近年,腸内細菌と種々の悪性疾患との関連が研究されるようになった.胃がんは世界で最も死亡者が多い癌のひとつであるが,Helicobacter pylori感染という明確な原因が存在することから,消化管マイクロビオータと胃がんの関連についての研究は多くはない.H. pylori感染者は未感染者に比して腸内細菌の多様性が高いとされる.また,胃粘膜萎縮が高度になった場合,腸上皮化生をみとめる場合には腸内細菌のStreptococcus属の割合が増加する.すなわち,腸内細菌のStreptococcus属の増加は,分化型胃癌のリスクが高い胃粘膜に関連した変化である可能性が示唆される.また,胃内マイクロビオータの多様性も萎縮性胃炎,腸上皮化生が進展し胃がんリスクが高い状態になるにつれて低下し,さらに,胃がん患者の胃内マイクロビオータの特徴として,口腔内に存在するStreptococcus,Prevotellaなどの細菌の割合が増加することも示されている.これらの細菌の増加は大腸がん患者の腸内細菌でも知られている変化であり,胃粘膜萎縮の進展が胃のみならず大腸の発がんにも影響する可能性を示唆するものである.
肝臓は門脈によって腸管と直接繋がっている.近年,腸肝循環を介して腸管由来の因子が肝疾患の発症や悪化に非常に大きな役割を担っていることが明らかにされている.ヒトの腸管には数百種類の腸内細菌が定着しているといわれており,次世代シークエンスやメタボローム解析技術の発展により,予想以上にヒトの健康,特に肝機能に深く関与していることが示されている.様々なストレスで腸管バリアが破たんすると,リポ多糖(Lipopolysaccharide: LPS)やリポタイコ酸(Lipoteichoic Acid: LTA)などが肝臓のTLRなどを介した炎症シグナルを誘導し,肝線維化や肝臓がんを促進する.さらに,胆汁酸はファルネソイド X 受容体(Farnesoid X Receptor: FXR)やGタンパク質共役受容体(Transmembrane G protein-coupled Receptor 5: TGR5)などを介して代謝関連の遺伝子発現を調整し,肝臓の恒常性を維持する一方で,一部の腸内細菌の働きにより,デオキシコール酸(Deoxycholic Acid: DCA)やリトコール酸(Lithocholic Acid: LCA)などの二次胆汁酸が過剰に蓄積すると肝障害や肝臓がん促進に繋がるストレスを誘導する.腸肝軸(Gut-Liver Axis)を介した肝疾患の発症メカニズムを解明することは,肝疾患の予防を目的とした腸内細菌叢の制御方法の開発に繋がると考えられる.