日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
選択された号の論文の337件中151~200を表示しています
発表要旨
  • 田中 靖, 八反地 剛, 山下 久美子, 古市 剛久, 土志田 正二
    セッションID: P196
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    山口県防府市の剣川流域で2009年に発生した豪雨による崩壊イベントを対象として,LiDAR 1-m DEMを用いた崩壊発生状況の解析を行った。解析には浸透流解析などの雨水流出モデル(水文モデル)と斜面安定解析にもとづく崩壊危険度評価モデル(斜面安定モデル)を組み合わせた,降雨による表層崩壊の予測に有効な物理的経験モデルの一つであるSHALSTAB (Dietrich et al., 2001) を用いた。

    LiDAR 1-m DEMとSHALSTABを用いれば,土層厚や透水係数の空間分布といった,崩壊発生プロセスを検討するのに重要ではあるが手に入れることが難しいデータがなくても,少ない仮定値(パラメータ)で相対的な危険度をある程度評価することが可能である。一方,このような解析を行う際には,勾配や流域面積といった基本的な地形量や,実験室で測定する透水係数の値が,評価に大きな影響を与える。しかし,個々の崩壊地におけるこれらの値の適切な取得方法については確立されておらず,理論・観測両面からの研究を進める必要がある。

    例えば,今回の検討において実験室で測定した透水係数は,このような流域全体の水文環境を考える上での透水係数とは一桁程度合わず,そのままSHALSTABのようなモデルに使うには注意が必要であった。そこで,同様の問題を指摘している内田ほか(2009)で示されている,水文観測データから計算により推定された飽和透水係数を参考に透水量係数Tを設定し,その結果を2009年の崩壊発生分布データから得られる値を用いて検証したところ,崩壊の発生状況を降水量の視点からよく再現することができた(図1)。

    このようにして得られた結果にもとづき,この流域の表層崩壊の危険度評価マップとなり得るものを作成した。その結果,地形学的に従来定性的に崩壊発生可能性が高いと予想される領域を,定量的に降水量と結び付けて抽出・可視化することができた(田中ほか 2020)。

    文献

    Dietrich et al., 2001. In: Wigmosta and Burges (Eds.), Land Use and Watersheds: Human influence on hydrology and geomorphology in urban and forest areas, Water Science and Application 2, AGU, 195-227.

    内田ほか 2009. 砂防学会誌,62(1), 23-31.

    田中ほか 2020. 地域学研究,33,(印刷中).

    謝辞:LiDAR 1-m DEMデータは,国土交通省中国地方整備局山口河川国道事務所より提供頂いた。本研究は科学研究費基盤研究B (19H01371),基盤研究C(課題番号16K01214)の助成を受けて実施した。

  • 若林 芳樹
    セッションID: 907
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    第29回国際地図学会議(ICC2019)東京大会では,三つの特別セッションが設けられたが,その一つは,2018年2月に亡くなったカリフォルニア大学サンタバーバラ校のWaldo Tobler名誉教授を追悼する集会であった.これには,ESRI社のAileen Buckley, ICA会長Menno-Jan Kraak, ICA副会長でチューリヒ大学教授Sara Fabrikant, ICAの次期会長で元米国統計局のTimothy Trainor, ミシガン大学時代のToblerの弟子でオハイオ州立大名誉教授Harold Moelleringの4名が登壇し,Toblerの業績とその意義を語るパネルディスカッション形式で進められた.

    Toblerの業績については,すでにいくつかの著書でまとまった紹介がなされており,地図学・地理情報科学分野の雑誌には追悼記事が掲載されている.また,USCBのウェブサイトでは彼の業績一覧が閲覧できる.本稿では,これらの資料を手がかりにして,地図学・地理情報科学におけるToblerの足跡をたどりつつ,当該分野で継承すべき遺産とは何かを考えてみたい.

    地理学における計量革命の拠点となったワシントン大学に入学したToblerは,1961年に「地理的空間の地図変換」と題した論文で博士の学位を取得した.その内容は,時間や費用など様々な距離測度を用いた地図の変換方法や,地図投影法を微分方程式で定式化してその応用の仕方を述べたものであった.その後のToblerは,新たな地図投影法やカルトグラムの技法の開発によって地図学分野に広く知られるようになるが,その延長で考案されたのが地図の歪みを視覚化して計測する2次元回帰分析である.その手法は,古地図の計測のほか,古代遺跡の集落パターン分析などに応用されており,使用されたコンピュータプログラムの多くが公開されている.

    一連の成果を生み出したミシガン大学時代のToblerは,解析地図学という講義を開講していた.1976年の論文によると,それは地図作成過程に隠れた理論的・数理的規則を明らかにする分野として構想されていたことがわかる.解析地図学のアイディアには,地理情報科学の理論的基礎となるものが多く含まれており,その後はMoelleringらによって継承されてGISの設計や地理空間データの標準化などにもつながっている.また,Toblerが最初に発表した1959年の論文は,コンピュータによる地図作成に関する先駆的業績でもあった.その続編にあたる1965年の論文では,より具体的な自動化のための課題の一つとして,地図データの符号化(ジオコーディング)が挙げられていた.ジオコーディングの様々な方法を検討する中で,Peter Gouldと一緒に行った緯度・経度を宛名にした葉書を送る“実験“は,目的に合わせた地理参照の使い分けのための教訓を提供している.

    地理学分野でToblerは,計量革命のパイオニアの一人として知られているが,彼の名声を高めたのは,1970年の論文で言及した「地理学第一法則」によってである.デトロイトの人口分布シミュレーションの結果を動画地図で表現することをテーマにしたその論文中に登場する「全てのものは他の全てのものと関連するが,近いものほど強く関連し合う」という警句は,空間的自己相関という空間データ特有の性質に地理学者の目を向けさせることになる.そして標本の独立性という統計的手法の前提に反するその性質は,GISの発達とともに,空間データ独自の分析手法(ローカルな自己相関統計や地理的加重回帰分析)の開発につながっている.

    地理学第一法則はまた,空間内挿や平滑化によって離散的な空間データから連続的なデータを作り出す根拠を与えている.それはToblerが手がけた人口統計の研究の中で,人口移動の流れをベクトル場として視覚的に表現する方法や,世界の人口分布を詳細なグリッド単位で推計する全球人口プロジェクトなどにつながっている.このように,Toblerの考案した手法はデータ形式さえ合えばどんな対象にも応用できる汎用性の高いものであったが,とくに彼の関心は人文社会現象への数理的手法の応用に向けられていた.

    以上のように,Toblerの仕事は地図学,地理情報科学,地理学にまたがる数多くの遺産をもたらしている.地図学から出発しながら,コンピュータ時代を先取りしてGISの理論的基礎を築くとともに,地理学における理論面での貢献も計り知れないものがある.数理的手法に依拠した彼の研究スタイルは終始一貫しており,それによって生み出された独創的な研究成果は,技術の進歩や社会の変化を超越した普遍性をもっているといえる.

  • 吉野 裕
    セッションID: P150
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1 はじめに 2011年3月に発生した東北地方太平洋沖地震は、1.9万人もの死者を出すなどの深刻な被害をもたらした。宮城県ではその約半数の人的被害が生じ、中でも石巻市は同県最多の死者・行方不明者を出す惨事に直面した。本研究では漁村が連なる同市北上町の祭礼文化の現況を報告する。 

    2 北上町の祭礼文化 2000年頃の北上町では以下の祭礼文化a)〜c)がみられ、住民たちはその継承のために保存会を組織していた。だが、東日本大震災の折にこれらの団体も被災し、祭礼文化継承の危機に陥った。

    a)法印神楽 法印(修験)が世襲的に伝えてきた神楽で、記紀神話を題材とする。北上町には本吉法印神楽と女川法印神楽の舞手が居住し、それぞれ本吉法印神楽保存会(北上町追波釣石神社)と女川法印神楽保存会(同町女川大山祇神社)を組織し、2019年現在も南三陸町・石巻市内の神社の祭礼でこれを奉納している。

    b)南部神楽 近世期以降、庶民がa)をもとに創作したとされる神楽である。2011年以前は3つの保存会があったが、被災後は1団体のみが活動している。

    c)獅子舞 魔を祓うとされる獅子舞で、2011年以前には15の保存会がこれを継承していた。2019年現在、11団体が活動中である。

    東日本大震災後、北上町ではc)の保存会が早期に活動を再開したが、一部の神楽は継承が困難になっている。それは、後者が舞台・衣装などの数多の祭礼道具を必要とすることや、その舞手に記紀神話に関する知識や優れた音感・身体能力が要求され、後継者の育成に相当の時間を要することによる。

    3 祭礼文化の継承を促す保存会間の関係性 東日本大震災以降も北上町の法印神楽の舞手たちが活動を継続し得た理由とは何か。その説明に先立ち、ここでは事例とした本吉法印神楽保存会と女川法印神楽保存会の位置づけについて述べておきたい。千葉(2000)は宮城県の法印神楽の特徴を詳細に、また各保存会の略歴や、保存会間の技術指導、および舞手や祭礼道具の支援状況等について簡潔に報告したものである。これを参考に、近世期以降、各保存会がどの団体に支援を行っていたかを示す地図を作成した。その結果、本吉法印神楽保存会・女川法印神楽保存会が宮城県北部に存在する多くの保存会に対し、直接的・間接的に上記の支援を行い、「法印神楽文化圏」の継承を促していたことが判明した。2011年3月、巨大な津波は北上町追波にも到達し、釣石神社に保管中の本吉法印神楽保存会の祭礼道具一式を押し流し、これを流失させた。被災を免れた女川法印神楽保存会は2019年までの約8年間、神楽面などの祭礼道具を本吉法印神楽保存会に貸与し、その活動を支えた。実は、この両団体の協力関係は昭和期には既に成立していた。昭和50年頃、本吉法印神楽保存会は後継者不足に陥ると、女川法印神楽保存会に舞手を派遣するよう協力を求めた。これを契機に両団体は組織を徐々に一体化させていき、昭和60年頃には合同で神楽を奉納するようになる。東日本大震災前、両団体は南三陸町・石巻市内の16カ所で法印神楽を奉納しており、その活動範囲は東西・南北ともに約20kmの広域に及んだ。だが、被災後は6カ所で①高齢化と人口流出による過疎化の影響で人手が不足し、祭礼の準備すらままならない、②地域経済が疲弊し、住民たちが祭典費用を捻出できない状態が続いており、法印神楽の奉納を中止している。

    4 おわりに 法印神楽文化圏と本吉法印神楽保存会・女川法印神楽保存会の事例より、祭礼文化は周辺地域からの支援がなければ、その継承が困難になることが明らかになった。この点から、被災地において祭礼文化を長期的に継承していくには、「ある集落の祭礼文化は類似した祭礼を行う他集落からの支援を得てはじめて存続できる。よって、将来的に自らの祭礼文化の継承が困難になった時に、類似した祭礼文化をもつ他集落から協力を得て、自分たちの祭礼文化の存続を図ることは歴史的な文脈からみても決して誤ったことではない」という考え方を浸透させることが重要になるのではなかろうか。

    千葉雄市(2000):宮城県の民俗芸能(1)法印神楽.東北歴史博物館研究紀要1,17-59.

    本吉郡誌編纂委員会編(1949):『本吉郡誌』本吉郡町村長會.

  • 奥山 加蘭
    セッションID: 702
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    日本では近年,多くの地震が発生しているが地震発生の時期や規模を正確にことは困難である.一方地震は繰り返し起こるとされており,過去の地震の被害状況を復元することは今後の防災を講ずる上で重要な情報となる.昭和19年東南海地震は戦時中に発生した地震であり,詳細な公的記録がほとんど残っていない.そこで本研究では数少ない地震体験者に体験談や資料を収集することで昭和19年東南海地震の被害状況をできるだけ詳細に明らかにし復元することを目的とする.またどうしてそのような被害が出たのかを地形条件と対応させて分析する.

  • 増山 篤
    セッションID: 905
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    地理学において、活動機会への近づきやすさを意味する「アクセシビリティ」は、重要な概念である。そして、近づきやすさの程度を評価するさまざまなアクセシビリティ指標(Accessibility Measure, 以下AM)がこれまでに提案されている。

    アクセシビリティは、いくつかの次元によって規定されるが、その重要な一つに、個人の時間的制約がある。その重要性ゆえ、計量地理学や地理情報科学では、時間的制約を考慮に入れたさまざまな「時空間アクセシビリティ指標」(Space-Time Accessibility Measure、以下STAM)が提案されてきた。

    さまざまなSTAMがあるものの、その多くは、個人の意思決定プロセスを考慮しておらず、行動理論的基盤を欠いている。例外として、Miller (1999) によって定式化されたログサム型STAMがある。具体的に言うと、MillerのSTAMは、ランダム効用理論に基づき、時空間制約下での選択行動は多項ロジットモデルにしたがうという仮定から導かれる。

    MillerによるSTAMは、異なる意味でも、理論的に好ましい性質を有する。Weibull (1976) は、AMには自然に満たすべき性質があると論じ、それらを公理として挙げている。MillerのSTAMは、Weibullによる公理をすべて満たす。

    二つの意味で理論的には優れているものの、MillerのSTAMは実用性に欠いている。具体的には、選択行動データからパラメータ推定を実行することが極めて困難である。この難点は、効用関数および選択肢集合に関する仮定に由来する。特に、非線形効用関数の仮定によるところが大きい。

    MMの抱える難点に鑑み、本発表者は、線型効用関数を仮定し、かつ、どの活動機会も訪れないという選択肢を導入することで、MillerのSTAMと同様の理論的利点を持ちながら、なおかつ、パラメータ推定が容易なSTAMを定式化した(Masuyama, 2020)。また、ケーススタディを通じて、その有用性・妥当性を示した。しかし、そこで仮定されている意思決定過程は検討の余地を残している。

    先に定式化したSTAMでは、どの活動機会も訪れないという選択肢も、いずれかの活動機会を訪れるという選択肢も同列に並べて比較するという(多項ロジットモデル型の)選択行動が仮定されている。しかし、段階的な選択行動を仮定する方が現実的であるようにも思われる。具体的には、まずは、いずれかの活動機会を訪れるかどうか選択し、そして、どこかを訪れると選択した場合には、行き先となる活動機会を選択する、と仮定する方が妥当だとも考えられる。

    この研究では、ネスティドロジットモデルにしたがう段階的意思決定を仮定した場合の期待最大効用に相当するSTAMを導出した。このSTAMも、ランダム効用理論に基づくものであり、したがって、Millerや本発表者によるSTAMと同様の行動理論的基盤を持つ。また、本発表者が先に導出したSTAMと非常に似た式形で与えられ、そのことから容易に示されるように、WeibullによるAMの公理をすべて満たす。そして、既存の統計パッケージを使って、パラメータ推定を実行することができる。さらに、仮想的な時間的制約下でどのような行動をとるかを回答させるアンケート調査を実施し、そこで得られたデータ(SPデータ)を用いて、ネスティドロジットモデルに基づくSTAMのパラメータを推定するケーススタディを実行した。その結果は、この研究で導いたSTAMの妥当性を示唆するパラメータ推定値が得られた

  • 畑中 健一郎, 陸 斉, 須賀 丈
    セッションID: P113
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     生物多様性の保全とその持続的な利活用は、住民の生活・生産環境の保全をはじめ観光振興や伝統文化の保全等地方自治体のさまざまな施策に深く関係している。長野県では、2012年に生物多様性基本法に基づく生物多様性地域戦略として「生物多様性ながの県戦略」を策定し、以後これに基づいて各種施策を推進してきたが、市町村レベルでの取組はあまり進んでおらず、生物多様性地域戦略の策定もごく一部の市町村に留まっている。生物多様性は地域ごとに状況が異なるため、その保全と利活用についても地域に根ざした取組が必要であり、市町村や市民団体による取組の推進が期待される。そこで、長野県内市町村における生物多様性保全に対する認識や取組状況を把握し、今後の施策検討に必要なデータを得ることを目的にアンケートを実施したので、その結果を報告する。

    2.調査方法

     アンケートは2019年10月から11月にかけて実施した。質問票は長野県庁自然保護課から県内全77市町村(19市、23町、35村)の自然保護担当課へ電子メールに添付して配布した。回答は電子メールまたはファックスで受け付け、回収率は100%であった。

     質問内容は、生物多様性の現状等に対する認識、生物多様性保全のために実施した事業や実施する上での課題、生物多様性地域戦略の策定検討状況等全11問である。

    3.調査結果の概要

    3.1 生物多様性の現状認識

     各市町村内の生物多様性の現状を「豊かだと思う」と回答した市町村は55%であった。一方、10年前と比較して生物多様性が「貧弱になった」と回答した市町村が31%あり、生物多様性は豊かではあるが劣化しつつあるとの認識をもつ市町村が一定程度存在していると考えられた。

     また、生物多様性が地域資源として「重視されていると思う」と回答した市町村は49%であったが、生物多様性が「豊かだと思う」と回答した市町村ほど回答率が高い傾向がみられた。

    3.2 保全対策と課題

     生物多様性の保全上とくに問題となっていることとして「外来種の増加」を挙げた市町村が57%でもっとも多かった。また、生物多様性の保全のために行政が重点的に取り組むべきこととして、「外来種の駆除」を挙げた市町村が64%であった。実際に実施した事業としても48%の市町村が「外来種の駆除」を挙げており、市町村レベルでは外来種への対応に苦慮している状況が推察された。

     一方で、実施した事業が「とくにない」と回答した市町村が21%あったが、内訳は市0%、町17%、村34%であり、規模の小さな自治体ほど事業が実施されていない現状が明らかとなった。

     市町村が生物多様性を保全する上で優先的に解決すべき課題としては、「人員不足」を挙げた市町村が56%でもっとも多く、次いで「予算的な問題」が44%であった。

    3.3 地域戦略の策定検討状況

     生物多様性地域戦略を策定済みの市町村は4%、策定予定が1%であり、これらはすべて市であった。生物多様性地域戦略の必要性については、「必要」と回答した市町村が30%であったが、内訳は市53%、町22%、村23%であり、とくに町村において生物多様性地域戦略の必要性すらあまり認識されていない現状が明らかとなった。

    4.おわりに

     長野県は全国的にみれば自然豊かな県と評されることが多く、それを目当てとする観光客や移住者も多い。アンケートでも多くの市町村において生物多様性が豊かであると自認され、それらが地域資源として活用されている状況が推察された。しかし、保全の取組については、外来種以外の対策はあまり実施されておらず、予算や人員の不足が影響していると考えられた。

     長野県には規模の小さな自治体が多く、生物多様性の保全までは手が回っていない状況が推察される。今後も“豊かな”生物多様性の恵みを享受し続けるためには、複数市町村による広域的な取組など、保全体制の構築が今後の課題である。

  • Dissanayake DMSLB, MORIMOTO Takehiro
    セッションID: 903
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー
  • 栗林 梓
    セッションID: 406
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ はじめに

     高等教育の拡大によって,日本でも2人に1人が学生(注1)を経験する時代となった.学生の増加は,単に大学に所属するものの増加を意味するだけではない.大学への進学を契機に学生の半数は親元を離れ,新たな空間に住まう.また,親元から離れて暮らすものもそうでないものも,4年間という時間の中で新たな学生生活を経験する.

