日本地理学会発表要旨集
2023年度日本地理学会春季学術大会
選択された号の論文の299件中51~100を表示しています
  • -スペイン・アンテケラのドルメン遺跡に関する考察-
    齊藤 由香
    セッションID: 645
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    1.文化遺産と景観

     ユネスコ世界遺産や日本の文化財保護法において「文化的景観」の概念が導入されているように,近年文化遺産の保護やマネジメントにおける景観への関心は高まっている。文化政策による景観へのアプローチとしては,文化的景観のように景観そのものに遺産的価値を見出す場合と,史跡・遺跡などの文化遺産を景観という視点から(再)解釈する場合の大きく二つが挙げられるだろう。本研究では,後者の事例としてスペイン・アンダルシア自治州におけるアンテケラのドルメン遺跡を取り上げ,同自治州の文化政策における景観の考え方を把握するとともに,文化遺産のマネジメントにかかわる政策実践の例を通じて,考古遺跡を景観としてみることの意味について考察する。

    2.文化遺産としてのアンテケラのドルメン遺跡

     アンダルシア自治州の文化政策は,景観を直接的な保護対象とはしないものの,「アンダルシア歴史遺産法」が定める既存の文化財カテゴリを援用しながら間接的な介入を行っている(竹中,2021)。メンガ,ヴィエラ,エル・ロメラルの3つの巨石建造物からなるアンテケラのドルメン遺跡は,先の歴史遺産法が定める文化財カテゴリのうち,考古学ゾーン(Zonas Arqueológicas)として登録されている。登録の根拠として,歴史的・考古学的価値とともに強調されているのが,この遺跡の有する景観的価値である。近年の考古学的調査研究によって,ドルメンの立地や方向性が周囲を流れる河川やそびえたつ岩山など,自然の事物との関係性において定められていることが明らかになっている。このドルメン群を遺跡単体としてではなく,「ゾーン」として認定したのは,これらの巨石建造物を周辺の地理的環境と関連づけながら,アンテケラの巨石景観(paisaje megalítico)としてまとまりをなす空間的領域の中に位置づけることで,遺産としての意味や価値をより深く理解することが可能になるためである。2016年の世界遺産登録のさいにも,独特な方向設定を有するドルメンと地上の自然物との関係性は,この遺産の「顕著な普遍的価値(Outstanding Universal Value)」として高く評価された。

    3. 現在のアンテケラの景観要素としての考古遺跡

    アンテケラのドルメン遺跡は,過去に存在しえた景観を解釈する上でのみならず,現在のアンテケラの景観を成り立たせ,より豊かにするという意味でも重要な要素をなしている。ドルメンと周辺環境との関係性をこの遺跡最大の価値ととらえる州文化省は,その関係性を景観として可視化するため,様々な政策的介入を行ってきた。メンガ遺跡と「恋人たちの岩山」の見通しを確保するためのマツの伐採,ミュージアムの修景,都市計画における用途地域の変更などがその例である。また,ドルメン遺跡のもつ視覚的・象徴的な意味を現代の人々に体感してもらおうと,2019年夏より野外イベント「Menga Stone」を開催している。こうした場は,地域アイデンティティとしての景観をアンテケラの人々が再認識する貴重な機会となっている。

    文献

    竹中克行 2021.ランドスケープの価値づけ—欧州ランドスケープ条約に関わる政策実践を中心に―.経済地理学年報,67-4,pp.255-274.

  • 小松原 琢
    セッションID: P050
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    電子付録

    Ⅰ はじめに 日本の多くの河川の上~中流部において最終氷期に2度の堆積段丘形成期があったこと、中でも最終氷期前期に顕著な堆積段丘の形成が行われたこと、は広く知られている.特に本州東部ではテフラを用いた多くの研究によって、その形成年代が求められている.既往研究で明らかにされた堆積段丘の離水年代を地域別に比較してみた.

    Ⅱ 結果 東北~関東地方の約20本の河川の堆積段丘形成期を下図に示す.最終氷期後期の段丘に関しては地域的な違いは顕著ではない.しかし、最終氷期前期の段丘に関しては、①関東ではHk-TP~DKPに覆われるか、ないし堆積物最上部のフラッドローム層中にHk-TP~DKPを含み、MIS 4に離水したものが多いが、②東北地方北部ではTo-Ofに覆われる、ないし堆積物最上部のフラッドローム層中にTo-Ofを含み、MIS 3に離水したものが多い.両地域の離水期には2万年以上の違いがあると考えられる.この離水年代の違いは、一連の段丘面の離水期が5000~10000年程度の幅をもつこと(柳田、1981)を考慮しても、なお有意である.

