日本地理学会発表要旨集
2009年度日本地理学会春季学術大会
選択された号の論文の258件中101~150を表示しています
  • 植木 岳雪, 近藤 玲介
    セッションID: 610
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
    会議録・要旨集 フリー
     北海道北部沖の利尻島は,約20万年前から数1000年前まで(石塚,1999;石塚・中川,1999)活動した利尻火山からなる火山島である.利尻火山は標高1721 mの成層火山体と側噴火地形から構成される複成火山であり,山麓には火山麓扇状地が発達し,利尻火山の面積の60 %を占めている(松井ほか,1967;守屋,1975).利尻火山は約2.8万年前には現在と同程度の標高であり,当時山頂から山腹への侵食谷中には氷河が存在したと考えられている(三浦・高岡,1993;澤口ほか,1994).近藤(2004),Kondo et al.(2007)は,利尻火山南東麓の標高300 m以上に氷成堆積物を認め,氷成堆積物から2.4~1.5万年前の光ルミネッセンス(OSL)年代を得た.  利尻火山の火山麓扇状地は,段丘化した古期火山麓扇状地と段丘化していない新期火山麓扇状地に大別される(三浦,2003).利尻火山北麓では,古期火山麓扇状地の堆積物は海岸線沿いに新第三系を不整合に覆って露出しており,層厚30 m以上の砂礫層からなる.新期火山麓扇状地堆積物が成層した砂礫層からなるのに対して,古期火山麓扇状地堆積物の下部は不淘汰な厚い礫層からなることから,両者の成因は異なると考えられる.古期火山麓扇状地堆積物は約2.8万年前(三浦・高岡,1993)の野塚溶岩をはさんで堆積していることを考慮すると,その成因として噴火に伴う氷河の融解があげられる. 本研究では,古期火山麓扇状地堆積物の下部に含まれる溶岩礫が高温で定置したことを残留磁化測定によって明らかにする.  利尻富士町の湾内大橋直下の沢の右岸では,古期火山麓扇状地を構成する堆積物が見られる.ここでは,下位から層厚10 m以上の不淘汰な礫層,層厚40 cmのシルト・砂層,層厚約10 mの成層した砂礫層が重なり,層厚約6 mの降下テフラ層に覆われる.下部の不淘汰な礫層はシルト・砂のマトリクス支持で,最大径50 cmの玄武岩溶岩の角礫を含む.上部の成層した砂礫層は最大径80 cmの野塚溶岩の角礫を含み,スコリア質の砂層と互層する.  本研究では,下部の不淘汰な礫層の最上部に含まれる溶岩礫から残留磁化測定に供するコア試料をドリルで採取した.各コア試料は,常温から680 ℃まで段階熱消磁実験に供し,各消磁段階では30分加熱した.残留磁化測定には2G社製パススルー型超伝導磁力計を用いた.  単磁区粒子サイズのマグネタイトが常温で3万年間で獲得した粘性残留磁化は,約170 ℃で30分加熱することにより緩和される(Pullaiah et al. ,1975).したがって,200 ℃以下のみで認められる残留磁化成分は,古期扇状地堆積物に含まれる礫が定置した後に獲得された粘性残留磁化の可能性がある.200 ℃をはさんで認められる残留磁化成分を低温成分,200 ℃以上のみで認められる残留磁化成分を高温成分とすると,低温成分あるいは高温成分のみが認められる試料と.低温成分と高温成分の両方が認められる試料がある.  低温成分は室温~150 ℃のある温度から350~620 ℃のある温度の範囲で認められ,全体に方位はそろっている.10個の低温成分の平均方向は,偏角-34.3 °,伏角62.7 °であった.一方,高温成分は200~560 ℃のある温度から300~680 ℃のある温度の範囲で認められ,全体に方位はばらついている.  粘性残留磁化とは考えられない低温成分の方向がそろった理由として,古期扇状地堆積物に含まれる礫が高温で定置したことがあげられる.すなわち,低温成分は熱残留磁化であり,礫が定置したときの温度は,低温成分の上限温度である350~620 ℃であったと見積もられる.  利尻富士町の湾内大橋直下の古期火山麓扇状地堆積物の下部は,その中の礫が高温で定置したことから,火山活動に関係したものであることが確実である.また,礫層はシルト・砂のマトリクス支持で,不淘汰であり,この周辺の露頭から層厚は20 m以上である.これらは,古期火山麓扇状地堆積物の下部が山体崩壊や断続的な土石流によるものではなく,多量の水を伴うホットラハールであること,その最も適当な成因として,山頂あるいは山腹の氷河底で溶岩が噴出することによる氷河の融解を示唆する.
  • 加藤 弘亮, 恩田 裕一, 田中 幸哉
    セッションID: 611
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    1.はじめに
    モンゴルの国土面積の約75%は寒冷な半乾燥草原であり,一年を通して放牧活動が行われている。モンゴルでは,1990年の市場経済化以降の放牧家畜頭数が急速に増加しており,草原への放牧活動の負荷が高まっている(Chullun and Ojima, 1994)。特にモンゴル北東部のヘルレン川流域の丘陵地草原では,水食にともなう土壌流亡によって土地荒廃が進行していることが指摘されている(Onda et al., 2007)。しかし,モンゴルでは,草原における表面流の発生と土壌侵食の実態が明らかにされていないのが現状である。そこで本研究では,モンゴル半乾燥草原において振動ノズル式降雨実験装置を用いて浸透能・侵食実験を行い,地表の被覆状態の違いが最終浸透能と土砂流出量に及ぼす影響を明らかにした。

    2.研究地域と人工降雨実験の方法
    モンゴル北東部を流れるヘルレン川流域に位置するヘルレンバヤンウラン(KBU)とバガヌール(BGN)では,これまでに対照的な放牧活動が行われてきた地域である。KBUでは,放牧家畜の越冬地として歴史的に過放牧が行われており,一方のBGNでは,1990年の市場経済化以降に放牧家畜頭数が増加している。それぞれの地域における雨季の地表植被率は,KBUが29%でBGNが61%である。放牧圧と地表植生が異なるこの二つの地域を調査地域とした。
    調査地域の植生の状態がほぼ均一な斜面に放牧区と禁牧区(50 m×25 m)を設定し,禁牧区を高さ1.5mのフェンスで囲って放牧家畜の影響を除去した。禁牧開始から4年経過した後に,それぞれの区画において人工降雨と小プロット(1 m×1 m)を用いて浸透能と土砂流出量を測定した。人工降雨の降雨強度は180 mm h-1で,この降雨強度のときの雨滴衝撃力は,調査地域の地表流発生における雨滴衝撃力のいき値(400 J m-2 min-1)よりも大きい。小プロットに人工降雨を30分間与え,表面流出量を1分間ごとに記録し,表面流出水を3分毎に採取した。浸透能は人工降雨の降雨強度と表面流の流出高の差分として算出した。また,表面流出水をろ過し,浮遊土砂量を測定した。さらに,小プロットの上,下端壁に雨滴侵食土砂を捕捉するためのボードを取り付け,30分間の人工降雨によって発生した雨滴侵食土砂量を測定した。

    3.結果
    KBUとBGNにおける禁牧区の植被率は46.7%と91.7%で,放牧区と比べてそれぞれ25 %と45%の増加に転じた。禁牧区で測定された最終浸透能は,KBUとBGNのいずれにおいても80 mm h-1よりも高かったが,放牧区では40 mm h-1よりも低い値を示した。地表流とともに流出した土砂量はKBUの放牧区で最大を示し(253.6 g),BGNの放牧区では108.7 gであった。これに対して,KBUとBGNにおける禁牧区の流出土砂量は少なく,それぞれ55.1 gと14.4 gであった。雨滴侵食量は,放牧区についてKBUとBGNでそれぞれ1.88 g m-1と5.35 g m-1で,禁牧区ではそれぞれ0.56 g m-1と0.18 g m-1であった。

    4.考察
    植被率が高い禁牧区では浸透能が高く,土砂流出量が少なかった。このことは禁牧によって回復した地表植生が裸地土壌表面を雨滴衝撃力から保護することによって浸透能を維持し,地表流の発生を抑制したことが原因であると考えられた。一方,植被率が低い放牧区では浸透能が低く,すなわち地表流が発生しやすく,雨滴侵食量が多かった。このことは,放牧区では雨滴衝撃による土壌剥離と地表流による運搬の相乗効果により土砂流出量が増大したことを示唆している。最終浸透能と雨滴侵食量は総地表被覆率と関係がよく,土砂流出量は植被率と関係が良かった。すなわち,前者は裸地面積と関連が強く,後者は地表流の分布などの水理特性と関連にしていると考えられる。インターリル侵食は雨滴衝撃による剥離,地表流の分布と土壌表面の特性の相互作用によるものである(Parsons et al., 1994)。KBUの放牧区では浸透能が比較的高く,BGNの放牧区よりも雨滴侵食量が少なかったにもかかわらず,土砂流出量は最も多かった。このことから,強い降雨強度を与えた人工降雨条件下では,過放牧が行われているKBUの土壌はBGNと比べて侵食されやすいことが示唆された。

    5.まとめ
    人工降雨実験の結果,研究地域では放牧活動によって浸透能が低下し,土壌侵食量が増加していることが示された。しかしながら,比較的短期間の禁牧によって植被率が回復し,土壌侵食量が減少することが分かった。このことは,研究地域の草原が放牧による土地荒廃プロセスから回復しうることを示していると考えられる。
  • 奈良間 千之
    セッションID: 612
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    1 はじめに
    中央アジアの天山山脈とパミールには多くの氷河が存在し,氷河の融氷水は大小さまざまな河川によって下流域へ運ばれていく.乾燥・半乾燥地域である中央アジアにおいて,オアシスの町や灌漑農地が広がる平野部は非常に乾燥しているため,人々が利用する水は山岳部より供給される.その主要な供給源の一部である氷河は,夏の乾季や干ばつ年においても安定した水量を下流域に供給している中央アジアの重要な水資源である.ところが,近年の気候変化の影響により中央アジアの山岳氷河の縮小が報告されはじめた.IPCC の気温上昇をもとに推定された2100年頃のヒマラヤ~パミールの氷河面積は43~81%まで減少するという報告もあり,今後予想される温暖化は山岳氷河の減少を導き,水不足などの問題を招きかねない.本発表では,中央アジア山岳地域の天山山脈に焦点をあて,最近の気候変化に対する氷河の現状について報告する.

    2 方法
    3つの衛星データ(衛星写真・画像)のCorona,Landsat 7 ETM+,ALOS (PRISM,AVNIR)を用いて,天山山脈の広域をまたがる5つの山域を対象に氷河の面積変化を計測した.3つの衛星データを利用することで,1970年頃,2000年頃,2007年頃の氷河の面積変化を広域で比較できる.すべての画像は地形図(1/50,000)をもとにオルソ補正をおこない,ArcGIS 9.2を用いて氷河のポリゴンを作成した.すべての画像は8月~9月に撮影されたものだが,その中には新雪により氷河のアウトラインを判断できない場所もある.そこで,複数の画像を用いてクロスチェックをおこなった.また,現地の気象データ(気温と降水量)をもとに最近の氷河変動の違いについての考察をおこなった.

    3 結果
    同時期に撮影されたCorona(1968~1971年),Landsat(1999~2002年),ALOS(2006~2008年)を用いることで天山山脈の5つの山岳地域の氷河の面積変化を比較することができる.最近の氷河の面積変化は各山域で大きな違いがあり,天山山脈外縁部(西天山,北天山)に位置する山域の氷河縮小は非常に大きい.一方,内陸部の内陸天山の氷河縮小は比較的小さく,特に降水量の少ない山域では大きな縮小はみられない. 1970年頃~2000年頃と2000年~2007年頃では,すべての山域でほぼ同じ変動傾向を示した.

    4 考察
    年降水量の多い山脈外縁部の氷河では,年間の涵養量と消耗量が大きいため,流動も早く,年間交換量の大きさから氷河縮小の地域的な違いが生じていると考えられる.また,小規模な氷河は気候変化に対し氷河末端への応答が速いため,1 km2未満の小規模な氷河が多くを占める山域で氷河縮小は大きい.最近の気温と降水量の変動をみると,降水量の変動に大きな変化はないが,夏の気温(6~8月)が上昇傾向にあり,夏の気温の上昇が最近の氷河縮小を招いていると考えられる.中国の東天山の報告も合わせると,天山山脈の山岳氷河は地域によって違いがあるものの全体的に縮小傾向にある.天山山脈外縁部には人口の集中する大都市やその周辺には農地が広がっており,氷河縮小による将来的な水不足が懸念される.
  • 澤田 結基
    セッションID: 613
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    1. はじめに
    北海道中央部~東部の山地斜面には,越年地下氷を含む局地的な永久凍土が分布する.最近の研究では,岩塊斜面や岩屑斜面では外気の移流が生じるために,現在の気候環境下でも局地的な永久凍土が存在可能であることが示されている.しかし,この結果は,必ずしも越年地下氷の形成期が最近であることを意味しない.局地的永久凍土の形成期を明らかにするためには,堆積物や越年地下氷をサンプリングし,年代測定を行う必要がある.そこで本研究では,ボーリングによって越年地下氷を含む長さ約3mのコア試料を採取し,そのなかに含まれる有機物の年代測定を行った.本発表では,この年代測定結果を用いて推定された,岩塊斜面の不安定期と,越年地下氷の形成年代について報告する.

    2. 調査方法
    掘削は,西ヌプカウシヌプリ(標高1251m)の山頂付近に分布する岩塊斜面の末端部で行った.この掘削地点は,澤田・石川(2002)が地下氷の季節変化を観測した場所と同一地点である.掘削は2005年7月に行った.氷には凍土用のタングステンビット,安山岩塊にはダイヤモンドビットを使用し,最終的に地表面から約3.9mまでの試料を,凍結状態のまま採取した.試料の記載は,-20℃の低温実験室で行った.試料に含まれる有機物のAMS14C年代測定は,地球科学(株)およびパレオラボ(株)に依頼した.

    3. コア試料の構造
    採取したコア試料は,上から間隙氷を含む岩塊層(地表面からの深さ:121-254cm),間隙氷を含まない岩塊層(254-322cm),礫混じり砂層(322-340cm),礫混じりシルト層(340-391cm)の4層に区分された.掘削地点で行っている地下氷の成長・融解量観測の結果より,間隙氷を含む岩塊層の最上部(深さ121-150cm)にある氷は,2005年の融雪期に形成された季節氷であると判断される.その下の越年氷は岩塊片と混在し,明瞭な層構造を持つ.氷にはエゾナキウサギの糞や植物の葉片,枝が数多く混入する.枝には,斜めに切断された痕跡が残るものが含まれており,エゾナキウサギが茎をかじるときに付着する食痕の形態と一致する.したがって,氷に含まれる植物片の多くは,エゾナキウサギの著食行動によって空隙に持ち込まれたものであると推測される.

    4. 岩塊斜面の形成プロセスと形成期
    コア試料の記載結果より,岩塊斜面末端部では,厚さ約3mの粗大な岩塊層が堆積しており,その下位に砂層とシルト層が続いていることが明らかになった.砂層には,森林火災起源と考えられる炭化木片が斑状に混入する. 低密度の炭化木片が,相対的に高密度な砂に混入することは,両者が何かのプロセスによって撹拌されたことを示す.また、炭化木片のAMS14C年代は8331-8390 Cal BPであった.この年代値は,完新世初頭まで堆積物の変形が続いていた可能性を示唆する.また、炭化木片の混入が生じたことは、当時この深さまで凍結融解が及んでいたことは確実である.この凍結融解に伴って砂層とシルト層が変形を生じていたとすれば,その変形に乗って岩塊層も流動していた可能性があると考えられる.ただし、このプロセスで岩塊斜面全体が流動していたか判断することはできない。

    5. 越年地下氷の形成年代
    間隙氷に含まれる有機物の年代は,地表面に近い試料で新しく,深いほど古くなる傾向を示した.最も古い試料は,地表面からの深さ2.5mに,ナキウサギの糞とともに混入していた葉片の年代値(3842-3962 Cal BP)であった.薄い葉片が腐敗せずに保存されるには,外気から遮断された氷内部に保存される必要がある.したがって,葉片が示す年代は,葉片が地下氷に取り込まれた年代と大きく変わらないと考えられる.越年地下氷は,少なくとも約3900 Cal BP以降現在まで蓄積が続いていると考えられる.現在の岩塊斜面に分布する越年地下氷は,過去の寒冷期とは直接関係なく,完新世の温暖な気候環境のなかで形成されたものであると考えられる.岩塊層直上の泥炭やミズゴケのリター、火山灰の堆積によって最大融解深(活動層)が浅くなり、syngeneticな地下氷の形成が進行したと考えられる。

