日本地理学会発表要旨集
2020年度日本地理学会春季学術大会
選択された号の論文の337件中101~150を表示しています
発表要旨
  • 岩瀬 東吾, 吉田 英嗣
    セッションID: P194
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.はじめに

     二重(多重)山稜や線状凹地として認識される地形の形成メカニズムとして,古くは周氷河作用説が提唱されていたが,現在ではそれらは地すべりや岩盤クリープなどの重力性変形地形を示唆する重力性低崖地形であるとの見方が一般的である。しかし,かかる地形の分布を規定する要因は多様かつ複雑で,未解明な点が多く残されている。本研究では,九州山地を対象にマクロスケール・ミクロスケールの2つの空間スケールで,重力性低崖地形の分布がどのような地形的・地質的要素によって規定されているのかを検討した。

    2.方法

     低崖地形は,国土地理院の陰影起伏図をもとに尾根に平行で直線的なものを手動で抽出した。また,尾根に分布するものを尾根型,山腹斜面に分布するものを山腹型として分類した。マクロスケールでの解析は,九州山地主稜線を中心とした約1600km2を対象とした。低崖地形の分布を規定しうる要素として,大八木ほか(2015)より地すべり地形(地すべり地・岩盤クリープ)を,地理院の5mDEMより標高データを,産総研のシームレス地質図より地質情報を抽出した。低崖地形と地すべりとの関係はカバー率・的中率比(横山ほか,2011)と呼ばれる指標を援用し検討した。低崖地形と標高および地質との関係は標高域・地質の分布域ごとの低崖密度を算出することで検討した。これらの解析は全てQGIS上で行った。ミクロスケールでの解析では,九州山地南東部に位置する石堂山周辺の約50km2を対象とし,林野庁撮影の白黒空中写真より遷急線・崩壊地を抽出した。前記の地形要素および先述の地すべり地形,産総研の5万分の1地質図より抽出した地質情報をもとに,低崖地形の発達過程を検討した。

    3.結果

    (1)マクロスケールでの解析結果

     カバー率は,地すべり地と地すべり地形全体を対象とした場合に単調増加した。一方で的中率比は,岩盤クリープ斜面を要素とした場合に著しく高い値を示した。標高域ごとの低崖密度は標高の上昇に伴って増大する傾向が見られたが,最高標高域では減衰傾向に転じた。同様の傾向は尾根型の低崖に限定した場合でも見られた。地質ごとの低崖密度に明確な差は見られなかった。

    (2)ミクロスケールでの解析結果

     遷急線は石堂山周辺の支谷の北側斜面において,河床から比高100m前後のところに顕著に見られた。地すべり地形は支谷南側斜面,崩壊地は支谷北側斜面に分布する傾向が見られた。地質ごとの低崖密度に明確な差は見られなかった。

    4.考察

    (1)マクロスケールからみた低崖地形の分布規定要因

     カバー率の単調増加から,対象地域では低崖地形の周辺で地すべり地が良く分布していると言える。一方で的中率比から,岩盤クリープ斜面の周囲に低崖地形が集中して分布していると言える。標高域ごとの低崖密度において,最高標高域での減衰傾向は,山体上部の低崖地形の形成時期が下部のそれに比べ古く,埋積され不明瞭になっていることを示唆する。以上の傾向は,他地域での検討でも指摘されていることであり,低崖地形の分布域に普遍的なものだと言える。

    (2)ミクロスケールからみた低崖地形の発達過程

     遷急線は侵食前線(後氷期開析前線)にあたる可能性があり,初生的には両岸に発達していたと考えられる。対象地域の地質の走向は,支尾根の走向におおむね平行で,北向き傾斜である。これらにより,平石ほか(2013)でも指摘されたように,後氷期の降水量の増加に伴って河川の下刻が進行し,斜面が相対的に不安定化したことで,流れ盤の構造を持つ支谷南側斜面に地すべりや岩盤クリープが発生し,低崖地形が形成されたと考えられる。このような発達過程は層理面が発達した頁岩や互層といった地質の分布域に特徴的であると言える。

    〔文献〕大八木ほか(2015)防科技研研究資料,312;平石ほか(2013)京大防災研年報,56,731-740;横山ほか(2011)砂防学会誌,63(5),3-13 〔謝辞〕高波紳太郎氏(明大・院)・吉田ゼミナール諸兄姉には多くのご助言を賜った。

  • 佐藤 剛, 土志田 正二, 八木 浩司
    セッションID: P188
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    地震や豪雨を誘因とした地すべり災害は,日本の各地で毎年発生している.地すべりは,一度停止しても再び動き出す性質を有することから,地すべりによって形成された地形を抽出し,その分布を地図上に表現する「地すべり地形分布図」を作成することは,山間域の防災計画や山地の地形発達を考察するのに役立つ.近年は航空レーザ測量が盛んに実施されるようになり,高精度のDEMを用いた詳細な地形表現図(陰影図や赤色立体地図など)が作成できるようになった.これをもとに詳細な地すべり地形判読も行われている.地形判読ツールの充実化が急速に進むとともに,地形判読手法の転換期を迎えている.しかしながら,地形判読におけるハード面の整備が進む一方で,ソフトの面での課題が浮き彫りになってきている.防災科学技術研究所が発行した地すべり地形分布図を作成してきた地形判読の専門家のほとんどが60歳代以上となった.また,地すべり地形判読を自ら行い,地すべり地形の分布特性を議論するといった研究手法を用いる中堅・若手の研究者の数も極めて限定される状況にある.地すべり地形判読技術の伝承は今,危機的状況にある.この課題を克服するためには,地すべり地形判読の熟練者(以後,熟練判読者と呼ぶ)の技術を後進に理解しやすい形で伝える手法を開発し,高度な地すべり地形判読者をもつ人材を確保することが求められる.そのための基礎データを取得するため,発表者らは地形表現図とアイトラッキング技術を用いて,熟練判読者の視線追跡データを収集し,地形判読プロセスの可視化を試みた.

  • 平井 史生
    セッションID: S501
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    広域におよんだ豪雨を地図で俯瞰する

     2018年6月末から7月上旬にかけ、西日本に梅雨前線が停滞した。特に、7月6日から7日にかけては線状降水帯が次々と発生し、「雨が少ない瀬戸内式気候」と教わった地域でも記録的な大雨となった。広島県内では土砂災害が頻発し、岡山県倉敷市真備町では水害により多数の高齢者が犠牲となった。

     2019年10月12日から13日にかけ、「狩野川台風級」と警告された台風19号が関東を北東進した。関東から東北にかけての山地南東斜面を中心に記録的な大雨となり、千曲川・阿武隈川などの大河川も氾濫した。また、堤防が持ちこたえても、内水氾濫が発生した地域もあった。車での避難・帰宅途中に被災した事例が多かった。

     自然災害を教訓とするには、その教材化が必要である。地理教育においては、地図教材で何を表現し、何を読み取らせるのがよいのだろうか。平成晩年から令和初年にかけて発生した広域豪雨について、地図で概観しながら考えてみたい。

  • 今里 悟之
    セッションID: S203
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    本発表では,現在の日本の農村社会を理解する上で,欠かせない存在になりつつある 「地域運営組織」について,従来の村落地理学,特に社会地理学や村落共同体論の観点から,今後どのような検討を深めるべきかを考えたい。なお,本発表はシンポジウム「農村変化と地理学—地域運営組織をめぐって」の個別発表の1つである。

  • 佐野 亘, 藤田 和彦, 平林 頌子, 横山 祐典, 宮入 陽介, Toth Lauren, Aronson Richard, 菅 浩伸
    セッションID: 534
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    はじめに

     サンゴ礁地形の形成過程に関するこれまでの先行研究は,主に礁嶺の固結した礁石灰岩コアを用いて礁嶺の形成過程に焦点が当てられてきた(e.g. Kan et al., 1991).しかし,海草帯に代表される未固結堆積物で構成された沿岸域に関しては,その地形発達プロセスに関する科学的知見が少ない状況である.海草帯とは,サンゴ礁の沿岸に近い地域に形成される海草類の群落であり,サンゴ礁の生態系を支える重要な役割を担っている場所である(Unsworth et al., 2018b).本研究は,サンゴ礁地形発達史における海草帯の形成過程を明らかにすることを目的とした.

    現地調査と分析手法

     本研究では,琉球列島久米島の東部,オーハ島の南沖とイーフビーチ沖の2地域において採取されたサンゴ礁海草帯の未固結堆積物コア試料(最大掘削深度4.2 m)を用いた.コア採取地点の底質は枝サンゴ礫を多く含む砂泥質の堆積物であり,リュウキュウスガモ(Thalassia hemprichii)やウミジグサ(Halodule uninervis)などの海草類が卓越した場所である.またコア試料採取地点および周辺地域における現地調査を行い,現生の海草葉上に多数の底生有孔虫(Amphisorus hemprichiiCalcarina calcarinoidesなど)の生息を確認した.コア試料は5 cm毎にサブサンプリングを行い,九州大学にて実体顕微鏡や電子顕微鏡による構成物の観察とX線回折装置を用いた鉱物分析を行った.また東京大学大気海洋研究所のAMS(加速器質量分析器)を用いて,サンゴ礫や有孔虫化石の放射性炭素年代測定を行った.さらに,堆積物中の大型底生有孔虫の群集解析を行い,現生有孔虫の生息分布との比較から海草帯の堆積環境の復元を行った.

    海草帯の堆積過程と形成年代

     放射性炭素年代測定の結果,各地域の堆積年代はオーハ島沖が約6700-4500 cal yr BP,イーフビーチ沖が約4100-3200 cal yr BPであった.また各地点の堆積速度から,オーハ島沖は中期完新世の穏やかな相対的海水準の上昇に伴って形成されたオンラップ型の堆積場であり,イーフビーチ沖は海水準が安定した後に形成されたオフラップ型の堆積場であることが明らかになった.

    堆積物の構成物分析と有孔虫群集解析の結果,イーフビーチ沖では水深2.5 m(掘削深度1.0 m)以浅でCalcarina calcarinoidesが急激に増加していることがわかった.Calcarina calcarinoidesは主に海草藻場において優占的に出現することが明らかにされており(藤田他, 1999),また現地調査でも海草葉上に多数生息していることを確認していることから,Calcarina calcarinoidesを指標としてイーフビーチ沖には3.9 ka BPから海草帯が形成されたことが明らかになった.一方オーハ島沖では,明瞭な海草帯の痕跡は発見されなかった.しかし,Calcarina defranciiCalcarina gaudichaudiiなどの群集組成比の変化から,6.1-5.5 ka BPにかけてオーハ島沖の堆積場が外洋的環境から現在の浅礁湖(ラグーン)的環境へと変化したことが明らかになった.

    謝辞:本研究はH28〜32年度科研費 基盤研究(S) 16H06309「浅海底地形学を基にした沿岸域の先進的学際研究 −三次元海底地形で開くパラダイム−」(代表者:菅 浩伸)の成果の一部です.

    参考文献

    Kan et al. (1991). Geographical Review of Japan, 64, 2, 114-131

    Unsworth et al. (2018b). Conservation Letters, Vol. 12.

    藤田和彦 他 (1999). 化石, No. 66, pp.16-33

  • 勝又 優里, 赤坂 郁美
    セッションID: P174
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1. はじめに

    箱根地域は、大涌谷をはじめとする独特の火山地形、神奈川県で唯一の湿原である仙石原湿原やカルデラ湖である芦ノ湖、ブナ・ケヤキなどの落葉広葉樹を主とする自然林などが分布する地域である。そのため、箱根地域の自然環境について様々な分野において調査が行われている。

    本研究では、箱根の風系を調査する。箱根全体での風系を明らかにすることは、全国的にみても観光客が多く、仙石原のススキ草原の野焼きや駒ヶ岳ロープウェイ運用などの風の影響を把握する上でも重要であると考える。

    風系について調査する方法の一つには、偏形樹による調査がある。Yoshino(1973)は、国内では北海道から中部日本までの主に亜高山帯の偏形樹を調査し、独自の偏形樹の分類、偏形樹のグレード分けを行った。しかし、箱根周辺においては過去に偏形樹の調査をした研究があまりないため、本研究では箱根外輪山における偏形樹の調査をし、偏形樹の分布と風向特性との関係について明らかにすることを目的とする。

    2. 調査方法と使用データ

    箱根外輪山における偏形樹を調査するために外輪山の稜線上周辺を一周調査した。クリノメーターで偏形方向を、Geographicaで位置情報を記録した。調査時には偏形樹の写真を撮影し、樹種を特定した。調査手段は、登山道がある場所は徒歩、登山道がない場所や歩行困難な場所は自動車を使用し、調査した。調査は2019年の8月から9月にかけて行った。

    調査後は、Yoshino(1973)を基に確認できた偏形樹の偏形形態(偏形度とグレード)を判断した。偏形度はⅠ型からⅢ型に分けられるが、今回の調査では、偏形度はⅢ型のみが出現した。グレードに関しては、Yoshino(1973)に基づき、針葉樹と広葉樹に分けて5段階で設定した。

    次に、偏形樹の形成に影響を及ぼす風との関係を考察するために、周辺の風向と風速の観測のデータから季節別に風向出現頻度を算出した。箱根内の観測地点は箱根湯本、元箱根、宮ノ下、仙石原の4地点で、2014〜2018年の箱根消防署の1時間値の風向観測データを使用した。箱根外の観測地点は小田原、御殿場、三島で、1978〜2018年の気象庁のアメダスの1時間値の風向観測データを使用した。

    3. 結果と考察

    偏形樹調査の結果、針葉樹の偏形樹を31本、広葉樹の偏形樹を45本確認した。樹種はほとんど広葉樹がイヌツゲ(Ilex crenata)、針葉樹はヒノキ(Chamaecyparis obtusa)であった。

    箱根外輪山において、偏形樹は、外輪山西側は東北東に、北側では北東に偏形しているものが多く、山域によって違った傾向を示した(図1)。また、北側の明神ヶ岳周辺と黒岳〜山伏峠周辺(図1の太線部分)は特に偏形樹が集中しており、グレードも大きくなっていることから、この周辺は強風が吹く場所であると考えられる。

    三島、宮ノ下、仙石原、湯本の風配図と図1から、箱根外輪山の偏形樹を形成する風は複数あると考えられた。外輪山西側は暖候期の日中に駿河湾から吹く海風と箱根外輪山を吹き上がる谷風の合流によるものである可能性が高い。外輪山北側は年間を通しての宮ノ下、仙石原、湯本からの地形による風が影響していると考えられる。

  • 吉田 国光
    セッションID: S206
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.研究課題

     農村地域における代表的な経済活動の一つである農業生産をめぐって,当事者である農家間での共同作業や集団的に土地の管理が行われてきた。草刈り作業などの作業内容によっては,当該地域に居住する非農家もそれらの共同作業に関わり,地域の社会的機能が維持されてきた。他方,農村地域において,農業生産活動に経済的役割は相対的に低下してきており,農家であっても農地や用水路など農業生産に関わるインフラ等(以下,農業インフラ)を維持・管理する意欲は減退し,それらの作業を「誰がどうやって担うのか」といった問題が表面化し,一部の作業は外部化されるなかで履行されている。かつては,個別世帯や集落などの社会集団を単位として自己完結的に農業インフラが維持されてきたが,それらの担い手が集落外へも広がりつつある。そこで本発表では,近年の農業・農村地理学の成果を概観することから,農業インフラを維持・管理する担い手が再編される仕組みを地理学的に読み解く方法について検討する。

    2.最近の農業インフラの維持に向けた担い手の広域化

     近年の農業・農村地理学においては,耕作放棄地の増加が社会問題としても取り上げられるなかで,農地管理や農作業の共同化や外部受委託を取り上げた事例研究がみられるようになった。これらの研究を通じて,明治行政村や旧町村などを単位とした地域営農組織による農地利用の維持,また他出子弟による農作業など,農地管理や農作業の共同化や外部受委託の担い手が集落外へと広がる様相が描かれてきた。これらの研究のなかで,担い手の広がりじゃ様々な地縁や血縁,その他の縁を契機として構築された事例が示されてきた。さらに,特定の農業生産法人による広域的な農作業受委託(農地貸借含む)によって,担い手の広がりが地縁や血縁を必須とせずに構築される事例が示されてきた。

    3.広域化する担い手を読み解く視点

     農業インフラ維持の担い手が集落外にも及ぶようになりつつあるなか,担い手の広域化を可能とする地域条件の検討について,コモンズ研究の領域で社会実践も含みながら学際的に取り組まれてきた。これらの領域では,社会ネットワークや社会関係資本などをキーにしながら「どのような地域社会のあり方が,集団的な保全活動を可能にするのか」といった命題が取り組まれている。そして英語圏の地理学者らが,コモンズ研究の専門誌で社会ネットワークや社会関係資本をキーにコモンズ研究との接合を図る議論を展開している。

     社会ネットワークに注目することで,従来の村落地理学では分析対象として含めにくかった,集落内外に広がる多様な主体を同列に分析の俎上へのせることが可能となった。とくにコモンズ研究の領域では,社会ネットワーク分析や社会関係資本を枠組みとして,個人や世帯を単位とした社会ネットワークの広がりや,結びつきの強弱,媒介性を可視的に示す点に強みがある。しかし,社会ネットワークの広がりを,地理的スケールの重なりのなかで捉える視点について課題がみられる。

     他方,地理学においては集落など社会集団が他の集落や地方自治体,その他の機関と構築される社会ネットワークについて,集団以上の地理的スケールの重なりのなかで説明する点に強みがある。しかし,個人の社会ネットワークが集団の集合的行為として平準化される点に課題がみられ,アンケート調査で得られた地域組織の有無や会合の回数などのスコア化に頼らない分析も必要といえる。

