日本地理学会発表要旨集
2023年日本地理学会秋季学術大会
選択された号の論文の146件中101~146を表示しています
  • 潘 毅, 一ノ瀬 俊明, 森本 健弘
    セッションID: P031
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.研究背景 ヒートアイランドに関する研究においては,現場に行かずに広域的研究が可能になる利便性,過去の衛星画像を用いて長期の分析が可能,データ処理の効率化等のメリットにより,リモートセンシングデータがよく使われている。例えば,Landsat衛星のbrightness temperatureというバンド(Landsat 5/7:B6,Landsat 8:B10)を使ってLST値(Land Surface Temperature)を推測できる。近年では,google earth engine(GEE)という新たなプラットフォームにより,リモートセンシングデータの分析効率が高まっている。 しかし,リモートセンシングを用いたLST分析には,以下の欠点が挙げられる。 ① 夏には熱現象が顕著だが,雨の日が多いため,雲の影響で衛星データの欠落が生じる ② Landsat衛星の30m解像度でも,小地域の分析には厳しい ③ 主な衛星は地表面からの日光の反射をセンサーで捉えてデータとするため,夜間分析及び3次元分析が困難である

    2.既往研究と本研究の目的 本稿の著者の一人は以下の点を示した(一ノ瀬,2023)。すなわち(1)Sugawara et al(2015)のように大規模な都市内部緑地・河川空間の存在による周辺の冷却効果は,地表面温度ではなく気温に現れる,(2)Jiang et.al(2021)らのように地表面温度にも冷却効果が見えるという主張をするなら,気温が地温に影響するか,もしくは土壌層内部における熱の水平拡散(伝熱)の効果が十分大きいということを示す必要があるが彼らはこの検討に踏み込んでない,(3)Landsat-8(TIR)空間解像度に疑念が残る。 そこで本研究では小気候シミュレーションモデルENVI-metとリモートセンシングデータを合わせて,大規模緑地公園が屋外温熱環境へ与える立体的な影響を明らかにすることを目的とする。

    3.研究地域、データ及び方法 茨城県T市の県営D公園は,東西・南北それぞれ1辺数百mのスケールを有する緑地公園である。県庁が提示した再開発計画においては,公園内の野球グラウンドがグランピング施設へ変更され,それに伴い数haの樹林地が駐車場へ変更される。 Google map及び10m解像度のSentinel-2で分類した公園地域の土地利用図を参照して,公園モデルを構築した。 1年を通じ最悪のケースを想定し,7月末の猛暑日の午後3時を計算対象とした。鹿島灘からの海風(東風)が卓越する晴天日の気象データを入力条件とした。そして,Landsat-8で計算したLSTを地面温度データとして条件設定に入力した。

    4.結果 公園の西側に道路をはさんで中高層住宅街区が隣接しており,ここへの影響を想定した。 当該住区の棟間におけるPMV(Predicted Mean Vote)の上昇は0.3程度と見積もられた。これは10%程度の住民が,従前と比較して暑さの度合いが変化したと感じるレベルの変化である。 本研究の手法より,緑地公園の周辺冷却効果が開発によって低減する影響を高い解像度でかつ3次元的に示したといえる。

    参考文献: 一ノ瀬 俊明(2023):日本地理学会発表要旨集 103,51 Sugawara et al.(2015):Journal of Environmental Quality Jiang et al.(2021):Int. J. Environ. Res. Public Health,18(21),1140

  • ―ハンブルク・東京におけるグラフィティの空間的特徴に注目して
    池田 真利子, El-Barbary Mohamed Nour
    セッションID: 633
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    グラフィティは日本国内はもとより,世界では現代アートとしての認知が進み,芸術作品としての多面的価値が評価されるに至っている。しかし,作者の匿名性がある種の前提でもあるこの文化表現の規範にも起因し,誰が,いつ,どのように始めたのかが不明であり,その歴史的正当性そのものに疑問を投げかけるグラフィティの芸術史は,NY(2022年)やハンブルク(2023年)でのミュージアム企画展を一例とし,近年になって新しいパブリックヒストリーとして注目される。 他方で,世界における学術的関心(Ross(2019)等)とは対照的に,国内では学術研究数が限定的であり,また,どういった作品がどのような事物に描かれているのかという実態把握はもとより,声なき作者でもある「ライター」が何を考え,どのような作品をどこにライティングするのか等を定量・定性的に把握した研究は,管見の限り世界的にも限られる。そのため,ライターへのインタビュー調査を一例とする定性的調査に先んじて,どこの(場所),どういった事物に対し(対象),どのようなライティングを行うのか(作品)に関する定量的研究を行うこと,またそれを学際的に行うことが極めて有効である。 以上を踏まえ本研究では,国際的学際研究への展開を視野に,1980年代以降,世界におけるグラフィティシーンを牽引するとともに,ミュージアム企画展を現在開催中であり,かつミュージアムの展示物である文化遺産の現代的意義を追求し続けるドイツ(ハンブルク)と,世界に先駆けて2000年代半ばに美術館にてグラフィティの展覧会を実現した日本(東京)を対象国とし,都市の公共空間に所在するグラフィティの空間的特徴を実証的に明らかにする。 調査の手順は以下の通りである。まず,東京・ハンブルクの各都市において,グラフィティが集中的に集まることで知られる地域(東京は渋谷・原宿・下北沢・高円寺,ハンブルクはSchulterblatt Str., bartels Str. Sternschanz・Altona・St. Pauli)で,研究分担者と共に探索的な空間的特徴に関する定量調査を実施する。なお,定量調査に当たり,計5件のヒアリング調査を行った。本研究においては,それらの知見も一部用いて分析を行う。 グラフィティの空間的特徴を,主に場所(公共・準公共・民間地等)・構造物(電柱・ポール・看板等)・芸術表現(種類・手法・意味等)において概観すると,東京では公共財のほか,私有地(ただし,一般家屋等よりもコンビニエンスストア等,公共空間として認識されている箇所が多い特徴)にも確認されること,そうした場所や構造物を抽出すると,一定の類型化が可能であること,さらに日本ではアメリカの黒人文化やストリート文化の影響が顕著であり(ヒアリング調査に基づく),そのために集団内部において一定の規範が維持されていること,それらが空間的特徴のみならず,ライターの対象とする対象物の選択や,グラフィティのライティング方法(特に,スローアップやタグの非重複)に現れていることが明らかとなった。こうした特徴は,ハンブルクでも同様に確認される。例えば,グラフィティの確認される場所・構造物・芸術表現の類型化が一定程度可能であり,特に構造物に関しては日本と共通することも多い。他方で,東京に比較してグラフィティの絶対数が圧倒的に多いハンブルクでは,グラフィティ・ライターの職種が社会的に許容されている一方,規範は維持されていないか,必ずしも明確に判断できないこと等,両地域では違いが確認された。 グラフィティへの注目の背景には,この文化芸術表現の本質でもある,単一の歴史観に収斂させることが困難な性質や,グローバルに伝播・波及した先のローカル化やローカルヒストリーの重要性があることが発表者らの実施した予備調査で明らかになっている。特に近年,グラフィティ内における表現のせめぎ合い,そして黒人文化(ストリート文化)の一部としての真正性への回帰等も確認されており,公共空間における芸術研究としての研究に終始せず,現代に自発的に継承される文化遺産としての本研究の潜在性と学際的研究としての国際展開可能性は高い。冒頭に述べた1960年代の地理学者の「発見」した「言語景観」は,40年後に言語社会学で注目されることとなり,サウアーの文化的景観は世界遺産に,そしてトゥアンやレルフの「場所の意味」は文化遺産や都市計画によって参照・展開されるに至っている。地理学が,その領域を超え,国際社会にどのように貢献できるのか,今,問われている。

  • 私たちはなぜ、私たちが食べているものを食べるのか
    蒋 宏偉, 佐藤 廉也
    セッションID: 310
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1. はじめに  食事摂取動機調査(以下はTEMS調査と称する)は2010年代初め頃にヨーロッパで開発された心理学のスケールである (Renner et al. 2012)。近年,より環境にやさしい,もしくは健康によい食生活の形成を促進するために,TEMS調査は環境学や保健学などの研究分野において注目されるようになっている。TEMS調査は15の項目を含む。すなわち,好み,習慣,需要と飢餓,健康,便利さ,喜び,伝統的食物,自然への関心,社交性,価格,外観,体重管理,情緒調節,社会規範,社会的イメージである。各項目にそれぞれ3つの質問が含まれている。 本発表では,2022年1月中旬から2月中旬にかけて日本全国で実施したインターネットTEMS調査の結果を提示し,東と西,都市と農村および10の地域分類(北海道・東北・北陸・関東・東海・近畿・中国・四国・九州沖縄)の3種の基準から地域間の差異を検討し,あわせて日本におけるTEMS調査の応用可能性をさぐる。 2. 資料と方法  調査では,TEMSの15項目の質問以外に,回答者の性別,年齢,身長,体重,居住地(市町村および,都市・農村の別)に関する情報を収集した。質問への回答は,「全くあてはまらない」1点から「非常にあてはまる」7点までの尺度で測定した。このデータを用いて,以下の統計分析を行った。第一に,TEMSの日本における応用可能性の検証である。検証には,日本全国のデータ,東西の2分類,都市と農村の2分類および10地域の分類において,それぞれの調査結果を用いてAMOSの確認的因子分析を行った。第二に,全国および地域分類において,各項目間得点の比較可能性について,反復測定分散分析を行った。第三に,線形回帰モデルを用いて,性別,都市・農村,年齢および居住地域が15項目得点に与える影響を分析した。最後に,後退型段階的線形回帰分析を用いて,年齢,性別,TEMS得点,都市・農村,居住地域がBMI(Body Mass Index;WHOの基準によると25以上は過体重)に与える影響を分析した。 3. 結果と考察  TEMS調査では,合計5,582人(男性2,759人,女性2823人)の有効回答を得ることができた。平均年齢と標準偏差は男性が44.8 ± 13.4歳であり,女性が44.7 ± 13.4である。表1はTEMS調査15項目の平均得点を示している。平均が3点未満の項目は情緒調節,社会規範,社会的イメージの3項目しかなかった。言い換えれば,上記3項目は日本人の食事摂取動機になりにくい項目と推測できる。AMOSの確認的因子分析結果のCFI,SRMR,RMSEAなどの検定指標はいずれも良好であり,日本全国および各地域における応用可能性や地域間の比較可能性を示した。また,反復測定分散分析の検定結果は各地域において項目間の比較可能性を示した。各項目の得点ランクでは,東と西,都市と農村および10の地域分類の地域間の差はなかった。表1に示したように,好み,習慣および便利さの3項目は,最も日本人の食事摂取動機に影響していると推察できる。10の地域分類からみると,各項目の平均得点最上位のほとんどは四国と東北であった(表1)。線形回帰モデルによる居住地域とTEMS関係に関する分析では,東西でみる場合,西日本の居住者は,有意に自然への関心の得点が高かった。一方,都市と農村居住者の間では,15項目の得点差はなかったが,10の地域分類でみた場合,東北や東海地域の居住者は,有意に社会規範や社会的イメージの得点が高かった(p < 0.05)。また四国地域の居住者は,習慣や伝統的食物の得点が有意に高かった(p < 0.05)。得点や居住地域とBMIの関係については,体重管理,喜び,好み,外観の得点は,ポジティブにBMI値に寄与し,習慣,需要と飢餓,自然への関心,健康の得点はネガティブにBMI値に影響を与えていた。東と西の間では,BMIの有意差がなかったものの,農村居住者および北海道居住者のBMIは有意に高く,これらの地域の居住者に肥満傾向が高いと示唆された。 以上のような地域差の背景には何があるのだろうか。発表では,都市・農村居住者間の社会・文化的差異や,都市化による変化,地域間の文化的差異,さらには性別および年齢による差異などを含め,さまざまな側面から考察を行う。

  • 中岡 裕章, 任 海, 渡邉 稜也, 関根 智子, 森島 済
    セッションID: P022
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    Ⅰ はじめに 日本では,多くの自治体が基幹産業の衰退や人口減少,高齢化といった問題に直面している.これに対し,旧来の国主導による地域振興策では,ハード面の開発事業が全国で画一的に行われ,地域の個性や独自性を生み出せず,逆に居住環境の悪化や生活の質の低下を招くことも多かった.このため,近年では地域環境を活用したソフト面の開発による地域振興を目指す自治体が増加しており,その柱の一つとして国立公園が位置づけられている. 日本の国立公園制度は,景勝地の活用による観光振興および自然環境の保全を目的としている.国立公園法が1931年に制定されて以降,全国で34カ所が国立公園に指定され(2023年7月現在),多くの人々に利用されてきた.しかし,旅行の形態やニーズの多様化が進む中で,国立公園の利用者数は1991年をピークに減少傾向にある.このため,多様化する旅行ニーズに対応することはもとより,現在の国立公園に対して多くの人々がどのようなイメージを抱いているのかを十分に把握し,地域振興に資する国立公園のあり方を検討することが肝要となる.しかしながら,そのような調査は特定の国立公園のみを対象として実施されており,国立公園に対する全体的なイメージの把握には至っていない. そこで本研究では,日本において最も人口規模の大きい東京圏に居住する人々に焦点を当て,国立公園に対するイメージを明らかにする.東京圏の居住者を対象とした理由は,都市住民の自然志向の高まりが各種調査・研究により明らかにされており,優れた自然環境を有する国立公園の利用促進を図るのであれば,人口規模の観点からも,大都市周辺地域に居住する人々の国立公園に対する認識を十分に把握する必要があると考えたからである.これにより,日本の国立公園の利用促進に向けた基礎情報を提供することに寄与すると考える.なお,本研究における東京圏は,東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県の1都3県とし,議論を進める.

    Ⅱ 調査方法 調査は,東京圏居住者を対象にWebアンケートを実施した.質問項目は,日本の国立公園に対する認識やイメージなどである.なお,Webアンケートはアイブリッジ株式会社のサービス「Freeasy」を利用し,2023年1月26日に配信して,同日に回収した.サンプル数は1,200である.

    Ⅲ 調査結果  国内の国立公園について,「国立公園を一つでも知っている」と回答した者の割合は全体の60%以上であり,一定程度の知名度が認められる.また,「国立公園を一つでも知っている」と回答した者のうち,「一度でも国立公園を訪れた経験がある」と回答した者の割合は70%以上であることから,来訪経験の有無と知名度には大きな関係があるといえる. また,回答者が「知っている国立公園」の上位は「日光」や「知床」,「尾瀬」などであり,「今後,訪れてみたい国立公園」では「屋久島」や「知床」,「奄美群島」の割合が高かった.すなわち,知名度や人気度が高い国立公園は,著名な観光地が含まれている地域であるといえる. 一方,「今後,訪れてみたい国立公園」について,全体では約40%が「あてはまるものはない」と回答しており,特に若年層では訪問を希望する割合が低かった.加えて,「国立公園の目的を理解しているか」については「やや理解していない」,「理解していない」と回答した者の割合が高いことから,前述の結果を踏まえれば,国立公園は一定程度の知名度はあるが,十分に認識されているとは言い難い. 回答者が国立公園に対して抱くイメージについては,5段階のリッカート尺度を用いた.これによると,「山」や「森」,「生物」,「植物」などが「当てはまる」と回答する傾向にあった.また,「手つかずの自然」や「よく管理されている」,「制限が厳しい」などの評価も高かった.すなわち,国立公園に対し,自然環境や保護地域をイメージする者が多いといえる.v

  • 宮内 洋平, 小野 映介, 小岩 直人, 野中 健一
    セッションID: 617
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.研究目的

     本研究は南部アフリカに繁栄したマプングブエ(Mapungubwe)王国(AD1250-1300年)遺跡の地表データについて,高解像度衛星データを活用したリモートセンシング技術によるマッピングとフィールドワークを実施することで,初期国家の形成過程,都市機能,王権ネットワークを明らかにし,従来の国家・都市概念に一石を投じることを最終的な目標としている. 同王国はK2文化(AD1000-1220年)を受け継ぎ,グレート・ジンバブエ王国(AD1300-1450年)に引き継がれた初期国家であり,中心部は南部アフリカ最古の都市と言われている(Huffman 2005).南部アフリカでは集権国家と非集権的自給社会(国家に抗する社会)との関係解明が課題であったが,広範囲の発掘調査は難しく,それを実証する空間的把握は困難だった.南部アフリカ最古の都市を持ち,金を産出し,アジア交易で繁栄した同王国が自給社会といかなる関係を構築したのかを地理空間的に明らかにすることは,アフリカ史に大きな貢献となる.

    2.調査方法

     考古学(Huffman 2005; Chirikure 2021)及び気候学,土壌学(Nxumalo 2019)分野等の先行研究の論点を整理し,人口,一般人の居住地区,王国衰退の要因,交易ルートの解明など本研究が貢献できる課題を整理した.これを踏まえ2022年12月より高解像度衛星画像分析を開始し,マプングブエ王国の中心機能が位置した現在の「マプングブエ国立公園」周辺について,陸域観測技術衛星「だいち(ALOS)」による2.5mまたは5mの解像度のDSM(地表表層モデル),「WorldView-2」による0.5メートルの解像度の可視画像の判読を用いて3次元地図を作成,遺構の残存状況をマッピングし地形条件を検討した.また2023年3月にフィールドワークを実施し,グランドトゥルースを行った.

    3.結果および考察

     高解像度衛星画像の分析と現地調査により実施しマプングブエ遺跡の中心となる貴族階級が暮らした丘の部分および一般人が居住したとされている丘の周辺等の地形的条件を明らかにすることができた.また広域の地形図の作成と検討から先行研究で指摘されていたリンポポ川を経てインド洋沿岸の港(チブエネ遺跡)に至るルートに関し地形学的に補完できることを明らかにした.

     今後はドローンによる大縮尺の空中写真を撮影,地上基準点のGNSS測量を実施し,得られた地形情報をもとに10cm程度の解像度のDSMを作成し,遺構と地形条件を高精度で検討する予定である.衛星画像の解析および現地調査で得られた情報については,GISを用いて統合する.当地には,リンポポ川および支流によって形成されたテーブル状の地形が存在する.こうした自然条件に都市機能がどのように配置され,および周辺との結びつきができていたのかをリモートセンシングおよびフィールドワークによって解明したい. 同王国の都市機能への注目は,都市と農村という二分法に基づいた西洋中心的な都市概念を再考する契機となると考えられ,王権中枢部の都市と非集権的自給社会との関係を明らかにすることで都市研究の理論的発展にも貢献できる.衛星画像の分析により,地形分析,都市の構造物の判読,市壁の役割の再分析,住居址や家畜囲いの特定,鉱山跡の特定,そしてこれらの広域マッピングを行うことで冒頭の研究目的を達成したいと考えている.

    引用文献

    Chirikure, S. 2021. Great Zimbabwe: Reclaiming a ‘Confiscated’ Past. London & New York: Routledge.