     こうした中で,学生は空間に働きかける1つの行為主体として考えられるようになってきた.特に英語圏では,行為主体としての学生を重要視する分野としてstudent geographies(学生の地理学)という分野が台頭し始めている(Holt and Riley 2013).その中でも,Smith(2002)は世界的な高等教育の拡大に伴う都市空間の変容のプロセスを概念化するためにstudentificaiton(ステューデンティフィケーション:以下ST)の語を提唱した.中澤(2017)によればSTは特定地域における学生人口の集中的な増加によってもたらされる社会的・文化的・経済的・物理的な都市空間の変容を示す語だという.当該語句のもとイギリスを中心として世界的に実証的な研究が行われている.

     さらに,近年では学生人口の減少による都市空間の変容を示すde-studentification(脱ステューデンティフィケーション:以下DST)の語も提唱されている.ただし,イギリスにおいてはDSTは,まだ顕著にみられていないと指摘されている (Kinton et.al. 2016).しかし,少子化に伴う学生人口の減少や,大学の都心回帰,といった日本の文脈を踏まえるならば,DSTに関する先駆的な実証研究の蓄積が期待される(中澤 2017).学生の増加に伴って供給されてきた学生マンション(注2)もこうした文脈の中で転機を迎えていると考えられる.

    Ⅱ 研究方法

     本研究の目的は,大学の立地から撤退という時間軸を通じて,学生マンションの需給関係に着目しながら,STおよびDSTのプロセスについて解明することである.これは,「大学の撤退から派生する問題」(中澤2017)に対する学生の地理学からの応答である.また,需要側のニーズの変化と供給側の対応を解明するというマンションの地理学的研究の課題(久保2010)に対する都市地理学からの応答でもある.

     対象地域は京都府京田辺市に設定した.京田辺市には1986年に2大学が立地したが,2013年の両大学の一部学部の撤退により学生が約7,000人減少した.これに伴って京田辺市内で暮らす学生も減少することとなった.学部撤退前の人口に占める学生の割合は全国の市区町村で2番目の高さであった(2010年国勢調査).

     学生マンションの立地と物件情報を把握するための資料として,大学生協および斡旋業者4社の物件掲載リストを用いた.また,学生マンションの供給プロセスや大学の撤退による住宅市場への影響,学生の需要の変化などを把握するために,同志社大学総務課,京田辺市建設部計画交通課,開発指導課,市民部市民参画課,同志社生協,斡旋業者4社,学生マンションの家主8名に聞き取り調査を行った.

    Ⅲ 結果

    結果は以下2点に要約される.

    (1)日本の大都市圏郊外におけるSTは地方圏から大都市圏への学生の流入と大都市圏都心部における法的な大学の立地規制が同時的に進行したことにより惹起した.京田辺市では大学や駅,都市機能の近さといった学生の需要と都市構造を反映して進行した.

    (2)日本の大都市圏郊外におけるDSTは大都市圏都心部における大学立地の規制緩和によって,大学の都心回帰が進行したことにより惹起した.京田辺市においては,学生人口の減少によって学生マンションの供給過剰に拍車がかかり,物件の空室率が高まったことや学生の居住様式が高級化したことが,家主や斡旋業者の経営戦略に影響を与えていた.京田辺市において学生マンションの家賃の下落に歯止めがかかり,空室率が改善された要因には,①家主や斡旋業者による社会人入居者の募集(dual marketing)②家賃の下落に伴う通学生の下宿生化③京都府南部における企業立地と物流拠点化による人口流入,の3点があった.

    1)本研究では学校基本法第九条に定められた大学に所属するものを指す.ただし,短期大学生は本研究の対象から除いた.

    2)学生マンションの定義は我孫子他(1997)に従い,学生が入居することを前提とするマンションと定義する.我孫子他(1997)では,学生アパートの語が当てられているが,現地の大学や各斡旋業者,家主らも学生マンションの語を多用しており,本研究では便宜的に学生向けの共同住宅のことを学生マンションと定義する.

  • 成田 憲二, 石沢 真貴, 林 武司
    セッションID: P157
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

    江戸時代に漆器産業が確立して以来、日本各地に漆器産地が成立し、それに伴い原料となる漆生産のためのウルシ植林が盛んに行われてきた。昭和に入り社会環境の変化に伴う漆器生産の衰退による漆需要の減少と中国産原料におされ漆生産量も急激に減少したが、近年、文化財修復に伴い安定的な国産漆の供給体制を確立する動きが高まってきたことに加え、工芸品としての価値が見直され全国各地での漆器生産が復興しつつあるのに伴い、ウルシ植林の機運も高まっている。

    秋田県南東部に位置する湯沢市稲川地区では、江戸期より川連漆器が生産されていたが、需要の低迷や生産者の減少などによりその生産は低迷していた。近年、国による伝統工芸品の再評価を受け,秋田県,湯沢市の支援事業等により人材育成や商品開発,海外販路の開拓などに取り組んでいる。その中で、漆器生産者自身により漆の生産を行う活動が始まり、稲川地区2ヶ所においてウルシの植林も試験的に行われている。ウルシ植林には、その生態学的特性の理解と周囲の土地利用形態を考慮した適正な生産・管理が必要である。伝統工芸品の生産が長年続いた地域は、利用植物に応じた独特の資源利用空間による景観特徴を持つため、既存の生産地に見られる景観的特徴を客観的に把握しデータ化した上で植林場所や方法を検討する必要がある。

    本研究では,秋田県稲川地区におけるウルシ生産地としての諸特性を把握した上で、今後の漆生産の可能性を評価し、その基礎資料作成することを目的として,ウルシ原木の現状把握を行った。

    2.研究方法

    秋田県湯沢市・稲川地区内のうち多数のウルシ個体が認められる大沢地区において、2018年〜2020年にかけて毎木調査を行なった。調査地全域を踏査し発見した全てのウルシ木について、位置、個体サイズ(直径、樹高)を測定し、個体の状況について観察を行なった。

    これらの実測データに加えて、国土地理院の1940年代及び70年代の空中写真画像データ、数値標高データ, GoogleMaps等の空間地理情報を取得し、GIS(QGIS 3.4)によってウルシ個体群の空間分布と地形や土地利用の変遷などとの関係について分析した。

    3.結果・考察

    調査地である稲川・大沢地区を踏査した結果、175個体(成木126個体、稚樹49個体)のウルシ個体を確認した。ウルシ個体はそのほとんどが農道または畑の境界に植えられたものであり、面的に植林されたものは存在しなかった。個体群は大きく成長した老齢と思われる個体で構成され、また腐朽が進んだりツル植物に覆われた個体が目立った。新規加入個体は一部の大径木からの出根による無性繁殖による可能性が高い事が推察された。

  • 古田 昇, 布川 麻衣, 富永 憲志, 黒田 收, 小笠原 理佳
    セッションID: 139
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    徳島県立海部高校と数年前から協働している、ICTを用いた遠隔配信と高校へ出向いての出張講義、アクティブラーニングと現地研修のフィールドワークを組み合わせて、効果的に生徒に、防災教育と、減災への意識向上、身の回りの地形環境から防災を考える知恵、持続可能な暮らしを支えてきた、地域の先人たちの知恵を、どのように読み取り、今後に利活用するのかを、小規模校で、教科担任の教員をすべての教科について配置できない、遠隔地小規模校での取り組みについて、平成27年度、平成30年度、令和元年度と断続的に古田が協働してきた知見から報告する。さらに、令和元年度、高知県立檮原高校からの依頼を受け、現地研修のフィールドワーク方式の出張講義を行い、中山間地に暮らす生徒に対して、新たな視点からの防災・ESD教育を現地で直接先人たちの遺産である棚田景観や住居構造、河川と集落、灌漑の知恵などを一緒に考える授業の報告を行う。また、数年後の新課程地理総合における、授業方法の試行のとりくみにもふれる。

  • 久保 純子, 高橋 虎之介
    セッションID: 711
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1. はじめに

     東京低地に位置し、隅田川と荒川に囲まれる足立区千住地区は洪水に対し脆弱な地域と考えられる。高橋は卒業研究で千住地区を対象として、避難所である小中学校の災害発生時の対応準備状況を調査していたところ、2019年10月の台風19号の接近で実際に避難所が開設され、多くの住民が避難した。このため、避難所の運営等についても事後に聞き取り調査を行った。これらをもとに千住地区の避難所に関する課題を検討した。

    2. 足立区千住地区の特色

     足立区の人口は2019年1月時点で688,512人で、このうち千住地区の人口は76,690人である(足立区による)。国道4号線(日光街道)やJR常磐線、東武、京成、東京メトロなどが通り、中心部には北千住駅がある。

     千住地区の標高は堤防を除き全域が2m以下で、東半分はゼロメートル地帯である。足立区ハザードマップによれば、千住地区は荒川が氾濫した場合(想定最大規模)、ほとんどが深さ3m以上浸水し、浸水継続期間はほぼ全域で2週間以上とされる。

    3. 千住地区の避難所

     足立区地域防災計画(2017年)によれば、千住地区の避難所(一次避難所)は小学校6校、中学校3校の計9箇所であるが、このうち1校は現在改築中で使用できない。

     ハザードマップによれば、「家屋倒壊等氾濫危険区域」に含まれる場合は避難所を開設しないことになっている。このため、避難所として使用可能なのは9校中4校で、それらも浸水のため3階以上または4階以上のみ使用可能、とされている。

     区域内の9校のうち小学校3校と中学校2校を訪問し、責任者の副校長先生にインタビューを行った。その結果、5校のうち避難所開設の経験があったのは1校、収容人数はいずれも把握しておらず、備蓄倉庫は1階または2階にあり、また荒川氾濫時に避難所として使えないことを知らないという回答も2校あった。鍵の受け渡しについての取り決めが不明、という回答も1校あった。

    4. 201910月台風19号における対応

     10月12日に荒川の水位上昇で区内全域に避難勧告が出された結果、区内全域で33,154人、千住地区で4,997人が避難所へ避難した。計画では避難所は4校のみであったが実際は改築中を含む9校すべて開設され、さらに高校や大学等も避難者を受け入れた(足立区による)。

     2019年11月に地区内の小学校で避難所訓練があり、参加者へ当時の状況についてインタビューを行った。その結果、区の職員、町会、学校の間の連携がうまくいかなかったこと、スペースや毛布等の物資が足りなかったこと、避難者の集中のため受け入れを締め切ったこと等の問題点があげられた。

    5. 課題

     地域防災計画における受け入れ可能人数は9校で計8,922人であるが、これは地震時を想定したもので洪水時は4校3,755人で、実際は1・2階が浸水するためさらに少なくなる。2018年の区のアンケート調査では洪水時に「近くの学校や公共施設に避難する」が21%、区外(広域)避難を答えたのは6%にすぎなかった。住民の2割としても約15,000人が避難所へ向かう計算となり、収容人数の4倍以上である。廊下や教室すべてを使用して1人あたり1m2としても全く足りず、既存の高層建物への受け入れルールを作成する必要がある。

  • 佐藤 彩子
    セッションID: 409
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    本報告の目的は,国内周辺地域の1つである福岡県筑豊地域を対象に,そこで働く特別養護老人ホーム(以下,特養)介護職員の職業経歴と就業特性の検討を通して,彼らの介護サービス産業への定着過程を解明することにある。

     2015年の男性完全失業率において県平均(9.7%)を超えるのは筑豊地域内の8市町村のみで,女性完全失業率でも宮若市を除く筑豊地域で県平均(4.3%)を上回る。また,赤村と直方市を除く筑豊地域でシングルマザー世帯率が県平均(8.8%)を上回る(『平成27年国勢調査』)。したがって,筑豊地域の労働市場は他地域と比べて求職者,特に女性にとって不利な状況にある。しかしながら,後述するように既婚男性やシングルマザーの就業が多くみられる。このことは介護サービス産業が当該地域で生活を送る上で重要な雇用機会を提供していることを意味するが,彼らがどのような経緯でこの産業で就業するようになったのか,どのようなプロセスを経てこの産業に定着したのかは解明されていない。

     以上から,筑豊地域の特養18施設の介護職員32人に対し2019年8〜11月にインタビューを行った。男性14人中「既婚(子あり)」が8人(57.1%),女性18人中「シングルマザー」が7人(38.9%)と最も多い。また既婚男性11人全員が筑豊地域出身者であり,うち20〜30代の他地域他産業就業経験者は1人であるのに対し,シングルマザー7人中2人は筑豊地域外出身者であり,7人全員に他地域他産業就業経験があり40代以降に介護サービス産業で就業し始めた者が大半である。これを踏まえ,以下ではインタビュイーを(1)既婚男性,(2)筑豊地域外出身のシングルマザー,(3)筑豊地域内出身のシングルマザーに区分し,代表的な事例から介護サービス産業への定着プロセスを考察する。

    (1)既婚男性:K氏

     K氏は32歳で6歳の娘を持つ飯塚市出身の同市居住者である。高校3年時に父親から,ある病院が行うヘルパー講座受講と同病院への就職を紹介され,同講座を受講したが,法人の事情により内定取消となった。高校卒業後は自宅近くのラーメン屋等でアルバイトをし,半年後にユニット型特養(飯塚市)に就職した。これまでユニット間異動を3回経験し,24歳でフロアリーダーに,28歳で主任に昇進した。娘のためにも現在の安定した職を失うわけにはいかず,筑豊地域から転出する予定はない。

    (2)筑豊地域外出身のシングルマザー:N氏

     N氏は福岡市出身の嘉麻市居住の46歳である。高校卒業後,自宅近くの飲食店等でアルバイトをした。30歳で中間市居住の男性と結婚し31歳で娘を出産し,娘が1歳の頃に離婚した。離婚後,中間市役所から,嘉麻市内の住居と保育園が併設された母子生活支援施設を紹介され入居した。入居後は同法人内の特養(嘉麻市)で調理員として勤務し,その後,同特養で介護職員として勤務している。嘉麻市に留まるのは,母子生活支援施設を中心とした友人・知人のネットワークが存在するためである。同法人に16年勤務し他の職員より高い給与を得ているため,現職場を離れる予定はない。

    (3)筑豊地域内出身のシングルマザー:I氏

     I氏は飯塚市出身の同市居住の57歳である。経理専門学校卒業後,親の紹介で司法書士事務所a(飯塚市)に正規職員就職した。その後,友人の母親の飲食店でアルバイトをするが,ここを退職したのは前職で知り合った法務局勤務の男性から臨時職員の誘いを受けたためである。法務局臨時職員として就職し1年後,司法書士事務所b(飯塚市)に非正規職員就職し3年後,寿退社した。結婚後は夫の住む行橋市に引越し専業主婦となるが,ある日,市報でヘルパー講座の案内を見つけ受講した。受講後,通所介護事業所(行橋市)にパート勤務したが,勤務中の交通事故が原因で退職した。その後,離婚し,母親の紹介により45歳で現職場(飯塚市)に正規職員就職した。現職場で定年(60歳)まで勤務する予定である。

     以上からわかることは,第1に既婚男性は20代までに地元に広がるインフォーマルなネットワークをもとに就職し,昇進を重ね,安定した身分と収入を得ながら筑豊地域内で家族を形成し定住していること,第2に筑豊地域外出身のシングルマザーは母子生活支援施設への入居により仕事と住居,保育園を同時に確保し,そこで築いたネットワークが筑豊地域内での定住を可能にしていること,第3に筑豊地域内出身のシングルマザーは離婚やヘルパー講座受講を契機にインフォーマルなネットワークをもとに介護職員として就業し始め,安定した身分と収入を得ながら定住していることである。したがって,インフォーマルなネットワークが既婚男性やシングルマザーの就職や生活を安定したものにし,それが労働市場の劣悪な筑豊地域で介護サービス人材として定着できている要因だと考える。

  • 安達 寛
    セッションID: 536
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    発表者は、地理学出身のボ−リング技術者として、サンゴ礁域でさまざまなサンプリング装置の開発と掘削技術の開発に携わってきた。地形研究者だった経験、その後のボ−リング技術者として経験が、発表者の学術ボーリング装置の開発に大きな影響をもたらしたといえる。サンゴ礁地域以外でも、学術ボーリングを目的とした国内外の固結・未固結物の掘削とサンプリングの要望に応えてきた。発表では、30年間に開発した機材と掘削技術を紹介したい。

  • 村山 良之, 小田 隆史, 佐藤 健, 桜井 愛子, 北浦 早苗, 加賀谷 碧
    セッションID: 131
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1 はじめに

     学校防災や地域防災の基盤として,当該地域の「地形」を理解し想定外も含むハザードマップの読図が求められる。防災のための最低限の地形の知識と,伝えるための取組が求められている。

     発表者らは,先に石巻市教委防災主任研修会で「学校区の地形に基づく災害リスクの理解」のためのワークショップを行い,報告した(村山他,2019)。より短時間のワークショップを,酒田市教委防災教育研修会で実践する機会を得た。本発表は,その内容について報告し,防災のための地形ミニマム・エッセンシャルズとその方法について,さらに検討するものである。ワークショップは石巻での実践を基に,酒田化し,一部簡略化した。

    2 ワークショップの準備:地形と地図群その他

     洪水と土砂災害を想定し,地形要素として,山地・丘陵地については,傾斜の大小と崖および谷線,低地については微高地(自然堤防,砂丘)と後背湿地や旧河道を選択した。

     使用した地図群は以下のとおり。①作業用基図として,電子地形図25000に国土数値情報の小中学区境界を重ねた,中学校区の地図。縮尺1/1〜2万。②治水地形分類図(地理院地図)。③酒田市の土砂災害と洪水のハザードマップ(同市ウェブサイト)。他に,緊急避難場所リスト,ポストイット,カラーシール類,個人用ワークシートを使用した。ワークシートは,「酒田市学校防災マニュアル作成ハンドブック」の冒頭頁「学校と学区の現状」に対応しており,その改善を期待して設計された。

     市内の小中学校全29校のうち1校欠席,各校1名(1校のみ2名)参加(合計29名)で,7つの中学校区ごとにグループワークを行った。与えられた時間は,全体で約60分である。

    3 ワークショップのプロセス

     目的が明瞭になるよう,タイトルを「防災マニュアルのさらなる改善に向けて−地形に基づく災害リスクの理解−」とした。①地形図を読み取るための

    ポイントを知る:方位,縮尺,地図記号,等高線(混み合ってるところとあまりないところ),崖記号,谷。②微地形の理解を深めるために地形分類図の使用が有効なことを知る:低地部の微高地(自然堤防,砂丘等),後背湿地,旧河道。以上はミニレクチャー。③学区の地形を読み取る(グループワーク):地図記号で小中学校の位置を確認し,シールを貼りながら自己紹介。方位と縮尺(モノサシ),山と低地を確認し,崖,微高地,旧河道等にポストイット。④ハザードマップを読み取るためのポイントを知る:土砂災害の種類と発生場所,浸水域や浸水深の分布について,ハザードマップと地形(微地形)の関連について,ミニレクチャー。⑤学区のハザードマップと地形図との関係を読み取る(グループワーク):起こりうる災害を確認して,その種類と場所をシール,ポストイット貼り付け。⁶学区の緊急避難場所と地形との関係を理解する(グループ,個人ワーク):緊急避難場所にシールを貼り,地形の特徴を踏まえて,ワークシートに記入。⑦研修のまとめ:地形をふまえたハザードマップ読図法。

    4 おわりに

     匿名の事後アンケート(下の表)によると,短時間のワークショップながらその成果は認められるが,課題も明瞭である。コメント(自由記入)は,おおむね肯定的ながら,地震や津波への期待も提示された。近く宮城県内での計画等があり,改善を重ねてこの取組を広めたい。

  • Liu Fei
    セッションID: 902
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー
  • 佐藤 善輝
    セッションID: P181
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     宮川平野は伊勢湾南西岸に位置する沖積平野で,宮川や五十鈴川などによって形成されたデルタタイプである.この平野の沖積層に関しては,これまで川瀬(2012)などの研究があり,沖積基底礫層や開析谷の分布が推定されている.しかしながら,年代資料が不足していて沖積層の詳しい堆積過程は明らかになっておらず,後氷期の海水準変動との関連は十分に理解されていない.このような問題点をふまえ,本研究では沖積層を貫くボーリングコア試料を新たに採取し,年代資料と層相観察から当該平野における沖積層の堆積過程について考察した.