    引用文献
    澤田結基・石川 守2002. 北海道中央部,西ヌプカウシヌプリにおける岩塊斜面の永久凍土環境. 地学雑誌 111(4): 555-563.
  • 池田 敦, 松岡 憲知
    セッションID: 614
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    赤石山脈間ノ岳(標高3189 m)の西肩に位置する三峰岳の北側斜面にある小規模な崖錐型岩石氷河下端は、谷頭侵食によって開析されている。その露頭の基盤岩直上の砂質土壌を14C年代試料として採取した。加速器質量分析法によって得られた年代値を、暦年に換算した値(95%信頼区間)は17.6~18.1 ka cal. BPであった。その結果に、周辺の岩石氷河における風化皮膜の発達程度および地表面温度を併せて、赤石山脈北部の最終氷期の古環境について検討した。現段階の限られたデータから予察的に導かれる結論は、同地域では飛騨山脈と異なり、すでに最終氷期最寒冷期に、氷食谷を形成した氷河はほとんど衰退しており、山頂付近まで永久凍土が卓越する(おそらくかなり乾燥した)環境であったということになる。
  • 青山 雅史, 小山 拓志, 増沢 武弘
    セッションID: 615
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    1.はじめに
    南アルプス南部荒川前岳南東圏谷内において,永久凍土の指標地形である岩石氷河の形成期,および本圏谷内における氷河・周氷河環境の変遷を明らかにすることを目的として,岩石氷河およびモレーン構成礫のシュミットハンマー反発値(R値)の測定をおこなった.
    2.調査地域および方法
    調査地である荒川岳は赤石山脈の南部に位置し,悪沢岳(3,141 m),中岳(3,083 m),前岳(3,068 m)などの3,000 m以上の山頂高度を持つ三つのピークからなっている.荒川岳周辺には圏谷や堆石堤などの氷河地形が多数分布しており,その保存状態は良好で明瞭な形態を保っている.調査対象地域である荒川前岳南東圏谷も急峻な圏谷壁となだらかな圏谷底をもつ典型的な圏谷の形態をなしており,圏谷内には堆石堤,岩石氷河や周氷河性平滑斜面などの氷河・周氷河地形が存在する.この山域には砂岩・頁岩などの四万十帯赤石層群の堆積岩類が広く分布しており,前岳南東圏谷内には砂岩礫が多く見られる.
    R値の測定は,前岳南東圏谷内の9地点でおこなった.測定は赤石層群の砂岩礫のみとし,安定した状態で堆積している礫径の大きい礫を対象としておこなった.各測定地点において25個の礫について測定した.一つの礫の地表面側5地点で測定し,その平均値をその礫のR値とした.
    3.結果および考察
    R値の測定結果を図1に示す.この測定結果と地形的特徴に基づいて,前岳南東圏谷内の岩塊堆積地形は,M1堆石,M2堆石および岩石氷河に区分できる(図2).M1堆石は比高1~3 mと小規模な堤防状の地形群である.そのすぐ下流側に接するように比高3~7 mのM2堆石が存在する.M1堆石ではモレーン構成層直上の腐植質土壌の中に鬼界アカホヤ火山灰が挟在することが確認されていることに加え,地形的位置や開析の程度から,M1堆石とM2堆石の形成期はそれぞれ晩氷期と最終氷期極相期に対比されている(佐々木ほか,2007; 長谷川ほか2007).M1堆石におけるR値の平均値は46.3,48.0であり,M2堆石では40.0,40.1,41.1,42.2であった.岩石氷河におけるR値の平均値は,末端部で43.2,中央部付近で44.1,44.4であった.このように,岩石氷河におけるR値はM1堆石における値よりも低く,M2堆石における値よりも高いことが示された.このことから,本圏谷内の岩石氷河の形成期は,M1堆石よりも古く,M2堆石よりも新しいことが示唆され,最終氷期極相期から晩氷期にかけて形成されたと考えられる.また,本圏谷内では,最終氷期極相期以降晩氷期にかけて,氷河は南北方向に延びる主稜線の風背側となる圏谷内西側(南東向き斜面)に存在し,風衝側となる圏谷内東側(南~南西向き斜面)には岩石氷河や周氷河性平滑斜面が形成され,同時期にそれらの地形が圏谷内に併存していたことが示唆された.
  • 苅谷 愛彦, 富田 国良, 佐藤 剛
    セッションID: 616
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    <はじめに>飛騨山脈蝶が岳の東面には北-北東へ開いた急斜面があり,その下方に平坦地が存在する.平坦地の縁には低丘(通称マメウチ平)もある.これらの地形セットをMIS5-6の圏谷壁,圏谷底及び堆石堤とする解釈がある一方,地すべり滑落崖と移動土塊とする意見もあり一致をみないが,両研究とも平坦地付近の地形・地質の記載が不十分なために主張の妥当性を判断することは難しい.蝶ヶ岳東面における地形形成の本質の解明は山地の地形発達論や古環境論にとって重要である.本研究では野外調査を基礎として,これらの地形の分布と成因を明らかにした. <地域・方法>蝶ヶ岳東面を流域とする本沢,蝶沢及び常念沢一帯で踏査を行い,空中写真やDEM陰影図に基づく地形解析も実施した.一帯は美濃帯砂岩泥岩互層からなる(一般走向・傾斜:NE-SW及びNW).常念沢流域には古第三紀黒雲母花崗岩も露出する. <結果>本沢と常念沢沿いの露頭の大半で節理が発達した未変形かつ堅固な砂岩泥岩互層が見られた.一方,蝶沢沿いでは極しく破砕・変形した砂岩泥岩互層が確認された.以下,主要な露頭を記載する.[地点6]本沢の現河床高度1567m付近の右岸.露頭付近に堆石堤状の地形が存在する.現河床の約9 m上まで未破砕の基盤岩が露出し,これを厚さ4 mの河成礫層が覆う.また,砂岩泥岩の角礫(一部がジグゾーパズル状に破砕)とそれを支持する青灰色粘土だけで成る崩壊堆積物が河成礫層を覆う.河成礫層には崩壊堆積物の角礫が,崩壊堆積物には河成礫層の花崗岩礫が含まれる.これは崩壊堆積物が河成礫層に載る際に礫を巻き込んだためと解釈される.[地点25]この付近の平坦面を開析するガリーの谷壁にあたる.蝶沢本流河床から約120 m上にある.露頭全体に破砕・変形した砂岩泥岩互層が露出し,層理面や節理面がW字状に座屈した部分も認められる.また砂岩泥岩が水平に延展されて粘土化し,それらが層理面や節理面を切るように見える部分もある.[地点26]地点25と別のガリーの谷壁にあたる.蝶沢本流河床から約40 m上にある.ジグゾーパズル状に破砕した砂岩泥岩互層と,層理面と平行に挟まれた幅数10cmの粘土卓越部を認める.粘土卓越部の一部は北西へ傾きつつ逆S 字状に褶曲する.またジグゾーパズル状の破砕礫を切って粘土層が介在する部分もある.なお,地点25・26周辺ではガリー沿いに露頭が連続し,垂直方向に100 m以上もジグゾーパズル状の破砕構造が観察できる.[地点27]蝶沢支沢の現河床高度1858 m付近の右岸.ジグゾーパズル状に破砕した砂岩泥岩と,それを貫く幅10-20 cmの垂直の粘土層を認める.露頭端には,ほぼ垂直で幅約10 cmの別の粘土層が存在し,粘土層と接する砂岩泥岩には上下方向への引きずり変形が認められる.同様の層相を持つ破砕基盤岩は地点28でも観察される.なお地点25-28付近では,未変形の基盤岩は蝶沢の現河床下にあると考えられる. <考察> 地点25-28で観察された地形構成層の地質的特徴は,・本来の構造をほぼ完全,または一部残した基盤岩を主とすること,・ただし破砕・変形が著しいこと,・河成層・氷成層起源を示唆する亜円-亜角礫を含まないこと,・破砕・変形構造は垂直方向に100 m以上に及ぶことである.これら全てを基盤岩の氷河底変形や,氷河堆積物として説明することは困難であろう.一方,こうした特徴は崩壊堆積物としての薮沢礫層をはじめ,白馬岳やカラコラムの大規模崩壊堆積物でも指摘されている.また非氷食山地でも岩盤クリープによって基盤岩の破砕・変形が生じることが知られている.さらに,蝶ヶ岳南東の稜線付近に線状凹地が発達することも考慮すれば,マメウチ平付近で観察された基盤岩の破砕・変形構造は岩盤クリープや崩壊による疑いが強い.崩壊発生域の一候補としてマメウチ平南方斜面の標高2200 m付近が挙げられる.崩壊の機構や発生時期の詳解は今後の課題であるが,流れ山や巨礫塊を伴わないことから高速の物質移動があった可能性は低いと見られる.平坦面と下流の河成面との対比が正しい場合,発生時期は立山D(99 ka)以前かMIS5d-4となるが,藪沢では崩壊発生後約1万年間で60 m程度の下刻が起きている.
  • 山縣 耕太郎
    セッションID: 617
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    アムール川は,全長4350km,2,051,500km2の広大な流域を持つ世界有数の大河川である.また,源流はモンゴルに発し,中国,ロシアからの支流を集め,オホーツク海に流れ出す国際河川でもある.近年,このアムール川流域では,土地被覆の変化が顕著に生じている.中国では,政府による政策によって,最近20年間で急速に農地が拡大された.一方ロシアでは,顕著な農地の拡大は認められていないが,森林の伐採がすすんでいるとともに森林火災が多発している.このような流域の土地被覆変化は,アムール川の水文環境に影響を与え,さらには,河川を介した物質の移動,流出にも影響を与えている可能性がある. 河川による侵食,運搬,堆積過程を通じて形成される河川堆積物は,河川水文環境の変化を記録する媒体として捉えることができる.本研究では,アムール川流域の土地被覆変化に伴う水文環境の変化を,氾濫原堆積物を用いて復元することを試みる. 広大なアムール川流域の全域で堆積物の調査を行うのは困難である.そこで,中流域に位置する三江平原を中心に調査を行った.三江平原は,ロシア,中国国境に位置する盆地であり,黒竜江(アムール川)本流と,主要な支川である松花江,ウスリー川が合流する場所にある.また,三江平原は,近年の土地利用変化が最も顕著に行われた地域で,かつては湿原に覆われていた盆地内の大部分が農地に転換された. リモートセンシングおよびDEMデータの分析に基づき,三江平原の予察的な地形分類図を作成したところ,三江平原の地形は,現河床および氾濫原,自然堤防,段丘開析谷,低位段丘面,中位段丘面,高位段丘面,沼沢地,丘陵に分類された.主要河川沿いには低位段丘が発達し,現在の河川は,この面を僅かに開析して氾濫原を形成し,その中を蛇行しながら流れている. 三江平原を中心として,中国およびロシア国内においてアムール川本流,松花江,ウスリー川およびそれらの支流で氾濫原堆積物の調査を行った.毎年高水時には浸水していると思われる部分の平坦な場所を選定し,露頭やピットの作成,ジオスライサーによる地層抜き取りによって堆積物を観察した. 河道勾配の緩やかなアムール川中流域の本流および主要な支流の氾濫原堆積物は,粘土から砂サイズの物質で構成されている.段丘上の湿地には,泥炭の分布が広く確認されるが,現成の氾濫原では,厚い泥炭は確認されない.これは,堆積傾向が継続していることを示す. 調査した地点のうち,中国国内の地点では,ほぼ全ての観察地点において,氾濫原堆積物の最上部において,下位の堆積物より粒度が増大している傾向が認められた.粗粒化している部分の厚さは場所によって変化するが30~70cm程度である.全体に成層構造が発達するが,特に砂質の部分で成層構造が明瞭で,シルトから粗砂サイズの堆積物が互層していて,多数の洪水によって形成されたことを示す. 中国では,三江平原周辺や,その上流に位置する丘陵の斜面にも農耕地が広がっている.こうした丘陵斜面ではガリーが発達するなど,浸食が進んでいることが推測される.氾濫原堆積物に見られる粗粒化は,こうした丘陵斜面の浸食による粗粒物質供給の増大と,農耕地拡大による森林の縮小によってピーク流量が増大したことによって生じたものであろう. 一方,ハバロフスクより下流のロシア国内では,このような氾濫原堆積物の系統的な粗粒化は,認められなかった.その理由としては,中国に比べロシアでは農地拡大が進行していないこと,三江平原という大きな堆積場の下流に位置することなどが考えられる. アムール川中流域の氾濫原には,現在も湿原が広く存在する.氾濫原堆積物の粗粒化によって,これらの湿原の環境が変化していく可能性がある.氾濫原湿地は河川への溶存物質の供給にも重要な役割をはたしていることから,河川への物質供給にも影響が現れる可能性がある.また,堆積物の粗粒化は,洪水時のピーク流量の増大を示しているものと考えられ,過去に比べて,洪水の危険性が増大していることを示しているものと考えられる.
  • 海津 正倫, ジャンジラウッティクン ナルカモン, タナヴッド チャルチャイ, 川瀬 久美子
    セッションID: 618
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    はじめに  熱帯・亜熱帯地域の海岸平野には酸性硫酸塩土壌とよばれる酸性度の極めて高い土壌が広く分布することが知られており,農業生産において大きな問題となっている.これらの土壌の形成に関しては,その分布や土壌学的特性について数多く報告されているが,その形成環境に関する検討は十分にはおこなわれていない.  本研究では,タイ国ナコンシタマラート付近における酸性硫酸塩土壌について,その形成環境を完新世における地形変化および古地理との関係のもとに検討した. 研究方法  約50地点におけるハンドボーリング結果にもとづいて表層地質を検討すると共に,うち数地点について堆積物の深度別酸性度を測定した.また,これらの結果と平野の表層資質の特質および14C年代測定結果に基づいて完新世後期における地形変化を明らかし,酸性硫酸塩土壌の分布との関係を検討した. 調査地域  研究対象地域は、タイ国半島部のタイランド湾に面したナコンシタマラート付近の海岸平野である。本地域はタイ国最大の湖であるソンクラー湖の北側に広がる東西最大約  40 km,南北約100 kmの広がりを持つ海岸平野である.低地の地形は大部分が浅海底の離水した海岸平野で,数列の砂堤列が発達している.砂堤列はナコンシタマラート市街地をのせる顕著な弧状の平面形をなすものとナコンシタマラート市街地の東側に発達する小規模な数列の砂堤列のほか,低地の西側に大規模に枝分かれしたものが認められる.このうち,低地の西側のものは台地あるいは更新統の上に形成されており,より古い時代に形成されたものと考えられる.沖積低地の標高は大部分が海抜3m以下であり,低地の北東部にはマングローブ林の分布する潮汐平野も認められる.  本地域を構成する沖積層は軟弱な泥質堆積物および泥炭などからなり,ナコンシタマラート市街地をのせる砂堤列の東側では軟弱な海成粘土層が厚く堆積しており,完新世 の海面高頂期にはほぼ全域がタイランド湾の一部になっていたと考えられる.  一方,ナコンシタマラートの市街地をのせる弧状の砂堤列と西側の古い砂堤列の間には,顕著な広大な湿地が発達していて,淡水湿地林が広く分布している.この部分では沖積層の厚さは数メートル程度と浅く,その中央部から何部にかけての地域では沖積層中に顕著な泥炭層が発達している.泥炭層には木片が多く含まれ,その下部は6,000-7,000 Cal BPの14C年代値を示す.  本地域における酸性硫酸塩土壌は市街地をのせる砂堤背後の低湿な地域に広く分布しており,砂堤の東側には認められない.また,土壌断面におけるPH4以下の酸性度の高い部分は,木片を含む泥炭層の部分および,その上の黄斑・赤褐色斑紋や植物片が点在する灰色シルト質粘土の部分にあたり,軟弱な海成粘土層の部分ではPH7あるいは8であることが示された. 考察および結果 酸性硫酸塩土壌が顕著に発達する地域はナコンシタマラート市街地をのせる砂州背後の部分にあたり,堆積物の年代から完新世中期の後氷期海進によって拡大した古タイランド湾の海岸線に沿って形成された砂州背後のきわめて浅い潟湖あるいは潮汐平野の分布域に相当すると考えられる.また,泥炭中に木片が多量に含まれることから,当時のこの地域にはマングローブ林が顕著に分布していたと推定され,堆積物中の酸性度の高い層準はこのマングローブ泥炭層あるいはそれを覆う堆積物の部分にあたっている.また,酸性硫酸塩土壌の分布域は,表層近くまで海成層あるいは潮間帯堆積物が堆積しているナコンシタマラート市街地をのせる砂州の東側の地域には存在せず,硫酸塩の起源となるイオウを多く含む海成層あるいは潮間帯堆積物の存在が直接的に酸性硫酸塩土壌の分布と対応するのではないことが明らかになった.
  • 藤本 潔
    セッションID: 619
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    はじめに  海水準変動は海岸地域の地形形成や環境変化に多大な影響を及ぼす重要な因子のひとつである.1970年代以降、テクトニックには安定地域と考えられる地域間での最高海水準の時期や高度の相違は,アイソスタシー理論である程度説明できることが明らかになる。しかし,微変動に関しては,アイソスタシーによる沈降域では顕著な現象として見出されていないことから,未だに統一された見解が得られていないのが現状である.本発表では,氷河性アイソスタシーの影響で沈降傾向にあり,現在を最高海水準とする平滑曲線が描かれてきた典型地域のひとつとして知られる北海南部大陸沿岸域において, 14C年代測定法導入以降の完新世海水準変動研究史,および海面変化に関わる沿岸低地の地形地質を紹介すると共に,それらデータの信頼性を評価することで,特に完新世中期以降の海水準微変動について考察することを目的とする.
    微変動の可能性  本地域で海水準微変動の検出を目的とした研究は,オランダ西部のVan de Plassche(1982),北西ドイツのBehre(2003)のみである.Van de Plassche(1982)は,基底泥炭基部から得られたデータから7000~2800 cal BPの間に数回の地下水位上昇速度の変化を見出し,海水準変動との関係について考察した.Behre(2003)は数回の海面低下を伴う9700 cal BP以降の海水準変動曲線を描いた.しかし,使用されたデータには圧密の影響を伴うもの、泥炭層や文化層形成期から間接的に推定されたものを含むため,変動のタイミングは議論し得るものの,振幅や高度の信頼性は必ずしも高くない.両者を比較すると,5200~4500 cal BPに海面上昇の停滞もしくは海面低下が起こった可能性が高い.4500~4100 cal BPの上昇速度の加速にも同時性が認められる.3900~3400 cal BPの間には北西ドイツでややタイミングが遅れるものの,両地域で上昇速度の加速が見られる.一方、3300~2900 cal BPの間に北西ドイツでは急激な海面低下が推定されているのに対し,オランダ西部ではほぼ停滞している.この間オランダでは塩性湿地の淡水化や泥炭地の海側への拡大は見られないことから,急激な海面低下は圧密に伴う見かけの現象である可能性が高い.2350~1900 cal BPの間にはオランダ全域の塩生湿地で一時的な離水現象が起こったことから,この間の海面低下とその後の再上昇の可能性が指摘される.これらの変動傾向は,5200 cal BPの上昇速度の減速に先立つ相対的な急上昇を除き,アジア・太平洋地域の変動とタイミングがほぼ一致する.
    手法的問題と今後の課題  オランダで復元された海水準変動曲線のほとんどは,泥炭層や粘土層の圧密沈下の影響を排除するため更新世堆積物や砂丘堆積物を覆う基底泥炭基部から得られた14C年代値に基づく地下水位変動曲線から間接的に推定されたものである.この手法で海水準微変動を検出するためには,河川勾配効果,氾濫原効果,海岸砂丘による開閉の影響,基盤斜面の微地形の影響を考慮しつつ,地下水位との関係が明確な泥炭試料を一連の斜面上から高密度に採取することが求められる.しかし,たとえこれらの条件が克服できたとしても,一時的な海面低下の証拠を見出すことは難しい.なぜなら,海面低下は表層泥炭の分解を引き起こし,その後の海面上昇に伴いその上に新たな泥炭層が重なって形成される.その結果,見かけ上,海面上昇速度の低下もしくは停滞現象として見出される.  オランダではこれまで一方的な海面上昇を示す平滑曲線が受け入れられてきた.その主要な根拠は“カレー・ダンケルク堆積物”と呼ばれてきた海進堆積物には広域的同時性が認められないという認識にある.しかし,オランダ西部と北部ではかなりの部分で同時性が認められる上,北西ドイツにおける海面変化傾向はオランダ北部の海進海退時期とタイミングがよく一致する.これまで一般に受け入れられてきた平滑曲線は,上記の手法的問題を含む概略的な傾向曲線に過ぎない.今後は海岸砂丘による開閉の影響を受けていないオランダ北部地域で,圧密沈下の影響を評価した上で,海進海退堆積物の形成時期と高度を示すより精度の高いデータの蓄積が求められる.
  • 丹羽 雄一, 須貝 俊彦, 大上 隆史
    セッションID: 620
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    1. はじめに
     濃尾平野の複数地点における完新世の相対的海面変化を独立に復元することを試みたNiwa et al. (submitted)は,濃尾平野西部では海面が常に上昇傾向にあり,その理由として養老断層系の活動による沈降を指摘した.本発表では,断層からの距離の異なる9本のボーリングコアを解析して,コア掘削地点ごとに相対的海面変化曲線を復元し,それらを比較した.掘削地点間で,相対的海面変化曲線が系統的に食い違っており,完新世における濃尾平野の傾動運動を反映していることが明らかとなった.
    2. 対象地域と調査手法
     濃尾平野は西縁を養老断層系に画され,過去90万年間の傾動速度は約0.86×10-4/kyr,沈降速度は約1m/kyrである(須貝・杉山,1999).
     各コアに対し,岩相記載,粒度分析,EC測定,14C年代測定を行った.岩相記載は5分の1スケールで行い,柱状図を作成した.粒度分析はコア深度5~20cm間隔でレーザー回折式粒度分析装置(SALD-3000S;SHIMADZU)を用いた.EC測定は,コア深度方向5~200cm間隔で,横山・佐藤(1987)を参考に混濁水を作成し,ECメータ(ES-51;HORIBA)を用いた.14C年代測定は加速器質量分析(AMS)法を用いて日本原子力研究開発機構で行った.
    3. 結果
     それぞれのコアは,完新世の海水準変動に対応したデルタのシーケンス(例えば山口ほか,2003など)からなり,下位から網状河川堆積物であるBG,蛇行河川~潮間帯堆積物であるLSM,プロデルタ堆積物であるMM,デルタフロント堆積物であるUS,氾濫原堆積物であるTSMにユニット区分される.EC値はLSMで低く,MMで高く,USでは上位ほど低く,TSMでは低い傾向を示す.MM最上部のEC値とUSの層厚には直線的な関係が認められる.
    4. 考察
     USは,デルタフロントを構成する堆積物であり,USの頂面高度は現海面高度を,USの層厚はデルタフロントにおける現在の水深をそれぞれ近似している.従って,各コアのUSの層厚は,各コア掘削地点にデルタフロントが到達した当時の水深を近似する.このことは,MM最上部のEC値とデルタフロント到達時の水深に対応関係があることを示す.従って,MMに限定すればECが古水深の指標になりうる[y=5.7x (x:古水深(m),y:EC(mS/cm)].ECを指標として推定した古水深と堆積曲線によって海底面の標高の和から古海面の高さがそれぞれの地点で与えられる.KNGコアを除く9本のコアで完新世を通じた海面の高さは常に上昇傾向である(Fig. 2).このことは沈降域特有の現象であり,濃尾平野中部から西部が常に沈降し続けてきたことを示す.Nakada et al.(1991)によると,日本近辺では,約6000年前の海面高度は現在よりも若干高い.7000年前の海面高度が現在より2mほど高いKNGコア掘削地点は,養老断層系の活動に対してはほぼ安定地域であると考えられる.また,同じ年代で比較すると養老断層から近い地点ほど相対的海面変化曲線が低い位置に描かれる.この理由として,調査地域が養老断層系の活動によって傾動していることが考えられる.これらの傾向は,KNGコア掘削地点では埋没していた鳥居末段丘がやや東側の地点で地表に現れることや,濃尾平野が養老断層系の活動により西へ傾きつつ沈降している,という従来の知見(桑原,1968;須貝・杉山,1999)と整合的である.
    謝辞:田力正好博士,安江健一博士をはじめとする日本原子力研究開発機構の方々には14C年代測定にあたり大変お世話になった.