    Huffman, T. N. 2005. Mapungubwe: Ancient African Civilization on the Limpopo. Johannesburg: Wits University Press.

    Nxumalo, B. 2019. Integration geoarchaeological approaches and rainfall modelling as a proxy for hydrological changes in the Shashe-Limpopo basin, South Africa. South African Archaeological Bulletin 74(211): 67-77.

  • -1960~1970年代-
    池谷 和信
    セッションID: 616
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1 はじめに 焼畑農耕(shifting cultivation)は,日本や世界の多様な農耕形態の一つであり人類の食糧獲得法である一方で,近年では熱帯林の消失の原因として循環型の持続的な資源利用として注目されてきた(佐藤1999, 2021; 池谷ほか2022; 池谷2023).また,これは「ある土地の現存植生を伐採・焼却等の方法を用いることによって整地し,作物栽培を短期間おこなった後,放棄し,自然の遷移によってその土地を回復させる休閑期間をへて再度利用する,循環的な農耕である」と定義される(福井1983).ただ,その農耕が「いつから始まりどのように展開して現在に至るのか」,日本や世界の焼畑農耕の全体像が明らかになっているわけではない.例えば,世界における焼畑の北限,高度限界,各地域における微細な分布などのテーマが挙げられる. 報告者は,これらの問題意識のもとに熊本県の五木村で撮影した佐々木高明氏の写真を整理して民博・データベース(焼畑の世界-佐々木高明のまなざし)として公開する一方で(佐々木1970; 池谷2021),現在も焼畑を維持しているペルーアマゾンの村での現地調査を行ってきた(池谷・増野2023).そこで本報告では,主として地理学者の撮影した焼畑の写真を整理することから写真資料を使用して上述の課題の一部に答えることをねらいとする.具体的には,佐々木高明,端信行,福井勝義ほか国立民族学博物館所蔵の写真資料を主として利用した. 2 結果と考察  熱帯・温帯の焼畑は,サバンナ(カメルーン中部)や熱帯林(インドネシア・ハルマヘラ島)や温帯林(九州・五木村)で自然環境は異なるが,伐採,火入れ,播種,除草(日本のソバ栽培ではない),収穫などの過程は共通している.また,樹木の伐採ではインドのパーリア,ザンビアのベンバ,日本の五木村にて枝打ちが行われたが,木から木に移動しての伐採は五木村を含む九州山地のみでみられた.さらに,焼畑地での耕作年数は,日本国内では3-5 年であるのに対して国外では1-2年がほとんどであった.国外では焼畑放棄後の森林資源の商品化が進むのに対して,国内では焼畑が山茶,山桑,楮・ミツマタ,カブのような商品生産とかかわっているのが特徴である. 以上のように本報告では,研究者の撮影した写真は,どこまで焼畑研究資料として有効であるのか否か,複数の調査地点の資料を組み合わせて地域情報にすることはできるのか否かを検討したが,その可能性についても展望する.なお,本研究は,科研費「20世紀中期以降における焼畑と熱帯林の変容メカニズムの地域間比較研究(20H00046,代表:佐藤廉也)」の成果の一部である. 参考文献  池谷和信 2021. 佐々木高明の見た焼畑ー五木村から人類史を構想する. 季刊民族学45(3): 4-13. 池谷和信 2023. 『図説 焼畑の民ー五木村と世界をつなぐ』千里文化財団. 池谷和信・増野高司2023. ペルーアマゾンにおける先住民の村の焼畑と休閑地利用. 日本地理学会発表要旨集103: 210. 池谷和信ほか 2022. 討論 焼畑は環境破壊かー池谷和信・米家泰作・佐藤廉也』焼畑を再考する① 新たな焼畑像を探る―佐々木高明の研究を超えて. 季刊民族学46(3): 105-107. 佐々木高明 1970. 『熱帯の焼畑-その文化地理学的比較研究-』古今書院. 佐藤廉也 1999. 熱帯地域における焼畑研究の展開-生態的側面と歴史的文脈の接合を求めて. 人文地理51(4): 47-67. 佐藤廉也 2021. 英語圏における焼畑研究の動向に関するノート:2014-2021年の論文を中心に. 待兼山論叢 日本学篇55: 1-18. 福井勝義 1983. 焼畑農耕の普遍性と進化-民俗生態学的視点から-. 大林太良編『山民と海人-非平地民の生活と伝承』235-274.小学館.

  • 浅田 晴久, 村尾 るみこ, 佐藤 孝宏, ヴァッタ カマル
    セッションID: 319
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1. はじめに

     近年、デリー首都圏を含む北インドでは、大気汚染が深刻な社会問題となっている。大気汚染の指標となるPM2.5濃度は、10月から翌3月までの乾季の間、基準値を大幅に超過し、住民の日常生活に支障をきたすだけでなく、健康被害を引き起こしている。大気汚染の原因は、工場の排煙や車の排気ガス、砂塵、気象条件、ディワーリーの祭りの花火などあるが、特に10月下旬から11月に首都圏の大気質を極端に悪化させる要因として、近隣州で行われる農業残渣物の焼却(以下、野焼き)があげられる。

     デリー首都圏に近接するインド北西部、ハリヤーナー州とパンジャーブ州では、1960年代末に始まった「緑の革命」以降、稲とコムギの二毛作が確立されたが、コムギの藁が家畜の飼料用に利用される一方で、稲藁は利用価値が乏しく、1980年代に大型のコンバインハーベスターが導入されると、収穫後の耕地に刈り残された稲株を、コムギ播種前に除去するために野焼きが行われるようになった。半乾燥地帯における穀物二毛作は、地下水資源の枯渇を招くことになり、2009年にパンジャーブ州政府は6月10日以前の稲移植を禁止した。その結果、稲の栽培期間が後ろ倒しになり、稲の収穫からコムギの播種までの期間が短くなったことで、野焼きが急増する事態となった。

     農家に野焼きを止めさせるために、連邦政府・各州政府は、罰金付取り締まり、残渣物処理機械への補助金、稲以外の作物への転換など、さまざまな対策を講じてきた。しかし、野焼き発生源の特定は、主として人工衛星からの観測情報に頼っており、実際の発生件数・場所とは大きな差があることが既存研究で指摘されている。総合地球環境学研究所プロジェクト「大気浄化、公衆衛生および持続可能な農業を目指す学際研究(Aakash)」では、パンジャーブ州の野焼き削減方策を考えるために、農学、大気科学、公衆衛生学などの研究者が協力して、農家の社会経済的背景、野焼きと大気汚染の関係、大気汚染と健康被害の関係などを定量的・定性的に把握する研究を行っている。

    2.研究手法

     本研究では、パンジャーブ州における野焼きの比率・地域性を推定するために、2022年1月から2月にかけて実施した、村落レベルの質問票調査①の結果を紹介する。州内の全150ブロックから各2村を選定して(全315村)、村の農業事情に詳しい代表者から、過去2年間のカリフ季(稲作)・ラビ季(コムギ/ジャガイモ)の栽培状況、残渣物処分状況、農業労働力、農業機械所有数などを聞き取った。また、2020年8月から2021年1月に、全22県で実施した世帯レベルの質問票調査②の結果も参照する。発表者は、2022年10月と2023年8月に現地を訪問し、農家より聞き取り調査を実施した。

    3.結果

     質問票調査①で得られた、稲の作付面積から、燃やさずに播いたコムギの作付面積を差し引きすることで全315村の野焼き面積を推計したところ、パンジャーブ州内で明確な地域差がみられた。州北東部のDoaba地方では、農家世帯が少なく、稲作付面積も小さいことから、野焼き比率はもっとも低くなっており、州北西部のMajha地方は、農家世帯は多いものの、輸出用に手刈りで収穫されるバスマティ稲の作付比率が高いことから、野焼き比率は中程度にとどまっている。州南部のMalwa地方で特に野焼き比率が高くなっているが、この地域では稲の収穫日が遅く、コムギの播種までの日数がほとんどないことが明らかになった。質問調査②から、当該地域では、カリフ季の稲、ラビ季のコムギともに、高い単収を得るために栽培期間が長くなる晩生品種が栽培されており、収益の最大化を志向する農家の品種選択が野焼きを引き起こす原因であることが示唆された。また、現地での聞き取り調査からは、不安定な気象状況、残渣物処理機械の利用可能性、品種の入手可能性など、多くの要素が稲収穫からコムギ播種までの作業日数を左右しており、選択肢が少ない農家が野焼きせざるを得ない状況に置かれていることも分かってきた。

  • 大分県佐伯市船頭町・大手前地区の変容について
    中澤 高志
    セッションID: 621
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    Ⅰ はじめに 定量的データを客観的に分析する限り,地方都市の多くが人口減少と地域経済の衰退に直面していることは事実であり,そこから目を背けることはできない.大分県佐伯市もまた,客観的には自律性に乏しい地域経済を抱えた「消滅可能性都市」である.しかし,佐伯に暮らす人々が学問に望んでいるのは,解決策を提示することなしにそのような冷徹な事実を突きつけることではない. 報告者はこの5年ほど,大分県佐伯市において多くの人と交流して話を聞き,「小さな物語」を集めてきた.フィールドワークをしてみれると,佐伯の人々が主観的に抱く生活上の「幸せ」や「楽しさ」と,データが描く現実との間に,大きなギャップがあることに気付く.一つ一つは個人的な経験であり,多分に主観的に語られる「小さな物語」を集めてみると,それらが絡み合って「まちの物語」となり,数字が抱かせる印象とは異なる現実が見えてきたり,まちが持っている可能性が浮かんできたりするのである. 本報告では,佐伯市船頭町・大手町地区に暮らすキーパーソンおよびその周辺の関係性と日常が,まちの変容として表出してくるプロセスを紹介する.それは,他地域に移転可能な政策パッケージを教えてはくれないが,いま・ここでの暮らしをよりよくしようと一歩踏み出そうとする人に希望を与えてくれると期待している. Ⅱ 胎動期 船頭町・大手前地区は,佐伯市の中心市街地の南端に位置し,デパート「寿屋」を中心に賑わっていた.しかし2002年の寿屋の閉店によって,地区は壊滅的な打撃を受けた.寿屋の跡地は,佐伯市による再開発事業の核としてその利活用が検討されたが,利害調整がうまくいかず,10年以上空き地のまま放置されることになる. キーパーソンの1人であるGさんは,合併によって現佐伯市が誕生した2005年に帰郷して市役所に入庁し,しばらくして若者が魅力を感じるまちづくりをする団体として「佐伯盛上隊」を結成する.佐伯盛上隊は,寿屋の跡地を借りて2009年から3回にわたって夏にフェスティバルを開催した.この頃は市の再開発事業計画(結果的には頓挫する)が固まりつつあり,Gさんは再開発用地を若者が同じ規模感でどう使えるかを試してみたいと思っていたという. 船頭町の北を東西に走る京町通りでは,交付金による環境整備事業が行われることになり,これが京町通りの住民や商店主に意思疎通を促すきっかけとなる.この事業は,「京町通りまちづくりの会」の契機にもなり,若いキーパーソンたちが年長の商店主との良好な関係の下でまちづくり活動を進める足場固めの意味があった. 同じころ,京町通りの糀屋本店が発火点となって全国的な塩麹ブームが起こった. 2010年には,Kさんが市役所に入庁,Zさんが帰郷(後にコンサルタントとして独立)し,船頭町のまちづくりは大きな推進力を得ることとなる. Ⅲ 開花するまちづくり 市役所の同僚となったGさんとKさんが,2015年にDOCREというまちづくりユニットを結成したことで,まちづくりは開花期へと移行する.2人がまず実践したのは,空き店舗が目立つ船頭町の物件をリノベートしてそこに住まう事であった.ほぼ時を同じくして,ZさんもGさんの隣の空き物件を購入し,リノベートして移り住んだ. 3人は,船頭マチイチというマルシェ形式のイベントを仕掛けていった.店舗や住まいの一角を借りてマーケットを開くことで,賑わいがあったかつての船頭町の日常を,1日限りでも取り戻そうと考えたのである. その後,DOCREの2人は「角と平と。」というイベントを月1回始めた. 季節ごと3カ月に1日のマチイチよりもカジュアルなイベントをより高い頻度で続けていくことで,行きかう人の姿がある船頭町を,日常の風景に近づけていくことを目指している. リノベーションは関係性を構築する契機にもなり,地域おこし協力隊員などを巻き込みながら,次第に周囲に波及していった.佐伯市も,リノベーションの波に呼応する動きを見せ,中心市街地の空き家・店舗を活用し,交流人口や賑わいの創出につながる新規事業に対して補助金を出す事業を始めた.これらに呼応するように,凍結されていた寿屋跡地の再開発も動き始め,2020年にはさいき城山桜ホールが竣工した.オープンスペースに囲まれた桜ホールには,いつも人の出入りがあり,名実ともに新しいまちの顔となった. Ⅳ 省察  本報告の内容は,「良い日常からよい都市が生まれる」とする武者(2020)の「人文学的アーバニズム」と関連付けられよう.また,「表出する関係性と日常」という認識は,集団の関係性(人倫的組織)が表出したものとして景観を捉える和辻哲郎の風土論(和辻2007)とも接点を持つ.時間が許せば,こうした理論的展開の可能性についても論じたい.

  • 神品 芳孝
    セッションID: P005
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1. はじめに

    日本の平野部のうち風の強い地域では風よけとして屋敷林が利用されてきたが,農家の生活スタイルにおいて必ずしも必要としないものであり,所有者のなかには邪魔なものだという意識さえ出始めている(三浦 1995)。屋敷林は持ち主によって伐採される事例が増え,その数を減らしている。

    かつて気候学では,強風対策として屋敷林が仕立てられたとみなし,「屋敷林の配置を分析し,集落周辺の卓越風を調査する」という研究が主に実施されていた。しかし,1990年代以降は「屋敷林が存在することで周辺の気象・気候に与える影響を調査する」という目的の研究が実施されるようになった。これらの研究のうち,屋敷林による防風効果を調査した先行研究では,観測された風速は最大で7m/s程度であった(橋本ほか, 2010,佐藤ほか, 2015,神品, 2023)。屋敷林の用途として防風を挙げるのであれば,生活に不便をきたす強さの風が吹走した際にその効果を発揮することが予想される。気象庁では,風速が10m/s以上15m/s未満の風を「やや強い風」と定義している。これを踏まえて,風速が10m/s程度の風が吹走した際の集落スケールでの風の挙動について気象観測を行う必要があるのではないか。

    本研究では埼玉県上里町,本庄市の集村集落を事例にとる。風速が10m/s程度の強風が吹走した際の集落内での風の挙動について気象観測を行い,現在でも残る屋敷林や樹林地のもつ防風効果について明らかすることを試みた。

    2. 調査方法

    2023年1月24日から25日にかけて,寒気の流入に伴い冬型の気圧配置が強まった。日本海側では大雪となり,調査地付近は強風が吹走していた。24日0時から25日24時までに調査集落から最も近い気象庁観測所である伊勢崎アメダス観測所にて観測された風速を調べると,1月24日15時から20時,24日22時から25日0時,25日12時と13時に風力階級5(風速8.0m/s)以上の最大風速が観測された。

    2023年1月24日19:30と25日13:00に埼玉県上里町の西金久保集落,24日18:00と25日11:30に埼玉県本庄市の都島集落のそれぞれ17地点において気温,風向風速を観測した。集落内の各観測地点は5分ごとにまわった。

    3. 調査結果

    上里町の西金久保集落の観測では,集落外にて最大で風力階級4~5の風を記録した。集落内の風は低減されており,なかでも集落全体を覆う大規模な屋敷林の風下側では風力階級が1にまで低減されている地点もみられた。

    本庄市の都島集落の観測では,集落外にて最大で風力階級5~6の風を記録した。集落内の風は低減されていたが,屋敷林の風下側よりも,周囲を建物やブロック塀に囲まれた地点の方がより低減されていた。

    上里町の西金久保集落と本庄市の都島集落の観測結果を比較すると,西金久保集落の方が風が低減されていた。西金久保集落の屋敷林は風上側で集落全体を覆っており,より高い防風効果を発揮したものと思われる。一方で都島集落の屋敷林は多くが伐採されている。屋敷林が伐採された集落内では,残存している集落よりも風が強まる可能性が示唆された。

    文献

    神品芳孝 2023. 関東平野北西部の集村集落における屋敷林の変化. 地学雑誌 132: 197-216.

    佐藤布武・橋本剛・豊川尚・石井仁 2015. 季節風と洪水に備えた伝統集落の集落構成原理と屋敷森の防風効果. 日本生気象学会雑誌 52: 185-197.

    橋本 剛, 鈴木 健次, 長野 和雄, 石井 仁, 兼子 朋也, 堀越 哲美 2010. 冬季における連続した屋敷森が集落気候形成に及ぼす影響. 日本建築学会環境系論文集 75: 907-913.

    三浦修 1995. 二次植生の保護と保全―屋敷林景観を保全するために―. 季刊地理学 47: 216-220.

  • 大西 健太
    セッションID: 219
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    国内外問わず,創造産業やコンテンツ産業といったクリエイティブな産業は大都市に集積していることが指摘されてきた.日本においても,アニメーション産業やビデオゲーム産業は大都市である東京都に産業集積を形成している.本発表で扱うアニメーション産業も東京都に85%が集中しており,都内の制作会社の数は2020年時点で692社に及ぶ.東京都の制作会社数は増加傾向にある一方,全国の制作会社数に占める割合は減少傾向にある.これは,アニメーション産業の地方進出を示しており,地方圏においてもアニメーション制作ができる環境が形成されるようになったといえる.

     アニメーション制作会社の地方進出に関する研究の蓄積は未だに浅い.現段階で地方に進出している企業に関する学術的な分析は,今後の地方圏における産業誘致策やアニメーション制作会社の立ち上げに大きな意義をもたらすと考えられる.以上のことから,本研究では地方圏に立地するアニメーション制作会社の取引ネットワークや成立過程,地域とのつながり等に着目し,現時点での地方でのアニメーション制作の現状を整理することを目的とする.本研究はアニメーション制作に関連する企業や団体・個人に対する聞き取り調査をもとに分析・考察を行った.

     課題を整理すると,地方で制作を続ける上で問題になってくるのは,取引ネットワークの構築と市場の確保であった.取引ネットワークが構築されていなければ,仕事を請けることも発注することもできない.また,地方において市場が確保されていなければ,東京の制作会社の下請けとしての機能が大きくなり,地方で制作を行うメリットが薄れてしまう.これらの二つの問題を解消することが,地方での制作を持続的に行うために必要な要素である.

     なお本発表は,地方におけるアニメーション制作現場に関する調査の経過報告であり,あくまで事例に過ぎない.今後調査をさらに進め,地方進出が進むアニメーション産業の全体像の把握に努めていく.

