多言語指向を示す特徴がある.

  • 岡山県苫田ダムを事例に
    大西 達也, 金 枓哲, 本田 恭子
    セッションID: 214
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1.研究の背景と目的

     洪水防止や工業用水の安定的な供給等を目的としたダム建設を巡っては、水没地域のコミュニティ崩壊や環境破壊への懸念等からしばしば反対運動が生じてきた。水没地域への補償や対策は、大きく「損失補償基準」と「水源地域対策特別措置法(以下、「水特法」とする)」の2本立てになっている(浜本、2015)。まず損失補償基準によって、公共施設(学校や役場等)の機能回復と水没地権者への財産補償がなされる。そして、水特法によって水源地域への影響緩和や活性化のための、宅地造成や農地・公園等の整備が講じられる。とりわけ水特法によるダムや周辺施設を活かした水源地域活性化への取り組みには注目が集まっている(浜本、2009)。ただし、水特法の適応対象となるダムの水没規模は、水没住宅数が20戸、または水没農地面積が20ha以上の大規模ダムに限られる(国土交通省、2005)。

    従来、水源地域活性化に関する研究(中崎、2003など)や水没移転者に関する研究(国光ら、1978など)は数あるが、建設前の経緯をも踏まえて、水特法に指定された地域社会への影響を分析した研究は未だ少ない。そこで本研究では岡山県で唯一、水特法に指定された苫田ダムを事例に、ダム建設に伴う補償交渉プロセスから現在の地域活性化までの中長期的な視点で地域への影響を分析し、水源地域対策への取り組みを俯瞰的に評価する。

    2. 研究対象と方法

     研究対象は岡山県旧奥津町に建設され、半世紀にわたる反対運動の末、約500戸が移転を余儀なくされた、苫田ダムとその周辺地域である。主な研究方法は聞き取り調査(2019.10-2020.12)と文献調査及びアンケート調査(2020.9-2020.10)である。

    3. 結果と考察

     1957年にダム建設が発表されてから、旧奥津町では国や岡山県を相手に1990年頃まで反対運動が展開されていた(表1)。1982年に県は奥津町の同意なしに苫田ダムを水特法に指定し、奥津温泉を軸にした観光振興を町再生のために計画した。その反面、奥津町の方針をダム賛成へと導くために、道路整備や圃場整備等の補助事業の凍結による行政圧迫を行った。その手法は、水特法の指定によって行われる水源地域整備計画の中に、奥津町が既に計画していた補助事業を取り込むというものであった。1985年に推進派地権者が損失補償基準に調印し移転が始まったが、奥津町は反対の姿勢を変えなかったため、移転者用の町内公営団地建設を講じることができなかった。そのため、水没地区の住民の約9割が奥津町から、なし崩し的に奥津町内ではなく、津山市等の都市部へと流出した。また、移転を機に農業を辞めるなど、生活が変化した住民もいた。

    国と県による行政圧迫や人口流出が続く中、1990年に町政がダム建設容認へ大きく転換すると、県主導の水源地域対策が講じられ始めた。その事業内容は、凍結されていた国道のバイパス工事や、観光物産館や温泉センター等の建設によるインフラ整備である。国道のバイパス工事は利用者にとって、移動時間の短縮に大きく貢献した。しかし温泉センターのホテル併設計画は客足流出を恐れた老舗旅館の反対により頓挫し、温泉センター内のテナントは撤退が相次いだ。また、観光物産館内のダム展示室は所有者である国土交通省からの補助金削減により閉鎖した。そして、現在、町内の観光団体はダム湖等を利用した事業を新たに行うことは考えていない。水特法により整備された国道等の社会基盤整備は地域にとって、移動時間短縮等の重要な役目を果たしているものの、水源地域対策が地域の観光振興につながっていないことが明らかになった。

    4. 結論

     従来、水特法は水源地域の影響緩和や活性化を目的としている。しかし、苫田ダムの場合、国・県が奥津町の同意なく苫田ダムを水特法に指定し、県の町内補助事業を水特法事業の対象とした行政圧迫を行った。その結果、町内からの人口流出等の影響を招いた。また、水特法による活性化施設は利活用が進んでいない。このように、水特法の運用方法を誤ると地域社会に中長期的な悪影響を与えると言えよう。

  • -「身近な水環境の一斉調査」第17回・18回の結果を中心に -
    小寺 浩二, 猪狩 彬寛, 齋藤 圭, 沼尻 治樹
    セッションID: 109
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    電子付録

    Ⅰ はじめに

    日本では高度成長期に全国で水質汚濁が問題となったが、法整備や 社会全体の環境意識高揚などもあり、急速に水質が改善されてきた。 しかし、現在も東京への一極集中だけでなく、地方でも都市化が進み、 郊外などで水質汚濁が激しい地域も残っている。かつての点源汚染が 面源汚染となって広がり、山村地域での排水処理施設の問題などから、 大河川流域では下流部よりも上流部に汚染地域が目立つ流域が多い。 行政によって1971 年から継続されてきた「公共用水域の水環境調 査」結果や、市民団体を中心に2004年に始まった「身近な水環境の全 国一斉調査」といった全国規模の観測記録を中心に、日本の河川水質 の長期変動について検討してきたが、本稿では、2020年の第17回「身近な水環境の一斉調査」に加えて、2021年の第18回で法政大学が測定した結果もあわせて考察を行う。

    Ⅱ 研究方法

    国立環境研究所のデータベース「公共用水域の水質調査結果」を用 いて 1971 年以降の水質変化を整理し、「身近な水環境の全国一斉調 査」については、2004年〜2018年の COD の調査結果を整理して長 期的な変化について考察した。また、1971年以前に関しては、様々 な研究成果から抽出したデータを整理し、2018年以降については、 研究室で行ってきた全国規模の観測記録を用いた。さらに、2020年に関しては、研究室と関係者が実施した2000地点を越える観測結果を対象とした。

    Ⅲ 結果と考察

    1 . 公 共 用 水 域 の 水 質 調 査 結 果

    1971 年に約1,000 点だった観測地点が、15年後の1986年には 5,000 点を超え、その後6,000点弱の地点での観測が継続されてき た。BOD 値の経年変化では、当初3以上が半数を占めていた(1971 年)が、1976 年には2 以下が半数となり、最近では、2以下が約8 割を占めている(2018年)。1〜4の地点数は変わらず4以上が減少し、1以下が全体の約半数に増えている。

    2 . 身 近 な 水 環 境 の 全 国 一 斉 調 査

    調査が始まった2004 年は約2,500 地点だったが、2005年には約 5,000 地点となり、その後6,000 地点前後で推移するものの、2018 年には約7,000 地点となった。COD4以下が約半数となっている。2020年は、新型ウイルスの影響で、観測地点が減り、また法政大学の観測結果が集計に含まれなかったため、2004年の初回に次ぐ少なさである3,802地点となったが、ここでは、約2,000地点の法政大学の調査結果を解析した。

    その結果は、沿岸域が中心で、全国の様々な規模の河川の末端地域で観測したため、全国の河川の地域差を吟味するのに適しており、かつての観測結果との比較も可能となり、今後の継続的な調査が期待される。

    1971 年 以 前 の 水 質

    先駆的な小林(1961)による研究成果などはあるものの、系統的 に観測された水質データは入手しづらく、研究論文や、いくつかの 報告書などからの抜粋により整理したが、十分な水質復元はでき ず、過去の水質を明らかにすることの困難さが浮き彫りとなった。

    の 水 質

    2017 年〜2020 年にかけて、毎年全国2000箇所以上で調査した データを整理し、近年の河川水質の現状を明確にした。さらに、2021年5〜7月に実施した調査結果を加えて、総合的に検討した。

    全国規模の長期的な観測結果に加えて、1971以前のデー タを収集整理して過去の水質の復元を試みた。最近の水質に関しても、 独自に全国規模で約2,000地点の観測を行い、現 況を明らかにした。特に、2020年の沿岸域に加えて、2021年では内陸部の調査を行ったことで、広域に検討することができた。さらに広域な調査を継続しながら精度を上げていきたい。

    小林 純(1961):日本の河川の平均水質とその特徴に関する研究. 農学研究,48-2,63-106.

    小寺浩二ほか(2021):日本における河川 水質の長期変動に 関する水文地理学的研究(2).日本地理学会講演要旨集.

  • 中田 高, 熊原 康博
    セッションID: 119
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    ヒマラヤ周辺の横ずれ活断層について、ALOS 30 アナグリフ画像とGoogle Earth画像をもとに再検討を行った結果、西ヒマラヤおよび北ベンガル平野で新たな知見を得た。

  • 勝又 悠太朗, 堀本 一樹, 赤井 理子
    セッションID: P020
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1研究目的

     本発表は,インドにおける新型コロナウイルス(COVID-19)感染の地域的特徴をGISによる地図化を通じて明らかにすることを目的とする。発表者は,2020年のCOVID-19感染の地域的特徴に関する分析結果を既に発表しており,本発表はその続報に位置づけられる。今回は2021年1〜6月を主たる分析対象期間とし,特にこの期間中に発生した感染の第2波の動向に注目する。

    2.使用データ

     分析には,covid19india.orgが収集・整理し,ウェブサイトで公開しているデータを使用する。同組織は,公的な組織ではないが,国や州などが発表する情報を中心に収集・整理を行っている。使用できるデータには,インド全体のデータに加え,州別,県別に集計された地理情報を含んだ時系列データも含まれる。

    3.インドにおけるCOVID-19感染の動向

     インドにおいてCOVID-19の感染が初めて報告された2020年1月30日以降の新規感染者数の動向を月別に確認する。2020年4月までの新規感染者数は34,867人,5月は155,781人,6月は395,044人,7月は1,111,273人,8月は1,990,350人,9月は2,622,322人,10月1,873,041人と推移し,9月をピークとする感染の第1波が確認された。その後,11月は1,279,861人,12月は823,056人,2021年1月は472,317人,2月は353,427人と新規感染者数は大幅な減少に転じた。しかし,3月になると1,108,656人と1ヵ月の新規感染者数が再び10万人を超え,4月は6,936,345人,5月には9,016,687人と感染者が急増した。6月の新規感染者数は2,236,883人となっており,4〜5月にかけて感染の第2波が訪れたことがわかる。7月3日時点の累計感染者数は30,544,009人に達しており,これはアメリカに次いで世界第2位の人数である(日本経済新聞社の新型コロナウイルス感染世界マップによる)。

    4COVID-19感染の地域的特徴

     2021年1月以降のCOVID-19感染の動向を州別にみていく。新規感染者数が減少傾向にあった1月と2月は,いずれもケーララで最多の感染者数が報告された。これに次ぐのがマハーラーシュトラであり,2月には両州で全感染者数の73%を占めた。3月になると新規感染者数が増加に転じたが,州別にみるとマハーラーシュトラが657,910人(全国比59%)と圧倒的に多く,第2位のケーララ(65,181人)の10倍近い感染者が報告された。感染の第2波が始まった4月もマハーラーシュトラで最多の新規感染者(1,789,492人,全国比26%)が発生した。これに,ウッタル・プラデーシュ,カルナータカ,デリー,ケーララが続いたが,全国比が10%を超えた州はマハーラーシュトラのみであった。第2波のピークを迎えた5月は,マハーラーシュトラで最多の感染者数を記録した点は同様であるが,カルナータカ,ケーララ,タミル・ナードゥも全国比が10%を超えており,インド西部〜南部を中心に感染が拡大した様子が伺える。そして,6月もこれら4州が新規感染者数の上位を占めたが,ケーララとタミル・ナードゥがマハーラーシュトラの感染者数を上回った点は5月とは異なる傾向であった。

  • 熊谷 美咲, 山下 書子, 姚 矞馨, 池田 真利子
    セッションID: 233
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    Ⅰ はじめに

    言語景観の国内研究は地理学と社会言語学を中心に行われきた.海外における日本語話者向け言語表記に関しては,韓国の日本人居住区での言語景観の特性を明らかにした磯野(2012)や海外観光地における多言語表記の中の日本語を扱った高ほか(2015)が挙げられる.しかし,既往研究では,夜の街において日本人を対象とした言語景観は注目されてこなかった.本研究は,台湾台北市旧大正町(現,台北市中山区)を対象に,夜の街における言語景観の特徴を明らかにすることを目的とする.日本統治時代,台湾総督府が置かれた台北には,行政機関が集積し,その周辺には日本人官僚を対象とした居住地が形成された.本発表の対象地域である旧大正町は,日本人移住者の増加に伴い「大正街」という地理名称で日本人専用の高級住宅街として整備された地域である(陳2011).当該地域周辺には第二次世界大戦後からベトナム戦争期にかけて,アメリカ大使館や米軍駐屯地が置かれたことから,旧大正町は商業地や米軍向けの保養地,そして消費空間へと変化した(鄭2002).米軍撤退後の1970年前後には,日本人観光客や日本人ビジネスマンが増加し,当該地域は,彼らを対象とした歓楽街へと変容した.現在も,大正町一体には,日本式ナイトライフアメニティであると理解される居酒屋や日本料理店等の飲食店が集まる.

    Ⅱ 調査方法

     まず,日本統治時代から戦後にかけての大正町の歴史的変遷について文献調査を行い,その後,現在の言語景観の調査を実施した.旧大正町の林森北路(159,145,138,119,85,67)および中山北路1段(135,121,105,83,53,33),計14通り518件の看板言語・表記を対象とし,2021年5〜7月にGoogle Street Viewを用いてオンライン調査を実施した.なお,画像識別の可能な看板に対象を限定し,看板以外の表記や判読不能な店舗名等の情報は対象から除外した.また,ウェブサイトやSNS等のオンライン情報に基づき,店舗種類や営業時間等を調査した.なお,本研究の予備調査とそれに基づく結果は山下ほか(2021)の通りであるが,本調査はその後,旧大正町における夜の街としての特徴に注目し,それに関し追加調査を行った点に新規性がある.