    文献 大月義徳1991.地学雑100:1077-1091. 工藤崇ほか2011.『加茂地域の地質』産業技術総合研究所地質調査総合センター. 小岩直人1993.季刊地理学 45:92-97. 小岩直人1996.第四紀研究 35:35-39. 小岩直人1999.季刊地理学 51:246. 小岩直人2005.地理評 78:433-454. 小松原琢ほか2022.季刊地理学 73:233-249. 小松原琢ほか投稿中.第四紀研究. 西城潔1987.東北地理 39:170-176. 西城潔・八木浩司1990.第四紀研究 28:427-429. 須貝俊彦1992.地理評 65:339-353. 高木信行1990.第四紀研究 28:399-411. 竹本弘幸1998.地理評 71:783-803. 豊島正幸1987.地理評 60:40-51. 内藤博夫1963.地理評 36:655-668. 幡谷竜太2006:電力中央研究所報告 N05016、1-29. 藤平秀一郎2004.新潟大災害研年報 26:101-114. 八木浩司・早田勉1988.地理予 33:28-29. 柳田誠1979. 地理評 52:689-705. 柳田誠1981. 地理評 54:423-436. 米澤宏1981.関東の四紀 8:21-32. 渡辺満久1991.第四紀研究 30:19-42. Higaki D. 1988. Sci. Rep. Tohoku Univ. 7th 38:10-31. Matsu’ura, T. and Kase, Y. 2010. Tectonophys. 487:13-21. Takahashi, T. and Sugai, T. 2018. Quat. Intern. 471:318-331. Toyoshima, M. 1986. Sci. Rep. Tohoku Univ. 7th 36:114-125.

  • -マンホール蓋に描かれたアニメーション-
    天野 宏司
    セッションID: P001
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    マス・メディア(TVプログラム・映画・OVAなど)でアニメ作品化されたコンテンツを直径約600mmマンホール蓋に描き交接した物「アニメ系マンホール蓋」と定義する。従ってYouTubeで公開されている『人力戦艦!?汐風澤風』(福島県いわき市)やディズニーランド内に私設されているミッキーマウス・マンホール蓋は除外され,600mm以下の小径蓋も除外して考えると,2022年12月31日現在,報告者は559種類のアニメ系マンホール蓋を日本において捕捉した。これらを①作者出身地(居住地)・制作会社所在地・②作品舞台・③プロジェクト物・④その他に分類し,a)設置市町村・b)設置年・c)モチーフ・d)製法・e)由来・f)設置枚数に関する調査を行った。

     アニメ・ツーリズムを想定した場合,②作品舞台を探訪する「聖地巡礼」の一行為としてアニメ系マンホールを見ることが想定され,これを観光資源化することが行われている。しかしながら,アニメ系マンホールの来歴をたどりと,①作者出身地(居住地)・製作会社所在地に設置されたアニメ系マンホールの方が,歴史も・その数も多いことがわかった。これは「聖地巡礼」が狭義のアニメ・ツーリズムであるとしたら,広義のアニメ・ツーリズムとでも呼びうる系統であろう。

     これらとは別に,マンホール蓋を新たな商材・商機として活用せんとする③プロジェクト物のマンホール蓋が増殖中である。ポケモンのキャラクターが描かれたポケふた(277種類)・機動戦士ガンダムのキャラクターが描かれたもの(12種),ゾンビランドサガ(30種)においても佐賀県全20市町設置をすることが目的化されているプロジェクトと考えると,アニメ系マンホールの半数以上が③プロジェクト物に分類される。これらは,所在地情報がポケストップとして,『ポケモンGO』で活用されたり,マンホールのデザインそのものが新たな商材としてグッズ展開するなど,新たな商機を創出している。①・②・④と,③を同列に扱うべきか?はなお一層の検討を要するものの,報告当日はこれらの概況を報告する。

  • 吉田 一希
    セッションID: P045
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    1. はじめに

    近年、航空レーザ測量の普及により、全国的に高解像度・高精度な標高データ(DEM)が整備されてきている。これらのDEMを用いた地形解析では、宅地化等に伴う人工地形の存在とスケール問題(Iwahashi et al., 2021)により、低地における自然地形の地形量の算出は困難となっている。本研究では、QGISとDEMを用いた地形判読・地形解析により、これらの地形量の算出に適したDEMの作成を試みた。

    2. 作成手法

    (a) 自然地形DEM 基盤地図情報のレーザ測量によるDEM5Aから詳細な標高段彩図を作成し、主に昭和期以降の人工改変(盛土・切土)による高度の変化がほとんどないと考えられる地点(田畑や、集落内の古い道路など)を判読した。QGISを用いてその地点のポイントデータ(ポイント密度は微地形の存在や傾斜変換点を考慮して加減し、100m2あたり約1~5点)を作成した。属性にDEM5Aの標高値を付与し、ラスタ化処理した後に内挿補間して15mメッシュDEMを作成し、最後に平滑化処理を行った。平滑化にはWhitebox ToolsのBilateralFilterを使用し、パラメータはDistance標準偏差を2、Intensity標準偏差を5とした。