  • 加藤 寛樹
    セッションID: 332
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    Ⅰ はじめに

     明治期以降に輸出産業として隆盛を誇った蚕糸業は,第二次世界大戦後もしばらくの間勢いを保ち,昭和40年代までは器械製糸工場や養蚕農家が全国に広域的に所在していた.しかし昭和50年代以降,絹需要の減少の影響を強く受けたことにより著しく衰退した.近年は織物以外にもバイオケミカル分野でシルクが再評価され,高品質な国産生糸を再評価する流れも出てきたが,足下で蚕糸業を支える養蚕農家や製糸工場は,経営を安定的に続けていく上で,高齢化による後継者問題や収益の維持など多くの課題を抱えていると考えられる.

     本研究では,研究の中核をなす2022年10月に群馬県富岡市で実施した蚕糸業に携わる主体へのインタビュー調査の内容を報告し,現在の蚕糸業の存立基盤や課題を明らかにした上で,今後日本国内で蚕糸業が存立し新たな展開を遂げていく可能性について考察を行う.

    Ⅱ インタビュー調査の概要

     本研究では,富岡市の協力のもと,2015年に新規就農した養蚕農家(以下A氏),古くから養蚕を続けてきた農家(以下B氏),富岡ブランドのシルクの販売促進に取り組む一般社団法人富岡シルク推進機構,シルクを原料とした化粧品の製造・販売を主事業として手掛け,2016年から企業養蚕にも取り組む株式会社絹工房,群馬県内で唯一現在も稼働中で,全国の年間生糸生産高の60%を占める碓氷製糸にお話を伺った.

    Ⅲ 現在の蚕糸業の存立基盤

     A氏,B氏はいずれも,養蚕を行わない冬季を中心に他の作物を栽培している.A氏は養蚕が終了した12月に下仁田ネギ・長ネギの栽培を行い,B氏は養蚕の他に,タマネギ・シイタケの栽培,稲作を行う.富岡市内の養蚕農家のほとんどが複合経営農家である.

     現在も養蚕を続けている農家は養蚕や蚕糸業文化そのものに対して熱意を持っているため,収入が少なく収益性に劣るとしてもあくまで春から秋は養蚕を行うことを前提として作業暦を組む.これは,阿部(1961)や大迫(1961)らの論文で語られていた「自給的作物の栽培を前提に,さらなる収益確保のために経済性や労働配分の兼ね合いを考慮した上で,養蚕の導入が検討される」という1960年代の養蚕に対する考え方からは大きく乖離している.養蚕の文化的価値が改めて見直されてきたことが経済性や労働配分の考え方と矛盾する状況を創り出している.

     養蚕農家の経営収支についてもA氏からお話を伺った.養蚕では電気代,灯油代,人件費,蚕種費を差し引くと粗収益(販売額)のおよそ7割が手元に残る.長ネギに関しては農協手数料の負担が大きく,他にも苗代,肥料代,農薬代などが経費として支出されることで,手元に残るのは粗収益の約6割となっている. 建物費や農蚕具費などの固定費支出は,大日本蚕糸会や群馬県,富岡市が提供する補助金制度により減少しており,補助金の恩恵を受けつつ他作物との複合経営を行うことで養蚕農家が経営を維持している.

    Ⅳ 現在の蚕糸業が抱える課題

     養蚕農家が抱える課題としては,繁忙期における人手の確保,養蚕を行っていない近隣農家による薬害の発生,新規就農者の育成,養蚕農家同士が繋がるコミュニティの形成などが挙げられる.絹製品やシルク関連製品の販売を行う企業は企業規模が小さいため大きな宣伝を打てないことが課題として挙げられる.

     しかし最大の課題は蚕糸業そのものが「1980年代以降続く根本的な構造不況」と「需要減少による繭余り」という深刻な課題を長年克服できずにいることだ.最終製品である着物が洋装化の進展や不景気の影響で売れなくなった結果,サプライチェーン上流に位置する蚕糸業への利益還元も大きく減少し,養蚕農家や製糸会社の廃業により蚕糸業の規模が縮小していく悪循環に陥ってしまい,現在でもそこから抜け出せずにいる.絹・繭需要の創出は今後の蚕糸業の存続に関わるため急務である.

    Ⅴ 蚕糸業は産業として存続可能なのか?

     蚕糸業と類似した事例として,新井・永田(2006)が研究対象とした沖縄県石垣島のパイン生産が挙げられる.石垣島のパイン産業は加工工場停止により加工用生産から生果用生産に切り替えることを余儀なくされたという事情はあるものの,加工用として用途を切り替え,高品質の生果用パインを生産するための適応的技術変化を行ったことで活力を取り戻した. 本発表ではこの新井・永田(2006)の研究を参考にしつつ,現在危機的な状況に置かれている蚕糸業がパイン生産と同様に技術革新や繭需要の創出,後者は言い換えれば新たな用途への転換によって再生可能か,あるいは新しい形態の産業へと生まれ変わっていくのかについて議論する.

  • 高波 紳太郎
    セッションID: P013
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    九州の大野川流域では,阿蘇4火砕流(9万年前)堆積後の溶結部における河川侵食を反映した遷急点(滝)群および段丘地形が発達している.沈堕滝(雄滝)は大野川で最も下流側の遷急点であり,阿蘇4火砕流堆積物溶結部(A4w)の分布限界である大分市竹中付近に形成された後,現在までに32 kmの流路を後退してきたと考えられる.沈堕滝の下流側には侵食段丘が両岸で連続的に存在し,それらの段丘崖の高さ(約20 m)はA4wの層厚とよく対応する.滝の後退とともに段丘の形成が進行することが示されれば,阿蘇4火砕流堆積後の開析過程を高い時間分解能で明らかにできる.本発表では沈堕滝から下流側2 kmの範囲における段丘堆積物調査の経過を報告する.

     沈堕滝の2 km下流には標高120m前後の段丘面があり,岩戸遺跡の発掘調査時に姶良AT火山灰が確認されている(町田 1980).この地点と沈堕滝の間には幅50 mほどの細長い段丘面がいくつか認められる(酒井ほか 1993)が,形成時期は不明である.今回はこのうち大野橋から佐渕川合流点までの左岸(大野町矢田字沈堕,地点a)と,徳尾公民館西隣(大野町小倉木字中津留,地点b)の2つの段丘を対象とした.また,段丘面やA4wよりも低い平坦地(佐渕川左岸側)でも同様の調査を実施した.掘削にあたり,支流の影響や農地改良による改変が小さいと思われる地点を選定した.

     現地調査は2023年3月7日から10日までの間,9地点で長さ1.5 mの検土杖を用いて各地点を掘削し,深度別に堆積物を採取した.試料については土色計(コニカミノルタSPAD-503)で10回ずつ測定し平均をマンセル表色法で示した.さらに一部を椀がけ法で洗浄して乾燥させ,実体顕微鏡で構成粒子を観察した.

     いずれの地点でも共通した層構造がみられた.地表から順に耕作土,火山灰質黒色土,火山灰まじり粘土で,段丘面上の地点aではA4wとの境界に到達した.耕作土の直下は黒ボク土で,下位の粘土層は円摩された細礫をわずかに有する河川堆積物であった.どちらもバブルウォール型火山ガラスを含むが,純粋なテフラ層は認められなかった.

     河川堆積物が層厚1 m未満の黒ボク土に覆われていて,鬼界アカホヤ火山灰層がみられないことから,調査対象の段丘は同火山灰堆積後(7300年前以降)に形成されたと考えられる.今後は右岸側の調査や火山ガラスの化学分析を進め,沈堕滝の位置推定に必要な段丘の情報を得る予定である.

  • 井上 孝, 井上 希
    セッションID: 312
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.背景

     日本の高齢化率は2015年に26.0%に達し,2050年には38.0%まで上昇する見込みである。こうした日本の将来の人口変動を空間的視点から議論した研究は,都道府県別や市区町村別については多数存在する。しかし,近代化以降の日本の人口変動が鉄道網の配置に大きく影響を受けてきたにもかかわらず,鉄道沿線の将来推計人口に関する論考は少ない。とくに,大都市圏から放射状に延びる鉄道沿線の将来の人口変動は,当該都市圏の郊外化とその帰結を端的に表すと考えられるが,管見ではこれに関する包括的な論考は皆無である。

    2.目的

     東京西郊に基盤を有する私鉄は,池袋,新宿,渋谷の新都心または副都心をターミナルとした路線を中心に発展してきた。これらの路線の沿線住民は,池袋,新宿,渋谷の3都心において各種の財やサービスの供給を受けている場合が多い。すなわち,これらの路線は,単に通勤・通学路線としてだけでなく,3都心とその後背地を結ぶ役割をも担ってきたと考えられ,比較的類似した成立基盤を有すると考えられる。そこで,本研究では東京西郊の3都心をターミナルとする私鉄沿線に着目し,その将来推計人口の時空間分析を行うことを目的とする。

    3.対象地域とデータ

     本研究では,上述の3都心をターミナルとする路線長20km以上の6路線(東武東上線・西武池袋線・京王本線・小田急小田原線・東急田園都市線・東急東横線)を対象とする。また,これらの沿線の人口変動を空間的視点から論じるために,ターミナルからの距離および各駅からの距離に着目する。各駅からの距離については,駅勢圏の考え方を導入することによって論じる。一方,駅勢圏別の将来の人口変動を論じるためには,小地域別の将来人口推計のデータを組み替えて分析する必要があるが,この点に関しては筆頭著者である井上(2018)が開発した「小地域別将来人口推計システム」のデータを用いる。このシステムでは,2020~2065年における小地域(町丁・字)別の男女5歳階級別推計人口が得られる。これに加えて,2015年国勢調査の小地域別の男女5歳階級別人口を用いる。

    4.分析手法

     分析対象とするのは,前述の6路線において近郊区間として扱われている全駅の駅勢圏である。駅勢圏については各駅から800m圏内とし,こうして画定された駅勢圏を,駅から400m以内と400-800mの2つの帯域に分割して駅別帯域別人口を算出する。さらに、この人口に基づいて,駅別帯域別に,人口密度,人口成長指数,高齢化率,20-39歳女子人口密度の4指標を求める。本研究では,こうして得られた駅勢圏別の指標を対象としてクラスター分析ならびに重回帰分析を実施する。

    5.分析結果

     時空間分析の結果,2015年の人口密度が相対的に高いグループは,2040年にかけて人口密度が上昇し,その後低下することがわかった。また,2015~65年高齢化率の変化量に対して,2015年の人口密度や高齢化率が負の効果,ターミナルからの距離が正の効果を与えることがわかった。

    参考文献

    井上 孝 2018.「全国小地域別将来人口推計システム」正規版の公開について.E-journal GEO 13: 87-100.

  • 土屋 日菜, 松山 洋
    セッションID: 421
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    近年,線状降水帯の発生により洪水や河川の氾濫,土砂災害などが発生し,多くの被害が出ている.気象庁では2021年6月より「顕著な大雨に関する気象情報」の発表を開始した.本研究では発表基準の一つである長軸・短軸比2.5以上という値に着目した.先行研究であるHirockawa et al.(2020,JMSJ)では,3時間積算降水量を用いて80㎜/3hのオーバーラップ率50%の期間と範囲を求め,強雨域を0度から180度まで1度ごと時計回りに回転し,強雨域の長さが最長,最短となる値を抽出し,それぞれ長軸,短軸としている.そこで本研究では,対象事例を平成29年7月九州北部豪雨と,2021・2022年に顕著な大雨に関する気象情報が発表された全30事例とし,地球統計学的手法であるバリオグラムを用いて長軸・短軸比を求めた.その結果,平成29年7月九州北部豪雨に関しては,先行研究では長軸・短軸比3.96だったのに対し,バリオグラムを用いた本研究では2.69となった.また顕著な大雨に関する気象情報の発表があった事例に関しては,長軸・短軸比の平均が2.19となり,2.5を超える値をとる事例は5事例のみという結果となった.長軸・短軸比の値が小さい理由として,対象範囲内の別の雨域によるものだと考えている.今後は対象範囲の更なる検討を行う.

  • 気温や暑さ指数の観測データからの一考察
    大和 広明
    セッションID: P003
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    はじめに

    埼玉県は,北部に位置する熊谷地方気象台で日本最高気温である41.1℃を記録したとおり,夏の暑さが厳しい県である。そのため,2022年の熱中症による救急搬送者数は東京都に次いで第二位の多さであった。 埼玉県では,夏季の南風が卓越し最高気温が高くなるときに,海からの冷気移流のため県南部が北部にかけて順に気温が低下することから,県内の気温の日変化パターンに地域性があるため,熱中症による救急搬送者数に地域性があると考えられる。 そこで本発表では,埼玉県内の救急搬送者数の地域性についてその実態把握を行い,その地域性をもたらす要因として、気温や暑さ指数(WBGT)の観測データに着目して考察した結果について報告する。

    埼玉県内における熱中症の救急搬送者数の地域性

    埼玉県内における救急搬送者数データは,県内27消防本部ごとに存在し,そのデータを県消防課が収集したデータを解析に使用した。解析に使用したデータは搬送者ごとに,搬送救急車の所属消防本部,年齢(1歳間隔),性別,重症度(軽症、中等症、重症),搬送日時(1時間間隔),発生場所(住宅、仕事場、公衆出入場所、道路、その他)の項目がある。データの期間は,2016年〜2021年の5年間の5〜9月である。本発表では,性別と時間以外の項目を使用して解析した結果を示す。 救急搬送者数の県内の地域性を把握するために,消防本部が管轄する市町村の2020年国勢調査の人口データを元に,10万人当たりの搬送者数を計算した。全年齢の10万人当たりの搬送者数は,東京23区に隣接する県南東部の消防本部で低く,県北西部ほど多い傾向の分布であったが,最も搬送者数が多い地域は県中央部の比企丘陵に位置する消防本部であった。多い地域は少ない地域の約2.5倍の搬送者数であった。次いで,秩父や深谷・本庄地域で多い傾向であった。年齢別の救急搬送者数は,10〜22歳の若年層と65歳以上の高齢層で多い傾向があったため,この2つの年齢層の10万人当たりの搬送者数を算出した。その結果,若年層では全年齢と同様に,東京23区に隣接する県南東部で少なく北西部と秩父で多い傾向であった。しかし県南東部でも局所的に多い消防本部があることが全年齢と異なる傾向であった。高齢層では,県中央部の比企丘陵や深谷・本庄地域で多い傾向であった。発生場所(屋内と屋外)ごとの10万人当たりの搬送者数は,若年層と高齢層ともに屋外では県南部ほど少なく,北西部ほど多い傾向であったのに対し,屋内では両年齢層ともに県中央部の比企丘陵で最も多い傾向であった。

    気温や暑さ指数の観測データからの考察

    県内約60地点で観測した百葉箱の観測データ及び2022年7~9月に環境科学国際センターが開発した暑さ指数計の観測データから県内の夏季の気温と暑さ指数の分布を解析した。 熱中症の救急搬送者数と相関が良い,日最高気温の分布は県南東部の江戸川沿いと秩父地域で低いほかは埼玉県内のどの地域も約1℃以内で気温が高い地域であった。期間中の35℃以上の観測時間数は、日最高気温が低い地域で短く、高い地域では県北部ほど長い傾向であった。日最高暑さ指数は県中部で高い傾向であったが,日最高気温が低い地域以外では値に大きな差異は見られなかった。 熱中症の救急搬送者数の地域性は,屋外での搬送者数は35℃以上の観測時間数の分布と整合性が高いのに対し,屋内での搬送者数と気温や暑さ指数の日最高値の分布との整合性は良くなかった。

  • 横浜市の保護猫カフェ来店客の分析を通して
    中川 紗智
    セッションID: 517
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    Ⅰ.研究の背景と目的

    動物の保護活動において,地域住民が参加することの重要性が指摘されている(毛・淺野 2019).そして参加する地域住民の視点から考えると,対象となる動物を保護したいという「保護意識」と,それ以外の「付加価値」の両方が存在すると考えられる.「付加価値」とは,対象動物を見たいとか触れ合いたいといった,「保護意識」とは異なる意識である.これらの両方が活動への参加意欲を引き起こすと考えられる.加えて動物の保護活動においては,活動の持続性が重要である.特に野良猫は,その居場所が人間社会と重なっていることもあり,地域住民が積極的に個体数の管理や新たな飼い主を見つける譲渡活動などを継続して行っていく必要がある.

    以上のことから本研究では,猫の保護活動参加者を取り上げ,その「保護意識」とそれ以外の「付加価値」の両面を分析することで,猫の保護活動の持続性について考察する.保護猫カフェに来店し入場料・飲食料を支払うことで,保護猫カフェという猫の保護と譲渡の場の維持に貢献することになる.そのため保護猫カフェへの来店は,猫の保護活動への参加ということができる.事例として横浜市の保護猫カフェの来店客を取り上げる.研究の手法としては,横浜市の保護猫カフェ1店舗において来店客にアンケート用紙を配布した.期間は2023年5月18日〜31日で,この間の来店客数は347人,アンケート回答者は239人(回答率69%)である.

    Ⅱ.保護猫カフェ来店客の特徴

    1)来店客全体の特徴

     横浜市内居住者が多く,地域住民による保護活動への参加と言える.男女比は男性4:女性6,年齢は未就学児から60歳代まで,職業は会社員や学生が多く,幅広い属性の人々が来店している.

    2)類型ごとの特徴

    来店客の「保護意識」とそれ以外の「付加価値」の両面を分析するため,2つの指標に基づいて類型分けした.1つ目は保護猫カフェへの来店にあたって保護猫や猫の保護活動への意識(「保護意識」)があったのか,それともそれ以外の猫と触れ合いたいなどといった意識(「付加価値」)のみで来店したのかという点,2つ目は初来店の客か2回以上来店しているリピーターかという点である.結果以下のような特徴が見出された.

    ・類型A(63人):保護意識はなく,猫が好き,猫と触れ合いたいという目的で保護猫カフェに初来店した20歳代を中心とした男女.ただし今回の来店によって保護猫への興味がわいたという人が95%を占める.

    ・類型B(23人):元々保護猫や猫の保護活動への意識が高く,保護猫カフェを,猫の保護活動を行う場として意識して初来店した人々.30歳代の女性が多い.今後保護猫の譲渡を受けたいという人が3割以上を占める.

    ・類型C(61人):保護活動と意識せずに保護猫カフェに来店しているリピーター.20歳代と40歳代以上の男性が多い.

    ・類型D(91人):猫の保護活動全般に対して関心が高く,実際に活動もしていて,さらに保護猫カフェへの来店も保護活動と意識して通っているリピーター.30歳代の女性が多い.

    Ⅲ.考察

    保護猫カフェにおける猫の保護・譲渡活動への来店客の貢献としては,まずは入場料・飲食料を支払うことによる猫の保護活動の場の維持が挙げられる.これには類型Aを中心とした「付加価値」のみに価値を見出して来店した客であっても等しく貢献している.さらに「付加価値」に惹かれて来店した人であっても,保護の現場に触れることによって「保護意識」が喚起されることがわかった.加えて元々「保護意識」を持つ人々は今後保護猫の譲渡を受ける可能性が高く,より直接的に保護活動に貢献している.