    2.方法

     川瀬(2012)に基づき,沖積層が最も厚くなると推定される平野南端部の堤間湿地(標高1.52 m T.P.)において,掘削深度60 mのコア試料(GS-ISE-1’コア)を採取した.コアの層相観察とともに,含泥率測定,火山灰分析,14C年代測定,珪藻化石分析を行った.

    3.沖積層のユニット区分

     GS-ISE-1’コアで確認された沖積層は,下位から順に,以下のユニット1〜6に細分できる.

     ユニット1(標高−39.20〜−58.48 m)は亜円礫を含む砂礫層で,礫質河川堆積物であると解釈される.ユニット最上部から得られた年代測定値から10.6ka以前に堆積したと推定され,沖積基底礫層であると解釈される.

     ユニット2(深度−29.70〜−39.20 m)は淘汰不良のシルト混じり細粒〜中粒砂からなり,10.1〜10.5ka頃に堆積したと推定される.ヤマトシジミや潮間帯干潟に特徴的な珪藻化石を多く産出することから,河川最下流部の塩性湿地堆積物と推定される.また,標高−35.44 mには鬱陵隠岐テフラ(10,177–10,255 cal BP;Smith et al., 2013)が挟在する.

     ユニット3(標高−17.91〜−29.70 m)は貝化石混じりの泥質堆積物からなり,7.5〜10.5ka頃に堆積したと推定される.Cyclotella striataなどの内湾あるいは外洋に特徴的な珪藻化石を多産することから,プロデルタ堆積物であると解釈される.

     ユニット4(標高−6.98〜−17.91 m)は淘汰の良いシルト質極細粒砂〜細粒砂からなり,マッドクラストが多く混入する.標高−16.94 mにK-Ahテフラ(7.3ka)が挟在し,14C年代値から5.8〜7.5kaに堆積したと推定される.顕著な上方粗粒化傾向を示すことから,本ユニットはデルタフロント堆積物であると考えられ,波浪の影響を受けて堆積したデルタフロントスロープ堆積物である可能性が高い.

     ユニット5(標高−0.07〜−6.98 m)は細粒砂を主体とするものの,ユニット4に比べて淘汰が悪く,中粒砂以上の粒径の粗粒堆積物や有機物が多く混じる.また,貝化石をほとんど含まない.掘削地点が堤間湿地に位置していることを考慮すると,本ユニットはデルタフロントプラットフォームにおける浜提構成堆積物と推定され,5.8ka以降に堆積したと考えられる.

     ユニット6(標高1.52〜−0.07 m):有機質シルトからなり,堤間湿地堆積物と推定される.標高1.35 m以浅は埋土である.

    4.考察

     干潟堆積物と推定されるユニット2の年代測定値とU-Okiテフラ層準から,宮川平野では10.1〜10.5ka頃にかけて海水準が標高−30 mから−37mに上昇したことが示唆される.これは東京低地で示された海水準変動(田辺ほか,2012)とほぼ一致しており,宮川平野周辺における地殻変動量が小さいことを示す.また,濃尾平野などと比較すると,プロデルタ堆積物(ユニット3)の堆積速度が大きく,デルタフロント堆積物(ユニット4)の堆積開始時期も早い.これは掘削地点が平野南端に位置するため,支流や丘陵からの局所的な土砂供給の影響を受けやすかったことに起因する可能性がある.

    引用文献

    川瀬久美子(2012)愛媛大学教育学部紀要,59,179–186.

    Smith, V.C. et al. (2013) QSR, 67, 121-137.

    田辺 晋ほか(2012)地質学雑誌,118,1–19.

  • 石原 武志, 冨樫 聡, 内田 洋平, 神宮司 元治, 須藤 明徳, 宮田 弘幸, 加藤 邦康
    セッションID: P183
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1. はじめに

    地中熱ヒートポンプ(GSHP)システムは,地下浅部(100m程度)に存在する熱(地中熱)を熱源として冷暖房や融雪などを行う再生可能エネルギーの利用形態の一つで,日本での導入が近年増えつつある(環境省,2015).GSHPシステムの設計にあたっては,事前に原位置において熱応答試験を行い,地点の見かけ熱伝導率(地盤の有効熱伝導率と地下水流れによる熱移流効果が合成された熱伝導率:以下λ)を測定する調査が重要であるが,試験のコストや簡易性などの点に課題がある.神宮司ほか(2002,2010)は,土木建設の事前調査で行われる標準貫入試験時に掘削される地質調査孔を用いた簡易熱応答試験を考案し,本試験によってコスト削減や試験の簡易性を実現できるとした.

    産総研と福島県地中熱利用技術開発有限責任事業組合(ふくしま地中熱LLP)は,神宮司ほか(2010)に基づく簡易熱応答試験の実証評価と標準化を目的として,2018年度に福島県中通り地域を中心とした15地点(福島市,郡山市,須賀川市など)において簡易熱応答試験と従来型熱応答試験を実施した.本発表では,簡易熱応答試験で得られたλについて,岩相ごとにλ値の傾向をまとめるとともに,各地点のλ平均値と地形・地質との関係について考察する.

    2. 調査方法: 簡易熱応答試験

     15地点において,掘削した地質調査孔(孔径66 mm,深度50 m,ノンコア)内に設置したボーリングロッドを水で充填した後,バインドされた長さ50 mのケーブルヒーターと多点温度センサー(1 m間隔,51点)を挿入し,定電力出力装置を用いて20 W/mで加熱した.加熱時間は48時間以上,加熱停止後の温度回復時間は60時間以上で,その間の温度データを取得した.加熱時の温度グラフから作図法によってλ値を求め,掘削時のスライム試料から推定された地下地質情報に基づき,地質(岩相)ごとにλ値を分類して整理した.

    3. 岩相ごとの見かけ熱伝導率

     図1 に礫層,砂層,泥層(シルト・粘土),凝灰岩,花崗岩のλ分布を示す.各岩相のλ値のピークは,礫層が1.6,次いで2.0-2.1 [W/(m・k)],砂層が1.4 [W/(m・k)],泥層と凝灰岩が1.2 [W/(m・k)],花崗岩が3.1 [W/(m・k)]であった.これらの値は文献値(地中熱利用促進協会,2014)と概ね調和的である.各岩相の度数分布は,正規分布に近い形状を呈するが,全体的にやや右に凸の傾向がみられる.これは,地下水流れの影響を強く受けた地層でλ値が大きくなっているためと考えられる.帯水層となる礫層はλ値分布が右に凸になる傾向が顕著である.また,花崗岩でλ≧3.4の頻度が突出しているのは,亀裂内を地下水が流れていることを示している可能性がある.

    4. 試験地の見かけ熱伝導率平均値と地形・地質との関係

    15地点の深度別λの平均値をそれぞれとると,4地点がλ≧2.5,4地点がλ<1.5を示し,残りの7地点が1.5≧λ>2.5であった.λ≧2.5の地点は,①阿武隈山地と②福島盆地の扇状地に位置する.①は花崗岩の熱伝導率に由来し,②は活発な地下水流れの影響に(熱移流効果)によってλが上昇していると考えられる.λ<1.5の地点は深度10-20 m付近から凝灰岩(白河火砕流堆積物)が厚く分布する段丘や谷底平野にあたる.λ値が低い要因は,凝灰岩のλ値に由来すると推定される.中間的な値を示した地点は,地形・地質条件が様々であるため,条件の組み合わせを個別に評価する必要がある.

    今後は,従来型熱応答試験で得られたλ値と比較し,簡易熱応答試験の有効性を検証する.また,福島県内の他地域でも同試験を実施中であり,2020年度までに県内のλデータの蓄積を目指す.

    文献地中熱利用促進協会 2014. 地中熱ヒートポンプシステム 施工管理マニュアル.173p. 神宮司ほか 2002. 地熱学会誌 24: 349-356. 神宮司ほか 2010. 地熱学会誌 32, 185-191. 環境省 2015. 地中熱利用にあたってのガイドライン.154p.

  • 堀 健彦
    セッションID: P147
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    現在の徳島県海陽町宍喰に残されている「宍喰浦荒図面」は,1854年南海地震の被害を描いた絵図である。絵図には,地震・津波による被害程度についての絵画的な描写や浸水深についての文字記載がなされており,歴史地震に関する資料として極めて興味深い。

    本資料を含む『震潮記』は,宍喰浦の元組頭庄屋であった田井久左衛門が作成したものである。井若ほか(2007)は,「『震潮記』を基に安政南海地震・津波について,宍喰における余震の特性,数値計算に基づく当時の津波の再現を行い,当地における南海地震・津波について考察した」包括的な研究を行っている。しかしながら,猪井ほか(1982)の翻刻に付された簡略な図に基づいて「宍喰浦荒図面」を論じており,宍喰浦における浸水深の再現図として示された図も,浸水深は3段階で分けられているのみである。よって,宍喰浦市街地のスケールでの検討が課題として残されている。

    「宍喰浦荒図面」では,宍喰川と考えられる水色に彩色された水面らしき描写と「大海」と記される太平洋および海岸沿いに広がる植物群らしきものの描写によって画される形で,宍喰浦の街路と家屋が絵画的に描かれている。

    絵図では,浸水深が文字で記されており,宍喰川に近い「田井久左衛門」家が最も深い「坐上四尺」となっている。

    絵図に描かれた街路は現在の宍喰浦で比定できる。東西街路である南町,本町,鍛治町,寺町の各通りの比定は容易である。南北街路である八幡馬場筋,往還筋の比定は容易だが,往還筋よりも東側の南北道路の比定はやや難しい。

    そこで,絵図で描かれている家数,現地での極めて細い街路などから判断して,比定案を作成した。

    検討により,明らかになったのは,以下の点である。

    「宍喰浦荒図面」は,組頭庄屋クラスの人間が宍喰浦で情報を収集し,被害状況を観察した上で描かれたものであり,居宅の近隣や社会的に近しい家についての被害を,より詳細に描いている絵図である。

    被害書き上げのような文字資料とも対比することが可能であり,信頼性が高い資料と評価できる。

    絵図の凡例からみて,「流家」→「潰家疼み潰家同断」→「潮入家」→「無難家」という尺度で津波被害を評価し,描き分けている。

    津波による建築物の被害は,寺院や組頭庄屋クラスの建物の場合,周囲の被害状況から想定される被害程度よりも,軽くなっており,社会的階層と被災との関係を示している。

    宍喰浦に隣接する「松本」や「三反田」については,地名が記されて,「一面潮入」と書かれる。宍喰浦の東北部に位置する「松原」に相当する位置には潮入の文言はみられないものの,「松本」等と類似した絵画的な表現がなされている。絵図の被害記載と現在の標高からみて,宍喰川を遡上する形で到達した津波が最も市街地に大きな被害をもたらしたが,近隣の「三反田」や「松本」,「松原」といった地区を越える形でも,津波が宍喰浦に到達したと考えられる。

  • 後藤 拓也
    セッションID: 313
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    日本では1990年代以降,農業の担い手不足や耕作放棄地問題が深刻化している.それらの農業・農村問題に対処すべく2000年代から進んでいる「企業の農業参入」は,日本の農業地域に少なからぬ影響を与えている.とくに近年,企業が大規模施設を設立して野菜栽培を行う「植物工場」による農業参入が,全国的に拡大している.このような植物工場に関しては,農学分野からの研究が圧倒的に多く,地理学など社会科学分野からの研究は少ない.数少ない地理学研究である柏木(2019)は,植物工場のうち人工光型植物工場に焦点を当て,都市近郊に立地する2社の事例分析から,植物工場による野菜生産の特徴を検討した.また後藤(2019)は,全国に立地する植物工場390施設をデータベース化し,その分布傾向・経営主体・営農品目の特徴を地理学的な視点から明らかにしている.

     植物工場の進出が地域に与える影響は,担い手不足や農地問題が最も深刻な中山間地域(とくに山間地域)でより大きくなると推察される.しかし,日本でどれほどの植物工場が中山間地域に進出し,それが地域農業をどのように変容させているのかは未だに検討されていない.よって本研究では,全国の植物工場390施設のデータをもとに,1.日本における植物工場の立地動向と経営主体,2.中山間地域における植物工場の進出実態,3.植物工場の進出に伴う中山間地域農業の変容,という三点を地理学的な視点から考察する.

     すでに後藤(2019)で示したように,植物工場の立地状況には地域性が認められる.例えば,東日本大震災で被災した農業の復興手段として植物工場を重視する宮城県や福島県,企業の農業参入が盛んな北海道や大分県,さらに野菜生産に不利な気候条件を持つ新潟県や沖縄県などには多くの植物工場が立地している.総じて,2010年代の植物工場の立地動向には,地方圏へのシフトが看取される.しかし,全国の植物工場390施設の立地動向を農業地域類型別にみると,中山間地域に立地する植物工場は120施設(全体の30.8%)と決して多くない.しかも,そのうち山間地域に立地するのは20施設(同5.1%)であり,条件不利地域への植物工場の進出が遅れていることが分かる.さらに,これら植物工場390施設の経営主体をみると,営利法人による直接参入が172施設(全体の44.1%),営利法人が出資する農地所有適格法人による参入が95施設(同24.4%)と,全施設の68.5%の設立に営利法人が関与している.このことから,植物工場の立地展開を「企業の農業参入」という視点から捉えることは妥当と判断できる.

     本研究では,全国でも早い時期から植物工場の誘致を進め,地域農業に大きな変化がみられる二つの中山間地域(山梨県北杜市,高知県三原村)を対象に,植物工場の立地が地域農業に与えた影響について詳細な報告を行いたい.

  • 山形 えり奈, 小寺 浩二, 猪狩 彬寛, 矢巻 剛
    セッションID: P162
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ はじめに

     福島県、宮城県を流下する阿武隈川は、高度経済成長期における人為的汚濁負荷の発生を受け、水質改善の必要性が指摘され、近年大きく回復しているものの、依然として清澄とはいいがたい。水質改善の一助となることを目的として、流域の最新の実態を得るべく本流および支流の水質調査を行った。

    Ⅱ 研究方法

     2019年10月から12月にかけて3回の現地調査を行った。調査地点は本流支流を合わせ、1回目60地点、2回目54地点、3回目37地点である。現地では気温、水温、pH、RpH、EC(電気伝導度)を測定した。

    Ⅲ 結果と考察

     本流のECは、流下に従ってわずかに上昇傾向がみられる(図1)。逢瀬川の合流後である阿久津橋や摺上川の合流後である大正橋のように、合流する支流のECによって本流のECが上下するとみられる地点もあるが、比較的流量のある社川および白石川の合流では本流は大きな影響を受けていない。その他にも支流の合流と無関係に本流のECが増減する地点があり、おそらく付近の工場・生活雑排水などの点源汚染や田畑などからの面源汚染が原因と推察する。

     一方、支流のECは、変動が大きい地点と小さい地点の二極化がある(図2)。中でも、中流域の逢瀬川および東根川はECが高値かつ変動係数が高い地点である。前者は建物用地が多く分布し、人口密度の大きい郡山市を流下する都市型河川で、生活雑排水の混入がEC高値の原因と考えられ、後者は桃を代表とするフルーツ栽培が盛んな地域を流下する農村型河川で、施肥による水質汚濁がECに影響を与えていると疑われるが、原因の特定には至っていない。土地利用との比較から、ECが人口密度と土地利用に大いに関係がある可能性を示唆する。

     また、当該流域は2020年10月に台風19号(Hagibis)により大きな被害を受けたが、今回の調査結果では水質に対するその影響を検討することはできなかった。

    Ⅳ おわりに

     ECは水中のイオンの総量を測定しているため、水質汚濁の指標になるが、海水や温泉水なども高値となる。今回ECの結果のみを検討したが、より正確に汚濁の程度を知ることが出来るTOCを測定し、さらに人口密度や土地利用などとの相関を分析すべきと考える。ECと人口密度および土地利用との関連性については、その仮説が当てはまらない地点も存在する(たとえば、福島市内を流下する荒川)。水質とその違いを生む原因を明らかにするため、主要溶存成分を含めさらなる分析を行うとともに、当該流域の季節変化も合わせて検討するため、調査を継続して行っていく予定である。

    参考文献

    中村玄正, 佐藤洋一, 牧瀬統(1999):阿武隈川における水質特性に関する一考察, 日本大学工学部紀要, 40-2, 15-2.