    文献:桑原(1986) 第四紀研究,7,235-247.Nakada et al. (1991) Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology, 85, 107-122. Niwa et al. (submitted) Quaternary International. 須貝・杉山(1999) 地質調査所速報,EQ/99/3,69-76. 山口ほか(2003) 第四紀研究,42,335-346.横山・佐藤(1987) 地質学雑誌,93,667-679.
  • 大上 隆史, 須貝 俊彦
    セッションID: 621
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    研究背景・目的
    シーケンス層序学では河川から供給される土砂の量が一定のとき,相対的海水準変化に伴って海進-海退がおこると解説される.海進-海退に伴って層厚(堆積速度)が最大になる地点である堆積心(depocenter)が現在の海域から沖積低地の間を移動する. 堆積心の形成と移動の具体的な検討は相対的海水準変動に伴う低地-沿岸域の堆積プロセスを明らかにする上で重要である.本発表では,典型的な河川卓越型の沖積低地が発達する濃尾平野を対象として過去10,000年間における堆積速度の時空間分布を復元し,堆積心の移動と堆積体の発達プロセスを検討する.
    濃尾平野における堆積速度の時空間分布の復元手法
    濃尾平野には閉塞性高い内湾に木曽川などの諸河川が流入ことで形成された河川卓越型の沖積低地が発達している.近年では陸域(山口ほか,2003;大上ほか,投稿中)および海域(Masuda and Iwabuchi,2003)において掘削されたボーリングコアに多数の年代値を入れた研究が行われてきた.これらの研究で報告された放射性炭素年代値にもとづいて,以下の方法によって濃尾平野における過去10,000年間の堆積速度の時空間分布を復元した. 上記の研究によって詳細な堆積曲線が得られている6地点(陸域5,海域1)を対象とした.木曽川デルタの主軸にそった測線にこれらの地点を投影した(図1).測線の総延長は39 kmである.放射性炭素年代値を線分でつないで描いた堆積曲線を200年毎に区切り,各区間の平均堆積速度を求めた.堆積速度を求めるにあたり,圧密の効果は山口ほか(2003)などと同様に影響が小さいと判断して無視した. これを用いて,1 km×200 yrの時空間メッシュに補間処理によって堆積速度の時空間分布を求め,横軸に測線上の距離,縦軸に暦年を取って時空間ダイアグラムを作成した(図2).補間処理には最小曲率法を用いた.堆積相境界(大上ほか,投稿中,の定義に従う)の年代を堆積曲線から内挿して求め,図2に加筆した.堆積相(B~E)は概ね沖積層の従来の岩相区分と対応する(B:下部砂泥層,C:中部泥層,D:上部砂層,E:最上部層).
    過去10,000年間における堆積速度の時空間分布
    堆積速度が5 mm/yr以上になるのは,堆積相Dおよび堆積相Bの上部の分布域がほとんどである.堆積速度が2 mm/yr未満になるのは堆積相CおよびEである.堆積速度の分布をみると,海陸の境界近くで堆積速度が大きい堆積心が形成され,これは堆積相B/CまたはC/D境界の移動に伴って移動している. 時間に伴う堆積相B/C境界の陸側への移動は海進を,堆積相C/D境界の海側への移動は海退を表す.6.5 ka以降(海退期)をみると,堆積速度が小さい堆積相C,堆積速度が大きい堆積相D,堆積速度が小さい堆積相Eの組み合わせが保たれたまま,時間とともに海側に移動する様子を読み取ることができる.また,堆積相C2分布域の堆積速度にはばらつきがみられる.速度が小さい領域に着目すると,7.8~7.3 kaの期間において全域で堆積速度が低下している.
    海進-海退と堆積心の移動
    高い分解能で復元された堆積速度の時空間分布にもとづき,堆積心が陸海境界近くに形成され海進-海退に伴って移動してきたことを実証的に示すことができた.特に海退期については堆積相と堆積速度の配置が保たれたまま海岸線の移動とともに堆積心が移動している.また,内湾域において7.8~7.3 kaの期間において堆積速度の低下がみられた.この時期は海進から海退に転じた時期(最大海氾濫面:MFS)と重なっている.発表では粒度の時空間分布と堆積体の発達プロセスについて議論する.
    引用文献:山口ほか(2003)第四紀研究,42,335-346,Masuda and Iwabuchi(2003)Marine Geology, 199, 7-12,大上ほか(投稿中)地学雑誌.
  • 鈴木 毅彦, 植木 岳雪, 青木 秀則, 青野 道夫, 水戸一高2007年 SPP受講生
    セッションID: 622
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    はじめに  関東平野北東部には海洋酸素同位体ステージ5.5(MIS 5.5)頃に形成された海成段丘(東茨城台地)や,MIS5.1の河成段丘(上市段丘)が発達し,その下にはMIS5.5以前の低海面期に形成された埋没谷が存在する(坂本,1972).それら埋没谷を充填する堆積物中には,複数のテフラが検出されており,埋没谷の形成年代が考察されてきた(鈴木,1989;横山ほか,2004;中里ほか,2005など).その結果,坂本(1972)により見和層下部層・同中部層と区分された東茨城台地各地の埋没谷を充填する堆積物は,様々な年代に堆積されたことが示唆された.  今回,那珂川右岸の上市段丘上においてボーリングを行ない,坂本ほか(1972)による見和層下部層とされる砂質シルト層中から1枚の火山灰層を検出した.また,鈴木(1990)が報告した東茨城台地東部の涸沼北岸に露出する見和層中部層中の火山灰層を再検討した.その結果,これらは同一のテフラ層であり,かつ,箱根火山を給源とする箱根多摩上部テフラ多摩TAu-11に対比されることが明らかになった.本講演では,この対比を報告し,その意義を述べる.   上市段丘地下,見和層下部層中のガラス質火山灰層  那珂川右岸,水戸市の上市段丘の東端に位置する水戸第一高校敷地内の標高29.7m地点において深度30mのボーリングを行なった.その結果,上市段丘構成層と新第三紀層の間,標高16.7-0.3mに上から砂質シルト層(層厚7m),細砂層(0.9m),礫層(8.5m)からなる見和層下部層が確認された.砂質シルト層中に肉眼で検出できたテフラは1枚で,標高13.6mの部分に層厚1cmのガラス質火山灰層が認められた.本テフラは,軽石型火山ガラスを含み,その屈折率は1.506-1.507,主成分化学組成の特徴として,SiO2が平均で77.8wt.%であり,CaOに富み,K2Oに乏しいという特徴を持つ. 東茨城台地東部のガラス質火山灰層  東茨城台地東部,涸沼北岸宮前において層厚1mの礫層とそれを覆う層厚8mのシルト層が露出する.シルト層中の標高約10m付近には層厚1cmのガラス質火山灰層が露出し,軽石型の火山ガラスを含み,その屈折率が1.506-1.508であることが報告されている(鈴木,1990).本テフラの火山ガラスの主成分化学組成を測定したところ,SiO2が平均で77.9wt%であり,CaOに富み,K2Oに乏しいことが明らかになった.水戸一高の地下に見出されたテフラと岩相および記載岩石的特性が一致することから両者は同一テフラと判断できる. 箱根火山起源のテフラとの対比  上記の2テフラは,台地地下の埋没谷を充填するシルト層中に検出され,火山ガラスがともにCaOに富み,K2Oに乏しいということから,MIS 5.5直前に噴出した箱根火山起源のテフラに対比可能なものがないか検討した.その結果,神奈川県大磯丘陵に産出する箱根TAu11テフラとほぼ同じ記載岩石的特性を持つことが判明し,これらが対比可能であると判断した.  なお,TAu11直上のTAu12はこれまで三浦・房総半島で検出されると同時に真鶴軽石とも対比され,分布が広いことが知られている(新井ほか,1977).今回,TAu12との対比も検討したが,火山ガラスの化学組成はよく類似するものの,火山ガラスの屈折率が若干異なり,TAu11との類似性がより高い.ただし真鶴軽石とは類似するので,今後,大磯丘陵のTAu11・12と真鶴軽石との関係を再検討する必要があるように思われる. 考察  新井ほか(1977)によれば南関東ではTAu10からKlP 1の噴出期は,最終間氷期最盛期に向かう海進の最中,すなわちMIS6からMIS5.5への移行期である.このことから上市段丘地下の見和層下部層と東茨城台地東部の両シルト層は,MIS6の低海面期に形成された埋没谷をその後の海進にともなって埋積させた堆積物と判断できる.  坂本(1975)は水戸市付近に発達する埋没谷を“先那珂川凹地”と呼び,それを埋積する見和層下部層は「下末吉海進初期の急速な海面上昇にともなう旧河谷の埋積層」としている.今回のテフラの検出はこの解釈を裏づける.  一方,東茨城台地東部で検出されたTAu11を含むシルト層は坂本(1975)によれば見和層中部層である.同層は大半の場合,礫から構成されるが,坂本(1975)によれば,このシルト層は見和層中部層の主体をなす礫層堆積後にその表面の凹所を埋めて形成されたものである.しかしながら見和層中部層中には約200kaの赤城真岡テフラ(鈴木ほか,2004)が含まれている.従ってここでは,このシルト層を見和層中部層の主体から独立させ,MIS5.5に移行する海進時の堆積物と解釈した.
  • 田林 雄
    セッションID: 701
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    流域の上流部に位置する森林域における渓流水の窒素濃度は従来低いとされてきたが、近年、関東地方の渓流水で高濃度の硝酸イオンが報告されている。本発表では高濃度の硝酸イオンが観測される荒川上流域において、多地点で渓流水のサンプリング・分析を行い、その要因に関して、流域の属性や大気降下物が渓流水質にもたらす影響について検討した結果を報告する。日本において、ダムサイトは河川上流の森林域に設けられることが多く、上流域にみられる高濃度の硝酸は水資源の安定供給に影響を与えると考える。本発表では、ダムにおける水資源管理や今後の建設計画に寄与する基礎データを提供する。
  • 森木 良太, 小寺 浩二
    セッションID: 702
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    I はじめに  近年、都市人口が増加し、大都市近郊では急激に都市化している。急激に都市化している地域では、下水道整備や自然環境の保全が遅れている。特に、東京近郊では、高度成長期以降に著しく都市化した。 東京近郊において、都市化が著しい地域として荒川水系新河岸川流域が挙げられる。1970年代以降、流域は急激に都市化し、1980年代には全国諸河川の中でも公共用水域のBOD値が最も高い河川が複数存在するなど、水質悪化が顕著であった。近年では、流域下水道や親水事業の整備、住民と行政の連携による河川再生・保全活動等により水質は改善しつつあり、流域のいずれの河川もBODの環境基準を達成している。しかし、現在でも支流の上流部を中心に宅地化に下水道整備が追いついていない地域があり、流量の一部は下水処理水で補填している。 流域では、産・官・学・民の連携が進められ、水環境保全活動が盛んであるが、国や県、都の公共用水域水質測定地点は、本川や支流下流部に集中し、上流部や流域全域の水質把握には十分とはいえない。また、地域別の景観認識や流域住民の意識が明らかではなく、必ずしも住民の意識が河川環境に反映されているとは限らない。   II 研究方法  本研究では、各支流の上流、中流、下流の流域全域における88地点の現地調査を行った。その結果をGISを用いて分布図化し、支流特性、地域特性を明らかにした。また、原単位法を用い、施肥窒素負荷量の推定も行い、土地利用と水質の関係性もみた。さらに、流域住民の河川とのつながりをみるため、流域の小学校校歌に流域表現が謳われているかを調べ、地域別の景観認識を明らかにした。また、市民活動によって河川が保全されてきた背景を住民への意識調査から考察した。   III 結果と考察  下水道普及率と水質には関連性があり、支流の上流部(特に柳瀬川上流や空堀川、不老川)では依然として水質が改善していないことが明らかになった。これらの地域では、NO3に加え、ClやNa濃度が高いことから、生活排水や農地からの施肥の影響が考えられる。特に、不老川流域は畑作地帯であり、施肥窒素負荷が最も高い茶やほうれんそうの生産が盛んであることが水質に影響を与えていると考えられる。これらの河川では、流量が少なく、排水や周囲の環境の影響を受けやすいといえる。本流の水質は、上流部から各支流合流後に徐々に悪化するものの、比較的流量の多い柳瀬川や黒目川が合流することで、合流後には希釈されることが明らかとなった。 また、小学校校歌を調べることで、地域別、時代別の景観認識が明らかになった。舟運が盛んであった新河岸川本川上流部と都市化が著しい下流部では、時代によって分布状況が異なっていた。流域住民の河川に対するアンケート調査では、好きな河川、きれいだと思う河川に黒目川と回答する人が多く、流域の小学校校歌においても黒目川は最も多く謳われていた。実際に、黒目川では住民参加型の親水事業が進められ、住民の意識の高さが具現化されている   IV おわりに  今回の調査・研究で、排水や施肥の影響を受けやすい支流上流部での水質汚濁が明らかとなった。また、景観認識や住民の意識にも地域差がみられた。水環境保全のためには地域を超えた流域全域での議論が必要となり、産・官・学・民の連携が果たす役割は大きい。
  • 米山 亜里沙, 小寺 浩二, 飯泉 佳子, 寺園 淳子
    セッションID: 703
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    _I_ はじめに 南西諸島の島々の河川水や地下水は、多様な自然環境のもと、日本の他地域とは異なった水質であることが知られている。沖縄県の島々によっても水質が異なり、石垣島は他島と比較して、水質が多様である(兼島1965・東田1994)。沖縄県が抱える一つの水環境問題として農地からの土砂流出があり、石垣島でも名蔵川や轟川で流域単位での土砂動態や栄養塩流出解析が行われている。流域単位での研究が進む中、小自然流域を含んだ流域ごとの比較や位置づけに関しては研究の余地がある。本研究では、石垣島の河川の特性把握と広域な河川水水質の分布を明らかにする。 石垣島は亜熱帯に位置する、面積222.83kmの沖縄県で3番目に大きい島である。於茂登岳(525.8m)を始めとした於茂登連峰が北部に位置し、それぞれ西側と東側に半島が伸びている。南部には平地が広がり、さとうきびやパインアップル栽培などの農業生産が行われている。人口は、南部の市街地に集中しており、他の地域は集落が散在する。 _II_ 研究方法  2008年5月に南部域45地点、8月に全域59地点にて水質調査を行った。調査項目は、水温・pH・RpH・COD・EC・DOである。その後、サンプリング水は、研究室に持ち帰り、アルカリ度測定、陽イオン・陰イオン分析、全窒素・全リン分析を行った。河川流域を比較するために、25000分の1地形図より水系図を作成し、27流域の流域特性値を算出した。また国土数値情報より土地利用図を作成し、流域ごとの土地利用面積、割合を算出した。 _III_ 結果と考察 流域面積は宮良川、名蔵川、轟川などを除くと5km2以下で、本川の長さも5kmである小河川が多い。河川断面は、急勾配の河川、河口から0.5~1km周辺まで比較的緩やかな河川、そして流路の多くが低地を流れる河川に分けら、地形によって異なると思われる。また水系頻度と森林割合、水系頻度と水系密度に相関が見られた。 河川水はアルカリ土類炭酸塩型、アルカリ土類非炭酸塩型、アルカリ炭酸塩型に属する。於茂登花崗岩類を流下する河川水は特にイオンの含有量が少ない傾向を示した。島の南部では石灰岩層からの影響によりCa-HCO3型を示し、島の中部域よりも顕著である。5月と8月の季節的な変動は、8月の方が河川水中のイオン濃度が高く、夏の方が河川水中に溶解する物質が多いことが示唆された。 全窒素濃度は新川川、轟川、宮良川支流アヤマシ川で高く、人間活動や農業生産による影響と思われる。 _IV_ おわりに  石垣島は、夏には頻繁に台風が接近する。そのため、平水時と洪水時には河川水水質は異なることが予想され、その点に関しても、今後調査研究が必要であると思われる。 参 考 文 献 東田盛善(1994):沖縄県石垣島の陸水の水質,工業用水,No.434,35-46 兼島清(1965):沖縄の河川および地下水の水質,工業用水,No.81,30-37 坂西研二・中村乾(2007):石垣島宮良川流域における懸濁性土壌,窒素およびリンの推定流出量,水土の知,Vol.75 No.9,29-32
  • 小寺 浩二, 森本 洋一, 林 裕美子, 山本 貴子
    セッションID: 704
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    _I_ はじめに  大淀川支流本庄川流域には、全国でも貴重な照葉樹林の自然林が多く残っており、その保全や再生に関して様々な努力が行われている。また、落葉樹・針葉樹などの林相の違いによる流出の違いなどに関する研究は古くから行われてきているが、照葉樹林地域に関する研究は限られており、本庄川流域でも研究事例は少ない。 そこで、本庄川支流の綾北川・綾南川および本庄川・大淀川下流の流量の長期変動を解析し、この流域の流出特性とその変化について考察した。あわせて、大淀川流域全体の流域特性解析の中から、本庄川の特徴を抽出し、流出特性に関係深い流域特性の影響について検討した。 _II_ 研究方法 まず、50000分の1地形図からストレーラー法に基づく水系網図を作成し、各4次流域の流域特性値を測定・算出し、本庄川の大部分を占める綾北川・綾南川・深年川の流域特性を明らかにした。次に、流量の長期観測結果から、大淀川各支流の流出特性を求め、本庄川の特徴を示した。特に、本庄川については、大正年代~昭和 図1 大淀川の水系網と主な支流 30年代の流量要覧の値も用いて、長期的な変動特性について明確にした。 _III_ 結果および考察 1)流域特性  本庄川は、岩瀬川と同じく、水系密度も水系頻度も高いが、4次流が長く、3次流・2次流が短いなど、大淀川の流域の中でも特異な流域特性がある。しかし、深年川は、水系密度が高い割に水系頻度が低く、2次流が長い特殊な流域形状を持つ。 2)流出特性  流量要覧と流量年表から得られた流況の解析により、長期的な変動特性が明確になった。渇水流量が少ないことは、渇水期でも植物による蒸散が盛んであることを物語り、照葉樹林帯の特徴が明らかになった。 _IV_ おわりに 流域内にも人工林である針葉樹や落葉樹は分布し、場所によって林相は異なっている。今後は、地質の違いなども踏まえて、源流域単位の流出・水質特性について研究していくことが必要である。 参 考 文 献 西崎貴子・小寺浩二(2002):大淀川の流域特性-主な支流の水系と流出について, 水文地理学研究報告6, 2-21.
  • 中村 圭三, 大岡 健三, 駒井 武
    セッションID: 705
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    1. はじめに 2007年9月のネパール南部テライ低地におけるヒ素汚染調査の結果、高濃度のヒ素が局所的に分布することが明らかになった。そこで今回は、その実態をさらに詳しく把握するために、同地域の井戸水のヒ素に関する詳細な調査を2008年3月に実施したので、その結果について報告する。 2. 調査地域  調査地域は、前報(Nakamura et al., 2007)と同様、テライ低地のナワルパラシNawalparasi郡パラシParasiの東西約6km、南北約10kmの地域である。 3. 調査結果 (1) ヒ素濃度は、最高値1800ppbと最低値1.4ppbとの間に約1300倍の開きが あり、その分布は非常に局所的である。 (2) 前報(雨季)で高濃度のヒ素が観測された地点では、今回(乾季)も  550ppb~680ppbの高濃度値が検出され、この値は、前報の約3倍に当た  る。 (3) ヒ素濃度100ppb以上においては、ORPとの間に、高い負相関(r=‐   0.689)が得られた。 (4) 深さ13mから23m前後までの層では特に強い還元状態にあり、還元状態 が強まるほど高濃度のヒ素が検出されることが明らかになった。
  • 山口 隆志
    セッションID: 707
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    1. 研究目的 近年,大雨が増加していることは梶原ほか(2003)などの研究によって明らかにされており,この傾向が今後も続くようであれば,大雨によって起こる災害も多発すると考えられる.とくに最近の研究で大雨による災害の事例報告が多くなされており,それは主に九州を対象とした報告が多い.災害を引き起こす大雨がどのような地域でどのように起こっているのか,また経年的にどういう傾向にあるかを明らかにすることは防災上からも重要である.そこで本研究では九州における大雨の地域差とその要因を明らかにし,それが経年的にどのように変化しているかを明らかにした. 2. データと解析方法  本研究ではAMeDASデータを使用し,日降水量100_mm_以上を大雨と定義した.対象期間は片岡(2007)が指摘するように,1976年以降2,3年で増加していることと経年変化を検討することを考慮して1978~2007年の30年間とした.このうち気象台,観測所が移転している地点,または対象期間の10%にあたる3年以上欠側がある地点を除外した結果,対象地点は121地点となった.  日降水量100_mm_以上の大雨をもたらした気象擾乱の解析には気象庁天気図を用い,さらに850hPa,700hPa,500hPaの風向などから総合的に判断し,低気圧,寒冷前線,停滞前線,熱帯低気圧を含む台風(以下,台風とする),複合要因,その他の6つに分類した. 3. 結果  九州における大雨の年変化を解析したところ,7,6,8,9月の順に集中して出現している.6,7月の大雨は主に阿蘇山や霧島連山地域とその周辺に低気圧と停滞前線によってもたらされ,8,9月の大雨は主に九州山地南東部と霧島連山地域に台風と複合要因によってもたらされた.また30年間における経年変化を検討したところ,1970年代後半と比較して2000年以降は約50日の大雨の増加が認められた.10年毎に区切ってみると,1978~1987年は九州北西部で頻度が高かったが,1998~2007年は九州南部に頻度の高い地域がシフトしていた.最近の大雨を増加させた擾乱を解析すると,九州南部で台風と複合要因による大雨が増加したことが明らかとなった.  また発生頻度や発生要因,経年変化の分布をもとに九州を以下の6つに区分した.K-N地域は主に低気圧による大雨が出現しているが,30年間を通しての発生頻度は少ない.K-W,K-E地域は近年の大雨が増加しており,K-Wは海岸地域に台風と複合要因K-E地域は台風と複合要因に加え,停滞前線による大雨が増加していた.K-S地域は台風による大雨の頻度が高く,屋久島は低気圧による大雨が多い.K-M地域は大雨の出現頻度が極めて高いが,寒冷前線による大雨の出現は低い.K-NE地域は大雨の出現は低いものの,近年は停滞前線と台風による大雨が増加している. 文献 梶原 誠,沖 大幹,松本 淳 2003.日本における100年間の豪雨頻度の経年変化.日本気象学会講演予講集 83:484. 片岡久美 2007.台風通過時における日本列島の降水分布と大雨発生頻度に関する月別の特徴.地理学評論 80-3:99-120.
  • 瀬戸 芳一, 高橋 日出男
    セッションID: 708
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    1. はじめに
     関東全域に及ぶいわゆる大規模海風に関しては,鉛直観測や数値モデルの計算結果などから,中部山岳域に発達する熱的低気圧に吹き込む流れや,山地と平野間で生じる谷風,海から陸地へ向かって吹く海風などが複雑に組み合わさって形成されることが示されている(栗田ほか,1988;Kondo,1990など).それぞれの風系の特徴を明らかにするためには,風系の鉛直構造に注目する必要があると考えられる.しかし,鉛直観測の実施には制約が多く,定量的な把握が難しいことが問題である.そこで本研究では,関東地方の気象特性を考える上で重要な課題である,海陸風をはじめとする局地風系の鉛直構造や日変化パターンをより詳細に明らかにすることを目的とし,地上での観測風から収束・発散量を求める.大気の収束・発散は,それぞれ地上付近での上昇・下降流に対応すると考えられ,直接的な観測が難しい大気の鉛直運動の指標として,風系の鉛直構造と結び付けて考えることができる.

