日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会春季学術大会
選択された号の論文の180件中51~100を表示しています
発表要旨
  • 柴辻 優樹
    セッションID: 270
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    研究の背景

    自然災害後における社会経済的に不利な人々の居住地移動パターンについては、世界各地の事例をもとに多くの研究が行われている。Elliot and Pais (2010)はHurricane Andrew後の人口の空間的再分配を分析し、社会的に脆弱な人々は災害発生前に発展していなかった地域に集中する傾向を指摘した。Kawawaki (2018)は東日本大震災後の人口移動要因について分析し、Elliot and Pais (2010)と同様の傾向が見られることを指摘した。本研究では、日本において特に経済的困難に陥りやすい母子世帯の移動に着目し、東日本大震災後の移動傾向を分析した。

    分析方法とデータ

    分析には2項ロジットモデルを用いた。被説明変数は、震災前後で同じ住所に居住していれば1、そうでない場合は0とし、被災地からの移動の傾向を分析した。対象は子供のいる核家族世帯の世帯主もしくは代表者(以下、世帯主)とした。分析では母子世帯(離別・死別・未婚の母と20歳未満の子のみの世帯)の母についてダミー変数を用いた。被災地はKawawaki(2018)が用いた岩手県・宮城県・福島県の沿岸の38市区町村と定義し、震災前に被災市区町村に居住していたかを表すダミー変数を用いた。

    データは国勢調査の調査票情報(2015年)を用いた。各世帯の移動の有無は5年前常住地をもとに、2010年の常住地が2015年と同一住所である場合は1、そうでない場合は0とする。説明変数は母子世帯ダミー、2010年被災地居住ダミーに加え、両変数の交差項を用いる。その他のコントロール変数は年齢、年齢の2乗項、女性ダミー、2010年時点の子供の数、2010年時点の6歳未満の子供の有無ダミー、外国人ダミー、2010年常住地の人口区分ダミー(5万人 or 20万人以上)、その他2010年常住地の地域特性(失業率、人口密度(対数)、離婚率、転出超過率、平均収入、自治体の歳出決算総額に占める民生費率、民生費に占める児童福祉費率)を用いる。

    分析結果の概要

    限界効果の推定値より、被災地に居住していなかった世帯主と比較すると2010年の被災地居住世帯主は、2015年も同じ住所に留まる確率が約14.4%低いこと、母子世帯の母はほかの世帯主と比較すると同じ住所に留まる確率が約0.6%低いことがわかる。交差項の限界効果推定では、被災地に居住していた母子世帯の母は、被災地居住のほかの世帯主と比較すると、同じ住所に留まる確率が約6.7%高い結果となった。以上の結果から、東日本大震災の影響を受けた地域に居住していた母子世帯は子供のいる核家族世帯と比較して、同じ地域に居住し続ける傾向が強いことが示唆される。

    参考文献

    Elliot, J. R. and Pais, J. 2010. When Nature Pushes Back: Environmental Impact and the Spatial Redistribution of Socially Vulnerable Populations. Social Science Quarterly 91: 1187-1202.

    Kawawaki,Y. 2018. Economic Analysis of Population Migration Factors Caused by the Great East Japan Earthquake and Tsunami. Review of Urban & Regional Development Studies 30: 44-65.

    謝辞

    データは統計法に基づき、独立行政法人統計センターから「国政調査」(総務省)の調査票情報の提供を受け、独自に作成・加工したものであり、総務省が作成・公表している統計等とは異なる。本研究は日本学術振興会特別研究員奨励費(課題番号:20J22386)の助成を受けた。ここに謝意を表する。

  • 大川 沙羅, 前田 拓志, 藁谷 哲也
    セッションID: P004
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.研究の背景と目的

     2015年9月の関東・東北豪雨や2018年7月の西日本豪雨など,近年,強い勢力を維持したまま日本列島に接近,上陸する台風や局地的豪雨の発生数には上昇傾向が見られる(塚原,2019)。2019年10月には,令和元年東日本台風が日本各地で猛威をふるい,とくに関東・東北地方を中心に河川の氾濫が生じた。多摩川下流域では,多摩川と谷沢川・丸子川に囲まれる世田谷区玉堤地区で甚大な被害が発生した(図1)。玉堤地区の浸水範囲については,いくつかの既往研究が速報として公表されているが,ばらつきが大きい。そこで本研究では,玉堤地区を中心として生じた浸水域の最大範囲および浸水深などについて現地調査結果をもとに報告する。

    2.研究方法

     浸水範囲を予察するため,はじめに浸水翌日の2019年10月13日に国土地理院が撮影した正射写真から砂泥痕を判読した。そして,現地調査による浸水痕の高さの計測と聞き込み調査をもとに,浸水範囲を推定した。浸水地点のプロットや浸水範囲の図化,航空レーザ測量による5mメッシュ標高の表示等はQGISを用いた。

    3.玉堤地区における浸水範囲,および浸水深の特徴

     調査の結果,世田谷区による浸水深の公表地点2地点を合わせた計14地点について浸水深を得ることができた(図2)。浸水深は,最も深いところで2m前後に達していたことがわかった。これら浸水深の深い地点は,土地条件ではいずれも旧河道の下流端付近に位置し,地形条件を反映している。また,玉堤地区における最大浸水範囲の面積は,およそ37haと見積もられる。玉堤地区は南北を多摩川の堤防と武蔵野台地に挟まれた,言わばすり鉢状の地形を呈している。このため,浸水範囲はもっとも標高の低い,地区の中央部分(標高約6.0-10.9m)に北西—南東方向に延びて広がった。このような地形条件から,玉堤地区には排水樋管や余水吐といった河川管理施設が多く存在する。しかし,一部の施設では浸水時に適切な運用が行われず,多摩川の河川水の逆流が発生したとされ,浸水範囲にはこの影響が含まれていると考えることができる。

  • 蓑島 誠, 小寺 浩二
    セッションID: P001
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    北海道は亜寒帯に位置し、冬期間は道北、道東地方を中心に河川の結氷がみられる。本研究では2010年〜2020年の11月から3月までの最低気温、日平均気温の氷点下以下の気温を積算した。その結果、河川が結氷する地域の値は最低気温の積算寒度が「1500以上」、また日平均気温の寒度についても「700程度以上」が必要とされた。こうした中で必要寒度条件を満たす、オホーツク海内陸を流れる常呂川に着目し、冬期間の観察を行った。常呂川においては12月に入るとアイスジャムが発生し、それが河道を閉塞させ、下流部の勾配の緩い地点から結氷が始まった。

  • 開業10年目の検討
    櫛引 素夫, 竹内 紀人, 大谷 友男, 永澤 大樹
    セッションID: P045
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.はじめに

     整備新幹線路線である東北新幹線・盛岡以北は2020年12月、九州新幹線・鹿児島ルートは2021年3月に全線開通10周年を迎えた。この間、2011年3月に東日本大震災が発生、東北新幹線は大きな損傷を被り、開業直後の九州新幹線も旅行自粛の余波を受けた。また、2020年頭からはCOVID-19が世界的に拡大し、新幹線ネットワークにも各地の社会・ビジネスに多大な影響が及び続けている。このため、2つの新幹線は、効果・影響を10周年の節目で論じる上で、大きな困難を抱えている。

     本研究においては、発表者らが東北新幹線・盛岡以北の全線開通10周年に合わせて2020年12月4日に開いたオンライン・フォーラムでの報告・検討事項を中心に、北陸・北海道新幹線にも言及しながら、新幹線が地域にもたらした変化の意味、評価方法、COVID-19が新幹線ネットワークの将来像に及ぼす影響について検討する。

    2.東北新幹線・盛岡以北の概観

     JR東日本の公表資料から2010年度と2019年度の数字を比較すると、東北新幹線の利用者は盛岡−八戸間で34.6%、八戸−新青森間で29.5%増加している。同じく、2010年度と2018年度の首都圏−青森県エリアの旅客流動(新幹線+航空機)をみると、292万人から337万人へ15%延びた。シェアはこの10年間、新幹線78%、航空機22%とほぼ変わっていない。

     全線開通に伴い、新青森−東京間が3時間弱で直結されたほか、新青森−仙台間が1時間半、新青森−盛岡間は48分に短縮された。これらの時間距離は、ビジネスパーソンや旅行者の意識や行動を大きく変えていると推測される。また、青森県は人口減少に見舞われているにもかかわらず、地域経済はわずかながら拡大しており、生産性も向上している。これらの事実は、新幹線の存在抜きには考えづらい。

     ただし、東日本大震災の影響もあり、発表者らも、住民の行動の変容や経済的な効果に関する定量的・網羅的な調査は十分には実施できていない。地元負担分の建設費の返済は今後も続くため、効果を追求するために、より適切な調査法と活用法を検討していく必要がある。

    3.九州新幹線・鹿児島ルートの概観

     九州新幹線は東京につながっておらず「ドル箱」の需要がないこと、JR九州の本社が地元にあり、地域に密着した意志決定が可能な体制があることなど、東北新幹線との相違点がある。東京に直結しないハンデは、一方で、短編成・多頻度の運行体制を確保し、ゆとりのある車両空間を創出することで、乗車機会の拡大が図ることができた。その結果、九州域内流動の増加をもたらしただけでなく、関西や山陽との間のlocal to localの需要を掘り起こした。

    4.法人課税所得額の分析

     各地の税務署別の法人課税所得額を分析すると、北海道新幹線開業に伴い、2016年度の函館税務署管内は536億円と過去20年間で最高を記録した。しかし、翌年度以降は再び減少に転じ、当地で進む人口減少の影響がうかがえる。

     東北、九州新幹線の全線開通時に加え、北陸新幹線の開業時について同様の比較をすると、青森県全体では全国平均とほぼ同水準で推移し、新幹線開業の好影響を見いだせない。熊本(市内2署合算)、鹿児島も似た傾向にある。一方、北陸新幹線沿線では金沢の好調ぶりが際立つ半面、富山が伸び悩んでいた様子が示されている。

    5.展望

     整備新幹線は開業直後こそ経済効果が観光客数などにわかりやすく現れるが、時間の経過に伴い関連する変数が増え、影響の判別が難しくなる。加えて、動向を継続的にフォローする主体も少ない。さらに、COVID-19の影響が地域経済やJR各社のビジネスモデルに深刻なダメージを及ぼし続けている。

     今後、2024年春には北陸新幹線の敦賀延伸、2031年春には北海道新幹線の札幌延伸が控えている。地域経済における各産業の必要性やCOVID-19の影響を念頭に、産業・企業別の分析を適切に進め、リモートワークの普及、往来と対面の新たな価値、交流人口や関係人口など、COVID-19時代への向き合い方を考えていく必要がある。

    参考文献:あおもり新幹線研究連絡会(2019)「九州、北陸新幹線沿線の変化の検証に基づく、北海道新幹線の経済的、社会的活用法への提言」(青森学術文化振興財団・2018年度助成事業報告書)、▽櫛引素夫(2020)「新幹線は地域をどう変えるのか」(古今書院)▽櫛引素夫(2020)「『コロナ時代』」の整備新幹線ー影響の速報的な整理とオンライン研究・検討の実践報告」、青森大学付属総合研究所紀要、22(1)

    (2020年度青森大学教育研究プロジェクト事業)

  • -河川源流域の汚染源を中心に(2)-
    乙幡 正喜, 小寺 浩二
    セッションID: P010
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    Ⅰ はじめに

     新河岸新河岸川流域は、かつて水質悪化が顕著な地域であったが、近年は流域下水道や親水事業で水質が改善しつつある。しかし、狭山丘陵に位置する支流の上流部においては依然水質が改善していない地域も存在している。2年間にわたる狭山丘陵周辺の河川調査結果を基に、汚染源の特定について追加調査を実施し、水質を中心とした水環境の特徴を考察する。

    Ⅱ 対象地域

     狭山丘陵は、東京都と埼玉県の5市1町にまたがる地域である。丘陵の周辺地域は高度経済成長期に都市化が急速に進んだ地域である。河川のほとんどは新河岸川水系に属する支流で、狭山丘陵はそうした水流の源流部である。今回の追加調査地点は、柳瀬川水系の六ッ家川上流部と空堀川中流域の2ヶ所である。

    Ⅲ 研究方法

    2017年11月から2019年10月まで合計24回実施した既存調査の整理と検討を行った上で、汚染源の特定のため2020年6月と12月に6地点の追加調査を実施した。現地では、水温、気温、電気伝導度(EC)、COD、pHおよびRpHを計測し採水して研究室に持ち帰り、再度CODの計測を行った。

    Ⅳ 結果・考察

     既存調査においてECは、全体として100−300μS/cm前後の地点が多かった。柳瀬川水系の六ッ家川上流部と空堀川中流域の新宮前一の橋では、一時期2500μS/cm以上の高い数値を示している(図1)。CODは、全体として4−6㎎/L前後の地点が多かった。空堀川中流域の新宮前一橋で8mg/L以上であった(図2)。このためこの2流域で追加調査を行った。2020年6月の調査結果は、六ッ家川上流の北野天神前橋でECは497μS/cm、CODは3.0であり、12月のECは810μS/cm、CODは4.0であった。この河川の上流部は、2007年に埋め立てが終了した一般廃棄物最終処分場である。この処分場に排水溝(YM0)があり、その流出水のECは6月が674μS/cm、CODは3.4であった。12月のECは1732μS/cm、CODは2.0であった。この地点の6月と12月を比較するとECは約3倍と高い数値を示している。

     空堀川流域では、新宮前一の橋・上水橋で平均900μS/cm前後の高い数値となっている。2020年6月の調査結果は、中流域の中砂橋で151μS/cm、下流の東芝中橋で1955μS/cmを示した。さらに下流の新宮前一の橋で1620μS/cmという高い数値あった。CODは中砂橋で3.0、東芝中橋で8.0、新宮前一の橋で4.5であった。

     2020年12月の調査結果は、東芝中橋(KH3)で847μS/cm、新宮前一の橋で840μS/cmという数値あった。CODは東芝中橋で6.0、新宮前一の橋で8.0であった。東芝中橋の水温は21.7℃と冬季としては高い数値を示している。東芝中橋の脇に放流口があり、市内にある乳製品製造工場の排水である。この排水は、環境基準を満たしているとのことである。

    Ⅴ おわりに

     六ッ家川上流では廃棄物最終処分場の水質がECに影響し、空堀川では中流域でEC,CODが乳製品工場排水の影響で負荷が高まっている。今後も継続調査を行い、主要溶存成分の分析結果を研究に反映させたい。 

     参 考 文 献

    森木良太・小寺浩二(2009):大都市近郊の河川環境変化と水循環保全—新河岸川流域を事例として—. 水文地理学研究報告, 13, 1-12.

  • ―東日本大震災後の地域社会の復興と再編を事例に―
    矢ケ﨑 太洋
    セッションID: 101
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    人間社会にとって自然災害は自然環境がもたらす負の側面とされ,地理学だけでなく,様々な学術分野で研究が進められてきた。地理学では,災害研究として蓄積があるものの,災害地理学という固有の分野として確立しているとはいいがたい。地球規模の気候変動による自然災害の多発化が懸念される現代において,自然災害と人間社会との関係を明らかにする災害地理学の構築は重要な意味を持つといえよう。筆者は,災害研究におけるレジリエンスの概念を紹介しつつ,それを東日本大震災の事例に適用することで,三陸沿岸地域と津波災害との関係性を論じてきた。レジリエンスは自然災害と地域社会との時系列的な関係性を扱う動態的な概念であり,災害リスク論や防災教育と統合することで,災害地理学の体系化に貢献できると考える。本発表では,レジリエンスの学術的な議論や概念的な枠組みを整理するとともに,東日本大震災における津波災害に対する地域社会のレジリエンスの事例を検討する。そして,他の研究発表者との議論を通じて,災害地理学や地理教育の体系化に寄与することを目的とする。

  • 岩瀬 東吾
    セッションID: P018
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.はじめに

    山地の稜線や山腹斜面上には,重力による局地的な応力場に支配されていると考えられる,線状凹地や重力性低崖などの微地形が分布する。かかる地形は山体重力変形地形と総称され,その分布を規定する地形・地質条件についてGISを用いた検討が行われているが,山地スケールでの広域なマッピングに基づいた検討は行われていない。よって本論では,日本有数の起伏を持つ赤石山地をフィールドとして,山体重力変形地形のうち山向き低崖を対象に地形判読を行い,その分布を規定する地形・地質条件について検討した。また前記の条件間での重要度を順位付けするため,近年マスムーブメントの分野でも多用されている決定木を用いた。一方で山地の地形は削剥と隆起の同時進行によって発達する。赤石山地では堆積学や熱年代学の観点から隆起史・隆起形態が明らかにされつつあり,これらの成果を援用することで,隆起を含めた赤石山地全体の地形発達史における山体重力変形の位置づけを議論した。

    2.方法

    対象地域は糸魚川—静岡構造線から中央構造線までにわたる狭義の赤石山地および巨摩山地と身延山地を含む約4,700km2である。本論ではまず,国土地理院の5mDEMデータより作成した陰影図をもとに山向き低崖を判読した。次に低崖分布と地形・地質条件との関係を明らかにするため,流域ごとの山向き低崖密度・地形量・各地質の面積占有率をQGIS上で算出した。最後にそれぞれの地形・地質条件が,山向き低崖の分布に対して効果的であるのかを明らかにするため決定木解析を行った。解析では流域内の低崖の有無を目的変数として定め,以下の地形・地質条件を説明変数として挿入した。すなわち,流域の標高・傾斜の平均・中央値・最大値・最小値・範囲・モード・標準偏差,地すべり移動体の有無,流域面積,地質である。地質は流域内に分布するもののうち,流域で最大の面積占有率を示すものを代表値として付与した。データは検証用データと学習用データとに分け学習用データに対して10分割交差検証を行い,そのうち最も正解率が高かった決定木に対する検証用データの正解率が70%以上であることを採用基準とした。一連の決定木解析にはRを用いた。

    3.結果

    山向き低崖は周縁部を除く山地全体に発達していたが,標高の高い山地北部において大規模な低崖が稠密に発達していた。概観して地すべり移動体や地質の走向との対応関係は見られなかった。流域ごとの解析の結果,高標高・大起伏の流域ほど稠密に発達し,平均傾斜30°前後の流域でよく分布することが明らかになった。また付加体地質で山向き低崖の発達が良く,とくに秩父帯と四万十層で稠密だった。決定木解析の結果,山向き低崖の分布には流域の起伏が最も効果的であり,相対的に起伏の小さな流域では傾斜のモード・地質が次いで効果的であった。一方相対的に大起伏の流域では,流域面積・地質が次いで効果的であった。これらの結果はマッピングの概観や先行研究と調和的であると言える。

    4.地形・地質条件との関係から推定した山向き低崖の発達過程

    山向き低崖は高標高・大起伏ほど良く発達しており,決定木においても起伏が比較的大きな流域で低崖の発達が良いことが示されていた。このことから,山向き低崖は河川の下刻と隣接する谷壁斜面の不安定化によって形成されたと推定される。また付加体地質において低崖の発達が良いことから,上記のプロセスは層理面に沿って斜面が重力変形した結果であることが推定される。上記のプロセスは先行研究とも調和的であり,とくに付加体山地において普遍的なものであることを示唆する。

    5.赤石山地の地形発達における山体重力変形の位置づけ

    山向き低崖は大規模崩壊の前兆地形として知られている。赤石山地においてかかる地形はとくに山地北部において稠密に発達していた。Sueoka et al.(2017)は熱年代学の手法を用いて,赤石山地北部が南部に比べ過去100万年間における削剥速度が小さいことを明らかにした。上記は100万年スケールの隆起速度の大小関係を反映していると考えられる。一方で山地周辺の堆積物から,赤石山地北部は南部に比べ隆起開始期が古いことが明らかになっており,熱年代学の観点からも支持されている。上記より山向き低崖の分布もとい山体重力変形の発生が長期的な隆起速度よりも隆起開始期からの総隆起量に依存している可能性が示唆された。以上より山体重力変形は一定の隆起量を超えた高標高・大起伏の地形場において,大規模崩壊へと至るプロセスの初期段階として山地の地形発達に関与し始めると推定される。また4で示したように山体重力変形の発生は水文環境に左右されると考えられる。よって上述した山地の地形発達に対する関与は,気候サイクルの中でも河川の下刻が活発な間氷期においてとくに卓越していると考えられる。

  • 井田 仁康
    セッションID: 105
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1. 従来の地理学習における災害の扱い

