日本地理学会発表要旨集
2023年日本地理学会秋季学術大会
選択された号の論文の146件中51~100を表示しています
  • 鈴木 信康, 日下 博幸
    セッションID: 417
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1. はじめに

    冬季季節風卓越時の東海〜関東沿岸域では,「房総不連続線」や「駿河湾収束線」と呼ばれる地形性の収束線が形成される。収束線は降雨・降雪やガストを伴うことのほかに、中部山岳を中心に時計回り/反時計回りに移動することが知られている。加治屋(1997)、河村(1966)、Kawase et al. (2006)では、収束線の移動は総観規模の風系の推移に対応して移動すると考察しているが、その検証は十分に行われていない。本研究では、収束線の時間変化を調べ、収束線移動時の気象場の推移の特徴とその関係を明らかにすることを目的とする。

    2. データと手法

    1時間毎の静止気象衛星赤外画像から、1991/92年〜2020/21年の12月〜3月に発生した収束線を抽出した。抽出した収束線事例を、出現域別に(a)東京湾型、(b)相模湾東部型、(c)相模湾西部型、(d)駿河湾型の4つに分類した。次にERA5再解析データ(Hersbach et al. 2020)を用いて、収束線出現時の地上気圧配置型を分類した。分類にはSelf-Organizing Map(SOM)を用いて、16に分類した。さらに、気圧配置の推移から、気象要素の変化を調べ、収束線の移動と大気場の変遷の関係を調査した。

    3. 結果

    収束線は30年間で1135事例(37事例/年)発生し、そのうち604事例(53 %)で50 km以上の移動が確認された。時計回り/反時計回りに移動する割合はそれぞれ58 %、42 %であり、時計回りに移動する事例が多い。SOMにより分類された収束線出現時の気圧配置パターンを示す。収束線出現初期の気圧配置パターンはノード(1, 5, 9, 13)が多く、収束線の消滅時はノード(3, 4, 7, 8)で多いことが示された。収束線の移動と気圧配置型を強い西高東低の冬型から弱い冬型に遷移するのと対応しており、加治屋(1997)、河村(1966)の考察を支持している。その時の大気場の特徴を調べると、中部山岳周辺の風の変化、特に風速の変化が顕著であった。一方で、反時計回り移動するときは気圧配置の変遷に明瞭な特徴は見られず、中部山岳周辺の風の変化の関係も明瞭でないことから、別の要因が考えられる。今後は大気安定度との関係、メソスケールの気象場の変遷などに着目し移動機構を明らかにする。

  • 植村 円香, 山口 沙織
    セッションID: P040
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.研究の背景と目的

     日本では,高齢化により氏子祭の継続が困難になっている.しかし,宮城県塩竈市に位置する志波彦神社・鹽竈神社の年3回行われる氏子祭は,それぞれ100人ほどの神輿の担ぎ手が集まるほか,市内だけでなく県外や海外からの観光客が多く訪れ,塩竈市の主要な行事となっている.そこで本研究では,志波彦神社・鹽竈神社における氏子祭がどのように変容しながら継続してきたのかを明らかにするとともに,今後も氏子祭を継続するうえでの課題を指摘することを目的とする.

    2.氏子祭の概要

     志波彦神社・鹽竈神社の氏子祭は,3月の帆手まつり,4月の花まつり,7月のみなと祭の三祭とも,神輿が供奉団体を伴い塩竈市内を巡幸する「神輿渡御」が行われる.帆手まつりは,景気回復と火災の鎮圧を祈り1682年に始められた祭りで,祭事である神輿渡御のみ実施される.花まつりは,1778年に豊作祈願のために始められた祭りで,1985年から塩釜商工会議所青年部主催の「しおがま市民まつり」と同時開催され,本塩釜駅前には出店が並ぶほかイベントが実施される.また,みなと祭は,1948年に水産業関連団体の希望で海上安全祈願と観光誘致のために始められ,神輿の市内巡幸だけでなく,海上渡御,陸上パレードや花火などのイベントも実施されている.

    3.氏子祭の変容と継続要因

     志波彦神社・鹽竈神社の氏子祭は,神輿渡御だけでなく商工会議所や水産関連団体が実施するイベント等と連携することで規模が拡大していた.一方,祭事である神輿渡御は,高度経済成長期以降,神輿の担ぎ手である輿丁の減少が問題になっていた.供奉団体が輿丁を確保し神輿渡御の継続を可能にした要因は以下の通りである.

     第一に,1956年に氏子青年会が形成され,本会が輿丁を募るようになったことが挙げられる.氏子青年会が形成される以前は,奉賛会という組織が輿丁を募り,神輿世話役である宮町が輿丁を抽選で決めていた.輿丁は,宮町居住者やその親戚に限定されていた.しかし,高度経済成長期以降,後継ぎの市外流出により宮町居住者や親戚で輿丁を確保することが困難になった.そこで,氏子青年会を組織し,町単位に捉われることなく広報活動をすることで,輿丁希望者の増加を実現した.

     第二に,神社への還御ルートが,1990年に七曲坂から表坂に変更されたことが挙げられる.七曲坂を使用していた際は,観客の立ち入りが制限されていたが,表坂を使用することによって観客の声援のなか202段の階段を登りきることが輿丁にとって忘れがたい経験となることから,輿丁経験者の参加が増加した. このように,志波彦神社・鹽竈神社の氏子祭は,塩竈市内の地域団体と連携を図ることで規模を拡大したり,輿丁確保の方法や還御ルートを変更したりするなど時代とともに内容を変容させながら継続していることが明らかになった.

    4.氏子祭の課題

     2023年の調査時点では,輿丁の数は確保されているものの,輿丁の高齢化が課題となっていた.輿丁の年齢は,1960~1970年代には20歳代が中心であったが,2023年の調査時点では40歳代が中心であった.また,渡御行列の減少も課題となっていた.1960~1970年代には,約1,000人の行列であったが,2023年の調査時点では,500人ほどに減少していた.その要因は,渡御行列に参加する供奉団体の高齢化が挙げられる.供奉団体は志波彦神社・鹽竈神社の周辺地域で組織されており,氏子祭の運営にも携わっている.そのため,志波彦神社・鹽竈神社周辺地域の高齢化は,渡御行列を担う供奉団体の再生産を困難にするだけでなく,氏子祭そのものの継続が危ぶまれる要因となっている.今後は,供奉団体の体制や氏子祭の運営についても輿丁と同様に,広域的な担い手の確保が必要となるだろう.

  • 八木 浩司, 山田 隆二, 佐藤 昌人, 林 一成
    セッションID: 216
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    本年3月から国土地理院の地理院地図において公開が開始されたInSAR画像レイヤ(干渉SAR時系列解析結果:東西方向および上下方向への変位)は,防災科学技術研究所(NIED)の地すべり地形分布図と重ね合わせて閲覧可能であるため,課題であった地すべり地形の活動状況や今後の活動性を検討する重要な情報を付加することを可能にするものである.本報告では,東北地方日本海側(青森・秋田・山形および脊梁山脈沿い)を対象に,地理院地図において公開開始されたInSAR画像レイヤ(干渉SAR時系列解析結果:東西方向および上下方向への変位)とNIED地すべり地形分布図とを比較した.その結果,変位速度が速いものでは,NIED地すべり地形分布に抽出された地すべり地形移動体の地表面に二次的変位による微地形の発達が良いことが明らかとなった.

  • 千葉 晃
    セッションID: P001
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    筆者は東京郊外にある練馬区における桜の開花日と気温の関係について,2023年の春シーズンのデータを使って明らかにした.練馬区では2023年3月12日に桜が開花した.東京中心部にある靖国神社の標準木よりも2日早かった.練馬区のほうが東京中心部よりも低温であり,そのことが桜の休眠解除を助長したと考えられる.他方,老木は若木よりも早く咲くこともわかった.

  • 黒田 圭介, 山岡 貴秀, 後藤 健介
    セッションID: P033
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに

     小・中学校や高等学校においては,現在さかんに防災教育がなされており,その教育実践研究が数多く報告されている。例えば国土交通省が提供する「防災教育ポータル」を閲覧してみると,防災に主眼を置いた指導案や,行政が作成した防災教育の手引き等を多数参照することができる。ここで,防災教育の一環としてハザードマップの作成が挙げられるが,その有効利用にせよ作成にせよ,地形に関する知識が不可欠であることはたびたび指摘されている(例えば村越ほか,2020)。

     本件では,特に水害に対する防災教育の実践として,新旧地形図の比較による微地形判読を,佐大教育学部附属中学校2年生の社会科地理分野に導入した事例を報告する。具体的には,氾濫原における土地利用と微地形の関係をデジタルマップで読み取り,その情報をもとに生徒の自宅周辺のハザードマップを確認し,有事の際に避難するのに適した避難所の評価を行わせた。なお,生徒の評価活動に際して,地形学や自然災害を専門とする有識者がラーニング・パートナー(以下LP)として授業中に直接アドバイスを行った。このように本件では,生徒が各分野の有識者とともにハザードマップの評価を行うことによって,自然災害対応への確固たる自信へとつなげられるよう配慮した。

    2.単元の概要

     本件の実施単元は,中学校学習指導要領(社会編)における地理的分野の「地域調査の手法」に該当する。地域の課題として挙げられる防災を中核とした考察方法を基にして,人間と自然環境との相互依存作用や地域などに着目する。パフォーマンス課題「自分のいのちを守る最適な行動がとれる避難マップを作成しよう」を追究したり解決したりする活動を通して,自分の命をどのようにして守るのかということについて,各地方の事例を踏まえて多面的・多角的に考察することを目的とした。

     当事者意識をもった学びへとつなげるために,佐賀県に住む自分を主体として,通学路における避難マップを具体的に立てさせた。時系列地形図閲覧webサービスの今昔マップによる微地形判読や,自治体発行のハザードマップによる避難所の評価などを通じて,自身のいのちを守るに最適な避難所を評価させ,マッピングを行った。単元の5時間目には,有識者がLPとしてテレビ会議システムで授業に参加し,共に学び合い,自らの防災マップの正統性を高める活動を行った。

    3.結果

     一例として,ある生徒による今昔マップを用いた微地形の判読結果(図1)と,避難所の評価(図2)を示す。図1を見てみると,自宅が過去水田であったことを読み取っており,そこが,地盤がゆるい(おそらく後背湿地と推測できる)と表現していることから,土地利用と微地形の関係より,水害に対するリスクを判読できていると考えられる。図2を見てみると,この生徒は致遠館高校を避難所として高く評価しているが,これは単に自宅からの近接性にとどまらず,避難所の設備や高さをも包括した評価となっている。また,他の生徒の評価では,致遠館高校はもともと水田であり,浸水の危険性があるとの言及があった。これらはあくまで一例ではあるが,多くの生徒は,地形情報や避難所そのものの状況まで含めて,能動的に自身や家族のいのちを守ることができる避難所を選び取っている様子がうかがえた。

    4.まとめ

     本件は中学校社会科地理における,微地形の判読を通じたハザードマップに示される避難所の評価を行った。その結果以下のことが分かった。

    1)今昔マップを利用すれば,中学2年生でも過去の土地利用から自宅周辺の微地形を判読でき,水害のリスクを把握することができる。

    2)地形情報を把握していると,施設そのものの情報まで含めて最も逃げるに適した避難所を選び取ることができ,その評価は有識者が確認しても妥当なものが多かった。

    参考文献 村越ほか(2020):自然災害リスクはハザードマップから適切に読み取れているか?地図リテラシーの視点からの検討.地図,58-4,1-16.

  • 堀 和明, 田中 靖
    セッションID: P011
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    はじめに

     河川はもともと自由な流れを持つが,人為的影響でそれが阻害されるようになり,その結果として,水や土砂,有機物,生物の縦断方向,横断方向,垂直方向の連結性(connectivity)(Fryirs, 2013)が低下してきている.こうしたなか,近年,河川の連結性を定量化する研究が進められている.たとえば,世界の河川を対象とした研究では,流路長が1000 kmを超えている河川のうち自由に流れている(free-flowing river)ものは37%程度で,その分布は北極域やアマゾン,コンゴ川流域といった遠隔域に限られることが指摘されている(Grill et al., 2019).また,ヨーロッパの河川では,堰に代表されるバリアーが少なくとも120万個(流路長1 kmあたり0.74個)存在しており,そのうちの68%が高さ2 m未満であることが報告されている(Belletti et al. 2020).

     本研究では,日本の一級水系の本流109本を対象として,縦断方向の連結性に影響を与える,もしくは影響を与える可能性がある構造物がどの程度分布しているかを計測することにした.河川の縦断方向の連結性に影響を与える構造物としては,ダムや堰,水門が知られているが,本研究では河川を横断する橋や送電線についても連結性に影響を与える可能性がある構造物として計数することにした.

    方法

     全国の一級水系(109河川)の本流を対象に,以下の手順で河川を横断する構造物を手動で計数した.はじめに,堀ほか(2023)で作成した河川中心線のラインデータを地理院地図に読み込んだ.次に,地理院地図のzoom17または18で表示される橋(道路含む),鉄橋,送電線,堰,ダム,水門,水制といった構造物と河川中心線との交点を,河口から源流に向かって取得していき,それぞれの構造物の数を集計した.また,交点の位置をkml形式で保存した.

    結果と考察

     河川を横断する構造物のうち最も多いものは,橋(道路含む)で7376,次いで堰2626,送電線2051,鉄橋670となった.構造物の総数は約13000個で,河川中心線の長さ(以下,流路長とする)の総計約11614 kmを考慮すると,1 kmあたり1.12個となる.なお,構造物の数は計数の際の誤認・見落としや地図の更新などがあるため,概数と考えるべきものである.

     河川間で比較すると,流路長が長い河川のほうが流路長の短い河川に比べて,構造物の数は多くなる傾向にある.一方,構造物の数/流路長としたときには,流路長140 km程度までは流路長当たりの構造物の数は減少していく傾向にあるが,140 km以上になると1 km当たり0.4–1.2個の範囲に収まり,流路長の増加による影響は不明瞭になる(図1).一般的に,流路長の短い河川のほうが流路長の長い河川に比べて川幅が小さいため,横断物の設置が比較的容易であるためと考えられる.

     北海道や東北地方を流下する河川は,1 km当たりの構造物の数が1以下となっているものが多い.一方,鶴見川や菊川,大和川,本明川といった流路長が比較的短い河川においては,1 km当たりの構造物の数が3を超えている.また,土砂の縦断方向の連結性に強く影響すると考えられる構造物(堰やダム,水門)は,姫川,手取川,重信川,本明川で1 個/km以上となっているが,これには堰の数が強く反映されている.

    謝辞 本研究は科研費(課題番号:21K18397)の助成を受けたものである.

    文献 Fryirs, 2013, Earth Surf. Proc. Land., 38, 30–46. Grill et al., 2019, Nature, 569, 215–221. Belletti et al. 2020, Nature, 588, 436–441. 堀ほか,2023,2023年度日本地理学会春季学術大会,P041.

  • 工藤 達貴, 日下 博幸
    セッションID: 418
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに

     生保内だしは、秋田県の岩手県境付近に位置する仙北市生保内地区で吹く東寄りの局地風である。生保内だしは、暖候期の東北地方太平洋側に低温をもたらす北東風であるヤマセが奥羽山脈の峠(仙岩峠)を越え、フェーンとして生保内地区に吹き下ろすことで発生すると考えられている(永保ほか 2021)。そのため、生保内だしは、豊作をもたらす「宝風」として重宝されている。

     本発表では、移動性高気圧―低気圧型とオホーツク海高気圧型それぞれの気圧配置によって吹く生保内だしの風系と吹走時の気温場を報告する。

    2.データと方法

     領域気象モデルWRFを用いて、生保内だしの風系と気温場を3次元で再現した。

    3.結果

    3-1 移動性高気圧―低気圧型

     南寄りの風が東北地方北部の大部分で吹いているが、生保内地区でのみ10m/s程度の強い東風が吹いていた。仙岩峠と同じ高度の岩手県側で吹く南寄りの風の一部が仙岩峠付近で東寄りの風に変化し、生保内地区に向かって吹いていた。奥羽山脈の稜線よりも上空では、16m/s前後の南~南西風が吹いていた。

     風上側の雫石(標高195m)と比べ、生保内地区(標高230m)の気温は2℃程度高かった。

    3-2 オホーツク海高気圧型

     岩手県の北上盆地で南寄りの風が吹いているのを除き、東寄りの風が東北地方北部の大部分で吹いていた。特に、奥羽山脈の風下山麓で12m/s以上の強い風が吹いていた。仙岩峠と同じ高度の岩手県側で吹く南東風の一部が仙岩峠付近で東寄りの風に変化し、生保内地区に向かって吹いていた。奥羽山脈の稜線よりも上空では、8m/s以下の弱い南東~南風が吹いていた。

     生保内地区の気温は、風上側の気温とほぼ等しかった。

    4.まとめ

     仙岩峠と同じ高度の風上側で吹く風の一部が仙岩峠付近で東寄りの風に変化し、生保内地区に吹いていたことが共通していた。一方で、流入風の風向と奥羽山脈の稜線よりも上空での風向風速、生保内地区と風上側との気温差が異なっていた。

    参考文献

    永保 敏伸・二関 和彰・佐藤 典人 2021. 局地風「生保内だし」(秋田)に関する気候学的考察. 法政大学地理学会創立 70周年記念論文集: 147-158.