    4.社会ネットワークに注目した地理学的アプローチ

     農業インフラの維持の担い手を分析対象とした研究で,日本の農業・農村地理学の強みを生かした地理学的アプローチとして,社会ネットワークを定性的に分析する方法が有用と考えられる。この方法では,一つないし複数の集落というミクロな対象地域を単位とし,農業インフラの維持をめぐる個人や世帯,その他集団の行動がより大きな組織等への集団の集合的行為へ統合されていく過程を検討する際に有用と考えられる。この方法は,各地理的スケールがどのような結びつきに依拠して集団を組織しているのかといった集団の社会的特性や,その影響をおよぼす範囲の実態把握,集団を構成する個人間を結びつける社会関係に関するデータを必要とし,詳細な現地調査を必須とする。詳細な現地調査は,日本の農業・農村地理学において重視されてきた強みである。分野横断的に取り組まれる地域運営組織を分析対象に取り上げる際に,地理学の強みを活かした方法としても端的に示しやすいと考えられる。また,このアプローチはNPO法人などによるローカルガバナンスの研究や,リスケーリングの議論とも方法論的の接点を見出せ,地理学界内における研究対象を横断したような議論の共有につながるのではないかと考えられる。

  • 北島 晴美, 安江 悠斗
    セッションID: 215
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1. はじめに

     上高地は水景観,山岳景観を誇る山岳景勝地である。大正池は景観美を誇る観光スポットとなっているが,1962年の焼岳の爆発以後,大正池に土砂の流入が増大したことにより池の面積が次第に縮小し,現在,土砂の浚渫が行われている。現在の大正池の景観は人為的に維持されており,この人為的に保持された大正池の景観が多くの観光客を魅了している。

     土砂流出防止のための砂防工事も行われているが,人為的な工事により植生の破壊・河畔林の遷移などが起きているとの指摘がある(岩田・山本,2016,等)。自然景観を人工的に保持すべきか,自然にまかすべきかは,自然保護,防災,観光を含む広範な研究分野において検討すべき課題である。

     発表者らは上高地を対象に観光客のニーズ(観光目的)と,自然環境保全に対する意識を分析し,自然環境を保持しつつ観光客に満足される観光地の在り方について検討する目的で,自然保護と観光に関してアンケート調査を実施し,観光客の意識動向を把握した。

     回答者の10代20代比率が低いため,2019年9月に上高地で課外学習を実施した信州大学1年生(96人)を対象に同様のアンケートを実施し,大学生の回答傾向との比較も行った。

    2.調査方法

     2018年8月31日(以下では2018年)と2019年8月30日(以下では2019年)に上高地を実際に訪れた観光客,各日それぞれ150人を対象に意識調査(個別面接調査)を実施した。調査場所は上高地バスターミナル・インフォメーションセンター周辺,調査対象者はアンケート調査に承諾いただいた18歳以上の観光客である。アンケートは両日とも同じ設問(10問)で実施し,属性(5問,年代,性別等)も質問し,クロス集計により集計結果を分析した。

    3. アンケート調査結果

     観光客の属性には,調査日の天候の差異に起因すると考えられる違いがみられた。悪天候の2019年は,ツアー客の比率が2018年よりも有意に増加した。ツアー客は天候が悪くても上高地を訪れ,一方,悪天候のために旅行を取りやめた個人客・登山客がいた可能性が考えられる。ただし,調査対象者の年齢構成には,調査年による違いはみられなかった。2018年2019年調査の入域料に関する集計結果は以下の通りである。

     上高地のオーバーユースに関する対策としての「入域料の徴収」の選択には3年齢階級別回答傾向に有意な差がみられた。選択率は60-70代が最も低く,40-50代が最も高かった(図1)。

     上高地など自然地の利用料(入域料)について1回どの程度まで許容できるかに関しても,3年齢階級別回答傾向に有意差がみられた。60-70代は他の年代よりも「0円・200円」が多く,「1,000円程度」・「2,000円程度以上」が少ない。40-50代は他の年代よりも「2,000円程度以上」が多く,10-30代は「1,000円程度」が最も多い(図2)。

     60代以上では入域料徴収対策が減少し,許容入域料の金額が低下傾向であるのに対し,40-50代は逆の傾向であることが確認された。

     大学生の回答傾向については発表時に報告する。

     上高地におけるアンケート調査は,信州大学経法学部の学生が,2018年度・2019年度の経済学演習Ⅱの一環として実施した。

  • 高橋 重雄, 武田 直己
    セッションID: P104
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    徳島県神山町に株式会社Sansanのサテライトオフィスが2010年に開設されたのを皮切りに,徳島県では,サテライトオフィスの開設が進み,2018年2月末までに,計56社のサテライトオフィスが県内に開設されている(荒木・井上 2018). また,ふるさとテレワークやおためしサテライトオフィス等の総務省主導の取り組みも全国的に行われており,サテライトオフィスを活用した地域活性化の取り組みは,現在のまちづくりにおいての一つのトレンドとなっている.

    サテライトオフィスを活用した地域活性化の効果を対象とした既存の研究としては,徳島県神山町の事例を対象として,産業連関分析を用いてその経済効果の算出を試みた谷垣・加藤(2017)等が存在するものの,複数事例にまたがる形で取り組みの計量的な状況把握や効果の分析を行ったものは存在しない.

    本研究では, 斎藤(2018)の調査を通して作成された「シェアオフィス等支援データ」をベースに作成した事例リストを元に,自治体による取り組みを通じてサテライトオフィスを地方に開設した企業の本社所在地の傾向の調査及び,四国における先行的な事例を対象としたサテライトオフィス誘致の地域活性化効果の分析を試みた.

    企業の本社所在地の傾向の調査は,2019年7月〜12月にかけて電話・Eメール・ウェブサイトによる調査を行い,38市町村,のべ128社の事例が確認され,表1に示すように,三大都市圏からの開設が大多数を占めているという事実が確認出来た.

    次に,四国の先行事例を対象とした効果分析を行った.2009年〜2014年の過疎地域自立促進特別措置法2条1項により過疎地域として指定されている52市町村を対象として,固定効果モデルによる分析を行ったところ,サテライトオフィス誘致の取り組み年数が増加するに従って四国外からの転入者数が増加する傾向が確認出来た.

    また,統計データの分析を補完するため,徳島県神山町・美波町,長野県王滝村の3町村を対象に現地でのヒアリング調査を実施した.

  • 岩船 昌起
    セッションID: 705
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    【はじめに】災害時の避難所のあり方が問題視されており,学校教育や社会教育で,適切な生活環境を提供できる避難所運営にかかわる知識等の適切な教授が求められている。本研究では,地理学的な視点で生活空間に注目した避難所図上訓練を紹介し,教材化の可能性を探りたい。

    【桜島等での実践】桜島噴火対応での鹿児島市指定避難所の開設については,全島避難後2週間程度までは,入所希望者約2657人(H28鹿児島市調査)を目安として,市街地の学校体育館等を活用する計画である。また,鹿児島市避難所運営マニュアル(H30 年4月)も公開されている。しかし,避難者となる島民が避難所運営を発災当日から主体的に行うには,避難所生活にかかわる知識と経験が十分ではなく,生活必需品の確保も具体的に決められていない。

     演者は,2017(H29)年から,避難所生活空間図上訓練を桜島島民等に対して行ってきた。これは,東日本大震災等でのパーソナル・スケールでの避難所生活の事例(災害資料)に基づき開発されており,避難所内での生活空間を具体的に考えることで,避難所運営を“我がこと”として考えることを啓発するものである。

    【避難所生活空間図上訓練の概要】

    目的:想定災害時に入所する避難所が明らかな当事者等が,個々の居場所(個人空間)や共同利用場所等の生活空間について,図上訓練でレイアウトして整理し,適切な避難所生活環境の確保に必要な事項を事前に考える。また,それにより,当事者が避難所運営マニュアルの適切な活用につながるために意識の改善を図る。

    対象:桜島島民(≒災害危険区域住民)以外にも,教員免許状更新講習受講者や自主防災組織関係者等。小学生高学年以上で対応可能。

    準備:間取り図(避難所指定施設の設計図等に基づく図面で,居住が想定される場所に1m×1mの方眼が描かれている。個人用A4サイズ1枚,グループ用A3サイズ以上1枚)。鉛筆(下書き用),色マジック(多色),避難所生活ミニ講義用のパワーポイントスライド資料(4スライドA4サイズ1枚横に印刷,32スライド程度)。

    進行:第50回桜島訓練では,1グループ10人以上(桜島島民8人,受入地区住民2人,支援者等複数名)で,16グループ編成。ただし,大学授業40人程度では,1グループ4人で,10グループ編成。

    【展開】所要時間90分の場合。1~3と4~5で2回に分けて実施可能。

    1. 導入<5分>東日本大震災発災初期の岩手県宮古市での事例を紹介

    2. 個人活動<20分>「災害は突然やって来る」ことから,ほぼ説明なしに避難所開設予定施設内で避難者の居場所等をレイアウトし,発災直後に入所可能な定員数を算出する。活動終了後にペア等で共有する。

    3. 事例解説<25分>過去の災害での避難所生活の事例を具体的に知る。2011年東日本大震災での山田町大浦地区,2015年口永良部島噴火による災害での屋久島町宮之浦地区,2016年熊本地震災害での宇城市に開設された避難所について,事例の解説を受け,避難所生活の時系列的な流れやその時々の課題等について理解する。

    4. グループ活動<30分>「2. 個人活動」を生かして,グループごとに話し合いながら,避難所開設予定施設内での避難者の居場所や共同利用場所等のレイアウトを決める。その際に,避難者の年齢や性別等の特性に応じて個々を具体的にどう配置するか,また,個人の居場所以外に,共同場所等として他の空間をどのように活用するかを検討する。そして,発災初日には体育館内には,生活のための資源がほぼ何もない状態であり,必要なものを周辺から調達すべきこと等の課題を列挙する。活動終了後に,隣のグループ等で内容を共有し合う。

    5. まとめ<10分>個人の生活空間を適切に確保し,1避難所100人以内の定員が望ましく,避難者で話し合いながら進めることの重要性を知る。また,さまざまな避難所運営マニュアル等の紹介を通じて,自主的に事前に準備を進め,個々の避難所の運営を誰が何を具体的に行うかを決めて,地区防災計画等に整理することの必要性を知る。

    【課題とおわりに】「1.導入」と「3.事例解説」では,演者が知る過去の避難所での事例が用いられている。本図上訓練を汎用化するには,スライドの厳選と解説内容の明記,実施マニュアルの整備が今後必要である。特に,訓練参加者が避難所運営マニュアルに興味を抱き,後日参照できるようにするには,マニュアルの項目を意識した整理を行うべきであろう。

     また,本避難所図上訓練は,人口が相対的に少ない地域でより適したものであり,大都市等では限界が生じる場合もあるものと思われる。

     なお,本研究は,科研費 基盤研究(C)(一般)「避難行動のパーソナル・スケールでの時空間情報の整理と防災教育教材の開発」(1 8 K 0 1 1 4 6)の一部である。

  • 三條 竜平
    セッションID: P184
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    北海道東部に位置するアトサヌプリカルデラは,約20 kaのアトサヌプリ軽石の噴出により形成されたとされてきた.しかし,地下の湖成堆積物の高度変化から同カルデラ周辺で大きな隆起が示唆され,地殻の隆起により形成された地溝状のカルデラであるという指摘もあり,その成因については議論の余地がある.カルデラの形成は極めて稀かつ大規模な地形現象であるため,スケール則に従ってスケールダウンし,室内で再現するアナログ実験が行われてきた.アナログ実験においても,地殻の隆起によるカルデラの形成が確認されている.したがって本研究は,アトサヌプリカルデラを模したアナログ実験を行い,カルデラ形成に必要な地殻の隆起量と実際の隆起量を比較し,同カルデラの形成過程を検討することを目的とする.

  • 中村 有吾
    セッションID: S103
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    室戸ユネスコ世界ジオパークの概要

    室戸ユネスコ世界ジオパーク(以下、室戸UGGp)は、四国の東南部・室戸半島に位置し、高知県室戸市域を領域とする。「海と陸が出会い、新しい大地が誕生する最前線」がテーマで、海に関わる環境や、海洋プレートと大陸プレートが形成する諸現象が、主要なトピックである。2008年に日本ジオパークに認定、2011年には世界ジオパークに認定された。2015年のユネスコ正式プログラム化によって、現在は室戸UGGpとして活動している。

    10年間における室戸UGGpの変化

    ボトムアップ体制の変化:地域住民参加による「ジオパーク活動推進チーム」の活動を再編成し、マスタープラン中の活動目標と組織の関係を明瞭にした。また、地域住民との関係をより密にするため「ジオパークいどばた会議」を地域内7カ所の会場で毎年開催している。

    ガイド組織の変化:ガイド養成講座の実施により、毎年2〜3名の新人ガイドが誕生している。2018年度にガイドの会会長・事務局長が交代し、それぞれ30台・20台の若い会員が幹部となった。また、2015年から多様なガイドコースを開発し、体験型ガイドツアーも誕生した。

    教育の多様化:放課後子ども教室や放課後児童クラブ(学童保育)と連携した小学生向けの教育活動をスタートさせた。調査事業や、防災教育、夏休み向けプログラムなどを導入した。

    学術サポート体制の充実:「協議会顧問」に加えて、地質学、動物学、植物学等の専門家を専門アドバイザーに任命したことで、より多彩な学術サポートを得られるようになった。また、2018年度より、室戸UGGpでの学術研究調査に対して最大25万円の助成を開始した(2019年度は3件を採択)。これにより、地域内でつねに最新の学術研究が行われるという体制ができた。2016年から、専門員一名が高知大学客員講師の名称を得たことで、ジオパークとして科研費に応募が可能となった(2019〜21年度「基盤C一般」が採択)。

    サイト見直し:2015年GGN再審査により、地質サイトと文化・生態系にかかわるサイトを分けるように指摘された。地域内の現地調査を経て、従来22あったジオサイトを、2018年に78のサイトへ変更した。

    ネットワーク活動:2018年10月にマレーシアのランカウィUGGpと姉妹連携協定を締結した。2019年には地元高校生どうしの交流事業をスタートした。

    問題点

    このような成果の一方で、問題点も多い。ユネスコ世界ジオパークとしての国際的なネットワーク活動が十分でないとの指摘もある。ランカウィUGGpとの協定は、ようやくそのスタート地点にたったにすぎない。

    南海トラフで発生する巨大地震は、室戸UGGpのメインテーマでもある。しかし、これまでジオパークとして防災に積極的に取り組んできたとはいいがたい。

    事務局体制の持続性にも問題がある。事務スタッフは室戸市職員であり、市の人事異動により数年ごとに入れ替わる。3名在籍する専門員は3年契約の職員であり、長期間在籍するものがいない。長期的ビジョンを見据えた安定的な運営のためには、長期にわたって在籍できる職員の確保が必要であろう。

    室戸も他の過疎地域の例にもれず、少子高齢化と人口減少が深刻である。近年「SDGs」が意識され、その普及イベントも行なっているが、持続可能な社会を実現する具体的な方策は未だ見つかっていない。

  • 山口 勝
    セッションID: S504
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.はじめに 「新たなステージ」に対応した防災・減災 を受けた動き

    2019年の台風19号をはじめ、毎年のように自然災害が発生している。政府は2015年1月に、既に明らかに雨の降り方が変化しているとして「新たなステージに対応した防災・減災のあり方」を公表した。「比較的発生頻度の高い降雨等」に対しては、施設防御を基本とするが、それを超える降雨等に対しては、従来の避難勧告に加え「状況情報」の提供による主体的避難の促進によって「命を守り、社会経済に対して壊滅的な被害が発生しない」ことを目標にすることにした。本稿では、防災機関やメディアから地理情報として発信されるようになった防災・災害情報の現状について報告し、現状と課題を検討する。

    2.情報で「命を守る」 マップによる「状況情報の提供」

    国交省国土地理院は、ハザードマップポータルhttps://disaportal.gsi.go.jp/で全国の自治体のハザードマップを見られるようにした。また気象庁は、2018年に大雨、洪水警報の危険度分布の発表を始めた。切迫度の高いリアルタイムの災害情報が、テキストから線や面といった画像や地理情報で伝えられることになったのである。洪水予報河川だけでなく全国約2万の中小河川を対象とする画期的な取り組みである。台風19号を受けて2019年末には、大雨の危険度とハザードマップをWEB上で重ねられるようさらに改良した。「川が溢れる」→「ここまで浸水する」→「すぐ逃げて」と情報で「自らの命は自らが守る」ことを促進させるねらいである。また、この間、台風など時系列を踏まえた対応が可能な場合は、あらかじめ社会的な対応を取っておく「タイムライン防災」が提唱され、鉄道の「計画運休」などが実施されている。リアルタイムの時空間情報に基づく防災対応が行われている。 

    3.メディアにおける地理情報の重要性 マス・パーソナルコミュニケーション

     このように災害の激化、頻発化、局地化によって防災機関が、災害情報発信に地理情報を使うようになると、速報メディアを中心に地理情報の活用が活発化した。例えば、Yahoo!は、2016年に「Yahoo!天気・災害」などで、地図上に河川水位情報を示し、ハザードマップと重ねられるようにした。NHKでは、東日本大震災以降、気象データなどのビックデータを可視化するNMAPSという地理情報システムを開発し、2015年関東東北豪雨では、線状降水帯の形成過程を3次元のデジタルアース上で可視化した(山口、2016)。現在では各局の気象情報でも日常的に利用している。また、2018年の大雨・洪水の危険度分布の運用に合わせて、気象庁や「川の防災情報」などの防災機関のWEBを、スタジオのPCで操作しながら解説する「リアルタイム解説」を始めた。災害が起きてからの災害報道ではなく、防災・減災報道を充実させるためである。また、「命を守る」公共メディアとして「いつでも、どこでも、だれでも」防災情報を得られるよう「NHKニュース防災アプリ」や「NHKニュースウェブ」といったネットを使って、警報などの情報を原稿(テキスト)だけでなく、位置や範囲示す危険度分布や河川カメラの映像とともに地理情報でリアルタイムに発信するようにしている。