    2. 資料と解析方法
     より詳細な風系の把握のために,気象庁によるアメダス資料に加えて,海上保安庁により提供されている灯台での観測資料,(株)ライフビジネスウェザーにより南関東で高密度に行われている観測資料もあわせて利用する.そのため,各観測点における風速計の設置高度がまちまちとなり,高度の違いによる風速への影響が無視できなくなる.そこで,観測点周囲の土地利用状況から1997年における各観測点の風向別地表面粗度を推定し,対数則に基づく風速の補正式を用いて,風速の補正を行った.また,海風日を抽出し,海風日の日中における風系場と発散量分布の特徴について検討した.解析を行う期間は,2004年7月~9月を対象とした.

    3. 粗度の推定と風速の補正
     粗度の推定は,前報(2008年秋季大会)と同じ方法で行い,国土交通省の「国土数値情報(土地利用細分メッシュデータ)平成9年度」を利用した.今回用いた推定式は,土地利用区分の変更のため,桑形・近藤(1990)で用いられた実験式を元に重回帰分析を行って新たに作成した(式1).
     Z0(cm) = 6a+29b+92c+113d+127e (1)
     (a~e:領域内に占める面積比 主な区分 a:海水域・水田,b:畑・果樹園,c:森林,d:建物用地,e:幹線交通用地)
     風速計の設置高度と,算出された地表面粗度を,対数則に基づく風速の補正式(近藤,1999)に適用し,統一高度50mの風速を推定する.
     ウィンドプロファイラによる上空400mの実測風と,近傍の地上観測風から推定した上空の風速との比較を行ったところ,補正後には両者の風速差が小さくなることが確認された.
     さらに,一般風と日照の条件から,対象期間中9日間の海風日を抽出し,統一高度50mに補正後の風速を用いて,海風日における収束・発散量を算出した.補正の前後で,収束・発散域の分布には違いがあまり見られなかったが,関東西部の山地周辺や海上などで風速が大きくなり,収束・発散量の絶対値も増加した.

    4. 海風日の収束・発散域の分布とその相互関係
     海風日9事例について,風と発散量の分布に加え,各格子点の発散量と日中に顕著に見られた発散域における発散量との相関係数を時刻ごとにそれぞれ求めた.発散域で発散が強まるのに対応して収束が強まる地点で,負相関が大きくなることが予想され,それらがどのような循環を形成しているかについて検討する.
     夏季の典型的な海風日には,9時頃すでに,沿岸部で海岸線に直交する風向の海風の侵入が見られる.東京湾には発散域が形成され,東京都区部付近の収束域との間に海風循環が存在していた.11時になると,北関東で谷風が発達する.群馬・埼玉県境付近の発散域の南東部では,北関東の山地付近の収束域との間で谷風循環が見られ,比較的規模の小さい典型的な谷風循環が発達していたと考えられる.関東のほぼ全域で南~南東よりの風となっていたが,北関東の谷風循環は,この時刻にはまだ,関東南部の海風循環などとは独立して保たれていると考えられた.
     13時には,東京湾の発散域との正相関域が相模湾から神奈川県にかけて見られ,典型的な海風循環から,大規模海風に移行しつつあることが示唆された.15時にかけて,大規模海風の発達とともに,北関東における谷風循環が弱まっている.それと同時に,群馬・埼玉県境付近の発散域と,東京湾の発散域が有意な負の相関を持つようになる.すなわち,大規模海風の発達が顕著なとき,その内陸への侵入に伴って,谷風循環に対応する群馬・埼玉県境付近の発散域を弱める方向に働くことが示された.
  • 常松 展充, 永井 智広, 村山 利幸, 足立 アホロ, 村山 泰啓
    セッションID: 709
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    [はじめに]東京首都圏(以下「首都圏」と呼ぶ)の北西に位置する浅間山は、これまで何世紀にも渡って噴火を繰り返し、しばしば首都圏に降灰をもたらしてきた。一方、首都圏では、弱風晴天下の午後に、太平洋沿岸から侵入する海風と関東山地付近で発達する谷風が卓越し、それらが水平200kmに及ぶ首都圏スケールの局地風系および局地風循環を形成する(例えば、Kurita et al., 1990)。Seino et al.(2004)等の先行研究に見られるように、局地風は火山噴火に伴う放出物の挙動に対して影響を及ぼす。2004年9月16日に起きた浅間山の噴火は、首都圏の広範囲に降灰をもたらした。本研究では、この事例を対象にし、各種リモートセンシング観測データや数値モデルを用いて、浅間山から首都圏への火山灰輸送に対する局地風循環の影響を調べた。 [リモートセンシング観測データと数値シミュレーション]気象研究所(筑波)におけるエアロゾルライダーの観測データ、東京海洋大学(江東区)におけるシーロメーターの観測データ、地球観測衛星TerraとAquaのMODISによる観測データ、気象観測衛星GOES-9のVISとIRによる観測データ、気象庁のラジオゾンデとウインドプロファイラおよびアメダスの観測データ、以上を解析に使用した。数値モデルには、TERC-RAMS(筑波大学陸域環境研究センター改良型のRegional Atmospheric Modeling System)とラグランジュ粒子法およびランダムウォーク法を用いた移流拡散モデル(例えばTsunematsu et al., 2005)を使用した。TERC-RAMSによる数値計算では、3重のネストを施し、水平格子間隔は、最も外側の領域から順に15km、5km、1.5kmとした。鉛直層数を40、鉛直格子間隔を最下層で100mに設定した。NCEP-NCAR再解析データ(時間解像度:6時間、空間解像度:2.5°)を初期・境界値に使用した。移流拡散モデルによる数値計算では、粒子が水平方向に1.0km移流するごとに0.1kmの水平幅で拡散するものとした。また、TERC-RAMSの計算により出力された鉛直拡散係数を用いた。9月16日の噴火では、噴煙が浅間山の山頂から1.5kmの高度(海抜高度4km)近くまで達したことが気象庁の観測により確認されているため、数値計算では、火山灰と仮定した粒子を浅間山上空の海抜高度4kmから放出した。その初期時刻は、噴火活動が顕著になった16日6時(日本時間)とした。ここでは、暫定的に、1時間に1万個の割合で粒子を放出した。粒子の大きさは、重力落下を無視できる程度であると仮定した。 [結果と考察]高気圧に覆われた16日の首都圏は晴天に恵まれた。浅間山から放出された火山灰は、午前中は、総観場の北風によってほぼ真南へ流されていた。しかし午後になると、それは南東の方向へ輸送されるようになり、結果、首都圏の広範囲で降灰が観測された。前述のライダーにより、16日20時以降、海抜高度3.0-4.5kmに火山灰とみられる非球形粒子が観測された。また、前述のシーロメーターにより、海抜高度2.6-3.2kmの高度に火山灰と推定される粒子が観測された。緩やかな気圧傾度のもと、16日午後の首都圏では海風と谷風が卓越し、それらは15時までに結合して、浅間山の方向に向かって吹く首都圏スケールの局地風系(南東風)を形成した。TERC-RAMSによる気象場の再現実験結果では、その風系の補償反流(北西風)が海抜高度1.5kmよりも上空に形成された。補償反流は、総観場の北風により強化されたものとみられる。移流拡散モデルによる火山灰輸送の再現実験結果では、補償反流の形成に従って、それまでほぼ真南へ輸送されていた浅間山からの粒子が、南東方向へ輸送されるようになる様子が見られた。下に示した図は、浅間山上空から放出された粒子が、午後、補償反流の影響を受けて、首都圏へ輸送されたことを証明している。 [結論]本研究結果から、浅間山の噴火活動により放出される火山灰は、海風と谷風の発達に伴って形成される首都圏スケールの局地風循環の影響を受けて南東方向へ輸送されることがあるといえる。またそれは、首都圏における降灰の可能性を高めることにつながる。
  • 中川 清隆, 渡来 靖, 榊原 邦洋, 浜田 崇, 田中 博春, 榊原 保志
    セッションID: 710
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    _I_.はじめに

     長野市裾花川谷口に位置する長野県立長野商業高等学校グランドにおいて,2.5m/sの一定上昇速度を持つ様にヘリュウムガスを充填して純浮力を55.7gに調節された自重20gの気球を用いたパイバル観測を,2008年8月30日正午~翌31日正午の毎正時に実施した.気球の方位角・高度角を,トランシット間距離53.28mのダブルトランシット法により2秒間隔で20分間測定し,その結果に基づく気球の地上高度の直接測定を試みた.

    _II_.ダブルトランシット法による気球高度の決定法

     第1トランシットから見た第2トランシットの方位角をδ1,第2トランシットから見た第1トランシットの方位角をδ2,両トランシット間距離をLとする.上空にある気球の両トランシットから見た方位角と高度角を,それぞれ,φ1,θ1,φ2,θ2とすると,簡単な幾何学から,気球の地上高度Hは,次式

    H=L/{cos(φ11)/tanθ1+cos(δ22)/tanθ2}    (1)

    で求まる.180°とならねばならないδ1とδ2の差には,磁針による方位決定に起因する誤差が存在するので,この誤差を双方に半分づつ配分して調整する.トランシットの高度差は無視する.

    _III_.ダブルトランシット法による観測事例

     放球と同時に2台のトランシットTAMAYA TD-4のmesボタンを押し,放球直後は補助者の誘導に従い,気球をロックした時点でmissボタンを押す体制とした.
     学部3年生の実習の一環として実施したため,観測技術未熟により起因するmissボタン押し忘れランが多数発生し,中には最初のmesボタン押し忘れの事態も発生した.また,一方のトランシットは観測を続けているのに他方のトランシットは早々とロストしてしまう事態も頻発した.強い降雨による欠測も2回発生した.
     8月30日12時と31日0時の観測事例を図(省略)に示す.横軸に放球後時間,縦軸に気球地上高度を目盛り,ロック(両トランシットでmissボタンが押される)以前が白抜き,以後が黒塗りシンボルでプロットされている.回帰直線の勾配から,ロック後最下層のパイバル上昇速度は,それぞれ,2.47 m/sと2.25m/sと見積もられる.これはシングルトランシット法で想定している一定上昇速度2.5m/sに近い.31日0時の地上付近は下降気流場であったことが示唆される.30日12時は地上高度1000m程度,31日0時は地上高度450m程度付近から気球上昇速度に乱れが生じているように見える.特に31日0時の変化は劇的である.
     これらの変動がノイズではなくて実際の現象であるか否かについては,現時点では,確定的な根拠を見出せていない.実在の現象である場合,観測サイト周辺地形による上昇・下降気流や振動現象等,局所循環の影響を受けている可能性がある.ノイズである場合,十分に時間が経ってφ1212に近づくと(1)式の分母がゼロに近づくため,僅かな角度誤差や読み取り同期誤差が地上高度Hの大きな揺らぎをもたらしている可能性がある.

    _IV_.終わりに

     発表当日は他のランの結果も示す予定である.また,航跡図も示す予定である.我々としては初の観測経験なので,観測方法・データ処理方法の改善および観測誤差・現象の解釈等に関して,種々ご議論・ご教示賜ると幸甚である.
    謝辞 観測場所をご提供いただいた長野県立長野商業高等学校および観測に従事された立正大学学生諸氏に心より深謝の意を表します.
  • 一ノ瀬 俊明, 吉田 友紀子
    セッションID: 711
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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     ヒートアイランドの軽減、つまり、都市の温暖化防止、あるいは都市の気温低減は、都市の低炭素化とどのように関係するのであろうか。最もわかりやすい整理としては、都市における夏季の高温化が冷房需要の増大に直結し、電力需要が増大する分、火力発電所からの二酸化炭素排出量が増大する、というものである(図)。都市から離れた場所に立地する発電所も含めた系で評価する場合、このような形で二酸化炭素排出量が削減されるのであれば、これも都市の低炭素化と考えてよいであろう。一義的には、各種のヒートアイランド対策により、夏季における街区空間の気温低減がはかられた場合、街区の建物における冷房需要(屋内気温)の低減が可能となると考えてよい。もっとも、建物の外皮性能を高めることにより、屋外気温の低減によらず、効率的に屋内の冷房負荷を削減するという考え方もある。断熱性の高い建材の利用のみならず、建物外壁用高反射性塗料や窓面における放射の選択透過(自律応答型調光ガラス)などの技術もすでに開発されている。しかし、屋外気温の上昇は空調機器(室外機)の効率に影響するため、(日射遮蔽など、室外機周辺の)屋外気温の低減努力と組み合わせた形での実施が望まれる。
     東京電力の資料によれば、日最高気温が22℃までは日最大電力需要が基底の値であるのに対し、28℃にかけて立ち上がりを見せ、それ以上では電力需要の気温感応度は一定の値をとる。近藤(2000)はこれを、22℃から冷房需要が発生しはじめ、28℃以上でほぼすべての需要家が冷房を利用している、と分析している。また夏季の日中、最大電力発生時における電力需要の三分の一が冷房需要であり、気温1℃の上昇に対し、管内で約170万kW程度電力需要が増加し、これは沖縄1県分の値(約150万kW)を上回る。一方環境省(2005)によれば、近年では空調機器の効率上昇や、ガス空調機器への移行、蓄熱機器の増加などにより、従来直線的に伸びてきた電力ピーク需要の気温感応度が、最大電力発生量と同様に減少に転じる傾向にある。これは東京電力管内のみならず、関西電力管内でも生じている。しかしガス空調機器の普及は空調効率の問題からエネルギー消費の増加が懸念され、単純に都市の低炭素化につながるとはいえない側面もある。
     地球温暖化および都市の温暖化の両面において、冬季の高温化も問題となっている。冬季の高温化は、関東以北の都市においては顕著な暖房需要の軽減につながる。環境省(2005)によれば、民生部門ではエネルギー消費への気温変化の影響が認められるものの、年間を通じた評価では、特に家庭部門など夏季の増加と冬季の減少が相殺されてしまう。一方、都心型の住宅では業務部門と同様、気温上昇により年間のエネルギー消費は増加するほか、業務部門の集中する都心部では気温影響が強いことが報告されている。一日の需要パターンから見れば、業務地区では日中、住宅地区では夜間の対策が有効と考えられる。
     夏季における都市の気温低減によって冷房需要が減少した場合、火力発電所における発電量の減少に対応した大気中への排熱量の減少が考えられるほか、都市内で利用される空調設備の室外機からの排熱量(顕熱および潜熱)も減少する。実際これらの排熱量減少が都市気温に影響するかどうかについてはなんともいえない。都市における夏季の人工排熱のうち、空調システムからの排熱が占める割合は小さくないので、都市の低炭素化への努力がヒートアイランド軽減へフィードバックする可能性もある。
     図は、ヒートアイランド現象がエネルギー消費の変化を通じて二酸化炭素の排出に及ぼす影響の関連図である。ヒートアイランド軽減を通じて都市の低炭素化を進めていくにあたり、これら各プロセスの変化を確認するためのシミュレーションが必要である。

    文献
    Shimoda et al. (2005): Environmental Impact of Urban Heat Island Phenomena, JLCA, Japan, 1 (2), 144-148.
    環境省(2005):「平成16年度ヒートアイランド現象による環境影響に関する調査検討業務報告書」
    近藤(2000):夏期の大都市の高温化とエネルギー需要の解析,NIREニュース

