日本地理学会発表要旨集
2022年度日本地理学会春季学術大会
選択された号の論文の211件中101~150を表示しています
  • 劉 源, 鹿嶋 洋
    セッションID: 244
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに

     自然災害が頻発している日本において、被災者の住宅の確保が災害後の復旧・復興における最重要課題の一つとして注目されている。そのうち、自宅を再建できない被災者にとっては、行政から供給される災害公営住宅が安住の地となる。しかし災害公営住宅に関する既往研究では、①生活の利便性、②近隣との無縁可能性、③高齢者世帯の多数性、といった問題点が指摘されている(佐久間 2018)。そこで本研究では熊本地震の被災地である益城町を取り上げ、生活施設への近接性の分析と居住者による生活環境の主観的評価に基づき、災害公営住宅の生活利便性を明らかにすることを目的とする。

    2.対象地域と研究方法

     益城町は熊本市の東に隣接し、布田川断層帯および分岐断層が町内を東西に貫いている。2016 年 4 月の熊本地震で益城町は最大震度 7 を 2 度にわたり観測した。それによりほぼ全ての住家が何らかの被害を受け、全壊と半壊が 6,259 棟、全体の 58.2%を占める。被災者向けの災害公営住宅は、できるだけ被災前の居住地の近くに入居できるように小学校区ごとに整備されることになり、合計 19 団地、671 戸が建設され、2018 年11 月から入居が始まった。

     本研究ではまず、災害公営住宅から道路距離 1,000m以内の食料品店・金融機関・医療機関など生活施設への近接性について GIS を用いて分析し、災害公営住宅の生活利便性を客観的に評価した。次に、災害公営住宅の居住者への訪問調査を通して、入居者の生活の現状と生活環境の主観的な評価を把握した。

    3.生活施設への近接性

     生活施設への近接性の分析を通して、災害公営住宅団地の生活利便性の地域差が客観的に存在することが明らかになった。生活施設への近接性が高い市街地部と比べて、集落部では生活施設が近隣に少なく、集落内部で日常生活を充足できなかった。また、市街地部においても校区による利便性の差があることを確認できた。

    4.生活環境の主観的評価

     災害公営住宅の入居者への訪問調査により、市街地部と集落部では入居者による生活利便性の評価が異なることが明らかになった。市街地部での居住者と比べて、集落部での居住者は買い物利便性を相対的に低く評価していた。一方、市街地部での居住者より集落部での居住者の方が近所づきあいや生活満足度を肯定的に評価する傾向にあった。

  • 浅野 裕樹, 日下 博幸
    セッションID: 511
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    白穂とは水稲の穂が白く枯れる現象で、夜間に吹く高温で乾燥した強風によって引き起こされる。これまでの白穂の原因調査のほとんどが、白穂を引き起した高温乾燥強風はフェーンであったと結論づけてきた。しかしながら、それらはどれも白穂発生地点の地上気象データから推察したものであり、フェーンが白穂を引き起こしたことを三次元的な大気の流れの解析によって示した研究例はない。2018年8月7日に鳥海山の南西側で局所的(87.1 ha)な白穂被害が確認された。この白穂はフェーンによって引き起こされたのだろうか。また、なぜ局所的に白穂被害が発生したのだろうか。本研究は、数値シミュレーションを用いて白穂発生時の鳥海山周りでの三次元的で複雑な大気の流れを解析することで、これらの疑問を解明することを目的とする。数値シミュレーションにはWeather Research and Forecasting model (WRF) を用いた。被害地域周辺は水平格子間隔1 kmで計算された。シミュレーション結果から地上2 mでの蒸散強制力(FTP)を求め、夜間の FTP が30を超えた時間の積算によって白穂の発生リスクを評価した。WRFは、鳥海山の南西側で局所的に発生した白穂の位置と時刻を正確に再現した。具体的には、シミュレートされた夜間の FTP が被害地域でのみ継続的に30を超えた。その間、上空約1000 mの南東風が鳥海山にぶつかり、山の南側を迂回しながら被害地域に吹きおろしていた。つまり、被害地域では白穂発生時にフェーンが吹走しており、このフェーンによる高温(24℃以上)、強い風速(8 m s-1 以上)、低湿度(65%未満)が夜間の FTP を上昇させ、白穂を引き起こしたことが明らかになった。一方、鳥海山の南側に位置する庄内平野では、出羽山地から吹きおろすフェーンがシミュレートされた。このフェーンは、鳥海山の南西側で吹走したフェーンよりも低い高度から吹きおろしていたため、フェーン効果が弱かった。その結果、庄内平野では鳥海山の南西側と比べて高温低湿にならず、白穂が発生しなかった。

  • 花谷 和志
    セッションID: 350
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    本研究の目的は, 政治地理学におけるリスケーリングの新たな視角を探究することにある. 特に, 地理学界においても近年散見されるガバナンス論への傾倒に対する批判から, 「平成の大合併」を経験した基礎自治体において住民側より発現されるリスケーリングに着目し, <公共>に回収されない「身近なスケールの政治」論の提起を試みたい.

    欧米圏を中心とした海外で1980年代以降議論の始まったリスケーリング概念の研究は地理学, とりわけ政治地理学の分野から展開され, 深められてきた(Taylor1982, サック1986, Smith2000). だが日本では地域社会学における「都市研究」の文脈で議論はされてきたものの, 政治地理学からの探究は高木(1994)による理論研究や山﨑(2013)による沖縄の米軍基地問題との関係, 「大阪都構想」をめぐる研究などがみられる程度である. 他方, 行政地理学の分野では森川の通勤圏との関係からみた「平成の大合併」に関する研究(森川2011)があるが, その後市町村合併を日常生活圏との関係から論じた研究は管見の限りローカル・ガバナンスの観点から論じた研究(久井2019)にとどまっている.

    これらの先行研究を踏まえた本研究の意義は, 特定の事象やガバナンス論に回収されない, ローカルなスケールでの身近な政治地理学とリスケーリング概念の探究に置かれていく. 特に全国の自治体に先駆け「平成の大合併」を経験した兵庫県丹波篠山市で起きている住民主導の新たなリスケーリングへの着目から, <公共>に収斂されない「身近なスケールの政治」論を提起するとともに, 政治地理学の新たな学術的知見の蓄積を試みることが本研究の企図するところである.

  • 小野寺 平, 日下 博幸
    セッションID: 509
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1. はじめに

    清川だしは,山形県庄内平野の最上峡谷出口付近で吹く局地的な東寄りの強風である.吉野(1986)は1950年1月18日に地上風観測を実施した.その結果,清川だしの吹走範囲は最上峡谷出口付近から庄内平野の中央部に限定された(以降,狭い清川だしとする).一方で,山岸・加藤(1996)はAMeDASデータから,佐々木ほか(2004)は集中気象観測から,それぞれ最上峡谷出口付近に限定せずに強風が吹走する(以降,広い清川だしとする)場合があることを指摘した.吹走範囲を明らかにした例は吉野(1986)によるものに限られ,しかも1時刻の地上風分布を描いたのみである.また,AMeDAS観測データを用いた山岸・加藤(1996)の解析では観測地点が限られるため清川だしの吹走範囲を判断するには不十分である.そのため清川だしの吹走範囲の詳細については解明されていない.そこで,本研究では20年間のデータを用いた統計解析を行うことで狭い清川だしと広い清川だしがどの程度存在するのかを調査し,清川だしの吹走範囲を高時間・空間分解能での独自地上気象観測によって確かめた.そして,数値シミュレーションを用いて清川だしの吹走範囲はどのように形成されているのかを明らかにした.

    2. 清川だしの解析

     使用データは,1999年1月1日~2018年12月31日の狩川におけるAMeDAS観測データ(10分間平均値)である.清川だしの先行研究や地元住民の認識を参考に狩川での日最大風速が10.8 m/s以上で,そのときの風向が東~南南東の日を清川だし吹走日とし(計172日),下限風速3.4 m/s以上かつ同風向で事例ごとに整理した.その結果,清川だしは6450時間となった.以降,前述の方法によって抽出された事例を本研究の清川だしとする.このうち狭い清川だしが吹走する時間は2473時間30分,広い清川だしが吹走する時間は2802時間20分となった.

    3. 高時間・空間分解能での独自清川だし観測

     次に清川だしの詳細な吹走範囲を明らかにするために,本研究では庄内地方ののべ16か所に測器を設置して高時間・空間分解能での長期地上気象観測を実施した.2021年3月20日6:40~2021年3月21日13:40 (JST)に吹走した清川だしの吹走範囲は,吹き始めには最上峡谷出口付近に限定し,最盛期には吹走範囲が拡大して庄内平野の広範囲に及んだ.つまり,清川だしには吹き始めから最盛期にかけて吹走範囲が拡大する「遷移型」が存在することが明らかとなった.

    4.領域気象モデルWRFを用いた清川だし再現実験

     観測された遷移型清川だしを対象に領域気象モデルWRF (Weather Research and Forecasting)を用いて再現実験を行った.このときの気圧配置は,高圧型から日本海低気圧型に遷移した.再現の結果,地上風分布は観測結果とよく一致し,吹走範囲の時間変化が再現された.清川だしの流れのレジームを検討した結果,吹き始めは最上峡谷の風下でのみおろし風が吹走するために清川だしの吹走範囲が限定されること,最盛期は出羽山地風上側の風速が大きくなり,おろし風が庄内平野で吹くために清川だしの吹走範囲が拡大することが明らかとなった.なお,吹走範囲の遷移は出羽山地風上側の風速の増大が主な要因であった.

    5. 結論

     独自気象観測の結果,吹き始めから最盛期にかけて吹走範囲が遷移する清川だしが存在することが明らかとなった.再現実験の結果,吹き始めはおろし風が最上峡谷風下に限定して吹きやすく,最盛期は出羽山地のおろし風が吹きやすいために吹走範囲が拡大することが明らかとなった.また,出羽山地風上側の風速が増大することで流れのレジームが遷移し,清川だしの吹走範囲が拡大することが判明した.

    謝辞

     本研究の一部はJSPS科研費JP19H03084の助成により実施されました.

    参考文献

    佐々木華織・菅野洋光・横山克至・松島大・森山真久・深堀協子・ 余偉明 2004: “清川ダシ” 吹走時に観測された強風域および風の鉛直構造の特徴. 天気, 51: 15-28.

    山岸米二郎・加藤廣 1996. 山形県北部の局地強風の発生機構の考 察. 研究時報, 48: 3-14.

    吉野正敏 1986. 『新版小気候』地人書館.

  • 島津 美子
    セッションID: S207
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1 伊能図の彩色

     伊能忠敬らが地図製作のための測量が開始したのは寛政12年(1800)であり、文政4年(1821)に最終版が江戸幕府に上呈されている。また、現在まで伝わった種々の伊能図は、上呈本が作られる前段階に描かれたもの、正本や副本の写し、あるいは写しからさらに模写されたものであることから、彩色もおおむね1800年代になされたものと考えられる。伊能図に用いられた彩色材料や技法を明らかにし、地図の仕立てや筆跡に加え、彩色の視点からもそれぞれの伊能図の関係性を示す手がかりを得ることを目的とした調査を行った。 伊能図は、測線や国界などを赤で記し、海や河川を青く彩色し、山岳地帯や城郭などの風景は絵画的に表現した色彩豊かな実測地図として知られている。また、コンパスローズ(方位記号)は、合印として用いられることもあるため、基本的に1つ1つが固有の配色やデザインで描かれており、地図部分よりも多種の彩色材料が使われている。本発表では、伊能図が描かれた時期の絵具について概観し、彩色調査の結果を簡略にまとめる。

    2 1800年代の彩色材料と調査手法  

     伊能図が描かれた頃に現代のようなチューブ入り絵具はなく、伊能図には、主に天然の素材から作った有色の粉末、すなわち顔料と、これを固着させるための膠液を混ぜて作った絵具が使われた。顔料の原材料には、有色の鉱物や土石類、あるいは、動植物から抽出した染料や樹脂などがあり、前者から作られるものを無機顔料、後者から作られるものを有機顔料として大別できる。天然の素材を用いるため、単体で作られる色に限りがあり、緑や紫といった中間色の絵具は、それぞれ青と黄色、赤と青を混色して作り出す。こうした絵具の状態や元素組成から、彩色材料の推定を行う。伊能図の彩色調査では、①デジタル顕微鏡による絵具の状態観察、②可視反射分光スペクトル測定、③蛍光X(エックス)線分析により顔料の原材料を推定した。 ①デジタル顕微鏡観察  顕微鏡による観察では、複数種の材料が混ぜられている場合、その混色された材料の色がそれぞれ確認できる。また、顔料粒子の大きさや形状などにより、材質を大まかに予想することができる。たとえば、粒子がはっきり見える場合、有色の石や鉱物などを砕いたり加工したりして作った無機顔料であることが多い。一方、微細であるかほとんど粒子が見えない状態の場合、動植物から抽出した染料を加工して作られた有機顔料である可能性が高い。調査には、高画素マイクロスコープDG-3x(スカラ社製)とマイクロスコープDino-Lite(ANMO社製)を用いた。 ②可視反射分光スペクトル測定 物体に光が当たると、光の一部が物体に吸収され、物体に吸収されなかった光は反射される。私たちは、物体から反射してきた光を感知して色としてとらえているが、可視反射分光法では、この反射してきた光の割合を波長ごとに測定する。人間の目では区別できないような似た色であっても、反射率の分布から材質の違いがわかる場合がある。顔料によっては、材質に特有の分光反射率を示すものがあり、彩色材料の推定に利用されている。 調査には、小型ファイバ光学分光器USB2000+(Ocean Optics社製)を使用し、ハロゲンランプ光源により白色光を照射し、400~800nm(ナノメートル:10億分の1mの波長・周波数)の分光反射率を計測した。 ③蛍光X線分析 無機顔料の多くは、色と関連した金属元素を含むものが多い。蛍光X線分析では、有色の鉱物や土石類に含まれる特徴的な金属元素を検出することができるため、色と検出元素の組み合わせから使用された顔料を推定する。調査には、機材A:ハンディ型蛍光X線分析装置(BRUKER製)S1 TURBO-SD、あるいは、機材B:ハンドヘルド蛍光X線分析計 DELTA Premium DP2000(オリンパスイノベックス社)のいずれかを用いた。

    3 伊能図にみられる彩色材料

     多くの伊能図では、青に染料から作られる有機顔料のひとつである藍、測線の赤に無機顔料のひとつ、水銀朱(水銀と硫黄の化合物で鮮やかな赤を呈する)がみつかっている。黄色には、東南アジアから輸入されていたガンボージと呼ばれる樹脂状の染料のほか、種類は特定できていないが黄色染料から作られた有機顔料が用いられたと考えられる。山岳を描く緑は、藍と黄色染料から作られた顔料の混色がほとんどであるが、無機顔料の岩緑青が使われた地図も確認されている。コンパスローズの彩色は、地図によりさまざまであり、無機顔料が多く使われた地図もある。

  • 徳本 直生, 苅谷 愛彦
    セッションID: P004
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    【はじめに】飛騨山脈・立山火山南部に位置する五色ヶ原には,モレーン状の微高地群が分布する.従来の研究では,これらは氷河成と考えられてきたが,次のような問題点が挙げられる.すなわち,i)航空レーザ測量技術の進展による高精度・高解像度な地形解析が可能になって以降の研究はほとんどなされていないこと,ii)大縮尺での微地形判読がなされていないこと,iii)詳細な地質学的記載などの根拠に基づく議論に乏しいこと,iv)成因について地形形成作用が多角的に検討されていないこと,である.飛騨山脈の氷河地形に関しては,成因が再検討された結果,崩壊成と結論付けられた例が増えている.以上の経緯から,本研究では五色ヶ原に分布するモレーン状地形について,1 m-DEMを用いた地形判読と現地踏査を基にその成因を再検討した.

    【結果】モレーン状地形は,細長く直線に近い堤防状地形(lv),楕円形のマウンド状地形(md),環状に湾曲するループ状地形(md)の3つの形態の微高地からなることがわかった.lv は比高0.5-2 m,長さ数mから約150 m,幅2-10 mであり,長軸の走向は台地の一般最大傾斜方向とほぼ一致する.md は比高最大5 m,長径数mから40 mである.lp は比高数m,幅数mから20 mであり,長さ100 m近く連続するものが多い.md と lp は,lv の斜面下方で卓越する.また,これら微高地群の間には凹地が分布する.凹地は大きなもので長径30 m前後であり,周囲にlpを持つものもある.踏査の結果,モレーン状地形は安山岩・アグルチネート岩塊を含む不淘汰岩屑層からなることがわかった.地表面に巨礫が濃集し,細粒物質に乏しい.擦痕のついた基盤岩や氷食礫は認められない.

    【考察】モレーン状地形の成因を再検討し,次の結論を得た.a)モレーン状地形は氷成とされてきたが,以下の点で否定される.すなわち,氷河の推定流動経路に氷河侵食地形(氷河擦痕のある基盤岩や氷食礫)が認められないこと,モレーン状地形の構成物質に氷河底変形構造など氷河地質特有の構造が認められないこと,である.b)モレーン状地形は岩石なだれで形成されたと考えられる.その発生域は,lv の長軸方向の延長から五色ヶ原西方にかつて存在した火山体と考えられる.c)微高地群間の凹地は,岩石なだれが雪氷塊を含んだ状態で定置したことに起因する.移動物質内の雪氷塊が融解することで地表面が陥没し,凹地が形成された.これは,岩石なだれ発生域の火山体が氷河や大型越年雪渓を湛えていたことを前提とする.d)この前提に依れば,岩石なだれの発生年代は更新世後期と考えられる.