    (b) 一般面DEM (a)に平滑化処理を4回行い、低地の一般面(微地形を除いた地形面)を表現したDEMを作成した。平滑化にはBilateralFilterを使用し、パラメータはDistance標準偏差を100、Intensity標準偏差を1とした。大局的な低地の傾斜を算出できるほか、曲率計算により蛇行帯を定量的に抽出できると考えられる。

    (c) 微地形DEM (a)から(b)を差分して、微地形を表現したDEMを作成した。微地形の比高等を算出できるほか、自然堤防・浜堤・旧河道等を定量的に抽出できると考えられる。

    (d) 人工地形DEM DEM5Aから(a)を差分して、人工地形を表現したDEMを作成した。低地の改変地における盛土の層厚等を算出できる。

    引用文献:Iwahashi et al.(2021)PEPS.8(1).

  • 近藤 裕幸, 守谷 富士彦
    セッションID: 441
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    電子付録

    2012年の中央教育審議会初等中等教育分科会の意見整理の中で,小中一貫教育を実施する小・中学校と,中高一貫教育校が連携し,地域において児童生徒の成長を一貫して支援する教育の在り方を検討する必要について言及され,小中高の一貫性が今後ますます検討されていくと思われる。そこで本稿では,地理教育における小中高の一貫性を再検討するにあたり,地理教育の小中高の一貫性が戦後どのように研究されてきたのかを整理することにした。さて,一般にカリキュラム編成の過程は,調査等にもとづかない経験や直感による「提言」が多く存在している状況から,カリキュラムの実態や諸学問(教育学や心理学等)の知見を生かして「調査+提言」し,カリキュラムを「開発(再構成)」,「実践」,その結果を「評価」し,最終的に「理論化」していく。この過程はカリキュラム研究の深化の程度をも表すと言えることから,地理教育の一貫性を表すためにこの6段階のフェイズを用いることにした。この表を分析枠組みとして,1947〜2022年にかけての先行研究を表に整理し,学習指導要領の改訂時期ごとに特徴をまとめた。1 2022年現在,一貫カリキュラムといっても,小中,中高など隣接校種との一貫性や連携にとどまるものが多く,小中高を通した実践・研究はまれであった。また,「理論化」フェイズまで到達しているものは見られない。2 一貫カリキュラム研究は,単なる経験にもとづく「提言」フェイズから,次第に「調査+提言」フェイズなど2以上のフェイズに移行していった。3 1977年以後,小中高一貫カリキュラム研究が,論文のみならず科研費によるものも増加している。その理由は,1973年度に高等学校の進学率が90%を越えたことにより,改めて一貫性を見直す動きが出てきたからではないかと考えられる。4 1990年代,急速に「提言」フェイズが減少した。その理由は,この時期になって,発達段階についての調査研究がしだいに蓄積され,それらを用いて,「開発・実践」フェイズに相当する論考や実践が増えたからではないかと考えられる。5 ただし,詳細にその研究内容を見てみると,「調査+提言」が蓄積し,その後に「開発及び実践研究」が増えていくといった一方向の流れには必ずしもなっていない。その理由は,実際には開発・実践をした後に,「調査+提言」にもどり,再度「実践」を行うといった理論と実践の往還があったからだと考えられる。6 1970年代前半からの地理教育一貫カリキュラム研究史における鳥海公の存在は大きい。鳥海は,プロジェクトチームで行うようなカリキュラム一貫研究を,個人で実行した。山口幸男もまた,興味関心内容の発達傾向を調査し,それを踏まえて一貫カリキュラムの実践を行った。この二人のあと,日本地理教育学会小中高一貫カリキュラム研究グループ(山口幸男・西木敏夫・八田二三一ら)によって,プロジェクト化されて大規模化したものの,そのあと一貫カリキュラム研究は一時的におさまった感がある。7 2017年以降吉田剛によって,幼小中高の一貫性についての論考が見られるようになった。その理由は,2017年に幼小中高の学習指導要領等で,見方・考え方を育成するために学校種を越えた一貫カリキュラムが求められるようになったからと考えられる。 約75年にわたって地理教育の実践者や研究者は一貫カリキュラムについて多くの研究を行ってきた。今後は,これまで蓄積された提言や仮説的な理論を再度整理した上で,実践者と研究者が共同して研究を進めることが求められると言えよう。

  • 平峰 玲緒奈, 青木 かおり, 石村 大輔, 鈴木 毅彦
    セッションID: 247
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    1. はじめに

