日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
選択された号の論文の337件中51~100を表示しています
発表要旨
  • 米家 泰作
    セッションID: 803
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.問題の所在 近代の帝国主義のもとで展開した科学的林業と植民地的環境主義の関係をめぐって,近年,日本に注目が集まっている。報告者は,近代日本の林学と林政が,植生遷移の視点から,植民地の在来の林野利用を「荒廃」の要因と位置づけ,植民地政府による森林の保全や育成を図ったことを議論してきた(米家2019,米家・竹本2018,Komeie 2020)。本報告ではこうした関心から,日本統治期に造林が試みられた台湾海峡の澎湖島に注目し,「木が無い島」(図1)とされた同島の植生史をめぐる論争が,植民地の林政といかに関わったのかを議論する。

    2.本多静六の人為的「荒廃」説 台湾併合の翌1896年,帝国大学の林学助教授・本多静六は台湾の植生調査を行い,気候に応じて形成されたはず森林植生が,住民とその生業によって「荒廃」したと想定した。樹林に乏しい澎湖島はその典型例とされ,本多は造林による森林回復の必要性を提言した。本多の想定は歴史学的な検討を欠いていたものの,台湾総督府で人類学と歴史学にたずさわった伊能嘉矩に継承された。伊能は,近世の中国人移民による森林伐採を示唆する史料を提示し,森林の人為的な消滅を論じた。

    3.風害説と植民地林政の造林策 一方,台湾併合直前に澎湖島の植物調査を行った植物学者の田代安定は,台湾総督府で林政を担うことになり,軍港として位置づけられた同島の造林に取り組んだ。その意味で,澎湖島は初期の植民地林政の成否にかかわる焦点だったといえる。ただし,田代は無樹林の原因を強風と乾燥,およびそれまでの造林策の欠如に求めた。田代の考えのもと,殖産局は本多や伊能の人為的「荒廃」説を退け,保安林の設定に努めたが,造林策は成功するには至らなかった。

    4.植生史論争のゆくえ 過去の樹林を想定する人為的「荒廃」説は,学知に基づいて植民地林政とその造林策を正当化するものであったが,澎湖島の造林に失敗しつづけた植民地林政としては,むしろ風害を強調することで批判をかわそうとしたようにみえる。過去(無樹林の要因)と現在(造林の困難)に向けられた二つの立場は,明確な決着がつかないまま融合して日本人の間で受け入れられ,ともに造林に取りくむ植民地林政を支える役割を果たした。

  • 若狭 幸
    セッションID: 707
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    無人航空機(Unmanned aerial vehicle: UAV)を用いた地理学、地形学的研究は、昨今、数多く実施されている。UAVを用いて取得された画像は、衛星画像に比べると高解像度であり、任意の時に取得できるため、災害時の状況把握や早急な原因究明のために有効な手法であるとして活用されている。活用されている手法の多くは、動画取得による現状把握、可視カメラを用いた高精度地形図の作成などであり、いずれも可視画像を用いている。しかし、UAVを利用したリモートセンシング研究以外の衛星リモートセンシング研究やその他の航空測量研究分野などでは、可視画像のみならず、マルチスペクトル、ハイパースペクトルなど多波長画像が用いられたり、赤外線カメラやレーザーを用いた測定、測量など、種々のセンサーを搭載した研究が実施されている。そこで、本研究ではマルチスペクトルおよびハイパースペクトル画像を用いたUAVマルチ/ハイパースペクトルリモートセンシングを用いた災害調査の可能性について検討し、その結果を報告する。

    マルチ/ハイパースペクトルカメラは大型でさらに高価あることが多く、これまでUAVに搭載され、災害調査用に利用されることはなかった。しかし、超小型衛星用の液晶波長可変型フィルタ(Liquid Crystal Tunable Filter: LCTF)搭載型マルチ〜ハイパースペクトルカメラが開発され、それをUAV用に適用させたカメラが開発されたことにより、その可能性が高まった(Kurihara et al., 2018)。マルチ/ハイパースペクトル画像は、地表面物質のスペクトル情報が入っており、地表面に存在するものの識別を多種化することができる。例えば、単なる裸地だけでなく、どのような土壌が存在するのか、そこに含まれる粘土鉱物の種類などを識別することができる。

    斜面崩壊時、その崩壊面や崩壊発生源となった原因である地質、特に粘土層の存在やその範囲等を推定する必要がある。しかし、崩壊面は危険であったり、広範囲であったりするため、すべての地域の調査には時間を要する。一方で、前述したようなマルチ/ハイパースペクトル画像を取得できるカメラを用いることにより、UAVリモートセンシングでこれらの問題が解決できる可能性がある。広範囲に粘土鉱物が含まれる層の位置や、その量の推定などが、リモートで調査できるため、これまで困難であった問題に着手できることが期待される。

    そのために、災害調査に適したカメラの開発と、実際に災害が発生した際に速やかに撮影ができるような撮影システムを整えておくことが必要である。そこで本研究では、第一に、2018年9月6日に発生した北海道胆振東部地震で発生した土砂災害地の土壌試料のスペクトル特性を分析し、土砂災害調査のために必要な反射スペクトルの波長域を推定した。次に、カメラの開発後に速やかに調査撮影ができるように、撮影システムを構築し、試験飛行を実施した。

    北海道胆振東部地震により発生した斜面崩壊地から採取した土壌試料の反射スペクトルには、1400 nm、1900 nm周辺に大きな吸収帯が存在した。このスペクトル特性は、モンモリロナイトの特性に類似しており、土壌中にモンモリロナイトが含まれていることが示唆された。崩壊面にはモンモリロナイトのような膨潤性の高い粘土鉱物が含まれていることが多いため調和的である。

    一方で、試験飛行はLCTFが搭載されたカメラを用いて実施された。試験飛行は概ね成功し、実際の土砂災害地の撮影にあたって考慮すべき注意点がいくつか抽出された。規格化するために置いた標準板が見える高さで撮影をする必要があることと、標準板を置いた場所でなければ撮影ができないということである。また、撮影はバンドごとに実施するため、位置補正が難しいことなどである。

    以上のようなことにより、本研究では、UAVを利用したマルチ/ハイパースペクトルリモートセンシングが災害調査に利用可能かどうかを検討した。その結果、1400 nm、1900 nmの波長域を含めた粘土鉱物を識別できるカメラを開発することにより、UAVを用いて広範囲に粘土の分布を調査することが可能となり、本手法が災害調査研究に活用できることが示された。

    引用文献:Kurihara, J., Y. Takahashi, Y. Sakamoto, T. Kuwahara, K. Yoshida, HPT: A High Spatial Resolution Multispectral Sensor for Microsatellite Remote Sensing, Sensors, 2018, 18, 619.

  • 大貫 靖浩, 小野 賢二, 安田 幸生
    セッションID: 819
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    森林の持つ多面的機能の中に、森林土壌の保水機能(水源涵養機能)がある。保水機能は以下の2つに大きく分けられる。1つ目は雨水を土壌中に保持する能力で、土壌に空いている隙間の割合(空隙率)や土壌の水分率を測定すれば算出できる。2つ目は土壌中に水を貯えることが可能な容積で、土壌の空隙率と土壌の厚さを測定すれば算出可能である。イメージ的には、前者は通常時に使える土壌中の水の「貯金」、後者はもしも(大雨)の時に水を容れることのできる「保険」に例えることができる。演者らは、岩手県北部の安比高原ブナ二次林に調査地を設定し、「貯金」の指標と考えられる土壌含水率と、「保険」の主要因子である表層土層厚(土壌厚)を多点で測定し、一部で土壌断面調査を実施して土壌の透水性と保水性を測定して、両機能の定量化を試みた。測定の結果、平常時の土壌の保水機能という観点からみると、安比のブナ林の土壌は最表層を除けば水を保持しやすいと言えた。一方、水を容れられる容量としては、大雨の際に雨水を地下に浸透させやすいものの、全体的には土壌が薄く貯水可能量は大きくないと推察された。つまり、土壌中の水の「貯金」は十分だが、もしもの時の「保険」はそれほど大きくない。ただし、一部に分布する厚い土壌層の部分が、大雨の際には洪水を抑止する効果を担っていると考えられる。

  • 石毛 一郎, 上野 剛史, 後藤 泰彦, 松村 智明
    セッションID: 107
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    千葉県内の公立高校について、次の4点について調査した。

    ①2019年度の地理授業の開講単位数

    ②2019年度の地歴公民科教員数と地理専門教員数

    ③2019年度の第1学年学級数

    ④2022年度の教育課程における地理の設定状況

    129校中108校から回答を得た。

    ①については、

    16-20単位が最も多く(28校)、次いで6-10単位(24校)、11-15単位(14校)の順に多かった。開講されていないのは、9校であった。

    ②については、

    1人が51校、2人が16校、3人が2校であり、0人は39校であった。

    ③については、

    8学級が最も多く(39校)、次いで4学級(19校)、5学級(13校)の順に多かった。

    ④については、

    まだ多くの学校が未定であり、2020年6月の県教育委員会への提出に向けて、各校における検討が進んでいる。

    以上のことより、

    ・地理専門教員数が不足するため、採用担当部署へ新規採用を要請する。

    ・歴史や公民の教員らと、地理総合の授業に向けた協働が必要である。

    ・各都道府県の高校地理部会が連携して、情報交換や情報共有を深めることが求められる。

  • 澤 宗則, 南埜 猛
    セッションID: 309
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.問題の所在

    日本において, 「インド料理店」が急増している。しかし新規店舗は, ネパール人経営者と料理人であることがほとんどである。しかも, チェーン店化していてもあまり繁盛しているようには見えない。本発表ではネパール人経営の「インド料理店」が急増している理由・背景の解明を出発点として, ネパール人移民のエスニック戦略を神戸市を事例として明らかにする。

    エスニック戦略とは, エスニックな社会集団の構成員が, そのネットワークを社会関係資本(Social Capital)として活用しながら, ホスト社会の中で独自に実践する方策である。

    日本ではベトナム人とならびネパール人の移民が急増している。ネパール人は日本語学校の留学生(いわゆる「出稼ぎ留学生」 が多い), 「インド料理店」の経営者・料理人, および料理店関係者の妻子が主である。

    2.神戸市のネパール人

    神戸市もネパール人は急増している。東灘区深江浜に食品工場(弁当・冷凍食品など), 中央区・東灘区に多くの日本語学校・専門学校が立地し, 両区にネパール人は多い。食品工場の労働者は, かつては「日系人」が主力であったが, 現在は日本語学校のベトナム人・ネパール人などの留学生や, ネパール人料理店経営者や料理人の妻子が主力となった。日本語学校は, 東日本大震災(2011年)以降減少した中国人学生の代替としてベトナム人とネパール人学生を積極的に増やした。人手不足のコンビニ, 食品工場, ホテルのベッドメーキングが, ネパール人留学生と料理人の妻子のアルバイト先となった。

    3.神戸市の「インド料理店」のエスニック戦略

    神戸市のインド料理店も急増し, 新規店舗の多くはネパール人経営である。「インド料理店」とは, インドカレーを看板メニューにした飲食店であるが, 経営者がインド人, パキスタン人, ネパール人でその経営戦略が大きく異なる。①インド人経営の場合, 古くからのインド人集住地(中央区北野〜三宮)に集中し, インド人定住者向けの料理店を発祥とし, 現在は日本人(観光客を含む)向けのやや高級な非日常的なエスニック料理を提供する。食事も内装もインド伝統にこだわる。ウッタラカンド州のデヘラドゥーン周辺出身からのchain migrantがほとんどである。②パキスタン人経営の場合, 中央区の神戸モスク・兵庫モスクのそばにハラール食材店とともに局地立地。ムスリムが主な顧客で, ハラール食材のみ使用し, アルコール飲料も原則置かないため, 収益はあまり期待できない。経営者は, 中古車貿易業が主であり, 料理店は食事面で不便なイスラム同胞のために開始したサイドビジネスであることが多い。印パ分離独立(1947年)にインドからパキスタン・カラチに避難したムスリムが多い。③ネパール人経営の場合, 駅前・郊外・バイパス・ショッピングモールなどに居抜きで出店(出店料を抑える)。昼はランチ1000円未満のセット(ナン食べ放題など)を提供する定食屋, 夜は飲み放題などの居酒屋として, コストパフォーマンス重視の戦略である。主な顧客は日本人である。経営不振の際は夜にもランチメニューを導入, さらには価格を下げることで対応しているが効果は薄い。経営赤字は妻子の収入(食品工場・ベットメーキング)で補填している。できる限りチェーン店化を進め, 兄弟, 親戚, 同郷者を呼び寄せる。チェーン店化が進むほど, チェーンマイグレイションが進む。山間部のバグルン周辺出身者がほとんどである。必ず実家へ送金し(料理人の月収は約13万円, 生活費3万円, 残りの10万円送金), 実家の子どもの教育に投資, さらには実家が平野部の都市・チトワンに移動する場合もある。日本のネパール人留学生が卒業後, 料理店を起業する場合も増加した。さらには, 出身地で「日本語学校」を起業する場合もある。

    4.エスニック料理店のエスニック戦略

    「エスニックビジネス」としての「インド料理店」はそれぞれの地域の資源(顧客層)を独自に読み解きながら, エスニックネットワークを社会関係資本として活用し, 独自のエスニック戦略のもと経営を行っている。「エスニックビジネス」を単体のみで考えるのではなく, トランスナショナルな領域で形成されている社会関係資本の一部として考える必要がある。

  • 木村 恵樹, 苅谷 愛彦
    セッションID: P192
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    はじめに  南部フォッサマグナに含まれる富士川沿いの地域では,斜面崩壊(以下,崩壊とする)の研究が多数行われている.しかし崩壊地形の発達史が明らかにされた事例はまだ少ない.天守山地北部の身延町栃代(北緯35.45度,東経138.53度)にも顕著な崩壊地形が存在するが,詳細は未詳であった.本研究は地形判読や踏査に基づき,この崩壊地形の特性と発達史を解明したものである.

    地域概要 天守山地はユーラシア,フィリピン海および北米の各プレート三重境界付近にあり地殻変動が活発で,多雨地帯である.栃代周辺には毛無山(標高1945 m)や雨ヶ岳(1772 m)など,天守山地でも大起伏な山系が連なる.毛無山北面を源流とする栃代川が調査地域を北西に流下する.一帯は主に新第三紀の泥岩層と玄武岩層から成り,泥岩の一部が向斜構造を示す.

    方 法  傾斜量分布図や陰影起伏図,等高線図を判読して地形分類を行った.また,それに基づき踏査を行った.

    地形・地質の特徴  栃代川左岸に最大幅0.5 km,長さ1.5 kmの明瞭な緩斜面(面積6.0✕105 m2)があり,栃代集落が立地する.緩斜面の上面には長径2 m超の玄武岩の巨礫が散在し,半閉塞凹地も存在する.緩斜面の後方には標高800〜1200 m付近に長さ約1 kmの馬蹄形急崖が2つ,1400〜1600 m付近に同約2 kmの急崖が1つ存在する.緩斜面東縁には玄武岩の巨礫から成る不淘汰礫層が露出する(図の▲など).また緩斜面北部にも玄武岩と著しく破砕した泥岩から成る不淘汰礫層が分布する(同■).緩斜面西側では泥岩上に不淘汰角礫層を認める(同●).以上の特徴から,急崖は崩壊の滑落崖,緩斜面は崩壊物質(移動体)と判断される.また崩壊物質の体積は,観察に基づき平均層厚を10 mとすれば6.0✕106 m3となり大規模級に分類される.

    栃代川右岸の支流には,栃代付近の崩壊物質に対比される不淘汰角礫層が遡上して残存する.それらは玄武岩礫を主とするが,栃代付近よりも細粒である.右岸支流の3カ所で崩壊物質を覆うガラス質細粒テフラ層を発見した(同★).本テフラ層の直下は崩壊物質であるが,直上は近傍の斜面に由来する崖錐物質である.本テフラは無色透明な泡壁型平板状〜X・Y字状ガラス片を主とする.主成分化学組成分析により本テフラは姶良Tn(AT;30.8 cal ka)に同定される.ATとの層位から,栃代付近に発達する崩壊物質は31 cal ka頃かそれ以前にもたらされたと推定される.

    段丘状地形 栃代より移動体下流の栃代川両岸には,上面の高度が滑らかに連続する段丘状地形が複数の地点に存在する.上面と現河床との比高は5〜6 mで,不淘汰な亜円礫〜亜角礫の玄武岩と泥岩から成る.インブリケーションも確認できる.これらの段丘は崩壊発生と同時,または後成的に形成された土石流段丘か河成段丘の可能性がある.

    崩壊地形の発達史  以上に基づき崩壊地形の発達史を検討した.1)31 cal ka頃かそれ以前に栃代南方の山腹で大規模な崩壊が発生し,滑落崖を残した.玄武岩や泥岩の巨礫を含む大量の岩屑が移動した.2)岩屑は栃代付近に定置して緩斜面を形成する一方,栃代川の右岸谷壁へも乗り上げた.3)その後,栃代川の下刻により緩斜面は段丘化した.また下流にも段丘が形成された.