  • 小野寺 美咲
    セッションID: 301
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    近年,高齢化が急激に進行するなかで,高齢者の主体性に着目し,社会的弱者ではなくポジティブな存在として扱う研究が増えつつある。中山間地域を中心とした農山村の地域社会や,農業従事者の高齢化が進む地域を取り上げた研究では,その存続や維持において高齢者の果たす役割が注目されている。「食料・農業・農村基本法」(1999年制定)には,高齢農業者が生きがいを持って農業を維持できる環境整備の推進と福祉の向上について記されており,高齢者農業については経済活動とは別の論理での維持が目論まれている。しかし,これまでの研究では,高齢者による小規模な農業に対しても経済的な側面からの評価がなされており,「生きがい」などの非経済的な動機を指摘している研究においても,動機を「生きがい」のように一括りにして説明しがちである。 本報告では,高齢者が有する農業の維持に向けた非経済的な動機や,農業を通じた地域社会との結びつき方を分析・考察することにより,高齢者が小規模な農業を維持する要因や意義を検討する。

    聞き取り調査から得られた高齢者が農業を維持する動機や,農業を通じて得られている「喜び」や「楽しみ」(以下,「喜び」)は8つに分類される。まず,農作業における「喜び」として,「作物の成長や収穫が楽しみ」,「畑仕事が趣味」というものが挙げられる。次に,生活リズムの維持や暇つぶしといった「生活の一部」,体を動かすことや考えることがある「健康維持・ボケ防止」,家庭における野菜の「自給」などが挙げられる。これらは,自立・自律した生活を送るための手段として農業を位置づけている。そして,(先祖からの/集落の)農地の維持や農作業に対する役割意識といった「義務感」が挙げられる。最後に,お裾分けや販売,畑における孫や近所の人との会話などの「交流」が挙げられる。調査対象者の70%以上がお裾分けを動機として挙げており,高齢期の農業においては,自給だけでなく贈与が前提にあるといえる。 高齢者は,これらの動機を複数個有しており,有する動機のパターンから,農作業や交流を楽しみ,農業を通じて自立・自律した生活を指向しつつ,義務感も持ち合わせている「オール型」,農作物や農作業を通じた交流を主な目的とする「交流重視型」,自立・自律した生活を送ることや農地の維持を目的とした「手段型」の3つに分類できる。  

    本報告では,農業を通じた結びつきがある地域社会を個人と世帯,近隣,集落,同一市内,県内他市町,県外の7つのスケールに区分して分析した。まず,「作物の成長や収穫が楽しみ」や「畑仕事が趣味」,「生活の一部」は個人内の結びつきである。高齢期における健康は本人だけでなく家族も望むため,「健康維持・ボケ防止」と「自給」は,個人と世帯内の結びつきとする。「義務感」は,先祖から受け継いだ農地や,近隣や集落内の農地の一つとして「荒らすわけにはいかない」という思いや,畑仕事は家族の中で自分の役割だという意識を有していることから,個人,世帯,近隣,集落との結びつきとする。農作物や農作業を通じた「交流」は,主な贈与先となる他出子や親戚の居住地が広範囲となるため,県外まであらゆる地域社会との結びつきといえる。また,対象地域には道の駅や歴史博物館,温泉施設などがあり,観光客との交流もみられた。以上の指標をもとにみると,「交流」を動機として挙げた人が多かったことから,県内他市町より広い結びつきを有する者が大部分を占めていた。一方で,有する動機の種類が少なかったとしても,結びつきが個人で完結する者はおらず,少なくとも世帯との結びつきを有していた。

    高齢者は多種多様な動機により農業を維持しつつ,地域社会との結びつきも維持していた。各結びつきと農業の維持の関連をみていくと,まず,個人との結びつきの中では,農作業を楽しみ,目標を持って臨むことで張りのある生活を指向していた。世帯との結びつきの中では,健康でいることが家族の安心にもつながるという自覚や,家庭に野菜を供給できるという有用感から役割意識や責任感を有していた。そして,高齢化の進む農山村では農地の維持や地域農業の存続を高齢者が担っていることから,近隣や集落との結びつきの中では,役割意識とともに社会への貢献意欲も持ち合わせていた。農作物や農作業を通じた交流による幅広い地域社会との結びつきの中では,お裾分けして喜んでもらうことや,自分の作った野菜が売れることで,他人に認められ,自信や誇りにつながっていた。 これらのことから,農業を通じた様々なスケールの地域社会との結びつきが,個人的にも社会的にも農業の維持を肯定することに寄与し,それぞれの動機をより強固なものにしていると考えられる。そして,農業が生きがいそのものになると同時に,さらなる生きがいを探り,生み出す営みにもなっているといえる。

  • インド・バングラデシュ国境における牛交易
    渡辺 和之
    セッションID: 419
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    南アジアの祭礼には、ヒンドゥー教の秋の大祭やイスラーム教の犠牲祭など、供犠を伴うものがある。発表者は、ヒマラヤの家畜回廊と名付けて、チベットからネパール、インドを経て、バングラデシュに至る家畜交易を調査し、異宗教徒間の動物観をめぐる関係を調査している。発表では、コロナ禍前の2018年と2020年にインド・バングラデシュ国境で調査した事例を報告する。

     バングラ側で、まず、統計資料を探した所、現地で入手できたのは貿易統計だけであった。家畜(牛)の数字は明らかに少ない。おそらく品種改良用に輸入されたものなどに限定されるものと思われる。また、国境の税務署を訪れた所、家畜については、人やトラックとは異なるポートを経由するとのことであった。教えられた場所にゆくと、昔はインドから牛が来ていたけど、今は来ていないと現地の元締めに言われ、国境警備隊に追い返された。そこで国境近くの家畜市を訪れ、話を聞いた。

     売り手たちが口にするのは、2015年にインドでモディ政権が誕生してからインド側の牛の輸出が厳しくなったとのことである。ヒンドゥー至上主義を打ち出すBJPのモディ政権は牛の福祉を訴えて、バングラデシュへの牛の輸出を制限しているのだという。バングラデシュ側も国内農民の保護のため、牛の輸入に制限をかけるようになったのだという。このため、近年ではインドの牛はほとんど入ってこないとこぼしていた。

     また、バングラデシュ北西部の国境近くの家畜市では、今でも少しは牛がやってくる旨を聞き取ることが出来た。種類としては、インドの牛に加え、ネパールやブータンの牛も来るという。ここは国境に囲まれた場所で、「柵を抜けてくる」そうである。ただ、量は非常に少なくなっており、「われわれは国境が開くのを待っている」とのことだった。

     これに対し、インドから牛が来なくても、困らない人たちもいる。もともと、農村の人々は、大柄なインド産の改良品種の牛よりも、国産牛を購入し、犠牲祭に用いる傾向がある。農村で牛を育てる農民は、2018年には国産牛が高く売れたと喜んでいた。また、皮革業者は、インド産の牛は粗悪品の代名詞と軽蔑していた。

     以上のように、バングラデシュ側では国産牛に対する価値が高く、インド産牛に対する評価が低い。インド産の改良品種の牛を購入するのは町や都市などの人たちであり、農村部の人々は国産牛の生産・流通・消費に関わることがわかった。ただ、ダッカはもとより国境近くの家畜市には、インド側から供給が途絶えた割には、インドやネパールのものらしき改良品種の牛もいた。

     インド側では、シルグリ周辺の国境近くには牛がたくさん放牧されている風景が見られた。家畜市の商人は取材に対し、非常に敏感であった。おそらく牛は「柵を抜けて」バングラデシュ側に流通してゆくものと思われる。また、西ベンガル州では、モディ政権下でもイスラーム教徒向けの食堂では牛肉を出していたし、牛の屠殺や牛肉の販売も許可があれば出来るという。

     ヒマラヤの家畜回廊では、インド側のヒンドゥーナショナリズムとバングラ側の国産ナショナリズムに阻まれつつも、水面下で交易が継続しているようである。

  • 中山 研一朗, 島田 久弥, 浦東 聡介, 岩井 大河, 吉川 厚
    セッションID: 307
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1. はじめに

     日本における合計特殊出生率(以下TFR)は、南西の地域ほど高く、北東の地域ほど低いことが知られている 。佐々井(2007) は、日本全国を9つのブロックに区分して、夫婦の出生力と、その原因と考えられる項目を比較・分析した。一方、国立社会保障・人口問題研究所による出生動向基本調査(2015)では、男女が結婚を決める理由と、夫婦が子どもを持つに至る理由について幾つかのアンケートを集め、分析を行っている。

    佐々井の研究におけるブロック単位での分析を、都道府県単位へと細分化することで、都道府県固有の特性にも視点を持たせたより詳細な分析を目指した。出生動向基本調査を踏まえながら、TFRに対する影響要素とそれを示す項目を仮説的に案出し、それらに相当する統計データとTFRの相関の状況を比較・分析した。

    2. 方法

    2.1 データ収集方法

     項目の分析にあたっては、都道府県別(以下 県)で得られるデータを用いて2項目間の相関分析を行った。データの多くは国勢調査を利用したが、2020年実施分は未だ公開されていない項目があるため、2015年実施分を利用し、他の項目も原則として2015年のデータを用いることとした(2015年のものがない一部項目は近い年のデータを採用)。

    2.2 仮説として設定したデータ項目

     1)「女性の婚姻率」:日本における非嫡出子割合は低水準であることも踏まえ、TFRとの直接的な相関を確認 するとともに、同項目への影響要素として他項目を案出した。

     2)「夫婦あたり子ども数」:同様にTFRに直接かかわる項目であることを確認3し、同項目への影響要素を案出。

     3)「女性の就業率」:仕事を優先することで出産を控えるよう影響するものと想定。

     4)「非正規雇用率」:非正規雇用による低所得や就業の不安定さが結婚、出産を躊躇させると想定。

     5)「女性の大学進学率」:高学歴化により就業開始年を引き上げ、仕事への意欲から結婚の優先度が下がると想定。

     6)「三世代同居率」:祖父母に子どもの面倒を見てもらえることが、子育てのしやすさに繋がると想定。

     7)「女性の初婚年齢」:早期結婚は出産可能期間を拡げ、体力のある若い時期の子育てが多産へ繋がると想定。

     8)「世帯年収」:収入が高いことで養育費、教育費が確保でき、多産につながると想定。9)「教育支出」:教育支出が高い地域では、2人目、3人目の出産を躊躇する傾向にあるとの想定。

    3. 分析結果の概要

     今回の分析結果は要旨に記載した表1のとおり。

     3)20代の女性就業率が高い県は婚姻率も高く、仮説に反して強い正の相関が認められ、TFRとの正の相関もみられる。

     4)男性20代の非正規雇用率が高い県は婚姻率が低く、強い負の相関がある一方で、男性30代の非正規雇用率の場合、婚姻率との相関は低下した。

     5)女性大学進学率が高い県は、30歳前後の女性婚姻率とTFRに強い負の相関がみられる。

     6)三世代同居率は夫婦あたり子ども数とは相関はみられず、仮説には合致しなかった。

     7)女性初婚年齢が高い県は、女性婚姻率、TFRともに低く、強い負の相関がみられた。

     8)世帯年収が高い県は、仮説に反し、夫婦あたり子ども数、TFRともに低く、強い負の相関がみられる。9)教育への支出は、仮説に反して夫婦当たり子ども数には相関が見られない一方で、女性婚姻率とTFRに負の相関がみられた。

    4. 考察

     分析前に立てた仮説に合致しなかったものについて、下記のとおり仮説を修正、考察する。

     3)女性就業率との正の相関は、仕事をきっかけに出逢いの機会が得やすいことと、「出生動向基本調査」(2015)にある通り、結婚への最大の障害が結婚資金であるという調査結果を支持すると考える。

     4)男性30代非正規率を県別に見ると、20代に比べ分散が低い。歳とともに正規雇用が増えることで県別正規雇用率が均され、婚姻率との相関が弱まったものと予想。

     6)三世代同居率との無相関は、子どもが増えると家が手狭になり別居し始めることや、子ども数の少ない東北地域で三世代同居率が高かったことが背景していると予想。

     8)世帯年収との負の相関は、世帯年収の高い世帯は共働き世帯が多く、出産を抑制する影響があるためと予想。

     9)子ども数の少ない県では一人あたりの教育支出が高く、多い県では一人あたりの教育支出が低く、結果として子ども数と教育支出に相関が現れないと予想。

    更なる分析を行う上では、対象地域の細分化や、複数年度のデータによる精度の向上や、相関分析から一歩進め、因果関係の側面から掘り下げるなど、仮説の更なる検証を進める余地があり、これが今後の課題と考える。

  • 西倉 瀬里, 川東 正幸
    セッションID: P030
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに

     干拓は、一様に海や湖沼の堆積物を排水によって干上げ陸化しているものの、国内の干拓地は干拓後の経過年数や土地利用は異なり、全国に分布しているため地理的条件も異なる。そのため、干拓地ではこれらの条件に基づく特有の土壌特性を持つと考えられる。一方で干拓地の土壌生成に関わる研究は、同一干拓地内における土地利用の違いや干拓してからの経過年数に基づく継続した土地利用による土壌発達に着目したものが多くを占め、干拓地間の比較研究による人為以外の土壌生成に関わる因子と土壌との関係については明らかになっていない。そこで本研究では干拓地の土壌生成とその因子への理解の向上を目的として、日本に分布する干拓年数や土地利用の異なる干拓地の土壌特性を比較し、日本の干拓地に共通して生じる土壌生成と条件によって異なる発達を明らかにすることを試みた。

    2.方法

     対象地は、汽水湖の干拓である秋田県八郎潟干拓地、岡山県の児島湾および笠岡湾干拓地、長崎県諫早湾干拓地で、それぞれの干拓地から、土地利用や干拓後の経過年数の異なる2から4地点で調査を行った。各地点で土壌断面調査を行い、分けられた土壌層位ごとに試料を採取、理化学性の分析を行った。分析項目は電気伝導度 (EC)、pH、強熱減量法による有機物量 (SOM)、ピペット法による粒径組成、全炭素 (TC)、全窒素 (TN)、選択溶解法による形態別の鉄酸化物である。さらに分析したデータを用いて主成分分析を行い、干拓地の特徴づけを行った。主成分分析の変数にはEC、pH、気相率、TC、TN、粘土とシルト含量に対する粘土の割合、ジチオナイト―クエン酸塩還元抽出法による酸化物中の鉄含量、鉄活性度、SOM、土壌の物理的未熟性を表すn値を用いた。

    3.結果と考察

     粒径組成の結果より、八郎潟および諫早湾の土壌は粘土含量が多い一方で、笠岡湾および児島湾は比較的砂含量が多いことから、八郎潟や諫早湾は笠岡湾、児島湾に比べて干拓前は停滞した環境下にあったと考えられた。

     主成分分析の結果、第一主成分(PC1)は42%、第二主成分 (PC2) は23%の寄与率を得ることができた。主成分負荷量について、PC1はpHと負の相関、 TC、TNおよびSOMと正の相関があることから、値が低いほど有機物の蓄積と酸性化していることを示す指標と考えられた。PC2はECおよび値が高いほど土壌が物理的に未熟であることを示すn値と負の相関、気相率と正の相関があることから、値が高いほど干拓排水による土壌の乾燥化及び海水塩の溶脱の進行を示す指標と考えられた。主成分得点について、PC1は同一干拓地内で類似した値を示し、その深さ方向への値の変化も干拓地ごとに異なることから、各干拓地の立地環境を示していると考えられた。特に八郎潟は下層ほど値が低く酸性化していることから、干拓前の停滞した環境下で生じたパイライトが干拓により陸化し、酸性化した状態を示していると考えられた。さらに上層ほど値が高いことから、干拓後の継続的な排水によって硫酸塩が上層では溶脱している様子も見られた。PC2はどの土壌も一様に下層ほど低い値を示す傾向があり、排水による土壌物理性の発達は上層から下層に向かって生じ、干拓地共通の発達過程であると考えられた。

     本研究の結果から、干拓地土壌の発達過程について、程度は異なるものの、干拓地の条件を問わず共通して生じている干拓や土地利用の排水による土壌物理性の発達(PC2)と、干拓地の地理的条件によって特徴づけられ、各干拓地固有に生じる発達(PC1)に区別することができた。

  • Quang-Van Doan, Hiroyuki Kusaka
    セッションID: 505
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    This study investigates how heavy precipitation will change under the global warming effect over two urban agglomerations, Tokyo and Singapore, that are located in different climate backgrounds, up to 2100, using the dynamical downscaling approach with state-of-art regional climate model. We found that heavy precipitation is likely to respond more strongly to warming forcing, which implies a paradigm of "wet gets wetter" in the future. We also found that in the mid-latitude area like Tokyo, the response of heavy precipitation to warming is more sensitive compared with tropical city Singapore.

  • 根元 裕樹, 松山 洋, ZEMTSOV Valerii, VERSHININ Dmitrii, TARASOV Alexandr
    セッションID: S402
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに

    寒冷地に位置する河川では,河道内に形成された河氷によって河道が閉塞されて水位が上昇するアイスジャムが発生することがある(吉川ほか 2011).トムスクでは2010年春に,付近を流れるトム川にてアイスジャム洪水が発生した.

    本研究ではトムスク周辺を対象にアイスジャムの発生シナリオを複数想定し,洪水氾濫シミュレーションを用いた洪水範囲の推定を行った.

    2.研究手法と使用データ

    本研究の対象範囲は,トム川のトムスク周辺地域である.

    本研究では,複数のシナリオを作成し,そのシナリオに従って,dynamic wave modelに基づいた洪水氾濫シミュレーションを行った.その結果を考察し,洪水の浸水域を推定した.

    洪水氾濫シミュレーションに必要となるデータは,地形,土地利用,流量である.UTM座標系WGS84測地系に投影変換して使用した. 地形データは,宇宙航空研究開発機構(2017)を用いた.土地利用データは,Geospatial Information Authority of Japan et al.(2013)を用いた.土地利用データは,Manningの粗度係数としてモデルパラメータに用いた.流量データは,トム川の観測地点の流量を用いた.流量データは2010年1年間の日平均流量である.

    シナリオは,アイスジャムが起こらないシナリオとアイスジャムが起こった複数のシナリオを用意した.2010年春にアイスジャム洪水が起こった際の流量は3,000m3/s程度であったため,3,000 m3/sを24時間与えて,洪水氾濫シミュレーションを行った.

    3.結果

    複数のシナリオに従って洪水氾濫シミュレーションを行った結果,トム川から洪水流は,主に左岸側に流れていくことがわかった.しかし,下流では,市街地のある右岸側にも洪水があふれることがわかった.

    4.おわりに

    本研究では,アイスジャムを考慮して洪水氾濫シミュレーションを行い,トムスク周辺にて発生する可能性のある洪水の範囲について推定を行った.その結果,トムスク市街地では主に下流側で洪水の被害にあう可能性があることがわかった.

    参考文献

    宇宙航空研究開発機構 2017. ALOS World 3D – 30m. https://www.eorc.jaxa.jp/ALOS/jp/dataset/aw3d30/aw3d30_j.htm (最終閲覧日: 2022年1月19日)

    吉川泰弘・渡邊康玄・早川 博・平井康幸 2011. 2010年2月に渚滑川で発生したアイスジャムに関する研究. 河川技術論文集 17: 353-358.