    4.まとめ

     台風19号では、10月12日の午後には「川の防災情報」のページがつながらなくなった。本稿では、地理情報による情報発信が、主にネットで個人に対して行われていることを示したが、情報ニーズが高まる災害時に機能しないのでは困る。輻輳のない放送など複数の手段による災害情報の発信が必要である。また、目の悪い方やラジオなどの音声メディアに向けて、画像や地理情報で提供される災害情報をAIなどでテキスト化、音声化し、優先度や位置情報にもとづいて伝えられるようにするなど、さらなる工夫も期待されている(山口、2019)。

  • 金 どぅ哲
    セッションID: S204
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.はじめに

     合併から10年以上が過ぎた現時点では地域によって差はあるものの,ほとんどの地域に地域運営組織が組織され,一定の役割を担っているところも少なくない。短期間に従来の自治会が持っていた機能を受け継ぎ,新たな基礎組織として地域運営の担い手となることはあり得ないが,従来の自治会との役割分担でその可能性を示唆するところも現れている。

    農村地域社会の維持のためには内生的住民組織,とりわけ基礎組織の役割が不可欠であるが,日本の過疎地域の場合,合併前にすでにおおむね機能不全に陥っていたといわざるを得ない。それにも関わらず,合併前の過疎地域の地域社会が崩壊せずに(曲がりながらも)維持されてきたのは(おおむね小規模の)自治体が基礎組織の肩代わりをしてきたためである。こうした中で合併により地域コミュニティとほぼ一体化していた小規模の旧自治体がなくなると,基礎組織の機能不全があるがままに露呈され,その代案として提示された地域運営組織に新たな期待が集まっている。つまり,合併によって,ムラ単位の基礎組織を創造的に解体し,新たな基礎組織を形成するきっかけが与えられたともいえるが,その行方を決める鍵となるのが地域運営組織といえよう。そこで今回の発表では,岡山県の事例を紹介しつつ,「地域運営組織は過疎地域再生の切り札になるか」という課題に報告者なりの所感を述べてみたい。

    2.岡山県における地域運営組織の事例

    (1)津山市阿波地区

    津山市阿波地区は,旧苫田郡阿波村にあたる地域で,2005年に津山市へ編入合併した。岡山県の北部に位置し,面積の94%を山林が占めている。県内でも有数の人口減少地域であり,2018年現在,人口514人(223世帯),高齢化率は45.1%にものぼっている。合併後に幼稚園の休園(2013年),小学校の閉校(2014年),JAガソリンスタンドの撤退(2014年)と次々と機能剥奪が生じ,逆光のデパートともいわれた。合併当時の人口は708人だったが,合併10年後の2015年には563人まで減ってしまった。こうした中,阿波地区では2008年に地区内の8自治会を束ねる形で「阿波まちづくり協議会」が結成され,2014年には200人以上の住民が集まり,「自治体としての村はなくなったけれど,新しい自治のかたちとして,心のふるさととして「あば村」はあり続け」るとした「あば村宣言」をし,「あば村運営協議会」を立ち上げ,ガソリンスタンドや商店の運営,宅配サービス,過疎地有償運送事業などの事業に手かけている。この事例は合併により現実となった地域存続の危機を地域運営組織を中心乗り越えつつあるものと理解され,近い将来にムラ単位の基礎組織が旧村単位に再組織化されると予想される。

    (2)鏡野町富地区 

    富地区は2005年に旧鏡野町,奥津町,上斎原村と合併し,現在の鏡野町の一部となっている。鏡野町では「地域づくり協議会」という 名で12の地域運営組織が存在するが,富地区はその一つである。鏡野町の地域づくり協議会は2010年から町から未来希望基金という補助金を受給され,それぞれの地区の課題に取り組んでいるが,その内容をみると,地域イベント振興事業,集会所整備事業,河川清掃事業など従来旧自治体が行っていた(肩代わりしていた)ものが大半で,地域づくり協議会の構成も各自治会の体表・副代表からなっており,一般の住民は構成員ではない。鏡野町の地域づくり協議会は完全に行政主導で作られており,行政からの補助金で地区の美化活動等を行うにとどまり,ムラ単位の基礎組織とは別物で,地域づくり協議会に対する一般住民の認識も低い。この事例は地域運営組織が従来の基礎組織と結合されず,行政の下請け組織化しているものと考えられる。

    3.終わりに

    平成の大合併後に行政からの依頼で作られることの多かった地域運営組織ではあるが,阿波地区のように従来の行政依存体質から脱皮し,新たな基礎組織として継承されつつあるところも確実に存在する。他方で,富地区のように行政の下請け組織として割り切って,日常生活上の様々な意思決定は依然としてムラ単位の基礎組織で行われていることろもある。このような違いは,集落の立地条件など自然的な要素によるところもあるが,地域コミュニティに対する行政のまなざしの違いによるものが大きいと考えら,今後の過疎地域の行方を分けるキーになるだろう。

  • 研川 英征, 後藤 雅彦, 大角 光司, 栗栖 悠貴
    セッションID: P151
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.はじめに

    自然災害伝承碑は,過去に発生した自然災害の教訓を後世に伝えようと先人たちが残した恒久的な石碑やモニュメントで,「過去に発生した自然災害に関する発生年月日,災害の種類や範囲,被害の内容や規模」が記載されたものである.

    国土地理院では,「自然災害伝承碑」の情報を,ウェブ地図「地理院地図」(https://maps.gsi.go.jp/)に令和元年6月19日から掲載を開始した.

    令和2年1月15日現在で,自然災害伝承碑の公開数は, 45都道府県139市区町村の416基である.

    公開した自然災害伝承碑の情報は,防災教育をはじめとする地域の防災力を高めるための様々な用途に活用可能である.

    そこで,自然災害伝承碑の公開に関するこれまでの経緯のほか,地形特性情報との重ね合わせにより本取組の意義について報告する.

    2.経緯

    近年激甚化・頻発化する自然災害に備えるためには,土地の成り立ちを知り,地域の災害に対する危険性を理解することが重要となる.

    たとえば低地の微地形は,河川の氾濫等の積み重ねで形成されていることを知れば,その土地では浸水のリスクがあることが理解できる.

    国土地理院では,このような地形特性情報の整備と提供をおこなってきたが,地形等の情報だけでは,十分に伝わりにくいという課題があった.

    そのため,国土地理院では,地形特性情報だけでなく,その地域で実際に起こった災害そのものの情報を伝える自然災害伝承碑を災害履歴情報として分かりやすく提供し始めた.

    自然災害伝承碑の情報を伝えることで,身近な災害への理解を深め,土地の成り立ちの理解促進による地域防災力向上への貢献を目指している.

    3.地形特性情報との重ね合わせ

    地理院地図上で,自然災害伝承碑を治水地形分類図や標高情報と重ねると,実際にどのような場所で,どのような災害が起こっていたのかを知ることが出来る.

    たとえば堤防の決壊が発生したことを伝承している場所について,治水地形分類図と自然災害伝承碑を重ね合わせることで,自然災害伝承碑が旧河道に隣接する微高地上に建立されていることや,自分で作る色別標高図及び陰影起伏図を重ね合わせることで,自然災害伝承碑が建立されている土地は,周囲よりも低い土地であることが読み取れた.

    自然災害伝承碑の情報を通して,当該箇所の災害履歴が分かるとともに,地形特性情報の意味を実感することが可能となる.

    4.まとめ

    地形特性情報に,地域の方々によって伝承されている災害履歴情報である自然災害伝承碑を組みあわせることで,具体的にそこで起こった災害の背景を知ることができ,災害をより身近に感じられるきっかけとなる可能性がある.

  • 西 暁史, 日下 博幸
    セッションID: 520
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    極端高温は熱中症の原因となるため,人間の健康に悪影響を与えることがある.また,極端高温は農作物の生育にも悪影響を与える.限られた地域での極端高温現象の発生には,大規模場の異常気象が背景としてあるが,フェーンやヒートアイランドのようなメソからローカルスケールの小さなスケールの現象の影響も大きい.

    近年,将来の極端気象を予測・解析する上でdatabase for Policy Decision making for Future climate change(d4PDF)と呼ばれるデータに注目が集まっている.ただ,d4PDFデータにも問題点がある.NHRCMを用いて力学的ダウンスケーリング(DDS)されたd4PDFデータ(d4PDF領域モデルデータ)であっても解像度は20㎞であるため,フェーン現象やヒートアイランド現象のような小さいスケールの気象現象を解像できない恐れがある.しかしながら,d4PDF領域モデルデータが将来の極端高温を定量的に評価できているかはよくわかっていない.そこで,本研究はd4PDFデータが極端高温現象を陽に表現できているかを,領域気象モデルによるDDS実験を用いて検証する.

    本研究は,領域気象モデルWRFモデルを用いた4つのDDS実験を行い,それらの結果をd4PDF領域モデルデータのデータと比較する.1つ目の実験は,計算領域を2段ネスティングした(解像度9㎞−3㎞)実験(WRF3)である.2つ目の実験は,水平解像度20㎞のWRFでDDSを行った実験(WRF20)である.3つ目の実験は,d4PDF領域モデルデータ(解像度20㎞)の地形を用いた実験(WRF20d)である.WRF20d実験のモデル解像度は解像度20㎞とした.4つ目の実験は,WRF3実験から地形を除去した実験(WRF3nT)である.これらの実験では,d4PDF領域モデルデータを初期値・境界値としている.本研究の対象地域は,都市の極端高温による健康被害と農村における高温障害による作物被害の双方が発生している,新潟県新潟市とする.対象事例は,過去に新潟市で極端高温が起こった日(2018年7月23日)の海面気圧分布と類似した,d4PDF領域モデルデータの海面更新気圧分布を含む日(実験:MPI-ESM-MRの4度上昇実験,メンバー:101,日付:2086年8月24日)とした.それぞれの実験において,30時間(最高気温が発生する18時間前から12時間後)の計算を行った.

    WRF3実験では,d4PDF領域モデルデータの場合と比べて,最高気温が約3℃高くなることが分かった.さらに,WRF20実験の場合は,最高気温が約2.5℃高くなり,WRF20d実験では,約2℃高くなる.このような,それぞれの実験における最高気温の違いは,モデルや地形の解像度に起因していることが分かった.WRF3実験の場合,フェーン風の構造をはっきりと表現できていた.一方で,WRF20実験 やWRF20d実験の場合も, WRF3実験と比べて,フェーンの構造があいまいであった.さらには,d4PDF領域モデルデータの場合は,フェーン風の構造を全く表現できていなかった.また,WRF3nT実験とWRF3実験の結果から,本研究が対象とした将来の極端高温事例において,フェーンは3℃程度の寄与を持っていることが分かった.この値は,既存の研究で示された現在の極端高温事例におけるフェーンの寄与と同程度である.このことについては,今後さらに検討する価値があるだろう.

     以上の結果より,d4PDF領域モデルデータを用いて,地域の極端高温を議論するには,適切な解像度の地形を用いた領域気候モデルによるDDSを行う必要があると結論付けた.d4PDFとDDSを併用することで,地域の地球温暖化適応策をより適切に議論できるだろう.

     謝辞:本研究は,(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(2-1905)により実施された.本研究では、文部科学省による複数の学術研究プログラム(「創生」、「統合」、SI-CAT、DIAS)間連携および地球シミュレータにより作成されたd4PDF を使用した。

  • 栗栖 悠貴, 後藤 雅彦, 田口 綾子, 研川 英征
    セッションID: 135
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    近年激甚化・頻発化する自然災害に備えるためには,地域の災害に対する危険性を我が事として理解しておくことが重要である.国土地理院では,従来から土地の成り立ちに関する情報(地形特性情報等)を通して地域の危険性について発信してきた.しかし,これらは地形分類など専門性が高く,危険性を実感しにくいため,十分に伝わりにくいという課題があった.

    そこで,国土地理院は,防災意識を高め,地域全体の防災力を底上げするためには防災教育・地理教育が重要であるとの認識にたち,教育現場で活用可能なわかりやすいコンテンツの整備に取り組んでいる.その中で,令和元年6月19日より国土地理院のウェブ地図「地理院地図」(https://maps.gsi.go.jp/)に自然災害伝承碑の掲載を開始した.自然災害伝承碑には災害の様相や被害の状況などが記載されているため,地域に暮らす住民が災害の危険性を身近に感じやすい有力なツールになる.

    しかし,現在の教育現場では,教材の研究,作成をする時間が少ないことが原因で,有用な情報であってもすぐ使える形になっていないと活用されない傾向がある.そのため,自然災害伝承碑も授業ですぐに使えるコンテンツとして提供する必要がある.本報告では,「地理教育の道具箱」(https://www.gsi.go.jp/CHIRIRIKYOUIKU/index.html)に掲載しているコンテンツを例に自然災害伝承碑を活用した防災・地理教育支援について紹介する.

  • 坂本 優紀
    セッションID: P122
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.研究目的

     本研究は,福島県川俣町における音楽イベントの発展過程から,外来音楽文化が地域文化として受容されていくプロセスを明らかにすることを目的とする.福島県川俣町では,1975年からフォルクローレのイベントのコスキン・エン・ハポン(以下,コスキン)が開催されている.フォルクローレとは,南米アンデス山脈の先住民を中心に演奏される音楽である.本来,フォルクローレは川俣町とは関係のない音楽である一方で,40年以上イベントが継続している.

    2.コスキンの拡大とフォルクローレの普及

     コスキンは現在,日本最大級のフォルクローレイベントとなっているが,その始まりはハンドメイドによる学芸会のようなものであり,当初は知り合い伝いに参加団体を募り13組で開催した.演奏会の翌日は,芋煮会で交流するなど現在と比べて小規模であった.その後,参加団体は増加し2018年には205組,演奏者約1,180人となった.205組のうち福島県内の団体は27組であり,東京都が59組ともっとも多い.参加者の属性はフォルクローレサークルに所属している大学生がもっとも多く,団体のうち92組を占める.一方,コスキンの拡大に関しては住民から手放しで歓迎されたわけではなく,関係者が80年代を「闘争の時代」と称するように,様々な軋轢があった.特に,学校の教員やPTAから「コスキンは不良の集まり」とされ,児童が会場に近づかないよう監視されたことがあった.しかし,町内の子どもによる演奏グループの発足により,児童と親世代にフォルクローレへの理解が広まっていった. 1997年からは,町内3つの小学校で4年生を対象にフォルクローレで使用する楽器のケーナが授業で扱われている.また,1999年からコスキンの当日に,住民がアルゼンチンのカラフルな民族衣装を模した手作りの服を着て歩く,コスキンパレードが住民主体の団体によって実施されている.2019年には小学校の給食でアルゼンチン料理が提供されるなど,南米に関する取り組みが多数行われている.

    3.パレード参加者のフォルクローレに対する意識

     コスキンパレードの参加者は約1,200人(主催者発表)であり,その多くが住民もしくは町内への通勤者である.最も多い属性が,園・学校単位で参加する幼児から中学生であり,次いで介護施設に入居する高齢者である.また,町内の銀行組織や町役場,任意団体でのパレード参加もみられる.パレード参加者のコスキンやフォルクローレに対する意識を明らかにするため,9団体71名にアンケート調査を実施し,68の有効回答を得た.調査対象団体は,介護施設,役場,商工会とロータリークラブなどの任意団体である.その結果,パレード参加者の多くはコスキンに参加していないことが明らかとなった.演奏者としての参加は4名(6%),観客は30名(44%)に留まった.一方,パレード参加によるコスキンやフォルクローレに対する意識変化では,およそ半数が理解や興味が深まったと回答した.

    4.外来音楽の受容過程

     コスキンは日本におけるフォルクローレイベントの先駆けとして始まり,40年以上継続することで日本最大級のイベントへと発展した.当初はコスキンに対し住民からの反発があったものの,現在では小学校でのフォルクローレ授業やアルゼンチン料理の提供,コスキンパレードの開催などが示すように,南米の文化が地域文化として受容されている.ここでコスキンを,音楽イベントとフォルクローレの二つの要素で考えると,演奏者は両要素が合わさるコスキンに魅力を感じているといえる.一方,住民の半数以上はコスキンに参加しないことから,フォルクローレの要素だけを選択したと解釈できる.さらに活動内容からは,フォルクローレ自体を取り込むのではなく,その背景にある南米の文化を町に取り込んでいったとみることができる.すなわち,音楽文化の受容においては音楽自体を取り込むことが難しいため,音楽の背景にある他地域の文化を取り入れたと考えられる.