  • 千葉 晃
    セッションID: P143
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    2011年3月11日の東日本大震災当日・避難時に、どこで降雪があったのかを、動画投稿サイトYouTubeの動画と生徒の作文集を用いて特定した。本研究は、先行災害の復旧途中で別の災害が加わる複合災害を意識し、今後の減災への情報提供としたい。津波襲来時に最も激しく雪が降っていたのは、宮城県東松島市である。YouTube上に投稿されている「震災を忘れない」の番組配信動画からである。そのなかで宮城県多賀城市では河川への津波遡上時に、うっすらと積雪があることを確認した。宮城県石巻市では、日和山公園において住民の避難時に降雪がみられた動画が存在する。宮城県仙台市宮城野区南蒲生浄化センター、夢メッセみやぎでも降雪が確認できた。特筆すべきは仙台沖15海里の海上で大粒の雪が降っている動画もあった。前述の「つなみ」作文集でそれを補った。一例として宮城県気仙沼市立大谷(おおや)小学校3年生(当時)、同名取市にある宮城県農業高校1年生(当時)の証言から、これら行政域内で降雪があったことが証明された。以上のように大震災当日に降雪が確認できた範囲は、連続的ではないものの最も北は宮城県気仙沼市、南は同県岩沼市まで直線距離で約110kmにわたっていた。

  • 室井 和弘, 赤坂 郁美
    セッションID: P179
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.はじめに

     冬季の日本では、季節風による天候が卓越する一方で、低気圧による降水も見られる。Chen et al.(1991)などによって、冬季の日本付近は低気圧活動が活発であることが明らかになっている。また、Adachi and Kimura(2007)によると、冬季の日本付近を通過する低気圧には主要な経路として、本州南岸を通過する経路、日本海を通過する経路、中国大陸から日本の北を通過する経路の3種類が存在している。低気圧の通過による日本の天候への影響は、低気圧の通過経路によって異なるため、通過経路ごとの季節性や年々変動を明らかにすることは、冬季の日本の天候を把握する上で重要である。そこで本研究では、冬季に日本付近を通過する低気圧の経路分類を行い、経路ごとの通過頻度と年々変動を明らかにすることを目的とする。

    2.使用データと解析方法

     1981年12月〜2016年2月の冬季3ヶ月を対象に、気象庁アジア太平洋地上天気図(UTC0時・12時)を用いて日本付近に前線を伴って出現した低気圧を抽出した。12時間おきに低気圧の中心位置を緯度経度1˚×1˚グリッドで決定し、直線で結ぶことで低気圧の通過経路を特定した。特定された低気圧経路は、通過領域ごとに経路分類を行い、各年の低気圧経路の通過頻度を明らかにした。

     

    3.結果と考察

     低気圧の高頻度域は、本州の南岸、関東の東沖、日本海中部から北部に見られる(図1)。これは、Adachi and Kimura(2007)などと同様の結果であり、本州の南岸を通過する低気圧と日本海を通過する低気圧に対応する領域に高頻度域が示されたと言える。次に、図1を基に低気圧経路を分類した結果を示す。主要な経路が4種類あり、本州南岸を沿うように通過する経路(『南岸』)、日本海を通過する経路(『日本海』)、中国大陸上に出現し日本の北を通過する経路(『大陸』)、140̊E以東の海上に出現する経路(『東沖』)が見られた。

    対象期間における低気圧出現数の平均値は約31.8個であった。1991年が最も多く53個、2013年が最も少なく21個であった。1991年をピークに出現数は減少傾向にあり、2000年代後半にかけてこの傾向が持続していた。近年は、ほぼ横ばいである。

    経路別では、対象期間における通過頻度の割合が最も高かったのは『南岸』で約35.2%であった。次いで『東沖』が約21.3%、『日本海』が約18.8%、『大陸』が約14.1%となった。また、『南岸』を除いた3種類の経路で、1990年代以降に通過頻度が減少していることが分かった。『南岸』には、1980年代に減少傾向が見られたが、1990年代以降では明瞭な減少傾向は見られなかった。

  • 岡 暁子, 高橋 日出男, 鈴木 博人
    セッションID: P170
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    はじめに

     東京では夏季の午後から夜間にかけて,大気の不安定性に伴って発生する局地的な雷雨により,しばしば内水氾濫などによる被害が都市部にもたらされる.東京周辺での強雨発現の時間変化について先行研究では降水量や降水頻度が東京都心から山の手で正午から夕方にかけて多いこと(藤部 1998)や,最近100年で暖候期の午後に降水量が30%増加している(Fujibe et al. 2009)こと,東京都心では降水の上位階級の発現が遅れること(澤田 2017)などが報告されている.関東周辺の降水の日変化の地域性について齋藤・木村(1998)や澤田(2000)によれば山岳域で午後に降水頻度が高く,平野部では頻度の高まりが遅れる一方で,沿岸部や海上で午前中に降水頻度が高まることが指摘されている.しかし先行研究ではアメダスを用いた事例が多く,降水の局地性と広域性を考慮した上で,稠密な雨量計資料を使用した強雨頻度の日変化を系統的に調査した事例は少ない(高橋ほか 2016).岡ほか(2019)では東京都と埼玉県を対象に稠密な雨量計資料を用いて,15年間の夏季における強雨発現特性について詳細な分析を行い局地的強雨が都区部西部や北部で多くなることを明らかにし,東京都内を中心に強雨発現特性に詳細な地域性が現れることを提示した.そこで本研究ではその続報として,局地的強雨日に着目し,強雨発現頻度の日変化の地域性を明らかすることを目的とする.

    解析資料

     解析対象領域は岡ほか(2019)と同様に北緯35.5-36.25度,東経138.875-140度の範囲内でAMeDAS・気象官署,国土交通省,JR東日本,東京都・埼玉県などの自治体による全290地点の1時間降水量を使用した.対象期間は1994年から2010年のうち,埼玉県のデータが得られなかった1997年と2006年を除く15年間の夏季(6月から9月)とした.観測データについては品質管理を行い,欠測率が15%以下の地点を使用した.

    解析手法

     本研究では対象領域内の1地点以上で1時間降水量が20 mmを超える強雨日のうち,岡ほか(2019)で定義した局地的強雨日(358日)を対象とした.各観測地点における時刻ごとの局地的強雨頻度を集計し,それと全地点平均した時刻ごとの頻度との差を基準化したものに,ユークリッド距離を指標としたクラスター分析(Ward法)を施した.最終的なクラスター数は結合するクラスター間距離を考慮し5個とし,対象地域を5つの地域に区分した.

    強雨頻度の日変化による地域分類とその特徴

     局地的強雨日の強雨頻度日変化をもとにした,クラスター分析による地点分類結果を付図に示す.これによると都区部西部(Cluster5)や多摩地域(Cluster4)は同クラスターの地点が空間的によくまとまって分布しており,これらでは日中午後と夕方以降の2回の強雨頻度の極大がみられる.特に都区部西部では15-17時と20-23時の極大の間の18時に強雨頻度が顕著に低かった.一方で,埼玉県中部や群馬県に分布するCluster2では夕方前後に強雨頻度が特に大きくなり日中午後の極大は見られない.両者の間に位置する東京都と埼玉県の都県境付近や都心部を中心に分布するCluster3では18時から22時に連続して頻度が高く,埼玉県中央部の一山型から多摩地域や都区部西部の二山型へ日変化型が変化する遷移帯的な特徴を呈していた.

     今回は都区部西部(Cluster5)の二山型に着目し,強雨頻度の高い15-17時と20-23時のそれぞれに都区部西部で強雨が発生した事例を対象として,予察的に都区部西部で強雨をもたらした降水域の挙動を確認するため,強雨発生前後の降水量分布のラグコンポジット図を作成した.その結果15-17時に発生する事例では強雨発生2時間前から発生時刻にかけて降水域が多摩西部から多摩南部を通過し都区部西部に達していた.一方,20-23時の事例では,降水域が多摩西部から東京都と埼玉県の都県境沿いを東進して都区部西部に達していた.今後は強雨発生日の各事例を吟味し,降水域の挙動と風系との関係について詳細な分析を行う予定である.

  • 南埜 猛, 澤 宗則
    セッションID: 308
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.はじめに 

    2019年4月より,入管法改正による新しい在留資格として「特定技能」が導入され,また日本はネパールと日本政府とネパール政府とで特定技能に係る協力覚書(二国間取決め)(9月現在,9カ国)を2019年3月に締結した。南埜・澤(2017)では,近年,急増している日本におけるネパール人移民の動向を明らかにした。在留資格の分析から,ネパール人移民の特徴として,コックなどの「技能」と日本語学校への進学を目的とする「留学」が多い点を指摘した。本報告では,送出国であるネパールの状況について,とくに日本語学校に焦点をあて,カトマンズ(Kathmandu)とチトワン(Chitwan)県の県庁所在地であるバラトプル(Bharatpur)において実施した予察的な現地調査の結果を報告する。

    2.調査地の概要

    カトマンズはインナーヒマラヤとサブヒマラヤの間にある中間山岳地帯に位置し,標高約1300mであり,ネパールの首都である。総人口の36.8%(975,453人,2011年)を占め,プライメートシティとして最大の人口を抱える。またネパール国内唯一の国際空港であるトリブバン空港,ビザの発券機関である日本大使館もカトマンズにある。

    バラトプルはヒンドスタン平原の一部であるタライ地域に位置し標高は約200mであり,カトマンズから西約90Kmに位置し,バスで5時間,飛行機で20分の時間距離にある。また2017年には大都市(Metropolitan)区分に昇格している。総人口は,2011年センサスでは199,867人であり,ネパールで人口増加率が最も高い都市となっている。

    3.日本語学校の立地展開

    カトマンズとバラトプルの日本語学校はともに特定の地区に集積する傾向がみられた。カトマンズにおいてはバグバザール(Bagbazar)地区であり,バラトプルにおいては東西ハイウェー(EAST WEST High Way)沿いの地区である。立地条件としては,交通アクセスのよいバスターミナル周辺や主要道路沿いに立地しているといえる。また両地区周辺には,大学のキャンパスが立地していることも共通点としてあげられる。

    4.日本語学校の戦略

    現地調査では日本語学校3校において,校長(あるいはマネージャー),教員,学生からの聞き取りのほか,教室施設などを見学した。

    3校の学校はいずれもビルの数部屋を使用して運営がされている。受付および学生待機室のほか,校長(マネージャー)室,教室が2〜3部屋である。教室は,25人ほど収容できる規模のもので,3人掛けの机と椅子が多く用いられている。ホワイトボードのほか,自作の教材などが掲示されている。授業は朝7時から午後3時までの2時間ごとに4コマ設定で時間割が組まれていた。教材は「みんなの日本語 初級」が使用されている。

    校長の属性は多様である。校長自らが教員として授業をこなしている場合もあれば,設立にあたって資金を負担した者など必ずしも教育にかかわった者でなく,経営者であるケースも見られた。教員のほとんどは,日本での留学経験を有している。ただし,教育学部などの出身者はいなかった。また日本語検定の資格の取得も必須とはなっていない。生徒の多くは,高校卒業生で,一部には大学生も含まれている。

    日本語学校の経営上の特色として,日本語の授業料を無料としていることと諸経費の支払いをビザ取得後としていることの2点が指摘される。また学生募集にあたっては,ビザ取得の成功率が鍵となっている。これらのことから,ネパールの日本語学校は,外国語学校というよりはビザ取得のコンサルタント業務を中心とする経営であるといえる。これまでは日本国内の日本語学校との連携が中心になされてきた。近年では,それらに加えて大学への直接アプローチ(私立大学で特科として設置された1年間の入学前コースへの進学)や新設された「特定技能」への対応など,ビザ取得にあたっての多様な方策に取り組んでいるのが戦略といえる。

     

     本研究は,科研費基盤研究(C)(一般)「空間的実践とエスニシティからみた在日インド人と在日ネパール人—戦術から戦略へ」(代表者:澤 宗則)の成果の一部である。

    参考文献

     南埜 猛・澤 宗則(2017):「日本におけるネパール人移民の動向」移民研究 13: 23-48.

  • 鈴木 美佳
    セッションID: 916
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    ヨーロッパから始まった自転車の共同利用システムであるシェアサイクルは日本においても近年広がりを見せているが、途中で事業中止となってしまう事例も少なくない。先行研究は具体的な1つの事例に関する利用分析や、ポートやステーションと呼ばれる自転車の貸出/返却場所の配置に関する研究が主である。しかし、複数の事例を比較調査したものはほとんど見られず、普遍的な課題について言及できているものは少ない。そこで本研究では、中止事例の分析から各事例に共通する課題を探りだし、複数事例への聞取り調査を通じて高回転率事例の特徴を明らかにすることで、日本におけるシェアサイクル事業の課題と考えうる対策を提示する。

     まず中止事例の分析から共通する課題として回転率の低さが挙げられる。回転率とは全体的な利用頻度を表す数値であり、これが低ければ事業収入も低く、自転車のメンテナンス費用や人件費を賄うことができない。次に中止事例と高回転率の事例を比較すると、明らかに高回転率事例の方が大規模であることがわかった。また、先行研究で指摘されていた、ポート密度と回転率の間に正の関係があることも高回転率の20都市の分析から確認できた。

     次に、3つの高回転率事例に関して運営主体に聞取り調査を行った。聞取りから明らかになった運営方針と、各事例における利用状況を比較し、実態に即した運営となっているかどうかを検討した。その結果、3事例のすべてにおいてシェアサイクル事業を本格導入するまえに試験的な運営を行い、地域の移動方向の需要や主な利用者層を分析したうえで、ポート配置や料金などを設定していることが明らかになった。利用データから地図化した移動パターンを見ると運営側が述べた通りの移動状況となっており、現在でも利用状況の分析を通してこまめにポートの撤去/新設/移動などを行っているとのことであった。また、通勤・通学などの定期利用者が多いと市内の中心となる駅をハブとした移動パターンとなり、観光利用が多いと観光施設の分布に沿って移動パターンも多岐にわたることが明らかになった。

     一方で高回転率の事例においても課題があり、それは1回の利用料が安いため、シェアサイクル事業単体で採算をとることは難しいということである。海外の事例では屋外広告権と引き換えに広告会社に運営を一任している事例も見られるが、屋外広告規制がそれほど厳しくない日本ではそのような運営方法は期待できない。また、シェアサイクル事業が交通全体にもたらす影響は小さく、数値としてその効果を提示できていないため、補助金などの需給も徐々に難しくなっていくことも課題として挙げられる。

     まとめとして、日本におけるシェアサイクル運営には主に以下の2つの課題がみられる。1つ目は利用率が低いことであり対策として、地域の需要分析をおこない、運営主体や導入目的、行政からの支援の有無などを定めたうえで、導入目的に沿った運営を行うことが挙げられる。低回転率事例の多くはシェアサイクル事業の導入自体が目的となっている場合が多く、上述したような詳細な点を深く検討できていない。その点、高回転率の事例では社会実験を行うことで、上記の点について詳細に検討することができていた。

    2つ目の課題は、シェアサイクル事業自体の収入が低水準であることや、交通全体で考えたときの影響が小さいということである。数値にあらわれる影響が小さいため事業の効果がわかりづらく、実施主体としても事業継続を決定しづらい状況にある。回転率が高いという事実や、運営主体側の「地域の短距離移動を担っている」という実感をどう定量的に示していくのかが今後の課題である。また、シェアサイクルを公共交通の一部として捉えるのであれば、他の公共交通機関と同じように行政側からの資金援助や公有地の提供、自転車専用レーンの整備などといった支援も制度化していく必要があり、現状のままでは人口規模の大きい大都市以外でシェアサイクル事業を継続することは難しいといえる。

  • 新井 智一
    セッションID: 938
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    本研究は,2011年度限りで廃止された八王子食肉処理場について,同処理場の廃止をめぐる議論に触れつつ,ここを中心とした家畜と食肉の流通をめぐる機能地域を明らかにすることを目的とする.