    Geospatial Information Authority of Japan, Chiba University and collaborating organizations. 2013. Land Cover (GLCNMO) - Global version - Version 3. https://github.com/globalmaps/gm_lc_v3#land-cover-glcnmo---global-version---version-3 (last accessed 19 January 2022)

  • 塚本 章宏
    セッションID: S203
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1 はじめに

     伊能図にあけられている無数の針穴(針孔)は,作製過程や地図要素を作図する上で,重要な役割を果たしている。しかし,1図幅を構成する測点(針穴)数や測点間の線分長(連続する2点の針穴の間隔)などの,針穴を分析する際の基礎的情報さえも明らかになっていないのが現状である。

     他方で,史料の物質性とそのコンテクストを組み込んで絵図・古地図を分析する「地図史料学」のアプローチによる,地図仕立てや紙継ぎ・角筆・針穴を手掛かりとして地図の作製過程を解明する研究成果が蓄積されてきている。

     こうした研究の進展には,近年の情報技術・機器の飛躍的向上が背景にある。例えば,800ppiの解像度で地図をデジタルアーカイブする撮影技術が確立されるとともに,作成された大容量画像データの編集・解析・保存も比較的容易に行われることで,原物よりも詳細に対象を観察することができるようになっている。さらに,GIS(地理情報システム:Geographic Information Systems)を古地図研究に援用する方法論や成果も連動するように蓄積されてきている。

    2 研究目的

     こうした動向を踏まえて,本研究では以下の目的を設定する。まず①地図史料学の観点から「伊能図の針穴」を分析するための基礎的情報として,GISの画像解析・空間分析機能を用い,針穴(測点)数や針穴間隔(測点間の線分長)を計測し,その集計結果を整理する,②針穴に関する計測結果をもとに,描画地域,作製年代,縮尺の違いによる比較分析を行う,③伊能図における作図の緻密さを検討するための指標として「針穴密度」を設定し,作製過程における測量・製図に関する技術水準の一端を明らかにする。

    3 分析対象地図

     分析対象とした地図は表の通りである。まずは徳島大学附属図書館が所蔵(蜂須賀家旧蔵)する3組10点の伊能図である。文化元年(1804)8月に幕府に上呈された日本東半部「沿海地図」と同系統の中図3点(表:No.1~3),文化2~8年の第5~7次測量の成果にもとづいて西日本を描く中図4点(表:No.4~7),第7次測量の成果による豊前国の大図3点(表:No.8~10)の計10点である。また,伊能忠敬記念館所蔵で,第2次(1801年)と第9次(1815年)の経年比較が可能な伊豆半島を描いた地図3点を取り上げる(表:No.11・13は第9次,No.12は第2次測量)。そして,文化2~3年(1805~06)の第5次測量成果にもとづいて,1里1寸2分の縮尺で作製された「特別地域図」と呼ばれる琵琶湖を描いた地図3点を比較する(表:No.14・15は伊能忠敬記念館所蔵,No.16は神戸市立博物館所蔵)。

    4 針穴密度と針穴間隔

     分析対象とした16 点の伊能図の測線上に確認された針穴点数と測線全長距離および「針穴密度(pts/cm)」を,表に示した。針穴密度は,針穴点数を測線全長距離で除して算出した作図の緻密さを表す数値である。これらの計測数値を比較しながら,各地図の描画地域・作製(測量)年代・縮尺などにみられる差異について検討した。

     その結果,中図においては,前期測量図(表:No.1~3)の針穴密度が2~3pts/cmであったのに対し,後期測量図(表:No.4~7)は6pts/cm前後とより緻密に描画されていた。大図においても,第2次測量(表:No.12)と第7次測量(表:No.8~10)は2~3pts/cmであったが,第9次測量(表:No.11・13)では5 pts/cmを示し,中図と同様に年代が下がるにつれて針穴密度が高くなっている。また,特別地域図(表:No.14~16)については,大図と中図の中間にあたる3.7 pts/cm 前後となっている。

     伊能図の作製において,組地図や地域ごとに針穴密度の一定のまとまりが認められ,作図の水準が定められている可能性と,それを常に向上させてきた努力が推察された。

  • 山本 健太, 申 知燕
    セッションID: P050
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    本発表の目的は,東京におけるヘアサロンが立地と街の特徴を,ポータルサイト「HOT PEPPER Beauty」掲載データから検討することである。

     昨今のコロナ禍を受け,多くの職業で対面接触を避けるなど,働き方が大きく変わりつつあるが,ヘアサロンの提供するサービスは,顧客と従業員の身体的接触を伴う対面接触が不可避である。ヘアサロンは,2019年現在の店舗数は全国で254,422件,東京都内には24,088件ある(厚生労働省,2021)。この数は2020年度末の信号機(全国:207,848機,都内:15,984機),2020年末の日本フランチャイズチェーン協会所属のコンビニエンスストア(全国:55,924件)よりも多い。社会的需要が高く,数も多い当該店舗の立地を検討することは,今後の都市空間の有り様を考える上で重要な意味をもつ。

     HOT PEPPER Beautyに登録され,都内に立地するヘアサロン数は7,952件(2021年5月時点)にとどまり,都内に立地するヘアサロンの全体像を示すものではない。また当該ポータルサイトの利用者層は20~30代の女性であることにも留意が必要である。しかし,当該ポータルサイトは美容産業の中にあって最大規模のものであり,住所や支払い方法はもとより,座席数や従業員数,最低料金,店舗紹介文など,店舗に関する様々な情報を網羅的に得ることができるサイトでもある。本研究では,対象のヘアサロンのデータ取得をPythonスクリプトによってウェブスクレイピングし,立地地区に分けて定量的,定性的な分析を試みる。

     各店舗に50mバッファをとり,その範囲が重なる空間を集積とすると,都内で2472か所が抽出されるが,なかでも特定の地区への集積が顕著である。都内で最も広い面積の集積は表参道・渋谷周辺地域(表参道610件,渋谷172件,1.599平方km2)である。次位の銀座周辺(157件,0.546 km2)のおよそ2.9倍の広さである。以下,恵比寿・代官山(恵比寿96件,代官山60件,0.462 km2),吉祥寺(170件,0.441 km2),池袋駅西側(113件,0.369 平方km2),立川(104件,0.298 平方km2),池袋駅東側(121件,0.292 平方km2),町田(79件,0.286 平方km2),自由が丘(105件,0.278 平方km2),下北沢(105件,0.240 平方km2)である。これら集積を,HOT PEPPER Beautyの地区区分と空間的断続を考慮して,12地区(表参道,渋谷,銀座,恵比寿,代官山,吉祥寺,池袋西,立川,池袋東,町田,自由が丘,下北沢)に区分し,分析する。

     カット価格の平均額は都内平均4,895円である。平均を上回る地区は降順に代官山(5,935円),表参道(5,779円),銀座(5,150円),恵比寿(5,046円),自由が丘(4,901円),吉祥寺(4,705円)であり,自由が丘と吉祥寺を除いて23区内にある。都心部のヘアサロンは,席数,従業員数が他の地区と比較して多い。席数と従業員数を増やすことで時間当たりに対応可能な顧客数を増やす必要がある。また,高い技術力やサービスの質によって顧客単価を上げていることも推察される。山手線沿線にあって,渋谷(4,275円),池袋東(3,855円),池袋西(3,684円)ではカット価格が平均を下回っている。これら3つの地区は,座席数とスタイリスト数は平均よりも多いがアシスタント数が少ない。取り扱い業務に制限のあるアシスタントにかかる人件費を抑えることで,客単価の低さをカバーしているとも考えられる。

     各地区の客単価や座席数,従業員数は,地区内のヘアサロンがどのような顧客層を想定しているのかとも関連を持つ。ヘアサロンの店舗紹介文を共起ネットワーク分析および特徴語抽出分析から検討すると,店舗紹介文に含まれる1)立地,2)施術メニュー,3)ヘアサロンのアピールポイントから店舗の特徴を確認できる。たとえば,「カラー」に関連する単語が多く登場し,それらは明るい髪色と関連する単語が抽出され,「髪質」に関する単語も多い地区では,髪に負担がかかる明るい髪色を選択し,髪染めと同時にヘアケアも施術する若年層顧客が多いことが読み取れる。また,「大人」,「女性」などの顧客属性や,スタイリストの技術,顧客とのコミュニケーション方法に関する単語からも,各地区におけるヘアサロンの規模やコンセプト,顧客層,価格戦略などを把握できる。

     上述のような分析を地区毎にした結果,ヘアサロンの立地は若者が集まる都心ターミナル駅周辺地域,落ち着いた雰囲気で大人の女性に人気の都心周辺の繁華街,主婦層や学生の生活の場となる郊外住宅街の商業地域などに集積しており,それぞれの立地特性に差がみられる。

  • 大西 宏治
    セッションID: S305
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    Ⅰ はじめに

     学校教育では教科内容から生活指導まで,様々な側面で防災教育に取り組んでいる.教科教育における防災教育は,自然災害を発生させる自然現象のメカニズムの説明から,それに対する社会の側の対応,生活面での対応について教科の特性に応じて取りあげるため,ほとんどの科目で何らかの災害に関連する要素を取り扱うことになる.また,学校によっては総合的な学習の時間で災害,防災を取り上げ,体験的な学習活動を実施することも少なくない.また,安全教育を実施するために,身体を動かす防災訓練などで安全指導が行われ,多様な防災教育が行われている.

     防災教育に対して研究者や市民からの授業実践の提案が学校に対して行われ,さまざまな実践が行われてきた.しかしながら,児童の発達段階に合致した教材でなければ,その場で何らかの活動はできたとしても,理解が定着はしないであろう.この報告では防災学習に対して児童の発達段階を考慮したカリキュラムの位置づけを検討する.

    Ⅱ 小学校の防災教育

     地理と関連が深い小学校社会科の教科書や地図帳をみると,防災については数多くの記載がある.自然環境を反映した暮らしを学ぶ中には自然災害に対する地域の対応を学ぶ部分がある.郷土を学ぶときにも,地図を活用しながら過去の災害を学ぶ機会は少なくない.地図帳を見ても防災対応施設の分布や災害についての主題図が掲載されている.このように教科書や地図帳を見る限り,十分な内容の防災学習の要素が盛り込まれているように感じられる.

     小学校は教科担任制ではなく担任が基本的には全教科を担当し授業を実施する.教科をまたぎながら防災学習を展開する先生もいるかもしれない.しかしながら,教員は防災の専門家ではないし,防災だけを授業するわけではないため,教科書などに誘われ,さらに郷土学習教材に誘われて防災に取り組むことになる.

     その際,小学生の発達段階を考慮した防災学習が必要になる.

    Ⅲ 小学生の特性と防災学習の可能性

     児童の生活体験を考慮した防災学習を考えるとき,寺本(2000)が提案するまちづくり学習の考え方が参考になる.学年進行とともに社会的な発達や空間認知の発達に伴い,授業で取り上げる範囲や達成する目標を発展させている.低学年では地域に愛着を,中学年では共感を,高学年に移行するに従い,参加,提案ができるようにまちづくりを学んでいく設定になっている.防災に関しても同じように考えることができる.防災学習でも自分の暮らす地域へ愛着を持つ段階は同じである.近隣地域の災害を学び,かつての人々が困難を抱え乗り越えてきたことに共感し,地域を守る,命を守ることに共感するのが中学年である.そして,それらを踏まえて防災活動に参加し,そして災害に強いまちづくりについて提案するのが高学年の段階である(図1).

     取り上げることのできる空間スケールは発達段階に伴い変化し,低学年では身近な地域を,それが次第に市町村レベル,県レベルと拡大し,国土全体を対象にするのが5,6年生であろう.このような発達段階に従った,そして教科書の防災学習のコンテンツに寄り添った防災教育の提案が必要になるであろう.

     このような児童の特性を丁寧に把握し,児童の理解を促していくことにより,生涯にわたって関わり続けなければならない防災を学ぶ基礎を築くことができるのではないだろうか.

  • 工藤 達貴, 日下 博幸
    セッションID: 510
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに

     生保内だしは、秋田県仙北市生保内地区で奥羽山脈から吹き降りる東寄りの局地風である (本谷 2018)。生保内だしは、豊作をもたらすとして重宝される風であり、現地の民謡「生保内節」に「宝風」と歌われる(仲井ほか 1996)。一般的に、局地風は被害をもたらすものが多いが、生保内だしは吹走することによるメリットが大きい局地風であるということが特徴である。生保内だしは、ローカル気象の教科書や参考書に頻出する局地風の一つである。しかし、生保内だしの気候学的特徴(頻度、継続時間、風速、吹走時の気圧配置)は学術的には明らかになっていない。

     本発表では、生保内だしの頻度と継続時間に着目して気候学的特徴を解析した結果を報告する。

    2.データと方法

     解析には、田沢湖AMeDASにおける風向・風速の1時間毎の観測値を用いる。風速は、べき乗則を用いて風速計の高さ10mに補正した値を用いる。2011年から2020年までの10年間を対象に生保内だしの吹走事例を抽出し、月ごと、時刻ごとの吹走頻度、吹走開始時刻・終了時刻、継続時間を解析する。なお、田沢湖AMeDASで東北東~東南東風かつ風速5.5m/s以上の時間が3時間以上継続するときに、生保内だしの吹走事例とする。このとき、生保内だし吹走時に風が一時的に弱まったり風向が変化したりして、生保内だしの条件を満たさない期間があることが考えられる。この期間が6時間以内である場合はこの期間を含めて1つの吹走事例であるとみなす。

    3.結果と考察

     生保内だしの吹走事例は、179事例(1706時間)であった。吹走月は、4~6月が最も多かった。理由として、4・5月は高気圧と低気圧が交互に日本付近を通過し、日本の東に高気圧が位置するときに生保内だしが吹くことがあげられる。6月はオホーツク海高気圧が日本付近に張り出すため、吹走頻度が高いと考えられる。吹走時刻は、9~12時が最も多かった。また、朝から昼前に吹走開始、昼頃から夕方に吹走終了となる事例が多かった。理由として、朝から夕方にかけて局地的に気圧が低下することがあげられる。継続時間は、3~5時間が最も多かった。理由として、気圧の局地的な日変化が総観規模の気圧変化よりも大きいことがあげられる。

    4.まとめ

     生保内だしは4~6月と9~12時に吹き、吹き始めは朝から昼前、吹き終わりは昼頃から夕方が多い。継続時間は3~5時間が多い。生保内だし吹走頻度の月ごとの変化は総観規模の気圧配置の変化、時刻ごとの変化は局地的な気圧変化の影響によるものであると考えられる。

    参考文献

    仲井幸二郎・丸山忍・三隅治雄 1996. 『日本民謡辞典』東京堂出版.

    本谷研 2018. 秋田県の気候. 日下博幸・藤部文昭・吉野 正敏・田村明・木村富士男編『日本気候百科』70-76. 丸善出版.

  • 地域産業教育の影響に着目して
    佐藤 裕哉
    セッションID: 315
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    本稿では、若者のライフコースと富山への居住理由、そこに地域の産業教育がどのように関わっているかを明らかにする。分析に用いたデータは2021年4月に実施した富山県に居住する若者へのアンケート調査である。高校以降のライフコース(進学、就職、転職など)、受けてきたキャリア教育、最終学歴の進路指導などについて質問している。ここから、ライフコースを描くことでトランジションの空間的パターンを把握し、それに教育などがどのように関わっているかを把握する。

    ライフコースの空間的な大まかなパターンは、地元への定着性が高いことが示された。高卒就業者のほとんどは、富山県内の企業に就職する。また、大学進学では、一旦、富山県外に転出した後、初職で富山に戻ってくるパターンであった。多くが就職の際に富山県での勤務を前提としていた。初職以降は県内での異動が多い。これらの理由は富山の居住環境の良さや、富山への愛着などである。 最終学歴の教育については、医療・福祉などスキルが必要な業種ほど評価されている。最終学歴時の就職指導については、業種により差がみられた。進路指導に関して,学校の影響は大きいが,就職先企業を推薦したり、面接指導など技能面以外の部分が中心である.

  • 市野 美夏, 増田 耕一, 三上 岳彦
    セッションID: 515
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    気候変動が人間社会に与える影響については,歴史学においても,将来の気候変化への対応においても重要な課題である。気象観測開始より前の気候要因と社会および経済状態との連関を論じるためには,年よりも時間解像度の高い気候変化を空間パターンの時系列として示す必要がある。日本では毎日の天候記録を含んだ古文書が数多く残され,気候復元に利用されている。そこで,本研究では,天候不順などの異常天候による気候災害と社会への影響の議論に有用な,ある1年ではなく複数年にわたる,連続した空間分布をもつ気候要素の復元を試みた。天気の良し悪しと密接な関係にある気象変数として日射量を考え,天保の飢饉があった1830年代を含む1821年から1850年の30年間について,日記に含まれる天気記録から複数地点の月平均日射量の空間分布を推定した。定性的な天気記録から日射量を推定するため,まず,現在の天気の観測として気象庁の天気概況と全天日射量の関係から作成された推定方法を古日記の天気記録に適用した。日射量は植物の生長への寄与が大きい気象要素の一つであり,その変動は農作物の収量等にも影響する。そこで,1833年,1836年,1838年の月平均日射量推定値の30年平均値に対する割合による日射量の空間分布および季節進行を基に稲作への影響を議論した。1833年は6月に西日本で平年より日射量が高いが,7月は低い。8月は東日本から北日本で低いが,西日本では北九州をのぞき,平年かそれ以上である。1836年は,5月から9月の日射量が平年値より低い地点が多い。特に,7月,8月の関東から九州北部までが平年値を下回っており,関東では10%を下回っている。1838年の夏季は1836年と同様に関東以西で平年より低いが,1836年とは異なり,5月,9月は平年並かそれより高い。3年の夏季において、日射量の低下が米の収量へ影響した可能性が示された。さらに,1836年は,1月に関東以北で平年並みかそれより高く,萩,津山,伊勢で平年以下であり,寒冬の可能性がある。3月,4月,10月は全国的に高いが,11月は近畿から関東で低い。1836年は,夏季の日照不足の長期継続に加え,平年からの変動が大きく,春先から晩秋まで異常天候であった年と示唆され,1837年まで続く大阪米価の異常高騰とも整合性が得られた。

  • —2005年SSM調査を用いた分析—
    牧野 紘己, 山内 昌和
    セッションID: 309
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    はじめに

     戦後日本では大規模な人口移動が生じ,大都市圏と非大都市圏それぞれに多くの影響を及ぼしてきた.本研究は,大都市圏と非大都市圏1)の人口の規模や構造に及ぼす人口移動の影響について,2005年「社会階層と社会移動調査」(以下,SSM調査)の結果を用いて検討するものである.

     これまで日本の人口地理学では,大都市圏と非大都市圏間の人口移動に大きな関心が寄せられてきた(石川2001など).それに対して,両地域の人口に及ぼす人口移動の影響については,人口の増減や再生産への影響(鎌田ほか2022など),あるいは移動者の属性(清水2019など)を除いて,必ずしも十分な関心が払われてきたわけではない.その一因として,移動者であるかどうかを識別できる調査データの利用の困難さがあった.

     そこで本研究では,過去の居住地の履歴に関する地理情報を含む全国規模で実施された社会調査の個票データを用いることで,日本の大都市圏と非大都市圏の人口の規模や構造に及ぼす人口移動の影響を分析した.

    データと方法

     使用したデータは,「社会階層と社会移動調査研究会」が2005年に実施したSSM調査の個票データである.同調査は,日本全国在住の20歳以上70歳以下の男女個人を母集団として層化二段確率⽐例抽出で選ばれた標本(n=5742)を対象としている.同調査の質問項目に含まれる「15歳居住地」,「就学地」,「就業地」および「現住地」の地理情報(いずれも都道府県を単位とする)をもとに,大都市圏残留者(UU),非大都市圏残留者(RR),大都市圏から非大都市圏への移動者(UR),大都市圏還流移動者(URU),非大都市圏から大都市圏への移動者(RU),非大都市圏還流移動者(RUR)の計6移動類型に分け,男女別出生コーホート別に分析を行った.

    結果

     分析の結果,主として以下の3点が明らかになった.第1に,両地域における移動者の規模が明らかになった.具体的には,大都市圏居住者に占める「UU」の割合は72.7%,「RU」の割合は22.1%,「URU」の割合は5.2%,また,非大都市圏居住者に占める「RR」の割合は79.2%,「UR」の割合は4.8%,「RUR」の割合は16.0%であった.