    Ⅲ 旧大正町にみる夜の街の言語景観

     深夜営業(午前0時から午前6時までの営業)が確認された店は,調査対象とした全518件中159件(約31%)あり,業種別でみるとバー・スナック・ラウンジ85件,レストラン20件,居酒屋14件,キャバクラ11件,マッサージ店7件,パブ5件,クラブ・カラオケが各3件であった.これらの店の看板で使用される言語種は英語91件(約35%),中国語53件(約20%),日本語47件(約18%),フランス語9件(約3%),スペイン語7件(約3%),韓国語6件(約2%),その他イタリア語,ラテン語,ハワイ語等が確認された.また,表記はアルファベット121件(約40%),漢字83件(約27%),カタカナ43件(約14%),数字34件(約11%),ひらがな17件(約6%),ハングル6件(2%)の順に並ぶ.全516件の店の看板における言語種・表記は,中国語262件(約31%)と漢字表記383件(約39%)が最多であるのに対し,深夜営業を行う店の看板の言語種・表記は,英語やアルファベット表記が優勢であるといえる.また,欧米言語のカタカナ表記も散見され(例えばVenusヴィーナスやTopaz トパーズ),日本語話者が対象と推測されるこれらの看板は,当該地域の夜の街の言語景観を特徴的なものとしている.以上から,夜の街では日本語話者に向けられていながら英語等の外国語が使用されていると推測される.

     発表当日は,看板に記載される言葉の意味や使われ方に関する質的分析の結果を報告するとともに,看板の色や文字の大きさ,配置などの視覚的な側面に着目し調査を進める.

    文献

    磯野英治 2012.言語景観から読み解く多民族社会:韓国ソウル特別市における外国人居住地域からの分析.日本語研究32: 191-205.

    高 民定,温琳,藤田依久子 2015.韓国済州島における言語景観—観光と言語の観点から.千葉大学人文社会科学研究30: 1-23.

    鄭 良一 2002.台北シーンの変遷https://www.hilife.or.jp/pdf/20026.pdf(最終閲覧:2021年7月23日)

    山下書子,瞿 芳馨,熊谷美咲 2021.台北市「大正町」エリアの言語景観に見る日本統治時代の歴史.地理空間学会.

    陳 正哲 2011.鐵道設站與住宅區開發—台灣建設史之規劃思想研究.環境與藝術學刊10: 91-106.

  • 大畠 拓真, 于 濰赫, 柿沼 由樹, 池田 真利子
    セッションID: 232
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    Ⅰ.エスニックタウンの商品としての言語景観

    地理学・社会言語学で行われてきた言語景観研究は,景観において一定の同質性を有する地域に注目し事例調査を行ってきた.例えば,ワシントンD.C.のチャイナタウンに注目したLeeman and Modan(2009)は,言語景観の商品化を明らかにした.また,多文化社会であるシンガポールのチャイナタウンに注目した柿沼ほか(2021)は,ショップハウス群における商業的利用の現況と言語景観の地理的分布を明らかにした.これらの先行研究から示されるのは,エスニックタウンにおいて言語は商品となり得るということである.言語と同様にシンガポールのチャイナタウンにおいて顕著である食文化の言語景観に注目すると,観光客向けの店舗が中国語で表記される傾向にあることがみえてくる.

    食文化の商品化に関しては,観光人類学や文化地理学分野において,その商品化の観点から述べられてきており,池田(2013)は食文化の商品化のプロセスとその特徴を明らかにした。しかし景観的側面に着目した研究は少ない.そこで,本研究では,シンガポールのチャイナタウンにおける食文化の商品化において言語景観が果たす役割を明らかにする.

    Ⅱ. 調査対象地域と調査方法

    チャイナタウンはシンガポールの歴史保存地域に指定されており,4つのサブゾーン(Kreta Ayer,Telok Ayer,Bukit Pasoh,Tanjong Pagar)により構成される.本調査では,調査対象地としてAmoy St(以下A.St),Mosque St(以下M.St),Tanjong Pagar Rd(以下 TP.Rd),Nankin St(以下N.St),Keong Saik Rd(以下KS.Rd)の計5通りを選出し,Google Street Viewを用いてオンライン調査を実施し,業種,看板店舗で表示される言語数・言語種,食ジャンル・料理種について情報を得た.なお,言語表記の判別方法はShang and Guo(2016)を参考に,主言語・副言語の2分類を行った.なお,本研究の萌芽的調査である柿沼ほか(2021)では,シンガポール歴史保存地域である3街区(Telok Ayer,Kreta Ayer,Tanjong Pagar)における主要3通り(A.St,M.St,TP.Rd)の調査報告を行ったが,本発表は加えてBukit Pasoh街区の代表的通りであるKS.Rd,およびチャイナタウン北東部に位置するN.Stを補足した点にデータの新規性がある.

    Ⅲ.言語景観にみるエスニックタウンの食文化

     調査対象とした飲食店は127件であり,料理店をジャンル別にみると,中華料理店28件(約22%),韓国料理店24件(約19%),日本料理店13件(約10%),その他の料理店(イタリア料理店が最も多く4件,次にインド料理店が3件,フランス料理店が2件)で36件,カフェ・バー26件(約20%)が所在する.なお,その他の料理店は,融合料理やインドネシア料理,ベトナム料理などその種類は多岐にわたる.そのうち主言語として中国語を使用する中華料理店は22件と中華料理店全体の約79%を,また,主言語として韓国語を使用する韓国料理店は16件と韓国料理店全体の約67%,日本語を主言語として使用する日本料理店は12件と日本料理店全体の約92%を占める.その他の料理店では,イタリア料理店においてイタリア語を主言語として使用している店舗が3件と,イタリア料理店全体の75%を占める.以上から,料理店ジャンルと言語景観には一定の相関関係がみられる.英語を主言語として使用している店舗が26件とその他の料理店全体の約72%を占める.また,カフェ・バーでは主言語が英語の店舗が24件と約92%が英語を使用する.

     今回の調査では,食文化が多様であるチャイナタウンの料理店ジャンルと言語の関連性が確認できた.今後は,言語種にとどまらず,カタカナやローマ字といった言語表記の判別を進める.

  • —広島県東広島市西条町のトンドを事例にー
    横川 知司
    セッションID: 236
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1.はじめに 2021年7月現在,新型コロナウイルスは全世界的に流行し,社会的・経済的な影響を与え続けている。日本においても,感染拡大を防ぐために「新しい生活様式」という考え方が提唱され,多人数が集まるイベントの多くが制限された。伝統行事も例外ではなく,観光イベントでもある大規模な祭りなど,多くが中止になった。しかし地域で行われる小規模な伝統行事がどのように変容したのかは明らかでない。

     そこで,本研究では小正月の神事の一つであるトンドに着目した。トンドは,竹などを組み立てて,やぐらをつくり,正月飾りなどを焚き上げる伝統行事である。名称は異なるものの,共通の祭りが全国各地で広く行われていることから,今後の日本全体の伝統行事の維持を考えるうえで適した事例であると考える。

    2.対象地域 本研究では,東広島市西条町を対象地域とした。選定理由として, 町内のほとんどの地域でトンドが実施されていること,調査の前年(2020年)に発表者らが悉皆的に調査を行っており,コロナウイルス流行の前後を比較できることが挙げられる。西条町は,農業地域と都市地域の両方が認められ,さらに都市地域縁辺の農業地域では,宅地化が進行し,旧来の住民と新住民が居住する混住地域も見られる。都市・混住・農業地域で催されるトンドを比較することで,コロナ禍に伴う変容の地域的な差異を検討する。なお地域区分については,国土数値情報と国勢調査のデータに基づき,農業地域のうち,人口が増加する地域を混住地域とみなし,それ以外を農業地域とした。

    3.トンドの変容 2020年に実施された95のトンドのうち,2021年も行われたのは28であった。地域別にみると,都市地域では開催場所である小学校を借りられないなど,開催場所を確保できなかったことが影響し,ほぼすべてが中止になった。自分たちで開催場所を確保できる混住・農業地域でも約7割が中止になった。運営主体と参加人数からみると,住民団体など参加人数が多いトンドほど中止になることが多く,個人など参加人数が少数のトンドは開催されていた。コロナ禍で開催を決定した理由としては,1)正月飾りを焚き上げるため,2)年はじめに顔を合わせておいた方が良いと考えたため,3)無病息災を祈るため,4)中止にするという意見がそもそも出なかったなどが挙げられる。

     行事内容の変化としては,飲食の制限・禁止が確認された。汁物など共用飲食物の提供は行われず,代わりに弁当やペットボトル飲料など個別のものが増加した。トンドの形状については,少人数・短時間で建てられるように工夫したため,簡素化・縮小化が進んだ。参加人数は,帰省を控えた親族や参加をとりやめた地域住民・外部参加者もいるため,全体的に減少していた。

     一方で,地区で中止になったため,個人で代替開催したトンドが混住地域では4ヶ所,農業地域では9ヶ所でみられた。開催理由としては,1)正月飾りを焚き上げたい,2)家族に年男年女がいるため,3)子供がいるため,4)昔から続いてきたものなのでやっておかないと気になるなどが確認された。

    4.おわりに 都市地域など,開催場所を自前で確保できないトンドは中止になり,自前の開催場所をもつ混住・農業地域でも,参加人数が多いトンドは中止になった。開催したトンドを見る限り,親睦の目的が失われ,正月飾りを焚き上げるなどの神事の目的が表出したと考えられる。伝統行事の維持には,場所の確保が最低条件であり, コロナ禍においては参加人数が少数である方が開催されることが確認できた。また,トンドの開催理由から開催者が伝統行事の本来的な意義を認識していることも重要であるといえる。

  • 小田 理人, 小寺 浩二
    セッションID: P004
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    電子付録

    Ⅰ はじめに

     多摩川水系の浅川では、生活排水による水質悪化が問題視され、様々な研究が行われてきた。しかし、研究の多くは最大の支流である南浅川についての研究であり、浅川水系全体を包括的に研究した例はほとんどない。本研究では浅川水系全体の水質特性を明らかにし、気候条件等と合わせて水質の季節変化について考察する。

    Ⅱ 研究方法

     今までの研究成果を検討したうえで2020年5月3日より現地調査を開始し、34地点において月一回の継続観測を行っている。現地における測定項目は気温、水温、電気伝導度、pH、RpH、COD、流量である。サンプリングした河川水は研究室へ持ち込み、TOC及びイオンクロマトグラフィを用いた主要溶存成分の分析を行った。

    Ⅲ 結果と考察

     浅川流域のEC平均値は、本流上流では90μS/cm以下であり、変動係数も小さい。山入川、城山川、南浅川などの合流により値は上昇し、中流の浅川橋では151μS/cmとなる。さらに山田川、湯殿川の合流に伴い値は上昇し、最下流の新井橋では196μS/cmとなる。最大の支流である南浅川は、上流部は本流よりも高く、120μS/cm前後である。また変動係数は本流よりも大きい。木下沢などの溶存成分の少ない支流の合流により中流では一度値が下がるが、人口密度の高い地域を流下し最下流の横川橋では平均143μS/cmとなる。季節毎に見ると、概ね夏季に低く、冬季に高い傾向を示すが、下流では夏季に上昇する地点もある。

     トリリニアダイアグラムは重炭酸カルシウム型を示し、多くの地点で地下水の影響が見られることを示している。流域の中で最大のEC値を示した山田川の下中田橋ではNa+Kの割合が最も高かった。本流と南浅川とでは溶存成分に大きな違いはなかったが、南浅川支流ではHCO3-の割合が多い傾向にあった。

     pHは下流において高い傾向にあり、生活排水の影響が考えられる。本流では上流に行くと値は下がる傾向にあり、最上流では7.2である。変動係数は上流で小さく、下流で大きい。特に最下流部では最大は8.7、最少は7.6と1以上の差がある。最大値が観測されたのは多くの地点で8月であり、降水量が少なかったことが原因とみられるが、同様に降水量が少なかった11月、12月は多くの地点で低い値が見られ、寒候期は地下水が大きいとみられる。

    Ⅳ おわりに

     浅川流域では都市域と山間部では違った水質を示している。季節変化は降水量の影響を受けており、降水量の多い月にEC、pH共に低い値が見られた。pHは夏季に藻類の影響で高い値が観測された。今後は支流毎の観測データの解析とより詳細な季節変化の解明が求められる。

    参考文献

    河野はるみ,小倉 紀雄(1987):南浅川におけるアミノ酸の存在量と組成水質汚濁研究,10(8)495-502.

  • −2016年熊本地震を事例として−
    黄 璐
    セッションID: 116
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    2016(平成28)年熊本地震では,震度7を2回記録する地震が発生し,熊本市全地域における住宅は多くの被害を受けた.被災地の生活を再建するに当たり,住宅再建は重要な課題の一つである.そのため,2016年4月以降に発生した熊本地震における地域コミュニティの被害と復興過程について検討してきた.とくに被災地の中,住民主導による速やかに生活が再建できた東無田集落を対象にし,主体間の関係性を着目しながら,復興の主体の関係づくりはいかに震災復興に影響したのかを分析することを目的とする.

    本報告は,熊本地震による被害の概要を振り返ったうえで,熊本地震の被災地で見られた地域コミュニティが地震直後からどのように生活を再建したのか,また,長期的な復興過程でどのように他の復興主体と関係づくりをしたのかについて検討しながら,地域コミュニティの自主行動にみられる主体性,とりわけ状況に応じて臨機応変にとられた行動について検討した.

    そこで,まず行政,マスメディア,外部支援者など関係当事者が,被災地住民を支援する体制を表現する枠組みとして提起された「減災の四面体モデル」を援用し,この四つの関係当事者を災害復興の主体として主体関係を考察する.また,災害から復旧・復興の過程についての古典的なモデルに基づき,震災復興過程を①生活・住宅再建期,②復興主体形成期,③復興課題解決期3つの期間ごとに分析した.さらに,住民主導型災害復興に着目しながら,各段階の主体行動と関係性から震災復興における主体関係性とその形成要因を明らかにした.

     対象地域(東無田集落)の被害状況は以下の通りである.①集落全体の住宅被害が顕著し,約7割以上は全半壊を受けた.②集落住民の7割は高齢者であり,自力再建世帯は約60戸であった.③仮設住宅入居数は76戸中192名であった.集落の復旧・復興のために,どのように自発的に取り組んでいるのかとその効果,これらの活動を通して,他の主体との間にどのような関係を構築したのかを明らかにするため,2020と2021年に復興と関わる重要な人物と集落住民に向けた聞き取り調査とアンケート調査を実施した.