     新学習指導要領での学習は、小学校では2020年4月からすでに実施され、中学校では2021年、高等学校では2022年から実施される。小学校および中学校での教科書もほぼでそろっている。新学習指導要領では小学校から高等学校まで、災害および防災教育が充実され、それを実施する教科・科目としては社会科および地歴科地理が中核となっている。一方で、新学習指導要領では、授業の方法として、いわゆるアクティブ・ラーニングが採用され、児童・生徒の話し合い活動や体験が重視される。そのような中で、方法が重視されるあまり、話し合いをはじめとする体験活動などの基盤となる知識の習得が疎かになることも懸念されている。そこで、本発表では防災のための知識、特に災害に関する知識に着目し、地理的事象としての災害を地理教育でどのように反映させて、防災などにつなげていくのかを示すことを目的とする。 

     災害に関する学習は、学校教育の社会科および地理歴史科地理では従来から行われていたが、「自然災害の多い日本の国土」や「自然災害と自然からの恵み」といった内容で、日本で起こる自然災害が主に扱われ、災害の発生源となる火山などからの人に対する恵みを学習してきた。しかし、阪神・淡路大震災、東日本大震災を契機に、教科書では自然災害に関する記述が多くなり、防災に関してもふれられるようになった。

    2.学習指導要領での扱い

     災害および防災が、学習指導要領でより一層重視されたのは、阪神・淡路大震災、東日本大震災を契機としている。1977年の学習指導要領の項目では、環境問題などにかかわり環境保護という観点が重視されていたが、1998年、2008年の学習指導要領では「自然環境」の項目で自然災害と防災を取り上げることが明記されるようになった。さらに、2011年の東日本大震災の経験を経た2017/18年に公示された学習指導要領(新学習指導要領)では、自然災害が軽視されているわけではないが、より一層防災に重点がシフトしている。こうした学習指導要領の改訂を反映して、教科書でも防災がより一層詳細に記述されるようになっている。

    3.柔軟な地理カリキュラムへ

     日本および世界各地で自然災害が生じている。新学習指導要領では、小学校から高等学校まで社会科や地理歴史科地理で、自然災害に基づいた防災教育が行われる。しかし、教科書で扱われる自然災害は過去の事例であり、それに基づいた防災教育は臨場感が薄れる可能性が高い。それを回避するための一つの学習として、国内外のリアルタイムでの自然災害を取り扱い、そのうえでの自分たちの防災を見直すことであろう。リアルタイムでの自然災害は、評価が決まらないために教材として取り上げるのはリスクもあるが、マンネリ化しない臨場感のある災害、防災教育にとっては重要である。そのためには、災害の事実とともに地理学者などによる迅速な分析が必須であり、授業者がそれらの情報を得やすくする環境が必要である。さらには、授業者がリアルタイムな事象を取り上げられるための柔軟なカリキュラムを作っておくことが必要とされる。

     教科書は主要な教材として活用されるべきではあるが、その活用の仕方は様々であり、授業者には柔軟な地理カリキュラムをマネージメントすることが期待される。 

    4.まとめ—知識とその活用—

     新学習指導要領では、生徒に知識の習得とその活用を求めている。これは、授業者および素材を提供できる研究者などに求められる能力でもある。災害に関する情報を的確に提供でき(その場をつくる)、授業者はその情報から災害、防災に関して適切に教材化し、カリキュラムに組み込むことで、臨場感のある、実生活に反映できる災害教育、防災教育となっていくと考えられる。

  • 中條 暁仁
    セッションID: P051
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    近年,過疎山村では残存人口の少子高齢化が顕著に進み,中には高齢人口すらも減少に転じる地域が現れるなど,本格的な人口減少社会に突入している。こうした中にあって,地域社会とともにあり続けた寺院が消滅していくとする指摘がなされている。村落における寺院は集落コミュニティが管理主体となる神社とは異なり,住職とその家族(寺族)が居住し相続する。そして,檀家家族の葬祭儀礼や日常生活のケアに対応することを通じて地域住民に向き合ってきた。いわば寺院は家族の結節点として機能してきたが,現代の山村家族は他出子(別居子)を輩出して空間的に分散居住し,成員相互の関係性に変化を生じさせているため,これに対応せざるを得なくなっている。こうした寺院のすがたは山村家族の変化を反映するものであり,寺院研究を通じて山村社会の特質に迫ることができると考えられる。

     ところで,既存の地理学研究では,寺院にとどまらず神社も含めて村落社会に所在する宗教施設は変化しない存在として扱われてきた感が否めない。すなわち,寺社をとりまく地域社会が変化しているにも関わらず,旧態依然とした存在として認識されている。その背景には,伝統的な村落社会に対する理解を目指す研究が多かったこと,現代村落を対象とするにしても研究者が得る寺社に関する情報がかなり限定されたものであることなどから,固定的なイメージで語られる場合が多かったと思われる。

     こうした問題意識をふまえると,地域社会の変貌が著しい過疎山村を対象として寺院の実態を明らかにする意義が見いだされる。本発表では,存続の岐路に位置づけられる無居住寺院に注目し,無居住化の実態とその対応の限界を報告する。

     報告者は過疎地域における寺院をとらえる枠組みを,住職の存在形態に基づいて時系列に4つの段階に区分して仮説的に提起している。住職の有無が,寺檀関係や宗務行政における寺院の存続を決定づけているためである。第 Ⅰ段階は専任の住職がいながらも,檀家が実質的に減少していく段階である。第Ⅱ段階は檀家の減少が次第に進み,やがて専任住職が代務(兼務)住職となり,住職や寺族が不常住化する段階である。第Ⅲ段階は,代務住職が高齢化等により当該寺院の法務を担えなくなるなどして実質的に無住職化に陥ったり,代務住職が死去後も後任住職が補充されなくなったりして無住職となる段階である。そして,第Ⅳ段階は無住職の状態が長らく続き,境内や堂宇も荒廃して廃寺化する段階である。

     このうち,本報告が対象とする山梨県早川町は,第Ⅱ段階にある寺院が多数を占める地域となっており,第Ⅲ段階を経ずして第Ⅳ段階に至るケースもみられるなど,問題は深刻化している。

     本報告で対象とする山梨県早川町には日蓮宗25ヶ寺をはじめ,真言宗1ヶ寺,臨済宗1ヶ寺,曹洞宗5ヶ寺の合計32ヶ寺が所在するが,そのうち住職が実質的に在住しているのは日蓮宗の4ヶ寺にとどまる。日蓮宗寺院を調査したところ,1950年代に寺院の無居住化が始まっており,その数を増やしながら現在に至っている。いわば寺院の無居住化が常態化した地域といえる。時空間的遷移をみると北部の奥地集落から無居住化が始まっており,集落の過疎化に伴って進行していることが明らかである。近年は中心集落の寺院においても無居住化しており,住職の後継者が得られなかったことが直接的な要因となっている。

     近年増加する無居住寺院をめぐっては,その管理が問題となっている。山梨県早川町では,多くの寺院で儀礼や信仰の空間としての機能を維持するために,代務住職や近隣檀家が境内を管理していた。中には,堂宇の間取りを公民館として改装し,高齢者の「たまり場」,住民による集会の場としての機能を持たせている事例があった。一方で,堂宇の老朽化によって損傷が進み,少数の檀家による復旧が困難に陥っている寺院では,檀家の同意を得て代務住職が廃寺を決断していた。ひとたび自然災害や獣害によって堂宇が損傷すると,廃寺に至るケースもある。

     本発表で取り上げた無居住寺院に対しては,今後,存続か廃寺かのいずれかの方向性が想定される。前者の場合は,所属宗派の信仰空間としての機能を維持すべきか,あるいは地域社会の共有空間とすべきかという方向性も検討課題となってくる。後者については,地域社会に開放された「サード・プレイス」としての対応が想定されるし,前者については「少数社会」の構築に関する議論が参考になる。少数の現地在住の住職で,広範に分布する無居住寺院を管理するシステムの構築が求められる。

  • Shi Muqing, Shiraiwa Takayuki, Mitsudera Humio, Muravyev Yaroslav
    セッションID: 308
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
    会議録・要旨集 フリー

    The strength of an important overturning process of North Pacific sea water originating in the northern Sea of Okhotsk is determined by the sea water salinity in the area. Previous observation shows sea water salinity in the area is statistically related to precipitation over the Kamchatka Peninsula (KP), where mountain coverage is large and seasonal climate variability is high. Based on hydrological observation data we obtained, we analyze and estimate freshwater discharge from the KP using the SWAT model. Our results successfully verify the relationship between discharge from western KP and the overturning process in the northern Sea of Okhotsk.

  • ―基礎情報としての地形分類図参照の意義と課題―
    平井 幸弘
    セッションID: S107
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1. ハザードマップの基礎情報としての地形分類図参照の意義

     2011年3月の東日本大震災では、避難時にハザードマップを過信することの弊害や、マップそのものの限界が指摘された。これに対し鈴木編(2015)や地理学会災害対応委員会(平井ほか、2018)では、ハザードマップを真に有効な地図として使うには、マップ作成の基礎情報となっている地形分類図や土地条件図への理解が重要で、マップ利用の際にそれらを参照することを強く推奨してきた。

    一般に利用可能な地形分類図として、地理院地図には土地条件図、治水地形分類図、土地分類基本調査の地形分類図等が整備されている。しかしこれらはそれぞれ凡例が異なり、災害リスクについての具体的な言及がないために、ハザードマップと併用する際には専門的な知識や経験がなければ困難であった。そこで最新の地理院地図(ベクトルタイル提供実験)では、「身の回りの土地の成り立ちと自然災害リスクがワンクリックで分かります」とうたい、地形分類図の各地形をクリックすると、その場所の「土地の成り立ち」と「自然災害リスク」について解説が表示されるように工夫されている。

    2. 地形分類図を参照する際の問題点

     地理院地図での地形分類図の整備は進化してきたが、以下に述べる2つの重大な問題がある。一つは、「自然災害リスク」の解説が、地形要素ごとに一般的な記述で定型化されており、必ずしも実際の現場のリスクを示していない点である。自然災害のリスクは、同じ地形でもそれぞれの場所・地域によって異なるので、一般的・定型的記述は、それぞれの場所での実際の災害に対して、誤解や避難の判断ミスを招く恐れがある。例えば、関東平野中央の加須低地花崎付近は、台地面が河川氾濫堆積物の下に埋没しかけている場所で、ローム層に覆われた更新世堆積物が島状の微高地を作っている。地理院地図の地形分類図ではそこは「台地・段丘」と表示され、自然災害リスクとして「河川氾濫のリスクはほとんどないが、河川との高さが小さい場合には注意」と表示される。現地では、この微高地と沖積面との比高はほとんど無く、微高地上に築かれた戦国期の城の一部が、厚さ1m以上の河川堆積物に埋もれ、洪水の影響を強く受けてきたことがわかる。加須市の洪水ハザードマップでも、ここは「最大浸水深が0.5〜3.0m未満の区域」とされ、近隣の小学校の3階以上に避難するよう記されている。この場合、地形分類図を参照することはかえって混乱を招きかねない。

     2つ目の問題点として、ベクトルタイルの地形分類図の元データは主に「数値地図25000(土地条件)」と「治水地形分類図」(更新版)であるが、これらが作成されているのは都市部、平野部の一級河川沿いの非常に狭い範囲に限られ、近年水害や土砂災害が頻発している河川上流部や支流、山間部は未整備という点である。これに対し国土地理院では、全国を広範囲でカバーしている土地分類基本調査の地形分類図を使用して、地形情報の整備・提供を目指している(2018~21年)。しかしこの地形分類図は、縮尺が1/5万で、作成された時期がおもに1970年代と古く、また凡例が図版ごとに微妙に異なり多種・多様である。そのような地図をベクトルタイルのベースマップとして全国的に整備した際、どうすればハザードマップの参照すべき情報として有効なものになるだろうか?

    3. ハザードマップの実践的活用のために

     地理院地図のベクトルタイルの地形分類図の利用は、一般的な防災教育などでは非常に有益であろう。しかし実際のそれぞれの場所におけるハザードマップの参照情報として活用するためには、さらに工夫が必要と考える。すなわち災害には地域性があるために、まずはハザードマップを市町村レベルの広い行政区ではなく、地域コミュニティの範囲で整備すること、そしてそこでの過去の災害履歴や近年の土地改変などを踏まえ、地形分類図で示されるその場所の地形情報と、想定される災害との関係をしっかり把握することが重要である。そのためには、それぞれの地域のことをよく理解し、地形や災害に関する専門的な知識を持った人材が、その作業に関わることが必要であろう。それはまさに、現在各地で活躍している自然地理学研究者が、地域の人と一緒に現場へ出て汗をかくと言うことではないだろうか。

    文献

    鈴木康弘編(2013)『防災・減災につなげるハザードマップの活かし方』岩波書店

    平井幸弘ほか(2018)防災の基礎としての地形分類図. 地理63-10.

  • 王 婷, 渡辺 悌二
    セッションID: 375
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    はじめに

     大雪山国立公園は、北海道の中心部に位置する、日本最大の山岳国立公園である。公園内には総延長約300キロメートルの登山道があり、宿泊施設として8軒の避難小屋、12箇所の無管理のキャンプサイト(環境省は野営指定地とよんでいる)と9つの管理のある野営場が設置されている。登山者が最も多い山域が表大雪地域である。管理のない状態で利用され続けた結果、野営指定地には大規模な裸地が露出し土壌侵食が生じている。特に最も人気の高い黒岳野営指定地では、土壌侵食によってサイト内の幕営スペースが減少し、休日には利用が過剰になるため、野営指定地周辺の登山道上へのテントのはみ出しが見られる。

     本研究では、表大雪地域の黒岳・白雲岳・裏旭野営指定地を対象として各野営指定地における幕営状況と土壌侵食の現状を明らかにした。その上で、他の国立公園の野営場管理の事例を参考し、無管理の野営による問題の解決に向けた対策を提言することを目的とした。ArcGISのジオリファレンス機能を用いて3つの野営指定地の空中写真を図化し、裸地の面積を測量した。自動撮影カメラを用いて、それぞれの野営指定地の毎晩のテント数を2019年全シーズンにわたって記録し、テントの平均占有面積を算出した。GCP (Ground Control Point) を使用したUAVとポールフォトグラフィ(長尺一脚の先端に取り付けたカメラによる写真撮影)による3次元マッピングの2つの手法を用いて、黒岳野営指定地に対して、2017〜2019年の3年間の精密な数値表層モデルを作成し、年間土壌侵食量を計算した。また複数の国立・国定公園の野営場の管理者への聞き取り調査の結果にもとづいて、問題解決についての提言をした。

    裸地面積と幕営状況

     黒岳野営指定地は面積が最小であるのに対して利用レベルは一番高かった。2019年には4回、テントのはみ出しが観察された。最も混雑していた日のテントの平均占有面積は、黒岳・白雲岳・裏旭野営指定地それぞれで9m2/張、25m2/張、146m2/張であった。

    土壌侵食問題

     黒岳野営指定地のほぼ中央には深いガリーが発達している。2017年と2018年の数値表層モデルから計算した結果、この一年でガリー周辺を中心に3.43 m3の土壌が侵食された。2018年の野営シーズン終了時に、隣接する小屋の管理人がガリーを土砂で埋めた。しかし2019年の数値表層モデルによる断面図を見ると2018〜2019年に再度ガリーが発達したことがわかり、管理人による修復の効果がすぐに消失したことがわかった。

    聞き取り調査

     2020年に中部山岳国立公園の燕山荘野営場の管理者と八ヶ岳中信高原国定公園の白駒の池野営場の管理者へ聞き取り調査を実施した。燕山荘野営場の管理者は、斜面を減傾斜させて階段状のテントパッドを作り野営場をつくった。さらに、テントパッドの周辺を木材で補強することにより、土壌侵食の軽減に良い効果を得た。一方、白駒の池野営場では、ベニヤ板で作ったテントプラットフォームを起伏のある地表面より30〜50cm上方に設置することにより、地面へのダメージを回避すると同時に幕営スペースを最大限に確保している。

    問題解決への取り組み

     黒岳野営指定地の土壌侵食問題が現状のまま放置されるとガリー発達が進行すると予想される。これはこれまでの登山道荒廃研究から明らかである。その軽減には小屋の管理人が2018年に自主的に行った単なる土砂の埋め戻しでは効果は見込めなく、ガリーをテンサー工法などにより土砂で埋めると同時にその端末を巨礫で止める取り組みが必要となる。

     また、黒岳野営指定地の利用レベルを維持した上でテントのはみ出し問題を解決するには、野営指定地の周辺に幕営スペースを拡大し、そこでテントパッドやテントプラトフォームを導入することが一つの解決策となる。これらの取り組みの導入により、野営指定地の許容人数を増やすことができるだけではなく、持続可能な野営利用の提供にもつながる。そのためには、まず、野営指定地(無管理のキャンプサイト)に正式な管理を導入する必要がある。

  • −中国の国立公園の登山道の現状調査から−
    渡辺 悌二, 常 亮, 柯 建
    セッションID: 376
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
    会議録・要旨集 フリー

    はじめに

    山岳国立公園の登山道は公園内の移動に必要な中核施設である。山岳国立公園の訪問者のほとんどは,自然を求めていわゆる登山(英語のtrekkingやhiking)をする。したがって登山道を歩く際には,侵食や泥濘の発生による自然体験の質の低下を軽減することが求められる一方で,可能な限り人工的な構築物を登山道に用いないことも望まれる。

    こうした利用者側と管理側の多様度を確保するために,大雪山国立公園では「大雪山グレード」と呼ばれる登山道のグレード区分が行われている。利用者が多い登山口の近く(グレード1や一部のグレード2の区間)では侵食軽減の管理を行う一方で,利用者の少ない登山口の遠く(グレード4や5の区間)では可能な限り自然の状態に近い登山道を維持しようという考え方である。このような管理の考え方は,グレード区分の有無は別として,多くの先進国の山岳国立公園で受け入れられている。

    一方で,中国の国立公園(国立森林公園および国立ジオパーク)では,基本的に管理のための予算が中央政府から配分されないため,利用者から多額の入園料を得て維持管理を行うことが求められている。このため多くの利用者は入園料に見合った快適性を求め,一般に国立公園の登山道は舗装化などによる管理が常識になっている。しかし,その実態はほとんど研究されていない。本研究では,中国の国立公園の一つである翠華山国立ジオパークで登山道の現状を明らかにし,中国の山岳国立公園の登山道管理のあり方から世界の山岳国立公園の登山道管理について考える。

    調査対象地域と調査方法

    翠華山国立ジオパーク(面積32 km2)は,西安市の南20 kmに位置している。翠華山国立ジオパークは広大なグローバル・ジオパークの一部で,西安市に近いことからきわめて多くの市民が利用している。

    公園内の登山道すべてを歩き,登山道表面の物質により登山道を敷石と敷石の間をコンクリートで埋めた「コンクリート型」,敷石で全体を埋めた「敷石型」,巨礫を並べた「巨礫型」,登山道表面の一部に植生が残る「草地型」および「裸地型」の5つに区分し,208カ所で登山道の幅と最大侵食深,複線化の有無などを記録した。この際,登山道を含めた地図が存在していないため,ハンディーGPSを用いて登山道地図を作成した。

    結果

    登山道の総延長は29.14 kmであった。5つの登山道区分のうちコンクリート型,敷石型,巨礫型が人工処理をした登山道で,総延長の86.8%あり,実に総延長の65.1%(18.9 km)がコンクリート型登山道であった。自然の登山道は13.2%に過ぎなかった。人工的な登山道では侵食は認められなかったが,自然の登山道では草地型で最大5.5 cm深,裸地型で最大12.6 cm深の侵食が認められた。

    山岳国立公園の登山道はどうあるべきか

    欧米や日本を中心とした山岳国立公園では登山道侵食が大きな問題となることが多い。登山道侵食の発生を止めるには登山道表面を舗装などで処理するのが最も効果的である。しかし先進国でそのような登山道が好まれているという事実は聞かない。では,登山道の侵食問題にはどのような管理によって取り組むべきであろうか。

    中国のように舗装化によって山岳国立公園の登山道管理をすることは,先進国では容易には受け入れられない。しかし,翠華山国立ジオパークでの調査結果からわかるように,舗装などの人工的処理は登山道侵食に対して絶大な効果を有していることは否定できない。したがって「中国方式」をすべて否定するのではなく,山岳国立公園に「大雪山グレード」のような登山道の区間区分を設けて,グレードの低い登山口近くでは,より積極的に「中国方式」を導入し,グレードの高い区間では自然をより徹底的に守るといった,メリハリのある維持管理が求められるといえる。