  • 初澤 敏生
    セッションID: 233
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに

     Covid-19の流行は、各国の経済に大きな打撃を与えた。特に観光地においては外国人観光客などの入込が大幅に減少している。しかし、その影響に関してはまだ十分に調査されていない。本報告では、静岡県伊豆地域の温泉地を対象として、Covid-19の影響について検討したい。

    2.静岡県における観光交流客数の動向

     静岡県観光統計によれば、静岡県の観光交流客数は2000年には約1億2千万人だったが、その後漸増し、2017年に1億5600万人でピークに達する。コロナ禍直前の2019年は1億4千700万人だったが、2020年には8300万人に減少、2021年も9600万人にとどまっている。これを地区別にみると、最も多いのが伊豆地域である。伊豆地域の観光交流客数は2000年には約4400万人であったがその後減少し、2011年には3670万人程度まで減少する。その後は再び増加に転じ、2017年には4700万人台に達する。コロナ禍直前の2019年は4400万人台で推移したが、2020年には2300万人にまで減少、2021年も2600万人台にとどまる。

     これを宿泊客数でみると、静岡県全体では2000年に約2千万人であったが、その後漸減し、2011年に1680万人で底を打つ。その後は増加に転じ、2019年には2000万人弱の水準にまで回復するが、2020年は1000万人と半減、2021年も1300万人にとどまる。伊豆地域の宿泊客数も、全県と類似する動きを示す。2000年代初頭は1300万人台で推移していたが、その後は漸減し、2011年には1000万人を割り込む、その後増加に転じ、2017年には1140万人台になるが、2020年には590万人に減少、2021年も700万人にとどまる。

    3.伊豆地域の温泉旅館の動向

     これをさらに細かく見るため、伊豆地域の温泉旅館の動きについて検討する。なお、ここで対象とするのは静岡県熱海市(22旅館)、伊東市(23旅館)、下田市(9旅館)、伊豆市(31旅館)の85 温泉旅館である。使用するデータは帝国データバンクが調査したもので、本報告では2019年と2021年の各旅館の従業員数と売上高を中心に分析を行う。

     まず、85旅館の売上高の変化をみると、その合計額は2019年の341億8300万円から2021年の241億700万円へと約100億円の減少を示している。85旅館中72旅館が売り上げを減少させる一方で、6旅館は売り上げを増加させている。これを減少(増加)率と2019年の売上高との関係からみると、売り上げの減少率と売上高との間には明確な相関は認められないが、売り上げの大きな旅館の減少率が相対的にやや高くなっている。

     一方、従業員数についてみると、同期間に1790人から1721人へと69人、比率にして約4%の減少にとどまる。売上高が約3割減少していることに比べれば、わずかな減少にとどまっているといえる。これを旅館単位でみると、従業員を減少させた旅館は12、増加させた旅館が7となる。ほとんどの旅館は従業員数を変動させていない。コロナ禍の中でも多くの旅館は従業員の雇用を守ることを優先させたものと考えられる。

  • 野村 侑平
    セッションID: 313
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    近年,グローバル化の進行に伴い,日本国内では外国人人口の増加と国籍の多様化が進展し,外国人集住地区への集中傾向も報告されている.カプランは,エスニック集団の住居や企業の空間的集中がエスニック・ビジネスの発展において重要な要素として機能する可能性を論じた.その中で,当初,エスニックな資源に依存していたエスニック集団のうち,社会経済的地位の上昇を経験すると,空間的分散が生じるとも指摘している.このようにエスニック集団の経済活動により生み出される空間的パターンは,彼らを取り巻く環境により変化しうる.以上を踏まえると,2020年以降のCOVID-19感染拡大により,国際人口移動は大幅に制限されたほか,商業施設は営業時間や人数の制限を要請されて打撃を受けたことから,エスニック集団およびエスニック・タウンにも顕著な影響が及ぼされたと予想される.

     2022年末の日本における在留外国人人口は約308万人で,そのうち一都三県だけで約40%を占める.市区町村別では2020年6月末から2年間全国最多であった埼玉県川口市の西川口駅周辺地区(西川口1-3丁目,並木2-4丁目)には,エスニック・タウンが形成されている.当該地区は,1980年以前に韓国・朝鮮人,同年代後半以降に中国人が地場産業である鋳物工場に研修生として受け入れられたことから外国人人口の増加がみられた.また,当該地区は繁華街としても知られ,1990年代から違法性風俗店の出店が相次ぎ,2000年代前半には240を数えた.ところが,2004年に埼玉県警が「風俗環境浄化重点推進地区」に指定し,2006年に一斉摘発を完了させた.ただし,「風俗街」としての負のイメージは残存したために,新規入居者が現れず空きテナントが目立ち始めた.その後,2010年代半ばから中国人顧客を対象とした中国系飲食店や小売店が急増し,2010年代後半からはベトナム系店舗の出店もみられるようになった.このように当該地区は,かつての「風俗街」からエスニック・タウンに変貌したことが先行研究で言及されているが,2020年以降のCOVID-19感染拡大による影響については検 討の余地がある.

     そこで,本研究では,西川口駅周辺地区を事例に,商業施設の立地および業種から,COVID-19によるエスニック・タウンの空間変容を明らかにする.そのために,2019年12月と2023年5月に実施した現地調査から得た結果を比較・検討し,先行研究や各種人口統計との関連性をもとに分析した.

     本研究から得た知見は以下の2点である.1点目は,当該地区におけるエスニック・ビジネスは,COVID-19の感染拡大にかかわらず量的に増加していることである.2023年5月現在,当該地区には,228軒のエスニック・ビジネスが確認され(図1),2019年12月(142軒)と比較すると大幅に増加した.エスニシティ別では中国系が最多であるが,韓国系,ベトナム系の増加も確認された.その立地は,西川口駅から半径200m以内に集中し,店舗の入替わりも散見された.2点目は,経営者が置かれた状況の差異によりCOVID-19の感染拡大を契機として経営方針における多様な質的変化がみられたことである.たとえば,中国系店舗のうち,同国人のみならず日本人,ベトナム人向けサービスの提供を開始したほか,当該地区を離れて東京都心へと店舗を移すケースもみられた.

  • 「被災地」陸前高田の場所再構築と地理学(1)
    熊谷 圭知
    セッションID: 513
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    2018~22年度に実施した本科研費研究会は,東日本大震災の被災地岩手県陸前高田市に焦点を当て,「復興」の課題を,被災地の人々の感情・身体・ジェンダー,場所や風土などの視点から考察してきた.研究方法の中核をなすのは,現地の住民との対話的なフィールドワークである.

    陸前高田市は,1955(昭和30)年,高田町,気仙町,広田町,小友村,米崎村,竹駒村,矢作村,横田村の8町村の合併によって生まれた.藩政時代からの中心地で古い街並みがあった気仙町,昭和以降行政・商業の中心地となった高田町,漁業が盛んな広田・小友,漁業と果樹栽培が盛んな米崎,気仙川と山に囲まれた横田など,旧8町村は,生業や文化を異にし,独自の風土を持っている. 気仙川が作り出した沖積低地の上に市街地が展開し,三陸海岸では珍しい長大な砂浜に連なる松林(高田松原)は,県内外から海水浴客を集める観光地でもあった. 同僚教員と学生と共に2011年から通ってきた米崎小学校仮設住宅の元自治会長佐藤一男氏は「陸前高田はエンゲル係数の低い町だった」と言う.それは海産物や農産物の交換が地域社会の中で頻繁に行なわれ,食費が少なくても豊かに暮らせたことを意味する.震災が奪ったのは,数量化できる産業基盤だけではなく.交換経済(菜園なども重要な基盤)と社会関係もまた大きな打撃を受けた.

    「原風景」については,様々な論考がある(奥野1989ほか).私は原風景を「個人の心に深く刻み込まれ,繰り返しあるいは時折,強い情感をともなって喚起される風景」と捉える(熊谷1997).どのような心情とともに「原風景」が刻まれるかを考察すると,温かさ」や「安心」の感情,「自由さ」や「解放感」とともに,「寂しさ」や「孤独」「不安」の感情が浮かび上がってきた.原風景が,単なる懐かしさや,幼少期の幸福な記憶によってのみ彩られるものではなく,それがもはや手の届かないものになった喪失感とも結びつくとすれば,震災は,陸前高田の人々に失った風景を原風景として刻み込む契機ともなったと想像する. 「原風景」調査の概要 私は2019年12月末~2020年2月に,陸前高田の人々に,原風景調査を行なった.回答を得たのは,19名(男14名,女5名)で,年齢は,80代1名,70代5名,60代5名,50代3名,40代3名,30代と20代が各1名である.これまで私が関わりを持った人に依頼したこともあり,比較的高齢の人,また男性が多くなった.   具体的な原風景として多く挙げられたのは,1)子供時代の生業・遊びと自然;2)祭;3)高田松原;そして4)震災前後の街の風景;だった. 陸前高田の人々は,2011年3月11日の津波で一時に親密な人,家,街並み,日常,風景,それらとの関係性を奪われた.今回の原風景調査から浮かび上がってきたのは,「場所喪失」(displacement)の心情の具体的意味と重さだった(熊谷2020).

  • 栗山 絵理
    セッションID: S204
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    平成30(2018)年に告示された『学習指導要領』に基づき,令和4(2022)年より高等学校では「地理総合」「歴史総合」「公共」などの新しい科目が必修となった。

     「地理総合」では,「A 地図や地理情報システムで捉える現代世界」「B 国際理解と国際協力」「C 持続可能な地域づくりと私たち」という3つの内容を柱に授業を構成することと定められた。そして,「①知識・技能」「②思考力・判断力・表現力」「③主体的に学習に取り組む態度」の3観点に基づく観点別評価も導入され,新しい科目と新しい評価方法の実施が同時に開始された。

     シンポジウムでは、東京学芸大学附属高校における「地理総合」の地図やGISの学習指導における授業実践と、観点別評価およびルーブリックの実際を紹介する。また、ルーブリックによる評価についても、具体例を示しながら模索するポイントを参加者と協議したい。

     観点別評価の導入によって,「相対評価」の性格が強かった従来の評価から,「絶対評価」が主たる評価へと変容したことは意義深い。一方,魅力的な評価活動を行うためにかかる労力は膨大であり,地理を専門としない教員の負担は甚大なものと想像できる。地理分野の教員養成を充実させることも急務である。

  • 細渕 有斗, 森島 済
    セッションID: P008
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    はじめに:山頂現象は,冬季季節風及びそれに伴う積雪状況,温度環境の変化を主な要因として,山頂付近とその周囲で異なった植生が成立していることを示す現象である。 本現象は,標高1,000m程度の佐渡島北西部大佐渡山地においても指摘され,尾根部では冬季季節風による影響で高山帯に類似した植生が成立している(目代・小泉 2007)。 さらに,大佐渡山地北部では,尾根部ではなく,北西斜面上でも同様の植生の成立が報告されている。蒲澤(2021)はこの斜面上での植生の成立を,山頂現象と同様に冬季季節風による影響であるとし,内部での植物の住み分けに関しては,冬季季節風が生む積雪の不均一性とそれに伴う凍結融解による微地形や土壌の変化に影響を受けている可能性を指摘した。しかしながら,この分析は必ずしも植物の住み分けに応じた分析を行っていないほか, 凍結融解作用と冬季における地表面の温度条件を左右する雪の作用についての議論は行われておらず,詳細な比較は十分でないと考えられる。 細渕ほか(2023)では,大佐渡山地北西斜面の風衝地における植生分布の特徴を整理し,植物の住み分けに応じた微地形,表層の土壌条件との比較を行った。本発表では,2022年8月から2023年5月まで実施した地温及び気温の結果から植物の住み分けと温度環境の対応を考察した。

    調査方法:調査地域においては,植被の状態及び植物種に応じて,微地形などによる違いが顕著であるため,それに合わせ,異なる条件下の6地点に地温計を設置した。併せて地温への影響及び対象地域の温度環境を得るため,気温の観測を実施した。また,積雪状況を明らかにするために,インターバルカメラを設置したが,風の影響により転倒したため,2022年11月9日から同年12月14日迄のデータとなった。

    結果と考察:インターバルカメラにより得られた画像から,研究対象地では12月初旬に初めて積雪が確認された。 地温観測の結果は,12月初旬以降,変化傾向に差異が発生したことから,積雪の有無が影響を及ぼしていると考えられた。無積雪の期間においては,全ての地点において日変化が顕著であり,気温と近い変動を示したが,積雪期間と考えられる時期においては,地点によって日変化に差異が生じた。 地衣類・スゲ類,ハクサンシャクナゲ,ホツツジ,スギのみられた箇所に設置した4地点では,12月初旬より徐々に地温が下がり始め,12月中旬には殆ど日変化を示さず,観測地点によりそれぞれ異なるものの,2023年2月まで約0℃から4℃の中で一定の温度を示していた。 一方で,裸地,シバ類・スゲ類のみられた箇所に設置した2地点では,12月初旬以降も変わらず明瞭な日変化がみられた。中でも裸地で観測した地温は,2022年12月から2023年2月の間の日変化が全地点の中で最も大きく,最低地温は-7.8℃を記録した。 消雪時期は,インターバルカメラが転倒したため,詳細は不明であるが,地温の日変化が殆ど生じなかった時期から再び明瞭となる日を消雪日として捉えた場合,消雪日が早い地点では草本類が優占し,遅い地点では木本類の優占する傾向にあった。このことは,小さなスケールながら積雪深の違いが植物の住み分けに影響を及ぼしている可能性を示唆していると考えられる。

  • 藤村 健一
    セッションID: 620
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    本研究では,2022年に実施した仁徳天皇陵古墳の訪問者に対するアンケート調査の結果を分析し,同古墳に対する訪問者の認識や目的,行動を明らかにする。同古墳の訪問理由(複数回答可)として,「歴史への興味」と「散歩・散策」を選んだ人がそれぞれ約4割にのぼり,「観光」は3割弱であった。同古墳のイメージを1つ選ぶ質問では,「天皇陵(仁徳天皇のお墓)」と「古墳・文化財」がそれぞれ約3割,ついで「世界遺産」と「地域のシンボル」がそれぞれ約1割であった。「観光地」と答えたのは1%に過ぎない。訪問者の半数が同古墳で拝礼を行っていた。写真を撮影したり,ガイドの説明を聞いたりする人も多かった。同古墳にふさわしい呼称を1つ選ぶ質問では,「仁徳天皇陵」と「仁徳天皇陵古墳」がそれぞれ約3割で,歴史学界の呼称である「大山古墳」・「大仙陵古墳」を選んだのは合わせて約2割であった。訪問者の多くは同古墳を観光地とはみておらず,多様な認識・目的に基づいて行動している。

  • 松井 恵麻
    セッションID: 631
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    1990年代末以降、地域づくりやまちづくりの中で現代アートが重要な役割を果たすようになった。各種芸術祭に代表されるアートイベントは、行政組織による地域づくりの枠組みの中に取り込まれつつある。それに対して都市部で散見されるアートスペースは、行政組織や美術館と一線を画した表現活動の拠点である。アートスペースは改修した空き家を再活用している点に特徴があり、比較的安価な使用料が設定されている。そのため本業を別にもつアマチュアアーティストや若手アーティストらの表現活動の発信・交流の場になっている。こうした点からアートスペースは都市部の空き家活用であると同時に、草の根的なアーティストらの活動の場であると捉えることができる。つまり遊休不動産活用を活発化させることによって都市再生の一助になりえるとともに、都市部のクリエイティブな人材を引き付ける場としても重要な意味をもつ。本研究は福岡市内のアートスペースを事例に、アートスペースを管理・運営するオーナーと、利用するアーティストらの双方の視点からその形成過程を明らかにする。

  • 阪急茨木市駅前を対象に
    松田 千優
    セッションID: 535
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    2006年に桑名市で全国初の市街地再開発事業区域における再々開発が行われてから現在にかけて、全国的に再々開発が検討されている。1969年に都市再開発法が制定され「市街地再開発事業」は数多く行われたが、現在まで50年近くが経過しており、建造物の老朽化や機能の低下から再整備が求められている。しかし、それ以前の1961年に制定された市街地改造法に基づく「市街地改造事業」(以下本文中、改造事業)実施地区における再々開発が依然として進まない実態が存在する。そこで本研究は、改造事業地区における再々開発計画が長期化する理由を検討する。具体的には改造事業の実施地区の現状を確認したうえで、阪急茨木市駅前を事例に関係者へのインタビューや各種資料から再々開発が長期化する理由を明らかにする。改造事業は1969年の法の廃止まで16地区で行われた。現在そのうち4地区において再々開発や再開発ビルの建替えといった再整備が実施済みであり、3地区で再々開発が検討されている。実施済みの4地区のうち2地区は神戸市で行われているが、これは地震によりビルが倒壊したためである。そのためこの2地区を除いた残り2地区(A, B)に焦点を当てる。これらは両者とも民間による任意建替えである。Aについてはビルにキーテナントはなく規模が小さかったため商業的再開発は難しかったとされ、共同住宅へ建替えられた。こちらについては従前建物の権利者が少なかったと想定され、建替えのハードルが下がったと考えられる。Bについては民間の不動産業者が区分所有権をすべて買い取り、ビル全体が民間のものとなった後に建替えられた。A, Bともに中心市街地に近くはあるものの駅前ではなかったことから行政としても再整備に関わる動機がなく、任意建替えとなったと推定される。一方で現在再々開発が計画されている地区はいずれも主要駅前であり、権利者数は100名を超える。これらの点が再々開発の進捗に関与していると想定される。以下では阪急茨木市駅前を事例に再々開発が長期化する原因を検討する。大阪府茨木市の阪急茨木市駅前市街地改造事業は1967年に計画が決定され、1970年に完成した。2008年ごろから再開発ビルの建替えの検討がなされ、2014年に建替え推進決議が可決された。その後2020年にビル周辺を含めた整備案が発表されるも2022年に案が見直され、計画に遅れが発生している。建替えの計画について、当初から任意建替えの方針はなく、市街地再開発事業ありきで進められてきたこともあり、建替え費用の積立はなされていなかった。積立が行われていなかったのは1983年に区分所有法が改正されるまで建替えに関する規定がなされていなかったことも影響していると考えられ、これはすべての改造事業地区で発生しうる問題である。遅れについては行政とビル管理組合や不動産会社・コンサルタントとの思惑の違い、そして住民や都市計画審議会での納得が得られなかったことが理由である。以上から再々開発が困難な要因として、一つ目に権利者の数が多いことが考えられる。権利者の数が増えると民間のみでの再整備のハードルは上がる。二つ目には管理体制の未整備が挙げられる。また計画が長期化する要因としては、中心地であることから都市計画において重要な立ち位置であり行政が関与するが、ビル所有者は早期の建替えを望み、民間事業者は事業の成立を求めるため、すべてにおいて納得の得られた計画を立てることが難しい点が挙げられる。

  • 「被災地」陸前高田の場所再構築と地理学(2)
    関村 オリエ
    セッションID: 514
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.震災と陸前高田 2011年3月11日に起こった東日本大震災において,陸前高田市は大きな被害を受けた.市内の津波浸水面積は約13㎢にもおよび,人口24246人のうち津波による犠牲者は1761人(行方不明者を含む),被災市町村全体の中で宮城県石巻市に次ぐ数となった.家屋は,市内全世帯(8075世帯)の99.5%(8035世帯)が被災,全半壊合わせて50.1%に達した(陸前高田市2014).市職員約400名のうち111名が犠牲となり,被災後の支援者や専門家の受け入れは困難を極めた(中井ほか2022).被災地域の復興の課題の中で,あらゆる世代に共通する重要な課題のひとつとして,住宅をめぐる問題がある.被災後の住宅の確保をめぐっては,①一時的な避難所への避難,住宅の減失を受けた場合には,②都道府県が提供する仮設住宅や借り上げ住宅への入居を経て,③恒久的住宅へと移行することが一般的である.ただし,新たな住宅確保が達成されたとしても,個人のレベルでは震災により家族や親族,隣人など身近なひとを亡くした喪失感,心身の健康障害,被災後の災害関連死など生活上の課題,社会関係再構築などの課題も残る(吉野編2021). 本報告では,陸前高田の復興過程における住宅と社会関係をめぐる問題を検討するために,特に災害公営住宅とそこに入居した人々に注目し,震災後の生活における課題と可能性について考察したい.