    その結果として,東無田集落の復興特徴は以下の3点が挙げられる。①生活再建期(2016年4月-2016年6月):この期間は,独自のボランティアを受け入れた集落住民は外部支援者との双方向関係が構築することができ,ボランティア団体の作業効率化したうえ,集落の住宅解体作業が他地区よりも相対的に早く進んだ.②復興主体形成期(2016年-2017年2月):この時期は,東無田復興委員会の活躍を通じて,集落住民が復興の活動に主体的に取り組み外部から来る人々との交流を通じて主体性を回復させ,復興を自らの問題として取り組む時期である.とくにインターネットの活用,マスメディア団体を依頼と東無田独自の災害スタディーツアーなど積極的な活動を通じて,集落住民・復興組織とマスメディアとの双方向関係を促進できた.このような外部との交流の事業化は,外部へ発信しながら,積極的に行動を起こす住民の存在特に高齢住民の生きがいを発見しながら,集落と外部の関係だけでなく,集落内部関係も緊密に結びつけた.このような関係づくりはその後の復興課題の解決に多大な影響を与えた.③復興の課題解決期(2017年-2019年10月):この時期は,住民を主体としてまちづくり協議会と連動し,復興の目標を実現するための活動時期である.その典型例としては,災害公営住宅の建設問題について,協議会と意識高い住民を中心として展開より意識的課題解決に向けた能動的活動を行い,成果を取得した.さらに,この段階には行政との関係は以前の単一関係から双方向関係へ進化したことも明らかになった。

     主体性の立場から対象地域の復興過程の全体像を捉えるうえで,主体関係性からみた震災復興過程の地理学視点は次の3点が有効である.第1に,平時からの住民自治によるコミュニティづくりの取組が,住民同士の間,住民と行政または他の主体との信頼関係を築くことに有益である.第2に,地域住民は他の主体間の双方向関係は地域の復興効果を高めていると推測できる。特に本報告の場合,住民と外部支援者・マスメディアと支援したり支援されたり双方向関係の支え合い関係が災害復興に強い地域社会をつくることと繋がっている.また,住民主体的な復興といっても,行政や他の主体の役割も大きい.第3に,住民内部の相互関係づくりが震災復興の前提となり,住民主体の内発的意識と行動を呼び起こす中心人物が重要であることが指摘できる.

  • −地理教育国際憲章の視点−
    大西 宏治
    セッションID: S106
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    IGU地理教育コミッションは1992年に地理教育国際憲章を発出し,21世紀の地理教育の方向性を示し,いまだに重要な基礎となっている.その後,憲章を下敷きにダイバーシティやESD,地理教育研究の振興に関する宣言を示してきた.そして,それらを踏まえ,2016年にはIGU北京大会時にIGU地理教育国際憲章2016が発出され,国際的な地理教育の方向性が改めて確認された.

     このようにIGU地理教育コミッションは新たな地理教育の方向性を憲章,宣言という形で提示してきた.そして地理教育コミッションへの参加国はそれぞれのできる範囲で,地理教育の今後の進むべき方向性を受け止め,それぞれの地域での地理教育の発展のために取り組んできた.日本の地理教育の内容は学習指導要領により形作られている.近年の改定ではこれらの憲章,宣言を踏まえたものとなっている.本報告では日本国内での地理教育に対する憲章や宣言の影響とともに,今後の地誌学習の方向性について検討する.

     地理教育国際憲章の中で五つの地理的概念として「位置と分布」,「場所」,「人間と自然環境との相互依存関係」,「空間的相互依存作用」,「地域」とされた.地理という広大な教育のカテゴリをとらえる具体的な視点が五つの地理的概念ということもできる.学習指導要領改訂に際して,これらの概念がはっきりと取り上げられ,学校教育で取り組まれることになった.

     これからの地理学習では,地域に関する素朴な知識と,五つの地理的概念をとらえる地理的な技能とをバランスよく身に着け,地域の見方を育成することが重要であろう.基礎的な知識を軸に,地理的な視点を活用しながら我々の暮らす世界の見方を重視する必要がある.見方を活用しながら,変化の激しいこれからの世界の中で地域の将来像を予想する技能を児童・生徒が身に着けるべきで,それが地理教育の役割ではないだろうか.予測というのが学校教育の学習にふさわしいのか議論があるだろうが,地理学が重要視する「空間」が焼失しない限りは,そこに距離などを活用した地域の分析は可能であり,その技能を重視する時代に来ているだろう地誌学習では,地理概念を活用しながら,地域の現況だけではなく,地域の将来像の検討まで行うことが重要ではないだろうか.さらにIGU地理教育コミッションではすでにダイバーシティ,ESDに関する宣言を発出しており,これらの考え方を踏まえた地誌学習も必要とされる.Webなどで瞬時に世界の情報を得られる社会では,基礎的な知識を地誌学習の入り口として,地理的概念を自由に活用して現状を分析し,将来像を多様な視点から予測するという課題をこなさなければ教科としての魅力を保つことが難しくなるかもしれない.

  • 海邉 健二
    セッションID: 213
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    日本の森林面積は約25万km2で国土の約7割を占めている。主な森林資源の1つである木質バイオマス(WB)の賦存量は国内の年間1次エネルギー消費量の約2倍(44EJ)を有し、また持続的な供給を前提としたWBの年間成長量は同消費量の約5%(0.7EJ)の潜在的供給可能性を有するという試算もある(科学技術振興機構2012)。本研究ではWBの生産コストが平均的な東北地方(浅田ほか 2017)を対象として、①WBの賦存量や成長量等の森林資源量と、②各地域のエネルギー消費量を把握した上で、③バイオマス発電所の立地の変遷とその出力規模に応じたWBの需要量と供給可能な電力量を算出し、④WBの資源量とエネルギー需給の観点から、その利活用状況について分析した結果と地域特性について報告する。

     FITが開始された2012年度末におけるバイオマス発電所は東北地方全体で約14㎿で、理論的にはその燃料のほぼ全量を持続的に供給可能なWBの成長量で賄くことができた。しかし2018年度末には約920㎿まで急増し、燃料の持続的な供給を前提とすると自給率は数%程度に留まることがわかった。またWBの賦存量は東北地方の家庭用電力消費量の約10年分に相当する一方で、成長量は数カ月程度の供給可能量に留まることを定量的に明らかにした。

    参考文献

    科学技術振興機構低炭素社会戦略センター, 低炭素社会づくりのための総合戦略とシナリオ, 2012.

    浅田龍造ほか 2017. 木質バイオマスの生産コスト構造とその低減策 日本森林学会誌 99:187-194

  • 岩月 健吾
    セッションID: 234
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1.研究の背景および目的

     かつて日本では,野外で採集したクモ同士を闘わせて勝敗を決める遊び(クモ相撲)が,沿岸の地域を中心に全国的に見られた(図1).クモ相撲は,第二次世界大戦後の経済成長に伴う社会・自然環境の変化を背景に多くの地域で消滅してしまった(川名・斎藤 1985).しかし,関東・近畿・四国・九州の一部地域では,クモ相撲が行事化し,組織的な運営のもとで現在も存続している.

     本研究の目的は,現代におけるクモ相撲行事の存続要因を,行事の担い手(行事の運営者・参加者)に注目して明らかにすることである.民俗学における従来のクモ相撲研究では,遊びの分布やクモに関する方言,使用するクモの種類,遊びの形式に注目して,その地域差や類似性等が論じられてきた.しかし,行事化したクモ相撲を対象に,その存続の仕組みを明らかにする試みは少ない.

    2.調査の対象および方法

     本研究では,鹿児島県姶良市加治木町の年中行事「姶良市加治木町くも合戦大会」を事例として取り上げる(図2).地元で「加治木のくも合戦」の呼称で親しまれる本大会は,1996年に文化庁により,「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」に選択された.本研究では,「姶良市加治木町くも合戦保存会」役員や姶良市役所加治木総合支所加治木地域振興課職員,大会参加者を対象に,聞き取り調査を実施した.調査は主に,2015年,2018年,2019年の大会開催日(6月第3日曜日)に実施した.

    3.結果

     2011年〜2019年の大会参加者は,105人〜153人で推移している.全体に占める姶良市内からの参加者の割合は,2014年の45.7 %を除くと,53.6 %〜64.5 %で推移しており,本大会が地元住民によって支えられていることがわかる.また,県外からの参加者も,大会を活気づけ,試合を迫力あるものにする重要な存在である.

     本大会の参加者の特徴として,他の参加者と家族・親族の関係にある者が多いことが挙げられる.例えば,2019年の参加者のうち,他の参加者と家族・親族の関係にある者は全体の64.5 %を占めている.何年も続けて大会に参加する者も多く,2019年の参加者のうち,2018年の大会にも参加した者の割合は66.1 %であった.このうち69.5 %は家族・親族の関係にあり,家族・親族での参加が大会参加者数の維持に大きく貢献しているといえる.こうした集団は,交際・結婚を機に新たに誕生したり,人数を拡大したりする.また,分裂してライバル関係になることもある.

     クモの採集場所は他人には秘密にされるが,家族・親族内では共有され,共に採集・飼育を行うことで知識・技術が継承される.子どもも幼い頃からクモに触れ,一担い手へと成長していく.しかし,中学生になると忙しくなり,継続できなくなるという課題がある.

     本発表では,大会参加者の他に,運営者についても言及する.

    文献

    川名 興・斎藤慎一郎 1985.『クモの合戦—虫の民俗誌』未来社.

  • 深谷 直弘
    セッションID: S304
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    東京電力福島第一原子力発電事故(以下、原発事故)から10年が経過した。地域社会の復興・再生が進む中で、ここ6年で目立つのは、東日本大震災(以下、震災)の記憶・記録の伝承活動である。公立の伝承施設も次々と開設されている。これは、2015年5月に国の「復興構想7原則」において、震災経験の伝承に重きが置かれたことや、2018年12月、復興庁が「「復興・創生期間」後における東日本大震災からの復興の基本方針」において、「復興の姿の発信、東日本大震災の記憶と教訓の後世への継承」を掲げたことも影響している1)。それに加えて、2017年の震災に関する意識調査では震災への関心が薄れ、風化しつつあると答えた福島県民が7割に上ることが示しているように、震災・原発事故の記憶自体が忘れ去られるのではないかという危惧がある2)。こうしたことから、原発事故を含めた震災経験の伝承は地域の復興や再生していく上で重要な課題の1つとなっている。

     本報告は、戦後76年にわたり原爆(戦争)経験の継承実践を行ってきた知見の検討を行い、それが原発事故を含む震災経験の伝承において、どのように活かすことができるのかについて検討する。

     終戦から76年が過ぎ、原爆(戦争)を経験していない世代が、この経験の何をどのようにして継承していくのかが、課題となってきた。報告者を含め研究者も、こうした継承の課題に向き合い「何を」「どのように」継承していくのかについて考えてきた。

     何を継承するのかについては、社会学的記憶論に依拠すれば、時代ごとに重視される諸々の経験は異なる。例えば、核戦争の脅威が現実味を持っていた冷戦期と冷戦崩壊後に戦争責任が大きく取り上げられていた時期とでは、強調される原爆経験の語りは異なっているように思える。さらにいえば、原発事故以後に継承すべき原爆経験も同様のことが言えるのかもしれない。しかしそれでも、長崎・広島では約70年以上、原爆体験の継承実践が行われてきた点を踏まえると、時代や社会が変わっても変わらない部分がある。それは底流にあるものと言えるのかもしれない。

     こうした側面を好井裕明(2015)は「被爆者の『生』と『リアル』の継承」と呼んだ。継承において「被爆をした人が、具体的な苦悩や不条理を体験するなかで、まさにひとりの人間として「生きている」という事実を、被爆者の語りから私たち(継承する側)が感じ取れる」かどうかが重要であると述べている3)。継承することとは、原爆被爆したときの経験だけではなく、被爆者が原爆と向き合い生きてきた戦後史、生活史そのものを理解することであるという指摘である。それ以外にも「被爆者の思いを引き継ぐ」という表現もよく聞かれる(これは井上義和が「遺志の継承」4)と表現したこととも重なる)。

     では、それを「どのように」継承していくのか。これについては小倉康嗣(2021)の「能動的受動性」・「記憶の協働生成」という側面5)や、井上(2021)による継承の回路の短絡化などが指摘されている4)。そこでは、継承とは経験者と非経験者とのコミュニケーションであり、その場をどのように設定しいくのかが、問われている。

     原発事故を含む震災経験の伝承についての現状と課題を整理した上で、最後に原爆(戦争)経験の継承論が、震災経験の伝承においてどの程度、有効性を持つのかについて検討する。特に震災経験の「何を」「どのように」伝承していくのか、「誰のための伝承なのか」を中心に議論していく。その中で震災経験は、「規範・理念的なもの」と結びついた中で、語られていくよりも、「地域的なもの」と結びついて語られやすい傾向にあるということについても触れる。

    1) 佐藤翔輔(2021)「災害の記憶を伝える——東日本大震災の災害伝承」『都市問題』112, pp.73-83.

    2) 『朝日新聞』福島版,2017年3月3日付。

    3) 好井裕明(2015)「被爆問題の新たな啓発の可能性をめぐって——ポスト戦後70年、「被爆の記憶」をいかに継承しうるのか」関礼子ほか編『戦争社会学』明石書店,217-237.

    4) 井上義和(2021)「創作特攻文学の想像力——特攻体験者はどう描かれてきたか」蘭信三ほか編『なぜ戦争体験を継承するのか』みずぎ書林, pp.163-193.

    5) 小倉康嗣(2021)「継承とはなにか——広島市立基町高校「原爆の絵」の取り組みから」同上書, pp.45-105.