    中国の山岳国立公園で求められているこうした登山道の管理が,先進国においてどれくらいの割合の登山道区間で許容されるのかは今後の課題である。また,翠華山国立ジオパークのように9割近くの登山道区間が人工的に処理されている状況は,中国の利用者の間でも議論されるべきであろう。

  • 渡邊 瑛季
    セッションID: 261
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    Ⅰ はじめに

     非大都市や選手輩出地を対象としたスポーツイベント開催によるレガシー研究は日本では少ない状況である。本研究は,国際大会や国内上位大会の開催に伴うスピードスケート選手輩出地におけるレガシーを,北海道十勝地方を対象にして考察する。

    Ⅱ 十勝におけるスピードスケート文化

     十勝では,1950年代から冬の体力づくりの一環として学校体育でスピードスケートが指導されてきた。現在でも小学生だけで約1,000人が競技に取り組むスピードスケート盛行地域である。冬季には学校の校庭や各市町村の運動公園などにスケートリンクが造成され,十勝関係者の競技結果は地元新聞紙面をにぎわすなど,スピードスケートは十勝の冬の風物詩である。中学,高校の全国大会では,十勝の学校が上位入賞の常連校であり,競技レベルは非常に高い。清水宏保氏や髙木菜那・美帆選手など五輪メダリストも輩出してきた。よって,十勝ではスピードスケートは世界に通用するスポーツとして認識されている。

     勝利志向に特徴づけられるスケート文化の存在の一方で,十勝でのワールドカップ(W杯)などの国際大会の回数は,2007年まで3回のみであった。高校卒業後は,ほとんどの選手がスケート部のある関東甲信の大学や実業団に進む。十勝での選手の引受先も少なかったため,十勝は有望選手の輩出地といえる。

    Ⅲ 屋内スピードスケート場の建設による国際大会の増加

     十勝のスケート関係者は,夏季にも使用可能な屋内のスピードスケート場の設置を長く懇願していた。また,長野五輪で帯広市出身の清水宏保氏がスピードスケート競技では日本初となる金メダルを獲得した。こうした背景から,1999年に帯広市長を会長とする「北海道立屋内スピードスケート場十勝圏誘致促進期成会」が発足し,屋内スピードスケート場建設の機運が高まり始めた。しかし,北海道の財政難により2004年には帯広市が建設主体になった。2006年の帯広市長選では総事業費約60億円とされたスケート場の建設が争点になったものの,地元経済界の後押しもあり,推進派が再選された。その結果,2009年8月に日本で2例目の屋内スピードスケート場である「帯広の森屋内スピードスケート場(明治北海道十勝オーバル)」が帯広市郊外に開設された。地元選手の練習場所でもあるほか,W杯やアジア冬季競技大会などの国際大会が約2年に1度,全国規模の国内上位大会が毎年数回開催されるようになった。

    Ⅳ 国際大会によるレガシーとしてのスケート文化の強化

    帯広市での国際大会や国内上位大会を直接観戦する住民が増えている。十勝の小中高生選手は,世界や国内を転戦する自身の学校やチーム出身の一流選手のレースを観戦し,レース後に交流する機会も時折ある。これは,全国制覇を志向する選手が,十勝出身の一流選手を目標的存在として認識する契機となり,また競技力向上への意識を高めることにつながっている。

    また,主に帯広市に本社を置く企業の経営者が,国際大会や国内上位大会で活躍する十勝や北海道出身選手の姿を見て,子どもの頃と比べた成長に感銘を受け,スポンサーになったり,スケート場内に企業広告を掲示したりするケースが多数みられる。個人競技であるがゆえ社名がメディアで報じられやすく企業の宣伝などに寄与すること,また経営者がスピードスケート経験者であって,競技への理解があることが主な背景にある。国際大会や国内上位大会に伴うこれらの変化は,十勝関係の選手の競技力を育成面・資金面で向上させることに寄与している。

    Ⅴ おわりに

    十勝はスピードスケート選手の輩出地と,国際大会や国内上位大会の開催地とが重なる場所である。出身地での一流選手の活躍が大会で住民に可視化されることは,勝利志向に特徴づけられるスケートの文化的価値の強化というレガシーを形成した。

  • 島本 多敬
    セッションID: 311
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    滋賀県立公文書館には,1874年(明治7)頃に滋賀県内各村から県に提出された村絵図を綴じた,合計1174編からなる10冊の簿冊(明へ1〜9,68)が所蔵されている.これらは,1873年(明治6)12月,県令松田道之の指示で各村の普請所(土木施設)を村絵図に描かせ提出させたものとして知られている(滋賀県県政史料室編 2017,古関 2015: 26-27).しかし,その作製・提出過程や記載情報の規定などの詳細は明らかにされていない.

     本報告ではそれら基礎的事項を明らかにし,明治初期の治水政策の動向に即して,県によるこれら絵図群(以下「普請所調査絵図」)の作製事業の含意を考察する.

     村による絵図の作製・提出は,1873年12月8日付の布令(滋賀県立公文書館所蔵,明な275-1編次5)に基づいている.布令によれば,提出期限は翌年1月20日で,各村が属する区の区長が取りまとめて県に提出するよう定めている.また,土地利用に応じた彩色区分や記すべき文字情報などが例記され,記載を求めた主な項目には,

     ・堤防の長さ,直高(堤内・堤外),馬踏と根敷の幅

     ・河川および用水路の幅

     ・水制工(杭,牛など)の規模

     ・堰・樋の法量

     ・往還・脇往還の長さ・幅

     ・橋の材質(板・土・石)と法量

     ・川筋の名称,水源と流末の地名

    が挙げられている.そして,堤防などの土木施設に,普請費用の官費・自費の別を付記するよう指示している.滋賀県立公文書館に収められた普請所調査絵図は一部を除き,概ねこの布令に準拠して作製されていた.

     1873年8月に政府が公布した河港道路修築規則は,利害の広域性に即して河川・港湾・道路を一等から三等に分け,その等級に従って国,府県,関係地域の土木工事への関与と費用負担のあり方を定義した法令である(松浦1994).同規則の施行を前に,滋賀県では同年12月7日付の県令への伺で,等級分けに妥当性を期するため,また,土木施設の配置・規模や普請に関する官・民の費用負担区分を記録し,水論の発生や新規の水制工設置の出願に備えるために絵図提出による普請所調査が提案され,実施が決まった.県は,河港道路修築規則による新しい治水制度が,これまで幕藩領主の公認をともなって現状とその秩序が維持されてきた村々の水利土木のあり方を覆し得るものであると認識していた.

     村から提出された絵図には,山腹の「砂留」(砂防堰堤)や用水路に設けられた沈砂池,堤防の素材など,布令が求めていない情報や景観を描くものも複数みられる.当時の村々は県の想定以上に,近世から廃藩置県までに確立していた,御普請・自普請という費用負担の区分と不可分に公認されてきた村の普請所の全体像を自己表象していた.

     一方,布令の前後に県令松田は,旧来の錯綜所領を単位に設定された県内の普請所の費用負担や水害対策を最適化する意志を表明していた.普請所調査絵図の作製事業は,県が水利土木の既存の秩序に留意しつつ,所領という単位から滋賀県という地理的スケールでの治水へと再編を進めるための情報収集行為であったと評価できる.

  • 桐村 喬, 飯島 慈裕, 齋藤 仁
    セッションID: P028
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    I はじめに

     東シベリアの永久凍土地帯では,20世紀後半以降の温暖化により,サーモカルストと呼ばれる凍土融解に伴う地表面の沈降が進んでいる(Fedorov et al. 2014).地表面の沈降やそこでの湖沼の発達は,ロシア・サハ共和国の人々の生活にも様々な影響を与えている.

     サハ共和国には,2020年時点で約97万人が居住しており,首都かつ最大の都市であるヤクーツクは約31万の人口を抱えている.近年のヤクーツクの人口は増加傾向にあり,市街地の拡大によって永久凍土の融解・荒廃現象が人間の生活環境にさらなる影響を与えるものと考えられる.そこで,本研究では,凍土荒廃現象の人文・社会的影響評価のための指標データの構築を目指し,その最初の段階として,サハ共和国における2000年代以降の人口動向について,ロシアにおける州・共和国・地方レベルおよび,サハ共和国内における自治体レベルでそれぞれ整理する.

    II 分析に用いるデータ

     分析に用いるデータは,1989年,2002年,2010年に実施されたロシアの国勢調査結果と,サハ共和国がウェブサイト上で公開している2011〜2020年の自治体別の推計人口や住宅面積に関する統計データである.まず,国勢調査結果に基づいて,全国的な人口動向におけるサハ共和国の位置付けを確認したうえで,サハ共和国内における自治体別の人口動向や市街化の進展状況を国勢調査やサハ共和国の統計資料をもとに分析する.なお,データの地図化にあたっては,OpenStreetMapの行政界のデータを主に用いる.

    III ロシア全体およびサハ共和国の人口の推移

     国勢調査結果によれば,ロシア全体の人口は1989年から2010年にかけて減少傾向にある.サハ共和国では,1989年から2002年にかけては12.2%の減少となったものの,2010年までの8年間にはわずかながら増加している.都市人口率は,ロシア全体で73%程度であり,1989年から2010年までに大きな変化はない.サハ共和国はロシア全体よりも都市人口率が低く,1989年に66.7%,2002年に64.3%,2010年に64.1%と,若干の低下傾向にある.

    IV サハ共和国内の自治体別人口の推移

     図1は,サハ共和国内に400余りある2020年時点の自治体別に,2020年の推計人口と,2002年の国勢調査人口に対する2020年の推計人口の比率を示したものである.ヤクーツクおよびその近郊と,ヴィリュイスク,ニュルバ周辺で,人口が多く,増加傾向も顕著である.2007年以降の住宅の延べ床面積の推移をみても,これらの地域では面積の増大が進んでおり,市街地の拡大がみられるものと考えられる.

    V おわりに

     2000年代以降,サハ共和国全体では人口は停滞気味であるものの,ヤクーツクなどの一部の都市では人口増加が続いている.また,ヤクーツクやその周辺地域では,人口の増加とともに市街地の拡大傾向もみられ,今後,凍土荒廃による市民生活への影響はより大きなものになると予想される.今後は,衛星画像の分析や可能であれば現地調査を行うなどして,さらなるデータの分析を進めていく計画である.

    [文献] Fedorov, A. N., Gavriliev, P. P., Konstantinov, P. Y., Hiyama, T., Iijima, Y. and Iwahana, G. 2014. Estimating the water balance of a thermokarst lake in the middle of the Lena River basin, eastern Siberia. Ecohydrol. 7: 188-196.

    [付記] 本研究は基盤研究A「凍土環境利用と保全に向けた凍土荒廃影響評価の共創」(19H00556,代表者:飯島慈裕)による研究成果の一部である.

  • 宮本 樹, 須貝 俊彦, 丹羽 雄一, 中西 利典, 小松 哲也, 日浦 祐樹
    セッションID: P019
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    関東平野は第四紀後期の地形発達研究が日本で最も進んでいる構造盆地の一つであるが,北部の猿島台地〜宝木台地にかけては地殻変動の傾向が解明されていない.貝塚(1987)では,下末吉面の高度分布を用いて造盆地運動を論じている.しかし,大宮台地や猿島台地北部,下総台地北西部では荒川や利根川・鬼怒川などの河川による陸成の大宮層(中澤・遠藤,2002)と風成堆積物が厚く堆積しているため,正確な地殻変動量は議論できない.本発表では,貝化石含有層の上面高度を用いて構造運動を検討した.

    ジオ・ステーション(防災科研),埼玉県国際環境科学センターで公開されているボーリング柱状図および東北新幹線建設時掘削されたボーリングの柱状図から最終間氷期に堆積したと考えられる貝化石含有層の上面高度を収集し,地図上にプロットした(図1).

    プロット図は,貝殻片含有層の高度分布を深度別に色分けして示した図であり,貝殻片含有層のマトリックスが砂層であるものを用いて作成した.砂とシルトが混じっている層準に関しては,記載において優勢である方(例:シルト混じり砂層は砂層)をとった.宝木台地・猿島台地・筑波稲敷台地周辺では,デルタが発達していた(宮本ほか,2020;池田ほか,1982)ことから,貝殻片含有砂層の上面高度は,デルタの頂置面の高度,すなわち,高海水準期の海面高度を示すと考えてよい.

    貝殻片含有層高度は埼玉県久喜市周辺が最深であり,宝木台地や筑波稲敷台地,大宮台地方面へ深度が浅くなる.これは貝塚(1987)で示されている下末吉面等高度線図と変化傾向パターンが一致している.しかし,プロット図で示す等高度線の高度が約20〜30m低くなっている.これは,貝塚(1987)では地形面の高度分布を用いているのに対し,プロット図では貝含有層の高度を用いていることに起因する.最終間氷期以降河川の延長による大宮層や常総粘土,加えて,火山灰などの風成堆積物が厚く覆っていることから,高度差が生じたものと考えられる.

    謝辞:本報告には,経済産業省資源エネルギー庁委託事業「平成30〜31年度高レベル放射性廃棄物等の地層処分に関する技術開発事業(地質環境長期安定性評価技術高度化開発)」の成果の一部を用いた.

    引用文献:池田ほか1982筑波の環境研究6, 150-156. ; 貝塚1987地学雑誌96, 51-68.;宮本ほか2020地理学会要旨;中澤・遠藤2002地域地質研究報告41

  • 岩月 健吾
    セッションID: 314
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.研究の目的

     野外で採集したクモ同士を闘わせて勝敗を決める遊び,すなわちクモ相撲は,東南アジア〜東アジア地域を中心に存在が記録されており,かつて日本でも季節の自然遊びとして全国的に見ることができた(斎藤 2002).しかし,日本のクモ相撲は,戦後の経済成長の中で人々の生活様式が変化したことや,都市開発および農地整備によってクモの野生個体数が減少したことなどを背景に,多くの地域で消滅してしまった(川名・斎藤 1985).しかし,関東・近畿・四国・九州の一部地域では,現在もクモ相撲の存在が確認されている.これらの地域では,クモ相撲が年中行事や祭りの企画の一部として組織的に運営・開催されている.

     本研究の目的は,かつて日本各地で見られたクモ相撲が衰退・消滅してしまった現代において,クモ相撲行事がいかにして存続しているのか,その要因を自然と人間活動との関係の視点から明らかにすることである.自然と人間活動との関係に着目した場合,行事の存続はクモ採集活動の持続性と不可分だと考えられるが,この点について従来の研究では十分な検討がなされてこなかった.

    2.調査の対象および方法

     本研究では,鹿児島県姶良市加治木町の年中行事「姶良市加治木町くも合戦大会」を事例として取り上げる.地元で「加治木のくも合戦」の呼称で親しまれる本大会は,クモ相撲行事の中で参加者数において最も規模が大きい.ファイターとして使用されるのは,コガネグモArgiope amoenaのメスである.本種は現在15の都府県でレッドリストに掲載され,野生個体数の減少が全国的に危惧されている.本研究では,大会参加に向けてコガネグモを採集飼育する人々(以下,採集者)を対象に聞き取り調査を実施し,採集・飼育・返還の各段階における採集者の行動や考え方を分析した.聞き取り調査対象者数は25名である.調査は主に,2015年,2018年,2019年の大会開催日(6月第3日曜日)に実施した.

    3.結果

     採集者はコガネグモの生息環境を,造網空間,餌供給源,気温・湿度・日当たり・風,天敵の有無の観点から包括的に理解していた.採集者の環境認識は,採集者自身の孤独で排他的な採集活動の積み重ねによるものであり,それゆえに多様性に富むものであったが,いずれもコガネグモの生息環境を的確に言い表していた.コガネグモの野生個体数が減少傾向にある中で,採集活動を継続できた一因はこの環境認識にあると考えられる.採集活動に関して,採集場所を複数持つことで,コガネグモが採集できないリスクを軽減したり,採集する個体数を選別により少なくすることで,採集場所に掛かる採集圧を軽減したりする工夫も確認された.

     採集者にとって飼育とは,大会に向けてコガネグモを保持し,日々の観察の中でファイターを厳選する場である.加えて,採集者には,危険が多い野外からコガネグモを保護しているという意識もある.彼らは,飼育の中でコガネグモが十分に餌を与えられ,産卵から孵化までの過程を終えることで,返還後の野外における幼体生存率が上がると考えていた.

     採集者は,自分の採集場所を維持する目的で,大会後にコガネグモを元の場所に返還し,野生個体数の維持増加を図っている.採集者の中には,生息環境として適した別の場所にコガネグモを返還し,新たな採集場所を創出することを試みたり,限られた採集場所における採集活動の質を高めるため,返還の際にコガネグモの血統を意識したりする人もいた.コガネグモの返還は個人スケールで行われ,採集者個人に対する恩恵を多分に期待する行為である.このような採集活動の継続に向けた個人的な取り組みが,「加治木のくも合戦」の存続要因の一つと考えられる.

    文献

    川名 興・斎藤慎一郎 1985.『クモの合戦 虫の民俗誌』未来社.

    斎藤慎一郎 2002.『蜘蛛(くも)』法政大学出版局.

  • 鈴木 美佳
    セッションID: 234
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    はじめに 日本の高齢化率は増加傾向にあり2040年には全都道府県で25%を超える見込みである.すなわちどの地域においても,高齢者が安心して暮らせるような地域政策の検討が求められている.現状では加齢に伴う外出率の低下が指摘されており,歩道上の段差や傾斜,休憩場所の不足などが原因として挙げられている.外出頻度の低い高齢者は,身体・心理・社会的な側面で健康水準が低いという研究結果もあり(藤田ほか 2004),高齢者が気軽に外出できるまちづくりは健康寿命の延伸に寄与するといえる.

    先行研究の検討と本研究の内容 高齢者の外出行動に関する先行研究はある特定の都市をとりあげ,その地域における外出行動の特徴や傾向を分析したのち,公共交通や都市計画に対して改善策を提案しているものが目立つ.手法としてはPT(パーソントリップ)調査などのデータに基づく定量的な分析やアンケート調査による定性的な分析が主だが,多数の都市を横並びに比較している研究はあまり見られない.本研究では,全国で一斉に行われる全国都市交通特性調査(2015年)のデータに基づき,当調査の対象である70都市を分類する.当調査を用いることで同条件下で各都市を比較可能であり,外出行動における地域差を容易に把握することができる.その結果から高齢者の外出率が高い地域と低い地域の特徴を分析し,複数の都市についてさらに詳細な調査をおこなう.本報告では都市の分類結果とその考察までを主に述べる.

    全国都市交通特性調査に基づく都市の分類 全国都市交通特性調査(2015年)のデータに基づき,70都市に対して因子分析を行ったところ五つの因子が観測され,累積寄与率は五つ目までで86.2%であった.因子得点に基づきクラスター分析(Ward法)を行った結果,四つのクラスターに分類された.各クラスターの特徴を以下に述べる.クラスター1には23都市が分類され,人口・人口密度ともに四つのクラスターの中で二番目に大きい.トリップ距離は短く,移動手段に占める徒歩分担率,自動車分担率のいずれも二番目に高い.クラスター2には9都市が分類され,人口密度と外出率は一番低く,トリップ距離は長い.クラスター3には17都市が分類され,人口密度は二番目に低いが外出率はクラスター1と同程度である.自動車分担率は一番高く,徒歩分担率は一番低い.クラスター4には21都市が分類され,大半は三大都市圏内の都市である.外出率は一番高く,75歳以上人口の割合は一番低い.鉄道,バス,徒歩,自転車の分担率は一番高く,特に鉄道と徒歩の分担率はそれぞれ他のクラスターの約6倍,約2倍である.各クラスターに属する都市の都市類型(国土交通省の分類に基づく)は,クラスター4を除き,目立った特徴は見られなかった.

    都市分類に関する考察 以上の分析結果からこれまで指摘されてきた,大都市ほど高齢者の外出率は高いという特徴(国土交通省 2017)が確認できた.これらの都市と他の地方都市の違いは移動手段に占める鉄道,徒歩分担率の点で明確に表れており,公共交通の利便性と,徒歩圏内における店舗網の充実度が影響していると考えられる.地方都市の中でも外出率に差があり,クラスター1〜3に属する都市について,自転車分担率は外出率と正の相関が,75歳以上人口割合は負の相関がそれぞれ有意にあったことから,高齢の人ほどあまり外出をしない傾向が確認できる.しかしこれらの傾向にそぐわない都市もいくつかみられる.今回使用した調査データの高齢者に関する集計項目では,外出目的が通勤,業務,私事(買い物,食事,通院,送迎,その他の五つからなる)に分類されており,詳細な外出目的と外出率の関係を探るのは難しい.今後の研究では娯楽目的での外出に注目し,趣味活動や地域行事といった娯楽の有無,それらの活動場所までの行きやすさが高齢者の外出行動にどう影響するのかを調査する予定である.

