陸水学雑誌
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82 巻, 3 号
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短報
  • 高野 敬志, 青柳 直樹, 内野 栄治
    2021 年 82 巻 3 号 p. 129-137
    発行日: 2021/09/25
    公開日: 2022/09/28
    ジャーナル フリー

     北海道における含よう素泉の地理的分布および陰イオン成分組成の特徴を,2009-2019年の温泉分析から明らかにすることを目的とした。ほとんどの含よう素泉は北海道北部の日本海側から石狩平野北部および中部,石狩平野東境界に渡る帯状の地域に湧出していた。これらの含よう素泉は多くが1000 mを超える深さの井戸で,動力揚湯により新第三紀の地層から汲み上げられていた。含よう素泉の半数はヨウ化物イオン濃度が10 mg kg-1以上15 mg kg-1未満で,最高濃度は76.2 mg kg-1であった。含よう素泉の過半数は泉温が34℃未満,pHが7以上8未満,ガス成分を除く溶存物質濃度が20 g kg-1以上30 g kg-1未満を示した。泉温およびpHに対して,含よう素泉と含よう素泉ではない強塩泉の間に有意差が認められた。含よう素泉の塩化物イオン,硫酸イオン,炭酸水素イオンおよび臭化物イオン濃度は,それぞれ10 g kg-1以上12.5 g kg-1未満,10 mg kg-1未満,100 mg kg-1以上500 mg kg-1未満,25 mg kg-1以上50 mg kg-1未満の頻度が最も多かった。これら陰イオンの中で,硫酸イオンのみに対し,含よう素泉と含よう素泉ではない強塩泉の間に有意差が認められた。硫酸イオンの濃度が低いことは化石海水の特徴であり,含よう素泉の起源は化石海水が主体となっていると考えられた。しかしながら,多くの含よう素泉の臭化物イオン:塩化物イオン比およびホウ素:塩化物イオン比は,化石海水のそれぞれの比よりも高い値を示した。このことから,何らかの臭化物イオンおよびホウ素の負荷があることが示唆されたため,含よう素泉の成分組成がどのように成立してきたか更なる検証が必要と考えられた。

資料
  • 小室 隆, 安部 雄大, 山室 真澄
    2021 年 82 巻 3 号 p. 139-148
    発行日: 2021/09/25
    公開日: 2022/09/28
    ジャーナル フリー

     本研究では宍道湖における消波堤造成を伴うヨシ植栽事業の影響について,化学分析を用いて表層堆積物への影響を調べた。鹿園寺地区の消波堤が設置された地点の表層の底質は,消波堤が設置されていない場所に比べ,有機炭素・窒素濃度,全リンが高くなっていた。ヨシが植栽された西岸ヨシ群落においては,群落の沖側は群落の内側の水域に比べ,底質中の有機炭素・窒素,全リンが高くなっていた。さらに全硫化物濃度は,鹿園寺地区の消波堤の内側において,基準点とした鳥ヶ崎の約60倍の値になっていた。
     鹿園寺地区での消波堤内外の比較結果から,波浪の影響により底面が撹乱され砂地が形成される湖岸では,本来は好気的で砂程度の粒径が大部分を占めるが,消波堤が設置された内側では有機物の増加,底質の細粒化が進行し,硫化物の増加が確認された。この結果は,宍道湖で行われた消波堤造成を伴うヨシの植栽において,ヨシが直接的に堆積物表層の有機汚濁を進行させたのではなく,消波堤を設置したことによる水理状況の変化が要因と考えられる。

特集:尾瀬湿原生態系―最新の陸水学的研究
  • 坂本 充
    2021 年 82 巻 3 号 p. 149-150
    発行日: 2021/09/25
    公開日: 2022/09/28
    ジャーナル フリー

     The IPCC (2021) reported that global air temperature has increased by 1.09℃ from the period 1850-1900 to 2011-2020 along with increasing precipitation. Similar increases in air temperature and precipitation have been observed in Japan. Earlier studies on the effects of global warming on inland waters have focused on the thermal effects on physical and chemical processes as well as organisms, and little attention has been given to the thermal effects on ecosystems. Recently, increasing concerns have been raised regarding the effects of global warming and associated heavy rain on inland water ecosystems. In this special issue, seven articles are presented from scientific researches on the impacts of heavy rain induced flooding on the Ozegahara mire ecosystem performed at the 4 th Scientific Research of Ozegahra Mire (2017-2019). I hope that the present seven articles contribute to a deeper understanding of the ecosystem processes in Ozegahara mire under the impacts of flooding.