  • 久島 桃代
    セッションID: 312
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
    会議録・要旨集 フリー

    報告者はこれまで、「再び流れ出す予感に満ちた人々」について考えてきた。久島(2019a)では,福島県の農山村に移住したシングル女性(=「織姫」)にみられる「いずれ村から離れる時が来るかもしれない」という緊張感に満ちた土地への感覚を,「刹那的な場所感覚」という言葉で表現した。そして,まさにこうした刹那的な存在を重要な媒体としながら,土地の文化が継承されていることを指摘した。また久島(2019b)では,織姫に見られる刹那性にさらに着目し,彼女たちを繋ぎとめる存在として「からむし」という植物に着目した。「時間についての物語」(岸2018:134)とされる生活史(およびライフストーリー)だが,そこにはある種の空間性,すなわち個人と人間ならざるものも含んだ他者との関係性も内在する。織姫に特徴的な生とは,身体を媒介とするそうした関係性のなかで「非」主体的に,「更新」的に達成されるものであることを示した。

    織姫が示す場所感覚も,自然との関係の中で構成されるその生も,いずれも近代的で標準的な地図では描写が困難な,それゆえ地理学の対象としてとらえ難い性質をもっている。どちらにおいても,明確な境界線を見出せないからだ。主体同士を隔てる境界線も,移動を定義する際にしばしば前提となる境界付けられた「二つの地域」も,そこには見いだせない。本研究は,しかしこれらのとらえどころのない感覚,生のあり方から,場所をとらえ直してみたい。では「離脱の営みが居住場所に関わらず継続中」(冨山2013:79)であるような生はどのように構築され,いかに場所の構成に関わるのか。本研究では,フェミニスト身体理論,障害研究,環境人文学,科学研究らにおける議論から,「固体と液体の途上にあるもの」をとらえようとする,流体fluidsや粘性viscosityの概念を手掛かりとし,この問いに取り組む。

  • 岩船 昌起
    セッションID: 117
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
    会議録・要旨集 フリー
    電子付録

    【はじめに】災害時の新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19)対策が注目される中,「猛烈な」強さに発達すると予報された台風10号が2020年9月6~7日に鹿児島県に強い影響を及ぼし,県内市町村の多くで避難所運営に混乱が生じた(岩船 2021a;2021b)。特に,避難所定員(収容可能人数)の根拠が曖昧で,COVID-19対策上十分な身体的距離を保てなかった避難所がより多く存在した可能性が高い。また,避難者に周知される避難所の「空き」「混雑」「満員」の混み具合は,定員に基づく百分率等で便宜的に表している場合が多く,COVID-19対策上の意味合いが検討されていない。そこで,本研究では,避難所間取図で入所者の空間的配置進行のシミュレーションを行い,定員の簡易的算出方法を検討し,身体的距離の分析から避難所の混み具合を考察する。

    【方法】鹿児島大学第二体育館等,指定避難所となる4施設の間取図から避難所レイアウト案を作成して,個人空間(施設内で個人専有区画を設定できる空間),共用空間(入所者が共同利用するトイレや更衣室等の空間),調整空間(発熱者等を分離するための予備的空間),使用不可空間(施設管理等のために使用できない空間)を設定する。その上で,個人空間と認められた6室に,通路幅1mで,一人当たり4m2の個人占有区画を設け,定員を見積もる。また,心理的距離も考慮して,個人占有区画に入所者が順に入る簡易的にシミュレーションを行い,避難所での混み具合に応じた身体的距離が短縮する状況を検討する。

    【定員】個人占有区画一人当たり4m2,通路幅1mとする基準では,鹿児島大学第二体育館大ホール(約1,054㎡)で110人,卓球場(約285㎡) で30人が定員である。他施設で見積もった値も加えた定員と個人空間の床面積との関係は,図1の通りであり,両者に高い相関関係(y=0.097x+3.04, R2=0.98)が認められる。一定の面積を一様のパターンで区画付けるものであり,当然の結果であろう。これに基づくと,個人占有区画一人当たり4m2,通路幅1mでの定員を簡易的に求めるには,区画を設ける個人空間の床面積に0.1を乗じればよいことが分かる。

    【身体的距離の変化】鹿児島大学第二体育館大ホールで,個人占有区画に入所者が順に入る簡易的シミュレーションしたでの,収容人数と個人占有区画間の最短距離との関係は,図2の通りである。入所者が心理的距離を可能な限り大きく取り自由選択で入る場合と管理者が身体的距離の最短値が可能な限り最大となるように区画を指定する場合とで比較する。その結果,定員約50%を目安に,個人空間内で前後か左右で隣り合う個人占有区画2つに入所者が配置される状態が出現し,COVID-19感染リスクが高まったことを確認できる。そこで,「空き」を前後左右の隣り合う個人占有区画に世帯・個人がいない場合,「混雑」を前後左右に1個人でもいる場合と定義づけると,定員50%を「混雑」と判断できる。

    【考察】避難所定員公表の際には,人数だけでなく,入所者に提供される個人占有区画一人当たりの面積や通路幅の基準も提示されるべきである。一方,定員を超えて避難者を受け入れる際には「トリアージ的な発想で入所者間の身体的距離を短縮する」対応が必要となる。少なくとも入所時にはこの説明が必要であり,会話制限等,短縮時のCOVID-19対策強化のお願いも併せて行うべきであろう。また,区画を変更して入所者の配置を変える際にも,検温結果等の他に,直近2週間の行動歴,ワクチン接種状況等,問診票等で任意での情報提供に基づく必要がある。

    【おわりに】本研究では,「個人占有区画一人当たり4m2,通路幅1m」を一例として,避難所定員を求める簡易的方法と「混雑」等のCOVID-19対策上の意味合いを考察した。鹿児島県「避難所管理運営マニュアルモデル〜新型コロナウイルス感染症対策指針」第3版改訂に生かしたい。

    <参考文献>・岩船昌起2021a.新型コロナ下における自然災害への備え−大規模化する災害へ対処するために.生活協同組合研究,540,11-18.

    ・岩船昌起2021b.鹿児島県市町村避難所での2020年台風10号時運営と新型コロナウイルス感染症対策.日本地理学会発表要旨集。

    <謝辞>本研究の一部は,科研費基盤研究(C)(一般)「避難行動のパーソナル・スケールでの時空間情報の整理と防災教育教材の開発」(課題番号:1 8 K 0 1 1 4 6)の一部である。

  • 佐藤 浩, 宇佐見 星弥, 石丸 聡, 中埜 貴元, 金子 誠
    セッションID: P006
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    中村ほか(2020)は,2018年北海道胆振東部地震の被災域において岩盤地すべりの分布図を明らかにした。この分布図では,本地震による非変動・変動が分類されている。本分布図から岩盤地すべりのポリゴンデータを生成した。次に,10 mメッシュ数値標高モデル(Digital Elevation Model; DEM)から50 mグリッドの探索窓を使って接峰面データを生成した。さらに,接峰面データからDEMを差し引いて10 mメッシュの侵食深データを得た。岩盤地すべりのポリゴンデータと侵食深データを重ねたところ,最大侵食深が大きいほど変動した岩盤地すべりの発生率は高く,最大侵食深35-40 mで57%に達した。変動の岩盤地すべりポリゴンが最も多かったのは最大侵食深20-25 mで98個だった。

  • 根元 裕樹, 夏目 宗幸
    セッションID: P015
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    はじめに

    GISを学ぶ際に多くの人が直面する壁として、座標参照系が挙げられる。GISを単なる地図表示ツールとしてではなく、分析ツールとして役立たせるためには、分析に用いる地理情報の座標参照系の扱いは避けては通れない。その基礎となる考え方が地図投影法であると言える。地図投影法の考え方は、中学校や高校の授業で扱っているはずだが、筆者らが担当したGIS初心者のための授業では、受講者にこの考え方が十分身についているとは言えないことが実情である。田代(2011)によると、地理を専門とする教員にとっても地図投影法は敬遠されがちと指摘されており、中学校や高校で地図投影法に関する十分な学習ができていない可能性が示唆される。

    GISの登場によって、より地図投影法の考え方を身につけることが重要である一方、GISを用いることによって、地図投影法について学びやすくなったとも言える。GISによって、様々な地図投影法の地図を手軽く作ることができるようになり、佐藤(2015)などのGISを用いた地図投影法学習教材も提案されている。2022年度より高校では『地理総合』にてGISを学ぶことになるため、GISを用いた地図投影法の学習もより重要になる。

    ところで、手軽く使えるため、『地理総合』で多く利用されるであろうWebGISは、そのほとんどがWebメルカトルを座標参照系として用いている。Webメルカトル以外の座標参照系を用いているWebGISは数少なく、手軽く使えるWebGISに地図投影法の教材として使えるものは少ない。そこで、筆者らは、Webメルカトル以外の座標参照系も用いることができる地図エンジンとして、D3.jsに着目した。D3.jsは、厳密には地図エンジンではなく、地図以外も含めた様々な図形を生成できるjavascriptのライブラリである。本研究では、D3.jsを用いて、Webメルカトル以外の座標参照系を利用できるWebGISを開発し、地図投影法の学習教材として使えるようにした。

    研究方法

    本研究では、javascriptライブラリのD3.jsを用いて、地図投影法の学習を支援できるようなWebGISを作成した。

    対象とする範囲は、地球全体とし、世界地図のWebGISとして用いる。WebGIS上の世界地図が選択した任意の地図投影法によって、どのような形になるのかを確認できるようにした。

    対象の地図投影法は、正距方位図法、正積円錐図法、メルカトル図法である。これらは、D3.jsで表現できる地図投影法のうち、距離、方位、面積、角度が正しいものをそれぞれ選択した。

    D3.jsを用いた地図投影法学習教材の開発

    D3.jsの機能を用いて、対象の地図投影法から任意の地図投影法を選んで、ボタンを押下することによって、WebGISの地図投影法を変更できるようにした。

    地図投影法の学習のためには、地球上の任意の地点がそれぞれの地図投影法によって、どのように見え方が変わるのか、がわかる必要がある。開発したシステムでは、利用者が選択した任意の地点がそれぞれの図法でどこに位置するのかを確認できるようにした。

    おわりに

    本研究では、javascriptライブラリのD3.jsを用いて、地図投影法の学習を支援する教材となるWebGISを開発した。本システムでは、複数の地図投影法を切り替えることができることによって、立体の地球を平面の地図に変換したときに、様々な歪みができるという地図投影法の概念をGISを使ってわかりやすく伝える手助けができるのではないかと期待される。

    謝辞

    本研究は、JSPS科研費20K13992の助成を受けたものです。ここに記して御礼申し上げます。

    参考文献

    佐藤崇徳 2015. コンピューターを利用した地図投影法学習教材の作成および公開. 地学雑誌 124(1): 137-146.

    田代 博 2011. 地図投影法をめぐる問題—学校教育,一般社会での世界地図(投影法)の扱い. 地図中心 460: 6-9.

  • 三原 昌巳
    セッションID: 207
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    本報告は、オンライン会議システムを使った非対面の調査やインターネット調査などのデジタルツールを地域調査の手法として位置づけ、地理教育に導入した実践内容と課題を検討するものである。

    本報告を行う背景は以下の2点である。1点目は、Webアンケートなどデジタルツールが地域調査における有力な選択肢の一つとなってきたためである。個人情報保護法施行やインターネットの普及などにより社会調査環境が激減し、インターネット調査の利用可能性を検討しなければならい時代になったことが指摘されている(埴淵・村中 2018)。また、データを迅速に収集でき、回答漏れなどを防ぐ効果も期待されると考えられる。

    2点目は、履修学生がデジタルツールを容易に活用できる世代となったことである。現代の大学生は、Z世代と呼ばれ、1990年代後半から2000年代前半に生まれのデジタルネイティブにあたるとされる。DX(デジタルトランスフォーメーション)が進展しICT教育が推進されるなかで、この世代がどうデジタルツールを駆使し、地域の理解に結び付けることができるのかを地理教育の立場から実践することが重要であろう。さらには、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の拡大で、学外での地域調査の実習が困難であり、一層、地域調査におけるデジタルツールの活用を促す必要に迫られたことも背景の一つである。

    本報告の対象とする授業は昭和女子大学人間文化学部歴史文化学科の開講科目「地域調査法」で、2021年度より半期のみで開講された。本年度は、履修学生は1〜4年生の27名であった。履修学生は比較的少数であったこと、オンライン授業への切り替えが予想されたことにより、学生1人ずつ興味関心のあるテーマを掲げ、最終課題としてそれぞれのテーマに関する調査レポートを作成することを目標とした。実際、COVID-19の拡大による緊急事態宣言を受けて、全15回のうち、1〜2回、12〜14回の5回分は対面授業とそれをオンライン会議システムZoomで同時中継する授業の併用、その他の10回分はZoomでの双方向授業を中心としたオンライン授業であった。履修学生はGoogle FormによるWebアンケートもしくはZoomやLINE通話を利用した聞き取り調査を計画し、グループディスカッションを繰り返しながら調査票をまとめあげ、授業最終回までにそれぞれ調査を実施した。

    この授業の成果は、履修学生がWebアンケートの技術と有用性を学ぶ機会となったこと、双方向授業が学習意欲の低減を防ぐ一つの方法となったこと、デジタルツールの活用により非対面による地域調査の手法を提示できたこと、などである。

    一方で、調査対象のバイアスや結果の信ぴょう性の問題、地域分析としてGISを用いた地図化などへの指導の難しさなどが課題として挙げられる。また、履修学生はGoogle FormでWebアンケートを容易に作成できるが、表計算ソフトの操作や収集したデータの処理には慣れていない。基本的な統計の知識や分析手順についての細やかな指導が依然として重要であることが浮き彫りとなった。

    社会全体ではインターネットの利活用が一段と進み、学校教育ではGIGAスクール構想をはじめとするICT教育が浸透するなかにおいて、情報技術に対応した地理教育の再構成が一段と求められる。

    参考文献

    埴淵知哉・村中亮夫 2018.インターネット調査の学術利用−その現状と論点.埴淵知哉・村中亮夫編『地域と統計:〈調査困難時代〉のインターネット調査』82-93.ナカニシヤ出版.