  • 遠城 明雄
    セッションID: 920
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1. はじめ

    19世紀後半以降の近代世界の到来およびそれとの接合という経験において、近代以前に起源を有する地域の祭礼はどのような変化を遂げてきたのであろうか。この問いを人々の意識や行動に寄り添って考えてみる、というのが本報告の試みである。

    博多祇園山笠は、福岡市の都心に位置する博多地区の櫛田神社で毎年7月1日から15日まで行われる奉納行事である。同地区には近世に起源を有する町の集合体である「流(ながれ)」という地縁的な自治組織があり、この組織が山笠を建設し運営する。七つの流があり、それぞれの地区内で男性が「山」(車輪がついていない山車)を舁き廻って地域の安寧や悪疫の退散を祈願するが、最終日に行われる「追山」は七つの山が同じ順路を移動する行事であるため、タイムを競う雰囲気が高まる。すでに明治期の新聞にも詳しいタイムが報じられており、この祭礼が神事であると同時にレース的な特徴を有することが、参加者と見物人の両者を熱狂させるひとつの要因になっていると思われる。 

    柳田國男(1942)によれば、「見物と称する群の発生」による祭の変化は明治以前から始まっていた。博多祇園山笠の場合は、近世期から見物人としてのみならず、参加者(「加勢人」)としても、周辺の村人たちが多数博多に足を運び、都市の文化に触れ、それに実際に関与しており、時に祭りの進行を妨げる諍いを起こす場合もあった。山笠行事は、都市内部の地縁組織の想像的な共同性を強化するにとどまらず、都市と農村の人的な接触を生み出すことで、両者の差異を際立たせると同時に、その相互依存的関係を実感させる場になっていたと思われる。

    2. 祭礼をめぐる行政と地域社会

    明治以降、山笠行事をめぐって行政・警察と地域住民の間に激しい対立が幾度もあった。その裸体と「蛮風」、飲酒、時間と資金の浪費、交通への妨げといった理由から、この行事は近代という時代にそぐわないものであるというのが前者の基本認識であり、さらに祭りを通じて醸成される地域の連帯感や共同性の感覚が、市・県の行政執行の妨げになること、また行政・警察への日常的不満が非日常の解放感のなかで、暴力を伴って爆発しかねないことなども懸念されていた。こうした対立は1920年代も続くが、市中心部の人口減少や経済不況などにより山笠行事が衰退すると、福岡市は1937年、観光振興や国策との関連などの理由で、山笠行事に補助金を支給するようになった。地域内外の状況の変化が、山笠を市公認の「伝統行事」に変えていったと言える。

    3. 1910年の福岡市と博多祇園山笠

     本報告では特に1910年という年に着目してみたい。この年は、その後の福岡市の発展にとって、ひとつの転機になったという評価がある。九州沖縄八県聯合共進会の開催を契機として、市の中心部を東西につなぐ新たな道路が開鑿され、そこに市内電車が敷設・運行されるなど、福岡・博多の空間構造は大きく変容したのである。福岡市はこの社会基盤整備を土台として、近代都市への離陸を果たしたと言えるかもしれない。

    さて、この時に山笠行事の廃止あるいは継続をめぐって、地域有力者らの意見が地元新聞に掲載されている。その多くは山笠の廃止や行事内容の変更を主張するものであり、こうした有力者らの見解の背景には、地域住民の山笠に対する意識の変化も感じられる。近代性を象徴する諸施設が目の前に具現化されることを通して、人々の場所に対する感性にも揺らぎが生じていたのかもしれない。ただし、地域における話し合いの結果、最終的にこの年の山笠行事は変則的な形ではあったが実施され、その後も継続されることになった。そして、それを可能にした論理は、近代性に対する民衆なりの対抗でもあったと思われる。このように1910年は福岡市、そして山笠行事の過去と現在を考える上でも、興味深い年であると考えられる。本報告は多くの限界を抱えているが、これらの新聞記事を読むことで、最初に掲げた課題に接近してみたい。

  • 埴淵 知哉, 永田 彰平, バニス デービッド, ショービー ハンター, 中谷 友樹
    セッションID: 405
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    目的

     本研究の目的は、「都市の変化を俯瞰する新たな観察道具」の開発である。近年、地域データの収集方法として、系統的社会観察とよばれる観察手法が注目を集めている。これは、研究目的に応じてチェックリストを事前に準備し、対象地域を決められた手順にしたがって視覚的に観察・評価するものである。この方法の課題は時間的・費用的なコストの大きさにあるが、近年はGoogle Street View (GSV) などの街路景観画像を用いた仮想的調査による効率化が進められている。報告者らはこれにクラウドソーシングを組み合わせることで、観察の広域化の可能性を示した(Hanibuchi et al. 2019)。本報告ではさらに、GSVのタイムマシン機能を利用して都市の「変化」を広域的に観察することが可能かどうかを検討する。

    方法

     調査は米国オレゴン州のポートランド市を対象に実施した。「全米一住みやすい街」ともいわれるポートランドは近年人口流入が続いており、景観の変化を検出しやすい都市であると考えられたためである。GSVが利用可能な2000年代後半(07-09年)と2010年代後半(15-18年)を対象時期に設定し、両時点での画像が入手可能な交差点をセンサストラクト(n=142)単位で層化無作為抽出し(各地区最大25)、合計で3,508地点(二年次分で7,016地点)を抽出した。交差点から延びる道路の街路景観画像をStreet View Static APIにより取得し、評価対象とした(n=24,242)。

     チェックリストには、歩行者の数や、歩道、街路樹、中高層建物、落書きなど、街路景観から観察可能な合計13項目の建造環境・景観要素を含めた。各項目についての画像例を含む簡便な説明書を作成し、評価用のアプリケーションを作成して作業の効率化を図った。キャリーオーバー効果を避けるため、各トラクト内の画像はランダムな順序で表示されるよう設定した。評価の信頼性テストに利用するためのテストデータセット(142枚のサンプル画像)を作成し、訓練を受けた調査員2名による基準値を作成した。

    結果

     2019年11月にクラウドソーシングサイト(Lancers)において調査員を募集し、集まった11名が各10〜20のトラクトを担当して評価を実施した。市全体の評価を完了させるのに要した調査コストは、全体で約二週間の時間と65万円ほどの費用であった。11名のクラウドワーカーおよびポートランド在住の学生2名による評価を基準値と比較したところ、クラウドワーカーにおける13項目の一致度は93.2%と高い値を示し、ポートランド在住者の値(93.1%)とほぼ同じであった。以上から、この方法に対して十分に高い効率性と信頼性が認められる。

     そして、得られた評価データを集計・地図化することによって、景観変化を高い空間解像度で評価することが可能となった(図)。例えば三階建て以上の中高層建物の変化をみると、すでに(再)開発の進んだダウンタウンやパール地区、それ以降の開発地区としてよく紹介されるミシシッピやアルバータよりも、都心から北西側のスラブタウンや、東側の特定の街路(Division, Sandy, M L Kingなど)が最近の開発の中心となっている様子が窺える。また市全体でみると、10年間で最も大きく変化したのは自転車道を示すサイン(162%増)や落書き(91%増)であったことなどもわかる。歩行者(画像に写り込んでいる人の数)も30%以上増加したが、画像を単位としたマルチレベル回帰分析によって、それが居住・商業混在用途地区で顕著であること、中高層建物および落書きの増減と強く関連して生じているなども明らかになった。

    結論

     以上から、クラウドソーシングによる系統的・仮想的社会観察は、調査法として高い効率性と信頼性・妥当性を備えており、また研究者の関心に応じた拡張可能性を十分に有している点でも有用な方法であるといえる。今後、各分野での本格的な利用が期待される。

    Hanibuchi, T., Nakaya, T. and Inoue, S. 2019. Virtual audits of streetscapes by crowdworkers. Health & Place 59: 102203.

    本研究にはJSPS科研費(18KK0371、17H00947)を使用した。

  • Soliman Mohamed Ahmed, Abdel Fattah Tharwat Ahmed , Zaghloul El-Sayed ...
    セッションID: 801
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー
  • 綱川 雄大
    セッションID: 213
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    現在、国の政策として、観光産業の振興が積極的に推進されている。その背景には、長期的な低迷を続ける日本経済の復活と、少子高齢化と人口流出によって衰退しつつある地方圏における「地方創生」の2つの期待がかけられている。こうした状況認識のもと、インバウンドに基づく観光産業への期待が高まりながらも、深刻な人口流出と人手不足というジレンマを抱えている地方観光地において、どのような労働力確保が行われているのか、その特徴を明らかにすることが本報告の目的である。特に、観光産業の要と位置付けられ、主要産業として地域を牽引してきた宿泊業に焦点を当てて調査を行うこととし、研究対象地域として、長野県軽井沢町を取り上げた。本報告では、二次資料の分析と宿泊施設への聞き取り調査に加え、労働の実態をさらにミクロな視点から把握するために、軽井沢にある旅館に住み込みながら働く、参与観察調査も併せて行った。

     軽井沢町には、ホテルや旅館、ペンション、民宿といったように、多様な宿泊施設が存在している。また、海外メディアにも紹介され国際的にも広く名前が知られる地域であり、近年では国内・国外資本が多数流入しつつある。このように、観光客の増加だけでなく営利企業の動きからみても、人気観光地だと判断できることから、地方観光地としての調査対象地域として適当であると判断した。

     調査結果から、大規模資本が運営するホテルでは、繁忙期における労働の季節性という時間的なミスマッチを始めとした人手不足に対して、派遣・配ぜん人サービス会社を主軸として活用するほか、内部労働市場を用いた労働力の確保や、全国という広範な範囲で求人募集が行われているという特徴がみられる。これに対して中〜小規模宿泊施設が運営するホテルでは、大規模資本と同様に派遣・配ぜん人会社を主軸として活用する労働力確保が行われているものの、求人募集においては、軽井沢周辺からの通勤が可能な地域というローカルな範囲での募集が行われている。これは、雇用された従業員に対して、寮をはじめとする住宅環境を提供できるか否かの違いによるものである。宿泊業の仕事は一日の中で労働の時間性が発生するため、必然的に職住近接な環境が望まれる。これに対処するために、大規模資本は優れた資金力に基づいて、住宅設備を整えることによって労働の時間性の問題とともに空間的なミスマッチをも克服している。これに対して中〜小規模資本は、軽井沢町周辺からの通勤が可能な地域から募集することで、労働の時間性の問題を克服し、空間的なミスマッチを克服していた。

     一方、長年、軽井沢町に根差し、地域に密着した個人宿泊施設においては、地縁・血縁を始めとした、「人的つながり」を活用することで、労働力確保を行っていた。このような人的つながりは、個人宿泊施設においては労働力の確保だけでなく、リピーターという顧客確保の面においても大きな力を発揮している。個人宿泊施設では規模が小さいために、必然的に宿泊客との距離が近く関係構築が容易で、リピーターなどの顧客獲得につながりやすく、一定数の顧客を確保することで、毎年安定した収益が得られるマーケティング的な要素としても作用していることが明らかとなった。観光には交流人口の拡大が期待されるが、その外にも、最近では関係人口という新しい概念もある。本報告の個人宿泊施設における宿泊客との人的つながりは、関係人口の増加に寄与する力を持っていると考えられる。

  • 上杉 昌也
    セッションID: S304
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    I 背景

     1980 年代以降,先進諸国を中心に経済格差の拡大とともに,都市内部での社会経済的居住地域分化の拡大が指摘されてきた.これまで日本では,因子生態研究や社会地図研究において,伝統的に都市内部でのセクター状に対応した居住地域構造が見いだされてきたが,近年では都心を中心とした同心円状へと空間パターンが変化しつつあることが指摘されている.しかしこれらの研究では,居住地域分化の水準を定量的に把握したり,その構造的な要因を明らかにしたりすることが課題として残されている.

     そこで本報告では,上杉(2019)をもとに,全国 100 の都市圏を対象とした実証分析により,地域格差の一形態である社会経済的な居住地域分化の実態とその構造的要因について検討する.

    II 社会経済的居住地域分化の実態

     本分析では平成 27 年国勢調査小地域集計の職業別就業者数データを用いて,すべての大都市雇用圏(中心都市の DID 人口が 5 万人以上,郊外都市を中心都市への通勤率が 10%以上の市町村によって設定された都市圏)における小地域単位での居住地域分化の水準を計測した.具体的には,ホワイトカラー就業者〔管理的職業,専門的・技術的職業,事務従事者〕とブルーカラー就業者〔生産工程,輸送・機械運転,建設・採掘,運搬・清掃・包装等従事者〕の空間的分離を表す相違指数(DI: Dissimilarity Index)により定義した.

     その結果,全国 100 都市圏の平均 DI は 0.18 であり,半数以上の都市圏の DI は 0.15〜0.20 の範囲であった.一方,最も低い富士都市圏(DI=0.10)と,最も高い仙台都市圏(DI=0.28)では,2 倍以上の差がみられた.

    III 社会経済的居住地域分化の要因

     国内においても都市圏によって居住地域分化の水準が異なる要因を明らかにするにあたり,これまでの国際比較研究において指摘されている理論的枠組みが適用できるのかを検証するため,下記の都市圏特性を変数化し,DI を説明する多変量解析を行った.

    ①経済格差:世帯収入ジニ係数(平成 25 年住宅・土地統計調査) ②産業構造:生産者サービス割合(金融・保険,不動産・物品賃貸,学術研究・専門・技術サービス業就業者の割合)(平成 27 年国勢調査)

    ③福祉・住宅政策:公的住宅立地指数(平成 27 年国勢調査)

    ④都市ガバナンス: 政令市ダミー(含む都市圏=1)

    その結果,上記の 4 つの都市圏スケールの構造的要因は DI の水準に対して,それぞれ仮説通り統計的有意に独立な効果を持っている.すなわち,①経済格差の水準の高い都市圏,②生産者サービス職の割合が高い都市圏,③公的住宅の空間的偏在度の高い都市圏,④地方自治体がより多くの権限を持つ都市圏ほど社会経済的居住地域分化の水準が高いといえる.

    IV 考察

     ①に関しては従来想定されている通りであり,②も Sassen の社会的分極化論に整合するものであるが,これまでの都市地理学研究を踏まえると,ジェントリフィケーションなどのプロセスを通して都心部での高所得層の集中という空間的な分化を導いているものと考えられる.ただし,社会と空間の分化は必ずしも同時に進行するわけではなく,両者の関係を緩和あるいは強化する様々な要因も同時に考慮する必要がある.その例として,本分析の結果からは③ の住宅政策や④の都市ガバナンスの影響を挙げることができる.国内における住宅政策の差異としては,これまでの公的住宅の立地展開が大きく反映されていると考えられるが,特に公営住宅に関しては福祉的性格が強いため特定の居住者層に偏りやすく,居住地域分化の形成に貢献しやすい.また日本では分権化の流れの中で,都市空間への影響が大きい都市計画分野においても基礎自治体への権限の委譲が進んでいる.そもそも日本において居住地域分化の水準の高さが負の外部性をもたらすのかは慎重に検討する必要があるが,上位の都市空間の統制が弱まる中での都市政策の展開は,社会経済的な変化がなくても居住地域分化が進む可能性を示すものといえる.

  • 松岡 農
    セッションID: 222
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1.研究背景と研究目的

     東日本大震災発生後,震災の記憶の継承を目的に,津波被害を受けた建築物などの「震災遺構」を,保存する機運が高まり,岩手・宮城・福島の3県で33件が保存された(西坂・古谷2018).そして,震災遺構を生かしたツーリズムの試みが各地で行われている.しかし,佐々木・山本(2017)は,来訪者は震災遺構から意識変化を得る一方で,地域の賑わいや活気を感じておらず,震災遺構が観光振興の阻害要因となりうると指摘した.一方,井出(2016)は震災遺構の保存により,未来に教訓が残されると主張している.

     震災遺構は従来の観光施設とは異なる性格を持つことが考えられるが,震災遺構がツーリズムにもたらす機能や効果に関する研究蓄積は乏しい.そこで,本研究では,宮城県仙台市の震災遺構荒浜小学校を事例に,来訪者へのアンケート調査から,震災遺構の有する機能や効果を明らかにすることで,新たなツーリズムの課題を検討する.

    2.調査方法と調査結果

     震災遺構の有する機能や効果を明らかにするために,荒浜小学校4階廊下で2018年9月に対面式のアンケートを実施した.この結果,73件の有効回答を得た.回答者の性別構成は男性72.6%,女性27.4%で,年齢構成は,男女ともに40歳代が最多で男性の42.5%,女性は45.0%を占めた.回答者の居住地は宮城県が最多の33.3%を占めたが,関東地方各県の合計も37.5%に達した.

     震災遺構を来訪したことへの満足度を5段階で問う質問で,来訪者の94.3%は,「大変満足している」と回答した.また,来訪者の自由記述からは,震災遺構の訪問が災害に対する意識変化に結び付いたことが読み取れた.このことは,震災遺構が災害や防災に関する「意識変化を得る場」として機能し,従来のツーリズムで重視された気晴らしや楽しみではなく,災害や防災に対する「意識変化」を得る新たなツーリズムの姿を示している.さらに来訪者の91.6%は震災遺構の再訪に,80.3%は他の震災遺構の訪間に意欲を示した.このことから,震災遺構を拠点としたツーリズムには,地域振興や防災教育などの新たな可能性があることが示唆された.

    3.震災遺構の「ツーリズム化」への課題

     しかし,災害で人命が失われた「負の記憶」を持つ震災遺構の「ツーリズム化」には,住民からの抵抗や不安という課題に向き合う必要がある.津波や復興事業の進捗により,かつての地域の姿が失われたなかで,住民ガイドの解説や語り部,映像展示などから来訪者が地域に思いを寄せ,地域から防災を学ぶ仕組みの構築が求められる.