  • 李 政宏
    セッションID: 306
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

    外国人生活者に関する研究は主にデータ分析によって研究されている。例えば、大量の外国人労働者が集まっている集住研究、外国人労働者の集住によってもたらされた地域の変化、外国人生活者に対する支援策などの研究が蓄積されてきた。例えば、研修・実習生制度(2018年12月以降は特定技能実習生)により、大量の外国人生活者がある地域に出現し、一見するとデータ上で「集住している」として読み取れるが、「研修・実習生」の受け入れ先が廃業となる場合、その集団が一気に消えてしまう可能性がある。また、労働力として導入された外国人生活者は農業や自動車産業、縫製業の各地域に集中することが多いが、在留資格の制約によって職業と居住の移動が制約されることから、一時的に特定の産業がある地域に集中しているとしか考えられない。

     そのため、筆者は職業と居住の移動が制約されていない、自由に職業を選択できる熟練労働者に着目し、彼らの移動と生活様式の形成過程を明らかにしたい。日本における熟練労働者は言語疎通の問題で、一部の言語学習者を除き、大部分は留学経験者であるため、本報告は留学経験者を対象にする。

    1975年時点、日本にいる中華系生活者は約3.9万人であった。当時は、中華人民共和国が改革開放前であったため、その3.9万人の殆どが台湾出身者と仮定すると、2015年までの40年間、台湾出身の在留者は約5万人前後(2020年現在約6万人)と推移し、増加してきたのはわずか1万人前後であった。

    「留学」の在留資格を所持している台湾出身者は2015年までの20数年間常に5,500〜6,000人を維持しており、また、台湾出身の留学生の減少数(卒業者を含む)は新規来日者数とほぼ一致してきた。そして、毎年新規留学者と卒業者が安定して増加してきたことから、学業修了者が就職などによって滞在を継続したならば、台湾出身者の総数が増加するはずであった。しかし、2015年前後まではその傾向は殆ど見られなかった。つまり、台湾出身の留学生は学業修了後、就職失敗などの理由も含め、滞日継続を選択することはなく、直接帰国移動を選択したと考えられる。

    2.研究対象と研究方法

    本研究では台湾出身の留学経験者に対してインタビュー調査を実施し、来日目的、生活様式、引越し、帰国などの移動選択時の意思決定を下す理由を分析し、その傾向を見出すことを試みる。

    情報収集手段の制約や奨学金の受給制限により、台湾出身の留学経験者は日本各地域に散在していたため、本研究は居住地域を限らず、各年代の協力者を募集した。10名の台湾出身の留学経験者に対して2時間〜3時間のインタビュー調査を実施した。

    3.考察

    10名の留学経験者を来日時の年代によって、1980年代2人、1990年代2人、2000年以降6人の3グループに分けられる。3グループの共通点として、来日前後とも同郷団体に頼らないことが挙げられる。日本語学校の寮に入寮した3人を除き、大学院進学の7人はすべて自力で不動産屋と交渉し、部屋を借りた。そして、10人とも留学期間中、自ら生活情報を収集し、同郷人との付き合いは少なかった。

    来日目的が「学位修得」の7人については、彼らの生活様式は極めて単純であり、周りの人との付き合いも少なかった。7人中5人が日本交流協会奨学金の受給者で、私費留学生より経済的に余裕があったにもかかわらず、平日の移動は「家⇔学校」が中心であり、休日も外出は控えられていた。「生活体験(1人)」、「就職(2人)」を目的として来日した3人は休日だけでなく平日も放課後の時間を利用し、アルバイトをしたり、様々な場所に足を運んだり、なるべく「日本」を体験したかったと証言している。

    「帰国」と「滞在継続」を選択する際、帰国した7人中5人の博士後期課程進学者は「最初から滞在する意思はなかった」と証言しており、当時台湾で大学での職がまだ得やすかったことを反映していると考えられる。

  • 黒田 圭介, 宗 建郎
    セッションID: P134
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    Ⅰ.はじめに

     デジタル化空中写真を人工衛星データと同じ取り扱いでオブジェクト分類によって解像度1m程度の土地被覆情報を取得する方法は坪田ほか(2010)などすでに報告されている。しかし,空中写真はRGBの色調の反射率データしかなく,植物と人工地物を分ける根拠となるような近赤外域の反射率データは含まれないので,高詳細な土地被覆分類図作成には誤分類を減少させるためにもworld view3のような人工衛星データを用いることが多い。ただし,このような解像度が1m未満の人工衛星データは価格も高く,オブジェクト分類を実行できるアプリケーションも一般的に高価で,リモートセンシングが専門ではない地理の研究者が手軽に行うには,具体的な操作方法の困難さも含めてハードルが高いように思われる。

    そこで筆者らは,地理学界に広く簡便にオブジェクト分類による高解像度土地被覆分類方法の普及を目指して,人工衛星データの近赤外域の反射率データをコンポジットした空中写真と,フリーGISソフト「QGIS」及び,これに実装されたフリーのオブジェクト分類を可能とするアプリケーション「Orfeo Toolbox」を用いて,福岡県北九州市のカルスト台地平尾台の石灰岩を事例に,その抽出(分類)方法をまとめる。さらに,ピクセルベースの最尤法分類で作成した分布図と精度比較を行う。

    Ⅱ.研究方法

    1.研究対象地域及び使用した画像:研究対象地域は福岡県北九州市小倉南区のカルスト台地平尾台とした。オブジェクト分類及び最尤法分類に用いたデジタル化空中写真は国土交通省国土地理院が1994年10月23日に撮影したもので,この空中写真にコンポジットする衛星画像は,2008年11月13日観測のALOS AVNIR2の近赤外域のband4画像である。なお,空中写真と衛星データのコンポジットは,QGISの機能「バーチャルラスタの構築(カタログ)」で行うことができる。

    2.使用したアプリケーション:Orfeo Toolboxが標準搭載されているQGIS2.8.9を使用した。他のバージョンでは搭載されていない可能性があるので解析前に確認する必要がある。

    3.オブジェクト分類の方法:まず,教師データをポリゴン形式のベクタデータで作成し準備しておく。なお,今回はカルスト台地における石灰岩地の抽出を事例とするが,色調が似ており分類が困難なアスファルトによる道路も含めて石灰岩地として教師データを作成した。次に,QGIS2.8.9でコンポジット空中写真と教師データを展開し,プロセッシングツールボックスからOrfeo Toolboxの「Image Filtering(Step1)」及び「Segmentation(Step2〜Step4)」機能を用いてオブジェクト分類を行う。基本的にStep1からStep4まで指示通りにデータを入力すれば,ポリゴン形式のベクタデータで土地被覆分類図が作成できる。このデータと教師データをデータマネジメントツールの「Join attributes by location」機能を用いて結合すれば,属性データがすべてのポリゴンに付与される。

    Ⅲ.結果

    図1に解析地域の一部の空中写真を,図2に石灰岩地の抽出結果を示す。視覚的には石灰岩地及び道路をほぼ正確に抽出できているが,裸地や草地を抽出している箇所も見られる(図中矢印で一例を示した)。

    Ⅳ.分類精度(まとめにかえて)

     同じ空中写真を用いて作成した最尤法分類での土地被覆分類図による石灰岩地の抽出(分類)精度は84.5%,オブジェクト分類によるものは83.3%でほぼ同じ精度となった。これらの精度を単純に比較することはできないが,ピクセルベースの最尤法分類で発生する微細な誤分類(salt and pepper noise)は,オブジェクト分類では目視上ほとんど発生しなかった。そのため,解像度1m程度での土地被覆の抽出に関しては,オブジェクト分類の方が現実に即した結果を得られる可能性が高いと考えられる。また,安価な方法での土地被覆分類法は研究上だけでなく,地理教育での教材作成にも有用であると考える。今後は精度のさらなる向上と、応用方法が検討課題である。

    参考文献:坪田幸徳・岡田恭一(2009):空中写真を使ったオブジェクト分類手法によるタケ林の面積推定.日本森林学会大会発表データベース 120, 479-479.

  • 英国と日本の河川を事例として
    永井 遥, 久保 純子
    セッションID: 607
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    はじめに

    2019年10月に本州に上陸した台風19号は、著しい降雨量に対して従来の人工構造物による治水対策は脆弱であることを示した。近年の地球温暖化により、日本では1時間当たり50 mm以上の降雨量を記録する回数が増加傾向にある(気象庁, 2018)。これに対して、現在の治水対策は1時間当たり50 mm以下の降雨量に対応するよう設計されているものが多い。多くの研究は、これらの従来型の治水管理方法の限界を明らかにしており、代わりとしてNatural Flood Management (NFM)などの自然河川が本来もつ作用・機能を活かした洪水対策が有効であると主張している。英国ではEnvironment Agencyの主導の下、このNFMが推進されている。その成功例として挙げられるのが、河川の再蛇行化や氾濫原(湿地)の創出を行った、ロンドンを流れる都市河川River Quaggyである。

    本研究では、このNFMの際に増加する氾濫原と河道の粗度に着目し、River Quaggyと埼玉県を流れる都市河川、砂川掘の治水に対して粗度上昇がどれだけの影響を与えるかを検証した。River Quaggyと砂川堀は、河道延長・流域面積・土地利用などで類似の特徴を呈する為である。以上の点から、本研究では1) 河道や氾濫原を含む河川周辺の地域の緑化に伴う粗度の増加は洪水にどのような影響を与えるか? 2) 河道沿いに低地をつくり洪水を貯留することで洪水を軽減することが出来るか? 3) 自然再生と洪水リスクの軽減を両立させるにあたってはどのような河川再生計画が適しているか?という点について検討する。

    手法

    モデリング: US Army Corps of Engineerによって設計されたHydrological Engineering Centre’s River Analysis System (HEC-RAS)を用い、対象河川の河道と河道周辺域の粗度(Manningの粗度係数n)を上昇させた。初期値は、河道=0.013 (コンクリートを示す)、河道周辺域=0.03(まばらな植生を示す)とした。また、DEMを用いて遊水機能を持つ架空の低地を生成した場合に、この低地が洪水を貯留するかも検証した。河道延長はそれぞれ、17km (Quaggy)、14km (砂川堀)、平均勾配は1/137 (Quaggy)、1/90 (砂川堀)である。降雨量はそれぞれの洪水時の実測値を使用した。なお、氾濫原(湿地)は河道と繋がっている場合、洪水を吸収する作用を有するが本研究ではその作用は組み込んでいない。

    結果と考察

    River Quaggyの流出率(実測値から算出)は2002年のNFM実施以降、減少傾向にあることが示された。このことから、NFMはRiver Quaggyに対して治水効果があることが証明された。一方、砂川堀でHEC-RASによって河道粗度を上昇させた場合、上流では水位の低下がみられたが反対に下流では水位が上昇した。一般的には河道粗度を上げると上流で水が滞留するため上流での水位上昇が考えられるが、砂川掘上流の河川勾配は急であるため河道粗度を上げても水位が上がらなかったためと考えられる。これに対し、河道周辺域の粗度を上昇させた場合には、上流で水位が上昇し、下流では減少した。これは河道周辺域の上流で水が滞留するため水位が上昇するが、反対に下流は上流で水が滞留されているために水位が下がったのだろうと分析した。また、河道沿いの遊水地はほとんどその効果を発揮せず、粗度の増加に比べて治水効果が弱いことが明らかになった。

    結論

    River QuaggyではNFM実施により流出率の減少がみられたため都市河川でのNFMの有効性を認めることができた。これを受け、日本の砂川堀でNFMを行った場合の効果についてモデル実験を行った。その結果、河道と河道周辺域の粗度を上げる方が低地をつくって洪水を滞留させるよりも効果があるこという結果が得られた。これらの点から、日本でもNFMの実施には効果があると期待できる。

    参考文献

    気象庁(2018)『気候変動監視レポート2018』

  • 木村 颯, 市原 季彦, 浦田 健作, 菅 浩伸
    セッションID: 609
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1. はじめに

     海食崖は波浪による崖基部の侵食と崖面の崩壊,崖下の砂礫の運搬により形成される侵食場で,世界各地で見られる海岸地形の一部である。海食崖前面に位置するショアプラットフォームについては,地形形成要因の解明を目的とした研究が活発におこなわれているが、海食崖に関しては接近・測量の困難さから地形学的知見は少ない。海食崖の形成メカニズムについて,個々の小規模な崩壊は層理面や節理の配置に依存して発生することが知られているが,海食崖全体の地形が岩質にどのような規制を受けるかほとんど調査がなされていない。本研究では,RTK-GNSSを搭載した小型UAVを用いて作成する海食崖3次元モデルを基に,現在形成されている海食崖の三次元形態と岩質の関係を把握し,その形成について議論をおこなう。

    2. 調査地域と調査方法

     与那国島はその周囲の大部分が海食崖に囲まれた島である。海食崖を構成する地質は中新統の砂岩や砂泥互層を主体とする八重山層群と更新統の琉球石灰岩の大きく2つに分類される。本研究では海食崖の地形と岩相を捉えるため,UAVを用いた写真測量をおこない,地形三次元モデルを作成した。堆積岩の岩石海岸全領域と北西・南西部の石灰岩海岸地域を約4.7km²にわたり撮影した。撮影に使用したUAVはRTK-GNSSを搭載したPhantom4 RTK (DJI社)である。このUAVを用いることで、崖面や崖下に基準点を設置せずに高精度な測量が可能となった。UAVによる写真撮影は2つの操作に分けておこなった。1つは海岸地形全体を撮影するもので,もう一方は海食崖面の撮影を目的としたものである。前者はカメラ角度を真下に設定し,オーバーラップ率が80-90%,サイドラップ率が60-70%,地上解像度が1cm程度となるように設定し,自動航行を実行した。後者はカメラ角度を崖面に向け傾斜させ,マニュアル飛行で崖面に接近し撮影した。また,3DモデリングソフトウェアとしてMetashape Pro (Agisoft社)を使用した。作成した三次元モデルを基にして,海食崖の岩相,オーバーハングの把握をおこなうとともに,岩相については崖下に接近可能な場所でグラウンドトゥルースを得た。

    3. 堆積岩海食崖の地形と岩相の関係

     八重山層群はほとんどが砂層と泥層,またはその互層からなる(矢崎, 1982, 地域地質研究報告, 57.)が,崖面の岩相は場所により大きく異なった。

    島の最西端に位置する西崎の海食崖は高低差約55m,前面に250m程度の水平なショアプラットフォームを有する。地層は陸側である南東方向に約13°傾斜する。モデル上での計測から,この海食崖の縦断面形態の傾斜が層準に依存して変化することが読み取れた。岩相の観察から,崖面を構成する堆積岩はウェーブリップルを有する潮汐性堆積物であり,崖下部では砂層と泥層がほとんど同じ層厚であるが,上位ほど砂層が厚く泥層が薄くなり泥層の連続性が低下する。ある層準より上部において砂岩が塊状化する傾向が見られ,その塊状部が崖の最上位や傾斜変換点に対応する。これらのことから,崩壊面となりうる泥層の連続性が崖面の形状を決定しているものと見られる。

    島の南東部に位置する新川鼻では海食崖の比高が80m,地層は海側に約8°で傾斜する。海食崖面は凹凸の激しい形状で,奥行20m程度の大規模なオーバーハングを有する箇所もある。また,海水面付近には地層と同傾斜を持つ平坦面が棚状に存在していた。この海食崖を構成する岩相は薄層の砂泥互層部と厚い泥岩層,厚層砂岩層の大きく3つに分類された。崖面の凸部や海食崖,棚状平坦面の頂部は厚層砂岩からなり,岩石物性の大きく異なる砂岩と泥岩の侵食量の差により凹凸を生じることが推測される。

     作成した海食崖モデルを広域にわたって連続的に追うと,崖の比高や崖面の凹凸が岩相の連続性と対応して推移することが読み取れた。以上のことから,与那国島において,堆積岩からなる海食崖面の形状は主に堆積岩中の泥層の連続性と砂岩層の厚さにより規制されることが明らかになった。

    謝辞:本研究は科研費 基盤研究(S) 16H06309(H28〜R2年度,代表者:菅 浩伸)および与那国町—九州大学浅海底フロンティア研究センター間の受託研究(H29-31年度)の成果の一部です。

  • 佐藤 篤来, 松本 達志, 小寺 浩二, 猪狩 彬寛, 矢巻 剛
    セッションID: P167
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    Ⅰ はじめに

     三宅島は人口約2,400人、面積は55.5㎢の火山島である。島の中央に存在する雄山は噴火を繰り返しており、最近では1983年と2000年に噴火し、島民は島外へ避難を余儀なくされた。地質は玄武岩に覆われているが、噴火の影響を受けた荒地では、表層の土砂流出が起こりやすい。地質の透水性が良く、島内に恒常河川は見られない。そのため島の生活用水にはほぼ地下水が用いられている。当研究室では約10年前から、伊豆・小笠原諸島における研究に力を入れ、継続的な調査を行ってきた。今回は三宅島における現地調査の報告とともに、水環境形成の要因に関する総合的な考察をすることを試みる。

    Ⅱ 研究方法

     2019年9月以降、三宅島において現地調査を2ヵ月に1回行っている。現地では気温、水温、pH、RpH、電気伝導度(EC)の測定を行い、採水試料は実験室で処理し、TOCやイオンクロを用いて主要溶存成分(N⁺、K⁺、Ca²⁺、Mg²⁺、Cl⁻、NO₃⁻、SO₄²⁻)の分析を行った。なお2019年11月調査以降は、三宅村地域整備課水道係の廣瀬氏に同行を依頼し、水道水源の調査を行っている。

    Ⅲ 結果と考察

     島内の水質のイオンバランスをみると、島の北部に位置する、鈴木水産水路・大久保水源③・大久保水源②の3つはどれも共通して海水の影響を受けていることが分かる。これは崖下湧水に風送塩が集積しているためだと考えられる。また水道水源の電気伝導度(EC)の値は300〜1,600µS/cmと、地域ごとに特徴的な水質分布を示した。

     その他の地点のイオンバランスをみると、三池第1・第2水源・八重間水源・大路第1水源はCa-HCO₃型の地下水であった。しかし、大路第4・第5水源は、Ca-HCO₃型の地下水に海水NaClと火山性地下水であるMg-SO₄型が合わさるイオンバランスであり、大路池の水質は、その地下水と海塩の混合により形成されていると考えられる。水道水と水源の水質を比較すると、水源よりも水道水の濃度が高い地点が多い。このことは、時期による水質の季節変化がある可能性があり、今後も調査を継続し、原因を明らかにする必要がある。また、北部の水道水のイオンバランスと大路第5水源のイオンバランスは酷似した。既往研究を参考としたところ、1991年の給水状況では南部の水源井から北部に上水が供給されており、これが原因ではないかと考えられる。

    Ⅳ おわりに

     水道水源に関しては、地下水ではあるが、水質の季節変化がある可能性がある。本研究では、過去も含めた噴火後の水質を明確にすることを目的とし、引き続き水質の変動の推移を追っていき、水環境形成の要因の考察を深めたい。

  • 小林 朋子, 小寺 浩二, 矢巻 剛, 猪狩 彬寛
    セッションID: P161
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    Ⅰ はじめに

     地球温暖化による自然災害等が増加傾向となり、環境についての意識も高まりつつある中で、河川管理のありかたについても「河川環境の整備の保全」がますます重要になってきている。函館市には水環境についての研究がほとんどなく、駒ヶ岳、恵山の活火山があるが名水百選に選定される湧水もない。そこで、函館市の河川について、現状を把握し水環境を確認することを研究目的とする。

    Ⅱ 対象地域

     函館市は北海道の南端にある本州青森を望む渡島半島の南東部に位置する。南西部にある函館山は陸繋島で、亀田半島東部には活火山の恵山があり、函館湾を囲むように函館平野が広がっている。三方を海に囲まれ対馬海流の影響もあり、道内でも降雪量が少なく温暖な気候である。土地利用については、60%が山林となっている。人口は256,772人(平成31年3月末現在)であり、減少傾向にある。

    Ⅲ 研究方法

     2019年3月から11月にかけて4回の現地調査を行った。現地ではAT(気温)・WT(水温)・EC(電気伝導度)・pH(水素イオン濃度)・RpH(曝気後水素イオン濃度)・流量(川幅・深さ・流速)、COD(化学的酸素消費量)を測定した。採水したサンプルは全有機炭素の測定と主要溶存成分(3月のみ)の分析を行なった。

    Ⅳ 結果・考察

     水質の汚染が顕著となっているのは、市街地の人口密度が高い地域でも国道5号線沿いの常盤川、小田島川、石川、中野川の4河川であることが示された。(図2)中野川は一部の調査地点が温泉排水横の為、その影響を受けている。湾岸部は海水の影響と考えられる。内陸部は年間を通して低い値が示されている。東部と南東部においても比較的低い値となっている。

     主要溶存成分の結果より上流域や北部では、深層地下水の組成を示している地点が多い。全般的に一般的な河川水の組成となっている地点が多くみられた。駒ヶ岳、横津岳、恵山周辺では火山の影響を受けている地点がみられた。

    Ⅴ おわりに

     以上から、流域環境が水質に及ぼす影響を確認することができた。市街地の人口密度の高い地域の汚染が顕著であった。人の目に触れない上流域や山間部のごみの不法投棄や、森林伐採など多くの課題があることが確認された。自然環境の保全は水環境保全にもつながる。「身近な水環境の全国一斉調査」などにより、水環境に対する関心と個々の意識改革(和田ほか 1995)が重要である。

    参 考 文 献

    和田 安彦, 三浦 浩之, 森兼 政行(1995):生活排水の河川環境への影響と周辺住民の認識, 環境システム研究, 23, 150-156.