  • 岡田 将誌, 中河 嘉明, 西原 是良, 横沢 正幸
    セッションID: 115
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    全球作物生産性予測モデルCROVER(Okada et al. 2015)は、流域の水資源の制約を加味し、気候変動による作物生育・収量への影響を定量化するための全球モデルとして開発された。設定を変更することで、世界の任意の流域への適用も可能な仕様となっている。これまでCROVERが適用された全球ならびに地域は、長期でかつ高精度の農業統計データを体系的に入手することは困難な状況であった。そこで、高精度で観測密度が高い、様々な種類の農業統計や気象水文データが入手できる日本において、CROVERが高解像度で農業生産性を再現できるか検証を行う。本研究では水稲を対象に、その主要産地を含む信濃川流域にCROVERを適用する。

    CROVERは5つのサブモデル(陸面過程、作物成長、河川流下、ダム操作、取水)から成る。陸面過程では、土壌2層の水・熱収支を解き、作物の水需要量や灌漑水需要量を計算する。作物成長では、播種日から作物ごとに設定した積算気温に達するまでのバイオマス量に応じて作物の生産性を計算する。作物の成長には高温・低温・水ストレスによる影響を考慮している。本研究では、作物成長ならびに水資源予測に係る入力データやパラメータを対象流域の時空間スケールを反映できるように調整を行った。対象地域は、信濃川流域を含む領域(東経137.5-139.3度、北緯35.8-38.0度)とし、空間解像度は3次メッシュ(約1km)である。期間は、CROVERの駆動に必要な、入力気象データ(大野ら, 2016)の全要素が揃う、2008-2017年の10年間とした。

    2008年における、水稲収量のモデル推定値の空間分布について、対象流域の各市の統計収量は、新潟市(5.8t/ha)、三条市(5.6t/ha)、長岡市(5.5t/ha)、十日町市(5.2t/ha)、長野市(5.6t/ha)、上田市(6.4t/ha)、佐久市(6.8t/ha)、松本市(6.5t/ha)であり、おおむねモデル推定値と統計値は一致した。また、年々変動も概ね良好に再現できることが確認され、水稲収量を評価するモデルとしては十分な精度を持つことが示唆された。

  • 市川 聖
    セッションID: P016
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1 背 景

    日本における百貨店の始まりは,1905年にアメリカのデパートメントストアを参考に店舗改革を目指した三越呉服店の抱負を全国紙で広く一般に報道したことが「デパートメントストア宣言」だとされている(藤岡 2006).この宣言の中で三越は,呉服にとらわれることなく,衣服装飾に関する商品の品揃えを拡大するという方針を提示した.つまりそれは旧来型の呉服店が,欧米のような百貨店へと成長するためには取扱商品の拡大が必須であるという三越の認識を示したのである.この宣言以降,近代的な日本の百貨店は取扱商品を増加させたことでワンストップショッピングとなるように消費者の購買行動を大きな変化をもたらした.日本の百貨店は明治末期から大正初期にかけて成長し,地方都市ではかつての呉服店などを前身に持つ百貨店の開店がみられた.さらに大正期には大阪でターミナルデパートの開店,昭和期のスーパーマーケットの導入によってさらに多様化した販売形態となった.しかし1990年代にバブル景気崩壊による平成不況となると,モータリゼーション急速な進展に加えて郊外型ショッピングセンターやロードサイドショップが登場したことで,百貨店が抱える課題は深刻化していった.とりわけ地方都市では施設の老朽化や商品拡充の未整備により地元百貨店が店舗閉鎖となる事例も相次いでいる.さらに近年ではコロナショックにより百貨店の閉店が加速しているとも考えられる.

    2 研究の目的と方法

    前述した百貨店を取り巻く背景を踏まえて本報告では,地方都市の一つとして考えられる秋田県を事例として百貨店に関する歴史的変遷と価値を検討することを目的とした.明治末期から大正初期にかけての秋田県ではデパートメントストア宣言の流れに沿うように,地元の呉服店が百貨店へと変化した.しかし時代の流れとともに百貨店は減少し,商業施設としての形態も同時に変化するようになったのが現状である.

    本報告では大正期以降の秋田県の商業形態を焦点に当てている.その理由は,一般的に大正期は大正デモクラシーなどの用語があるように市民生活が豊かになったことを示されているが,秋田県では大正末期から大戦景気の反動による慢性的な不況が存在していたと考えられたためである(今井1969).

    これらの研究では,まず文献調査により大正期における日本における百貨店の歴史的変遷を確認する.それを踏まえたうえで,歴史地誌の観点から秋田県における百貨店について大正期以降の歴史的資料を用いて考察を行うことにした.

    3 考 察

    秋田県の百貨店では大正期にはいり,都市部からデパートメントストア宣言の影響をうけた百貨店が急速に発展したと考えられる.しかしながら,なかには大戦景気の反動による慢性的な不況で廃業を余儀なくされた店舗もあった.また大正期の秋田県は人口が急増した時期でもあった.それと同時に慢性的な不況を抱えるようになった時期でもあり,それが商業に大きな影響を及ぼす時期となったことも考察の一つである.

    参考文献

    藤岡 里圭 2006.『百貨店の生成過程』有斐閣.

    今村 義孝 1969.『秋田県の歴史』山川出版社.

  • 佐藤 洋
    セッションID: 217
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    Ⅰ はじめに

     東京大都市圏に共通する行財政問題の重要な背景として,人口減少・高齢化の進行が挙げられる.具体的には,生産年齢人口の減少による地方税収の減少,高齢化率の上昇による老人福祉費等の増加が行財政運営や公共サービスに負の影響をもたらす.特に東京大都市圏郊外の自治体では歳入に占める地方税の割合が高く,地方圏や東京大都市圏周縁部よりも負の影響が大きい.現在または将来にかけて,特に東京大都市圏郊外における多くの自治体が人口減少・高齢化による行財政問題に直面する(諸富2018).

     また,郊外では人口が維持される住宅地が存在する一方,人口減少に歯止めがかからず空き家が増え続ける住宅地もあり,住宅地の選別・淘汰がより厳格に進む(佐藤2019).よって,東京大都市圏郊外の自治体の財政状況にも地域間格差が生じると推察される.この問題を見越して,将来的に人口減少・高齢化の進行により生じる行財政問題をシミュレーションしている自治体も存在するが,統一的な方法では試算が行われておらず,地方財政学でもこの問題についての地域間格差に着目した研究蓄積は少ない.地域間格差に加えて,人口移動や住宅地開発との関係が深いという背景を踏まえると,この問題は地理学的アプローチを用いて検討していくことが有用である.

     そこで本研究では,現時点で人口減少・高齢化による行財政問題が生じている自治体の空間パターンを検討し,人口減少・高齢化の影響を受けやすい自治体の規定要因を明らかにする.さらに,将来的に人口減少・高齢化による行財政問題が生じる自治体の空間パターンを明らかにして,政策的なインプリケーションを示すことを目的とする.

    Ⅱ 分析対象地域と研究方法

     本研究における分析対象は,東京都,埼玉県,千葉県,神奈川県の1都3県の基礎自治体とした(島嶼部および税制度が異なる東京23区は除く).研究方法は,財政力指数を被説明変数,地方財政の指標(経常収支比率など),人口の指標(人口減少率,高齢化率など),財政構造の指標(個人住民税割合など),社会経済的な指標(平均年収など)を説明変数として地理的加重回帰分析(GWR)を用いた.さらに,GWRより得られた自治体ごとの財政力指数のモデルに国立社会保障・人口問題研究所による将来推計人口を当てはめて,2035年の財政力指数を推計した.

    Ⅲ 結果と考察

     本研究から得られた知見は,主に以下の4点である.

     ①財政力指数は人口減少率(高齢化率),固定資産税割合,法人住民税割合,平均年収と有意な関係性があることが明らかになり,GWRでは90%以上の説明力が認められた.また,GWRにより財政力指数を規定する要因には地域差があることが示唆される.②固定資産税割合,法人住民税割合の係数が大きい自治体では固定資産税および法人住民税の収入を増やすことに寄与する政策(工場や倉庫の誘致など)を実施することが,財政力指数の向上につながると推察される.③人口減少率(高齢化率)の係数の絶対値が大きい自治体では,特に人口減少・高齢化を食い止めることが財政力指数の維持につながると期待される.④2015年と2035年(推計値)の財政力指数の空間パターンを比較すると,埼玉県中央部をはじめとする東京大都市圏郊外の一部において,財政力指数が大きく減少する自治体が存在する.

    参考文献

    佐藤英人2019.人口減少・少子高齢化社会と対峙する郊外住宅地の将来.地域政策研究 21:67-81.

    諸富 徹2018.『人口減少時代の都市—成熟型のまちづくりへ』中公新書.

    謝辞

    本研究は日本学術振興会特別研究員奨励費(課題番号:21J21401)の助成を受けた.

  • 宇根 寛, 長谷川 直子, 遠藤 宏之, 水関 裕人, 市川 将成
    セッションID: P013
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    令和元年台風19 号では、東京をはじめとする関東の各地に大量の降雨が長時間継続し、様々な被害をもたらした。多摩川流域においては、一部地域で多摩川本川・支川の氾濫や内水氾濫が発生した。また、東京東部の荒川や江戸川では、実際の氾濫は起こらなかったものの、荒川のさいたま市西区の観測所では観測史上最も高い13メートル8センチの水位を観測するなど、危険な状態に到達した。当時多摩川および荒川・江戸川地域では、大雨警報・大雨特別警報・洪水警報・暴風警報・避難勧告といった避難を促す様々な警報や指示が発令された。その際、実際にどのような人流の変化があったのか、多摩川および荒川・江戸川下流域を対象に、位置情報データを用いて人流を可視化し、避難状況について分析を試みた。特に、今回の分析では、これまであまり活用されてこなかった高さ方向の位置情報データも活用することで垂直避難の状況を把握することを試みた。

    株式会社ブログウォッチャーではユーザーから許諾の取れたスマートフォン端末の位置情報データを保有しており、人流分析などの行動分析を行なっている。「位置情報データ」とは、スマートフォンから取得された端末識別ID・時刻・緯度・経度の時系列情報を指す。なお、位置情報データはユーザーから許諾を得たもののみを利用し、また、個人を特定するような使い方は行わず、集計値として利用している。保有する位置情報データは、約2,500万端末、取得レコード数月間250億、これまで蓄積されたデータは数兆レコード存在する。

    多摩川流域については、世田谷区及び大田区を対象に分析を行った。両区においては、40戸が浸水し、17,000人が避難したと報告されている。対象地域には、タワーマンションをはじめとした高層住宅や、高層商業施設などが多く存在していることから、水平避難だけではなく、高所への垂直避難もあったことが想定される。このため、位置情報の3次元的データも用いて避難行動の分析を行った。本稿作成時においては分析中であり、大会時のポスターにおいて結果を報告する。

    東京東部の荒川・江戸川流域には、標高0m以下の地域が広く分布しており、河川氾濫時には大規模な浸水被害が想定されている。台風19号での氾濫による浸水被害はなかったものの、観測史上最大水位を観測した地点もあるなど危険な状態であった。台風19号が接近、通過した2019年10月10日-13日の人流を地図にプロットして時系列ごとの人流を可視化した。河川の洪水予報については、12日11時氾濫注意情報>12日14時10分氾濫警戒情報>12日16時10分氾濫危険情報と時間を追っていくごとに警戒レベルが上がり、13日17時10分に警戒解除となっている。それに対して、人流については、12日は明らかに下がっているが、13日は氾濫警戒情報が発令中にも関わらず、11日に近い状態まで人流が上がっている時間帯があった。このことより、洪水予報等の発令と人流(人の避難行動)にはタイムラグがあることがわかる。洪水予報等の発令が必ずしも適切な避難行動につながっていない可能性があり、これらを結びつける方策が必要であることを示唆している。

  • 内山 琴絵, 廣内 大助
    セッションID: P012
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1. 背景

     本報告では,特定の空間において過去の被災経験を記録・継承する災害伝承の事例として災害デジタルアーカイブを位置づけ,その構築・利活用を通じた地域での災害伝承の場づくりに向けた展開について紹介する.

     東日本大震災以降,多くの災害デジタルアーカイブが立ち上がり,ローカルな災害の記録が主に行政・大学等研究機関によって電子的に保存・公開されてきた(柴山ほか2018).一方で「だれのために」,「何を残し」,「いかに活用するか」という目的が不明確なまま,ただ資料を電子データ化し保存するだけのデジタルアーカイブが乱立した結果,一部は予算縮減とともに閉鎖されるという問題が起こった.

     こうした問題は,アーカイブを維持・管理していくうえで,災害の記録を残す営みと地域との結びつきの重要性を提起している.これら原点に立ち返り,信州大学では,当初から「地域住民のために」,「地域で活用し,継続していけるものを作る」という原則に従い,長野県白馬村・小谷村と共同して「2014年神城断層地震震災アーカイブ」を構築してきた(https://kamishiro.shinshu-bousai.jp/).

    2. 災害のスケールと記録の残し方

     東日本大震災における三陸沿岸地域では,国からの交付金を原資として自治体主導で記録誌類が刊行されてきた(田村・岩船2021).また,1995年兵庫県南部地震,2016年熊本地震など大規模かつ広域な災害,社会的認知の高い災害被災地では,後世に実態や教訓を伝えるため,自治体や公的機関による各種災害誌の作成,遺構やメモリアル施設の建設等が進められてきた(鈴木2021).

     一方2014年11月22日に発生した長野県神城断層地震では,死者は生じなかったものの建物・経済被害など地域へのインパクトは甚大であった.しかしながら,影響する範囲や社会的認知度から見れば,日本国内でもローカルな災害として位置づけられる.こうした災害被災地で被災記録を残すことの意義は,自ずと被災地域および県内を対象としたものとなり,その手段は防災学習に資するコンテンツを作ることによって,学校教育,地域防災,復興ツーリズムなどを通した地域主体の活用の定着にある.そのためには,単に災害アーカイブを構築するだけでなく,住民による利活用を通じた継続的に維持管理する仕組みが必要となる.

    3. 2014年神城断層地震震災アーカイブの利活用実践

     そこで信州大学では,過去の被災経験,現実の空間,地域の人々をつなぐ「場」をつくることによって,災害アーカイブの維持管理および今後の地域防災を担う人材育成の取り組みを行っている.これらの活動を災害伝承の場づくりとして位置づけ,以下ではその具体的な内容について紹介する.

    (1)震災遺構とアーカイブを連動させるオフサイト構築

     白馬・小谷村内10地点にQRコード付きの説明看板を設置し,現地で被災時と現在の様子を比較できるサイトを整備した.現地を訪問しスマホなどでQRコードを読み取ることで,アーカイブから発災時の様子を見ながら,現在の状況と比較し震災を理解できる仕組みである.こうしたデジタル空間と現実空間を往還する「場」をつくることによって,地域住民の防災教育や復興ツーリズムへの活用も提案している.

    (2)語り部となるアーカイブサポーターズ養成

     白馬村公民館講座と連携し,山麓めぐりガイドの方々にアーカイブサポーターズ養成講座を実施している.アーカイブの利活用や語り部の育成など,震災の経験や記憶を村民自らが引き継いでいくための「場」となっている.

     学校防災や企業防災とは異なり,ボランティアベースで活動が実践される地域防災は,担い手の意識の醸成やリーダーの育成が鍵となる.地域の自然環境や歴史に興味がある住民に対して災害アーカイブを活用した生涯学習(座学・フィールドワーク)を実施し,参加者に防災にも関心を持ってもらい,震災を語り継ぐことにも連鎖的に関心を高め地域に浸透させる仕組みである.