  • 後藤 秀昭
    セッションID: S105
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.災害伝承の難しさ  自然災害の発生は稀な現象であり,災害が多発する現代社会でも直接被災する人は限られている。また,同一地点での発生頻度は数世代よりも長いものが多く,災害にあった人々の経験を後生に正しく伝えることは容易でない。昨今,防災教育の普及と強化が叫ばれるのは,このような災害発生間隔の長さと,経験伝達の難しさが最も重要な背景のひとつと考えられる。過去の災害経験を防災教育に活かす上では,個別の災害の状況が具体的にわかる記録を残すことが重要であると考える。

    2.繰り返される災害を読み解くために「古災害」の解明

     斜面崩壊や河川氾濫の歴史は一般に「災害史」と呼ばれ,取り扱われてきた。これまでに発生した災害を「古災害」と呼ぶことを提案したい(後藤ほか,2021)。昨日までの地震を「古地震」と呼ぶように,古地震を含め過去のすべての災禍を「古災害」(paleo-disaster)と呼んではどうだろうか。災害史を通史で理解する分野と明確に区分し,過去に発生した個々の災害に焦点を当てる用語として使用できればと考えている。南海トラフなどのプレート境界型断層や活断層から発生した過去の地震,すなわち古地震に関し,その時期やその様子が明らかにされ,それに基づいて将来の地震発生の予測がなされている。これと同様に,繰り返される土砂災害においても,これまでの斜面崩壊の履歴や復元の調査研究が今後の土砂災害予測において重要な意味を持つとされている(八反地,2018)。過去の斜面崩壊や河川氾濫,津波などを個別に識別するために,過去のすべての災禍,それぞれを古災害と呼ぶことを提案したい。

    3.「古災害」を記録したディザスターマップの作成と意義

     近年の災害の場合,インターネットやデジタルカメラ,地理情報システム(GIS)などの電子機器やソフトの進化と普及により,災害発生直後の古災害の様子は,大量の写真で記録され,流通して見られるようになった。これらを容易に閲覧できる形で保存したり,地図化したりすることは今後の災害防止に向けた重要な取り組みと考えられる。激甚化した災害が多発する昨今の様子は報道等を通して見聞きするとはいえ,自分の生活圏で過去に発生した災害の様子をリアルに想像できる人は少ないと思われる。古災害の情報を整理し,地図という形で永続的に閲覧できるように記録することは同時代に生きた人間の地理学的,博物学的責務と考えることもできる(後藤ほか,2021)。

    以上を踏まえ,古災害の様子を示した地図をディザスターマップと呼ぶことを提案した(後藤ほか,2021)。ハザードマップは将来発生しうる災害を予測した内容が記されているが,ディザスターマップは過去の災害(古災害)を記録した地図に対して用いることを意図した。浸水実績図や災害履歴図などと称される地図も含めてディザスターマップと呼べば,ハザードマップとディザスターマップがそれぞれ未来と過去を理解する地図として誤解なく理解できると考える。

    4.地図の持つ力(西日本豪雨のディザスターマップ作成)

     例として,平成30年7月豪雨直後から行っていた災害を記録した地図がある。広島大学平成30年7月豪雨災害調査団(地理学グループ)を中心に災害直後から行ったものであり,その後,約1年半に渡る活動によるものである。

    豪雨発生直後から多様な情報をもとに災害の状況を示す地図の作成を進め,結果として数種類の地図を作成した。すなわち,1)崩壊発生地点の分布図,2)斜面崩壊の詳細分布図,3)被災写真地図などである。これらのうち,1)および2)は日本地理学会の災害対応委員会のwebサイトに掲載された。1)の地図は発災直後の公表だったこともあり,報道等を通して広域的な災害の状況を把握するのに広く使われた。地域を俯瞰して捉えられるだけでなく,他の要素と重ねあわせるなど要因や背景を議論でき,地図の持つ力が感じられた。

    5.災害伝承と災害予測に重要なディザスターマップ

     2018年から国土地理院の地形図に自然災害伝承碑が掲載されるようになった。西日本豪雨の被災地にも多数の碑があり,伝承に重要な地物であると認識されたことによる。古災害を記したディザスターマップも伝承碑と同様に,災害の様子を伝承していく素材である。西日本豪雨災害から2年半前が経ち,痕跡の多くは消滅した。見慣れた風景から災害という非日常を想像するのは容易でないが,実際に起こった災害を記録した地図は,非常時を想像する重要な手がかりとなる。防災に関する教育(伝承)にとどまらず,繰り返し発生する災害の将来予測でも重要な資料であり,歴史を踏まえて地域の形成を考え,地図表現の得意な地理学研究者は,古災害を地図で記録し,市民や後人に伝える役割があると考える。

  • 「第8回人口移動調査(2016)」の結果から
    久井 情在
    セッションID: 271
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    これまで「地方創生」「田園回帰」等,都市から農山漁村あるいは大都市圏から地方圏への移住が注目されてきたが,特定の事例や意識調査に基づく議論が中心であり,全国的な状況が把握されているとはいいがたい.一方,国勢調査や住民基本台帳人口移動報告から得られるデータでは,集計単位である都道府県や市町村と,「田園回帰」概念の前提となっている都市/農村の区分とが必ずしも一致しないという問題がある.また,移動理由に関する情報を得られないという限界もある.

     以上を踏まえて本研究では,全国標本調査のデータを用いて,日本国内における都市/農村への人口移動について把握することを目的とする.

     本研究では,国立社会保障・人口問題研究所が2016年に実施した「第8回人口移動調査」の個票データを分析する.この調査では世帯ごとに調査票を配布し,世帯員の移動歴等を尋ねているが,「5年後に居住地が異なる可能性」(問22)についても尋ね,さらに転居予定先を「大都市部」「中小都市部」「農山漁村地域」「その他」「わからない」(問22-2)から複数回答可で選んでもらっている.また転居の理由(問22-3)も尋ねている.本研究では問22と問22-2を合成し,「移動可能性なし」「大都市部に移動」「大都市部または中小都市部に移動」「中小都市部に移動」「農山漁村地域に移動」「その他(「わからない」や「大都市部または中小都市部」以外の複数回答を含む)」の6分類からなる変数「5年後の移動・地域類型」を作成した.そして回答者の個人属性や現住地域,問22-3で尋ねた移動理由といった変数とのクロス集計を軸に分析を行った.

     基本属性との関係では,移動先地域による違いよりも,移動可能性の有無による違いが大きくなる傾向が示された.たとえば,高学歴者の割合を総数と各類型とで比較すると,「移動可能性なし」の場合にのみ割合が小さくなり,他のすべての類型では割合が大きくなる.すなわち,学歴が高いと,移動先がどの地域類型であっても移動可能性が高くなる.

     一方,移動理由については,「大都市部」で「転勤」が,「中小都市部」で「住宅事情」が,「農山漁村地域」で「生活環境」や「親と同居」が,「その他」で「就職」や「結婚」の占める割合が高くなっている.なお,複数回答が反映された類型である「大都市部または中小都市部」は,「大都市部」と「中小都市部」の中間値ではなく「その他」に近い値を示す傾向にある.

     東京一極集中は,入学時や就職時の移動によって進展すると考えられているが,本研究からは,その際に「地域」が当事者に必ずしも意識されていないことがうかがえる.また「田園回帰」等で注目される農山漁村地域への移動においては,いわゆる「田舎暮らし」志向が観察されるものの,今後もUターンが主軸となることが示唆された.

  • 鈴木パーカー 明日香, 日下 博幸
    セッションID: 304
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    はじめに

     台風による被害は雨と風,そして高潮に伴うものが大多数を占める.一方で,台風は南方からの暖気移流やフェーン現象などによって高温をもたらすことがしばしばある.しかしながら,台風接近に伴う高温についてその実態を明らかにした研究は,著者らが知る得る限り見当たらない.

     そこで本研究は,台風接近に伴う高温出現の特性について明らかにすることを目的とする.また,極端な高温をもたらす「高温台風」の抽出を行い,極端な降水をもたらす雨台風と暴風をもたらす風台風との比較検討を行う.

    手法

     本研究は,台風接近日(全国いずれかの気象官署等から300km以内に台風の中心が位置していた日)における気温や降水量などの気候偏差に着目する.それぞれの台風接近日について,解析対象期間(2002-2016年)各年の前後10日間を気候値の統計期間とし, 台風接近日の観測値との偏差を算出した.観測値は全国の地点番号47から始まる気象庁観測地点(155地点)の地上観測データを用いた.

     次に,極端な高温をもたらす台風(以後,「高温台風」と呼称)の抽出を行った.抽出条件は,全国の気象官署等20地点以上で台風接近日の日平均気温が気候値の95%ile値を上回っているものとした.極端な降水と暴風をもたらす雨台風と風台風についても,日最大積算雨量と日最大風速を用いて同様に抽出した.

    結果と考察

     図1に,台風接近時の日平均気温の偏差を示す.日平均気温偏差は0.2~0.6℃の正の値となっていることから,台風接近時には全国的に高温になりやすいことが分かる.気温偏差は太平洋側より日本海側で高い傾向を示している.一方で,台風接近時の日最大風速と日積算雨量の偏差はともに太平洋側で正の偏差が大きい(図省略).

     解析対象期間中に日本に接近した179個の台風のうち,53個が高温台風として同定された.高温台風接近時の日平均気温偏差は1.0~3.4℃であり,全台風接近時より大きくなっていた.高温偏差が特に大きいのは中国地方から北陸地方にかけての日本海側であった.

     雨台風,風台風に同定された台風はそれぞれ81個,84個であった.高温台風と風台風の年間発生個数の間には有意な相関が認められた.また,風台風と雨台風と比較すると,高温台風の経路は日本海を通過する割合と台湾付近を通過する割合が大きい(図2).前者は日本海側にフェーン現象をもたらすなど,直接的な影響によって高温をもたらすと考えられるが,後者は本州に接近しないため台風直接の要因以外で高温となっている可能性が高い.

     各台風カテゴリーの3つの経路パターン割合の差についてχ2検定を行ったところ,高温台風と雨台風の間で有意な差が認められた.高温台風と風台風の間,風台風と雨台風の間では,台風経路パターンの割合の差に有意な差が認められなかった.

  • 近畿大都市圏を事例に
    曹 奕
    セッションID: 279
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    はじめに

     ここ数十年間の日本の都市化を振り返ってみると,大まかに都市化・郊外化・都心回帰のプロセスが見られ,都市人口移動の主流は流入・流出・再流入としてとらえられてきた。都市化の進展の中,都市圏中心部の過密化によって製造業や商業が郊外に移転することに伴い,郊外における雇用と人口増加が見られた。こうした郊外化の傾向の中,郊外地域はもはや中心部に強く従属しなくなり,地方自治制度下で発展していき,都市圏中心部以外にも小さな中心が形成されるなどした。

     大都市圏郊外は高度経済成長期以降の急激な人口増加の受け皿として開発された箇所があり,現在の住民の加齢や都市機能の弱体化は,その地域にさまざまな形で影響を及ぼし始めている。このような背景の中,大都市圏郊外において人口高齢化の動向に対する注目は必要であろう。

     郊外でも,核とみなされる人口と都市機能が集積して高密度化している地域と,高齢化および人口流出が進むことによって衰退が見られる地域がある。都心部と郊外を比較した研究は少なくないが,郊外地域の中の地域差という視点からの研究は多くはない。これまでの研究における地域格差と人口との関連性への注目点では,人口移動が媒介となって地域格差が生ずるものと考えられてきた。そこで,本研究では大都市圏郊外の人口減少と高齢化の背景として捉え,郊外地域の人口の動態と構成による地域格差に着目し,郊外の持続性について展開したい。

    調査地域の概要と研究方法

     近畿大都市圏は日本国内において,首都圏に次ぐ規模の都市圏であり,本研究の事例地域となる近畿大都市圏の郊外の定義について,京都市・大阪市・堺市・神戸市を中心都市とし,都市雇用圏の定義により中心都市への通勤率が10%以上のものを郊外市町村とする。2010年国勢調査のデータに基づき,合計97市町村が郊外に該当する。

     本研究では97市町村に関する統計データを収集し,高齢化などの背景によってどのような地域格差が形成されているかについて明らかにするため,人口属性や人口構成の指標を用いて多変量解析を施す。主成分分析によって変数を集約し,次はクラスター分析で似たような地域をグループに分け,グループごとにその地域格差の実態と形成要因となる変数を説明する。また,類型化の結果からよりミクロな事例地域の研究に進み,郊外地域の持続性について検討を深める。

    分析結果

     主成分分析に用いる変数群は,現状把握のため郊外地域の人口構造や労働力状態に関わると思われるものを採用した。主成分分析によって6つの主成分が抽出された。また主成分の得点を用いてクラスター分析による類型化作業を行い,結果5つの類型が得られた。この後の分析では,個別地域の考察へ進み,これらの地域類型の形成要因および持続性課題について検討する。

    参考文献

    石川雄一1996.京阪神大都市圏における多核化の動向と郊外核の特性.地理学評論69A:387-414.

    長沼佐枝・荒井良雄・江崎雄治2006.東京大都市圏郊外地域の人口高齢化に関する一考察.人文地理58:63-76.

  • 町田 知未
    セッションID: 266
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.はじめに

     高度経済成長期に行われた国主導による画一的な大型施設の整備やリゾート開発は,都市部から離れた地域に基幹産業の衰退や少子高齢化をもたらした。こうした中で,これまでの画一的な地域振興策を見直し,地域独自の自然・人文環境などの地域資源を保全し,地域の魅力を高めてこれを活用することによって,地域外から人を呼び込み,地域内外の交流を促進して,地域経済を活性化させる地域づくりのあり方が模索されている(岡村 2009)。しかしながら,地域づくりに係る既往研究においては地域特性の差異が十分に考慮されておらず,一般論的に議論が進められてきた。それゆえに,地域の個性を活かした地域づくりを目指すためには,地域特性の違いを十分に考慮し,それぞれの地域に適した地域づくりの形を検討することが不可欠である。

     本研究の目的は,北海道中川町の化石と地域博物館「エコミュージアムセンター」を活用した地域づくりを事例として,地域資源の観光利用に至る過程と地域づくりに携わった組織間の相互関係から地域づくりの意義と課題を明らかにすることである。調査では2019年9月,2020年2月に中川町の地域づくりに携わる主要組織である役場,教育委員会,商工会,観光協会において聞き取り調査を実施し,組織の相互関係について尋ねた。

    2.研究経過

     発表者のこれまでの研究では,アンケート調査により町への来訪者の地域資源に対する意識を分析してきた。その結果,来訪者の多くは化石の見学を目的として訪れており,化石を活用した地域づくりの意義が確認された。

    3.化石の観光利用に至る過程

     中川町には白亜紀の地層が広く分布し,アンモナイト化石が多く産出する。1950年代より基幹産業が衰退していく中で,クビナガリュウ化石が相次いで発見されたことにより,化石を地域づくりに活用する動きが本格化した。1995年に化石の里づくり構想が提唱され資料館の設立と専門職員の配置が目指され,役場企画課に化石と中心とした地域資源を町内外に発信する拠点「化石の里づくり推進室」が設置された。設置が目指された資料館は予算の関係から既存施設の改修が検討された。同時期に町の中心部から離れた佐久地区の中学校廃校が決定し,地区の衰退が危惧されていた。住民による佐久地区振興策の早期実施の要望に町長が応じ,佐久地域をエコミュージアムと位置付け,その中核施設として中学校を再活用する方針が示された。エコミュージアムとは地域のあらゆる資源を保存し地域住民自ら調査・研究し学習していく考えに基づく博物館であるが,中川町ではこの考えを取り入れ化石の里づくり構想はエコミュージアム構想に改められた。2001年には施設の運営・管理を担うボランティアグループ「エコール咲く」が結成され,佐久地区の住民が積極的に参加した。翌年「中川町エコミュージアムセンター」が開館した。2003年の選挙による町長の交代により,エコール咲くメンバーに複数存在した前町長の支持者が脱退し,化石を活用した地域づくりの勢いは失われた。現在エコール咲くはメンバーの高齢化に直面している。

    4.主体間の相互関係

     化石を活かした取り組みは,2000年に化石の里づくり推進室が教育委員会に移行して以来現在も教育委員会が担っているが,他の組織による様々な取組みも行われている。協力体制については,役場が各組織に予算を出す構造の中で,役場に対する不信感が一部でみられた。化石やエコミュージアムセンターにかかる取り組みとの関わり方についての質問では,「化石」という資源そのものの扱いづらさの存在が明らかになった。しかし一方で,どの組織も「地域振興」という同じ目標を持っていることも分かった。

    5.考察

     化石という地域資源は,地域外から人を呼び込む資源としての意義があることが見出された。各組織が「地域振興」という同じ目標に向かっていることも確認できた。しかし一方で,地域づくりを担う組織からは「化石」の扱いづらさのほか,組織間の不信感もみられた。これは化石が専門知識を持たない者には理解し難い資源であることに起因すると考えられる。化石が町全体の資源であることを再認識し,理解を深めた上で,地域資源としての利用としての政策を講じていくことが重要であると考えられる。

  • 島田 広之
    セッションID: 277
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
    会議録・要旨集 フリー

    日本では, 戦後の住宅難の時代より, 新築持ち家重視の風潮が存在し, 住宅の建て替えはスクラップ・アンド・ビルドによる供給システムが定着していた. しかし, 少子高齢化や住宅建設による環境負荷低減などの背景から, 新築中心のフロー型社会から,住宅ストックの活用によるストック型の社会へと転換していくことが目指された.2006 年に策定された『住生活基本計画』でも, その方針が明確化され,「多様な居住ニーズが適切に実現される住宅市場の環境整備」に関して成果目標・目標年次が設定された. また, 2010 年頃より空き家に関する議論が, 都市部においても取り上げられるようになり, 空き家問題の解決の方策の1 つとして中古不動産市場の活性化が挙げられている. それらを背景として, 既存ストック活用に関する研究は盛んになされている.

     先行研究における中古不動産市場活性化の目的を見ると, ①環境負荷軽減などを目的としたストック型社会への移行に眼を向けたもの, ②不動産市場の多様化による地域の多様性の確保や福祉的な目的のもの,③社会課題である空き家問題是正のための方策の3つに分けることができる. とくに, 不動産市場の多様化による地域の多様性の確保を目的とした研究では中古不動産の流通の実態, 特に情報の非対称性や海外との比較における制度上の課題を指摘し, 市場滞留期間や住宅属性を主な問題として価格や立地の妥当性を検討している. 地理学分野での, マンション研究では, 高齢者の移住や親族の近居の際に中古不動産が利用される傾向にあることがわかっている.市場における不動産の多様性をめぐる議論は価格の多様性と面積を中心に行われてきた。その一方で、不動産の諸要素やリフォーム等の選択肢を含めた空間の多様性に関する議論は行われてこなかった. また, その多様性の度合いや地域的な差異に関する詳細な議論は多くはない. 不動産市場全体における多様化がどのような要素を伴って展開しているのかについては, 十分に分析されてこなかったと言える.

     本発表では, 大阪府における流通不動産の多様化の実態とその地域的な差異について報告を行う. 大阪府は, 東京都に次ぐ中古不動産市場を有しており,とくに, 戸建て住宅が多いことが特徴である. 住宅情報サイトSUUMO 掲載の中古戸建て住宅の物件データを用いて, 流通不動産の多様化の実態について調査を行った. 筆者のこれまでの研究から, 大阪府では都市部, 北部地域, 南部地域といった地域ごとの地価や建築面積の違いによって, 住宅規模や間取りに差異が生じていることが明らかになった.

  • 浦山 佳恵
    セッションID: P050
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    日本には,かつて地中に巣を作るクロスズメバチVespula sp.の幼虫や蛹を「蜂の子」と呼び食す慣行が広くあった.明治以降,全国的に蜂の子の商品化が進み,1980年以降生息数の減少が指摘されるようになると、1990年以降各地で蜂追いを楽しむ同好会が設立され,1999年には全国地蜂愛好会が結成され情報交換を通じて資源保護や増殖活動が行われるようになった.2006年現在,30余りの会が蜂追いや巣の大きさを競うコンテスト,増殖活動をしているという.