     第2に,両地域の人口構造に関しては,同居家族の数,配偶関係,子供の数,教育歴,従業上の地位,職業,住んでいる住宅の種類,中学3年の時の成績,について検討した.このうち,職業については,両地域ともに,残留者に比べて移動者でホワイトカラーの割合が高く,ブルーカラーの割合が低いことが示された.

     第3に,職業に関して,世代間の階層移動の視点も加味してさらに検討を加えた.その結果,職業の世代間階層移動と人口移動には一定の関連がみられた.例えば,親の職業がホワイトカラーの場合,子の職業もホワイトカラーになる傾向が認められ,それは残留者よりも移動者に顕著であった.そのため,職業の世代間階層移動と人口移動とが相まって,大都市圏で非大都市圏よりもホワイトカラーの割合がいっそう高くなる傾向が生じることになっていたのである.

    ※ 本研究は,牧野の2021年度早稲田大学教育学部卒業論文に加筆修正を加えたものである.研究に際して,東京大学社会科学研究所附属社会調査・データアーカイブ研究センターSSJ データアーカイブから「2005年SSM日本調査」(2015SSM調査管理委員会)の個票データの提供を受けた.

    1) 本稿では,東京・埼玉・千葉・神奈川・愛知・岐阜・三重・大阪・京都・兵庫・奈良の各都府県を大都市圏,上記以外の道県を非大都市圏とした.

    文献

    石川義孝 2001.『人口移動転換の研究』京都大学学術出版会.

    鎌田健司・小池司朗・菅桂太・山内昌和 2022. 都道府県別にみた人口増加率の要因分解:1950~2015年 (1)総人口の分析結果.人口問題研究 78-1:240-264.(印刷中)

    清水昌人 2019. 非大都市圏に居住する大都市圏出身者の特性. 人口問題研究 75-3:169-191.

  • 丁 茹楠
    セッションID: 312
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
    会議録・要旨集 フリー

    1. 目的

     グローバルな知識経済化の発展と拡大に伴い、各国間の高度人材をめぐる獲得競争は激しくなっている。日本政府は外国人高度人材や「高度人材の卵」と見なされる留学生の受け入れを積極的に行なっている。

     こうした留学生受け入れ政策の結果、日本で学ぶ留学生数自体は大きく増加したが、彼らはどこに留学し、その後どこで就職し、さらにその後どのような生活を送るのだろうか。また、彼らの空間的行動にどのような要因が影響するのだろうか。そのなかで、地方圏で就職した外国人元留学生らが一定の期間を経て地方圏を離れ、東京に集中していることを指摘する研究もあり、留学生がその後も地方圏にとどまり就職し、定住を続けることには困難があることが示唆される。外国人高度人材の予備軍である留学生が、地方圏において生活を維持するための条件を明らかにすることは、地方圏産業の知識経済化を促進する上でも有益だと考えられる。

     本研究は、日本に就職している中国人元留学生を対象に、彼らの日本での就職理由と、就職に伴う地域間移動を明らかにする。その中で、地方圏に残った中国人元留学生に焦点を当てて、彼らの地方(日本)定着意思とその要因を検討する。本研究では定着を将来にわたって長期(10年以上)の居住意思があることと定義する。

    2. 研究方法

     本調査の対象者は、20代前半から30代後半までの中国人若年層であり、日本の高等教育機関を卒業・修了し、かつ現在日本で就職している中国人元留学生とする。

    調査は聞き取り調査とアンケート調査を併用した。まずアンケート調査は基本的に中国の主流ソーシャルメディアWeChatを活用した。調査対象者の募集方法は、九州の各大学(九州大学、熊本大学、長崎大学、大分大学、鹿児島大学)の中国人留学生の学友会の協力を得て、各学友会の留学生WeChatグループにオンラインのアンケート調査票を送信し、回答してもらうという形を講じた。加えて、中国人がよく用いるSNS豆瓣(Douban)のグループ機能を利用し、潜在的なアンケート対象者を探した。アンケート調査の項目は基本属性、来日動機、進路決定、来日後の移動歴、定着意思の有無などである。

     次に、聞き取り調査は友人や知り合いの紹介など雪だるま式を用いて対象者を募集した。研究目的を達成するために、研究対象者に対して、アンケート調査の質問項目を含めて、進路決定の理由、定着意思に影響する要因、交友関係等を詳しく、1時間~2時間半の半構造化インタビュー調査を実施した。以上の結果、アンケート調査では96名、聞き取り調査では32名の回答を得た。

    3. 結果の概要

     調査の結果、以下の3点が明らかになった。 第1に、中国人元留学生の就職に伴う地域間の移動状況について、九州の大学に留学した者は、東京圏への就職が多数を占めるが、大学所在県や隣接県に就職した者の割合も一定数認められる。

     第2に、地方圏で就職した中国人元留学生が地方に残留を決めた主要因は、家族あるいは交際相手の存在であった。もう一つは、将来の進路が漠然としているため、さしあたり日本での就労経験を獲得するために身近な場所で就職活動を行ったというものである。現在の職場に対し、男性より女性の方がネガティブな評価をしている者の割合が高い。技術系に比べて、非技術系な仕事を従事する者が職場の人間関係、仕事内容、収入など不満が多い。

     第3に、九州に残留した調査対象者の定着意思に関して、①日本に定着したいと考える人は6割ぐらい占めている。その理由は、家族あるいは恋人は日本にいること、日本の生活に慣れたこと、生活の安定、中国の競争の激しさ、収入水準は中国の地方都市より高いなどが挙げられた。②定着意思が弱い者の理由について、中国の親へ懸念、日本での仕事に不満足、中国にいた方が精神的満足度が高いなどが挙げられる。③九州残留者の中で、福岡に移住すると考える者は少なくない。

  • 飯島 慈裕, 佐藤 友徳, 檜山 哲哉, Fedorov Alexander, Groisman Pavel, Gulev Sergey
    セッションID: S406
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    北極は、地球全体の温暖化傾向に比べて、約2倍の強さで温暖化が進行していると言われている。北極の気候の影響を強く受けるロシア北極域においても温暖化傾向に伴い、異常高温や降水量の変化が陸上の様々な環境に大きな影響を与えている。特に、東シベリアに分布の中心をもつ連続的永久凍土地帯では凍土の温暖化や融解による荒廃減少が報告されている。

     このような自然環境変動に対して、現地ロシアの研究者との協働で、自然環境変化の科学的理解に加えて、そこに住む人々への影響、さらには日本を含む全球への影響を考慮した共同研究が、最近10数年間で進展してきた。本発表では、最近の共同研究の進展により得られたロシア北極域での自然環境変動の現状理解と今後の取り組みの方向性について紹介する。

     かつて北極域で見られた20世紀半ばの温暖期(1935~1945年頃)には、シベリアの温暖化は地域的で、北極海沿岸のツンドラ帯で温度上昇の傾向を示すのみであった。しかし、20世紀末(1990年代以降)から、広域に温暖化が進む傾向が明確となり、2000年代に入ると、シベリア全域で年平均気温が上昇する状況となっている。これは、夏季の積算温度(融解指数)の増加と、逆に冬季の氷点下の積算温度(凍結指数)の減少をもたらし、北ユーラシアの雪氷環境を特徴づける永久凍土が地表層から温められる環境になりつつあることを意味している。

     また、北極の温暖化傾向と連鎖して、ロシア北極域への大気場や水蒸気輸送に関連した特徴的な変化が生じている。2000年代以降、夏季の北極海氷の融解と関連したシベリア沿岸側の低気圧偏差の継続によって、シベリア域では夏季後半から冬季前半にかけて降水量の増大が発生した。これは2004~2008年にかけての東シベリアの継続した湿潤年や、2010年代のコリマ川流域での積雪の大幅な増加などの現象と対応し、現地の地表面環境を複数年にわたって大きく変えた。 また、再解析データや予報データを使用した水蒸気輸送の解析結果から、2020年6、7月の東シベリアで発生した熱波には、ユーラシア大陸北部を東西に縦断する波列状の高度偏差が出現し、この偏差は、大気の内部変動の成分に加えて温暖化成分が少なからず影響していることが示された。

     東シベリアの永久凍土地帯には、凍土層内に含氷率が極めて高く、それが数十mの深さで堆積する地域が広がっている。前述の気候変化に伴い、地表面から地温の経年的な上昇傾向が続くことで活動層の深化が進み、それが地下氷にまで達すると、氷の融解と消失(蒸発や流出)が始まる。氷がなくなった部分では、地面が不均質に沈む「サーモカルスト」と呼ばれる地形変化が進行する。

     地表面の活動層から表層の永久凍土にかけては、温暖化に対応して地温の上昇が認められる。東シベリアでは、気温よりも上昇傾向が強く、それは冬季積雪深の変動が重なっている。また、東シベリアのレナ川中流域のように北方林下に連続的永久凍土が広がる地域では、20世紀中の伐採や森林火災など人為的な土地改変の履歴を受けたところで活動層の深化にともなう地下氷の融解が進行し、年間数cm程度の地形沈降が21世紀にはいり顕在化している。これらの地域では、草原・水域の拡大が不可逆的に進んでおり、その影響評価に基づく対応が必要になっている。

  • 中部山岳国立公園・上高地を事例に
    西川 聖哲
    セッションID: 216
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに  長野県にある上高地は、年間150万人ほどを集める日本を代表する山岳景勝地である。古くからその風景美が評価され、20世紀になるといち早く国立公園に指定された一方、近年はその形成史や自然動態などが明らかにされてきた。上高地一帯を含む北アルプスは第四紀の多重火山活動やその前後の急激な隆起、そして氷河の浸食作用などによって形成された、地質学的に見ても極めて意義の大きい場所である中、上高地は標高1,500mほどの場所に約8‰の平坦で砂礫におおわれた谷に網状河川が流れ、その谷を挟む山々の沢から排出された土砂が扇状に堆積する沖積錘と呼ばれる地形が各所で見られ、その上には自然攪乱を利用して群落を維持する種の存在や地質の違いを反映した植生景観が広がるなど(上高地自然史研究会編 2016)、上高地の自然景観はGeodiversityとも呼ばれる非生物的自然環境の多様性(Gray 2013)に富んでいると言える。しかしながら、地域のステークホルダーにおいてGeodiversityの価値が十分に認識されていないためか、その多様性の劣化につながる自然環境への人為的改変が続いている。その原因に対する推察には様々なものがあるが、一次データとして現地のステークホルダーの発話などから考察した研究は少ない。そこで、本研究では上高地におけるGeodiversityをはじめとした自然動態が人々にどのように認識され、人為的改変がなぜ進んでいるのかを明らかにすることを目的とした。 2.研究方法 2021年2月から同年11月まで、現地での聞き取りやオンライン会議ツールを用いた半構造化インタビューを行い(一部メールでの聞き取りにもなった)、計16名の様々なステークホルダーからデータを収集、分析した。 3.結果  科学者と一部のガイド、一部の公園管理業務受託者、そして地元行政職員は上高地の自然動態についてよく理解しており、その保全の必要性を認識していた一方、宿舎業者、公園管理受託者の管理職、一部のガイド、近隣集落の住民や、省庁関係者はそれに関する最新の知見を理解していないか、あるいは知っていても人為的改変を支持せざるを得ないという認識をもっていた。後者に関しては、非生物的自然環境を価値づけていないこともないが、あくまでそれは審美的で静的な景観に対する評価であり、“美しい”景観や自身らの生命や財産、公園インフラを破壊する荒々しい洪水や土石流といった自然動態についてはその重要性を認めない姿勢を持っていた。すなわち、比較的時空間スケールの大きい自然現象については評価し、新たな観光資源にしようとする流れさえある一方、小中規模の動態については人々には受け入れがたく、理解されにくいものであることが明らかとなった。 4.考察  当事者間でGeodiversity保全に関する認識が共通のものとはなっていない理由として、Geodiversityは様々な時空間スケールで構成されるにもかかわらず、ある部分しか人々に「偏愛」されない現状がある他、その重要性を認識していても、自然保護と観光利用の両立に向けた具体策を持っておらず、自然への人為的改変を起こさざるをえない現状があることが考えられる。また、その後者の根本原因ともなる公園管理者である環境省のリソース不足も人々の認識に大きな影響を与えていることが示唆される。 【参考文献】 Gray, M. 2013. Geodiversity : valuing and conserving abiotic nature, 2nd ed. Wiley Blackwell. 上高地自然史研究会編 2016.『上高地の自然誌 : 地形の変化と河畔林の動態・保全』東海大学出版部.

  • 伊藤 智樹
    セッションID: 316
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ 研究の目的  人口減少社会においては,過疎地域の定住人口の増加,移住者の増加を求め続けることには限界がある.また,観光地化による交流人口の増加についても,各地でオーバーツーリズムの問題が報告されるなど,観光産業が必ずしも地域住民主体の地域づくりに貢献していないことが指摘されている.そのため,近年は定住人口でも交流人口でもない関係人口の創出に注目が集まっている.田中(2021)は,関係人口を「特定の地域に継続的に関心を持ち,関わるよそ者」と定義づけた.関係人口は,地域に外部の視点を持ち込み,地域の活動に取り組み,持続可能な地域づくりに貢献しうる.そこで,本研究では,広島県呉市豊町御手洗を事例に,多様な背景をもつ複数の関係人口が住民とともに行ってきた活動実践を明らかにする中で,地域づくりにかかわる関係人口の意義や役割を考察することを目的とする. Ⅱ 御手洗の概要と地域活動  広島県呉市豊町御手洗は,芸予諸島の大崎下島に位置する集落である.江戸時代以降,瀬戸内航路の風待ち・潮待ちの港として発展し,この地域の中心的な商業地であったが,第二次世界大戦後は商業地としての性格は徐々に弱まっていった.しかし,港町の歴史的な地割や景観が残されており,1994年には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された.また,2008年には「安芸灘とびしま海道」が開通し,島へのアクセスが改善された. 2015年国勢調査によれば,御手洗は,115世帯217人,高齢化率は57.1%で,高齢化と過疎化が進行しているが,U・Iターン者も増加しており,複数の関係人口も確認されている. 御手洗では数多くの地域組織が活動している.自治会や「重伝建を考える会」のほか,関係人口が空き家の活用をしながら主に観光客向け事業を行う合同会社や,アートイベントを運営する実行委員会などが活動する.合同会社は,6か所の空き家をカフェ,ゲストハウス,シェアハウスなどにリノベーションし,これまでこの地区には見られなかった形態で活用している.合同会社の代表は,呉市街に居住しているが,2011年以降,二拠点居住をしながら従来の地域活動にも参加しつつ複数の関係人口を呼び込み,各施設を管理,運営している.一方,アートイベントを運営する実行委員会は,御手洗出身者で呉市街との二拠点居住をしている飲食・雑貨店の経営者と,広島市との二拠点居住をしている絵画作家を中心に2017年から運営されている.普段から多くの作家仲間を呼び込み,作品展示やワークショップを行っているほか,春の大型連休に実施されるイベントでは,出身者の地縁を活用しながら,展示場所などにも空き家を活用している. Ⅲ 関係人口が参画する地域づくり  関係人口の増加は,複数の空き家の解消や活用につながっている.一般に,空き家をその所有者が地縁のない「よそ者」に貸すことを躊躇する場合が多いが,御手洗では,「よそ者」が住民や地縁のある関係人口と活動することで,貸借が進み,結果として空き家の活用が進んでいる.また,関係人口によって,それまで行われていなかったユニークな活動や,既存の活動の活性化が見られ,地域活動が活発になっている.ただ,住民や関係人口の考えや理想は多様であり,合意が難しいため,それぞれの活動が必ずしも一体のものとはなってはいない点に課題が残る.しかし,それぞれのアクターが自分のできる範囲の活動を主体的に行うことで,地域全体としては地域にかかわる主体が増え,持続可能性が高まっているといえる. 文献 田中輝美 2021.『関係人口の社会学―人口減少時代の地域再生』大阪大学出版会.

  • 道南・⻘森エリアの交流とオンライン社会への対応
    櫛引 素夫
    セッションID: P051
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに

     発表者は2019 年、⻘森市郊外に⽴地する東北新幹線・新⻘森駅の⼀帯を対象地域に、新幹線駅を新たな協働の拠り所とする営みとして、ニュースレター「はっしん︕ 新⻘森」の発⾏を始めた。同駅に近い⻘森県⽴⻘森⻄⾼等学校と⻘森⼤学の⾼⼤連携事業でもあり、⻘森学術⽂化振興財団の⽀援を3 カ年にわたって受けている。⼀連の経緯は⽇本地理学会の2019 年秋季学術⼤会、ならびに翌2020 年の秋季学術⼤会で報告した。本研究では、それ以降の経緯を概観するとともに、2031 年春に予定されている北海道新幹線の札幌延伸を視野に⼊れた道南・⻘森エリアの交流、そして開業対策やオンライン社会の連携のヒントとなり得る取り組みについて報告、展望する。

    2.2020 年度から2021 年度への概観

     ニュースレターは⽉1 回、A3 版両⾯カラーの印刷版を発⾏し、関係機関・施設に配布するとともに、Facebook ページを開設して画像データ化した紙⾯を掲載、さらにオンラインの独⾃コンテンツを含む記事を定期的に掲載してきた。2022 年1 ⽉現在、発⾏回数は29 回を数える。

      コンテンツの中心は、新青森駅のイベントや企画、青森西高校の生徒らがつくる「青西おもてなし隊」の活動、駅の近くに所在し2021年に世界文化遺産に登録された三内丸山遺跡、および遺跡に隣接する青森県の代表的観光スポット・青森県立美術館である。

     2020 年以降、COVID-19 によって印刷版は再三、休刊を余儀なくされた。 それでも、⼩康状態の時期には⽇常の暮らしと活動が戻り、紙⾯も順調に制作できた。

    3.⻑万部⾼校との交流

     ⼀連の活動で特筆すべきは、⻑万部町や⻑万部⾼校と新⻘森駅、そして⻘森⻄⾼校のつながりが⽣まれたことである。起点は、⻑万部⾼校⽣らが2021 年7 ⽉、新⻘森駅を視察したことだった。

     ⻑万部町は、2031 年春の開業に向けて建設が進む北海道新幹線・新函館北⽃-札幌間の中間に位置し、⻑万部駅は在来線と新幹線の乗換駅になる。町は新幹線開業対策の⼀環として2016 年、「⻑万部町まちづくり推進会議」を設置した。2021 年には、町⺠の要望や意⾒を採り⼊れて駅舎のデザインを考える「駅デザイン検討委員会」の活動が始まり、⻑万部⾼校⽣7 ⼈が会議のファシリテーター役を担った。そして、駅の構造や機能が⻑万部駅に共通する新⻘森駅を⾼校⽣らが視察することになり、発表者が現地案内講師を務めた。

     視察は、北海道新幹線札幌延伸に向けた道南・⻘森エリアの交流事例として注⽬され、その様⼦は地元メディアでも報じられた。この際、⻘⻄おもてなし隊の⽣徒らがサプライズで⻑万部⾼校⽣を歓迎し、引率者らも予期しなかった交流が⽣まれた。その後、両校の公式の交流はなかったものの、⽣徒たちはSNS を活⽤して交友を深めていたという。