     日本近海では,1986年福徳岡ノ場(以後,FOB)噴火(加藤 1988)から2021年FOB噴火が発生するまでの35年間,大量の軽石を海域へ供給する火山噴火は発生していない.しかし,2021年FOB噴火以前の日本の海岸には,多数の漂着軽石が存在していた(平峰ほか 2022).2021年8月13日,小笠原諸島の海底火山であるFOBが噴火し,その後,海域へ供給された大量の軽石が日本各地に漂着した(吉田ほか 2022;石村ほか 2022).このような軽石の大規模な漂流・漂着は,火山噴火と比較すると低頻度の現象である(Bryan et al. 2012).一方,上述のように,大量の軽石を海域へ供給する火山噴火のない期間が数十年間継続していても,日本の海岸には漂着軽石が認められる.そこで,本研究では,2021年FOB噴火以前に日本列島太平洋岸で採取した漂着軽石を分析対象として,軽石に含まれる火山ガラスの主成分化学組成に基づき給源火山を推定し,大量の軽石を海域へ供給する火山噴火がない期間における漂着軽石の生産・運搬過程を明らかにすることを目的にした.

    2. 研究手法

     黒潮が沖合に流れる鹿児島県龍郷町手広海岸,宮崎県宮崎市一ツ葉海岸,高知県室戸市灌頂ヶ浜,静岡県下田市吉佐美大浜,千葉県銚子市君ヶ浜の5地点(採取期間:2018年9月〜2019年8月)で採取したすべての軽石(1地点につき50〜228個)に含まれる火山ガラスの主成分化学組成分析を行った.また模式的な広域テフラ試料と過去の海底火山噴火の試料を計20個分析した.分析には高知大学海洋コア総合研究センターの共同利用機器であるEPMA(日本電子株式会社製JXA-8200)を使用した.

    3. 結果・考察

     軽石に含まれる火山ガラスの主成分化学組成は,5地点の計603個のうち513個が流紋岩質,75個が粗面岩・粗面デイサイト質,15個がデイサイト質であった.給源火山については,一部の漂着軽石が姶良カルデラ,FOB,西表島北北東海底火山(以後,SVI)に由来することがわかった.FOBとSVIの最新噴火は,それぞれ1986年(土出・佐藤 1986)と1924年(関 1927)である.そのため,FOBとSVIに由来する漂着軽石は,少なくともそれらの噴火以前に海域へ供給されたと考えられる.したがって,FOBとSVIに由来する漂着軽石の存在は,1回の火山噴火により大量に漂流した軽石が少なくとも数十〜百年程度は海岸に存在し続けること示している.

     九州南部の姶良カルデラに由来する漂着軽石は,「噴火直後に漂流したものである可能性」と「一次堆積の火砕流堆積物に含まれる軽石が最近の斜面物質移動により海域へ流入したものである可能性」が考えられる.約3万年前に姶良カルデラで発生したAT噴火に伴い噴出した火砕流堆積物は,給源付近で火砕流台地(シラス台地)を構成しており,給源付近の河川沿いや海岸沿いでは軽石を含む火砕流堆積物が広く露出している(Aramaki 1984,宝田ほか 2022).軽石の浮遊可能時間を考慮すると,火砕流堆積物に含まれる軽石が最近の斜面物質移動により海域へ流入したものである可能性が高いと考えられる.

    4. まとめ

     2021年以前に太平洋岸の5地点で採取した軽石を分析したところ,一部の軽石が姶良カルデラなどの大規模火砕流堆積物等を有する火山に由来すること,近年噴火が発生した海底火山(FOB・SVI)に由来することがわかった.火山周辺に大規模火砕流堆積物を有する火山からは,一次堆積の火砕流堆積物に含まれる軽石の再移動により継続的に海域へ軽石が供給されている可能性が考えられた.近年噴火が発生した海底火山由来の漂着軽石の存在からは,1回の噴火により大量に漂流・漂着した軽石が少なくとも数十〜百年は海岸に存在し続ける可能性が示された.

  • ―鳥取県日南町における水稲作の企業オーナー制度の導入を事例に―
    原田 一学
    セッションID: 605
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    1. 研究目的 

     近年の少子高齢化による農家の高齢化や,グローバル化の進行による農産物価格の低下により,農業生産者が減少していることに対し,農地法が改正された2000年代から企業の農業参入が進行してきた.これに着目した後藤(2015)は,大分県における農業生産法人の設立や農地リース方式による企業の農業参入による地域的影響を分析し,地域の野菜の生産拡大,耕作放棄地の活用,新規雇用者の増加といった効果があることを示した.その一方で,地域の農業生産者の視点で,企業の農業参入がもたらす影響を具体的に示す必要がある.そこで,企業が農産物オーナー制度におけるオーナーとなって間接的に農業に参入する動きに着目する.企業が農産物オーナー制度におけるオーナーとなる事例の検討はこれまでになされていない.企業の農業参入の多様な形態の一つとしてその分析を行うことは,企業の農業参入が農業生産者における農業経営にもたらす影響を考える上で意義がある.