  • 富田 啓介, 高田 雅之, 太田 貴大
    セッションID: 934
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     日本には数多くの湿地が存在する。それらは各地の自然環境を特徴づけるだけでなく、社会に各種の生態系サービスをもたらす重要な環境である。日本の湿地の多くが面積的に小規模である。環境庁自然保護局(1995)は、日本の湿地2,196カ所のうち10ha未満が58.5%としたが、ここに含まれないより小規模な湿地も西日本を中心に多く存在する。さて、人の活動を主要因として、世界的に湿地の減少や環境の劣化が確認されている。この中で、特に周囲環境の影響を受けやすいのがこのような小規模湿地であり、その対策は急務である。現在、日本において小規模湿地の保全の担い手はその存在する地域に居住する人々からなる保全団体であることが多い。

     本発表では、こうした小規模湿地の保全団体に注目し、1)地域社会との関わりからその成り立ちと特徴を明らかにするとともに、2)小規模湿地がもたらす生態系サービスが、その活動によりどのように維持・増大されているかを明らかにする。

    2.対象と方法

     日本国内の小規模湿地(面積が概ね10ha未満)の保全を行う9団体(北海道3、千葉1、静岡1、愛知1、滋賀1、広島1、長崎1)の代表者・会員や関係者から、活動内容や保全の成果等について聞き取りを実施するか、一部の団体では会の発行物やウェブサイト等からそれらの内容を把握した。調査は2018年9月から2019年12月に実施した。

     なお、調査を行った団体が保全する湿地は、いずれも希少な生物の生息地として保全上の重要性が認識されている場所であるが、その自然タイプと立地は限定してない。また、天然記念物等の法的担保のある自然保護区である場合と、そうでない場合とがある。

    3.結果と考察

    (1)小規模湿地を対象とした保全団体の特徴

     保全団体は、湿地の自然タイプに関わらず、保全対象が会の設立に先立ち公的な保護区になっている「保護指定先行型」と、団体設立により保護が目指される「団体設立先行型」に類別された。「保護指定先行型」では、湿地所在自治体との委託ないし協働関係が団体設立当初からあり、湿地の生態学的価値は活動当初からある程度明らかであった。一方、「団体設立先行型」は、保全活動を継続する中で自治体との関わりが生まれ、湿地の価値もその中で明らかになってゆくケースが多かった。ただし、「保護指定先行型」においても、近隣住民が個人的に調査・観察を行っていたことを基礎として保護指定に結び付いたケースがあった。

     また団体は、保護対象が特定湿地に絞られる「特化型」と、地域全体の自然環境保全を行う中で湿地保全を活動に組み入れた「編入型」にも類別された。会員数は「特化型」に比べて「編入型」が多い傾向にあったが、いずれも湿地近隣の住民が中心であった。

     団体の活動費は、会員からの会費、行政からの委託金や補助金、地域の企業や個人からの寄付金などから賄われており、資金面でも地域社会との関わりが強く表れていた。

    (2)小規模湿地の生態系サービスと保全団体による維持・増大

     小規模湿地はもともと生物多様性を育む機能を持つ。この維持ないし再生が保全団体の活動の主たる目的であるが、課題を抱えつつも概ね成果をあげていた。さらに、活動のある湿地では、観察会のような学校/社会教育の場の提供、研究者らを受け入れ協働することによる自然環境研究の促進、団体会員や来訪者の生きがいの創生といった事例が確認された。このことは、保全団体が新たな湿地の生態系サービスを創出し、また、その供給の量や範囲を拡大させていると理解できる。一方で、隣接地を含む地権者や近隣住民との関係、高齢化をはじめとする団体の人的資源の部分を中心に課題を抱えている団体も多く、小規模湿地の生態系サービスを引き出すうえでの障害となっていた。

    文献:

    環境庁自然保護局 1995.第5回自然環境保全基礎調査湿地調査報告書.環境庁.

    本研究は科研費(番号18K11731、小規模湿原の生態系サービスの評価と保全に及ぼす効果)の支援により実施した。

  • 清水 遼, 磯田 弦, 関根 良平, 中谷 友樹
    セッションID: 911
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1. 背景と目的

    日本は今世紀に入り人口減少社会に転じ,農村地域に限らず,多くの都市圏において人口が減少傾向にあると考えられる.そのような中で,都市圏の郊外市町村よりも中心都市に人口が相対的に,集中する傾向にあるといわれている(神田,2019).そのような状況にも関わらず,郊外地域において都市的土地利用(市街地)が未だに拡大しているといわれている(清水,2015).市街地開発の無秩序な進行による「スプロール現象」や空き家,空き地の増加にみられる「都市のスポンジ化」は,行政サービスの効率を低下させ,都市の衰退を招く恐れがある.これは,立地適正化計画を作成し,コンパクトシティを目指している多くの自治体にとって,大きな問題となる.本研究では,中心部と郊外部で構成される都市圏を対象に,人口動態と市街地の評価をクロス集計することによって都市圏の空間構造の変化を明らかにし,またスプロールや低密度化といった都市内に現れる空間特性を定量化する.そして,各類型の特性や一般的な傾向について検討することを目的とする.

    2. 方法

    本研究では,2000年の国勢調査データに基づいて定義された109の大都市雇用圏(金本・徳岡,2002)を対象地域とし,都市圏の空間構造変化を把握するために2000年と2015年の2時点間を基準とした人口データと土地利用データを利用した.人口データに関しては,各都市圏の中心都市と郊外市町村の人口変化率から人口分布の集中,分散を評価する人口動態指標(M)を算出し.土地利用のデータは,国土数値情報の土地利用細分メッシュデータの建物用地に分類されるエリアを市街地と定義し,その面積変化率を都市圏ごとに求め,中心—郊外間の変化比もまた算出した.これらの人口動態と市街化の評価のクロス集計を行うことによって109の都市圏を6つに類型化した.また,各類型に都市の空間特性による一般的な傾向が見られるか検討するために,人口データと土地利用データから分析が可能である,「市街地低密度化指標(PD)」,「市街地スプロール化指標(S)」といった市街地の形態を表す指標と,都市内の環境を評価する「空き家率変化指標(V)」,「自家用車通勤者率変化指標(C)」の計4指標をそれぞれ目的変数とし,類型する際に必要とする各指標群を説明変数とする重回帰分析を行った.

    3. 結果と考察

    空間構造変化による類型化の結果,人口は中心部に集中しているにも関わらず,郊外では市街地の面的な拡大が未だに継続するといった,空間構造の「ミスマッチ」が起こっているとされる「c型」に最も多く分類された.そして,これらの類型によって都市圏内の空間特性を説明できるか検討した結果,①人口の低密度化は,類型によらず進行する.②形態的なスプロール化(スプロール指標の拡大)は,人口減少下にあり市街地が郊外において拡大している都市圏(c型,d型)でより進む.③空き家率は,人口の低密度化が進むなかで中心に人口が集中する都市圏(a型,c型)で増加する傾向にある.④自家用車通勤率は,人口の「郊外化」とは関連せず,人口減少の程度が大きい都市圏で「車社会」が進む傾向にある,といった4つの知見が得られた.

    4. 結論

    日本の多くの都市圏において,市街地の面的拡大は未だ継続している.さらに,c型にみられる空間構造の「ミスマッチ」は,スプロール化とスポンジ化(空き家率の増加)を同時にもたらし,行政サービスの効率化を阻害していることが示唆される.特に市街地の低密度化が進む都市圏で,その傾向が強い.本研究により,空間構造変化による類型によって人口減少社会における都市内に顕在化する問題の程度を評価できる可能性が示された.

    文献

    金本良嗣・徳岡一幸 2002. 日本の都市圏設定基準. 応用地域学研究 7: 1-15.

    神田兵庫 2019. 人口減少下における日本の都市構造の変遷. 東北大学大学院理学研究科修士論文.

    清水裕之 2015. 標準地域3次メッシュを用いた日本の国土の土地利用の変化と人口・世帯変化の観察と類型化—都市的土地利用に着目して—. 都市計画論文集 50-1: 107-117.

  • 佐藤 俊文
    セッションID: 603
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    房総半島の脊梁部に源を有し,東京湾に注ぐ主な河川のうち,湊川は最も西を流れその下流域においては,他の河川とは地質や隆起量など異なる特徴をもつ.この湊川下流域において,ボーリング資料収集,露頭での堆積物調査などを行いそれら資料を整理・分析し,主に最終氷期最大海面低下期以降の地形発達とその発達要因を考察した.この結果,以下のことがわかった.1)湊川下流域には,更新世末の上位面・中位面や,完新世の下位面が分布する.下位面はさらに4面に細区分出来る(下位面(L)-Ⅰ-1, 以下,L-Ⅰ-2,L-Ⅱ-1、L-Ⅱ-2).2)基盤を深く侵食して,大円礫主体の礫層が基底に堆積し,この上位には腐植物を含まない砂層,腐植物や貝殻を含む厚く軟弱なシルト層・砂層が堆積する.これらは最終氷期最大海面低下期〜後氷期海進最大期(縄文海進)のBG以上の堆積物であると考えられ,海進の影響が内陸にもおよんだことがわかった.3)L-Ⅰ-1は元禄型地震によって離水をみた段丘で沼Ⅰ面に対比可能である.以下,L- Ⅱ-2まで計4回の元禄型地震による段丘面の形成があったと考えられる.4)標高約15mの海成の段丘面に続いて内陸の段丘面がみられることから,内陸における地震性隆起量が試算でき,5200calBC以降計4回の元禄型地震の1回当たり隆起量は,概ね1.58〜1.83mである(沈降は考慮してない).5)湊川下流域のL-Ⅰ-2以下の段丘形成は、海退による遷急点の速やかな上流への移動→側方侵食が進み,堆積と蛇行を始める→元禄型地震が発生し蛇行での下刻を進めるという過程が地震ごとに繰り返されることにより形成をみたと考えられる.側方侵食が進むなか、L-Ⅰ-2以下の蛇行帯幅が大きい理由に,内陸域の相対的隆起量が大きい状態が続いたことが推測される.6)以上にみる解明事項など総合して,下流域における流路変遷を把握することができる.

  • 山内 昌和, 小池 司朗, 鎌田 健司, 中川 雅貴
    セッションID: 301
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    研究の目的 低出生率が続く日本の中で東京大都市圏(埼玉県,千葉県,東京都,神奈川県)の出生率はとくに低い.これに関連して山内(2016)は,東京大都市圏の有配偶女性の結婚出生力は非東京大都市圏に比べて低く,その差は構成効果のみでは説明できず,文脈効果が存在することを明らかにした.しかし同研究では,人口移動の影響を分析モデルの中に取り入れていなかった.

    他方,人口移動と結婚出生力の関係を検討した小池(2014)によれば,非三大都市圏から三大都市圏へ移動した有配偶女性の結婚出生力は,出生県と現住県がともに三大都市圏内の場合よりも低いことを指摘した.このため,東京大都市圏の有配偶女性の結婚出生力が非東京大都市圏よりも低いのは,東京大都市圏には移動経験者が多いことの影響である可能性がある.

    以上を踏まえて本報告では,東京大都市圏の結婚出生力が人口移動とどのように関連しているのかについて検討する.

    データと方法 本報告で用いるデータは国立社会保障・人口問題研究所が2016年に実施した第8回人口移動調査の個票である.分析対象は,世帯主ないし世帯主の配偶者であり,夫婦とも初婚の1940-1969年出生コーホートの女性であり,なおかつ使用する変数に欠損がないケースである(ケースの数は12,201).

    分析では,有配偶女性のもつ子ども数を非説明変数とするポワソン回帰モデルを用いて,移動経験の有無を含めて社会人口学的な変数を統制したときに,東京大都市圏と非東京大都市圏との間には有配偶女性のもつ子ども数に差があるのかどうかを検討する.具体的に分析で用いた変数は,説明変数として現住地の都道府県を利用した地域変数(東京大都市圏と非東京大都市圏の2区分),統制変数として出生コーホート(1940-1949年,1950-1959年,1960-1969年の3区分),学歴(中学・高校,専門学校・短大・大学・大学院の2区分),結婚年齢(24歳以下,25-27歳,28-30歳,31歳以上の4区分),移動経験(出身県と現住県が同じ,出身県と現住県が違う(同じ圏域),出身県と現住県が違う(異なる圏域)の3区分)である.

    結果と考察 分析の結果,次の3点が明らかになった.第1に,移動経験を統制しても東京大都市圏の有配偶女性の平均子ども数は非東京大都市圏よりも少なかった.第2に,移動経験の影響は,非東京大都市圏において出身県と現住県が違う(異なる圏域)場合に有配偶女性の平均子ども数を少なくする効果をもつが,東京大都市圏においてはそのような効果はほとんどみられなかった.第3に,東京大都市圏と非東京大都市圏との違いよりも,結婚年齢の違いの方が有配偶女性の平均子ども数に与える影響は大きかった.

    以上の分析結果を踏まえるならば,移動経験の影響を統制した場合でも,東京大都市圏には非東京大都市圏よりも有配偶女性の結婚出生力が低くなるような文脈効果が存在するということになる.これは,東京大都市圏の有配偶女性の結婚出生力が低いのは東京大都市圏居住者に多く含まれる非東京大都市圏出身者の結婚出生力が低いからであるという説明は不十分なものであることを意味する.このことを補完するために追加的な分析を行ったところ,社会人口学的変数を統制した場合には,非東京大都市圏出身で東京大都市圏に居住する有配偶女性よりも東京大都市圏出身で東京大都市圏に居住する有配偶女性の方が結婚出生力は低かった.

    したがって,非東京大都市圏に比べて東京大都市圏の有配偶女性の結婚出生力が低くなるような文脈効果がなぜ生じるのかについてのメカニズムを理解する上では,人口移動以外の要素を考慮する必要があることになる.これについては今後の課題としたい.

    付記

    本研究は,統計法第32条に基づき,国立社会保障・人口問題研究所の一般会計プロジェクト「社会保障・人口問題基本調査 第8回人口移動調査」(代表者:林玲子)の一部として個票を再集計したものである.

    本研究の遂行にあたり,JSPS科研費基盤研究(C)「人口移動が結婚・出生に及ぼす影響に関する地理学的研究」(研究代表者:山内昌和,課題番号:17K01241,研究期間:2017年4月1日-2020年3月31日)の助成を受けた.

    文献

    小池司朗2014. 人口移動が出生力に及ぼす影響に関する仮説の検証-「第7回人口移動調査」データを用いて-.人口問題研究70(1):21-43.

    山内昌和2016. 東京大都市圏に居住する夫婦の最終的な子ども数はなぜ少ないのか—第4回・第5回全国家庭動向調査を用いた人口学的検討—. 人口問題研究72(2):73-98.

  • 齋藤 圭, 猪狩 彬寛, 小寺 浩二, 阿部 泰之, 佐藤 篤来, 常陸 民生
    セッションID: 818
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ はじめに

     急激な都市化および人口増加が進むネパールの首都カトマンズでは、多くの社会・環境問題を抱えている。特に、上水道を中心とした水資源問題や不十分な排水処理による河川や地下水の汚染といった水環境問題については、早急に対応しなければならない課題として、国内外から注目されている(例えば、中村ほか,2014)。しかし、カトマンズ盆地における研究の多くは飲料水に直結する地下水に関するものが多く、河川に関する汚染問題については数少ない。この問題の解明を目指し、法政大学の水文地理学研究室ではネパールの水環境に関する総合的研究として、2020年から2025年にかけてカトマンズ盆地流域を中心とした水環境調査を実施する。そこで本研究では、2020年2月28日から31日かけて行ったにカトマンズ盆地流域での予察調査の結果を基に、カトマンズの都市域の水環境の現状について報告を行う。

    Ⅱ 地域概要

     カトマンズはネパールの中央部に位置する首都で、周辺が山で囲まれた盆地に位置する。周辺の山の平均標高は約2300mで、盆地底部の標高は約1300mである(中村ほか,2014)。盆地の面積は665km2で(Acers International, 2004)、カトマンズの都市域は盆地底部に位置し、その人口は2018年で133万人と見積もられている(UN DATA, 2018)。また、カトマンズの表層地質は更新世の河成・湖成堆積物に覆われており、浅層地下水は雨期の降雨が起源だと言われている(中村ほか,2014)。気候は大きく分けると、5月から9月までが雨季(モンスーン期)、10月から4月までが乾季となり、今回の調査は丁度乾季にあたる。地下水の汚染状況については、主に下水の混入により、硝酸イオンやアンモニアイオンが高濃度を示すことがわかっている(中村ほか,2014)。

    Ⅲ 研究方法

     2020年の2月28日〜31日かけて現地観測と試料採取をし、主要溶存化学成分の分析を行った。現地観測項目は、気温、水温、電気伝導度(Electrical conductivity: EC; HORIBA:LAQUA twinを使用), 水素イオン指数(pH・RpH)を測定した。現地調査時に採水した試料はその日のうちに簡易ろ過し(ADVANTEC製定性ろ紙、孔径5μmを使用)、帰国後にメンブランフィルターにて再度ろ過を行った(ADVANTEC製、孔径0。20μmを使用)。その後、主要化学成分(Na+、K+、Ca2+、Mg2+、Cl,HCO3-、SO42、NO3)と溶存有機炭素(Dissolved organic carbon: DOC)の測定を行った(島津:IC10ADVPおよび島津:TOC−VCSHを使用)。

    Ⅳ おわりに

     本研究プロジェクトは今年夏にも継続調査行う予定である。今後は、ネパールのトリブバン大学とも連携し、カトマンズ盆地流域の水質の1970年代からの長期変動についても考察を検討する。また、カトマンズ盆地全体の水環境を明らかにするには、河川のみならず、地下水の水質についても継続的な調査を行う必要がある。

    中村高志, 西田継, 風間ふたば, 尾坂兼一, Saroj K. Chapagain(2014):ネパール・カトマンズ盆地における浅層地下水の窒素汚染. 日本水文科学会誌, 44(4), 197-206.

    濱田浩美, 中村圭三, 駒井武, 大岡健三, 谷口智雅, 谷地隆, 松本太, 戸田真夏, 松尾宏(2013):ネパール・テライ低地における地下水ヒ素汚染〜乾季と雨季の水質変化〜, 2013年度日本地理学会春季学術大会発表要旨集.

