日本地理学会発表要旨集
2022年度日本地理学会春季学術大会
選択された号の論文の211件中151~200を表示しています
  • 市川 聖
    セッションID: P033
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1 研究の背景と目的

     日本における百貨店の始まりは,1905年にアメリカのデパートメントストアを参考に店舗改革を目指した三越呉服店の抱負を全国紙で広く一般に報道したことが「デパートメントストア宣言」だとされている(藤岡 2006).このデパートメントストア宣言以降,都市部を中心に百貨店が急速に拡大した.さらに日本における百貨店は時代のニーズに合わせながら形態を変化させてきた.近年では急速なモータリゼーションの進展に加えて郊外型ショッピングセンターやロードサイドショップが登場したことで,百貨店が抱える課題は深刻化していった.これらを背景に先行研究では地方都市の百貨店に関する考察を行うために秋田県を調査対象地域とした.田口・松淵(1981),無明舎(1984),秋田魁新報社文化部(1968)などによれば,大正初期の秋田市には県内でも比較的大規模な百貨店があり,なおかつ急速に拡大した様相がみられた.しかしながらその当時,百貨店の廃業には株式会社の脆弱性が要因の一つであることを考察とした. そこで本研究では,秋田市における明治期から大正期にかけての呉服店の経営形態について検討することを目的とした.大正初期において比較的大規模な百貨店が確立した要因の一つに,明治期に呉服店などの百貨店経営の基盤が存在していたと考えたからである.明治期の秋田市の中心地は,呉服屋街を形成し,絹布や木綿,麻などを取り扱う呉服屋が群を成していた.さらにそれらの呉服屋街では幅広い階層に適応する販売形態であったとの記録もあった.以上から明治期おける秋田市の呉服屋の経営形態には,デパートメントストア宣言以降の百貨店経営に結びつく商業形態があると考えた.

    2 研究の方法

     本研究は,秋田市における明治期から大正期にかけての呉服店の経営形態について検討するために以下の研究方法を用いた.第一に『秋田市史』(2004)を用いて,秋田市における明治期の呉服屋及びそれに関係する産業の経営形態,店舗の分布,当時の秋田市の経済情勢などの基本的な内容を整理した.第二に,当時の新聞と写真の歴史資料から,呉服屋および雑貨店の経営形態について検討した. これらを総合的に考察し,今後の研究課題につなげた.なお秋田市を対象とした理由には,明治末期から大正初期にかけての秋田市ではデパートメントストア宣言の流れに沿うように,地元の呉服店が百貨店へと変化したことに加えて,多角的な経営形態をとっていたと考えられたためである.

    3 考 察

     秋田市では,明治期以降に百貨店へと変化する呉服屋などの経営規模の拡大と店舗の分布があった.それは秋田市が城下町であった江戸期の都市構造を利用するとともに,明治期の発展に見合う販売形態を行っていた.さらに呉服屋や雑貨店の経営者の中には,地方都市から都市圏に劣らない衣類販売の経営を目指した経営者もいた.しかしながら,それは秋田市の大衆消費には適合しない経営形態であったとも考えられた.  今後の研究課題は,デパートメントストア宣言以降の地方都市における百貨店の確立を普遍的に考察するために,他の地方都市における百貨店の歴史的変遷を歴史地誌の視点から考察したい.秋田市では,明治期の呉服屋経営を基盤としてその後の百貨店やそれに準ずる店舗での経営形態がみられるため,秋田市と他の地方都市を比較することで異なる百貨店の様相が明らかになると考えられる.

  • 今井 あやめ, 鈴木 秀和
    セッションID: P028
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに 琉球石灰岩はその多孔質な地質条件のため透水性に優れており、蒸発分を除いた降水の大部分は地下水として貯留される。このような性質を有するため、地表河川の発達が悪く、琉球列島の島々は近年まで生活水に湧水・地下水を利用してきた。水道が広く普及した現在でも、災害時の非常用水源にもなり得るこれらの湧水は、地域にとって貴重な水資源であることから、その性状を明らかにすることは、今後の利用や保全を考えていくうえで必要不可欠である。湧水の水質は、その集水域における様々な環境条件を反映した特性を持つことが予想される。そこで本研究では、おもに湧水の集水域における地形地質および土地利用条件と水質との関わりについて議論する。 2.調査方法 本研究では、対象地域を北部地区(那覇周辺)と南部地区(南城周辺)にわけ、それぞれ7地点ずつ計14ヵ所の湧水を対象に、2020年2月~2021年6月にかけて採水調査を実施した。現地では水温、電気伝導度(EC)、pHを測定し、実験室へ持ち帰った水試料は、一般水質とSiO2について分析を行った。湧水の集水域については、ArcGIS Desktop 10.7.1を用いて、DEM(国土数値情報の5mメッシュ)から集水域の推定を行った。また、既存の図をもとに、集水域内の地質および土地利用別面積を求めた。 3.結果および考察 3.1. NO3-濃度について NO3-濃度が高い湧水は、北部・南部両地区に認められた。NO3-濃度が高くなる要因として考えられるのは、畑地における施肥と生活・畜産排水の影響である。そこで、各湧水の集水域内の農業的土地利用面積とNO3-濃度の関係をみたところ、その面積が1000m2以上の地点については、非常に高い相関関係(R2=0.84)が認められた。最もNO3-濃度が高いギーザバンタ湧水は、地下ダムの水が途中で合流した水である。GISを用いてDEMから作成した集水域に地下ダムは含まれないが、地下ダムの集水域にはサトウキビ畑が広がっており、実際の集水域には広大な農業的土地利用地域が広がっている。一方、農業的土地利用の少ない那覇周辺において高濃度の地点がみられるのは、生活排水の影響が考えられる。 3.2. SiO2濃度について SiO2濃度は、北部で相対的に高く南部で低い傾向を示した。SiO2はケイ酸塩岩に由来する成分であり、石灰岩に代表される炭酸塩岩には表面を覆う土壌層を除き、基本的には含まれない成分である。調査地域の地質をみると、北部の那覇周辺には泥岩質の島尻層群が広く分布し、琉球石灰岩の分布域は狭く限定的である。一方、南部の南城周辺には琉球石灰岩が広く分布し、一部ではより厚く堆積している場所もみられる。対象地域における多くの湧水は、基盤岩となる島尻層とその上にのる琉球石灰岩の不整合面から湧出している。このような地質特性と湧出機構をもつため、北部の湧水はケイ酸塩岩である島尻層との接触時間が相対的に長くなり、SiO2濃度が高くなると考えられる。それに比べ、琉球石灰岩がより広くしかも厚く堆積する南部では、湧出までの間に地下水が島尻層と接触する機会が少ないため、SiO2濃度が低くなるものと考えられる。 3.3. 琉球石灰岩の層厚とCa2+濃度の関係について 廣瀬・金城(2019)では、本研究対象地域に含まれる南城市の湧水について、その電気伝導度(EC)と湧出地点の標高の間に逆相関の関係がみられることから、地下水が石灰岩体中を流動する時間が石灰岩の溶食の進行と関わりが深いことを述べている。溶食の進行を検討するにあたり重要になるのは、その結果地下水中に供給されるCa2+とHCO3-の含有量であり、これらの成分濃度が高いほど、より長い間石灰岩中を流動してきた湧水であると考えられる。このような考え方は、湧水の集水域がほぼ同じ地形地質条件を有している際には有効であるが、湧出地点の標高が同じでも、集水域の条件が異なれば、標高に基づき湧出するまので時間や距離を評価することは難しい。今回採水した水試料を用いてCa2+濃度と標高の関係を求めたところ,明瞭な相関関係はみられなかった。そこで本研究では、石灰岩の溶解量(溶食作用の度合い)について検討する際には、涵養域における石灰岩の層厚を利用する方がより正しい評価ができるものと考え、石灰岩の広がりとDEMで求めた標高分布に基づき,湧水の集水域内における石灰岩の最大層厚を求めた。Ca2+およびHCO3-濃度と層厚の関係を求めたところ、それぞれに明瞭な正の相関関係(R2=0.55、R2=0.69)が認められた。これは、石灰岩の層厚が厚いほど石灰岩体中を流動する時間(すなわち石灰岩と水との反応時間)が長くなり、石灰岩が多く溶解(Ca2+濃度が上昇)したことを示唆している。

  • インターネット調査の結果を用いて
    滕 媛媛, 中谷 友樹, 埴淵 智哉
    セッションID: 311
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1. はじめに  

     少子高齢化の急速な進行を背景に、日本は留学生や外国人労働者の受け入れを拡大してきた。コロナ禍前の2019年12月における在日外国人数は293.3万人であり、過去最高の水準に達していた。多文化共生社会の構築において、在日外国人の統合状況の総合的把握およびその影響要因の解明が不可欠である。なお本研究における統合状況とは、外国人の元々の性質を失って溶け込む同化ではなく、成功した人生や充実した生活をホスト国で送るために必要となる、知識および能力を身につけている度合と定義する(Ager and Strang, J Refug Stud 2008; Kymlicka, Oxford Political Theory 2012)。  日本における外国人の統合状況およびその関連要因について、社会学の観点からの分析が蓄積されてきたが(例えば、永吉ほか 日本の移民統合 2021、是川 移民受け入れと社会的統合のリアリティ2021)、その統合状況と地理的状況(例えば、居住地域の状況や集住の度合)との関連性に関する分析はまだ少ない。定論はないものの、欧米においては移民の集住とその統合との関連性について多くの議論がある。移民はその社会経済的統合や文化的統合の度合が高くなるにつれ、集住地域から転出し、空間的に分散するようになる(空間的同化論)。また、移民の集住またはセグリゲーションは、その社会的・経済的な孤立を強化させ、統合を阻害するとの主張がある。一方、集住地域で形成されたインフォーマルなネットワークが、移民に心理的サポートや生活、雇用に関する情報などを提供できるため、集住は移民の統合を促進できるとの主張もある(Drever, Urban Stud 2004)。他方、外国人人口が多い地域において、外国人に対する行政サービスが他地域と比較して充実する傾向があるため(井澤・上山 地域イノベーション2018)、外国人の集中は、そのホスト社会への定着に正の効果をもたらす可能性もある。日本では、外国人集住地区に居住する外国籍人口の割合が増加する傾向があるものの(是川 都市住宅学2020)、その集住と統合の関係性は必ずしも明確ではない。そこで、本研究は、在日外国人に対して質問紙調査を実施し、集住と統合との関連性の検証を試みる。

    2. 方法  

     2021年10月に日本全国に居住する20歳以上の外国籍住民に対してインターネット調査を実施した(①基本属性:女性61%、平均年齢37歳、大学以上学歴65%、東京都居住29%、②回答言語:日本語84%、英語10%、やさしい日本語7%、③国籍・地域:中国本土+香港+台湾50%、韓国+朝鮮16%、ベトナム6%、ブラジル6%、アメリカ4%、ヨーロッパ5%)。本分析では、日本以外の国で生まれ、かつ、調査時に日本での滞在期間が1年以上であった1,455サンプルを使用した。  在日外国人の統合状況を測るため、移民政策研究所による統合指標(Harder et al., PNAS 2018)の短縮バージョン(IPL-12)を利用した。この指標は、心理面・経済面・政治面・社会面・言語面・生活能力面の6つの方面から統合状況を総合的に把握できる。また、集住については、①居住地(大字・町名レベル)における外国籍人口の割合(10%以上かどうか)、②近所におけるエスニックネットワーク(近所における日本人以外の知り合いが多いかどうか)の2つの指標を用いた。

    3. 結果  

     外国人人口の割合が10%以上である地域に居住する回答者の割合は約5%であった。外国人の割合が高い地域に居住することで、各面の統合状況に差があるかについてt検定を行ったところ、社会面の統合度合においてのみ有意差がみられた。集住地域に居住する回答者の社会面の統合度合は比較的低かった。

     また、11%の回答者は近所に同国出身または他の国の出身の知り合いが多かったと回答した。これらの外国人の特徴として、20代、滞日年数10年未満、出身国が低・中低所得国であることがあげられる。近所に外国人の知り合いが多いかどうかで、各面の統合状況に差があるかについてt検定を行ったところ、総合的統合度合(6つの面の点数の合計)には有意差がみられなかったが、心理面、経済面および生活能力面の統合度合において有意差がみられた。近所に外国人の知り合いが多い人において、経済面および生活能力面の統合度合が比較的低かったものの、心理面の統合度合が高かった。すなわち、社会経済的状況が比較的優れていない、および、日本での生活に慣れていない外国人は集住する傾向があるが、彼ら彼女らの総合的統合度合は必ずしも低いわけではない。集住地におけるエスニックネットワークは、新規外国人などの日本社会への適応が比較的低い外国人をサポートする役割を果たしている可能性が考えられる。

  • 日下 博幸, 今井 優真, 小林 大樹, 小林 峻, Doan Quang Van, Ngo-Duc Thanh
    セッションID: 506
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    ベトナム北中部は高温現象の多発地帯として知られている。この地域の高温現象の原因の一つとしてチュオンソン山脈から吹き降りてくるフェーン(ラオス風とも呼ばれている)の可能性が指摘されている。 本研究では、2017年6月1日から5日にベトナム中部で発生した高温現象を取り上げ、高温発生に対するフェーンの貢献度を調査した。その結果、フェーンがベトナム北中部ビン市周辺の気温を約2~4℃上昇させていたことが分かった。また、このフェーン昇温は、力学メカニズムによって引き起こされていたことも分かった。

  • 鎌田 碧, 日下 博幸
    セッションID: 503
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    これまでに街区内に着目した暑熱研究は数値実験によって数多く実施されてきた。街区内の暑熱要因を正確に解明するためには、建物や樹木を陽に解像して街区内の3次元流れを考慮し、大気安定度も考慮する必要がある。先行研究ではCFDモデル、ENVI-metモデルなどを用いた数値実験によって街区内に着目した暑熱研究が実施されている(Ashie and Kono 2011; Wang et al. 2016など)。しかし、これらのモデルは建物や樹木を陽に解像できる反面、大気安定度を中立大気でしか表現できないという問題がある。 そこで、本研究では街区内の3次元流れを解き大気安定度を考慮できる都市街区気象LESモデルを使用して、オフィス街と住宅街の暑熱環境要因を比較解析する。

     本研究で採用する建物形態はオフィス街と住宅街とする。オフィス街は東京都新宿駅西口、住宅街は東京都中野区弥生町をモデルとして理想都市を作成し、両者の街区内暑熱要因を比較する。また、熱環境の評価方法は体感温度に近い温熱指標である湿球黒球温度(WBGT)を用いる。  使用モデルは筑波大学計算科学研究センターで開発されている都市気象モデルである都市街区気象LESモデルを使用する。  計算期間は猛暑を記録した2018年7月23日とし、計算時刻は11:00~12:00の日中1時間とする。

     数値実験の結果、先行研究と同様にオフィス街と比較して住宅街の熱汚染が深刻であった(大橋ほか, 2010;日下ほか, 2019)。住宅街の暑熱要因をオフィス街と住宅街の建物形状、建物素材、街路樹、人工排熱に着目してそれぞれ感度実験を実施した。 住宅街の局所的な暑熱要因として最も影響が大きかった要素は建物形状で、住宅街とオフィス街のWBGT差(住宅街-オフィス街)は3.89℃であった(図左上)。オフィス街と住宅街での建物形状の違いにより、建物影と風通しに大きな違いが生じる。このうち影響度が高い要素を解明するために黒球温度の推定式(Ohashi et al. 2010)を用いて考察した。その結果、建物影のみの違いによって住宅街のWBGTが約1.4℃相対的に高くなり、風通しのみの違いによって住宅街のWBGTが約3.2℃相対的に高くなった。以上から、建蔽率の違いによる風通しが暑熱の主要因であることが明らかとなった。街区内領域平均した場合でも同様に風通しが暑熱の主要因であった。局所的な影響と領域平均した場合の影響とで大きく異なる反応を示した要素は街路樹と建物素材である。街路樹は局所的に大きな暑熱緩和効果(図左下)があるが、建物素材の影響は微小ながら広範囲に及ぼす(図右上)。

     都市街区気象LESモデルを使用し日中の街区内熱環境を評価した結果、オフィス街に比べて住宅街の熱汚染が深刻であり、その主要因は住宅街の建蔽率が高いことによる風通しの悪さであった。建物影や街路樹は暑熱要因の影響度が大きいが影響範囲は狭い。建物素材は暑熱要因の影響度は小さいが影響範囲は広い。

  • 中村 友美, 鈴木 秀和, 山川 信之, 市川 清士
    セッションID: 535
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに 地下水は,上水道事業が広く普及された今日においても重要な水資源として多くの地域で利用されている。一方,人為的影響を伴った地下水は,沿岸に発達する生態系への影響などが問題視されている。琉球列島南部の八重山諸島東端に位置する石垣島白保地区の前面海域には,サンゴ礁をはじめとする貴重な自然環境が残っている。しかし,白保地区の地下水に関する詳しい報告は少ない。このような状況を踏まえ,本研究では,更新世の琉球石灰岩上に位置する白保地区を対象に水位変化および水質調査を行い,白保地区における現時点における地下水の諸特性を明らかにすることを目的とする。

    2.調査方法  水位観測は,汀線から内陸部にかけて調査測線を設定し,3地点にロガー(自記記録計)を設置した(図1)。データ取得期間は,2020年9月3日から約1年である。No.2は地面標高が確約していないため,データ解析にはNo.1およびNo.3を使用した。潮位データは,気象庁が観測および公開している1時間間隔実測潮位を使用した。また,測水調査は, 2020年9月10日~12日及び2021年9月6日に実施した。調査地点は,民家の井戸を対象に,2020年に14地点,2021年に10地点調査した。井戸の状況をふまえて地点数は異なっている。現地では気温,水温,EC(電気伝導度),地下水位を測定した。採水した試料は,駒澤大学地理学科の実験室で主要溶存成分の分析を行った。

    3.結果および考察  

    1)地下水位の観測結果  今回得られた地下水位の観測結果では,潮汐変動の影響を顕著に受けていることが認められた(図2)。無降雨時の2020年9月17日~19日の範囲をみると,各地点とも潮位のピーク後に水位のピークを迎えていることが分かる。その時差は,無降雨時の満潮時にそれぞれNo.1およびNo.3で,約1時間,約2時間であり,干潮時は約2時間,約3時間であった。汀線からの距離によって時差が異なり,それぞれ満潮時と比べ干潮時の時差が大きいことが分かる。また,9月18日の水位の振幅は,潮位の振幅が1.84mの時にNo.1で0.83m,No.3で0.53mと内陸へいくほど小さくなる。

    2)水質調査結果 水質組成は,全体的にNa-Cl(アルカリ非炭酸塩)型を示した(図1)。海岸に近くになるほど,Na+,K+,Mg2+,Cl-,SO42-濃度が高くなり,内陸部になるとNa-Cl型ではあるが,全体に占めるCa2+とHCO3-濃度が沿岸付近よりも高くなり,海水の影響度が低くなることが判明した。しかし,汀線と平行に海水の影響度は低くならず,調査地点の北側と南側で異なる傾向を示した。調査地点の北側では,陸域の地下水中に多く含まれるCa2+・HCO3-・NO3-,南側では,Na+・K+・Mg2+・Cl-・SO42-が相対的により多く含まれていたが,海水とその影響がない地下水(石垣島鍾乳洞)のCl-濃度を用いた二成分混合モデルにより各井戸への海水の混合率を求めたところ,2020年の調査では約1~8%,2021年の調査では約3~22%であった。汀線からほぼ同距離であるが,北側と南側では,約2倍の差があることが分かった。潮汐による溶存成分量の変化は,大きく表れなかったものの,微量な変化は認められた。