     本研究は企業が農地のオーナーとなる農産物オーナー制度を企業オーナー制度と称し,この制度が2009年から鳥取県日南町における水稲作に導入された事例を取り上げる.そして,農業生産者と様々な地域間の多様なステークホルダーとの社会関係がどのような構造であり,それが農業生産者における農業経営にどのような影響を与えているのか検討することを目的とする.

    2. 研究手法

     寺床(2016)は,農業や農村における経済的あるいは政治的なものを支える社会的なものの重要性を強調し,それらの相互作用を理解するための分析枠組みを提供する社会関係資本の概念に注目した分析を行うことで,総合的な農村理解を農業の社会的側面の再評価を通じて行うことができると述べている.本研究ではこの視点を取り入れて鳥取県日南町における企業オーナー制度の導入を捉える.

     本研究の調査は,2022年8月から11月に企業オーナー制度の運営企業,農事組合法人など3法人に聞き取り調査と現地観察,さらに鳥取県日南町役場,認定NPO法人自然再生センターに聞き取り調査を行った.

    3. 結果

     鳥取県日南町における企業オーナー制度は山村と都市の交流におけるプラットフォームとしての役割を果たしている.また,山村における様々な条件の水田の利活用に貢献している.企業オーナー制度は,企業の社会的責任をめぐる構造的社会関係資本による信頼醸成と,海藻利活用による環境保全の理念をめぐる認知的社会関係資本による価値創造の双方によって成立している.これらの社会関係資本は,鳥取県日南町の農業生産者が農事組合法人などの農業法人を設立して安定した販路の確保が求められたことによって,山村の農業生産者における米の生産に関わる社会関係が山村を中心として日本各地に地理的に拡大したことで創出されたものである.これらの社会関係資本が,生産物の販売拡大,生産者の社会関係の拡大,ひいては農業生産者における農業経営の成立に寄与していることが明らかになった.

    【文献】

    後藤拓也 2015. 企業による農業参入の展開とその地域的影響 ―大分県を事例に―. 経済地理学年報 61:51-70.

    寺床幸雄 2016. 社会関係資本に関する地理学の研究動向と課題 ―農業・農村研究との関連を中心に―. 人文地理 68(4):443-461.

  • :北海道大樹町を事例として
    宮町 良広
    セッションID: 517
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    1.はじめに

     北海道十勝地方の大樹町がロケット打ち上げで盛り上がっている、というニュースを耳にした人は少なくないであろう。確かにロケットには夢やロマンを感じるものの、実現可能性については半信半疑の人もいるのではないだろうか。

     我々の日常生活は宇宙開発とつながっている。スマホで現在地がわかるのはアメリカのGPSという位置測定衛星の電波を受けているからである。ウクライナにおけるロシア軍の車列配置が刻々とわかるのは地表を撮影する観測衛星のおかげである。このように人工衛星は暮らしの基盤となっていることから、その需要は急増している。2021年における世界の衛星打ち上げ数は約1750機であったが、その数は10年前の58倍、2年前の4.5倍に達する 。今後はさらなる需要増が確実視されている。

     当然のことだが、人工衛星を宇宙空間に配置するためには、ロケットに乗せて発射場から打ち上げる必要がある。しかしながら発射場、ロケットとも不足していることから、世界的に発射場の整備が急がれ、150に及ぶ企業がロケット開発に乗り出している。

     宇宙開発は時代の転換期にある。これまではアメリカのNASAや日本のJAXAといった政府機関が大量の予算を投入して大規模ロケットを打ち上げる形が主流であった。しかしながら、2010年代に入ると、アメリカの民間企業(イーロン・マスクのスペースX社など)が補助金を得ながら小規模ロケットを打ち上げる時代になりつつある。日本でも民間の宇宙企業が育ちつつある。本報告では、宇宙産業の中でも発射場、ロケットの打ち上げに焦点をあてることとしたい。

    2.大樹町の地理的優位性

     本報告が事例とする大樹町は、帯広から南に自動車道を1時間余り走った地点にある。同町は海に開け平地に恵まれるため、農業や漁業が盛んである。人口はかつて11,500人を超えていたが、2020年には半分以下の約5400人にまで減少した。同町が「宇宙のまちづくり」を掲げたのは40年近く前の1985年である。その前年、北海道東北開発公庫(現・日本政策投資銀行)が北海道航空宇宙産業基地構想を発表し、その内容に当時の町長が触発されたことがきっかけであった。それにしてもなぜ大樹町で宇宙なのか。その理由を5点に分けて説明したい。

     ①東および南に海が広がっていること:ロケットの打ち上げ方角は決まっている。赤道上空の静止軌道に人工衛星を投入する場合、地球の自転を利用できる東方角に打ち上げる(地球の自転速度は赤道が最大なので低緯度が有利である)。他方、極軌道に投入するには南北のいずれかに打ち上げる。この場合、緯度はほとんど関係しない 。したがって、大樹町は静止軌道投入ではやや劣るものの、近年打ち上げが増加している極軌道投入では優位性をもつ。