  • 大坪 亮太
    セッションID: 931
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1.研究の背景と目的

     富山県黒部市は,黒部川扇状地の左岸に位置する。黒部市には約750ヶ所の自噴する湧水があり,1985年には黒部川扇状地湧水群が名水百選に選出された。そのことから,黒部市は名水の里とも呼ばれており,水を利用した地域づくりが行われている。

     しかし,古くから黒部市の水が高い評価を受けていたわけではない。1960年代には富山県の神通川流域で発生した,イタイイタイ病が全国的に取り上げられ,世間を震撼させた。黒部市でも,工場からカドミウムが漏れ出し,汚染が発生した。そのほかにも,ダムによる水質汚濁が,度々問題となっている。これらのことから,黒部市の水に対する評価が常に高い状態であったことは考えにくい。そして,黒部市の水の価値は社会情勢や地域の取り組みなどにより変化すると考えられる。本研究では,黒部市における水の価値の変遷を明らかにすることを目的とする。

    2.対象地域と調査方法

     研究対象地域は富山県黒部市である。本研究では,黒部市の水の価値を公平かつ,どの年代も安定して評価しているものとして,地元新聞社の記事を使用した。記事は,富山県立図書館の検索エンジンを使用し,1960年から2018年までを抽出した。検索項目は「水」,「川」,「沢」かつ「黒部」,「(黒部市に合併前の旧町村名)」である。また,抽出した記事の本数や種類,地域行政の取り組みから,Ⅰ期(1960〜1971),Ⅱ期(1972〜1984),Ⅲ期(1985〜1999),Ⅳ期(2000〜2018)に区分を行った。そして,抽出した記事を使用し,テキストマイニングを行った。テキストマイニングとは,文章を単語や文節で区切り,それらの出現の頻度や共出現の相関,出現傾向,時系列などを解析することで,有用な情報を取り出す方法である。

     まず,各時期に,黒部市でどのような出来事が起きていたかを抽出するために,多次元尺度構成法を使用した。

     つぎに,それらの出来事が,黒部市の人びとにとって,どのような意味や価値を持っていたのかを,共起ネットワークを使用し,明らかにした。

    3.研究結果

     抽出した記事の本数や種類は,各時期で大きな違いがあり,水に対しての関心の度合いや,内容が一定でないことがわかった。

     Ⅰ期の記事の内容の多くは,黒部川流域の開発や環境問題であった。Ⅱ期は,大きな出来事が起こることなく,注目が薄れた時期でもあるが,学者による調査の記事が多い。Ⅲ期は名水百選の選定がきっかけとなり,黒部川,および地下水に関する記事が多い。Ⅳ期は地下水がイベントや商品と結び付けた記事が多く,黒部川についての記事は減少した。

     これらのことから,黒部市の水への関心は,表流水から地下水へと,シフトしたことがわかる。また,Ⅳ期では,直接黒部市の水を使用しない,イベントや地域商品と名水が結びついた。これは,Ⅰ期〜Ⅲ期の,実際に水を使用した出来事とは異なり,水のイメージの消費が進んだ結果だと考えられる。また,イメージの消費により,水資源に乏しい地域でも名水を使用したイベントや商品が増えた。

     また,各出来事と結び付いた形容詞は「多い」といった,量的なものから,「きれい」,「美しい」といった質的なものへと変化した。そして,Ⅰ〜Ⅱ期ではマイナスの意味を持つ,形容詞が出現したが,Ⅲ期以降は,ほとんどなく,肯定的な形容詞の種類が増えていくことが,明らかになった。

  • 有江 賢志朗, 奈良間 千之, 福井 幸太郎, 飯田 肇, 高橋 一徳
    セッションID: 636
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     飛騨山脈北部では,七つの現存氷河が確認されている(福井・飯田,2012;福井ら,2018;有江ら,2019).しかしながら,飛騨山脈で確認された氷河の質量収支や流動機構はまだ明らかにされていない.

     氷河流動は,内部変形と底面すべりの総和で表される.有江ら(2019)は,融雪末期に測定された唐松沢氷河の表面流動が,グレンの流動則から求められた内部変形の理論値を上回っていたことから,この表面流動には底面すべりの寄与がある可能性を示唆した.しかしながら,測定された流動は融雪末期の一カ月間のみであるため,実際の唐松沢氷河の年間流動や流動の季節変化については明らかでない.

     そこで,本研究では,2018年融雪末期に設置した唐松沢氷河上のステークの位置情報を2019年の融雪末期に再測することで,年間流動を明らかにした.

    2.方法

     図1に唐松沢氷河上のGNSS測地点の位置を示す.有江ら(2019)は,唐松沢氷河上の5地点(P1〜P5)にステークを鉛直に設置し,2018年9月23日と2018年10月22日に,ステーク先端の座標をGNSS測量で求め,その水平方向の移動距離から融雪末期の29日間の流動量を算出した.

     本研究では,2019年10月21日に,2018年に設置したステークでGNSS測量をおこない,2018年10月23日と2019年10月21日の水平方向の移動距離から,唐松沢氷河の1年間の流動量を算出した.また,氷河末端付近の基盤上の基点(P6)においても再測をおこない,GNSS測量の精度を検証した.使用したGNSS測量機は,イネーブラー社製:GEM-3である.

    3.結果

     2019年10月21日の現地調査で,昨年氷河上に設置した5本のステークを確認できた.写真1のように落石や雪崩により先端は大きく曲がっていたが,根本の部分は鉛直を保っていた.ステークの曲がっている部分を切断し,鉛直を保った部分にGNSS測量アンテナを取り付けてステークの位置を測位した.

     2018年10月22日〜2019年10月21日の1年間の氷河上の流動測地点(P1〜P5)の水平移動距離は2〜2.5mであった.つまり,唐松沢氷河は,1年間で2〜2.5m流動していることが示された.また,基点(P6)での一年間の水平移動距離は10cm以下であったため,氷河上で測定された流動は,測定誤差を大きく上回る有意な値であることを確認した.

    4.考察

     今回,唐松沢氷河で測定された年間流動量(2〜2.5 m a-1)は,有江ほか(2019)で示された融雪末期の1カ月間の流動量から推定された1年間の流動量(最大約3 m a-1)を下回っていた.この結果,融雪末期の流動速度で1年間流動しておらず,流動速度が遅くなる時期があり,流動には季節変化があることが示された.

     融雪末期は,積雪荷重が積雪期に比べて小さいため,1年間で最も内部変形による流動が小さい時期である.唐松沢氷河では冬期に20m以上の積雪があるため,この積雪荷重が内部変形に大きく影響を及ぼすことが推定されるが,測定された年間流動量は,融雪末期の流動量よりも小さい値だった.内部変形が大きい積雪期の流動量を,内部変形が小さい融雪末期の流動量が上回ることから,唐松沢氷河の融雪末期の流動では底面すべりの寄与があることが考えられる

  • 大雪山国立公園の黒岳旧・現キャンプサイトの事例
    王 婷, 渡辺 悌二
    セッションID: 637
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    はじめに

    大雪山国立公園は、北海道の中心部に位置する、日本最大の山岳国立公園である。公園内には総延長300キロメートルの登山道があり、宿泊施設として8軒の避難小屋、12箇所の無管理のキャンプサイト(環境省は野営指定地とよんでいる)と9つの管理のある野営場が設置されている。本公園の無管理のキャンプサイトの多くは、環境が脆弱な高山帯にあり、表層物質が未固結の火山噴出物からなるため、利用のインパクトを受けやすい。管理のない状態で利用され続けた結果、各キャンプサイトでは土壌侵食が生じている。黒岳には旧・現キャンプサイトがある。旧サイトは1992年に閉鎖され、同年に現サイトの利用が開始された。旧サイトの面積は1,336 平方メートルで、現サイトは394平方メートルである。

    本研究では、まず黒岳旧・現キャンプサイトを対象としてキャンプサイトにおける土壌侵食の現状を明らかにした。その上で、将来の持続可能な野営利用について提言することを目的とした。GCP (Ground Control Point) を使用したUAVと長尺一脚の先端に取り付けたカメラによって撮影した写真を使った3次元マッピングの2つの手法を用いて、黒岳の旧・現サイトに対して、2018年と2019年の高精度な地形図を作成した。2つのキャンプサイトにおける一年間の土壌侵食の有無と地表面の傾斜の分析には、作成した地形図を用いた。将来の持続可能な野営利用についての提言にはアンケート調査の結果を利用した。

    作成した地形図の分析

    黒岳の現サイトには2つのガリーが認められ、サイトのほぼ中央には発達した深いガリーがある。2018年と2019年の断面図を比べると、この一年でガリー侵食は側方および下方の両方に拡大した(一年間の侵食深さは最大約9センチ)。サイトは北西にわずかに傾斜しており、現場での目視観察の結果、特に傾斜が10度を超えるところで幕営が避けられていることがわかった。したがって、利用可能な面積は394平方メートルよりもかなり小さいといえる。

    一方、旧サイトでは5つのガリーが発達しており、平らな地面がほとんどない状態だった。作成した2018年と2019年の地形図を比べると、このサイトが閉鎖されてからすでに27年が経過したにもかかわらず、いまだに土壌侵食が進行していることがわかった。

    アンケート調査

    アンケート調査で346人の利用者から回答を得た。キャンプサイトの面積については、47%の人が小さすぎると答えた。設営の環境については77%の回答者が満足できると答えた。それに対して、19%の人が満足ではないと答えたが、休日などの混雑日にはその割合が28%まで増えた。不満と回答した理由として、46%(n = 25)の人がテントを張った地点の傾斜が大きいと答え、20%の人が隣のテントとの間隔が小さすぎると答えた。

    今後の管理について

    以上の結果から、もし無管理の状態が続くと、近い将来、現サイトも旧サイトのように幕営ができなくなると予想された。国立公園の本来の目的を考えると、キャンプサイトの土壌侵食は解決しなければならない課題である。

    野営環境を改善し、持続可能な野営利用を実現するためには、できるだけ早く無管理のキャンプサイトに正式な管理を導入することが重要である。具体的な管理対策として、ガリーを土砂で埋め、傾斜が大きいところを減傾斜させることが想定される。ガリーの埋め戻しには、現在、環境省が大雪山国立公園の登山道で施工しているテンサー工法が有効であろう。減傾斜の際にはテントパッドの設置を組み合わせると良い。

    これらの管理は、利用者の満足度を向上させることができるだけではなく、同時にキャンプサイトの許容人数を増やすことにもつながる。また、ガリーの埋め戻しや減傾斜は旧サイトの土壌侵食の軽減にも役立つ。

  • 八反地 剛, 河野 孝俊, 古市 剛久, 土志田 正二, 田中 靖
    セッションID: P193
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    地形学的知見に基づき過去の崩壊履歴や地形変動を明らかにすることは,地形学的な意義に限らず,豪雨による土砂災害の予測のためにも重要である.これまで崩壊や土石流の発生周期に関する研究の多くは,土石流扇状地を分析対象として行われてきた.一方で山地流域の源頭部,特に崩壊の発生源である谷頭凹地を対象に,崩壊履歴や地形変動を分析した研究は限られている.本研究では,2009年7月豪雨によって多数の表層崩壊が発生した山口県防府市剣川流域を対象に,谷頭凹地の堆積物の堆積時期を推定した.この地域では,いくつかの表層崩壊地内において,炭化木片などの炭質物を多く含む黒色の層(以下では,炭質物密集層)を観察することができる.そこで,表層崩壊が発生した谷頭部や1次谷側壁斜面などの計9地点において,炭質物密集層から試料を採取し,それらの放射性炭素年代を測定した.分析の結果,炭質物試料の推定年代値は例外なく1200〜1300 cal ADまたは1300〜1400 cal ADのいずれかのグループに属しており,これらの炭質物密集層は西暦1200〜1400年頃に形成されたことが推定された.谷頭部および1次谷側壁斜面における炭質物密集層を含む斜面堆積物の形成プロセスは次のように推定される.1200〜1400年頃の山火事または火入れによって生成された炭質物が当時の地表面に堆積した.その後,炭質物の上位に上方の斜面から侵食・運搬された土砂が堆積し,炭質物が埋没したことにより,炭質物密集層が形成されたと考えられる.

    次に,炭質物試料を採取した2箇所の谷頭部を対象とし,それぞれ滑落崖およびその下方の崩壊地内(旧谷頭凹地)における堆積速度を算出した.放射性炭素年代測定から,炭質物密集層より上位の堆積物層は,1200〜1400年以降に形成されたと推定される.現地観察により,滑落崖における炭質物密集層の上位の堆積物の厚さは 0.65 mから1.60 mの範囲であった.崩壊地内では,崩壊によって土層が失われたため堆積物の正確な厚さを測定できないが,豪雨前後の航空レーザー測量による1 m解像度数値標高モデルの差分から,2.6〜4.9 mの範囲であることが推定された.これらの結果から,堆積速度は,滑落崖において0.9〜2.1 mm/年,崩壊地内において3.9〜6.9 mm/年であったと推定された.特に崩壊地内では,600〜800年間に3〜4 m程度の土砂が集積したことになる.谷頭凹地における急速な斜面堆積物の形成は,この地域で崩壊が多発した素因の一つであることが示唆される.

    山口県防府市では,本研究対象地域とは別の地域(石原地域)において土石流扇状地の堆積物の分析が行われ,1230〜1482年の間に3回の土石流イベントが発生したことが指摘されている1).研究対象の谷頭部においても,2009年と同じ102 m3 の規模の表層崩壊は少なくとも600〜800年間は発生しておらず,山火事発生期の初期(1230年頃)か,あるいはそれよりも前に発生した可能性が高いことを指摘できる.その後はハゲ山化による土砂生産が生じた可能性はあるが,600〜800年間安定状態にあったと推定される.

    <文献>1) 阪口和之ほか(2018) 地盤工学ジャーナル,13(3),237-247.

    <謝辞>本研究は科学研究費基盤研究B(19H01371),基盤研究C(16K01214)の助成を受けて実施された.国土交通省中国地方整備局山口河川国道事務所より高解像度DEMの提供を受けた.

  • −リモートセンシングによる解析−
    田中 圭, 濱 侃, 長谷川 均, 菅 浩伸
    セッションID: 535
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ.はじめに

     サンゴ洲島は,サンゴ砂礫や有孔虫の死骸が波によって浅海底に運搬,堆積してできた島である.日本最大のサンゴ洲島である久米島ハテノハマ洲島の標高は高いところでも3m程度であるため,波浪による営力で絶えず地形が変化している.その主な営力は,台風による波浪であると指摘されている(長谷川,1990).しかし,サンゴ洲島の形成・維持するメカニズムについては不明な点も多いため,過去から現在の洲島の状況をモニタリングする意義は大きい.また,温暖化による海水準上昇や人為改変などによってバランスが崩れた場合の影響を検証するにもモニタリングは不可欠である.

     頻繁に地形を変えるハテノハマ洲島であるが,2.5万分の1地形図では,1973年測量の洲島の形状が現在でも使われている.そのため,地形図からハテノハマ洲島の地形変化をモニタリングすることはできない.そこで,本研究はハテノハマ洲島を撮影した空中写真や衛星画像およびドローンを用いて洲島の地形変化を把握し変化のプロセスを追跡し,地形を変化させる要因を明らかにすることを目的とする.

    Ⅱ.解析方法

     入手したハテノハマ洲島周辺の空中写真は1945年の米軍空中写真(沖縄県立公文書館所蔵)が最古であり,その後,1962年に米軍,1970年に琉球政府がそれぞれ撮影し,沖縄返還後は国土地理院が定期的(1974年,1978年,1984年,1991年,1994年,2003年)に撮影した8時期の写真である.また,衛星画像はLANDSATシリーズ(1977年 ~ 現在),Sentinel-2(2015年 ~ 現在)などが定期的に観測しており,おおむね雲の無い日の画像を入手した.これらリモートセンシングデータからハテノハマ洲島を面的に形状把握した.原理的には視差のある空中写真から3次元の把握はできるか,洲島の地形変化を議論できるような精度では計測できなかった.そこで,ハテノハマ洲島の3次元情報を取得するために2018年1月27日,2019年2月17~18日の2回にわたって,ドローンおよびRTK-GNSSを用いて計測を行った.

    Ⅲ.地形変化

     ハテノハマ洲島のモニタリングにあたって,まず空中写真から洲島の地形変化を時系列に解析した.その結果,1945年から現在にかけて面積が増加する傾向を示した.しかし,空中写真の撮影季節にバラツキがある(春1,夏1,秋3,冬5)ため,季節による地形変化の影響が大きく,その年の面積を代表しているわけではない.一方,衛星画像(特にSentinel-2)から2015年〜2018年(データ数:24シーン,春6,夏7,秋6,冬5)の季節による地形変化をみると,30 〜 70haの変動幅があり,平均すると47.8haとなった.しかし,この変動幅の主な要因は潮位であることがわかった.衛星通過時の潮位が高いと洲島面積は減少し,潮位が低いと面積は増加する傾向を示した.前述したようにハテノハマ洲島の標高が0~3m程度であるため,空中写真・衛星画像を用いたモニタリングでは季節変化や潮位の影響を除かなければならない.そのため,海岸線の抽出方法については検討の必要がある.

     次に,空中写真・衛星画像のモニタリングでは面的にしか把握することができない.サンゴ洲島の地形変化を把握するためには,3次元情報は必須である.そのため,ハテノハマ洲島(前浜,高浜,中浜,果浜)の基礎的な資料を作成するために,ドローンを用いて空撮を実施した.表1にハテノハマ洲島の面積(ha),体積(㎥)および平均標高(m)をまとめた.この結果を空中写真・衛星画像に組み合わせることで,より精度の高いモニタリングが可能であると考えられる.

  • 小野寺 平, 日下 博幸
    セッションID: 514
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1. はじめに

     清川だしは,山形県庄内平野の最上峡谷出口付近で吹く局地的な東寄りの強風である.清川だしは吹走域に気温の変化をもたらすことがある.青山(1988)は5年間のデータを用いた統計解析から,清川だしがフェーン型(吹走域に気温の上昇をもたらす)にもボラ型(吹走域に気温の降下をもたらす)にもなることを指摘した.一方で,吉野(1992)は清川だしがフェーン型局地風だと述べている.つまり,清川だしがフェーン型かボラ型かについては定かではない.また,吹走域に気温の変化をもたらす清川だしの3次元構造について報告がなされていないことから,清川だしの実態は未だ明らかになっていないと言えるだろう.そこで,本研究は長期間のデータを用いた統計解析を行うことでフェーン型・ボラ型清川だしが存在するか確認する.さらには,清川だしの数値シミュレーションを行うことで3次元構造を明らかにする.

    2. 聞き取り・アンケート調査

     清川だしの下限風速や吹走域の認識を把握するために清川だし吹走域周辺で聞き取り・アンケート調査を行った.その結果,風速3.4 m/s以上でおよそ半数の住民が清川だしだと回答し,風速10.8 m/s以上であればすべての住民が「清川だし」だと回答した.さらに,吹走域は狩川〜余目付近に限定された.

    3. 清川だしの解析

     使用データは,1999年1月1日~2018年12月31日の狩川におけるAMeDAS観測データ(10分間平均値)である.アンケート調査の結果をもとに狩川での日最大風速が10.8 m/s以上で,そのときの風向が東〜南南東の日を清川だし吹走日とし(計172日),下限風速3.4 m/s以上かつ同風向で事例ごとに整理すると清川だし吹走事例は計132事例となった.以降,前述の方法によって抽出された事例を本研究の清川だし事例とする.