    本研究により,「保護意識」を持つ人も,それ以外の「付加価値」のみに価値を見出す人も,いずれも動物の保護活動において欠かすことのできない存在であることが明らかとなった.動物の保護活動においては「付加価値」のみに価値を見出す人々を含む,できるだけ多くの地域住民が参入できるよう,間口を広げることが活動の持続性において重要であると言える.

    <参考文献>

    毛 慧敏・淺野敏久 2019.東広島市豊栄町におけるオオサンショウウオ保護活動への住民参加の可能性と課題. 広島大学総合博物館研究報告. 11: 39-54.

  • Xue-Min Lu, Che-Min Lin, Shu-Hsien Chao
    セッションID: P020
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    Due to locating on the convergent boundary between the Eurasian Plate and the Philippine Sea Plate, numerous earthquakes occurred in Taiwan every year. Some significant earthquake events caused severe damage and had great impact on Taiwan society. With the task of emergency response after an earthquake occurred, The National Center for Research on Earthquake Engineering (NCREE) developed a ground-motion prediction equation (GMPE) based shaking map generating algorithm with high resolution and accuracy to assess the seismic intensity. In addition, combining with geospatial techniques, a web GIS based system was built and opened.

  • 「被災地」陸前高田の場所再構築と地理学(4)
    杉江 あい, 山本 晴奈
    セッションID: 516
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    本発表は,東日本大震災後の陸前高田において(再)構築された哀悼の場所における人びとの実践を,2018年から断続的におこなっている現地調査と文献調査をもとに明らかにすることを通じて,被災者にアプローチする方法論的問題を議論する.本発表の議論は,近年英語圏の地理学で進められている,非表象理論や物質論における言語や表象の再検討(Daya 2019; Medby 2021)にもつながる.

    「被災者」の定型化された語り

    苦難にある人びとの語りはしばしば定型化される。メディアから「被災者」に向けられたインタビューに対する「申し訳ありません。家族も家も無事だったんです」(竹内2016)という回答は,自己を「被災者」でないと規定する人びとが周囲の「被災者」や,「悲惨」な語りを期待するメディアを前にして,自らの経験を語れなかったことを示している.震災後10年が経過してようやく定型化された「被災者」の語りを相対化し,1人1人の語りに光を当てる試みが見られるようになった(瀬尾2022)。他方で,近年の地理学や隣接分野では,身体やモノを通じて発露する感情やつながりが注目されるようになり(中島2014,2019),「大きな物語」に回収されやすい語りよりも,行為や感情,情動こそが,他者の苦難や恐怖に対する想像力を喚起することが議論されている(杉江2021).それでは,語りを通じた被災者へのアプローチは,1人1人の経験や感情を矮小化ないし抑圧し,記号化された「被災者」という他者表象を再生産することにつながってしまうのだろうか.本発表で検討する陸前高田における2つの場所の事例は,必ずしもそうではないことを示唆している.

    語れない人びとのための哀悼の場所

    震災後の数年間,陸前高田では家族を失った人たちですら語れない,感情のはけ口がない状況だった.それは,周りのほとんどの人が家族や親しい人を失っている中で,自分だけつらい気持ちを打ち明けることはできない,あるいは生活再建に追われる日々が続いたなど,理由はさまざまであるが,震災で失った人の死と,自らの感情に向き合う哀悼の場所がなかったというのも一因である.津波で流された市街地跡の更地は,震災前の生活の痕跡や死者とつながることができる場所だった(瀬尾2021).しかし,高田町や気仙町今泉地区では10~12mの嵩上げが国の復興事業として実施され,そうした場所さえも失われることになった(熊谷2022).こうした中で,陸前高田では私・共のレベルで大切な人を失った経験や感情を吐露できる哀悼の場所が(再)構築されていった.本発表で取り上げる事例は,米崎町の普門寺と,広田町の森の小舎である.

    言語的・非言語的実践を通じた感情とつながりの発露

    普門寺では,この地域において歴史的に災害後の被災者供養として行われてきた五百羅漢像を作成するプロジェクトが,アートセラピストであり心理学博士である佐藤氏の発案で行われた.犠牲者の遺族とともに全国から集まった参加者たちは,弾力性のある石を彫る行為を通じて,悲しみや怒りを石に打ち込んだ.さらに,五百羅漢像の開眼法要を通じて,石像にぶつけた悲しみや想いが浄化される形となった(佐藤2021).ここで注目されるのは,五百羅漢像の作成が,プロジェクト実施者や普門寺住職,参加者同士が互いに語り合い,自らの経験や感情を他者とともに言葉に紡ぎ,共有ないし分有する契機となったことである. 森の小舎では,そこでカフェを営んでいた赤川氏が,大切な人を失った人たちがその悲しみを語れる場所がなかったことから,そうした人たちが亡き人に向けて書いた手紙を受け取る漂流ポストを設置した.同ポストを訪れる人たちが決まってポストをなでながら亡き人に語りかける様子を見てきた赤川氏は,ポストの横になでやすい形状をした石碑を建て,手紙によく書かれている「あいたい」「抱きしめたい」という言葉を刻んだ.また,ポストに届いた手紙は基本的に森の小舎で誰でも読むことができる.それは,手紙を読んだ人が「自分と同じ気持ちだ」という感覚を持てるように,という赤川氏の願いからであった. これらの場所では,言語的実践と非言語的実践が互いを喚起し,人びとの経験や感情がモノだけでなく,言葉を通じても吐露され共有ないし分有されていた.このことは,そうした人びとに孤独な悲しみからの解放と連帯感をもたらしていた.本発表の事例は,語り,モノ,感情のいずれかではなく,相互の絡まり合いを見ることの重要性を示している.この絡まり合いに着目することで,私たちは被災者に対する想像力をより豊かにすることができるだろう.

  • 浦山 佳恵
    セッションID: P041
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    日本で「半自然草地」という言葉を初めて用いたのは沼田(1969)である。完新世以降の日本の温暖で湿潤な気候下では,ほとんどの場所は何らかの攪乱がない限り森林へと遷移する。そうしたなか本来森林となる場所で,人の火入れ・放牧・刈取りによって維持されている草地を半自然草地という。火は世界中で半自然草地を維持するために利用されてきた。近年アジアやアフリカでは焼畑,過放牧,プランテーション等よる森林荒廃,草地化が問題となっている。一方でヨーロッパや東アジアでは伝統的な草地利用の中止や変更に伴う生物多様性の減少が課題となっている。近世以降の日本の農山村では肥料,牛馬の飼料,屋根用茅等として草が大量に採取され,集落周辺には広大な草地が広がっていた。牛馬は運搬や農耕の他,厩肥を生産するために盛んに飼育されていた。近世には金肥も普及したが,山地では依然として草肥が主で近世末には“はげ山”景観がみられた地域もあった。しかし戦後の燃料革命により化学肥料やトタン屋根が普及し,農業の機械化がすすむと草地利用は著しく減少し,現在半自然草地はほとんどみられなくなった。そうしたなか草原性の生き物の中には著しく数を減らすものも出てきた。1990 年頃から国や都道府県等によって絶滅の危機に瀕する生き物をリストアップするレッドリストが作成され,これにより植物や昆虫のレッドリスト掲載種の多くを草原性の種が占めていることが明らかとなった。現在の半自然草地は希少な生き物が生育する場としての価値も有するようになり,各地で草地保全活動が行われている。日本で減少している草本植物の中には東アジアの草甸の植物と共通するものが多いことから,それらは氷期に日本列島に渡ってきて完新世以降は里山や草地,河原等をレフュジアとして生き残ってきたと考えられている。近年減少している昆虫類もまた半自然草地を生息地として生き延びてきたと考えられている。そして希少種が生息する草地の多くが黒ボク土であることから,半自然草地は縄文以降の人の継続的な火入れにより維持されてきたと推測されている。黒ボク土は火山周辺等でみられる土壌であるが,古くから人の草地への火入れが成因ではないかと考えられていた。阪口(1987)は関東地方の縄文期の堆積物に大量に含まれていた黒い灰を台地上での人の火入れに由来すると考え,ローム層を厚く覆う黒ボク土との深い関わりを類推した。その後,黒ボク土は1 ㎜に満たない炭(微粒炭)を多く含むこと,微粒炭の起源となった植物はススキ等の草本が多いこと,土壌の放射性炭素年代測定や土壌に挟まれた火山灰層の年代から黒ボク土の生成開始が数千年前から1 万年前に遡る場合が多いことが明らかとなった。近世に採草地や放牧地を維持するため火入れが盛んに行われたことは知られているが,中世以前の火入れの目的はよくわかっていない。考古学者の藤森栄一は縄文中期の中央高地では焼畑に近い農耕が行われていた可能性が高いと述べた。阪口は縄文期には火を用いて野生動物を追い出す焼狩が行われていたと推測した。植物考古学の中山は中央高地の縄文土器の植物圧痕の調査から,縄文早期から前期にダイズやアズキ,エゴマ等の栽培化が始まっていた可能性を指摘した。そして福井(1983)の遷移畑論を援用し,栽培化は火入れや伐採により二次林を管理するなかで始まったと考えた。二次植生は人の食用植物が豊富で,野生動物にとっても格好の餌場となり狩猟の場ともなった。民俗学の宮本常一は,縄文期の人々は原野で狩猟をしながら暮らしていたが,農耕が発達した弥生時代以降は耕地の外に垣を築いて獣害を防ぐようになり,古墳時代以降の台地や火山山麓ではその垣外で牛馬の放牧が盛んになった,中世以降垣外で農地開発がすすむと,牧は東北地方に移動し,東北地方では厩肥を生産するため厩飼が始まり農地が増加したと述べた。このように,現在残る日本の半自然草地は縄文時代以降の継続的な火入れによって維持されてきたこと,中世以前の火入れの目的として狩猟,焼畑,放牧が推測されているが,それを実証的に検討したものはほとんどない。地理学では,これまで近世・近代の森林荒廃の要因,放牧山村の歴史的展開過程,野生動物の分布変動,近代の山村における有畜農業や自然資源利用,近代以降の草地利用変化等に関する研究がなされてきた。これらを踏まえ,半自然草地の歴史を遺跡・遺物の分布,古文書・絵図・地籍図,人々の語り等様々な資料を用いて検証することが地理学には求められている。

  • —愛媛県産デルフィニウム「さくらひめ」に着目して—
    久保 結菜
    セッションID: 334
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに

     近年,花卉産地は不況や輸入増大の影響を受けており,そのような状況下や近年のグローバル化への対抗策として注目されているのが,農産物のブランド化である。これまで地理学では全国各地の農産物を事例に,産地形成論や農業市場論を中心としたブランド化の研究がなされてきた。しかし,花卉のブランド化に関する研究は少ないため,花卉の産地形成の地理学的研究にもブランド化の視点を加えていく必要があると考えた。

     本研究では,愛媛県が主体となって品種改良や育成を行い,愛媛県の地域ブランド『「愛」あるブランド産品』の一つとなっているシネンシス系デルフィニウムの新品種「さくらひめ」に着目する。さくらひめの産地形成と地域ブランド化に向けた取り組みについて,生産・出荷体系とブランド戦略に注目しながら明らかにすることで,その効果と課題を探究し,花卉のブランド化の有用性を見出すことを研究目的とする。研究手法は,さくらひめの生花や関連商品に関与する行政機関,生産及び流通関係者,愛媛県酒造組合への聞き取り調査を中心とした。

    2.愛媛県によるさくらひめの開発

     愛媛県は瀬戸内式気候に属し,農業では果樹・畜産・米を基幹作物として多彩な生産活動が展開されている。また,売れる商品をどのように作るかという「マーケット・イン」の戦略に基づき,様々な農林水産物及び加工食品を「愛」あるブランド産品に認定している。しかし,愛媛県の花卉の産出額は全体の1.4%(2020年)と減少傾向にあり,特に切花の消費量は全国下位となっている。

     さくらひめは,愛媛県のデルフィニウム生産を盛り上げたいという思いから愛媛県農林水産研究所によって開発され,2013年に県によってブランド産品に認定された。さくらひめは青色が主要であるデルフィニウムのうちシネンシス系統のものを淡いピンク色へと品種改良した花であり,既存の品種と比較してピンク色の発色が非常に鮮明で,草丈が長く,花序が長く,花の香りを有すること等で区別性が認められる。海外のコンテストで金賞を受賞するなど,国内外での受賞歴や高評価を得ている。

    3.さくらひめの産地形成と地域ブランド化に向けた取り組み

     さくらひめは促成栽培や半促成栽培で生産されており,切花では出荷規格に合わせた生産や農産物共同販売による出荷が,鉢物では各生産者の幅広い戦略による生産や流通がなされていることが特徴的である。このような違いや立地の影響により,生産者によって経営状態が左右されやすくなっている。

     地域ブランド化に向けた取り組みは,大きく分けて3点ある。まず,さくらひめの生産や出荷では,行政による担い手確保や生産指導,補助金の支給等が行われており,ブランド産品としての一定の生産量の確保,継続的な出荷,品質の保持が図られている。次に,「さくらひめブランディングプロジェクト」では,県内企業によるさくらひめの名前やデザインを活用した雑貨品等の開発・販売が行われており,さくらひめ関連商品の販路開拓・販売促進とさくらひめの認知拡大が図られている。そして,「えひめ香る地酒プロジェクト」では,愛媛県酒造組合,東京農業大学,愛媛県食品産業技術センターによる産学官の共同研究によって4種類の清酒用花酵母「愛媛さくらひめ酵母」の分離培養に成功し,さくらひめの花酵母を使用した愛媛の地酒が,県内の22の蔵元によって2023年3月より一般販売されている。

    4.花卉の地域ブランド化の有用性

     愛媛県におけるさくらひめの地域ブランド化は,さくらひめ生産者への経済的効果,さくらひめを活用する県内企業の商品の販路拡大と販売促進,愛媛県の酒類製造業の経済回復と発展をもたらし,さくらひめの認知度向上につながっている。また,愛媛県がさくらひめを生花,デザイン,花酵母といった多方面で使用していることから,花卉が様々な形で広く活用できることも明らかである。さくらひめが,愛媛県の地域性を活かした様々な取り組みによって,「さくらひめ」=愛媛県という認識を広げながら地域活性化への一翼を担っていることから,さくらひめの地域ブランド化は愛媛県にとって有用であると考えられる。

     一方,さくらひめによる地域活性化に向けた現時点の課題として,安定的に高単価の切花を供給するための支援や,生花,ブランドのさらなる認知度向上に向けた情報発信や活用が挙げられる。さくらひめの地域ブランド化は現在初期段階であることから,今後のさらなる発展が期待される。

    参考文献

    両角政彦 2013.新潟県魚沼市におけるユリ切花のブランド化.地理学評論 86A: 354-376.

  • 上村 博昭
    セッションID: 221
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     離島では,自然環境を活かした産業分野が基幹産業となり,地域経済を支えている.その一方で,離島の特徴といえる遠隔性と環海性は,産業活動や生活面での条件不利性につながっており,産業振興や地域コミュニティの活性化,雇用の創出などによる人口の維持が課題となっている.

     流通面において,離島は,船便による物資の輸送を主としており,物流費の負担や物流の不安定性が課題となっている.人口規模が小さいことも相まって,大都市圏でみられたチェーンストアの台頭は,顕著ではなかった.しかし,既存研究では,離島でのコンビニエンスストアの立地展開などが明らかにされており,以前と比べて,フランチャイズ方式を含めたチェーンストアの台頭が進んだと考えられる.このほか,人口規模が相対的に大きい離島では,大型店の立地もみられており,商業環境の変化が伺える.

     このほか,2000年代からの情報化の進展と離島での情報通信環境の改善に伴い,離島ではインターネット通販が幅広く利用されるようになっている.インターネット通販はサイバー空間で行われる商品検索や発注が注目され,地域的な条件不利性を緩和するとの期待もあるが,商品の配送という点で,地域条件の影響は残っている.この点に関して,離島では大手物流事業者が進出して宅配サービスが展開されており,インターネット通販を活用しやすくなった.

     このように,離島では,地域商業者を中心とした域内需要への対応という状況が変化し,本土の流通システムの発展や変容の影響を強く受けるようになった,と推定される.

     本報告では,離島における商業環境の変化について,チェーンストアの台頭,物流面での高度化,ならびに,商圏特性の変化という観点を中心に,実態について検討する.ただし,以上の点については,個別の地域での事例分析を行った既存研究で,一定程度,指摘されている.このことを鑑みて,本報告では,日本の離島地域の全体について,上記で示した商業環境の変化がどの程度みられるのか,既存研究や各種資料の整理によって明らかにしたい.

    2.日本の離島の商業環境

     上記の研究目的に即して,本研究では,まず離島の現況について概括的に整理する.

     国土交通省によれば,2023年2月時点で,日本の全島嶼14,125のうち,有人島は416である.このうちの305が,離島振興法をはじめとする各種法令で指定されており,生活や産業面での条件不利性を伴う地域だと推定される.

     本研究では,まず,国勢調査や経済センサスなどで状況を概括的に捉えたうえで,電話帳データや各種資料を用いながら,離島における人口や事業活動にみられる実態や変化を確認する.そのうえで,離島の物流面での課題とその対策について,各地域で特徴的な実例を確認し,それらの課題と対策に見られる共通点や相違点を指摘する.このことにより,議論の前提となる離島の商業活動や商圏特性の一般的な傾向や特徴について確認する.

    3.商業環境の変化をもたらす要因

     続いて,近年の離島における商業環境の変化として,チェーンストアの進出,大型店の立地動向,ならびに,情報通信環境の改善に伴うインターネット通販の普及に関して整理・検討する.

     インターネット通販の普及については,情報地理の研究者を中心に,すでに一定程度の研究蓄積がみられる.そのため,既存研究や各種のレポートを参照する形で,特徴的な事例や論点について確認する.

     また,チェーンストアの進出や大型店の立地について,事例分析での指摘はみられるが,体系的な研究は十分になされていない.このことを鑑みて,ここでは,電話帳データや各種資料を整理し,離島における立地展開について確認する.これと併せて,チェーンストアや大型店の立地がみられる商圏の特性について考察する.

     以上を通じて,地域商業の衰退商圏内での人口減少と高齢化チェーンストアや大型店の立地インターネット通販の浸透という点で,離島における商業環境の変化が進み,本土の流通システムの影響が強まった可能性を議論したい.