  • 野原 精一, 村田 智吉, 藤原 英史, 福原 晴夫, 千賀 有希子
    2021 年 82 巻 3 号 p. 151-169
    発行日: 2021/09/25
    公開日: 2022/09/28
    ジャーナル フリー

     尾瀬ヶ原は面積約8 km2の本州最大の泥炭地・高層湿原である。気候変動の湿原への影響を探るため河川水位などの洪水情報と地形情報から湿原における洪水の影響を明らかにすることを目的に研究を実施した。河川の水位(2016 ~ 2017年)は2016年秋の大雨による洪水で上ノ大堀川の河川水位7 m以上に達し上田代は冠水し,2017年融雪時に上昇して上ノ大堀川で約2 mとなった。上田代周辺では融雪時に地表水位は0.2 mであったが,研究見本園では1.6 mの地表水位があり,冬季の積雪下にも多くの水で覆われた。研究見本園では春先の気温が高い時に融雪し度々積雪下で地表の水位上昇がみられた。2018年3月上旬には池溏KA1-08では水位上昇があり,表層水や地下水の流入が多くみられた。池溏KA1-04では中央部に早い融雪が見られ,地下水の流入が大きいと考えられた。2019年5月にも融雪洪水が発生し,上田代の池溏は滝のような流れを受け,池溏底質の洗堀や湿原への流出が観察された。洪水前後に粒度分析を行った結果,洪水後の池溏には数μmの非常に小さな球形無機粒子があり,水深1 mの深さより深い池溏はしばらく濁った。直後にUAVの空撮によって詳細な濁りの分布が明らかになった。上田代の表層から0.9 m深に無機成分の多い層が見られ,過去約1000年前の洪水履歴とみられた。福島原発事故由来の137Csは,中田代で平均5,919 Bq m-2,上田代8,594 Bq m-2で洪水の多い上田代では流域からの流入により放射能が増加したと考えられた。

  • 福原 晴夫, 木村 直哉, 永坂 正夫, 野原 精一
    2021 年 82 巻 3 号 p. 171-188
    発行日: 2021/09/25
    公開日: 2022/09/28
    ジャーナル フリー

     尾瀬ヶ原は標高約1400 mに位置し,長さ6 km,幅2 km,面積7.6 km2の本州最大の高層湿原である。尾瀬ヶ原では近年洪水の頻度が増し,池溏に氾濫水が流入する状況が起こっている。そこで,尾瀬ヶ原上田代の12池溏において,2019年10月に岸辺水生無脊椎動物のタモ網による時間単位採集を行い,洪水の影響を検討した。最近の洪水(2019年5月20 ~ 21日,累加雨量84 mm)による池溏の濁り状態の目視観察やドロ-ン映像,池溏の標高,魚類の侵入状況から,12池溏を洪水影響小(OFPool),洪水影響大(FFPool)に分けた。調査池溏には27分類群が出現した。OFPoolには25分類群,FFPoolには26分類群が出現し,差はなかった。各分類群の採集個体数の平均はミズダニ類を除いてFFPoolで少なく,総採集個体数(ササラダニ類を除く)とハエ目採集個体数で有意に少なかった。ササラダニ類もFFPoolで少ない傾向を示した。ハエ目の中ではユスリカ科の採集個体数が,特にモンユスリカ亜科の採集個体数がFFPoolで少なく,洪水は本亜科に大きな影響を与えたと推定される。生体量にはハエ目を除いて有意な差は認められなかった。キイロマツモムシ,ケヨソイカ属の一種,セトトビケラ属の一種 はFFPool での出現池溏が少なかった。氾濫水は池溏の岸辺を攪乱し,動物そのものの流失や動物の付着した枯葉や藻類,菌類の流失を引き起こし,岸辺水生無脊椎動物個体数を低下させた可能性がある。また洪水によって池溏に侵入した魚類の捕食圧の増加も個体数の低下を引き起こしている可能性がある。

  • 永坂 正夫, 福原 晴夫, 高野 典礼, 藤原 英史
    2021 年 82 巻 3 号 p. 189-201
    発行日: 2021/09/25
    公開日: 2022/09/28
    ジャーナル フリー

     ヒツジグサ(Nymphaea tetragona Georgi)とオゼコウホネ(Nuphar pumila (Timm) DC. var. ozeensis H. Hara)は尾瀬ヶ原湿原の池溏に生育する代表的な浮葉植物である。2017年8月に上田代の40池溏で水生植物の分布を調査し,1970年代以降のヒツジグサの分布拡大とオゼコウホネの減少傾向が現在も継続していることを確認した。以前よりヒツジグサは池溏内で特異な分布を示すことが知られており,それが生じる要因を明らかにするため,2018年8月に上田代の3池溏においてヒツジグサの生育状態と底質環境を調査した。ヒツジグサが全面に分布する池溏では,岸部と中央部でヒツジグサの浮葉の被度,浮葉の密度には違いは見られず,池底に堆積している腐植泥の厚さ,採取した底泥の繊維含量,灰分率,全リン量にも差は見られなかった。しかし岸寄りの周縁部でヒツジグサの分布がみられないへりなし型と呼ばれる池溏では,周縁部と中央部で堆積している腐植泥の厚さが異なり,中央部に向かってヒツジグサの浮葉の密度か被度のいずれか,葉身のサイズは増大し,底泥コア0 ~ 10 cm層の全リン量,灰分率は中央部において高かった。へりなし型の分布は,その周縁部のヒツジグサの生育が底泥の肥沃度によって制限されて生じる可能性が示唆された。

  • 帆苅 信, 朴 虎東
    2021 年 82 巻 3 号 p. 203-217
    発行日: 2021/09/25
    公開日: 2022/09/28
    ジャーナル フリー