    謝辞:本研究は、環境省地球環境研究総合推進費Hc-086「低炭素型都市づくり施策の効果とその評価に関する研究」(代表・井村秀文)の一部である。

    図 ヒートアイランド現象がエネルギー消費に及ぼす影響の関連図(短期)(Shimoda et al., 2005)
  • 平野 勇二郎, 一ノ瀬 俊明, 井村 秀文
    セッションID: 712
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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     都市散水による気温低下効果は夏季のヒートアイランド現象の緩和策として注目されている。都市散水の効果を検証する研究はすでになされているが、その多くは実験や観測に基づく評価である。こうした実測評価は特定の気象条件・地域条件の下で行わざるを得ないため、一般的な知見を得るには研究事例をさらに増やしていく必要がある。そこで本研究は大気シミュレーションに基づいて散水の効果を検討することを目的とした。  本研究ではコロラド州立大学メソスケールモデル(CSU-MM)を用いて、東京都心部における典型的な7月の晴天および曇天の気象条件について計算を行なった。散水エリアは東京都心部の約10km×10kmの領域とし、その中央付近に位置する大手町を含むグリッドを解析対象グリッドとした。  まず大気側の条件による蒸発や気温低下のポテンシャルを探るため、散水エリアを全て完全湿潤面(蒸発効率β=1)とした。この結果、気温低下は夜間と比較し日中に大きく生じ、ピークは晴天条件では14時に1.66℃、曇天条件では13時に1.59℃となった。  次に水量や散水可能面積などの制約により完全湿潤面と見なせない場合についても検討するため、蒸発効率を媒介変数とみなして変化させ、その結果として生じた日積算蒸発量と日平均の気温低下効果の関係について検討した。この検討から、通常の打ち水などで散水されている水量では広域のヒートアイランドを緩和するほどの効果は期待できないという結果を得た。今後、暴露人口なども考慮して効果的な時間・場所を選択するといった検討作業が必要であると考えられる。
  • 細矢 明日佳, 渡来 靖, 中川 清隆
    セッションID: 713
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    I_.はじめに

     前回(盛岡大会)、熊谷猛暑日における日最高気温とその起時の解析の際に、熊谷の全日日照率に基づく晴天日・曇天日区分を行った。その結果、熊谷猛暑日163日中120日が曇天日と判定され、意外感を与えた。その実態を把握すること等を目的として、熊谷猛暑日における地上気象要素の毎時解析を試みた。また、熊谷猛暑におけるフェーン効果をアメダスデータを用いて解析するため、0m気温を温位の代替パラメータと看做し、0m気温分布もあわせて解析した。

    II_. 温位代替パラメータ 0m気温 の提案

     フェーンの際は山頂部付近の空気塊の温位が保存されて山麓部に至ることにより高温となるので、山頂~山麓部一帯の温位は均一にならねばならない。温位θ[K]は

    θ=T(1000/p)0.2857

    により定義される。ここで、T:気温[K]、p:気圧[hPa]である。定義式から明らかなように、温位θを求めるためには気圧のデータが必須であるが、アメダスは気圧観測を実施していないので、観測値による詳細な温位分布解析は不可能である。そこで、本研究は、温位θの代替パラメータとして下記のように定義される0m気温T0を提唱する。

    T0=T+0.00976z

    ここで、z:気温観測地点高度[m]である。当該空気塊が温位を保って海面高度に達した場合に示す気温を意味する。熊谷猛暑日163日間における軽井沢(999.1m)の温位と0m気温の散布図を作成した(図省略)。回帰式の勾配と切片が若干小さいものの、決定係数は99%を上回っており、0m気温を温位の代替パラメータとして扱うことの妥当性が支持される。

    III_. 2007年8月15日~16日の解析事例

     熊谷で我が国最高気温40.9℃が記録された2007年8月16日とその前日の毎時解析を実施した。 最高気温起時14:42を挟む8月16日14:00と15:00の気温、風および降水量、0m気温の分布解析結果(図省略)では、日本海沿岸は日本海からの北~北西風場、南関東は南西~南風、北関東西部は北~北西風、北関東東部は東~北東風の場になっている。北関東西部の北~北西風は魚野川-利根川経由のギャップ流、北関東東部の東~北東風は会津盆地経由のギャップ流の影響も受けている可能性がある。0m気温は高所で高く低所で低いのが一般的であるが、熊谷付近を中心に山岳地域に匹敵する高0m気温が分布しており、猛暑地域と一致している。山岳地域と関東平野中心部との間には明瞭な低0m気温域が解析されている。これは、フェーン効果が付加されているとしても、その気流は地形面には沿わない関東平野上層部経由の下降気流が主体であることを示唆する。
     猛暑日の14時~15時の軽井沢・熊谷温位差と熊谷の気温の散布図を作成すると(図省略)、熊谷が高温な時には温位差が低下する傾向が認められた。

    IV_. おわりに

     現在、他の猛暑日について解析中である。日最高気温出現後、関東平野内で降水現象が頻発する傾向が認められるため、これが全日日照率を低下させている可能性がある。この点についても、当日発表する予定である。
  • 渡来 靖, 中川 清隆, 福岡 義隆, 佐々木 大
    セッションID: 714
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    1.はじめに
     関東平野内陸域に猛暑をもたらす要因としては、日射、フェーン、ヒートアイランド等様々考えられる。熊谷地域の高温現象を考えたとき、熊谷市街地のような小規模な都市によるヒートアイランドの影響も無視できないと思われるが、それを数値モデルで再現するには、都市をじゅうぶん解像できる詳細な計算が必要であると同時に、細密な境界値データ(土地利用など)も必要となる。前回の発表(地理学会2008秋;要旨集p.47)では、国土数値情報の土地利用メッシュをモデル用に変換したもの(以下、旧データ)を用いていたが、細かく見ると川幅が広めに表現されるなどの不適当な部分もある。そこで今回は、熊谷市周辺に関してより細密な土地利用データを作成し、それを用いた熊谷市街地ヒートアイランドの数値実験を試みた。
    2.細密土地利用データの作成
     熊谷市街地を含む東西7.7 km、南北8.6 kmの領域を対象とし、細密な土地利用データを作成した(新データ)。対象領域を10 m間隔メッシュに分割し、それぞれのメッシュ内における市街地、裸地、水田、畑地、草地、低木地、森林、水面の8種の土地利用面積比を求め、データベース化した。市街地においては建物の建蔽率、容積率も収録した。土地利用判別のデータソースはゼンリンデータコム提供のデジタル住宅地図(デジタウン)と、環境省提供の第3~5回自然環境保全基礎調査/植生調査である。
     今回は、メッシュ内の新データ最大面積比の土地利用を当該メッシュ土地利用とみなしてモデル境界値とした。新データは解像度100 mに間引いてあるが、川幅が現実的であるなど、旧データに比べて改善されていることがわかる。
    3.モデル計算条件
     用いたモデルは、非静力学モデルWRF(Version 2.2)である。3段階のネスティング計算を行い、3段階目(nest 3)の土地利用が旧データの場合と新データの場合の2通りの計算を行った。nest 3の水平解像度は100 m、鉛直層は37層とした。計算期間は2007年8月15日9時(日本時間)を初期値とする48時間である。初期値・境界値には、気象庁MSMデータを用いた。地表面は5層の熱拡散モデルを用いた。
    4.結果
     2007年8月15日14:30の新データの結果では、市街地(3.5~5.5 km)にヒートアイランドが形成されており、地表付近では市街地に向かって風が吹き込み、市街地の中心よりやや外側(3.3 km付近や4.5 km付近)で上昇している。この上昇流の鉛直規模は800 m程度である。市街地中心部(3.8 km付近)にはひじょうに弱い下降流が見られる。旧データの結果では市街地中心部が上昇流の中心であったが、その両計算結果の違いは新旧の差からも示されている。一方、8月16日14:30にはフェーンとそれに伴う大規模な北西風が観測でもモデル結果でも見られている。その結果、局所的な土地利用の変化によるインパクトはほとんど見られないが、市街地(3.0~5.0 km)にヒートアイランドが形成されるとともに、新データによる結果では若干昇温が認められる。
    5.今後の課題
     今後は、今回作成した土地利用データを生かすため、建蔽率・容積率の空間分布を考慮できるモデルをWRFへ組み込み、同様の数値実験を可能にすることが直近の課題である。
  • 高橋 日出男, 内山 真悟, 大和 広明, 大久保 さゆり, 高橋 一之, 鈴木 博人
    セッションID: 715
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    ◆はじめに:2008年8月5日正午頃に東京都区部で発生した短時間強雨では,豊島区雑司ヶ谷で下水道工事中の作業員5名が急な増水により流されて犠牲となり,新宿区・千代田区など東京都内で浸水(床上42棟,床下55棟)が発生した(消防庁発表).この短時間強雨は,(1)顕著な災害の発生があったこと,(2)雨量計による1時間降水量が109mm/h(新宿区の観測)に達し,100mm/h以上を2地点で観測していること,(3)気象庁合成レーダによると,強雨に先立つ降水エコーが都区部内(渋谷付近)で発生していること,また(4)都区部では多くの気象観測が実施されていることなど,都心域に発生した短時間強雨の事例として解析する意義は大きいと考えられる.本報告では,多数の観測点における10分間値に基づいて,当該事例における降水量分布の時間変化を捉えるとともに,強雨域の挙動と地上風系との関係を解析する.
    ◆資料と解析方法:本解析では,東京都建設局,区(板橋区,文京区,新宿区,千代田区,港区,豊島区,杉並区,渋谷区),気象庁アメダス,JR東日本,国土交通省河川局,ライフビジネスウェザーによる都区部の降水量観測資料を用いた(10分間値120地点,1時間値5地点).また,気象庁合成レーダ(1km格子)による10分間隔の降水強度(mm/hour)を,前10分値と平均したうえで10分間値(mm/10min)に換算し解析に使用した.地上風については,東京都環境局(大気汚染常時監視測定局),気象庁アメダス,ライフビジネスウェザーによる59地点の観測資料を用いた.
     風系の解析では,発散量の算出を行うために,Gsharp(日本電子計算株式会社)を用いてバイリニア法により観測点における風の東西・南北成分を0.5km間隔の格子点に内挿した.これを1km間隔の格子点群が4組あるとみなして発散量を算出した.
    ◆強雨域の時間変化(図1):最初の降水は11:10頃に渋谷付近に現れ,11:30頃から降水量が増大した.その後新宿付近,次いで池袋付近に強雨域が発生し,いずれも停滞ないしゆっくりと東北東-北進した.12:00頃から新宿付近の強雨域は急速に発達し,新宿区東部-千代田区北西部に30mm/10min近い強雨をもたらした(強雨域A).12:30頃には都区部西部に新たな強雨域Bが現れ,強雨時間は短いが30mm/10minを記録している.強雨域Aは12:50分頃から衰弱し,13:20頃には降水がほぼ終了した.11:40以降の10分間降水量分布には,4mm/10min以上の領域内にも複数の極大や尾根状に突出する部分が認められ,小さい空間スケールの降水セルが集団をなしていたと考えられる.このような降水量の極大は,渋谷および池袋-強雨域A付近の観測点を中心とすることが多かった.
    ◆強雨域と地上風系:都区部の風系として,10:00頃までは1-2m/sの弱い北西~北風が卓越しており,沿岸部にのみ4-5m/sの南よりの風が認められた.都区部北西部からの北西風の強化に対応して,10:40頃から渋谷付近に風の収束域が形成された.また,都区部北東部において風向がしだいに北東に変化し,11:40頃より強雨域A付近で収束が大きくなった.すなわち,強雨開始の30分程度前から,強雨域付近は収束の場となっていた.強雨開始と前後して発散風(発散域)が現れ,強雨域Bは都区部西部の北よりの風と強雨域Aからの発散風(東風)との収束域に形成された(図2).強雨域A,Bとも強雨時には明瞭な発散域を伴うが,強雨域Aではその南東側に近接して発散風が顕著な収束域を形成している(図2).気象庁合成レーダの降水強度によれば,強雨域Bでは実測と合成レーダによる強雨域はほぼ一致する.一方強雨域Aでは,合成レーダによる降水強度の大きい領域が南東側(収束域側)にずれて存在している.強雨域Aでは,強雨域で下降流が発達しても,収束に伴う上昇流が近傍で維持され,上空で降水粒子の形成が持続的・効率的に行われていた可能性が考えられる.その結果,強雨域Aでは10(20)mm/10min以上の強雨が50(30)分間継続し,13時までの1時間に109mmの降水があったが,強雨域Bでは強雨の継続時間が短く,最大でも1時間降水量が57mm(降水期間は40分間)にとどまったと考えられる.
  • 白 迎玖, 近藤 昭彦, 荘 振義
    セッションID: 716
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    1.はじめに
     近年、都市化による人口増加と集中の著しいアジア沿岸域において、研究事例が少ない亜熱帯・熱帯に属する大都市のUHIの研究を行うことが緊急の課題となっている。本研究においては、台湾・台北市(人口:約261.6万人、面積:約272Km2)を対象地域とし、衛星データを用いて台北の都市発展過程と都市高温域の分布との関係を分析し、都市域の拡大・縮小・ドーナッツ現象(都市構造の変化)等とUHIの消長との関係を、気象統計資料および衛星画像による情報をもとに明らかにすることを目的としている。本稿はその第2報である。

    2.研究対象地域と研究方法
     台北盆地はN25°付近の東アジア大陸と太平洋の間に位置し(台北市中心位置:E121°33’20”N25°05’14”)、モンゴル高気圧と温暖湿潤な太平洋高気圧の影響を受けた亜熱帯気候が特徴である。台北の年平均気温21-22℃で、年降雨量は2,000mm以上である。
    台北の年平均気温が継続的に上昇していることが確認され、都市気温は約1.5℃/110年(1897-2007年)の上昇がみられた。また、台北観測所(図1の_丸2_ E121°31’N25°02’)の気温上昇は台北より北にある淡水観測所(図1の_丸1_ E121°26’N25°10’)の気温上昇の2.5倍であった。
     本研究では、1991年5月と2002年5月の衛星データ(L5 TMデータとL7 ETMデータ)を用いて、土地利用を教師付き分類し、市街地の拡大を把握した。また、熱画像による地表面温度と地上気温との関連を解析し、90年代以後、台北市内の再開発による都市構造の変化、居住人口の移動・減少と都市気温の上昇との関係を分析した。
     また、2008年9月から台北市とその周辺の衛星都市をカバーする16箇所で、公園緑地、学校と住宅地内の公用緑地に百葉箱(箱内の小型自動記録式温度・湿度ロガー HIOKI 3641)を設置し、直射日光を受けずに自然通風状態で測定を行っている。本研究では温度・湿度ロガーによる測定データ(センサーの高さは地上約1.6m)および台湾中央気象局・台北観測所の気象データ(温度センサーの高さは地上約1.7m)を利用した。

    3.結果
     台北市の急速な都市化、とくに60-70年代に製造業を進めた結果、三重市、新荘市、板橋市、永和市の人口も急速に増加し、台北市の衛星都市になった。また、市内や近接地区を結ぶ鉄道交通ネットワークMRTを1996年に開通させた後、MRT駅周辺地区での商業地の形成を促した。市庁移転などの都市開発に伴い、市中心部は台北駅エリアから東に移動した結果、2000年以後、都市高温域が旧市中心部から同心円の形で周辺地域に拡大された(図2を参照)。
     しかし、現在、台北駅を中心とする旧市中心部においては、再開発事業が進められている。都市高温域は、旧市中心部の東部より、台北市に隣接する西部の衛星都市に拡大するものと予測される。
  • 清水 昭吾, 高橋 日出男, 三上 岳彦, 泉 岳樹
    セッションID: 717
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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     近年注目を集めているヒートアイランドに対して,都市内にある緑地が形成する低温域はクールアイランドと呼ばれる.都市内緑地はヒートアイランド対策として有効であることが先行研究により明らかになりつつある.しかし,これまで緑地のクールアイランドについて観測を実施した研究では,ある1緑地を対象としたものが多く,観測期間が短期間でほとんどが夏のみを対象としているなどの課題があった.そこで本研究では都市内緑地によるクールアイランドの季節変化およびその緑地による差異について明らかにすることを目的として,東京都心に位置する3つの都市内緑地(皇居・自然教育園・小石川後楽園)とその周辺市街地を対象に1年以上にわたる緑地内外の多地点における気温観測を実施した.皇居内については環境省の「都市緑地における熱環境改善構想」の一環として宮内庁の特別許可を得て実施した観測データを使用した.
     晴天日におけるクールアイランド強度(緑地内外気温差)の日変化パターンは3緑地とも夏と冬で逆転し,夏は日中に大きく夜間に小さくなり,冬は日中に小さく夜間に大きくなった.また春と秋にはクールアイランド強度の値の日変化が小さかった.日中のクールアイランド強度は夏に大きく冬に小さい傾向が顕著に現れた.冬には緑地内外での気温差がほとんどなくなる日が多かった.夜間のクールアイランド強度は日中とは異なり,明確な季節変化はみられず,晴れて風の弱い放射冷却の強まりやすい日に値が大きくなった.このような季節変化の傾向は,新宿御苑で季節変化を検討した菅原ほか(2006)とおよそ同様な結果であった.緑地間でクールアイランド強度を比較すると,日中は自然教育園が最も大きくなることが多く,夜間は季節を問わず皇居が最も大きくなることが多かった.規模の小さな小石川後楽園では年間を通してそれほど値が大きくならなかった.また皇居,自然教育園のクールアイランド強度は1年を通じて新宿御苑よりも大きかった.
     日中のクールアイランド強度の季節変化は,夏は植物による日射遮蔽や蒸発散が緑地内の気温上昇を抑える効果をもたらすものの,冬は落葉によってその効果が小さくなることが要因であると考えられる.緑地総面積の非常に大きな皇居のクールアイランド強度が常に大きい結果にならなかったことから,緑地の規模だけによってクールアイランド強度が決定されるわけではないといえる.クールアイランド強度はどの季節においても緑地の面積が一定規模を超えるとあまり大きくならないことが考えられる.
  • 北島 晴美, 太田 節子
    セッションID: 718
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    1.はじめに
     日本における死因第1位は,明治~昭和20年代前半には感染症,昭和26(1951)年以降,脳血管疾患,悪性新生物へと変わり,疾病や死亡の季節変動も変化してきた。籾山(1970など)の季節病カレンダーによると,明治~大正には,多くの疾病死亡は夏季集中であり,心臓病,脳卒中,老衰は夏と冬に多発,癌は夏に多かった。昭和初期(1930~34)には癌をのぞく成人病の夏の多発期が消えて冬の多発期が残った。第二次大戦後(1952~56)には,夏に多発していた疾病のうち赤痢と下痢・腸炎を残して冬季多発に変わり,疾病の冬季集中現象が現れた。1957~61には赤痢だけ夏に残り,他は冬季集中となった。医療技術の進歩,生活水準の向上などにより夏季の山が克服され,冬山が残ったとされている。疾病死亡の「夏山は克服しやすいが,冬の山は克服しにくい」ことは,冬季の集中暖房が一般的ではない地域では,冬の寒さが寿命には不利であること示している。
     第二次大戦後(1955~1975)の都道府県別平均寿命は,第二次大戦前(1923~1933)よりも,月平均気温(以下では気温)と正相関が強い(北島・太田,2004)。すなわち,疾病死亡の夏山が克服され冬季集中となった時期に,都道府県別平均寿命は気温と相関が強かった。その後(1980~2000),都道府県別平均寿命は気候要素とはほぼ無相関となった(北島・太田,2004)。
     平均寿命は全死因の死亡率から算出されるが,1981年以降,死因第1位の悪性新生物の月別死亡数にはほとんど変動がないため(厚生労働省,2006),最近の平均寿命と気候要素には相関関係が見られないと考えられる。
     しかし,2004年の死亡月別死亡数(全死因)は冬季に多く夏季に少なく(厚生労働省,2006),現在も冬山型である。
     本研究では,死亡月別死亡数が冬季に多く夏季に少ない心疾患(死因第2位)および脳血管疾患(第3位)の都道府県別死亡率と気候との関係を調べ,気候が死亡にどの程度関連するのか明らかにすることを目的とする。

    2.研究方法
     年齢構成の異なる集団の死亡率を比較できる年齢調整死亡率が,気候とどのような相関関係を持つかを調べた。
     分析には5年毎に厚生労働省が算出し公表している都道府県別年齢調整死亡率と,『第1回心疾患-脳血管疾患死亡統計 人口動態統計特殊報告』に掲載されているデータを使用した。また,都道府県別の気候値としては,『メッシュ気候値2000』(気象庁,2002)の都道府県庁所在地メッシュにおける値を使用した。