    文献

    井出明2016.震災遺構の多面的価値−モノとココロを承継する.建築雑誌131-1689:44-45

    佐々木薫子・山本清龍2017.石巻市における東日本大震災後のダークツーリズムの実態と課題.第32回日本観光研究学会全国大会学術論文集341-344

    西坂涼・古谷勝則2018.東日本大震災による震災遺構の保存実態−東北3県沿岸部を対象に−.日本建築学会大会学術梗概集(東北)253-254

  • 小林 岳人
    セッションID: 108
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    次期学習指導要領では地理は「地理総合」として必修科目となる。選択科目としては「地理探究」が位置づけられる。この中にはGIS・地図、防災・地域貢献、SDGs・国際理解、主題学習・アクティヴラーニングなど、先端科学に基づく地理的技能、社会からの要請、国際的視点、教育全般における課題などが含まれている。これらは、従来から地理教育にて、十分に研究、検討されている。しかし、この教科科目の授業時間内にすべてを十分に扱えるわけではない。授業という人数的・時間的・場所的な制約があり、そのため地理教育が持っている知恵のいくつかは、学習者に伝えにくくなってしまっていることも事実である。地理教育は「空間(環境)の認識」が重要な責務である。地理の学習はフィールドとの関係が不可欠であり、学習者をフィールドへ導くことが必要である。また、研究発表会や科学オリンピックなど、生徒による研究活動も重要な観点である。そこで教科外活動の部活動に注目する。放課後や週末、長期休業中といった時間的制約が少ないところでの活動を可能とする部活動はこれらの実現が可能である。ここでは、教科科目“地理”と連携する部活動“地理部”についての考察と実践を示す。

     高等学校における地理部は、Study 高校受験情報局のWeb サイト(http://www.studyh.jp/kanto/special/club/sports/ (2017年8月21日最終閲覧)から首都圏985 校のデータを集計すると26校が設置している。設置率2.6%は100種類の部活動中77 位である。稀有な部活動であるが発表者の勤務校の千葉県立千葉高等学校には伝統的に存在している。県立千葉高校の地理関係授業は、第1学年では地理Aが必修科目、第3学年では文系に地理Bと理系に地理特講(学校開設科目)が選択科目として開設されている。地理Aでは、研究活動へつながるミニ発表、地図読図の実用的学習でありフィールドワークの基礎となるオリエンテーリングの実施(Kobayashi 2019)、あらゆる地理学習に適用可能な地図とGISの活用(小林 2018)などを行っている。また、総合的な学習の時間で地理関係ゼミを開講しており、これらの地理関係授業が地理部への誘いとなっている(図1)。

     地理部では地理授業内に行っているオリエンテーリング、GIS、ミニ発表を発展し、研究活動・研究発表、部誌の作成、巡検、オリエンテーリング競技会への参加など外部の活動へ導く(表1)。生徒を地理部へ誘うに際して、他部活動との兼部なども考慮する。地図作成などでGIS を打ち出すことで理系的要素を示し、オリエンテーリングを活動に入れることで運動系の生徒に対してのアピールになる。これによって地理部は地理に関わる興味関心を広く受け入れ、文理横断文武両道の部活動として地理の魅力を惹くことを狙っている。

     文化祭で研究発表、部誌、オリエンテーリング体験会を開催している他、地域でオリエンテーリングイベントを開催している。初回は近隣の県立青葉の森公園にてノルウェーから来日したオリエンテーリング競技者40名を招いてのオリエンテーリング練習会、2回目以降(通算3回)は県南部富津市の上総湊港海浜公園での一般向けのオリエンテーリング競技会を開催した(図2)。前者は国際交流活動、後者は地域活動として捉えることができる。後者は、高齢化・過疎化などの課題を抱えている地域であることから、いわゆる町おこしとして地域貢献活動と位置づけられよう。新学習指導要領では「社会に開かれた教育課程」の実現が要請されている。社会の構造的変化を踏まえ,社会の中での学校教育の役割として教育課程を社会と結びついたものにすることが重要視されている。そこには「社会や地域への貢献」などが求められている。その土地にオリエンテーリング用の地図を作成することは、その土地に価値を見出すこととなる。その地図をオリエンテーリングイベントに活用することで、さらに価値をもたらす。地域でのイベント開催は地域創成活動となる。高校生が地域でオリエンテーリングイベントを開催することの地理教育的な意義は大きい。これは教育に求められている社会における課題解決への地理教育が示す一つの解答ともなる。

     必修科目としての意義の一つには他との連携がある。部活動「地理部」を必修科目「地理総合」と選択科目「地理探究」と有機的に結び付け連動させる地理学習の枠組みを作り、高等学校地理教育の目的の実現を目指す。本考察における地理Aを「地理総合」に、地理Bを「地理探究」として捉えることで、次期学習指導要領に際しての目途となる。また、このような部活動は、現状の部活動の課題である長時間、休日なし、指導者不足などへの対応となる。

  • 植村 哲士
    セッションID: 734
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    本研究は,人口減少下の土地利用変化,特に建物用地から水田/その他農用地への利用変化について,土地利用細分メッシュが分析に用いるデータとして妥当かどうかの検証を, 屯田宅地の農用地化を推進する深川市の非農用地活用促進事業対象地を例にとり,行った.この結果, 深川市非農用地活用促進事業対象地と土地利用細分メッシュの2時点間の土地利用の変化とが一致したのは2.4%に留まり,また,土地利用細分メッシュの建物用地から田/その他農用地への土地利用変化について,2006年時点の建物の存在を確認するゼンリン住宅地図との判定正率は96.4%であった一方で,2014年の基盤地図情報の基本項目の建築物外周線情報との判定正率は5.1%に留まるなど, 土地利用細分メッシュデータを人口減少下の土地利用変化の分析に用いるのには信頼性が低いと考えざるを得ない結果となった.もちろん,細分メッシュデータはそのメッシュで支配的な土地利用を示すものであるが,わずかな建物用地の減少でメッシュの土地利用が変わっているのにそれをもって機械的に都市的土地利用と自然的土地利用の変化を分析し,傾向を結論付けることは,特に遷移過程における政策立案や計画策定をミスリードする可能性がある. 今後,人口減少下の土地利用変化,特に建物用地から水田/その他農用地への利用変化について分析するためには,2009年,2013年に作成された細密数値情報(10mメッシュ土地利用)や数値地図5000(土地利用)の更新を行ったり,土地利用細分メッシュデータに基盤地図情報を合わせてメッシュの土地利用について検証しながら分析したりする必要があると考えられる.

  • 前田 陽次郎
    セッションID: 220
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.はじめに

     対馬市への韓国人旅行客が年々増え続け,2018 年には年間40万人を越え,さらに増え続ける勢いだった.

     ところが日韓関係の悪化に伴う韓国内での日本旅行自粛ムードのために2019 年7 月から旅行者が激減し,2020 年に入っ

    ても近年の勢いが戻るような雰囲気は全く感じられない.

     本発表では,この韓国人の激増・激減が地域に与えた影響について分析し,今後の地域政策を立てる際の考え方を提示する.

    2.韓国人観光客の動向

     対馬で韓国人観光客が激増したのは,釡山から近いため旅行時間が短く運賃も安いことが最大の理由だ.

     もともと釡山と対馬を結ぶ主要な航路は,韓国の船会社が運航する釡山港と対馬南部の中心地厳原港間の航路であった.

     2011 年に起こった東日本大震災の影響を受け,韓国から日本に来る観光客が激減した.そのため博多港と釡山港を結んでいたJR 九州高速船(株)のジェットフォイル便が,旅客の減少による収益悪化を抑えるために,博多港便を減便し釡山から一番近い対馬北部の比田勝港と釡山港を結ぶ路線を開設した.

     この路線は所要時間が70 分から90 分と短く,低価格で気軽に日本を訪れることができると評判になり,韓国国内で対馬旅行が大流行した.

     韓国人の対馬旅行は日帰りが多いという特徴がある.免税店での買い物が主目的ではあるが,それでも昼食は対馬で取る.比田勝地区はそれほど大きな町ではないため,比田勝地区の飲食店は大混雑し地元の人が食事も取れない状況になった.

    3.対馬における観光業の現況

     助重(2007)が2006 年頃の韓国人受け入れに対する島の状況を調査している.対馬ではこの時期の入国者数に対してでも十分な受け入れ態勢ができていなかった.

     2012 年以降の入国者急増を受け,日本資本の大手ビジネスホテルチェーンが2017 年に厳原(246 室),2019 年に比田勝(243室)へ新規開設したが,現在十分に稼働できていない.

     一方韓国資本の免税店は数軒開業しているが,地元住民でそこまで大きな投資をしている人は少ない.観光客が激減しても以前の対馬に戻っただけだと冷静に受け止める住民も多い.

    4.対馬市の産業構造

     柴田(2017)によると,対馬市は長崎県内の他の離島地区と比べて漁業就業者が多く、自衛隊がある関係で公務も多いという特徴がある.国内他地区の周辺地域と同様に建設業従事者も多いが,そこから観光バスの運転手に移動しているケースも見られる.

    5.対馬経済の将来像

     現在にように日韓関係が悪くなっても,韓国との交流は避けられない,続けていきたい,と思う市民が多い.

     地理的条件を考慮すると,日本の周辺地域として将来を考えるよりも,高木(2018)が指摘するようなポジショナリティ・シフトにより,日本の周辺地域から国境に接する通過点・結節点としての位置づけを強くし地域振興を図ることが求められる.

     また観光だけを経済のメインとするのではなく,現在の産業構造をベースにして徐々に観光の比率を高くすることを,島の長期計画の中では考えなくてはいけない.

    文献

    柴田弘捷 2017.国境離島対馬の住民と就業の場.専修大学社会科学研究所月報 649・650.57-71.

    助重雄久 2007.長崎県対馬におけるインバウンド観光の展開と課題.平岡昭利編著『離島研究III』113-128.海青社.

    高木彰彦2018.ポジショナリティ・シフトと九州経済のダイナミズム.九州経済調査月報 884.32-34.

  • 小林 茂
    セッションID: P129
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    演者らはこれまで日本陸軍が作製した外邦図について、日本の主要大学のコレクションを主な素材として研究を進めてきた(小林編2009; 2017)。それに際して地理学と戦争、地理学者と軍隊との関係が視野に入り検討を進めている(渡辺正氏所蔵資料編集委員会2005; 小林ほか編2010)。本発表では駒澤大学の外邦図コレクションが展示される機会に、その収集者、多田文男(1900-1978、東京大学・駒澤大学で教員を務めた)が終戦直前に陸軍参謀によって組織された兵要地理研究会で行った活動におけるその役割を検討する。またその後に行われた外邦図の参謀本部からの大学関係者への移転を紹介したい。なお日中戦争〜第2次大戦期の地理学者と軍隊のかかわりについて、当時の関係者は「戦争協力」というラベルを恐れてか、基本的に沈黙を貫いてきた。このため充分な資料がえられるわけではないが、以下ではアメリカにおける地理学者の「戦時サ—ビス」と比較しつつ、彼らの活動がどのような性格を持っていたか考えてみたい。

  • 三上 岳彦, 長谷川 直子, 平野 淳平
    セッションID: 502
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    過去120年間(1900年〜2019年)の冬季(12月〜2月)における諏訪の半旬別日最低気温の季節内変動を主成分分析し、諏訪湖の結氷・御神渡り発生頻度との関連を考察した。主成分分析の結果、第1主成分が全変動の約30%を説明することがわかり、そのスコア時系列から、1980年代末以降に、冬季の後半に気温が上昇して結氷・御神渡りが発生しにくくなっていること、逆に1900年代初頭や1940年代に2月の気温低下が顕著で、結氷・御神渡りが冬季の前半に発生していたこと等が明らかになった。

  • 寺田 好秀
    セッションID: 736
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    自治体の持続可能な開発目標(SDGs)への関心の高まりとともに,SDGsによる地域ブランディングを考える重要性が増加している。本稿の目的は,自治体のSDGsへの取り組みと地域の魅力の関係を分析し,自治体がSDGsへの取り組みで地域の魅力を向上させられる可能性を見出すことである。生産関数を仮定し,被説明変数に(株)ブランド総合研究所の『地域ブランド調査2019』の地域の魅力度を採用し,自治体がSDGsに積極的に取り組んでいることを特定化するためにSDGs未来都市ダミーと自治体SDGsモデル事業ダミーを説明変数として,最小二乗法(OLS)による推計を行った。その結果,SDGs未来都市であることを示すダミー変数が有意に正の値を取ったことから,自治体がSDGsの達成に向けて積極的に取り組み,SDGs未来都市に選定されるような地域の魅力度は高いと結論付ける。これは,自治体のSDGsによるブランディングの可能性を示唆し,また,自治体にSDGsの達成に向けた積極的な取り組みやSDGs未来都市への応募を行うインセンティブを提供するものである。

  • 生井澤 幸子
    セッションID: 917
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1937年の大ハンブルク法の施行に伴い、クックスハーフェンはハンブルクの領土ではなくなった。しかし、主要な港湾施設は1993年1月1日までハンブルクが所有することになった。エルベ川の河口部に位置するクックスハーフェン市が、返還後に大水深港湾に転換させたいという意向を表明すると、ハンブルクは、同年コンテナ差し止め条項を強制的に調印させた。さらに、2001年には国家的プロジェクトである大水深港湾の建設決定に伴い、クックスハーフェン市は、連邦・ニーダーザクセン州のいずれからも資金的援助を期待できなくなった。経済的に厳しい条件下で、一地方都市に過ぎないクックスハーフェンは、どのような港湾開発を行ってきたのであろうか。そこから、都市と港の新たな関係について検討してみたい。

  • 岩井 優祈, 松井 圭介
    セッションID: 401
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    Ⅰ はじめに

     地方都市の中心市街地における近年の研究では,その潜在力を再評価する動きが強調されている(根田ほか, 2013).そのなかでも中心商業地の観光化を検討するには,地域資源を媒介して生成される観光空間と既存の商業空間との異種混淆的な空間の形成プロセスを整理することが肝要である.そのためには,従来の研究で議論されてきたゲスト−ホスト間といった二元性の枠を超えて,ホスト内部の社会的諸相やそれらが実践される場の唯物的空間についていま一度再検討することが必要となる.本研究では,各組織による社会的諸相と唯物的な空間関係による影響に着目しながら,本来的には商業空間として作用する中心商業地においてどのように観光空間との異種混淆化がなされてきたのかを明らかにすることを目的とする.

    Ⅱ 研究方法

     研究対象地域には茨城県鹿嶋市を選定する.鹿嶋市は2002年にサッカーワールドカップの開催地に選ばれるなど,観光化に関連する社会的要因が潜在する.一方の物理的側面では,市内屈指の観光資源である鹿島神宮の位置関係に基因した地域的不平等とその克服を試みる社会的実践を観察できると考えられる.

     鹿嶋市の中心商業地は,鹿島神宮の門前に広がる.本研究では,中心商業地において現地調査を実施した.観光資源の分布や業種を観察するとともに,自治体や関連組織への聞き取り調査や,中心商業地に立地する商店137店舗の各商店主に対して今後の経営展望に関するアンケート調査を行った(有効回答数41件, 30%).

    Ⅲ 結果と考察

     鹿嶋市は茨城県の縁辺に位置しており,この幾何学的空間的なハンディキャップを地域活性化によって克服することが求められる.しかしながら,中心商業地における自治体と商店会の空間的諸実践の性質がそれぞれ観光化と商業化で一致していないことや,鹿島神宮と商店会の権力構造の存在が,商業空間と観光空間の混淆化を妨げていることが明らかになった.

     鹿嶋市中心商業地における観光化の物理的な景観づくりは,主に自治体によって行われてきたことがわかった.観光のメインルートとなる門前の通りが整備されたのは2000年であった.2002年に開催されたFIFAワールドカップという,政治システムが関係していた.中心商業地における観光の推進が自治体に依存している背景には,鹿嶋市の産業構造が関係していると推察される.鹿嶋市は鹿島港における製鉄が主要産業であるが,その生産力は年々減少傾向にある.そこで鹿嶋市では,2009年頃から第二の産業として観光の推進に本格的に取り組むようになった.阿部(2003)の指摘と同様,中心商業地とは無縁な経済的要因が,またも間接的に影響している.すなわち,自治体主導の観光化は,より大きな枠組みの中で中心商業地の活性化を目指してきたと考えられる.

     中心商業地の内部に焦点を当てると,唯物的な観光空間は自治体の観光実践によって鹿島神宮の門前通りに形成されていた.しかし,主要駐車場が鹿島神宮の敷地内に立地しているため,来訪者は商店が立ち並ぶ門前通りを自家用車で通過するといった状況が生産されていた.さらに,高速バスの停留所から鹿島神宮への導線もまた,門前通りを経由しない配置であった.この導線上には空き家および空き店舗が多く,石畳の整備も不十分であるなど,来訪者の観光行動実態との間に齟齬が生じていた.

     店主の経営意思に関して,飲食業など来訪者を対象可能な業種であるにもかかわらず,観光化に応じた商売をする意思は無いという回答は41件中6件でみられた.これらの店舗は鹿島神宮から距離が離れた南西部に立地していた.距離という物理的環境が店主の意思決定に影響していたと考えられる.

    【参考文献】

    阿部亮吾 2003. フィリピン・パブ空間の形成とエスニシティをめぐる表象の社会的構築−名古屋市栄ウォーク街を事例に−. 人文地理 55: 307-329.

    根田克彦・日野正輝・阿部和俊・山下宗利・山下博樹 2013. 中心市街地活性化の方向性と課題. E-journal GEO 8: 268-272.

