精神病理学は,症状の記述が第一であるが,記述するだけでは「現象論」に留まり,症状形成の「機構論」を展開することができない。筆者らの方法論は,特異的な基本障害を抽出し,行動実験によって基本障害形成の「機構論」を展開することで病態仮説を提唱しようとするアプローチである。「機構論」を展開することができれば,「治療回復論」についても論ずることができよう。統合失調症の特異的な基本障害は,体験野全体(内界,身体,外界)に「異質性(Fremdheit)」が浸潤している異質化体験(Entfremdungselrebnis)と考えている。「異質性」の浸潤が極まれば,起源不明の異質な力(fremde Mächte)の影響を受けていると体験するようになり,自我体験についてはgemacht(させられる)と体験され(被影響体験),知覚についてはgestellt(しくまれる)と体験されるようになる(妄想知覚)。筆者らはSense of Agencyパラダイムにおいて,独自の行動実験(Keio method)を考案し,異質化体験の形成機構について研究を進めてきた。人間が生きていくためには予測(prediction)はとりわけ重要な脳機能であり,外界についての内部モデル(internal model)に基づいて予測的に行動しているが,予測とは異なる新奇データが得られたときに,予測誤差最小化の原則に従って,絶えず内部モデルを更新(学習)し,外界への適応を試みている。知覚における予測誤差最小化は予測符号化(predictive coding)モデルによって,行為を介する予測誤差最小化については能動的推論(active inference)モデルによって説明される。異質化体験の症状形成機構として,予測機能の異常による予測誤差(prediction error)の増大に因ると考えられるが,筆者らは予測シグナルの遅延が生じることで,予測誤差の増大をきたしているとのdelayed prediction signal仮説を提唱している。なお,Keio methodを改変し,強化学習のしくみによって,予測モデルの不適切な更新(学習)を防ぎ,統合失調症の自我障害を正常化しようとする,“agency tuning”という治療方法を開発し,研究を進めている。
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