     この事例について,清川だし吹走開始直後4時間における気温の時系列変化から,フェーン型とボラ型に分類を行ったところ,フェーン型は46事例(34.8 %),ボラ型は23事例(17.4 %)となり,解析した期間ではフェーン型清川だしの方が多く吹走していた.

    4.領域気象モデルWRFを用いた清川だし再現実験

     解析期間内に多く存在し,農業分野への影響が大きいフェーン型清川だしについて領域気象モデルWRF (Weather Research and Forecasting)を用いて再現実験を行った.再現を行ったフェーン型清川だしは2013年4月5日20:20〜2013年4月7日7:10 (JST)の事例である.このときの気圧配置は,東高西低型であった.シミュレーションの結果,フェーン型清川だし吹走時,出羽山地の風上側に比べ,風下側でおよそ4 ℃気温が高くなることが再現された.また、この時刻の温位断面をみると奥羽山脈と出羽山地それぞれの風下側で等温位線が下降しており「おろし風」が形成されていた.つまり,両山地の効果により清川だし吹走域には暖気がもたらされる.

    5. 結論

     地元住民が認識している清川だしは風速10.8 m /s以上の東寄りの強風で狩川から庄内平野中部に限定された.本研究で定義した清川だしにはフェーン型・ボラ型両方が存在し,再現実験の結果からフェーン型清川だしは奥羽山脈と出羽山地両方の「おろし風」により吹走することが明らかとなった.

    参考文献

    青山高義 1988. 清川ダシの気温と湿度について. 山形大学紀要, 12(1): 105-114.

    吉野正敏 1992. フェーン型とボラ型の局地風に関する気候学的・気象学的・地理学的研究. 地理学評論 Ser. A, 65(1): 1-16.

    国立情報学研究所 2020. デジタル台風. 気象庁. http://www.digital-typhoon.org/ (最終閲覧日: 2020年1月20日)

  • 遠藤 尚, 村山 良之
    セッションID: 133
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     東日本大震災では、小中学校においても深刻な被害が発生した。このため、その後、学校防災や防災教育の見直しが全国的に行われてきた。特に、南海トラフ地震によって大きな被害を受けることが想定される高知県では、先進的な取り組みが実施され、地理学を始め様々な分野でその事例が報告されてきた。一方で、太平洋に面した長い海岸線と海岸付近まで迫る山地や丘陵地からなる高知県は、1つの市町村内でも、地震により様々なタイプの災害が発生することが予想されており、それらに応じた対策が求められている。また、高知市への人口の集中や少子高齢化による学校区の拡大、生産年齢人口の減少など、学校防災を進める上での課題も多い。そこで、本報告では、高知市と須崎市を対象地域として、市町村間にみられる学校防災と防災教育の差異と課題について検討する。本報告は、科学研究費補助金・基盤研究B課題番号16H03789「東日本大震災の経験と地域の条件をふまえた学校防災教育モデルの創造」(研究代表者:村山良之)の一環として行われた研究の一部である。 

    2.対象地域の概要と研究方法

     研究対象地域である高知市と須崎市は共に高知県の中部に位置している。県庁所在地である高知市は、2020年1月1日時点の推計人口が32.8万人であり、高知県全体の人口の47%が集中する最大の都市である。都市中心部は、久万川や鏡川下流域に位置し、南海トラフ地震に伴う津波の浸水が予測される地域が多くを占める。また、太平洋に面した海岸部や浦戸湾沿岸なども、津波の浸水域としてハード面、ソフト面の対策が進められている。一方で、土佐山地区、鏡地区などの北部域は、四国山地の南部に位置している。2019年時点の高知市における市立小学校数は39校、中学校数は17校、義務教育学校数は2校であった(高知県教育委員会事務局小中学校課, 2019)。

     須崎市は、高知市の西約37km位置している。2020年1月1日時点の推計人口は2.1万人であり、65歳以上がその40.4%を占めている。須崎市の海岸部のほとんどはリアス海岸となっており、新庄川や桜川などの河口部を除くとほとんど平地がみられない。2011年の東日本大震災の際にも、湾内の養殖施設などが被災している。2019年時点の須崎市の市立小学校数は8校、中学校数は5校であった(高知県教育委員会事務局小中学校課, 2019)。

     本研究では、2つの市における地震に対する学校防災と防災教育の現状を明らかとするために、2019年2月に高知市教育委員会教育政策課および須崎市教育委員会に対して聞き取り調査を行った。また、須崎市の小中学校2校においても、学校防災と防災教育の実施状況に関して調査を行った。

    3.高知市および須崎市における学校防災と防災教育

     高知市および須崎市共に、南海トラフ地震に備え小中学校からの避難経路や避難先の確保なども含め、ハード面の対策はかなり進んでいた。一方で、ソフト面の対策の実施状況や防災教育の推進状況には差異がみられた。須崎市では、東日本大震災時の状況をふまえ、教育委員会と各学校の連絡体制や学校防災計画などが大幅に改善されたが、その実効性の検討までは至っていない。また、防災教育については、高知県防災教育推進事業の研究指定校などを中心に、かなり進められた事例もあるが、学校間の差異や同じ学校でも教員の異動による変動がみられた。高知市については、教育委員会がリーダーシップを持って学校防災や防災教育を推進しており、各学校がある程度自由に使用できる防災対策の予算を設けたり、各学年の授業展開例も含めた「高知市地震・津波防災教育の手引き」を発行するなどの取り組みがみられた。

    参考文献

    高知県教育委員会事務局小中学校課 2019.令和元年度高知県学校数一覧表.https://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/

    310301/files/2018041700184/file_20195234172230_1.pdf.(最終閲覧日:2020年1月20日)

    高知市教育委員会 2013.『高知市地震・津波防災教育の手引き』.

  • 内山 琴絵
    セッションID: 703
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1. 背景

     本報告では,人文地理学的災害研究の主要な概念的枠組みを扱った理論的研究をレビューすることで,何が問題とされてきたのかについての視点を整理する.そのなかで残された課題に対して,今後どのようなアプローチが可能であるのかについて展望する.

     近年頻発する自然災害,気候変動に伴う異常気象や,周期的に発生するとされる巨大地震・津波が,日本のみならず海外でも社会的課題としてますます認知されるようになり,適切な災害対策が求められている.地理学においても,他の社会科学的知見を取り入れながら,被害発現形態や対応行動の空間的側面に着目する研究が蓄積されてきた.とりわけ近年では,(1)災害発生要因の理解,(2)災害発生要因の除去,(3)主体性への着目という3つの概念的枠組みが交錯している状況にある.こうした研究動向は,「災害に対する脆弱性」1を鍵概念として説明することができる.以下では,上記の3つの枠組みを概説する.

    2. 3つの概念的枠組みの検討

    (1)災害発生要因の理解

     被害発生要因の1つとして脆弱性に注目し,被害発現形態の地域差を,脆弱性によって説明しようとするものである.災害を,単発的なイベントではなく,多層的なスケールで展開される社会プロセスとして捉えようとする動きとして位置づけられる.

     欧米での議論は,個人や集団の災害危険性の認知および適応行動に着目する認知・行動論から始まり,1970年代には新マルクス主義的構造主義へと移り変わった.こうした関心の変化は,個人の知覚や認識を超えた,社会の権力関係や社会経済的要因などによって脆弱性を説明する考え方の支持が背景にあり,マクロな社会構造批判へとつながる.

     日本では,欧米の議論に先行して,戦後経済地理学によって構造的アプローチが採用されており,地域経済の生産構造に基づいた災害論が展開された.しかし当時は,被害発生構造を日本資本主義および階級によって説明する論調が強かった(石井1981).

     ここでの成果は,地域を脆弱にする構造的要因を明らかにしたことである.しかし,ミクロな視点の欠如ゆえに即時的・具体的な対策に結び付きにくいことが課題である.

    (2)災害発生要因の除去 

     社会内部の構造的不平等の問題として脆弱性が認識されるにつれ,災害に対する脆弱性をいかに評価し,空間的に特定するかという動きもまた生まれた.特にアメリカ社会の社会経済的地位,エスニシティによるセグリゲーションと居住環境の関係から,ローカルな地域の住民の属性に基づいて脆弱性の空間的分布,差異,時間的変化を明らかにする手法が開発された(Cutter et al. 2003).こうした脆弱性の高い地域を指標化・地図化する手法は,アメリカにおいて実際の防災政策に採用され,世界各地を対象とした事例研究の蓄積がある.しかし,脆弱性の形成メカニズム,住民などによる災害に対する主体的行動への着目がなされていないことが課題として挙げられる.

    (3)災害を受ける主体,防災を実践する主体への注目

     人々は被害を受けるだけの弱い主体だけではなく,災害に対する行動を実行する主体でもある.災害が発生することを前提として,個人や集団がいかに被害を最小限にするか,地域が災害からいかに回復するかという点への着目も近年なさなれている.より地域の主体性を重視する点で,「レジリエンス」という用語で説明されることもあるが,長らく「災害文化」として議論されているものもここに含められるだろう.具体的には,災害発生直後の避難行動や,移転・再建とその合意形成プロセスなど中長期的復興について明らかにされてきた.しかし,逆説的ではあるが,復興過程においても,地域の脆弱性が形成・増大することがある.この点に関する議論の蓄積は少ない.

    3. 今後の課題

     以上の3つの枠組みの成果と課題をふまえて,今後はある地域において脆弱性が形成される構造的要因と,住民の主体性の両者に着目しながら,長期的な時間スケールでみた地域の脆弱性の変化(脆弱性が生じたり,軽減されたりするプロセス)を明らかにする必要がある.

     ハザードへの理解の深化,法律による規制強化,他地域・外部団体による支援の動き,防災教育の蓄積,技術による脆弱性の軽減策の実施などが進む一方で,地域の主体も変化している.とくに日本において,都市部と中山間地域では異なる人口変化,社会変化を経験している.一部の地域で人口が集中する一方,人口減少や高齢化,住民の多様化が進行している.こうした状況をふまえて,過去に被災を経験したローカルな地域において,現在までにいかなる空間の変化と社会変動を経験してきたのか.いかなる主体的行動がとられてきたのか.そのなかでどのような矛盾があるのか.これらを明らかにすることで,現在のローカルな地域における防災の課題を提示することが出来ると考える.

  • 李 宝峰
    セッションID: 413
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    問題の所在 

    1988年に中国とラオスが国交を回復して以来、数多くの中国系新移民がラオスへ移住してきた。報告者の現地での聞き取り調査によれば、2018年時点で、ラオスの首都ビエンチャンにおける人口90万7,000人のうち、中国系移民は12万以上を占めている。1970年代インドシナ半島の社会主義化により一時的に衰退したラオスの中国系移民社会は再び拡大に転じている。一方、中国政府の「一帯一路」戦略により、中国とラオスの国際関係はより一層密接になりつつある。

     従来ラオスにおける中国移民社会に対する研究は、主に中国とラオスの関係の歴史的変化に注目し、巨視的な視点で移民社会の発展と国際社会との関係を分析してきた。しかし、移民たち自身に注目し、現代社会において具体的にどのような中国系移民がラオスへ移住しているのかについて解明した研究は乏しい。さらに、ラオスに生活する中国系新移民に関する既存の研究は、1988年の国交回復を画期として研究することが多かったが、2015年の「一帯一路」戦略はラオスに大きな影響を与えており、無視することができない変化をもたらしつつある。両国が国交回復してから30年以上が経ち、ラオスへ移住する中国系移民はいかに変化して、現代中国とどのような関係を築いているのだろうか。

    研究の目的と方法 

     以上の課題に対して、本研究は、ビエンチャンの新中華街における中国系移民を対象として、第一に、ミクロなスケールで移民の特徴、すなわち、属性、出身地、移住の動機、移住のルート、および移住地での定着性を分析することによって、中国からどのような人がビエンチャンに移住しているのかを明らかにする。さらに、その結果から、「一帯一路」戦略が本格的に実施された2015年以前と以後における移民の特徴の変化をについて検討し、そうした移民の変化が、マクロスケールの国際社会の変化とどのように関係しているのかを明らかにする。

     報告者は2018年9月および2019年9月の二か月間にラオス首都ビエンチャンに位置する三つの中華街:旧中華街、タラート・チーン(老中国城)、ラオス三江国際商貿城についてフィールドワークを実施した。特に移民の特徴を理解するために、「ラオス三江国際商貿城」で生活している40人の中国系移民に対して、ライフヒストリーを中心とするロングインタビューを行った。

    結果 

     まず、移民の特徴について、新中華街に生活している中国系移民は時系列的に見て、多様化した展開が確認できた。2015年を画期として、その前後に移住した移民は出身地、移住ルート、仕事、移住地での定着性について、それぞれ異なる特徴を持っていた。2015年以降に移住された移民は、それ以前の移民と比べると、出身地範囲の拡大、民間仲介による移住の増加、スマートフォンなど中国製品に対する新しいビジネスの展開、および将来により強い帰国志向があることが確認できた。

     つぎに、現代社会における中国系移民の移住は、中国が国際社会にもたらす影響力の拡大と密接な関係があると指摘できる。直接的な関係として、中国政府の支援による新中華街の建造、およびラオス政府が移民に対して、海外投資に有利な政策の制定が提示できる。一方、間接的な関係として、中国製品市場に関連する新たな商機の形成など、中国政府とラオス政府によって意図的に引き起こされた変動というよりも、むしろ、その協力に伴う偶発的に生じた変動もあると指摘できる。「一帯一路」戦略は、現地の移民に広く知られており、中国からの民間投資に強い宣伝力があると考えられる。

     本研究はビエンチャンを課題先進地のモデルとして扱ったが、新中華街の発展途上国での形成および新移民の流入は北アフリカおよびサハラ以南の地域にも発生しており、今後比較研究によってアプローチする必要がある。

  • 荒堀 智彦
    セッションID: P132
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1. 研究の背景と目的

     グローバル化が進む現代社会において,世界各地で発生している新興・再興感染症の問題は,公衆衛生上の新たなリスクとなっている.インフルエンザについては,2017年に世界保健機関(WHO)がインフルエンザリスクマネジメントに関する基本方針を発表した.その基本方針の一部には,社会包摂的アプローチの導入が提案されている(WHO, 2017).そこでは,世界レベル,国レベル,地方レベル,コミュニティレベルの各レベルで,経済,交通,エネルギー,福祉などの各分野が協同でリスクマネジメントに取り組むことが明記されている.感染症を撲滅するのではなく,いかにして予防・制御していくのかに重点が置かれ,日常的な備えとして,各レベルにおける効果的な情報配信とリスクコミュニケーション体制の整備が求められている.

     世界各国では,感染症の状況把握と分析のために感染症サーベイランスを運用し,サーベイランス情報を地理情報システム(GIS)に組み込んだ,Webベースのデジタル疾病地図の整備が進められている.加えて,それらのツールを利用したリスクコミュニケーションへの応用も行われている(荒堀,2017).

     日本では,厚生労働省と国立感染症研究所を中心とした感染症発生動向調査(NESID)が国の感染症サーベイランスシステムとして構築され,1週間毎の患者数や病原体検査結果が報告されている.しかし,NESIDで収集されるインフルエンザ情報は,報告する定点医療機関が5,000と限られており,全国における流行の傾向を知ることには適しているが,地方レベル以下のローカルスケールにおける詳細な流行状況を知ることには適していない.そこで本研究では,日本の各地域における感染症予防と制御に向けたWebベースの疾病地図の利用状況について,調査を行った.

    2. 感染症専門機関データの収集と構築

     本研究では,日本全国の感染症専門機関および地方自治体のWebサイト調査を実施した.調査に先立ち,感染症専門機関および地方自治体のWebサイトのデータ収集を行い,専門機関のデータを構築した.対象となる専門機関および自治体数は82地方衛生研究所,552保健所,1,042医師会,1,977地方自治体である.

    3. 疾病地図の利用状況

     Webサイト調査の結果,地方レベル以下の空間スケールにおける感染症情報を提供している機関・自治体は,332の専門機関および地方自治体のみであった.その内訳は,57地方衛生研究所,116保健所,108医師会,51地方自治体であった.サーベイランスの空間スケールは,一般に,専門機関や地方自治体の管轄に対応している.しかし,医師会は,郡および市の医師会レベル,市区町村レベル,公立学校区レベル,丁目および字レベル,学校施設レベル,病院および診療所レベルなど,さまざまなレベルで提供されていることが明らかとなった.疾病地図による可視化を行っている56の機関および地方自治体のうち,WebGISを使用しているのは3機関のみであり,htmlまたはPDFの画像形式によるものが中心であった.

     東京都,愛知県,兵庫県,広島県など大都市を含む都道府県に位置する専門機関や地方自治体においては,保健所レベル以下のローカルスケールのデータを提供していることが明らかとなった.これらの地域に位置する自治体は中核市であることが多く,保健衛生に関する権限委譲に伴う機能の多様化が背景にあると推察される.

    4. まとめ

     調査の結果,日本のローカルスケールにおける疾病地図・WebGISの活用事例は少ないことが明らかとなった.現状では,地図をリスクコミュニケーションに活用するというよりは,情報をWeb上に一方的に流している状態であるといえる.加えて,使用されている疾病地図は,地域特性を反映しているものが少ない.リスクコミュニケーションには,専門家と非専門家(地域住民)との対話が欠かせない要素になる.そのため,リスクコミュニケーションツールとしての対話型地図に関する議論が必要になると考えられる.

