1.はじめに
今日の中等教育における地理教育において,新学習指導要領をにらみ,アクティブ・ラーニング型授業の実践に関する研究や報告が多く見受けられるようになった。新学習指導要領では,告示後に「アクティブ・ラーニング」を「主体的・対話的で深い学び」と表記しているが,地理教育にとっての「深い学び」に関する検討は不十分である。本発表は,日本の地理教育において重点が置かれている地誌学習を対象としている。地誌学習にとっての「深い学び」の実現のためには,理論的な欠陥が伴う地誌学の問題点を認めながらも,系統地理的な理論的枠組みも踏まえた,バランスのよい地誌学習を行うことが地理教育の場に求められる(木場,2016)。
そこで本発表では,生徒にとって政治的視点での地理的な見方や考え方をはたらかせることの難しさに着目して,「地理的スケール」を援用した地誌学習の「深い学び」の実践,さらには「地理的スケール」を地誌学習で扱う際に有効な「主体的・対話的な学び」の方法を提案する。
2.地誌学習に「地理的スケール」を援用した協同学習導入の意義
Marston et al.(2009)や山﨑(2010: 111-123)によると,「地理的スケール」の特徴は以下の3点にまとめることができる。①対象とする地域をミクロに見るかマクロに見るかということではなく,特定の社会的プロセスを通して形成される空間の単位を意味する,②グローバル化が進む現代社会において,世界というコンテクストの中にローカルな現象の位置づけが必要である,③利害の調整や権力の行使としての政治は,異なったスケールとの間での相互作用として展開する(スケールの政治)。
そこで,「地理的スケール」を効果的に地誌学習に援用するために,協同学習の導入を試みた。協同学習とは小集団を活用した教育方法であるが,個々の責任が伴わない旧来の伝統的なグループ学習とは異なり,小集団内での互恵的な相互依存関係がある。具体的方法としては,ジグソー法を参考にしながら,個人をローカルあるいはナショナルなスケール,小集団をリージョナルなスケールに見立てて,個人による資料の考察や小集団による話し合いを行いながら,設定された授業テーマに取り組む。最後にクラス全体でグローバルなスケールとの関係をふまえた考察も行う。このように地理的スケールを重層的にとらえることで,地誌学習に協同学習を導入する意義を見出すことができる。
3.授業実践の概要
中学校第2学年を対象に,ヨーロッパ地誌の単元で「なぜトルコはEUに加盟できないのか?」というテーマ設定のもとで授業実践を行った。EU加盟国のうち,フランス,イギリス,ドイツ,スペインの4か国を取り上げて,各国が抱えている状況からトルコがEUに加盟できない理由を探った上で,EUが抱えている問題点を考察すること,さらには現代世界との関係にまで考察することを授業目標とした。
4.地誌学習にとっての「深い学び」とは?
地誌学習が特定の地域を一つの単元として扱う以上,その地域の範囲に対する認識が必要である。また,グローバル化に伴う地理的不平等発展が生じている中で,地誌学習は地域問題や地域格差に着目し,さらには問題解決能力を養う使命感がある。「地理的スケール」を援用した協同学習は,マルチスケールを個人や小集団に投影することになるため,地誌学習を通じて,扱う地域の範囲に対する意識づけができる。そして,重層的なスケールを関連づけながら主体的,対話的に考察することで,多角的な想像力や思考力を用いながら問題解決能力を養うことができる。
文献
木場 篤 2016.帰納的アプローチを意識した地誌学習の試み──南アジアの農業を事例に.地理教育研究 21: 1-6.
山﨑孝史 2011.『政治・空間・場所――「政治の地理学」に向けて』111-123.ナカニシヤ出版.
Marston, S. A., Woodward, K. and Jones, J. P, III. 2009. Scale. In
The dictionary of human geography, 5th ed., eds. D. Gregory, R. Johnston, G. Pratt, M. J. Watts and S. Whatmore, 664-666. Oxford: Blackwell.
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