  • 堀内 雅生, 山口 隆子, 松本 昭大
    セッションID: P173
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    温暖な地域における風穴の研究事例は少ない。今回は,鹿児島の桜島において著者らが新たに確認した「黒神風穴」について報告する。風穴の気温は18.8℃で,外気温(23.8℃)と比べて5.0℃低温であった。風速は0.15ms-1であった。 清水・澤田(2015)の巻末資料より,全国の風穴情報をGIS上に取り込み,気象庁のメッシュ平年値(2010)より各風穴周辺の年平均気温を求めた。すると,黒神風穴は御蔵島の風穴(温風穴)と同率で,日本国内において現在確認されている風穴の中で最も周辺の年平均気温が高いことが分かった。

  • 細井 將右
    セッションID: 836
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    『地圖彩式』は明治政府将兵のフランス工兵大尉ジュルダンが持参した地図図式を基に小菅智淵らが翻訳編集した地図図式表である。明治6年陸軍文庫から刊行された。後の関東地方彩色迅速地形図図式とにているが、一般人家に紅色を当てており、少し違っている。明治7-10年作成作業の『日本海岸防御法考案』のうち、新潟港、七尾港、敦賀湾、宮津湾の砲台建設計画図は彩色図で、『地圖彩式』を準用している。新潟港図は英国海図に拠らず地元測量者によるものと見られ、『地圖彩式』を準用している新潟大神宮所蔵の『新潟港實測圖』に比較的に近似しており、その測量・調製者たる新潟県の地理課職員永井獨楽造によるのではないかと思われる。

  • 山内 啓之, 小口 高, 早川 裕弌, 飯塚 浩太郎, 宋 佳麗, 小倉 拓郎
    セッションID: 103
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    GISを用いて空間的思考力を向上させるための教育は,地理学を通じた人材の育成に有効である。最近では,2022年の高等学校における地理総合の必修化を背景に,中高生を対象とするGIS教育の実践に関心が集まっている。一方で,中高生が実際に地理情報を取得する手法や,GISを操作してデータを処理する手法を学習できる機会は限られている。そこで演者らは,中高生が,GISや関連機器の活用を体験するプログラムを企画して実施した。

     本プログラムは,日本学術振興会の「ひらめき☆ときめきサイエンス」の一環として,「デジタル地図とスマホ,ドローン,3Dプリンタで自然環境と人間生活を調べよう!」と題し,2018年8月3日,17日と2019年8月17日に実施した。受講者はインターネットを通じて応募し,中学1年生〜高校2年生までの計82名が参加した。

     本プログラムは講義と4つの実習で構成され,1日でGISの基本や関連技術を網羅的に体験できるようにした。講義では,電子地図と紙地図の違いやGISの基礎知識を30分程度で解説した。受講者がより身近にGISを理解できるように,スマートフォンの位置情報ゲームや企業でのGIS活用の事例も紹介した。

     実習は,1)データ解析,2)データ取得,3)アウトリーチ的活用,4)WebGISの活用の4つを体験するものとし,各1時間で実施した。1)のデータ解析では,無償で利用できるQGISと,基盤地図情報数値標高モデルを用いた地形の分析手法を解説した。受講者は,講師の指示とスクリーンに投影した操作画面に従って,標高データの段彩表現,陰影図の作成,傾斜角の算出,土地利用データの重ね合わせ等を体験した。2)のデータ取得では,主にドローンによる写真測量を取り上げた。受講者は屋外でドローンによるデータ取得を見学した後,室内でトイドローンの操作を体験した。3)のアウトリーチ的活用では,3Dプリントされた地形模型やスマートフォンのVRアプリを活用して,地形学の研究手法や,研究成果を効果的に伝達する手法を紹介した。受講者がより関心を持って学べるように,3Dプリンタでの模型の製作工程や,反射実体鏡による地形分類の手法等も解説した。4)のWebGISの活用では,防災をテーマに,Web地図上で洪水に関する情報を重ね合わせ,地域の脆弱性を読み取った。実習の冒頭では,受講者に洪水時の状況を伝えるために,対象地域の概観,水害の歴史,被害状況等について簡単に解説した。次に受講者が3〜6人のグループに分かれ,ノートパソコンやスマートフォンでWeb地図を閲覧しながら,洪水時に危険な地域や避難所に関する各自の意見を付箋にまとめ,A0の大判地図に貼り付けた。実習の後半では,討論の結果を模造紙にまとめ,グループごとに発表した。

     本プログラムの効果を検証するために,受講者を対象とするアンケートをプログラムの終了後に実施した。アンケートは講義と各実習を5点満点で評価する設問,該当する項目を選択する設問,回答を自由に記述する設問で構成した。

    各受講者がアンケートに5点満点で回答した難易度,理解度,満足度の平均値を用いて,本プログラムを評価した。難易度については,2)のデータ取得や3)のアウトリーチ的活用のような直観的に理解しやすい実習を易しいと評価する傾向があった。一方で,講義,1)のデータ解析,4)のWebGISの活用のように,既存の知識との連携,複雑なPC操作,空間的思考力を要するものには難しさを感じる者が多かった。特に,1)のデータ解析は,他の実習に比べ難しいと感じる傾向があった。理解度は,難易度と全体的に同様の傾向を示したが,難易度よりもやや肯定的な評価となった。一方で満足度は,全ての内容について受講者の回答の平均値が4以上の高評価となった。以上の結果から,本プログラムは受講者が部分的に難しさを感じたものの,講義および実習の内容を概ね理解でき,高い満足感を得たと判断される。今後は,その他のアンケート項目の結果も参考に,プログラムの構成や教授法を改善する予定である。

  • 小田 隆史
    セッションID: 136
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1 はじめに

      東日本大震災の記憶・経験が希薄な子どもが被災地の学校でも就学期を迎える一方,教職員もまた退職・採用・人事異動による世代交代が進み,学校での震災経験の伝承が課題になっている。また,近年の自然災害の多発により,学校における防災教育や防災管理の必要性が従前以上に強調されている。2019年10月に確定した大川小津波訴訟の判決では,学校保健安全法に基づく学校による児童の安全確保義務の履行上,管理職をはじめ教職員は,高い防災の知見を踏まえた事前の学校安全を講じておくべき点を指摘した。こうした状況のなか,宮城教育大は従前の教育復興支援にかかる学内センターを改組し,震災教訓の導引とその広域伝承を通じた全国の現職教員(特に,想定首都直下・南海トラフ巨大地震想定域の学校)に対する被災地での実地研修の機会を提供する「防災教育研修機構,別称:311いのちを守る教育研修機構」(以下「機構」)の組織整備を行った(2019年度概算要求)。近年,被災地において,震災伝承のための様々なリソースが充実しはじめていることも後押しとなった。

    2 震災の現場に立ち想像し学び合う機会創出

    被災地の沿岸には,震災伝承施設の整備が進み,2017年4月には震災遺構として旧仙台市立荒浜小学校が,2019年3月には旧気仙沼向洋高校に伝承館が一般公開を開始した。そのほか復興祈念公園等,自然災害の脅威,震災時の経験,記憶を伝えるハード面のメモリアル施設等の公開が開始された。また,経験や教訓を伝え継ぐ職員やボランティアによる「語り部」の活動も活発化し,被災地の伝承拠点や語り部同士が連携するネットワークも組織化されている。学校教育においても,校外学習や修学旅行で震災遺構を訪問する機会が増え,教育資源としての効果的活用の支援も開始した(文献ウェブサイト参照)。

    機構は2019年8月に,現職教員に対する311被災地で学ぶ3泊4日の研修を実施し,高知,和歌山,兵庫,大阪,三重,静岡などから小中高校の教諭,校長,副校長,市教育長,県・市教委の指導主事,特別支援学校事務長ら総勢29名が参加した。震災当時,地元新聞社で報道部長を務めた機構特任教授と,石巻市で校長を務めた外部講師のコーディネートにより,岩手県と宮城県の被災した学校跡地や伝承施設などを巡りながら,当時の校長や遺族等から話を聴いた。また道中,自校・地域における学校防災の実践について共有する機会を設けた。最終日に大学において意見交換やワークショップを実施し,研修に参加した国土地理院の職員から訪問先の地形や津波被災についての振り返り解説を受けたうえ,各教職員が自校に戻った後に,どのような防災管理の改善や授業づくりの実践をするかについて話し合った。さらに後日,研修後4ヶ月間で実際にどのような取組に結実したかの報告の提出を得た。

    機構はこのほか,教員免許状更新講習や現職教員向け公開講座の枠を活用して被災地実地研修を新設したところ,首都圏や東北各県から多数の受講者を得た。参加者相互の震災体験・記憶の共有や対話を重視したが,参加者のなかには自身も震災で過酷な体験をしたため8年近く沿岸部の被災地を訪問することを躊躇していたが受講が向き合う良いきっかけとなった旨の感想を共有する者もいた。

    3 おわりに

     このようにして機構新設により,今後大規模な災害に直面するかもしれない未災地の教職員と被災地の経験者との対話を通じて学び会う定期的な機会が提供される仕組みができた。しかし,教員に必要とされる防災に関するリテラシーについて整理する体系化の作業は途上にある。学部生向けの教員養成段階から中堅,管理職とそれぞれの段階までに身に付けるべき知識・資質・能力がどうあるべきか検討を深めて行く必要がある。特に,ハザードを含む,学校の立地地域の災害リスクの理解に関しては,地理学的な知識・思考力が有効なところ,別途遂行中の教員の地形理解(村山ほか2019)にかかる論考とあわせて,地理学会における議論を深めたい。

    文献

    小田隆史2019. 3・11震災伝承と防災教育——いのちを守るリテラシー向上のために. 震災学 13: 96-105. 

    災害遺構活用支援プロジェクト 2019. 「災害メモリアルに学び,描く未来」. http://drr.miyakyo-u.ac.jp/memories/(最終閲覧日2020年1月19日),宮城教育大学防災教育研修機構.

    村山良之, 小田隆史, 佐藤健, 桜井愛子, 北浦早苗, 加賀谷碧 2019. 防災のための地形ミニマム・エッセンシャルズを求めて, 2019年度日本地理学会秋季学術大会要旨集.

  • 井口 豊
    セッションID: P190
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1. はじめに

     長野県岡谷市の大川上流部,岡谷工業高校グラウンドがある小丘は,西側の山地からの地すべり地形と考えられる(図 1 および 2,井口,2013, 2015)。付近には,御岳第一テフラ(On-Pm1)が見られ(井口,2019a, b),本研究では,その高度分布から,大川地すべりの特徴と発生年代を考察した。

    2. 御岳第一テフラの分布高度

     On-Pm1 の分布高度を,大川地すべり小丘(C 地点)とその西側の山地で比較し,地形断面図で表したものが,図3である。西側山地から大川地すべり小丘にかけて, On-Pm1 の分布高度が急激に低下するのが分かる。 On-Pm1 は,約 10 万年前の噴出物とされる(下岡ほか,2009)。したがって,この地すべりが起きたのは,それ以降である可能性が強い。 澤ほか(2007)は,大川沿いに,糸魚川−静岡構造線に関連する北北西-南南東方向の活断層群の存在を指摘した。小丘を形成した地滑りは,この断層運動によって大川の谷が形成されたことに関連しているかもしれない。

     On-Pm1 を含む火山灰層(いわゆるローム層)の下位には,更新統の塩嶺累層の凝灰角礫岩が堆積している。2006 年 7 月に発生した豪雨災害(平成 18 年 7 月豪雨)でも,岡谷市湊地区の塩嶺累層が崩れており,糸魚川−静岡構造線の活断層群によって形成された地形との関連が指摘されている(佐藤ほか,2006)。大川流域の地形と糸魚川−静岡構造線の活断層との関係の調査が望まれる。

    参考文献

    井口豊 (2013) 長野県岡谷市の塩嶺西山地域における断層と地すべり地形. 日本活断層学会2013年度秋季学術大会講演予稿集: 60-61.

    井口豊 (2015) 3次元画像で得られた長野県岡谷市塩嶺山地における地形地質学的特長. 日本活断層学会2015年度秋季学術大会講演予稿集: 56-57.

    井口豊 (2019a) 諏訪盆地西部における御岳第一テフラの高度分布. 日本地理学会発表要旨集 96 (2019 年度日本地理学会秋季学術大会): 124.

    井口豊 (2019b) 諏訪盆地北西部の御岳第一テフラ高度分布から推定された糸魚川-静岡構造線活断層系の変位. 日本活断層学会2019年度秋季学術大会講演予稿集: 44-45.

    佐藤浩・宇根寛・小荒井衛 (2006) 長野県岡谷市湊地区の土石流現場の地形的特徴について.国土地理院ウェブサイト「平成18年7月豪雨」関連 https://cais.gsi.go.jp/Research/geoinfo/okaya_debris.pdf 2020 年 1 月 18 日参照.

    澤祥・谷口薫・廣内大助・松多信尚・内田主税・佐藤善輝・石黒聡士・田力正好・杉戸信彦・安藤俊人・隈元 崇・佐野滋樹・野澤竜二郎・坂上寛之・渡辺満久・鈴木康弘 (2007) 糸魚川−静岡構造線活断層帯中部,松本盆地南部・塩尻峠および諏訪湖南岸断層群の変動地形の再検討.活断層研究 27: 169-190.

    下岡順直・長友恒人・小畑直也 (2009) 熱ルミネッセンス法による御岳第一テフラ(On-Pm1) 噴出年代の推定. 第四紀研究48(4): 295-300.

  • 中條 暁仁
    セッションID: S205
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    中山間地域では「集落」という地縁や血縁に基づく社会関係の濃密なコミュニティが形成され,住民相互が生活に必要な機能を補完しあいながら福祉コミュニティ的な性格を構築してきた。しかし,家族の空間的分散居住が進み高齢人口が相対的に増加しているため,その福祉コミュニティ的性格が低下し,住み慣れた集落での生活を高齢者がいかに維持していくのかが大きな課題となっている。特に,団塊の世代が高齢後期に入っていく2025年をひかえ,コミュニティにおいて生活を維持できるシステムづくりが求められている。

     本報告では,中山間地域の高齢社会化に注目し,高齢者の生活維持に寄与するサポートやサービスを授受するための地域的枠組みについて,地域福祉をめぐるコミュニティの再編成に注目しながら地域運営組織について議論したい。

  • 筒井 一伸
    セッションID: S207
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    Ⅰ 「新しいコミュニティ」の議論と地域運営組織

    地域運営組織が総務省で議論されはじめたのは2013年ころからであるが,その前後から(昭和/平成)合併前の旧市町村や小学校区など,町内会や自治会など従来のコミュニティを超える範域を基盤とする広域的な地域マネジメントの枠組みを構築する取り組みが市町村行政により積極的に行われ,農山村再生のプラットフォームとして重要な機能を担う組織として期待されてきた。筆者はその動向に注目し,2012年に共同調査を実施しその状況を把握した(坂本・小林・筒井2013)。

    しかし山浦(2017)も指摘する通り,地域運営組織の標準的な仕組みの採用,また行政による一般的な支援を受けたとしても,それだけで活発な取り組みが生まれるわけではない。重要なのは「新しいコミュニティ」の議論におけるその本質であろう。「新しいコミュニティ」の議論は,地域運営組織の名称が広まるその10年ほど前,2003年あたりからの議論がはじまっている。その背景は,平成の市町村合併に伴い行政主体が消滅する旧市町村への対応に加えて,いわゆる「限界集落」問題を突き付けられた農山村コミュニティの持続性への挑戦に関わる議論であった。

    町内会や自治会など既存のコミュニティの特徴が「世帯を基本単位(=イエ連合)」と「一戸一票制=男性世帯主が一票を行使」という仕組みのもとで地域を維持する活動=「守りの自治」が中心であったのに対して,「新しいコミュニティ」の特徴として「活動内容の総合性」,「自治組織と経済組織の二面性」,「既存のコミュニティとの補完関係」,そして地域内の女性や若者の参加を促進する仕組み再編の「革新性」であり,既存のコミュニティとは異なる「攻めの自治」となる活動が中心であるとされる(小田切2009)。

    本報告では「新しいコミュニティ」の特徴を念頭に置き,「攻めの自治」としての地域運営組織の可能性と,設立から10年以上を経過して生じてきた課題について,各地で展開される地域運営組織のトピックスから考えてみたい。

    Ⅱ コミュニティが行うビジネスの可能性

    「攻めの自治」の可能性の一つとして経済活動がある。買い物難民やGS難民といった言葉が生まれ,それに対応する生活インフラとしての経済活動(商店などの経営)が注目されてきたが,それ以外にも再生エネルギーへの取り組みや企業のCSV活動との連携など新しい取り組みが始まっている。

    山形県鶴岡市三瀬(さんぜ)地区の三瀬自治会(自治会と名乗っているが鶴岡市内の他地域では自治振興会と称しているおおよそ小学校区単位の広域的なコミュニティ組織)と,2015年に住民有志が設立した木質バイオマス利用や地元産品による加工食品の製造販売などを行う(株)フォワードさんぜの連携の取り組み,及び山形県酒田市日向(にっこう)地区の日向コミュニティ振興会が大手企業のCSV活動と連携して2019年に開設した「日向里(にっこり)かふぇ」の取り組みから,コミュニティがビジネスにどうかかわるか,その可能性を考える。

    Ⅲ コミュニティにおける「2025年問題」

    団塊の世代の多くが75歳以上となる「2025年問題」が迫る中,農山村コミュニティの担い手不足に大きな懸念が生まれてきている。特に自治会などは範域が小さい上に居住者(定住人口)を主体に限定をした運営が基本であるため,自治会活動の担い手不足は深刻である。鳥取県日南町は2005年と2006年に昭和の市町村合併前の旧町村単位に7つのまちづくり協議会を設立し,公民館を廃止し地域振興センターとしてまちづくり協議会の活動拠点に位置づけた。このなかの一つ,阿毘縁(あびれ)むらづくり協議会は3つあった自治会を2014年に合併して一つの阿毘縁自治会として,実質的にむらづくり協議会と一体化した運営を始めている。一方,長野県飯山市などではコミュニティの単位で他出子など居住者以外の担い手(関係人口)を積極的に活用する例も生まれてきている(小林・筒井2018)。これらの事例を通して,今後のコミュニティの維持のあり方について検討をしてみたい。

    【文献】

    小田切徳美2009.『農山村再生—「限界集落」問題を超えて』岩波書店.

    小林悠歩・筒井一伸2018.他出子との共同による農山村集落維持活動の実態—長野県飯山市西大滝区を事例として.農村計画学会誌37:320-327.

    坂本誠・小林元・筒井一伸2013.全市区町村アンケートによる地域運営組織の設置・運営状況に関する全国的傾向の把握.JC総研レポート27:28-33.

    山浦陽一2017.『地域運営組織の課題と模索』筑波書房.