    3.心疾患・脳血管疾患年齢調整死亡率と気温との相関
     3大死因の都道府県別年齢調整死亡率(2004年)の中で脳血管疾患(男・女),心疾患(男)は,年平均気温と有意な相関関係がある。
     心疾患年齢調整死亡率は,1970年以降(2004男除く)気温と無相関である。脳血管疾患年齢調整死亡率は,1970年以降,気温との相関は次第に弱くなったものの,負の有意な相関関係が継続しており,現在も平均気温が低いほど脳血管疾患年齢調整死亡率が高い傾向がある(図1)。1960年の北海道は低温にもかかわらず脳血管死亡率が顕著に低かった。2004年も同様の特徴がみられた。
     病類別では,急性心筋梗塞(男),脳梗塞(男・女),脳内出血(男・女),くも膜下出血(男・女)の年齢調整死亡率(2004年)が気温と有意な相関関係がある。
  • 田中 誠二, 加藤 央之, 山川 修治
    セッションID: 719
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    1. はじめに  前報では近年における日本付近の前線の出現頻度について報告したが,その中では気象場との関係について触れられなかった.そこで,本研究では前線の出現と気象場との関係を調べ,その関連性を考察した. 2. 研究方法  まず,前線の出現状況を把握するため,気象庁作成の地上天気図より,毎日00世界標準時(UTC)における前線の位置を把握した.この際に使用する断面として東経110度から東経170度断面まで10度毎に7断面とした.この7断面について天気図の範疇で断面と前線が交わる緯度を読み取った.この時読み取り誤差なども考慮し,0.5度間隔のデータとした.次に前線の出現パターンを探るため,前述した前線位置データを緯度方向に2.5度間隔になるよう計算した上で,1986~2005年の8~11月について,東経110~170度,北緯20~65度の出現回数を対象に,月別に主成分分析を行った.最後にNCEP-NCAR再解析データについても同様に主成分分析し,前線出現パターンとの関係性を調べた. 3. 結果  前線の出現パターンとNCEP-NCAR再解析データとの関係性を調べた結果,特に顕著な結果を示したのは高度場および地上気圧のパターンとの関係であり,すべての月,高度において有意な関連性を示した.  ここでは,一例として9月の前線出現回数における第3主成分と同月地上気圧における第1主成分との関係性について述べる.9月における前線の出現回数の第3主成分結果を図1,前線出現総回数の分布図を図2に,また地上気圧の第1主成分結果を図3,平均地上気圧分布を図4に示した.このときの前線出現のパターン(図1)は9月のピーク頻度帯が日本の東海上で増加するパターンで,気圧の第一主成分と正の相関があることから,北太平洋高気圧のリッジが北西側に発達するときに日本の東海上の前線が北上することを示す.このことにより前線の分布パターンは地上気圧の盛衰と関連することが推測された.ただし,こうした明瞭な関係が見られない例があるため,その原因について検討を進める.
  • 吉川 茂幸, 高橋 日出男
    セッションID: 720
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    1. はじめに
     冬季,極東域においては,西にシベリア高気圧(SH),東にアリューシャン低気圧という西高東低のいわゆる冬型の気圧配置が卓越する.この気圧配置が崩れると,総観規模温帯低気圧(以下低気圧)が極東域を東進する.低気圧は,東シナ海から本州南岸を通るものと,日本海から東北東に進むもの,そして大陸上を東進しオホーツク海に達するものに大別できる(Chen et al., 1991など).極東域の冬季低気圧と大気循環場との関連についてはこれまで様々な研究がなされてきた.しかし,極東域全体について,主要な低気圧経路ごとの低気圧発現数やそれぞれの間の関連性に着目したものはほとんどない.そこで本研究では,低気圧経路をESRI社製「Arc GIS」によって地理情報データ化して解析を行った.大気循環場がどのようなときに,どのくらいの低気圧が,どのような経路で極東域を通過し,どのような長期変動をしているのかを定量的に把握することを目的とした.

    2. 解析手法
     本研究では,1953年~1996年の44冬季(1952/12~1996/2)における地上低気圧を対象とした.北緯20度~60度,東経110度~160度を対象領域とし,『気象要覧』掲載低気圧経路図および気象庁天気図(地上天気図)から低気圧経路データを作成した.なお,対象とする低気圧の定義を統一したことから,対象期間のデータの質はほぼ均一とみなした. 全2,242個の低気圧経路から,緯度1度×経度1度のメッシュ集計をし,低気圧頻度分布図を描いた(Fig. 1).そして,東経140度もしくは135度を通過する低気圧の緯度によって,高緯度側から大陸低気圧(LL)・日本海低気圧(JSL)・南岸低気圧(PCL)として分類した. なお,大気循環場の再現には長期再解析データであるERA-40(ECMWF Reanalysis 40)を用いた.期間は1958年~1996年の39冬季(1957/12~1996/2)を対象とし,北半球全域を対象領域とした.

    3. 冬季低気圧活動の変動
     各月のLL・JSL・PCLの低気圧発現数を月の平均値および標準偏差でそれぞれ標準化した上で,3ヶ月×39冬季(1958年~1996年)の上記3経路における低気圧発現数の時系列に対し主成分分析を行った.第1主成分(EOF1)は,LL・JSLとPCLの逆相関変動を示し(寄与率37.6%),第2主成分(EOF2)はLLとPCL共通の増減変動を説明していた(寄与率34.4%).EOF1スコアの時系列は,12月においてMann-Kendall検定にて有意な増加傾向が示された.EOF2スコアの時系列は,約20年周期の変動が見られ,北極振動指数(AO index)との間に有意な正相関があった.EOF1スコアの増加と,シベリア南部の温度上昇や, SHの弱化との関係性,そして既往研究を踏まえると,特に冬季初頭で顕著な近年の低気圧経路の北上傾向は,地球温暖化の応答である可能性がある.

    4. 冬季低気圧経路と大気循環場との関係
     主成分スコア±1以上の特徴月の大気循環場コンポジット図を作成した.その結果,東欧と中央アジアとの間の500hPa面高度偏差の差異が,東側の温度傾度帯や,ジェットの挙動に影響を与え,極東域でのLL・JSLとPCLの発現差を決めていることが考えられた(Fig. 2).また,極東付近では,EOF2±月の比較から,PCLの発現数にはSHの強弱による擾乱抑制の程度や,北太平洋高気圧から回り込む暖気流吹走域の北上南下の影響が考えられた.JSLが寒冬時に減少しない理由としては,冬季モンスーンによって日本海の収束帯上で発生するメソ低気圧が上層のトラフと結合し,日本海で低気圧として顕在しやすくなる可能性が指摘できる.

    文献
    Chen, S.J., Y.-H. Kuo, P.-Z. Zhang and Q.-F. Bai. 1991. Synoptic climatology of cyclogenesis over East Asia, 1958-1987. Mon. Wea. Rev. 119: 1407-1418.
  • 高橋 信人
    セッションID: 721
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    1.研究目的
     日本の気候の季節変化は、概ね前線帯の位置や前線の出現頻度の変化に対応しているといえる。2008年春季大会の報告(高橋, 2008)では、29年間の気象庁地上天気図上の前線を集計して作成した前線存在頻度の半旬値をもとに前線分布型を定め、5月から11月の日本の季節進行とその変化傾向を示した。しかし、天気図上の前線は主観的解析により求められているため、より長期間の解析をおこなう際には、前線解析の品質の年代による差が生じ得るという問題があった。そこで本研究では、前線の位置を客観的に特定する指標としてthermal front parameter(以下、TFPと表記する、TFP=-∇|∇θ|・(∇θ/|∇θ|)、θ:温位)(Renard and Clarke, 1965)を用い、過去60年間の日本近郊における前線存在頻度のデータベースを作成し、そのデータに基づいてエルニーニョ・ラニーニャ現象発生時の季節進行や長期傾向の特徴を調査した。

    2.データ
     TFPはNCEP/NCAR(米国環境予報センター/米国大気研究センター)再解析値の850hPa面の気温データ(時間分解能:6時間, 空間分解能:緯度経度2.5度グリッド、解析期間:1948~2007年)を用いて算出した。そして各グリッドのTFPの値がその南北のグリッド値よりも高く、かつ、0.1K/(100km)2以上を示す場合に前線が存在すると判断した。TFPから求めた前線存在頻度は、天気図から求めた前線存在頻度に比べて、例えば梅雨期前半には頻度が低く位置が南に偏るなど、両者の前線存在頻度にはいくつかの点で違いがみられた。一方でTFPから求めた前線存在頻度でも季節進行に伴う前線帯の南北移動が表現されており、各季節で特有の前線存在頻度分布を示すことが確認できた(例:図1)。そこで、2008年春季大会での報告と同様に、各年各半旬のTFPから求めた日本付近の前線存在頻度分布(範囲:北緯20~50度、東経120~150度)をクラスター分析で分類し、そこで得た8つのクラスター(以下、前線分布型と表記する)を用いて60年間の各年の季節進行を半旬単位で表現した。

    3.結果
     図2は各前線分布型で平均した前線存在頻度分布と、エルニーニョ現象発生時、ラニーニャ現象発生時(両者とも気象庁の定義を使用)、60年平均における最頻出前線分布型の推移を示している。この図から、エルニーニョ現象発生時には梅雨(前線分布型C, D, E)は長引き、秋雨の始まり・終わり(前線分布型E,D,G)は2半旬ほど早まり、その間の夏期(前線分布型F)は短くなる傾向があること、ラニーニャ現象発生時には梅雨の始まり・終わりは1半旬ほど早まり、秋雨は1半旬ほど長引く傾向があることなどを読み取ることができる。また、60年間の長期傾向をみると、近年の7月上旬から中旬において前線分布型Dの増加とEの減少がみられ、梅雨期後半の前線帯の北上が遅くなっている傾向などを読み取ることができた。
  • 飯島 慈裕, 中村 哲, 立花 義裕
    セッションID: 722
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    I.はじめに
    東シベリア・レナ川中流域では,2004年以降,冬季の積雪量と夏季の降水量が大きく増加するとともに,活動層内の土壌水分が増加し,さらに地温上昇に伴う活動層厚の増大(永久凍土の融解)が同時的に進行している(飯島ほか2007,2008:地理学会).降水量増加による陸面の湿潤化は,気温上昇や北極海氷の激減など近年北極圏で進行する気候変化の中で,どのような原因からもたらされたのか,その広域的な変動要因の解明は,今後の寒冷圏での気候変動・相互作用の予測上重要な研究課題といえる.
    そこで本研究では,降水量ならびに再解析データ等の気候データセットを用いて,近年の東シベリアの湿潤化の原因となる北ユーラシアでの夏季・初冬季の降水量変化の空間的な広がりと,その要因となる大気場の変化について検討した.

    II.研究地域と使用したデータ
    本研究では,降水変動要因の解析のため NCEP2再解析データから,短周期擾乱(850hPa南北風の5日移動平均からの偏差の二乗)および、短周期成分による水蒸気フラックス(850hPa東西風、南北風、水蒸気混合比の5日移動平均からの偏差を用いて計算)とその収束を用いた.
    また,シベリアでの領域的な降水量変動を把握するため,GPCP(Global Precipitation Climatology Project)月降水量グリッドデータを用いた.

    III.結果
    東シベリアでの夏季と初冬季の降水量増加について,NCEP2再解析データを用いて大気場を解析したところ,2005~2007年の夏季(7~9月)は,850hPa面での5日以下の短周期擾乱成分が有意な正偏差を示す領域が,シベリア中央部の北極海沿岸地域からレナ川中流域にかけて延びており,この地域の夏季降水量増加とよく対応していた(図1a).擾乱成分の正偏差の強まりは,同期間におけるシベリア側の北極海上での非常に強い低気圧性偏差と関係している.この低気圧活動の強化は,アラスカ・カナダ側の高気圧偏差と並んだ二極的な構造を示し,2005年や2007年の北極海の海氷面積の急減にも寄与しており(Inoue and Kikuchi 2007 JMSJ),北極域の大気-陸面-海洋が連鎖する変化を特徴付ける注目すべき現象といえる.この時,水蒸気フラックスはシベリア中央部,北極海沿岸,オホーツク海からレナ川中流域へ向かって収束する傾向が見られた(図は省略).一方,冬季降水(積雪)に寄与する10-11月の場では,短周期擾乱成分には有意な偏差が見られず(図2b),期間平均として低気圧性偏差が現れ,その際東シベリアへの水蒸気フラックスは南東の太平洋側からの流れが示されていた.
    最近10年間では,北極海上のカナダ側とラプテフ海側との間の夏季の海面気圧傾度(CL Index)が,2005年や2007年の海氷面積の急減年を含めて急激な正の偏差への強まりを示し,二極的な大気循環の構造,すなわちシベリア(カナダ)側の低(高)気圧偏差の強まりを示している(図2).この変動に合わせて,東シベリア・レナ川中流域(北緯60-65度,東経120-150度)の7-9月の領域平均降水量も2000年以降増加の傾向を示しており,シベリア側の低気圧偏差の強まりと東シベリアの降水量増加との密接な関係が示唆される.2005~2007年は共に1979年以降で最大の正偏差,降水量増加の時期であった(図2).
  • 松山  洋, カダル ケズル
    セッションID: 723
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
    会議録・要旨集 フリー
    日本地理学会 2009 年度春季学術大会発表要旨集を御覧下さい。
  • 篠田 雅人, 立入 郁, 森永 由紀
    セッションID: 724
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    1. はじめに モンゴルでは、数千年来、移動により土地への環境負荷を分散させる遊牧が維持されてきた。遊牧は自然環境への依存度が高いために、干ばつとゾド(家畜の大量死につながる寒候季の寒雪害)に繰り返し脅かされてきた。本発表では、2008年に終了したJICAの技術協力プロジェクト「モンゴル国気象予測及びデータ解析のための人材育成プロジェクト」(2005~2008年)のなかで、篠田・森永 (2005, 地理評)の提案に基づいて開発した早期警戒システム(early warning system: EWS)について報告する。 2. 気候メモリ概念のEWSへの応用 ゾドとは、放牧されている家畜が大量に餓死する直接的な原因となる、冬・春の草地の地表面状態あるいは天候である。干ばつは牧草不足をもたらし、家畜が栄養不良になるために次の寒候季にゾドの被害が出やすい。ゾドで家畜が大量死するまでのおおもとには干ばつの発生があり、干ばつの影響が、「降雨→土壌水分→牧草→家畜」と時差をもって及んでいく。このため、この連鎖現象のメカニズムを解明すれば、先行現象をモニタリングすることで家畜に影響が及ぶ前に災害の早期警戒が可能となる。このように、異常気象に起因する陸面状態の偏差の持続性(気候メモリ)という視点から(篠田 2005, 沙漠研究)、EWSを開発した。 3. JICAプロジェクトの成果 プロジェクトに先立って行われた事前評価調査で、中央や地方の気象・政府関係者などにインタビューを行い、その要請にしたがって、遊牧を支えるための牧草地図の精緻化を試みた。従来から、年1回8月後半に村単位で数地点の牧草量データの収集が行われていたが、位置(緯度経度)情報がないため、詳細な地図作成ができなかった。そこで、プロジェクトでは、GPSを各県の農業気象観測者に購入・提供し、牧草量データとともに位置情報を収集させた。そのデータは首都にある気象水文環境監視庁に集め、GISを利用して地図作成ができるよう指導した。 さらに家畜数データも組み合わせて作成された地図が図1下であり、新聞などを通じて一般に公開されている。従来の地図(図1上)と比べて、数10キロスケールの詳細な牧草量分布が示され、家畜はより近い位置にあるよい草地を利用でき、その結果として放牧圧を分散させることにもなる。いっぽう、達成されなかった点は、地図情報のゾド警報のガイドラインへの活用であり、今後の課題は、より幅広い利用者への地図情報の普及である。 4. 研究レベルでの成果と将来への展望 JICAプロジェクトの発展として、将来の現業化をめざした研究レベルでのEWS開発も行った。植生と積雪の衛星情報、前年の家畜数・死亡率を説明変数とし、家畜死亡率(ゾド災害)の程度を目的変数とする樹形モデルを作成した(Tachiiri et al. 2008, J. Arid Environ.)。このモデルは気候メモリという視点でゾド災害の発生メカニズムを直観的に理解しやすいという利点がある。 この成果を模式的に示した図2によると、背景要因として前年の家畜の死亡率(健康状態)や家畜数(牧養力)、環境要因として8月の植生状態と12月の積雪状態がモデルにより抽出され、これらの4要因のうちいくつかが重なるとゾド災害発生確率が高まることが示された。このなかでも8月の植生状態はゾド発生に最も重要な要因であり、地上観測の牧養力(図1)とともに半年程度前にゾド警戒情報として利用できる可能性が示された。
  • 赤坂 郁美, 増田 耕一, 森島 済, 松本 淳
    セッションID: 725
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    1. はじめに
    近年,地球温暖化に伴う気候変化に大きな関心が集まっており,観測データに基づく多くの気候変化研究が行われている.しかしながら,気候変化の要因を明らかにするためには出来るだけ長期のデータを用いた研究が必要である一方,利用できるデータ期間上の制約により20世紀後半の変化を論じているものが多い.
    また,東南アジアの多くの地域では降水の季節変化に雨季入り・明けなどの明確な特徴があり,それらは月ごとの値では必ずしもよく表現されない.そのため,日単位のデータを用いた気候変化の調査も重要である.そこで本研究では東南アジア地域の中でも,20世紀前半の日降水量データが使用可能であるフィリピンに着目し,20世紀以降の降水量の季節進行とその年々変動の特徴を明らかにすることを目的とした.まず本発表では20世紀前半と後半以降の平均的な降水量の季節進行を比較する.


    2. 使用データ及び解析方法
     フィリピンでは19世紀末から20世紀中頃までの気象観測記録があり(Udias, 1996),そのディジタル化が進められている.ここではそのうち Philippine Weather Bureau (当時) のMonthly Bulletin の記録をディジタル化したもののうちから,欠測が2割以下である1907年1月~1940年8月の29地点の日降水量データを本研究で使用した.20世紀後半以降のデータとしては,1961-2002年の日降水量データを用いた.これはAkasaka et al.(2007)で使用されたデータとGAMEのデータ(Takahashi and Agata, 2006)をあわせたものである.こちらも欠測が2割以下の42地点を選び,本稿ではそのうちの6地点を使用した.どちらも半旬降水量に編集し,その気候値を算出した.1940-1950年代のデータがないため,20世紀前半と後半以降に分けて解析を行った.
    まず平均的な降水量の時空間変動を明らかにするために,1907-1940年平均の半旬降水量データにEOF(Empirical Orthogonal Function)解析を行った.次に,西岸域における降水量の緯度時間断面図を作成し,20世紀前半と後半以降の平均的な降水量の季節進行を比較した.緯度時間断面図に使用された地点は20世紀前半と後半以降で必ずしも一致しないが,なるべく近い地点を選んだ.

    3. 結果と考察
    20世紀前半の半旬降水量データに対するEOF解析から上位2EOFモードが,累積寄与率70%を超える主要なモードとして抽出された.第1EOFモード(EOF1)は,フィリピン南東部を除いて,全域で夏季を中心に降水量が増加し,その特徴が西岸域で顕著であることを示していた.これはAkasaka et al.(2007)による1961-2000年平均の半旬降水量データに対するEOF解析と結果とよく対応している.そこでEOF1の因子負荷量分布で強いシグナルが示された西岸域を対象に,20世紀前半の平均的な降水量の季節進行が,20世紀後半以降と同様の特徴を示すのか調査した.その結果,20世紀前半では北緯16-17度の地点で7月中旬-8月中旬に降水のピークが集中しているようにみえるなどの若干の相違点はあるものの,夏季の雨季入り,降水ピーク,雨季明け時期はほぼ同じであった(図1).どちらの期間においても西岸域では5月中旬頃(26-27半旬)から降水量が増加し,7-8月にピークとなり,9月下旬頃に北部の地点から徐々に減少している.また雨季・乾季が明瞭である点も共通している.今後は東岸域も含めて,100年スケールの降水量の季節進行とその年々変動を更に調査したい.
    引用文献
    Akasaka et al. 2007. Seasonal march and its spatial differences of rainfall in the Philippines. Int. J. Climatol 27: 715-725.
    Takahashi K. and Agata Y.(eds). 2006. GAME Phase 2 Collected Data. GAME data CD No. 12.
    Udias, A. 1996. Jesuits’s contribution to meteorology. Bull. Amer. Meteor. Soc 77: 2307-2315.