    4.まとめ 本研究では,琉球列島南部の八重山諸島東端に位置する石垣島白保地区における地下水の水位変化及び水質調査を行った。その結果,地下水位は,潮位と位相差が生じているものの,潮汐と対応して周期的な変動をしていることが明らかとなった。水質調査の結果も兼ねて,井戸への直接的な塩水遡上はないものの,海水および地下水が地下内部で連続していると判断できる。

  • 森 泰規
    セッションID: 340
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    文化資本と組織活性の関係から 筆者は過去日本全国の勤労者3000名を対象とした2回の調査により、イノベーションを起こしやすい組織風土形成には、組織成員の文化資本(趣味嗜好。とくに美しい自然や芸術に関する志向性)が背景因子となることを報告した(2020)。この種の文化は大都市圏になるほど集積されやすいとされることが多いので、本当にそうなのかを検証し、報告する。文化資本の計測指標としては舞台芸術・芸術公演と展覧会の実施数(文部科学省2018、以下「公開催事数」)を参照し、同時に認知的な側面は当社が実施する自社調査AreaHABIT結果を使用した(全国調査パネル登録対象者14000名2020年11月4日(水)~16日(月)。15~69歳 男女個人)。

    人口と文化資本の相関 「公開催事数」と都道府県の人口とは比例する(右上図)。しかし、その都道府県に居住する生活者が自分の都道府県に対し「アート・音楽の取組み(美術館、音楽・イベント等)が盛ん」だという認知的評価(弊社AreaHABIT 2020実施)と、人口一人当たりの公演回数とを比較するとR2乗係数は0となり関係性が説明しにくい(右下図)。 考察  文化資本は催事数で見れば人口に比例するが、認知的水準では人口一人当たりの催事数と相関しない。一部地区では人口は少ないが家庭内や非公開の催事を通じ、文化度が高いと居住者に認知されている可能性を示唆する。

  • 山中 蛍, 後藤 秀昭
    セッションID: 238
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    長大な活断層系は,いくつかの区間に分かれて活動することが多く,将来発生する地震の規模を予測するために,活動区間の推定は活断層研究の重要なテーマとされてきた。糸魚川-静岡構造線活断層系(以下ISTL)は,全長160kmの国内最大級の内陸活断層系であり,断層分布,変位様式,平均変位速度,活動履歴等に関する多数の研究によって,活動区間の議論がなされてきた。しかし,2014年に最北部の神城断層で発生した地震(Mw 6.2)は,それまでの研究に基づいて推定されていた規模よりもひとまわり小さな地震であった。地震後の調査からは,過去に同規模の地震やさらに広範囲に連動した地震が発生していた可能性が示され,現在みられる変位地形の形成には多様な活動区間を持つ地震が寄与してきた可能性が示唆されている。     活動区間の区分を検討するためには,個々の断層の活動時期や地震時変位量とともに,隣接する断層どうしの分布形状や変位様式の関係を明らかにすることが重要である。ISTL南部の白州断層付近付近は,逆断層と左横ずれ断層が隣接し,走向の違いによって変位様式が変化すると考えられている(澤,1985)。しかし,同様の走向を持つ南側延長では,鳳凰山断層に左横ずれ運動が推定されるなど,走向と変位様式の関係は十分明らかにされていない。森林地帯に分布するため,変位地形の分布や形状が十分に把握されていないことが理由と考えられる。また,既往のトレンチ調査はトレースの並走区間で実施され,それぞれで異なる活動時期が報告されており,周辺に分布する活断層との関係を議論する上で,白州断層を代表する十分な古地震データが得られていない。  そこで本研究では,トレースの連続性や変位様式を検討するために,航空レーザ測量(LiDAR)に基づく高解像度DEMのステレオ判読によって,変位地形の詳細な分布と形状を明らかにした。また,トレースと最近の断層活動との関係を検討するために,トレンチ調査を実施して活動履歴と地震時変位量を推定した。

  • 伊藤 航, 木村 義成, 服部 良一, 堀 英治, 渡部 和也, 日根野谷 有宇己, 山本 啓雅, 溝端 康光
    セッションID: 408
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    研究背景  日本では,年間約12万人の心停止(CPA)傷病者が発生している.そのうち心室細動や無脈性心室頻拍の症状を呈している場合には迅速に自動体外式除細動器(AED)を使用し除細動を行うことが,傷病者の生死や予後を大きく左右する. 日本では2004年に非医療従事者によるAED使用が認可されて以降,公共施設や学校などに多くのAEDが設置されてきた.しかし,AED設置台数の増加とは裏腹に,CPA傷病者に対してAEDが使用された事例は極めて限定的である.AEDの設置や管理に関する法的整備が進められておらず,CPA傷病者の発生傾向を考慮しないAEDの配備が進められてきたことがその原因の1つとして考えられる. 日本では市民のAEDに対する意識向上や,バイスタンダー(傷病者発生に居合わせた人)によるAED使用率の向上のために,さまざまな法人や自治体,民間企業などによってAEDマップが作成されているが,情報の網羅性や精度,公開手法などは統一されておらず,またこうした観点に対する学術的な裏付けが十分でない状況である. 研究目的 以上のような背景をふまえて,本研究では,救急記録から取得したCPAの発生時刻,発生地点の情報に基づき,現状のAED配備体制によって,どの程度CPA傷病者をカバーできているか空間的・時間的観点から明らかにすることを目的とした。 研究手法 本研究では,堺市消防局管轄地域のうち堺市および高石市で2020年1月1日~2021年6月30日までの期間に発生したCPA発生動向と,当消防が運用する「まちかどAED」の設置地点および使用可能時間を分析し,時間帯ごとのAEDアクセシビリティの変化および研究対象地域内における格差を比較検討した.具体的には,CPA事案の発生地点の住所をジオコーディングした.「まちかどAED」の位置情報に関しては,AEDマップ上にプロットされている座標の緯度経度情報を使用した. そして,AED設置地点から半径100m,200m以内の圏域で発生したCPA事例について,近接AEDの使用可否を分析集計した.さらに,AEDのアクセシビリティが時間帯によってどの程度変化するかを明らかにするために,全CPAが同時間に発生した場合の近接AED使用可否を分析,集計した. 研究結果と考察 AED設置地点から半径100m以内で発生したCPA件数と,200m以内で発生したCPA件数を比較した結果,約3.4倍に増加することが明らかになった.すなわち,CPA発生地点とAED設置地点の間を往復するのではなく,AEDを設置施設からCPA傷病者の元まで輸送することができれば,同時間内にAEDが使用できる圏域が大幅に広がることが明らかになった.この結果は堺市消防局が口頭指導の一環で実施している,AED設置事業者へのCPA傷病者発生地点までのAED輸送の依頼が有効であることを示している. また,実際のCPA発生時刻に基づいた近接AEDの使用可否だけでなく,実際のCPA発生地点における平日/休日および昼間帯/夜間帯のAEDアクセシビリティの検証を行うことにより,平日と比較して休日において,また昼間帯と比較して夜間帯においてAEDアクセシビリティが有意に低下するということについて,より多角的に実証することができた.

  • 西川 穂波, 小林 勇介, 白岩 孝行
    セッションID: 406
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    Ⅰ.はじめに  

     北海道の北東部に位置する知床半島は,海と陸を介する豊かな生態系や生物多様性が評価され2005年に世界自然遺産に登録された場所である.豊かな自然環境がある一方,遺産地域を含む半島沿岸部には多くの海ごみが漂着する.半島西側に位置するルシャ地区の海岸はごみの漂着量が多い地域の一つであり,ごみと流木が海岸線に沿って大量に堆積している.地元自治体やボランティアによる海岸清掃が年1回程度行われているが未だ多くのごみが残置されたままである.効果的な海岸清掃には現存するごみの動態を明らかにすることが重要だが,この地域での漂着ごみの研究は限られ,特にその季節変化や漂着・流出機構は未解明の課題である.そこで,海岸観測から漂着ごみの特性及びごみの漂着・流出過程の解明を本研究の目的とした.

    Ⅱ.研究方法

     海岸に調査区画(10 m×30 m)を二つ設置して区画内のごみを収集後,8種類(プラスチック,布,発泡スチロール,ゴム,金属,ガラス・陶磁器,紙,その他人工物)に分類し,それぞれの個数と重量を計測した.また,ごみを産業廃棄物と一般廃棄物とに分けて同様に個数と重量を計測した.本研究では,流木や礫に埋まっているごみは対象とせず,表面上の目視可能なごみを収集対象とした.海岸の地形変化を調べるためにRTK-GNSS搭載のUAV(Phantom4 RTK, DJI)を用いて写真測量を行った.SfM-MVS解析によって空撮画像から海岸の3Dモデルを作成し,2時期のDSMとオルソモザイク画からGISを用いて漂着ごみの堆積位置を比較した.更に,Time Lapse カメラを海岸に設置して,約1年間撮影を行った.撮影した映像からごみの漂着・流出時 期やその過程を調べた.

    Ⅲ.結果と考察

     収集した漂着ごみを分類した結果,個数では全体の9割以上がプラスチックであった.重量でもプラスチックは全体の約8割~9割を占めていた.一般廃棄物の重量は二つの調査区画でそれぞれ14 kg ~ 40 kgであったのに対して,産業廃棄物の重量は170 kg ~ 735 kgあり重量差が大きかった.産業廃棄物は主に漁網やロープ等の漁業系廃棄物であった.2020年11月と2021年10月のオルソモザイク画像を比較した結果,海岸の一部で漂着ごみの堆積状態に変化が見られた.Time Lapseカメラの画像から,2020年12月中旬に海岸に打ち寄せた波によってごみの流出や陸側への移動が起こっていた.次に,堆積状態の変化が起こる時期を網走沖の波浪データを基に考察した.波高約4 m~5 m の波が高い日が数日続いた際に,海岸では堆積状態の変化が起こることが示唆された.このような波は隔年で発生しており,その度にごみの漂着量や位置が変化している可能性が高い.一方,波の影響をほとんど受けない陸側に堆積するごみは長期間同じ状態を維持していると考えられる.したがって,新たな漂着や流出が起こりづらい陸側のごみから回収していくことで海岸美化の促進が期待できる.

  • 小室 隆, 神門 利之, 加藤 季晋, 引野 愛子, 山岸 聖, 高原 輝彦, 後藤 益滋, 坂田 雅之, 源 利文
    セッションID: 533
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    湖底堆積物には過去から現在に至るまでの湖の変遷情報が保存されている.堆積物は大きな撹乱を受けなければ毎年,様々な「情報」が堆積していく.この「情報」の中には植物の種子や花粉,貝殻片などの動植物遺骸が残っており,微化石・花粉分析などにより古環境復元が行われている.しかし,堆積物中にはこれらの遺骸が含まれていないこともあり,必ずしも正確に復元できているとは限らない.そこで本研究は近年利用が盛んになった環境DNAに着目した.  近年,水域を対象とした生物調査では,直接採捕などの従来の方法に代わり,環境DNAが用いられるようになってきた.環境DNA(以降eDNA)は水中,土壌,大気中に存在している生物由来のDNA断片を採取し,分析することで対象生物の在・不在を判断できる技術である.eDNA研究例の多くは河川や湖沼などの水を用いて,魚類を対象にしたものが多い.水中に存在するeDNA断片は生物から放出されて数時間~数日以内には分解されるため,リアルタイムの情報を得るには適しているが,過去の情報については水からは得ることはできない.一方で堆積物には土粒子などと共に水中のeDNAが毎年堆積し,さらには貧酸素環境下であることからeDNAの分解が起こりにくいため古環境復元に利用されている(Capo et al. 2021).  宍道湖では戦後にそれまで豊富であった水草が消失したが,2009年頃から回復し,現在では漁業被害が生じるほど大繁茂している.宍道湖の過去の水草の繁茂状況を示したものとしてはKasaki (1964)やKomuro et al.(2016)によって藻類の車軸藻類が繁茂していたことが明らかとなっている.Komuro et al. (2016)は宍道湖湖底堆積物を使用して,水草の種子を採取し,車軸藻類の卵胞子が存在していたことを明らかにした.しかし,堆積物からは車軸藻類の卵胞子のみが採取された.戦前の絵葉書や風景写真を確認すると水面まで水草(維管束植物種)が生えていた写真が確認できるため,堆積物中にも水草のDNAが残っている可能性がある.そこで,本研究では植物化石ではなく堆積物中に保存されているsedaDNA(sediment ancient DNA)を用いてChara brauniのDNAの検出を試みたので,その報告を行う.

  • 井上 誠, 宇賀神 惇, 木口 倫, 山下 陽介, 小峰 正史, 山川 修治
    セッションID: 517
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに

     干ばつや冷夏などの気象災害は、稲や果樹などの農作物の収量に大きな影響を及ぼす。日本の夏季の天候は、対流圏下層から中層で発達する北太平洋高気圧とオホーツク海高気圧との関連が強いことは知られているが、それらの挙動だけでは正確な暑夏・冷夏の予測につながっていないのが現状である。西森(1999)は、上部対流圏から下部成層圏に発達するチベット高気圧と北太平洋高気圧の強化による日本への張り出しと関連した暑夏の事例を報告しており、対流圏中下層より上空の高度分布にも着目する必要がある。そこで本研究では、日本の暑夏年・冷夏年における高度場の統計解析を行い、夏季に発達するチベット高気圧、北太平洋高気圧の張り出しと暑夏・冷夏の発生との関係を明らかにする。

    2.方法

     まず、日本を6地域に分類し、気象庁データを用いて1980~2017年の夏季(6~8月)における各地域の気温の時系列図を作成し、38年間のうち気温が高かった10年を暑夏年、低かった10年を冷夏年と定義した。次に、暑夏年から冷夏年を引いたものを偏差と定義し、NCEP/NCAR再解析データの高度場データを用いて偏差分布図を作成した。2種類の母集団(暑夏年と冷夏年)における平均値の差の有意性を調べるためにウェルチのt検定を行い、差が95%で有意な領域を図に示した。

    3.結果と考察

     その結果、北日本日本海側の暑夏年・冷夏年の偏差分布図には、日本上空の150hPa面で有意な高圧偏差が確認できた。これは、チベット高気圧が日本に強く張り出すと、暑夏が発生しやすいことを示している。一方、日本の冷夏の発生にはこれらの高気圧の張り出しの弱化が関わっていると考えられる。両高気圧の緯度方向の張り出しに着目すると、チベット高気圧が日本の本土方面に張り出す場合、北日本、東日本、西日本で暑夏になり、南方面に張り出すと南西諸島で暑夏の傾向となった。同様に、北太平洋高気圧の張り出しの方向もその地域の暑夏の発生に深く関わることが示唆された。

    文献

    西森基貴 (1999) 天気 46: 269-280.

  • 西場 慧, 日下 博幸
    セッションID: 512
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    北陸地方は, フェーンが頻繁に発生することで有名である. 富山平野で発生する南風フェーン(以下, 富山フェーン) は夜間に吹き始める傾向があり, これは夜間に海風が止むからだと推察されている. 海外では, フェーンが夜間に吹き始める要因として風上の大気安定度の影響が提唱されている. 本研究の目的は, 典型事例を解析することで, 富山フェーンの吹き始めに対する(1)海風の影響を明らかにすること(2)風上の大気安定度の影響を調査することである. 富山フェーンは一般的に, (1)春に発生する, (2)日本海低気圧によって引き起こされる, (3)夜間に吹き始める, という特徴を持つことが知られている. この3つの条件を満たす事例を, 本研究の典型事例とした. 典型事例について領域気象モデルWRFを用いて数値シミュレーションを行った. 日中は, 飛騨山地の風上で混合層が発達するため, 大気が中立に近くなる. したがって, 山岳波が発生せず, おろし風が吹かない. また風下の富山では北寄りの海風が吹く. 夕方には, 風上の混合層が衰退し, おろし風が吹き始める. しかし, このおろし風は海風によってブロックされ, 富山までは到達しない. 夜間になると, 海風が止み, おろし風が富山まで到達する. このとき富山では, 地上気温が急上昇し, 地上風が増大する. 富山フェーンの吹き始めには, 飛騨山地の風上の混合層の衰退, さらに風下の海風が止むことが重要である.

  • 外国人散在地域を事例として
    岩間 信之, 中島 美那子, 浅川 達人, 田中 耕市, 佐々木 緑, 駒木 伸比古, 池田 真志, 今井 具子, 貝沼 恵美
    セッションID: 342
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.研究目的

    本研究は,X県北部に位置するA市(外国人散在地域)を事例に,外国にルーツのある子どもたちの成育環境と健康状態の関係を,地理学的視点から分析する。 近年,日本への定住を志向する外国人が増えているが,こうした動向を日本社会が十分認識しているとは言えない(いわゆる「顔の見えない定住化」の進行)。外国にルーツのある子どもたちの数も急増している。しかし,日本語学習支援を含め,様々な生活支援を十分に受けられない外国由来の子どもたちも多い。成育環境(ここでは家庭での教育や家族とのふれあい,食生活,生活習慣など)に起因するであろう被害(肥満や虫歯などの健康被害,発達障害など)も,多数報告されている。また,日本語での学習についていけずにドロップアウトする子どもも少なくない。多文化共生社会の構築が求められるなか,外国にルーツのある子どもたちの生活支援は,重要な課題である。 外国由来の子どもが健康的に育ち,また学習言語としての日本語を習得するためには,成育環境が重要である。しかし,外国人世帯では,両親が低賃金長時間労働に従事し,自宅を長時間不在にするケースが目立つ。こうした世帯では,同胞や行政,地域住民からの生活支援が必須である。ただし,すべての地域で十分な支援を受けられる訳ではない。 これまで,多文化共生に関する研究は,おもに外国人集住地域で進められてきた。しかし,外国人散在地域は「見えない定住化」がより顕著であり,同胞による支援も少ない。そのため,当該地域に暮らす子どもたちの成育環境は,外国人集住地域よりも総じて厳しいと予想される。なお,全国の地方都市の多くは,外国人散在地域といえよう。

    2.研究方法

    本研究の手順は以下の通りである。第一に,X県全域を対象に,外国にルーツのある子どもたちの実態と生活支援の地域格差を分析する。第二に,A市の協力を得て,3歳児健診データの個票を入手・分析する。当該データには子どもたちの健康状態や成育環境が記録されているため,健康状態と成育環境の関係性の定量的分析が可能である。第三に,A市に居住する多様な国籍の子どもたちや保護者に対し,インタビュー調査を実施する。これにより,子どもたちを取りまく成育環境の実態を把握する。なお,A市は工場の期間労働や飲食業に従事する外国人が多い地域である。

    3.研究結果

    研究の結果,例えば表1で示したような地域格差が確認された。その他の研究成果は,当日報告する。

  • 伊能中図「総合図」の比較分析
    酒井 一輔
    セッションID: S204
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.本報告の目的

     寛政12年(1800)に伊能忠敬が測量を開始してから、文政4年(1821)に日本全図「大日本沿海輿地全図」が完成するまでの間に、試作品や中間報告などとして、多種多様な、数多くの伊能図が作られている。忠敬たちは、いかなる試行錯誤と紆余曲折を経て、最終完成形となる「大日本沿海輿地全図」を生み出していったのか。本報告は、「大日本沿海輿地全図」完成以前に作製された諸稿本の地図様式を比較検討しながら、伊能図が完成されていく過程について、新たな段階設定を試みようとするものである。