    4. 課題

     以上のように,地域主体で記録を残し,活用するためには,デジタルアーカイブにとっても場所・空間は不可欠な要素である.今後はデジタル空間と現実空間,人々の記憶や実践をつなげる場づくりを体系的に整理し,災害伝承の枠組みで議論することが課題である.

    文献

    柴山明寛・北村美和子・ボレー セバスチャン・今村文彦(2018)東日本大震災の事例から見えてくる震災アーカイブの現状と課題. デジタルアーカイブ学会誌2-3: 282-286.

    鈴木比奈子(2021)過去の自然災害記録に見る災害アーカイブの展望——三陸沿岸の津波災害に関する事例を中心に. 地学雑誌130-2: 177-196.

    田村俊和・岩船昌起(2021)ローカルな災害記録——そこに書き残されていること,書き残しておきたいこと. 地学雑誌130-2: 153-176.

  • 佐藤 善輝, 小野 映介, 小岩 直人
    セッションID: P010
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1.はじめに

    沖縄本島の南西部に位置する那覇低地は,国場(こくば)川と安里(あさと)川によって挟まれた海岸平野で,那覇市街地の主要部が立地する.現在の海岸線から約1.2 kmよりも南東側には島尻層群が広く分布し,その開析谷に谷底低地が分布する(氏家・兼子2006).また,海岸付近には琉球石灰岩や完新世サンゴ礁が分布し,波上宮(なみのうえぐう)や那覇市久米周辺などに残丘状あるいは島状の高まりが認められる.

    那覇低地は中世以降,琉球王朝の港湾都市として発展してきたことが知られる一方,その地形発達過程はこれまで十分に明らかにされていない.特に,堆積環境・年代に関する知見が不足しており,都市の成立背景を探る上でも課題となっている.

    2.絵図資料に示された地形環境

    14世紀以降における那覇低地周辺の様子は,多くの絵図資料に記録されている.例えば,18世紀に描かれた『琉球図』や 『首里那覇鳥瞰図』では,港周辺が陸側と隔たれた浮島として描かれている.西暦1451年には那覇と首里との間に長虹堤(ちょうこうてい)が建設され,その様子は『首里那覇鳥瞰図』に描写されている.また,安里川下流部(那覇市前島・泊周辺)には干潟が広がり,塩田として利用されていたことが『琉球国惣絵図』(1770年頃)や1853年のペリー来航時に作成された絵画・海図に描写されている(目崎1985).

    3.調査方法

    那覇市前島(標高2.2 m)において掘削長約7.5 mのコア試料を採取し,堆積物の記載のほか,X線コアスキャナによる元素濃度分析,貝化石の同定,計7試料の14C年代測定を行った.また,既存ボーリング資料に基づき,掘削地点周辺の沖積層の分布について解析を行った.

    4.結果と考察

    コア試料では深度6.8m以浅に沖積層が認められ,明瞭な地層境界を介して琉球石灰岩を覆う.沖積層は,最上部の盛土層(深度1.05 m以浅)を除き,深度2.6 mを境として大きく二分される.沖積層下部は暗オリーブ灰色のシルト〜粘土から構成され,植物片や細かい貝化石片を多く含む.イボウミニナBatillaria zonalisなどを産出することから,干潟やその周辺の内湾環境で堆積したことが示唆される.得られた年代測定値から,約7.8〜4.0 ka頃にかけて堆積したと推定される.一方,沖積層上部は下位に比べて粗粒で,サンゴ礫や中粒砂を含む.ヤエヤマスダレKatelysia hiantinaやホソウミニナB. cumingiiなどの貝化石を豊富に含むことから,干潟堆積物の可能性が高い.深度1.1 m付近と深度1.65 m付近は黒色を呈する有機質シルトから成り,硫黄や塩素の含有量が顕著に低下することから,淡水環境で堆積した可能性がある.得られた年代測定値から,4.0 ka頃以降に堆積したと推定される.

    新規コア試料や既存資料に基づくと,掘削地点周辺の沖積層の層厚は約3〜17 mで,凹凸に富んでいる.沖積層下部の堆積開始時期からは,那覇低地沖のサンゴ礁が海進期にある程度発達していた可能性が高いことが示唆される.これは沖縄本島南部,具志頭海岸の事例(河名・菅2002)と調和的である.他方,4.0 ka以降は堆積速度が低下し,河口域の干潟で堆積・侵食を繰り返す状態が継続したと推定される.深度1.65 m以浅は,硫黄や塩素をわずかに含むシルト層が淡水成の有機質シルトを覆うことから,塩田土壌に対比される可能性がある.

    謝辞

    那覇市教育委員会と同市立那覇小学校には掘削調査についてご配慮頂いた.また,中島 礼氏,清家弘治氏,天野敦子氏にはコア解析についてご教示頂いた.記して感謝申し上げる.本研究には科学研究費補助金(18H00764)を使用した.

    引用文献

    河名俊男・菅 浩伸(2002)琉球大教育学部紀要 60, 235-244.

    目崎茂和(1985)第二節 古地理. 那覇企画部文化振興課編「那覇市史通史篇第1巻前近代史」, 15-27.

    氏家 宏・兼子尚知(2006)5万分の1地質図那覇及び沖縄市南部. 産総研地質調査総合センター,48 p.

  • -中性化問題に焦点を当てて-(3)
    黒田 春菜, 小寺 浩二
    セッションID: P005
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    電子付録

    Ⅰ はじめに

    法政大学水文地理学研究室では、湖沼と集水域の長期的な水環境変化について調査をおこなっており、猪苗代湖に関してはすでに年間を通じての観測を行っている。本研究は、最新の現地調査(2021年7月)と過去のデータ及び既往研究との比較を行うことで、猪苗代湖の中性化の現状をより明らかにすることを目的としている。

    Ⅱ 研究方法

     現地では気温、水温、pH、RpH、電気伝導度(EC)の測定をおこなった。試料は実験室で処理し、TOCやイオンクロを用いて主要溶存成分(N+、K+、Ca²+、Mg²+、Cl-、NO3-、SO4²-)の分析をしている。2020年10月から12月の計7回に及ぶ調査のうち、ボートチャーターの関係により良い天候に見舞われた2020年11月、2021年4月、2021年5月、2021年6月の計4回にわたって湖心の調査を行っている。

    Ⅲ 結果と考察

    2021年7月調査では、それぞれの項目において、これまでの調査結果と比較して全体的に低い値が観測された。とりわけ旧湯川の流れる湯川橋では、2021年6月の調査でEC2224であったが、2021年7月の調査では1596という値が得られた。湯川橋では、これまでの計25回の調査のうち最大値は2730であり、最小値は1270であるため、今後の数値の変化にも気を配る必要があると考えられる。また、高森川の流れる中原橋では、2021年7月調査においてEC35という過去最低値をたたき出している。

    pHは、猪苗代大橋と酸川橋、月輪大橋で3.3-3.5の強い酸性を示す場合が多いが、この3地点は変動係数が非常に大きい。猪苗代大橋の最大値は現在6,7であり、最小値は2.9であるため、今後の数値の変化が期待される。また、2021年7月は丁度梅雨の時期と被り、大量に雨も降っていたため流量が多かった。横沢橋では0.120t/sであった。

    Ⅳ おわりに

     これまでの現地調査結果により猪苗代湖水の性質の変化が明らかになったが、中性化に注目するにあたっては、湖の底に沈む泥の性質を調べなければならないとも考えられる。そのため、次回の8月調査ではエクマンバージ採泥器などを用いた採泥調査も視野に入れている。また、流入河川中のフラックス量の増減にも注目し、特に「流量」の測定に一段と気を配りつつ、調査を継続していきたい。

    参考文献

    小寺浩二・森本洋一・斎藤圭(2013):猪苗代湖および集水域の水環境に関する地理学的研究(4) -2009年4月〜2012年11月の継続観測結果から-, 2013年度日本地理学会春季学術大会発表要旨集.

  • 大八木 英夫
    セッションID: 110
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    地球規模における気候変動による水環境への影響は,日本の湖沼の水温環境の変化にも影響を及ぼしている。例えば,日本最大の湖,琵琶湖(滋賀県)では,毎年冬に湖底の水が入れ替わる循環が生じるが,2018年末から2019年はじめ,2019年末から2020年はじめにかけての記録的な暖冬により,2019年・2020年には,最深部では循環が生じず,大規模な貧酸素水塊が形成され,部分循環のような状態となった。水文環境において気候変動の影響を最も強く受けるのは水温と凍結であり,諏訪湖(長野県)では,湖面に一部盛り上がった氷堤が見られる現象「御神渡り」の発生頻度が,1980年代末頃から減少傾向にあることで多くの研究が進められている。

    池田湖(鹿児島県)では,かつて冬季に全循環する湖沼であったが,冬季の気温上昇等により,1981年から全層循環が確認されなくなり熱帯湖の特徴が顕著になっている。また,北海道のいくつかの湖では,温暖化による気温上昇が湖の熱容量の増加に寄与することで,全面結氷に至らない年があり,気候変動に伴う冬季における鉛直循環不順による水温成層の形成や深水層の水環境への影響について解明が急がれている。そこで,本発表では,湖沼の循環形態の変遷について議論する。

  • その予備的考察
    小泉 佑介
    セッションID: 317
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    グローバル化の進展と共に環境問題の規定要因が多様化・複雑化する中で,地理学においてもその解明に向けた実証的・理論的研究が積み重ねられている。特に2000年代以降の新たな動きとして,ポリティカル・エコロジー論の研究動向をまとめた小泉・祖田(2021)によると,環境問題に関わる国家や国際機関,NGOなどの多様なアクターが複雑に絡み合う状況を,地理学のスケール概念から捉えなおすアプローチが注目を集めている。本発表は小泉・祖田(2021)の議論を踏まえた上で,環境ガバナンス論におけるスケール概念の適応可能性に言及した研究に焦点を絞り,その研究レビューを通じて今後の展開可能性を検討する。

     地理学では,場所,空間,領域(性)といったタームに加えて,スケールも重要な鍵概念の1つである。とりわけ1980年代以降のスケールに関する議論では,スケールを社会的・政治的なプロセスを経て生産・構築されるものとして捉え,そこでのアクター間関係の相互作用を分析の主軸に据えてきた(Smith 1984)。これに対し,2000年代には地理学におけるスケールの議論が認識論的な方向に傾斜していることへの批判が高まり,Marston(2005)による「スケールなき人文地理学(Human Geography without Scale)」という問題提起が,地理学全体を巻き込む一大スケール論争を引き起こした。これら一連の論争は,2000年代後半には決着をみないままに収束していったが,スケールの理論化および実証研究への応用を目指す研究は,2010年代以降も絶えず継続しており,本発表が対象とする環境ガバナンス論にも大きな影響を与えることとなった。

     批判地理学や政治地理学を中心とするスケールの議論は,一方でグローバル化が進展し,他方でローカル・アクターの役割が強化されるといった多層的なスケール関係の再編プロセスにおける政治力学に注目してきた(Brenner 2004)。これに対し,環境ガバナンスを議論する際には,地表面上に存在する山,川,海,植生,あるいは人間活動をいかに統合的な観点から管理するのかが問題となるため,スケールの社会的・政治的側面だけでなく,生物物理学的(biophysical)な要素を考察の対象に含める必要がある(McCarthy 2005)。

     こうした問題意識の下で,近年の地理学ではいくつかの興味深い研究が蓄積されている。例えば,Holifield(2020)によると,水資源管理において,一般的には流域(watershed)といった広域的なスケールが好ましいとされる一方,現場のローカルな組織にとっては川沿い(bank to bank)といった目の届く範囲でのスケールが現実的であるため,環境ガバナンスのスケール設定には社会的・政治的意図が先行する場合が多いことが指摘されている。このように,自然科学的観点からの「理想的な」スケールと社会学的なプロセスを経て「生産された」スケールとの間には,常にミスマッチが生じるため,今後はこうした問題の解決に向けて,地理学と生態学等との統合的研究が求められるといえよう。

  • 地形発達史の視点から
    小岩 直人, 壇 綾女, 伊藤 晶文, サッパシー アナワット
    セッションID: P008
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    はじめに

    タイ南西部のパカラン岬周辺では,2004年インド洋大津波時に打ち上げられた津波石が多数分布しており,これらを用いた津波の挙動に関する数値計算も行われている(たとえばGoto et al., 2007).発表者らは,これまで小型UAVを用いた大縮尺の航空写真撮影,これらを用いたSfMによる測量により,津波石,その起源となっているマイクロアトールの空間分布の把握を行ってきた(壇ほか,2020).本発表では,これらの空間分布や,津波石やマイクロアトールのAMS14C年代測定結果をもとに,地形発達史および津波石の起源について考察した結果を報告する.

    調査地域概観

    パカラン岬は,タイ南西部,アンダマン海沿いのプーケット島から100kmほど北に位置している.インド洋大津波後には岬周辺の海岸線から北東に向かってサンゴ礫や砂による新たな砂州・砂嘴が形成されている.パカラン岬の西側には海岸線から500〜800mの幅の礁原状の地形が広がっており,低潮位時にはマイクロアトールや津波石が露出する.調査地域のマイクロアトールは,礁原の西部が主な分布域となっているが,岬周辺に分布する砂嘴や砂州の堆積物中に埋没しているものも存在する.

    結果および考察

    調査地域では,礁原縁辺部において比較的大きいマイクロアトールが分布する傾向を示し,最大径4.5m程度に達するものも存在する.その頂部の発達高度は海抜-0.4m〜-0.9m (MSL)となっており,平均は-0.7m程度となっている.また,これらのマイクロアトールよりも明らかに低位(海抜-1.5m〜−1.0m)に発達する,径の小さいタイプのものも存在していることから,調査地域のマイクロアトールはいくつかのタイプに分類することができるであろう.

    これらの高位のマイクロアトールからは,約4600 calBP,約4800calBPの年代が得られている.Neuhuer et al. (2011) は,パカラン岬周辺の津波石やサンゴ礫の年代測定結果から,約5200年前と約4700年前にサンゴ礁を破壊するようなイベントがあったことを推定,調査地域の津波石はこのイベント時にもたらされたものとみなしている.