  • 松尾 卓磨
    セッションID: 403
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.はじめに

     ジェントリフィケーションと立ち退きの関係性に焦点を置き様々な角度からジェントリフィケーション研究をレビューしている5つの論考が2018年から2019年にかけて相次いで発表された(Zhang and He, 2018; Zuk et al., 2018; Cocola-Gant, 2019; Easton et al., 2019; Elliott-Cooper et al., 2019)。いずれの論考もジェントリフィケーションの研究史の中では比較的新しく2018年と2019年という短期間に集中的に発表されたものであり、いずれの論考の表題にもジェントリフィケーションと立ち退きの両方が含まれ、さらにジェントリフィケーションによる立ち退きの類型化を行ったピーター・マルクーゼの研究(1985; 1986)への言及が見受けられる。本発表ではこれらの共通点に着目し、ジェントリフィケーション研究において立ち退き概念やマルクーゼによる立ち退きの類型化がいかに位置づけられ、どのように新たなアプローチが模索されているのかという点について検討する。研究方法としては基本的にはマルクーゼの研究内容や上記の5つの論考の内容を参照し、それらの研究において提示されているジェントリフィケーション研究における立ち退き概念や今後のジェントリフィケーション研究に必要な視点や研究方法を整理する。

    2.結果

     マルクーゼはニューヨークを事例として不動産物件の放棄、ジェントリフィケーション、立ち退きの関係性について論じる中で、ジェントリフィケーションによって引き起こされる4種類の立ち退き、すなわち最後の居住者に対する立ち退き、連鎖的に進行する立ち退き、排他的な立ち退き、立ち退きの圧力の4つを提示した。最初の2つの立ち退きは直接的な立ち退きであり、漸進的な過程の最後の段階に着目するのか、より長い時間軸で捉えるのかという着眼点の違いに基づいて2つに分類されている。そして後者の2つは間接的な立ち退きにあたり、これらは立ち退きの内容の違いにより重点が置かれて分類されている。ジェントリフィケーション研究が進展する中では特に間接的な立ち退きへのアプローチが新築のジェントリフィケーション、小売業のジェントリフィケーション、教育での立ち退きなどの把握の際に応用されている。しかしながら、このマルクーゼによる類型化は依然として高く評価されてはいるものの、この類型化が1980年代のニューヨークの状況に基づいて提示されたものであるという点には留意しなければならない。この点に関してElliott-Cooper et al.(2019)はジェントリフィケーション研究のレビューを通じてジェントリフィケーションと立ち退きに対する多角的なアプローチの必要性を指摘している。彼らは「立ち退きの現象学的側面や情動的側面、立ち退きという経験に内在する怒りや絶望」を理解する必要があると主張し、さらにAtkinson(2015)を参照しながらジェントリフィケーションによる立ち退きを「居住者とコミュニティの繋がりを断ち切る『アンホーミング』の過程」として捉える視点を提示している。こうした視点は、ジェントリフィケーションに直面し立ち退かされる人びとのアイデンティティや心理へのアプローチを促すものであり、ジェントリフィケーションおよび立ち退きへの抵抗に関するアプローチとも密接に関連している。そしてElliott-Cooper et al.(2019)を含む近年発表された5つの論考においては、多種多様な視点や方法論に言及されながら検討されるべき重要な論点が数多く提示されており、例えば「サンドイッチクラス」や元ジェントリファイアー、公共投資によって進められる政府主導のジェントリフィケーション、そしてビッグデータを使用した立ち退きの定量的研究などにも言及されている。

    3.結論

     先行研究の整理を通じて、近年の研究においてもマルクーゼによる立ち退きの類型化の重要性が認められており、ジェントリフィケーション研究の文脈においては依然として頻繁に参照されているということが明らかとなった。そして本研究で参照した5つの論考がその点を裏付ける重要なレビュー研究の事例であるということも確認することができた。ジェントリフィケーションの定義やジェントリフィケーションへのアプローチの多様化は同時に立ち退きの定義やアプローチの多様化も意味している。そのため今後の研究ではジェントリフィケーションの研究史における概念やアプローチの展開、そしてそれらの重要性を十分に踏まえながら、そうした先行研究で提示されている視点、概念、事例研究が応用されていくことが期待される。

    [謝辞] 本研究には日本学術振興会科学研究費補助金(特別研究員奨励費:課題番号18J23295)を使用した。

  • 丹羽 雄一, 須貝 俊彦
    セッションID: 613
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.はじめに

     東北地方太平洋岸に位置する三陸海岸では,測地観測記録から,2011年に発生した東北地方太平洋沖地震時の沈降(Ozawa et al., 2011),および,2011年以前の数十〜百年間における沈降傾向(Kato, 1983)が認められる。一方,当該海岸では,海岸沿いの平坦面を更新世海成段丘と解釈することで,105年スケールの隆起傾向が示唆されていた(小池・町田,2001)が,海成段丘の編年データが得られているのは同海岸最北部のみであり(宮内,1988),南部では海成段丘と解釈されてきた平坦面の分布は断片的である(小池・町田,2001)。そのため,海成段丘分布に基づいた同海岸における地殻変動の空間分布の把握は現時点では難しい。

     発表者らは,三陸海岸に点在する沖積平野で,沖積層の解析と14C年代測定に基づいて完新世地殻変動の推定を行い,当該海岸中〜南部(宮古以南)の複数地点で沈降傾向が推定された(丹羽ほか,2014など)。一方,宮古以北での検討は小本平野の事例(Niwa et al., 2019)に限られる。本発表では,三陸海岸北部・久慈平野で得られた沖積層試料の解析結果を述べ,同平野と完新世の沈降傾向が報告される三陸海岸中部・津軽石平野(Niwa et al.,2017)の間で堆積相分布の特徴を比較を行い,同海岸の地殻変動様式を検討する。

    2.試料と方法

     久慈平野の3地点で採取されたボーリングコア(海側から順にKJB1〜KJB3)に対し,岩相記載,粒度分析,珪藻分析を行った。また,合計26試料の木片・植物片に対し,AMS法による14C年代測定を行った。解析結果を縦断方向に並べ,地形・地質断面図中に堆積相分布および,年代測定値に基づいた500〜1000年ごとの等時間線を示した。検討の際,KJB1コア〜KJB2コア間で掘削された既報のコア試料(石村ほか,2016)の岩相や年代値も用いた。

    3.結果

     久慈平野地下は,沖積基底礫層の上位に,9470〜8200 cal BPを示し,淡水生と海水生両方の珪藻化石を産出する砂泥〜砂礫層が分布する。9000〜8000 cal BPの等時間線からは,海側の砂礫の高まり背後の凹地への砂泥層の埋積が示唆されることから,この砂泥〜砂礫層は,バリアー—ラグーンシステムの構成層と解釈される。この上位には7970〜6000 cal BPを示し,上方粗粒化や上位に向かった淡水生珪藻の割合の増加を示すデルタ堆積物が認められる。最も海側では,デルタ堆積物の上位に円摩された礫を含む砂礫層を主体とする外浜〜海浜堆積物が,陸側では,亜円〜亜角礫を含む河川堆積物がそれぞれ認められる。

    4.考察

     久慈平野において潮下帯で堆積したと考えられるラグーンおよびデルタ堆積物から得られた較正年代と標高から,9000〜8730 cal BP,7580〜7470 cal BP,6940〜6740 cal BP,および6400〜6260 cal BPの相対的海水準は−20.11 m,−4.3 m,−4.8 m,−5.9 mよりもそれぞれ高いと推定される。一方,既往研究で沈降傾向が推定される津軽石平野では,潮間帯堆積物および氾濫原堆積物の分布高度と年代から,同時期の相対的海水準はそれぞれ,−20.11 mよりも低い,約−11.5 m,−9.6 mよりも低い,−7.9 mよりも低いことが推定される(Niwa et al., 2017)。久慈平野と津軽石平野の完新世初期から中期にかけての相対的海水準は,どの時期においても久慈平野の方が高く,久慈平野は津軽石平野に対して相対的な隆起傾向にあると考えられる。津軽石平野に対する隆起傾向は,小本平野でも報告されており,(Niwa et al., 2019),三陸海岸の完新世地殻変動は,北部で相対的隆起,中〜南部で沈降として特徴づけられる。

     三陸海岸の八戸〜久慈間では,最終間氷期に形成された海成段丘の高度分布から隆起速度の南方への減少が報告される(宮崎・石村,2019)。一方,久慈以南では同時期に形成された海成段丘は確実度高く認定できず,最近10万年間の隆起傾向は確認できない(宮内ほか,2013)。気仙沼湾沿岸では,クリプトテフラによって最終間氷期の海成段丘と解釈された平坦面(Matsu’ura et al., 2009)が,ルミネッセンス年代測定によって,形成年代が約20万年前と再解釈され(村上ほか,2013),当該地域に最終間氷期の海成段丘が認められないことが示唆される。海成段丘分布の特徴からは,三陸海岸の上下変位は,最近10万年間では,北部で隆起,南部で沈降であったと考えて矛盾はなく,前述の完新世地殻変動の空間分布とも調和的である。このことから,10万年前以降に限定すれば,三陸海岸では,北側隆起,南側沈降という完新世と同様の地殻変動が常に生じていた可能性が考えられる。

  • 遠藤 伸彦, 西森 基貴
    セッションID: 521
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1. はじめに

    長野県伊那谷中部に位置する松川町・中川村・高森町・豊丘村・飯島町では,リンゴ・ナシ・カキなどの果樹栽培が盛んである.2019年5月にこれらの果樹が強い放射冷却に伴う低温により霜害にあった.

    本報告では,農研機構・メッシュ農業気象データ(メッシュデータ)を用いて伊那谷における春季の低温イベントの出現と霜害の対応関係を検討し,さらに気象研究所NHRCMによる現在気候再現実験ならびに2℃上昇実験出力(全球平均で気温が2℃上昇した世界)を用いて低温イベント頻度の将来変化を検討する.

    2. 低温イベントと霜害

    長野県が出版した『長野県の災害と気象(平成元年〜平成30年.ただし平成22年は欠)』によると,当該5町村では,霜害は4月中旬頃から5月中旬頃に発生した.平成の29年間で18回の霜害が報告されている.なお一年に複数回の霜害が報告された年も存在する.

    メッシュデータによると4月中旬から5月中旬に日最低気温が0℃未満であった日の頻度は霜害発生件数よりも多い.だが,霜害のポテンシャルの将来変化を検討するという観点からは,日最低気温が0℃度未満の日数を霜害の指標とすることは問題にならないであろう.

    3. 霜害ポテンシャルの再現性と将来変化

    NHRCMの時別出力から日本時0時を日界として,日別最低気温をもとめ,各3次メッシュに逆距離荷重法で内挿した.モデルと標高差に対して,100 mあたり0.6℃の補正を行った.また国土数値情報土地利用細分メッシュデータから居住地・田畑の存在するメッシュだけを抽出するマスクを作成した.

    当該地域の果樹園が広がるある1メッシュにおける日最低気温の頻度分布を例として図1に示す.NHRCMの過去再現実験はメッシュデータに比べると最頻値はほぼ同程度だが,0℃以下の頻度が相対的に多い.また伊那谷中部では, 0℃以下の頻度が北部で多く,南部で少ないという空間分布パターンは両者でよく似ている.

    過去再現実験と2℃上昇実験の0℃以下の頻度を比較した.当該地域では,2℃上昇した将来気候下では標高が相対的に高い領域(北側)でより減少傾向が強い(図2).また現在でも0℃以下の頻度が少ない領域南部では変化は小さい.ただし,過去再現実験が低温バイアス気味であることから,日最低気温にバイアス補正を施すと,将来気候では0℃以下の頻度は著しく小さくなるものと推測される.将来気候は6種類のSSTを境界条件としているが,いずれのSSTであっても低温イベント頻度の減少は共通しており,SST間の違いは著しく小さい.

  • 丁 曼卉, 白岩 孝行, 小山内 卓, 中田 正人
    セッションID: 813
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    本研究は別寒辺牛川水系の潮感帯の水文特性を分析することを目的とした。別寒辺牛川はその孤立した位置のため、自然の状態が比較的維持されている。それゆえ、湿原河川の自然状態を知るためには別寒辺牛川から厚岸湖への河川流量を明らかにすることは重要である。

  • 須貝 俊彦
    セッションID: S503
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1. 頻発する大規模水・土砂災害が突きつけた課題

    2014年広島豪雨、2015年関東・東北豪雨、2017年九州北部豪雨、2018年西日本豪雨、2019年台風19号による被災地を院生と訪ねた。2014、17年は斜面崩壊と土石流、2015年は鬼怒川で破堤氾濫、2018、19年は広域で土石流と外水氾濫が発生した。いずれも記録的な大雨が誘因となって地形が激変し、多くの人命が失われた。

    大規模水・土砂災害を効果的に軽減し、なおかつ、一人の犠牲も出さないためには、御し難い自然から目をそらすことなく、地形に従い、地形を活かした暮らしを是とする、新しい常識が必要である。

    2.流域管理のために不可欠な地形学的視点

    破堤氾濫や土石流は、河川流域のどこかで突発的に生じる地形現象である。流域全体を俯瞰し、豪雨などの外力の変化に対して、地形が鋭敏に応答する場所を予測することが、減災の鍵となる。具体的には、① 河川流域システムの見方に立った、マルチスケールでの地形変化現象の観察・記載 ② 地形発達史的な見方に立った、過去の地形変化の痕跡の発見・記載 ③ 記載データの流域間比較に基づく規則性の抽出が予測の出発点になる。④ 流路地形の形成に最も効果的な流量、斜面崩壊の免疫性などの、地形プロセス論的な見方も取り入れ、虫・鳥・魚の目で流域を観察し、水・土砂の動きを隈なく想定できるようになることが流域管理のための地形学の基本課題であろう。

    地形分類図は、この課題に取り組む手段であり、課題達成度の指標でもある。地形分類図上で水・土砂の動きを考え、現場で地形を具に観察し、再び地形分類図上で考えを巡らせ、図を改良する。図を3次元化して様々な角度から、縮尺自在に鳥瞰できると良い。これを可能にするのは高精細4次元位置情報である。

    3.流域管理のための地形学の問題点

    2019年台風19号災害では、治水地形分類図が未整備の地域で、河川の破堤氾濫が多数発生した。流域全体の水・土砂の動きを俯瞰できる地形分類図を全国整備することが、喫緊の課題である。

    突発的な地形変化を記載するための地形用語が貧弱である。UAVを用いた写真測量によって超高精細DSM/DEMを取得し、新たに観察可能となる極微小地形を類型化し、それらの集合体として、突発的にできた地形の広がり方や内部構造を記載すべきである。体系的な記載は、多数の地形変化事例に潜む規則性をあぶり出し、外力と地形プロセスの関係の解明や、過去の外力の復元に貢献する。例えば、中規模河床形態の出水前後の変化や、破堤地形を構成する微小地形の分布パターンを体系的に記載することを通じて、河道の性格、流量変化と破堤との関係、河道と氾濫原の相互作用などの理解が深まるだろう12)

    4.災害サイクルの各段階における流域管理地形学の役割と課題

    発災時の役割は、第一に被災者救助に役立つ浸水推定段彩図(国土地理院)や土石流埋積深分布図などの災害地図の迅速な作製と提供であろう。発災前の高精細地形情報、発災直後の地形や洪水位の測量、災害地図の提供・利用体制の整備などが課題となる。

    復旧・復興時の役割は、継続的な地形モニタリングによる2次災害の予知・予防、効率的な地形修復計画への貢献などであろう。突発的に形成された地形と、その後の地形の人工改変過程を超高精細DEMによってアーカイブ化するための体制づくりが課題となる。

    平時の役割は、流域地形を備に観察しつつ、地形分類図の完成度を高めること、地形分類図を拠り所に上流から下流へと水や土砂の動きがつながるハザードマップづくりに貢献することだろう。次の災害に備え、高精細4次元DEMと地形分類図の早急な全国整備が課題である。

    5.おわりに—国土への目配りが災害軽減の鍵

    頻発する大規模水・土砂害に備え、均衡のとれた国土の保全・管理を考える場としての地形分類図の整備と、それを担う地形学の貢献が求められている。流域を単位として、隈なく国土の水や土砂の動きに目配りし続けることが、全ての住民の安全、都市の防災力強化、自然資源の持続的活用に必要である。

  • 髙橋 輝行
    セッションID: 706
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    Ⅰ. はじめに

     干ばつは人々の生活に甚大な影響を与える脅威であり、その影響範囲の広さゆえに世界で最も深刻な気象災害と考えられている。特に開発途上国の農村部では、平時でも子どもは脆弱な状態にあるため、干ばつなどの急激な環境変化等で健康上の悪影響を被るリスクが非常に高い。しかし、子どもの健康アウトカムに対する干ばつの影響を検証したエビデンスは限られている。既存研究では主に干ばつと世帯内での食料摂取の安定・保障との関係に焦点が当てられてきた。しかし、サンプルサイズの小ささゆえに、干ばつと子どもの健康悪化との間の因果関係を特定するに至ったとは言い難い(Phalkey et al. 2015)。

     そこで本研究では、リモートセンシングによる衛星画像データとエチオピア全土の大規模世帯調査データを組み合わせ、2015年〜2016年にかけて発生したエチオピアの過去大規模の干ばつが、とくに農村部の子どもの健康に与えた因果的影響を推定する。

    Ⅱ. データ

     本研究では、2016年のNASAのMODIS (Moderate Resolution Imaging Spectroradiometer)画像の正規化植生指数(NDVI)と、2016年のエチオピア人口保健調査(Ethiopia Demographic and Health Survey 、以下EDHS2016)のデータを用いた。EDHS2016はアメリカ国際開発庁(USAID)の支援によって全国規模で収集された世帯レベルのミクロデータである。EDHSには各世帯の5歳未満児の健康・栄養状態に関するデータに加えて、被調査世帯の位置情報がクラスターの位置情報に集約されて提供されている。1個のクラスターには半径10km以内に居住する約20世帯が含まれている。