    1980年代までの伊那谷は,全国的にも積極的な蜂の子食慣行がみられた地域の一つで,蜂の子はご馳走にもなり,煮たり煎ったりするだけでなく蜂の子飯や五目飯,寿司等にもされていた.採取方法も蜂追いや透かしという方法で見つけたり,夏に小さい巣を採り自宅周辺で飼育する飼い巣を行ったりしていた.蜂追いや飼い巣は貴重な蛋白源を得るための生業であるとともに,大人や青少年にとっては娯楽の一つでもあった.

    現在、伊那谷北部に位置する伊那市にも,「伊那市地蜂愛好会」が存在する.また,伊那谷では蜂の子の佃煮が土産物や日常のおかずとしてサービスエリア,道の駅,スーパー等で販売されているが,それらの原料の多くは県外・海外から輸入されたものであるという.食生活が豊かになった今,伊那谷の地域住民にとってクロスズメバチはどのようなものになっているのだろうか.

    2018〜2020年に,伊那市の地蜂愛好家5名への蜂の子食慣行に関する聞取り調査及び飼い巣の見学,伊那市地蜂愛好会の活動への同行を行い,現在の伊那谷のクロスズメバチがもたらす自然の恵みについて考察したので報告する.

  • -中学校社会科における市民としての基礎力育成をめざして-
    伊藤 直之, 光山 明典
    セッションID: P042
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.はじめに

    様々な変化が短期間で起こる現代社会において,「市民的資質・能力」の育成など市民教育の充実が求められている。しかし,こうした資質・能力の育成のための学習は,中学校社会科においては公民的分野の学習に重点が置かれ,特に地理的分野においては研究事例数も少ない。また,中学初期段階における社会認識のレベルは不充分な状態であり,なおかつ社会科や地理自体に苦手・嫌いという意見が多く,授業でもあまり意欲的ではないことが見受けられる。

    そこで,現代社会の現状課題をふまえて,地理的分野における価値判断学習のあり方について検討する。価値判断力育成のための授業構成を分類し分析することを通して,価値判断力を育成するための吟味学習の有効性について明らかにし,授業案計画および実践を提示していく。

    2.研究仮説

     中学1・2年で学習する地理的分野では個人的決定に相当する価値判断育成授業(主観的判断学習)を行うべきであり,二項対立型の設定で自分と反対の意見の立場を納得させるアプローチを提案する。そのうえで,「主観的判断を念頭に置いた地理的分野の授業を,二項対立型の吟味学習で展開することにより,生徒に市民としての基礎力が育成し始める」という研究仮説を提唱する。

    吟味学習については,他者(授業で取り上げた社会的問題に関わる当事者)が選択した結果を見て,その判断結果について吟味を進める場合を「他者吟味」とする。また,自分(生徒)自身の判断についてメタ認識を通して吟味する場合を「自己吟味」とする。研究仮説に基づく授業を実践するにあたって,まずは他者吟味を行い,次に自己吟味を行う展開を提示する。

    3.吟味学習の計画と実践

    二項対立型の吟味学習を地理的分野で実践するための授業設計として,地理的な環境作用や社会的背景などの因果関係をもとに現地の人物が行った判断結果について吟味する他者吟味を行い,次に生徒自身が関わる内容での自己吟味を行う展開としている。生徒に吟味作業を慣れさせるため,同じような学習方法を繰り返す単元での実施をねらい,大単元「世界の諸地域」でカリキュラム・マネジメントを行っての実践を計画している。具体的には,アジア州の学習(西アジアにおける経済政策決定)で他者吟味学習を行い,次にアフリカ州の学習(アフリカの食糧問題)で自己吟味学習を行うという展開で提案する。

    アジアでの他者吟味の課題は「ドバイの街はなぜ発展することができたのか?〜サウジアラビアと比較してドバイの経済発展戦略の有効性を検証せよ!〜」であり,ドバイの首相が観光・金融業に経済の軸を移した政策決定の理由について様々な資料を根拠として吟味する問題である。

    アフリカ州での学習(全5時間)は,「人口増加中のアフリカにおける食糧問題を考えよう」を「単元を貫く問い」としている。第3時でアフリカ開発提案に対する他者吟味をふまえた説得学習を政策反対の立場から行った後,第5時で自身の説得内容に対する自己吟味活動を行っている。第3時の他者吟味では,提案内容に対するメリットとデメリットを整理することで吟味を行わせている。また第5時では,生徒の意見を分析して7つのカテゴリーに分類し,それを活用して自己吟味を行わせている。その際に生徒自身の価値観を序列化・可視化させる目的でダイヤモンドランキングを作成させる。

     研究の具体的な成果については,当日のポスターにて報告する。

  • 矢野 桂司
    セッションID: S402
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.はじめに

    日本学術会議の提言などが学習指導要領改訂に反映され、小学校・中学校の社会科、高等学校地理歴史科の『新学習指導要領・解説』が平成29〜30年(2017〜18年)にかけて公表され、令和4年(2022年)度から地理歴史科で新しい必履修科目「地理総合」が設置されることとなった。

    第24期日本学術会議地域研究委員会・地球惑星科学委員会合同地理教育分科会では、第23期に発出した提言「持続可能な社会づくりに向けた地理教育の充実」(2017年8月8日)で掲げられた5つの骨子と、その後より顕在化した新たな課題を整理し、提言「「地理総合」で変わる新しい地理教育の充実に向けて—持続可能な社会づくりに貢献する地理的資質能力の育成—」を2020年8月25日発出した。

    2 具体的な提言内容

    (1) 「地理総合」による地理改革

    ・「地理総合」は、ESDやSDGsにつながる基礎的科目として、暗記中心から内容を一新すべき。

    ・第1学年で履修させ、入学時の通学路や学校周辺の安全確認を、ハザードマップや様々な防災情報を活用しながら、地図やGISの学習とリンクさせて行うべき。

    ・歴史系教員をはじめ、現職教員の研修制度を早急に確立させるべき。

    (2) 地理的な見方・考え方を問う大学入試のあり方

    ・大学入試(大学入学共通テスト、国公立大学二次試験、私立大学一般入試)において、文系・理系に関わらず、地理で受験できる大学を増やすべき。

    ・「地理探究」は従来の地理Bとは異なるため単独の入試科目として扱わず、入試科目に「地理総合」を含めるべき。

    ・単に知識・技能を問うのではなく、地理的な見方・考え方や「思考力・判断力・表現力」を問うことが重要。

    (3) 「地理総合」を支えるための大学地理教育の変革

    ・大学生は高校時代に必ず「地理総合」学んでいるため、大学における国際理解や国際協力、防災、持続可能な社会づくり等の科目内容を充実させるべき。

    ・教員養成や教職大学院では、教科専門性を十分修得できるようにすることが重要である。

    (4) 小学校・中学校・高等学校間及び諸教科間の関連性を活かした地理教育改革

    ・小・中・高の接続と指導内容の一貫性を確保すべき。特に、小中高連携した防災・減災学習を実現させ、コロナ禍、災害が頻発する国難、地球危機に主体的に対応し、活動できる生徒、学生を育てるのが地理教育である。

    ・フィールドワーク(野外調査)は重要であり、「生活科」「理科」「総合的な学習の時間」「総合的な探究の時間」と連携を図ること考慮すべきである。

    (5) 「地理総合」を支えるための社会的環境整備の充実

    ・地理教育で活用できるオープンデータを整備・維持管理すべき。

    ・関連学協会、関連省庁、地方自治体、NPO/NGO等による協力関係を築くことが重要。

    3 おわりに

     本提言発出後、提言は文部科学省をはじめとする関係省庁、各都道府県・政令市の教育委員会、関連学協会へ発送された。さらに、地理学連携機構と連携しながら「地理教育フォーラム」を運営し、誰もが自由に使える教材素材集の公開を準備している。そして、2020年10月1日から第25期日本学術会議がスタートし、新しい地理教育分科会が設置され、本提言の具体的な課題を遂行する。

    文献

    1)日本学術会議地域研究委員会・地球惑星科学委員会合同地理教育分科会、提言「持続可能な社会づくりに向けた地理教育の充実」、2017年8月8日。

    2)日本学術会議地域研究委員会・地球惑星科学委員会合同地理教育分科会、提言「「地理総合」で変わる新しい地理教育の充実に向けて—持続可能な社会づくりに貢献する地理的資質能力の育成—」、2020年8月25日。

  • 梶原 拓人, 川東 正幸
    セッションID: P006
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.はじめに

    2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の津波によって,仙台平野のクロマツ海岸林は深刻な被害を受けた.仙台平野の海岸林は,17世紀より沿岸域の生活と産業の発展の場として継承されてきた文化的価値を有する森林である.さらに海岸林は飛砂,塩害などから居住地を保護する機能も有しており,地域の生活環境の保全に重要な役割を果たしている(菊池 2017).また,被災地の復興にあたり内閣府の中央防災会議(2011)では,すべての海岸線に長大な防潮堤を建設していくことは不可能であるため,減災効果の強化には海岸林が必要であると結論づけている.ゆえに,海岸林を復旧させることには大きな意義がある.

    実際に2011年5月には林野庁を主体とした海岸林復旧・再生事業が始動したが,被害を受けた地域では突発的な海水の侵入による土壌の塩性化・湿地化や,高い地下水位など,クロマツの生育に不適当な環境が多数確認された.これを受けて,林野庁は仙台平野の丘陵地から持ち込んだ土壌材料をもとに植栽基盤の造成を行う方針を示した(林野庁 2015).

    人工林を形成・ 発達させる目的での盛土造成事業は極めて新しい試みだといえる.だが,実際に造成された植栽基盤上に植栽されたクロマツにはモザイク状の生育差がみられた.一般に,クロマツが災害防止機能を発揮するには植栽後20年程度の期間を要するとされるため,枯死などの生育不全が起こると復旧には多くの年月を要する.したがって,将来起こり得る災害に備えるためには,生育差をもたらした要因を速やかに解明する必要がある.

    本研究ではその前段階として,海岸林再生・復旧事業の対象地域のなかでも大規模に盛土造成が行われた地域である宮城県仙台市若林区荒浜海岸林の植栽年度が異なる35の工区を調査地とし,正規化植生指標(Normalized Difference Vegetation Index: NDVI)を用いてクロマツの面的な生育概況を定量化および可視化した.また,植栽基盤とその土地本来の海砂の粒径組成を比較することで,土壌材料の変化がクロマツの生育にもたらす影響を考察した.

    2.研究手法

     NDVIはSentinel-2によって2020年8月20日に撮影された衛星画像をもとに,ArcMap10.5.1を用いて算出・地図化した.また,算出された値をもとに,有限の標本から母集団のデータを外挿し,確率密度関数を推定する手法であるカーネル密度推定を行い,各工区における面的なNDVI分布を把握した.さらに正規性,等分散性,平均値の差について統計分析を行い,各工区におけるクロマツの生育を比較した.

    粒径組成はピペット法に基づいて分析した.

    3.結果および考察

    粒径組成の分析の結果,植栽基盤に用いた山砂は海砂よりも総じて細砂が少なく,シルトや粘土といった粒径の細かい材料が多いことがわかった.森林総合研究所(2016)によれば,植栽基盤に砂成分のほかに粘土などの細粒成分が混じると,締め固まりやすく透水性が悪くなる性質を発揮する.ゆえに,丘陵地の土壌材料による盛土造成を行ったことで,生育環境における粒径に依存する土壌の物理性は被災前よりも不適当になった可能性が考えられた.

    NDVIを分析した結果,同一年度に植栽が行われたほとんどの工区間において,日照や降水に関わる気象条件に大きな差が無いにも関わらず,クロマツの生育には統計的に有意な差が確認された.また,各工区のNDVIの分布の特徴も異なり,同一工区内においてもクロマツの生育にはばらつきがみられた.このことから,調査地におけるクロマツの生育差はセンチメートル単位の微地形や土壌特性に関わるミクロな環境の違いに起因すると推測された.したがって,クロマツの生育差をもたらす原因を明らかにするためには,ミクロなスケールにおいて変化する土壌特性を分析する手法を確立する必要があると考えられた.

    参考文献

    菊池慶子 2017.仙台湾岸における防災林の植林史─宮城県名取市海岸部を中心に─.東北学院大学論集 歴史と文化 55:9-41.

    森林総合研究所 2016.『第三期中期計画成果集 津波で失われた海岸林を再生するために』

    中央防災会議 2011.『東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震津波対策に関する専門調査会報告』

    林野庁 2015.『平成26年森林・林業白書』

  • 岩佐 佳哉, 熊原 康博
    セッションID: P005
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.はじめに 平成30年7月豪雨(以下,西日本豪雨)では,広島県南部を中心に多数の斜面崩壊が発生し(Goto et al., 2019),平野部では河川の氾濫が生じた(田村・田中,2020)。一連の災害により,広島県内では149名の死者が生じた(広島県危機管理課,2020)。西日本豪雨では,石碑が過去の災害を記録していたことが注目された。

     自然災害に関する石碑の調査は近年盛んに行われ,地域の災害の履歴が明らかにされつつある(北原ほか,2012;小山ほか,2017;青山,2020など)。一方で,西日本豪雨の水害碑については岩佐・熊原(2019)が呉市冠崎地区の水害碑の建立経緯を報告しているのみである。災害に関する石碑の多くは建立後の期間が長く,建立の経緯を詳細に知ることは困難である。西日本豪雨の水害碑は当事者へ聞き取り調査を行うことが可能であり,被害の様子や建立の経緯を正確に記録することができる。本発表では,広島県を対象として,西日本豪雨に関連して建立された水害碑の分布と建立の経緯を報告し,その特徴について述べる。

     調査は,報道やSNSの画像を利用して水害碑の位置を特定した。現地では,水害碑の撮影や大きさ,碑文の記録を行い,水害碑を建立した当事者に聞き取りを行った。

    2.水害碑の特徴 広島県内では西日本豪雨に関連する7基の水害碑が確認された。水害碑は呉市に3基,広島市安芸区に2基,東広島市に1基,坂町に1基がそれぞれ分布し,西日本豪雨に伴う土石流が高密度に分布する範囲に含まれる(Goto et al., 2019)。7基の水害碑を災害の種類ごとに分類すると,土石流による水害碑が5基,崖崩れと洪水による水害碑がそれぞれ1基であった。土石流による水害碑はいずれも土石流が流下してきた末端に近い場所に建立されている。水害碑のうち,死者について碑文に記されているものは4基で,最大で12名の死者が生じた。設置主体は,不明である2基を除くとすべて民間団体であった。碑文の内容を熊原ほか(2017)に基づき3つに分類すると,「被災」が6基,「慰霊」が1基で,「復旧」に該当するものは存在しない。水害碑の材料には自然石や加工された石材が使用されているが,自然石や石材と金属プレートを併用しているものが2基見られた。

    3.碑建立の経緯の例 坂町横浜地区では,西日本豪雨に伴い崖崩れが発生し,2棟の家屋が流失した。この際,墓地に土砂が流入し,墓石や遺骨が散乱したため,遺骨の持ち主が分からなくなった。改葬公告を行ったが,申し出がなかったため,遺骨の改葬を行うとともに,被害の事実を示すために水害碑が建立された。ただし,崖崩れの発生や家屋の流失を水害碑の碑文から読み取ることはできない。

     呉市冠崎地区では土石流が発生し,説教所をはじめ10棟が流失し,1名が死亡した。犠牲者の慰霊と災害の伝承,説教所に代わる住民の心の拠り所になることを願って水害碑が建立された(岩佐・熊原,2019)。

    4.碑の活用への課題 水害碑のうち4基は災害の様子を碑文から読み取ることができないこと,わかりにくい場所に設置されていることから,防災教育での活用には工夫が必要である。また,水害碑が立地する隣の谷でも大規模な土石流が発生している場合があり,水害碑が地域全体の災害履歴を代表するわけではないことに留意する必要がある。

    文献:Goto et al. (2019) Journal of Disaster Research, 14, 894-902; 田村・田中(2020)日本建築学会技術報告集,26,325-330; 広島県危機管理課(2020)平成30年7月豪雨災害による人的被害について; 北原ほか(2012)災害復興研究,4,25-42; 小山ほか(2017)地理科学,72(1)1-18; 青山(2020)地球惑星科学連合2020年大会発表要旨; 岩佐・熊原(2019)地理,64(11)48-55; 熊原ほか(2017)広島大学総合博物館研究報告,9,81-94; 広島大学平成30年7月豪雨災害調査団(地理学グループ)(2018)平成30年7月豪雨による広島県の斜面崩壊分布図,2018年8月2日

    付記:JSPS特別研究員奨励費(JP20J22288)の助成を受けた。

  • 井田 仁康, 矢野 桂司, 久保 純子
    セッションID: S401
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1. 開催趣旨

    日本の地理教育は、初等、中等、高等教育それぞれにおいて、持続可能な社会の実現に向けて中核の役割を担うべく、その意義の周知を図る必要があります。

    第24期日本学術会議地域研究委員会・地球惑星科学委員会合同地理教育分科会では、新しい地理総合に関する『学習指導要領』、『学習指導要領解説』が公表され、その全容が明らかにされたことを受け、その内容を確認するとともに、2009年3月21日には公開シンポジウム「「地理総合」で何が変わるか」(日本地理学会春季学術大会、専修大学)を開催し、日本の地理教育はどのように変わるのかを議論しました。そして、現場となる初等・中等教育だけでなく、教員養成を担う大学教育や関係省庁が取り組むべき様々な課題を整理し、新しい地理教育を今どのように推進すべきかを議論しました(『学術の動向』2019年11月号)。

    その課題整理を基にして、地理教育分科会は、2020年8月25日に、提言「「地理総合」で変わる新しい地理教育の充実に向けて—持続可能な社会づくりに貢献する地理的資質能力の育成—」を発出しました。

    2022年度からスタートする高校地理歴史科における「地理総合」の必履修化に際して、各教育委員会や校長をはじめ現場の高校教員の理解を得て、気候変動をはじめ深刻化する地球環境問題や防災・減災、持続可能な社会に向けて、社会全体で「地理総合」による生徒の学びを深めることが期待されています。

    そこで、本シンポジウムでは、国や教育委員会などにおいて、地理総合の必履修化に向けての期待や課題を語っていただき、その課題に対して学協会をはじめ社会がどのようにサポートできるのかを明らかにします。

    2. シンポジウムの構成

    本シンポジウムでは、まず、第24期地理教育分科会委員長の矢野桂司から、(提言)『「地理総合」で変わる新しい地理教育の充実に向けて—持続可能な社会づくりに貢献する地理的資質能力の育成—』の概要を報告します。その後、提言で示された5つの具体的な提言、(1)「地理総合」による地理教育の改革、(2)地理的な見方・考え方を問う大学入試のあり方、(3)「地理総合」を支えるための大学地理教育の変革、(4)小学校・中学校・高等学校間及び諸教科間の関連性を活かした地理教育改革、(5)「地理総合」を支えるための社会的環境整備の充実、をベースに、文部科学省や地方公共団体の教育委員会で具体的に「地理総合」の実施に関わられている以下の登壇者(敬称略)にご講演いただきます。

    橋本幸三(京都府教育委員会教育長)「地理教育への期待」

    中嶋則夫(文科省教科調査官)「「地理総合」・「地理探究」の具体像」

    濱野清(広島県教育センター副所長)「改訂学習指導要領において地理に求められたこと」

    片桐寛英(山形県教育庁教育次長)「新しい地理教育への期待と課題」

    小林正人(東京都教育庁情報企画担当課長)「都立高校における教育環境の整備と地理総合」

    その後、第25期地理教育分科会委員長の井田仁康の司会のもと、由井義通氏をコメンテーターとして論点整理をお願いし、登壇者を交えて総合討論を行います。そこでは、2022年4月からスタートする新しい地理教育に向けて、その1年前の今、まさにすぐに行わなければならないことは何かを明らかにします。

    参考文献

    学術の動向『特集 地理総合と歴史総合─何が変わるのか、どう向き合うのか─』、2019年11月号(日本学術協力財団)。

    日本学術会議地域研究委員会・地球惑星科学委員会合同地理教育分科会、提言「「地理総合」で変わる新しい地理教育の充実に向けて—持続可能な社会づくりに貢献する地理的資質能力の育成—」、2020年8月25日。

  • 桐越 仁美
    セッションID: 215
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1990年代以降、アジア人によるガーナの商業分野への投資・参入がみられるようになった。なかでも中国人については、小売業への進出が急速に進んでいる。近年は、西アフリカのムスリム商人が中国製の商品を内陸乾燥地域に大量に輸送しており、以前に増して中国製品を目にする機会が多くなった。西アフリカのムスリム商人たちは、ガーナの中南部の都市クマシにて、中国製の商品を入手し、内陸乾燥地域へと輸送している。多くの場合、ムスリム商人たちは古くからの交易路を通じて商品を内陸乾燥地域へと輸送している。本発表は、西アフリカのムスリム商人が商業ネットワークを域内で構築・拡大させてきた軌跡を概観したのち、そのネットワークを中国商人にまで拡大させていく過程について、一考察を加えることを目的とする。