  • 吉村 光敏, 八木 令子
    セッションID: P200
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    千葉県市原市田淵にある上総層群国本層の露頭は、更新世前期・中期境界の指標となる「地磁気逆転地層」がよく観察され、国の天然記念物指定地となっている。また2020年1月には、この地層を含む「千葉セクショ ン」を、「国際境界模式層断面とポイント(GSSP)」とすることが 正式に認定され、更新世中期の地層に、「チバニアン(期)」の名称 が使われることになった。このような話題を受けて、数年前より現地を訪れる人が増えており、現在、地元自治体を中心に観察路整備、ビジターセンターのオープン、ガイド育成などが進められている。そこで今回、これらの地層が見られる場所がどのようなところかを示すため、露頭周辺の地形とその成り立ちについて明らかにした。  

    露頭が位置する崖は、房総丘陵を北流する養老川本流沿いの河岸段丘分布域にあたる。地磁気逆転を示す露頭は、完新世の最も新しい段丘面である久留里Ⅴ面(鹿島1981)の段丘崖にあり、 段丘面と現河床の比高はおよそ5メートルである。養老川本流右岸は、久留里Ⅲ面期の蛇行流路が短絡した後、比高60mに及ぶ本流下刻と側刻により蛇行切断段丘が形成された。さらに蛇行跡旧河床面は、支流により開析され、曲流する侵食谷となった。谷底は、江戸時代に川廻し新田として河道変更と埋め土が行われ、小規模な連続型の川廻し地形が形成された。これら川廻し地形のうち、フルカワは近年盛り土され原形を留めないが、シンカワのトンネルなどは現在も残り、観察することができる。ここには洪水対策としての微地形も見られ る。また地磁気逆転地層の露頭近くに位置する不動滝は、流路変更による人工の滝である。このことから、養老川中流の集落では、中世〜近世の頃には、様々な地形改変が行われていたと考えられる。

     なお2019年9月から10月にかけて連続して発生した台 風15号、19号、及び21号 関連の集中豪雨によって、旧河道跡は水没し、支流の川廻し地形跡にも、想定された洪水水位の上まで水が上がったことが観察されている。

  • 西脇 圭一郎
    セッションID: P199
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    従来から天井川は、歴史的経緯や地質から西日本に多いとされてきた。今回あらためて日本列島全体を俯瞰して天井川の分布を把握し、糸魚川・静岡構造線や中央構造線沿いに多くが分布していることを明らかにし、日本列島の東西での分布の特徴を調べた。また、天井川の流路の平面形はその形成要因として人為的要因と深く関わっていると考えられるため、それぞれの流路の平面形態を直線型・山寄せ型・河道延長型・条里地割型の4タイプに分類した。とくに従来の視点に加え、利水の観点から天井川の成因について検討した。

  • 神澤 望, 高橋 洋
    セッションID: 518
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    太平洋・日本(PJ)パターンは,北半球の夏季に熱帯のフィリピン周辺の対流活動が活発だと中緯度の日本を含む北西太平洋域が平年より高気圧が強まるという特徴を持ったテレコネクションである.日本の夏の気候に影響を与えることが知られており,2018年の7月中旬から下旬にかけて日本の広範囲で発生した高温現象に関してもPJパターンが部分的に寄与が指摘されている.そこで本研究は,2018年の日本ので発生した高温現象について, PJパターンをsub-seasonal(約15日)なタイムスケールで着目しながら調べた.高温現象発生時,日本上空では平年より太平洋高気圧が強く,フィリピン周辺域では対流活動が活発であり,PJパターンと対応していた.PJパターンの季節進行を調べると,7月後半はPJパターンの応答として中緯度に現れる高気圧偏差がちょうど日本上空に現れやすい時期だった.PJパターンの中緯度の応答が現れる位置が移動するのは背景場である夏季アジアモンスーンの循環場の変化が影響していると考えられる.また,7月に中緯度の太平洋高気圧・熱帯のモンスーントラフがそれぞれ発達する.この夏季アジアモンスーンの循環場の季節進行自体が7月下旬のPJパターンを影響を出やすくさせた.

  • 安田 正次
    セッションID: 821
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1. はじめに

    環境省では1/2.5万植生図を作成する際に、収集している植生調査のデータを整理して「全国植生調査データベース」*1を作成・公開している。

    このデータベースは主に・調査地点一覧 ・階層別種リスト の2つのテーブルから構成されているが、ここに含まれる情報を用いることにより、具体的にどの地点にどの植物*2 が生育しているかを知ることができる。こういった情報とメッシュ気候値を用いることにより、特定の植物がどういった気候条件を持つ場所に分布しているかを明らかにすることができ、種同士の気候特性の違いや立地環境の差を明らかにすることができると考えられる。

    そこで、本発表では全国植生調査データベースを用いていくつかの植物の気候的な特性を明らかにすることを試行する。

    2.材料

    ・植物の位置情報:全国植生データベース(2020年1月ダウンロード)

    ・気候値:国土数値情報の平年値メッシュデータ(気象庁 メッシュ平年値2010によるもの)

    3.方法

    全国植生データベースのに含まれる緯度経度の情報をEsri社ArcGIS10.5.1に取得させ、全調査地点(66840地点)をGIS上に展開した。このうち、高木層および亜高木層にブナおよびオオシラビソが含まれている地点を種ごとに抽出し、抽出した地点上のメッシュ気候値について・年降水量・年平均気温・2月の最低気温・8月の最高気温・年最大積雪深を抽出した。あわせて、全国植生調査データベースから・樹冠高・胸高直径・地表の傾斜角・標高を抽出し、値をMicrosoftExcelに読み込ませ、グラフ化して比較を行った。

    4.結果

    オオシラビソは約200地点、ブナは約2,400地点抽出された。これらの樹種と気候値との関連性の例として、標高と年最大積雪深の関係性を図に示した。標高に着目すると、ブナとオオシラビソは標高1,000m〜1,500mで分布が別れ、比較的同所的に生育することが少ないことがわかる。一方、積雪深に着目すると、標高とは違い両種の違いはあまりないことが明らかとなった。

    今後さらに他の種でも比較を行い、具体的な気候値と分布の関係を明らかにしたい。そういったデータを積み重ねる事によって、気候値との比較から今後予想される気候変動に伴う自然植生の変化を予測することができるだろう。

  • ―画像上でのピクセル数を単位とした広告割合に着目してー
    宇井 直将
    セッションID: P107
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    古くから鉄道が発達し駅を中心に市街地が形成されてきた首都圏において,駅前景観というのは特徴的で非常に重要な景観と言える。都市工学の既往研究では,駅前に存在する「建物の視覚的な違い」が駅前の印象を決めるのに重要な要素の一つだと明らかにされているものの,建物のデザイン的側面が必ずしも地理的な要素と関係があるとは言えない。そこで本研究では,建物の一部であり,かつ地理的指標とも関係が考えられる要素として「広告・看板類」に着目した。

    景観研究は,地理学よりも都市工学で盛んであるものの,両者には景観の捉え方に明確な違いがあり,駅前景観にどのような地理的要素が関係しているか,またそれにはどのような地理的差異が生じているか明らかにした例は少ない。   

    以上を踏まえ,首都圏郊外の駅前を対象に,景観中の広告割合に着目し,「駅舎及び付帯する建物から出た地点」から見える景観を「駅前景観」と定め,視覚的要素の背後にどんな地理的要素が関係しているか明らかにすると共に,類型化を行い,首都圏郊外における駅前景観の地理的な差異についても考察する事を目的とした。

     都心から10〜50㎞圏内におけるJR5路線20駅計40駅前を対象に駅前景観の写真を撮影し,その画像内における面積比をピクセル数を単位に算出,各駅前の「広告割合」とした。次に,乗降客数や土地利用割合など,計14の地理的要素を算出し,両者の関係を計量的な手法で分析した。その結果、以下の事実が判明した。

     (1)重回帰分析の結果,「広告割合」には,地理的要素を因子分析する事によって抽出された因子の一つである,「駅前の商業中心性を表す因子」と正の相関が,「郊外性を表す因子」と負の相関が認められた。特に小売業事業所割合と最も強い正の相関が認められた

     (2)類型化の結果,同一駅でも中心市街地側の駅前の方が広告割合(全体)・商業中心性ともに高い傾向が見られた。この理由として,固定資産税路線価最高額が中心市街地側の駅前で高いことが考えられる。

     (3)広告割合と商業中心性はおおむね正の相関が認められるものの,駅前の再開発等による整備状況の違いによって広告割合は左右されることが判明した。

     (4)都心から離れるほど各駅前の広告割合のばらつきは収束し,商業中心性の値は逓減していく傾向にある。

     (5)首都圏全体での傾向を大まかに見ると,広告割合・商業中心性共にその値が西高東低となる傾向がある。

    以上のことから、広告割合に見る駅前景観は、商業的側面と深く関係しているものの、駅前の整備状況にも左右される。これらの要素が関係しつつ、都心から郊外に向かうにつれて各方面ともに同質的になる傾向があるものの、首都圏全体で見ると西高東低の関係にあるといえる。

  • 両角 政彦
    セッションID: P118
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    2019年9月9日に関東地方を通過した台風15号は,東日本を中心に広範囲にわたって強風による風害や豪雨による水害を発生させる甚大な被害をもたらした。農林水産関係の被害額に限っても,およそ815億円の被害を発生させた(農林水産省「令和元年台風15号に係る被害情報」2019年12月5日付による)。本研究では,台風15号の強風による園芸施設(農業用ハウス)への風害に注目し,被害の大きかった千葉県を事例に,その実態を明らかにし今後検討すべき課題を考察した。研究方法として,全国,千葉県,市町村の広域的な被害状況については,農林水産省『農業災害補償制度 園芸施設共済統計表』と各行政webサイトに掲載された台風被害に関する情報をもとに把握した。内閣府webサイト「防災情報のページ」では激甚災害指定状況を確認した。被害原因となった気象の変化については,気象庁webサイト「各種データ・資料」を使用して分析した。園芸施設被害の状況確認は,2019年11月に八街市,山武市,君津市,鋸南町等へ現地訪問でおこない,被災農家にヒアリングを実施した。

    台風15号の通過にともなう千葉県における農林水産業への被害は,面積で農業施設等に801ha,農作物等に5,073ha,このほかに畜産等にも被害が及んだ。被害額では農業施設等に276億円,農作物等に106億円となり,全体で約428億円に上った。この中でとくにビニルハウスやガラスハウス等の園芸施設への被害額が大きく,200億円を超えた。園芸施設が被害を受けた主な地域は,八街市,富里市,旭市,山武市などの県北部と,南房総市,君津市,袖ヶ浦市,鋸南町などの中部から南部にかけての広範囲にわたった(千葉県農林水産部農林水産政策課「台風第15号の影響による農林水産業への被害について(第8報)」2019年10月11日付による)。現地調査によると,園芸施設への被害は,ビニルの剥がれやガラス板の部分的な割れや落下などの比較的軽度の被害から,パイプハウスの倒壊やガラスハウスの鋼材の折れ曲がりによる半壊や全壊に至る大きな被害まで多様であった。園芸作物の被害は,主として花き(カーネーション,カラーなど)や,野菜(ニンジン,トマトなど)に対するものであった。

    被害原因の誘因である強風について,気象庁webサイト「各種データ・資料」で,千葉県内のアメダス観測地点のうち風速・風向を観測する15地点の2019年9月9日の日最大風速・風向と日最大瞬間風速・風向を確認した。これによると,日最大風速は9地点で,また日最大瞬間風速は10地点でそれぞれ過去最大を更新した。風向は,前者で南東方向から南方向,後者で東南東方向から南南西方向であった。とくに,台風15号の中心経路に近かった「千葉」では,日最大風速35.9m/s(南東方向),日最大瞬間風速57.5m/s(南東方向)を記録した。

    現地では園芸施設のビニルの切り裂きによる事前の対処行動がみられ,被害を受けた園芸施設に隣接する園芸施設が被害を免れた例も散見された。園芸施設そのものの強度に加えて,設置する位置や方向,周辺の地形などの被害原因の素因が被害状況を左右したと推察される。南北方向で設置された園芸施設の破損や倒壊が確認されたが,さらに綿密な調査が必要になる。強風による風害の特徴として,降雪による雪害の面的・集中的な被害と比べて,局地的・局所的な被害の発生の可能性が示唆された。

    2019年9〜10月に発生した一連の台風被害によって,千葉県は「激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律」に基づく政令で激甚災害の指定を受けた。通常では園芸施設を自己復旧すると補償対象ではなくなるため,撤去業者や建設業者への復旧依頼が遅れて再建の見通しが立たない農家もみられた。被災による農業経営上の経済的負担に限定しても,強風による直接的な被害と復旧に掛かる費用,そして復旧までの不耕作期間の収入減や無収入という三重苦が発生している。総合的・統合的・地域的なリスクマネジメントが求められている。

  • 山地 萌果, 松本 淳
    セッションID: 102
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    降水情報は、気象・気候・水循環の研究といった科学的な目的での利用のみならず、人間活動にも直結する情報として、農業、公衆衛生、水資源管理、教育など幅広い分野での利用が拡がっている。近年は地球温暖化や気候変動に関連して、世界各地で干ばつや洪水といった極端現象が発生しており、世界の雨分布を監視することがこれまで以上に重要となってきている。

    降水量は、雨量計や気象レーダなどの地上測器によって観測が行われてきているが、観測地点は限られる。日本のように高密度な観測網が整備されている国は世界的にみても少なく、観測がおこなわれていても過去情報がアーカイブ・整備されていないことも多くみうけられる。近年では、リモートセンシング技術に進歩により、衛星センサによる継続的な降水観測が実現されており、国境を問わず海上も含めた広範囲の降水情報が取得可能となっている。

    宇宙航空研究開発機構(Japan Aerospace Exploration Agency; JAXA)では、全球降水観測(Global Precipitation Measurement; GPM)計画をアメリカ航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration ;NASA)との共同ミッションとして実施している。GPM計画は、2014年2月に打ち上げられた主衛星と、国際協力により副衛星群によって構成され、高精度・高頻度な降水観測を目指すものであり、GPM計画の元、日本によって開発された降水データが「衛星全球降水マップ(Global Satellite Mapping of Precipitation; GSMaP; ジーエスマップ)」である。

    GSMaPは、北緯南緯60度までの全球の1時間降水量データであり、利用用途に応じて、複数種類のGSMaPが開発・提供されている。レーテンシが重要視される降水の現況監視には、観測後すぐ、実時刻の降水分布を提供できるリアルタイム版(GSMaP_NOW)が活用される一方で、期間や精度が重視される利用用途のためには、3日遅れの雨量計補正版(GSMaP_Gauge)が用いられている。

    GSMaPを用いることで、地上観測の有無に関係なく、2000年3月から現在にいたるまでの世界中の雨分布情報が利用可能となり、データは登録後、無償でダウンロードできる。近年では、一般へのGISソフトの普及や地理教育でもGISが重視されてきている背景もあり、タイルマップ形式での配布も試行している。本発表では、GSMaPのアルゴリズムやプロダクトの概要、精度検証結果、地理教育分野等での更なる活用の可能性について報告する。

  • 原 雄一
    セッションID: 837
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    大阪は江戸時代には天下の台所としての商人の町へと発展した。大正から昭和にかけては日本一の人口となり、東洋のマンチェスターとも呼ばれる繁栄を誇った。第二次世界大戦で焼け野原となるも、高度成長期を経て再度活気を取り戻してきた。その一方で河川や堀は埋め立てられ、高速道路が縦横に整備され、かつての大阪の面影は消え去りつつある。本研究では、激変する都市環境の中にあってわずかに残るかつての記憶の痕跡を明らかにすることで、大阪の過去現在から未来へつなぐことを意図している。

     本研究は、失われつつある大阪の記憶の痕跡をクラウドGISに保存、スマートフォンやタブレットに表示させ、個人あるいはグループでその痕跡を訪ね、大阪の歴史や出来事など街の変化の履歴を実際に歩きながら学習・継承し、次世代へ記憶を継承させていくことを目的としている。

  • 浅見 岳志, 吉沢 直, 綾田 泰之, 山口 桃香, 武 越, 李 詩慧, 封 雪寒, 張 羚希
    セッションID: P120
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1. はじめに

     2020年の東京オリンピック開催を控え,スポーツツーリズムへの関心が高まっている。スポーツ参加型のスポーツツーリズムのうち,日本の特徴的なものとして,スポーツチームがスポーツ活動に適した環境を求め各地を訪問するスポーツ合宿がある。これまでスポーツ合宿地の発展に関する先行研究がなされてきたが,それらは民宿集積地区を中心としたミクロケールの分析に留まる。また近年では,政府により観光圏の設置や地域連携DMOおよび広域連携DMOの設置が進むなど,観光振興における地域間連携への関心が高まっている。そこで本研究では,複数のスポーツ合宿地が近接する地域におけるスポーツ合宿の特性について分析した上で,そうした地域間連携がどのように機能するのかを検討する。

     研究対象地域としたのは,主にサッカーを目的としたスポーツ合宿が実施される茨城県南東部の鹿行南部である。スポーツ合宿地としての領域を考慮し,波崎エリア,神栖エリア,鹿島エリアの旧3市町村を分析対象とした。なお,鹿行南部には地域連携DMO候補法人である「アントラーズホームタウンDMO」が設置され,その主要事業としてスポーツ合宿の推進が行われる。

    2. 鹿行南部におけるスポーツ合宿の性格

     波崎エリアでは,1990年頃から民間宿泊施設によりサッカーグラウンドを中心としたスポーツ施設の設置が行われ,その際に積極的な農地転用が行なわれた。また,エージェントによるスポーツ大会の開催と送客が重要である。現在では宿泊者はほぼ全てスポーツ合宿客であり,そのほとんどがリピーターである。

     神栖エリアでは,1970年頃の鹿島開発により,春季の大規模工場整備の派遣工員を主要な客層とした宿泊施設が設置された。現在はそれらの宿泊施設により,春季以外の閑散期を補うためにスポーツ合宿の受け入れが行われる。宿泊施設によるスポーツ施設の所有は通年を通した管理が困難であるため行われず,スポーツ合宿の際には公共スポーツ施設が用いられる。また,スポーツ合宿の推進に際し,スポーツツーリズム推進室が設置され,行政と民間の協力関係が構築される。

     鹿島エリアでは,少数の宿泊施設でスポーツ合宿の受け入れがなされ,大規模投資が行なわれた宿泊施設の存在が大きい。また,近年はDMOによりプロサッカーチーム鹿島アントラーズのブランド力を利用した,アジア諸国からのインバウンド合宿が行なわれ,新たなスポーツ合宿の形態が認められる。

    3. スポーツ合宿地における地域間連携の可能性

     近接した3つのスポーツ合宿地において,スポーツ合宿への依存度および他産業との関わりがそれぞれ異なる。鹿行南部内での地域間連携は,波崎エリアのスポーツ大会時の神栖エリアへの送客,鹿島アントラーズ関連の大会の波崎エリアでの実施,地域連携DMOであるアントラーズDMOの設置が確認できたが,その重要性はスポーツ合宿全体の規模からすれば大きくない。スポーツ合宿において地域間連携の重要性が低い理由としては,スポーツ合宿におけるツーリストの行動範囲が宿泊施設とスポーツ施設に限定される点,スポーツチームとってはリピートによるマネジメント業務軽減が重要視され,スポーツ合宿地が地域間連携によって新たな魅力を提供する必要性に乏しい点が指摘できる。

  • 初澤 敏生, 天野 和彦
    セッションID: 713
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1.コミュニティFMとは

     コミュニティFMは1992年に市区町村単位の地域を対象として制度化された半径10〜20km程度の範囲を受信エリアとする地域限定のラジオ放送局である。地域に密着した放送局であることから、地域の災害対応などで大きな役割を果たすことが期待されている。しかしその活動の実態に関しては十分に把握されていない。本研究では福島県須賀川市のコミュニティFMであるULTRA FMを事例に、令和元年台風19号への対応を検討する。