    2.避難所から仮設住宅,その後の住宅再建 陸前高田市では,2011年5月より各避難所から市内に建設された仮設住宅への移転を開始した.当時を知る米崎コミュニティ協議会会長の話によれば,仮設住宅には,米崎町民が8か所に分かれて住み,家に戻れずとも皆,馴染みの地区と隣人に安心感を持っていたという.家屋が無事だった町内の人たちも,頻繁に米崎町の仮設住宅に足を運び,仮設に暮らす人たちの支援に取り組んだ,と振り返る.実際,米崎町内の仮設住宅には,震災前より地域に暮らしていた人々が入居者の70%を占めていた(宮城ほか2020:10).2012年より仮設住宅以降の住宅再建を視野に入れた話が進められた.6月には「陸前高田市災害公営住宅供給基本方針」が策定され,災害公営住宅700戸(県営),300戸(市営)の計画が開始された.防災集団移転事業については,2012年7月に協議会が設立され,翌年には気仙町(長部)と広田町での防災集団移転の造成工事が始まり,防災集団移転事業27団地のうち1/3が完成した.2014年6月には,市内で最初の災害公営住宅(下和野団地120戸)の募集が開始された.これら防災集団移転事業や災害公営住宅の建設により仮設住宅からの転出が始まり,市は,2016年4月に47か所の仮設住宅の撤収・集約化の方針を公表した.

    3.仮設住宅からそれぞれの住宅へ 仮設住宅から新たな住宅確保に向けた動きの中で,高台などへの防災集団移転では、町内の同じ地区住民同士の移転がほぼ実現されたという.だが一方で,防災集団移転事業の長期化により自主再建などで地区外に転出した人,経済的な事情により住宅再建を断念した人たちも多数いた.後者の人々は,近隣の災害公営住宅(以下,A災害公営住宅)に転居し,2017年8月末に米崎町の仮設住宅は解体された.A災害公営住宅へ移り住んだ人たちのもとへは,米崎町の地区住民から敬老会や頼母子講,「お茶っこ」,りんごまつりなど折を見て行事の誘いをし,積極的に交流に努めているという.ただし,距離や年齢的な問題で,どうしても縁遠くなってしまった人たちもいたとのことであった.

    4.災害公営住宅居住者の新しいつながりと場所 それでは,地区(集落)の人々とともに暮らした仮設住宅から離れて住宅を得た人々は,どのような生活を送っているのだろうか.A災害公営住宅へと移り住んだ人々から聞かれた,新たな生活についての話を検討した.「仮設時代の仲間がお酒飲みに集まることがある.ここだって高田から来た人もいる.地区とか無しに皆,津波で流されてしまったから(Bさん/80代男性)」.別の居住者は,次のように話した.「皆離れ離れになってしまったけれど,今は若い人たちからパワーをもらえる.一緒にお茶っこできればと思い,女性ひとりで男性を誘うと『妄想』を語る人がいた.(略)ここに来て,男も女も関係なく仲良くする.そういうことで良いと思うようになった(Dさん/80代女性)」居住者の話からは,既存地区との疎遠さや,匿名性の高さへの不安,孤独感,閉じこもりの問題が伺えた.また同時に,隣人・訪問者との新たなつながりや,自己の新しい価値観を見出す実践も見られた.災害公営住宅という場所は,既存の帰属意識を確認する場ではなく,意思疎通を通じ新たな帰属の経験を獲得するような場にもなっていると思われる.

  • ―媽祖生誕祭の担い手の対応に着目して―
    王 倚竹, 松井 圭介
    セッションID: 618
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに

     中国では1980年代以降,農山漁村地域から都市地域へ多くの人口が流出し,農山漁村地域では定住人口が急速に減少した.一方で2010年代以降国内観光業の発展に伴い,農山漁村地域への観光客の大幅な増加がみられ,こうした現象は,近年における伝統文化としての祭礼の変容と継承に大きな影響を与えている.祭礼の観光資源化により担い手の広域化・多層化が進んでおり,地域コミュニティを維持する役割を担うのは地元住民だけではなく,地域外に居住する他出者や同好者などを含めた多様な主体によって維持されていることが指摘された(和田,2017).しかしながら既往研究では当該地域の居住者に着目する研究が多いのに対して,地域外居住者による祭礼への参与に関する研究は少ない.本研究は中国湄洲島における媽祖生誕祭を事例に,祭礼の担い手に関わる多様なアクターが時代の変化の中でどのように祭礼運営に関わってきたのかを検討することを通して,祭礼の変容プロセスと継承の実態解明を試みている.

    2.媽祖信仰と生誕祭の特徴

     媽祖は,中国福建省で宋代から登場する海の女神であり,「天妃」「天后」「天上聖母」などの愛称で呼ばれている.生前は巫祝を職とし,雨乞い,疫病払い,海寇の抵禦,海航の護り,禍福の予知などの役割を担い(王燕萍,2020).死後,湄州島を中心に,福建省や,広東省などの南方域の地方神になり,漁民,海商,官僚など,多様な主体によって祀られ,媽祖祭礼の儀式も南宋に形成された.明朝に入ると,外交使節の航海,海運による交易や物資の輸送などのことが頻繁で,媽祖の霊験を必要としていた.このため,媽祖が霊験を顕すと,朝廷からその功績を讃える封号が授与され,媽祖生誕祭も例祭として確定され,国家祭典になった.しかし,民国紀元に入ると,戦争のため,媽祖祭礼は断続的に行い,一時中止されたこともある.1980年代以降,宗教文化は徐々に回復し,媽祖信仰が福建省や広東省などの宗教文化が篤かった地域で次第に復活した.

    3.湄洲島における媽祖生誕祭の変容プロセス

     1994年に媽祖生誕祭が復興以降,祭礼規模と担い手を基に復興期(1994~2003年),発展期(2003~2011年),成熟期(2011年~現在)に区分できる.復興期と発展期における担い手は地元の運営組織メンバー,学校教員,漁民らが出演の主役となっていたが,湄洲島の孤立性,交通不便と不景気の影響で,若年労働者の流出が顕著となっていたために,人手不足と祭礼の質が低いことなどの問題に直面していた.

     こうした状況下において,2011年に地元住民が出演する慣例を変更し,一部の儀式は莆田学院(莆田市)の在校生が担当し,祭礼チームの所作はより規律的になった.また,2013年に発表された「一帯一路」の新政策に対応するために,2014年に媽祖祭礼の内容は再び変更された.伝統を受け継いだ上で,祭礼の舞踊に青色のシルクを使用し,媽祖文化と海上シルク文化の融合を表した.祭礼規模は521人に拡大し,史上最大規模の媽祖生誕祭になった.

    4.観光化される媽祖生誕祭をめぐる各主体の対応

     現在の媽祖生誕祭を運営する役割を担うのは,地域内の住民(運営組織メンバー,従来の祭礼儀式に演者となった地元住民)だけではなく,地域外に居住する他出者(莆田学院の在校大学生)を含めた多様な主体によって維持されている.

     地域内の担い手は30代の地元住民を中心とした.多くの担い手は媽祖信仰に高い愛着を持っていて,媽祖文化の継承への義務的・規範的意識を持っている.一方で地域外の担い手は10代20代の在校大学生を中心に,半数以上の人は媽祖信仰を持っていなかった.媽祖文化と生誕祭自体への興味を理由に参与する人が多かった.

    5.おわりに

     1980年代以降,湄洲島の人口流出と観光業の発展は媽祖生誕祭の復興と継承に大きな影響を与えた.祭礼の担い手確保のため,他地城居住者が関わるようになり,担い手の広域化・多層化が進んでいて,属性(出身地や年齢)に応じて担い手は祭礼文化の継承において異なる意識を持っている.

  • いわゆる”佐渡ブロック”効果
    日下 博幸, 鈴木 信康, 矢部 優人, 小林 大樹
    セッションID: 413
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1. はじめに 新潟市は世界的な豪雪地帯に位置しているものの,その降雪量はそれほど多くなく,同地帯の他の都市よりも少ない.八木・内山(1983)は,佐渡島が季節風をブロックし,迂回させることでその風下に位置する新潟平野の降雪を抑制する(雪陰を作る)との仮説を提唱した.佐渡島の雪陰効果は,気象予報士等の間で “佐渡ブロック”と呼ばれ広く信じられている.一方,Veals et al. (2019)による気象レーダーの統計解析は,雪陰に対して迂回効果とは異なるメカニズムの存在を示唆している. 「佐渡ブロックは本当に存在するのか?」「佐渡島の雪陰のメカニズムは何なのか?」本研究では,気象レーダーの統計解析と気象モデルを用いた様々な数値実験により,この2つの問いに答える.

    2.データと手法

    佐渡ブロックの存在を2005-2014年の降水レーダーデータの統計解析と,気象モデルWRFを用いた数値実験から検証した.統計解析では,雲列が佐渡島に到達する事例を選定し,風向別に降水量の合成図を作成することで,季節風の風向と風下の降雪分布の関係を調査した.数値実験では,典型的な12事例を対象に,再現実験(C1),佐渡島を除去した実験(C2),佐渡島を庄内平野沖に移動した実験(C3),佐渡島を風上に200 km移動した実験(C4),物理モデルや初期値・境界値を変更した実験(C5)を実施した.最後に, 佐渡ブロックについて考察した.

    3.結果

    季節風と佐渡島の風下の降水分布の関係を調べたところ,どの風向の場合でもその風下側の降水量が周囲より少ないこと(雪陰の存在)が,統計的に有意な結果として確認された. さらには,実験C1と実験C2-5の結果の比較から,佐渡島がその風下150 kmまで降水量を減少させる(雪陰を作る)ことが明らかとなった(図1).さらには,この雪陰は,主として,(1) 佐渡島の風上斜面で降水が多く発生し,風下への水蒸気・雲粒の移流が減少する,(2) 佐渡島の風下の風速低下により風下海上から大気への顕熱・潜熱輸送量が減少する,という二つの効果によって引き起こされていることが分かった.

    4.結論

    佐渡ブロックは,新潟市の少雪の原因の一つである.雪陰の主なメカニズムは,3節(1)と(2)であると考えられる.

    謝辞

    本研究は,矢部優人(2017)の修士論文と小林大樹(2018)の卒業論文の内容を発展させたものである(Kusaka et al. 2023).本研究の一部は,環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費JPMEERF20232003により実施した.

    参考文献

    八木・内山, 1983: 天気, 30, 291-294. Kusaka, H., N.

    Suzuki, Y. Yabe, and H. Kobayashi, 2023: Atmospheric Science Letters, DOI: 10.1002/asl.1182.

    Veals, P. G., et al., 2019: Mon. Wea. Rev., 147, 3121-3143.

    図1 12事例の平均降雪分布.(a)観測値, (b)実験C1の結果, (c)実験C2の結果, (d) 佐渡島の雪陰効果 (実験C1-C2).

  • 山口 太郎
    セッションID: P021
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    ■問題の所在と研究目的

    神奈川県箱根町は全国的に知られた温泉観光地であり,多くの宿泊施設が立地する。箱根には,旅館・ホテルのほか,保養所や民泊施設も少なくない。保養所や民泊は社会的背景に起因して,一般的には,保養所の減少傾向と民泊の増加が指摘されている。また,とくに保養所の廃止とその建物の利活用については,渡邊(2015)や渡辺(2018)において,異種の宿泊施設や事業所,住宅などへの機能変化が報告されている。本発表は,このような宿泊施設に関する社会的背景の変化や,既往研究を踏まえて,箱根町の宿泊施設について,地区別に宿泊施設の変遷を把握することを目的とする。

    ■資料と分析対象

    地理学における宿泊施設の変遷に関する研究では,しばしば「旅館業営業許可申請」という資料が用いられる(今井・橋本2011,鈴木2022)。本資料は,1948年の「旅館業法」により,以下のケースにおける届出をまとめたものである。①新しく建築物を建て,旅館を営業する場合,②既許可営業施設で,建築延べ面積の50%以上にわたる増改築,移転等をする場合,③既許可営業施設で,営業者が変わる場合(営業者が個人→法人,法人→個人となった場合も含む),④既存の建築物(用途が旅館以外のもの)の用途を変更して旅館を営業する場合,⑤既許可営業の種別を変更する場合(例えば,旅館営業→簡易宿所営業)。

    本発表では,神奈川県小田原保健福祉事務所環境衛生課に情報公開を依頼し開示が認められた「旅館業法許可施設一覧」について分析した結果を発表する。なお,開示を求めた記載項目は,施設名称,施設所在地,営業の種類(旅館・ホテル,簡易宿所),許可(廃止)年月日,延べ面積,総部屋数,営業者の名称(所在地)である。今回は主に,許可(廃止)年月日を中心に分析を行った。

    ■調査結果

    まず,箱根町全体の宿泊施設の許可と廃止の特徴をみる。箱根町では現在500件を超す宿泊施設が営業しているが,廃止したものを含めると1000件程度の施設が確認された。新規許可のピークは,1980年代と2010年代の2回である。廃止が出現するようになるのは2000年代以降であり,2002年から2021年における年平均は20件弱である。また,廃止となった施設を許可取得時期別に分類すると,1950年代許可は約4割,1960年代許可は約7割,1970年代許可は約7割弱という傾向にあった。

    次に,地区別に現在営業中の宿泊施設をみる。箱根町における温泉地は,歴史的には箱根七湯として知られるが,現在では17と数えるのが一般的である。本発表では,おおよそこれと一致する地番における地名表記をもとに地区区分を行った。仙石原に全体の約3割が立地し,強羅に約2割と続く。この2地区はそれぞれ100件を超える宿泊施設を有する。元箱根と湯本が約1割ずつである。

    さらに,新規許可時期の傾向をみる。宮ノ下と湯本茶屋は,離れた2時期にピークがある。大平台と元箱根は1980年代と1990年代にピークがある。強羅は1980年代から2010年代にかけて長くピークがある。宮城野と仙石原は近い2時期にピークがあり,前者は2000年代が低めで,後者は1990年代低めであった。箱根,二ノ平,湯本は2010年代以降にピークがある。

    このように,温泉観光地として長い歴史を有する箱根における宿泊施設の新規許可や廃止のピークが,地区によって異なる点が確認できた。

    【参考文献】

    今井亜里紗・橋本雄一2011.札幌市における宿泊産業の立地変化-ホテルの営業許可・廃業申請データによるアプローチ-.地理学論集86:10-23.

    鈴木富之2022.長野市中心部における宿泊施設の立地と経営戦略の関係.総合観光研究20:45-54.

    渡邊瑛季2015.山梨県山中湖村における保養所の特性とその変容.地学雑誌124-6:979-993.

    渡辺水樹2018.定山渓温泉における廃業した保養所の活用実態について.地理学論集93-2:8-15.