     本研究ではQGIS [ver.3.10.],を用いて各クラスターの10kmバッファ内におけるNDVIの平均値を算出し、各世帯の居住地域における干ばつ状況の評価データとした。

    Ⅲ. 分析方法

     データ分析では、全9州と1自治区の農村部に居住しかつすべての変数に欠損値のない5歳未満児のサンプルデータ(n=2,979人)を用いた。説明変数は居住地域のNDVI平均値のZスコアとし、被説明変数は子どもの健康アウトカムとした。

     子どもの健康アウトカムの具体的な指標には以下の10の変数を採用した。①月齢に対する体重のZスコア(Weight for Age Z-score: WAZ)、②月齢に対する身長のZスコア(Height for Age Z-score: HAZ)、③身長に対する体重のZスコア(Weight for Height Z-score: WHZ)、④ボディマス指数のZスコア(Body Mass Index Z-Score: BMIZ)、⑤食の多様性スコア(Dietary Diversity Score: DDS)、⁶重度の発育阻害、⑦下痢、⑧貧血、⑨低体重、⑩消耗症。①〜⑤は量的変数、⁶〜⑩は質的変数である。

     これらの変数群に対して、2つの回帰モデルを作成し、干ばつの影響を推定した。量的な被説明変数①〜⑤に対しては重回帰モデルを、質的な被説明変数⁶〜⑩に対しては二項ロジット・モデルを用いた。

    Ⅳ. 分析結果

     推定の結果から、NDVI平均値のZスコアが有意に影響を与えていた子どもの健康アウトカムは、③WHZ/④BMIZ/⑤DDS/⑧貧血の4種であった。またNDVI平均値のZスコアが標準偏差で-1.0変化するごとに、子どものWHZは8.2ポイント、BMIZは9.0ポイント、DDSは9.7ポイント有意に低下し、貧血症状に見舞われる確率は有意に2.1ポイント上昇することがわかった。すなわち2015/16年のエチオピア干ばつは、全国的に農村部の子どもの間で低栄養/食の多様性の低下/貧血症状を引き起こしたことが明らかとなった。

    Ⅴ. まとめ

     上記の研究結果により、深刻な干ばつが子どもの健康に与える悪影響を、リモートセンシングにより明らかにした。本研究は、開発途上国において気象災害が子どもの健康に及ぼす影響を評価するためには、世帯レベルのミクロデータとリモートセンシングデータを組み合わせることが、きわめて有用な手法であることを示唆するものである。

    引用文献

    Phalkey, R.K. et al. 2015: Systematic review of current efforts to quantify the impacts of climate change on undernutrition. Proceedings of the National Academy of Sciences. 112(33): E4522-E4529

  • 甲斐 憲次, 伊藤 敦哉, 松浦 大, 相澤 由樹, 山崎 友希, 田瀬 則雄, 小野寺 淳
    セッションID: P163
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    茨城大学教育学部地理学野外実習の一環として、定山渓の温泉水が豊平川の水質に与える影響およびこのような自然環境を考慮した札幌市の水道事業を調査した。現地調査では、上流の定山渓温泉から下流の石狩川合流地点まで水質の移動観測を試みた。移動観測の精度の問題はあるものの、定山渓の温泉水に含まれる高濃度ヒ素、白川浄水場での除去過程、下流域での生活排水汚染等の地理的分布を捉えることができた。

  • 北原 舜太, 小寺 浩二, 浅見 和希
    セッションID: P166
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    Ⅰ はじめに

    宮崎県および鹿児島県の県境に位置する霧島火山では、近年活発な火山活動が続いており、2011年、2017年に新燃岳、2018年に新燃岳や硫黄山で噴火が発生している。2018年の硫黄山の噴火後には深刻な水質汚濁が発生したため、周辺の市町村では取水できなくなり、稲作が断念されるなど、農業にも大きな被害を与えた(内閣府,2018)。このように火山活動が水環境に与える影響は大きく、自然環境だけでなく、人間の生活にも大きく影響を及ぼす。近年各地で火山活動が活発化している中、火山防災の計画を立てていくなかで、火山活動による水環境の変化の把握は非常に重要である。

    本研究では新燃岳や硫黄山を中心にした霧島火山周辺を調査地域とし、2018年新燃岳噴火後から、河川の水質に与えた影響や状況を捉えることを試みる。

    Ⅱ 研究方法

    新燃岳、硫黄山を中心とした霧島火山で、2018年3月から2019年9月まで河川を中心とした水質調査を実施。現地では測器を用いて観測を行い、調査項目はAT、WT、EC、pH、RpHである。採水したサンプルは、研究室にてTOCの分析と主要溶存成分、ヒ素値の分析を行っている。

    Ⅲ 調査結果と考察

    2019年4月噴火時から2019年3月調査時まで、硫黄山周辺に源流を持つ赤子川や長江川上流では、pHは3.5以下の低値、ECはほぼ毎回、800μS/cm以上の高値を観測していた。また、長江川下流や、さらに下流に位置する川内川でも、噴火当初は低pH、高ECを観測するなど噴火の影響を受けた。ヒ素値に関しても噴火当初から赤子川や、長江川、さらに下流の川内川でも環境基準値を上回っており、その後も赤子川や長江川ではヒ素値が環境基準値を下回らずにいた。赤子川や長江川上流の水質組成からもSO42-やCl-の割合が多いことからも硫黄山の火山活動の影響を強く受けていることが分かる。その後、2019年の6月調査時以降は赤子川や長江川上流でも、pHやECの大幅な上昇、低下が見られ、ヒ素値も環境基準値を下回り、SO42-やCl-も減少していた。これは、2019年の5月に水質の改善を図る為、宮崎県が実施した水路の工事や2019年の4月以降徐々に火山活動が弱まっている事などが考えられる。

    一方、新燃岳周辺の河川では噴火や火山活動による、大きな水質の変化は見られていない。低pH値、高EC値の地点もいくつかあるが、いずれも温泉地の地点である。霧島火山周辺の多くの河川の水質組成はSO42-、HCO3-などが多く、水質成因は火山活動の作用によるものが多いことが分かった。

    Ⅳ おわりに

    今後は霧島火山に存在する温泉と河川水の相関を把握するなどして、さらに霧島火山の水環境を明らかにしていくのとともに、硫黄山の火山活動による水環境の変化を把握していく必要がある。

    参 考 文 献

    内閣府(2018):霧島山(えびの高原(硫黄山)周辺)の火山活動の状況等について.

    気象庁(2019):霧島山の火山活動解説資料(平成30年3月〜令和元年9月).

  • 近藤 昭彦
    セッションID: S502
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    2019年秋季に千葉県は台風15号、19号および台風21号の影響による風水害に見舞われた。一連の災害で最も広域の被害があったのは台風19号であり、この時は千葉県はむしろ被害は少ない印象を報道は与えたように思う。台風19号が、その後開催されたシンポジウム等では中心課題となったようである。しかし、連続する風水害が三重苦となった地域も多い。これは災害に対する外からのまなざしと内からのまなざしの違いといえる。前者では研究の成果の公表、後者では行政による災害対応、ボランティアや被災者自身を含めた復旧・復興が具体的なアクションとなるが、災害をわがこと化し、ふたつのまなざしを融合させる意識の醸成が大切だろう。

     台風15号による強風は家屋の破壊、送電網の切断、倒木等の被害が生じたことはこれまでに報告されている通りである。災害の誘因は強風であるが、素因としての人間的側面をいくつか挙げることができる。

    ・建物の老朽化:人口減少、高齢化と関連

    ・雨戸の機能の失念:伝統的家屋の機能の再認識

    ・森林管理の不全:拡大造林とその後の林業の不振

     長引く停電は多くの家庭で不便を生じさせたが、多くの場所で末端の電信柱が倒れたため、復旧が追いつかなかったためである。これは送電システムに対する課題であり、これを機に自然エネルギーの活用策が進むと良いと思う。

     土地利用、土地条件および地形と水害の関係は地理学の課題であり、防災、減災の要といえる。今回もこれらの関係が説明可能な事例が多く見られた(仮説を含む)。

    ・JR佐倉駅東方高崎川鏑橋における氾濫(台風21号)

     市街地が高崎川の沖積低地に発展したため、高崎川が市街地に入る部分が狭窄部となっており、従前から治水上の課題であった。

    ・茂原の氾濫(台風21号)

     概ね想定された範囲で浸水が発生したが、この地域は天然ガス鹹水の揚水による地盤沈下が進行している。地盤沈下と治水安全度の関係は現時点では不明であるが、受益と受苦の関係性に関わる社会的な問題でもある。

    ・八街市の氾濫(台風21号)

     JR八街駅は台地上にあり、台地面上に市街地が発達している。関東ローム層底部には常総粘土層が発達しており、昔から湿潤な土壌を好む里芋の産地である。台地上によく見られる皿状地(台地の離水過程で形成された地形)では従前から夕立程度の雨でも広く湛水する地点が多数存在した。

    ・長柄町、長南町の氾濫(台風21号)

     丘陵地帯に位置する長柄町、長南町でも氾濫が発生した。ハザードマップはできていたが、浸水想定区域外でも浸水が発生した。この地域は上流部に塊状泥岩である笠森層が分布し、降雨時に飽和帯が発生しやすい。地質の特徴が急な浸水の発生を促した可能性がある。

     以上のように、土地条件と水害の関連を地理学的知識に基づいて説明することは可能である。知識を智慧に変え、短期的だけではなく長期的な観点から災害に強い地域を創ることは地理学に課せられた課題であろう。

     現在、多くのダムでは事前放流を行い、豪雨に備える対策をとっている。印旛沼でも台風15号の際に事前放流を行い、水位を下げた結果、沼の水位を低く抑えることができた。二つの排水機場を動作させなかった場合は水位は計画高水位を超えたであろうことを水資源機構は報告している。また、印旛沼土地改良区では排水ポンプを止めて、収穫後の水田を湛水させることにより印旛沼の水位上昇抑制に貢献している。隠れた努力、行為を知ることも防災意識向上への契機となりえる。

     君津市久留里では台風15号により停電、断水等の被害に見舞われたが、上総掘りの自噴井が役に立ち、給水車を他地域に配置ができた事例があった。浅層地下水が利用できる富里市では発電機によるポンプの稼働で給水ができたという話を聞いた。地域の自然資源の活用は災害に強い地域づくりの要となるだろう。

     ハザードは避けられないものだとしても、それをディザスターにしない方法を地理学的知識に基づき、生み出すことがでる。それが防災に関わる教育の目標である。一方、我々は近代文明の成果である治水施設により守られていることを知ることも重要である。

     災害は地域で発生するので、地域ごとに素因を明らかにすることによって地域の安全を創り出すことができる。本文では十分な検証を経ずして記述している部分もあるが、今後の防災教育では地域の人が地域を知ることにより、地域の安全に関わる知識を生み出すことが災害に対して強い地域を創り出すことになる。それが必履修化される「地理総合」の目指すところではないだろうか。

  • 山下 清海
    セッションID: 307
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    本研究では,第二次世界大戦後,今日に至るまで,日本のオールドチャイナタウンの代表である横浜中華街が,いかに変容してきたかを明らかにするとともに,それらの変容の要因について考察することを目的とする。

  • 石井 祐次, 田村 亨, Ben Bunnarin
    セッションID: 606
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    自然堤防は河道に沿って形成される微高地であり,氾濫時の水理的な条件を規定するという点において,氾濫原の地形変化において重要な役割を担う.しかし,自然堤防の上方への成長過程を数百〜千年スケールでの堆積物の編年にもとづいて検討した例は少ない.これは,自然堤防堆積物中に放射性炭素年代測定に適した植物片を多数見つけることが困難であることが一因である.近年急速に発展している光ルミネッセンス(Optically stimulated luminescence: OSL)年代測定は堆積物に含まれる石英や長石を対象とするため,自然堤防堆積物に詳細な年代軸を入れることが可能である.本研究はOSL年代測定を用いて,カンボジアのメコン川の氾濫原の発達過程および自然堤防の発達過程を明らかにする.

     現地調査で12地点(地点MEK-1〜12)においてハンドオーガーによる試料採取をおこなった.MEK-1〜7では深さ2〜5 m,MEK-8〜12地点では深さ8〜9.5 mまで掘削した.粒度分析用の試料は10〜30 cm間隔,OSL年代測定用の試料は約1 m間隔で採取した.粒度分析はレーザー散乱型粒度分析機(SALD-3000J)を使用した.OSLの測定はRisø社製TL/OSL測定装置(DA-20)を用いた.

     対象地域の中でも中流部に位置するMEK-11,MEK-12地点では,約7kaに層厚4 m以上のやや粗粒なシルトが急速に堆積した.これは海水準上昇による頻繁なクレバススプレイの形成や河道の付け替え(アバルション)を反映していると推測される.約7ka以降,MEK-11地点では緩やかに堆積が継続したのに対し,MEK-12地点では約4 kaまで堆積がほとんど生じなかった.このことは,クレバススプレイの形成やアバルションが生じなければ,氾濫原において土砂の堆積が生じるのは河道付近に限られることを示唆している.

     大きな放棄流路の上流端に位置するMEK-10地点では約3.5 kaに砂およびシルトが5 m以上にわたる急速な堆積が認められた.この流路へ供給される流量が減少することで流路が埋積されたと考えられる.同じ放棄流路の下流側の自然堤防上に位置するMEK-11地点では約4 kaに粒度が細粒化しており,この流路へ供給される流量が減少したことを支持する.約4 kaにはその他の流路も放棄されている(Hori et al. 2007).東アジア夏季モンスーンの弱化にともなう降水量の大幅な低下(Dykoski et al. 2005など)がメコン川の流量を減少させ,複数の流路が放棄もしくは縮小した可能性がある.

     現在の流路は蛇行にともない多数の自然堤防の列を形成している.これらの自然堤防上で採取したMEK-2,3,4地点のOSL年代値は約0.5 kaよりも若い.このことは,現在の河道の蛇行が過去数百年間において急速に進行したことを示している.これらの自然堤防列よりも古い蛇行跡は周辺に認められないことから,上流域の人為改変による土砂供給量の増加により蛇行速度が増加したか,もしくは古い蛇行跡が五百年前以降の蛇行によって侵食されてしまったと考えられる.

     多くの地点において自然堤防堆積物は上方粗粒化する傾向が認められた.攻撃斜面側に位置する自然堤防では,蛇行により河道が近づくことで上方粗粒化が生じる.一方,河道が直線的であり河道が次第に近づいていったとは考え難い場合でも上方粗粒化が認められた.土砂の堆積により自然堤防の標高が高くなることで,氾濫時に後背低地側への水位勾配が大きくなり,自然堤防上で粗粒な土砂が堆積するようになったと推測される.

     自然堤防堆積物の堆積速度は3.5〜20 mm/yrであった.多くの地点において,数百年間に急速な堆積が生じることで自然堤防が形成されたと考えられる.

     対象地域の最も上流側で,滑走斜面側に位置するMEK-1,MEK-9地点では非常に遅い速度で蛇行しているために,自然堤防列が癒着していると考えられる.河道から100 m離れたMEK-1地点では0.25 kaから現在に至るまで堆積が継続している.一方,MEK-1地点よりもわずか200 m河道から離れたMEK-9地点では約4 mもの自然堤防堆積物が1 ka前後に200〜300年以内で急速に堆積した後,ほとんど堆積が生じていない.このことは,ある程度の高さまで自然堤防が成長すると,長期間にわたって氾濫堆積が生じなくなることを示している.

  • 宮本 樹, 須貝 俊彦, 木森 大我, 小松 哲也, 中西 利典
    セッションID: P182
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    関東平野は第四紀後期の地形発達研究が日本で最も進んでいる構造盆地の一つであるが,関東造盆地運動(貝塚1987)の沈降中心に近い鬼怒川低地帯南部(猿島台地〜宝木台地)は,最終間氷期以前の古地理の変遷については不明な点が多い.

    本研究では,鬼怒川低地帯南部の宝木台地(宝木面)で掘削されたボーリングコアの堆積相解析に基づき,関東造盆地運動の沈降中心に近い場における中期更新世以降の古地理を明らかにする.

    宝木面上で掘削された3本のオールコア(コア径は65mm):南から順にGC-NG-1(孔口標高20.57m;掘削深度74.60m),GC-OY-1(同29.45m;90.00m),GC-OY-2(同34.01m;86.00m)を対象に,観察・記載,レーザー回折式装置による粒度分析,WD-XRFによる元素分析,帯磁率測定,SEM-EDSを用いたテフラの火山ガラスの化学分析を行った.

     分析の結果,コアを深部に向かって以下の13 Unitに区分した.

    Unit1:風成ローム層.すべてのコアからAg-KPが検出された.

    Unit2:泥流堆積物.GC-OY-1のみに見られ,ローム質の粘土〜極細砂中に火山岩礫が点在する.

    Unit3:扇状地礫層.最大径70mmの安山岩質礫主体の円〜亜円礫支持層.GC-OY-2,OY-1に見られる.

    Unit4:氾濫原堆積物.砂-シルト互層.一部に細礫を挟在する.河川流路からの距離に応じて粒度が変化してきたと考えられる.

    Unit5:貝殻片を含み,上方粗粒化するデルタフロント砂層.

    Unit6:内湾泥層.GC-NG-1,OY-1,OY-2の順で北に向かって層厚が減少し,含砂率が増す.OY-2ではカキ礁が占めている.

    Unit7:氾濫原堆積物.上方細粒化する砂-シルト互層.