    2.「総合図」に着目する意義

     そこで、本報告では、かつて大谷亮吉(1917)によって提唱された「総合図」という分類に着目する。大谷亮吉(1917)は、測量データから伊能図が製図される過程に即して、「小区域の下図」「寄図」「地方図」「綜合輿地図」の4つの分類を提示した。これらのうち「地方図」とは「忠敬が一出張期間に測了せる全地域を包含せる地図」、一方、「綜合輿地図」とは「地方図を総合して製せる輿地図と称せるもの」、と説明されている。忠敬による全国測量は約17年間に地域ごとに全10回に分けて実施されており、各回の測量終了後には、その都度、その間の測量成果を示す地図が幕府へ提出されていた。つまり、大谷亮吉のいう「地方図」とは、1回の測量旅行中に実測した地域、すなわち1回分の測量成果のみが描かれる図である。これに対して、「綜合輿地図」とは、複数回の測量成果(地域)が統合されて描かれる図、言い換えれば、複数の地方図を集成し、統一した様式へと変換・編集された図であると理解することができる。

     「地方図」から「綜合輿地図」が作られるということは、日本全図の完成へと進む過程でひとつの大きな画期となるものでもある。そこで本稿では、この「綜合輿地図」(以下、「総合図」と呼ぶ。)に改めて着目し、なかでも、もっとも残存事例の多い中図(1/216,000)に分析対象を限定する。

    3.大谷亮吉の指摘した総合図

     「総合図」として、いつ、どのような図が作製されたのであろうか。これについて大谷亮吉(1917)では、2種類あったことを指摘している。すなわち、「寛政十二年より享和三年に至る迄の材料によりたる本邦東半部地図及寛政十二年乃至文化十三年の実測全材料並に間宮倫宗の蝦夷地測量の材料を総合して描きたる日本輿地全図の二種あり」と述べている。前者は、東日本域を対象とした第1~4次測量までの成果を統合して作製された図であり、文化元年(1804)に幕府へ上呈されている(以下、このタイプを「文化元年版総合図」と呼ぶ)。一方、後者は、日本列島のほぼ全域を含む第1~10次までのすべての測量の成果を統合して作製された図であり、文政4年(1821)に「大日本沿海輿地全図」の名称で幕府へ上呈された(以下、これと同様の図を「文政4年版総合図」と呼ぶ)。

    4.“もうひとつ”の総合図

     大谷亮吉(1917)以降、伊能図の所在調査が進み、その時点では未確認だった中図がいくつか発見されている。こうした新発見の中図を検討すれば、従来知られてきた文化元年版総合図と文政4年版総合図の2種類の他に、新たにもう2種類の総合図が存在することが判明する。

     ひとつ目は文化元年版以前に作製された総合図であり、ふたつ目は文化元年版以降、文政4年版以前に作製された総合図である。具体的に言えば、前者は第1次と第2次の測量成果を統合したもので、現在、早稲田大学図書館に所蔵される「大日本天文測量分間絵図」がこれに該当する。一方、後者は第5~7次測量の成果を統合したもので、現在、徳島大学附属図書館に所蔵されている「大日本沿海図稿」がこれに該当する。とくに後者のタイプの総合図は、文化元年版総合図以降、日本全域を描いた文政4年版総合図が完成するまでの間に作製された総合図であり、伊能図の作製過程を考えるうえで特筆に値する。

     また、徳大本「大日本沿海図稿」の類例と考えられるのが、学習院大学図書館所蔵中図「大日本沿海輿地全図」である。同図は、蝦夷地太平洋沿岸から東北、関東、北陸、東海、近畿、中国、四国までの地域を、8枚に分割して描いている。保柳睦美(1980)が指摘する通り、同図を子細に検討すると、東日本域を主に描いた5舗(≒文化元年版総合図)と西日本域を主に描いた3舗の2組から構成されていることが判明する。すなわち、同図は実質的に2組の総合図の集合であると理解される。

    5.結語

     徳大本「大日本沿海図稿」が作製されていた頃、恐らくは第8次測量前後の時期に、伊能忠敬たちは、①西日本域を中心とした新たな総合図の作製に着手していた、②試作された西日本域の総合図と既に作製済みの東日本域の総合図を統合して日本全域の総合図を作製しようと模索していたのである。

  • 梶山 貴弘
    セッションID: P012
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1 はじめに

     アジア内陸部に位置するカラコラム山脈の氷河は,近年の世界的な縮小傾向とは異なり,2000年代以降において停滞または拡大傾向にあるとされる。しかし個々の氷河をみると,2010年頃にかけては,末端位置の後退,面積の縮小および表面高度の低下が認められる氷河も比較的多く,また氷河サージも多数認められている。とくに同山脈北西部においては,氷河の拡大・停滞・縮小・氷河サージと,複雑な様相を示している(Rankl et al., 2014; Bolch et al.,2017; Baig et al., 2018)。これらは,個々の氷河が位置する流域・山体における微気候または地形環境の違いに起因するものと推測されているが,良く分かっていない。個々の氷河の振る舞いは,グローバル・ローカルにおける気候変化との関係だけではなく,個々の集落における水資源としても重要であり,とくに乾燥帯に位置する本山脈では,日常生活に直結する問題である。

     そこで本研究では,カラコラム山脈北西部における氷河変化を明らかにすることを目的とする。そのうち本報告では,氷河の形態および地形環境が異なる氷河を対象として,最新の2010年以降の変化を含む,1967-2020年におけるやや長期的な氷河面積の時系列変化を明らかにする。

    2 対象地域の概要と方法

     カラコラム山脈は,北西-南東方向に連なる約500 kmの山脈である。北西部の主尾根の標高は7000 m以上に達するが,主谷は約1000-2000 mであり,比高が非常に大きい地域である。2009年の氷河台帳(梶山・藁谷,2013)によると,北西部の大部分を占めるインダス水系フンザ川流域には,1322氷河が認められ,その合計面積は4275.7 km2である。

     面積変化の解析は,約10年間隔で,それぞれ1967年(CORONA)・1990年(Landsat TM)・2000年(Landsat ETM+)・2010年(ALOS AVNIR-2,ASTER)・2020年(Landsat OLI)前後の多時期の衛星画像を用いて判読し,氷河範囲をマッピングしてその変化を求めた。CORONA・ALOS・ASTERは,GCPを用いて幾何補正を施した。2010年前後の範囲は,2009年の氷河台帳(氷河分布図)のデータをそのまま使用した。氷河範囲のマッピングは,涵養域の積雪域などにおける判読誤差を考慮し,消耗域のみを対象とした。

     各期間の面積変化は,各年代の氷河範囲に,使用した衛星画像の空間分解能1ピクセル分のバッファを発生させ,それ以上の差が認められた場合のみを変化として「拡大」と「縮小」に分類した。差が認められない場合は,全て「停滞」とした。

     解析対象氷河は,氷河台帳を基に,位置・長さ・岩屑被覆率が異なる氷河を,空間分布が分散するように選定した。なおこれらは同時に,面積・発達高度・方位なども異なっている。本山脈に多数発達する岩屑被覆氷河は,とくに末端範囲が特定し難い場合が多いため,全年代の衛星画像において範囲が特定可能な氷河のみを対象とした。また,サージ氷河またはその可能性のある氷河は,解析対象外とした。すなわち今回の対象氷河は,30氷河である。

    3 結果と考察

     解析の結果,1967-2020年の面積は,全氷河において後退を示した。また,1967-1990年も,全て後退を示した。しかし1990年以降は複雑である。1990-2000年は前進10,停滞7,後退13,2000-2010年は前進9,停滞3,後退18,2010-2020年は前進4,停滞14,後退12であった。すなわち前進数は減少し,停滞数は増加した。後退数は2000-2010年に増え,その後2010-2020年に減少したが,氷河数としては全期間において多かった。

     また1990-2020年において,前進し続けた氷河は無く,停滞し続けた氷河もわずか1氷河,後退し続けた氷河は4氷河で,それは長さ10 km程度の中規模な岩屑被覆氷河であった。したがって面積変化でみると,北西部の氷河は近年,停滞傾向またはわずかな縮小傾向を示す。

     しかし,このような各期間における氷河変化の傾向と,氷河の形態および地形環境との関係は,明瞭ではない。さらに,1990-2020年を通して,一定の変化傾向を示さない氷河は25氷河も認められる。そのため,さらなる氷河変化の実態と,変化要因の把握が必要である。

  • 浦山 佳恵, 須賀 丈, 畑中 健一郎
    セッションID: P056
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    近年,里山の自然環境を保全する方策の一つとして,里山の動植物を利用した伝統文化を観光等の地域づくりに活用することが期待されている。長野県木曽町開田高原では,2018年以降市民団体を中心に木曽馬文化を活用し草地を保全する取組みが始められた。本発表では,この取組みの経緯,主体,今後の見通し等を紹介する。開田高原は近世の木曽馬の主産地で,1955年頃も約700頭の馬が飼育され,5000haもの草地が広がっていた。馬は現金収入源であるとともに火山山麓での農業生産を支える厩肥を生産する上でも重要であった。馬の主な飼料は,夏は生草場から採取された生草,冬は干草山から採取された干草であった。草地の多くは隔年採草で,干草山は2分され,その年利用する草地には春先に火を入れ,育った良質なススキやカリヤスを9月以降刈り採った。刈草を方言で「ニゴ」という形に積み重ね,約1ヶ月間乾燥させたものが干草となった。翌年は,もう一方の草地が同様に利用された。1955年以降,馬は肉用牛に変化し,草地の森林化がすすんだ。しかし各集落の秣のための火入れは景観保全のための火入れに変化し,かつての干草山の一部でも続けられてきた。また,1戸の牛繁殖農家が,近年まで健康な牛と良質な堆肥を生産するために約0.5haの草地で隔年での干草利用を続けていた。そうしたなか開田高原には全国的にも希少とされる多くの植物や昆虫が生息する草地が残されてきた。伝統的干草山に最初に注目した神戸大学は,2010年植物相や昆虫相の調査をはじめ,周辺の様々な管理形態の草地と比較し,2016年に伝統的干草山では生物多様性が高いことを示した。2014年以降信州大学は県内で伝統的干草山にのみ生息する希少種チャマダラセセリの産卵場所と人の管理形態との関係を調査し,この蝶が人の草地管理に依存し生息していることをつきとめた。2014年県は牛農家の高齢化による干草利用中止を懸念し,伝統的干草山を希少野生動植物保護条例に基づく保護区に指定した。2015年に牛農家が草刈りを中止すると,草刈りは木曽町環境協議会によって行われるようになった。2017年,著者が1955年頃の干草山・生草山,現在の火入れ地・採草地の分布を調査したところ,保護区は開田高原で唯一残された干草山であった。さらに2018年にかけて地域住民に聞取りをし,草地利用には様々な伝統知があったこと,現在も多くの厩肥が用いられていることを確認した。Tさん(上松町・イラストレーター)は,2012年頃失われつつあった木曽馬飼育を個人的に記録していたところ,地方紙の取材の仕事で神戸大学の植生調査に出会い,木曽馬文化を活用した草地保全に関心を持ち,伝統的干草山での火入れや干草作りにも通うようになった。2018年頃干草文化と秋の七草が咲く美しい草地の消失を懸念したTさんは開田高原で木曽馬を飼育する移住者3名と「ニゴと草カッパの会」(以下ニゴの会)を設立し,保護区以外の3ヶ所の草地で干草利用を再開する活動をはじめた(現在4ヶ所,約2ha)。以降、秋に木曽馬文化の象徴である草地にニゴがある風景が各地でみられるようになった。2019年農家が保護区での干草利用も中止すると,保護区の刈草は環境協議会によって生ごみ堆肥化施設に搬入された。2020年著者は干草利用を継承することが望ましいと考え,一部の刈草でニゴを作り,干草を木曽馬保存施設「木曽馬の里」に利用してもらうことを試みた。2021年のニゴ作りにはニゴの会の協力を得た。木曽馬の里で生産された厩肥は,地域の農家によって特産品のトウモロコシ生産等に用いられている。その結果,伝統的干草山は多主体の協力によって現在もそれを維持してきた文化とともに保全されることになった。ニゴの会は多様な背景を持つ人々で構成されている。木曽馬を飼う移住者のNさんは「木曽馬の里」場長で,木曽馬の保存には馬が活躍する場を増やす必要があると考えていた。Kさんは木曽馬と暮らした体験があり,開田特有の麻織物の継承にも取組んできた。草地利用に関する重要な話者でもあった。Iさんは東京の環境調査会社で働いていたが,地元の環境保全に携わりたいとUターンした。Sさんは松本市在住の昆虫愛好家である。2020年には大学・環境保全研究所・ニゴの会によって,木曽馬文化と草地再生のための調査プログラムを都市住民に提供する事業がはじめられた。2021年町は「木曽馬保存計画」を策定し,木曽馬がいた頃の景観の観光活用,野草の活用,厩肥を用いた農作物のブランド化をすすめることになった。開田高原の草地保全は木曽馬文化の活用で多様な主体を取り込んできた。コロナ禍で観光活用にまでは至らないが,今後は町の木曽馬を軸とした地域づくりと連動しながらさらに展開していくことが期待される。

  • 渡邊 貴典, 松山 洋, Kuzhevskaia Irina, Nechepurenko Olga, Chursin Vladislav, ...
    セッションID: S401
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1. はじめに  

     近年ロシア連邦では異常気象が頻発しており,2010年に発生した熱波では犠牲者が1万5千人に達するなど大きな被害が発生している(Lau and Kim 2012)。また西シベリア地域では2012年に深刻な干ばつ(Pokrovsky et al. 2013; Ryazanova and Voropay 2019),2014年に豪雨による壊滅的な洪水(Sukhova et al. 2020)が発生しており,今後もこの地域で異常気象が発生すると予想される。ロシアにおいて発生している極端現象の発生頻度や強度の長期的な変動傾向について地域間の違いに着目した研究は十分には行われていないことから,本発表ではロシアにおける極端現象の長期トレンドについて,西シベリアとその他の地域を比較した結果について述べる。

    2. 研究手法・使用データ

     極端現象の発生頻度や強度を求めるために,本研究では世界気象機関で採用されている27の極端現象指標(WMO 2017)を算出した。この指標は16個の気温に関する指標と11個の降水量に関する指標で構成されている。これらの極端現象指標の中で極端な高温・干ばつ・大雨に関する指標(表1)をロシアの気象観測データベース(RIHMI- WDC 2020)に基づいて計算した。対象期間は多くの観測点で観測が行われている1950年から2019年とし,観測データの欠測率が5%未満の観測点のデータのみを使用した。対象地域はロシア連邦全域とし,各地域の極端現象の特性を明らかにするために対象領域を4地域(ヨーロッパロシア:ER, 西シベリア:WS, 東シベリア:ES, 極東:FE)に分割した。極端現象指標の長期トレンドの検出にはMann-Kendall検定を用いた。また長期トレンドの変化率の算出にはSen's slopeを使用した。

    3. 結果

     図1に,各地域における極端現象指標の長期トレンドの増加・減少を示している地点数の比率を示す。まず極端な高温日数(TX90p)の長期トレンドは全地域において増加傾向が顕著であることがわかる。西シベリアでは他地域に比べ有意な増加傾向を示す地点数の割合が高いが,一方で指標の時間変化率は他地点よりも小さい0.78 %/decadeとなった。次に継続的な乾燥日数(CDD)は全地域で減少傾向となっている。特に西シベリアはその傾向が顕著であり,地域全体で湿潤傾向となっているといえる。トレンドの平均値では西シベリアでは-0.8 days/decadeとなっており,ウラル山脈以東の地域でCDDの減少が目立つ結果となった。最後に極端な大雨(R95p)は観測点ごとのばらつきは大きいものの全地域で概ね増加傾向を示している。ただしシベリア地域では減少傾向を示す地点も20%前後存在し,トレンドの平均値もヨーロッパロシアや極東に比べるとその増加傾向は弱いことが明らかになった。

  • 宋 苑瑞, CANTOR Alida, CHANG Heejun
    セッションID: 420
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    近年、カリフォルニア州では深刻な干ばつが発生しており、社会的・生態的にさまざまな影響を及ぼしている。環境への影響としては、地下水の枯渇、大規模な山火事、生態系の劣化などが挙げられる。本研究では、干ばつの影響を強く受けているカリフォルニア州を対象に、農産物の生産と輸出に使用された水の量を仮想水の形で計算した。また、カリフォルニア産の農産物の輸出先や近年の輸出量の変動を把握した。カリフォルニア州の農業輸出に基づき、どの作物が、あるいはどれだけの仮想水が、どの地域に移動しているかを分析した。分析には2010年から2019年までのデータを使用した。この期間には、2014年から2016年にピークを迎えた深刻な干ばつが含まれる。さらに、干ばつが続いている環境下での地下水位の変動を検討し、カリフォルニア州の農業の持続可能性について検討した。カリフォルニア州は、米国内において農業生産額が最大の州であり、全米の野菜の3分の1以上、果物・ナッツ類の3分の2を供給している。カリフォルニア州の農産物輸出は年々増加し、2019年の農産物輸出額は217億ドル(約2兆5千億円)に達した。カリフォルニアが農業生産の世界的リーダーとしての役割を担っているのは、その大規模な灌漑システムに直接起因するものである。干ばつは水に依存する産業に影響を与える可能性がある。継続的な干ばつと水不足に対応するため、カリフォルニア州の農業生産者は、数十年にわたり、地下水の利用に依存している。 カリフォルニア州の農産物の主な輸出先(輸出額の大きい順に)は、欧州連合(EU)、カナダ、中国・香港、日本、韓国、メキシコ、インド、アラブ首長国連邦(UAE)、台湾、トルコであり、これらを合わせると輸出額全体の68%を占めている。2010年から2019年の間に、EU、韓国、インドへの輸出はそれぞれ60%、83%、228%増加した。しかし、各輸出先のシェアは10年間で減少しており、輸出先が多様化している。  輸出農産物に含まれる仮想水量を計算すると、最も多いのは乳製品で、過去10年間で輸出量が大幅に増加した。輸出された乳製品に使用された仮想水の量は、年間60億トンを超える。次に多いのは、アーモンドやピスタチオなどの木の実類である。過去20年間で、ナッツ類(アーモンド、ピスタチオ、クルミ)の輸出額は9.5倍になった。米は4番目に水を大量に消費する製品だが、過去10年間で約10%減少した。カリフォルニア州の乳製品の最大の輸出先はメキシコ、次いでフィリピン、中国・香港、韓国、カナダと続く。特に、フィリピン、台湾、UAE、オーストラリア、韓国への米国産乳製品の輸出の増加率は非常に高い。台湾への乳製品・製品の輸出額は、過去10年間で7.1倍に増加した。同期間にUAE、オーストラリア、韓国への輸出額はそれぞれ4.9倍、3.7倍、3.5倍になった。アーモンドやクルミなどの木の実の輸出額は、過去20年間で約10倍に増加した。また、果物や野菜の輸出額も同期間に2倍以上になった。  カリフォルニア州の農業が主に行われているセントラルバレー地域では、2010〜2019年の間に3メートル以上地下水位が低下した地点が多くみられた。特にカーン郡の一部の地域では、わずか2年間で287cm地下水位が低下した。カリフォルニア州の農業生産の特徴は、海外への輸出量が多いことであり、その結果、仮想水の移動も大きくなっている。生産に大量の水を必要とする乳製品や木の実は、所得水準の上昇に伴い世界的に需要が高まっており、今後も増加することが予想される。 カリフォルニア州では、これらの高価値、高需要の商品の生産を減速する気配がみられない。しかし、カリフォルニア州が農業生産と輸出のために持続不可能な地下水の採取に依存し続ければ、環境への影響は避けられず、生態系にもダメージを与え、次の世代に残す資源も少なくなる可能性が高い。

  • 本木 弘悌, 上野 和彦
    セッションID: S102
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに

     本発表では主に高校における中国地誌学習に関して、これまでの「地理B」の動向をふまえ、新たに設置される「地理総合」、「地理探究」における授業の視点を提案する。

     発表者の本木は中国学習の事前に高校生3年生と中学2年生を対象に中国の経済発展に関するアンケートをとった(2021年11月実施)。結果は次の通りである。Q1日本と中国ではどちらが経済大国だと思うか:日本11%・中国89%。Q2日本と中国ではどちらの方が国民は豊かだと思うか:日本98%・中国2%。Q3中国は日本をいつ経済的に追い抜いたか、追い抜くと思うか:30年前3%・20年前13%・10年前26%・数年前26%・数年後8%・10年後8%・20年後 5%・30年後1%・抜かない9%。Q4今日の経済発展につながる変化はいつからだと思うか:50~30年前13%・30~20年前27%・20~10年前34%・10~5年前19%・ここ数年7%。Q5日中関係は現在、政治的に友好的な状態だと思うか(悪いを1、良いを5として5段階で回答):1=13%・2=45%・3=32%・4=9%・5=1%。Q6日中関係は現在、経済的に友好的な関係だと思うか(悪いを1、良いを5として5段階で回答):1=3%・2=12%・3=34%・4=44%・5=7%。自由記述で中国発展の理由はなぜだと思うかという質問には、人口が多いから、低賃金労働力だったから、共産党の一党支配だからが多い回答であった。

     アンケート結果より、中国が日本より経済大国であるという認識は定着しているといえる。一方、国民の豊かさでは日本の方が豊かであるあると思う生徒が多数である。日本はいつ中国に抜かれたのか、または抜かれるのかの回答では、約7割弱が過去のこととしているが、その時期はばらつきがある。そして中国の経済的変化の始まりとなると、ばらつきがさらに大きくなる。身の回りに中国製品があふれ、世界の工場として中国が経済発展した認識はあるものの、いかにして発展したのかという点においては、さらに詳しく認識を深める必要があると考える。

    2.探究活動をみすえた授業の視点

     各社地理B教科書の中国地誌単元では、経済発展について農業や工業、都市化、人口などと関連づけて扱われている。地域的経済発展では沿海部と内陸、農村と都市の格差についてふれられている。こうした格差が生まれる背景として労働力の移動に注目することで、理解と認識が深まると考える。労働力移動の把握はこれまでよりもスケールダウンして、省レベルで考察できれば、地域的発展の規模やスピード感をより実感できるではないだろうか。「地理総合」「地理探究」学習をみすえた場合、より地域の実態を事実に即してとらえる学習を進めること、それを生徒(学習者)自身が資料を収集し、加工し、把握することが重要であり、それによって地域理解が深まることが期待される。中国に関する政治、経済、地域に関する多様な情報の出現は、格好の学習対象である。発表では、この視点に基づいた具体的な学習展開例を紹介する。

    3.学習教材の検討

     発表者の上野は古今書院刊行『地理』の2021年5月号と12月号の特集「図説中国地誌」において84枚の主題図と13枚の統計表を提示した。特に主題図では省別の分布図は、上記の視点に基づいた学習展開において活用できるものが多い。発表では、これらの資料作成に使用した、中国統計類の扱いと図表作成に関する注意点についても指摘する。

  • 綱川 雄大
    セッションID: 314
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1970代以降から,欧米において快適な生活を求める「ライフスタイル移住」が増加するようになった.「ライフスタイル移住」とは,「生活の質の向上」や「個人の願望の実現」を理由に行われる移住・移動を包括した概念である.日本においては,1990年代頃からそうした移住の徴候が見られ始め,本格的な研究の取り組みがなされるようになったのは,2000年代からである.近年のライフスタイル移住および,それに類似した既往研究を整理すると,大まかに①観光地への移住,②日本から海外への移住,③農山村移住・田園回帰,④地方都市への移住の4つとして把握できる.先行研究では,調査対象者である移住者を,仕事を辞めたり労働時間を意識的に少なくしたりして,収入が減っても時間の使い方や働き方を自分で決めることによって,生活の質の向上を目指す「downshifting」(石川,2018)する存在として把握し,描出してきた.しかし最近では,東京都心部に所得・勤務基盤を保持したまま東京大都市圏外縁地域,いわゆる超郊外へ移住する事例も明らかにされている.そうした移住者は,近年における交通インフラやICTの発達によって出現したものと捉えることができ,先行研究の移住者とは移住の意味が異なると考えられる.そこで本研究では,長野県・軽井沢への移住者を事例に,ライフヒストリーに依拠しながら,彼らの生活・仕事の両面における移住の意味を解釈・分析していくことを目的とした.同地への転入者数の上位10自治体を確認すると,近隣自治体からの転入のほかは世田谷区や港区などの都区部からも多く,30歳~40歳代や60歳代のシニア層が見られる.また,勤務地においては港区・千代田区・中央区の都心3区 が確認され,そうしたホワイトカラー職は旧軽井沢以西の中軽井沢や西隣の御代田町に近い追分に多く居住している.本研究の調査対象者は,高学歴であり,仕事においても自営業やホワイトカラー職,専門・技術職に就く職業的地位の高い労働者でもあることから,高度熟練労働者であると見なせる.対象者の移住の動機は,大きく「仕事上の経験を通じた意識の転換」,「自らの希望する子育て環境の実現」,「東京の暮らしからの離脱」として把握することが可能であるものの,大半の対象者はこれらの要因が複合的に重なり合って移住の発意へとつながっている.軽井沢が選択される理由は,新幹線利用による東京までの物理的・心理的な近接性が挙げられたが,それは満員電車を象徴とする郊外の持つ負のイメージと密接に結びつけて語られる.同時に,東京と同程度の都市的・文化的な機能を持ちながら自然を身近に感じられることも要因となっている.つまり,超郊外の中で移住先としての軽井沢のイメージが相対的に良く,移住前と同程度の生活が送れる一方,容易に以前の生活環境から変化させられる場所として選択される.彼らは生活の質の向上を目的として超郊外へ移住したが,先行研究で描かれてきたようなダウンシフトを意図していたわけでは無い.むしろ生活の質の向上のみならず,同時に仕事の質も維持・向上させることをも目的としており,軽井沢へのライフスタイル移住はそれらを同時に達成する手段として位置付けられている.

  • 広島県帝釈峡「幻の鍾乳洞」の例
    木村 颯, 鮎沢 潤, 横田 角光, 菅 浩伸, 吉村 和久
    セッションID: 213
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1. はじめに

     鍾乳洞には様々な形態の鍾乳石が生成するが,石灰洞ではその多くがCaCO3の安定相である方解石で構成される.しかし,方解石の多形であるアラゴナイトからなる鍾乳石も一部に存在する.準安定相のアラゴナイトが生成する条件に関して,Calcite aragonite problemとして様々な研究が行なわれているが,その中でも溶液中のMg/Ca比が最も重要な要因と考えられている.本研究では,広島県に位置する「幻の鍾乳洞」に生成するアラゴナイトの生成要因をMg2+の影響に着目して調査した.

    2. 調査地域と調査方法

     幻の鍾乳洞は広島県の帝釈峡にある石灰洞である.地質はペルム紀の生物礁由来の石灰岩からなり,安山岩質の岩脈が貫入する.発見当初は洞口付近のみが確認されていたが,内部の土砂を除去することで,1994年にアラゴナイトが生成する箇所を含む洞窟の大部分が新たに見つかった.方解石からなる鍾乳石は洞窟内のいたるところに見られるが,アラゴナイトの鍾乳石は限られた領域にのみ密集して生成する.

     現地調査は2019年12月に実施し,鉱物の産状記載と鍾乳石の採取,洞窟内での採水を行なった.鍾乳石の鉱物は粉末X線分析によって同定した.また,鍾乳石について主要陽イオン含有率を,洞内の水について主要イオン濃度を分析した.ただし,アラゴナイトの周辺には採水できるほどの水がなかったため,鍾乳石の表面に精製水を吹きかけて回収した水を分析に使用した.

    3. アラゴナイト鍾乳石の生成要因

     アラゴナイトからなる鍾乳石は火成岩岩脈上とその近傍の大きく分けて2箇所で密集することが確認された.一方では最大10 mmのアラゴナイト針状晶が形成しており,一部の結晶先端付近にハイドロマグネサイトの球状集合体が存在した.また,その周辺部にはセッコウが生成する場所があった.もう一方の領域では,アラゴナイトからなる数cmの針状晶とヘリクタイトが共存していた.

     アラゴナイト生成部に吹きかけた水のMg/Ca比は,方解石生成部における滴下水の分析値とほとんど変わらず,先行研究から求められてきたアラゴナイトが生成するMg/Ca比のしきい値より小さい値を示した.2箇所のアラゴナイト密集部それぞれにおいて,洞床からの高さと溶液中のMg/Ca比の関係を見ると,アラゴナイトがハイドロマグネサイトと共存する箇所ではMg/Ca<0.4の範囲でばらついていたが,もう一方の場所では床に近づくほどMg/Ca比が上昇し最大で0.9となった.この結果から,アラゴナイト鍾乳石の生成過程は2箇所で異なると考えられる.

     ハイドロマグネサイトの産状とセッコウの存在は,結晶沈殿時に蒸発環境であったことを示唆する.洞内水の化学分析値を基にした化学平衡シミュレーションを行なった結果,ハイドロマグネサイトが生成するには,90%程度の水分が蒸発して非常に高いMg2+濃度となることが必要であると明らかになった.このとき溶液中のMg2+はハイドロマグネサイトとして消費されるため,結晶表面に吹きかけた水のMg/Ca比が上昇しなかったと考えられる.

     ハイドロマグネサイトが存在しない箇所では,その場での蒸発・沈殿が進行せず,洞窟内に浸出した水が洞壁を流下するにつれてCaCO3が生成することで,高度が低くなるほど溶液中のMg/Ca比が相対的に上昇したと推測される.また,それに加えてMg2+以外の要因が関わっている可能性もある.例えば,Sunagawa et al.(2007)は,溶液中のSr2がアラゴナイトの生成に重要な役割を果たすことを報告した.幻の鍾乳洞にて採取した鍾乳石のSr2含有率を測定したところ,アラゴナイトには方解石と比べて10~20倍のSr2が含まれるため,Sr2+もアラゴナイトの生成に部分的に寄与すると考えられる.

     幻の鍾乳洞ではMg2+とSr2+は水が洞内へ浸出する過程で火成岩岩脈の化学風化により供給されると推測される.これらの成分の存在に加え,蒸発が進行する箇所,もしくは流下に伴うMg/Ca比の上昇が起こるような限られた領域でのみアラゴナイトが生成すると考えられる. 

    引用文献

    Sun et al., 2015. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 112, 3199–3204.

    Sunagawa et al., 2007. J. Mineral. Petrol. Sci., 102, 174–181.

  • 山﨑 響, 熊木 洋太
    セッションID: P003
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに 

     房総丘陵から太平洋に流下する夷隅川の河口部には,沿岸漂砂により形成された砂州が発達している.この砂州は北北東-南南西方向に伸びており,中央部に建設された突堤を境に,北側は和泉浦,南側は日在浦という名称がつけられている. 夷隅川の河口は,現在は砂州を人工的に開削した位置にあるが,以前は南方向へ偏倚していたので,沿岸漂砂の向きは北から南方向であると考えられる.一方,野志ほか(2014)などは,夷隅川が北方の九十九里浜の土砂供給源となってきた可能性を指摘している.このように,この地域の沿岸漂砂の流向については不明な点が多い. そこで,空中写真で判読できる波向や海浜に堆積している竹などに着目して,沿岸流の卓越方向を検討した.

    2.調査方法 

     伊能大図,1883年測量の明治期迅速測図,1903年,1944年,1981年測量の地形図を用いて,河口位置の変遷を調べた.また,本地域における沿岸流は波向の影響が大きいと仮定し,1947年以来の12時期の空中写真を用いて海面の波向を判読した.海域に流入した河川水の流れの方向に関しても空中写真を用いた判読を行った.本地域の海浜には,夷隅川流域から流されてきたと考えられる竹が堆積しており,2021年9月に,現在の夷隅川河口以南の17地点で,堆積した竹の長軸の方位をクリノメーターを用いて計測した.夷隅川河口の北側の海岸は立ち入り禁止区域であり,計測地点は設定できなかった.

    3.結果・考察  

     地形図判読より,江戸時代末期から1903年~1944年までの間のある時期まで,河口は南に移動し,河口偏倚の程度が大きくなっていくことが分かった.したがって,砂州を南方に伸長させる南向きの沿岸流が卓越していたと考えられる.1947年以降の波向は南東および東南東から入射することが多いが,北寄りの場合もあり一定しない.また海域に流出した河川水の流れの方向も一定しない.2021年9月時点で海浜に堆積していた竹は北北東-南南西方向から東北東-西南西方向のものが多く,海岸線方向よりわずかながら東西方向に近い傾向が認められた.竹の長軸方向は波の入射方向に直交するので,このときの波浪による沿岸流には北向きの成分があったことになる.夷隅川河口から供給された竹は,海域に広範囲に広がった後,海岸付近では風波や沿岸流によりに北西方向に移動しつつ堆積したと考えられる. 野志ほか(2014)によると,冬期には北寄りの風による南向きの沿岸漂砂が卓越するが,最近30年ほどはそれ以前より和泉浦・日在浦への土砂供給量が減少している.本地域における沿岸流の卓越方向は,最近のおよそ200年間の全体でみると南向きが卓越するが,最近の数十年程度あるいは年間でみると単純ではない.この時間スケールによって異なる方向の差異については,一層の検討が必要である.

  • 澤田 結基, 小疇 尚, 清水 長正, 川内 和博
    セッションID: P013
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1. はじめに

     SfM技術の進展により,メッシュサイズが数mm-数cmの高精度な数値地表モデル(DSM)を用いた構造土の記載・観測が行われるようになった。曲線的な斜面で構成されるアースハンモックをDSMに基づき記載するためには,周囲との境界の抽出が問題となる。本研究では,帯広空港敷地内のアースハンモック分布地において作成した超高精度DSMの解析を行い,アースハンモックの外周境界の抽出を試みる。また,その地形的特徴を記載する。

    2. 調査地と調査方法

     調査地は帯広空港の滑走路西側に隣接する林内にあり,直径約2m,高さ約50cmのアースハンモックが密集している。測量調査は2019年5月に実施した。まず地表面を覆うササ等の植被をすべて伐採し,地上基準点(GCP)を20箇所設置した。GCPの座標はトータルステーションを用いて決定した。撮影にはデジタル一眼レフカメラを用い、長さ3mのポールに固定して、撮影範囲が重なるよう移動方向に連続して撮影した。撮影した 画像の解析にはMetashape Professionalを用い,5cmグリッドのDSMを生成した。DSMの解析には,ArcGIS 10.5および Quantum GIS Ver.3.20を用いた。

    3. 調査結果

     試行錯誤の結果,標高の二階微分であるラプラシアンフィルターによって,目視で判断されるアースハンモックの外周に近い境界線を得ることができた。ArcGISに実装されるラプラシアンフィルターの値は凸型地形で正,凹型地形で負の値となり,0はそれらの境界とみなせる(図1)。そこで,0を閾値として外周線を抽出した。この外周線は目視で判断されるアースハンモックの境界と概ね一致する(図2)。なお微細な起伏の影響を避けるため,DSMには先に平滑化処理を行っている。

     調査範囲には合計12個のアースハンモックが含まれる。これらの地形的特徴として,南向きより北向きの側斜面で傾斜が急であること,外周線を楕円で近似すると長軸方向が南北に向くという特徴が見いだされた。こうした地形的特徴は,側斜面の方位によってアースハンモック成長時の動きが異なる可能性を示唆している。

  • 梶原 拓人, 川東 正幸, 小野 賢二, 小谷 英司
    セッションID: 541
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに

     2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の津波によって,仙台平野のクロマツ海岸林は深刻な被害を受けた.これを受けて,林野庁は仙台平野の丘陵地から持ち込んだ土壌材料をもとに植栽基盤を造成した(林野庁 2015).このように人工林を形成・発達させる目的での盛土造成事業は極めて新しい試みだといえる.だが,盛土に使用した土壌材料の是非については未だ十分な議論がなされていないうえ,大規模な土地改変が植栽されたクロマツの生育に支障をきたすことが懸念されている.そして,実際に造成された植栽基盤上に植栽されたクロマツにはモザイク状の生育差がみられた.

     一般に,クロマツが災害防止機能を発揮するには植栽後20年程度の期間を要するとされるため,枯死などの生育不良が起こると復旧には多くの年月を要する.したがって,将来起こり得る災害に備えるためには生育不良の要因を解明することが重要であるが,その前段階として生育不良地点を高精度に把握することが必須となる.その際,現地の環境が盛土植栽基盤上のクロマツ単層林であることを考慮すると,生育概況の把握には広域の情報を瞬時に捉えることが可能なリモートセンシング技術を用いるのが適切だと考える.

     本研究では,海岸林再生・復旧事業の対象地域のなかでも大規模に盛土造成が行われた地域である宮城県名取市海岸林の植栽年度が異なる16工区を調査地とし,解像度の異なる2つのマルチスペクト画像を用いてNDVI(Normalized Difference Vegetation Index),NDVIre(red-edge Normalized Difference Vegetation Index),EVI(Enhanced Vegetation Index)を算出することにより,調査地におけるクロマツの広域及び植栽木毎の生育概況の把握に適した植生指標を考察した.

    2.研究手法

    2.1 衛星画像による生育概況の解析

     宮城県名取市海岸林における全工区を対象に,2021年6月28日に撮影されたSentinel-2の衛星画像をもとに,QGIS3.16.7を用いて各植生指標を算出・地図化した.また,算出された値をもとにカーネル密度推定を行い,各植生指標における分布特性を把握した.

    2.2 マルチスペクトルカメラによる生育概況の解析

     宮城県名取市海岸林の2,11,14工区内に適当な調査区を計5箇所設け,2021年6月24日~6月25日に「MicaSense マルチスペクトラルカメラRedEdge-M(株式会社サイバネテック)」を用いてマルチスペクトル画像を撮影した.その画像を用いて各植生指標の算出・比較を行った.

    3.結果及び考察

    3.1 衛星画像による生育概況の解析結果

     NDVI,EVIは類似した分布を示したが,EVIはNDVIよりも分散が大きく,値の違いが強調された.これは,植生被覆のある地点を他の植生指標よりも強調するEVIの特徴と一致した.また,樹冠被覆率の高い地点においてNDVIは値の飽和が見られたのに対し,EVIは飽和がみられなかった.

     NDVIreはNDVIおよびEVIとは異なる面的分布を示したほか,その分散は両指標値と比べて極めて小さかった.衛星画像はエアロゾルの影響を受けることを考慮すると,散乱による僅かな反射率の変化がNDVIreの結果に影響を及ぼすため,調査地において衛星画像でNDVIreを用いることは不適切であると考えられた.

    3.2 マルチスペクトルカメラによる生育概況の解析結果  

     NDVIreはNDVIよりも分散が小さく,林床植生をよく表現していたほか,NDVIでみられた値の飽和がみられなかった.これは,植物の検出能力が高く,成長中期・後期段階における植物の活性度を推定することに秀でているNDVIreの特徴と一致した.

     EVIは衛星画像からの算出値とは大きく異なり,他の2つの指標よりも分散が小さかった.これは,EVIがエアロゾルなどによる散乱の補正を前提とした指標であるため,低い高度で撮影したマルチスペクトル画像では不必要な補正によって過小評価されたからだと考えられた.