     ②広大な土地があって人口密集地がないこと:ロケット打ち上げでは事故の危険を排除できないことから、十分な保安距離の確保が不可欠である。最寄りの人口密集地である帯広市まで70kmほど離れている点も安心材料である。

     ③飛行機や船で付近が混雑していないこと:衝突等何らかの事故の回避に加え、ロケット打ち上げ日を設定しやすい。

     ④安定した気象:十勝地方は北部と西部に山地があるため、降水・降雪が少ない。北海道には梅雨がないこともあって、「十勝晴れ」と呼ばれる晴天率の高さが優位性をもたらす。

     ⑤ロケットや衛星等を持ち込む輸送の容易さ:海上輸送であれば重要港湾である十勝港が至近距離にある。航空輸送の場合、人の移動も含めて、車で40分の帯広空港が利用できる。

     このように大樹町はロケット発射地点として「天然の良港」であり、世界的にも稀な「地の利」をもつ。

     報告では、北海道スペースポートの建設と運営を担うスペースコタン社、ロケット開発・製造企業であるインターステラテクノロジー社の状況について述べた後、ロケット産業が地域経済ひいてはわが国の産業に及ぼす影響を議論したい。

    ※本研究は、株式会社ドーコン・リージョナルリサーチによる研究成果であり、今後ドーコン社から公表予定。

  • 吉田 剛
    セッションID: 440
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    電子付録

    小中高学習指導要領社会系教科に「社会的事象等について調べまとめる技能」の領域内容が小中高を一括して示されたが,「収集する」「読み取る」「まとめる」の探究と,地図や調査活動などの作業の技能に関するわずかな例示に止まる。背景にはSociety5.0に向け,情報処理の重視が窺える。本稿は,探究を地理情報の処理過程を意図する地理的探究とし,作業を地理的見方・考え方や地理的探究のための具体的な操作となる地理的技能とする。先行研究上,地理的技能は様々にみられるが,国策の地理空間情報の活用が推進される中で,地理的探究は十分にみられない。吉田(2011)は,米国地理スタンダード1994(K-12)の影響を指摘し,地理的技能と関わる地理的探究を提示した。また吉田・管野(2023)は,幼小中高一貫の豪州NSW地理シラバス(NSW地理2015)の地理的探究を思考動作から分析・検討し,その一貫性は,『獲得』『処理』『伝達』が系統に反映され,学習段階に応じて重みが移り変わる。一方,我が国の地理的探究の系統は,とくに情報の分析・処理の意図が弱く,概ね理念的な指示に止まる。

     そこで本稿は,我が国に応じる幼小中高一貫地理教育における地理的探究の系統について論じることを目的とする。方法は,幼稚園教育要領・小中高学習指導要領にみる地理的概念の特徴からみる学習段階のシークエンスを用いて,NSW 地理 2015 の地理的探究の内容を修正し段階付ける。そして今後の展望について言及する。

     主な結果として本稿は,地理的概念を中心とする【内容】【方法】【価値】の構成領域を内容構成のスコープとした一貫カリキュラムを想定し,先の地理的概念によるシークエンスを用いる。【方法】には,地理的概念の活用に依拠する思考力・判断力・表現力に関わるスキルとし,その中に地理的探究,地理的技能,地理学体系アプローチが属する。地理的探究は,課題解決のための地理情報の処理過程とし,NSW地理 2015 を参考に,3過程と6要素(第1表)から,必要とする地理的技能の活用が意図される。そして地理的探究の系統は,第2表の例示のように K・1~8のレベルから示すことができた。

     地理的探究の系統表は,3過程と6要素の理解とともにそれらの積み上げを見通せることができ,一貫軸として確かめられた。各学習段階の共通点と相違点を確認して,先を見通し,後を振り返り,各学習段階の教員が共有し合うことによる教育効果が期待できる。その前提には,理論的に根拠付けるシークエンスやスコープのもとに地理的探究の系統が位置付けられる。地理的概念や地理的技能の系統との同期を見据え,それらが思考動作を通じてより糸となって一体となるように考えられた。

     課題には,それらの一体を具体的に示すために,各学習段階の到達目標ごとの内容のまとまり(単元設定とその配列)を構成し,思考動作を通じた地理的概念や地理的技能との関わりを検討すること。そして一貫軸における児童生徒の環境拡大や地理学体系(地誌・系統地理・テーマ)による構成原理を導き出し,具体的な内容のまとまりを構成することがあげられる。