  • 岡橋 秀典
    セッションID: P026
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    Ⅰ.はじめに地籍とは、「土地の位置・形質およびその所有関係。またそれを記録したもの」(言泉:国語大辞典)である。地籍の情報は、一筆ごとの土地について、所有者、位置、境界、面積などが示される。昨今よく言われるように、所有者が不明であるのは問題であるが、同時に境界や面積が不正確であることも、円滑な土地取引や土地関連の各種行政の遂行を妨げ看過できない。日本では、登記所(法務局)の公図が、明治期の地租改正に伴い作られた図面に依拠するものが少なくなく、このことが問題を引き起こしている。このような事情から、第二次世界大戦後、国土調査法(1951年)に基づき近代的地籍調査が進められた。地籍調査の開始以来既に70年が経過したが、全国の進捗率(面積ベース)は2020年度末でも52%であり芳しいものではない。都市部(DID地域)に限ると26%と一段と低く、農村部に相当するDID以外の地域では53%となるので都市部での遅れは明白である。また地目別の進捗率では、農用地が最も高く70%に達しているのに対し、林地は46%に留まり、両者の間にも大きな落差がある。本発表では日本の地籍調査の遅滞とその要因について検討する。それを解く一つの鍵として都道府県間の差異にも注目する。Ⅱ. 地籍調査の遅滞の要因なぜ地籍調査の進捗が芳しくないのか。この点は岡橋(2022)で考察したのでその成果をふまえ簡潔に提示する。第一の要因は地籍調査事業の主体である市町村に関わるもので、調査実施に要する予算や職員の確保、市町村の意識の問題が挙げられる。そもそも地籍調査事業は自治事務であるため、市町村の発意がなければ開始されないし、熱意がなければ持続的に進められない。第二の要因は、土地の所有者である住民に関わるもので、地籍調査の必要性が住民に十分理解されないことが障害となっているとする。しかし、他の先進諸国で地籍調査がほぼ終了している事実からすれば、これも容易に納得できるものではない。第三の要因は、調査地域が実施困難な都市部等の地域へ移行してきているという点である。ただし、進捗率が低い都道府県では、都市部だけではなく農村部でも低いので、この説明も十分ではない。第四の要因は、都道府県担当部局の問題である。多くの都道府県で農政部局となっているが、このことは農地の地籍調査推進には適切でも、それ以外の地域(都市部など)では推進しにくい要素となりうる。 以上のように地籍調査遅滞の要因は整理されるが、遅滞あるいは進捗のメカニズムについては、事業の推進者である市町村、さらにそれらを統括する都道府県について検討が必要である。Ⅲ.地籍調査進捗率の都道府県間の差異ここで注目したいのは、都道府県別の進捗率に大きな差異がみられることである。北海道、東北、中国、四国、九州の各地方では調査が比較的進んでいるが、関東、中部、北陸、近畿の各地方では大幅に遅れている。特に近畿や中部では、未だ10%前後という極端な低率にとどまる。このような進捗率の都道府県間格差についてはこれまでほとんど検討されてこなかった。岡橋(2022)では、都道府県別地籍調査進捗率の空間的分布が、顕著な中心・周辺的な同心円状のパターンを示すことに注目し、その要因として歴史的な土地開発との対応関係を仮説的に指摘している。早くから耕地の開発が進み、集約的な利用がなされてきた中心地帯では、農地の所有が細分化し、一筆あたりの面積が小さくなり、権利関係がより複雑で、所有者の権利意識も強いことが予想される。山林も植林が早くから進んだため、農地と同様の傾向が見られるであろう。すなわち、中心地帯では都市部における地籍調査遅滞要因が農村部にも該当する。他方、外縁地帯では土地開発の歴史が相対的に新しく、粗放的利用が多くなる。中心地帯に比べて1世帯当たりの農地や山林の所有規模も大きく、1筆の面積も大きい。その分、地籍調査を阻害する要因が弱くなる。他方、大規模な土地改良事業を行いうる地域を多く抱えており、土地改良事業と地籍調査が並進して進められた可能性がある。このように、土地開発の歴史が地籍調査の進捗に影響を与えている可能性があるが、都道府県行政の対応も重要な意味を持つ。ここでは、和歌山県、岡山県など、中心地帯にありながら高い進捗率を示す諸県の要因を検討した。その詳細は大会発表時に明らかにしたい。Ⅳ.おわりに 都道府県間の地籍調査進捗率の差異については、上述した要因だけでなく、事業を受託する業者側の要因も作用している可能性がある。中心地帯ほど、地籍調査以外の業務需要が潤沢であり、これに対して、周辺地帯ではその逆であろう。このような経済的な側面からも考察を加えてみたい。文献:岡橋秀典 2022. 日本の地籍問題と森林・林業政策―序説として. 奈良大地理28:35-47.

  • 「造園学」の研究・実践における庭園の扱いに見られる非対称性に着目して
    廣瀬 俊介
    セッションID: 615
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    造園学は、近代の市民社会における公共空間の創出を契機として創始された。公共空間は、民主主義や社会的に公正な資源配分からもたらされるが、造園学における史的研究の対象となる庭園には、各時代に権力と富を集中的に得た者たちが所有していたり、植民地で教化空間として用いられたりした例が含まれる。そして、造園学領域における既往の研究では、一部を除いて庭園の所有者と非所有者の間の非対称性を批判的に検討した例があまり見られない。ことに、わが国では前近代性を残存させた社会階級構造が成立し、富と権力の集中の結果でもある庭園の評価に基づく景観の価値形成が、社会階級構造の維持ひいては文化的再生産に結びつくことが懸念される。このような問題意識を持って、本研究は、造園学の研究と実践において庭園がどう扱われてきたかに着目し、そのことによる歴史認識が景観の価値形成とどう結びつき、そこにどのような問題が含まれるかについて考察するものである。

  • 石橋 生
    セッションID: S203
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.地理総合におけるパフォーマンス課題の設計

     アメリカのWigginsとMcTigheが提唱する「逆向き設計」論では,生徒は何ができるようになるのか,生徒にどういう経験をさせたいのかなど,学習者である生徒の視点を意識してカリキュラムに反映させ,教師は希望的観測ではなく,意図的設計を行うことが求められる。地理総合・地理探究の防災分野では,過去の災害を教えるだけでなく,将来,住む予定の居住地を探す際に,災害リスクを考察した上で,折り合いをつけて生活するという観点を大切にしたいと考えて,授業設計を行った。帝国書院の高校資料集『新詳地理資料COMPLETE 2023』巻頭特集2(巻頭pp.5-6)「GISと防災②-あなたならどこに住む?-」に掲載されている一人暮らしの物件探しについて,仮説と検証を繰り返しながら,WebGISである地理院地図や重ねるハザードマップを活用し,色別標高図を作成することをミッションとし,より積極的に楽しくGISと防災が学べる地理総合・地理探究のモデル授業,「物件探しから考察する災害リスク調査」を考案した。「逆向き設計」論に基づき,私は2020年から高校2年の地理A、高校2・3年の地理Bの授業でこのモデル授業を実施し,2023年から高校2年・中等5年共通(およそ1200名を対象)の地理総合の1学期のパフォーマンス課題として地理科全体で実施した。 本校では,アクティブラーニング型授業を個・協働・個の学習サイクルで実施している。文部科学省が進めるGIGAスクール構想によって,教育現場でICTが普及して,授業の効率化がさらに進むことが想定される。また,コロナ禍における,ICTを利活用したリアル(対面授業)とデジタル(オンライン授業)の融合は,学校現場における教育の多様化・可能性をさらに広げた。これらを背景として,アクティブラーニング型授業とICTを組み合わせた新しい防災教育を提案したいと考えた。

    2.総合的な探究の時間とのつながり

     2022年から総合的な探究の時間が全国の学校でスタートしたが,本校では,その前身となる課題研究と未来への扉の授業で,私は2018年にGISゼミを立ち上げ,生徒と一緒にGISを活用した地域研究を行いながら,GISを活用した地理総合・地理探究のモデル授業の研究実践を行ってきた。GISゼミでは2020年にNHKの映像コンテンツを利活用した防災教育,防災小説やクロスロードなどのRPG防災教育,ICT教材を利活用した防災教育の3つの新しい防災教育を考案した。生徒と一緒にみんなのBOSAIプランを策定し,産学官連携を行いながら,研究を行ってきた。高校生を地域の頼れる防災リーダーに育て,高校生が指導者となり,高校生・中学生・小学生に向けて,次世代へつなぐ持続可能な防災教育を実施することが求められる。

    3.地理の授業から生まれた研究プロジェクト

     2021年からはGISゼミとは別に,地理の授業から生徒主体で3つのプロジェクトが立ち上がり,研究指導を行ってきた。この3つのプロジェクトとは,海洋プラスチック問題に興味を持った生徒たちが立ち上げたSDGsプロジェクト(2021年・2022年),沖縄の修学旅行の学びをさらに深めたいと考えた生徒たちが立ち上げた沖縄プロジェクト(2022年・2023年),そして,現在,研究活動中である,メタバースに興味を持つ生徒たちが立ち上げた桐蔭地理メタバースプロジェクト(2023年)である。GISゼミ同様に,産学官連携を行い,これまで東京大学・慶應義塾大学や内閣府・国土交通省などへ生徒を引率し、専門家から研究アドバイスをいただきながら,研究を行ってきた。 大学入試制度が多様化し,総合型選抜の割合が増加傾向で,高校生の間にどのようなことに興味を持ち,研究して大学での学びにつなげられるのかが問われ,高校生の研究をさらに充実させるためには,学内にとどまらず,学外にもネットワークを広げて,生徒の可能性を広げる教育を実践すること,学習環境を整えることが求められる。

    参考文献

    石橋生 2022. 地理総合に向けた防災教育の提案. 日本私学教育研究所 紀要 第58号: 29-32.

    石橋生 2022. 物件探しから考察する災害リスク調査.『社会科教育10月号 No.762』78-81. 明治図書.

    石橋生 2023. GISと防災①②. 根元一幸・石橋生他『新詳地理資料COMPLETE 2023』巻頭3-6. 帝国書院.

    Grant Wiggins, Jay McTighe著・西岡加名恵訳 2012.『理解をもたらすカリキュラム設計』日本標準.

  • -仙台市若林区荒浜地区を事例に-
    松岡 農
    セッションID: 435
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.研究経過 松岡2022は,東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)後に,仙台市若林区の災害危険区域である荒浜地区で展開される震災伝承活動について,震災伝承施設を用いた行政による活動と元住民による活動の双方に着目し,2020年から2021年かけて調査を行った。この結果,災害危険区域に立地する震災伝承施設には,震災以前の地域の景観や生活のすがたを記録,展示する機能,いわば「地域伝承」の機能が,他の地域に立地する震災伝承施設に比べ,充実していた。しかし,荒浜地区の震災伝承施設には元住民が来訪者と対話し,語り部活動等に取り組む機能,いわば「体験対話」の機能は設けられていなかった。その一方,居住が禁止された災害危険区域では,元住民が住宅の跡地に活動拠点を設け,その拠点に通うことで,休日を中心に来訪者との対話を中心とした震災伝承活動に取り組んでいた。このように,災害危険区域では行政と元住民の2者がいわば役割分担するかたちで震災伝承活動に取り組んでいた。しかし,両者は区域内に別々に拠点を有し,両者が連携した活動も無いに等しい実態であった。この背景には,震災後の災害危険区域指定をめぐり,行政と元住民が対立し,結果的に元住民が集落の現地再建を断念したという経過があった。この結果から,松岡2022は行政が震災伝承施設に「地域伝承」の機能を設け,元住民に一定の配慮を示した一方,未だ行政と元住民が協力関係を構築できていないことを指摘した。そして,2021年時点で,行政が災害危険区域で進める防災集団移転跡地利活用事業により,集落の痕跡の消滅と,震災の記憶の風化が進むと考えられるなかで,元住民が取り組む対話を中心とした震災伝承活動が岐路に立たされていると主張した。  本報告は,2023年に改めて荒浜地区で実施した現地調査をもとに,災害危険地域における土地利用と地域で行われる震災伝承活動の変容を明らかにする。

    2.集落の痕跡の消滅と震災伝承施設の充実 震災以前の荒浜地区は,東側の大字荒浜は半農半漁村,西側の荒浜新1丁目・2丁目は仙台市郊外のニュータウンとしての性格を持つ集落であった。しかし,津波により集落全域が壊滅したのち,行政が2011年12月に荒浜地区全域を災害危険区域に指定し,元住民の所有地を原則としてすべて買い上げ,内陸部に防災集団移転させた。そして,行政は買い上げた荒浜地区において,防災集団移転跡地利活用事業を進めた。しかし,2020年9月時点では荒浜新1丁目・2丁目に県道10号線の嵩上げ道路(東部復興道路)や避難の丘,JR東日本の関連企業が運営する観光果樹園(ただし,一般向けの営業開始は2021年3月)が整備されたが,大字荒浜の大半は未利用地であり住宅基礎や外壁の一部が残されていた。 2023年の調査の結果,未利用地は防災集団移転跡地利活用事業で計画された市民農園やバーベキュー場を造成するために更地となり,集落の痕跡は震災伝承施設として保存された一部を除き,消滅した。一方,荒浜地区の震災伝承施設は,2023年1月に展示を改装し,元住民が荒浜地区に対する複雑な思いを語る動画が新たに展示され,「地域伝承」の機能がより充実した施設となった。しかし,行政と元住民の関係に着目すると,未だ両者の協力関係は構築されたとは言えない状況であった。

  • 柚山 道明
    セッションID: 614
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    Ⅰ.はじめに  大正時代以降、校歌には、地域の象徴的な地物や事象が環境要素としてみられるようになった。須田(2020)では各校が校歌に環境要素を盛り込んだ理由として、自校の独自性を打ち出そうとしたことが指摘されている。校歌に歌われる環境要素に注目した研究は、これまで、特定の市町村や複数の市町村で構成される地域での事例研究が多くみられる。一方で、複数の市町村から確認できる標高の高い山や、複数の市町村にわたって接する海のような環境要素と学校との関係は多様であり、校歌での歌われかたも多様であると想定される。本研究では、校歌に歌われる環境要素と学校との多様な地理的な関係を分析する視点から都道府県スケールで小中学校の校歌に歌われた環境要素を抽出し分析・考察することで、環境要素の特徴やその分布の地理的特徴を明らかにすることを目的とする。

    Ⅱ.研究の方法と調査の概要 本研究対象地域は愛媛県全域である。廃校となった学校を含め、より多くの学校の校歌を収集することなどいくつかの点を考慮し、本研究では1975年4月~1995年4月の期間に存在した公立小中学校の校歌を分析の対象とした。校歌集が作成されている地域・学校では校歌集をもとに校歌を収集し、校歌集が作成されていない地域・学校については市町村誌史や閉校記念誌などを利用した。結果的に、小学校434校、中学校179校の計613校の校歌を収集した。収集した校歌に歌われる環境要素を読み解くために、地形図や郷土資料などを突き合わせ、歌詞が示す地物や事象を可能な限り推測し、環境要素を抽出した。抽出した環境要素は、自然、産業、歴史・文化を基盤とする22の項目に分類し、それぞれ集計した。

    Ⅲ.分析の結果と考察 校歌に歌われる環境要素を集計した結果、最も高い出現率であった環境要素は「山」であり、全613校中479校(78.1%)の校歌で山に関する語句が歌われていた。山が最も歌われやすいという結果は多くの先行研究で示されてきた結果と同様の結果となった。山のなかでも、最も多くの学校に歌われたのは、標高1,982mで西日本最高峰の石鎚山であり、全体の16.6%の学校の校歌に石鎚山が歌われていた。瀬戸内海の島しょ部を含め石鎚山に近接する市町村での出現が多くみられたが、なかには、石鎚山から直線距離で100㎞近い地域の校歌にも石鎚山は出現した。結果を地図上で見ると、松山市の学校校歌に石鎚山が多く歌われていることが目立つが、これは単に松山市から石鎚山が視認できるだけでなく、松山市から見て石鎚山が東に位置するという位置関係も要因の一つとして考えられる。松山市のいくつかの学校の校歌では「東に仰ぎ」や「朝日の昇る」といった語句と共に石鎚山は歌われており、朝の始まり、学校の始まりを想起させるのに相応しい対象として、石鎚山が校歌に用いられた可能性を指摘できる。その他、歌われやすい山の特徴としては、霊峰と称されるなどして地域住民の信仰の対象となっている点や、比較的均整のとれた山体を有する点が挙げられる。 「山」に続いて出現率が高かった環境要素は「海」であり、344校(56.1%)で歌われていた。最大の特徴は、地域によって校歌に歌われる海の呼称が変化している点である。一般に瀬戸内海という呼称が、より広範的な意味合いが強いとされるが、その瀬戸内海を校歌に歌うのは131校であった。宇和海の34校、燧灘の29校、斎灘の15校が続き、太平洋、黒潮が歌われる校歌も確認された。またこれらのなかには、複数の海の呼称が歌われる校歌もみられた。結果を地図上でみると、佐田岬半島以南の地域では、瀬戸内海の語句はほとんど出現しないなど、校歌に歌われる海の呼称で明確な境界が存在することが確認された。これらは各沿岸地域の海に対する認識の差異から生じており、校歌に歌われる語句に一定の地域性が含まれていると考えられる。 「山」や「海」に続いて、「気象・天文」、「動植物」、「川」に関する語句が高い頻度でみられた。特に植物では、日本を代表する松や桜といった樹種に続いて、みかんが45校、橘が25校の校歌に歌われていた。この結果は、愛媛県が全国的に柑橘類の栽培が盛んな地域であることが背景にあると考えられる。川については県下最長河川の肱川が最も多く校歌に歌われている。肱川流域の学校の校歌には、肱川が含まれる傾向にあるものの、それらの地域の学校は内陸部に立地していることもあり、海に関する語句はほとんどの校歌で確認されなかった。また、島しょ部や半島部といった長大な河川が形成されにくい地域の学校では、川が歌われることはほとんどなかった。

    参考文献 須田珠生 2020.『校歌の誕生』人文書院.

  • 松本 健佑
    セッションID: 519
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1. はじめに

     近年選挙地理学におけるスケール概念の重要性が高まっている.スケール論の観点から選挙政治を見た際に,地域政党の活動は注目に値する.諸外国では近年地方政党が国政に影響を与えるという現象が観察され,政治学で分析の対象となっている(砂原 2011).日本でも2010年代に入ってから地方選挙で複数の地域政党が台頭したことに注目が集まっており,特に大阪維新の会とそれを母体とする国政政党に関する研究が盛んである(例えば善教 2018, 2021).ただし,先行研究には政党が活動を行う基盤となる地理的スケール(国・都道府県・市区町村など)に関する議論が少ない,維新の会への支持がやや静態的に捉えられている,などの課題がある.本報告では維新の会がいつどこで,どのスケールの選挙で支持を得たのかを明らかにする.またそのような状況を生み出した維新の会のスケール戦略について検討する.