    4.おわりに

     クロマツの生育概況を捉えるために異なる解像度のマルチスペクトル画像におけるNDVI,NDVIre,EVIの特性を比較した結果,衛星画像ではEVI,マルチスペクトルカメラの画像ではNDVIreの使用が適当であるという仮説が成立した.今後は現地調査を行い,実データとの照合を行う予定である.

    参考文献

    林野庁 2015.『平成26年森林・林業白書』

  • 松多 信尚, 陳 侃
    セッションID: P047
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    はじめに 大規模な自然災害の発生を契機に,防災対策は防災・減災対策へと変化し,公助から自助・共助が重視され,それに合わせて防災教育も防災訓練などを通して命を守る教育から教科横断的に社会全体の脆弱性を減らすことが求められるようになった。 日本,台湾,中国大陸ではそれぞれ阪神淡路大震災,東日本大震災,集集地震,四川地震といった同じような大規模災害を経験したことで,防災・減災に対する考え方が変化した。防災教育もそれに合わせて大きく変化しつつある。一方,学校での防災教育は近年重視されているが,十分に伝達できないという事が指摘されている(一般社団法人防災教育推進協会, 2018)。そこで,本研究では防災教育の変化を分析し,十分に伝達できていない要因について,日本,台湾,中国大陸における防災教育を比較しながら考える。 研究方法 研究方法は,日本は平成元年から平成29年まで(合わせて四回の時期)の学習指導要領,現行の学習指導要領解説書および教科書(東京書籍),台湾においては,最新の日本の学習指導要領にあたる「十二年國民基本教育課程綱要」(2019),中国大陸では指導要領にあたる「課程標準」(2011)および関連する最新の教科書(人民教育出版社,2016または2018)に現れる防災教育の記述の変化を検討した。残念ながら台湾の現行の教科書は入手できなかった。検討方法は,それぞれのテキストの内容を「ChaSen」(日本語),「Stanford POS Tagger」(中国語)を用い使用単語などを分析し,KH Coder を用いてその関連性を明らかにした。次に日本地域(岡山市などの被災未経験地,神戸市など被災経験地)の小・中学校教員に対し,Web形式のアンケートを行い,教育現場の教員の防災や防災教育に対する意識を把握した。 結果と考察 学習指導要領や教科書の分析の結果,日本の第一時期(平成元年度の学習指導要領とその時期の教科書)では理科と防災訓練しかなかった防災訓練の記述が,阪神淡路大震災以降は社会科,家庭科,保健体育にまで広がっただけでなく,教科書で使用される語彙数や防災教育を主題とする単元の増加が見られた。また指導の際も,発達段階に合わせながらも,生徒たちが考えることや,状況に応じて自分の取るべき行動を判断する能力の育成が求められるようになり,主体的な判断力を育む防災教育への変化がみられ,東日本大震災以降その傾向が強まっていることがわかった。 現行の学習指導要領にみられる中国大陸と台湾の防災教育では,日本の過去第三時期(平成20年公示した学習指導要領)と似ており,その変化は大きな災害からの経過時間と関連していると推測された。一方で中国の教科書は,課程標準の内容が反映されていない部分がある。これは,教科書は学習指導要領の改正(防災教育の考え方の変化)に追いついていない可能性を示唆する。また,日本の教科書と比べて,共助に関する記述が少ないことや,知識を中心とする学びであることも特徴である。 アンケート調査結果は総数65の回答が得られた(その中被災経験のある地域24名,被災経験のない地域38名,地域不明3名)。数は少ないものの,現場の教員が防災訓練から教科横断型の防災教育への変化を実感しつつも,適切な判断能力に必要と思われる、現代社会の実態把握や,身近な地域の学習などを授業に反映している教員はまだ少なく,教員自身が防災教育に関する研修が必要だと考えていることなど,模索中である実態が示唆された。 以上から,防災教育は社会の変化に合わせて指導要領で求められることが変化しているものの,その変化に対して教科書や現場の先生の理解には時間遅れが生じており,現場の先生の理解を深めるための教材作成などが必要であることがわかった。 また,中国での防災教育が日本と比較して共助の記述が少ない背景には,土地と人間(社会やコミュニティー)との関係性の違いなども推察され,防災教育には普遍的な側面や場所に依存した局所的な側面があるだけでなく,民族的な考え方や国の状況などローカル(地域的region?)な側面も作用していることが考えられ,検討する必要がある。 今回の調査では,教科書の出版社数は限られていて,教科書自体も出版年により修正されることもあるなど検討が十分でないことや,アンケートの総数も限られてるなど,補足する必要がある。

  • 何 晨
    セッションID: 417
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1. 研究の背景

      本研究では,北京旧城におけるアーバン・リニューアルの現状を明らかにするとともに,住民構成の変化を考察する。中国の都市政策は,計画経済の下で都心に工場や工場労働者向け住宅が混然と建設された1949年から1980年代[いわゆるタンウェイ制・工人新村時期],および改革開放政策が進み市場原理のもとでアーバン・リニューアルが進む1990年以降に区分される(潘2021)。

     北京旧城の場合,1990年代以降のアーバン・リニューアルは,以下のように整理できる。①1990年代[老朽化著しい胡同の大規模な取り壊し(図1)],②2000年代初頭[歴史文化保護区における胡同の改修・保全],③2015年以降[公房(雑院その他の公営住宅)住民の自主的な転出]。

     ①では老朽建造物が強制的に解体されたため,多くの旧住民が転出せざるをえなかった。跡地には高級な大規模住宅団地や公共施設,道路が建設された。②は北京オリンピック開催を念頭に置いた,歴史文化保護区の保全事業である。政府が旧住民に立ち退きを求めることはなかったが,地価の高騰により,自宅を賃貸に回す住民も多かった。賃貸物件には,北京で働く若い地方出身者が多数入居した(何2019)。③では,高額の立ち退き料や郊外でのマンションの提供を条件に,政府が旧住民に自主的な転出を求めている。

    2. 研究方法

      北京市東城区のA地区[外交部街胡同内に位置する公房の雑院および私房(個人所有が認められた団地内の住宅)]を調査対象とし,住民構成の変化を1990年代から遡って全数調査した。特に2015年以降の変化に着目した。外交部街胡同は,天安門広場や王府井(北京を代表する中心商業地域)に近い胡同である。調査内容は,歴代の住民の出身地や家族構成,部屋の所有の有無,転入・転出の経緯,移転先・移転元などである。

    3. 調査結果

     調査の結果,2015年代以降に住民構成が大きく変化していることが明らかとなった。公房(雑院)では,すべての住民が短期間のうちに転出した。空いた公房の今後の用途は不明である。また私房でも,不動産価格や賃貸価格の高騰により,自宅を売却あるいは賃貸に回し,自身は郊外に転居した旧住民が多い。売却された部屋には,会社経営者や大学教授などのいわゆる高額所得者世帯が入居した。地元の名門小学校に子息を通わせるために転入した世帯も見られる。一方,賃貸物件には地方出身の若者たちが共同生活しているケースが目立つ。

    [参考文献]

    潘藝心2021.中国年における内城/インナーシティとその変容-江蘇省無錫市を事例として―.地域と環境 16:31-60.

    何晨2019.北京・什刹海歴史文化保護区における観光要素の変容―北京オリンピック以降の変化―. E-journal GEO 14(2) :364-377.

  • 竹本 仁美, 松多 信尚, 佐藤 善輝, 廣内 大助
    セッションID: 239
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに

     糸魚川–静岡構造線活断層系北部に位置する神城盆地は,盆地の東側を神城断層に限られている.神城断層は低角な逆断層で,日本でも有数の活動の活発な活断層として知られる. 逆断層の活動履歴を明らかにし,断層活動をより確実に評価するためには,断層の隆起側と低下側で堆積物の対比とイベント層準の検討を丹念に行う必要がある.隆起側との対比を正確に行うために,低下側の堆積環境を推定し,堆積物の供給過程を検討することが求められる.堆積環境を推定するためには,花粉分析に基づく古植生のデータが大きく貢献すると期待できる.神城盆地内の堆積環境について,下川・山崎(1987)は,約3万年前に「古神城湖」が存在した可能性を指摘した.多ほか(2000)は堆積物の層相から,「古神城湖」は後背湿地や短命な浅い湖沼の複合体であり,安定した湖よりも沖積平野に近い環境であったと推定している.本研究では,盆地内でも特に湿潤な地点を選定して掘削したボーリングコアを用いて,神城断層の低下側の堆積環境の復元を試みた.

    2.研究方法

     2021年1月に,長野県北安曇野郡白馬村神城において,神城断層の低下側でボーリング調査を実施し,HMK01 およびHMK02 の2本のオールコアボーリング試料を採取した.HMK01 は深度 0 〜 28m,HMK02 は深度 25 〜 33m である.HMK02 は HMK01 の別孔として,直近で掘削したものである.コアを半割し層相の観察と記載を行ったのち, XRF コアスキャナによる元素濃度分析を行った.もう一方のコアから約 10cm 間隔を基本として採取した試料を用いて花粉分析を行い,最終氷期最寒冷期以降の古植生を推定した.花粉の計数は木本花粉を 300 個以上になるまで行い,花粉分類群ごとの出現率を算出した.

    3.結果と考察

     HMK01 および 02 は,いずれも粘土〜砂質シルト層が大部分を占め,ラミナがよく発達する.腐植層は相対的に少ないものの,薄い層が堆積物中に頻繁に挟まれている.堆積物の層相や粒度の特徴に基づき,ボーリングコアを複数のユニットに区分した.HMK01:下位よりUnit 6 〜 1 に区分した.Unit 5, 3 は粒径が相対的に大きい傾向にある. Unit 6 〜 5 では,カバノキ属 Betula が高率で出現し,モミ属 Abies,トウヒ属 Picea がそれに次ぐ.これらの分類群はUnit 5 〜 4 にかけて急激に減少することから,この時期に急激に温暖化し,それと同期的に堆積環境が変化したと推定される.上部のUnit 1 は厚い腐植層で,ミズバショウ属 Lysichiton が極めて高率で出現する.Unit 1 堆積時以降はこの地点に湖沼が存在していた可能性が高い.HMK02:下位より Unit 9 〜 7 に区分した.Unit 8 は相対的に粒径が大きい傾向にある.また,粒径の小さいUnit 9, 7 にはラミナが発達する.特に Unit 9 ではビビアナイトが連続して認められることから,この時期は比較的静穏な堆積環境下にあったと推定できる.Unit 9 から 8 にかけて掃流力が高まり,Unit 7 にかけて比較的穏やかな堆積環境に変化したと考えられる.神城断層の下盤側では,流速のゆるやかな河川が長期的に存在しており,静穏な時期と掃流力が比較的大きい時期を交互に繰り返しながら盆地の埋積が進んでいったと推定できる.

  • ―東広島市西条町を事例に―
    横川 知司
    セッションID: 414
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに 

     近年,少子高齢化・過疎・価値観の多様化・生活様式の変化などの社会変化に伴い,地域における伝統行事の継承が困難な状況が生じているとされる(星野,2009;澁谷, 2006など).一方,多くの地域では,伝統行事を維持するため,社会変化に対応して行事の内容を変化させてきたと考えられるが,その実態は十分に明らかにされていない.

     本研究の目的は,小正月の神事の一つであるトンド(左義長・鬼火焚き・ドンドなどともいう)の開催時刻やその変化・要因を明らかにすることである.トンドは竹などを組み立てて,やぐらをつくり,正月飾りなどを焚き上げる伝統行事であり,呼び名が異なるものの,同様の行事が日本各地で広く行われている.トンドの開催時刻についての報告は高橋(2010)や笠井(2019)がある.高橋は消防署へ届け出された開催時刻帯の行政資料から仙台市内の「どんと祭り」が夕方から夜にかけて行われていることを,笠井は滋賀県栗東市の自治会に行った左義長に関するアンケート結果から,夕方に点火されることが多いことをそれぞれ報告している.しかし,両報告は点火時刻については紹介するだけにとどまっており,その変化や意義については説明されていない.

     研究対象地域は東広島市西条町とした.その理由として,町内のほとんどの地域でトンドが実施されていること,農業地域と都市地域の両方が認められること,さらに都市地域の縁辺の農業地域では,宅地化が進行し,旧来の住民と新住民が居住する混住地域がみられることが挙げられる.伝統的なトンドと都市化の中で生まれた新しいトンドがあるのではないかと考えた.

    2.研究方法 

     2020年に行われた西条町内のトンドを対象に,開催日に現地に赴き,調査を行った.トンドは,同じ日・同じ時刻に一斉に行われることが多く,12人で分担して調査を行った.また,開催日に調査できなかったものは,後日代表者などへの聞き取りを別途おこない補足した.

    3.トンドの開催時刻 

     2020年に西条町内では99ヶ所でトンドが実施されていた.トンドの運営主体としては,その他を除くと,規模が小さい順に個人・自治会の下部組織(常会など)・自治会・有志団体・自治会の連合・住民自治協議会が確認された.基本的には規模が大きいほど新しいトンドであり,自治会でも住宅団地が行っている場合はこちらに含まれる.

     西条町の場合,トンドは伝統的には日が沈むころに点火していたという.しかし2020年の時点では,17:00以降に点火しているトンドは3カ所しかなく,12時前後に点火されているものが大部分を占めていた.伝統的なトンドでは開催時刻の前倒しが行われたためであり,新しいトンドは当初から開催時刻が日中に設定されていたためである.伝統的なトンドの開催時刻が日中に変更された理由としては,①子どもが参加しやすいようにするため,②夜は寒く高齢者には厳しいため,③火の番をする人の負担が大きいため,④片付けの負担が大きいため,⑤夜の開催は暗くて危ないためなどが確認された.

    4.おわりに 

     トンドの開催時刻は,日中に設定されていることが確認された.伝統的なトンドでは開催時刻の前倒しが行われ,新しいトンドでは最初から日中に設定されていたことが明らかになった.この時刻設定はトンドの神事性・伝統性の喪失であるともいえるが,多くの人が参加できるように,トンドを続けるための工夫であるとみなすこともでき,トンドがコミュニティの行事として継続するように変化していることを示している.

    参考文献 

    笠井賢紀(2019):『栗東市の左義長からみる地域社会』別冊近江文庫26 サンライズ出版

    澁谷美紀(2006):『民俗芸能の伝承活動と地域生活』農山漁村文化協会

    高橋嘉代(2010):「平成20年代初頭における仙台市内「どんと」祭りの開催時間帯の特徴」『東北宗教学』第6巻 pp25-51

    星野紘(2009):『村の伝統芸能が危ない』岩田書院

  • 田中 圭介
    セッションID: 443
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    2019年12月に武漢市で初の新型コロナウィルス感染者が確認されて以降、世界各国で行動制限や、テレワーク及びオンライン授業への移行が加速化した。日本でも、首都圏の駅利用者数が、2020年5月には、対同年2月比約30%に落ち込む(出典:国土交通省)など、公共交通利用者が激減した。この傾向は日本のみならず、世界中で見られ、世界の公共交通事業は大きな打撃を受けている。他方、公共交通は、医療従事者をはじめとするエッセンシャルワーカーの交通手段として重要な役割を果たすとともに、特に開発途上国においては、他の代替交通手段がないことから、市民の通勤・通学手段として必要不可欠な存在となっている。そのため、世界の公共交通事業者は、新型コロナウィルス禍においても、様々な対策を講じつつ、安全な公共交通の運行に向けて様々な対策を講じている。 そこで、独立行政法人国際協力機構(JICA)は、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)と共同で、①新型コロナウィルスが運輸交通セクターに与えた影響、②政府機関及び公共交通事業者による新型コロナウィルス対策について調査を実施したところ、その概要について報告する。なお、調査では、先進国を含む28カ国の現状について、文献調査、インターネット情報の収集等を通じて情報収集と考察を行なった。現地調査は行っていない。調査期間は2021年6月から2022年2月である。

  • 瀧ヶ﨑 愛理, 奈良間 千之
    セッションID: 232
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    氷と岩屑が入り混じる堆積地形である岩石氷河は,その内部に永久凍土が存在しており,山岳永久凍土の指標地形となっている.岩石氷河の厚い岩屑の内部に永久凍土が存在する場合,塑性変形によって流動が起こるため,流動の確認によって山岳永久凍土の存在の可能性を示すことができる.飛驒山脈の高山帯では,永久凍土の存在条件である“地温が2年以上 0℃以下”の条件を満たす山域があることから,山岳永久凍土が分布する可能が指摘されている.その代表例として,白馬岳周辺や槍穂高連峰の岩石氷河が挙げられる(Matsuoka and Ikeda,1998;青山,2002;Ishikawa et al.,2003).しかしながら,現在,飛驒山脈において現成の山岳永久凍土は立山の内蔵助カールでしか確認されておらず(福井・岩田,2000),中部山岳における山岳永久凍土の分布の全貌やその形成・維持環境は明らかでない.本研究では,山岳永久凍土の分布可能性が指摘されている飛驒山脈の杓子岳北カールの岩石氷河において,山岳永久凍土の分布可能性について考察した.

  • ― 1942年「大阪市航空写真」の活用について ―
    松本 裕行
    セッションID: 411
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    近年になり,国土地理院の電子地図に戦前期撮影の空中写真が追加されている.同院の空中写真閲覧サービスにおいても各地の戦前期の空中写真が閲覧でき,今後は戦前と戦後の空間変遷について,空中写真を用いた比較検討による研究・教育の進展が期待される.筆者は,電子地図化以前より「大阪市航空写真(昭和3・17年一括)」を研究対象としているが,本発表では,電子地図における当該空中写真についての特性や今後の利活用の展望について解説する.

  • 宇野 広樹
    セッションID: 418
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1. 研究目的と方法

     本研究は,バンコク都市圏におけるホテルに着目し,時間的・空間的な立地傾向を明らかにするとともに,その要因をグローバル・ローカルの両側面から明らかにすることを目的とする. 本研究では,まずタイ及びバンコクの概況を把握するため,文献により経済,交通,観光などを示した.次に,バンコク都市圏におけるホテルの分布をGIS上で示し,ホテルのランク別に空間的特性を明らかにした.その際に都心と駅からの直線距離を測定した.そして,500mメッシュによる立地の経年変化を示し,ホテルが集積している地域を事例に立地傾向とその要因を考察した.ここで,ホテルのデータについては,Pythonを用いたWebスクレイピングによってBooking.comに掲載されたデータを収集し,他の予約サイトなどによって精度を高めたものを利用した.また,本研究におけるバンコク都市圏は,バンコクの地理的中心にあたるサイアム駅を中心とする半径20km圏内を対象地域とした.

    2.結果と考察

     まずバンコク都市圏におけるホテルの立地傾向は以下の2点が明らかになった.1点目は,バンコク都市圏中心部10km圏内の特定地域に立地が集中していたことである.とりわけスクンビット・シーロム地で区はバンコクのCBDであることから,ホテルが多く立地しており,バンコクにおいて集積が先行する地域であった.しかし,2010年以降は出店数が著しく増加し,既存のホテル集積地に新規ホテルが出店するだけでなく,大通りの郊外方向や細い道路沿いにも集積地域が拡大していった.また,上記以外の都心地域においても新たなホテル集積地を形成または形成途中の地域がみられた.これらの地域では,2000年以前にホテルが数件立地していたものの,2010年以降大きく増加したことが特徴的である.そして2点目は,都心郊外ではランク3のホテルを中心に分散的に立地しており,ホテル形態及び立地の多様化,郊外化が進行していることである.特にそれは鉄道沿線や都市開発が進む地域で2010年代以降に出店が増加している傾向にある.