    4.オンライン・フォーラムの開催

     発表者らは2019 年11 ⽉、⻘森⻄⾼校で「おもてなしフォーラム」を開催し、同校やJR 東⽇本、国の出先機関、⻘森県庁、住⺠団体など、多様な組織から参加者があった。2020 年は開催を⾒送ったが、2021 年11 ⽉、⻘森⻄⾼校を会場にその第2 弾を実施した。

     オンライン社会に対応した、パブリック・ビューイング⽅式とZoom を組み合わせたハイブリッド形式とし、⻑万部⾼校の校⻑と⽣徒がオンラインで参加した。2019 年に続いて、地域連携DMO・信州いいやま観光局の⼤⻄宏志⽒がオンラインで講師を務め、新⻘森駅⻑やJR 東⽇本盛岡⽀社の社員、住⺠団体メンバーがリアルで参加した。さらに、⻘森運輸⽀局、⻘森県庁などからオンライン参加があった。今回も充実した

    意⾒交換が⾏われ、その様⼦は地元メディアで報じられた。

    5.意義と展望

     COVID-19 の影響もあり、当初の⽬的だった「新幹線駅のメディア化と新たな協働づくり」は、必ずしも順調に進展していない。しかし、逆⾵を乗り越える形で、北海道新幹線の延伸地域と⻘森エリアの交流が⽣まれたことは、想定を超えた収穫と位置付けている。管⾒の限り、北海道新幹線をめぐる、延伸地域の⾃治体や学校と、⻘森市内の学校との直接的な交流は前例がない。

     北海道新幹線の沿線は、札幌エリアを除き、⼈⼝減少と⾼齢化が⽇本全体の平均を上回るペースで進⾏している。10 年後に予定される札幌延伸時には、現時点では予測困難な社会的、経済的課題が発⽣している公算が⼤きい。それを克服していくには、次代を担う世代とともに、沿線同⼠が⼿を携え「地域に⽣きる⼈々⾃⾝が現状を⾒定め、課題を発⾒し、対策を考えていく仕組み」を整える必要があろう。

     ⾼校⽣同⼠の交流が今後、どのような将来像につながるか、また、地理学にどのような⽀援ができるか、意⾒や助⾔を求めたい。

    ☆⻘森学術⽂化振興財団・令和3 年度助成事業

  • 于 燕楠, 伊藤 修一, 鈴木 晃志郎
    セッションID: 409
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    研究目的

     超常現象が何であるにせよ,それらが超常現象となり得るには,人目に触れ認知されなければならない.ゆえに,その舞台として共有される心霊スポットの布置には,社会の価値観や役割期待が反映されうる.本発表は,基盤地図情報としてオープンデータ化されている各種公共施設や森林地帯のデータと心霊スポットの位置情報を手掛かりに,心霊スポットがどのような地物と近似の分布傾向を示すかの検討を通じて,分布傾向上の特質を解明する企図をもつ.エミックに扱われがちな事象をエティックに捉える試みであり,妖怪変化の分類学を志向するものでもなければ,超常現象の有無を論ずるオカルティズム的関心も有しない.

    研究方法・分析対象

     周知のとおり,空間解析は商圏分析に代表されるXY軸上のデータの分析と,流域解析に代表されるZ軸の分析からなる.本発表ではこれを,①最近隣空間的隣随伴尺度による空間分布パターンの随伴性の分析(X,Y軸),②森林地帯ポリゴンを用いた被包含率の分析(X,Y軸),③DEMを援用した標高値および傾斜角の解析(Z軸)に読み替えることで,心霊スポットの分布特性を三次元的に検証する.データは,2021年時点で入手可能な最新の国土数値情報の各種公共施設と,森林地帯ポリゴン,「全国心霊マップ」から抽出した心霊スポットの点データである.分析対象には,その総面積(83,450 km²)がチェコ(78,865 km²)やオーストリア(83,871 km²)に比肩し,かつ広域自治体とその地理的領域がいずれも隣接する他の都道府県からの影響を受けない北海道を選定した.

    結 果

     Z検定の結果,病院,最終処分場, 精神病院が心霊スポットとの有意な随伴傾向を示す一方,小学校,公民館, ダム, 浄水場, 役所, 配水池, 僻地保健福祉館, 火葬場が有意な離反傾向を示した.この傾向は、我々が先に公表した日本全国の分析結果と概ね矛盾しない(鈴木ほか2020).

     しかしながら,水平軸上では離反傾向にある浄水場,火葬場,配水池は,垂直軸(高度や傾斜角)上では心霊スポットと有意差が検出されず,分布傾向の近似性が示された.同様に,森林地帯ポリゴンを用いて,各施設の立地地点が森林地帯に含まれる割合を求めたところ,10%以上の値を示した施設はダム(25.3%),心霊スポット(33.3%),火葬場(37.8%),配水池(43.8%),浄水場(53.4%)の5種類のみであり,ここでも心霊スポットとの近似性が示された(全施設平均とのχ2検定結果はいずれも有意差あり).

     心霊スポットは他の公共施設と異なる独自の分布傾向を示す(鈴木ほか2020).この独自性は,水平軸で病院や精神病院,最終処分場に近く,かつ垂直軸で有意差のない浄水場や配水池,火葬場に近似する高度や傾斜,あるいは森林への被包含率をもつ場所が心霊スポットの好発地になりうることを示した本発表の知見によって解釈可能である. 分析はなお継続中であり,当日はオープンデータを用いたさらなる分析結果を議論に供する予定である.

    文 献

    鈴木晃志郎・伊藤修一・于 燕楠 2020. 心霊スポットは何と空間的に随伴するのか. 日本地理学会発表要旨集2020(807) https://doi.org/10.14866/ajg.2020s.0_31

  • 島田 広之
    セッションID: 448
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    日本では, 戦後より新築持ち家重視の風潮が強かった。しかし, 2000年代頃より, 中古住宅の利活用によるストック型社会への転換が求められ,2006年に, 住生活基本法が制定され, 同法に基づき『住生活基本計画』が策定された。同計画では,「多様な居住ニーズが適切に実現される住宅市場の環境整備」が目標として挙げられており, 価値観やライフスタイル,ライフステージに応じた住宅を選択できる住宅市場の実現が目指された。既存住宅利用を進める背景には, 空き家や建設環境負荷に関する課題が社会問題となるなど,社会的な要請の他にも, 既存住宅市場の活性化により, 低価格での住宅取得が可能になることが指摘されており, 既存住宅利用による多様な世帯への住宅供給の実現も期待される。

     一方で, 流通する物件は場所に依存することから,地域性を踏まえた活用方法の検討が必要である。中古住宅の地域性は,各ステークホルダーの関係と物件の特徴によって構成される。物件の特徴は,価格や面積などを用いた分類の他にも, 形態による分類としてファサードや平面構成によっても特徴づけられる。平面構成はその当時のニーズの現れあり,平面構成の変化を通じて, 居住ニーズを読み解こうとする研究も行われている。本研究では, 各年代的特徴を踏まえた中古住宅の特徴を踏まえ, 間取りなどの物件の特徴も含めた,空間パターンの分析を行い,中古住宅の地域性について建造環境とステークホルダーの関係をもとに分析を行った。また,⼤阪府内の⼾建て住宅を対象とし, 住宅情報サイト掲載の中古⼾建て住宅の 物件データを⽤いて,中古不動産の地域性についても調査を⾏った。

     筆者のこれまでの研究から, 中古不動産の分布には, 地域によりいくつかの異なるパターンが見られた。また, 新築住宅のそれと比較する中で, 間取りなどに異なるパターンが見られたことから、住宅市場における, 多様な居住ニーズへ対応していると考えられる。 一方 , 建物の分布には偏りがあり,またステークホルダーの関係も異なることから, その対応には, 地域ごとに異なった課題が存在することが予想される。

  • 地域活性化におけるマルチパースペクティブな語りの可能性
    原 真志
    セッションID: 336
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに

     1950年に公開され翌年のベネチア映画祭で金獅子賞を獲得した黒澤明監督の映画『羅生門』では,複数の登場人物がある出来事をめぐって異なる語りをし,映画の原作となった芥川龍之介の短編小説のタイトル通り真実は『藪の中』という状況が描かれている.本研究ではこうした状況を「羅生門的世界」と定式化し,地理学研究への応用の可能性を探ることを目的とする.

    2.映画と文学における複数視点のナラティブ(語り)

     語りに関する詳細な問題提起がジュネットによってなされ,映画『羅生門』が例として取り上げられている(Genette, 1972; 橋本, 2017).その後も複数の登場人物が語る映画として『羅生門』は典型的な研究対象となっている(青柳, 2006; 石浜, 2007; 窪田, 2016). また『パルプフィクション』,『イングロリアス・バスターズ』などQ.タランチーノ監督の作品も複数視点の語りとして有名であり(DeGenaro, 1997; Berg, 2006; Desser, 2016),直近では2022年に公開したリドリー・スコット監督の『最後の決闘裁判』がある.複数視点の語りの文学作品としては,19世紀女性フランス文学で1833年に出版されたジョルジュ・サンドの『レリア』(西尾,2002; 西尾,2018),カーソン・マッカラーズによる1940年出版の『心は孤独な狩人』(Zhang, 2020),アガサ・クリスティーによるポワロシリーズの一つで1942年出版の『五匹の子豚』(Nayebpour, 2018),1966年出版で米国ポストモダン文学の代表例と言われるデヴィッド・フォスター・ウォレスの『Infinite Jest』が分析されている(Wallace, 2012).Koss(2009)はヤングアダルトノベルの様々な例を整理している.

    3.羅生門的手法とマルチパースペクティビティの応用研究    

     映画『羅生門』は国内外の注目を集め,ルイスはその視点を家族構成員各々が語るライフヒストリーに応用し,羅生門的手法と名づけた(Lewis, 1961; 小林, 1994).その他、羅生門的現実(野村, 1999; 高井, 2009),羅生門効果 (Davis et al., 2015; Anderson, 2016; Levin et al., 2020; 今野,2018)等の言葉が生まれ,セラピー(野村, 1999),トランスジェンダーのライフヒストリー(荘島, 2008), 建設技能労働者の技能獲得(中川・山 崎)など,様々な領域で応用研究が行われている. 「羅生門的世界」はマルチパースペクティビティの問題と理解することができる(Hartner, 2014).マルチパースペクティビティは,多様性イノベーション(Weber, 2014), キャリア研究(Gunz & Mayrhofer, 2015), 歴史教育に応用した研究がなされている (Stradling, 2003; McCully, 2012; Wansink et al., Kropman et al., 2021; Kello, 2016; 中村,2019).

    4.地理学と地域活性化における応用  

     近年,地理学においてナラティブに対する関心が高まってきている(Ryan et al., 2016; Verloo, 2018; Laskin, 2021).また地理教育においてマルチパースペクティビティが応用されつつある(Vasiljuk et al., 2021; 山本, 2013). 地域活性化においては民間企業,行政,NPO,住民など地域内外の多様な主体が関係し,「羅生門的世界」が発生して問題解決を困難にしている場面が多々あると考えられる.問題をどの空間スケールで考えるかの違いも「羅生門的世界」の発生要因となりうる.伝統的な地誌や地理学的総合で用いられた客観次元の多面的把握とは異なり(秋本, 2012; 岩田, 1994),問題を取り巻く状況の認識の違いを多様な視点からの語りに注目する多次元認知次元の分析が重要であり,さらに「羅生門的世界」の発生を多様な主体が認識した上でどのように対応すべきかを考えるように促すことが,地域活性化の問題解決の糸口になるのではないだろうか.

  • 小田 匡保
    セッションID: S205
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1 はじめに

     地図に関心がある人ならば,地図には記号とそれを説明する凡例があるのが普通と考えるだろう。しかし,最終版伊能図は図上に凡例がない。とはいえ,伊能図に凡例がないと結論づけるのは早計であって,文政4年(1821)に地図と一緒に幕府に上呈された『輿地実測録』に記号の説明があることは,小田(2019)で指摘したとおりである。 ところが,話はこれで一件落着ではない。『輿地実測録』の刊行版で,従来引用されることの多かった明治3年(1870)の『大日本沿海実測録』では,凡例が改変されている。また,最終版以前の伊能図の中には凡例が掲載されているものがあるが,『輿地実測録』の凡例と異なるだけでなく,地図相互の間にも違いがある。すなわち,『輿地実測録』掲載の凡例をもって,伊能図の記号がすべて説明できるわけではないのである。最近,永山(2021)は伊能図22舗の凡例を一覧表にし,縮尺別にその特徴を検討しているが,本発表では,作製時期による違いに留意しながら,伊能図における凡例の変遷について検証する。なお,「凡例」とは一般的には書物のはじめに記される編述方針などを指し,伊能図や『輿地実測録』においても,「沿海地図凡例」「大日本沿海輿地全図凡例」のように「凡例」の語が使われる。本発表では混乱を避けるため,「記号一覧」の意味での「凡例」を「記号凡例」と表現する。

    2 「沿海地図」の記号凡例

     文化元年(1804)に幕府に上呈された「沿海地図」は,第4次測量の後,それまでの測量成果をまとめた東日本(蝦夷東南部~尾張・越前)の地図(中図・小図)であり,同時に,記号凡例を記載する最も古い伊能図でもある。本図は写本が多く,うち小図8舗を比較したところ,複数の写本に違いがあるのは,①楕円の記号が「陳屋」か「陣屋」か,②緑色の面的彩色が「山岳艸木」か「山岳草木」か,③「田畑霞」の面的彩色があるかないか,の3点である。検討の結果,「陳屋」「山岳艸木」型2舗,「山岳草木」「田畑霞」なし型4舗,「田畑霞」型2舗に分類することができ,前者ほど本来の正本に近いと考えられる。ちなみに「陳屋」「山岳艸木」型2舗は幕閣の旧蔵図である。

    3 「沿海地図」より後の記号凡例

     「沿海地図」より後の地図と冊子については,文政4年の『輿地実測録』以前と以後とで,記号凡例が大きく異なる。『輿地実測録』以降の資料は,「山岳艸木」など4つの面的彩色の説明が記号凡例から抜け落ちている(ただし,『輿地実測録』には文章での説明がある)。また,記号の数も少なく,説明の文言も主に1文字表記に変わっている。すなわち,伊能図の記号凡例の変遷のうえで,最終版伊能図の上呈が大きな画期となっていると言える。最終版伊能図においては,記号凡例を別冊の『輿地実測録』に記し,地図本体には載せなかったことも大きな変更点である。 次に,「沿海地図」以降『輿地実測録』までの8舗の地図を比較すると,特殊な2舗の地図を除き,残りの6舗(中図4舗と小図2舗)の記号凡例はほとんど同じである。むしろ,説明の文言や記号凡例の形式などにおいて,これら6舗と「沿海地図」との相違が目につき,第5次測量後の地図作製(文化4年)が,記号凡例の変遷のうえでもうひとつの大きな画期であったと言える。 最後に,幕末の『官板実測日本地図』は,最終版伊能小図などに依拠して刊行したものとされるが,記号の数や説明は『輿地実測録』と異なる。「沿海地図」以来,原則として同じ形が使われてきた記号自体も変更されている。『輿地実測録』の刊行版と言われる『大日本沿海実測録』も,記号凡例部分は『輿地実測録』と異なり,記号そのものが大きく変わっている。この改変は,明治4年の川上寛著『大日本地図』に反映されている。

    4 おわりに

     以上,伊能図の記号凡例の変遷を検討してきた結果,1)記号凡例は文化元年(1804)の「沿海地図」に始まり,2)第5次測量後の地図作製(文化4年)に際して変更され,そして3)文政4年(1821)の最終版伊能図と『輿地実測録』の編集時に再度改訂されたことが明らかになった。これを模式図にしたものが下の図である。本発表の詳細は,近刊の『伊能忠敬の地図作製』(古今書院)を参照されたい。

  • 丁 曼卉, 白岩 孝行
    セッションID: 531
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    本研究は別寒辺牛川水系の潮間帯の淡水流出量を推算することを目的とした。別寒辺牛川はその孤立した位置のため、自然の状態が比較的維持されている。それゆえ、湿原河川の自然状態を知るためには別寒辺牛川から厚岸湖への河川流量を明らかにすることは重要である。 別寒辺牛川は感潮河川であり、別寒辺牛川下流の塩水遡上を考慮すると、別寒辺牛川の河川流量を推定することは簡単ではない。2018年から2021年にかけて実施した水文観測により、別寒辺牛川の流量と塩水遡上の範囲を推定した。

  • 佐藤 賢一
    セッションID: S202
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに

     本報告では、伊能忠敬とも昵懇であった和算家・会田安明(1747-1817)が残した天文学に関する小品『天文簡要論』(1802年頃)を紹介する。本史料には、伊能が第3回測量までの間に測定したデータに基づき、会田に直接提供されたと考えられる情報や測量データが随所に盛り込まれている。20年余に及ぶ伊能の測量事業のほぼ初期に該当する年代に記され、伊能の同時代人による証言を留める史料として『天文簡要論』は貴重である。この観点から、『天文簡要論』が伊能忠敬について言及する内容を中心に紹介する。

    2.『天文簡要論』が記す伊能忠敬由来の情報について

     本報告で紹介をする会田の『天文簡要論』は、天文暦学の基本的概念や歴史、雑録的な内容を上下2冊にまとめた写本である。日本学士院、東北大学附属図書館狩野文庫、山形大学小白川図書館佐久間文庫に所蔵が確認される。『天文簡要論』の上冊では過去の天文暦学者たちが残した成果の問題点を指摘、解説し、下冊ではそれらを乗り越えた最新の知見が披露される。伊能忠敬に関する記載は、最新の知見を示す事例として下冊に登場する。以下、その概要を掲出する。

     (1)伊能の測量術について

     「地球大小論」という項目で会田は、伊能忠敬による測量の目的、緯度1°の距離(28.2里)、測量の技法の概要について言及する。伊能の測量法を示した史料としては従来、渡辺慎『東河先生流量地伝習録』が知られていたが、会田の叙述は簡単ながら、これと類似の内容を含んでおり、伊能の測量事業の初期の技法の一端をうかがうことができる。

     (2)北極星の高度と太陽の南中高度の測定について

    「予カ勾陣大星ノ測量」「十七日夜勾陣大星ノ一測量」「同十七日立表測量」の項目において会田は、伊能宅において北極星の高度と太陽の南中高度を測定したことを記す(1798年12月23日のこと)。伊能宅に設置されていた天文観測器具を会田は自ら操作しており、『寛政暦書』に描かれている同様の器具類の実際の用法を知る上での参考となる情報が記されている。   

     (3)山形城下での観測データ

     「羽州山形測量」の項目において、第3次測量の際に伊能隊が通過した山形城下での天文観測記録を会田は記録に留めている。この記録の中に、どの恒星を観測したのかが略記されている。