  • 橋本 操, 服部 亜由実, 森田 匡俊, 小池 則満
    セッションID: P149
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    研究の背景と目的

     全国各地の内湾では,漁業者や養殖漁業者,遊漁船業者が操業している.これらの漁業者や遊漁船業者,さらには釣り客といった観光客を含めて,津波が発生した場合には素早く避難を行う必要がある.海上における津波避難行動には,津波の影響を受けない十分な水深まで船を移動させる沖出しと最寄りの漁港などを目指す陸上への避難という選択肢がある.沖出し・陸上への避難のどちらの選択肢においても,海上での津波避難行動にとって海上浮体構造物が障害となることが考えられる.

     以上を踏まえ,本研究は三重県度会郡南伊勢町古和浦を対象地域に,海上浮体構造物が海上からの津波避難に与える影響について検討することを目的とする.南海トラフ想定の津波においては,想定される津波到達時間が非常に短く,沖出しが難しい海域も存在する(小池ほか2017).そのため,本研究では海上から陸上へ避難した場合を想定して分析する.具体的には,GPSを用いて船の上から海上浮体構造物の位置情報を収集し,地図上に海上利用状況について示し,海上から津波避難した場合に障害となる海上浮体構造物について明らかにする.

    研究対象地域および調査方法

     本研究は,三重県南伊勢町古和浦を対象地域とする.南伊勢町は,海岸線延長245.6㎞におよび,南海トラフ巨大地震による甚大な津波被害が想定されている.最大津波高22m,平均津波高12m,津波到達時間最短8分と予測されている(内閣府2012).

     2018年6月30日に遊漁業船2艘に乗船し,古和浦の海上利用調査を実施した.各船にはGPSを搭載し,船の軌跡の情報を取得するとともに,海上の利用についてGPS付カメラやスマートフォンで位置情報付きの写真を撮影した.また調査員は印刷した国土地理院の地理院地図を用意し,船の上から海上浮体構造物の位置とその内容についても記録した.次に,国土地理院の地理院地図を用いて,得られた海上浮体構造物の情報を基に地図化した.その際に,国土地理院の地理院地図の空中写真も海上浮体構造物の位置の参考として利用した.

    結果

     古和浦における海上浮体構造物の位置を図1に示す.古和浦湾における海上浮体構造物は,釣り筏(57基),釣り堀(6基),作業用筏(13基),養殖場(16基),生け簀(1基),廃筏(12基),渡船場(17基)であった.湾内の広い範囲に海上浮体構造物が分布しているが,多くが海岸沿いに立地していることがわかった.廃筏については,古和浦の東側海岸に集中しており,破れた網や壊れた浮等のゴミが筏に載せられている事例もみられた.こうした廃筏は流されないように固定されているものの,筏自体の劣化もあり,固定しているロープが破損し,海上からの避難時に船の妨げになる可能性が考えられる.釣り筏や釣り堀については,釣り客といった観光客が使用していることが考えられ,場所によっては岸から遠いため自力での上陸が困難なものもある.また養殖場,定置網,生け簀は湾の中程に位置しており,移動には時間がかかるため,津波発生時には急いで陸を目指す必要がある.

     以上より,海上浮体構造物は,①要救助者がいる可能性があるもの,②漁業関連施設として管理されているもの,③避難ルートの障害になるもの,の大きく3つに分類することができた.これまで津波避難ルートについては,多くが海上浮体構造物を考慮せずに検討されてきたが,海上浮体構造物が津波避難に与える影響を無視することはできず,海上浮体構造物を考慮した海上からの津波避難ルートを再検討する必要がある.海上浮体構造物の現状を把握することで,津波避難ルートをより実情に沿うように検討することが可能となる.

    参考文献

    小池則満・森田匡俊・服部亜由未・岩見麻子・倉橋奨2017.海上津波避難マップ作成を通じた漁船の避難方法に関する

     実践研究〜三重県南伊勢町を事例として〜.土木学会論文集D3(土木計画学)73(5): I_45-I_55.

    内閣府2012.南海トラフの巨大地震に関する津波高,浸水域,被害想定の公表について.http://www.bousai.go.jp/   

     jishin/ nankai/nankaitrough_info.html(最終閲覧日2019年1月15日)

  • 平野 淳平, 三上 岳彦, 財城 真寿美
    セッションID: 504
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    19世紀の古気象観測資料の解析や、古日記天候記録にもとづく気候復元によって、19世紀中頃の1850−60年代に日本付近では冬・夏ともに一時的な温暖期が存在していたことが指摘されている(Zaiki et al.,2006)。しかし、この温暖期の出現と大気循環場変動との関連性は十分理解されていない。本研究では、長崎の古日記である『諫早日記』に記録された1836−1868年の降雪日出現率の変動について解析を行った。さらに、20世紀再解析データV.3(Slivinski et al.,2019)を使用して、降雪日出現率の変動と大気循環場の変動との関連についての解析を行った。長崎における降雪日出現率は1836−1868年の間に減少していることが分かった。降雪日出現率の変動と東アジアの500hPa高度領域平均値の変動には有意な負相関が見られ、500hPa高度は1836−1868年にかけて上昇している。したがって、降雪日出現率の減少は東アジアトラフの弱化と関連していると考えられる。また、冬型気圧配置の強さの指標として中国大陸上と北太平洋上の海面更生気圧(SLP)東西差を計算し、SLP東西差と降雪日出現率変動の関係を調べた。その結果、降雪日出現率の減少はSLP東西差の弱化と対応していることが分かった。これらの結果は、降雪日出現率の減少が冬季東アジアモンスーンの弱化と関連していることを示唆している。

  • 戸松 篤志
    セッションID: 205
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.研究目的

    近年アニメなどを愛好するオタクと呼ばれる人々が増加しており,アニメ関連商業も拡大している。アニメ関連商業集積地の研究として東京・秋葉原を対象とした牛垣ほか(2016)などの研究があるが,これらの研究は地域の形成過程や変化などを見たものであり,重要な分析視点の一つである取扱商品に関する詳細かつ定量的な分析はない。また大都市郊外や地方都市といった集積規模が比較的小さい地域に目を向けた研究も見られない。そこで本研究では日本国内のアニメ関連商業集積の規模の実態や集積の特徴,及びその集積規模と取扱商品の関係の特徴を明らかにする。

    2.研究方法

    まず全国に展開する主にアニメ関連商品を取扱う大手チェーン店舗を対象に,日本国内のアニメ関連商業集積が見られる地域とその規模を市区町村別に把握し,他業種との比較などからアニメ関連商業の日本全体の集積の特徴をみる。次に秋葉原及び東京郊外に位置する大宮,川越,立川,町田,横浜(以下,郊外核地域と総称する)におけるアニメ関連商業集積地の店舗での現地調査により,取扱商品を把握し,集積の規模と取扱商品の関連をみる。

    3.結果

    ①アニメ関連商業は狭い範囲に集中する同業種型商業集積の傾向が強く,同一建物に店舗が集まる事が多い。またアニメ関連商業の規模は大都市圏に集中している一方,地方は小規模程度に存在するのみであり,三大都市圏の間でも集積の規模や分布傾向は異なる。

    ②アニメ関連商業は他業種と比較し,上位層と下位層で集積量の差が大きく,特に高次の買回り品と類似している。

    ③郊外核地域は全国チェーンのみであり,秋葉原と比較して取扱商品種は書籍や映像・音楽が多く,取扱作品は女性向け及び最近の作品が多い。そのため郊外核地域の店舗へ足を運ぶのは,最近の作品の主要視聴者である若い年齢層が中心であると考えられる。しかし秋葉原を全国チェーンのみで見ると,郊外核地域と同様の傾向となっており,取扱商品の差異は経営形態の影響が大きいといえる。また秋葉原は郊外核地域と比較して,女性向け作品の取扱割合が小さく,男性向け作品に偏っている。理論上では中心性が増すと財の種類数は増加するとされるが,アニメ関連商業において対象の幅広さは集積の大きさと逆転している。

    ④郊外核地域間での取扱商品の比較より,5地域を男性型,一般型,女性型にタイプ分けした。大宮は男性向け作品が多く,2011〜2015年の作品が多い男性型,川越は一般向けの古い作品の商品,特にフィギュアが多い一般型,町田は女性向けの直近の作品が多く,女性のオタクが好む缶バッジなどのグッズが多い女性型に分類できる。また立川と横浜はこれらの地域と比較すると目立つ特徴はないものの,横浜は一般向けの古い作品の商品,特にフィギュアが比較的多いことから一般型に近く,立川は人気の男性向けアニメが集中している年代である2011〜2015年の作品が多いことから男性型に近いといえる。

    ⑤アニメ関連商品を取扱う大手チェーン間では商品構成が異なっており,チェーンの有無が郊外核地域間の違いに影響している。また同チェーンの中でも地域間で商品構成が異なる場合があり,店舗自体の規模や同地域の競合店舗,地域に訪れる人の属性が影響していると考えられる。

  • 柴田 嶺, 吉川 湧太, 今川 諒, 磯田 弦, 関根 良平, 中谷 友樹
    セッションID: P111
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    はじめに

     到達可能な空間的範囲(Potential Path Area: PPA)は,アクセシビリティ指標を構成する基礎的な概念の1つである.PPAは時間地理学的な枠組みで操作化でき,具体的な交通手段の移動速度に基づいて計算できる.例えばJustenら(2013)は,PPAを用いて,個人が自由意志のもとに活動する場所の選択モデルを開発した.しかし,1日の中でも時間帯によって公共交通機関の運行頻度や道路の混雑具体等が異なり,PPAも変化する.そうした現実的な複雑さを考慮するにあたって,公共交通機関であれば運行スケジュールをデータベース化し,PPAの計算に利用することが考えられる.近年では,公共交通機関等のネットワークと運行スケジュールをあわせたデータ規格としてGTFS (General Transit Feed Specification)が普及しつつあり,GIS環境においてもこれを利用した処理が可能となった.海外ではFarber(2014)等の研究事例が存在するが,国内での利用例は乏しい.そこで本研究では,GTFSデータを用い,PPAの詳細な変化を分析する可能性について,仙台市の公共交通環境の変化を題材に考察する.

     仙台市では2015年12月に仙台市地下鉄東西線が新規開業し,あわせてバス路線網の再編がはかられた.2018年に実施した東西線沿線の一部地域での社会調査では,地下鉄の利便性が向上したにも関わらず,バスの利便性が低下したことへの不満を表明する居住者もみられた.本研究では,地下鉄東西線沿線住民が経験した交通環境の変化を,PPAに基づく指標から明らかにする.

    研究資料と方法

     仙台市地下鉄,仙台市営バスの時刻表データからGTFS共通フォーマット形式のデータを作成した.仙台市地下鉄の時刻表データについては東西線・南北線ともに2020年1月16日現在現行のダイヤ用いた.仙台市営バスのダイヤについては,2015年4月1日改正ダイヤと,2019年4月1日改正ダイヤ(現行)を用いた.GTFSデータをArcGIS Pro 2.4(ESRI Inc.)において運用し,到達圏解析によってPPA計算を行った.到達圏解析では,2018年に実施した社会調査の対象地域である仙台市若林区白萩町の代表地点を発地とし,1時間ごとに30分間の移動可能範囲としてPPAを算出した.

    結果と考察

     1日の中でも時間帯ごとにPPAの形状や大きさが異なり,これをGIS環境において可視化・定量化が可能となった. PPAは,開業した地下鉄を反映して2019年では到達可能な範囲が2015年のそれよりも東西方向に大きく拡大した.一方で,2015年に到達圏内であった地域が2019年には圏外となる状況も存在し,着地によってはアクセス性が低下していた.これは,地下鉄開業によるバス路線の再編が大きく影響していると考えられる.

     このようにGTFSを用いることで,時間帯や交通モードを考慮した交通環境の詳細な評価が可能となる.PPAに着目すると、地下鉄の開業に伴って生じた交通環境の再編が,必ずしも住民の到達可能範囲を改善するばかりではなかったことが可視化される.改善すべき交通環境の特定や、交通行動に関する居住者からの評価や行動実態とPPAの関連性など,GTFSを利用したネットワーク解析のさらなる活用が期待される.

    文献

     Farber, S., Morang, M.Z. and Widener, M.J. 2014. Temporal variability in transit-based accessibility to supermarkets. Applied Geography 53: 149-159

     Justen, A., Martínez, F.J. and Cortés, C.E. 2013, The use of space-time constraints for the selection of discretionary activity locations. Journal of Transport Geography 33: 146-152

  • 大石 太郎
    セッションID: 411
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    Ⅰ はじめに

     国家やエスニック集団の記憶は,そのアイデンティティ形成に重要な役割を果たしており,それらは博物館やイヴェントを通じて強化され,継承される.たとえばカナダでは,実質的な建国記念日であるカナダ・デーを祝うイヴェントが首都オタワの連邦議会議事堂前広場において総督や首相が出席する国家行事として開催され,二言語主義や多文化主義といったカナダの国是に沿った演出がなされてきた(大石 2019).エスニック集団の記憶も,たとえば矢ケ﨑(2018)がアメリカ合衆国におけるさまざまな集団の事例を検討し,移民博物館やエスニック・フェスティヴァルがその記憶と継承に大きな役割を果たしていることを示した.本報告では,カナダ東部の沿海諸州(ノヴァスコシア州,ニューブランズウィック州,プリンスエドワードアイランド州)のフランス系住民アカディアンの記憶とその継承を,5年ごとに開催される世界アカディアン会議に注目して検討する.報告者は,2014年開催の第5回および2019年開催の第6回世界アカディアン会議に参加していくつかのイヴェントを観察するとともに,関連資料を収集した.

    Ⅱ アカディアンと世界アカディアン会議

     アカディアンはカナダの沿海諸州に居住するフランス系住民であり,北アメリカに入植した最初のヨーロッパ人であるフランス人入植者の末裔である.18世紀にイギリスの支配下に入って以降,英語への同化が進んでしまったが,フランス語が英語と並ぶ公用語となっているニューブランズウィック州を中心に,現在もフランス語を母語として維持している.そこで一般には,統計的に把握しやすいこともあって,沿海諸州に居住するフランス語を母語とする者をアカディアンとみなす場合が多い.ただし,沿海諸州のフランス語話者にはケベック州出身者が一定程度含まれる一方,同化されてしまった家系にもアカディアンとしてのアイデンティティを維持する者が存在する.

    アカディアンの先祖であるフランス人入植者は,1755年にイギリス植民地当局によって入植地(現在のノヴァスコシア州)から追放された.この「ディアスポラ」体験は,今日まで彼らのアイデンティティの核となってきた.また,19世紀末の一連のアカディアン・ナショナル会議で選ばれた象徴(守護聖人,旗,歌など)も,アカディアンのアイデンティティを今日まで支え,また可視的なものとしてきた.

     世界アカディアン会議は,入植400周年を10年後に控えた1994年に第1回が開催されて以来,アカディアンが居住する各地をホスト地域として5年ごとに開催されている.

    Ⅲ アカディアンの記憶と継承

     報告者が参加した第5回はニューブランズウィック州北西部を中心にアメリカ合衆国とケベック州の隣接する一部の地域を,第6回はプリンスエドワードアイランド州とニューブランズウィック州南東部をそれぞれホスト地域として開催された.興味深いのは,それぞれのホスト地域とのかかわりでアカディアンのアイデンティティが再確認されることである.すなわち,世界アカディアン会議はアカディアンのアイデンティティを統合・強化するのみならず,居住する各地を参加者らに展示する役割をも担っている.