     尾瀬ヶ原上田代の4池溏において2018年と2019年に枝角類の調査を行った。その結果8属8種の枝角類が確認され,Diaphanosoma brachyurumがどの池溏でも個体群密度が高かった。池溏間における出現種は類似性が高く,融雪洪水による枝角類の休眠卵拡散の可能性が示唆された。一方,枝角類の出現時期や個体群密度は池溏による差や年変動が大きく,尾瀬ヶ原の池溏は多様な環境を保持しつつも安定しない環境であることも示唆された。
     洪水で魚類が侵入したと思われる池溏の中には極端に動物プランクトンの個体群密度が低い池溏がみられた。枝角類にとっては魚類の池溏への侵入は,枝角類に壊滅的な影響を与えている可能性が推察された。

  • 山本 俊昭, 藤原 英史, 萩原 富司, 野原 精一
    2021 年 82 巻 3 号 p. 219-226
    発行日: 2021/09/25
    公開日: 2022/09/28
    ジャーナル フリー

     尾瀬ヶ原を流れる本流域と平水時に隔離されている下ヨサク沢に生息するイワナの遺伝的特性を明らかにするため,本流域の集団と隔離された集団(下ヨサク沢)からサンプリングした計35尾のミトコンドリアDNAのcytochrome b領域およびマイクロサテライト領域の解析を行った。ミトコンドリアDNAのcytochrome b領域を調べた結果,両集団ともパプロタイプは1つのみであり,これまで北関東地域の集団で見られるハプロタイプであることが確認された。また,隔離された集団は本流域の集団に比べ遺伝的多様性が低く,遺伝的分化も認められたことから,2つの集団間の遺伝的交流は極めて低いことが示唆された。

  • 千賀 有希子, 熊崎 悠一, 成岡 知佳, 福原 晴夫, 野原 精一
    2021 年 82 巻 3 号 p. 227-238
    発行日: 2021/09/25
    公開日: 2022/09/28
    ジャーナル フリー

     泥炭湿原に形成される池溏中の水系腐植物質(AHS)は,重要な炭素構成物質である。池溏のAHS動態を把握するために,尾瀬ヶ原における39カ所の池溏の表層水を2015年と2016年の8月に採水し,AHSの量と質の測定を行った。溶存有機物(DOM)とAHS濃度の平均値は,それぞれ6.9 mg-C L-1,5.0 mg-C L-1であり,DOMに占めるAHSの割合は約70 %であった。EEM-PARAFAC法により,AHS様成分が2つ検出された;Oze-1(Ex/Em = < 252, 336/485 nm),Oze-2(Ex/Em = < 252, 309/406 nm)。AHS濃度とOze-1と-2の蛍光強度は2015年よりも2016年の方が有意に高かったが,DOCに占めるAHSの割合とOze-1/Oze-2比に差はみられなかった。池溏のAHSの供給と消失は平衡状態にあると考えられる。また,AHS濃度,Oze-1と-2の蛍光強度は,電気伝導度および一般生菌数と正の相関が得られ,AHSは池溏の主要な溶存物質であり,バクテリアの重要な栄養源であることが示唆された。さらにこれらの値は,池溏面積/周囲長比に正の相関を示し,溶存酸素,面積,周囲長に負の相関を示した。池溏におけるAHSは泥炭を介して湿原水とともに池溏内に浸出し,大きな池溏ほど太陽光による光酸化分解を受け消失すると考えられる。このような供給と消失過程が尾瀬ヶ原池溏のAHS動態を特徴付けていると推察された。

  • 重田 遙, 中山 絹子, 八島 未和, 犬伏 和之, 坂本 充
    2021 年 82 巻 3 号 p. 239-256
    発行日: 2021/09/25
    公開日: 2022/09/28
    ジャーナル フリー

     第4次尾瀬総合学術調査の一環として,尾瀬ヶ原泥炭土壌の物理・化学的性状と窒素代謝の調査が尾瀬湿原の39地点で行われた(2017年7月 ~ 2018年8月)。泥炭土壌はほぼ水飽和状態に近く,弱酸性で,NH4+,NO3-量の多い土壌は脱窒活性が高かった。河川流路に近いバンクホロー複合体の湿原凹地では,土壌の可給態リン量が多い湿原にヤチヤナギが高密度に分布すると共に,NO3-量,窒素代謝活性と酸化還元電位の変化が水位変化と密に関連していた。湿原凹地におけるヤチヤナギ窒素固定活動の詳細調査により,ヤチヤナギの窒素固定量と樹高の間に有意な相関関係が見出された。これら調査結果の検討により,河川洪水に伴う湿原凹地へのリン供給が,尾瀬ヶ原のヤチヤナギ窒素固定活動の活性化とヤチヤナギ増殖を招いたと推論した。今後,河川洪水に伴う尾瀬ヶ原湿原へのリン供給過程と,その供給がヤチヤナギの根圏窒素固定活動とその繁殖および尾瀬ヶ原生態系の窒素循環に及ぼす影響について,更に詳細な調査研究が必要とされる。

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