近年,ネガティブなクチコミに対する企業の関心が高まっている。背景には,経済のサービス化,情報環境の変化,さらには,怒りを抱く顧客の存在感の増大があげられる。従来,ネガティブなクチコミは,サービスの失敗に不満をもった顧客の,その後の行動の選択肢の一つとして,主としてサービスリカバリー研究の枠組みで検討されてきた。顧客が有する不満を議論の出発点としており,サービスの失敗の内容や,サービスの失敗とネガティブなクチコミを結びつけるプロセスの検討は十分ではない。そこで本稿では,ネガティブなクチコミに焦点をあてる。顧客の感情形成を説明する認知的評価理論の枠組みを用いて,サービスの失敗に対する顧客の認知的評価が顧客に生じる感情に影響し,さらには対処行動としてのネガティブなクチコミ行動に間接的に影響することを,先行研究の知見を引いて論じている。ネガティブなクチコミ行動の包括的な理解のための検討枠組みと検討次元の提示を目的とする。
イノベーション普及論の分野における有名な古典理論において,早期に採用した消費者はいまだ採用していない消費者に対して正の口コミを発信するというテーゼがあるが,これに対して,近年,消費者はしばしば高い独自性欲求を有しており,そのような場合には,正の口コミ発信は控えられ,その結果,普及は生じない,という主張が展開されるようになった。しかしながら,この主張は,独自性欲求を一次元的にとらえた上で展開されている点に問題を抱えている。本論は,独自性欲求を三次元に分類した上で,正の口コミを抑制する効果を有するのは特定の種類の独自性欲求のみであり,独自性欲求の高い消費者が必ずしも正の口コミ発信を控えるとは限らないと主張する。
「自己とブランドのつながり(Self-brand connection)」は,ブランド購買やブランド支援行動を導く重要なブランド評価である。本研究では,自己とブランドのつながりを,いかにすれば強化することが出来るか,その方法を明らかにした。また,自己とブランドのつながりは,状況によって変化しにくく,常に購買意図を導く効果をもつことを明らかにした。実験では,まず,参加者に未知のファッションブランドの広告を見せてブランドに対する評価および購買意図を回答させた。次に,そのブランドが自らの所属する集団,あるいは,羨望集団において多く採用されているブランドであるという情報を,オンラインマガジンの記事として提示した。その結果,記事を参照することで,自己とブランドのつながりは有意に上昇した。また,記事を参照する前,参照した後,いずれにおいても,自己とブランドのつながりは購買意図を高める効果を持つことがわかった。一方,他のブランド評価(プレステージ,知覚品質,ファッション性)は状況によって変動しやすく,購買意図との関連は弱いことが分かった。考察では,自己とブランドのつながり,および,その他のブランド評価の性質について論じた。
本論はマーケティング・コミュニケーションにおいて,どのような視点でクリエイティブを行うことが有効であるのかについて論じている。特に本論では物語広告を中心とする。物語は強い説得効果を持つが,マーケティング・コミュニケーションにおいて,どのようにして物語広告のクリエイティブを考えるのか,マネジメントするのかという議論はあまり行われてこなかった。本論では,物語論や創作論,心理学,マーケティングの視点を踏まえて,クリエイティブに関する考察を行った。その結果,物語広告のクリエイティブにおいて有用であると勘考される要素は,登場人物,意図性,因果性,物語構成である。これらの要素が受け手に理解できるように描かれているかが,広告効果に影響するものであると考えられる。
消費者神経科学が,学術界・産業界から共に注目されている。消費者神経科学とは,神経科学の手法を用いて消費者行動を研究する融合領域である。しかしながら,どのように神経科学の手法を用いれば消費者行動の理解が進むか,についての考察はほとんどなされていない。消費者行動の研究者はただ神経基盤を知りたいわけではない。消費者行動研究の目的は,消費者心理や行動をより理解することである。従って,消費者神経科学では,脳機能イメージングの優位性を活かし,消費者心理や行動をより理解することが重要になってくる。本稿では,消費者神経科学の中でもfMRI(機能的磁気共鳴画像法)に焦点を当て,いかに神経科学が消費者行動研究にとって有用であるかを示す概念モデルを提示する。その概念モデルを通じて,消費者神経科学には,①消費者心理の理解の促進,②消費者行動の予測力の向上,という大きく二つのメリットがあることを説明する。消費者心理の理解の促進という点では,1.消費者行動理論の対立する認知仮説の比較,2.無意識的な消費者心理が起きているかの検証,3.消費者行動の新しい認知的仮説/心理プロセスの導出,という研究目的で有用である。消費者行動の予測力の向上という点では,質問紙やアンケートで予測が困難な消費者行動に関して,予測精度の向上が期待できる。本稿では,提示する理論モデルに基づき,これまで消費者神経科学で行われてきた研究の概略図を提供する。また,消費者行動を理解する上でのfMRIの有用性,消費者神経科学の今後の展望や学術界・産業界での動向についても論じる。加えて,今後,消費者行動の研究者が消費者神経科学の研究を行うためにどうすればいいか,についても考察する。
甚大な災害がひとたび発生すると,予期せぬ場所でサプライチェーンが寸断し,企業の生産活動は停滞する。当該企業の顧客のみならず,場合によっては社会全体にまで深刻な被害をもたらす。このような事象は世界中で度々発生している。強靭なサプライチェーンを構築するために企業はどうあるべきか,世界中の研究者がその答えを探してきた。サプライチェーン・レジリエンス研究が本格的に開始されて約15年が経過し,サプライチェーン・ネットワーク内の協業がレジリエンス獲得のカギを握ることがわかってきている。そこで本稿では,サプライチェーン・レジリエンス研究のレビューをおこない,研究の潮流を俯瞰するとともに,特にネットワーク・アプローチによる研究の進展について見ていく。また,サプライチェーン・レジリエンスと競争優位獲得を結び付けたマーケティング研究について紹介する。最後に,当該研究分野における今後の課題を提示する。