  • −マングローブ林共存系の発達過程
    山野 博哉, 井上 智美, 馬場 繁幸
    セッションID: 531
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    はじめに

     サンゴ礁とマングローブ林は熱帯・亜熱帯沿岸を縁取っており、高い生物多様性や防波機能を持っている。サンゴ礁とマングローブ林は共存している場合も多く、例えば小流域の河川の河口域にマングローブ林、その沖にサンゴ礁が成立している場合や、環礁などサンゴ礁の上にマングローブ林が成立している場合もある。サンゴ礁とマングローブ林が共存している場合は、相互に影響をして発達をしてきた可能性があるが、これまで、サンゴ礁の発達とマングローブ林の発達過程は別個に扱われることが多く、相互に与える影響は不明であった。

    本発表では、サンゴ礁—マングローブ林が共存している地域での掘削調査により、完新世におけるそれぞれの発達を統合的に明らかにした例を紹介する。

    西表島・ユツン川河口域

    本地域においては、河口域にマングローブ林が、それに隣接して離水ハマサンゴマイクロアトールが多く分布する礁原が分布している。さらにその2.5km程度沖には現成サンゴ礁が分布している。離水マイクロアトールの調査と現成サンゴ礁及びマングローブ林の掘削調査により、以下の3つの発達時期があったことが明らかとなった。

    フェーズ1:岸近くのサンゴ礁発達(6500〜3900 cal yr BP)

    塊状ハマサンゴと枝状ミドリイシによって岸近くにサンゴ礁が形成された。サンゴ礁は相対的な海面の落下と、ユツン川からの土砂流出によって発達を終了した。

    フェーズ2:沖のサンゴ礁発達(1000 cal yr BPまで)

    サンゴ礁が1000 cal yr BPにかけて成長した。石垣島など隣接海域に分布するサンゴ礁に比べて発達時期が遅れており、ユツン川からの淡水や土砂流入の影響が示唆された。

    フェーズ3:マングローブ林の発達(1000 cal yr BPから現在)

    沖合のサンゴ礁の防波効果と、岸のサンゴ礁が基盤を提供したことにより、マングローブ林が発達した。すなわち、ユツン川河口域においては、岸のサンゴ礁の成立、川からの土砂の堆積、沖のサンゴ礁の成立、その防波効果によるマングローブ林の形成という発達過程が示され、サンゴ礁がマングローブ林の発達に大きな影響を与えていることが明らかとなった(Yamano et al. 2019)。

    ツバル・フナフチ環礁

     フナフチ環礁のフォンガファレ島はサンゴ礁起源の堆積物(サンゴ礫や有孔虫砂)からなる州島である。その州島の中央部にマングローブ林が分布している。マングローブ林でコアを掘削した結果、マングローブ林は389 cal yr BP以降にサンゴ礁起源の堆積物の上に成立したことが明らかとなった。マングローブ林直下のサンゴ礁起源の堆積物の年代は2703 cal yr BPであり、フォンガファレ島における既報の堆積物年代(2520 cal yr BP及び2550 cal yr BP; Ohde et al. 2002)と整合的であった。フォンガファレ島の成立年代は周辺の州島の成立年代とほぼ同じであったが、トンガ、フィジーなど近隣島嶼のマングローブ林の成立年代と比較してフォンガファレ島におけるマングローブ林の成立年代が遅いのは、基盤となるサンゴ礁及び州島の発達が必要であったことに加え、フナフチ環礁が他の島嶼から離れているためマングローブが加入しにくかったからと考えられた。

    引用文献

    Yamano, H., Inoue, T., Adachi, H., Tsukaya, K., Adachi, R., and Baba, S. 2019. Holocene sea-level change and evolution of a mixed coral reef and mangrove system at Iriomote Island, southwest Japan. Estuarine, Coastal and Shelf Science 220: 166–175.

    Ohde, S., Greaves, M., Matsuzawa, T., Buckley, H.A., van Woesik, R., Wilson, P.A., Pirazzoli, P.A., and Elderfield, H. 2002. The chronology of Funafuti Atoll: revisiting an old friend. Proceedings of the Royal Society of London A 458: 2289–2306.

  • 遠藤 仁, 村上 由佳, 渡邊 三津子, 小磯 学
    セッションID: P140
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    アジア・太平洋戦争(1941〜1945年)時のビルマ戦線において実施された所謂インパール作戦(日本側作戦名:ウ号作戦,1944年3〜7月)は,日本帝国陸軍およびインド国民軍がインパール攻略を目指し,イギリス軍を中心とした連合国と戦闘を行い,日本側が敗退したものである。戦闘は当時の英領インド帝国の北東部(現在のインド北東部のナガランド(Nagaland)州およびマニプル(Manipur)州,ミャンマー西部のザガイン(Sagaing)管区を中心とした地域)で行われ,日本側に約3万人と甚大な戦死者が出た(NHKスペシャル取材班 2018)ことで,現在でも日本だけでなく戦闘の舞台となったインド北東部でも多くの人の記憶に残っている。本発表は,筆者らがインド北東部のナガランド州およびマニプル州を別の目的(伝統的な装身具の実態および流通に関する調査)で2011〜2016年の間に複数回訪れた際に,我々が日本人であると知った現地の人々が,自発的に語ってくれた戦争の記憶を中心に構成したものである。

     筆者らが得たインパール作戦の聞き書きは,意図しない「雑談」の一環として語られた記録である。記憶を語ってくれた(自称)80〜90歳の人々は日本兵と直接交流をもった最後の世代でもあり,きわめて貴重な記録といえる。網羅的な聞取り調査を行ったわけではないため,日本帝国陸軍や連合国軍の作戦行動領域を広く押さえていないが,両軍の激戦地であるコヒマ(Kohima)周辺や日本帝国陸軍の中継拠点の1つであったウクルール(Ukhrul)などで聞き取ることができた。それら聞き取れた情報を地図上に落とし,公刊されているインパール作戦の情報(防衛庁防衛研修所戦史室 1968)と重ねることで,戦時の日本兵の足跡を追いたい。

     筆者らに日本兵の記憶を語ってくれたのは,インパール作戦時も現在も現地に居住している民族集団ナガである。彼らは現在のインドとミャンマーの国境を跨ぎ,峻険な山岳地帯(ナガ丘陵)に広く居住している。ナガというのは約70の諸集団の総称で,各々独自の言語や習慣をもち,かつては互いに敵対していた。日本帝国陸軍では,軍事機密情報を見るとすでにナガという民族を認識していたことがわかる。筆者らは民族集団ナガの内,南部のコヒマやインパール近郊に居住するアンガミ・ナガ(Angami Naga),タンクール・ナガ(Tangkhul Naga),ポチュリ・ナガ(Pochury Naga)の人々から情報を得ることができた。それらの内,特に興味深いのが以下の3つである。

    ■「日本の将校が村に学校をつくった。それはこの村にとっての初めての学校だ。」

    コヒマの南約8kmに位置するジャカマ(Jakhama)村で,日本兵が学校をつくり,日本語を教えたと語ってくれた人が複数おり,村内にはそのことを記念する碑も建立されていた(図1)。彼らが記憶している日本兵はSHIROKIという人物で,おそらくコヒマ侵攻に先駆け,現地に潜入していた諜報部隊(光機関)の関係者であると思われる。

    ■「日本人は何でも食べるんだね。干し肉も全部もって行ってしまった。」

    ジャカマ村では,日本兵が退却時に村内の備蓄していた食料すべて対価なしにもち去ったことも記憶されていた。

    ■「この草は日本兵が植えた。」

    各地でキク科のハーブの一種(Mikania cordata (Burm.f.) B.L.Rob.)を日本兵が植えた,良く利用していたとの言説で,止血,解毒などの薬効のある草を示された。この野草は,現地で「日本の草」と呼ばれているが,古くから自生しており,なぜ日本兵の記憶と結びついているのか不明である。日本兵の多くの手記に,食料不足で現地の野草を食べて飢えをしのいだ記載が多く見られるため,それらを目撃した現地の人々の記憶と結びついた可能性がある。

     戦時下の日本兵は,村初の学校を築いたり,野草の名前として「日本」の名が残る比較的悪くない記憶や影響も残している一方で,食料を奪ったり現地住民を追い払ったりしたなどの悪い記憶も残している。本発表のような記録を地理情報と結びつけて語り継いでいくことは,今後の相互理解のためにも重要であると考えている。

  • 相馬 拓也
    セッションID: 312
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1. はじめに:生活林再生と換金作物への期待

     本発表では、環境保護団体「ヒマラヤ保全協会」(Institute for Himalayan Conservation: IHC)が2017年より実施している、「キウイ栽培による換金作物の育成と地域開発アグロフォレストリー事業」の現状と課題について報告する。同団体は故・川喜多二郎(元京都大学教授)の設立した「ヒマラヤ技術協力会」(ATCHA)を母体とし、1970年代から50年間に渡り同国で植林を通じた国土緑化と技術協力を展開している。とくに同協会が実施した、JICA草の根技術協力事業(JPP)(平成22年度第1回 採択案件1003654)「生活林づくりを通した山村復興支援プロジェクト」(実施期間2011年2月〜2016年1月/事業費6,376万円)により、カリガンダギ河流域の村々には、樹木の育成による緑化の思想が芽生えるようになった。同地での緑化事業が奏功して植林適地が減少するなかで、地域社会もより収益性・換金性の高いアグロフォレストリー事業(植林樹からの農業生産品の収穫)に、その関心がシフトしつつある転換点にある。

    2. キウイ栽培試験区の設立と運営

     そこで、換金性の高く新規性のある果樹栽培、とくにキウイフルーツの農山村部への導入に着目した。キウイはネパールでは比較的あたらしく導入された果物であり、1980年代後半頃から現地で知られるようになった。本事業では、ダウラギリ県ミャグディ郡バランジャ村において、2017年11月より栽培試験区(約3,000㎡)の設営を開始した。はじめにキウイ苗62株を先行導入した。またキウイ棚設備を設営し、視覚的にも試験区としてのプレゼンスを高めた。現在は58株が残存しており、2021年春には最初の結実が期待される。

    3. 新規キウイ苗の導入と協力農家

     本事業では2019年4月より、新規にキウイ苗を導入・栽培に関心がある協力農家10世帯を選定し、キウイ苗の植付け指導に加え、剪定・摘果・人工授粉などの指導を実施している。協力農家10世帯がそれぞれキウイ栽培用の土地を準備し、2019年度の新規栽培地の合計面積は約2,734㎡に拡張した。2019年12月27〜30日にかけて、各家世帯5〜10本ずつ、合計130本(雄30本/雌120本)の稚幼木(無償)の提供・植付けを実施した。また、あわせて地域に2ヵ所ある学校に、教育用のキウイ苗を鉢植え2本ずつ贈呈し、村内の病院にも無償でキウイ苗畑4本の整備を実施した。

     本事業は、協力農家10世帯と育苗施設運営者の合計15名を発起人として、「キウイ栽培委員会」を設立した。今後の栽培・収穫指導や販売に向けて、地域共同体として事業の運営を実施する。

    4. 事業の課題・問題点

    課題①: 試験区でのキウイ稚幼木の活着は悪くはないが、現地担当者が日々の管理を怠っていることから、生育状態があまり良くなかった。また、ヘイワード種、マンティ種などの種別を混在して栽培したことから、個体間で生育に大きく差が生じる結果となった。

    課題②: キウイ果の収穫〜管理〜販路の確保には、地域が協働で果実を保管・追熟・輸送できるスキームの構築が必要である。今後、協力農家を対象として、キウイ植付け〜収穫〜出荷までの技術指導を継続する必要がある。

    課題③: 学校教育を通じて、キウイ栽培の重要性や果実の栄養価などを、学校の生徒や若年者にも啓発する環境教育の地平も見いだされる。

    5. まとめと展望

     キウイ栽培は、栄養価の高い果実の収穫のみならず、換金・加工作物としての収入機会や、地域の緑化にも貢献できることから、より持続的な土地利用のモデルを農山村地域に提案できる。いわば住民主体型の村落開発アグロフォレストリーのモデル事業として、また農学国際協力のアクション・リサーチとして、ネパール現地に広く定着する可能性も見いだされつつある。

  • 小林 護, 村上 優香, 大槻 涼
    セッションID: P130
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    外邦図とは、明治以降第二次世界大戦終戦まで、旧日本軍参謀本部・陸地測量部などが作成した、日本領土以外の地域の地図である。外邦図の多くは軍事用に制作されたため、実情は秘密にされてきた。また、大戦末期のひっ迫した状況や終戦時の混乱によって多くの資料が消失したため全体として何種類、何枚作られてきたかというようなデータは残っていない。また日本の敗戦直後、連合軍が進駐してくる前に多くの外邦図が焼却された(塚田・富澤2005)。  戦後70年以上が経過し、現在の景観と比較すれば、環境や土地利用、都市域など様々な変化を長期的な視点で読み取ることができると考えられる。

      駒澤大学には9481枚の陸図外邦図が所蔵されている。しかし、これまでは一覧形式の目録しか作成していなかったため所蔵地図の分布や網羅状態の直感的な把握は難しかった。また、外邦図と現代では地名が大きく異なる地域が多いため、必要な地図を探すには緯度経度の数字から探すほかなかったため活用するのに多大な労力がかかっていた。

    そこで、目録に掲載されている図郭範囲の緯度経度データを基にインデックスマップを作成した。駒澤大学以前には岐阜図書館によるものや、それを元に発展させた東北大学附属図書館/理学部地理学教室による外邦図デジタルアーカイブ内で公開されているインデックスマップが知られている。

     インデックスマップの作成にはGISソフトであるArcGIS10.7.1(ESRI)を使用した。

    駒澤マップアーカイブズ(2015)の各図幅の緯度経度情報を基に四端のポイントを自動処理で作成し、ArcGISの追加ツールである「ジオメトリ変換ツール」を用いてその4ポイントをつなぐ四角形のポリゴンを作成した。

    外邦図の中には陸地測量部が一から作成したものの他に占領時に現地で徴用しそのまま複製したものも多く含まれる。それらの地図には本初子午線を一般的な英グリニッジではなく独自の子午線を用いているものがある。それらはいずれも英グリニッジを基準とした経度に補正して用いた。

    また、測地系はWGS84を用いた。戦前に作られた外邦図は当然WGS84ではなくベッセル楕円体などの旧来の測地系を採用しているため多少の誤差が予想される。

    (1)所蔵外邦図の分布や傾向が明らかになり、面的把握が容易になったことによって従来の目録ではわかっていなかった様々な事実が後述のように明らかになった。

    (2)ESRI社が提供するベースマップと重ね合わせたところ予想の通り数100mの誤差が確認できた。これは前述の通り測地系の違いによるものと、当時の未熟な測量技術による測量誤差が複合して発生したものと考えられる。

     駒澤大学の外邦図コレクションは東北大学らのコレクションと比較すると不完全なものであることは経験則で把握されていたが、地図の形になったことによりはっきりとわかるようになった。

     従来全図幅がほぼそろっていると考えられていた地域についても実際には相当量の歯抜けがあることが判明した。

     駒澤大学が所蔵する外邦図の中には緯度経度の情報がないものも一定数存在している。座標がない地図はGISを用いた処理でインデックスマップを作成できないため今後、手作業での同定が必要となる。

     また、目録作成時の入力ミスと考えられる不自然な形状の地図も幾分か発見された。従来は目視による確認のみとなっていた目録記載情報の新たな確認方法としての活用も期待できる。

  • 村上 優香, 小林 護, 大槻 涼
    セッションID: P131
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    外邦図とは、明治期から第二次世界大戦終戦まで、旧日本軍参謀本部・陸地測量部などが作成した、日本領土以外の地域の地図である。外邦図の多くは軍事用に制作されたため、実状は秘密にされてきた。全体として何種類、何枚作られてきたかというようなデータは残っていない。また日本の敗戦直後、連合軍が進駐してくる前に多くの外邦図が焼却された(塚田・富澤2005)。戦後70年以上が経過し、現在の景観と比較すれば、環境や土地利用、都市域など様々な変化を長期的な視点で読み取ることができると考えられる。特に、アジア地域は経済発展や自然災害の影響を受け劇的に変化した。今後の地理学的な研究を行う上でも、外邦図は比較参照に重要な資料となることが期待される。駒澤大学には多田文男教授(在職期間1966~1977)より寄贈された外邦図を中心としたコレクションが所蔵されている。

     前述の通り外邦図は、過去の景観をとどめる資料として利用することも十分可能であると考えられるが、比較するための基盤が十分ではない。各機関から目録やデジタルアーカイブの公開が進んではいるものの、地理座標を与えGIS上での活用可能な情報に整備(以下、ジオリファレンス)することが必要であると考えた。そこで、本発表の目的として、駒澤大学に所蔵されている外邦図を対象とし、画像取得からジオリファレンスまで行い、問題点を洗い出した。

     駒澤大学に所蔵されている「“KEBAJORAN”五万分の一図 ジャワ島四十五号」をスキャンし画像を取得した。この地図は、オランダが作成、経線の基準がバタビア(現在のジャカルタ)を0度として作成された地図をもとに陸地測量部が複製した。そのため、図郭の外側の凡例は日本語による翻訳がされているものの、表記は原図のままになっている。取得した画像を図郭でトリミングし、ArcGIS10.6.1(ESRI)のベースマップ(WGS84)に対してジオリファレンスを行った。ジオリファレンスは二種類の方法で行った。(1)図郭線四隅の緯度経度を、地図から読み取り、度分秒を手計算により入力、(2)目標物を対象として目視での参照である。このうち、(1)は、小林ほか(2009)が解説した資料の「バタヴィアトグリニッジトノ経度ノ差ハ百六度四十八分二十七秒七九トス」をもとに、一括変換が可能かを検証するためである。(2)は鉄道路線、道路といった人工物を基準として手動でジオリファレンスをおこなったものであり、測地系の違いにもある程度対応できるのではないかと期待しておこなった。

    (1)ベースマップと比較すると、街路等で経度約0.00207°、緯度約0.00142°の誤差が生じた。

    (2)街路等は比較的正確に一致した。しかし縦横比は南北に0.00057°広がり、東西に0.0014°狭まった。図郭線は以下のような誤差が生じた。

     ジオリファレンスによって街路等が比較可能な程度に一致したことから、小林(2006)で指摘したように外邦図が歴史的な景観の比較に活用できることが示唆された。しかし、今回の発表で用いたジオリファレンスの方法では誤差や歪みなど、多くの問題が指摘できる。それぞれの歪みの原因としては、原図の座標系がWGS84でないことが考えられる。今後GIS等でバタビア基準外邦図を使用した研究のためには、統一した座標の変換ルールや計算式が必要であるといえる。