    謝辞:20世紀前半のディジタル化データは,環境省地球環境総合推進費B-061によるものと,文部科学省「データ統合・解析システム」(DIAS)によるものをあわせて使用させていただきました.
  • 野口 泰生
    セッションID: 726
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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     日本全国のアメダス地点において、年平均気温、年平均日最高気温、年平均日最低気温の永年変化(1979~2007)の変化率(回帰直線の傾き)を求めた。使用した資料は、アメダス再統計値(1976~2004)とアメダス観測年報(2005,6,7)である。  全国各地点における回帰直線の傾きを平均すると、年平均気温が0.03979℃(n=401)、年平均日最高気温が0.05017℃(n=363)、年平均日最低気温が0.03719℃(n=362)で、年平均日最高気温の方が日最低気温よりも高い上昇率を示した。  また、平均気温、日最高気温、日最低気温共に、北海道から西日本に南下するにつれて(年平均気温が上昇するにつれて)、気温の上昇率が高くなった。しかし沖縄地方はこの一般化に従わず、低緯度で(高温で)あるにもかかわらず、気温の上昇率は高くなかった。  地方の中核都市に立地する地方気象台では、年平均日最高気温よりも日最低気温の上昇率が高く出る傾向があったが、欠測地点も多く都市規模による結果とは言い切れなかった。
  • 今井 理雄
    セッションID: 801
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    2002年2月1日の改正道路運送法施行,すなわち規制緩和以降,7年が経過し,これを契機として我が国の乗合バスをめぐる環境は,大きく変化した. 乗合バス分野の規制緩和は,需給調整規制の廃止による参入,退出の自由化に換言されるが,これは正負ともその両面的な影響として顕在化している. それらの影響は,地域個々の社会経済的な背景をもとにしていると思われるが,都市や地域の規模,あるいはサービスの種類や形態といったいくつかの分類が可能である. そのひとつが公営交通事業者によって提供されるバスサービスの変容である.公営バス事業は,おもに経費に占める人件費の割合の高さから,経営環境の改善が進んだ.これは,非正規職員雇用による人件費の圧縮や,運行の外部委託,また事業の民営移管に代表され,全国的にみることができる. 本研究では,とくに政令指定都市としては初めて公営バス事業をすべて民営事業者に移譲した札幌市の事例に着目し,それに伴って生じた影響と課題を明らかにする.
  • 井上 学
    セッションID: 802
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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     地方自治体がバスを運行する際に、大きく2つに分けられる。ひとつは、自治体が車両や運転手を確保して直接運行する方式で、もうひとつは、既存の事業者に委託料を支払い、バスの運行を委託する方式である。現在、新規に運行される自治体によるバスは、「廃止代替バス」、「コミュニティバス」に関わらず後者の方式が多く採用されている。これは、実態が初めて路線バスを運行する際に、路線バスの運行ノウハウを持たないことや、既存の事業者の人員や車両を活用できるためである。それゆえに、受託事業者の多くは、当該自治体内に事業所や営業所を持つ民間事業者や貸切バス事業者、タクシー事業者が受託することが多い。本研究は、民間バス事業者の路線廃止に伴う、いわゆる「廃止代替バス」運行に関わるバス交通サービスの変容を、京都府綾部市で運行される「あやべ市民バス(あやバス)」を対象として明らかにする。その際、受託する事業者の特性と、運営コスト、供給されるサービス(運行本数や、新規路線の開設など)に注目して考察する。  綾部市内では、民間バス事業者(京都交通)によるバスが運行されていた。しかし、2004年の同会社の会社更生法の手続きに伴い、市内の路線は新京都交通(現・京都交通)に譲渡された。譲渡の際、新会社は不採算を理由に、綾部市内のほとんどの路線に対して運行に関わる補助金の支出か路線の廃止を申し出た。綾部市は、従来補助金を支出してきたにもかかわらず、旧事業者が経営破綻したことや、補助金の支出額が従来よりも高くなったことなどを理由に民間事業者に対する補助金の支出ではなく、廃止代替バスの運行を決定した。  すでに、綾部市では旧京都交通の廃止代替バスが1路線、市による直接運行で運営されていた。この時点では、市による直接運行と民間事業者に委託する運行と選択肢があった。綾部市は「市内バス路線対策検討委員会」や市民アンケートの結果をふまえて、市内全域に綾部市によるバスの運行を決定したが、市の直接運行には以下のようないくつかの問題があった。(1)これまで運行してきた市による廃止代替バスよりも運営規模が大きくなること、(2)それに伴う車庫の確保やバス車両の整備員の維持確保、(3)利用者数の少ない区間は電話予約(デマンド)による乗合タクシー方式を実施するが予約対応に関わるノウハウや人員の確保である。そこで、運行時刻案や運行方法(一般定時路線・予約乗合タクシー)を提示したうえで運行事業者の公募を行った。その結果、京丹タクシーが応募し、2005年より受託することとなった。  その結果、以下のような効果が認められた。(1)既存路線の運行本数の確保や増便、(2)新規路線の開設や延長、(3)利用者の閑散な区間では電話予約型乗合タクシーによる運行本数の維持、(4)従来の対キロ制運賃から対区間制運賃の変更に伴う運賃の低廉化、(5)利用者の増加と市による負担額の抑制である。いっぽう、原油価格の高騰に伴う燃料費の高騰や、当初予定以上の人件費の増加により、2007年に受託事業者は委託料の増額を申し出た。しかし、了承されなかったため京丹タクシーは運行契約の解除に至り、綾部市は新たな事業者を公募せざるを得なくなった。  新規の公募により、関西丸和ロジスティクスが受託事業者となった。新たな委託先の確保によって、デマンド路線部は定時バス路線に変更されるなどのサービスの向上が見られたが、いっぽうで、委託料は京丹タクシーの当初委託分と増額要望分をあわせた額よりも多く、利用状況をふまえた結果、多くのバス路線で減便が実施された。  本研究の結果をふまえると以下の点が指摘できる。(1)中長期の契約では、運行費用の価格変動に対して対応しにくい、(2)当該地域内や近隣自治体に受託先が少数の場合、競争が起こりにくく結果として支出の抑制に繋がりにくい、(3)今回新たな受託先となった事業者は関連会社が他地域でもバス運行の受託事業を行っており、条件が合えば遠隔地からの新規参入も容易である。  これまでの研究ではバス路線の運行を民間事業者に委託することで費用の抑制が可能であるといわれてきた。今回の研究から、バス事業はサンク・コストが低いため、事業からの撤退が容易であり、必ずしも受託事業者は低廉な費用で受託運行できるとは限らず、委託運行方式にも一定の限界がある点を指摘できよう。
  • 田中 健作
    セッションID: 803
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    1.はじめに 本報告では,現代日本の中山間地域における公共交通の存立構造を解明する手掛かりとして,地域公共交通政策の転換期におけるデマンド型交通(以下,DRT)事業の展開を考察した.研究対象地域には,人口規模や都市的機能,合併パターンを考慮し,広島県北広島町と安芸太田町を選定した. 2.地域公共交通政策の転換 1990年代半ば以降,地域公共交通政策は転換期に入ったとみられる.1995年に第3種バス路線への国庫補助が廃止された.2001年の地方バス路線国庫補助制度の改正では,国の補助は広域的な幹線路線のみに限定されるようになり,それ以外の域内交通等の維持は各県および市町村の対応に委ねられた.また,2002年の道路運送法が改正による規制緩和の結果,中山間地域における広域路線バスの撤退が生じ,地域的な交通対策が要請された.他方,市町村合併促進政策に関連する交通再編メニュー(補助金)も用意された.  さらにここ数年,都道府県単位での財政負担を抑制するために,各市町村に交通再編を促す各種補助制度が整備されている.例えば広島県や島根県では,各市町村に対し,中山間地域対策の一環としてDRTの導入に向けた実証運行等の補助金を設定した.DRTは従来の路線バスに比べて効率性と柔軟性が高いため,中山間地域の公共交通事業において重視されるようになった.  このように,現在の地域公共交通政策においては,県と市町村による公共交通の維持が重要となっている.この中で,地域住民のニーズ充足の対応として,DRTの導入が推進されるようになった. 3.デマンド型交通事業の拡大―広島県の動向―  ここでは,広島県を事例にDRT事業の拡大状況を概観する.広島県では,2003年に旧大和町(現三原市)で初導入されて以降,2008年8月までに中山間地域沿線8市町に拡大した.特に,市町村合併後に導入した自治体が多い.運賃は,各自治体によって異なり,200~500円となっている. 以下では,対象2地域におけるDRTの地域的展開について考察していく。 4.デマンド型交通事業の地域的展開―広島県北広島町と安芸太田町の事例― 2005年現在,広島県北広島町は人口20,857人,高齢化率33.2%,財政力指数0.31である.一方,安芸太田町は人口8,238人,高齢化率42.6%,財政力指数0.23である. 両町は,町村合併と財政再建に伴い,主要施設や中心集落間をつなぐ幹線部分にはバス路線を,小集落沿線の支線部分にはDRTを配置する交通体系を計画し,公共交通の広域的平準化と交通結節部分の強化を進めてきた.両町は公共交通の需給バランスをより意識するようになり,財政負担はともに縮小した. しかし,DRT事業の地域的展開は両町で異なった展開をみせている.安芸太田町の場合,町と個々の町内交通事業者との間には,運行案策定・欠損補填と運行業務という,従来的な事業維持関係が結ばれている.一方,北広島町のDRTは,町と組合化した交通事業者との間にある事業関係によって維持されているが,それに加えて,交通事業者と町内の商業施設や環境NPO 等との間に,業務提携等を媒介にしたネットワークも形成されている.ネットワーク化で中心となったのは,地域振興に関心が高く,地域内の様々な組織と関係を持つ1事業者の代表者であった.地域内にネットワークが形成されたことで,北広島町におけるDRTの機能は複合化し,それを通じた様々な相乗効果が生み出されていた. このように,DRTは地域公共交通の再編成を機に導入が進み,自治体と事業者の間にある従来的な関係がDRT維持の基本的な枠組みとなっている.しかしながら,DRT事業の展開のうち,機能複合化の展開には地域的な差異が生じていた. 5.おわりに DRTは,政策的な背景から各地で広がりを見せている.この中で,両町ともに町と交通事業者によってDRT事業が維持されているが,北広島町の場合は,交通事業者と地域内の複数組織との間にネットワークが形成されている点に特徴があった.それは,北広島町におけるDRT機能の複合化と,地域社会内のプラスの循環とをもたらす鍵になっていたものと考えられる.
  • 関本 健介
    セッションID: 804
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    1.はじめに
     近年,日本のバス事業者を取り巻く環境は年々厳しさを増し,輸送人員,総路線数ともに減少傾向を示している.独立採算制を原則として運営されてきた公営バス事業も,厳しい経営環境に置かれている.この状況を受け,公営事業者は大規模なバス路線の再編に着手してきた.横浜市交通局(以下,市営バス)は,2006年度に大規模な路線再編を行った.当初は民間移譲を一部のみとし,多くの路線を廃止する計画であったが,最終的に廃止対象路線の多くに救済措置が採られた.しかし,一部は暫定運行路線として,2年後の廃止を前提とした路線の救済であるため,路線の廃止のよって住民の移動行動に影響を与える事が予測される.これまで,廃止が予定されている公共交通に対して利用者の視点から実態調査がなされる事は稀であった(土`谷:2008).
     そこで,本研究では市営バスの暫定運行路線に着目し,暫定運行路線の利用状況を明らかにするとともに,暫定運行路線の廃止による沿線住民の移動行動への影響を把握する事を目的とする.

    2.調査概要
    暫定運行路線の各路線ならびにバス停ごとの乗車人員について,「通過人員表」を用いて分析した.その結果,291系統が1便で1キロ当りに輸送する人員,暫定運行路線しか停車しないバス停の乗車人員ともに多いため,291系統の廃止が,沿線住民に対して最も影響の大きいものであると判断し,291系統の沿線住民に対し,利用状況の調査を行なう事とした.  調査は,暫定運行路線しか停車しないバス停より半径300mの居住者を対象とし,性別,年齢等の諸属性と,利用目的,利用頻度などの291系統の利用状況,および291系統以外の利用交通手段,主要な目的地などについて,ポスティングによるアンケート調査を行なった.その結果,865人からの有効回答が得られた.

    3.調査結果
     291系統を利用する事があるとした回答者(以下,利用者)は全体の59%で,まったく利用しないとした回答者(以下,非利用者)の41%より多い.高齢者ほど利用者が多く,若い世代ほど少ないが,若い世代でも20歳代以外で40%以上が利用者である.利用者のうち,週に3回くらいの利用者が21%で最も多い.また,82%が月に1回以上の利用者である.最大の利用目的は買物で,次いで通院である.利用頻度も通院,買物の順で高い.通院や買物は生活に欠かせない行動と考えられる.従って,291系統は日常的な移動手段として頻繁に利用される,重要な移動手段であると言える.
     291系統の利用者のほとんどは,横浜駅西口への利用である.他系統のバスを利用するとした回答者は,利用者の75%で,その多くが291系統と同じ横浜駅西口への利用である事から,目的地に関しては,291系統が廃止されても著しく不便になる利用者は少ないと考えられる.しかし,その際利用すると回答したバス停は遠距離でも利便性の高いバス停,あるいは高低差の少ないバス停の傾向があるため,291系統の廃止により,遠距離を移動する必要性が増加すると考えられる.
     291系統以外の移動手段として,利用者の徒歩の割合は非利用者より低い.また,利用者は非利用者に比べ,金銭的な理由等,消極的な理由で徒歩を選択している.そのため,291系統廃止によって徒歩での移動を余儀なくされる事は,利用者にとって大きな負担になると考えられる.

    参考文献
    土`谷敏治 2008.広島電鉄白島線の利用状況と利用者特性.日本地理学会発表要旨集(73):115.
  • 飯塚 隆藤, 勝村 文子, 矢野 桂司, 西 天平, 森川 宏剛
    セッションID: 805
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    I はじめに
     京都市には,京町家と呼ばれる1950年以前に伝統軸組構法により建築された木造家屋が,約50,000軒(推定)存在する.1995年度から1998年度にかけて行われた,トヨタ財団の市民調査や京都市の京町家まちづくり調査(第I期調査)により,都心4区のうち明治後期までに市街化された地域を対象に約28,000軒の京町家が把握された.そして,2003・2004年度に同じ範囲を対象に,京都市と立命館大学文学部地理学教室が中心となって,追随調査(第II期調査)を実施し,約4,300軒(約16%)の減少が確認された(矢野ほか,2007). そして,2008年10月19日から京都市と立命館大学文学部地理学教室と財団法人京都市景観・まちづくりセンターの三者が主体となって,第III期京町家まちづくり調査(以下,第III期調査)を実施している.今回の調査は,京都市内の都心部および昭和初期に開発された地域や旧街道筋に現存する京町家を対象としている(図を参照).第III期調査の調査方法を構築するために,2006年10月から2008年5月にかけて4つの地区を対象に事前調査を行い,PDAや写真を組み入れたGIS(Photofield(藤田・有川,2005))の有効性が確証された(飯塚ほか,2008). 本研究では,第III期調査の実施状況を報告するとともに,調査結果の京町家GISデータベースの構築について示したい.

    II 第III期京町家まちづくり調査の実施
     第III期調査は,京都市の元学区単位ごとに行い,1日あたり最大15チーム(1チーム:3~4名)で行っている.各チームは,京町家の意匠を判断する専門家とPDA入力を行う立命館大学スタッフ,調査シートを記入する一般調査員,デジタルカメラで京町家の外観を撮影する一般調査員で構成されている.これは,第I・II期調査の際に,紙媒体の調査シートを記入するのみでGIS化の作業に大幅な時間を要したこと,写真データが存在するがデータベース化されていないこと,調査員によって判断が大きく異なること,を考慮し改善したものである.その結果,調査結果のデータベース化・GIS化の作業が軽減しただけではなく,前回に「京町家である」と判断されていたものが「京町家でなかった(判断間違い)」と判断されるなど,調査時の判断ミスを訂正でき,調査の精度が向上した.

    III GISデータベースの構築
     2008年10月から2009年1月の間に,上京区15学区と北区2学区を実施し,これまでの調査軒数は10,000軒を超えている. そこでは,毎回調査の度にPDAデータと写真データを集約したプレゼンテーション(GIS化・Photofield化)を行っている.調査したデータは,PDAと調査シートのクロスチェックを行い,調査項目の精度を向上させている.また,写真データと京町家のポイントデータを同期させてPhotofieldで調査項目を表示することで,更に精度を高め,これらの作業の後に,GISデータベース化している.

    IV おわりに
     第III期調査は,2008年10月から2010年3月までの期間で,京都市内の約50,000軒を予定している.今回の調査ではPDAやPhotofieldを用いたことで,調査効率と精度の向上が顕著に見られた.今後,GISを活用した第I・II期調査との比較や各元学区の京町家の減少率や空き家率などの分析,ジオデモグラフィクスとの関連分析などを実施する.