     次にホテルの立地要因を明らかにした.まずグローバルな要因は以下の通りである.1960年代以降の外国企業誘致政策によってタイでは自動車産業をはじめとして工業団地がバンコク郊外を中心に形成された一方で,駐在員は都市アメニティが高い都心部に居住する傾向にあり,それぞれのエスニックコミュニティが都心部には形成された.そのような中でホテルは,外国人の利用が多く,駐在員が居住する都心部のスクンビット・シーロム地区に多く立地しており,外国人を主体として都心部の宿泊需要が大きかったと考えられる.2010年以降になると,世界的な観光需要の高まりに伴って外国人観光客数が年々増加し,その結果ホテルの出店数も需要にあわせて増加していったと考えられる.さらには,世界経済におけるASEAN市場の注目,さらにはアジア経済共同体の発足やインドシナ半島の地理的中心であることも関係し,バンコクはグローバル経済での立ち位置を確立したことも関係していた.

      他方,ローカルな要因としては,タイ人の所得が全体的に向上したことで消費機会が増加し,国内観光も増加したことや,鉄道網が急速に発展し,その沿線では都市開発に伴ってホテルを含む不動産投資が活発に行われていたことなどが明らかになった. 以上,バンコク都市圏におけるホテルの立地要因には様々な要因が関係していることが明らかになった.その中でも国家政策としての外国企業誘致とそれに付随する駐在員の存在や,外国人観光客の増加など,グローバルな影響を色濃く反映している点がバンコクにおけるホテル立地の特徴としていえよう.一方で,国内の交通インフラの整備や個人消費機会の増加などに伴う国内流動が活性化している点も無視できない.すなわち,東南アジア特有のグローバル経済に誘引されたローカルな都市の発展がバンコク都市圏のホテル立地に影響を与えていることが示唆された.

  • 柴田 卓巳
    セッションID: 444
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    Ⅰ 初めに

    日本の植民地支配に伴い,戦前の朝鮮半島には,日本と類似した鉄道による交通体系が形成されていた.すなわち,駅間距離が比較的短かったため,鉄道は中・長距離輸送のみならず,短距離(通勤・通学による日常的な移動が行われる距離で,概ね30km以内を想定)輸送をも担うことが可能であった.戦後,日本では鉄道が短距離輸送も中・長距離輸送も担い続けた.特に,モータリゼーションの進行と共にローカル線の主要な利用目的が高校生の通学になり(青木1983a, b),また新幹線の開業や貨物輸送の縮小により幹線のダイヤに余裕が生じてからは普通列車が増発されたというように,短距離輸送が鉄道の重要な輸送分野となってきた.一方で韓国では,鉄道を中・長距離輸送に特化させると共に,短距離輸送を路線バスの輸送分野として位置付け,両者の輸送分担を明確化した.モータリゼーション以前は類似した交通体系を有していた日本と韓国が,各国の事情に合わせて交通体系を改編し,現在では大きく異なる交通体系を有するに至った.この両国の交通体系の形成過程を比較し,それぞれの特徴を明らかにすることで,異なる交通体系から生じる各々の利点や問題点を提示できると考える.以上の問題意識に基づき,文献調査を行った.

    Ⅱ 戦後の短距離交通体系

    日本も韓国も,1970年頃までは都市圏外においても鉄道が重要な交通機関であった.その後,韓国では赤字の削減のため,概ね1日平均利用者数300人を基準として小規模駅の休廃止が行われると共に,1980年代には鉄道の中・長距離輸送体系への特化が明確に打ち出された.列車種別についても,「普通」相当の列車は全廃され,「急行」相当の種別が最下級となっている.短距離輸送については路線バスが担うこととなり,交通機関の特性に合わせた合理的な交通体系になったといえる.一方で,日本でも鉄道の中・長距離輸送への特化が検討されたものの実現せず,鉄道と路線バスの輸送分担がなされないまま,現在に至っている.

    Ⅲ まとめ

     鉄道の輸送分野として,日本では,都市間の中・長距離輸送と,通学を主とする短距離輸送の両者が残った.一方の韓国では,都市間の中・長距離輸送しか残らなかった(都市鉄道を除く).こうした差異が生じた要因としては,モータリゼーション進行後の鉄道事業の赤字に対する施策として,鉄道の中・長距離輸送への特化が実施できたか否かが大きかったが,学区制度の違いも一要因として考えられる.

     今後の論点としては,以下の諸点が挙げられる.1点目に,日本では鉄道と路線バスが並行している区間が多く見られるが,こうした区間において,鉄道を中・長距離輸送に特化させ,短距離輸送は路線バスに担わせるといった輸送分担を行うことは適当なのか.また可能なのか.2点目に,日本では鉄道の輸送分野として短距離輸送が残ったため,大都市圏のみならず地方都市圏においても,鉄道の影響を受けた都市域の形成に繫がっているのではないか.3点目に,日本では同一の鉄道施設が短距離輸送にも中・長距離輸送にも利用されており,有効活用がなされているといえるのではないか.

    文献

    青木栄一 1983a. 教育問題としてのローカル線. 地理28(11): 39-49.

    青木栄一1983b. 国鉄ローカル線と教育問題. 運輸と経済43(12): 62-70.

  • 瀬戸 芳一, 渡辺 聡美, 高橋 日出男
    セッションID: P023
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1. はじめに

     夏季晴天日において,関東地方平野部では猛暑日や熱帯夜の増加など,高温傾向が日中夜間ともに顕著である.気温分布に影響を及ぼす大きな要因として海陸風や山谷風などの局地風系が挙げられる.関東平野の局地風系は,日本付近の気圧傾度とも密接に関係し,夏型気圧配置の出現頻度増加と関連した高温への関与も指摘される.しかし,局地風系や気温分布に及ぼす気圧配置型変化の影響は明らかではなく,長期間の観測データを用いて風系の日変化を詳細に解析した例も少ない.本研究ではこれらの解明に向け,高密度な地上観測資料を用いて,夏季晴天日の日中と夜間における局地風系の特徴について検討した.

    2. 資料と方法

     気象庁アメダスに加えて,自治体の大気汚染常時監視測定局(常監局)における風向風速の毎時値を用い,1978年から2017年まで(40年間)の7,8月を対象とした.前回の報告(2021年秋季大会 P002)と同様に,地点情報の収集や風速の高度補正,品質管理を行って,長期に使用できる地上風データを整備して用いた.風向や風速の品質管理基準を30年以上満たし,観測環境の変化が小さいと考えられる常監局237地点(約77%)を解析に用いた.地上風は,対数則に基づき統一高度(10 m)の風速に補正し,格子点に内挿して平滑化を行い,収束・発散量を求めた.

     晴天で一般場の気圧傾度が小さく,典型的な局地風系の出現が期待される晴天弱風日の抽出を行った.気圧傾度と日照時間の条件から対象日として492日を選び,そのうち夜間雲量と翌日の気圧傾度が条件を満たす269日を,夜間から翌日朝まで引き続いて晴天弱風の日(夜間晴天弱風日)として抽出した.

    3. 結果

     平野部における毎時の発散量を用い,晴天弱風日日中(9時~19時)を対象に,ラグを-2~+2時間とした5つの時系列に対して,拡張EOF解析(時間的な位相のずれを考慮して空間的に卓越する主要な変動パターンを抽出する手法)を適用した.その結果,上位(第1~3)の各主成分の負荷量分布および主成分得点の日変化は,晴天弱風日に特徴的な収束・発散場とそれぞれよく対応していた.また,第1,3主成分には位相の変化が認められ,それぞれ午前中と午後の発散場に対応する成分と考えられた.

     日ごとに差異のある風系の特徴を系統的に検討するため,毎時の主成分得点(第1~3主成分)に対してクラスター分析(Ward法)を適用し,晴天弱風日をA~Eの5類型に分類した.分類した各類型は一般場の気圧傾度との関係が認められ,日中の地上風系はA→Eの順に,南寄りの海風が卓越して風速も大きい分布から,東風が関東平野に広く卓越する分布となった.また,期間を10年ごとに分けて各類型の出現頻度を求めたところ,南風が卓越し海風前線が速やかに内陸へ侵入するA,Bは近年増加傾向にあった.

     風系と発散場のコンポジット解析の結果,午前中には沿岸部で海岸線に直交する海風がみられ,海風前線に対応する収束域が神奈川県から東京都区部付近に現れた.午後になると,広域海風の発達とともに全域で南~南東寄りの風向に変化するが,海風前線の内陸への侵入や広域海風の発達はA→Eの順に早かった.夜間には,山風や陸風に対応する北~西寄りの風向に内陸から変化し,埼玉県付近に低気圧性の渦(いわゆる原田渦)が認められる.日中に南風が卓越するBでは,原田渦は埼玉県中部を東進し,東京湾周辺では南寄りの風が翌朝まで持続する.一方Dでは原田渦が南下し,北西寄りの風が都区部付近まで達していた.

     風系の日変化を詳細に検討した結果,日中の風系と夜間から翌朝にかけての風系は,密接に関連することが示唆された.今後,局地風系の近年における変化について,気圧配置型の変化や気温分布との関係を含めて検討したい.

  • 小豆島を中心としたFAMツアーを事例に
    西村 美樹, 原 真志
    セッションID: 439
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.背景

    『訪日外国人消費動向調査』(観光庁,2020)によると訪日外国人観光客が「訪日前に期待していたこと」の1位は「日本食を食べること」(69.7%)であり,こうした地域の食とそれに関わる文化を魅力として行う観光はフード・ツーリズムやガストロノミー・ツーリズムと呼ばれている(秦泉寺,2018).ガストロノミーについて尾家(2021)は,食材の生産から食事の提供までのプロセスがガストロノミー資源となり旅行者のガストロノミー体験が成立するとしている.また2016年 3 月内閣府が発表した日本版ガストロノミーイニシアティブ構想案ではインバウンド増加のツーリズム戦略を展開するため,健康的生活と食を通じた喜びを分かち合うための知識,体験,芸術,クラフトを統合する方向性が示された(玉置,2017).しかし尾家(2021)は,日本のガストロノミーについてインバウンドの有力な観光資源のひとつとして外国人旅行者の満足度は高いが,欧米で重要とされるテロワールの考え方が乏しい点を指摘している.

    2.テロワールと感動

     鮫島(2020)は,近年旅行商品のコモディティ化が加速する中で,想定外の出会い(セレンディピティ)の誘発や敢えて不便にすることで能動性を高めることを通して旅行者の感動を高めるという観点から旅行商品の付加価値を再構築する必要性を指摘している.NTTコムリサーチ(2003)による『感動に関するアンケート調査』では,人々が感動するために意識的に行っていることとして「知識を増やす」という項目が最上位に挙げられている.テロワールは,ワイン,お茶,コーヒーなどの品種に関連している生育地の「場所(place)」の特性や土壌の特性およびコンパニオンプランツ(そばで育っている植物)を指すが,旅行商品において知識を増やすことにより感動する例としては、ワインツーリズムにおけるテロワールの情報提供が考えられる(山崎, 2019).

     以上を踏まえ、ワインに限らず、食材となる植物が育つ土地の気候,土壌,地形などの地理的専門知識を獲得した上で地域の食材を生かした料理を食することは,旅行者の感動を高める観光体験となるのではないかと考え,地理的専門知識と結びつけた食文化体験をジオフードと名づける。本研究の目的は,近年日本の食の観光としてニーズのあるガストロノミー体験などにおいて,ジオフードの知識を提供することで体験者の食や地域に対する感動を含めた「感じ方」に変化を与えることが可能であるかについて検討することである.

     ジオツーリズムに見られる地球科学に関する専門的な情報は,地域の人にとっても観光客にとってもなじみが薄く,難しいというイメージを持たれがちであるが(大野,2011),フード(食)という身近で関心の高いものと結びつけて提供することで,専門知識を観光体験の付加価値の向上に役立てることが可能になるのではないかと考える.

    3.小豆島を中心としたFAMツアー

     2021年11月29日~12月1日に瀬戸内海にある小豆島を中心に実施したFAMツアーを研究対象として取り上げる.このFAMツアーは塩飽諸島から小豆島におけるジオ,アドベンチャー,サスティナブルといったツーリズムの要素から構成された滞在型周遊ツアーである.なおこのツアーは筆者が企画と実施に直接関わったものであり,ツアー参加者へのヒアリングやアンケートに、アクションリサーチ(AR)の手法を組み合わせた分析と位置づけられる(中村,2007).ジオフードの内容としては,瀬戸内海の魚介類,オリーブオイル,中山千枚田の米などをさし,小豆島の山や海の地形変化、気候条件などを含む.

     事例分析によって得られた内容は,①ジオフードの観光コンテンツの開発プロセスのポイント(ARによる分析),②ジオフードの情報を与えたことによる体験者の食や地域に関する「感じ方」の変化(アンケート調査による分析),③生産者・旅行事業者などサービス提供者側へのヒアリングなどによる食や地域に関する「感じ方」の変化の有無,④ジオフードの旅行商品としの可能性と今後の課題,という4点である.

    参考文献

    西村美樹 2022. 伝統を踏まえた新しい食文化「瀬戸内海食」で地域を元気に!.『調査月報』419号.一般財団法人百十四銀行経済研究所 (forthcoming).

  • 佐藤 将
    セッションID: 308
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    本報告では東京大都市圏(1都3県)を対象に3人以上の子どもを持つ世帯の居住地分布の変容を明らかにする.国勢調査の集計データを用いて,6-11歳の最年少の子どもを持つ夫婦と子どもから成る核家族世帯を対象とし,子ども数が3人以上の世帯比率を算出して分析した.3人以上の世帯比率は1995年を頂点に2010年まで低下傾向にあること,その一方で,2010年を境に東京都を除いて上昇に転じるようになった.特に全国および千葉県の上昇幅は大きい.一方で東京都のみは2010年以降も低下が続く傾向にあった.同じ東京大都市圏内でも地域によって出生力の状況が異なる傾向にあることが明らかにした.

  • 藏田 典子, 友尻 大幹
    セッションID: 245
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.背景と目的

     東日本大震災(以下,「震災」)および福島第一原発事故から10年を迎えた2021年は,改めて大規模災害について考えさせられた一年であった.9月に開催された日本地理学会でシンポジウムが組まれたことをはじめ,様々な学術領域において震災に関する活発な議論の場が設けられた. 震災を起点に多様な研究活動が行われる一方で,学術界や研究者は避難者に対してどのような貢献ができたのだろうか. 発表者は避難者に関する研究を進めるなかで,被災地から京都へ避難した避難者から「アンケートなどに答えたものの,フィードバックがこない」との言葉を直接的に向けられたこともあり,避難者と向き合うなかで,研究者として何を貢献できたのかと突きつけられることがあった. 今なお約3万9千人に及ぶ避難者が,全国47都道府県の914市区町村への広域避難を余儀なくされている中で(2021年12月),これまで研究者が避難者に関してどのような知見を提供してきたのかを検討することは研究の意義を示す上でも重要である.そこで本稿では,震災に関する研究の中でも,とりわけ福島原発事故と避難者に焦点を当て,その研究動向を定量的に解析することを目的とする.

    2. 分析方法

     研究動向の分析には,国立情報学研究所の学術情報ナビゲータ(CiNii)に掲載されている論文に関するデータを用いた. 「福島原発事故」を検索ワードとしてタイトル検索を行い,論文タイトルおよび論文出版年のデータを取得した.

     「避難者」に関する研究動向を明らかにするために,論文数の解析と併せて,論文タイトルを対象とした単語の共起関係に基づく共起ネットワークを作成した. 経時的な研究動向の推移を検討するために,震災以降の10年間を前半・後半に分割し,各期間で個別に共起ネットワークを作成した.

    3.結果

     発表された論文数は最多となった2011年(338件)から次第に減少し,2019年に最少(45件)となった. しかし,2020年には増加傾向に転じ,2021年には131件の論文が発表された. 「避難者」に関する論文は2012年に初めて出現し,その後は少数ではあるが継続的に研究されていることが分かった.

     共起ネットワークによる分析の結果, 2011年から2015年には「避難者」が要素として表出されなかったが,2016年から2021年には「訴訟」や「賠償」といった単語と共に表出されるようになった.

    4.考察

     1000年に一度の未曾有の大災害と言われる東日本大震災であるが,その研究は災害直後に最もなされて以降は一貫して減少が続き,10周年の区切りとなった昨年度は研究数が一時的に増加したものの,今後はまた減少していくと予想される. そのような中でも,「避難者」に関する研究は震災の翌年から少数ながらも持続的に実施されてきた.ただし,「避難者」に関する研究および調査は,裁判に関するテーマと共に論じられることが多く,避難者が抱える問題は多岐に渡るはずだが,研究は限定されたテーマに偏っていると考えられる.

     避難者が抱える痛みや苦しみに対して,研究者は何ができるのか,どのように貢献できるのかを改めて考える必要があるだろう.今後もより避難者に寄り添った研究を進めていくことが求められる.

    謝辞

     本研究は, JSPS科研費19J22325の助成を受けたものです. ここに記して御礼申し上げます.

  • 新見 祐樹
    セッションID: 334
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに

     金融機関は家庭や企業から余剰資金を集め,企業や事業者の資金需要に対して貸付を行うことから,国内外の経済において大きな役割を果たしている.地理学においては,店舗立地の変遷に関する研究や,預貸率の地域差から都市の階層構造を論じる研究がみられる.例えば阿部(1981)は1900年代初頭の銀行支店網の変化を検討し,1940年までに各都道府県内に複数あった銀行のうち多数が淘汰され,その支店網は各県の有力都市とくに県庁所在都市を中心に再編成されたことを明らかにした.また,藤田(1980)は銀行の店舗立地について資金吸収力や運用と密接に関連していると指摘したうえで,都市銀行や信託銀行などの大銀行の店舗展開から三大都市圏への店舗集中がみられることを示した.また預貸率の地域的構成から地方の資金が東京へ引き上げられていることを明らかにした.これらの分析は店舗網と資金の移動が密接に関係していることを示している.そこで本研究では,全国規模で店舗を展開する都市銀行の立地が希薄で,金融サービスの縁辺地域といえる島根県において,地域金融機関の店舗立地の変化と,市町村ごとの事業所数に着目し,地域金融機関の役割を検討する.

     2.島根県における金融機関の店舗立地  島根県に本店を置く金融機関は銀行が2行,中小企業金融機関が4行ある.銀行はいずれも県庁所在都市の松江市に本店をおくが,第一地方銀行である山陰合同銀行は島根県のほとんどの市町村に事業性融資取扱店舗を配置しているのに対して,第二地方銀行の島根銀行の事業性融資取扱店舗は松江市と県内主要都市のみに展開されている.また,中小企業金融機関4行は,それぞれ県内主要都市である松江市,出雲市,浜田市,益田市に本店を置き,その周辺市町村に事業性融資取扱店舗を展開している.

     3.金融機関の店舗配置の違いによる役割の差異  第一地方銀行は,県全域に店舗を展開していたが,近年では事業性融資取扱店舗の削減が行われている.経済規模の小さい町村では,事業性融資取扱店舗の配置が無くなり,これまでは事業性融資取扱店舗が複数配置されていた県内主要都市でも,1店舗のみの配置となっている.中小企業金融機関は県庁所在都市や県内主要都市に本店を置き,その周辺の市町村に店舗を展開している.本店所在都市以外では,おおむね1店舗のみの配置であるが,経済規模が小さい町村にも店舗を配置している.およそ30年間で中小企業金融機関が合併し,近接する店舗の削減が行われたが,事業性融資取扱店舗の立地する市町村数にほとんど変化はなく,店舗網は維持されている.  事業性融資を扱う店舗が立地する市町村数で比較すると,従来は第一地方銀行が最も多くの市町村で店舗を展開していたが,事業性融資取扱店舗を削減したことで,中小企業金融機関の事業性融資取扱店舗の立地する市町村数のほうが上回るようになった.このことから,融資を受ける事業者にとって,第一地方銀行が撤退した地域では中小企業金融機関がその役割を担うことになり,地域の事業者にとって中小企業金融機関が最後の砦になっていると考えられる.