  • -柴田収蔵娘,エン旧蔵の1791年製 Cary pocket globeのケース-
    宇都宮 陽二朗
    セッションID: 419
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    佐渡博物館で保管されている地球儀の話を聞き、数年後、柴田収蔵所持とされる地球儀ケースの情報を提供頂いた。受領した情報と2022年実施した調査で、柴田の娘「エン」が日清戦の戦勝記念と戦没兵追悼のため1902年に開設した明治紀念堂付設の開導館(今の博物・展示館に相当)に寄贈したポケット地球儀(ケース)と判明した。 1957年撮影(?)の「佐渡の了寛(高橋,1957)」口絵写真では、現時点(2022年)で二分される鮫皮に覆われた張り子の半球ケースは、ヒンジで接続されているが、地球儀は既に亡失している。ケースのフック側とボタン側の外径はそれぞれ84.22~84.05mm、内径は77.51~77.55mmである。したがって、失われた地球儀の直径は73〜76.2mm(3インチ)と推定されるが、77.5mmより小さいことは確実である。 フック側ケースにD’Anvilleに従いCaesar時代に知られた世界の地図が描かれ、ボタン側ケースには地球儀球面に未記載の80地点・地域名とその経緯度が南から反時計回りで記載されているが、当時のほとんどの同業者が販売していた通常の天球図を描くケースとは異なる。表中のピコ島の経度、東西の誤植は彼らの世界図編集の未熟さを物語っている。このケースは1791年発売のCary兄弟のポケット地球儀のそれと一致する。なお、Caryは、通常販売された同業者のケースと同仕様のケースに収めた地球儀も販売しているが、これは西経を東経とした致命的な誤植に気付いた後の販売であろう。  亡失の地球儀球体は、写真6(SA州立図書館蔵画像(PD)より転載)の球儀と推定される。直径は、3.5in (Dekker), 78mm (State Lib, SA), 3in (George's webpage), 3.5in (Hudson's webpage)となっており、報告者により異なる。丸め数値の差もあるが、Caryの地球儀製造・販売への事業拡張前に予告した広告文の丸写しも否定できない。 Georgeのウェブページによれば、地球儀の表面にはクックの3回の航海と「Owyhee where Cook was killed 1779」の文字が刻まれ、自国の英雄贔屓が窺われる。 さらに、Hudsonのウェブページでは、銅版印刷、手彩の12枚のゴアにはグリニッジに本初子午線があり、ドレイクの航海とアメリカ西海岸での宣言に同意し、「New Albion」が描かれているとする。  この地球儀が柴田収蔵の手元にあったのか、収蔵の娘「エン」に誰かが贈ったものなのか、現在までのところ資料は見つかっていない。 幕末にグラバーの手引で英国密航した薩摩使節団随員であった松木弘安は、伊東玄朴塾「象先堂」で柴田収蔵の5年後輩であり、収蔵の「角田桜岳」銘の地球儀製作にも協力した人物である。収蔵の日記によると、友人同道し夜間に松木宅に押掛け、幾何学を論ずるなど両者は親しい関係にあった。薩摩藩関係文物を展示する「尚古集成館」には、角田桜岳銘の地球儀(入手には弘安が介在か?) の他、松木のロンドン土産(?)が疑われるNewtonのhand globe(ハンド地球儀)が存在するが、確証はない。

  • 星野 賢史, 研川 英征
    セッションID: P008
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    電子付録

    Ⅰ はじめに 近年,地形を可視化する様々な地形表現手法が考案されてきた.国土地理院の提供するウェブ地図「地理院地図」においても,標高・土地の凹凸を視覚的に見る地図として,色別標高図やデジタル標高地形図,陰影起伏図等を提供している.このうち,標高別に色分けされた地図の判読性を高めるためには,地域ごとの特徴にカスタマイズされた地図である必要がある.地図を作成したい地域の地形を丁寧に見ながら標高パラメータを思案することが判読性の高い地図作成において重要である.一方,災害時においては判読性を持った地図を迅速に提供することが重要である.そこで本研究では,河床縦断形と黄金比に着目した標高区分パラメータによる地形彩色方法を検討し,標高階級区分を定量化した標高段彩図を試作した.

    Ⅱ 黄金比を利用した標高段彩図の試作 たとえば野上(2008)をはじめ多くの先行研究では,日本の平衡河川における河川縦断形は指数関数的になることが指摘されている.そこで,指数関数をとる既存のパラメータを活用し,着色することにより,近似的に一定の地形表現がなされ判読性を持った地図を作成できる可能性があると考えた.本研究で採用した既存パラメータの1つである黄金比は,約1:1.618で表される貴金属比の一つであり,これはフィボナッチ数列の連続する2項の比を取る.この数列をグラフにすると指数関数をとることができる.この黄金比をパラメータとして用いて着色することによる地形彩色をおこない,地形表現や判読性を持った地図の作成可能性について検討した.  作業地区には,日本の典型的な地形の一つである盆地(福島県国見町周辺)を選定して,黄金比を用いた標高階級区分を基に彩色した標高段彩図を試作した.標高データは基盤地図情報を使用し,色分けについては,最低標高値を盆地の最低標高(L=40.1 m)から取得したほか,図内における最高標高値を取得し,算出した.その結果,盆地の低地部では河川の微地形を視覚的に捉えることができた.中上流域についても指数関数に沿う形で山地部の地形を表現することができた.また,盆地に注ぐ代表的流路として図内の3河川について河床縦断形を取得したところ,黄金比に近似した曲線であることを確認できた.