  • ブザウの地ユネスコ世界ジオパークの事例から
    河本 大地
    セッションID: 336
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    中山間地域におけるジオパーク設立の意義と課題を、ルーマニアの「ブザウの地ユネスコ世界ジオパーク」の事例を中心に検討する。

  • 山内 啓之, 小口 高, 小倉 拓郎
    セッションID: 120
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    地形教育は、自然環境や災害の理解のために重要であり、初・中等教育の授業、大学の地理学科や教員養成課程などで幅広く行われている。地形教育では、地形図を学習者に提示して地形を立体的に理解させたり、扇状地や自然堤防といった地形の種類を判読させたりしながら、地形の特徴や発達過程などを教員が解説する。教科書や資料集には、地形を解説する文章のほかに、模式図、空中写真、景観写真などが掲載されており、地形をわかりやすく学習者に説明する手法が検討されてきた。近年では、二次元・三次元表示のGIS(Geographic Information Systems)を用いて、学習者の地形の理解の向上を図る事例もあり、地形教育でのデジタルメディアの活用に注目が集まっている。地形教育では、デジタルの図表、写真、動画のみでなく、全天球画像、メタバースコンテンツ、AR(Augmented Reality)アプリケーションなどの活用も期待される。一方で、上記のようなデジタルメディアは、地形教育において一長一短がある。例えば、GISでの地形の閲覧は日常で地形を眺めるような感覚とは異なり、スケール感や解像度によって視認性が変化する。さらに、地理情報を適切に表示する技能が必要であるため、アプリケーションの操作の煩雑さが問題になる場合もある。また、インターネット上の写真や動画などは比較的容易に高等学校や大学の授業で利用しやすいものの、利用規約が設定されていなかったり、内容に誤りが含まれていたりすることもある。 そこで演者らは、複数のデジタルメディアを活用して、地形教育の教材を構築し、誰もが利用できるように整備するプロジェクトを開始した。教材は、高等学校の「地理総合」の小地形の教育と関連する内容とし、解説は高校生が理解できるレベルを想定した。現在までに、河川地形の教材を試作した。教材は、Markdown形式で作成し、HTMLに変換して利用するものとした。将来的には、演者らが運用する「GIS実習オープン教材」(https://gis-oer.github.io/gitbook/book/)の一部として公開する予定である。 教材の解説は、河川地形の概要を表示するページをトップページとし、その下層に「扇状地」、「自然堤防・後背湿地・三日月湖など」、「三角州」の3つページを作成した。これらのページにある解説は、「地形の特徴」、「土地利用」の節で構成した。今後、「自然災害」の節を追加する予定である。 「地形の特徴」は、「地形の概要」、「地形のでき方」、「判読方法」の3項で構成し、適宜、自作の模式図、写真、二次元・三次元表のWeb地図、全天球画像などのデジタルメディアを用いて地形を解説した。「土地利用」と「自然災害」は、扇状地や自然堤防のような地形の種類に合わせて、2~3の事例をあげて二次元表示のWeb地図などを活用して、解説するものとした。 演者らは、2つの大学の地形の授業において、試作した教材を使用した。授業後に、複数のデジタルメディアを用いた授業や、教材に用いた各デジタルメディアが学習に与える影響を評価するため、アンケート調査を実施した。アンケートでは、「複数のデジタルメディアを用いた授業」を五段階で評価してもらう質問に対し、48人中43人(90%)が、「好感がもてる」または、「やや好感がもてる」と評価し、他の5人は「どちらともいえない」、「やや好感が持てない」、「好感がもてない」のいずれかを回答した。「地形の学習に役立ったデジタルメディア」を選択して1つ以上回答する質問では、三次元表示のWeb地図、二次元表示のWeb地図、模式図の順で評価が高かった。 他方で、その後に行った地図から地形の種類を読み取るテストでは、設問の正答率が65~75%であった。回答者のなかには、授業後も扇状地と三角州の違いがわからない学生もいた(48人中15人(31%))。 本研究では、複数のデジタルメディアを授業に活用することで学生の地形の理解を向上できる可能性を示した。しかし、一部の学生は授業後も地形の理解が不十分であった。このような学習の進度の個人差を軽減するには、教材を授業のみでなく予習や復習などの個人学習でも利用できるように改良することが望ましいと考えられる。

  • 田中 隆志
    セッションID: S205
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.導入年度の「地理総合」地図/GIS教育の実態と課題

     本稿では,アンケートにもとづく導入年度の「地理総合」地図/GIS教育の実態と課題,授業と評価の実践事例を報告する。  令和4年度に新設された「地理総合」地図/GIS教育について,報告者は令和4年度7月から9月初旬にかけて,第25期日本学術会議地理教育分科会地図/GIS教育小委員会の協力のもとで,インターネットによるアンケート調査「『地理総合』中間まとめにかかわる調査」を行った。そこでは,「地理総合」を通して生徒に地図やGISの有用性に気付かせることができたとする授業者も多かった半面,様々な課題も示されていた。

     科目担当者の構成では,地理専門の約6割に対して,世界史を中心とした専門外が残りの4割を占め,専門性の高い地図/GIS教育を担保する上での対応が必要となる実態が示された。1学期中の履修が想定される「導入単元」の進捗では,1学期中に終了したとの回答が約7割を占めたが,多くが進度の遅れや計画的に進められなかったことを課題としていた。授業の充実に有用なアクティブラーニング,紙ベースを中心とした作図演習や,地理院地図を含むWeb地図の活用には多くの授業者が取り組んでいたが,それらが不実施という者も一定数いた。新学習指導要領が汎用性のあるツールとして取り上げている地理院地図については大半の授業者が扱っていたが,その半数以上が計測,色別標高図など平易な技能を幾つか扱うのみで,陰影起伏図,地形分類など,後半単元の「生活圏の諸課題や防災」でも有用となる技能の演習を行っていなかった。さらに「地理総合」新設と同時に導入された3観点での評価では,多くの授業者が工夫して取り組んでいたものの,評価とその総括の方法,評価に対応した定期考査の作問に,不安や混乱を抱える者が多かった。

    2.組織的な支援と授業者の努力

     課題の克服には,組織的な支援も必要である。とくに専門外が多い授業担当者への対応では,都道府県の地理部会や教職課程を設置する大学が,「地理総合」を担当する可能のある教員と学生に「地理院地図やウェブ地図の指導」ができる支援体制を整備していく必要がある。また3観点での評価に不安を抱える授業者が多いことには,都道府県や地理部会などが,評価,作問の研修を実施するなどの対応が望まれる。

     授業者自身にも努力は必要である。授業を計画どおりに進めるには,指導内容の焦点化が必須である。授業の充実のために,アクティブラーニング,作図演習,地理院地図やWeb地図の活用などの研修と実践を重ね,また評価とその総括の具体的な方法を計画していく必要もある。

    3.紙地図とWeb地図の併用

     アンケートでは,紙地図だけで地図/GIS学習を進める授業者がいる実態も示されていた。確かに紙地図は,レイヤーの一瞬の切り替えで消える地図画像を,丁寧に読図,考察させるのに有用である。とくに「地理総合」では初めて地理/GIS を学習する者も多く,基本的な読図や作図のトレーニングで,紙地図を活用する意義は大きい。しかし「将来の持続可能な社会の建設に使えるツールとしてGISを使おう」との意識を生徒に育てるにはやはり,実際にGISに触れさせる必要がある。そのため報告者は,紙地図と,GIS初心者の生徒でも比較的操作が容易なWeb 地図を併用して授業を計画している。

    4.地理院地図で扱う基本技能の焦点化

     アンケートでは,地理院地図で扱う技能を焦点化していない授業者が多い実態も示されていた。地理院地図は多機能のため,限られた時間で網羅的に様々な技能を扱うことはできない。ただ,後半単元の「生活圏の諸課題や防災」でも使える基本技能は,導入単元で扱うのが理想である。そのため報告者は,意識的に7つの基本技能に焦点化した演習を行っている

    5.地図とGIS の学習活動での指導と評価の一体化

     本来,3観点での評価は,それぞれをバランスよく総括するものである。ただ地図/GISの学習では,「知識・技能」の比重を大きくするべきとの誤解から,混乱も起こりやすい。しかし地図/GISは,もともと3観点に関わる力のすべてを生徒から引き出すために,科目の軸に想定されたものである。そのため報告者も,3観点についてあらかじめ具体的な指導内容と評価方法を一体的に計画して,評価,総括した。また新学習指導要領での評価の最終的な目標は,3観点の力を育てることにある。そのため報告者は,評定をつける形での「総括的評価」だけでなく,学習活動の途中で,生徒の提出物をみたり机間巡視したりして生徒の到達度をみとる「形成的評価」をして,柔軟に助言,指導内容の変更をすることにも努めた。

    参考文献

    高等学校学習指導要領(平成30 年告示)解説

    【付記】本報告は日本学術会議 地理教育分科会 地図/GIS教育小委員会で検討した内容である。

  • 髙橋 珠州彦
    セッションID: 619
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    自然災害によって壊滅的な影響を受けた地域は,その復興により新たな景観を生み出す.ことに大火は,木造建築が都市景観の主たる構成要素である地域や時代において,その影響は甚大である.1923(大正12)年に発生した関東大震災の影響をうけた東京では,復興にあたり建物の不燃化がすすめられたばかりか,街路拡幅や区画整理事業などが行われ,都市全体に多大な変化をもたらした.また,1893(明治26)年に大火を経験した埼玉県川越では,大火からの復興にあたり,土蔵造り建造物の耐火性能に関心が高まったことにもあり,大火後の町並みは土蔵造りの町家が建ち並ぶものとなった.川越の土蔵造り建造物の町並みは,今日重要伝統的建造物群保存地区に選定されたほか,当該地域の重要な観光資源にもなっていることはよく知られている.本研究はこうした事例を参考に,日本国内の地方都市における近代の町並み景観を検証しようとする科研費「大火からの復興を通してみた近代の町並み再評価」(21H04579)の共同研究の一環である.

    埼玉県内における大火の記録と大火復興後に形成された町並み景観とを検証すると,必ずしも大火後に川越のような耐火性能に優れた建造物が卓越する町並みが形成されるとは限らず,銅板や土壁,石材など耐火性能が高いとされる建材を装飾的に用いる場合が少なくないことが明らかとなった.また,大火発生時期によっては,モルタルやタイルなどを用いた看板建築や,長屋状の建造物によって再建される事例も確認できた.さらに,大火が複数回発生した地域では,復興時期の違いによって耐火建造物の景観が形成され,重層的で複雑な町並み景観を形成していることが確認できた.

     『日本の大火』や『消防発達史』といった大火の記録は,網羅的に大火の状況を把握することが可能である一方,大火の詳細な点については相違点も多い.そのため個別の地域事例を詳細に検討するにあたって,在地の資料での確認が不可欠となる.今後は,複数の大火記録から延焼範囲などが特定できる地域を選定し,時代ごとに異なる復興後の町並み景観の特徴把握を進めていく必要がある.また,土蔵造りに限らず,銅板や石材,レンガを用いた建造物の普及についても具体的な検討を行うこととする.

  • 須藤 大晴
    セッションID: 414
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1. はじめに

    近年、積雪地では年により積雪の多寡が二極化している。北陸地方では度々大雪に見舞われ、公共交通機関や物流がストップするなど大きな被害が発生している。一方で寡雪の年は、スノーリゾート開園期間の短縮や、春先の融雪水の不足による農業用水の枯渇など、様々な影響が見られる。筆者はこのうち大雪年に注目し、大雪をもたらす大気の要因や大雪の分類を明らかにしていく。

    2. データと研究手法

    研究対象地域は北陸地方(福井、石川、富山)の3県とする。日最大積雪深量について、深石(1961)をもとに、平野の代表として金沢を、山地の代表として白山河内を選び、この2地点のどちらかで日最大積雪深量が20cm以上増加した日を大雪日と定義した。その結果、2018年1月から2023年3月までで大雪日と判定された36日について、積雪分布から山雪型・里雪型の判別を行い、大気状態について検討を行った。 使用したデータは、①農研機構メッシュ農業気象データの1kmメッシュ積雪深データ、②気象庁が作成した天気図(地上天気図、高層天気図)と1kmメッシュの積雪平年値メッシュデータ、AMeDAS積雪深、③ECMWFによるERA5(0.25度メッシュ1時間毎)の海面水温、地上2mのUV風速、850hPa面の気温とUV風速である。

    3. 山雪型と里雪型の積雪深分布と大雪の発生要因

    大雪日の積雪深の分布を図化し、山雪型と里雪型の判別を行った結果、山雪型は28日、里雪型は8日となった。この分布図から山雪型と里雪型の積雪深の比較を行った。 山雪型の日には、山地では平地より積雪深が深く、平地では雪が少ないことが特徴的である。天気図を見ると強い冬型の気圧配置になり、北西の風が強く吹くときに多い。 一方で、里雪型の日では、山地と平地であまり差がなく、広範囲で大雪になっている。日本海の海面水温が平年値よりも高く、そこに強い寒気が入ってくると大雪になる。特に、日本海周辺に低気圧があり、等圧線が袋型で間隔が広くなり、弱い西風になったときに、平地で大雪が降る。こうした気圧配置のときには、850hPa面でJPCZが形成されやすい。

    本研究では、従来の気象官署やAMeDASデータより空間分解能の高い1kmメッシュ積雪深データを用いたことにより、山雪型と里雪型の積雪深分布の違いとその発生メカニズムを明らかにすることができた。

  • 川久保 典昭, 高橋 裕, 井上 明日香, 長谷川 直子
    セッションID: 121
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    1. はじめに/研究目的・方法

      平成30年版学習指導要領の改訂により高等学校の地理歴史科で「地理総合」が2単位の必履修科目となり,2022年度より全国の高等学校で「地理総合」の授業が開講されている。「地理総合」の指導には教員自身の地理学に関する専門的な知識の理解と技能が必要である。しかし,各学校の教員配置によっては地理を専門としない教員が「地理総合」を教えなくてはならない状況が従前より指摘されている。このことに関しては,学会や地理関係機関による様々な支援が行われてきた。その中でも,日本学術会議地域研究委員会・地球惑星科学委員会合同地理教育分科会(2017)の提言により地理学連携機構の下に設立された地理教育フォーラムが2022年に実施した「地理総合オンラインセミナー」に30の教材提供とその解説を行った「地理教材共有化の会」(以下,共有化の会と呼ぶ)の活動は特筆に値する。この会は,既存の人間関係を基盤としながらも,SNSを通じて会員を集め,全国的な組織を築いている。共有化の会の組織形成と活動内容はICTツールを活用して距離を越えた教材開発を自立的に行う組織として,地理教育の普及・発展に寄与するものであると考える。  本研究では,共有化の会のメンバーが所属するFacebookプライベートグループの「ICTでシェアする地理教材研究会」に登録された公開されている会員の居住地や参加日等のデータから,参加者の広がりを時系列的に把握した。また,会の中心的メンバーであるコアメンバー13人への聞き取り調査の結果をもとに,会の発展の経緯と要因の分析を行った。コアメンバーとは,会の運営の基盤を担う者としてFacebookグループの設立から約1年後に立候補制で募集された役割の名称である。

    2.結果・考察

     Facebookグループの会員データを,すでにグループに参加しているメンバーが知り合いを招待する方法(招待参加型)と,自ら検索を行うなどしてグループを見つけ,参加申請を行って自発的に参加する方法(自発参加型)に分けた。グループが設立された2020年4月12日から2023年6月30日までの招待参加型と自発参加型の割合の変化を時系列でみた。その結果,設立から約3週間までの初期においては招待参加型の割合が5割を超えていたが,徐々に自発参加型の割合が増えて約3割に低下した。グループメンバーの空間的な広がりは,関東地方に居住あるいは勤務する者の数が他地域に比べて多かった。コアメンバーの参加時期はグループ設立1週間以内が9人であり,その後は2021年2月7日までに他のコアメンバーが参加し,2023年6月30日現在の13名となった。コアメンバーも含めたグループメンバーには,割合は低いものの既存の人間関係によらない参加も見られることがSNSを活用した会員募集の成果であると考えられる。

     2022年8月に実施したコアメンバーへの聞き取り調査からは,教材開発を自立的に行う共有化の会について,一人称で語る発言が多くみられた。これは,異なる地域に住むメンバーで構成される共有化の会での意見交換がコアメンバー自身にとっての満足感を高めることにつながっていることを示している。また,SNSを介して募集された組織であっても,既存の人間関係による繋がりは特にコアメンバーを引き受ける際には重要な要素であった。

     2022年5月の教育職員免許法改正により,教員免許更新制が発展的に解消されたことから,教員研修の在り方も変化しており,中央教育審議会(2022)答申では教職生涯を通じて学び続ける教師像が明確に打ち出されている。この新しい教師像の理想を追求する場として,共有化の会の活動とそこでコアメンバーが感じている自己研鑽の場としての共有化の会に対する思いは,今後の教員研修の在り方としての示唆に富んでいる。

    引用文献 中央教育審議会(2022):『令和の日本型教育』を担う教師の養成・採用・研修等の在り方について~「新たな教師の学びの姿」の実現と,多様な専門性を有する質の高い教職員集団の形成~(答申). 日本学術会議地域研究委員会・地球惑星科学委員会合同地理教育分科会(2017):持続可能な社会づくりに向けた地理教育の充実(提言).

    https://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/ kohyo-23-t247-6.pdf(2023/6/11閲覧)

    [参考サイト] 地理教材共有サイト https://sites.google.com/view/geoclass2020/%E5%85%A5%E3%82%8A%E5%8F%A3?authuser=0(2023/7/12閲覧)

  • 幸地 佑朔, 羽田 麻美
    セッションID: P014
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    石灰岩の溶食速度は,石灰岩が分布する地域や岩質により異なり,また同一の地域においても地形や水分条件の影響を受けて,場所ごとに溶食速度は異なる.この溶食速度の差異がカルスト地形を形成する上で重要な要因と考えられる.そこで本研究では沖縄島本部半島山里のカルスト地域を対象に,地上1.5 mとコックピットの土層中で,石灰岩の野外風化実験を行い,溶食の空間的差異を明らかにすることを試みた.実験では,琉球列島に分布する4種の石灰岩を加工したタブレット型の試料を用いた.これらタブレット試料を空中1地点(地上1.5 m)とコックピット内の複数地点(土層中)に設置し,タブレットの重量変化から溶食量を測定した.土層内の埋設地点は,コックピット縁辺部3地点と中央部1地点とした.これらの地点では地中50 cmにタブレットを埋設し,中央部のみ地中1 mにも埋設した.実験開始から486日間の地点別の溶食率(4種の石灰岩の平均値)を計測した結果,コックピット縁辺部(北東地点)に埋設したタブレット試料で最も溶食が進み,次いで中央部の地中1 m,縁辺部(北西地点),縁辺部(南地点),中央部の地中50 cmの順で溶食が進行した.そして地上1.5 mに設置したタブレット試料が,最も溶食率が少ないという結果が得られた.