     (4)山岳の標高に関するデータ

     「諸国山高測量」の項目で、会田は12箇所の山岳(月山、赤城山、磐梯山、岩木山、鳥海山、他)の標高を記している。伊能から会田に提供されたデータは象限儀で計測した山頂を見通した際の仰角であった。これらの数値は、伊能が測量した山岳に関わるデータを集成した史料『山島方位記』(現存67 冊)には記載されていないものである。会田はこれら仰角のデータと、伊能測量隊が作成した地図上での2地点間の距離、そして三角比を用いて標高(正確には標高差)を算出している。この計算を行うために、会田は伊能図に実際に物差しを当てて長さを測っていたことが記されている。

     (5)垂揺球儀の概要について

     「垂揺球儀」の項目において、伊能が計時のために用いた振り子時計「垂揺球儀」の概説をまとめる。会田は、この時計の発明者として間重富と高橋至時の2名を挙げている。

    3.おわりに

     『天文簡要論』下冊から明らかになった事柄は以下のようになる。

    ・会田が伊能宅で天文観測を体験していたこと。

    ・伊能が第3 回測量旅行中に測定したデータ類を、会田は提供されていたこと。さらに伊能図も実見していたことがうかがえる。

    ・提供されたデータの中には、山頂を見通した仰角の測定値が含まれており、これらは既存の史料には確認できないものである。

    ・垂揺球儀の概要を記していること。

     伊能忠敬の同時代人が伊能の動向について書き残した史料は、書簡を中心として数多く残されている。しかし、間重富や高橋至時のように非常に近い関係にあった数人の天文暦学者を例外として、伊能の測量や天文観測の実態を的確な知識に基づいて記録をした史料は思いの外少ない。その観点から、会田安明の『天文簡要論』下冊は小篇でありながら、伊能の天文暦学、測量の実践に関する情報を現在に残す史料として位置づけられる。

  • -広島県広島市・山口県防府市の事例-
    八反地 剛, 古賀 亘, 河野 孝俊, 古市 剛久, 土志田 正二, 田中 靖
    セッションID: 236
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    表層崩壊発生の予測は,土石流などの土砂災害予測においても重要であり,同時に山地の地形発達を理解する上でも重要な課題である.本研究では,土砂災害発生前後のLiDAR 数値標高モデル(LiDAR DEM)を利用できる広島県広島市安佐南区・安佐北区および山口県防府市の複数の表層崩壊跡地を対象として,炭質物試料の14C年代測定と崩壊前後のLiDAR DEMの差分解析を組み合わせて,崩壊前の谷頭部における埋積速度を推定した.さらに,得られた値と中世以降の人間活動の関係について検討した. 広島県広島市安佐南区・安佐北区の2014年豪雨に伴う崩壊跡地5か所(A1~A5),山口県防府市剣川流域の2009年豪雨に伴う崩壊跡地2か所(B1, B2)を調査対象とした.崩壊地A1とA2はコナラやシイなどの樹林になっており,集水域内に明確な土地利用の痕跡はみられない.崩壊地A3の尾根部には16世紀頃に使用されたとみられる城郭跡(中城)があり,斜面にはアカマツやシダ類が分布する.崩壊地A4・A5の尾根部には13~16世紀頃使用されたとみられる城郭(高松城)の一部遺構があり,植生はアカマツ・コナラ群落である.崩壊地B1・B2には城郭跡は見られないが,周辺にウラジロやコシダなどのシダ類のマット群落が広く分布する.また,防府地域には鎌倉時代から土地利用が活発となり,明治時代まで,はげ山が広がっていたことが文献で指摘されている.各調査地の崩壊跡地には滑落崖,ガリー・リルなどがみられる.崩壊地内の滑落崖やガリー・リルなどの断面に含まれる炭質物試料を採取して,その14C年代を分析した.同時に崩壊前の地表面からの深さを推定するため,採取地点の崩壊前後のLiDAR DEMの差分値を参照し,炭質物試料の崩壊前の地表面からの深さを推定した.年代値を崩壊前の推定面からの深さで除することにより,埋積速度を推定した.炭質物試料は各崩壊地で2~4か所採取した.なお,以下で示す埋積速度は,LiDAR DEMに含まれる誤差を含む値の範囲として記載した.広島市の崩壊地A1の埋積速度は0–1.3 mm/年,A2では0.5–2.7 mm/年であった.崩壊地A2はA1より急傾斜であり,堆積物の粒径も調査地域の中で最も大きかったことから,自然的条件であっても土砂生産が活発であったと考えられる.人為的影響を受けた可能性のある崩壊地A3(0.7–2.9 mm/年),A4(0.9–3.5 mm/年),A5(0.7–1.9 mm/年)の値は,崩壊地A1の値より大きく,A2と同程度の値であった.山口県防府市の崩壊地B1の埋積速度は1.3–6.7mm/年,B2では0.9–6.9 mm/年であり,いずれも広島市の崩壊地より埋積速度が大きかった.防府市の崩壊地周辺には明確な城郭跡などは見られないものの,近年まで周辺がはげ山となっていたとすれば,尾根で生産された土砂が谷頭凹地付近で蓄えられていた可能性がある.また,中世以降過去の土地利用による人為的な土砂供給が,自然状態の崩壊跡地の土層回復よりもすばやい土層形成を促進し,斜面の不安定化を促進した可能性がある.

  • YIXUAN CHEN
    セッションID: 431
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    The GeoCapabilities Project aims to explore the contribution of school geography education to citizenship education with a view to social justice. In the theoretical framework of geocapabilities, "powerful knowledge" and "capability approach", which are the content and purpose of education, have not yet been validated and tested in the dimension of social justice. This presentation will critically examine the theoretical framework with a focus on education for social justice. In particular, the presentation will present a new theoretical framework in a way that puts critical pedagogy and feminist theories and concepts into perspective.

  • 深田 愛理, 奈良間 千之
    セッションID: 233
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    白馬連山では,西側が緩傾斜面,東側が急傾斜面からなる非対称山稜が連続してみられる.非対称山稜の西側の緩傾斜面は,周氷河性平滑斜面と呼ばれる(Klaer,1962).これまで周氷河性平滑斜面の砂礫地では,斜面の形態,表層岩屑の礫径と移動量,移動を引き起こす周氷河作用について研究がおこなわれてきた(高山地形研究グループ, 1978など). しかしながら,先行研究で計測された礫の移動量の測定は,周氷河性平滑斜面の一部と限定的であり,斜面全体での礫の移動量やその分布,礫の移動様式,移動によって生じる地形変化から,斜面全体の形成プロセスは論じられていない.

    そこで本研究では,RTK-GNSSを搭載したUAV(Phantom4-RTK)を用いて2020年と2021年の9月に取得した空中連続画像からオルソ画像と点群データを作成し,ベクトル解析,DSMの差分,イメージマッチング解析より,礫の移動量と空間分布,礫の移動様式を調べた.

  • 近藤 玲介, 宮入 陽介, 坂本 竜彦, 横山 祐典
    セッションID: P008
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    Ⅰ.はじめに

    四国や紀伊半島の太平洋岸においては,南海トラフ北側に近接することから海成段丘が注目されてきた.これまでの研究では,海成段丘の離水年代を明らかにするために,段丘砂礫層や被覆層から指標テフラを見出すことによって議論されてきた場合が多い.しかし一方で,指標テフラが発見されない地域では,段丘地形の新旧関係によって離水年代が推定されており,南海トラフ北側沿岸部の海成段丘群は地域ごとに離水年代の推定精度に大きな差がある.したがって,四国から紀伊半島にかけての中期更新世以降の陸域沿岸部の地盤運動について,より狭い地形単位ごとに精度よく明らかにするためには,従来とは異なる手法による海成段丘の編年が必要である.そこで本研究では,今後広域で海成段丘の詳細な地形発達史を明らかにするための基礎研究として,既に鍵層が発見されている四国南西部,足摺岬周辺の海成段丘を対象にルミネッセンス年代測定法によって編年を試みることを目的とする.

    Ⅱ.地域概要

    本研究で対象とする足摺岬周辺は,四国太平洋側では室戸岬周辺に並び海成段丘の発達が良い地域である.足摺岬周辺では,3~4面の海成段丘が分布している(太田・小田切,1994;小池・町田,2001).足摺岬周辺地域の海成段丘は,下位からM面,H2面,H1面として区分されている(小池・町田,2001).満塩ほか(1989)は,土佐清水市街地におけるM面の海成層に含まれる貝化石から約138 kaというアミノ酸ラセミ化年代値を報告した.さらに本地域では,四万十川左岸のM面における海成層を覆う砂丘砂中より,鬼界葛原(以下,K-Tz;約95 ka; 町田・新井,2003)テフラが見出されている(太田・小田切,1994).したがって,本地域におけるMIS 5eの既存の段丘対比は比較的信頼性が高いとされている(小池・町田,2001).

    足摺岬北西の土佐清水市中浜では,標高約30~40 m付近に広い波食棚性の海成段丘面(M面)が分布し,K-Tzテフラが見いだされている段丘面との地形的特徴の類似性・連続性などからMIS 5eに離水したと考えられている.本地域では一般に,基盤岩の砂岩上に層厚約2 mの海成砂礫層が載り,薄い土壌を除き被覆層は認められない.試料採取地点では,層厚5 m以上の淘汰の良い円・亜円礫からなる海浜性の砂礫層が認められ,小規模で局所的な埋没谷を海成層が埋めている.

    Ⅲ.pIRIR年代測定方法

    ルミネッセンス年代測定法の中でも既に一般化している石英のOSL 年代測定では,OSL信号が約200 Gy で飽和することが知られており,日本ではMIS 5 以前の堆積物への石英のOSL 年代測定法の適用は困難である.そこで本研究では,より古い時代の堆積物に適用が可能とされる,elevated temperature post-IR IRSL (以下,pIRIR;Buylaert et al., 2009)年代測定法を適用した.pIRIR強度の測定は三重大学生物資源学部のRISOE,DA-15 を使用した.

    Ⅳ.結果とまとめ

    足摺岬北方,中浜におけるM面の海成段丘を構成する海成層のpIRIR年代測定結果は,MIS 5e頃の年代値を示した.以上の結果は,M面がMIS 5eに離水したことを直接的に示すものであり,既存の独立年代指標と整合的であるといえる.今後,四国から紀伊半島の太平洋側沿岸部における鍵層が見いだされていない海成段丘においても,本手法が効果的に適用可能であることが期待できる. 

    なお本研究は,令和2年度及び令和3年度原子力施設等防災対策等委託費(宇宙線生成核種を用いた隆起海岸地形の離水年代評価に関する検討)事業の一部として行われた.

    引用文献:Buylaert et al. (2009) Radiation Measurements, 44, p560-565.;小池・町田(2001)『日本の海成段丘アトラス』東京大学出版会.; 満塩ほか(1989) 高知大学学術研究報告,自然科学, 38, p63-72.; 町田・新井(2003)新編 火山灰アトラス.東京大学出版会,36.;太田・小田切(1994)地学雑誌,103,p243-267.

  • 飯塚 遼, 矢ケ﨑 太洋, 菊地 俊夫
    セッションID: 438
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
    会議録・要旨集 フリー

    本研究では、現地調査で得られたデータを中心に各種資料、リーフレットおよび統計データの分析を通じてパース都市圏におけるベバリッジ・ツーリズムの展開について描出した。パース都市圏におけるベバリッジ・ツーリズムの空間は、ワインとビールという2つの酒によって存立しており、それぞれに地理的分化をもって展開していた。さらに、ワインツーリズムの空間とビールツーリズムの空間とがスワン川を軸として結合しており、その空間構成がパース都市圏のツーリズムの大きな特色であり、強みとなっていることが明らかになった。

  • 中田 高, 後藤 秀昭, 熊原 康博, 渡辺 満久, 田中 圭
    セッションID: 242
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
    会議録・要旨集 フリー

    ALOS 30 DSMのアナグリフ画像とGoogle Earthの詳細画像を用いて、変動地形学的手法による中国全域の活断層の判読を行い、デジタル活断層図の作成を行っている。今回はその結果を予察的に報告する。

  • -関係構造図・イメージマップを用いた東南アジア・アフリカの比較地誌-
    神宮 公平
    セッションID: 436
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    2022(令和4)年度より全国の高等学校で「地理総合」が実施される。2018年3月告示の高等学校学習指導要領(以下,新指導要領)の「地理総合」に関する内容では,「A地図・地理情報システムで捉える現代社会」「B国際理解と国際協力」「C持続可能な地域づくりと私たち」の3つの大項目から構成される。それに伴い,大学側や現場である高等学校の地理担当者などとで,教材開発や指導方法について多くの議論がなされてきた。

     発表者は,2019年度に鹿児島県教育委員会の事業で,授業や指導方法の改善を目的とした『アクティブラーニング研究開発プログラム』のAL研究員に任命され,先進校視察や研究授業などの研修を行った。先進校視察で,千葉県の県立高校と私立高校の2校を訪問して,両校の地理担当者から指導・助言を頂いたなかからヒントを得て,新指導要領の「B国際理解と国際協力」で授業開発を行った。 この授業開発を行うなかで,中村(2018)の「関係構造図」の手法を引用して,7時間分の単元指導計画を立てた。「関係構造図」は,自然地理と人文地理の複雑な地理的要素間の関係と全体の構造を表すため,地域全体の理解させる地誌学習においては有効な手法であると考えた。また,地域を総合的に俯瞰し,地域の様々な諸課題を浮き上がらせ,その解決方法を考察・提言するためには,地誌学習で身につけた各地域の知識・技能を活用することが,最も有用であると考える。そこで地誌学習から国際理解に繋がるきっかけになるような単元構成を行った。 本単元では,アフリカと東南アジアの2地域を取り上げ,現行学習指導要領に記された「動態地誌」と「比較地誌」をベースに授業を展開し,両地域の持続可能なプランテーション農業を行う上で,我々がどう行動すれば良いかを考察するなかで,自分自身で社会との関連性を見いだし,生徒の近い将来の社会参画へのきっかけを促せるような授業を目指した。

     開発した授業は,2019年は前任校で,2020年と2021年は現在の勤務校で実施した。2019・2020年度は研究授業(2019年度はAL研究員,2020年度は中堅教諭資質向上研修)として,2021年度は通常授業のなかで行った。

     2019年・2020年は中村(2018)のとおりに,地形,気候,土壌,農業,経済,宗教,その他などの要素の基図を準備して,予め教科書を読ませて,教科書本文中のゴシック体を付箋紙に書かせて,付箋紙を基図に貼付けた後,関係するワードを繋ぎ合わせて,東南アジア・アフリカの地域概観を構造化する作業を行った。2021年は,「関係構造図」を理解して取り組ませるには少々難しさを感じていたので,「イメージマップ」に代えて地域のイメージの構造化に取り組んだ。イメージマップ作成に際して,関連し合う事象を結びつけるように生徒には指示した。「関係構造図」・「イメージマップ」を作成して,下表のように3限目以降の授業内容で生徒たちの知識を深める作業とプランテーション農業における課題認識を持つ授業展開を行った。

     高校卒業後,社会を構成する一員として大切な一人の人間であり「自分自身どのように生きて行くか」を育みたいと意図した。生徒たちが社会参画に向けた意識づくりはある程度醸成できたと感じた一方で,「フェアトレードの商品を購入したい」などの解答が多く,個人の変容の意見は散見されたが,当事者意識であったり,社会の変容を促すなどの意識を持つまでは至らなかったように感じる。イメージマップ作成においても生徒からのアンケートから「それぞれの事象の関係性を見つけて繋げることが難しい」という解答が多く見られ,イメージマップの作成が難しいと感じた生徒は71%であった。2年間の関係構造図の作成においても同様であった。生徒の思考の構造化を行いやすくするための授業方法についてはさらに研鑽を深める必要がある。

  • 全住民避難計画の基礎資料
    岩船 昌起
    セッションID: 246
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    【はじめに】地球温暖化による「猛烈な」台風の襲来に備えて,沿岸の低標高地域では高潮対策を講じる必要がある。また,2022年1月15日フンガ・トンガ–フンガ・ハアパイ火山大規模噴火に伴う潮位変化等,突発的な津波への備えを強化する必要がある。奄美大島宇検村では,南西諸島「高島」の模試的な地形特性を有し,山地と海に囲まれた沖積低地が居住域で,大半が標高5m以下であり,台風高潮や津波等の急激な潮位変化での浸水が想定される。演者は,鹿児島県防災アドバイザー制度等を通じて,2020~2021年に宇検村での住民ワークショップ等を4回行い,特に台風高潮対応に関するリスクコミュニケーションを重ねている。本発表では,湯湾区での浸水段階ごとの避難対象や避難可能場所等を検討し,これにかかわる全住民避難計画実施上の課題を挙げる。

    【方法】宇検村は,人口1,621人,高齢化率43.2%である(令和2年10月1日現在)。宇検村最大の行政区・湯湾区は,240世帯,人口458人(男214,女244)であり(令和3年12月末日現在),役場や消防分駐所等の行政機能が立地する。ここで,現地調査等から構造(木造・鉄筋造・RC造)や階層から家屋を分類し,水準点および地形特性から居住地の標高を凡そ把握する。また,高潮警報・注意報の基準値,「災害に係る住家の被害認定基準運用指針/浸水深による判定」等も活用する。

    【結果】家屋分類の結果,湯湾区では,木造1階の家屋が多く,RC造2階以上の建物が役場や村営住宅等に限られる(図1)。地盤高が未測量であるものの,役場前の一等水準点(標高 2.7364 m)から(国土地理院HP),居住地が広がる沖積低地では標高2~4 m程度と推測される。また,高潮警報と高潮注意報の潮位は,2.4 mと1.5 mである(気象庁HP)。

    【考察】津波襲来に対しては,自家用車等を活用して高所避難が可能だが,「猛烈な」台風襲来時には,暴風も伴い,車中避難ができない。また,新型コロナウイルス感染症対策も考慮すると,村内の頑強な建物を有効活用して,避難者生活空間(個人占有区画一人当たり4 ㎡以上,通路幅1 m)十分に確保した分散避難が,台風時の避難場所として望ましい。

     上記の結果と,「災害に係る住家の被害認定基準運用指針/浸水深による判定」を参考に,浸水段階ごとの避難対象家屋と避難可能場所等が表1にまとめられる。潮位1.5 m以上2.4 m未満が高潮注意報発表時で,レベル3(高齢者等避難)相当である。潮位2.4 mに達すると高潮警報が発表され,レベル4(避難指示)となる。さらに潮位が上昇すれば,防潮堤の高さを潮位が上回り,海岸・河川沿いの家屋で床下浸水が始まる。この時道路が既に浸水しており,レベル4以降他家屋に徒歩移動できない場合が生じる。レベル5(緊急安全確保)では,潮位が高い程,家屋の被災度合い(床下浸水~倒壊・流失)が大きくなる。従って,レベル3までに,後の潮位最高値が明確に予報され,避難可能場所が的確に判断されないと,潮位上昇に伴い死傷者が発生する恐れがある。