     本発表では、コーラナッツ交易と関わりをもつ西アフリカのムスリム商人のキャリア形成に着目する。ガーナの都市や農村にみられる「ゾンゴ(zongo)」という地区には、多くのムスリム商人が滞在している。そこで取引における中核を担っているマイギダ(maigida)と呼ばれる人びとのなかには、中国商人との交渉を担っている人物がおり、ムスリム商人間では彼らを通じてでないと取引ができないと認識されている。キャリア形成に関する聞き取り調査からは、多くの若手商人が中国人との取引を将来的な目標としているものの、まずはマイギダに接触し、彼らに実力を認められる必要があると考えていることが明らかになった。

  • 村山 良之, 桜井 愛子, 佐藤 健, 北浦 早苗, 小田 隆史, 熊谷 誠
    セッションID: 103
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1 学校防災の自校化を担う教員のための研修

     学校防災の自校化のためには,学校や学区の地形を含む地域の条件を把握してハザードマップの想定外まで含む読図が有効かつ必要である。しかし,このような地理学界の常識は,学校教員を含む一般市民にはまったく浸透していない。元々の専門や経歴が多様な発表者らは,地理学(地形学)の常識を活かして学校防災が向上するよう,この教員研修を提案するものである。

     発表者らは,2019年6月石巻市教育委員会防災主任研修会でワークショップの機会を得た(村山,2019)。自校を含むハザードマップ,地形図,地形分類図等を用いて共同作業を行うことで,受講した防災主任は読図力が上昇したとこを自ら認める等,成果をあげることができた(小田ほか,2020)。そこで,同様の研修を広くオンライン等でもできるよう,研修動画,ワークシートとその記入例等含む,プログラムを作成した。

    2 オンライン研修プログラム

     上記ワークショップで得た成果および課題と,学校教員の実状を踏まえて,ガイダンスを含む6つの研修からなる講座「学区の地図を活用した災害リスクの理解」を作成した。

     対象ハザードは,土砂災害と洪水とし津波についても言及する。防災のために有益でかつ防災や専門知識を持たない学校教員にも理解を促しやすいことを念頭に,地形要素として,山地・丘陵地については傾斜の大小と崖および谷,低地については微高地(自然堤防,浜堤・砂丘)と後背湿地や旧河道を,取り上げることとした。いずれも土砂災害と水害に対する土地条件として重要な地形要素である。そして,それらの地形把握のために,山地・丘陵地(土砂災害)については地形図,低地(洪水)については地形分類図が有効であること,それぞれの地図の入手・閲覧方法,概要と読図法,さらにハザードマップと関連することを,学ぶ(研修2,3)。ハザードマップについては,有用で利用しやすい情報源であるとしてその不要論を廃し,結果のみではなく「科学的根拠のある目安」として利用すべきこと(研修0),ハザードマップの種類や入手・閲覧方法とその限界(想定外)について(研修1),そして研修2と3で学んだ地形とハザードマップが密接に関連することを踏まえつつ,想定外についても地形から合理的に把握できることを,学ぶ(研修4)。さらに,研修5では,これまでの研修内容を応用して,避難の合理的な方法を学ぶ。

    講座「学区の地図を活用した災害リスクの理解」の主な内容

    研修0 ガイダンス

    講座全体の構成,講座の背景と目的,ハザードマップとは,読図とは,「地形を踏まえたハザードマップ3段階読図法」

    研修1 学区のハザードマップを読む

    ハザードマップをインターネットで探す 重ねるハザードマップから読む ハザードマップの想定について(法律,前提) まとめ 演習 おまけ

    研修2 学区の地形図を読む

    地形とは 地形図とは(例:岩手県釜石市の一部) 地形図を読むためのポイント(方位,縮尺,地図記号,等高線,崖記号,谷線) 地形図と土砂災害ハザードマップ(谷と土砂災害,崖や急傾斜地とがけ崩れ,2019年台風19号) まとめ おまけ

    研修3 学区の地形分類図を読む

    地形分類図とは(低地内の微地形) 地理院地図で地形分類図を読む(断面図,微地形と起伏,洪水ハザードマップとの対応) まとめ 演習(自校の学区について,地形図と地形分類図から読み取れること) おまけ(低地部で地形分類図がない場合)

    研修4 学区の地形からハザードマップの想定外も考える

    ハザードマップと,地形図,地形分類図を読む(例:山形県庄内地方の土砂災害と洪水 2019年台風19号宮城県丸森町の浸水範囲,ハザードマップと地形分類図) まとめ 演習(自校の学区について,ハザードマップの想定外を考えて記述する)

    研修5 学区内での避難について考える

    緊急避難場所と避難所 まとめ 演習①(自校が緊急避難場所/避難所に指定されているか確認する) 演習②(大雨時の緊急避難場所までのルートを複数考える おまけ

     2021年1月現在,本プログラムのインターネット公開準備中である。宇根寛氏,熊木洋太氏,黒木貴一氏,澤祥氏,鈴木康弘氏から,助言をいただいた。心より感謝申し上げる。

  • 鈴木 秀和, 関川 優樹, 宮﨑 光男
    セッションID: P008
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

     日本を代表する火山の一つである浅間山の麓に位置する群馬県嬬恋村は、これまでその噴火活動による影響を何度も受けてきており、とくに1783年に発生した天明噴火の際には、甚大な被害に見舞われた。一度噴火すれば山麓で暮らす人々にとって脅威となる浅間山ではあるが、そこで生活を営むために必要となる様々な恵みをもたらす存在でもある。その一つの例が、貴重な水資源として古くから活用されている湧水である。天明噴火で甚大な被害を受けた鎌原集落でも、そのような湧水を起源とする「鎌原用水」が流れる様子を見ることができる。

     今回はこの鎌原用水が、本地域(とくに鎌原集落)が天明噴火による災害からの復興過程において果たした役割と、利用の変遷を明らかにするために行った調査結果を報告する。

    2.鎌原村の天明噴火による被害と復興

     天明噴火以前の鎌原集落は、加賀国金沢から信濃国追分に至る北国街道の裏街道として敷かれた信州街道の宿場町として栄えていた。1783年に発生した天明噴火の際に発生した鎌原土石なだれが集落を襲い、一瞬にして家屋や住民を埋めてしまった。これにより当時の鎌原村の人口570人のうち、477人が亡くなったほか、土石なだれが吾妻川に流入し泥流化したことにより、利根川沿岸も含め1000人以上の犠牲者を出すに至った。

     一部の住人が逃げ込み命をつなぎ止めた場所である「鎌原観音堂」に隣接する「おこもり堂」では、現在も地域住民が当番制で詰めており、来訪者にお茶や漬け物などを振る舞っている。また地元の語り部により、天明噴火の様子などについて話を聞くこともでき、東日本大震災以降は災害遺構として再注目されている。

     これだけ甚大な被害を受けたにもかかわらず、生き残った鎌原村の住人達は、集団移転はせずに代々暮らしてきたこの土地(埋もれてしまった集落上)での再建を決めた。その際、生き残った93人を身分や家筋に関わりなく、性別や年齢構成などに基づき編成した7組の家族に分け、公平を期すため全ての家族に田畑を含む土地を均等に配分した。その後、鎌原集落の世帯数は30年で20軒に増え、明治初頭には天明噴火以前の世帯数にまで回復した。

    3.鎌原用水源が復興に果たした役割

     集落を埋めた土石なだれ堆積物の厚さが5.5mもあったことから、沢水や地下水が得にくい環境にあった鎌原集落では、生活用水の確保に苦労していた。そこで目を付けたのが、噴火直後に鬼押出し溶岩の末端部から湧き出した湧水である。これが「鎌原用水」の水源となっており、水道が敷設される1958年までは集落の生活用水として活用されてきた。

     しかし、発見された当初は高温の溶岩の影響で熱湯が湧出しており、生活用水として用いられることはなかった。そこで隣接する大笹宿で問屋と名主を兼ねていた黒岩長左衛門(鹿沢温泉や万座温泉の開湯に関わった人物)は、その熱湯を大笹まで引湯し、街道を行きかう旅人や地元住人のために無料で入浴できる湯小屋(温泉施設)を建造した。完成までに5年ほどの時間を費やしたが、引湯設備や湯小屋の建設工事には、噴火災害で家や職を失った多くの被災者が雇用されたことで、地域の復興にも大きな役割を果たした。この工事にかかった総工費は250両(現在の価値で2500万円)にも及んだと言われている。溶岩が冷え水温が低下したため、湯小屋は約20年で営業を終えたが、その後はこの湧水が鎌原へと送られるようなり、住人はこれを生活用水に用いるようになった。

    4.鎌原用水の様々な活用方法

     鎌原へ引水されるようになったこの湧水は、日常的な利用に加え、農業用水や水路に水車を設置し脱穀に利用したり、冬場に水車についた氷を氷室に貯蔵して夏場に利用するなど様々な用途で活用された。また、鎌原用水にはフッ素が含まれているため、住人たちは歯が丈夫であったと言われていた。なお、発表当日はフッ素の測定結果についても報告予定である。

     鎌原用水源となっている湧水は約4℃と低温で(鈴木、2007)、稲作には不向きであった。昭和30年頃、近くを流れる小熊沢から引き入れた水を鎌原用水に合流させることで、水温を上げるための措置が取られて以降は稲作が盛んになり、鎌原産のコシヒカリが近年ではブランド米になるまでに成長した。2019年8月28日に現地調査を行ったところ、流下とともに水温が4.9〜10.3℃まで上昇し、小熊沢からの水が合流するとさらに2.3℃以上上昇することが確認された。

     水道が普及した現在の鎌原用水は、農業用水として利用されるほか、鎌原集落では防火用水としての役割も担っている。また、水源となっている湧水の一部は、嬬恋村の上水道水源としても利用されており、鎌原集落のみならず浅間高原で暮らす人々の生活用水として広く活用されている。

  • 橋本 幸三
    セッションID: S403
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
    会議録・要旨集 フリー

    1 はじめに

    地理の科目が必修ないし必履修となるのは,実に40年以上前のことであろう。学校教育における地理の学習は,日本史や世界史同様に,暗記科目のイメージが強い。しかし,数年前に高等学校地理歴史科地理Bの参考書を見る機会があり,地理の幅広さ,面白さに初めて気付いた。また,地理は考える学びであるという印象を感じた。本報告では,必履修科目となる地理総合の設置を踏まえて,教育長,中央教育審議会委員の経験等からこれからの地理教育への期待について述べることとする。

    2 地理を学ぶ意義と地理総合の評価

    現代の社会や世界の状況を幅広く視野に入れ,社会や世界に向き合い関わり合うため,また,グローバルなものの見方を養うために地理の学習は不可欠である。中教審答申では,SDGsなどを踏まえ,「自然環境や資源の有効性,貧困など地域や地球規模の諸課題について,子ども一人一人が自らの課題として考え,持続可能な社会づくりにつなげていく力を育むことが求められ・・・」と指摘されている。また,新学習指導要領前文には,「様々な社会的変化を乗り越え,豊かな人生を切り拓き,持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる。」とある。高等学校の普通科改革に関しても,新しい学科の例として,SDGsの実現やSociety5.0の到来に伴う諸課題に対応するため,学際的・複合的な学問分野や新たな学問領域に即した最先端の知見を活かし,魅力ある学びに重点的に取り組む学科が示されている。SDGsなど現代的な諸課題を踏まえた持続可能な社会づくりにつなげる力の育成が重視されており,地理は一層重要になると考えられる。

    3 ICT活用能力の育成と地理教育

    様々な資料やデータから情報を適切に読み取ることや,コンピュータの情報活用能力の育成が期待される中で,地図やGISを活用する地理学習は,きわめて重要である。中教審答申は,言語能力に関し,教科書を含む多様なテキスト及びグラフや図表等の各種資料を適切に読み取る力の育成や,コンピュータ等を用いて必要な情報を得たり,得られた情報を整理・比較してわかりやすく発信・伝達できる力の育成が重要とされている。とくに,GISは,これまでの紙ベースの地図よりデータの活用や分析,考察,表現に大きな成果を期待できる。

    4 「社会に開かれた教育課程」と地理教育

    新学習指導要領では,「社会に開かれた教育課程」の実現を目指している。社会や世界の状況を幅広く視野に入れ,学校教育を通じてよりよい社会を創るという観点から,地理の学習は,地球規模から生活圏に至る地域まで多様な地域スケールを活用し,地域に関する様々な領域を対象としており,課題解決型学習になじみやすい。また,人文・自然の各分野に関わって他教科との関連も深く,防災や国際理解など教科横断的な学習にも親和性が高い。探究的な学びを進める地理総合は,その重要性に応えるもので非常に意義深いことと認識している。

    5 地理教育の充実に向けて

    現状,地理学習の必要性にかかる意識が未だ希薄であることは否めない。地理を学ぶ意義の浸透を図るとともに暗記科目のイメージを払拭すべく授業実践の一層の改善を進めることが求められる。GISの指導方法,フィールドワークの実施,用語や地名の知識量を重視する学力観の見直し,地理を選択可能とする文系大学入試の改善など,解決すべき課題は枚挙にいとまがない。

    京都府では他府県同様に,地理履修者数の低迷が続いた。コロナ禍にあって,教育にも多様性が求められる時代である。ICTの利活用は,多様な地域や特色ある学校で学ぶ生徒たちを誰一人取り残すことなく,個々の資質・能力が一層確実に育成できる教育環境を実現する。地理教育もまた,グローバルな視点で様々な地域を理解し,課題解決に向けた探究的な学びを各校で展開することが求められる。京都府においても,学術会議や学協会において蓄積された研究成果を活用し,質の高い教育改革や時宜を得た授業の工夫改善に資する教員研修等に取り組んでいきたい。

  • チャクラバルティー アビック
    セッションID: 370
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
    会議録・要旨集 フリー

    本発表では国立公園の「機能」について, 主に自然保護の視点から分析を提供する. 国立公園は国際保護連合が定める「保護地域」の一種でもあり, 自然環境を護るという「機能」があるとされている。しかし国立公園の選定の歴史を辿ってみれば, その区域では何がどのように誰によって保護されるかについて十分なノウハウの蓄積がないまま, 単純に景観の美しさや 観光名所としての認知度のもとに国立公園の認定を受けた事例も少なくないことがわかる. さらに, 国立公園の多くは100年ぐらい前の概念のもとに定められており, 当時, 区域の選定が適切だったとしても, それ以降, 周辺地域の変化や,自然生態系の大規模な変化や, 当時では考えられなかった観光開発などが国立公園の自然環境を様々に圧迫している深刻な現状が生み出されている. しかしこれらの事情が生じているにも関わらず, 自然保護的な側面や管理制度が追いついていないことも大きな問題である. 近年の調査研究から, 世界各地の保護地域では, 周辺の開発・都市化や, 保護地域内の生物的環境の悪化が進んでいることが報告されており, 国立公園を含む地域では生態系の単純化, 森林面積の減少, 生態系の多様性の劣化などが起きていることから, 重要な指標の悪変容が確認できる. こういった背景を踏まえて考えれば, 国立公園の基本的な役割である自然的プロセスや多様性の維持・保護を再び意識し, 必要に応じて保護制度の強化が求められるが, 実際には多くの国立公園ではそのような動きがなく, むしろ「利用」を重視した管理計画の促進など現在の危機的状況と全く相反する傾向を見受ける.

    そこで, 本発表では以下の3つの議論点・意識の改革案を紹介し, それぞれに関して説明していく.

    (1) 21世紀の国立公園は, 適切に保護されている地域でありその環境が効率よく護られているとことではなく, 非常に脆弱で常に新たな危機にさらされている, ある意味絶滅危惧種と同等な存在であることを理解する. これは国立公園の魅力発信やプライド発信に反する見解であるため, 一部の関係者にとっては認めづらいことも予想できるが, 世界のどの地域の保護地域の現状を見ても, もはや無視できない真実である.

    (2) すでにカナダの国立公園管理において採用されているが生態系の健全性 (Ecological Integrity) など, 生態学や自然保護科学の最新の概念をできる限り利用し, 観光名所や特定の生物種の保護から, 生態系全体の健全性や非生物的プロセスを保護ができる計画への転換が必要である. 即ち, 国立公園の基本機能の再評価, またその機能の維持につながる仕組みづくりが必要である.

    (3) 上記の(1)-(2)を踏まえ, 必要に応じて国立公園同士のリンクアップや保護制度のスケールアップが必要であり, さらにその重要性について社会的教育を提供することも必要である.

  • 岩谷 恭弥
    セッションID: P046
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    日本における乗合バス交通は,1965年頃から1980年頃の高度経済成長に伴った地方の人口流出とモータリゼーションの進行と,1990年代後半から2000年代前半にかけての規制緩和が大きく影響し,盛衰を繰り返してきた.従前の研究を参照すると,乗合バスに関して高度経済成長期におけるモータリゼーションの影響を考慮した研究については管見のおよぶ限り見当たらない.一方,規制緩和については井上(2006)が京都市を,田中(2014)が三次市を事例とし,地域の交通ネットワークとしての乗合バス路線網の維持や,地域住民に対する乗合バス交通サービス提供における課題を明らかにするなど,多くの研究がなされてきた.

     本研究では両者の影響を考慮し,大都市圏縁辺部の地方中心都市における乗合バス路線網の変容とその要因を明らかにする.大都市圏縁辺部の地方中心都市を対象とすることで,大都市の都市圏と大都市圏縁辺地域の地方都市圏の両者に包含される地域での乗合バス交通の存立条件と存在意義が明らかになるのではないかと考える.研究対象地域には,人口,面積,人口密度ともに中位で,近隣の地方中心都市同士で連接せず,東京大都市圏縁辺部の地方中心都市における一般性と比較基準となりうる特殊性が明らかになると考えられる熊谷市を選定し,①人口の変化と乗合バス路線網の変化,②土地利用の変化と乗合バス路線網の変化,③地域の変化と乗合バス路線網の変化という3つの観点に着目したうえで,一般的な乗合バス路線の存廃パターンとしての存立条件と,交通目的別としての存在意義を明らかにした.