  • ―奈良県大和郡山市の生産者および卸売市場の分析から―
    新海 拓郎
    セッションID: 218
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    これまで魚類の養殖や流通に関する研究は食用の魚類について焦点が当てられ,水産物の流通は地理学や経済学などの観点から論じられてきた(林 2013; 前田 2019).同じ魚類といえども食用と観賞用では流通の目的は大きく異なる.観賞魚の卸売市場での競売の実態については渡辺(1973)や田中(1997)の報告がある.一部の文献に金魚の卸売市場でのセリや流通についての記述があるが(e.g. 竹下2013),取り扱われる魚種に関する数量的な分析はなされていない.そこで,本研究では生産者への参与観察から得られた質的データと卸売市場で行われるセリで扱われた全ての品目を記録した量的データの分析から生産活動と流通経路に関して考察したものである. 調査対象とした奈良県大和郡山市は全国有数の金魚の産地で,和金という廉価品種の大量生産が特色となっている.発表者は2018年1月より2019年10月まで大和郡山市に住み込み生産者のもとで参与観察を続けてきた.また,2018年6月より2019年10月まで大和郡山市で行われる金魚のセリを毎回見学し,その中で取り扱われる全ての品目について出荷者・魚種・数量・値段・落札者を記録した.分析にあたっては2018年10月~2019年11月の1年分のデータ(N=3,389)を供した. 金魚の生産者は3つの形態に大別された.相対取引をメインとする小規模生産者(生産者Ⅰ),セリへの大量出荷をメインとする大規模生産者(生産者Ⅱ),生産と卸売業1)を兼ねる産地問屋という3つである. 卸売市場のセリでは和金の取扱いが56.9%を占め,高級メダカ19.8%,金魚(一般品)9.3%,ヒメダカ8.3%,金魚(高級魚)4.3%,錦鯉1.5%と続いた.次に,和金の流通経路に着目して,出品者と落札者を地域別・業態別に示した(図1).和金は全て大和郡山市の業者が出品し,大和郡山市の業者が購入した例(産地内流通)が68.1%,市外の業者が購入した例(産地外への流通)が31.0%であった. 大和郡山市の卸売市場は和金の供給拠点として近畿一円の金魚業者が買いに来る.産地外へ金魚(特に和金)を供給するという流れが確認できる.また,和金に関しては産地内での需給バランスの調整という役割を有していることが分かった. 1) 他社から金魚を購入して他社に売る業態と定義する. 文献 田中繁雄 1997. 埼玉県養殖漁業協同組合における観賞魚の競売実態について. 埼玉県水産試験場研究報告55: 107-116. 竹下裕隆 2013. 金魚:その人との関わりの文化史と生産・流通―大和郡山と弥富を中心に―. 関西大学大学院文学研究科修士論文.  林紀代美 2013. 水産物流通研究における研究動向と今後の課題. 金沢大学人間科学系研究紀要5: 1-34.  前田竜孝 2019. 水産物流通の地域的研究に関する方法論の検討:漁業地理学と漁業経済学の回顧より. 人文論究69(2): 67-88.  渡辺国夫 1973. 流通機構と市場構造. 大島泰雄・稲葉伝三郎監修『養魚講座 第9巻 金魚』191-204. 緑書房.

  • -日活ロマンポルノを映し出す空間の比較検討を通じて-
    田伏 夏基
    セッションID: 518
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    日活ロマンポルノに代表される成人映画は,1970年代に制作の最盛期を迎えた.当初,その主たる客層は男性であり,専門館など閉じられた空間において男性向けに上映されることが一般的であった.そうした中にあって大分県の湯布院では,1976年の第1回から,公共施設において日活ロマンポルノを上映する映画祭が開催されており,性差を問わず開かれた空間で成人映画を観ることができる特異な空間性が構築されてきた.本報告は,この湯布院映画祭を対象として,映画上映の空間性の差異と観客の経験の関係性を検討する.

     湯布院映画祭は,2022年に第47回の開催を迎えた国内でも歴史ある映画祭の一つである.映画祭の主なプログラムとしては,まず初日の前夜祭で,駅前広場での無料野外上映と伝統芸能である神楽が披露される. 2日目以降の会場はゆふいんラックホールとなり,そこでは映画祭実行員が選出する特集上映と新作映画のプレミア上映が実施され,上映後にはシンポジウムが開催される.

     報告者は,2022年8月25日から28日にかけて第47回湯布院映画祭に運営スタッフとしてフィールド調査を実施した.また,映画祭関係者によるアーカイブ資料から本映画祭の歴史的文脈についても分析した.

     第1回湯布院映画祭での日活ロマンポルノ特集上映に対しては,地域住民から公共施設での上映に対する抗議を受けた.しかし,作品選定については,映画祭実行委員に一任されていたため,最終的に公民館ではなく,町立体育館で上映するということで実施された.

     映画祭開催後も町議会で議題となるなど,町内からの問題視は続いた.これを受け映画祭実行委員側も,第2回以降,上映を自粛していたが,第6回から日活ロマンポルノ作品の上映が再開される.その後湯布院映画祭において日活ロマンポルノ上映は,それまで出会い得なかった人びとを結びつける空間性をも獲得していく.

     公共施設における日活ロマンポルノ上映は,専門館など閉じられた空間での上映の場では得ることができなかった,映画人と観客が語り合う出会いの場を構築した.それは,第47回湯布院映画祭での,日活ロマンポルノ作品『手』上映後のシンポジウムにおいて,年齢や性差を問わず,作品関係者からの一方的なティーチングではなく,ディスカッションの場が生み出されていた点にも表れていた.

     このように,公共施設において成人映画を上映するという,一見すると特異な映画上映の空間性は,その場を共有する人びとに連帯性を生み出し,作品解釈をめぐる新たな視角を生み出すのである.

  • 平野 淳平, 長谷川 直子, 三上 岳彦
    セッションID: 419
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    本研究では, 江戸時代の『弘前藩庁日記』に記録されている青森県十三湖における結氷・解氷記録と山形県川西町の庄屋の日記である『竹田源右衛門日記』の天候記録から求めた降雪率(降雪日数/降水日数)との比較を行った。分析の結果, 結氷日と降雪率には有意な相関がみられないが, 解氷日と降雪率との間には有意な正相関が認められた。本研究の結果は, 解氷日を冬春季の寒さの指標として用いることの有効性を示している。

  • 原 雄一
    セッションID: 235
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    京都の観光もコロナ前の状態に徐々に戻りつつある。一方で忘れていた観光公害がよみがえってきた。有名な観光地では多くの人であふれかえり、公共交通の渋滞やマナーの問題など地元の住民との摩擦も懸念される。観光客の分散が以前からの課題であった。京都市内でも集中を避ける工夫が必要とされる。本稿では、これまで観光資源としては多くは注目を集めてこなかった、ヒストリカルな痕跡に着眼し、小規模分散型のツーリズムを提案した。

  • 本多 広樹
    セッションID: 237
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     先端技術を用いた利便性向上や課題解決として,ICTの活用やスマートシティの構築が都市部を中心に進んでいる。その一方で,地域の維持に関する課題解決が急務であることは地方部でも同様である。中でも重要な課題の一つが,日常生活における施設アクセスの確保であり,各地域でさまざまな取組みが模索されている。 こうした取組みの分析には,地域における先端技術の活用方法と,それによる地域の変化に着目する必要がある。そこで本発表では,先端技術の活用による中山間地域の変化について,特に施設アクセスに着目して明らかにすることを目的とした。研究対象地域としては,地域課題への対応にさまざまな先端技術を活用する長野県伊那市を選定した。

    2.伊那市における先端技術の活用

     伊那市は,2016年に地域課題の解決や産業振興を目的に「伊那市新産業技術推進協議会」を設置した。そして,スマート農業,ICT教育,ドローン活用の3点から取組みが始まった。その後2018年に策定された「伊那市新産業技術推進ビジョン」から,ドローン物流や遠隔診療による地域の課題解決も検討され始めた。そしてこれ以降,さまざまな先端技術を活用した実証実験や運用が行われている。

    3.施設アクセスの変化

     伊那市では,ケーブルテレビを活用した「ICTライフサポートチャンネル」を構築した。これは,ケーブルテレビへの加入率が市内の世帯の約6割であること,高齢者も操作に慣れていることを踏まえた取組みである。これによって提供されるサービスのうち,施設アクセスに関しては買い物支援,乗合タクシーの予約の2点である。 買い物支援では,ケーブルテレビで商品を注文することで,自宅まで配送される。この時,スーパーマーケットやドラッグストアで取りまとめられた商品の配送経路の一部にドローンが用いられる。その一方で,注文者の自宅にはボランティアが商品を届けることで,見守りを行うこととしている。次に乗合タクシーは,減便した公共交通をカバーするものである。そのデマンドタクシーの改善案として,AI自動配車を行っている。これらはいずれもICTを活用した生活支援を行う取組みであるが,それぞれで施設アクセスの変化は異なる。 このほか,遠隔診療に関する取組みとして,定期通院の負担軽減のため,検診,通信設備を搭載した車両を用い,対象者を訪問するモバイルクリニック事業を行っている。また,公共交通の減便によって空いたバス車両を利用した,モバイル市役所事業も実施されている。これらはいずれも設備改修した車両を利用し,医療や行政サービスを住民が自宅周辺で受けられるようにしたものである。

    4.まとめ

     伊那市で行われている支援には,施設アクセスの利便性向上だけでなく,商品やサービスが自宅やその周辺まで届くというように,施設まで出かけるという行動自体を変化させるものもある。これらは,地域の特性や課題を踏まえ,日常生活の支援を行うためにさまざまな先端技術を組み合わせて活用する事例である。その結果,移動に関する地域の空間構造が変化している。

  • 大八木 英夫, 宮岡 邦任
    セッションID: 410
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    近年,宅地化,転作などによる水田面積の減少がみられ,農村部では流域下流域において地下水位の低下が報告されつつある。水田面積の減少傾向は,全国的にもみられており,例えば水道水源を100%地下水に依存している熊本市では,上流部の休耕田や農閑期の水田に水を張ることで,地下水涵養量を維持している。一方,地下水の入力となる降水については,短時間における集中豪雨の降雨強度など変化が,地域の降雨-浸透過程にも変化をもたらしていることを示唆され,その影響について解明が必要である。

    そこで,本研究は,三重県北勢地域を研究対象として,不圧地下水の物理化学的特性を明らかにし,地下水涵養機構と地下水流動の解明を試みることとする。本地域での不圧地下水は水道水源にもなっており,水道水源井における地下水位の低下傾向は,地域の水資源管理の点において環境影響評価をすることが急務であるといえる。

  • 瀬戸 芳一, 高橋 日出男
    セッションID: P002
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1. はじめに

     夏季晴天日の関東地方平野部においては,猛暑日や熱帯夜の増加など,日中夜間ともに近年の高温傾向が顕著である.気温分布に影響を及ぼす大きな要因として海陸風や山谷風などの局地風系が挙げられる.関東平野の局地風系は,日本付近の気圧傾度とも密接に関係し,気圧配置型の出現頻度変化と関連して近年の高温への関与も指摘される.そこで本研究では,長期間の高密度な地上観測資料を用いて,夏季晴天日における局地風系の日変化パターンを示し,関東付近における気圧場の特徴および近年の変化を検討し,気温分布との関係についても検討した.

    2. 資料と方法

     気象庁アメダスに加えて,自治体の大気汚染常時監視測定局(常監局)237地点の風向風速および105地点における気温の毎時値を用い,1978年から2017年まで(40年間)の7,8月を対象とした.前回までの報告(2022年秋季大会 P012)と同様に,地点情報の収集や風速の高度補正,アメダスとの比較による品質管理を行って,長期に使用できる地上風や気温のデータを整備して用いた.地上風は,対数則に基づき統一高度(10 m)の風速に補正し,格子点に内挿して平滑化を行い,収束・発散量を求めた.

     対象日として,晴天で一般場の気圧傾度が小さく,典型的な局地風系の出現が期待される晴天弱風日の抽出を行い,気圧傾度と日照時間の条件から492日を選んだ.

    3. 晴天弱風日の分類と風系の特徴

     平野部における毎時の発散量を用い,晴天弱風日日中(9時~19時)を対象に,ラグを-2~+2時間とした5つの時系列に対して,拡張EOF解析を適用した.その結果,上位(第1~3)の各主成分の負荷量分布および主成分得点の日変化は,晴天弱風日に特徴的な収束・発散場とそれぞれよく対応していた.日ごとに差異のある風系の特徴を系統的に検討するため,毎時の主成分得点(第1~3主成分)に対してクラスター分析(Ward法)を適用し,晴天弱風日をA~Eの5類型に分類した.コンポジット解析の結果,Eでは東風が関東平野に広く卓越する分布となるが,A~Dでは,午前中には沿岸部で海岸線に直交する海風がみられ,午後になると,広域海風の発達とともに全域で南~南東寄りの風向に変化した.海風前線の内陸への侵入や南寄りの広域海風の発達はAで最も早く,B,C,Dの順に遅くなった.また,期間を10年ごとに分けて各類型の出現頻度を求めたところ,南風が卓越するA,Bは近年増加傾向にあった.A,Bでは日本の南への太平洋高気圧の張り出しが平均よりも強く,気圧配置型の出現頻度変化との関連が示唆された.

    4. 各風系型における気温分布の特徴

     各類型における晴天弱風日平均からの気温偏差の分布を検討した.夜間から早朝にかけて,A,Bでは南西風が卓越するため,関東南部を中心に高温傾向であるのに対し,Eでは北東風が卓越し,関東東部を中心に低温傾向が認められた.これらの傾向は日中にかけて継続し,Eでは関東全域で低温傾向が強まる.これに対しA,Bでは,東寄りの海風が弱い鹿島灘沿岸で顕著に高温となる一方,南寄りの海風が午前中に強まるため,関東南部の昇温は相対的に抑えられた.午後には,東京湾岸の風下側でA,Bでは低温傾向なのに対し,広域海風の発達が遅いDでは高温傾向が認められた.今後、夜間の気温分布についても検討したい.

     本研究はJSPS科研費JP19K13436の助成を受けたものである.

  • ソーシャル・キャピタルの影響に注目して
    田中 耕市, 関口 豪之, 秦 朋弘, 高野 宗弘
    セッションID: P019
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    I.研究の背景と目的  洪水や津波などの自然災害から生命を守るためには,何よりも早期避難が肝要である.早期避難を促進する要因を解明する研究が積み重ねられてきたなかで,特に他者による声かけの効果が高いことが明らかにされてきた.本研究では,避難時の声かけ行動を含めた避難意識について,マクロスケールからみた地域的差異と,声かけ行動を促進する要因について,特にソーシャル・キャピタルの影響を検証した. Ⅱ.対象地域と研究方法  本研究の対象地域は茨城県とした.同県は2011年の東日本大震災では全県域,2015年の関東・東北豪雨では主に鬼怒川流域,2019年の台風19号(令和元年東日本台風)では那珂川や久慈川流域,2023年6月台風2号では一部地域で被災経験をした.Webアンケート調査を2022年12月に実施した.県内の各市町村における性別・年齢層(20~60歳代)人口を考慮しつつ,2,489件を回収した.洪水の浸水想定区域は国土数値情報の「洪水浸水想定区域(国管理河川)(都道府県管理河川)」を利用した.主な調査項目は,個人属性,世帯構成,被災経験,災害情報の把握,災害発生時の対応,ソーシャル・キャピタルに関するものである.ソーシャル・キャピタルについては,Saito et al.(2017)の指標から社会的凝集性,市民参加,互酬性を援用した. Ⅲ.普段の備えと避難意識  茨城県における洪水と津波の浸水想定区における推計居住人口は約55万人であり,県の総人口の2割弱を占める.アンケート調査の結果,東日本大震災の影響から,自然災害を経験したことがあると回答した者は70%に至った.最寄りの避難所については,場所も名前も知っていると回答した者は全体の約66%を占めた一方で,約24%は場所も名前も知らなかった.避難時に近所で声かけする人がいるのは約43%であった.都市部では割合が低い一方,農村部では高い傾向がみられた.普段に災害の話をする人がいると回答したのは約66%であり,その約6割は家族,約2割が知人・友人を話し相手としていた. Ⅳ.声かけの要因  声かけ行動を促進している要因を明らかにするために,アンケート調査項目を独立変数とするロジスティック回帰分析を行った.その結果,声かけを最も促進していたのは「避難所の場所・名前の把握」であり,次いで「普段災害の話をする」,そして「社会的凝集性」であった.また「市民参加」と「互酬性」も声かけ行動に有意に寄与していた.そのため,ソーシャル・キャピタルが高い地域では,災害に対する早期避難率が高いといえる. 謝辞 本研究はJSPS科研費JP22H00765,JP19K0118,および日本原子力発電株式会社との「防災・減災に係る研究及び啓発活動等の実施事業」による支援により実施された.また,東京大学空間情報科学研究センターとの共同研究(研究番号59および1243)の成果の一部である. 参考文献 Saito, et al. 2017. Development of an instrument for community-level health related social capital among Japanese older people: The JAGES project. Journal of Epidemiology. 27(5): 221–227.

