製造業者が自社製品を流通させるにあたり、どの程度垂直的に統合されたチャネル形態を用いるかというチャネル統合問題に関して、これまでさまざまな研究が行われてきたが、1980年代以降、その問題を検討する有力な理論の1つは、Oliver Williamsonの取引費用理論である。これは主に企業の境界やガバナンス構造の選択を説明する理論であり、それをチャネル統合問題に適用した研究では、流通資産の特殊性がチャネル統合度に正の影響を及ぼすという基本仮説が提示され、多くの実証分析においてその経験的妥当性が確認されている。他方,取引費用理論に対しては、ケイパビリティ理論の研究者などによって、企業の境界やガバナンス構造の選択を説明する要因として、資産特殊性に代表される取引費用要因のみならず、生産活動やイノベーションに関わるケイパビリティ要因も重要であるということが指摘され、この点を踏まえた研究が行われている。本稿は、そうした研究の1つであるDavid Teeceの企業境界論を再構成したうえでチャネル統合問題に適用し、理論的・経験的な検討を行う。Teeceの企業境界論の特徴的な主張は、企業間の取引費用のみならず、企業内外のケイパビリティとも関係する2つの要因の交互作用、具体的には、専有可能性レジームの弱さ×補完的資産の特殊性と、イノベーションのシステム性×市場の薄さが補完的資産・活動の内部化に正の影響を及ぼすというものである。この主張を踏まえて、本稿では,専有可能性レジームの弱さ×流通資産の特殊性と、生産・流通活動間のシステム性×流通市場の薄さがチャネル統合度に正の影響を及ぼすという仮説が提示される。その後、提示された仮説の経験的妥当性を確認すべく、わが国の製造業者から得た卸売チャネルに関するデータを用いて、潜在変数間の交互作用モデル分析と階層的回帰分析が行われる。その結果は、本稿の仮説を経験的に支持するものであった。
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