    文献

    阿部和俊 1981. 近代日本における銀行支店網の展開.経済地理学年報27(2):21-39.

    藤田直晴 1980. 大銀行資本の店舗網と資金循環.経済地理学年報26(2)36-49.

  • 安藤 奏音
    セッションID: 501
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    洞窟内の二酸化炭素濃度が高まると,鍾乳石の再溶食や人体への健康被害が懸念される。このため,観光洞の開発と管理の国際的推奨ガイドライン(以下,国際ガイドラインと表記する)では,洞窟内の大気観測を推奨している(International Show Cave Association et al., 2014)。山口県にある秋芳洞は,世界で最も多くの人が訪れる洞窟の一つであり,ラムサール条約の湿地,特別天然記念物,日本ジオパークに指定されている。しかし,洞窟内の大気環境と,その大気環境が観光客に与える身体的・心理的影響について調査した研究はほとんどない。観光客の観光中の健康状態に関する議論も不十分である。そこで,本研究では,秋芳洞の小気象の実態を明らかにし,微気象が観光客の身体的・心理的状況に与える影響を把握することを目的として,大気観測調査を実施した。また,今後の管理方法改善への資料を得るため,大気観測調査結果をもとにした知識質問を含む質問紙調査を管理者を対象に実施した。

  • -茨城工業高等専門学校を事例に-
    石井 久美子
    セッションID: 313
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに 現在日本における製造業者の従業者数が減少する中で,製造業就業者に占める専門的・技術的職業従事者の割合が関東地方,近畿地方を中心に増加しており,工業雇用の質が変化している.工業雇用の人材獲得についての研究では,新規学卒者の工業雇用の地域的変動の特徴が明らかにされている.しかし既存研究では資料の上の制約などから大学,高校など学校単位での調査がほとんどである.そのため詳細な事例研究が乏しいため,学校と企業の制度的連結関係の具体像は不明確である(中澤 2001). 本報告では茨城工業高等専門学校(以下茨城高専)を事例に,高度人材育成機関としての高等専門学校が茨城県内の労働市場にもたらす影響を学生・高専・企業の三つの視点から考察する. 研究方法は,茨城高専卒業生へのアンケート,茨城高専卒業生,茨城高専元教員,企業へのインタビュー,求人票および卒業生就職・進学一覧表の分析を行った.

    2.茨城高専の人材輩出過程  茨城高専生の進路先は,2002年から2020年にかけて就職内定者の増加とともに,進学者が減少している.高専全体では進学者が増加しているのと対照的な結果となっていた.茨城高専の就職支援として求人票や,インターンシップ情報の公開,担任との面談があげられる.中でも茨城高専生は学校が提供する求人票に頼った就職活動を行っている.茨城高専への求人票は茨城県に支社・工場を置く企業からの技術職での求人が多い特徴があり,茨城高専生の就職先も県内に支社・事業所を置く企業が6割ほどであった.また求人の半分が製造業からの求人であった.以上より茨城高専の人材輩出過程として,求人票は茨城高専生を県内工場・支店に集結させるうえで効果的に作用し,高専側も高専生を安定した企業に就職させるためのパイプとしての役割を持っていることが考察できる.

    3.茨城高専の進路の多様化  高専全体の県内就職率が3割ほどであるのに対して茨城高専の県内就職率は高い.しかし茨城高専生の進路は多様化し続けている. 第一に,産業界が高専を高く評価し,高専生の需要が全国的に高まっていることから,県外への就職が増加することが予想される.第二に,高専卒業後の学位取得率の上昇が予想される.その理由としては,(1)学歴社会の助長,(2)専攻科の配置,(3)茨城高専が勧めていること,(4)高専卒業後の就職は就職選択の幅を狭めると考えられていること,の4点が主に挙げられる.

    4. 高専生採用の実態と問題点 茨城高専の求人倍率は2002年は16.6%,2013年は26%,2020年は34.3%と増加しており高専生の需要が見て取れる.さらにインタビューを行った企業は高専生の専門知識や実践経験の豊富さを高く評価しており,全ての企業が今後の高専生の採用を積極的に行いたいと考えていた. 採用時の問題点に関しては,まず高専生の採用が難しくなってきているという点がどの企業にも共通する.現在は県内大手企業でネームバリューがある企業ですら高専生の採用が難しくなっている.中小企業や若い企業も高専生の採用に苦労しており,そのような企業は高専との関係づくりの方法に苦慮している.さらに新型コロナウイルス(COVID-19)の蔓延により高専への直接訪問や対面での面接ができなくなっている.企業側の採用の工夫としては,高専生の就活フェアへの全国的な参加や高専への留学生を採用する動きが見られた.今後高専生の採用はこれまで以上に難化すると考えられるため、企業はこれまで以上に採用時の工夫が求められる.

    文献 中澤 高志(2001):技術系人材の東京大都市圏への集中とその要因.人文地理53(6).

  • 地主 智彦
    セッションID: S206
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1 江戸時代の料紙と料紙の選択

     享保年間(1716~1736)に京都に流通した紙を網羅的に掲載した『新撰紙鑑』(木村青竹著、安永6年[1777]刊)には、品質上に18に分類された400種以上の紙名が紹介される。また、文政9年(1826)に大坂にて収集された『大日本諸国名産紙集』(オランダ国立民族学博物館所蔵)には、西日本産のものを中心に約130種の紙が綴じ込まれる。これらの記述や遺品により、江戸時代中後期(18~19世紀)には、需要の拡大、製作技術の発展を背景に、全国各地で多量、多様な紙が作られたことを知ることができる。

     これら多様な紙は、機能性や、政治性(御用紙)、社会性(儀式など)により使い分けられた。文書・記録類のみならず絵図・地図類においても、元禄国絵図や越中国の和算家・測量家の石黒信由(1760~1837)作製の測量図の例にみるように、地図の性格により料紙の使い分けがみられる。

    2 伊能図の料紙の先行研究、調査の方法と結果

     伊能図の料紙については、渡辺慎(尾形慶助、1786~1836)述編『伊能東河先生流量地伝習録』(1824)、大谷亮吉著『伊能忠敬』(1917)に伊能図の種類別に使用された料紙名と裏打紙についての言及がある。これらを整理すれば以下のようになり、作図の段階、地図の性格により料紙が使い分けられたことを窺うことができる。 ① 小区域下図 西ノ内紙、裏打なし ② 寄図 西ノ内紙、裏打なし ③ 扣図 美濃紙(礬水引)/唐紙*、裏打あり/なし ④ 官府上呈本・副本 唐紙/間似合紙、唐紙は裏打あり *③扣図の唐紙は大谷(1917)のみ指摘

     この点を踏まえ、以下2点を課題とし、伊能図の原本料紙調査を実施した。

    ア 渡辺・大谷の指摘の検証と当該料紙の品質・形状上の特徴を明らかにすること

    イ 伊能測量隊以外の第三者により製作された写本の料紙を明らかにすること

     調査は、主として以下の項目を対象とした。一紙の法量及び厚さの計測、簀目・糸目の見え方、簀目の太さ(本数/1寸)、糸目の平均長の計測、肉眼と透過光下における100倍光学顕微鏡による原料、塡料、斑、繊維束、樹皮片、非繊維物質の観察、である。

     今次の調査結果と、前述の『新撰紙鑑』の記載内容や、『大日本諸国名産紙集』の料紙調査報告とを比較し、(1)竹紙、(2)美濃紙、(3)美濃紙(小判)・大半紙、(4)典具帖紙、(5)西ノ内紙、(6)杉原紙、(7)半紙と、7種に料紙名を比定した。

     調査対象の伊能図は、『大日本沿海輿地全図』を幕府に上呈した文政4年(1821)前後にて時代を区分し、地図の性格(官府上呈本、伊能家扣図、同下図、同麁絵図、伊能隊以外の第三者写本)を記し、針突法による製作の有無、当初からの裏打の有無と併せ、調査した。

    3 伊能図の料紙の種類と選択

     前項で記した課題に対し、以下の結論が導かれた。

    ア 渡辺・大谷の指摘は概ね首肯されたが、次のとおり新たな知見があった。①一部の下図に(5)西ノ内紙の代用として(6)杉原紙が用いられていたこと。③扣図には(2)美濃紙のみならず、やや小ぶりな(3)美濃紙(小判)・大半紙類が用いられていたこと。④官府上呈本は、(1)唐紙(竹紙)の事例のみであったこと。

    イ 第三者による写本は、(3)美濃紙(小判)・大半紙、(4)典具帖の2種のみが用いられていたこと。

     このように、伊能図の料紙は機能性による料紙の使い分けがみられ、加えて上呈図の料紙選択は政治性・社会性が加味されことが知られる。料紙の紙質は、伊能図の作製主体、作製段階、製作目的を示す一要素に位置づけられよう。

  • 勝又 悠太朗, 堀本 一樹
    セッションID: P043
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1はじめに

     発表者は,インドにおける新型コロナウイルス(COVID-19)感染の地域的特徴をGISによる地図化を通じて検討し,その結果を発表してきた(勝又・月森,2020;勝又ほか,2021;Katsumata et al.,2021など)。そこでは,主に州別・月別にみた感染者数のデータを使用し,感染動向の地域的特徴を明らかにしてきた。本発表も,その続報に位置づけられるが,今回は具体的なデータ分析の結果を提示するのではなく,研究の過程で浮き彫りとなったデータ分析に関わる課題を報告する。ここでは,①感染者データの入手に関する課題,②県別のデータ分析に関する課題,③他のデータとの併用に関する課題の3点を主に取り上げることにする。

    2.感染者データの入手に関する課題  

     これまで分析には,covid19india.orgが収集し,ウェブサイトで公開しているデータを使用してきた。同組織は有志による活動のため,公的な組織ではないが,国や州などが発表する情報を中心に収集を行ってきた。公開されるデータには,インド全体の感染者のデータに加え,州(State)別,県(District)別に集計された地理情報を含んだデータもあり,時系列にデータを入手することができる。そして,これらのデータの学術研究への利用も進んでいる。しかし,同組織によるデータの収集と公開の活動が,2021年10月31日をもって終了したため,11月1日以降のデータを入手することが出来なくなり,以降のデータ分析を行うための大きな課題となっている。

    3.県別のデータ分析に関する課題

     これまで発表者は,主として州別の感染者データを使用した分析を行ってきた。一方,州よりも小さな行政単位である県別の感染者データも公開されている。県別のデータ分析をすることで,感染の地域的特徴をより詳細に明らかにすることができると考える。しかし,県別のデータを使用した分析を実施するにあたっては,いくつかの課題も存在する。まず,covid19india.orgが収集したデータの中には,県別のデータが存在しない州もあることである。また,県の境界が変更されることがあるため,感染者のデータと結合する際にGISで使用する県の境界データの入手も課題となる。

    4.他のデータとの併用に関する課題  

     最後の点は,上記の県別のデータ分析に関する課題とも関わるが,感染者のデータと他の統計データをGISで併用する際に生じる課題があげられる。例えば,人口あたりの感染者数を地図化する際には,州別や県別の人口数のデータを入手する必要がある。こうした人口データは,インドのセンサス(国勢調査)に含まれるが,2022年1月の時点で使用できる最新のものは2011年のセンサスに基づくデータとなる。2011年以降,州と県の中には境界の再編が生じたものもあり,現在の州・県の境界に合わせデータを再集計する必要がある。ただし,県の中には,境界が複雑に再編されたものもあり,データの再集計が困難な場合もある。センサスには社会・経済的な様々なデータが含まれるが,感染者のデータと併用する際には課題も多い。

  • 大槻 涼太
    セッションID: P019
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに 大規模広域災害の発災時には公助だけでは限界があり、自分の身は自分で守ること(自助)だけでなく、地域や近隣の人々互いに協力しながら防災活動に組織的に取り組むこと(共助)が求められている(消防庁2017)。地域防災組織に関する研究では、防災活動の規定要因に着目したものが多く、日常的な地域活動が活発であるほど(藤田ほか2003;岡西・佐土原2006)、また江戸・明治時代からの住宅地や、地形的に水害に遭いやすい地域や、既往水害の経験がある地域ほど (春山・水野2007;春山・辻村2009)、防災活動が活発であることが示されてきたが、地域の社会的構造や関係性そのものを評価の対象とはしてこなかった(永松ほか2009)。 本研究では、令和元年東日本台風による洪水被害(以下、2019年水害)のみられた福島県郡山市を事例に、地域社会の基本単位となる住民組織の防災活動の内容を明らかにすることを目的とする。そして、住民組織による平常時の地域活動や土地条件に加えて、地域の社会構造や関係性について着目し、防災活動度を規定する要因について考察した。 2.対象地域と研究方法  福島県郡山市は、阿武隈川上流域に位置し、過去35年間で5度の浸水被害に遭遇した水害常習地である。本研究では、2019年水害で被災した8地区のうち、居住人口が多い以下の6地区を対象地域として選定した。対象としたA~C地区は1965年に郡山市に合併した町村(行政管区)で、D~E地区は1965年以前から郡山市に含まれている(旧市内)。 まず、対象地域の地形分類図並び複数時期の土地利用図を作成し、土地条件の整理を行った。次に、対象6地区の町内会・町内会連合会(以下、連合会)、その他防災関係組織を中心に地域組織の関係者への聞き取り調査を行った。さらに各地区の町内会への質問票調査を実施した(回答率は75%)。 3.郡山市の町内会・連合会などによる防災活動  郡山市の自主防災組織は通常連合会単位に設置されているが、町内会単位でも防災活動が行われており、消防団員や民生委員など特別職の非常勤職員の地域住民との間に連携もみられた。しかし、その活動内容や連携の在り方には大きなばらつきがみられた。また先行研究で指摘されたように、日常的な地域活動が活発な町内会は平常時の防災活動も活発な傾向にあることが明らかになったが、町内会全体では防災活動と土地条件との間に明瞭な関係は認められなかった。 4.対象6地区にみられる防災活動の差異とその要因  各々の町内会・連合会の防災活動は、対象6地区ごとに大きな差異がみられ、その背景には社会的構造に要因があると考えられる。本論では、人口・世帯数等の規模、行政センターの有無、自主防災組織の設置単位などから、新興住宅地の多いタイプⅠ(A・B地区)、農村地帯のタイプⅡ(C地区)、中心市街地に近接するタイプⅢ(D~E地区)に分類した。 タイプⅠの自主防災組織は連合会単位に設置され、行政センターと連携した防災活動を行い、消防団への防災資機材の提供や被災者支援事業などを行っている。しかし、同じタイプⅠでも、町内会・連合会の防災活動が盛んなA地区と、防災関連行事への地域住民の参加率の低さから行政への依存を強めているB地区があった。タイプⅡの自主防災組織は、連合会単位だけでなく町内会単位にも設置されるなど歴史的に水害への意識が高く、常日頃から行政センター・消防団・民生委員との連携がとられている。しかし、近年新興住宅地の増加や高齢化により町内会活動の維持が困難になりつつあることがわかった。タイプⅢの自主防災組織は連合会単位に設置されており、地区の地域活動や防災活動が盛んに行われている。しかし、行政センターがないため、災害時における防災活動および地区の消防団との連携はほとんどみられず、災害時の情報伝達や避難支援、避難所運営などにおいて課題を残した。 5.まとめ  地域の防災活動には、地域活動の活発さなどといった住民属性やそれに影響を及ぼす土地条件に加えて、地域の社会的構造や関係性が関係している可能性が示唆された。本研究では、郡山市の自主防災組織の災害時対応及び有機的連携における課題を指摘したが、そもそも自主防災組織は行政センターのように地区の災害対策本部の機能を担うべきか、また地域に存在する社会的組織との有機的な連携はどのように図るべきかについて、再考していかなければならないだろう。 参考文献 岡西・佐土原2006日本建築学会計画系論文集, No.609. 消防庁2017『自主防災組織の手引き』 永松ほか2009防災科学技術研究所研究報告, 74. 春山・水野2007自然災害科学26. 春山・辻村2009 E-journal GEO, 4. 藤田ほか2003都市計画論文集, 38.

  • -京都府八幡市を対象に-
    坂本 淳二, 森口 知樹
    セッションID: P042
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに

     1992年の改正生産緑地法による最初の生産緑地指定から30年を経た指定解除により,三大都市圏の市街化区域に大量の農地転用が発生することが懸念される「生産緑地2022問題」の当該年を迎えることとなった.この問題に対して,国土交通省は,①2017年施行の新生産緑地法による特定生産緑地制度の創設,生産緑地指定・行為要件の緩和,②2018 年施行の都市計画法改正による新たな用途地域である「田園住居地域」新設などの諸制度の整備による対応を行っており,「2022年に該当する生産緑地のほとんどが一斉に宅地化するようなことはない」(塩澤 2020)との指摘もある.

     しかし,三大都市圏内での市街化区域内農地の活用実態は,地理的位置,農業経営,都市計画指定状況により,相当に異なると考えられる.本報告では、「生産緑地2022 年問題」に直面する関西大都市圏の一小都市である京都府八幡市の農地所有者を対象に,前期の問題に対応する新たな都市農地制度への認識・意向についてのアンケート調査結果を中心に,都市内農地の今後の保全の課題について述べる.

     事例とした八幡市は,人口約7.2万人で,京都府南部,大阪府と接し,ほぼ大阪市・京都市の中間に位置し,京阪本線など交通の利便性により,通勤型の住宅都市となっている. 一方で,市の中央部から東部にかけては,農振農用地指定された水田・畑地を中心に約500haの農地が拡がる.都市計画指定状況では,市西部から南部に市街化区域が指定され,小規模の無指定農地と生産緑地指定農地が混在する.中央部と石清水八幡宮周辺には市街化調整区域が指定されており,前述の広い農地が展開する.

    2.調査方法

    1)八幡市と京都府内特定市9都市及び京阪本線沿線4都市との都市農地・農業指標を比較し,八幡市の都市農地・農業の実態・特性を導出.

    2) 2021年11月にJA 京都やましろ・八幡市管内の農地所有者に「生産緑地2022問題」に対応した都市農地制度について意識・意向を尋ねた,直接配付・直接回収による紙面アンケート調査を実施した.設問項目は,①現在の農地・農業実態と今後の意向,②田園住居地域の評価,③市街化区域内農地の今後の活用方法,④生産緑地の現在の状況,⑤特定生産緑地の評価である.なお回収数は 46 通であった.

    3.調査結果概要

     八幡市の市街化区域内農地面積は,京都府特定市10市のなかで,京都市を除く9市と大きな差はないが,市街化区域内農地に対する生産緑地面積割合は約34%で下位に位置する. アンケート調査結果からは,①農業後継者が不在・未定との回答が8割を超える,②営農上の課題として,農業機材等の金銭的負担が9割を超えているが,主として市街化調整区域農地の課題と捉えられてる,③今後の農地の意向では,「現状維持」との回答が ほぼ2/3を超え,その理由として、「先祖の土地の保持」、「評価税上の関係」など上げられる,また今後の農業意向では、「今までと同じやり方、同じ生産物で農業を続ける」が 8割を超えており,積極的に農業を拡大する農地所有者はほぼ皆無である.④市街化区域内農地の所有状況では、1/3を下回り,今後の活用意向として、「自身で耕作を続けるため農地をこれからも所有する」が 11人中8人の回答が得られた。⑤生産緑地に着目すると、市街化区域内農地所有者9名のうち、所有者は5名 ,特定生産緑地については、「市街化区域内農地の一部を申請する」が2人のみであり,指定理由としては税制優遇が主で、指定しない理由では営農が継続できない,との回答であった.