     課題として,次が挙げられる。①高潮警報の基準値前の潮位で,防潮堤の切れ目や河川を遡って浸水する事例が奄美大島内で生じており,行政区(集落)ごとに浸水箇所を測量等して,高潮警報の基準値を見直す必要がある。また,②各家屋の安全性の確認のためにも,居住域での標高をパーソナル・スケールで把握する。以上を克服しつつ,③浸水想定ごとの避難対象と避難者数を特定し,④堅固なRC造2階以上の建物を基本として,避難所定員との兼ね合いから,個人宅避難の整備を進める。一方,⑤自主防災組織の再編成等を進め,住民連携をさらに強化する。

    【おわりに】台風高潮避難計画にかかわり,浸水段階ごとの避難対象と避難可能場所等を整理した。宇検村では避難行動要支援者の個別避難計画今年度策定を目指している。今後避難計画全体の社会実装を進めたい。

    <謝辞>本研究の一部は,科研費基盤研究(C)(一般)「避難行動のパーソナル・スケールでの時空間情報の整理と防災教育教材の開発」(課題番号:1 8 K 0 1 1 4 6)の一部である。

  • 佐藤 浩, 金子 誠, 石丸 聡, 宇佐見 星弥, 中埜 貴元
    セッションID: P015
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    中村ほか(2020)は,2018年北海道胆振東部地震の被災域において岩盤地すべりの分布図を明らかにした。これをもとに,震央から北東に約2.5 km離れている似湾川西岸の東向き斜面で岩盤地すべりを観察した。斜面方位と高橋・和田(1987)が明らかにした背斜軸の位置関係から,現地は受け盤である。しかし,現地で基盤岩の硬質頁岩の層理面の走向・傾斜を計測したところ,流れ盤であり,少なくとも受け盤ではないことが分った。その他,滑落崖や移動体内部の露頭を観察した。硬質頁岩の上にのるTa-dやTa-c,Ta-bのテフラ層が,地すべり性の変動を受けて生じた硬質頁岩の亀裂に落ち込むような構造は観察されず,Ta-d降下以降の岩盤地すべりの活動時期は特定できなかった。

  • 久保田 尚之, 塚原 東吾, 平野 淳平, 財城 真寿美, 松本 淳, De Jong Alice
    セッションID: 516
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
    会議録・要旨集 フリー

    1. はじめに 江戸末期の1856年9月23日-24日に「安政江戸台風」が江戸付近を通過し、高潮が発生し多くの被害を出した。ただ、当時日本では広域の気象観測が行われておらず、台風の実態は被害規模から推定されていた。平野・財城(2020)は、日記に記録された風の情報をもとに台風経路を推定し、江戸の西側を北上する経路を辿ったため、大きな被害につながったと推定した(図1)。一方で、当時気象測器を積んだ欧米の艦船が日本近海にも数多く航行しており、オランダの軍艦Medusa号が安政江戸台風襲来時に関東近海を航行していたことがわかった。本研究ではMedusa号の航海日誌を入手し、記録された気象データを用いて安政江戸台風の上陸時の大きさを推定した。

    2.  データ  オランダ公文書館に所蔵されたオランダ軍艦Medusa号の航海日誌を入手し、1856年9月4日-30日の気象データをデジタル化した。比較に2011年-2019年に日本に上陸した台風に関する気象庁のデータを用いた。

    3.  結果 Medusa号が1856年9月18日-28日の航路と安政江戸台風の経路を図1に示す。Medusa号が観測した9月22日-25日の気象データの時系列を図2に示す。台風接近に伴って気圧が下がり、風向きが時計回りに転向し南風に変わると気温が上昇した。最も気圧が下がった9月24日0時は図1の星印に位置し、1000.0hPaを観測した。安政江戸台風がこの時刻に同じ緯度に位置したと仮定した場合、1000hPa半径は359kmと推定した。 日本に上陸した台風の上陸地点に最も近い気象台が1000hPaを下回った時刻から上陸までの時間差から1000hPa半径を推定した。安政江戸台風と似た経路の2019年東日本台風の1000hPa半径は666kmだった。2011年-2019年に日本に上陸した台風と比較すると、安政江戸台風は上陸時に特別大きかったわけではないことがわかった(図3)。今後はさらなる詳細な解析が必要である。

  • 鈴木 信康, 日下 博幸, 渡来 靖
    セッションID: 508
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
    会議録・要旨集 フリー

    1. はじめに

    筋状雲は主に海上などで主風向と平行に延びる積雲列である。その中でも太平洋側で見られる筋状雲は,地形の力学擾乱によって形成されたものである(Kang and Kimura, 1997, Kawase et al., 2005)。筋状雲に限らず,地形によって発生する雲は限定された地域で発生するが,関東地方で発生する筋状雲は房総半島から御前崎までの広範囲にわたって発生する。河村(1966)は,どこで形成されるかは中部山岳 周りの流れ場によって決まると報告しているが,それ以外の環境場の特徴については明らかになっていない。筋状雲は,時間とともに移動をするため,その形成域と環境場の関係を理解するためには,時間・空間ともに高分解能なデータを用いた解析が必要である。本研究は,東海〜関東地方で発生する地形性の筋状雲出現時の気候特性について明らかにすることを目的とする。特に筋状雲の出現域による環境場の違いに着目して議論する。

    2. 手法

    1993年~2012 年の静止気象衛星赤外データを用いて,中部山岳から延びる筋状雲を抽出した。抽出条件は,積雲列が中部山岳から風下に延びていること(ただし小低気圧を伴うものは含めない),筋状雲の吹走方向に沿って雲が動いていることとした。また,筋状雲の出現域を駿河湾域,伊豆諸島域,房総半島域の3領域に分類し,それぞれの環境場の特徴を調査した。環境場の解析には,ECMWF Reanalysis v5(ERA5)とJRA-55領域ダウンスケーリング(DSJRA-55)を用いた(Kayaba et al., 2016)。

    3. 結果

    筋状雲の月別出現頻度を調べた結果,12月~3月の出現頻度は25%を越え,特に12,1月には40%に達していた。地域毎に着目すると,伊豆諸島域での出現頻度は60%と大半を占めており,駿河湾域,房総半島域はそれぞれ28%,12%だった(図略)。筋状雲出現時の環境場,具体的には中部山岳周辺における850hPa高度の風について調べた結果,駿河湾域で出現する事例は 5~10 ms-1の北西風の時に出現しやすいのに対し,伊豆諸島域では同様の風向で10 ms-1を越える時に出現しやすい。また房総半島域で出現する事例は,10ms-1を大きく越える西北西風でのみ出現していることから,出現域が風向と風速の両方で決まることが示唆される(図略)。ブラントバイサラ振動数から大気の安定度を見ると,房総半島域で出現する時は日本海側を中心に弱い安定となっているが,駿河湾域では全体的に強い安定であり,両者の値は平均で0.003s-1異なる(図 1)。前者については大陸からの強い寒気移流に覆われている時に発生すると考えられるため,今後は寒気移流の強度について調査する予定である。

    謝辞:気象衛星データは千葉大学環境リモートセンシング研究センターから提供された。また,DSJRA-55データセットは気象庁により作成されたものであり,文部科学省の委託業務により開発・運用されているデータ統合・解析システム(DIAS)の下で収集・提供されたものである。

  • 澁谷 和樹, 鏡 勇人, 神谷 悠, 鳩 幸大
    セッションID: P032
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
    会議録・要旨集 フリー

    1.研究の背景

     現在、日本では国土交通省と経済産業省が中心となりMaaS(Mobility as a Service)の推進を行っている。MaaSとは「複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを適切に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービス」(国土交通省,2021)である。また、交通・移動サービスのみならず、観光や医療などと連携することにより、観光者の移動の利便性向上や交通弱者の移動支援など、観光振興や地域問題の解決が目指されている。

     観光については、伊豆エリアの「IZUKO」や小田急電鉄が運用するMaaSアプリ「EMot」など、観光との連携が全国で進んでおり、MaaSを活用した地域振興に期待されている。今後、MaaSを活用した観光振興を進めていくためには、MaaSと観光との連携状況を把握したうえで、そこでの課題を明らかにする必要があると考えられる。そこで、本研究は観光とMaaSの連携状況を把握するとともに、観光と連携したMaaSでの連携移動手段と提供サービスを明らかにすることで、観光と連携したMaaSの特徴を検討する。

    2.調査方法

     本研究では、平成31年4月から開始された国土交通省と経済産業省が進める「スマートモビリティチャレンジ」の採択事業から96事業を対象に、両省および対象自治体、関連企業・組織の発行する資料を収集した。その情報をもとに、観光、商業、医療・介護・福祉などとの連携の有無、連携移動手段(鉄道、タクシー、バスなど)および提供サービスの種類(予約、決済、情報提供、オンデマンド交通、インセンティブの付与など)を調査した。

    3.日本におけるMaaSの状況

     日本でのMaaSは観光、商業、医療・介護・福祉、その他(災害対策、教育支援など)との連携が確認でき、半数が観光との連携がなされている。ただし、そのうち半数以上は観光単独で連携したものではなく、商業などとも並行して連携したものである。MaaS内で連携される移動手段の状況を城福(2021)に基づいて整理すると、バス、タクシー・ハイヤーが上位に位置している。これは過疎化の進む地域における交通網の再編という位置づけでMaaSが導入されているからと考えられる。一方で、MaaSで特徴となるカーシェアやシェアサイクルの取組みは目立たない。提供サービスでは、オンデマンド交通が最上位に位置し、続いて情報提供、経路検索・案内、インセンティブの付与が続く。

    4.観光と連携したMaaSの特徴

     3.で確認した観光との連携状況をもとに96事業を、観光のみ連携が確認された「観光単独連携型」、観光と商業の組み合わせなど、観光を含む複数の連携が確認された「観光複合連携型」、観光との連携が認められなかった「観光非連携型」、交通の取組みのみの「交通単独型」に分類し、それぞれの連携交通と提供サービスの差異を検討する。全体として、観光との連携が認められる事例ほど、バスやタクシー、旅客鉄道など既存の移動手段のみならず、シェアサイクルなど新たな移動サービスを用いる傾向にある。また、提供サービスについても経路検索・案内やキャッシュレス決済、電子チケットなどMaaSの核となる交通・移動サービスの統合も、観光と連携した事例において割合が高くなる。ほかにも、地域情報の提供や、割引やポイントといったインセンティブの付与など、移動を促す取り組みも観光と連携した事例の方が高い割合で取り組まれている。

     以上のように、観光と連携したMaaSはより多様な移動手段の統合、およびより多様なサービスの提供に結びついている。今後、観光とMaaSの連携におけるより具体的な課題と効果について事例分析を行っていく。

  • 永迫 俊郎, 尾島 圭祐, 堀 信行
    セッションID: 348
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
    会議録・要旨集 フリー

    はじめに  徳之島は北部から中部にかけて南北の中軸方向に山地(最高峰・井之川岳は645m)が連なり,山地の海側および南部には海成段丘が広がっている.面積248.02km2(離島統計年報2017)は離島の中で8番目の大きさで,2万2千人を割り込む人口は離島中10位に位置する.この島を語るうえで長寿,子宝,闘牛は欠かせず,徳之島町・天城町・伊仙町の3自治体で構成される.

     一方,2020年春先から新型コロナウイルスのパンデミック状態が,感染拡大・縮小の波を伴いながら続いている.感染症の拡大防止のため,国や都道府県が率先して対策を講じ,市町村も基本的にそれらの施策に準拠しているはずだが,さらに小さなシマ(集落)に着目すれば相違や地域差がみられる可能性がある.つまり,コロナ対応を切り口にして,地誌を描けないものかと発想した.

     本発表では,3町それぞれの新型コロナウイルス感染症対策本部の構成員(これらを束ねる徳之島三町の対策本部にも上層部は加わる)をはじめ,徳之島町4シマ,天城町5シマ,伊仙町3シマの区長さんや住民を対象にした聞き取り(尾島の3回3週間あまりの卒論調査での知見)に主にもとづき,コロナ対応ならびに徳之島の地誌について報告する.永迫の現地調査には令和3年度鹿児島大学教育学部鶴丸優美子研究助成寄附金を使用した.

    観察結果  町誌などによれば,1708年から1870年にかけて疱瘡が約25年おきに流行し,麻疹や痢病といった疫病も発生しており,ノロが祈祷のために踊ったことやシマ内部によそ者を入れないように「みちきり」が行われた記録がある.今般のコロナ対応では,いずれのシマでも祈祷やみちきりは実施されず,科学的な見知が尊重され,極端に閉鎖的な対策はされなかったと言える.

     日本における第五波の収束までに徳之島では300人(徳之島町181人,天城町45人,伊仙町74人)の感染が確認され,感染者比率はおよそ全島1.37%,徳之島町1.79%,天城町0.80%,伊仙町1.20%で,奄美群島で群を抜いて高い.最も低い天城町は,2020年9月26日に島内初の感染者を出したことと空港を抱える危機感から,1年目の2020年から対策を強化し,2021年のワクチン接種もいち早く完了させたことが功を奏した形である.

     島内共通の「徳之島新型コロナウイルス警戒レベル」に応じた行動マニュアルを作成しているのは天城町だけである.これに対して,徳之島町の人口の過半が集中する亀津は,奄美沖縄航路の亀徳新港を抱え他地域からの往来が多く,且つ島内随一の中心地機能が集積しているため,感染リスクが最も高いと島中で警戒されている.

     シマのスケールでは,区長の果たす役割が大きく,防災無線を介した追加の注意喚起や会報の配布などは区長の裁量に委ねられている.最も内陸の山間部に立地する天城町当部のように,住民が自主的に十分なコロナ対策をとる場合,殊更に区長が呼びかける必要はない点は注目すべきである.互いの顔が分かる小集落の美点である.

    議論  隔絶性が高く遮断の効果が期待される島嶼ながら,島外からの訪問自粛を呼びかけた期間は限定的で,人口の少ないシマでは所謂感染症対策が不十分と思われる局面にも出会した.食料や物資の大部分を島外に依存する現状や,気心の知れた仲間内という安心感が要因として思い浮かぶが,「ゆいむん」の思想が根底にあり,お互いに助け合う「結い」の精神が健在であるからに違いない.外に対してはゆいむん,内では結いが鍵となる.

     コロナ禍に伴ってイベントや会食の機会は激減したものの,コミュニティが弱体化した様子は見受けられず,地域社会という第三の足場を喪失した都市部とは好対照をなす.人口増によりみんなの顔が分かるとは言えない徳之島町の亀津や花徳のようなシマは過渡期に相当するが,住民と行政との心理的距離の近さは救いである.

     闘牛や選挙のイメージから,好戦的で荒々しい印象を持たれがちだが,熱狂しやすくも切り替えも早いと捉える方が適切である.米軍普天間基地の移設先候補に島の名前が挙がった時の全島反対集会に象徴的なように,徳之島は平和主義で一貫している.それぞれのシマがあり,それらを三町が包含し,その三つ巴が島を構成している.若干のライバル意識やお隣さん問題はあるにせよ,オール徳之島で団結でき,全体として絶妙なバランスの中にまとまっている.こうした三重構造の素地には自給自足が可能な島と称された島の自然生態があると予想される.チ四:地・血・知・霊の立体的な構造把握が重要である.

  • ―生産・出荷面の取組みに注目して―
    穂積 謙吾
    セッションID: 306
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1. はじめに 水産物の安定供給に向けて期待が寄せられている養殖業は,1990年代後半より停滞傾向にある.産業の全体的な動向を理解するうえでは個別主体への注目が重要であるが(大呂 2014),養殖経営の変化やその背景にある取組みを通時的に明らかにした研究は少ない.そこで本研究では,宮城県(南三陸町・石巻市・女川町)のギンザケ養殖を事例に,養殖業経営体の生産・出荷の取組みに注目しながら,主に1990年代後半以降にどのように経営を存続させてきたかを明らかにした.本研究の遂行に際しては,2021年7~12月にかけて,11のギンザケ養殖業経営体および関連他主体への聞取り調査や参与観察を実施した.

    2. 宮城県のギンザケ養殖の概要 宮城県のギンザケ養殖の特徴は,次の二つである.第一に,「インテグレーター」と呼ばれる主体が複数存在し,大半の経営体がそれぞれに系列化されている点である.第二に,経営体が「生産グループ」に属しながら経営を行っている点である.第一の点について,経営体はインテグレーターから資金面での援助と合わせて稚魚や餌料を供給されており,なかには成魚の出荷まで管理されている場合もある.なお,フリーと呼ばれる,系列化されていない経営体も存在する.第二の点について,生産グループとは,共通の餌料を用いた経営体同士で構成された生産者組織である.グループ内の経営体は稚魚や餌料の調達先を共通化しており,グループによっては出荷先も共通化している.こうした生産グループには,同一のインテグレーターにより系列化された経営体同士で構成されたものと,フリーの経営体同士で構成されたものがある.また,同じ生産グループに属する経営体は同一の地区・集落に集中している場合もあれば,複数の地区・集落に分散している場合もある.

    3. ギンザケ養殖の展開 宮城県では,1978年からギンザケ養殖が開始された.当時はインテグレーターおよび漁協による普及が図られ,経営体数が増加した.しかし,過剰生産およびチリ産ギンザケの輸入により1995年には価格が暴落し,経営体数は全盛期の342から113まで減少した.その後は,残存経営体における生産量・生産額の拡大が見られた.2011年の東日本大震災を機に経営体数は再び減少し,経営体当たりの生産量・生産額もいったんは減少した.しかし,震災復興に際しての補助金事業等もあり2014年には生産量・生産額が震災前の水準にまで回復し,その後はそれを上回る水準で推移している.2021年の経営体数は59である.

    4. 養殖業経営体による取組み まず生産面での取組みについて,調査対象となった経営体は1990年代後半~2000年代前半に生産規模を拡大し,その後は同水準を維持していた.この背景には,全ての経営体に共通する取組みと一部の経営体に見られる取組みとがあった.前者に相当するのは,生餌から配合飼料への転換である.後者に相当するのは,共同作業により労働力を確保することや,技術交流により生産方法を改良すること,優良な漁場へと移動して操業することである.このうち共同作業および技術交流は,同一の生産グループの経営体が自身と同じ集落に存在する場合に確認された.技術交流においては,他の集落や生産グループの経営体との交流を通じて知り得た技術を共有し,導入することもあった.優良な漁場への移動については,同一の海域で操業する他の養殖部門の減産もしくは撤退が生じた場合に実現していた.  出荷面での取組みについては,インテグレーターもしくは特定買受人との相対取引と,卸売市場への出荷の二つが確認された.相対取引を選択するのは,卸売市場への出荷に比べて出荷価格の変動幅が小さいことが理由であった.一方,相対取引では時期や量などに関する出荷先からの指示に従うことが求められていたため,これに対して不満を感じるとともに近隣に卸売市場が立地している場合には,卸売市場への出荷を選択することもあった.ただし,相対取引による出荷価格は卸売市場の相場価格と連動しており,ここ数年は相場価格が好調であったため出荷先により経営が大きく左右される状況ではなかった.なお,震災後から本格的に導入されることになった活け締めした成魚の出荷については,殆どの経営体は行っていなかった.この理由は,活け締めした成魚の需要が小さく加工も煩雑であるため出荷先から積極的な要求がなかったこと,活け締め作業や人件費等の追加的な負担に見合った価格で出荷できないことであった.  このように,配合飼料の導入および十分な価格水準の担保を前提としたうえで,置かれた状況や自身の意向に応じて他の取組みを組み合わせる形で経営体は経営を維持していた.