    現生のマイクロアトールは,波浪の小さな環境で生育するハマサンゴのような造礁サンゴにより形成されており,マイクロアトールの分布は,礁嶺の内陸側に位置する礁池に分布することが多いようである.しかし,本調査地域では,礁原の西部には礁嶺のような高まりは存在せず,外洋の波浪が直接(化石化した)マイクロアトールに到達し,激しく侵食されるような地形環境となっている.2020年1月の調査時に,礁原の西縁付近においてマイクロアトール,およびそれが破壊されて上下が逆転した状態で乗り上げている移動距離が短い津波石が見いだされた.その津波石の外縁の年代測定を実施したところ,約3800 calBPのAMS14C年代が得られ,調査地域では,この時期にマイクロアトールの生育に適した波浪の弱まる環境が存在,おそらく礁嶺のような高まりが外洋側に発達していたこと,これがインド洋大津波で津波石となったことが推定される.

    以上のことから,調査地域における津波石は,Neuhuer et al. (2011)が指摘したような過去のイベントにより破壊され運搬されたものと考えるより,過去の相対的海水準の高い時期に形成されたマイクロアトールが,礁嶺のような高まりが侵食されることにより,外洋側にさらされる状態になった際に,インド洋大津波が発生,多量の化石化したマイクロアトールが津波石として生産・運搬されたと推定することができる.

    本研究の実施には,科学研究費補助金(基盤(A):代表 今村文彦「巨大津波後の長期的地形変化を考慮した沿岸防災機能強化」を使用した.

    参考文献

    Goto et al(2007)Sedimentary Geology,202,821-837.

    Neuhuer et al. (2011) Coastline Reports, 17,81-98.

  • 瀬戸 真之
    セッションID: S303
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    福島における災害アーカイブズに求められることは次の4点である。1番目は前の災害の経験がどれほど生かされたかを検証可能にすることである。2番目は次の災害を軽減することである。3番目は海外も含め他地域に経験を伝える、あるいは海外の経験を受け取ることである。4番目は、失われたふるさとを広く記録・保全・保管し、地域の記憶を守り、歴史としての位置づけや記録をすることである。2番目の次の災害を軽減することについて。そもそも災害とは何かということに関して世界的に見ると、大きく2つの研究の流れがある。自然現象に引きつけて考えるブライアン、アレキサンダー、トービンアンドモンツ、K.スミスなどが1つの流れである。それから人間の反応、つまり精神的・肉体的トラウマや経済・政治に即して考えたダインなどの流れである。この2つの共通点として、災害とは社会の機能や日常性を失うことであり、復旧は日常性を取り戻すということだと定義付けされている。ただしこの場合の日常性とは、災害前の姿だけを指さない。3番目の知識の共有は、日本の災害経験等を海外に輸出することである。この場合、受け取った他国側としては、文化が違うために自国向けにカスタマイズする必要が生じる。4番目の失われたふるさとの記録については例えば、災害がきっかけとなり楢葉町の楢葉北小学校という戦前からある古い小学校の取り壊しが決まった。3代目の校長先生が明治21年1月着任で、卒業生も多く歴史があり、町民にとっても大変シンボリックな学校であった。この学校がなくなるため、福島大学が学校の内外の記録や、保存状態のよい教室を復元可能にするための測量、掲示物等の物品の収集を行った。楢葉北小学校に関しては、防災が目的というよりは、失われつつある地域アイデンティティのシンボルを残すための収集活動となったのではないかと考えている。

     次に原子力災害被災地でのアーカイブズの特徴に関して述べる。まず災害の特徴として、放射線であるため目に見えない、広い範囲に影響する、ふるさとを失う、ということがある。この復興のさせ方について、行政は元あったものを壊して新しくつくるという傾向、地元の方は元の姿に戻してほしいと考える傾向がある。行政としては防災・減災を頭に置き、住民は、もちろん防災・減災は大事だが、失われつつあるふるさとを記録してほしいという期待がある、という差が生じる。このため、誰に向けて記録を残すか、何を記録するか、どのように記録するか、災害記録をどう活用するか、これら4点について、これから福島でアーカイブズを様々な機関や担当者がつくっていく中で、お互いに協力していくためには、できる限り共通認識を確立することが重要となる。

  • 山本 隆太
    セッションID: 208
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1.課題設定

     グローバル化の進展は、教育にとってもすでに大きな変化要因となっている。OECDのPISAによって生まれたいわゆるPISA型学力観はその代表といえる。また、その理論背景であるコンピテンシーという能力論は、今般の学習指導要領の改訂において資質能力として教育の軸として位置づけられ、国際的な教育潮流は日本の教育政策に対してますます影響を強めている。教室での学習実践においても国際的な影響が一部ではあるが見られる。近年の地理教育においてはその一例として「ミステリー」という手法があげられる。

    ミステリーとは、イギリスの地理教育研究者 David Leatらによって1990年代後半に考案された学習手法である。その後、オランダ、ドイツを経由し、日本には2018年頃からESDの文脈において、特に気候変動教育において受容され始めた。その後、地理教育関係者にも紹介され、目下、ミステリーの授業実践が開発されている。

    一般的に、ある国で開発された学習手法が国際的に伝播していくにあたっては変容を伴うことが予想される。そこで本発表では、ミステリーの国際的な伝播の様相を紐解くとともに、ミステリーが各国(オランダ、ドイツ、日本)で受容されるにあたっての条件について検討することを通じて、地理教育における国際連携や学習手法の伝播、受容について考察する。

    2.ミステリーの学習手法

    ミステリーという学習手法は、3人程度の小グループで取り組む、対話を伴う集団学習の手法である。各グループには20枚から30枚程度のカードが渡される。最初に、カードの中から選ばれた3つ程度のストーリーを教員が読み上げる。これらのストーリーは断片的でありかつ互いに内容が噛み合わないように聞こえるため、生徒の頭には疑問や謎(ミステリー)が生じる。次に、このミステリーを解くため、カードに書かれた事象を並び替えてつながりを探し出し、論理的につなぐことでミステリーが解決されるという学習展開が基本とされている。推理小説の探偵のような学習活動を通じて生徒の課題分析、仮説検証、推測といった思考スキルを養うとともに、最も重要なことは、生徒が自らの学習への取り組み方を省察する機会を設け、メタ認知のスキルを向上させることである(Leat and Nichols, 1999)。なお、ミステリー以外の学習手法も含めたLeatらによる地理教育プロジェクトは、Thinking Through Geography (TTG)と呼ばれる。

    3.国際的な伝播

    a) オランダ

    1990年代後半にイギリスで生まれたミステリーは、TTGプロジェクトとして2003年頃からオランダに受容された。オランダでは当時、地理的思考力を高める地理教育手法に関心を持っていたJoop Van der ScheeとLeon Vankanが主導し、教員養成や教員研修に積極的に導入を図った。

    b) ドイツ

     ドイツでは、ミステリーの生徒主体という性質に注目して2005年頃から導入が始まった。その後、2007年に教師向け参考書が発行され、2011年頃からミステリーの授業開発が本格化し、2014年には気候変動教育の教材としてミステリー教材が開発される。

    c) 日本

    立教大学ESD研究所の当時研究員であった高橋敬子は、2018年頃、上記気候変動教育の教材を開発したThomas Hoffmannとの共同研究によって、日本の気候変動を題材としたミステリー教材を開発した。その後、2020年に地理教員に紹介され、教材開発が始まった。

    4.まとめと考察

    本発表では、イギリス、オランダ、ドイツ、日本を通じて国際的に伝播したミステリーの経路を確認するとともに、主にドイツ、日本での受容の条件について分析を行った。結果として、各国における地理教育的文脈によって学習手法の意味づけが変化していった様子が伺える。

    一方で、イギリスやオランダの地理教育的文脈の把握が十分ではない点や、文化伝播としての分析手法の導入が研究上の課題である。

  • 仙台市若林区荒浜地区を事例に
    松岡 農
    セッションID: P014
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    1.研究背景と研究目的

     2011年の東北地方太平洋沖地震に伴う津波(東日本大震災)により甚大な被害を受けた岩手県、宮城県、福島県は、復旧復興を進める公共事業のなかで、1万6000haを災害危険区域に指定した。災害危険区域に指定された地域は、建築基準法の規定により住宅等の建築が認められない「非可住域」となるため、沿岸部での集落の現地再建を断念する事例が発生した。こうした動きと並行して、国は東日本大震災の津波被害を伝承する目的で,広報に取り組む「震災伝承施設」の登録を進め,2020年10月現在の登録件数は240件に達した。

     非可住域は住民が居住できない地域であるため、震災伝承活動に取り組む担い手の確保や育成が困難である。こうした非可住域における震災伝承の担い手となり得るのは、主に行政が設ける震災伝承施設である。しかし,実際に震災伝承施設の展示内容や地域住民との関わりに目を向けると,地域の生活や文化に関する展示の乏しさや,地域住民とのつながりの希薄さが散見される。本研究では、はじめに宮城県内の20の震災伝承施設で展示構成や住民による伝承活動との連携状況を分析する。さらに、仙台市若林区荒浜地区を事例に、非可住域における震災伝承活動の構造を捉え、震災伝承活動を担う震災伝承施設と、住民による震災伝承活動の連携のあり方を検討する。

    2.震災伝承施設の機能構成

     震災伝承施設の登録要件は、災害の教訓が理解できるものや、災害の恐怖や自然の畏怖を理解できるものなど5項目が存在し、いずれかの項目に該当するものが震災伝承施設として認められる。しかし、調査の結果、震災伝承施設には,登録要件に指定される機能だけでなく、震災以前の地域の暮らしや文化などを伝承する「地域伝承」の機能や、地域で語り部活動などの震災伝承活動に取り組む「体験対話」の機能が存在することが明らかになった。

     こうした地域伝承の機能を有する施設は、全体(20施設)の半数に満たない9施設に限られていた。ただし、非可住域に立地する10施設に限れば、7施設がこの機能を有していた。このことから、非可住域に立地する震災伝承施設は可住域に立地する施設に比べ、地域伝承の機能が一定程度充実していることが確認できた。一方、体験対話の機能を有する施設は、全体(20施設)のうち8施設に限られていた。また、非可住域に立地する10施設では、半数にあたる5施設がこの機能を有していた。したがって、非可住域に立地する震災伝承施設は可住域に立地する施設に比べ、わずかではあるが体験対話の機能の充実が図られていることが明らかになった。

    3.仙台市若林区荒浜地区における震災伝承活動

     上記の調査の結果、非可住域に立地する震災伝承施設には可住域に立地する施設に比べ、地域伝承や体験対話の機能の充実が図られていることが明らかになった。実際に非可住域である仙台市若林区荒浜地区における、震災伝承活動を調査した結果、行政が設けた震災伝承施設である「震災遺構仙台市立荒浜小学校」では、地域伝承の機能の充実が認められた。しかし、荒浜地区内で伝承活動などに取り組む住民団体「海辺の図書館」は,荒浜小学校を活動に使用しておらず,荒浜地区の震災伝承施設である荒浜小学校に住民活動の拠点機能は存在しなかった。また,施設を管理する仙台市は,住民団体「HOPE FOR project」が毎年3月11日に実施する企画に対し,「後援」や「共催」の立場は取らず,あくまで荒浜小学校の場所貸しに「協力」するのみであった。

     以上のことから,荒浜地区の震災伝承施設である荒浜小学校では、地域伝承の機能の充実が図られた一方で,震災伝承施設と住民団体との連携体制は構築されておらず、体験対話の機能が存在しなかった。このことは、荒浜地区における体験的な伝承活動は,基盤の弱い住民活動に依拠しており,地域の景観の変化や住民の高齢化の進展に伴い,将来的に行き詰まる可能性を示唆した。

  • 河本 大地, 吉田 寛, 邱 巡洋, 焦 自然, 楊 菁儀, 飛岡 拓真, 浅井 心哉, 胡 安征
    セッションID: 211
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    Ⅰ.目的と背景

     本研究の目的は,宇治茶の主産地である京都府和束町におけるグリーンツーリズムの展開過程とCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の世界的流行による影響を明らかにすることである。また,それらの結果をふまえて農村地域における観光や地域づくりの将来像を検討する。

     日本のグリーンツーリズムに対するコロナ禍の影響としては,観光者数減による飲食・宿泊・体験施設の経営困難化や,人と人の接触抑制に伴う住民と来訪者の交流の困難化,都市部や海外からの来訪への住民の抵抗感増大などが考えられる。これらは,グリーンツーリズムの名のもとに展開してきた「都市農村交流」の拠点となる農林漁家民宿や農産物直売所,地場産食材を用いる飲食施設,体験交流施設,農林漁業体験プログラム等の持続に深刻な負の影響をもたらす可能性がある。それは,農村地域における地域資源を活かした社会経済活動そのものの持続を危うくすることにもつながる。

     研究対象とする京都府相楽郡和束町は,滋賀県と接し奈良県や三重県にも近い中山間の町である。世界的ブランドとなっている宇治茶の主産地であり,京都府の茶生産量の過半を占めている。農地の約7割を占める茶畑が織りなす景観は,2008年に京都府景観資産登録の第1号となるなど高く評価されている。しかし,人口減少が続き,2020年の国勢調査では3,483人となった。観光地としての蓄積はあまりないが,近年は高柳(2020)で扱われている六次産業化などとあいまったグリーンツーリズムの展開が顕著である。

    Ⅱ.方法

     2018年および2020・21年に和束町を計20回程度訪問し,文献調査や聞き取り調査を実施した。第一に,行政の広報誌および「議会だより」を用いて,和束町におけるグリーンツーリズムの展開の経緯を整理した。第二に,一般財団法人「和束町活性化センター」や,宿泊施設(旅館1,農家民宿6),「和束茶グルメ」を提供している6店舗,体験交流施設等を訪ね,経営者や従業員に聞き取りを行った。

     また,来訪者による評価を確認するべく,グーグルマップ,楽天トラベル,トリップアドバイザー等に投稿されたレビューについて,「KH-Coder」を用いてテキストマイニング分析を行った。

    Ⅲ.結果と考察

     和束町におけるグリーンツーリズムの展開は3期に分けられる。まず,第1期(2009年まで)には,茶業の六次産業化への取組みが本格化し特産品開発が進んだ。また,農家民泊の仕組化も始まった。第2期(2010年〜2016年)は,教育観光を中心とした農村生活体験の受け入れが進展した。また,和束町に対する外部評価が向上した。さらに,インバウンド需要が高まった。第3期(2016年以降)には国内外からの観光客の受け入れが加速し,観光関連施設の整備が急速に進んだ。特に,農家民宿や飲食店の増加は顕著であった。COVID-19の世界的流行により観光業は停滞しているが,各主体は状況に柔軟に対応し,工夫を凝らしている。

     以上の結果,和束町は観光目的地にもなりうる茶産地としての魅力と知名度を向上させ,新たなファンを獲得している。移住者を含む住民による飲食・宿泊施設の増加も顕著である。これには,既存の地域的特色や,大都市圏に比較的近い地理的条件が生かされている。また,梅原(2020)が「民を起点とするローカル・ガバナンス」と表現しているような,地域の多様な主体による未来志向の地道な関係性構築が,功を奏したと考えられる。

     コロナ禍の影響は予断を許さないが,和束町のグリーンツーリズムはこだわりを持った小規模な多角経営の事業者の関与が多く,今のところ閉業等はない。地域資源を活かしたツーリズムの展開が地道に図られてきたことが功を奏し,ここならではの楽しみ方ができる「マイクロツーリズム」の目的地となっている。外国人を含む遠方からの来訪は激減したものの,これまでに獲得したファンの一部はネット販売等の顧客になっている。これらには,コロナ禍におけるレジリエンスを確認できる。しかし,グリーンツーリズムにおいて重視される農業体験や人と人との交流の機会は制限されたままであり,それらを通じた国内外への茶産地としての価値発信の再開を心待ちにする関係者は多い。

     

    文献

     梅原 豊 2020. 民を起点とした,中心のないローカル・ガバナンスの生成と形成,発展について—京都府和束町のまちづくりの変遷を通じて—.同志社政策科学研究 22: 137-151.