  • 6年間のフィールドワークをもとに
    一ノ瀬 俊明
    セッションID: P025
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    COVID-19の世界的な流行は,先進国・発展途上国を問わず大都市から農村への移住,つまり田園回帰を加速させたといわれる。「田園回帰」は,過疎地域において都市部からの人の移住・定住の動きが活発化している現象と定義できる(小島ら,2018)。また,LOHASという生き方も世界的なトレンドとして認識されるようになってきている。進学のために離郷上京する投資が将来「回収」可能かどうかは,世界的な「学歴社会」化の動向にも関わらず,今後の学歴構造の変化にも影響を与えうると考えられる。 移住者が働くことを通じて地域創生に貢献する田園回帰とは対照的な「ライフスタイル移住」は,裕福層の自己実現手段の一つとされ,高学歴の終身雇用労働者の事例が議論されている(O’Reilly and Benson eds., 2009)。そしてこれとは対極的な移住とも考えられるが,LOHASに近い概念としてのDownshiftingがあり,ライフワークバランスを優先した結果,大都市における(比較的高い)地位や収入を手放し,地方に移住する事例も増えている。 磯田(2017)は田園回帰と反都市化(Counter-urbanization)との関連性を論じており,欧米では農村のジェントリフィケーション(Gentrification)と反都市化が密接な関係にあると認識されている(Mitchell, 2004)。田園回帰の現場においていわゆるジェントリフィケーションが起こるのかについては,研究事例が不足している。Janoschka and Haas (2017)は,地方におけるジェントリフィケーションが引き起こす地域のコンフリクトについて論じている。一方西村ら(2015)は,旧住民と移住者の関係成熟プロセスを分析し,彼らへの必要な支援のヒントを提示している。 そこで本研究では田園回帰とジェントリフィケーションの関係が観察できるフィールドとして,演者の出身自治体である長野県上伊那郡辰野町を選び,2016年から約6年間にわたり,辰野町周辺における「地域おこし」活動ステークホルダーを対象としたインフォーマントとの対話,活動における参与観察を行った。この参与観察においては,旧来の地域住民(高齢化に直面する中でのコミュニティと公共サービスの維持がメジャーな課題)と,(Iターン人材,総務省の地域おこし協力隊,活性の高いNPOなど)SNSなどを通じて遠くからもその活動が見えやすいステークホルダーとの「温度差」に注目した。 東日本大震災を契機に辰野町へIターンしたという事例は少なくないが,そうした移住生活の実像には,田園回帰の国際的イメージの一つであるFIREなどとは程遠い,徒手空拳的な事例も散見される。つまり,都会の競争社会から降りてLOHASを求めるようなケースもある。また最近では,そのような傾向を賛美するかのような報道での取り扱いもあり,旧住民からの違和感を招いているケースもある。これらステークホルダーへの聞き取りによれば,今日の問題としては,就労機会,教育,分断の3つがあげられる。 旧住民が利便性の向上を望む一方,大都市から来た移住者のなかには,不便の中の豊かさや,自らが作り上げる主体性を求めている人もあり,個人としての夢の実現のベクトルが異なっている。短期的な移住施策のみならず,長期的に町に関わりを持つ「関係人口」を増やすことは,経済効果や将来的な移住,起業につながると考えられる一方,このような二極化,分断の顕在化とともに,行政が択一を迫られたときの混乱が懸念される。 地方自治体が政策を考える上では,地域の発展(人口,経済など)のみならず,持続可能性も重要である。たとえば,地域の子供が「選びたい道」を選び,その選択なりの郷土への貢献ができる教育をきちんと残したいものである。しかし,地域における就労の機会創出という甘い話だけではなく,国土や社会の構造,(高学歴・高収入などに象徴される上昇志向を基調とした)人々の価値観にメスを入れるような荒療治の政策が必要となる可能性もある。

    参考文献

    小島ら(2018):地理,63, 6, 14-67

    O’Reilly and Benson eds. (2009): Lifestyle Migration : Expectations, Aspirations and Experiences, Routledge

    磯田(2017):日本地理学会秋季学術大会要旨集,100099

    Mitchell (2004): Journal of Rural Studies, 20, 15-34

    Janoschka and Haas (2017): Contested Spatialities, Lifestyle Migration and Residential Tourism, Routledge

    西村ら(2015):都市計画論文集,50, 3, 1303-1309

  • 松尾 容孝
    セッションID: 638
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.研究目的

     十津川村は、先進的林業地帯の周辺部に位置する山村である。十津川村の大字武蔵の宝蔵文書と地籍図をおもな資料とし、江戸時代後期から昭和期に至る地域形成の展開をたどり、村落特性を明らかにすることを目的とする。

    2.武蔵宝蔵文書による検討

    (1)資料の概要

     十津川村には、大字(旧藩政村)が管理する「宝蔵」(ほうぞう)と、十津川郷が管理する「宝蔵」がある。大字の「宝蔵」には検地帳、五人組帳、年貢皆済目録などの村政書類、売買証文・収支帳などの経済書類、祭祀その他に関わる書類や有形物、明治期以後の大字共有財産に関する書類、大字全体に関わる事業その他の書類などが保管されている。武蔵集落では宝蔵文書を土用の丑に虫干しする。当日に撮影・複写させていただいた書類を小論の資料に用いる。

    (2)武蔵の地域史とその画期

     延宝年間から元禄年間にかけての山論は、検地・村切りにより複数村の用益林野が特定の村の領域に確定する過程で発生した。この時期に日本各地で多発した山論の一例である。

     元禄4(1691)年から約80年間、数度にわたって、町人請負銅山開掘願に対して郷を挙げて反対し、阻止した。

     山林売買契約(立木年季売買)は1700年頃が初出で、1740年代以降増加する。樹種を限定した数年間の年季売買が多く、杉檜立木一代売買が一般的な吉野林業中心部と異なり、育成林業への特化が低い。筏流・樽丸生産など育林材において成り立つ産業が確認できる一方で、椎茸木・雑木・炭山など雑木林を対象にした多様な年季売買が19世紀前半に数多く行われ、20世紀初頭にも確認できる。このように育成林業以外の林野経済活動が長く営まれていた。

     茶葉入札、種牛購入、養蚕(乾繭場の建設)など農業での共同体管理の事業や湯泉地温泉の経営など、林業以外の経済活動についても武蔵部落は営んでいた。

     雑木林を対象とした伐採跡地への植林が19世紀末の宝蔵文書、原木搬出のための木馬道造成が20世紀初頭の宝蔵文書で確認できる。杉檜造林地の拡大や林道整備は育成林業に沿った集落整備であり、明治後期から一層活発に行われるようになった。  3.十津川村の地籍図にみる領域の管理と林野の機能区分 (1)地籍図が示す集落の特色

     十津川村は55大字から成る。地籍図は、大字ごとに土地台帳と対にして調製された。法務局(十津川・五条支所)と十津川村役場で閲覧複写した地籍図を用いる。藩政村・大字の土地所有・管理用益の仕組みや土地利用内容(地目)の配置・空間秩序を比較検討する。

     十津川村の多くの大字(藩政村)は、数個の集落群(小字群)から成る。しかし、個々の集落群(小字群)は共同体の実体を分有しておらず、大字が一元的に有している点で、標準型の村落とみなす。

     各大字の集落群(小字群)は大字領域内各地に分布していた。宅地は畑と隣接し、荒地の地筆群と少数の宅地が結合している場合もある。近代期以後、長い時間の中で、少数の集落へと宅地が収斂し、居屋敷の凝集が進行した。

    (2)林野の機能区分:林野の管理・利用内容の空間秩序

     大字の林野は、個別の私有林野、記名共有林野、1村有の部落有林野、複数村有の部落有林野から成り、原則国有林はない。共同体は林野を里山と奥山に区分し、主に奥山(部落有林野)の小字ごとの利用内容(切畑・荒地、採草地、薪山、育林山、炭山、椎茸木山、松山など)と利用方法(利用の期間、ムラ直営か地上権貸与かなど)を話し合い、規則を設けて領域を管理し、用益してきた。

     売却による林野の縮小・断片化、集約的排他的利用による硬直化などの困難に直面しつつ、共同体管理を継承してきた。十津川村の大字間でのヴァリエーションと契機についても整理したい。 4.十津川山村の地域史と武蔵の位置づけ

     明治22(1889)年水害がもたらした地形・土地利用の変化、北海道への開拓離村により、十津川村の人口増加は一時的に止まったが、大正・昭和前期まで人口は増加し、一時的転入者を除き、1960年頃まで12000~13000人台を維持した。近代以降の山村の人口増減には4タイプあり、その1タイプをなす。江戸時代から昭和前期までの十津川山村の地域史は、多様で複合的な農林生産活動と育成林業山村としての集落整備・地域形成と総括できる。その特色を、大字武蔵に則して具体的に提示する。

  • 小山 拓志, 伊南 翔太
    セッションID: P009
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに

     阿蘇くじゅう国立公園内に立地する由布岳(1583m)の南向き斜面では,現在でも野焼きを行っており,広範にススキやネザサ,トダシバなどが優占する草原が広がっている。その草原の中には,落葉広葉樹であるカシワ(Quercus dentat)を主とした木本植物が疎林化しており,独特の植生景観が認められる。これらカシワは火や乾燥に強く,野焼きに耐えうることができる(た)という理由から,当該地域に淘汰的に生育したものと考えられているが,それらの分布規定要因や動態などは未だ明らかになっていない。

     そこで,本研究では,GPSを活用して木本植物の分布図を作成すると共に,南向き斜面において地形測量を実施した。そして,それらの結果を地理情報システム(GIS)によって比較分析することで,木本植物(以下,カシワと記す)の分布規定要因を検討した。

    2.調査地域概要

     由布岳は大分県のほぼ中央に位置し,東は鶴見岳(1375m),南は倉木山(1160m),西は飛岳(925m)および湯布院盆地に接する双耳峰の活火山である。由布岳の噴火史については未だ議論の余地はあるが,奥野ほか(1999)によれば,由布岳の最新の噴火は約2,200年前とされている。また,調査地域である南向き斜面は,野々草火砕流の堆積斜面である(草薙・宇井,1995)。

    3.研究手法

     現地調査は,南向き斜面における標高760~870mの約4,500㎢の範囲で実施した。まず,調査範囲に生育する全てのカシワの位置情報をGPS受信機によって計測し,分布図を作成した(1,288個体)。また,その際,各個体の胸高直径(以下,DBHと記す)および樹高を計測した。さらに,木本植物の分布規定要因を検討するため,南向き斜面において,UAV-SfM測量(多視点ステレオ写真測量)およびLiDAR測量を実施し,精密な3次元地形モデルを生成した。

     なお,本研究では便宜上,DBHが10cm未満のものを小径木,10~20cm未満のものを中径木,20cm以上のものを大径木とし,樹高3m未満を低木,3~8m未満を亜高木,8m以上を高木とした。

    4.結果と考察

     4-1.胸高直径と樹高の関係

     調査範囲に分布するカシワのDBHは,中径木が最も多く(756個体:58.7%),次いで小径木が多かった(330個 体:25.6%)。一方,DBHが20cm以上の大径木のカシワは,2割以下(202個体:15.7%)であった。樹高をみると,亜高木が最も多く(877個:68%),次いで低木(255個体:19%),高木(156個体:12%)の順に多かった。また,これら胸高直径と樹高は,強い正の相関関係(r = 0.78) にあることが明らかとなった(図1)。

     4-2.カシワの分布と地形の関係

     カシワの樹高とDBHをクロス集計し,各個体の形状寸法を基に小木タイプ,中木タイプ,大木タイプに分類した。そして,それらと傾斜度との関係について解析した。 傾斜度とカシワの関係性をみると,いずれのタイプも5~15°程度の緩傾斜地に多く立地しており(80%以上),傾斜度による分布の差異はさほど認められなかった。一方で,斜度15°以上の急傾斜地,とりわけ調査範囲に多く分布するガリー(谷状の地形:雨裂)の谷壁斜面には,大木タイプのカシワが立木する傾向が認められた。 現地踏査の結果,急傾斜地(谷壁斜面上)に生育している大木タイプの多くが,巨礫に張り付くように,あるいは巨礫の割れ目に生育するという特徴を有していた。また,谷壁斜面に生育している大木タイプのカシワの一部は,根曲がりが生じていた。

     これら大木タイプは,調査地域において最も早くに侵入したパイオニア的な個体である。つまり,言い換えれば,谷壁斜面に生育していた個体のみ長期的に生き延びたとみなすことができる。これらの要因としては,①野焼きの影響:巨礫による火からの物理的保護,②土壌水分量や日射量の影響,③傾斜による倒伏・あて材の影響,などが考えられる。

    *本研究は科研費(23K00978,代表者:小山拓志)の助成によって実施した。

  • 森 泰三
    セッションID: S206
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.学習指導要領におけるGISの位置づけと学校のICT環境

     2022年度より必履修科目である「地理総合」が高等学校において実施となり,すべての高校生がGISを活用した空間認識をについて学習することになった。同時に「地理総合」を担当する教員がGISを活用した地理授業の見方・考え方や指導方法を身に付けることが必要である。そこで,大学の教職科目においてGISの考え方,技能,評価方法など培うことについて考える。

     「地理総合」の3つの大項目の一つに「地図や地理情報システムで捉える現代世界」が位置づけられている。また,高等学校学習指導要領(平成30年告示)解説 地理歴史編では,地図サイトや統計サイトの具体的事例として,「地域経済分析システム(RESAS)」,「政府統計の総合窓口(e-Stat)」,「地理院地図」が示されている。「GIGAスクール構想」のもと,小中学校では児童生徒1人1台端末と,高速大容量の通信ネットワークの環境が整備され,高等学校においても,同様の環境整備が進んだ。このような状況で,「地理総合」の授業においてGISを活用することが容易となった。

    2.GISに関する大学の教職課程おける現状と課題

     高等学校教諭普通免許状地理歴史の取得の際に,「社会・地歴科教育法」などの授業においてGISを活用した指導法や評価の方法を身に付けることが必要である。しかし,大学の教職課程において,「社会・地歴科教育法」の授業について,地理学を専門とする教員が担当しているとは限らない。その場合は,「教科に関する専門的事項」であり学科等の専攻科目である「地理学概論」または「人文地理学」などにおいてGISに関する授業が実施されることが望ましい。高等学校に地理歴史・公民の教員として勤務する場合,教員採用試験は地理,歴史,公民の枠組みで採用している場合も多く,また,教員自身もそれぞれの専門性をもって勤務する。学校現場では,歴史や公民を専門とする教員が「地理総合」を担当する場合も多くあり得る。このことからも,大学の教職課程でGISの基本的な考え方や活用方法を修得することは重要である。

    3.教職課程で修得するGISを活用した授業の考え方と技能

     GISは目的ではなく,空間を理解する方法であり,道具である。目的に応じて道具を使い分ける必要があるように,授業内容に応じて,GISソフトを使い分けることが重要である。具体的には,防災の観点から浸水地域を考えるには「地理院地図」の自分で作る色別標高図,地域間のデータ比較や課題発見には「RESAS」,地域変容の考察には「今昔マップ」,地域データから階級区分図や図形表現図の作成には「MANDARA」というような使い分けが有効である。

     2025年度以降入学の多くの大学生は高等学校で「地理総合」を履修しているが,教職科目では教員として授業実践力を身に付けることが重要である。そこで地形,防災,農業,地名,地域変容,統計地図などに関するGIS活用の実習を行い,問いの設定や理解させたい事項を考える。例えば次のような実習である。

     「地理院地図」の「自分で作る色別標高図」で防災,地形と立地,地形と地名を考える場合, 東京中心部の標高図を作成し,荒川流域には標高0m以下の地域が広がっていることから,津波や大雨による浸水について考察し,日本の多様な地域についても同様の方法での学習ができることを理解する。東京駅付近で西側の洪積台地と東側の沖積平野,いわゆる山の手と下町の境界を理解できる。また,江戸城のあった皇居が洪積台地の端に立地しており,大阪城や名古屋城などでも類似した立地状況を見ることもできる。洪積台地には侵食された谷があり,渋谷はその谷の部分に位置すること,さらに,地名と地形との関係を考えるともでき,東京の各地で「谷」や「台」の地名と地形を調べることができる。「自分で作る色別標高図」では,表現したい目的に応じて標高のしきい値を設定できるので,作成した地図からそれぞれの理解の状況を確かめることができる。

    4.「地理総合」におけるGISの評価の方法

     GISに関する実習において,ワークシートなどを用いて作成した地図からの読み取り,要因や課題の考察,コメントなどさせる。それにより,次のような資質・能力について学習評価ができることを確認させる。それは,地図の作成と読み取りなどの技能,作成した地図の位置,範囲,階級区分のしきい値など地理情報をわかりやすく表現,内容の考察やまとめなどの思考力・判断力・表現力,課題に応じた資料収集や地図表現などの主体的な態度などである。大学の教職課程においてもそれらの実践し,教師としてのスキルの向上を図るべきである。

  • 中国の労働力海外送り出しプログラムを中心に
    宋 弘揚
    セッションID: 314
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに

     2010年代以降,中国の海外への労働力送り出し(「対外労務合作」)業界では「技能実習生離れ」が進んでいる.これに対して,政府は中小規模機関の参入規制の強化や,送り出し促進に関する新たな取り組みを進めている.しかし,国内の労働者問題がより重要になっていることや統計データの不足により,対外労務合作に関する研究が少ないと指摘されている.そのため,既存研究は関連制度の紹介や,技能実習生の送り出し旺盛期の個々の送り出し機関の設立経緯や利益構造を明らかにすると留まっており,技能実習生等の希望者が減少する中で,政府による新たな送出促進取り組みの施行が地方の関連アフターに与えた影響について検討されていない.

    2.研究目的と研究手法

     そこで,本報告では,労働力送り出し転換期における政府による新たな取り組みの施行に着目し,送り出し地域および送り出し機関等の対応と課題を分析する.その上で,労働力送り出し転換期における中国の特徴を明らかにする.事例として,「対外労務合作サービスプラットフォームの構築」(以下,「プラットフォームの構築」)と「労務扶貧政策」について取り上げる.

     研究対象地域は,対外労務合作が最も盛んな地域の一つであり,送り出しの転換を積極的に推進している山東省青島市である.なお,本報告は,労働力送り出しに関わる資料収集,主管行政機関及び外郭団体の担当者へのインタビュー調査,送り出し機関A社社長,送り出し機関B社送り出し業務担当者へのインタビュー調査に基づくものである.

    3.「プラットフォームの構築」と「労務扶貧政策」の概要

     2010年代初期頃,海外就労に関わる情報の非対称性の解消を目指して,各地で「プラットフォーム」が設立された.これは,海外での就労情報の発信を目的に作られた地方政府や関連団体のHPやSNSを用いたプラットフォームであり,その数は2015年末に310件に達している.

