本研究の目的は,在宅の要介護高齢者に対する介護者の虐待に関係する要因を明らかにするとともに,介護者が要介護高齢者との間にとる対人距離が虐待とどのように関係しているかを検討することである。調査対象者は,介護者53名である.このうち虐待ありは27名,虐待なしが26名であった.対象者には,次の2つの調査を実施した.(1)虐待の有無とその背景に関する質問紙調査,(2)介護者の要介護者に対する心理的距離を投影法的に捉える「介護者に対する対人距離テスト」(以下,対人距離テストと略す)を実施した.「対人距離テスト」は,さまざまな介護場面を設定し,部屋と見立てた四角な枠の中央に高齢者の姿を描いた「図版」のうえに,介護者の姿を描いた「介護者カード」を,最も相応しいと感じる場所に配置させるものである.対人距離は,図版の高齢者と介護者カード間の距離を測定したものである.その結果,質問紙調査から,虐待を受けている要介護高齢者には,痴呆症状はあるが自立度の高い者が多かった.虐待する介護者は,介護負担が強く,要介護高齢者との人間関係が悪いと回答した者が多かった.対人距離テストでは,介護者の距離の取り方に,大きく2つの型があることがわかった.1つは,高齢者のいる室内(枠内)に介護者カードを置く室内型と,室外(枠外)に介護者カードを置く室外型である.室内型の対象者の特徴は,一般に積極的に高齢者と関わることが必要と考えられる介護場面条件で,要介護高齢者から遠く離れた距離をとる傾向が認められた.一方,介護者を情緒的に刺激する場面では,要介護高齢者に接近する傾向がみられた.室外型では,介護放棄や無視といった虐待の認められる介護者が多かった.さらに,対人距離の取り方をクラスター分析により類型化すると,(1)「高齢者中心型」,(2)「介護者中心型」,(3)「密接型」,(4)「遠隔型」の4タイプに分けることができた.虐待あり群では,「遠隔型」が多くを占め,「介護者中心型」も多かった.配偶者が介護している場合には「密接型」が多く,嫁が介護している場合には「高齢者中心型」が多かった.高齢者虐待の要因の一つである介護者と要介護高齢者の人間関係を理解しようとするとき,対人距離という視点から見ることは,両者の関係を捉える方法として有効であり,虐待の早期発見,虐待防止の働きかけのきっかけになるとも考えられる.
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