    2. 研究対象

     研究対象は大阪維新の会と,それを母体とする一連の国政政党である.以下では対象とする政党の歴史について簡単に説明する.2010年4月,当時の大阪府知事・橋下徹を中心として地域政党「大阪維新の会」が誕生した.2012年9月に大阪維新の会を母体とする国政政党「日本維新の会」が結成され,11月には石原慎太郎が率いる太陽の党が合流した.2014年には結いの党との合流をめぐって石原と橋下が対立を深め,結果として石原派が離党した.橋下派は結いの党と合流し「維新の党」と名前を改めた.2015年には民主党との合流をめぐって当時の党首・松野頼久と橋下が対立した.橋下は維新の党を離脱し11月に「おおさか維新の会」を結成した.2016年8月に党名を現在の「日本維新の会」へと変更した.まとめると,橋下を中心とした国政政党は「日本維新の会→維新の党→おおさか維新の会(改名により日本維新の会)」という変遷をたどってきた.

    3. 維新の会の勢力範囲の変化とスケール戦略

     国・都道府県・市区町村それぞれのスケールの選挙における維新の会の得票率や当選者数を見ると,選挙が行われた時期によって地域的な支持の構造が異なることがわかる.具体的には,維新の党が分裂する以前は,近畿圏を中心にしつつも東日本にも局所的に得票・議席が見られたにもかかわらず,党分裂後は近畿圏に得票が集中する構造へと変化している.これは党分裂によって国政政党が大阪のメンバーを中心とした政党となったことで,近畿圏以外での勢力が後退したものと考えられる.一方で,最近の選挙では再び全国的に得票・議席を獲得するようになっている.報告では,選挙結果のデータを詳細に紹介するとともに,近年の維新の会の地方組織の設立状況なども示し,維新の会のスケール戦略について議論を行う.具体的には,維新の会が地方政治から国政への進出を目指すにあたり,逆説的に地方議員の数を増やす必要に迫られていることを示す.

  • 渡辺 和之, 白坂 蕃
    セッションID: 320
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1960年代以前、チベットとネパールの間では塩や穀物などを家畜の背に乗せてヒマラヤ山脈を越えて交易がおこなわれていた。この交易は1960年代のチベット動乱を境に衰退し、人や物の輸送は自動車道路に移行したことが知られている。しかし、ヒマラヤ越えの山道の交易はその後も小規模に継続した。特に荷役に使われていた家畜は交易の対象でもあった。ヤクはウシと交配し、ゾム(♀)やゾプキョ(♂)という交配種を作り出していた。東ネパールのソルクンブー郡では、エベレスト登山や観光化に伴い、ヒマラヤ越えの交易で用いたヤクやゾプキョを登山隊やトレッキングの荷役に転用し、交配種であるゾプキョの生産も現在まで残っている。ただし、近年では交配に用いるウシがチベットから入手しにくくなった。また、ソルとクンブーでは家畜の交配に使用する家畜が微妙に異なり、交配種の用途にも地域的な差異があった。本研究では、ソルからクンブーを経てチベットに向かうヤクの道を通る荷役用の家畜に注目し、ソルとクンブーの交配業の地域的差異や近年の変化を明らかにする。結果として以下の3点が明らかになった。 (1)クンブーよりも村の標高の低いソルでは、ヤクの移牧と同時に村では牛の舎飼いもおこなわれている。ヤク(♂)とナク(♀)を飼養し、ウシと交配してゾム(♀)・ゾプキョ(♂)を生産人たちとゾム・ゾプキョを購入し、肥育する人たちがいる。後者はゾムを乳用に群に留めおき、ゾプキョは肥育して荷役用にクンブーへ売る。かつては高所を通る「ヤクの道」を通ってヤクやゾプキョがソルとクンブーを行き来していたが、現在では「下の道」を経て冬にゾプキョを連れて行く。(2)クンブーでは、ヤク、ナク、ウシなどの家畜はすべて移牧で飼養する。家畜は農耕がはじまると収穫まで村の周辺から追い上げる慣行があるためである。クンブーでヤクやナクとの交配に用いるのは高地種のウシである。生産したゾプキョはナンパラ峠を越えてチベットへ輸出していた。しかし、近年では高地種のウシ(phulang)がチベットからこなくなった。また、チベット側では道路の開通や輸送の機械化に伴い、ゾプキョを必要とする人も減っている。このため、残った高地種ウシを使ってヤク・ナクとウシを交配し、種の保存をおこなっている。(3)クンブーで登山や観光客の荷役に使うのはヤクやゾプキョである。ゾプキョについては、クンブーで交配したもの、ソルから購入したものが用いられる。前者も後者も高所での荷役程度では問題ないが、前者はナムチェ(3440m)から下へは下ろせない一方で、後者は飛行場のあるルクラ(2840m)から低所にも下ろせる。近年ではナムチェ以下ではラバによる輸送が増えており、自動車道路もルクラから2日下ったタクシンドゥまで延伸している。ヘリによる物資の輸送もおこなわれているが、まだ家畜による輸送の方が安い状況である。ヤクを飼養する人も減少している。高所に位置するクンブーでは、家畜の糞は肥料や燃料として不可欠である。ただ、若年層は家畜を飼養した経験がなく、農業労働は他地域から移住した人に任せることができても、家畜の放牧は任せられず、地元に残ったシェルパが飼養している。 高地種のウシ不足から生じた荷役家畜の供給は、今の所、標高の低いソルで交配したゾプキョやクンブーで生産したヤクによる輸送で補われている。ただ、現地ではヤクの飼養者も減っており、種の保存のみならず、観光地の景観や特産のジャガイモなどのクンブーの農業にも影響を及ぼしかねない課題を抱えている。

  • 地理情報の追加に着目して
    渋谷 鎮明
    セッションID: 636
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    本報告は、韓国の著名な古地図「大東輿地図」の写本の特性について考察するものである。近年公開された日本所蔵の写本を事例として基礎的な検討を試みたい。 かつて筆者が行った調査では、日本にも「大東輿地図」が所蔵されている。その中には、木版印刷の「大東輿地図」の写しが、含まれていることが明らかになった。 国会図書館所蔵の「大東輿地図」,京都大学付属図書館所蔵の「青邱全図」の2つの写本を検討したところ、地名の記入や、地誌情報の追加など、模写の際に多くの地理情報が付加されていた。これらは同じ「大東輿地図」初版本の写本であるが,その内容は多くの面で相違点があり、かなりの「幅」が感じられる。

  • 小田 理人, 小寺 浩二
    セッションID: 412
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    Ⅰ はじめに

    日本の河川の水質は、水質汚濁防止法などの法整備と下水道の整備により改善した。しかしながら、下水道により集められた汚水を処理する下水処理場からの排水は、河川の点源汚染となる可能性がある。下水処理場での汚水処理が不十分な場合、有機物や窒素、リンなどの栄養塩が河川に流入し、水中の酸素を消費することで、河川の生態系に影響を与えることが指摘されている。しかしながら、下水処理場からの排水の流入が止まった場合、河川の水質はどのように変化するか、また、どれくらいの時間を経て、影響が無くなった状態になるのかは明らかとなっていない。下水処理場排水の流入が停止した際に、河川水質にどのような変化が生じるかを調べるためには、下水処理場排水の流入があった時期と、それが無くなった時期の両期間で継続的に調査を行う必要がある。本研究では、東京都八王子市を流れる山田川を対象として、下水処理場排水の流入が停止する前後の期間のサンプルを用いて研究を行い、下水処理場排水が河川水質に与える影響と、それが無くなった際にどのような変化が生じるのかを明らかとすることを目的とする。

    Ⅱ 研究方法

    2020年6月~2021年9月にかけて月に1回の頻度で、北野下水処理場の排水の影響が見られた山田川最下流の地点(YM1:下中田橋)において河川水のサンプリングを実施し、現地で水温、電気伝導度、水素イオン濃度の計測を行った。また、北野下水処理場よりも上流の、処理場排水の影響が見られない地点(YM2:月見橋)において、2020年10月~2021年9月にかけて月に1回の頻度で同様の項目を計測し、下水処理場排水が流入することによる河川水質の影響について考察した。サンプリングした河川水はShimazu社製のイオンクロマトグラフィーを用いて主要溶存成分の分析を実施した。  なお、山田川に排水が流入していた北野下水処理場は2020年12月をもって操業を停止しており、現在は降雨時を除き山田川への排水の流入はみられない。

    Ⅲ 結果と考察

    山田川最下流の観測点であるYM1の平均ECは、下水処理場排水が流入していた2020年6月~12月の期間では、27.6mS/mであった。一方、排水の流入が停止したあとの期間である2021年1月~9月では、16.4mS/mであった。排水の流入の有無によりECの値に大きく差があることがわかる。下水処理場よりも上流の観測点のYM2の平均ECは2020年10月~12月は20.3mS/m、2021年1月~9月では19.5mS/mであり、それほど変化していないことから、山田川最下流部でのECの変化は下水処理場排水の流入が停止したことによるといえる。

    Ⅳ おわりに

    下水処理場排水の流入が停止する前後の期間の水質観測により、下水処理場排水の流入がなくなったことにより水質が改善されたことが明らかとなった。今後は、より詳しい主要溶存成分の分析などにより、下水処理場排水の流入により影響を受ける溶存成分の種類等を特定することや、どれくらいの期間で完全に水質が回復するのかを明らかにする必要がある。

    参考文献

    小田理人・小寺浩二(2022):多摩川水系浅川の水質に関する水文地理学的研究(4).日本地理学会発表要旨集,2022s(0),56.

  • 𠮷田 国光, 島津 弘, 永井 裕人
    セッションID: P017
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに 現代日本において様々な防火対策が講じられているが,火災は各地で発生している。多くの場合は人為的要因を起点とするが,火災の被害の大小を決定する要素として様々な自然条件が影響すると考えられる。地理学において,火災に関する研究は人文地理学,自然地理学の双方からを取り組まれてきた。人文地理学では,近世以前における火災被害の広がりが主たる関心となり,自然地理学では森林火災の発生をめぐる気候的条件や,森林火災後の地形プロセスなどが検討されてきた。 消防庁によると,2021年の総出火件数は35,222件で,内訳としては建物火災で19,549件,林野火災で1,227件,車両火災で3,512件,船舶火災で63件,その他の火災で10,871件であった。その他の火災は空き地,農地,道路,河川敷,ゴミ集積場,物品集積所,軌道敷,電柱類等での火災を指している。火災の内訳からも,建物から林野と火災で燃えるものの多くは地理学の研究対象とされるものといえる。また自然条件と人文条件が絡み合う中で,焼失エリアの広狭に影響する。このことから火災は地理学から検討すべき研究対象と考えられるが,研究対象とされてきたものは森林や建物など限定的である。そこで本発表では,2023年5月18日に荒川右岸の荒川大橋東側の河川敷で発生した火災の発生状況とUAVによる焼失範囲の記録について報告する。河川敷の火災はその他の火災に分類されるが,2021年のその他の火災のうち20.3%(7,149件)は「空地,河川敷,田畑等」で発生しており,建物火災に次いで多く,とくに林野火災やその他の火災では1〜4月の時期に多い。防災に対する社会的関心が高まるなかで,地理学で河川敷の火災を取り上げることも有意義と考えられる。 2.研究対象地域 研究対象地域とした関東平野北部では,「からっ風」と呼ばれる乾燥した北西の季節風が吹く。また荒川や利根川には洪水対策のために広い河川敷が設定されている。洪水対策的に「望ましい河川敷」の植生は草地である。樹木は増水時に流されて橋梁を破壊しうることから,望ましい植生とされていない。そのため,河川敷の土地被覆としては草本類が優占種となる。 なお荒川や利根川河川敷では1年に数回,火災が発生している。2023年7月現在,熊谷市内ですでに4回以上発生している。 3.火災の発生状況 本発表で対象とする火災は2023年5月18日午後1時頃に発生したものである。この火災はラジコン飛行機の墜落を出火元とし,墜落地点から荒川右岸の広範囲を燃やし,ヘリコプターによる散水など大がかりな消火が実施された。火災当日の気象条件はアメダスによると,天候は晴れで,13:00の気温は34.1℃,湿度22%で5m前後の南東風であった。2023年初めての真夏日で,荒川の流路に沿って下流から上流へ吹くような風向きとなっていた。 この火災での焼失範囲を5月26日と6月1日にUAVを用いて撮影した。使用機材はDJI社のMavic Air 2を用いて,対地高度140mで撮影した。その結果,河川敷の低水敷の草地部分が焼失する一方,高水敷まで延焼していなかった。低水敷と高水敷と境界付近には樹木やタケ類,ササ類が繁茂しており,こうした水分を含有した植生が防火帯の役割を果たしたと推察される。また増水時に河道となるエリアも燃えており,地形条件の影響はなかったと考えられる。 火災発生時の草地の状況として,左岸の状況ではイネ科のオニウシノケグサの穂が乾燥して垂れ下がり始めた時期であった。オニウシノケグサは牧草や砂防,法面緑化用に導入された外来種で,九州から北海道まで分布しており,公園や道端などの様々なところでみられる。火災跡地の現地踏査から,カラスノエンドウなど出穂前の草本は確認できた一方で,オニウシノケグサはほぼ見られなかったため,オニウシノケグサやススキなどのイネ科の植物を中心に焼失したと推察される。これらのことから,当日の気象条件と植生が延焼の広狭に影響を与えていたと考えられる。当日の発表では,焼失範囲の地図や焼失後の写真などを用いて,より詳細な記録を報告する。

  • 田中 雅大
    セッションID: P029
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    地理学にとって地図は、研究手段としてだけでなく、研究成果の表現手段としても重要な役割を担っている。しかし、英語圏では地理学の主要学術雑誌に掲載される地図の数が減ってきている。この傾向は1980年代以降の人文地理学において顕著である。その背景には、実証主義的な空間科学とそれに付随する科学的ツールに対する批判、デカルト空間ではなく経験された空間への注目、批判的社会理論の普及、非表象理論の登場があるとされている。これらにより地図は、一方では無力(地図で社会を理解することはできない)、他方では強力すぎる(地図で「見せる」ことはある種の暴力である)と思われるようになり、人文地理学研究において使用するのが躊躇されるようになった。これは「地図恐怖症mapphibia」と呼ばれている。

    では、日本の人文地理学はどうだろうか。本発表では『地理学評論』を事例に、日本の人文地理学論文における地図の使用状況を検討する。具体的には、1950~2022年に『地理学評論』に掲載された1,438本の人文地理学論文(特集とSeries Bを除く論説と短報)について、地図以外の図表の使用状況と比較しつつ、地図がどのくらい使用されているのかを調べた。

    その結果、日本の人文地理学においても英語圏と同じように、論文中での地図の使用数が減少傾向にあること、量的データをまとめた表(集計表など)の使用数も地図とほぼ同じように推移していること、統計グラフと質的データをまとめた表は増加傾向にあることが明らかとなった。量的データの視覚化(統計グラフ化)が進む一方で、地図による視覚化はあまり見られなくなってきている。

    こうした結果を踏まえると、日本の人文地理学においては、①地図では表しづらい問題に関心を寄せる地理学者が増えている可能性と、②物事を地図学的にとらえる力(地図学的想像力)がそれほど重視されなくなってきた可能性が示唆される。ただし、日本の人文地理学の場合、批判的社会理論や非表象理論の影響力が弱く、表象に対する反省も一部の研究を除いてほとんど見られないため、「地図恐怖症」とまでは言えないだろう。日本においては英語圏とは異なる理由で地図の使用数が減少していると考えられる。

  • 中国・長島の体験型観光を例として
    付 凱林
    セッションID: 232
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.研究背景と目的

     島嶼地域は海洋性,遠隔性,狭小性という地理的特性を持ち,これらは経済的特性である環海性,孤立性,分断性につながっている。これらの特性は,経済発展における資源と市場の狭小性,市場規模の経済性不足,人口の高い流動性,脆弱な生態系,高いコスト経済の環境を生み出している(嘉数2017;McCall1994)。

     中国においては,漁家を主要な市場運営者とし,漁船や住宅,島の資源などに頼り,観光客にサービスを提供する経営モデル(漁家楽)が存在している.近年,このような漁村体験観光が急増しているものの,サービス内容や運営方式が類似しているため競争が激しく,経営を維持できるのはごく一部にとどまるとされている(熊ほか2011).また,中国における体験型観光は,農山漁村地域開発の有効な手段として注目されている一方で,漁業地域における漁家体験型観光の研究はまだ初期の段階にある.

     本研究の目的は体験型観光の一種である漁家楽に着目し,漁家楽の成長する要因と地域資源の活用状況の検討を通して,地域資源の活用による観光資源化のプロセスと特徴を解明することである.また,本研究において,中国長島における89 軒の漁家楽経営者に聞き取り・アンケ-ト調査を実施し,体験型観光の展開と観光事業化の過程を検討した.

    2.研究対象地域

     中華人民共和国長島県は黄海と渤海が交わる膠東半島と遼東半島の間に位置し,中国山東省煙台市蓬莱区に属し,人口は約4.4万人である.また、長島の観光産業生産はGDPの高い比率を占める一方、年間観光客数の増加率は減少している.

    3.体験型観光の展開と観光資源化

     長島における体験型観光の展開の契機は,20世紀末に,地元住民の主な収入源であった海洋漁業の衰退とともに漁民の収入が激減したため,地元漁師が空部屋を改修し,釣り用具等を備え,観光客を受け入れたことから始まった.当時のサービス内容は主に漁家での作業体験や,漁家での宿泊体験や料理などの漁家生活と文化を体験できることが特徴であった.20世紀に入り,地域政府が観光業の管理を開始し,規制策や標準管理策として,漁家楽の応募条件や事業運営,管理システムなどが詳細に規定された.また,各村には漁家楽の管理事務所が設置され,事業者の受付サービスや監督・管理が行われるようになった.この時期には漁家体験を特徴とする漁家楽が盛んに宣伝されるようになり,短期間で広まった.

     中国における農山漁村観光の経営方式は多種多様である.特に,長島における漁家楽は主に5種類の経営方式がみられる.それらを類型化すると,①独立経営,所有権と運営権が一体となっていること.長島では多数の事業者が家庭単位で事業を営むという形をとることが多い.②連携店舗,近隣している店舗が経営団体で結成し,共同出資で看板・広告を出し,共同で食事の準備をし,満室の時には,観光客をほかの連携店舗に紹介したりする連携がみられること.そのほか,③委託経営や④専業経営会社⑤協同組合(村営企業)のような経営形態もみられること.

    4.まとめ

     本研究の結果をまとめると,1)長島における体験型観光の展開は,漁家楽経営者らによる新たな観光資源の創出の取り組みに起因している.また,2)漁家楽経営者や行政担当者らによる島の多様な自然環境·文化の観光資源化は,漁家楽のプランド化と観光地域としての成長を促進していた.3)長島の観光資源は島嶼性に由来するものの,近年では生態系保護の観点から自然環境保護の利用・開発は抑制されており,島の歴史·文化資源が観光資源化される傾向が頭著になっている.