  • 中嶋 則夫
    セッションID: S404
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
    会議録・要旨集 フリー

    高等学校新学習指導要領については,令和4年度から年次進行で実施される。今次の改訂によって,地理歴史科では,必履修科目として「歴史総合」とともに「地理総合」が,また,地理領域の選択科目として「地理探究」がそれぞれ設定されることとなった。ここでは,「地理総合」,「地理探究」の科目としての特性と主な内容等について,その概要を確認したい。

    「地理総合」は,持続可能な社会づくりを目指し,環境条件と人間の営みとの関わりに着目して現代の地理的な諸課題を考察することに加え,グローバルな視座から国際理解や国際協力の在り方を,地域的な視座から防災などの諸課題への対応を考察すること,地図や地理情報システムなどを用いて汎用的で実践的な地理的技能を習得することを科目の主要な特徴として構成されている。

    「地理探究」は,「地理総合」の学習を前提に,地理の学びを一層深め,生徒一人一人が「生涯にわたって探究を深める」その端緒となるよう,系統地理的学習,地誌的学習を行う各大項目の学習によって地理学の体系や成果を踏まえた上で,最後に科目のまとめとして我が国の地理的な諸課題を探究する大項目を設けて構成されている。

    「地理総合」,「地理探究」の授業をつくるうえでは,学びの過程を重視し,「主体的で対話的な深い学び」の実現に向けた授業改善を推進する必要がある。その指導においては,「社会的事象の地理的な見方・考え方」に基づく学習活動の充実と,「主題」や「問い」を中心に構成する学習の展開が必要であり,このことを踏まえた授業づくりが求められる。

    なお,今次の改訂では,各教科等の目標及び内容が資質・能力の三つの柱で再整理され,学習指導要領には,「地理総合」,「地理探究」の中項目ごとに育成を目指す資質・能力が示されている。授業づくりにおいては,各中項目の目標について十分に確認したうえで,目標の実現に向けて,地理的な見方・考え方を働かせる学習活動が展開できるよう,「主題」や「問い」を中心に授業をデザインすることが大切である。

    「地理総合」,「地理探究」の項目の構成

    「地理総合」

    A 地図や地理情報システムで捉える現代世界  

    (1) 地図や地理情報システムと現代世界

    B 国際理解と国際協力            

    (1) 生活文化の多様性と国際理解

    (2) 地球的課題と国際協力

    C 持続可能な地域づくりと私たち       

    (1) 自然環境と防災

    (2) 生活圏の調査と地域の展望     

    「地理探究」

    A 現代世界の系統地理的考察         

    (1) 自然環境         

    (2) 資源,産業

    (3) 交通・通信,観光

    (4) 人口,都市・村落

    (5) 生活文化,民族・宗教

    B 現代世界の地誌的考察           

    (1) 現代世界の地域区分

    (2) 現代世界の諸地域

    C 現代世界におけるこれからの日本の国土像  

    (1) 持続可能な国土像の探究

    A,B,C:大項目  (1),(2)等:中項目

    【参考文献】文部科学省(2019)「高等学校学習

    指導要領(平成30年告示)解説地理歴史編」

  • 濱野 清
    セッションID: S405
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

    今回の学習指導要領改訂よって必履修科目としての「地理総合」が誕生した。このことは「地理」に関わる者にとって,ある意味朗報とも捉えられようが,他方で大きな責任を課せられたことをも意味している。すなわち,改訂学習指導要領において「地理総合」が必履修化されるということは,ここに至るまでの議論の中で地理学習に求められたことについて,今後その「公約」を果たしていくということを意味するものでもある。

    そこで本報告においては,直近の十年あまり,この改訂作業に関わってきた者として,その範囲内で広く確認できることのうち,「地理総合」を中心に地理教育に対して期待され,求められたことについて振り返ることとしたい。

    2.改訂学習指導要領において地理に求められたこと

    学習指導要領の骨格は,中央教育審議会答申によって規定される。平成21年公示の現行高等学校学習指導要領では,従前の科目構成は維持しつつも,その「設計図」と位置付けられる中央教育審議会答申において,「地理歴史に関する総合的な科目の設置については,具体的な教育内容の在り方等について今後更に検討する必要があると考えられる」との課題が呈せられた。

    文部科学省サイドでは,このことを次期改訂に向けた課題として受け止め,「世界史必履修となっている高等学校地理歴史科の教育課程において,科目構成や履修形態を改め,教科の趣旨やねらいを踏まえた新しい必履修総合科目を設置し,その学習の内容と方法についての研究開発を行う」研究開発学校を置くこととした。この指定校には,京都府立西乙訓高等学校(平成22〜24年度指定),日本橋女学館高等学校(平成23〜25年度指定),神戸大学附属中等教育学校(平成25年度〜現在指定)からの応募があり,それぞれに教育課程の特例を活用した実践研究が行われた。

    また,この間,日本学術会議からも数次に渡り地理歴史科教育の在り方に関わる提言等がなされた。このうち「新しい高校地理・歴史教育の創造−グローバル化に対応した時空間認識の育成−」(平成23年)については,地理,歴史それぞれに必履修科目を置くこととするという具体的な提案であり,それを踏まえた研究開発学校の取組とも相俟って,その実現性について注目することとなった。

     これら地理歴史科教育の改善に関わる提案と併行して,省内では,新しい時代に必要となる資質・能力の育成などといった大きな文脈からも学習指導要領の改善が図られた。この過程では「なぜ地理を教えなければならないのか」という問いが折に触れて下問され,「何を教えるか」という視点とともに,「どのように学ぶか」「どのような力が身に付いたのか」といった視点からも,地理が必履修するに足る科目であることの説明が求められた。

    これに対しては,

    ○地理教育国際憲章によってコンピテンシーが整理されるなど,国際標準に立脚した学問,教育分野であること

    ○それらのコンピテンシーに基づく「見方や考え方」を用いた,考察を中心とする学習を重視していること

    ○我が国が国際的に主導してきた,持続可能な開発のための教育(ESD)を中核とする構造をとっていること

    ○教科化等の議論のあった防災に関わり,既に解説の一部改訂で対応し,防災教育の中核となる実績をもつこと

    ○ICT教育の充実のため,他科目,他教科等でも活用可能な地理情報システム(GIS)を導入としていること

    ○自然や社会を対象とした文理を融合する視座とともに,日本と世界をともに扱うグローバルな視座をもつこと

    などを,先の研究開発学校の成果や学術会議の提言とともに説明することで,必履修化の論拠とした。

    3.おわりに

    本報告では,冒頭にその対象を「その範囲内で広く確認できること」としたように,直接に担当したこと,文書等で確認できたことを中心に報告している。このことは裏を返せば,高等学校の地理必履修化を求める動きは,過去十年を遡っても存在しており,また,この十年間にあっても既述した以外の様々な支援,働き掛けがあったことを意味している。今後の「地理総合」をはじめとする地理教育に求めることとしては,これらの尽力に真摯に応えるべく,地理ならではの見方・考え方を働かせた,生きて働く学びの実践に期待したい。

  • 小林 正人
    セッションID: S407
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに

    高等学校では、令和4年(2022年)度から必履修の「地理総合」が始まる。これまでの経緯を少し振り返ってみよう。平成元年(1989年)告示の高等学校学習指導要領で、社会科が地理歴史科と公民科に分かれ、世界史が必履修、日本史と地理はいわゆる選択必履修になった。平成11年(1999年)告示の高等学校学習指導要領では、「総合的な学習の時間」、「情報」が新設され、平成14年(2002)年には完全学校週5日制が実施された。これに伴い、各校では総単位数を削減した教育課程を編成することになり、地理を学校必履修から自由選択にする、あるいは設置しないなどの動きが散見されるようになった。加えて都立高校では、平成24年(2012年)度から日本史必修化が始まっている。

    2.地理の教育環境について

    本発表では、このような状況の中で、都立高校の地理がおかれている教育環境について、2点に着目して報告する。

    1点目は都立高校の地理を専門とする教員の環境である。都立高校の地理の開講状況(令和2年(2020年)12月全都立高校のHPを閲覧)は、全都立高校190校235課程のうち、地理A又は地理Bを教育課程表に位置付けている課程の割合は、73.2%、地理A又は地理Bを学校必履修として位置付けている課程の割合は61.3%であった。

    地理歴史教員数は、東京都教育委員会発行の令和2年度公立学校統計調査報告書【学校調査編】によれば、660名。そのうち世界史を専門とする教員数は254名(38.5%)、日本史を専門とする教員数は272名(41.2%)である。地理を専門とする教員数は134名(20.3%)で、地理歴史教員数の5分の1、必履修の世界史よりも120名少なくなっている。

    都立高校教員の年齢構成比は、50代以上が全体の4割を占め、この10年間が大量退職の時期となるが、東京都教員採用候補者選考の「中学校・高等学校共通、社会(地理歴史)」の令和2年度の受験者数はこの9年間で半分、倍率は9年間のピークの15.1倍から約3分の1に低下している。

    以上から必履修になる「地理総合」の担当教員は、中期的には、歴史を専門とする教員の自然減に伴い、地理を専門とする教員をより多く採用することになるが、短期的には、地理を専門とする教員とともに、歴史を専門とする教員も相当数が担当することになると予想される。

    次に東京都教育委員会では、新学習指導要領の実施に向けて、東京都教育研究員高等学校地理歴史部会、東京都研究開発委員会高等学校地理歴史・公民部会で、実践研究を行っている。10名程度の教員が年間10回程度の部会を開き、研究テーマを決めて各科目の実践研究を行い、発表をしている。この3年間の報告書を見ると、問いの工夫、学びのプロセス重視の授業設計、学習評価の充実がポイントになっているが、その実践は容易ではないことが伺える。

    2点目は都立高校のICT環境である。都立高校の現在のICT環境と令和4年(2022年)度に向けた整備について説明する。この整備が進めば、生徒一人一台常時接続体制でクラウド型学習支援サービスを利用する環境が整うことになる。ブラウザベースの地理院地図、Google Earth、ひなたGIS、RESAS地域経済分析システム等は、円滑に動くことが予想される。ここで申し上げたいことは、2単位の「地理総合」で、「見る、探す」から「調べる、表現する」へ発展させるために、小作品でよいので各段階で作品を完成させる作業的・体験的時間を年間授業計画に必ず盛り込むことである。紙地図では時間が足らずできなかったことがデジタル地図では可能になる。ICTを活用して作業的・体験的学習を効率的に行うことが肝要である。

    3.「地理総合」の実施に向けて

    「地理総合」は、持続可能な社会づくりを目指し、環境条件と人間の営みとの関わりに着目して現代の地理的な諸課題を考察する科目として新設された。「2.」を踏まえると、その実施の方向性は、主体的・対話的で深い学びの実現に向けた、教えやすく学びやすい「地理総合」を指向することである。それはシンプルだが地理を学ぶ意味や意義、地理の面白さなどが明確で、地図や資料を使いこなし、持続可能な社会の創り手になることが期待できる「地理総合」である。鍵は、シンプルさと主題的方法の徹底にある。その上で、明確なゴール(目標)、地理的な見方・考え方に基づく分かりやすい問い、学びのプロセスを重視した授業設計、パフォーマンス評価、優良事例の周知が必要となろう。

  • -兵庫県城崎温泉を事例として-
    池田 千恵子
    セッションID: 268
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
    会議録・要旨集 フリー

    本研究では,兵庫県豊岡市の城崎温泉における外国人宿泊客の急激な増加とその背景ならびに地域の変容について検証した.城崎温泉では,外国人宿泊客数が2008年の1,741人から2018年には43,916人と大幅に増加した.城崎温泉では,外国人観光客をターゲットに戦略的な取組みを行っている.城崎温泉のある旧城崎町は,1965年の6,262人をピークに2015年は3,519人まで人口が減少し,老年化指数も1995年の143.8から2015年は370.9と上昇している.このように過疎が進む中,2011年から「城崎地域過疎戦略プロジェクト」における,1)外国語版「旅館予約」システム構築整備事業,2)案内看板設置事業,3)もてなし対応事業などにより,外国人観光客けの対応を行い,集客力を高めた.

     その一方で,後継者不足などによる廃業に伴い,城崎温泉街では商業施設の変容が続いている.特に顕著などが,廃業した旅館や住民向けの店舗の観光客向けの店舗への変化である.城崎温泉のメインストリートでは,2005年から2015年の間で旅館が4軒,地域住民向けの店舗の14軒が観光客向けの店舗に変化した.

     このように商業施設が変化する中,木造3階建て旅館を含む多くの木造建造物が連なる景観が,魅力の一つとなっている城崎では,条例を定め保全や活用に向けた取組みを行っている.このような城崎温泉の観光戦略を踏まえ,持続可能な観光について報告を行う.

  • 松井 恵麻
    セッションID: P030
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
    会議録・要旨集 フリー

    近年、現代アートを始めとする創造的活動が地域の課題を解決させる一つのツールとして注目を集めている。本研究では、地域におけるアートの実践を指してアートプロジェクト(以下APと略記する。)という呼称を使用する。APに関する先行研究を概観すると、特に2010年代後半から多種多様な学問分野から報告が相次いでいる。それぞれの研究の関心をおおまかに区別すると「アート」に軸足を置くものと「プロジェクト」に軸足を置くものに二分される。すなわち、前者では地域からの要請に応える中でアートの表現がいかに変容するのかが明らかにされ、後者ではアートによって地域にどのような変化がもたらされたのかが描きだされている。以上から明らかな通り、APと開催地との関係性は不可分であり且つ相互的であると言え、長く空間の変容過程を分析の対象としてきた地理学分野で十分議論され得るものであるが、国内を見渡す限り研究の蓄積は多くない。本研究ではD・ハーヴェイが提唱した「時間−空間圧縮」という概念を手がかりにAPによる地域変容のメカニズムを説明すると同時に、こうした外部に資本を持つ観光開発の波に対して地域がいかに主体的にそして創造的に対処しているのか現地調査から明らかにする。

     対象地域は、香川県小豆郡(以下、小豆島と表記する。)であり、小豆郡土庄町で現在も行われている「瀬戸内国際芸術祭」(2010年から開催)と「妖怪アートプロジェクトMei PAM」(2011年から開催)の二種類のAPを分析の対象とする。調査方法としては、参与観察によって各APの作品の表現内容について記録し作品展示の環境を観察したほかMei PAMの推進者でもある中心メンバーには聞き取り調査を実施した(2019年7月実施)。第一の事例である瀬戸内国際芸術祭は、均質化した都市へのアンチテーゼを原点としており、開催地それぞれの場所の固有性を現代アートによって表現、発信することで国内外から多くの観光客を獲得している。ハーヴェイは、時間−空間圧縮によって空間の抽象度が増すことでかえって場所のアイデンティティが支持され場所の差異が生み出されることを指摘している。これを踏まえると、瀬戸内国際芸術祭はアートによって地域的差異を強調することで注目を集めてきたと説明できよう。第二の事例であるMei PAMは、表面的な表現内容として「日本的」でノスタルジックな「妖怪アート作品」が展示されている点で特殊であるが、作品の展示環境として地域のシンボリックな建物が再利用されている点では瀬戸内国際芸術祭と共通している。さらに聞き取り調査からMei PAMは、瀬戸内国際芸術祭という先行する組織的な地域活性化事業を戦略的に利用して地域資本を投入した観光開発事業として位置づけられるものであることが明らかになった。こうした地域の主体的な活動によって、地域的差異を有する場所は再生産されていくのである。

     本研究の調査で明らかになったように2020年までのAPはアートを通して地域的な差異を強調することで観光産業との結びつきを持ってきた。しかし、新型コロナウィルスの世界的な流行によってAPは現在その方向性を変更させている。自由な移動が制限された現代においてAPを行う新たな意義が模索されAPと開催地域との関係性が再構築されつつある。「ウィズ・コロナ時代」と評される現代においてAPは地域的差異を強調し、どこにもない「特別な場所」を創造することではなく、ありふれた「いつもの場所」の日常の一部となろうとしている。ハーヴェイが時間−空間圧縮を提唱した頃には予期されていなかった危機的状況の只中で、新しい時代を迎えたAPの表現と空間そしてAPの推進者と受け取り手の関係性について追う必要があると考える。

  • 堀内 雅生, 山口 隆子
    セッションID: 305
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.はじめに

     夏季を中心に山地の斜面から冷風を吹き出す「風穴」は,古くよりその地域の人々に認知され,主に明治時代以降に蚕種の孵化調整や,種子・食物の貯蔵に用いられてきた。

    また,風穴は低温環境に依存した動植物の隔離分布地となっている場合があり,それらの種は特有の遺伝子構造を持つという報告(Shimokawabe et al., 2016)もある。風穴は生物多様性の観点からも重要な役割を果たしているといえる。

    近年,地球温暖化による全球規模での気温上昇が指摘されており,それに伴い風穴温度が上昇した場合には,生態系維持の観点から損失が生じると考えられる。先行研究では,風穴周辺の気温条件が風穴熱環境に影響を与えることが述べられている(澤田,2004など)が,このことを様々な気温条件下にある風穴同士での比較から検討した事例はほぼ無い。この比較研究アプローチでは,同一地点での観測と比較して,より幅広い気温条件の幅で検討を行うことが可能で,風穴気温と周辺気温条件の関係性の知見を収集するにあたっては,有用なアプローチであると考えられる。ただし,温暖地域における観測事例が不足していることから,データの蓄積が必要である。

    そこで,本研究では温暖な地域における複数点での観測データ収集を第一の目的とした。更に,温暖な地域内においても複数地点間で周辺気温条件に幅を持たせ,得られた同時観測結果から周辺気温の違いで風穴気温がどのような値となるかの検討も実施した。また,これまで国内で蓄積されてきた,寒冷地を含む観測データを加えた解析も実施した。対象風穴は,温暖な小豆島風穴を中心に,香川県から高知県に跨る3つの風穴(高鉢山風穴・箸蔵風穴・白髪山風穴)とした。観測項目は風穴内部の気温である。

    2.結果と考察

    夏季の小豆島風穴は,周辺気温と比較して10〜15℃程度低温を維持し,日変動はほぼ見られず安定して冷風が吹き出していることが示された。また,同時観測を実施している3風穴においてもすべての期間で同様の変化傾向となっていた。

    観測を行った4つの風穴において,夏季の風穴気温の半旬ごとの最低値と風穴周辺年平均気温(気象庁メッシュ平年値使用)の対比を行った。その結果,ばらつきはあるものの,周辺の年平均気温が高い風穴ほど,風穴気温は高くなる傾向がみられ,周辺年平均気温が低い風穴ほど,風穴気温は低くなる傾向がみられた。

    また,上記の結果に,先行研究のデータを追加して解析を実施した(図1)。その結果,実測の結果と同様に,風穴気温は周辺気温条件に大局的に左右されることが分かった。これらのことより,今後全球規模での気温上昇が生じた場合には,それに応答し,風穴気温の上昇が生じることへの一つの根拠が得られた。

  • 佐藤 洋
    セッションID: 233
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    Ⅰ はじめに

     日本において,地方財政学者を中心に地域間の経済格差が問題視されるようになったのは1950 年代のことである.その後,1980年代に財政地理学を展開し,地方財政問題に地理学的視点を導入する意義を示したBennett(1980)を端緒として,国内外を問わず,多くの地理学者が地域間の経済格差と地方自治に関心を向けてきた.日本の地理学においても,地方財政を取り上げて地方交付税や公共投資に焦点を当てた研究例はあるが,その関心は,財政力の豊かな大都市圏よりも,財政運営の苦しい地方圏,特に小規模な自治体に対して向けられることが多かった.一方で,大都市圏に注目すると,景気悪化および地方税の徴収率の低下による税収減少の影響が大きいという財政問題が存在する.しかし,日本の地理学で地方税の徴収率を扱った研究は存在しない.地方税の徴収率は大都市圏の内部で大きな地域差があるため,徴収率の地域差は地理学の立場から取り上げる必要のある領域であり,地理学的アプローチを用いて検討していくことが有用である.

     そこで本研究では,拙稿(佐藤2021)で検討した東京大都市圏の基礎自治体を対象とした計量分析による地方税の徴収率の規定要因とその空間パターンを踏まえて,低徴収率地域の自治体の行財政運営で生じている問題を明らかにする.さらに,低徴収率地域の自治体での徴税政策の現状と問題点を検討し,政策的なインプリケーションを示す.

    Ⅱ 分析対象地域と研究方法

     本研究における分析対象は,東京都,埼玉県,千葉県,神奈川県の1都3県の基礎自治体とした(島嶼部および税制度が異なる東京23区は除く).研究方法は,徴収率の空間パターンおよび規定要因については,空間的自己相関の指標であるMoran’s I統計量とローカルMoran統計量,地理的加重回帰分析などを用いた(分析の詳細については拙稿(佐藤2021)を参照).さらに,低徴収率状態にある自治体の行財政運営で生じている問題については,各自治体の財政資料をもとに分析した.低徴収率地域の自治体における徴税政策については,市町村議会の議事録や市町村の税務担当課へのヒアリング調査をもとに検討した.

    Ⅲ 結果と考察

     本研究から得られた知見は,主に以下の3点である.

     ①地方税の徴収率が低い自治体は貧困問題に関わりのある指標と有意な関係性があることが明らかになり,GWRでは60%程度の説明力が認められた.ローカルMoran統計量の分析を通して,有意に低徴収率が空間的に連続する地域(クール・スポット)が検出された.また,GWRにより徴収率を規定する要因には地域差があることが示唆される.②低徴収率地域の自治体では,平均的な自治体と比較して民生費などの歳出が少ないが徴税費は多く,正しく納税している住民の不利益が増している.また,低徴収率の自治体と高徴収率の自治体では歳出(公共サービス)に対する滞納額の割合には最大で3%程度の差異があり,特に都県境や政令指定都市に隣接する自治体では徴収率の低下による負の影響が大きい.低徴収率地域の自治体では景気変動や徴収率の低下による歳入の減少に対応する形で,主に土木費や投資的経費を削減し,地方債を用いることで財政危機を乗り切ってきたと推察される.③住民の社会経済的な属性や納税意識に変化が起こらないと,長期的な徴収率の向上は困難である.政策的なインプリケーションとして,徴収率の空間パターンと規定要因を踏まえて,地域住民の傾向に応じた徴税政策を実施することなどが挙げられる.

    参考文献

    佐藤 洋2021.大都市圏における地方税の徴収率の規定要因と空間パターン—貧困問題との関係を中心に—.地理学評論94:17-34.

    Bennett,R.J.1980.The Geography of public financeWelfare under fiscal federation and local government finance. London:Methuen.