  • 櫛引 素夫
    セッションID: 915
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
    会議録・要旨集 フリー

    1.本研究の目的 青森県の津軽半島北部は人口減少と高齢化の進行が著しい。2016年3月の北海道新幹線開業に伴ってJR津軽海峡線が廃止となり、交通網が大きく再編された。発表者は、一連の変化が住民に及ぼした影響や、住民がどのように在来線・JR津軽線や北海道新幹線を利用しているかを明らかにするため、外ヶ浜町と今別町の全世帯を対象に2019年10月、両町の協力を得て調査を実施した。本研究ではその結果を速報的に報告するとともに、人口減少が進む地域における在来線の将来、並びに整備新幹線が果たし得る役割を検討する。

    2.外ヶ浜町、今別町の概要と調査状況 外ヶ浜町は2005年、蟹田町・平舘村・三厩村の合併によって成立した。今別町を挟んで飛び地状の町域を持ち、役場所在地は蟹田地区である。2019年10月1日現在の住民基本台帳人口は5951人、世帯数は2881、2018年10月1日現在の高齢化率は49.1%と県内第2位、2009〜2019年の人口減少率は約26%である。今別町は同じく人口2569人、世帯数1416、高齢化率は54.9%と14年連続で青森県内第1位、人口減少率は約27%である。

     調査票の配布は両町の広報誌などの配布チャンネルで行い、実際の配布数は外ヶ浜町が2612枚、今別町が1207枚だった。回収数は外ヶ浜町が323枚、今別町が325枚で、回収率はそれぞれ12.4%、26.9%だった。

    3.2町に及んだ交通網の変化 JR津軽線は青森駅と津軽半島の北端・三厩駅を結ぶ路線である。南半分の青森−蟹田間は電化され本数も多いが、北半分の蟹田−三厩間はディーゼル車が1日5往復するにとどまる。北海道新幹線の開業までは、特急が津軽線の一部を経由して函館−青森間を結び、現在の奥津軽いまべつ駅に近い津軽今別駅と蟹田駅に停車していた。

     北海道新幹線の開業後はこの特急が廃止された。蟹田駅は、青森駅への速達手段を失うとともに、特急なら1時間半ほどで到達できた函館駅には、①津軽線や自家用車で奥津軽いまべつ駅へ出向いて北海道新幹線に乗り、さらに終点・新函館北斗駅から函館線の列車で函館駅へ向かう、②津軽線と奥羽線を乗り継ぐか、自家用車などで新青森駅へ出向き、北海道新幹線−函館線と乗り継ぐ、といういずれかの方法でしか到達できなくなって、所要時間とコストが増加した。

     一方、今別町は奥津軽いまべつ駅が立地し、新幹線料金は他の新幹線より割高ながら、奥津軽いまべつ−新青森間は15分、奥津軽いまべつ−新函館北斗間は46分と、利便性は大幅に拡大した。 

    4.調査結果の概要 津軽線については、「ほぼ毎日利用する」利用者はほとんどが高校生だが、高齢化の進展を反映し、その割合は両町とも極めて低い。一方、回答者の大半を占める高齢者は、多くが無職である事情も手伝い、「月に何回か使う」が外ヶ浜町で2割、今別町が1割、「年に何回か使う」がそれぞれ3割、2割程度である。最も多いのは「ほとんど使わない」で、外ヶ浜町は約38%、今別町は約66%に達している。

     津軽線を利用しない理由は「乗用車があるから」が突出して多く、クルマ社会と人口減少による需要の縮小、ダイヤや駅までの距離による「使い勝手の悪さ」が負のスパイラルを構成している様子を確認できた。一方で、免許返納後の交通手段に不安を訴える声も散見された。

     記述項目で注目されるのは、「津軽線を利用しない理由」として跨線橋の昇降の困難さを挙げる人が少なくないことである。「高齢化の先進地域」としての津軽線沿線を考えると、時期の差はあれ将来的に日本の多くの地域が、同様の状況に直面する可能性が高い。

     北海道・東北新幹線の利用状況をみると、両町とも複数回の利用経験者が多く、交通手段としての定着状況を確認できた。また、新青森駅、奥津軽いまべつ駅をともに利用している人が目立ち、今別町でも新青森駅まで出向いて乗車している人が少なくない。

     用途は両町とも「旅行」が最多だが、「仕事・出張」を挙げた人が予想以上に多く、発表者にとっては新幹線の役割を再考させる結果となった。「親の介護」「帰省」といった目的を挙げる人も一定数おり、人口減少社会における「遠距離介護・見守り」ツールとしての新幹線の役割を浮かび上がらせた。ただし北海道新幹線の高い運賃には抵抗もある。

    5.展望 整備新幹線の開業に際しては、新幹線や駅の利用状況、観光客の入り込みなどに焦点が当たりがちである。しかし、地元にとって最も重要なのは、住民の生活への影響であることは言を俟たない。特に、人口減少や高齢化が著しい地域に、新幹線はどのような課題と可能性をもたらすのか、また、在来線はどのような役割を果たし得るのか、これから開業する地域も、既に開業した地域も、適切に(再)検証する必要があろう。 

     ※青森学術文化振興財団・平成31年度助成事業

  • 井上 孝
    セッションID: 304
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    地域人口推計に関する最も重要な問題点の一つは、地域の単位を小さくするほど推計値が不安定になることである。発表者は、この課題を解決するために小地域の人口統計値を平滑化する手法を提案し、この手法を用いて日本全国を対象とした、長期にわたる小地域別の将来人口推計を実施した。その推計結果については、2016年よりオリジナルのウェブサイト「全国小地域別将来人口推計システム」(http://arcg.is/1LqC6qN)にてオープンデータとして公開している。さらに、発表者はこのシステム開発で得られたノウハウをもとに、日本以外の国・地域を対象とした小地域別将来人口推計とそれに関するシステムの開発を進めている。本報告は、それらのうち2019年に公開を始めた台湾版のシステム“The Web Mapping System of Small Area Population Projections for Taiwan”(http://arcg.is/1rCPmm)の紹介を行う。

  • 田中 晃代
    セッションID: 735
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    本研究は,都市近郊の農村地域固有の土地利用に見合った柔軟な開発許可制度を展開している兵庫県の特別指定区域制度を事例に,制度の拡充や見直しの背景を分析考察し,都市近郊農村地域における適正な地域活性のあり方を分析考察した。調査結果は,兵庫県の特別指定区域制度を活用している13自治体の区域指定の状況と開発許可や建築許可の現状から,市街化調整区域における地域活性の現状を把握したところ,地縁者をベースに居住地域を設定していることがわかった。それに対応して,建築許可件数も,地縁者居住が増加していることが明らかになった。

  • (ESD的視点を取り込んだ大学での授業開発)
    加藤 内藏進, 加藤 晴子, 大谷 和男
    セッションID: 511
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    中高緯度地域では,一般に日射の季節変化に伴う明瞭な季節サイクルが見られる。しかも,大規模な海陸のコントラストや大規模山岳との位置関係の違いによる影響も大きく受けて(アジアモンスーン等もそのような影響を及ぼす要因の一つ),中高緯度地域の中でも,季節サイクルの地域的な違いが大きい。従って,そのような季節サイクルの中で育まれる「季節感」にも,中高緯度地域間で比較してもかなり大きな違いが生じ得ることになる。例えば,ある季節について同じ語で表現したとしても(例えば「夏」とか「冬」と言っても),実は,地域毎にかなり異なる気候学的内容や季節感を意味していることになる。

     ところで,持続可能な社会を築くための教育であるESDにおいて,気候教育は環境,防災,気候変動の教育として重要な分野の一つであるだけでなく,ESDの中の文化・国際理解教育においても,例えば音楽との学際的連携を通して大きく貢献しうる。更に,気候システムは種々の分野との関わりが大きいだけでなく,非線型的な絡み合い,種々の要素の関わり等で一筋縄ではいかない複雑さを持つ。従って,気候教育やそれを軸とする学際教育は,ESDの根幹として不可欠な,種々の問題の複雑な関わりや繋がり,多様性等の尊重,「異質な他者への理解」等,いわば「ESD的視点」の育成への貢献も大きい。

     以上の視点から,本グループは,主に日本やドイツ,北欧における多彩な季節サイクルや季節感を接点に,学際的知見を統合し,それに基づき小中高校,大学(特に「教師教育として」)でのESDを取り込んだ学際的気候・文化理解教育の指導法開発を行ってきた。それら一連の成果の一部は,加藤・加藤(2014『気候と音楽–本やドイツの春と歌−』,2019『気候と音楽—歌から広がる文化理解とESD—』,何れも協同出版)に体系化されている。本グループは,更に,これらの地域を中心に季節サイクルと季節感に関する学際研究とそれに基づく指導法開発を進めているが,本講演では,ESD的視点の育成(特に,「異質な他者」の理解)への第一歩として,「例えば『夏』と同じ言葉で呼ばれる季節であっても,どの地域のどんな状況であるかで,こんなに違うのだ」という点への深い気づきを促す授業を試行し,結果を分析した。

     ドイツ語文化圏や北欧では,日本列島の九州〜関東に比べて夏の平均気温が低い。しかし,そこでは,「冬」(単に平均気温の低さだけでなく,日々の大きな変動の中で極端な低温日がしばしば出現)が追い出された後の「夏」という季節感が強い。一方,夏における日平均気温の日々の変動も大きく,「夏」でも平均気温が10℃少々の日の出現は両地域とも珍しくない,等,日射も含めて九州〜関東との差異は大きい。

     本講演では,以下のような2つの学際的授業実践を大学にて行った結果の中の,音楽との連携の部分について報告する。いずれも,岡山大学教育学部で毎年夏に集中講義として実施している「くらしと環境」の最終日にほぼ終日かけて実践を行った(「教職に関する科目に準じる科目」の中の,教科横断的考察力の育成を狙った科目群の一つ)。〈授業実践1〉は2015年度,〈授業実践2〉は2018年度に行った(授業者:いずれも,加藤内藏進(気象・気候),加藤晴子(音楽,ゲスト)赤木里香子(美術))。〈授業実践1〉では,ドイツと日本の気候を比較するとともに,季節の行事や季節を歌った歌から当該地域に住む人々の季節感を意識する活動の後,ドイツと日本の各々の夏を表現する〈替え歌づくり〉の創作活動を行った(“Alles neu macht der Mai”《5月はすべてを新しくする》(有名な《蝶々》の旋律と同じ)を利用)。〈授業実践2〉では,ドイツ及び北欧と日本の気候を比較するとともに,日本の夏祭りやフィンランドの夏至祭の映像の視聴や民謡等の鑑賞を行った後,フィンランドと日本の夏について,《ふるさと》(高野辰之・岡野貞一)の旋律を利用した替え歌づくりを行った。活動等の詳細や結果の分析は,当日行う。

  • Shi Muqing, Shiraiwa Takayuki
    セッションID: 817
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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  • 乙幡 正喜, 小寺 浩二, 矢巻 剛
    セッションID: 815
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    Ⅰ はじめに

     埼玉県内の新河岸川流域は、昭和30年代以降の高度経済成長期から市街化率が急速に高まっている地域である。かつて水質悪化が顕著な地域であったが、近年は流域下水道や親水事業で水質が改善しつつある。しかし、狭山丘陵に位置する支流の上流部においては依然水質が改善していない地域も存在し、汚染源の特定や水質改善を図っていくには源流域における調査・研究が重要である。2年間にわたり狭山丘陵周辺において河川を調査した結果をもとに、水質を中心とした水環境の特徴を考察する。

    Ⅱ 対象地域

     狭山丘陵は、東京都と埼玉県の5市1町にまたがる地域である。丘陵の周辺地域では高度経済成長期に都市化が急速に進む一方、多摩湖や狭山湖の周辺には森林が分布し、里山の環境を残している。河川のほとんどは新河岸川水系に属する支流で、狭山丘陵はそうした水流の源流部である。残堀川は南東に流れ多摩川水系となっている。

    Ⅲ 研究方法

     既存研究の整理と検討を行った上で、現地調査は2017年11月から2019年10月まで月に1回、合計24回実施した。2017年11月・2018年2月・5月・8月・11月・2019年2月・5月・8月は56地点の調査を実施し、その他の月は34地点の調査を実施した。現地では、水温、気温、電気伝導度(EC)、比色pHおよびRpH、を計測し、採水して実験室に持ち帰り、全有機炭素の測定と主要溶存成分の分析を行った。

    Ⅳ 結果・考察

     全体としてECは、100−300μS/cm前後の地点が多かったが、不老川の上流域の大橋では一時4000μS/cm以上の高い数値を示している。一方で、南西部の一部河川・湧水では100μS/cmを下回る良好な水質を示す地点あった。空堀川中流域では、生活排水や乳製品製造工場の排水が流入しており800μS/cm前後の高い数値を示している。

     pHは7.5−8.8前後であり、柳瀬川流域及び空堀川流域では、上流部から下流部に行くにしたがってpHが高くなり河川への負荷が高まっている。空堀川中流域の下砂橋では9.0を超え、滞留時間が比較的長いことが考えられる。RpHは、南西部の一部河川・湧水を除いてほとんどの地点で8.0−8.5前後である。これは河川水に対する地下水の寄与が大きいもの考える。

     今回の調査地点の中において、公共用水域測定点で、柳瀬川の二柳橋が1984年からBODが定点観測されている。1987年は、BODが38 mg/ⅼであったが現在では1 mg/ⅼ位となり水質は著しく改善されている。2018年5月のCODは全体的に高く7mg/ⅼ前後の地点が多かった。2019年5月のCODは、2018年5月比べと全体的に低くなっている。4mg/ⅼ前後の地点が多かった。

    Ⅴ おわりに

     狭山丘陵の南西部の一部の河川・湧水ではEC及びTOCが低い地点があったが、全体として都市域であるためECが高い地点が点在する。空堀川では、中流域でEC,TOCの数値が高く、下流に行くににしたがって河川への生活排水などの負荷が高まっている。また、不老川上流部では農地からの施肥の影響によりNO3濃度が高く、EC,TOCも高い数値を示した。農業による硝酸の影響が残る地点も分布していた。今後も継続的に調査を行い、季節変化などを注意深く考察する必要がある。主要溶存成分の分析結果を今後の研究に反映させたい。

    参 考 文 献

    森木良太・小寺浩二(2009):大都市近郊の河川環境変化と水循環保全—新河岸川流域を事例として—. 水文地理学研究報告, 13, 1-12.

  • 作野 広和
    セッションID: S202
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    Ⅰ 報告の目的と地域運営組織の概要

    日本の農村は,1960年代にはじまった著しい人口流出による過疎化や,1990年代以降の高齢化などを要因として,多くの課題を有している。近年,これらの課題は都市でもみられるようになり,政府をはじめ各自治体において課題解決の試行錯誤が繰り返されている。一方で,住民自らの手で課題を解決する機運が高まりつつある。これまでの自治会や町内会など地縁型自治組織とは異なり,住民主体で地域マネジメントを意図したネットワーク型の地域運営組織が各地で構築されつつある。本報告では,地域運営組織の設立過程を改めて検証することで,その地域的意義を見出すことを目的とする。

    Ⅱ 地域運営組織の設立過程

    地域運営組織の原形は,今日の広島県安芸高田市で設立された川根振興協議会だと言われている。同協議会は,中学校統合を契機として1972年に発足している。また,自治体全域で設立された例としては,2005年〜2007年に設立された島根県雲南市の地域自主組織が挙げられる。以降,鳥取県南部町の地域振興協議会,広島県三次市の住民自治組織など,自治体全域を対象とした地域運営組織が相次いで誕生している。背景には2004年〜2005年にかけて集中的に行われた市町村の広域合併が強い影響を与えている。市町村域にくまなく住民自治組織を設立することで,行政機能の補完・代替を機能させる意図が見てとれる。こうした動きを担保するために,協働の概念の下,条例等で住民自治組織の設立が明文化されていった。住民自治組織の設立を促進したり規定したりする条例や要綱は,広域合併後の2006年から2011年に多くが制定されている。一方で,当時は地域運営組織という表現はみられない。

    地域運営組織という表現は,2014年3月に報告された総務省「RMO(地域運営組織)による総合生活支援サービスに関する調査研究報告書」にはじめて明記されたと思われる。同報告書では「地域の暮らしを守るため,地域で暮らす人々が中心となって形成するコミュニティ組織により生活機能を支える事業(総合生活支援サービス)の事業主体」を地域運営組織(Regional Management Organization,RMO)と定義している。当時は,コミュニティビジネスなどの事業運営に力点を置いた検討がなされていることや,地域包括ケアシステムを念頭に置いた概念であることが読み取れる。その後,総務省は今日に至るまで,地域運営組織に関する研究会を設置し実態調査とそれに基づく議論を継続しているが,その過程で少しずつ概念も変化させている。

    一方で,地方創生法(2014年)にもとづく文脈では,複数の集落によるネットワークを集落生活圏と称し,その中心として「小さな拠点」を整備し,それらを束ねる組織として地域運営組織が位置づけられている。今日では地域運営組織の運営に係る経費について地方交付税措置を行ったり,地域運営組織の起業支援等に係る費用を特別交付税の対象としたりするなど,国は地域運営組織の設立を強く推進している。

    地域運営組織の地域的意義

    地域運営組織を設立することの地域的意義は,以下の4点にまとめられる。第1に,小学校区程度の広域的組織であること,第2に,地区内の多様な主体が参画すること,第3に,1人1票制や部会制の導入など新たな合意形成のスタイルを用いていること,第4に,住民が主体となって地域を運営することによるガバナンスの確立を目指していることである。

    地域運営組織が有するこれらの特徴は,自治会や町内会といった地縁型自治組織とは異なり,現代社会にあった新しい住民自治組織である。そのような意味では,2010年前後に盛んに議論された「新しい公共」ないしは「新たな公」を体現したものが地域運営組織であるといえる。このように考えると,地域運営組織は地域における新しい自治組織や事業主体といった位置づけに留めるべきではない。地域運営組織は,イエ・ムラ論に基づく,硬直化した地縁型自治組織とは異なる,オルタナティブな住民自治組織であることが理解できる。地域運営組織の設立は,地域が新しい時代に対応するための脱皮のような作業とも言えよう。