  • ー台湾のラップ文化に注目してー
    頼 上楡, 池田 真利子
    セッションID: 632
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    地理学の主題を多分に含む文化遺産の研究を地理学においてさらに蓄積するため,原語が英語である黒人文化の真正性が強く意識される傾向にあるラップの芸術実践において,英語・台湾語・中国語をどのように使い分けるのか,またそれは台湾の地域性をどのように反映したものであるのかに意識し,本研究では,ヒップホップ文化の台湾での受容について, 特にラップという文化表現に注目し, このラップ文化がどのように越境し, それぞれの地域でローカル化しながら, 文化が継承されているのかを明らかにすることを目的とする.

  • ~森林境界明確化調査における地名の活用事例の報告~
    横田 潤一郎, 大川 俊也, 石川 敬子, 杉村 岳, 山下 達哉
    セッションID: P038
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.はじめに

     山村では,森林所有者の高齢化や不在村化に伴い境界不明の森林が増えており,大きな課題となっている.特に京都府内の市町村では地籍調査が遅れており,山村部の境界はほとんど確定できていない.

     上記の背景から,福知山市では森林境界明確化事業に取り組んでいる.本事業は,公図や森林計画図などをもとに境界合意を進めていくものである.しかし,山の公図は精度が著しく悪い場合も少なからずあり,公図がどこに位置しているかの判断さえも,極めて困難な場合がある.

     ところで近年,航空レーザ測量をもとに赤色立体地図等,地形を立体的に表現する手法も開発(千葉ら,2004)され,地形の形状を直感的に把握することが可能となってきた.その成果を用いて,地形や林相の状況から境界の根拠を整理し,リモートセンシング手法による境界合意の試みが普及しつつあり,当市でも赤色立体地図を活用した調査を行っている.令和4年度の調査で,土地の地形的特徴を表す地名(以下,地形地名と称する)が多く残されており,赤色立体地図で見られる実際の地形と関連性があることに気付きがあり,不明確な公図の位置の推定に繋げることができた.今回,調査地における地形地名の地理的特徴について,把握できた事例を報告する.

    2.対象地域と確認された事例

     調査は,福知山市大江町の河守地区・河西地区において実施した.本地区では,凡そ1,300haの範囲に332の字を確認した.これらについて,松永(2021)の記述を参考に地形地名を整理した.

     最も多かった地形地名は,谷地形を表す「谷」「迫」で計75例を確認した.次いで,急傾斜地を含む山地形を表す「山」「坂」等が多く,計46例を確認した.「谷」や「山」は,流域や山塊などの大地形を表す場合が多かった.当地区は,細かな谷が櫛状に入り組んだ地形が多いことに加え,かなり奥まった谷まで田畑が開墾されていたことから,多くの谷に名前がつけられたものと推察された.また,「迫」や「峠」などの微地形は,周辺の地形と比較して特徴がある地形環境で用いられていることが多かった.これらの地形は,耕作地や里道として利用されていた形跡があることが多く,地形と地名の対応が分かりやすいため,境界根拠の説明にあたって,所有者の納得が得られやすかった.

    3.おわりに

     山林の所有地は,所有者本人がすでに分からない場合も多いため,境界の客観的根拠が重要となる.今回,赤色立体地図で確認した地形地名を,説明資料の一つとすることができた.福知山市では今回得られた知見も活かして,市内の森林界明確化を進めていく計画である.その際,地元精通者への聞き取りを通して,地名の由来を確認しておくことも重要であるといえる.

     地形地名は,災害履歴など土地の歴史を物語っている場合があり,注目が高まっている.今回得られた知見は,境界調査だけでなく,防災調査や生物調査などの場面でも,さらなる活用が望まれる.

  • ―林子平「蝦夷国全図」のGIS分析―
    大平 早紀
    セッションID: P030
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    はじめに

     日本北方の地図史研究では長らく、地図の科学的発展史という視点で研究が行われてきた。古地図や絵図ともいわれる近代以前の地図が、測量による科学的な近代地図にどのように発展してきたのかという、地図の作製史についての検討である(秋月 1999)。これに対して近年では、地図作製という行為・実践自体のもつ意義に分析の主眼を置いた研究が、米家(2021)などによって行われている。

     本発表では後者の立場をとり、林子平(以下、子平と略称)の「蝦夷国全図」についてGISを用いて分析し、より客観的なデータに基づいて、子平が描いていた蝦夷地像について述べる。

    「蝦夷国全図」の概要

     近世日本における蝦夷地の把握、地図製作に至った経緯では、当時の中央政権である江戸幕府の影響が極めて強かった。そうした幕府の動きに先立って、蝦夷地がロシアとの境界領域に位置することをいち早く示したのが、天明年間に刊行された子平の『三国通覧図説』とその附図の一つ「蝦夷国全図」である(岩﨑 2010)。

     この絵図に描かれた蝦夷地の形は、民間で描かれた蝦夷図の系統に属する典型的なもので、歪な形をしている。しかし、カラフト島や千島列島のその先まで描きこまれているなど、当時としては長崎経由の最新の地理情報を満載したものであった。

    GIS分析から見える蝦夷地像

     今回はGISの解析ツールを用いて絵図を分析することによって、誰が見てもわかりやすい、客観的なデータの作成を試みた。例えば、絵図に記載された地名などの文字情報に着目した場合、どの部分に多くどの部分に少ないかというようなことは一見すればわかるように思える。しかし、それはあくまで主観的な見解であるため、視覚的によりわかりやすく、客観的なデータに基づいて論じる方が妥当である。

     絵図上に描かれた文字情報の分布から、ほとんどが沿岸部や川沿いに記載があり、その情報量においても、和人の勢力の影響が及んでいた松前付近の南側に多く、そこから北へ遠ざかるにつれて少なくなっていくという大まかな傾向について確認できた。また、一つの地名が占める範囲を示したボロノイ図については、絵図の製作者がある地名について「大体このあたり」と認識していたことを示すと考えることもできる。このような分析を重ねていった結果、人の存在があるか否か、あるいは村(コタン)などの各コミュニティの発達の程度が、地図上に表現された情報と大きく関わっているのではないかと考えられる。

     今回は、「蝦夷国全図」のGIS分析から見えてきた、子平が描いていた蝦夷地像について発表する。その際、『三国通覧図説』本文に記載された内容と比較検討した結果についても報告したい。

    参考文献

    秋月俊幸 1999.『日本北辺の探検と地図の歴史』. 北海道大学図書館刊行会.

    岩﨑奈緒子 2010. 三国通覧図説――衝撃の『蝦夷国全図』――. 歴史と地理―日本史の研究231:29-34.

    米家志乃布 2021. 『近世蝦夷地の地域情報』. 法政大学出版.

  • 東京都市圏ACTを用いた事例研究
    佐藤 将
    セッションID: 238
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.研究背景と目的

     近年,政府において男性育休取得の推進を政策として取り組んでいるものの,現状では父親の育児参加率は低いままである.その要因として現在の育児休業制度は会社を全面的に休まなければならず,そのために育休取得に対してハードルが高いことが指摘できる.一方で育休を取得する方法ではなく,父親自身が仕事量を調整して育児参加を行った報告や(巽 2018),水落(2006)が労働時間および通勤時間の短縮が育児参加率の向上につながっていることを指摘しているように,短時間勤務で代替できる可能性を模索すべきではないだろうか.

     この点を模索する上で,父親の1日の生活行動を分析する必要があるが,たとえばオムツを変える等の家庭内の育児協力を把握するためにはアンケート調査等が必要となる.一方で保育所送迎については,パーソントリップ調査を用いることで送迎行動に関するトリップが把握可能である.ところで第6回全国家庭動向調査において,夫(父親)が週1~2回以上育児を遂行した夫(父親)の育児内容について,「遊び相手」は89.9%,「風呂入れ」は71.1%と家庭内での育児協力が高い一方で,「保育園の送迎」は32.6%と低い結果を示している.時間的ハードル等で送迎を行うことが難しいためでもあるが,一方で保育所送迎は他の育児協力よりも行われないが故に,夫が確実に育児参加を行っていると捉えることもできる.

     以上の点を踏まえて,本研究では子育てと仕事を両立させている父親の特徴を,送迎・通勤行動を含めた1日の生活行動の分析を通じて,時間の観点から明らかにする.特に保育所送迎を行っている父親と送迎せず直接自宅から勤務先まで行く父親の,2つのグループに分けて比較分析を行い,保育所の送迎が可能な特徴について考察する.

    2.研究方法

     本研究では国土交通省より提供された「東京都市圏ACT」データを用いて, 1日の生活行動について比較検証を行う.「東京都市圏ACT」はパーソントリップをもとに作られたデータであり,送迎を捉える項目がある.今回の分析では調査対象者に関しては10歳未満の子どものいる者を対象とし,時間制約については,午前10時までに勤務先に到着し,かつ勤務先から出発時間が午後4時以降の人を対象とした.保育所送迎者はさらに午前6時30分から午前9時30分までに保育所に到着した者に対象を絞り,可能な限りの利用者と想定される人の抽出を行った.また今回の保育所送迎者は自宅→送迎先→勤務先→自宅の流れで生活行動をしている者に絞って分析を行う.

    3. 通勤時間・勤務時間・勤務先関係の比較

     今回の分析では1日の生活行動の通勤時間,勤務時間の平均値で比較と,都心5区(ここでは千代田区・中央区・港区・新宿区・渋谷区を対象)への通勤者比率の比較を行う.保育送迎者の通勤時間は自宅から送迎先を経由して勤務先までの所要時間とした.

     表1は都心5区への通勤比率と各時間の平均値を属性別に示したものである.この中で大きく差が見られたのが通勤時間である.保育送迎者は20分程余計にかかっており,通勤時間が短いが故に送迎時間を確保しているというわけではなく,通勤のみの者の通勤時間に送迎時間が加わった傾向であることが想定される結果となった.一方で地域事情によって結果が変容することも踏まえて,今後は地域別の加味した比較,これと併せて帰宅時も保育送迎を行う者ものも加えて,保育送迎から捉える育児協力の実態を検証することを今後の課題としたい.

  • 隣接する仏教徒集落との比較を通じて
    原 裕太, 甲斐 智大, 高場 智博
    セッションID: 337
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1. 背景と目的

     長崎県五島列島とその周辺には,潜伏キリシタンの歴史・文化が関与することによって,日本本土や世界各地の農山漁村とは異なる特徴的な生活様式と文化多様性が存在している(UNESCO 2018).しかし,従来のキリシタン史は迫害史・民俗史の色彩が強く,宗教と入植時期の異なる集落間での立地環境とアクセス可能な地域自然資源の違い,以上の結果としての文化景観や地域社会経済の差異等は扱われてこなかった.そのため,当該地域の文化景観が多面的に解き明かされてきたとはいえない.本研究では以上の点に着目し,当該地域において20世紀に成立した文化景観の成立メカニズムを明らかにする.

    2. 対象地域と研究方法

     対象地域は長崎県五島市岐宿町である.福江島北部に位置し,五島市中心部から約13kmの距離にある.同町は岐宿,山内,川原,楠原等の各地区に分けられ,本研究ではとくに岐宿地区に焦点を当てる.地区には町の中心市街を構成する仏教徒集落と,そこから数km西に位置するカトリック集落がある.いずれも東シナ海に面する.カトリック集落の起源は1798年の大村藩領からの開拓移民である.

     研究方法は,GISを用いて集落の分布,土地利用変化と,地形環境,災害リスクの関係を分析したうえで,2022年9月と2023年6月に現地を訪問し,土地の踏査と,カトリック集落5世帯,仏教集落3世帯,カトリック集落内の修道院の修道女3名に対する聞取り調査を行った.主な内容は集落の開発史,過去の土地利用,生活実態,生業,集落の領域等である.

    3. 集落立地の特徴と自然資源利用

     カトリック集落は急斜面や海岸付近に家屋を密集させて分布し,その多くが土砂災害警戒区域に位置している.一方,仏教集落は溶岩台地上の比較的平坦な土地に市街地を形成している.この背景として,両集落の領域面積に差があり,カトリック集落では入植時からすでに生活できる土地が限られていたことが挙げられる.本研究の調査によって,カトリック集落では限られた土地を広げるべく,明治期以降も斜面を新たに開拓していたことが明らかになった.

     畑作物の種類(サツマイモ,オオムギ,ダイズ)や薪炭材利用の必要性については集落間で大差がなかったが,水田の有無,ウシの頭数,子ウシの販売先,漁業の程度,薪炭材の入手ルートには大きな違いがあった.カトリック集落の特徴は水田分布が限られ,ウシの頭数が少なく,各家庭が漁業権の影響のない範囲で狩猟採集を行い,その船を用いて湾の対岸の奥地へ薪炭材や草を採集に行っていたことである.対する仏教集落は本来のムラの領域の外にも入会林を有し,河川を利用しより容易に薪炭材を運搬できた.水田の有無はウシのエサとなる稲ワラ獲得に直接影響しており,仏教徒集落の住民が比較的簡単に獲得できた一方で,カトリック集落では小作を通じて稲ワラを獲得するか,船で採集に行くかの選択を迫られていた.結果としてカトリック集落では現金を獲得する手段が限られ,このことが前近代から1950年代頃までのキリシタン-カトリック集落の相対的貧困と差別の一要因になっていたと考えられる.

     本研究によって,隣接する集落間での自然環境との関わりの差異が,同地区内の文化景観の多様性をもたらしており,かつ現在の災害リスクの地域性についても文化景観の成立メカニズムと連続性を有することが示された.

  • 山本 沙野香, 村田 華子, 山本 充
    セッションID: P035
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
    会議録・要旨集 フリー

    近年,農村地域において景観や農産物を資源とする農家レストランや農村レストランの立地がみられる.主として農村振興や六次産業化への寄与を主題として,これらの経営実態や経済効果が把握されてきた.一方で,こうした飲食店の存在は,都市機能の一部の農村地帯への分散として位置づけることもできよう.今日,都市の中心が有していた都市機能の一部や多くが,郊外や農村地帯へと移転し,より広域の中で個々の領域が都市機能を分担しつつ,都市圏・生活圏が機能し成立している例がみられる.このような都市は,分散型都市として把握されており,砺波平野も同様の性格をもつとみなしうる. 本報告では,砺波平野の砺波市において,飲食店を都市機能のひとつとして位置づける.そして,飲食店が,都市の中心,郊外そしてその外側の田園地帯それぞれにおいて,どのように立地を変化させてきたのか,郊外と田園における立地はどのような背景を有するのか明らかにする.その上で,郊外と田園における飲食店はどのような属性の利用者をどこから集めているのか,すなわち,都市圏全体の中で,どのように機能しているのか明らかにする.  砺波市域を市街地の「中心」,それに隣接する「郊外」,その外側の「田園」に分類し, RESAS事業所立地動向により,それぞれの地帯ごとに2011年から2021年の飲食店数の変化を把握した. 中心では飲食店の数が大きく減少しているが、郊外ではやや増加しており、田園ではほとんど変化がない。中心で飲食店が減少しているとはいえ、飲食店が集中し,とりわけ「スナック・バー・酒場」が卓越している。しかし,年々「スナック・バー・酒場」の数は減少し,「その他レストラン」は微増し,「寿司」「和風飲食店」、「ラーメン・餃子」「中華料理」に変化はみられない。 郊外では、「その他レストラン」と「喫茶」が多く,「ファミリーレストラン」や「ラーメン・餃子」「中華料理」がやや増加している。田園では、「その他レストラン」「スナック・バー・酒場」の順で多い。「仕出し・弁当・宅配」が多いのも特徴であり,「その他レストラン」と「仕出し・弁当・宅配」は、やや増加傾向、「スナック・バー・酒場」は減少傾向にある。 砺波市の郊外2店,田園4店の飲食店において,出店の経緯などについて店主への聞き取り調査を行った.経営者にはUターンが3人,Iターンが1人いた.飲食店経営は地方移住者の1つの受け皿と考えられ,その新規出店にあたり,既存の市街地,中心以外にも郊外や田園地帯が選択されている.田園においては古民家の利用が2店,ログハウスの空き店舗利用が1店あり,前者は和を基調とした内装,後者は木組みを活かした内装を設えている.このような田園性の強調は,洋食店である郊外の2店でもみられ,双方とも南欧をイメージした建築ながらも前面に樹木,緑地を配していた.そして,和食店も洋食店も地元の食材を使用し,それをアピールする傾向にある. 聞き取り対象の飲食店において顧客へのアンケート調査を行い,合計312の回答を得た. 郊外の洋食店Aでは,女性比率が6割強と高く,家族と2人で来るケースが半数を超える.年齢層は,20代から70代以上までどの年齢層でもほぼ同じ比率であり,幅広い層に受け入れられている.また,2回目以上のリピーターが半数を占めている.店を知ったきっかけは,家族、友人、知人等の紹介が半数で,情報サイトやSNSは4分の1を占めるにすぎない.利用者の2割が砺波市内からで,富山市,高岡市からの顧客もそれぞれ2割を占める.数は減るが,南砺市,小矢部市と続き,金沢市からの訪問もあった.  田園の和食店Cにおいても,女性客が6割を占め,60代以上が6割強を占めている.家族での来店が半数近くを占めるが,3人以上が6割弱,リピーター率も4割を切るなど先の事例とは性格が異なる.一方,家族、友人、知人等の紹介が最も多く4割で,情報サイトやSNSは2割を占める.県内からの利用が7割で,砺波市1割,高岡市1割,富山市3割を占め.県外では東京圏,名古屋圏,北陸近県からの利用もあった.来店前後の立ち寄りは6割が行っており,観光施設が多い.  砺波市では,中心,郊外,田園で飲食店の種類ごとの立地傾向は異なっていた.そして,郊外と田園における飲食店の新規立地は移住者による側面があり,田園性を強調していた.郊外と田園の飲食店の利用者は砺波市内に限定されず,広域な商圏を有している.いずれにせよ,分散型都市の性格を有する砺波市において,中心,郊外.田園の飲食店は異なる機能を有し相互補完関係にあるとみられる.こうした状況が生まれた背景として,砺波市は,分散型都市の特徴である,自動車移動を前提としたグリッド型の交通ネットワークを持ち,砺波市内外からのアクセスが良く,高いモビリティが可能であることが挙げられる.

  • 大上 隆史, 丸山 正, 細矢 卓志
    セッションID: 211
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    はじめに

    熊本平野周辺において近年に実施された活断層調査等によって,平野の地形発達を検討するための資料が得られつつある(産総研,2016;文科省・産総研,2020).筆者らは陸域および海域において実施されたボーリングデータにもとづいて,熊本平野沿岸部の層序と地形発達に関する予察的な検討結果を報告した(大上ほか,2022).本報告では,既存研究によって報告されたボーリングデータと年代資料にもとづき,熊本平野沿岸部における後氷期の地形発達に関する再検討結果を報告する.