     この結果から,八幡市の農業の中心は市街化調整区域農地であり,市街化区域内農地の農業的利用意欲が極めて低いことが明らかになった。 同様の実態にある都市は相当数存在することが予想され,これらの都市では,農業利用以外の農地の多面的機能に基づく保全の方向,施策の検討が課題となるであろう.

  • 大阪市の年齢階級別小地域単位のデータを基に
    小本 修司
    セッションID: P035
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    Ⅰ 研究内容

     本研究は,国勢調査と住民基本台帳(以下それぞれ,国調と住基)の差異について,大阪市を事例に,小地域(町丁・字等)単位の年齢階級別データを用いて,類型化分析を行う.これを通して両統計の差異には,どのような地域差がみられるのかを明らかにする.国調と住基の差異に関する研究はあまり多くはみられないが,特に両統計の差異について,統計的手法により類型化した研究は管見の限り見当たらない.また本研究は,分析単位として小地域(両統計で呼び方が異なるため,小地域で一本化する)単位に着目するが,この単位での分析もこれまでにされておらず,国調と住基の差異について,より高い解像度での結果が期待できる.

    Ⅱ 研究方法

     大阪市の2015年国勢調査小地域データと,同年9月末日の住民基本台帳の町丁目別・各歳別人口データを用いた.また地図化に際しては総務省統計局が政府統計の総合窓口(e-Stat)にてオープンデータとして提供している小地域の境界データを用いた.

     小地域単位という利用できる分析単位の中では事実上最小のものを用いることで解像度の高い分析が期待できる一方で,その分人口が小さい地域が対象となり,結果として秘匿合算処理や,比較するために標準化する際にゼロ除算問題への対応を迫られることは多い.紙面の都合上,詳細な検討は割愛するが,最終的に総人口がゼロとなる地域や,秘匿合算処理の対象となった地域(合算先も含めて)は分析の対象外とした.

     次に国調と住基の差異について,5歳階級ごとに国調人口から住基人口を引いた数値を分析対象とした.また地域間で比較することになるため,本研究では,各地域で国調の総人口と住基の総人口の平均値で除すことで標準化した.

     実際に類型化する際には,ウォード法による階層的クラスター分析を適用した.解釈に際しては,分類結果ごとに5歳階級別小地域別の国調と住基の差異が数値的にどのように分布するか,また分類結果を地図上で可視化することで手掛かりとした.

    Ⅲ 結果

     結果として10の類型を抽出した.ここでは分類された地域が少なかった(1~18地域)類型ではなく,主に集約された類型について述べたい.全体の傾向としては,本研究と同様に国調と住基の比較を行った小古間(1991)でも述べられているように,住基の方が多かったという点は押さえておく.

    分類結果を地図化したものが図1である.かなり特徴的な空間的分布となったことがわかる.

     類型1は全体の9.8%(178地域)を占め,特に25から44歳代で,国調の方が多い傾向となっている.また大阪市内の中心に分布している点も特徴的である.また国調の年齢不詳が特に多かった.類型2は全体の63.7%(1158地域)を占め,全体の傾向と同様に,どの年代でも住基より国調の方が少なく,また年齢不詳も一定数見られるが,他の類型と比較すると少ない.大阪市の辺縁部に多く分布する点も特徴となる.類型3は全体の24.7%(445地域)を占め,類型1ほどではないが,比較的国調の方が多い.

    文献

    小古間隆蔵1991. ふたつの人口統計は都市をどうとらえているか-国勢調査人口と住民基本台帳人口からの検討. Sociologica 16(1):9-20

  • 「とちぎの和牛を考える会」を中心に
    若本 啓子
    セッションID: 304
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに

     2021年現在、栃木県では年間13,600頭の和牛子牛(全国10位,畜産統計)が生産されている。その一定数は乳肉複合経営を営む酪農家で出生したものである。和牛子牛専門の家畜市場である矢板家畜市場では、2021年の上場子牛のうち、受精卵移植により出生した子牛(以下、ET子牛)は27.3%を占める。県内産の和牛子牛に占めるET子牛割合は増加傾向にあり、大規模法人経営体における増頭が影響している。また、ET産子が多いことは、子牛産地規模の維持にも寄与し、購買者による矢板家畜市場の安定的な評価にもつながっている。ET子牛生産に関する地理学分野の研究は乏しく、大呂(2019)がその先駆である。

     本研究では、矢板家畜市場の上場牛データおよび子牛登記地区別実績の経年データをもとに、ET子牛生産の地域性と血統構成を把握するとともに、多様な肉用牛経営が知識獲得および情報交換のために集う「とちぎの和牛を考える会」(以下、「考える会」)を取り上げ、役員へのインタビューをもとに、同会が受精卵移植(以下、ET)技術を始めとする和牛改良のための新技術の集団的学習に果たした役割を明らかにする。

    2.ETによる和牛子牛生産の地域的展開

     栃木県においてETの肉用牛経営への導入は、1987年頃より開始された。牛肉輸入自由化を前に1990年よりホルスタイン雄子牛の価格が下落したため、ダメージを受けた酪農経営の収益性向上のために、獣医師の指導のもと酪農経営と和牛繁殖経営との間で「借り腹」の協約が結ばれた。「借り腹」は、和牛母牛への人工授精後に採卵した受精卵を、酪農経営の未経産牛に移植し、生後1週間の和牛子牛を一定価格で和牛繁殖経営が引き取るものである。この協約関係は、塩谷郡と那須郡で広がりを見せ、子牛登記の登録頭数に占めるET子牛の割合は、両郡において1990年代後半より県平均を上回る20~30%で推移した。

     1990年代半ばの矢板家畜市場では、和牛からの採卵とホルスタイン未経産牛へのETを行う育成牧場を北海道に共同開設した県北部の酪農家グループが、ET子牛の上場頭数で際立った存在であった(宮路,1999)。

    3.「とちぎの和牛を考える会」における集団的学習

     「考える会」は、1988年に第1回が開催され、2019年まで32回を数える(2020年、2021年はCOVID-19感染拡大のため中止)。年1回の研修会および交流会には、県全域から規模もさまざまな和牛経営(繁殖ないし繁殖・肥育一貫経営)、酪農経営、行政・農協・試験場の職員、獣医師、農業高校、農業大学校の生徒・学生など、300~500人が参加する。農協の管轄地域を超えて、個々の経営改善、ひいては栃木の和牛改良を推進するために、知識・技術を習得しようとする集団的学習の場は、県内におけるETの普及とET子牛の品質向上を促した。研修会では、県酪農試験場、県家畜保健衛生所、家畜改良事業団種雄牛センター、製薬メーカー、飼料メーカーなどの講師により、和牛改良や飼養衛生管理に関する講演が行われるほか、矢板家畜市場の県内外の購買者(肥育経営)を招いたパネルディスカッションも複数回開催されている。

      「考える会」は、2019年9月にホームページを開設し、矢板家畜市場の成績、種雄牛や医薬品の情報を定期的に更新するとともに、ホームページ管理者自らが行う農家インタビューの内容を掲載している。これらの情報発信により、年1回の研修会を待たず、飼養管理に関する知識の更新が図られるほか、他地域の優良経営の実践を知ることができる。かかる取り組みは、COVID-19影響下において「考える会」への参加意欲を持続させるのに大きな効力を発揮している。

  • 飯田 義彦
    セッションID: 542
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに

     山地の渓畔林に生育するトチノキ(Aesculus turbinata)は隔年結果の特性により、年ごとにトチノミの結実量に差があることが知られている。しかし、トチノミの経年的な結実量については、大学演習林等での記録を除いてあまりなく、栃餅づくりに関わる資源利用の観点から豊凶の実態や影響を捉えた事例は少ない。とくに2021年はトチノミの大凶作年とのことが複数の地域で聞かれ、資源利用の観点からも実態の把握が必要である。そこで、本研究は、トチノミ採集を経年的に行っている地域において豊凶の実態を広域的に調べるとともに、豊凶の違いによるトチノミ利用への影響と持続的なトチノミ利用に関わる今後の課題について考察した。

    2.方法

     2021年9月~12月にかけて、複数の地域を対象に広域評価を行った。京都府綾部市古屋ではトチノミ採集について聞き取り調査や参与観察を行うとともに、過去の採集実態の記録を整理した。同様に、京都府南丹市鶴ヶ岡や石川県白山市白峰にて栃餅生産者に聞き取り調査を行った。また、滋賀県高島市朽木においてはトチノキの保全団体の関係者、さらに兵庫県在住のトチノキ専門家に諸地域の状況確認を行うとともに、岐阜県旧八草村のトチノキ林で結実期に現地踏査を実施した。

    3.結果と考察

     京都府綾部市古屋では毎年ボランティアによるトチノミ採集が9月に行われている。2015年~2020年までの記録によれば、山中の3ヶ所でトチノミ採集が行われ、採集量 は6年平均値(3ヶ所合計値)で約1トンにせまった。一人当たりの採集量をみると、2019年で最も少なく、最も多かった2018年の約2割であり、年による採集量の多寡がみとめられた。一方で、2021年はすべての採集量が約20 kg(湿重量)程度となり、極めて少ない年であった。隣接する京都府南丹市鶴ヶ岡においてもトチノミを手に入れることが難しく、栃餅生産のための不足分を古屋まで購入しにきたことが聞かれた。また、滋賀県高島市朽木で毎年トチノミが採集されているトチノキ林において、2021年は採集量が10個にも満たなかったことが聞かれた。岐阜県旧八草村のトチノキ林ではトチノミの落果がほとんど確認できなかった。石川県白山市白峰の栃餅生産者によると、例年の1/5~1/6程度の採集量とのことが聞かれた。その他、兵庫県や長野県でも不作にみまわれたことがトチノキ専門家によって確認されていた。2021年のトチノミの採集量はこれらの地域では極めて少なく、過疎地でのトチノミ製品づくりや地域間の入手形態に大きな影響を与えた可能性がある。今後はトチノミの豊凶を生態学的な視点だけでなく、資源利用の観点から広域的かつ科学的に評価する手法の開発を進めるとともに、トチノミの採集、乾燥、保管、流通といった一連の工程を社会的に支援するための課題解決型の研究視点が求められることが考察された。

    付記 本研究は、科学研究費補助金基盤研究(B)「日本列島における採集林の成立要因と変遷に関する地理学的研究」(代表:藤岡悠一郎)の一部を活用して行われた。実施にあたって関係地域、関係団体のみなさまのご協力に感謝します。

  • 山内 洋美
    セッションID: S303
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1.はじめに

    2022年度から高等学校で必履修となる「地理総合」.その学習指導要領改善・充実の要点において,「世界で見られる自然災害や生徒の生活圏で見られる自然災害」についても取り扱うと明示された.「地理総合」には,中単元C 持続可能な地域づくりと私たち (1)自然環境と防災 といった,「防災」と明記された単元が存在するが,それだけでなく「地理総合」全体に,地理的見方・考え方に基づいた小中高の防災学習のまとめとしての役割が付されたと考えてよいだろう.

    そこで,発表者が頂いたテーマである,中高社会系教科における防災学習のつながりと到達点を,おもに「地理総合」の防災学習の到達点と中学校教科書の記述の係わりから考えてみたい.

    2.高等学校「地理総合」における「防災」に係わる学習の到達点

    「地理総合」において重要な観点の一つに「持続可能な社会づくり」がある.東日本大震災を経験した発表者は,この10年で存続が困難な集落や地域をいくつも垣間見た一方で,新しい形で集落や地域を存続させる努力も多く拝見した.その背景は非常に複雑で、直接的な地震・津波等の被害の大小とは必ずしも関わらない.

    だからこそ,「持続可能な社会づくり」を論じるにあたって,前述「地理総合」改善・充実の要点にある通り,「災害を引き起こす自然現象(ハザード)と社会的な脆弱性との関係が災害の規模に反映されることや,その両者の関係を踏まえて地域の防災の在り方を考察することの重要性を理解」できるような学びが「地理総合」でなされることが望ましいと考える.ただハザードから一時的に逃れるための知識を手に入れるだけでなく,対象地域のもつ独自の地域性を大切にし,その場所に(持続的に)暮らし続けるための「防災」であるからだ.

    3.中学校社会科地理的分野における防災に係わる学習の課題

    中学校社会科地理的分野の学習指導要領においては,「日本の様々な地域の学習における防災教育の重視」が改訂の要点の一つである.それを踏まえて,九州地方の火山災害,中国・四国地方の水不足とため池,近畿地方の都市における地震の被害,関東地方の氾濫原における都市化と水害,東北地方のやませによる冷害やリアス海岸による津波の増幅,北海道地方の火山災害が全4社の教科書で挙げられている.一方で,中部地方の北陸における豪雪被害や平野部の梅雨による洪水,東北地方の東日本大震災に伴う原発事故の被害,北海道地方の雪害など地域性を反映した事例は一部の教科書にしか載っていない.また,北海道地方で最も発生が多いゲリラ豪雨が関東地方の東京周辺で多いことになっているなど,地域の特徴を反映した記述とは必ずしもいえない.

    そして最大の課題は,教科書会社4社すべてで取り上げている概説としての気象災害と地震・火山災害については現象と被害の概説のみで,その偏在とその要因との関係について具体的に触れていないことである.つまり,土砂災害はどのような状況でどのようなところで起こりやすいのか,また河川氾濫の被害が大きい地域の地理的な特徴は何か,といったつながりが本文からは読み取れず,知識や用語が細切れになってしまいかねない.結果,教科書の事例を,日本や世界の他地域の自然環境や社会環境に重ねて考えることが難しくなる.

    そうすると,「地理総合」で改めて系統地理的な自然環境に関する知識を授けなければ中単元Cは扱えないと考える高校教員が増えることは明らかだ.「地理総合」5社6冊すべてで自然環境に係る系統地理的知識のページを備えているのもそのためだろう.

    4.提案

    中単元「日本の地域的特色と地域区分」において,教科書の重要語句として扱われるような自然環境と自然災害/防災の取組について,地理的見方・考え方を用いて互いに関連付ける事例を教材として,地理学者の研究成果をお借りして作成することが必要と考える.

    また,中学校社会科歴史的分野の中単元A 歴史との対話 (2)身近な地域の歴史 における地域調査を,地理的分野の防災単元の内容と関連づけて扱うことも有効と思われる.自然環境の特色を踏まえて災害を防ぐ,減衰させる視点で地域をとらえたときに感じる,なぜこのようなところに暮らし続けるのかという疑問と矛盾に向き合うときに,歴史的見方・考え方も合わせて地域を包括的にとらえることで地域のアイデンティティがみえてくるからだ.

    もちろん,小学校生活科や社会科で,行政区分としての地域にこだわることなく,児童が自らの暮らしを営み,体感として自然環境や社会環境を理解でき,その現状や将来像について具体的に表現できる「身近な地域」学習が行われていることが,中高における防災に係わる学習の最も大切な土台となる.震災とコロナ禍の影響もあり,明らかに身体的空間認識力が衰えていると感じている.

  • 佐野 亘, 菅 浩伸
    セッションID: 214
    発行日: 2022年
    公開日: 2022/03/28
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    1. はじめに

     名蔵湾は石垣島の西部に位置する南北に6km,東西に5kmの幅を持つ湾である.湾の東側には名蔵アンパルと呼ばれるマングローブ林があり,この名蔵アンパルはその背後にある於茂登岳やバンナ岳を集水域とした名蔵川の河口付近に位置する.名蔵アンパルはラムサール条約登録湿地であり,西表石垣国立公園の一部でもある.一方,近年は農地開発等による影響で名蔵川河口付近の赤土土壌の流出が問題となっている.台風や大雨のたびに大規模な赤土の流出があることから,名蔵湾ではサンゴが多く生息しないと考えられてきた(石垣市 2013).しかし,Kan et al (2015)で名蔵湾中央部には琉球列島でも有数なサンゴの大群集が存在していることが明らかとなり,湾中央部では赤土の影響はほとんどないことが示された.そこで陸源堆積物の堆積状況を明らかにする目的で,名蔵川河口付近から1.1 kmの沖合にかけて底質調査を実施した.

    2. 現地調査と分析手法

     アンパルの前方の汀線付近を基点とした2本の測線を設定し,測線に沿って地形断面測量,底質の観察(表層堆積物,水性植物の植生の記載)を実施した.さらに100 m毎に表層堆積物の採取を行った.採取した表層堆積物は実験室へ持ち帰り,篩い分けした後に0.5 mm以下の粒径の堆積物についてXRD(X線回折装置)を用いて鉱物分析を実施した.

    3. 現地調査の結果

     汀線からおよそ100 mまでの範囲は海草や藻類はほとんど生息せず,底質は赤褐色の細砂質であった.100-300 mの範囲ではウミジグサ(Halodule spp.)が優占して生息していた.ウミジグサは柔らかい底質を好んで生息する種であることがわかっており(Johnstone 1978),底質が赤褐色の細砂・泥質であったことから,この範囲はアンパルから流れ出る堆積物の影響を強く受けていることが示唆された.300-700 mの範囲は,リュウキュウスガモ(Thalassia hemprichii),リュウキュウアマモ(Cymodocea serrulata),ベニアマモ(Cymodocea rotundata)の混成地帯であり,海底の海草被度は75-100 %であった.底質は細砂からサンゴ礫までを含む主に砂質堆積物で構成されていた.700-980 mの範囲では,上記の3種に加え,ボウバアマモ(Syringodium isoetifolium)の生息が確認された.当真(1977)によると,ボウバアマモは亜熱帯海域では最も外洋的な種であり,干出に非常に弱いとされている.石垣島西部における平均潮位は基準面より+107 cmであり,700 m地点の水深がおよそ1.0 m(平均海面下)であることから,700 m地点より沖側は最低潮位時にも干出しない場所であることがわかる.800 m地点以降は枝状サンゴ(Acropora spp.)の生息も確認された.980 m地点でそれまで被度75 %以上であった海草類は被度0 %になり,これより沖側ではサンゴ礁堆積物の砂地が広がる.

    4. XRD分析の結果

     XRDを用いて表層堆積物(< 0.5 mm)に含まれる鉱物を検出した結果,主に方解石,あられ石,石英で構成されており,名蔵川河口付近の堆積物の構成鉱物は方解石11.1 %,あられ石30.8 %,石英58.0 %の割合でることがわかった.測線に沿って100 mごとに採取された表層堆積物の分析を行ったところ,北側の測線では基点付近で石英が58.0 %含まれるのに対し,100 m地点では52.4 %,300 m地点で35.7 %,500 m地点で12.9 %,700 m地点で6.7 %,900 m地点で1.1 %と徐々に減少し,900 m地点より沖側では1.1-3.5 %の範囲で値が収束した.

    5. 考察

     名蔵湾がサンゴ礁海域であること,また名蔵川集水域には花崗岩で構成された於茂登岳があることから,沿岸域表層堆積物中の石英の含有率が河川由来の陸源堆積物の影響を強く反映していると考えられる.また表層堆積物中の石英は海草藻場の陸側から沖側にかけておよそ93 %減少し,海草が高密度で繁茂することによって陸源堆積物をトラップしていることが示唆された.この海草藻場の効果について,より定量的な評価が今後の課題である.

    参考文献

    石垣市 2013. 名蔵アンパルガイドブック.

    Kan et al. 2015. Geomorphology, 229, 112-124

    Johnstone 1978. Aquatic Botany, 5: 219-223

    当真1977. 昭和50年度沖縄県水産試験場事業報告書, 69-74

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