    参考文献
     飯塚隆藤・井上学・矢野桂司・高木勝英・西天平・森川宏剛2008.GISを活用した第III期京町家まちづくり調査.地理情報システム学会講演論文集17:551-556.
     藤田秀之・有川正俊 2005.位置・方向・ラベルを活用する空間アルバムソフトウェア- PhotoField -. Research Abstracts on Spatial Information Science CSIS DAYS 2005: E09
     矢野桂司・中谷友樹・磯田弦編2007.『バーチャル京都』ナカニシヤ出版
  • 高松 大樹
    セッションID: 806
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    1.はじめに  全国的に人口の減少が始まり,地方自治体の財政状況が厳しくなるなかで,多様化する住民のニーズにすべて応えることは不可能である.そのため,自治体側は住民のニーズをよく把握・検討し質の高い生活環境を創出することが重要である.また,生活環境は大きく周辺環境と利便性に分けることができるが,住民の生活環境のおよそ7割は利便性で説明ができる.したがって,本研究では住民のニーズを把握し適切な生活利便性の評価方法の構築を目的とする.研究対象地域は茨城県つくば市を選択する.評価対象となる施設はつくば市周辺の市町村も含まれる. 2.研究方法  事前のGISによる利便性分析でアンケート対象地区を選択し,その後アンケート調査,GISと統計ソフトによる分析という順序で研究を行った.まず,便性研究に必要な評価指標を,先行研究を参考に選定した(第1表).次に,指標毎にGISで分布傾向や事前利便性測定を行い,アンケート対象地区を20地区選択した. 3.アンケート  アンケート対象地区20地区の住民に2008年11月にアンケート調査を行った.アンケートは個人ではなく世帯を対象とした.アンケートで調査した項目は第1表の評価指標の利便性満足度に加え,総合利便性満足度である.調査方法は訪問またはポスティングを行い,同封の封筒で返信という方法を採用した.1420世帯にアンケートを配布し,651世帯(45.8%)から有効な回答を得た. 4.分析  アンケート結果を地区ごとに平均して,指標毎の利便性満足度と総合利便性満足度を算出した.20地区の指標毎の利便性満足度と最も相関係数の高くなるGISを用いた指標利便性評価方法を,指標毎に行った23評価方法の中からそれぞれ選択した.指標毎に選択した評価方法で算出された値を利便性満足度に変換し,20地区で重回帰分析を行い,総合満足度を説明できる重回帰式を作成した. 5.結果 総合利便性評価値は第1図のようになった.評価値の高い地域が4地域現れ,大きな集落にも利便性のやや高い地域を見ることができる.
  • 岩船 昌起
    セッションID: 807
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
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    B>【はじめに】一次救命処置(BLS)で除細動を可能とする自動体外式除細動器(AED)は,世界標準の救急蘇生法の確立・普及とともに米国を中心に多くの施設等で設置が進みつつある。しかし,2004年7月に一般市民へのAED使用が許可されて間もない日本では,高価なAEDを十二分な数だけ配備した施設等は少なく,複雑に入り組んだ建物や広大な敷地を極少数のAEDがカバーすることが多い。このような現状において,BLSに関わる通報やAEDの運搬の方法,それらの所要時間等に関わる実証的なデータを得た上で,施設敷地の環境・空間を考慮したBLSの実施方法をシミュレーションしておくことは,傷病者の救命率・社会復帰率を向上させる手段として極めて重要と思われる。
     そこで本研究では,鹿児島県のシラス台地縁辺の段丘面上に立地するS大学を研究対象として,AEDを最大限に有効活用できるBLSマニュアルの作成に資するために,救命の連鎖での早期心肺蘇生および早期除細動に関わる「AED設置場所である保健室と傷病者発生地点と想定する大学各所との双方向での近接性に関する走行実験」を実施した。そして,これらの実証的データに基づきBLS開始までに要する応答時間(レスポンスタイム)を場所ごとにシミュレーションし,1台のAEDがカバーできる空間やキャンパス内での危険域の区分等のBLS環境を評価した。
    【走行実験】「走行実験」は,保健室等への早期通報に関わる「往路」とBLS可能者の移動とAEDの運搬に関わる「復路」で実施した。いずれも,1分間の心拍数が基本的に100拍以下になるまで回復を待ち,各36調査地点への試走を繰り返すインターバル走形式で実施した。被験者は1名で,スポーツ心拍計(POLAR社S710i等)を用いて心拍数と所要時間を計測・記録した。AEDを運搬する復路の実験では,実物のAED(フクダ電子FR2-M3860A)の重さ約3.1kg重となるように調整したカバンを活用した。また走行コースの距離を,巻尺で計測した。
    【レスポンスタイムのシミュレーションとBLS環境での危険域】シミュレーションでは,「居合わせた教員・学生がBLSを実施できず,保健室等に救助を求めに来る」と設定し,連絡方法や連絡者の体力等も考慮した。一般的体力者相当の走行を中心にした連絡方法では片道約185m以上が,男子運動部員体力者相当の走行による連絡方法では片道約329m以上の遠隔地が最短レスポンスタイム4分以上の危険域になることが多く,両者が示す片道距離以内の範囲でも建物の高層階ほど走力レベルに応じて危険域になることが具体的に明らかとなった。これは,広大なキャンパスや入り組んだ建物を有する他大学等の公共的な施設でも共通して見出せる現象であると思われる。
     また「携帯電話」を早期通報・連絡に活用したシミュレーションでは,一般的体力者相当では片道約342m以上が,男子運動部体力者相当では片道約561m以上が上記の危険域となり,相対的な遠隔地での早期通報に携帯電話の活用が有効であることが具体的に明らかとなった。
    【おわりに】施設管理者の危機管理が強く求められる現在において,今回の走行実験で得られたBLSに関する時空間的なシミュレーションは,当該施設でのBLS講習会等でも成果が共有され,かつBLSマニュアルにも反映されるべき基礎知識として極めて重要である。今後は,他施設での研究事例を増やすとともに,走行コースの角度・傾斜や階段なども考慮した空間的な法則についても考察したい。
  • 山本 倫芳
    セッションID: 808
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
    会議録・要旨集 フリー
    _I_.問題の所在と研究目的 1972年の廃棄物処理法の施行以降,市町村は,排出量等の地域の状況を踏まえながら,現在も最適な収集・処理方法を模索している.ごみ収集経路に関する既往の研究では,モデル構築やシミュレーションの際に集積所や区域を均一なものとして扱う傾向がある.また,集積所の位置データと道路データから最短距離経路を導くにとどまり,ごみ収集の実態を十分に把握できていない.これまでの成果に加え,最適なごみ収集の経路を考えるにあたっては,よりミクロな地域的スケールでの分析が必要である.そこで本研究では,茨城県つくば市東地区を対象に,ごみ収集の実態を把握するとともに,ごみ収集の経路選択を規定する要因を明らかにする. _II_.研究方法 まず,家庭ごみ収集事業者の協力のもと,現地調査(収集車に同乗)及び聞き取り調査を行い,収集順次,経路,集積所位置の情報と,作業等ごみ収集の実態を把握する. 次にGISを用いて道路距離にもとづく最短経路探索を行い,最短経路を求める(ここでいう「最短経路」は,絶対的な「最短」を意味せず,最短経路探索の結果としての経路名称とする).実際経路と最短経路の差異を考察し,経路選択を規定する要因を探る. _III_.結果・考察 現在の収集順次やその経路は,当該地域の地理的環境に慣れている作業員が,前任者とともに作業を行う中で学習し,その後,作業者にとって最も適した経路であるよう変更するなど,経験則に基づき決められたものであることが確認された. また収集順次や収集車ごとの収集区域の設定には,ごみ量と作業時間が主な要因であると認識されているが,加えて,この分析により,その地域・地点に特有の状況・条件が影響していることが明らかになった.例えば,通勤時間帯である8:00頃に回収を行う地区において,集合住宅併設の駐車場脇に立地する集積所については,収集車の停車により出入り口を遮らないような経路となるようにしている.また,烏や猫などにより,頻繁にごみが散乱している箇所があり,集積所の清掃のために,一箇所あたりの作業時間が増加し,このことは収集区域の決定に影響している. 実際経路と最短経路の差異は,実際経路における選択結果行動としてa) 転回回避,b) 対向車線における右寄せ停車,c) 単純な経路指向による迂回,d) 中・長距離パスにみられる選択指向の4点にまとめられた. また,a) 転回回避の理由にはa-1) 3~4つの集積所間の流れを重視,a-2) 十分なスペースがあり転回可能だが進行方向を保持,a-3) 十分なスペースが無く転回不可能の3点が挙げられ,d) 中・長距離パスにみられる選択指向には,d-1) 親近性のある道路,d-2) 幅員が広く走行が快適の2点が挙げられた. _IV_.結論 実際経路と最短経路の差異を考察した結果,ごみ収集の経路選択要因は,運転者の特性である「内的条件」と,交通環境などの「外的条件」に分けられる.内的条件(運転者主体特性)には,運転技術,作業経験年数による経験値,走行環境の嗜好などに現れる個性があげられる.外的条件としては,幅員や道路形状を示す物理的環境,交通量や道路の格(主要県道・住宅街路)を示す社会的環境,季節・曜日・時間を示す時期があげられる.
  • 中村 文宣
    セッションID: 809
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
    会議録・要旨集 フリー
    近年,日本における国際観光を巡る動きが活発化している.我が国が抱える国際観光のアンバランス(国際旅行収支の赤字)を解消すべく,2003年から実施されているビジット・ジャパン・キャンペーンでは,官民問わず積極的な取り組みがなされている.
    外国人旅行者の誘客による経済効果が広く認識され,訪日観光に関する取り組みが全国に広がっていく中で,特定の地域や個別の観光事業者と外国人旅行者との結びつきが顕在化しており,地理的視点から外国人旅行者(ゲスト)と地域の観光事業者(ホスト)の関係について考察していくことが求められている.
    本研究では,石川県能登地域における台湾人訪日観光を取り上げ,その観光行動及び誘客活動に携わる活動主体の取り組みを整理し,成立要因を明らかにする.研究方法として,ゲストである台湾人観光客とホストである能登地域の観光事業者への聞き取り調査をもとにしている.聞き取り調査により,それぞれの活動主体の役割や考え方,取り組みの相違点を明確にし,この地域における訪日観光の特性を見出したいと考える.
    台湾人にとって日本は「身近な外国」であり,台湾では経験できない四季の変化,温泉や日本料理など日本固有のものに根強い人気がある.また,台湾人は首都圏,京都や奈良といった外国人に人気の地域だけでなく,地方への訪問も活発に行っており,研究対象地域である能登地域(北陸地域)も近年,台湾人観光客が増加している地域の一つである.台湾人観光客の能登地域への主な訪問形態は,40代~50代の富裕層が中心となった団体ツアーであり,日本への訪問経験を持つ訪日リピーターがその大半を占めている.また,この地域への訪問動機として最も多く挙げられたのが,和倉温泉の高級旅館である「加賀屋への宿泊」であった.
    加賀屋は日本で初めて本格的に台湾人観光客を受入れた和風旅館であり,能登地域の台湾人訪日観光において主導的な役割を果たしている.この加賀屋が宿泊客に提供するホスピタリティは「加賀屋の流儀」と称され,旅館文化として高い評価を受けている.こうしたホスピタリティは日本文化に強い憧れを持つ台湾人にとって,そのニーズを十分に充たすものであり,加賀屋への宿泊経験はある種のステイタスとなっている.
    台湾人観光客受入を開始した1996年より,加賀屋は台湾の旅行会社と連携し誘客活動を展開している.台湾における認知度の向上を目指したプロモーション活動に加え,訪日ツアー商品の造成も共同で行っており,加賀屋宿泊と能登地域の観光資源や台湾人に人気の高い立山黒部アルペンルートへの訪問を組み合わせたツアーを提供している.こうした活動が能登地域への訪問をさらに促している.
    また,台湾人観光客の送客手段として,2003年に開港した能登空港へ運航されている国際チャーター便が大きな役割を果たしている.定期便のある国際空港から離れているという地理的に不利な条件を克服させ,台湾人観光客の能登地域における滞在の長期化と移動の負担軽減を実現している.チャーター便の運航に合わせて,地域内では「能登包機受入協議会」が組織され,加盟した観光事業者は積極的に台湾人観光客を受入れ,地域の受け皿として機能している.
    台湾人観光客(ゲスト)と加賀屋(ホスト)が,加賀屋への宿泊といった特定の目的によって強い結びつきを示しており,台湾人が訪日旅行に求めるニーズに,加賀屋が提供するホスピタリティが応えることで両者の関係が成り立っている.
  • 鄭 玉姫
    セッションID: 810
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに
    2007年現在,韓国の農林水産部に登録されている農漁村民泊事業*者は,14,805人である.従来,民泊経営のための行政的な手続きは不要であった.それが2005年農漁村整備法の改定により,民泊経営をするためには該当行政当局に民泊事業者指定をうけるようになった.これは日本の民泊が旅館業法の中の簡易宿所営業に登録されていることとは異なる.
    日本の民宿地域は,海浜型民宿地域と山地型民宿地域に分けられる(石井 1970).この類型は韓国にも適用できるが,海浜型民泊地域の方が山地型民泊地域より多い.その反面,スキー場の建設は集落のない山地空間で行われており,山地型民泊地域は少ない.つまり,韓国の主な民泊経営は海水浴場周辺地域にあり,海浜型民泊地域を成している.
    本稿では,韓国南沿岸部にある南海郡尚州里を取り上げ,その民泊経営の展開と地域の変化をまとめる.

    2.南海郡尚州面尚州里の民泊経営と地域変化
    1)海水浴場の開場と民泊経営の開始
    韓国慶尚南道の南海岸に属する南海郡には4つの海水浴場がある.そのうちもっとも海水浴客を集客しているのが尚州海水浴場である.島嶼である南海郡は,1973年南海大橋の竣工でさらに観光客が増えたが,来客数は1997年の96万人を最高にして,2000年を境に減っている.
    尚州里の民泊経営は,1980年に入って海水浴客の増加によって発生した.当時,この地域には民泊が存在しなかったので,海水浴客は宿を求めて自ら農家を尋ねた.それで海水浴場近隣の尚州里では,他より民泊が早期に経営されており,中でも海水浴場と近距離の農家が民泊経営を始めた.その後,海水浴客の増加とともない民泊は全集落をはじめ近隣集落まで広まった.
    2)接客業の増加と地域変化
     尚州里では,1980年代から増加する海水浴客を対象に,食堂や喫茶店,旅館などの接客業が増えた.なかでも,1990年代に食堂と旅館,自動販売機の開業が多い.とくに食堂の開業は,海水浴時期である5月から7月までが多い.これは民泊で食事を提供しないことに要因がある.また,自動販売機の設置場所は大半が海水浴場の周辺である.
    要するに,尚州里内では1990年代から海水浴客の増加に相まって,食堂,旅館などの接客業の営業が多くなった.

    3.まとめと考察
    尚州里における観光は,1970年代南海大橋の竣工と海水浴場の開場に大きく影響をうけ発展した.とくに民泊経営は,海水浴客の増加とムラの中に宿泊施設がない状況の下で,農家が民泊をはじめた.そして民泊経営は海水浴場の近隣農家から始まり,徐々に集落全体と近隣集落にも広まった.そして,海水浴客を対象に里内では食堂,旅館,自動販売機などの接客業が多く開業した.
    尚州里では,海水浴客の増加に相まって民泊経営と接客業の開業が見られ,これらによって観光は重要な生業の一部となっている.
    【注】* 農漁村整備法(2005)による民泊事業とは,農漁村地域に居住する住民が農漁家を利用し,利用客の便宜と農漁村所得増大を目的に宿泊・炊事施設などを提供する業としている.
    【参考文献】
    石井英也 1970. わが国における民宿地域形成についての予察的考察.地理学評論 43(10): 607-622.
  • 松村 嘉久, 大谷 新太郎
    セッションID: 811
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに
     新羅時代の古都・慶州市は,韓国屈指の観光地である。世界遺産「石窟庵と仏国寺」(1995年登録)が,市街地東南15kmほどの所にあり,市街地南部から南山地区にかけた「慶州歴史地域」も,2000年に世界遺産登録されている。慶州市での観光開発の歴史は古く,朴正煕大統領の指示で1971年から始まり,普門観光団地などが建設されている。市街地北20kmほどに位置する良洞民俗マウルでも,世界遺産登録申請に向けて集落内外での景観整備や施設建設が進みつつある。
     (中略)本発表では,慶州市の主な宿泊施設の集積地域で行ったフィールドワークから,宿泊施設の内実と分布特性を概観し,観光機能の分化に迫りたい。
    2.慶州市の主な宿泊施設の集積地域
     慶州市には統計上は333軒の宿泊施設が存在し,客室総数は1万室を超える。その内訳は,A:等級付きの観光ホテル(13軒2,321室),B:コンドミニアム(8軒2,096室),C:旅館(276軒6,090室),D:旅人宿(36軒398室)となる。最も多いCの内実は,観光・ビジネスホテル的なものからモーテル・ラブホテル的なものまで多様である。ただし,韓国のモーテルやラブホテルは客室を時間貸しする所が少なく,一般的な観光客もよく利用する。C・Dのなかで立地条件の悪い所は,廃業状態にあるものも少なくない。
     慶州市の主な宿泊施設の集積地域は,1:慶州高速バスターミナル周辺(50数軒),2:慶州駅周辺(20数軒),3:普門観光団地(20数軒),4:仏国寺周辺(40数軒)である。以上の四つの集積地域で,慶州市の全宿泊施設数の3分の1強を占め,客室数ならば約8割を占める。我々はこれら宿泊施設の外観と周辺の観察に加えて宿泊料金の確認を行い,宿泊施設が分散分布する2を除いた三地域では,包括的な土地利用調査も行った。
     慶州市役所提供の統計資料によると,近年の外国人観光客は50万人前後,国内観光客は600から800万人くらいで推移している。外国人観光客の4割強は日本人が,国内観光客の4割強は学生が占める。2000年の世界遺産登録を契機とする顕著な観光客増は統計から見出せないが,外国人観光客を中心に宿泊を伴うものが確実に増えてきている。
    3.慶州市における宿泊施設の分布特性と観光機能の分化
     集積地域1の宿泊施設はほぼ全てCに属する。宿泊料金は1部屋で2万₩から6万₩,5階建てまでの小規模なものばかりである。民家も多く残るが,バス停付近にレストランや小売店舗が多く,個人観光客が過ごしやすい空間編成が構築されている。格安ゲストハウス集積地域としての認知度が高く,外国人個人観光客の利用も多く,英語や日本語の看板も散見される。2000年の世界遺産登録の恩恵を受け,1の宿泊需要は増加傾向にあるためか,建設・改装中の宿泊施設もあった。
     2の宿泊施設も全てCに属し,宿泊料金は2万₩から4万₩くらいである。日本でいう駅前旅館が多く,サウナ併設で客室を時間貸しする怪しげな所も数軒あった。2010年に慶州KTX新駅ができ,現在の慶州駅は廃止される予定なので,経営維持は困難になると見込まれる。外国人が宿泊するのは極めて稀で,国内ビジネス客が主な客層である。
     湖畔リゾートである3の宿泊施設は,規模が大きく宿泊料金の高いA・Bが中心であり,カジノ・温泉・プールなど,付属施設も充実している。湖畔から離れた所にCが数軒立地している。主な客層は国内観光客と外国人観光客であり,個人よりも団体やパッケージでの利用が多い。国内観光客は9割以上が普門を訪問するが,外国人観光客は5割前後にとどまる。
     仏国寺周辺4はCが多く,AやBも数軒立地する。国内修学旅行生向けの大規模なユースホステルが数軒あるが,学生の長期休暇が終わると次のシーズンまで事実上閉鎖する所が多い。宿泊料金が3万₩から4万₩くらいの小規模なモーテルも立地するが,利用客は少ない。市内循環バスの乗り場付近以外のレストランや複合商業施設は,実に閑散としている。建物こそ真新しい地域であるが,宿泊施設も含めて,すでに廃業,あるいは開店休業状態の所が目立つ。
     慶州市は釜山からの日帰り観光圏で,KIXの開通でそれはさらに広がるであろうが,集客力の高い観光資源が郊外に点在するため,宿泊を伴う観光客は今後とも増加するであろう。宿泊施設の集積地域1・3・4は,各々が異なるタイプの観光客の受け皿となり,観光機能の分化が生起しつつある。1と4では空間的リストラクチャリングが起こる可能性も高い。
  • 佐々木 リディア
    セッションID: 812
    発行日: 2009年
    公開日: 2009/06/22
    会議録・要旨集 フリー
    本研究では、ルーマニア、ドナウデルタにおける観光の持続性と、環境保全との共存・両立の可能性を考察し、そのために必要とされる対策を明示することを目的とする。  近年、自然環境保全への意識が高まる中、より持続性が高く新しい型の観光が求められている。中でもエコツーリズムはその筆頭である。「環境保全の側に立ち、地元の生活向上に貢献する、責任ある旅行の仕方である」と定義されている(TIES, 1990)。つまり、エコツーリズムは環境保全に貢献し、地元文化の伝承、地元への財政に利益をもたらし、来訪者と地元の双方の環境意識を高めることに寄与する。  1989年の政治・経済改革以降、中東欧諸国では観光業の振興が優先課題となった。ルーマニアも豊富な自然・文化資源により観光業の育成が期待されたが、消極的な政策を採り他の中東欧諸国の後塵を拝することとなった。その結果、2006年の外国人観光客数は604万人、国全体の観光業のGDPへの貢献度は1.92%と期待を下回る。このような、ルーマニアの観光業の発展の阻害要因として、以下の4つの点が挙げられる。_丸1_ 国の観光振興政策・戦略の欠如; _丸2_ 政府と民間との連携の欠如; _丸3_ 地方のインフラ整備不足(交通、宿泊のみならず、上下水道・下水処理場、ごみの収集などといった基礎インフラでさえ不足している); _丸4_ 観光業の人材が質量共に不足。そのため2007年にEU 加盟したルーマニアは、新しい観光振興戦略に基づき、EUからの支援金を受け持続的な観光業の振興に力を入れた。   本研究では、持続可能な観光に豊富な自然資源を有するドナウデルタに焦点をあてる。ドナウデルタ生態系保全地域(DDBR)は、ルーマニア最大の生物圏保存地域であり、多様な生物種(植生、野鳥327種、魚類65種など) により世界遺産に指定されている。1989年以前のドナウデルタは、自然保全エリアを除き、漁業、葦の採取販売、自給自足的農牧業、零細な観光業などが複合的に機能していたが、1990年以降厳密な自然保護地域に指定されたため、これまでの生業の継続が難しくなり新たな収入源が必要になった。当初、観光業は有望な選択肢と見られ、観光客は徐々に増加した。しかし一方で、観光は地域の資源である環境を汚染し、野生動物の生活環境を侵害し、地域文化を喪失するなどマイナスの影響をもたらす。その解決としてエコツーリズムの導入することにより、自然環境と地域文化の保護に対する、観光や地域発展という相反する目的を共に満たし、地域社会の持続的発展を可能にできると考える。   最後に、発表者は持続的地域発展を目的とする真のエコツーリズムを浸透させるためには、以下の4点が重要な対策であることを提言する。 _丸1_ 環境保全、地域発展と観光を調和させるための新しい地域の観光振興戦略を策定する _丸2_ 国、地方公共団体、DDBR当局と地域コミュニティの間の連携を高める _丸3_ 行政が、基礎インフラ、そして観光のための投資を優先的に行う _丸4_ 環境保全活動に対する地域住民の意識を高め、積極的に関与させる
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