     また,2017年以降,脱貧困政策の一環として,「労務扶貧政策」が展開されてきた.これは,労働力の送り出しによる貧困問題の解決を目指した政策として位置付けられる.具体的な取り組みとしては,貧困地域からの労働者派遣の推奨や,貧困地域に居住する海外就労希望者への仲介手数料や教育訓練費用の補助,送り出し機関の集積地域と貧困地域の連携などが行われている.

    4.青島市の送り出し機関の対応と課題

     送り出し機関A社は2014年から,山東省内のZ市のプラットフォームの構築に携わり,事務所の設立,職員の派遣,資金投入,就労セミナーの開催などの取り組みを行った.その結果,3年間で約1000人の労働者を海外に派遣した.しかし,Z市においては,海外就労が盛んになるにつれ,違法な仲介業者なども出現した.このように,地域の対外労務合作業界に様々ステークホルダーが出現することになり,その後,A社がZ市のプラットフォームの運営から撤退した.

     また,労務扶貧政策を受け,送り出し機関であるA社・B社は積極的に省外(中西部地域)の関連機関との連携を模索し,労働者の送り出しの促進を試みた.しかし,中国と日本の所得格差の縮小,最貧地域の労働者にとっての経済的負担,対外労務合作に対する地方政府のスタンスが一様でないことなどにより,貧困地域労働者の派遣実績の成果は限定的なものに留まった.

    5.おわりに

     2010年代以降,送り出し転換期の中国対外労務合作業界では,新たな取り組みが拡大した.しかし,賃金格差の縮小や労働者派遣の困難さ,業界の根本的な改革に至らないことなどを背景に,貧困地域の労働者の海外就労促進や送り出し機関の自立・発展に対する効果は限定的なものに留まっている.

  • 「被災地」陸前高田の場所再構築と地理学(3)
    吉田 容子
    セッションID: 515
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに 災害被災地の復興支援はボランティアによるところが大きい。東日本大震災の被災地のひとつである岩手県陸前高田市でも、震災直後から瓦礫の撤去、避難所での炊き出し、救援物資の仕分作業を担い、仮設住宅の開設後は、居住環境の整備や住民の交流イベントなどを手がけ、災害復興公営住宅が建設されると、引っ越しの手伝いや入居住民への声がけ・見守り、さらには観光イベントの立ち上げ、農業や漁業復興の手伝い、被災者のメンタルケアまで、ボランティアが様々な支援活動をおこなった。また、復興の過程とともに、ボランティアの活動内容も変化していった。 報告者は、ボランティアの活動に支えられて再建が進む陸前高田市を、震災後6年半が経過した2018年9月に初めて訪れた。災害復興公営住宅や防災集団移転促進事業による戸建て住宅への入居が進み、仮設住宅の多くは取り壊されていた。津波で壊滅的被害を受けた市内中心部では嵩上げ工事が着々と進んでいた。震災前の中心商店街を山側に集約して新しい中心商店街をつくる計画のもとで、拠点となる大型商業施設が営業を始めていた。こうしたまちづくりの進展とともに、震災直後や復興過程でボランティア活動に参加したことを契機に同市に移住する人たちが出てきた。一方、ボランティアの経験のない若い世代の移住も確認される。 本研究では、おもに若手移住者をインタビュー調査の対象とし、彼・彼女たちが移住先での生活実践をつうじて自身の居場所を構築していく中で、結果として被災地域において「つながり」を担う役目を果たしていることを検証する。 2.国や地方行政による地方移住支援 国や地方自治体では、過疎対策や地方再生の一環として、U・I・Jターン者の就職支援に力を入れている。岩手県では、東京、名古屋、大阪、福岡に「岩手県U・Iターンセンター」を開設したり、「いわて暮らし移住定住ポータルサイト」を立ち上げ、就職希望者の相談や職業紹介をおこなっている。後者のポータルサイトとリンクするかたちで、「陸前高田市の移住定住ポータルサイト」があり、NPO法人「高田暮舎」が、この管理運営を委託されている。 「ポジティブな過疎地を創る!」をビジョンに掲げる高田暮舎は、2017年に同市の居住者とU・Iターン者の男女7人が発起人となり設立されたもので、「“自分らしく生きたい”移住者が集い、その想いを実現し、10年後も住み続けたくなる陸前高田にする」というミッションの実現に向け、移住定住希望者の相談にのったり、移住後のバックアップも視野に入れた活動を展開している。WEBサイト(高田暮舎 2023)「高田暮らし」には移住者へのインタビュー内容が掲載されており、この資料から、復興支援を担うという気概より、移住体験や以前訪れて気に入ったこの街で暮らしてみたいと感じたことが移住の動機になっていることがわかる。 3.自分の居場所-「高田人になる」ことは「つながり」の担い手となること- 報告者は「高田暮舎」の協力を得て、震災以降同市に移住した人たちに、対面もしくはオンラインによるインタビュー調査を実施した。被験者は、おもに20~30歳代のIターンやUターン者の男・女で、Iターン者は関東の出身が多い傾向にあるが関西の出身者もいた。彼・彼女たちは、復興・まちづくりを直接担う仕事(たとえば、行政やNPO法人)に就いたり、観光・宿泊関係の仕事や新しい中心商店街での飲食店経営をはじめ、医療・福祉関係の仕事など、復興・まちづくりに何らかのかたちで関わっている。 彼・彼女たちが津波被害を免れた地区の空き家などを借りて生活する中で、家主や近隣住民と挨拶を交わしたり、地区の清掃・草刈りや祭りに参加したり、近所から野菜を貰ったりなど、地域の人たちとの接点ができる。さらに近所づきあいが深まってゆくと、地区の一員に受け入れられたことを実感でき、陸前高田が居心地のよい自分にとって意味のある「場所」になっていく。移住者の多くは、いろいろな面での「つながり」を求めてやって来ており、高田暮舎は彼・彼女たちをつなぐ核として機能している。移住者同士は、高田暮舎をはじめ複数の交流ネットワークでつながり、そうしたネットワークを介して、居住地区の範囲を超えてさらに広く陸前高田の人たちとつながる機会をもってゆく。 高田暮舎のWEBサイトでは、「高田暮らし」をして「高田人になる」ことを提案している。自分のための移住であって、決して復興を気負うことなく、日々の暮らしの中で地域の多くの人たちとつながること(=高田暮らし)が自分の居場所を構築していくこと(=高田人になる)であり、それが結果的に陸前高田の復興を推し進める実践力になっていくのである。 参考資料 高田暮舎2023.「高田暮らし」 https://takatakurashi.jp/

  • 作野 広和
    セッションID: 333
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに

     1970(昭和45)年,議員立法により過疎地域対策緊急措置法(以下,過疎法)が10年の時限立法として制定された。当時,全国3,280自治体のうち776自治体(総数の23.7%)が過疎地域として指定された。「過疎からの卒業」を命題として制定された過疎法であったが,やがて各自治体は「過疎からの卒業」を目指すのではなく,むしろ過疎地域に指定されることを願うようになっていった。その理由は,過疎地域に指定されることで過疎債を使用できることになり,財政的な優遇措置が得られるからである。2022年4月の時点で全国1,718自治体のうち885自治体(51.5%)と,過半数を占めるに至った。 この間,過疎法に基づく過疎対策や,自治体の政策などにより,過疎地域の生活環境は改善された。また,「地域おこし協力隊」「特定地域づくり協同事業組合」などの制度を通して,過疎地域へのIターンが促進され,「田園回帰」と称されるほど一般的となった。 一方で,日本の総人口が減少する中,周辺地域である過疎地域が置かれた状況はますます厳しくなっている。特に,2020年代以降は,バス・鉄道運行本数の減少や廃止,老舗店舗の廃業,医師の高齢化による診療所の閉鎖など,過疎地域における生活は一層厳しさを増している。 この間,「地域活性化」「地方創生」「デジタル田園都市国家構想」などの謳い文句の下,多くの政策が展開されてきたが,いずれも対症療法に過ぎなかった。今後,日本全体の人口が急速に減少する中で,過疎地域の住民生活に直結する地域コミュニティの存続が危ぶまれている。その対応策として,これまでの対症療法的対応の延長ではなく,根本療法的対応がもとめれている。本報告では,「縮充」の概念を提示することで,これからの過疎地域における地域コミュニティがとるべき方策について検討する。

    2.「縮充」の概念

     自治体や住民がコミュニティの主体的維持を放棄したとしても,国土面積の63.2%を占め,1,000万人以上の人々が暮らす過疎地域を放置することはできない。そうであるならば,いかに地域が小規模・高齢化しようとも,地域を持続させるとともに,人々が豊かに暮らしていける地域づくりを行う必要がある。そのキーワードは山崎亮(2016)『縮充する日本』(PHP新書)が提案するような地域コミュニティの「縮充」であると考える。本報告では,「縮充」を「地域コミュニティを持続させるために必要な最低限の人口を維持するとともに,人口が減っても豊かに暮らしていける仕組みづくり」と定義する。 「縮充」とは,A「縮小」とB「充実」から構成される。社会,地域,生活が縮小していくことを悲観的に捉えるのではなく,縮小の中で自らの生き方や暮らし方を模索していく姿勢が求められる。そこには,右肩上がりの成長とは対極にある社会を構築していくべきである。そして,身の丈にあった暮らしを継続していくことで「充実」した社会を目指していくことが想定される。

    3.「縮充」の方策

     「縮小」の具体像としてA1「社会の縮小」,A2「地域の縮小」,A3「生活の縮小」の3点が考えられる。A1「社会の縮小」とは,グローバル世界に組み込まれながらも,社会的なアイデンティティを維持し,「社会の縮小」による弊害には対応しつつ,縮小を主体的に受け止める態度を醸成する。A2「地域の縮小」は,伝統と慣習に基づく地域の仕組みを見直し,少ない人口・世帯で継続できる仕組みに改めることを示している。「むらの減築」はそのための主要な手段である。A3「生活の縮小」は,それぞれの価値軸にもとづいて個人の暮らし方を規定する「暮らしのものさしづくり」が想定される。 「充実」の具体像として,B1「学びによる人づくり」,B2「リエゾン・コミュニティ」,B3「範囲の経済」の3点が考えられる。B1「学びによる人づくり」は,地域の存在意義や価値を正しく認識し,地域で暮らし続けたいと思い,実際に誇りをもって生活する人を育てることが想定される。B2「リエゾン・コミュニティ」は,地域の維持を地域住民のみが担うのではなく,都市住民などの関係人口,学校・JA・郵便局等の公的機関,社会企業など多様な主体が関われる新しい地域コミュニティの構築を目指すことである。B3「範囲の経済」は「規模の経済」に相対される概念であり,多品種少量の財を生産し,長い期間で収益を得る仕組みづくりが求められる。 「縮充」の取り組みは緖についたばかりであり,これから多くの試行錯誤が続くものと思われる。このような中,兵庫県佐用町では2022年度に「縮充」によるまちづくりを町の方針として定め,2023年度から「縮充戦略アドバイザー」(会計年度職員として週1日勤務)を置き,本格的な取り組みをはじめた。

  • 松宮 邑子
    セッションID: 520
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに 本報告では,モンゴル人留学生・元留学生へのインタビュー調査の成果をもとに,住まいとアルバイトの2つの観点から,彼/彼女らの日本留学時の生活を整理する.前者は留学生活において不可欠なもの,後者は留学生一般にとって学業以外に広く共通する活動である.結論を先取りすれば,これらが留学生にどのように経験されるか,あるいは留学生にどのような経験をもたらすかは,各々が置かれた経済状況に大きく影響される.本報告では,国費・私費という財源のちがいを主軸に,2つの経験を紐解いていく. モンゴルから日本への留学機会は,1990年代後半,2000年代にかけて拡大した.留学機会の拡大とは,すなわち私費留学生の増加を意味し,2000年代前半に30~40%を占めた留学生に占める国費留学の割合は,2022年現在15%程度に低下した.国費留学生は,学費の免除に加えて月々の生活手当が支給され,留学期間中の生活が保障される.対して私費留学における生活のレベルは,本人あるいは支える家族の裁量に左右される.本稿では,こうした経済状況の相違が日本での生活にいかなる違いをもたらすのかを掘り下げる.留学期間中の経験はその後の人生設計に影響するという意味において,個人のライフコースと留学経験との関係をとらえる一歩となる. 関連するインタビュー調査は2020年~,留学生・元留学生を対象に継続的に実施し,2023年7月現在までに34名から話を得た.属性の内訳は,現役学生4名,元留学生30名である.留学財源は国費が19名,私費が15名だが,私費留学生は民間の奨学金や学費の免除など,皆なにかしらの措置を受けている.5人が日本へ複数回の留学経験をもち,うち3人は私費留学の後,国費留学を経験した. 2.住まいの経験  留学開始時の住まいは,国費と私費とでスタートが異なる.入学後,一定期間は安価な大学の寮に入れる場合が多い国費留学生に対し,私費留学生は自ら物件を探し契約する作業に加え,相応の家賃負担を余儀なくされる.しかし見知らぬ土地での住まい探しは容易でなく,教育機関を頼った結果,本意ではない環境に身を置くことになる例もままある.住まい探しの多くは不動産屋を介すものの,決定に至る過程は,外国人であるがゆえに難航する例も少なくない.私費留学の場合,家賃を抑えるためにルームシェアが選択される例も多い.シェアの相手は,同時期に滞在する親族やモンゴル人の友人が主である. 3.アルバイトの経験  私費留学生にとって,アルバイトは「生活のため」に欠かせない活動である.とりわけ本人が学費を負担している場合には相応の稼得が必要となり,留学初期の段階から可能な仕事にはなんでも従事する.そして「アルバイト三昧」と形容されるように,つねに複数をかけもつ.また少しでも時給の高い仕事を求めて,夜勤の仕事に就いたり,生活圏を離れ繁華街で機会を得たりもする.これに対し,一定程度の生活が保障される国費留学生の場合,アルバイトは絶対ではなく,あくまでも「経験のため」と位置づけられる傾向にある.「やってみたい」や「よい経験になりそう」といった関心から興味のある職種を選択したり,仕事や条件が合わなければすぐに辞めたりもする.そして,稼いだアルバイト代は娯楽や旅行,あるいは貯金にまわされる.  日本語能力は,こうしたアルバイトへの参入機会や職種を左右する.留学初期の未だ不十分な段階では,飲食店での皿洗いやホテルでの清掃,ベッドメイキングなど,従事できる仕事が裏方仕事に限定される傾向にあるが,語学力の向上に伴い,ホールスタッフなど表舞台の接客業へと職種が広がる.特に飲食業においては,アルバイトが日本語力を向上させる側面も強い.

  • 宮岡 邦任, 大八木 英夫
    セッションID: 411
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに 集中豪雨の発生頻度の変化をはじめとした,近年の降水現象の変化については,従来多くの研究が行われてきており,年を追うごとに発生頻度は増加の傾向であることが示されている。一方で,集中豪雨の発生頻度の変化に伴う地下水涵養への影響については,地下水涵養に関係する要因が数多く存在するため,具体的な影響について議論し切れていないのが実情である。 本発表では,地下水涵養の大本である降水に焦点を当て,三重県東員町およびいなべ市東部地域を対象に,2011年と2022年の地下水の酸素・水素安定同位体比と雨の降り方から,雨の降り方の変化が地下水涵養に及ぼす影響について予察的に検討を行った結果を示す。

    2.対象地域の概要 本研究の対象地域は,三重県北部(いなべ市東部,東員町),員弁川流域中流部左岸側の地域である。員弁川の近傍は低地となっており,北部には段丘地形が認められる。近年では,低地を中心に大規模商業施設や宅地化が進むとともに,稲作から大豆や小麦などへの転作や耕作放棄地における太陽光発電設備の増加が認められる。この地域の員弁川の近傍には,自治体の水道水源井が設置されており,この地域の地形地質的な特徴を考えたとき,水道水源井を流れる地下水は員弁川の伏流水と北部(員弁川左岸側の段丘地形)からもたらされてものであると推定できる。

    3.研究方法  2022年9月に東員町水道水源井および対象地域における地下水,河川水,湧水の測水(水温,電気伝導度)と採水を行い,酸素・水素安定同位体の分析を行った。降水については,2011年~2012年に対象地域の数地点において採水,分析したものを用いるとともに,アメダス(北勢)のデータを使用した。地下水の水質については,2015年より対象地域内の数地点で水位,水温,電気伝導度の連続観測を行ったデータを使用した。これらの結果と2011年7月に行った測水および水質分析結果から比較し,夏季における地下水涵養起源や涵養機構の変化と雨の降り方の変化の関連について考察を行った。

    4.結果と考察 2015年からの地下水の電気伝導度の変化は,徐々に上昇している傾向がみられた。降水や地下水位の変化の影響の程度や季節変化には地域的差異がみられたが,夏季の地下水位については大きな変化はみられなかったことから,この季節の地下水涵養量は維持されていることが示唆された。地下水の酸素・水素安定同位体比は,同位体組成でみたとき,2011年から2022年にかけて全体的に重くなる傾向がみられた。 北勢における雨の降り方をみると,2011年以降の年降水量はほとんど変化がみられない。1976年から2021年までの日降水量出現日数の変化をみると,10mm以下の出現日数は減少している一方,30mm以上の出現日数は増加傾向にあった。また,1994年以降の年降水量に対する10分間降水量についても増加傾向にあった。以上のことから,研究対象地域において,近年における短時間降水量は増加傾向にあることが認められた。  短時間降水の出現回数や降水量の増加は,この期間における水蒸気輸送システムの変化があったことを示唆しており,夏季の地下水の同位体組成にその影響が現れたと推定される。一方で,雨の降り方は変わったものの,夏季の地下水涵養量としては現状で影響が出ていないことが確認された。

  • 山下 日和, 鈴木 康弘, 向山 栄, 室井 翔太, 山下 久美子, 福場 俊和, 村木 昌弘, 杉本 惇, 小俣 雅志
    セッションID: 215
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    2016年熊本地震の地表地震断層は,現地調査により詳細な報告がされてきた(熊原ほか 2016)が,それらは目視による地震断層近傍の観察結果であり,地震断層から離れた範囲を含む地表変形は明らかにされていない.そこで,本研究は,熊本県益城町および西原村を対象に,地震断層周辺における地表変位の空間分布を,地震前後のLiDAR計測データや航空写真の比較から明らかにすることを目指している.