     高柳長直 2020. 六次産業化による農村地域の内発的発展.犬井 正編『日本の農山村を識る—市川健夫と現代の地理学—』175-192. 古今書院.

  • 草野 邦明
    セッションID: 120
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    本発表では,東京都区部を対象として,2010年と2015年の人口密度の変化と特徴を捉えることで,わが国最大の都市内の人口構造を考察した。

    分析においては, 2010年と2015年の2時点における1ha当たりの粗人口密度を算出し,新橋駅を中心に5km圏,5〜10km圏,10km圏外の3距離圏別における人口密度の水準と人口密度上昇・低下地区の関係をとらえた。さらに,3距離圏別の人口密度の変化量に対して,人口,世帯および住宅の側面でどのような特徴を有するか考察した。

    2010年と2015年の町丁目別人口密度の変化量人口密度から,人口密度が上昇している町丁目は全町丁目の62.7%を占める一方,人口密度が低下している町丁目,34.7%であった。これら人口密度が上昇している町丁目では,全体の15.7%を占める町丁目で20.0人/haと人口密度が大幅に上昇している。対して,人口密度が20.0人以上/ha低下した町丁目は 1.7%であった。また,距離圏別に見ると,人口密度が40.0人以上/haと大幅に上昇した町丁目は, 5km圏に約5割が集中する一方,人口密度が20.0人/ha以上低下している町丁目は10km圏外に半分近くが見られた。

  • 神品 芳孝
    セッションID: 212
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    電子付録

    1. 屋敷林研究の動向

    日本の農村部における屋敷林は防風,防暑,防寒,防砂などの役割を果たし,農家の日常生活に必要な資材の供給源であった(吉野1961)。これらの用途のうち,地理学の屋敷林研究は,防風に着目して行われてきた。矢沢(1936)は,屋敷林を防風林とみなし,関東平野の多くの民家において屋敷林が冬の卓越風の風上側に仕立てられていることを明らかにした。矢沢(1936)に続いて日本各地の散村にて地域の卓越風向を推定する研究が蓄積されてきた。同様に集村における屋敷林も風を主とする気候を反映した景観として古くから研究され,三浦(2006)によって全国各地の屋敷林の形態が類型化された。

    空中写真判読によると継続して屋敷林が減少している。そのため屋敷林の変化を分析する必要性がある。そこで本研究では,変貌しつつある農村景観の一つとして屋敷林を取り上げ,その現状や維持管理および住民の認識について分析し,屋敷林の取り巻く環境変化の一端を明らかにすることを目的とする。

    2. 調査方法

    関東平野北部,埼玉県と群馬県の県境付近において,現地調査を行った。この地域は強い冬型の気圧配置の際,北西から「からっ風」とよばれる風が吹く。周囲を畑に囲まれているため,風よけとなる障壁がなく集落に強風が吹き付ける。この地域のうち,集村で,2021年現在も形態が大きく変化していない5集落においてアンケート調査を行った。5集落のなかから協力者が見つかった2集落において追加で聞き取り調査を行った。

    3.調査結果

    地元の人々は集落内の樹林帯のうち,タケを中心に構成された屋敷林のことを「タケヤブ」,カシで仕立てられた高い生垣のことを「カシグネ」と呼んでいた。集落の外部にあるクヌギ林を「ヤマ」と呼ぶ住民はいたが,聞き取り調査の限りでは,ケヤキなどで構成された屋敷林に対して特別な名称はなかった。

    タケヤブは主に集落の北縁に配置されている。集落を冬の季節風から護る目的や,材を農具や蚕具などに加工することを目的として仕立てられたとされている。また,かつて業者が買い取りに来ていたという証言も得られた。しかし2021年現在は,材としての価値が失われ,風よけ以外の用途はないと思われる。生育が旺盛なタケを伐採して利用する機会が失われたため,始末に負えなくなり伐根をする世帯が多くいた。また,敷地の所有者と,敷地の背後にあるタケヤブの所有者が異なる場合があり,他家のタケヤブの拡大に悩まされている世帯もいた。

    カシグネは防火,目隠し,境界として利用するため,材を農具に加工するために集落内の屋敷の主に北・西側に仕立てられたとされている。タケと同様に業者が買い取りに来ていたという集落もあった。観察で多くみられた樹種はシラカシである。現地調査では,材を利用している世帯はみられず,風よけ,目隠し,境界として利用していると答えた世帯が多かった。敷地内の建物の構成変化から,強風に悩まされ,新たに植えたと答えた世帯もいた。一方で,高所の手入れが困難であることから,剪定によって樹高を低くした世帯や,伐採した世帯が多くいた。

    文献

    三浦修 2006. 山形県庄内平野の屋敷林と冬囲い景観. 東北福祉大学研究紀要 30:197-213.

    矢沢大二 1936. 東京近郊に於ける防風林に関する研究(1),(2). 地理学評論 12:47-66, 248-268.

    吉野正敏 1961. 『小気候』 地人書館.

  • 永迫 俊郎, 上村 僚
    セッションID: 238
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    はじめに  ハレとケのどちらも含んだ生活の中に先人たちが築いてきた文化があり,地名も現在まで連綿と受け継がれている文化の一つである.公文書などに記載される行政地名のほかに口承だけの通称地名も数多く存在するが,通称地名はほとんど文字化されておらず,地名呼称の必要性が無くなったら消滅する.高齢化の進行や生活様式の変容,土地の区画整備などに伴って失われた地名そして文化は枚挙に暇がない.

     本発表では,日本本土よりも旧来の文化が色濃く残る奄美大島宇検村の屋鈍集落において収集できた背後の山地から前面の海岸にかけての地名呼称および環境利用の変遷について報告する.現地調査の遂行に令和元年度鹿児島大学教育学部鶴丸優美子研究助成寄附金を使用した.

    研究方法  宇検村を含む奄美大島南西部はあまり開発が進まず,伝統的な生活様式が日常の中に垣間見える.2019年7月・10月,2020年2月に,幸いにも90歳前後のおばあトリオを含む6名のインフォーマントから,通称地名や環境利用に関して貴重な情報を得られた.この聞き取り調査を中心に,空中写真(米軍1946年撮影,国土地理院1965/1976/1984年撮影)の判読および宇検村誌編纂委員会(2017)等の文献にもとづいている.

    記載  焼内湾を取り囲むように分布する宇検村のシマで最西端に位置する屋鈍集落は,東方に同村の阿室,南方に瀬戸内町西古見と隣接し,西端の曽津高崎まで範域が広がっている.屋鈍で耕地が最も広がったとみられる昭和20年頃の地名呼称と環境利用,その後の土地利用の変遷について記載する.シマの前面を焼内湾,背面を山地に囲まれる屋鈍には平地が少なく,山地斜面の奥部まで作付けがなされていた.分水嶺がシマの境界と認識されており,田畑や海岸への道,シマ同士を結ぶ道が整備されていた.小学校がある阿室との往来は日常的(徒歩45分程度)で,海側の斜面沿いと山越えの2つの道で結ばれていた.南方の西古見との往来は,標高300m強の峠を越えるため,徒歩1時間半ほどかかったが,物々交換などの交流があったという.60代男性によれば,西古見の子供と野球の試合をするため頻繁に行き来していたそうで,基礎体力の違いは推して知るべしと言える. 

    現在の居住空間の東側にあるタブスコ周辺はシマ発祥の地とされ,流れ込む川の源流に当たる稜線上で雨乞いが行われたという.おばあトリオが若かりし頃一度だけ体験された雨乞い行事に興味深い自然観が読み取れる.鍋の煤を顔に塗って誰か分からないようにした青年たちがシマタテの地を潤す神聖な川の源流部まで登り唱え言をあげた後,浜で海水に浸かる.ここには火と水,山と海の循環があり,お願い事を慎む伝統的な価値観が残る.

    分水嶺を越えて隣りのシマに入ると独自の呼称が付けられないものの,範域を網羅する形で地名や環境利用が記憶されていた.戦後から高度経済成長期にかけて,外部経済の流入や人口流出に伴い,土地利用空間は狭まり,田畑の多くは耕作放棄地を経て二次林化している一方で,カミミチなどの信仰空間は今も多くが残っている.

    考察  収集された屋鈍の通称地名70あまりを,山・川・海などの自然生態複合系,耕地・道路などの社会文化複合系,カミ・シマ境界などの世界観形成複合系の3つの基軸に沿って大きく分類し,方言や環境利用の様子などを加味しながら,屋鈍の人々の民俗分類について考察する.居住地域を中心としたとき,その周辺に耕作地域,採集地域,聖林とつづく構造になっている.この空間構成は宇検村の他のシマにも多くみられるが,霊性を帯びているとみられる山が2つ(キンピラヤマとウーサキナガネ)ある点は屋鈍に特徴的である.

    雨乞いの行われたウーサキナガネはタブスコの源流に位置する稜線上で,タブスコ川の合流部(又)の先には水のカミが宿るとされるカマド石の採取地があるという配置である.つまり,タブスコからウーサキナガネにかけて水に関する強い霊性が認識されていたと考えられる.奄美大島のシマの共通項としてネリヤカナヤの世界観を反映した海域と陸地(山)をつなぐ信仰空間が挙げられるが,それは単に双方向のつながりにとどまらず,堀(2012)が指摘するような水霊循環・地霊循環の様相を呈するとみられる.その世界観は「ゆいむん」の考え方に現れており,シマの中である程度完結した生活を営み,シマの中で完結する世界観を完成させるための装置が生きていたと考えられる.屋鈍の伝統的な世界観は双方向のつながりをもち,循環する流れをもっていた.

  • 長野県浅間温泉の「共同湯」を事例に
    森本 佑子
    セッションID: 309
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    近年,温泉をめぐる資源管理のあり方が問題となっている。観光振興に向けた地域資源の積極的活用は国レベルで進められており,温泉活用,言い換えれば温泉の商用化に向けた議論が重ねられている。しかし,温泉は観光資源である以前に水資源でありコモンズでもある。それを踏まえた適切な運営や資源管理の確立が急務となる。そこで,本稿では,温泉をコモンズとしてとらえることを試みる。生活利用としての温泉に着目し,長野県のデータに基づいて比較分析を行った結果,地域毎の資源管理の特性を表出することができた。続いて,松本市浅間温泉での調査を通じて,温泉の資源管理の実態と具体的な諸問題を明らかにすることができた。

  • 貴志 匡博
    セッションID: 121
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    2020年は「COVID-19(新型コロナ感染症)」の蔓延により,人口移動にも影響があった。現時点で比較的容易に利用可能な「住民基本台帳人口移動報告」を用いて,年齢別の人口移動傾向変化を把握し,市区町村単位でみてどのような地域で人口移動に変化が生じたかを明らかにする。

     さらに,市区町村によって異なるコロナによる人口移動傾向の変化が,今後どの程度継続するかについて若干の検討を行いたい。

  • 吉原 圭佑
    セッションID: 319
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/09/27
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    Ⅰ.研究目的と研究対象

    世界諸都市間の航空旅客流動を指標に、国境を超越する都市間流動の実態を明らかにし、都市ネットワーク構造の変遷過程を明らかにする。研究対象とするネットワークは、2018年時点の世界諸都市の航空旅客流動量上位30都市が有するネットワークである。ICAO(International Civil Aviation Organization)が発行する、世界諸都市間の航空流動統計であるOFOD統計(On Flight Origin and Destination)を用いた分析の一例を下記に示す。

    Ⅱ.分析と考察

    上位10都市の上位10路線という限られた範囲での航空旅客流動の分析になるが、OFOD統計にて分析できる最初の年次である1982年より9年毎に分析すると、上位に位置する都市、路線、都市ネットワーク構造が変遷していることが明らかとなった。ただし、ロンドンが一貫して首位であった。次いで、パリや東京、フランクフルトといった世界都市が続く一方、香港やソウルといった東アジアの都市が伸張した。

    直近の対象年である2018年の航空旅客流動を地図上に示したものが図1である。航空旅客流動の大きな需要は主に近距離・中距離路線にある。長距離路線での流動も活発である航空貨物流動(図2)とは差異が見られた。路線長のみならず、旅客あるいは貨物が発着する都市の顔触れも異なっていた。

    OFOD統計の集計値には、実態とそぐわないと思われる面もある。ACI(Airports Council International)が発行するWATR(World Airport Traffic Report)の旅客数集計値と比較すると、両者で約4倍の差が開く都市もあった。その要因の一つは、OFOD統計では有償旅客数の過小報告及び未報告が多いことである(山田ほか、2014)。

    今後の課題としては、流動する旅客人数を集計したOFOD統計とは集計項目が異なるが、集計の正確性がより高いと考えられるWATRやOAG時刻表等を用いて旅客便数を把握し、両者の集計結果の差異と限界について検討することが挙げられる。

    参考文献

    山田幸宏・井上岳・小野正博 2014. 路線別国際航空旅客数の推定方法. 国土技術政策総合研究所資料 No.786.

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