    2ULTRA FMの概要

     ULTRA FMはまちづくり会社「こぷろ須賀川」が運営するコミュニティFMである。「こぷろ須賀川」は須賀川市、須賀川商工会議所、地元企業等の出資によって2017年に設立された第三セクターで、中心市街地の活性化に取り組んでいる。ULTRA FMは2019年1月11日の開局であるが、2018年11月12日に須賀川市との間で「災害時における放送要請及び緊急放送等に関する協定」を結んでいる。設立当初から災害対応が期待されていたと言える。

     運営に当たる職員は営業を含めて5名であるが、パーソナリティは30名を超える。年間運営経費は人件費を除き約1500万円、このうち約800万円が須賀川市からの補助金である。放送時間は24時間であるが、独自番組(生放送)は月〜金曜日は6時間、土・日曜日は2時間で、残りの時間は東京FM系のMusic Birdから番組を購入して放送している。

    3ULTRA FM設立の背景

     ULTRA FMの設立に当たっては、何人かのキーパーソンがいた。その一人が「こぷろ須賀川」副社長のA氏である。A氏は東日本大震災の際に須賀川市の災害FMの運営に当たったが、これは短期間で閉局を余儀なくされた。A氏はその後もラジオを用いたまちづくりを追及し、ULTRA FMの開局につなげた。

    局長を務めるB氏は地元の地域紙である「マメタイムス」の記者を長く務め、地域の事情に精通している。

    ディレクターを務めるC氏は東京FM系の制作会社に勤めていたが、ふくしまFMの設立にともなって移籍、その後独立して活動していたが、2010年に郡山市のコミュニティFM設立に携わり、その後郡山市に避難していた富岡町のコミュニティFMを運営し、ULTRA FMの設立にともなって現職に就いた。

     このように、ULTRA FMではキーパーソンがいずれも東日本大震災を報道・放送の場で経験し、その後の災害FMの運営などに関わっていた。災害対応に強い思いを持つ人々がこの放送局の核となっている。それが令和元年台風19号への対応に活かされた。

    4.令和元年台風19号への対応

     ULTRA FMは通常は夜間は無人で放送を行っているが、台風19号は夜に来ることがわかっていたので、10月12日から13日にかけてはA・B・C3氏と急を聞いて駆け付けた市内のパーソナリティの方、計4名で24時間体制で放送を行った。

     放送にあたって課題になったのは情報収集である。前述のとおりULTRA FMは市と災害協定を結んでいた。市としては風雨が強い際には防災無線が聞こえない恐れがあるため、ラジオ放送でそれを代替したいと考えていた。そのため、災害時には市が情報を提供することになっていたが、十分な情報が伝えられなかった。そのため、A氏とB氏が市内を取材して、C氏とパーソナリティの方が放送を担当した。A・B両氏は市内の状況を熟知していたため、どこが被災しやすいかを知っており、そこを取材した。取材内容は電話を通して放送された。

    5.今回の対応の課題

     ULTRA FMの今回の対応で最も大きな課題は情報収集である。従業員数5人のFM局の取材能力は限られる。そのために市と災害協定を結んで情報提供を受けることになっていたが、市からの情報提供は滞りがちになり、独自の情報収集を強いられた。発災時、市には様々な情報が集まる。それを市民と共有することが必要である。

     また、放送に関する課題もある。ULTRA FMは通常の番組の途中に臨時ニュースを流す形をとったが、このような放送では、より多くの情報を求める人々は他の手段を求めることになろう。従業員数から見ればやむを得ないことではあるが、災害時の番組編成を再検討する必要がある。行政等と連携した日常的な準備を期待したい。

  • 田中 健作
    セッションID: P112
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1.研究目的と調査内容

     本報告では,高齢期のQOL構築とモビリティとの関係性を見出そうとする問題意識から,高齢化が急速に進む大都市圏郊外に焦点を当て,加齢によるモビリティ縮小への適応の実態を明らかにすることを目的とする。

    研究対象地域は,報告者が2015年より調査を継続している京阪神大都市圏郊外のA市である。2018〜2019年にA市のXマンション(約450戸,エレベーター完備)に住む60歳以上の28人から,インタビューまたは質問紙による調査協力を得た。Xマンションすぐそばのバス停からは,商業施設と隣接した最寄駅との間を約10分で結ぶ路線バスが1時間に4本以上運行されている。交通利便性や居住環境の整備された,典型的な郊外住宅地域であるといえる。

    2.年齢層別にみた外出行動

     年齢層別に外出頻度と範囲の概況を整理したところ,団地内・周辺および団地外ともに70歳代前半,70代歳後半,60歳代,80歳代の順に外出回数が多かった。70歳代前半の団地外移動回数の平均値は週5回,80代の団地外移動回数の場合は週3回程度であった。なお,最近半年間における外出や利用交通手段の変化は小さかった。70代前半の値の高さは,調査対象者に通勤者が相対的に多く含まれていたり,趣味としてフィットネスクラブに通う人がいたりしたことによるものであった。70歳代後半以上になると,歩行能力の低下により移動の難しくなる人があらわれてくる。

    このように住民の加齢による外出行動の縮小は認められるものの,当該マンションは,加齢を伴っても,歩行に難がない限りは,週に複数日はマンション外に出かけてQOLを維持することができる環境にあるといえる。

    また,当該マンションでは,住民主体の自治会活動やサロン開催が積極的に行われている。これら市民活動もまた,地域の交通環境とともに,加齢によってモビリティの縮小する住民のQOLの維持に寄与している。

    3.加齢によるモビリティ縮小への適応

     モビリティの基礎となる歩行状況をみると,加齢によるモビリティ縮小のモザイク化がうかがえる。すなわち,70代に入ると近隣の坂道歩行に苦をより感じるようになり,移動時間に余裕を持たせたり,乗り物利用を増やしたりする人が増えた70代半ばあたりから,過去10年間の徒歩移動の減少が認識されるようにもなっていた。ただし,加齢の進行や加齢への適応の個人差がより明瞭になる80代以上の場合,70代後半よりも坂道を苦に感じる人は相対的に少なかった。加齢の進行や加齢への適応の個人差によるものと推測される。

    また,加齢によるモビリティの縮小は交通手段利用を分化させていた。これについて調査対象者の免許返納状況により,①運転中、②返納・失効・運転とりやめ、③元々免許なしの3類型に区分して検討した。

    日常生活における外出回数および外出範囲の過去10年間の変化をみると,類型①と③は「縮小」と「変化なし」の二極化しており,類型②ではこれに外出回数に変化はないものの外出範囲を狭めている人が含まれていた。

    徒歩を含む移動手段の変化をみると,バス交通の利用が相対的に増加し,電車利用が相対的に減少していることから,日常的な移動範囲は概ね最寄駅周辺からA市周辺の範囲に収斂しつつあると推測される。

    移動手段全体でみると,各類型に共通してバス交通の利用が多くなっていた。このため,週に1回以上利用する乗り物の数は類型①,②,③の順に多くなっていた。増減に着目すると,①と③の増減幅は小さく,②では大きくなっていた。これは自家用車運転の取りやめと,それによるバスとタクシーの利用が大幅に増えたためである。当該地域は農山村に比べて移動環境が優れており,車の運転も比較的早くに取りやめることができる。交通サービスの発達は,週1回以上の外出を支えてきたことがわかる。

     こうした移動方法の変化に対する満足度は,どの類型においても「やむを得ない」とする人が多かった。概ね,加齢によるモビリティ縮小を受容していることがわかる。②にのみ「やや不満足」や「不満足」が複数人みられ,主観的QOLに影響を与えている可能性がある。比較的元気なうちに運転を手放せるがゆえ,活動ニーズの高さとモビリティ縮小との間にミスマッチも生じやすいものと考えられる。

    ※本研究では科学研究費(課題番号18K12589)を使用した。

  • ―国勢調査市区町村統計表および都市雇用圏による分析―
    薄井 晴
    セッションID: 302
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1.既往研究の課題と研究目的

     出生率は地方部で高く都市部で低いという傾向が,欧米諸国や日本で共通して確認されている.しかし,そのような分布パターンが生じる要因が解明される段階には至っていない(Kulu 2013).

     このように出生率の空間的分布パターンが立ち遅れている原因としては,市区町村別統計表を分析する際の作業量が膨大である点と出生率の地域差が生じる要因が多岐にわたる点が想定される.しかし,インターネット上での統計表公開が進み,とくに前者の障壁は克服可能なものになりつつある.

     以上を踏まえ本研究では,全国的かつ通時的な統計分析を実施し,合計特殊出生率の地域差が生じる要因として有力な仮説を提示することを目的とする.

    2.研究方法

     本研究ではまず,Kulu(2013)の枠組みに基づき,出生率の規定要因として想定される候補を提示する.そのうち,国勢調査を用いた指標化が可能であるものを取り上げ,合計特殊出生率との単相関分析を行う.分析対象地域は日本全国,分析対象年次は2000年以降とし,分析指標の数は最大157となった.

     なお,本研究では可変単位地区問題によって分析結果の解釈に混乱が生じることを避けるため,以下の手順を踏まえる.

    (1)都市雇用圏を用いて市区町村を「中心都市・郊外・都市雇用圏外」等に区分する.そして,その区分別に合計特殊出生率の構成比を検討することで,出生率分布により厳密な説明を加える.

    (2)相関係数を計算する際には,都道府県と市区町村の両方を分析単位として設定し,両者の結果を比較しながら分析する.

    3.都市雇用圏と合計特殊出生率の関係性

    (1)「大都市雇用圏に含まれる自治体」「小都市雇用圏に含まれる自治体」「都市雇用圏外」の順に,合計特殊出生率の高い自治体の割合が増していく傾向が確認された.

    (2)「中心都市」「郊外」「都市雇用圏外」の順に,合計特殊出生率の高い自治体の割合が増していく傾向が確認された.ただし,2005年になるとこの傾向は小都市雇用圏を中心に変化する.

    (3)都市雇用圏を総人口で区分した結果,都市雇用圏内の総人口が増加するにつれて,合計特殊出生率の高い自治体の割合が減少していく傾向が確認された.

     以上の結果より,出生率の地域差を分析する際に,都市圏構造を無視することはできない点が指摘される.

    4.合計特殊出生率と規定要因の候補との単相関分析結果

     正の強い相関関係が確認された指標は,高齢人口割合の高さ,1世帯あたり人員の多さ,通勤時間や通勤距離の短さ,住宅の広さ,居住地移動の少なさに関するものであった.負の強い相関関係が確認された指標も,上の結果と概ね対応するものであった.

     以上の結果より,独立転居によって親族から子育て世代への支援が減少している点,人口過密問題によって長い通勤時間や狭小な住宅が強いられている点が,とくに都市圏の中心都市・郊外における合計特殊出生率の低下に寄与していることが推測される.

    参考文献

    Kulu, H. 2013. Why Do Fertility Levels Vary between Urban and Rural Areas?. Regional Studies 47: 895-912.

  • ―愛媛県松山市中心部の大街道・銀天街商店街に関する大学生による手描き地図の変化を手がかりに-
    淡野 寧彦
    セッションID: P102
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     各地域に存在する中心商店街は,その衰退や今後のあり方について幅広い研究分野から関心がもたれ,かつ身近な地域を知る具体例として教材にもなりうる。報告者もまた,愛媛県松山市の大街道・銀天街商店街を対象として,愛媛大学生に手描き地図を作成してもらい,その特徴についてグループワークなどを通して学生自身に分析・発表させるといった授業を展開している。また,その手描き地図にみられる諸特徴について報告者自身も分析を行い,愛媛大学により近接する大街道商店街に立地する店舗等の記載が多いことや,買物だけでなく娯楽目的の来訪も多いこと,商店街のメインストリート部分がL字状に強調されることなどを示した(淡野,2015)。

     こうした傾向は毎年継続してみられるものであったが,2019年10月の授業にて作成された手描き地図には,明らかな変化がみられた。すなわち,その作成時点で全国的なブームのなかにあり,数多くの店舗が出現したタピオカドリンク(以下,TD)店に関する記載の増加である。さらに,TD店周辺部に関する描写も,過去のものと比較して詳細になる傾向がみられた。

     そこで本報告は,全国的なブームを背景としたTD店の相次ぐ立地が,特定地域に対する若年層の意識や行動にどのような影響をもたらしたのかについて考察することを目的とする。主な研究方法は,2018年と2019年の愛媛大学生による大街道・銀天街商店街に関する手描き地図の内容に関する比較と,2019年の受講学生についてはTDの消費に関するアンケート調査も別途実施した。

    2.大街道・銀天街商店街におけるタピオカドリンク店の分布と特徴

     分析対象とした9店のうち8店は,銀天街商店街東端の「L字地区」と通称される場所ないしその近辺に集中立地している。また,9店中7店は2019年の開業であり,ブームの影響を強く感じさせる。各店舗の開店時間は11〜20時頃である。店舗内に15席程度の喫茶スペースを設ける店舗が2店存在したが,商品購入後は店舗外でTDを飲むこととなる店舗のほうが多い。

    3.大街道・銀天街商店街の描かれ方とその変化

     2019年の手描き地図において,地図中に記載されたTD店舗数の1人あたり平均と標準偏差は,男性(45人)が0.3±0.7店,女性(48人)が1.5±1.3店となり,t検定による1%有意水準においても女性による記述のほうが有意に多い結果となった。なお,手描き地図中に示されたTD店の場所は,実際の立地とおおむね合致していた。

     次に,2018年と2019年の手描き地図中に記された全業種の店舗数の平均と標準偏差をみると,大街道商店街では10.4±4.4店から11.4±6.2店に増加したものの有意な差異は認められなかったのに対して,銀天街商店街では5.3±4.6店から7.8±6.1店と有意な増加がみられ(検定方法は同上),TD店の立地が銀天街商店街への来訪や認知の向上に影響していることが推測された。

     一方で,2019年受講学生にTDの消費について尋ねたアンケート結果では,女性において消費機会が多いものの,月2・3回以上の消費は女性全体の3割弱にとどまり,分析対象とした店舗の利用割合も30%前後の店舗が多く,必ずしも頻繁にこうした店舗を訪れているわけではない様子もみられた。なお報告当日には,Instagramに投稿された写真からTDと当該地域の関係についての検討も示すこととしたい。

    4.おわりに

     TD店の新たな立地は,これまで若年層が訪れる機会の少なかった場所への訪問を促し,その近辺を含む場所への認知向上に結び付きうることが,分析を通じて明らかとなった。ところで今日,社会の変化はますます急速となり,これに対して学術研究がいかに寄与しうるのか,期待と同時に厳しい視線が送られている。本抄録作成時点で,TDと地域の関係性について論じた学術的な分析は管見の限りみられない。一方で,本報告で用いた分析手法は,地理学においてオーソドックスなものが主である。社会における関心が急速に高まる現象に注目し,客観的なデータの獲得を前提としつつも,なるべく速やかに研究分野からの視点やとらえ方を広く示すことに,報告者は学術研究の1つの将来性をみたいと考えている。

  • ―農業分野におけるジャンボタニシを事例として―
    西尾 さつき
    セッションID: P123
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    本研究は、侵略的外来種であるジャンボタニシを取り上げ、農業における外来種と人間の関係を検討するために、日本における農薬関係企業と農家という二つの具体的なアクターを中心に調査を実施した。

    まず、ジャンボタニシの生態や、それによる影響について、また、ジャンボタニシに対する制度が現況に至るまでの流れと、現在までに提唱されている被害への対処の方法を整理した。次に、農薬を製造する農薬業界を取り上げ、農薬販売数の統計データと、国内の農薬関係会社6社への聞き取りと国外メーカー2社へのメールインタビューをもとに、ジャンボタニシを駆除する農薬が販売される背景を精査した。さらに、ジャンボタニシへの対策が科学知として形成される一方で、個々の農家はいかにジャンボタニシを認識し、被害へ対応をしているかを、愛知県大口町の農業オペレーター4戸、三重県松阪市の大規模農家2戸への聞き取りをもとに述べた。加えて、ジャンボタニシを利用した農法、ジャンボタニシ除草へ注目し、これが成立する経緯を整理し、さらにこれを支える社会的背景・要因について、福岡県の農家10戸を対象に行った聞き取りとから明らかにした。最後に、福岡県内のジャンボタニシ除草利用農家と、非利用農家の間にある差異について、統計分析を用いて各農家へ行ったアンケート結果の検討を行った。

    以上の検討を通して、直接ジャンボタニシと接する農家は、その生態を良く観察し、経験知を蓄積しながら、駆除を行ったり時には利用したりしてきたことが明らかになった。さらにその背景には農家以外のさまざまなアクター、またジャンボタニシの生態や外来種としての性質が関係していることが示された。日本社会におけるこの侵略的外来種は、複雑な関係の中に置かれている社会的な存在であり、こうした視点を持つことは、今後外来種に関する問題の解決を試みる際にも、重要であるだろう。

  • 初澤 敏生
    セッションID: S505
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1.本報告の目的

    2019年10月12-13日にかけて、福島県内は多くの地域で台風19号による水害の被害を受けた。しかし、その被害の状況や影響は地域によって大きく異なる。本報告では福島県中通り地域(阿武隈川流域)の本宮市を例に、その被害の状況を報告する。本宮市は中心商店街が被災し、その復興が大きな課題となっている。本報告では報告者による調査も踏まえて状況を紹介したい。

    2.調査の概要

    本宮市では台風19号により7名の死者を出している。中心市街地の多くが浸水し、平屋住宅に住む高齢者が避難できないまま溺死する事例も見られた。現段階で把握されている建物被害は全壊249軒、大規模半壊184軒、半壊395軒となっている。

    報告者は本宮市の被害状況を把握するため、10月15日、11月16日、12月14日、1月17日の4回にわたり、現地調査を行った。特に11月と12月、1月の調査では、商店の再開状況を調査した。調査地域は中心商店街を構成する7地区で、これらの地区は全域が浸水している。特に安達太良川の北側の地域は浸水の度合いが大きく、既に取り壊されている家屋もある。

     商店の地区別再開状況を実地調査により把握した。再開率(全体の平均)は11月調査の段階で37%にとどまっていたが、12月調査では61%、1月調査では63%に上昇している。しかし安達太良川北岸の3地区では再開率が低く、中でも旧街道沿いの地区では再開率は28%にとどまる。

     休業店舗の特性をとらえる上では立地上の考察が有効である。例えば、メインストリート南部で休業中の店舗は、多くがその中でも最南部のところに立地している。また、メインストリート北部では、休業中の店舗は逆に最北部のところが多い。これを1986年8月5日の水害時の浸水実績図と重ねると、当時の浸水地域として示されているところで今回の水害でも長期休業に追い込まれている店が多いことが認められる。水害に会いやすい地点に立地している店舗が今回の水害でも甚大な被害を受けているのである。安達太良川北部地域の甚大な被害も、同様に説明できる。

feedback
Top