  • ―阿武隈山地北部の花崗岩および花崗閃緑岩を基盤とする山地間の比較―
    近藤 有史, 松四 雄騎, 大月 義徳
    セッションID: 334
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    2019年の台風19号により宮城県丸森町には累積雨量400 mm,最大1時間降雨強度60 mm/hを上回るような降雨が降り注ぎ,表層崩壊が多発した。従来,厚いレゴリスが発達する花崗閃緑岩地域では,一時的な飽和帯が形成されにくく表層崩壊が発生しにくいことが指摘されていた。しかし,本研究により,北上帯の花崗閃緑岩地域にて崩壊密度が高密度となったことが明らかとなった。

    花崗岩類に含まれる鉱物は風化のされやすさが異なるため,基盤岩の岩相に応じて異なったレゴリスが生じると考えられる。そのため,岩相によって土層の力学的・水理学的な性質は異なると考えられ,そのことが雨水の浸透過程の違いを生み出し,すべり面の形成深度や崩壊の発生場を規定している可能性がある。本研究では,同様な地形発達史的背景を持つ北上帯の花崗閃緑岩地域と花崗岩地域の斜面地域を対象として,表層崩壊の発生位置と発生様式,各地質の土層構造を調べ,両者の崩壊発生域の特徴と崩壊発生メカニズムの違いを明らかにすることとした。地質や地形が与えた表層崩壊の発生位置の特徴は,現地での観察や空中写真判読,GISを用いた解析によって明らかにされた。また,現地での観察により,表層崩壊の発生様式および土層構造の把握を行った。それを基にして,物性を定量化するための試験や分析を行った。本発表では,両者の斜面の浅層構造には力学的・水理学的な性質には違いがあり,異なる崩壊発生メカニズムと表層崩壊の分布特性が生じることにつながったということを指摘する。

    観察や分析,現地での試験の結果により,花崗岩地域に分布するレゴリス中には,明瞭な力学的不連続性が存在していることが分かった。レゴリス最上部の土層は脆弱である上に,排水能力は高い。それに対して,その直下に見られる風化基盤岩はやや硬質であり,不透水層として機能していると考えられる。水文観測により,風化基盤岩上を不飽和な状態で雨水が透過することが分かり, 2019年の際にも同様な現象が生じた可能性がある。そのため,すべり面の形成に至らなかった地域も多かったと考えられる。しかし,すべり面が形成された場合,比較的硬質な風化基盤岩と土層との境界付近に生じることが多かったと考えられる。

    他方,花崗閃緑岩地域には,簡易貫入試験によって軟質なレゴリスが厚く存在していることが分かった。それと同時に,斜面の浅層にははっきりとした力学的な性質の違いは認められなかった。しかし,土層中にはソイルクリープの様式の違いによって成立したと考えられる土層上部と土層下部という構造が存在しており,土壌硬度や飽和透水係数,水分特性曲線から,土層構造の境界付近にはわずかな力学的・水理学的な性質の違いが認められた。また,水文観測によって土層構造の境界付近では雨水の浸透とともに間隙水圧が上昇し,それと同時に側方浸透流が発生することも分かった。

    また,一面せん断試験の結果,花崗閃緑岩地域における飽和時の粘着力および内部摩擦角は小さいということが分かった。豪雨発生時まで表層崩壊が発生しなかったということを念頭に置けば,乾燥状態の粘着力は飽和時と比較して高い値を持つことが予想される。すなわち,豪雨発生時,土層上部と土層下部の境界付近の間隙水圧が上昇することで土層が飽和し,粘着力が低下するとともに,側方浸透流が生じることで,すべり面が形成されたと考えられる。さらに,小さい内部摩擦角は,緩斜面域での表層崩壊の発生を助長させた可能性がある。GISの解析結果に基づけば,斜面傾斜角が約20°となるような緩斜面領域にも表層崩壊がやや目立って発生していた。したがって,内部摩擦角の小ささは当該地質の分布域における表層崩壊の多発を招いた一因となった可能性がある。

  • 山形 えり奈, 小寺 浩二
    セッションID: P013
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    Ⅰ はじめに

     福島県,宮城県を流下する阿武隈川流域の河川水質において,電気伝導度(EC)土地利用との間の関連が示唆される結果を得た(山形ら,2020).本研究では,ECの変動と土地利用についての考察を報告する.

    Ⅱ 研究方法

     2019年10月から2020年9月に支流は月1回,本流は数か月おきに現地調査を行った.調査地点は本流支流を合わせ計61地点(一部欠測含む)であり,現地では気温,水温,比色pH,比色RpH,ECを測定し,採水を行った.採水した河川水について,主要溶存成分の分析を行った.

    Ⅲ 結果と考察

     調査結果より,支流におけるECとその空間分布を明らかにした(図1).変動係数が大きい地点はT29,T18,T16で,それぞれ51%,40%,31%であった.ECの変動係数が小さい地点はT14,T22,T08で,順に6%,8%,9%であった.ECの変動係数が大きい地点において,最大値を記録した月がT29では10月,T18では12月,T16では2月と,その挙動に規則性は認められなかった(図2).一方,ECの変動係数が小さい地点では,その挙動に共通点が認められ,6月,9月,10月が高く,7月,8月,11月が低いという結果であった.

     変動係数が大きい支流の流域は,建物用地や田畑が占める割合が大きく(T29:69.4%,T18:54.8%,T16:91.9%),河川水質はこうした土地から人為的な負荷を受けやすい.人為的影響を受ける機会が増すことでECの変動係数は大きくなると考えられ,また,その人為的影響は不規則であり,季節変動が認められなかったと思われる.

     反対に,変動係数が小さい支流の流域は,建物用地や田畑が占める割合が比較的小さい(T08:35.8%,T14:38.5%,T22:38.7%).このため,人為的影響があまりなく,季節変動が表れやすかったと考えられる.7月および8月にECが低くなったのは,梅雨による降水量の増加により,河川水の成分が雨によって希釈されたと考えられ,6月にECが高くなるのは,灌漑のため農業用水を流す際に,農閑期に蓄積された負荷が一気に押し出され,それが河川に流入したことによると思われる.実際に,6月の調査では田植えが終わり,農業用水が河川に流入した状態を確認している.

    Ⅳ おわりに

     今回,人為的影響を受けやすい建物用地や田畑を多く含む流域では,ECの変動係数が高く,一定の変動が認められなかったが,反対に,人為的影響がある土地が少ない流域では,ECの変動係数が低く,その挙動に規則的な共通点が認められたことを明らかにした.今後さらに流域特性と水質の関係を多角的な視点から解明していく.

  • 吉村 亮志, 奈良間 千之
    セッションID: 339
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.はじめに

    中部山岳において,2015年秋〜2016年春の冬期と2019年秋〜2020年の春は,過去数十年間でも積雪の少ない年であった.そのため,長野県北安曇郡白馬村に位置する白馬大雪渓では,急速に雪渓の不安定化が進行し雪渓が崩落した.一般の登山客が雪渓崩落に巻き込まれる危険性が高まり,登山シーズン中にもかかわらず登山道が通行止めになった.

    雪渓崩落とは,アイストンネルをはじめとする空洞が雪渓底部に形成され,その上部が崩落する現象である.雪渓崩落による事故を防ぐには,雪渓が崩落しやすい不安定な場所を避けて登山者が雪渓を渡る必要がある.しかし,雪渓底部の基盤地形が判明しておらず,雪渓崩落の原因となるアイストンネルの位置と雪渓崩落が起こりやすい不安定な場所は明らかでない.そこで本研究では,雪渓底部の基盤を復元することで,本流に形成されるアイストンネルの位置と雪渓崩落が起こりやすい不安定な場所を調査した.

    2.地域概要

    白馬大雪渓は,杓子岳と白馬岳の間の氷食谷底の葱平モレーン直下から3号雪渓合流部にかけて存在する多年性雪渓である.2020年10月16日時点で雪渓の全長は約800 m,幅約80 m,平均傾斜約20度であり,勾配の急な場所では30度に達する.

    3調査方法

    アイストンネルの位置と基盤地形を確認するため,電磁波を地下に照射し,その反射から地中の構造を推定する地中レーダー探査をおこなった.地中レーダー探査には,データを記録する本体(GSSI社製:SIR-4000)と,中心周波数100MHz,270MHzのアンテナ(GSSI社製)を用いた.

    雪渓崩落の有無と崩落地点付近の周辺地形を確認するため,2016年〜2020年にかけてセスナ機とUAV(DJI社製:Phantom4,Phantom4 Pro V2.0,Mavic 2 Pro)を用いて空中写真を撮影し,オルソ画像と数値表層モデル(Digital Surface Model:以下,DSMと記す)を作成した.オルソ画像とDSMは,空撮画像をSfM(Structure from Motion)解析ソフト(Pix4d社製:Pix4D mapper)を用いて作成した.

    雪渓崩落前の応力分布を確認するため,有限要素解析ソフト(Autodesk社製:Fusion360)を用いて非線形応力解析をおこなった.応力解析では,雪渓と基盤が接する場所は動かないものとし,雪渓にかかる重力のみを解析モデルに与えた.

    4.結果

    地中レーダー探査の結果,雪渓表面から15〜35m深の地点にU字谷の基盤面を下刻して発達した線形の河谷地形を確認した.この幅20mほどの融雪水が流れる河谷地形は,白馬大雪渓の上流で右岸側から2号雪渓付近で中央に移動し,3号雪渓付近で左岸側に位置する.

    雪渓崩落地点付近では,急傾斜の基盤と雪渓と基盤の間に形成されるラントクルフトと呼ばれる溝を確認した.また,雪渓に支流が流れ込むことで,雪渓側面にアイストンネルが形成されていることを確認した.支流に形成されたアイストンネルの一部は本流のアイストンネルに合流していた.また,雪渓崩落が発生した場所を中心として連鎖的に雪渓崩落が発生していた.

    応力解析の結果,雪渓の厚みの減少に伴い,アイストンネル上部に加わる応力が増加することを確認した.また,アイストンネルの合流を再現したモデルでは,合流地点に強い下向きの応力が加わることを確認した.

    5.考察

    地中レーダー探査と現地観察の結果から,アイストンネルの位置が判明し,支流のトンネルも含めて,雪渓崩落する場所が明らかになった.

    トンネルを囲うブリッジの形状は,両岸から橋を架けた構造の「スノーブリッジ型」と,雪渓本体から片側に向かって板状の庇をかけた構造の「片持ち梁型」に分類される(河島ほか,2009).そして,「片持ち梁型」は「スノーブリッジ型」と比較して不安定な構造である(栗原ほか,2008).しかし,これらの形状の定義は明瞭でない.したがって,片持ち梁型のブリッジが,河川からトンネルの推定半径以内に急傾斜の基盤をもち,ラントクルフトが発達する場所で形成されると仮定したところ,片持ち梁型のブリッジは4か所で形成されることが判明した.さらに,応力解析の結果から,アイストンネルの合流地点は,不安定であることが判明した.これは,ブリッジの根本付近に他のトンネルが合流することで,支えを失ったアイストンネルが不安定化するためだと考えられる.

    近年の雪渓崩落のほとんどが,「片持ち梁型」のブリッジの分布場所もしくはアイストンネルの合流地点で発生していたことから,雪渓崩落による被害を防ぐため,これらの場所を避けた登山ルートの制定が望まれる.

  • 小島 大輔
    セッションID: 262
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    1.研究目的

     本研究では,スポーツ・レクリエーション振興,スポーツイベント開催を活用した福岡市の国際都市づくりの展開について検討することを目的とする。

    2.福岡市のスポーツ振興の歴史

     戦後,1948年の福岡国体を機に現在の舞鶴公園に平和台陸上競技場・球場などの施設が整備された。その後,平和台は,プロ野球の本拠地も置かれ,1965年より後に日本で5件目の「世界陸上遺産」に認定(2020年)された福岡国際マラソンのスタート・ゴール地点になるなど,福岡市における戦後のスポーツの象徴的な場所・拠点となった。

     その後,福岡市は1972年に1978年のアジア大会誘致に乗り出したが失敗した。しかし,これを契機として1975年に「福岡市市民スポーツ振興総合計画」が策定され,16年間におよぶ長期的なスポーツ振興が図られることとなった。この計画では,5年ごとに計画の見直しがなされ,「近隣区施設」,「地区施設」,「広域圏施設」の順で重点的に整備が進められた。「みんなのスポーツ」として全国的に生涯スポーツ実践の機運が高まる1980年代,計画は「スポーツ・レクリエーション」と路線が修正され,結果として市民のスポーツ施設需要に対応していった。さらに1981年には,1990年の国体の福岡県開催が決定したことで,東平尾公園をメイン会場とするための大規模施設整備が進められた。

     1989年,福岡市はユニバーシアードの1993年大会の開催地として立候補したが,招致活動の遅れから落選する。しかし,その直後から1995年大会の開催を目指して招致活動を行った結果,同年に1995年ユニバーシアード福岡大会(以下福岡ユニバ)の開催が決定した。

    3.ユニバーシアード福岡大会の開催

     福岡ユニバは,1995年9月に開催された学生を対象にした国際総合競技大会である。162の国・地域から5,740人の参加者を迎え,12競技144種目の競技が開催され,836,675人の観客を集客した。大会運営においては,12,700人の市民ボランティアが参加している。

     大会の開催にあたっては様々な取組みが実施された。1991年には,開催を総合的に支援するために設置された「’95 ユニバーシアード福岡大会市民の会」の会員は,224,000人に達している。1994年に開始された「校区ふれあい事業」では,市内140の小学校区ごとに国・地域を担当して応援・交流を行った。また,「ユニバーシアードフェスティバル」として,大会開催直後までの128日間で162の芸術文化に関するイベントを主催・共催・協賛し、福岡ユニバのイベントとしての雰囲気の醸成が図られた。

    4.スポーツを活用した国際都市戦略

     福岡ユニバの招致を開始した1980年代末は,福岡市政にとっても重要な転換点であったといわれている。1988年,「第6次福岡市総合計画」にて「海に開かれたアジアの交流拠点都市」という構想が掲げられ,アジアを意識した国際都市への展開が図られていった。1989年には,1984年より準備されていた市制100周年事業「アジア太平洋博覧会」が開催され,翌年「アジア太平洋都市宣言」を行い,アジア太平洋における「交流と協調の場」としての機能を重視していく。福岡ユニバの大会報告書の招致に係る記述にも,「アジア太平洋博覧会」が「国際化や都市整備に弾みをつけるイベント」となったことが記されている。さらに,福岡市は,福岡ユニバの大会ビジョンで「アジア太平洋の交流都市FUKUOKA」,大会終了直後に発した「国際スポーツ都市宣言」の中で「世界に開かれたアジアの交流拠点都市」を謳っている。実際,福岡ユニバの開催以降,福岡市はスポーツの国際大会を継続して開催するようになった。

     以上のように,福岡市は長期的に施設整備と共に市民スポーツの振興を図り,その両者のスポーツ資源を活用しながら福岡ユニバの開催を試みている。同時に,福岡ユニバ開催当時の市長は「ユニバーシアードは街づくりの一環」と表現している通り,福岡市は福岡ユニバの国際総合競技大会としての知名度や祝祭性を資源化し,アジアを意識した国際都市戦略の手段としていったとも考えられる。

  • カリキュラム・メイカーとしての教師と力強い授業づくり
    金 玹辰
    セッションID: S203
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
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    シンポジウム「地理・社会科授業実践に必要な教師の力量とその養成−グローバルな教員養成論から考える−」において,筆者に求められたものはグローバルな視座から教員養成の動向を討議し,今後の日本の教員養成への展望を得ることである。そこで本発表においては,国際的プロジェクトであるジオ・ケイパビリティズ(GeoCapabilities)の動向を踏まえ,これから必要とされる地理教師の力量は何かを明らかにし,その養成のための提言を行ないたい。

    第1 期( 2012-2013年)において構築された理論的枠組は,「ケイパビリティ(capability)」,「力強い知識(powerful knowledge)」,そして「カリキュラム・メイキング(curriculum making)」から構成されている。中でもカリキュラム・メイキングは,プロジェクトを主導するD. Lambertらが以前から主張してきた地理教育におけるカリキュラム構成論である(Lambert&Morgan,2010)。カリキュラム・メイキングでは, 教科・教師・生徒の3つのエネルギー源が,相互作用し, 互いに依存し合い形でカリキュラムが構成される。そこに教科の部分をより明確にするため,教育社会学者のM. Youngの力強い知識が用いられている。Young(2014)によれば,学校教育にて教えるべき知識は,経験を得られる常識的知識ではなく,体系的・専門的な知識であり,それは学問を基盤とする。

    第2 期(2013〜2017年)では責任のある自律的な教育専門家,すなわちカリキュラム・メイカーとしての地理教師を養成すること目指した。そこで用いられた方法が力強い地理的知識を用いたビネットの開発である。ビネットの開発を通して,教師は自分の授業においてどのような力強い地理的知識を,どのように用いているのかを考えることができる。また,欧州連合コメニウス資金によりプロジェクトが遂行されたことで,ヨーロッパの各国からの参加とその影響が見られる。特に,注目すべきものはスカンジナビア諸国やドイツ語圏に広く伝わる伝統的な考え方である「教授学(didactics)」もしくは「教科教授学(subject didactics)」である(Bladh, 2020)。この概念により,教える知識だけではなく教える目標までを考慮する教師の役割がより強調されるようになる。

    プロジェクトは2018年から第3 期に入り,「移民(migration)」を題材として社会正義のための授業実践を目指している。これまでのプロジェクトが3つのエネルギー源のうち教科と教師に焦点を当てたとすれば,今回は生徒に注目しているといえる。教師の第一責務は授業実践であり,自分が教えている生徒のことを考えることは当然であろう。学習内容として力強い地理的知識は必要であるものの,それを生徒へ伝えることは簡単ではない。地理的知識が力強くなるためには,実際の世界を理解することができる知識でなければならない。そこには学校で教えられる知識を日常的知識と結びづける必要があり,何より生徒が自ら地理的に考えることができるようにすることが大切である。そのため,力強い授業づくりにおいては,力強い知識だけでなく,「力強い教授法(Powerful Pedagogy)」をも必要になる(Roberts, 2017)。

    地理教育における教員養成の国際的動向を踏まえれば,これからの日本の教員養成においても力強い授業を創り出す力を持つカリキュラム・メイカーとしての教師を育成することが必要である。そのため,親学問である地理学とそれを教えるための教授法を合わせた地理教育学が求められる。

  • ―しまなみ海道を事例として―
    杜 国慶, 田中 雄大
    セッションID: 264
    発行日: 2021年
    公開日: 2021/03/29
    会議録・要旨集 フリー

    サイクルツーリズムは第二次世界大戦後にヨーロッパから発展してきた。21世紀に入り,その健康増進や社会関係強化,環境保護への貢献が注目され,世界各地に普及した(Han et al.,2020)。近年,日本においてサイクルツーリズム推進地域が多く現れている。サイクルツーリズムは「自転車による一連の観光」「少なくとも2つ以上の市町村を対象とする自転車による観光」(兒玉ほか,2016)のように定義されているが,厳格な定義は存在しない。

     サイクルツーリズムは新しい観光形態の一種と捉えることが可能であり,自転車を利用して観光地を巡るという参加・体験型の新たな手法によって,観光者の体験の質的向上や観光対象としての価値向上に役立つ。特定地域におけるサイクルツーリズム推進の具体的方法やサイクリストの行動空間に着目した研究は一定の蓄積があるものの,観光者の言動や評価に関する研究はまだ数少ない。

    他方,観光行動は,事前のイメージ形成と情報収集から成立する活動であり,観光情報の整備と進展が観光者の動機と行動に大きく影響を与える。近年の訪日外国人観光者増加の背景には,インバウンド観光に対して行われている通信環境の整備などの取り組みの影響もあると考えられる。口コミによる波及効果はリピーターの増加にもつながる。しかし,訪日観光者の動機と関心点,行動範囲は彼らの居住国や地域によって大きく異なる。

     さらに,観光目的地のイメージ形成およびイメージ情報に関する研究において,Gartner(1993)は目的地イメージの認知的,感情的,意欲的要素が観光行動の異なる段階に存在して関連しており,初期段階の認知的要素が観光の意思決定段階にある意欲的要素に与える影響は,中間の感情的要素の介在によって増強されると提唱している(Agapito et al.,2013)。一般的に,目的地イメージには少なくとも認知的(cognitive)と感情的(affective),意欲的(cognitive)要素が存在すると理解している。認知的要素は目的地に関する知識と理解,感情的要素は目的地に対する好悪など観光者の感情を指す。意欲的要素は観光者が認知的要素と感情的要素を把握したうえで,観光に行くか行かないかを判断する心理状態の行動意図を示す要素である。

     そこで,本研究は,観光者の体験を重要視するサイクルツーリズムについて,瀬戸内しまなみ海道を事例として,観光者の評価を用いて目的地イメージの構成要素と関係を分析する。

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