1962年に輸入されて以来上野動物園で飼育中のアフリカ, ケニヤ産, 牝, 4才のチンパンジーが, その後, 毎年春から夏にかけて皮膚病を発症したが, その原因は不明で, 治療効果もなかつた.1964年に至つて著者らはringwormを疑い, 真菌学的検査を行なつた結果Trichophyton simiiに原因するものであることを認めた.
病変は略円形 (径約0.5-1cm) で, 被毛の生えた全身各部の皮膚の至る所に発生した.病変部は殆んど被毛が喪失し, Wood灯下蛍光陰性, 病変材料の直接鏡検では, 分岐する有隔壁の菌糸が痂皮内に認められた.
本病の治療は微粒子griseofulvinの経口投与によつた.本剤を最初2週間は20mg/kg, 以後4週間は10mg/kgを投与した結果完治した.
抗生物質添加選択分離培地の使用によつて病変材料から繰り返し分離された菌株についてのSabouraud葡萄糖培地, Wort agar, 及びCornmeal dextroseagar上の肉眼的顕微鏡的形態を記載した.
モルモットへの感染実験では, 感染は主として痂皮内に認められたが, 少数の被毛に, ectothrixに小型のarthrosporesからなるsheathsもしくは連鎖の形成も.認められた.
1964年, 米国ジョージア州Public Healthi ServiceのCommunicable Disease CenterのGeorg博士に本菌株を送つたところ, 本菌株は単独ではcleistotheciaを形成しないが, Arthroderma simiiの “-” の単一子嚢胞子菌株 (IMI-101695) との交叉においてcleistotheciaを形成することが認められた.また英国Commonwealth Mycological InstituteのStockdale博士にも同時に本菌株を送付した結果, IMI-101695菌株との交叉試験において, 全く同様の成績を得たことが確認された.
なお、このアフリカ産チンパンジーは直接日本へ輸入されて以来, インド産の各種の猿と接触する機会が全くなかつたものである.従つて.Simiiの地理的分布については更に調査する必要がある.
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