  • 日下 博幸, 佐藤 亮吾
    セッションID: 513
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    これまで,日本を対象とした気候区分が数多く提案されてきた(例えば,中川 1899,福井 1933,関口 1959,鈴木 1962,前島 1967,井上・松本 2005,小泉・加藤 2012)。一般的に,気候を分類する際には,気候の成因を重視する立場(成因的気候区分)と気候要素の季節変化や植生分布を重視する立場(経験的気候区分)に大別される。経験的気候区分は,さらには,人の経験や見方に基づく主観的な方法と多変量解析などに基づく客観的な方法がある。近年は,クラスター分析を用いた方法(井上・松本 2005)や,主成分分析とクラスター分析を併用した方法(小泉・加藤 2012)が主流となりつつある。このような多変量解析を用いた客観手法は,どの指標を用いるかによって,当然ながら結果は大きく異なる。例えば,井上・松本(2005)は降水量のみ,小泉・加藤(2012)は降水量・気温・日照時間の3要素を用いて気候区分を行っており,その結果,異なる気候区分図となっている。

    本研究では,これまで用いられてこなかった気象要素も利用しながら,クラスター分析に基づく新しい日本の気候区分を作成する。さらには,気候区分の指標依存性や区分数依存性についても調査する。

    本研究では,クラスター分析を用いた。指標は,日平均気温,日最高気温,日最低気温,気温の日較差のそれぞれの月平均値,降水量,日照時間のそれぞれの月積算値から選択された複数要素の組み合わせとした。ただし,多重共線性を考慮して選択したため,全ての要素を同時に使うことはなかった。気象要素には,1981-2010年の30年間のアメダスデータの平均値(平年値)を用いた。

    本研究で作成した気候区分のうち,著者らの実感と近いものを紹介する。図1は,降水量・日最高気温・日最低気温・日照時間を用いて6区分した場合の結果である。一つ目の特徴は,北海道と本州が区別され,ケッペンの気候区分と整合したことである。これは,降水量と気温を併用したためである。二つ目の特徴は,中高の教育書籍で紹介される瀬戸内気候や内陸気候が出現していないことである。三つ目の特徴として,東海地方から九州の太平洋側にかけて気候区が出現したことがあげられる。これは,夏季の多雨が反映されたため出現したと推察される。本研究では,この気候区を東南海・南九州気候と呼ぶことにする。

    次に,別の気象要素を用いた場合の結果と比較した。日最高・最低気温の代わりに日平均気温を用いた場合は,北海道と北東北の太平洋側が同じ気候区として認識された。また,東北南部・関東・中部内陸が同じ気候区と認識された(図省略)。さらに,日照時間を抜いた場合は,北東北の太平洋側と日本海側がまとまる一方で,南東北と関東が別の気候区と認識された。(図省略)。これは,日照時間という指標を減らすことにより,気温の影響がより強まったことを示唆している。実際,この特徴は,気温のみを指標として用いた場合にも現れている。降水のみを指標に用いた場合は,夏季に降水が多い地域,冬季に多い地域,年間を通じて少ない地域に大きく分かれた。そのため,北海道と瀬戸内海が同じ,本州日本海側と八重山諸島が同じ区分になるなど,雨温図からの実感とは異なる結果となった。

  • 小島 泰雄
    セッションID: S201
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    1.地域運営組織と農村変化

     日本農村で進む地域運営組織の編成は、どのような農村変化を反映しているのだろうか。本シンポジウムは、この問いに地理学としていかなる回答ができるのか、について考えるものである。理論−実践−実証の研究現場からなされる一連の発表の中で、本発表は集落形態をめぐる20世紀の地理学が育んできた方法と、集落再編という動的な過程に注目してゆく。

     集落形態をめぐる研究史は、集落が居住の場であるだけでなく、それを取りまく農地との関係性を反映したものであることを明らかにしてきた(小島2013)。日本の農村集落は、300人が標準的な規模で(水津1956)、その形態は集村が主体となる(石原1965)。そして水田農業が必要とする水の管理を軸に、集村に表象された共同体としての社会性が、地域運営に深く関わってきたとするのが一般的な理解であろう。

     20世紀後半に展開した農村変化は、生産の場であった農村が近代化=都市化の中で周辺化し、人口減少と機能剥奪が相乗的に進む過程として捉えられる。この農村変化の初期に農村に留まる選択をした昭和ヒトケタ世代を担い手として、地域運営は長く集落を単位としてきたが、今世紀に入る頃からこの構造は急速に崩れ始めた。

    場所論の展開が示唆するように(Cresswell 2015)、地域内の関係性として集落/農村を考えることから、地域外との関係性を含みこんだ集落/農村を捉える視座への転換が求められる。それは地域運営組織をめぐる農村変化に向きあう研究の基本姿勢と言えよう。

    2.集落再編と地域性

     現存の集落は、個別具体的な地理と歴史の産物であることから、その再編も地域の文脈に依存する。集落外との関係性は、地域中心、国家、グローバルへと不連続にひろがっているが、集落の機能が一様に無効になったわけではないことにも目を向けるべきであろう。その意味で、ローカルの創出ともみなされる基層の地域運営組織の再編は、重層的に展開する生活空間のどのスケールにそれを設定するのかについて、より自由度が高まっている。

    地域性は多様であるが、ひとまず平地農村と山地農村にわけて考えてみたい。農業の基盤が整い、一定の規模農業が可能な平地農村は、地域中心へのアクセシビリティが高く、多様な就業選択も可能である。居住の場としての集落は、地域運営の主座を継続できる場合が少なくない。

     一方、山地農村は前近代において多様な資源と結びつき、戦後復興期に住民数のピークを有する集落が多い。そこからすでに数分の1に人口は減少し、資源価値が低下した現在、地域運営に際して過去に規定された集落のレベルに拘泥する必要は少なく、むしろ開かれた関係性がますます重要になっている。

    3.散居の可能性

     人口9人以下、高齢化率50%以上の「存続危惧集落」は2015年に2千集落ほどあり、2045年には1万集落へ増加すると推計されている(農林水産政策研究所2019)。その9割は中山間地域の集落である。集落が強い機能を果たしてきた日本農村からすると、それが深刻な問題と捉えられるのは当然かもしれない。

     中国四川農村の集落形態は散村である。数世帯からなる集落(“院子”)とその周囲の農地が結びついた生活空間が前近代から展開してきた(小島2001)。集落機能が一般に弱い中国農村において、散居によって実現される農業経営の優位性(耕作圏の近接性)は、その開発史と結びついて持続されてきたと考えられる。

    集村と強い集落機能の結びつきは、通文化的な必然性はないのである。山地農村では農地は分散し、水利も小規模である。ゆえに、農地に近接して居住することを可能とする散村は、むしろその資源管理に適した集落形態である。集落がなかなか無住化しないことの理解の鍵は、ここにあるのではないだろうか。

    人口減少にあわせた重層的なコミュニティの新しい様態として、とくに山地農村では、地域運営組織を散居と整合的に構築してゆくことがより重要となるであろう。集落規模の縮小を過度に警戒するのではなく、むしろ近隣の機能が保たれる数世帯の散居を地域運営組織が緩やかに包みこむという構図は、日本農村の選択肢になると考えられる。

  • 豊田 哲也
    セッションID: S301
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    日本社会で進行する少子化の主因は未婚率の上昇にある。また,東京大都市圏では地方圏より出生率が低く,人口の一極集中が少子化を加速させている。若い世代は女性の社会進出の結果「結婚を選択しなくなった」のか,男性の経済力低下のため「結婚できなくなった」のか。本研究の目的は,地域格差と世代格差の視点から,都道府県別に推定した所得と未婚率の地域分析により,この二つの仮説を検証することにある。対象とするコーホートは就職氷河期(1993〜2004年)に大学卒業期を迎えた1970年代生まれの世代である。彼らが35〜39歳時点(2010年と2015年)における未婚率を目的変数とし,所得水準と就業環境を説明変数とする二通りのモデルで重回帰分析(MLS)をおこなった。使用するデータは国勢調査の人口と就業構造基本調査の年収である。地域による性比の偏りや都市化の程度をコントロールした上で,男の所得が低いまたは女の所得が高いほど両者の未婚率が高い傾向があり,二つの仮説はいずれも支持される。特に,就職氷河期における非正規雇用の拡大は男の所得水準低下をもたらし未婚率の上昇に寄与したと考えられるが,女の就業継続可能性に関する変数が未婚率に及ぼす影響は十分確認できなかった。

  • 小室 隆, 山室 真澄
    セッションID: 709
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    近年,豪雨災害による被害が日本各地で発生している.2019年には台風19号(Hagibis:ハギビス)により東京都と神奈川県の県境でもある多摩川が田園調布(上)観測所において氾濫危険水位(8.4 m)を超え,最大で10.77 mまで上昇し,東京都側では二子玉川,神奈川県側では溝の口や武蔵小杉では被害が生じた.また,神奈川県の相模川では城山ダムが建設以来,初めて緊急放流を行い、下流域での被害が懸念された.相模川の下流域は深刻な樹林化が生じており,緊急放流によりこれらの樹木が下流域〜海域に流出することが懸念された.このように災害時には河川氾濫やダムの緊急放流などに注目が集まるが,平野部湖沼においても同様のリスクが存在する.

     千葉県柏市と我孫子市に位置する手賀沼は,利根川水系の一部をなす,水深の浅い湖沼である.千葉県柏市と我孫子市に流域を持ち,大堀川と大津川河口付近が主な流入河川である.これらの河川の河口部では樹林化が進行し,広半な面積が埋積され陸地になっているが、自然環境保全基礎調査ではヨシ帯になっており,千葉県はこの部分をこの部分を陸ではなく水域とみなしている.川からの流れを遮る位置に陸地が広がっていることから,豪雨時に河口の上流不での氾濫をもたらす可能性がある.本研究ではこの区域を対象に,樹林化に伴ってできた陸地の冠水可能性などを検討した.

     手賀沼の西側に流入する大堀川の河口部ではヨシ原が成長・枯死を繰り返し,最大で150cm以上も堆積していた.河口部での陸地化は河川の通水阻害を発生させ,その上流部で氾濫を発生させる可能性がある.手賀沼は豪雨時には水を一時的に貯留させる機能も有することから,早急に陸地化の対策および改善を計り元の湖岸線(現在のコンクリート護岸)まで水域を回復させることが重要である.

  • 移川 恵理, 吉田 剛
    セッションID: 109
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    高等学校の地誌学習において,特定地域に対する生徒が抱く「漠然としたイメージ」を打ち破り,新たな認識を形成させることは大きなテーマの1つである。特に,生徒にとって情報量の少ない地域を扱う際には,教員の教材内容の取捨選択が生徒の認識形成に大きな影響を与える。本授業実践では,日本の隣国でありながら生徒の地域認識形成が不十分であると予想されたロシア連邦の単元を対象に授業実践を行った。

  • 中谷 友樹, 埴淵 知哉
    セッションID: S305
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    本研究では、近隣スケールでの社会経済的な居住地域分化と健康格差の関係を紐解くために、大都市圏内で居住地移動を実施した人に着目し、その移動によって生じた居住する近隣環境の評価がどのように変化し、自覚的健康度ならびに健康行動にどのような変化が関連しているのかを、東京大都市圏で実施した疑似縦断的調査のデータ解析よって検討した。その結果、地理的剥奪水準の高い地区への移動が、自覚的健康度の低下、運動頻度の低下、アルコール摂取頻度の増加、喫煙量の増加(ないし喫煙の開始)と統計学的に有意に関連していた。本分析の結果は、大都市圏内の移動に伴う居住地の社会経済的な地域特性の変化が、健康に関連する行動・自覚的健康度の変化と結びついていることを明らかにした。社会経済的に選択的な居住地移動が、居住者の社会経済的構成の地域差を作り出すのみならず、居住地の環境特性の違いを通しても健康の地理的格差の形成に寄与していることが示唆された。

  • 池田 千恵子
    セッションID: 212
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    本研究では,金沢市におけるホテルの急激な増加の背景ならびにその影響について報告する.金沢市は,2015年3月の北陸新幹線開通後の2016年には,宿泊客数が308万4854人と300万人を突破した.その後も,2018年時点で330万5090人と宿泊客数を伸ばしている.宿泊客数の増加に伴い,宿泊施設の需要が拡大している.金沢市内の宿泊室数は,旅館、ホテル,簡易宿所を合わせ2014年の8,720室から2019年には14,522室に増加した.特にホテルが,7,904室(2014年)から10,974室(2019年)と大幅に室数を伸ばした.

     ホテルの室数が大幅に増加した理由は3点ある.一つめは,金融機関の超低金利に伴う収益の悪化やデジタル化による支店の統廃合や移転により,ホテルに適した用地が市場に放出されたことによる.金沢市の上堤町から南町の金融機関が集積していた百万石通りでは,ホテルの開業が続いている(図1).二つめは,中心市街地の衰退である.片町や竪町は,老朽化したビルやテナントが撤退したビルが増加している.これらがホテルの用地として買収され,ホテルの建設が進んでいる.三つめは,金沢市による誘致である.金沢市は,金沢駅西口の市有地を「インターナショナルブランドホテル事業」としてプロポーザルを行い,アメリカ本社の大手ホテル会社の事業を採択した.

     本研究では,ホテルの急激な増加による金沢市の都市の変容について,ツーリズムジェントリフィケーションの観点で検証した.ツーリズムジェントリフィケーションとは,観光開発によって,不動産投機による不動産価格の高騰や富裕層の来住が生じる現象である.また,多様な建造物や生活様式のあった地区が均質化されていく現象でもある(Gotham 2005). 金沢市では,ホテルの開業が進んでいる地域で,路線価の上昇が確認された.また,宿泊客数の増加を上回る宿泊施設の増加により,弊害が生じている.観光需要の拡大に伴う都市の変容と課題について報告を行う.

  • 長谷川 均, 中井 達郎, 安藤 将吾
    セッションID: 533
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    沖縄本島北東部のサンゴ礁では、ホンダワラ類によって形成される大規模な藻場が、規則性を持たないまま大きな時空間変動を起こしている。本発表では、5から6時期の空中写真、4時期のドローンによるオルソモザイク画像からこの変動の実態を追跡した。変動は、台風時のはぎ取りなど物理的な要因以外の理由で変動していると推測される。

  • 渡辺 和之
    セッションID: 419
    発行日: 2020年
    公開日: 2020/03/30
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    国境を越えてヒマラヤ産の家畜が移動することで、異なる宗教間での交易が生まれる。このような問題意識から現地調査をおこなっている。2018年にはバングラデシュの犠牲祭にインド・ネパール産の家畜がどのように移動するか、国境付近の家畜市で調査した。

    バングラデシュの貿易統計には、毎年隣国から来る家畜の記載がない。牛は人や荷物の通る国境とは別のポートを通って来る。徴税はされているので、違法ではないが、公式の貿易とは区別されているようである。

    統計ではらちが明かないので、国境付近の家畜市を調べてみた。すると、商人たちは、今年はインドから牛が来ていないという。その背景には、①ヒンドゥー至上主義を掲げるモディ首相がインドからの牛の輸出を禁止した、②バングラデシュ政府も国内農民を保護するため、インドからの牛の輸入を禁止したからだとの話を聞いた。国家の事情は詳しく調べる必要がある。ともあれ、2年前までは来ていた家畜が今年は来なくなった。国境のフェンスを越えてやってくる密貿易もおこなわれているようである。この場合、国境警備隊に捕まると、没収されるため、非合法的になる。

    インドから外国産の牛が入ってこなくなることで、牛の値段が上がったという。買い付けに来た商人は落胆し、牛を肥育する農民はよろこんだ。ただ、その割に、牛を満載したトラックがひっきりなしに国境付近からダッカへ向かう。また、犠牲祭後にダッカの家畜市場で聞き取りした所、予想以上に牛が集まった。このため、前半で売り切った商人は儲けた。だが、犠牲祭直前になると値が下がったという。

    農村地域で取引される牛のほとんどは国産のデシである。○○クロスと呼ばれるインドやネパールからの外国産の牛は改良品種であり、町や都市でしか見ない。犠牲祭の期間以外の家畜市でも、これらの家畜は農村地域では買付商人が売る家畜に1-2割程度混じる程度である。ただ、外国産の牛が改良品種で、デシは在来種ではない。デシのなかにも、交配品種が混じる。

    住民の意識という点でも、人気があるのはデシである。デシは味も皮の品質も良い。インドの牛は、肉はまずいし、皮も傷物というのが、都市でも農村でもよく聞く。特に皮革業者の間では、インドの牛はまるで粗悪品の代名詞でもあるかのような扱いになっている。

    ちなみに牛以外の家畜では、水牛、山羊、羊が犠牲祭で供犠の対象となる。ただ、犠牲祭で水牛を供犠する話を聞いたのは、水牛で犂耕している所だけだった。トラクターの普及以前は、もっと見られた風習だったのかもしれない。また、山羊については、インドから輸入することはない。逆にバングラデシュの山羊がヒンドゥー教の秋の大祭であるドゥルガプジャの時にインドへ輸出されているという。

    交易が異なる宗教の人々の間に交易を生むという当初の仮説とは現実は程遠く、ヒマラヤの家畜回廊は、バングラデシュ人の間にデシ・ナショナリズムとでも呼べる国産牛への志向性を作り上げている。近年、国境に壁ができ、もともとセミリーガルで続いていた牛の交易が途絶え、イリーガル化しつつある。また、それでも犠牲祭はできなくはない。実際、これまでも犠牲祭で消費されていた家畜のほとんどが国産のデシであり、バングラデッシュ人もデシびいきからインドの牛は無くてもよいとの声も聞く。

    とはいえ、外国産の牛が途絶えたことで牛の値段が上がる。デシのなかに外国産の牛との混血が混じる。このため、国産牛も外国産牛の影響を受けつつ形成されたと考えるべきだろう。

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