広島県東広島市西条盆地のため池において,水草群落の種組成や種の分布と池の環境との関係を検討した。典型的な農村のため池の事例として,水草群落の発達が良好で環境が異なる複数の池が隣接している3ヶ所(地点A,B,C)を選び,計21個の池で植生を調査し,表水のpHと電気伝導度を測定した。また,池の環境の極端な変化に伴う植生変化の事例として,小池(地点D)と呼ばれる池の植生変化を示した。
伝統的な管理により水田の潅漑に利用されている3ヶ所,21個の池では,集水域が山林の池にはジュンサイーヒッジグサ群落,集水域が山林と水田の池にはヒシージュンサイ群落,集水域が水田や住宅地である池にはヒシ群落が見られた。池に生育する水草の種数は1-8種であった。種数が多い池(5~8種)は,山間や山麓にある面積が狭く伝導度が17.1-50.6μScm-1の池であった。21個の池で生育を確認した16種の水草のうち,ジュンサイ,ヒシ,ベニオグラコウホネは,伝導度が低い水域から高い水域まで分布し,また優占種となるのはこれら3種であった。その他の種は,伝導度が50μScm-1以下の水域に生育するものが多かった。これらの種は優占することはまれであるが,池の水草相を豊かにしている。
環境変化に伴い植生が変化した小池は,かつては山裾にありジュンサイーヒツジグサ群落が発達する農村の典型的なため池の一つであった。池と接する舗装道路の建設と周囲の土地開発に伴い,水草群落の種数の減少と構成種の変化が生じた。水草群落はジュンサイーヒツジグサ群落からヒシージュンサイ群落を経て,構成種が完全に入れ替わったヒシ群落となった。
小池の環境変化に伴う時間的な植生変化は,上記のA―C地点における山間・山麓の池から水田地帯の池への空間的な植生配分と極めて類似している。両者の類似性は,水草の分布が水質に影響されることを示している。水草群落の種組成は,隣接する池や環境条件が似た池でも異なることから,それぞれの種の分布は,水質の他に,偶然による散布,種間競争,アレロパシー,水生動物,底質,池の歴史などの様々な要因にも影響されるものと考えられる。
農村地帯のため池は,水生・湿生の動植物の生息地として貴重な存在である。池の生物相を保全するには,集水域を含めた保全により,水質を維持することが必要である。
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