シンポジウム「What are the effects of environment and epigenetics in cognitive development of children ?」は,4 名のシンポジストが講演し,それぞれの発表について活発な討論が行われた。S- Y Bhang らは,アジア圏では初めての胎児性アルコール症候群(FAS)の疫学調査を韓国で行った。はじめに FAS の病態について,動物実験と臨床報告から概説し,児に与える広範で深刻な影響について発表した。自験例として 12 歳の男児について詳しく報告した。この男児は当初 ADHD(注意欠陥多動性障害)と診断されるような症状を示し,知的障害,小頭症,成長遅延を伴っていた。疫学調査では,7,785 名の学童を対象に身体的ならびに神経精神医学的検査によって 0.28%に FAS が見られたのに対して,知的障害を伴うハイリスク児童 87 名では 14.9%にみられたと報告した。この罹患率は,韓国よりも女性のアルコール摂取がより一般的と考えられる欧米での結果と同程度であり,FAS に対するより一層の認識がアジア諸国でも必要であると強調した。Y. Kim らは,内分泌かく乱物質や重金属の胎内暴露が,児の認知機能の発達に与える影響を概観し,特に bisphenol A,フタル酸,カドミウム,水銀の影響を詳しく紹介した。彼らは動物実験によって,bisphenol A がヒストンのメチル化を通じてエピジェネティクスに影響を与えて認知機能の発達を阻害すること,特に NMDA 受容体とエストロジェン受容体に影響を及ぼし,脳の性分化や神経再生の異常をきたすことを明らかにした。脳の性分化に関してはフタル酸がエストロジェン受容体の遺伝子発現に与える影響が重要と報告した。特にカドミウムは酸化ストレスを促進することによって,自閉症などの発達障害をもたらす可能性を強調した。久保田らは,DNA 配列に影響しないで遺伝子発現に影響を与えるというエピジェネティクスの特徴は,環境と遺伝をつなぐキーの役目をしている可能性を,豊富な具体例を挙げながら概説した。どのような環境要因がエピジェネティクスに関係しているか,また,エピジェネティクスは可逆的な過程であるので,発達障害の中には治療可能な後天性(獲得性)の疾患もありうることを提示した。さらにこういった獲得性のエピジェネティックな変化は世代をこえて受け継がれることを指摘した。最後に,Xuらは脳の性分化が精神疾患の発症にいかに関わるかについて,環境物質の関与を想定した動物実験の結果からまとめた。自閉症と ADHD に代表される発達障害は,男性に圧倒的に多いことは広く知られているが,その理由はいまだによくわかっていない。一方で内分泌かく乱物質はオスのメス化 feminization をきたすことから有名になった物質である。この関連について,Xu らは bisphenol A の胎内暴露(ラットでは出生前後にあたる)が行動上でオスのメス化をきたすこと,その認知発達の様相は発達障害のそれに似ており,それにはエストロジェン受容体α(ERα)の遺伝子発現の異常が関係している可能性を,動物実験で明らかにした。以上の 4 演題についてシンポジウム会場で活発な討論が行われた。それぞれの講演内容のより詳しい Synopsis を以下に示す。
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