    熊本平野周辺におけるボーリング資料

    既報のように,熊本平野に発達する完新世河川デルタの最奥部付近(熊本県上益城郡嘉島町)において実施されたボーリング調査(KA-1地点:産総研,2016)および,完新世河川デルタのプロデルタに位置する島原湾において実施された海上ボーリング調査(UTO-1地点,文科省・産総研,2020)よって,後氷期以降の堆積物の詳細な岩相変化と,堆積物の形成年代が明らかにされている.長谷ほか(2004)は,現在のデルタフロントプラットフォーム(干潟)において実施された全長61 mのボーリング調査の結果をとりまとめ,この地点における沖積層の連続的な岩相変化,堆積年代,火山灰の分布深度を明らかにしている.また,塚脇ほか(2002)および中原ほか(2002)は完新世河川デルタのデルタフロントスロープにおいて採取したピストンコアリングの結果をとりまとめ,岩相,堆積年代,堆積環境を報告している.

    結果および考察

    上述の調査報告と土木ボーリング資料(国土地盤情報検索サイト「KuniJiban」)にもとづいて,熊本平野から島原湾に至る地形・地質断面図を作成した.大上(2022)では,海上ボーリング調査(UTO1地点)とデルタ最奥部のボーリング調査(KA-1地点)における堆積年代をコントロールポイントとして,現在の地形および一般的なデルタのプロファイルを参考に,1,000年毎の同時間面を推定した.本報告では,長谷ほか(2004)ならびに,塚脇ほか(2002)および中原ほか(2002)の報告結果を反映して,同時間面をアップデートした. アップデートした地形・地質断面図によれば,完新世後半(4 ka以降)における河川デルタの前進速度は1.0〜1.5 m/yr程度であると推定される.他方で,後氷期の海水準上昇期(13 ka〜7 ka)においては,浅海〜河口付近で急速に堆積が進んだと推定される.その際の堆積速度は,島原湾(UTO-1地点)においては13 ka〜11 kaの期間が最も大きかった(約4 m/ky)と推定され,現在の河口付近においては11 ka〜9 ka の期間がもっとも大きかった可能性がある.さらに,デルタの最奥部(KA—1地点)においては,8 ka〜7 kaの期間に堆積速度がもっとも大きかったと推定される.これらのことから,後氷期の海水準の上昇に応答して堆積システムが陸側に移動し,それに伴って堆積中心も陸側にシフトしたと推察される.堆積中心が島原湾から現在の河口付近にシフトしたタイミングは11 ka前後と推定され,この変化は汎世界的な急激な海水準上昇イベント(MWP1b, 11.3 ka)に応答している可能性がある.

    謝辞:本研究の実施にあたり,文部科学省委託事業「活断層評価の高度化・効率化のための調査」の一環で取得したデータを使用させていただきました.

    参考文献:塚脇ほか2022.熊本大学理学部紀要(地球科学).中原ほか2002.熊本大学理学部紀要(地球科学).長谷ほか2004.熊本大学理学部紀要(地球科学).産総研 2016.「地域評価のための活断層調査(九州地域)」平成27年度成果報告書.文科省・産総研 2020.「活断層評価の高度化・効率化のための調査」令和元年度報告書.大上ほか2022.2022年度日本地理学会秋季学術大会発表要旨集.

  • 山本 諒, 立花 義裕
    セッションID: 415
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    本研究では、冬季の日本における近接した地点の降雪量に違いがある理由を解明するため、各地点の風と降雪日数に着目した。 まず、季節降雪量と降雪日数の関係に着目した。次に、風との関係に着目した。気候学的な風向、降雪日の最頻風向、最も雪が降りやすい風向を豪雪地帯と非豪雪地帯で比較した。使用したデータは、日本の気象官署99地点における日降雪量観測データで、解析期間は1961/62年から2021/22年の12月から3月までである。風データとしては、気象庁長期再解析データ(JRA-55)の925hPa面における日風速データを使用した。なお、観測地点を原点とし、第2象限方向の最短格子点のデータを使用した。 本研究では、「岩見沢」「倶知安」「青森」「新庄」「高田」の5地点を豪雪地帯と定義しました。これらの地点は、平均4ヶ月降雪量の上位5地点である。一方、それ以外の地点は非豪雪地帯と定義した。解析の結果、豪雪地帯の5地点は降雪日数についても上位5地点であることが分かった。また、これらの観測点で、気候学的な風向と降雪日の最頻風向を比較したところ、豪雪地帯では2つの風向が一致することが分かった。しかし、非豪雪地帯でも両風向が一致していたため、次に気候学的な風向と最も雪が降りやすい風向を比較した。その結果、豪雪地帯のほとんどの地点で2つの風向が一致し、一方で非豪雪地帯ではほとんどの地点で一致していないことが分かった。本研究の結果から、豪雪地帯は非豪雪地帯に比べて、地形や大規模擾乱の影響を受けて、冬季に日常的に吹く風向で雪が降る可能性が高いと考えられる。また、このような気象・気候学的な研究が、地理学の発展にもつながることを期待したい。

  • 平野 勇二郎, 一ノ瀬 俊明, 大橋 唯太, 白木 洋平, 大西 暁生, 吉田 友紀子
    セッションID: P004
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    衛星リモートセンシングによる地表面熱収支解析の研究は行われてきたが、その多くは衛星観測による表面温度に経験的なパラメータや経験式を適用した解析的な研究である。そこで著者らは、衛星観測による地表面温度と一次元熱収支・熱伝導モデルを用いて、経験式ではなく物理的な計算により熱収支に関する各パラメータを算出する手法の開発を進めてきた。ただし、これまでの計算では市街地において蒸発効率を0と仮定して顕熱のバルク輸送係数を算出している点が誤差要因になる可能性があった。そこで本研究では、住宅地におけるタワー観測データによりバルク輸送係数を算出し、前述した熱収支解析手法の検証と精緻化を行なった。この結果、タワー観測データからは 顕熱のバルク輸送係数0.00286、蒸発効率0.031が得られた。 このバルク輸送係数を用い、著者らが開発している手法によりシミュレーションを行った結果、タワー観測による顕熱・潜熱フラックスと比較し、傾向は概ねと一致することが確認された。計算から得られた蒸発効率は0.039、熱慣性は1.815[kWs1/2/m2/K]となった。

  • 宇検村低標高3集落における浸水被害の比較考察
    岩船 昌起
    セッションID: 432
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    【はじめに】2023年6月20~21日には,梅雨前線が奄美大島南部に停滞し,局地的に雷を伴う激しい大雨となった。人的被害はなかったものの,奄美市,大和村,宇検村,瀬戸内町で住家被害が報告されている(鹿児島県,6月26日)。被害があった4自治体は,龍郷町,喜界町等と共に「奄美群島総合防災研究会(2022年11月設立)」に参画している。

    本発表では,「奄美群島総合防災研究会」のモデル地域でもあり,住家被害が最も多かった宇検村に注目し,降水量(雨量)の分析,2022年測量に基づく「浸水・被災の過程」,流域特性,満潮時間等を整理し, 7月6~9日現地調査結果等に基づき,宇検村3集落(名柄,部連,湯湾)での浸水被害の違いを検討する。

    【降水量(雨量)】気象庁は,20日18時39分「顕著な大雨に関する気象情報」を発表し,21日には古仁屋で日降水量270.5ミリ(6月観測史上1位更新)を観測した。鹿児島県によると,6月20日0:00~21日23:50の48時間雨量は,大和村では,今里681㎜,大金久503㎜,大和ダム368㎜,宇検村では,宇検村592㎜,生勝475㎜,奄美市では,市447㎜,住用村402㎜,瀬戸内町では,節子525㎜,花天492㎜,深浦481㎜,瀬戸内町合庁429㎜であり,古仁屋(気象庁)429㎜より雨量が多い観測局が8局あった。今里,大金久,宇検村,生勝では,20日17~20時に48時間雨量の概ね半分が降り,花天,深浦,瀬戸内合庁では,21日5~9時に概ね半分弱から3分の1が降った。

    【宇検村で防災事業】宇検村では,南西諸島「高島」の模試的な地形特性を有し,山と海に囲まれた標高約5 m以下の沖積低地に全人口約1,600人の9割程度が居住している。海沿い全13集落では,津波高潮等への対策として,溢流・越流等が予想される個所を測量し,住家の安全・危険性に係る浸水・被災の過程を考察(2022年4月),「危険潮位1.8 m」の設定(宇検村防災会議2022年5月31日),.高潮警報1.8 m,高潮注意報1.3 mへの改定(気象庁2023年1月26日)等進めてきた。

    【3集落の地形特性】測量データに基づく「浸水・被災の過程」では,重要な局面として,床上浸水,河川や海からの直接の溢水・越流等が重視され,13集落で確認したところ,「名柄」での床上浸水1.7 ~ 1.9 m,河川溢流1.3 m,海溢流1.5 ~ 1.7 m,「部連」での床上浸水1.7 ~ 1.8 m,河川溢流1.7 m,海溢流4.6~4.8 m(防潮提上の県道),「湯湾」での床上浸水1.8 ~ 1.9 m,河川溢流1.4 ~ 1.6 m,海溢流1.9 mと分かった。名柄,部連,湯湾が他集落より低く,宇検村での「危険潮位」等設定の基準となっている。

    3集落の河川特性として,名柄川では,流域面積(A)4.779㎢,幹線流路延長(E)3.569 ㎞,最高標高点434.7 m,流域形状比(A/E2)0.416であり,部連川では,順に2.260㎢,2.051 ㎞,345 m,0.537,湯湾川では,2.378 ㎢,3.569 ㎞,694.4 m,0.187である。流域面積は,名柄川が他2河川に比べて2倍程度である。流域形状比から,部連川が最も円に近く,名柄川が準じて,湯湾川が細長い形状であることが分かる。

    【3集落での浸水害】宇検村では,半壊1件,床上浸水6件,床下浸水28件の住家被害が報告されており,低標高の3集落では,「名柄」では床上浸水5件および床下浸水6件,「部連」では床下浸水3件,「湯湾」では浸水0件である(宇検村,2023年6月23日)。「名柄」では,住家被害に係り,河川溢流3箇所,河川堤防決壊1箇所が発生した。被災者への聞き取り調査で,「名柄」では,「朝起きた時には浸水していなかったが,朝ドラが終わって(8:15),家の片づけの準備をして,始めようとした時(8:30頃)に,急に水位が増して,道路の反対側に止まっていた水が,道路を越えて(下流側にある)家の方に濁流となって押し寄せ,床下浸水した」等の証言を得た。21日朝8~9時頃に,満潮(名瀬検潮所21日8:16潮位86.0 cm,宇検村21日08:08潮位89.3 cm)との係りで氾濫が生じたことを複数から聞き取っている。一方,部連では,「山から水が来て,床下を通って抜けていった。夜20時頃と朝の2回床下浸水が起こった」「道路の排水溝に落ち葉等が詰まって流れなくなり,大雨の度にいつも浸水する道路の一部がまた浸水した」等,川からの溢流等による浸水はなかったが,「山からの水」等が排水せずに内水氾濫が生じたことに係る証言を複数から得た。

    【おわりに】宇検村の他集落,大和村や瀬戸内町の被災者からの証言を得ている。さらに調査し,今後想定される大規模の災害への備えを強化したい。

  • 浅野 裕樹, 日下 博幸
    セッションID: 416
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1. はじめに

    まつぼり風は熊本平野東部で吹走する局地風である。まつぼり風は低気圧接近時に吹走するタイプと高気圧に覆われた夜間に吹走するタイプがあることが知られている。本研究では低気圧型を対象とする。熊本平野の東側には阿蘇山があり、まつぼり風の吹走に重要な役割を果たしていると考えられている。阿蘇山は、阿蘇カルデラ、外輪山、立野峡谷、中央火口丘からなる。これらの地形がまつぼり風に及ぼす影響を、地上気象観測と高解像度数値気象シミュレーションによって明らかにすることが本研究の目的である。

    2. 手法

    立野峡谷の西端付近の平野および峡谷の東端において、風向風速、気圧、気温および相対湿度を観測した。強風域の下流側および阿蘇カルデラ内において気圧、気温および相対湿度を観測した。風は地上高さ2.0 m、気温および相対湿度は地上高さ1.5 mでそれぞれ観測した。これら独自観測地点の他に、周辺の気象庁AMeDAS(Automated Meteorological Data Acquisition System)の観測データも解析に用いた。 観測されたまつぼり風事例について高解像度数値シミュレーションを実施した。使用したモデルはWeather Research and Forecasting modelで、立野峡谷を解像するために最小ドメインの水平解像度は250 mとした。

    3. 結果

    九州の南西に温帯低気圧が接近したとき、立野峡谷の西側平野で10分平均風速15 m s-1を超える強い東風(まつぼり風)が観測された。このとき、カルデラ内の風速は5 m s-1程度であり、強風は峡谷の西側平野で局所的に発生していた。 数値シミュレーションは観測された強風の時空間分布をよく再現していた。シミュレーションは、阿蘇山に南東から流入した大気が、中央火口丘にぶつかりその南側を迂回することで、立野峡谷ではなくその南側の外輪山から吹きおろすことを示した。立野峡谷を埋めた、または、中央火口丘を取り除いた数値実験はこれを支持する結果を示した。

  • 松尾 卓磨, 陸 麗君, 銭 胤杉, 王 龍飛, 王 子豪
    セッションID: 521
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    1.目的と方法

     本研究では在日フィリピン人女性が日常生活においてどのような支援を必要とし、いかなる方法で対処しているのかを考察する。その上で、大阪市の都心部やその周辺地域で暮らす単身者や外国人労働者向けの支援のあり方を再考し、支援のニーズや経路のデータベース化を通じて多層的なセーフティネットの社会実装を試みる。具体的な調査として、大阪市中央区南部の東心斎橋の会員制フィリピンバーで勤務している在日フィリピン人女性(5人)にインタビューを実施した(2023年6月)。インタビューではライフコース、生活状況、交友関係、COVID-19の影響などについて聞き取りを行い、その内容を基に支援が必要となった場合に自助(自力での解決)・互助(個人的関係に基づく支え合い)・公助(公的制度の利用)のいずれの手段で課題に対処をしてきたのかを考察した。

    2.調査結果

     本研究の調査対象者はいずれも初来日が2000年代以降で年齢は30代以上、うち離婚歴有りが4人、シングルマザーが3人となっている。職場と住居の位置関係に関しては、西区居住の1人を除く他4人がフィリピンバーのある中央区に居住しており、職住近接で基本的な生活圏は大阪市内中心部で完結していることが特徴となっている。

     支援必要時の対処方法に関して特筆すべきなのは、母国の家族との強固な紐帯を心の支えとし、日常生活で苦労や課題が生じても基本的に自らの力で乗り越えている点である。調査対象者の中にはフィリピンバーでの夜の仕事とは別に昼の仕事を掛け持ちして生計を立てている女性もいる。「働き詰め」という言葉が相応しい状況であるが、仕事中心の生活を送る重要な動機となっているのが、離婚と母国の家族に対する継続的な仕送りである。独り身やシングルマザーの場合、フィリピンバーでの接客業のみで大阪都心部での生活費を安定的に得ることは難しい。一方で、そうした状況にもかかわらず、多い場合は一度に10万円程度を母国の家族に送金しており、彼女らの労働意欲の根底には母国の家族を経済的に支えたいという強い思いがある。

     インタビュー時には、緊急のSOSを必要としていないとの言葉も聞かれ、そこに強かに生き抜く彼女らの逞しさを見て取ることができた。ただ、出稼ぎ目的で来日するフィリピン人女性は強い故郷志向を持ち、日本での生活基盤構築に積極的に投資をしないため、社会的・空間的なセグリゲーションを経験する傾向がある(Parreñas, 2011)。本研究の調査対象者に関しても、結婚や離婚を経験し永住権を得ている場合であっても、日本のフォーマルな社会制度の利用やフィリピンバーの顧客以外との交流には必ずしも積極的ではなかった。基本的には自助で乗り切り、サポートが必要となった場合はフィリピン人の親族・友人・職場の同僚との互助関係に頼るケースが多くなっている。例えば、住まいや仕事を探す際にはフィリピン人に紹介してもらうことが基本的な手段となっており、少額のお金の貸し借りなども友人間で行う。また彼女らの互助関係において重要な位置づけにあるのが離婚した元夫の存在である。彼女らにとって平常時と緊急時ともに最大の課題となるのは言語(日本語)で、日本語学校や地域の日本語教室の利用せずに独学で習得している。接客業の経験から簡単な会話に大きな支障はないが、高度な読み書きが必要となる場面、特に行政手続きの場面で問題が生じることが多く、その際、日本人の元夫に説明を依頼しているケースがあった。また、キリスト教を信仰していることから教会での互助のネットワークを想定できるが、聞き取り対象者の中に日常的に教会へ通っている人はおらず、特別な日に近隣区の教会を訪れる程度であった。

     公助へのアクセスが極めて限定されている点も指摘せねばならない。COVID-19の流行を受け、勤務先のフィリピンバーも大きな打撃を受けた。その際、日本語のサポートを得て臨時の給付金を受け取ることはできたものの、日本の公的制度へのアクセスが制限されている点は解消すべき大きな課題となっている。

    3.結論

     以上より次の3つの知見が得られた。①本調査でインタビューを行ったフィリピン人女性は職住近接型で生活を営み、在日フィリピン人との互助関係を重視している。②離婚と仕送りを理由に仕事中心の生活となっており、自力で課題を克服する意識が強い。しかし、③その背景には言語の壁があり、公助だけでなく共助(制度化された相互扶助)へのアクセスが制限されていることから、日本語支援や制度周知の必要性が浮かび上がった。調査の事例をさらに増やし、フィリピン人を含む外国人労働者の支援ニーズをより多く聞き取ることが今後の研究課題となる。

    [謝辞]本研究は公益財団法人JKA(2023年度公益事業振興補助事業(競輪))の助成を受けた研究成果の一部である。

  • 小森 次郎, 小山 拓志
    セッションID: 438
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/09/28
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    山岳氷河の崩壊による雪崩とそれに伴う土石流や洪水の事象は、1万8千人の犠牲者を出した1970年のペルーの大惨事など、多くの人命を奪う災害として古くは18世紀から記録されている。ネパール中部、アンナプルナ山塊の南麓に源流を有するマディ川の左岸支流においても、2003年に氷河崩壊が原因として考えられる洪水が発生した。このマディ川では本流源流においても、頻発する氷河崩壊によって再生氷河であるカプチェ氷河が標高2500 mの谷底に形成されている。この高度はネパール・ヒマラヤの一般的な氷河の分布高度よりも2000 m程度低く、ヒマラヤ全体で見ても特異な存在である。各種の衛星画像や現地調査から、カプチェ氷河では2008年頃以降にその下流側に氷河湖が出現していることや、雪崩による涵養が11月から6月に集中し、それ以外の季節は氷体の顕著な薄化とクレバスの出現がみられることなどが明らかになってきた。本発表ではこれらの詳細について報告する。

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