    ①LiDAR計測データから数値地形画像マッチング解析(3D-GIV)で算出された変位量データと,②オルソ航空写真から光学画像相関解析で得られた変位量データ(杉本ほか 2021)を分析した結果,熊本地震の地震断層周辺では長波長変形(ドラッグ等)が生じており,その特徴は地震断層ごとに異なっていることがわかった.この変形を考慮すると,地震断層の変位量は,既報告に比べ1.2~2.3倍程度大きくなる可能性がある.

  • 名古屋市を対象としたケーススタディ
    増山 篤
    セッションID: P028
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    私たちは、様々な都市施設を訪れ、それらを利用して日常生活を過ごしている。例えば、買い物のために各種小売店を利用し、怪我や病気などの際には専門診療科の医療機関を受診し、気晴らしや運動のために公園を訪れ、外食のために飲食店に赴いたりしている。これら都市施設は私たちの生活にとって必要不可欠であったり、潤いをもたらしたりするものであるから、それら施設へのアクセシビリティ(近づきやすさ)を何らかの指標によって計測したり、各種社会経済変数との関係を分析したりすることには、大いに意味があるだろう。 地理学をはじめとするさまざまな学術分野において、都市施設に対するアクセシビリティに関して、その計測および社会経済変数との関係を探る実証研究が数多く行われてきた。ただし、それら研究のほとんどは、特定の診療科の医療機関などの単一の種類の都市施設、もしくは、ごく少数の種類の都市施設を対象としている。私たちは日々さまざまな都市施設を利用していることを考えると、多種類の施設を網羅的に扱い、それらに対するアクセシビリティを分析する研究を行うことが望まれるだろう。しかし、複数の種類の都市施設へのアクセシビリティを扱った研究は決して多くなく、それらの研究であっても、十分に多くの種類を扱っているとは言い難い。 その理由としては、多様な種類の施設に関するデータを入手・準備するハードルが高かったということが考えられる。例えば、「国土数値情報ダウンロードサイト」などのサイトでは、かなり多くの種類の都市施設に関するオープンな空間データが提供されている。ただし、それらサイトでは空間データが提供されない種類の都市施設も少なくない。オープンな空間データが存在しない種類の都市施設については、有償の空間データを利用することが考えられる。ところが、そのようなデータは往々にして高額であり、気軽に用いうるとは言い難い。このように、多くの種類の都市施設に関するデータを、既存のもので準備するとなると、金銭的コスト面などのハードルが生じる。 一方、現在では、さまざまな種類の都市施設の住所をネット上で調べることができ、また、ジオコーディングによって住所情報をもとに空間データを作成することもできる。したがって、金銭的コストを大幅に費やすことなく、多種類の都市施設に関する空間データを準備・作成でき、そして、それら施設へのアクセシビリティを扱う実証研究も実施可能と考えられる。このとき、都市施設に関する住所情報は、ウェブスクレイピング(Webサイトからの情報の自動収集)によって自動的・効率的に収集することができると考えられる。 この研究では、特にウェブスクレイピングを活用して、多種類の都市施設に関するデータを準備し、愛知県名古屋市内におけるそれら施設へのアクセシビリティを分析したケーススタディを示す。第一に、オープンソースプログラミング言語Pythonによるウェブスクレイピングおよび「国土数値情報ダウンロードサイト」の利用によって、38種類の都市施設のデータを入手・準備する。第二に、それぞれの種類の施設へのアクセシビリティを測る指標を、名古屋市内に規則的に配される地点に対して算出する。より具体的には、OpenStreetMapから入手できる道路ネットワークデータを利用し、道路距離で1km以内にある施設数を(各種類について)算出する。第三に、個々の種類の施設について算出されたアクセシビリティ指標値に対する統計分析から、複合的なアクセシビリティを定量的に把握することを試みる。この研究では、因子分析によって、「賑やかさ」、「住みやすさ」と解釈できる複合的アクセシビリティ指標を算出し、それらの値が興味深い空間分布パターンを呈することを示す。最後に、先に算出した複合的アクセシビリティ指標といくつかの社会経済変数との関係を統計的に分析する。具体的には、「賑やかさ」と「住みやすさ」のそれぞれと、(「政府統計の総合窓口」から得られるデータを基にメッシュ単位で値を算出した)ホワイトカラー比率、高齢化率、正規雇用率、高齢化率、人口密度などとの関係を空間回帰モデルによって分析し、いくつかの興味深い結果を示す。一例として、特に経済的な意味で不利な立場に置かれるほど、身近にあることが望ましい種類の都市施設に対するアクセシビリティに欠け、その意味で住みやすさが損なわれている、と解釈できる結果などを示す。

  • 渡邉 英明
    セッションID: 634
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ.はじめに

     定期市は,市町間の距離や市日の調整を通じて時空間的システム(市場網)を形成する点に特徴があり,地理学における興味深い研究対象として早くから研究が進められてきた(渡邉2023).発表者はこれまで,近世武蔵国を対象として,市場網の動態的な変化について検討を進めてきた(渡邉2009,2010).本発表では,先行研究で手薄であった武蔵国中部の横見郡とその周辺地域の市場網について,久保田六斎市を中心に検討する.

    Ⅱ.近世久保田六斎市と周辺定期市

     久保田村は,近世横見郡における管見で唯一の定期市であり,17世紀後期には近隣の松山町や鴻巣宿との間で市日を調整しつつ,この地域の市場網の一角を形成していた(図1).横見郡は,荒川右岸にあって用水に恵まれ,久保田村も米作を中心とした農村であった.そのなかで,久保田村では村の南端付近に「宿並市場」が形成され,定期市もそこで開催された.「宿並市場」は,定期市の開催を念頭に街路が広く造成され,高札場や市神(牛頭天王)も設置されていた.1697年の久保田村明細帳では,3・8六斎市の開催と,薪・塩の取引が記録されており,少なくとも17世紀末までは久保田村で六斎市が開催されていたとみられる.しかし,18世紀になると久保田六斎市は衰滅に向かい,1733年時点では極月(12月)のみ開催される大市へと形態が変化していた.久保田六斎市が衰滅したのち,横見郡内の村々は鴻巣宿や松山町の定期市を利用していた.

    荒川や市野川は,横見郡を取り囲むように,この地域を縦断していた(図1).これらの河川は,横見郡の人々が郡外の定期市へと行き来する際の障壁となっていた.商品流通が未発達であった近世前期に,横見郡内に久保田六斎市が必要とされたのは,そのためであろう.一方で,松山や鴻巣宿などの近隣定期市との競合関係は,近世中期以降に久保田六斎市が衰滅した要因の一つとして考えられる.

    文献

    渡邉英明2009.江戸時代の関東における定期市の新設・再興とその実現過程―幕府政策の分析を中心に―.地理学評論82:46-58.

    渡邉英明2010.村明細帳を用いた近世武蔵国における市場網の分析.人文地理62:154-171.

    渡邉英明2023.近世日本の定期市に関する研究動向と地理学からの研究視角.空間・社会・地理思想26:3-14.

  • 船溪 晴香
    セッションID: 613
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    近代日本における北海道の植民地的性格については、行政差別、日本国土への編入過程、アイヌへの暴力性など、様々な観点の研究があり、その1つに、博覧会における北海道の未開性の表象がある。一般に博覧会における植民地展示はロンドンの第1回万国博覧会(1851)に始まり、パリ万国博覧会(1899)からは「人間の展示」が行われた。展示された植民地の人々は1ヶ月が過ぎた頃には観客がどんな振る舞いを望むか察知し、それに合わせた演技を身につけたといい、欧米の観客にとっては、植民地主義的な視線に適合する人種の劣等性が実物展示により「発見」できるという体験であった(吉見,2010:p.193)。すなわち、「発見」の体験を提供すべく、博覧会における植民地展示は、支配者が望む植民地の姿を提供するものであった。この「人間の展示」の手法は、博覧会と共に日本に輸入された。高橋によれば、拓殖博覧会(1912)では、北海道について、大鷲の模型や狐の毛皮、アイヌの人々の住居や熊祭りの演技などが展示された(高橋ほか,2016:pp.56-57)。北海道は、アイヌの習俗と雄大な自然によって、後進性が強調され、アイヌの人々は教育すべき対象として、北海道は「未開の地」として表象された。

     内地におけるまなざしが明らかにされてきた一方で、北海道における博覧会で、北海道の人々がどのように北海道を表象したのかについては論じられてこなかった。本研究では、1918(大正7)年に札幌・小樽を会場にして開催された開道五十年記念北海道博覧会(道博)について検討する。開催意図・開催準備・展示内容について、主会場の置かれた札幌区における試みを明らかにするとともに、それを内地からの観客はいかに受け取り、「内地」における北海道の表象に影響を及ぼしたのかを明らかにする。具体的には、内地の新聞報道に着目した。神戸大学経済経営研究所新聞記事文庫から、『大阪朝日新聞』『大阪毎日新聞』『河北新報』『東京日日新聞』『時事新報』『横浜貿易新報』『福岡日日新聞』(切抜帳 18.産業上の制度及機関07.博覧会及商品陳列所第2巻から抜粋)の7つの新聞社の記事を収集し、メディアを通して、どのような北海道の表象が形成されていったのかを分析した。

  • 原田 駿介, 八反地 剛, 小倉 拓郎, 早川 裕弌
    セッションID: 217
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    はじめに

    山地の土砂は斜面での落石や小規模な崩壊により移動を始め,徐々に谷に集まり,最終的に土石流により流出する.この過程で渓流に蓄えられる土砂は渓床堆積物と呼ばれ,その供給速度は土石流の頻度を規制すると考えられている.花崗岩斜面での土石流の発生頻度は数十年~数百年スケールとされ,これに近い時間スケールでの渓床への土砂供給速度の評価が求められる.しかし,山林における土砂移動の観測によく使われる土砂トラップを広範囲に長期間設置することは,設置と土砂の回収に大きな労力が必要になるため困難である.落石の評価にはほかに野外実験,巡視による目録の集計,樹木の年輪分析,室内実験やシミュレーションなどの手法が用いられてきたが,いずれも渓流への土砂供給量を求めるには難点がある.そこで,本研究では使われなくなった道路や廃線跡を,上部斜面に対する土砂トラップとみなす手法を提案する.近年UAV-LiDAR(無人航空機によるレーザ測量)の普及が進み,地形学の研究のために必要な範囲の高解像度なDEM(数値標高モデル)が得られるようになりつつある.この手法は先に普及した写真測量では捉えにくい森林の地表も測定が可能である.以上のような背景から,本研究では廃道・廃線跡の地表面を土砂トラップとみなし,UAV-LiDARで堆積土砂を計測することで,山地斜面における数十年スケールでの土砂移動の空間分布を評価することを目指す.

    方法

    愛知県東部から静岡県西部にかけての領家花崗岩類の山地内の,31~55年前に放棄された廃道2区間(静岡県道288号線,以下佐久間および国道419号線,以下小原)と廃線跡1区間(豊橋鉄道田口線,以下,設楽)を対象とした.地質・気象条件はおおむね同じだが,小原,設楽,佐久間の順に平均傾斜が大きくなっている.各調査地で2022年12月上旬に,UAV- LiDAR(DJI Matrice 300 RTK+Zenmuse L1)によるレーザ測量を行った.対地高度80 m,サイドラップ70%の条件で廃路面とその上部の斜面を測定し,22~215 pts/m2の地上点密度をもつ点群を取得した.計測と併せて現地調査を実施し,GIS上での判読と現地の堆積物の特徴を整合させた.傾斜量図と道路現役時代の平面図の判読から,各調査地で路盤の範囲を設定した.廃路面を約50 m間隔で尾根を目安に区切り,対応する集水域を地形解析のための寄与領域とした.小原では26,設楽では15,佐久間では127の寄与領域を設定し,それぞれの平均傾斜と比集水域(出口幅あたりの集水面積)を求めた.路内の点群から各調査地の本来の路面を推定し,現在の地表面との差分から堆積分布を求めた.GIS上の判読と現地調査から堆積形状を分類した.また,各区間の堆積量と年間の土砂流入量を算出し,寄与領域の地形量と対比した.

    結果と考察

    現地はいずれも花崗岩で,佐久間,設楽,小原の順に風化が進んでいた.堆積土砂は小原ではマサが中心で,設楽では巨礫が混じり,佐久間では礫が中心の箇所が多かった.小原は堆積土砂のない区間が多く,設楽では堆積のある地点が増え,佐久間では大半の区間に土砂が堆積していた.路面に堆積した土砂の量を,路線廃止からの経過年数とその区間の長さで割ると,斜面幅あたりの年間土砂流入量が求まる.水の関与が少ないとみられる地点では,比集水域が大きくなるほど,土砂流入量の最大値が大きくなる傾向が見られた.一方で寄与領域の平均傾斜に対しては,特に傾斜が大きな地点で土砂の流入が少なく見積もられた.落石は斜面の傾斜角に応じて運動様式を変え,極端に傾斜が大きい場合は跳動が中心になる.廃道はこうした大きなエネルギーをもった粒子を止められなかったり,飛び越えられたりしてしまう場合があるため,廃道を用いた手法では,特に急傾斜な地点で土砂供給が過小評価されている可能性がある.それでも,他の方法での観測が困難な数十年単位での土砂供給の最低値が判明する意義は大きい.土砂が積み重なっているか,堆積物に侵食痕があるかなどに基づき,堆積形状を分類すると,比集水域や寄与領域の平均傾斜が大きい地点ほど土砂の流入が激しいことを読み取れる(図1).侵食痕は比集水域の大きな地点でのみ観察された.斜面で発生した落石が次第に集積し,最終的に土石流など水の関与する現象で流出していく各過程を,廃道を土砂トラップに見立てることで追跡できた.

  • 山口 泰輝
    セッションID: 436
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    本研究の目的は,既存の震災・災害デジタルアーカイブを時間的・空間的な視点から分析し,そのコンテンツの現状について明らかにすることである。106件の震災・災害デジタルアーカイブを対象とした。その結果,アーカイブされる時間が相対的に短く,かつ空間も狭い震災・災害デジタルアーカイブが多いことが明らかになった。つまり,単一の災害事象のみをアーカイブしたものや,特定の市区町村や都道府県に対象を絞ってアーカイブしたものが多いのである。一方,近年になって,アーカイブされる時間が相対的に長く,かつ空間も広い震災・災害デジタルアーカイブが増加しつつある。このように,震災・災害デジタルアーカイブは年々,時間的にも空間的にも多様化している。

  • 兵庫県三田市の事例を中心に
    竹川 陽揮
    セッションID: P034
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    1.研究背景  近年,物流におけるトラックの重要度が極めて高まる一方,若年人口の減少や厳しい労働環境から運転者不足が顕著である.他方,地方圏を中心とした多くの公共交通事業者が,利用客の低迷によって損益悪化に直面し,路線を維持することができずに廃止を余儀なくされるなど,公共交通についての課題も多い. そのような中で,貨物と旅客を一緒に運ぶ貨客混載の取り組みが注目されている.貨客混載は,物流事業者の輸送効率化,公共交通事業者の収入拡大とそれによる路線維持などに寄与するとされるが,地域の生産者にも影響を及ぼすことが予想される.そこで本研究では,地域の生産者にとって貨客混載にはどのような意義があるかを明らかにするために,兵庫県三田市における路線バスとJAによる貨客混載の事例を取り上げる.

    2.貨客混載の概要 貨客混載をめぐる制度について,鉄道は,2016年10月の法律の一部改正により,旅客鉄道を利用して貨物輸送を行う際に必要な変更手続きの簡素化が実施された.自動車は,2017年9月に旅客と貨物の両事業の「かけもち」ができるよう許可基準の変更が実施され,2023年6月に過疎地域と限定していた許可の範囲がさらに拡大した. 貨客混載で運ぶ「モノ」に着目して分類すると,以下の3つに大別される.すなわち,①物流事業者と連携し,宅配便や郵便の集配局間や各戸への配達など行うもの,②農産物や水産物などの地域の商品を運ぶもの,③「観光支援型」と呼ばれる,観光客の手荷物をホテルや空港へ運ぶものである.本研究では,②にあたる農産物や水産物を輸送する取り組みを対象とする.

    3.兵庫県三田市の事例  事例として,兵庫県三田市において神姫バス(株)とJA兵庫六甲が連携して行っている,路線バスを用いた少量農産物の出荷代行について聞き取り調査を実施した.この取り組みは,地域の農家が生産した野菜や果物を,JAの支店近くのバス停から路線バスの空きスペースに載せ,JAが運営する直売所近くまで輸送するものである.積込は生産者とJAのスタッフ,荷下ろしは直売所のスタッフによって行われる. この取り組みは,加齢などで車を運転することが困難となり,青果物を作っても出荷できず生産を諦めていた農家と,人口減とコロナ禍によるバス利用者減少の中で少しでも利益を生み出したいバス会社,品薄になる昼以降の商品の拡充を行いたい直売所などの思惑が重なったことで実現した. 聞き取り調査の結果から,出荷が可能となり,青果物の生産の継続だけでなく,復帰した生産者もみられた.また,路線バスを利用して出荷する生産者同士で,値段の相談・育て方のアドバイスなどの会話が生まれ,気晴らしになっていることも明らかとなった.そのほか,バスに乗って運ばれてきたという珍しさから一般に出荷した際と比べて生産物の売れ行きが良いことといった意義も明らかとなった.

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