    参考文献 大呂興平(2014)『日本の肉用牛繁殖経営 国土周辺部における成長メカニズム』農林統計協会.

  • 河野 忠, 渡来 靖
    セッションID: P027
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    奈良時代に発見された浮島大沼は,湖岸から離脱した浮島が自由に動くといわれている。今回TV局の取材により調査機会を得ることができたので,その原因を考察した。

    浮島が動く理由について次の仮説を立てた。①鯉が突いている。この説は,浮島が重く鯉が突く程度では動かないことが判明。②密度流が発生。水温の鉛直分布を調べたところ強い密度成層が存在し,鉛直方向の水の動きは確認できなかったが,深層(2.0m)には3cm/sec程度の湖流が存在した。③静振が発生。水深0.5m毎に自記水温計を設置したが確認できなかった。④湖沼内に湧水や温泉が湧出し湖流を発生。湖岸に10℃の非常に冷たい湧水が存在し,ドローンによるサーモグラフィの観測により,低水温領域が存在した。⑤吹送流による湖流とその反流の存在。湖の3ヶ所に水深0.25m,0.75m,1.5mとなるように湖流板を流したところ,風向とは無関係に動いた。

    水温観測結果から,水深2.2mで9.5℃低下するので,水温勾配は4.32になり,非常に強固な水温成層が存在することが明らかとなった。一般的な湖沼の場合はせいぜい5mで10℃くらいなので,水温勾配は2.0前後になる。 その他の観測結果から浮島現象は,①10℃の湧水が原因と考えられる密度流が,南東から北東へ向きを変え流出口に達する湖流を常時発生させている。②朝,低水温の湧水に起因する密度流が水深0.0-1.0mまで上昇し,南東から北東への動きを発生させ,浮島が沖に向かって移動する。③昼間は水温による強い密度成層が発達し,根の浅い浮島は風向に従うが,水深1.0m以上に根が発達する浮島は1.5m付近にある湖流に伴い動く。ただし,風向きが反対の場合(北東の風)は動き難くなり,風との力関係で複雑な動きを示す。④夕方になると表層の水温が低下し密度流が表層を反転,湧水のある方向に湖流を発生させるため,浮島は湾に戻る。⑤夜間は表層の水温低下により湖流よりも密度流が卓越し,浮島は停止する。これらのことから浮島現象の存在は,①低温湧水の流入,②湖盆が浅く(2.5m),透明度が小さい(0.7m)ことから,深層の水温が上昇し難い。③本州の標高300m地点で浮島が存在。という偶然の生じる現象であるといえるだろう。

  • 堀 和明, 石井 祐次, 田村 亨, 佐藤 善輝, 稲崎 富士, 中西 利典, 北川 浩之, 廣内 大助, 三笘 加葉, 松多 信尚
    セッションID: P005
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    はじめに

     南海トラフで繰り返し生じてきた地震にともなう地殻変動や津波履歴の検討には,沿岸に分布する海成段丘や沖積低地といった地形やそれらを構成する堆積物が用いられてきた.これらの地形や堆積物の解析・分析を通して,地殻変動や津波に関する情報を抽出するためには,地形・地層の形成過程と氷河性海水準変動との関係を明らかにしておく必要がある.本発表では,遠州灘東部に位置する菊川低地の浜堤・砂丘上において採取したコア堆積物の解析・分析結果を報告するとともに,先行研究(鹿島ほか,1985;杉山ほか,1988)や既存資料(中部電力,2020)を踏まえた上で菊川低地の形成過程を論じる.

    調査対象地と方法

     菊川は流域面積158 km2の小規模河川で,下流域において,東を牧之原台地,西を小笠山丘陵に限られる幅の狭い沖積低地を形成する.河口付近には最大標高20–30 mに達する海岸砂丘が分布する.

     浜堤・砂丘上に位置する掛川市千浜でKICコア(現海岸線から2 km内陸,標高17.62 m,掘削長21 m),同市三俣でKIMコア(現海岸線から1.7 km内陸,標高7.87 m,掘削長23.3 m)を,機械ボーリングにより採取した.コア堆積物については,写真撮影,軟X線写真撮影,色調,かさ密度,砂泥比の測定をおこなった.また,DirectAMSおよび名古屋大にて放射性炭素年代測定を実施した.なお,KICコアについては,産総研で長石のOSL(IRSLおよびpost-IR IRSL)年代を測定した.

    結果と考察

     KICコアは最下部約2 mにみられた泥層を除き,中粒砂を主体とする砂層で構成されていた.深度0–8 m付近の砂層は他の層準に比べて淘汰がよい傾向にあった.また,深度15.6–19 m付近の砂層には礫が含まれており,深度16.5 m付近では礫が35%程度を占めていた.最下部の泥層は貝殻片を含み,珪藻について概査をしたところ干潟に特徴的な種が多くみられた.

     KIMコアは,深度0–7 mが砂層で構成され,その下位にある深度7–16 mは礫を含む砂層を主体とするが,深度7–8.4,9–9.3,10–10.6,15.6–16 mはおもに礫からなっていた.深度16–22 mは貝殻片や有機物を含む泥層からなっており,深度22 mで更新統と考えられる泥層に達した.

     年代測定結果から,KICコアでは約6 ka頃に泥層を覆う砂層の堆積が始まったと考えられる.標高0 m付近のOSL年代値は放射性炭素年代値とも整合的であり,6–3.7 kaにかけて砂が平均7 m/kyrで堆積したことを示唆する.一方,KIMコアでは,7.9–7.6 ka頃に砂層の堆積が急激に生じたと推定される.両地点よりも陸側では,泥層中にK-Ahテフラが確認されており,その分布標高は−5–−7 mである(中部電力,2020).

     KIMやKICコア堆積物にみられた砂層とその下位の泥層の境界深度は,KIMのほうがKICに比べて深い.既存の地質断面図(鹿島ほか,1985;杉山ほか,1988)においてもこれらに対比される砂層と泥層の境界深度が陸側に向かって浅くなる特徴がみられる.完新世の海進時における海岸線の向きが現在とほぼ同じ(西北西―東南東)と仮定すると,バリアと考えられる砂礫堆が海水準上昇にともなって陸側に移動しながら下位の泥層を覆っていった可能性がある.また,この砂礫堆はKIC付近で陸側への移動を止め,より陸側には浅い水域が広がり,K-Ahを含む泥層が堆積していったと考えられる.

     両コアには礫を含む砂層や礫層が確認されたが,礫を含む砂層の上限はKIMコアで標高約1.2 m,KICコアで標高約2.1 mであった.堆積物の特徴と海水準との関係を詳細に明らかにすることで,今後,地殻変動量を定量的に見積もることができるだろう.

    謝辞

     放射性炭素年代測定の一部は,名古屋大学宇宙地球環境研究所でおこなわれた.本研究は科研費(課題番号:18H00765,18H01310)の助成を受けたものである.

  • 杉山 博崇, 奈良間 千之, 井上 公
    セッションID: 234
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1. はじめに

    岩盤崩落は,森林限界以上の高山帯における主要な地形形成プロセスの一つであるが,近年高山帯で増加する人間活動やインフラの影響もあり岩盤崩落事故がたびたび生じている.日本の高山帯では,赤石山脈や飛彈山脈南部において地形変化や土砂収支の実態解明の試みや(松岡ほか,2013),不安定斜面の挙動と気象要素の関係についての研究があるが(岩船,1996;西井・松岡,2012),飛彈山脈北部の多雪地帯における岩盤崩落の実態は明らかでない. 白馬大雪渓(以下,大雪渓)は,飛彈山脈北部,長野県白馬村の松川谷支流の北又入上流に存在する多年生雪渓である.白馬岳と杓子岳の両岩壁に挟まれた大雪渓では,岩壁からの落石や崩落により登山事故が高頻度で起きている(小森,2006;白馬大雪渓研究グループ,2008).しかしながら,高山帯の岩壁斜面は踏査が困難であることから,岩盤崩落現象を報告した研究はわずかである.さらに,多雪地域において積雪の影響や地質による崩落プロセスの違い,崩落が起きる地形場の特徴は十分に解明されていない.そこで本研究では,登山事故が多発する大雪渓を対象に,2015年~2021年の観測結果から岩盤斜面の崩落過程と崩落箇所の特徴を明らかにすることを試みた.

    2. 地域概要

    大雪渓は,後立山連峰の杓子岳と白馬岳の間の葱平モレーン直下から,3号雪渓合流部付近までの範囲に存在する多年性雪渓である.大雪渓を含む松川北股入は氷食谷であり,大雪渓上流の谷頭には葱平圏谷と杓子岳北圏谷が南北に向かいあっている(小疇ほか,1974).大雪渓周辺を構成する岩盤は,飛騨外縁帯の古生界・中生界,新第三紀の貫入岩類および未固結第四系からなる(中野ほか,2002).多雨・多雪の気候環境下にあり,凍結融解作用に起因する周氷河地形が発達する(相馬ほか,1979;岩田,1980). 3.研究手法 岩盤斜面の経年変化を調べるため,使用した画像は,2015年~2021年に取得したUAVとセスナの空撮画像,国土地理院や林野庁が取得した空中写真である.UAV空撮は,融雪により調査が可能になる2018年~2021年の6月~11月にかけて,UAV(Phantom4,Mavic 2 Pro)で実施した.崩落前後の形状変化の過程を捉えるため,空撮画像から作成した多時期の点群モデルを比較した.点群モデルの作成には,2次元の画像から3次元形状を特定するSfMソフト(ContextCapture)を用いた.岩盤斜面の凍結状態を把握するため,2014年~2016年にかけて,丸山(2750m),白馬山荘付近(2800m)で観測された地表面温度を使用した.

    4.結果

    火成岩質の杓子岳では,南北の両斜面において,下部斜面の崩落後,翌年以降に上部斜面が崩落するプロセスを確認した.UAV空撮により崩落斜面の一つを観察した結果,節理が密な箇所で削剥が進み,その上部の節理の疎な箇所が基部を失い不安定化することで崩落するプロセスであった.落石が頻発しやすい5~7月を除く,秋から春の凍結期間に1000m3以上の崩落が複数回生じていた.堆積岩質+火成岩質の白馬岳では,堆積岩域で上部の開口亀裂を伴う,重力変形による岩盤の不安定化に起因する崩落イベントを確認した.崩落が確認された谷頭部では上部クラックが確認された.杓子岳と白馬岳ともに雪がつもる場所では,大規模な崩落が生じていないことを確認した.

    5.考察

    火成岩質の杓子岳の南北両斜面において,下部斜面が崩落し,数年以内に上部斜面が崩落する傾向がみられた.このことから,杓子岳の岩盤斜面は一度崩れると翌年も崩れやすく,連続的に岩盤斜面が後退すると考えられる.一方,白馬岳側の堆積岩域では,崩落は一度きりの突発的なものであった.崩落斜面は上部に開口亀裂をともなう凸斜面という特徴があり,引張性の重力変形によって不安定になっていた可能性がある.大雪渓では,杓子岳側のみに毎年崖錐が形成されており,節理に富む火成岩質の杓子岳は,白馬岳の堆積岩質域に比べ凍結融解作用を受けやすく,崩落が連続的に生じやすいと考えられる.少なくとも杓子岳側においては,冬季における積雪や,前年までの崩落の有無で,危険度の高い斜面を推定できる可能性がある.

  • Muqing Shi, Takayuki Shiraiwa
    セッションID: 532
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
    会議録・要旨集 フリー

    Previous studies indicated an overturning process of the North Pacific seawater originating in the Sea of Okhotsk is important to the entire North Pacific, while our recent work verified that the freshwater discharge from the western Kamchatka Peninsula (KP) is affecting the strength of such process. On the basis of our previous work, we further analyze and discuss the regional, seasonal and interannual features of the river discharge from the KP and their meanings, and present a new hydrological zoning of the KP by using river discharge and meteorological data.

  • 狭山茶とかごしま茶を事例として
    木村 美月, 観山 恵理子
    セッションID: 303
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    Ⅰ 研究背景と目的

     農産物のブランド化においては少量生産かつ規格化になじまないという課題を抱え,かつ農産物はどの地域で生産されたかが重視されることから,産地一帯でまとまって特産物のブランド化を行うことや,産地をまとめブランド化を主導する主体の存在を前提とした議論が多くなされてきた.  

     茶の地域ブランドは,梶原(2012)においてブランド化の主体の不明瞭さや食味等の標準化が課題として挙げられているが,産地ごとの銘柄は確かに存在している.本研究では狭山茶及びかごしま茶を事例として,地域ブランドが誰によってどのように構築されているか,ブランド形成主体がどのような関係を結んでいるのかという地域ブランド構造を明らかにし、産地内部に多様性を抱える地域ブランドのありかたについて検討することを目的とする.

    Ⅱ 研究方法  

     研究の方法として,いるま野農協,自園自製自販の形態をとる狭山茶の茶園,JA鹿児島県経済連,かごしま茶の買入、精製加工及び販売を行う企業を対象としてブランド化に関する半構造的な聞き取り調査を行い,一般的なブランド論とそれに基づく農産物ブランド論を踏まえ,それぞれのブランドの形成主体,形成過程,現状を比較,検討した.

    Ⅲ 結果と考察

    1) 狭山茶の地域ブランド構造

     狭山茶は一定の知名度を持ち,自園自製自販という生産から販売までを各茶園が行う流通が主流である.園ごとに個性ある茶づくりがなされており,狭山茶全体を取りまとめブランド化を率いる主体が不在であることから,狭山茶全体での品質や食味の標準化は難しい.狭山茶では,狭山茶ブランドを基盤として各茶園が主体となった個人ブランドが多様な展開を遂げ,消費者との信頼関係を築いている.狭山茶ブランドは個人ブランドを知名度の点で支え,個人ブランドによって消費者から得られた信頼が基盤となる狭山茶ブランドを支えていると考えられる.

    2)かごしま茶の地域ブランド構造

     鹿児島県茶業会議所という県全体を取りまとめる大きな主体によって銘柄確立のための広報・宣伝業務や認証制度等のブランド化がすすめられている.鹿児島県内の主要な荒茶産地は約15存在し,その中でも知覧や霧島といった有名産地は仕上げ茶流通段階の段階でも地名が銘柄として残されるケースが多い.つまり,茶業会議所による品質保証の上で,荒茶の産地によってはその知名度を生かしたブランド化がなされていると考えられる.

     以上より,両事例において地域ブランドは重層性をもち,都道府県レベルのブランドを基盤としてその上に個人や市町村レベルのブランドが複数存在していると言える.そしてそれらの関係性やブランド化の主体は産地ごとに異なるが、都道府県レベルブランドと個人・市町村レベルブランドは独立した存在ではなく,前者が後者を支える形で地域ブランドが構築されていると考えられる.

    文献:梶原勝美 2012. お茶のブランド・マーケティング.社会科学年報46:3-15

  • 東北地方太平洋沖地震被災地域との比較を通して
    楮原 京子, 桐村 喬, 小林 茉由, 松多 信尚
    セッションID: P017
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1 はじめに

     近い将来発生するとされている南海トラフ沿いの巨大地震による災害規模は,東日本大震災と比べても甚大なものとなることが報告されている.また,発災後の救援・復旧の段階においては,地震と津波による直接的な被害もさることながら,サプライチェーン・ライフラインの寸断による障害を考慮しなければならない.特に,現在の暮らしは,自給的というよりも,広域流通網に支えられて他地域からの供給に依存している状況である.

     荒木ほか(2017)は,このような状況から,発災直後にいかに物資を被災地に届けられるのかということも喫緊の検討課題であり,その課題解決に地理的視点が重要であることを説いている.その中で,南海トラフ地震の被害が大きいとされている四国地方や紀伊半島は,集落が山間部に分散し, それらにつながる道路の多くが地すべり多発地帯を通っていること,主要道路は沿岸部に巡らされていることが多く,高速道路の整備は不十分であることなどを挙げ,東日本大震災の物資輸送の方法(くしの歯作戦)が,そのまま適用できるかについては,検討の余地があるとしている.

     このように東日本大震災の被災地域と南海トラフ地震の被害想定地域では,さまざまな条件が異なることが明らかであるが,その点を踏まえた実証的研究は,十分に蓄積されているとは言いがたい.また,調達地から広域物資拠点への輸送に関しては,いくつかの検討等を目にするが,広域物資拠点から集落や自治会避難所への輸送については乏しく,合わせて具体的に検討する必要がある.

    2 研究方法

     本研究では,集落の地形特性を整理し,救援物資輸送計画上の課題点を明確することを目的に,以下の手順で研究を進めた.

     まず,本研究において,集落は住家の集合とみなし,国土基本情報の建物ポリゴンから50mのバッファを作成して,集落の概形(以下,集落ポリゴン)を捉えることとした.地形特性については,国土基本情報の数値標高モデル(50mDEM)をもとに,いくつかの地形量を試行した結果として,地表の曲率を表す収束指数(Convergence Index,以下,CI)を指標として用いることとした.続いて,集落ポリゴン毎にCI値の統計量(平均,最頻,分散など)を付与し,集落がどのような地形上に立地しているのかを読み解くデータとした.以上の処理にはQGISを使用し,解析範囲は,南海トラフ地震の被害想定地域のうち,紀伊半島3県(三重・奈良・和歌山県)と四国地方4県(徳島・香川・愛媛・高知県),くしの歯作戦がとられた東北地方太平洋岸3県(岩手・宮城・福島県)である.

    3 四国地方および紀伊半島の集落立地

     四国地方および紀伊半島の集落の立地条件はいくつかに区分され,その中でも特徴的な4つを紹介する.1)地すべりの緩斜面上の集落,2)段丘面上の集落,3)やせ尾根上の集落,4)谷沿いの集落である.CI値は概ね1)および3)は正で分散する傾向があり,2)および4)は負あるいはゼロに近い正となる傾向がある.また,分布形態は1)は斜面中腹で散逸的,2)は段丘面の発達の良さに依存し,断続的,3)は点在,4)は段丘面上の集落よりも連続的であった.

     これらの集落のうち,1)は四国山地で,3)は紀伊山地で顕著に認められた.付加体からなる急峻な山地という地形・地質条件がよく似た四国・紀伊山地ではあるが,集落の立地パターンは異なっていた.また,3)は脆弱な地域と考えていたが,高野龍神スカイラインのように尾根に敷設された道路も多いことを考えると,道路が正常な限り,孤立は免れる可能性がある.一方,1)は主要な道路に近接している場合もあるが,道路の形態が非常に複雑で折り返しが多く,経路距離が著しく長くなることを考慮しなくてはならない.

     以上のように,本研究では集落と経路の地形特性をもとに,くしの歯作戦と四国おうぎ作戦等との比較検討を進め,救援物資輸送を戦略的にみる.

    謝辞:本研究は科研費(課題番号18H00772)の助成を受けたものである。

    文献:荒木一視ほか 2017.『救援物資輸送の地理学 被災地へのルートを確保せよ』ナカニシヤ出版.

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