    Unit8:網状流路堆積物.最大径70mmの安山岩質主体の亜円〜円礫支持層.すべてのコアで見られる.

    Unit9:貝殻片を含む海成層.GC-OY-2では細砂〜中砂で,NG-1ではシルト層が観察され,同時異相と考えられる.

    Unit10:軽石を含む細砂〜中砂.

    Unit11:貝殻片を含み,GC-OY-2,OY-1では砂層,NG-1では泥層からなる海成層.

    Unit12:最大径40mmの砂礫層.GC-OY-2には見られない.

    Unit13:半固結シルト層.GC-OY-2の基底付近でのみ見られる.

     Unit6~5はMIS 5eの海成層に対比される.GC-OY-2のUnit6は層厚4mで全てカキ礁によって構成され,その上限高度は+5mである.MIS 5eの最高海水準は+5m程度であったと考えられていることから,OY-2付近は,MIS 5eの海進域の北限で,過去12万年間の累積上下変動量はほぼゼロと推定される.Unit8は南へ急に下っており,MIS 6の低海水準期の礫層に対比される.Unit9,11の海成層はMIS 9,11に対比される可能性があり,その場合,当時の海域は,MIS 5eより広かったことが推定され,既存研究(松島ほか2009;須貝ほか2013;野口ほか2019)とも整合する.

    謝辞:本報告には,経済産業省資源エネルギー庁委託業務「平成30年度高レベル放射性廃棄物等の地層処分に関する技術開発事業(地質環境長期安定性評価技術高度化開発)」で実施された「隆起・沈降境界域における地殻変動評価技術の整備」に係る成果の一部を用いた.

    参考文献:貝塚1987地学雑誌96, 51-68.;野口ほか2019第四紀学会要旨;松島ほか2009第四紀研究48, 59-74.;須貝ほか2013地学雑誌122,921-948

  • 小林 聡史
    セッションID: 933
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    湿地に関するラムサール条約は生物多様性保全に関する国際環境条約としては最も古く1971年に採択された。次回COPは2021年に開催が予定されており、採択50周年の節目を迎える。2020年1月10日現在で171の加盟国が2,371ヶ所の登録湿地を指定しており、その総面積は253万平方キロを越えた。日本は前回のCOP13(2018年)に2ヶ所を追加登録し、現在52ヶ所の登録湿地を指定している。

     登録湿地に値する重要湿地であっても、人間活動を排除することは現実的ではないことから、条約ではこれまでの議論の中でも、湿地のワイズユース(賢明な利用)を促進してきた。特に日本(釧路市)で開催されたCOP5では、世界から集められた事例を作業部会で分析することによって、具体的にワイズユースに結びつく取組を紹介した。分析で得られた要素をさらに研究する形で、その後COP6では湿地の経済評価、COP7では住民参加のあり方、そしてCOP12では湿地における観光とワイズユースの事例研究を進めてきた。

     ラムサール条約下における世界的な経験を活用し、国内における湿地の比較研究を進めることは他のアジアの国々、ひいては条約加盟国にも参考となると考えられる。今回はワイズユースの事例に基づいた国内登録湿地の比較、そして新しい課題としてのニホンジカによる食害対策の比較検討を議論の対象とする。

    1. ワイズユース要素の比較

     ラムサール条約COP5で抽出されたワイズユースの要素は以下の6項目であった:1)社会経済的配慮; 2)住民参加; 3)パートナーシップ(協働); 4)沿岸域/集水域での配慮; 5)制度上の整備; 6)予防原則の適用である。

     これまで国内の湿原域、干潟の全体的な経済評価は実施されているものの、個別に評価されているものは釧路湿原や藤前干潟等一部にとどまる。住民参加に関しては、COP7で世界から集められた21事例に、日本からは唯一谷津干潟が選定された。パートナーシップ(協働)においては、中央官庁(環境省)と自治体(市町村)の協力、自治体と企業との協力は、国内多くの登録湿地で見られる。しかしながら、協力の仕方は様々で一様にパートナーシップととらえるべきかどうかは議論の余地がある。沿岸域全体を視野に入れて個別(沿岸)湿地の保全を図ろうという例は国内にはないと考えられる。集水域全体での配慮も言及されてはいるが、実施に至るのは難しい。

    2. ニホンジカ対策

     52ヶ所ある国内の登録湿地及びその周辺域でシカの食害は、釧路湿原や尾瀬をはじめ24ヶ所で確認された。

     釧路湿原では、国立公園区域内において「生態系維持回復事業」として環境省によるエゾシカ対策が実施されている。

     海外のラムサール条約登録湿地におけるシカによる食害対策では、イギリスで鳥類保護NGOが湿地に依存する鳥類を保護するために、アカシカの駆除に携わっている例がある。

     北海道の湿原や湖沼における取り組みを、沖縄の干潟やサンゴ礁の取り組みと比較できるのは、ラムサール条約の枠組みがあって可能となっている。さらに世界各地の登録湿地における取り組みと比較することによって、新たな知見も得られるであろう。また、我が国の取り組みも積極的に海外に発信すべきである。

  • マルチビーム測深と潜水調査による浅海底地形研究
    菅 浩伸, 木村 颯, 堀 信行, 浦田 健作, 市原 季彦, 鈴木 淳, 藤田 喜久, 中島 洋典, 片桐 千亜紀, 中西 裕見子
    セッションID: 538
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1. はじめに

     「海底では陸上のように風化侵食が進まないため,地形はその形成過程をそのまま反映していることが多い」(『海洋底科学の基礎』 共立出版 p.10)。しかし遠洋深海域と異なり、沿岸浅海域では波浪や流れにともなう海底砂州の変化や海底の侵食が発生する。日本の海底地形研究は1950年代以降に格段に進歩した。地理学者であった茂木昭夫は広く日本沿岸や北西太平洋の海底地形研究を行い、浅海域における現在の侵食・堆積作用についても多くの記述を残している1)。また、豊島吉則は波食棚や海食洞・波食台について、素潜りの潜水調査によって詳しい記載を残した2)。しかし1980年代以降、日本および世界の海洋研究は遠洋深海を舞台にした調査と資源探査に力が注がれていき、浅海底の地形研究は中断期を迎える。40年の時を経た今、浅海底の地形・地理学研究を再び前へ進める一歩を踏み出したい。

    2.研究方法

     琉球列島・与那国島において、2017年12月に南岸域、2018年7月に北岸域を対象として、ワイドバンドマルチビーム測深機(R2 Sonic 2022)を用いた測深調査を行い、島の全周にわたる海底地形測量を行った。また、2013年および2016年以降にSCUBAを用いた潜水調査を行い、海底地形や堆積物などの観察を行った。

    2. 与那国島の海底地形

     与那国島では主に北西−南東、北東−南西、東−西の3方向で正断層が発達しており、北側の地塊がそれぞれ南へ傾動しながら沈む傾向にある3)。海底地形にも北西−南東、北東−南西、東−西の3方向で大小多くの崖や溝地形が認められる。

     与那国島西端の西崎および東海岸(東崎〜新川鼻)は中新統八重山層群の砂岩泥岩互層が海岸を構成する。これらの海岸の沖では頂部が平坦で側面が崖や溝で区切られた台状の地形が多く認められる。また、海底では現成の侵食作用が顕著に認められる。水中にて、岩盤の剥離、削磨作用、円礫の生成などの侵食過程や、様々な形状・大きさのポットホールなどの侵食地形がみられた。観察した中で最大のポットホールは水深16mを底とし、径20m 深さ12mのもので、径2〜3mの円礫が十数個入る。南東岸では水深31mで径50cm〜1mの円礫が堆積し、新しい人工物上に径50cmの円礫が載る場面も観察された。海底の堆積物移動と削磨・侵食作用が深くまで及んでいることが推定できる。

     南岸の石灰岩地域の沖でも海岸に接した水深10〜15mに現成の海食洞がみられる。また、水深26mにも海食洞様の地形が認められ、底部の円礫は時折移動し壁面を研磨しているようであることが付着物の状況から推定できる。

     南岸ではこのような大規模な侵食地形(海底・海岸)とともに,サンゴ礁地形においても他島ではあまりみられない地形(リーフトンネル群や縁溝陸側端部のポットホールなど)があるなど,強波浪環境下でつくられる地形が顕著にみられる沿岸域といえよう。

     北岸沖(中干瀬沖,ウマバナ沖)にも、水深20m以深の海底に崖地形が発達するなど、侵食地形がみられる。一方、北岸の沿岸域には比較的穏やかな海域でみられるタイプのサンゴ礁地形が発達する。島の北岸・南岸ともサンゴ礁域における造礁サンゴやソフトコーラル・有孔虫などの生育状況はきわめてよい。

    謝辞:本研究は科研費 基盤研究(S) 16H06309(H28〜R2年度, 代表者:菅 浩伸)および与那国町—九州大学浅海底フロンティア研究センター間の受託研究(H29〜31年度)の成果の一部です。

    引用文献: 1) 茂木昭夫 (1958) 地理学評論, 31(1), 15-23.など 2) 豊島吉則 (1965) 鳥取大学学芸学部研究報告, 16, 1-14.など 3) Kuramoto, S., Konishi, K. (1989) Techtonophysics, 163, 75-91.

  • 矢巻 剛, 猪狩 彬寛, 浅見 和希, 堀内 雅生, 小寺 浩二
    セッションID: 816
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ はじめに

    長崎県の島嶼に関する水文学的特徴を解明するため、2014年から研究を進めており、数年間の調査にから分かった季節変化や海塩の影響をはじめとした各島の特徴を発表してきた。今回は、水質と流域解析結果との関係から、土地利用や平均傾斜と、水質との関係が明らかになったので報告する。

    Ⅱ 対象地域

     壱岐は、最高標高213mでありながら起伏に富み、島の各地に数多くの溜池が存在している。韓国から約50kmのところに位置する対馬は、約89%を山地が占め、島全体の標高が比較的高く急峻な地形である。平戸諸島も山がちな地形をしているが田畑は対馬より多く、各地で棚田が見られる。五島列島は、大小140の島々からなり、主要な島嶼においても地質や土地利用が多様である。いずれの島嶼も汚水処理人口普及率は20-40%程度と低く、人口の減少が続いている。

    Ⅲ 研究方法

     既存研究の整理と検討を行った上で、現地調査は五島列島で2014年から4回、壱岐で2015年から9回、対馬は2016年から11回、平戸は2017年に8回行った。現地では、水温、気温、電気伝導度(EC)、比色pHおよびRpH、COD(2017年・2018年・2019年の5月のみ)を計測し、採水して全有機炭素の測定と主要溶存成分の分析を行なった。雨水は壱岐・平戸各3か所、対馬4か所、五島列島・島原各1か所で毎月採取し、分析を行っている。

    Ⅳ 結果・考察

    観測結果および主要溶存成分について統計解析を行い、島嶼ごとに主成分を算出すると、いずれもECや主要溶存成分量に関する主成分が第1主成分となったと言え、主要溶存成分の濃度が水質の差を示す大きな要因であると考えられる。第2、第3主成分にはpH・RpHと水温との関係を示唆する主成分や、相対的に水質汚染を示す主成分となっていると考えられる。クラスター分析の結果、水質がある程度地域によって分けられ、主成分得点との比較から、地域による水質の特徴も示唆され、対馬では地形や地質、壱岐は多くのため池や流量が少ない河川が同じクラスターとなり、滞留時間が影響していると考えられ、対馬は地形や地質が水質クラスターを分類していると言える。

    農用地率(田およびその他の農用地の割合)が大きい流域では、流域面積の大小や調査地点の標高に関係なくECが高い傾向にあり、ECが200μS/cm以上の地点の大半で農用地率が40%以上であった。特に壱岐では、上流域も含め全域で水田の割合が高く、農業用水として地下水を利用していることから、上流部においても地下水の影響が強い。平戸島の南部では河川の上流でもHCO₃⁻やCa²⁺の割合が高く、地下水の寄与が大きい河川であると考えられる(図1)。

    農用地率が低い流域におけるECが200μS/cm以上の地点は、多くが地点標高20m以下の地点であり、集落がある流域も多い。対馬・壱岐・平戸では汚水処理人口普及率が30〜50%と低く、特に対馬・平戸には公共下水道がないため、生活排水の寄与が大きいと考えられる。

    Ⅴ おわりに

     以上から、島の地形や土地利用の違いによって、水質の形成要因が異なることが示唆された。今後は、小流域における解析と考察も踏まえて、水環境の空間的な差異と要因について解明していく。

  • 渡邉 裕太, 藤原 洋一, 長野 峻介, 一恩 英二, 星川 圭介, 藤井 秀人, 田中 健二
    セッションID: P160
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    広大なトンレサップ湖の継続的な観測が求められている。そこで、衛星データによる氾濫域・氾濫水位推定手法の開発と水温変動解析を行った。(1)氾濫域判別手法の開発では、従来観測できなかった浸水林樹冠下の浸水の有無を判別できる方法の開発を行い、NDVIとNDWI-EVIを用いることで可能とした。(2)氾濫水位推定手法の開発では、本研究の氾濫域判別手法と数値標高モデルを用いて水位推定を試みた。季節の変化に合わせた水位の変動を再現し、衛星データのみによる水位推定手法の可能性を示唆した。(3)水温変動解析では、Google Earth Engineを用いて、多量の衛星データより湖表面水温の中央値を算出した。その結果、年々水温が低下傾向にあること、2009年以降水温の変動幅が大きくなることを明らかにした。

  • 伊藤 直之
    セッションID: P137
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    汎用的な資質・能力の育成を担う地理授業

    〜思考ツールの活用を通して〜

    Geography Lessons for Fostering Generic Attributes and Abilities

    :In the Case of Using Thinking Tools

    伊藤 直之(鳴門教育大)

    Naoyuki ITO (Naruto Univ. of Education)

    キーワード:資質・能力,思考スキル,思考ツール

    Keywords: Attributes and Abilities, Thinking Skills, Thinking Tools

    1.問題意識

     「主体的・対話的で深い学び」を実現するための学習指導要領改訂を受けて,形式的・活動的な授業改善はもとより,そのような学びを通して,何を得させるかが議論される必要がある。今次改訂の柱の一つは「資質・能力」といわれている。地理教育において育成される資質・能力にはどのようなものがあるだろうか。そこで,今回,筆者はあえて地理教育らしくない資質・能力に焦点を当てたい。

     たしかに,今次改訂では,教科の本質としての「見方・考え方」を重視することも強調されている。地理教育においては,地理的な見方・考え方を働かせるべきであるということももっともである。

     しかし,学校で実践される地理授業は,いつでも本格的・本質的な地理学習が要求されているのであろうか。むしろ,地理に対する興味・関心の芽生えを期待して,地理らしくない学びの機会を開いておくことは,地理を得意としない生徒,そして教師にも有益であるかもしれないというのが筆者の見解である。

    本発表では,地理教育ならではの資質・能力とはいえないかもしれないが,地理教育でもその育成の一翼を担うことのできる汎用的な資質・能力に着目し,その意義について報告する。

    2.汎用的な資質・能力としての思考スキル

    いま,学校現場の関心を集めているものの一つに,思考スキルの育成がある。森分(1997)によれば,思考力のとらえ方には二通りある。前者は,「学習の結果習得される知識・理解の内容やその質よりも知識・理解の習得の仕方」に重きを置き,思考力を技能(スキル)としてとらえるものである。後者は,思考力を「知識・理解を獲得する手段」としてとらえ,「知識・理解の内容やその質」に重きを置き,思考力を教科で扱う知識と不可分なものとしてとらえるものである。よって,前者のような思考力こそ,教科ならではの知識とは独立しているという点で,汎用的な資質・能力といえる。

    3.思考ツールを活用した授業実践例

    思考スキルへの関心の高まりは,世界的な教育動向ともいえる。その影響を受け,日本における代表的なものとして,国立教育政策研究所が2013年に示した「6つのすべ(手立て)」がある。また,関西大学初等部は,思考スキルと対応した「シンキングツール」を列挙している。

    思考ツールは地理教育の文脈でも広がりを見せている。例えば,イギリスの中等地理教科書Key Geographyでは,日本に関する学習の終結部で,日本が発展していることを示す9つのイラストをダイヤモンドランキング上に並べ替えさせる活動がある。また,筆者が研究協力者として関わった徳島県内における授業実践例においても,マインドマップなど思考ツールの活用が見られる。汎用的な資質・能力の育成をねらう学習活動は,地理的な見方・考え方との関係が希薄であることが特徴となっている。

    4.地理教育における汎用的な資質・能力の位置づけ

     汎用的な資質・能力は,その汎用性の高さ故に,教科を問わず育成可能なものである。よって,地理教育でもその育成を担うことができる。それを分担するか否かは,地理教師の裁量にゆだねられるべきである。

     地理教師といえども学校教師である。児童・生徒に育成したい資質・能力は,教科によって多様である一方で,教科を横断して担う学際的な側面もある。教科固有の見方・考え方を働かせた思考力育成がメインであることに変わりはないが,汎用的な資質・能力の育成の一翼を担うことを放棄することは勿体ない。

     とくに,日本の地理授業は,そのすべてが地理を得意とする教師によって実践されているとは言い難い。彼らにとっては,思考ツールの活用は授業実践の道標になり得る。教師の主体性の芽を摘むことなく,地理的な見方・考え方を働かせた本質的な学習への橋渡しとして,汎用的な資質・能力の余地も検討していくべきだろう。

    参考文献:森分孝治 1997. 社会科における思考力育成の基本原則—形式主義・活動主義的偏向の克服のために. 社会科研究47:1-10.

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