    Ⅲ まとめと今後に向けて 黄金比を標高区分パラメータに利用することで,一定の判読性を持った地形表現を簡易に作成することができた.今回の検討に用いた黄金比のように汎用性を持ったパラメータを明確に規定することが出来れば,地形彩色表現の省力化に大きく貢献できることが考えられ,たとえば即応的に短時間で対応が求められる発災時にも活用できる可能性がある.

    【文献】 野上道男(2008):河川縦断形の拡散モデルについて,地理学評論,81-3,121-126.

  • 瀬戸 寿一
    セッションID: S406
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    1.はじめに

     地図製作や地理空間情報処理に関わる新しい手法の提案とウェブの進展を通じて,多様な人々による地理的知識の生成・協働が技術的に容易になった.特に2000年代後半から本格化した「ボランティア地理情報(VGI)」では,従来の地図作製に関わるよりもはるかに多くの市民が,自らの地理的経験や知識を,様々な手段でデジタル地図に集約する新しい市民参加の潮流ともなった(瀬戸, 2021).

     この背景には,多種多様な地図化(マッピング)手法がウェブサービスとしてオープンに整備されたことで,地図表現を容易にし,その成果をSNS等で共有するようになった点も大きい.他方,マッピングの成果物や地図化を介した社会的な影響力の評価は,デジタル地図そのものやツールが多様化しており,その実態がつかみにくいことから定量的には必ずしも容易ではなく,「地図の民主化」をめぐる議論も注目されている(Haklay, 2013; 瀬戸・西村,2021).

     本発表の目的は,協働マッピングの代表的事例として様々なログデータが存在するオープンストリートマップ(OSM)を対象に,活動の今日的状況を日本における近年の活動分析を交えて考察することである.

    2.オープンストリートマップ(OSM)の発展と展開

     2004年にイギリスで始まったOSMは,基本的にはデジタルな世界地図の基盤データを協働かつ自主的に作成・整備するもので,標準的な地図スタイルを伴うウェブ地図(地図デザイン自体は様々な表現方法に変更可能)と,統一的なフォーマットを通じて,オープンなライセンスを通じて提供されている.OSMの活動を通じて蓄積された膨大なデータベースは,活動初期から現在に至るアーカイブや活動ログとして日々リアルタイムにクラウド環境に蓄積され,原則的に目的を問わず制限無く,誰でも利用可能である.

     OSMの利用者数自体は不明であるが,データの登録・修正等の編集を行うために必要なアカウント登録数は,2023年1月時点で全世界累計約1000万を超え,現在も増え続けている.活動の初期段階には主に,欧米を中心とする情報ボランティアによる編集が多かったが,国際連合や国際NGOによる人道支援・災害対応活動での実践的活用や,新興ビジネス企業など組織的アクターによる参加を通じた大規模なデータ投入やAI等による半自動マッピングの試行が盛んになり(Anderson et al., 2019),アジア・アフリカでも活動が広がっている.グローバルな規模で比較した場合,地図の格差は依然として大きいが,近年ではボランティア市民のみではなく,協働する主体の役割変化が起こり,新たな活動の局面を迎えていることも近年の大きな特徴である(Schröder-Bergen et. al., 2022).

    3.日本におけるOSMの状況

     日本におけるOSM活動の展開は,2008年頃からボランティアによるコミュニティベースで行われてきたが,東日本大震災における人道支援マッピングが一つの契機となった(瀬戸,2013).その後もオープンデータ政策に伴う自治体における地理空間情報の整備・提供や,デジタル地図を用いた市民活動の広がりも相まって継続的な活動となり,日本国内を編集した登録ユーザーは2020年7月時点で累計約35,000に達し,日々100ユーザー以上がコンスタントにOSMの地図編集を行っている(瀬戸, 2022).

     そこで,OSMの編集が登録ユーザーによって,いつ・どこで・どのように行われるかを定量的に評価するため,「変更セット(Changeset)」と呼ばれるOSM上の編集ログを要約したアーカイブデータと編集内容の汎用的な解析ツール「OSMCha」を用いて,日本の過去1年間の活動状況を対象に検討した.その結果,日本国内では1年間に約9万件(月平均約7500件),うち1ヶ月以内に活動を始めた「New mapper」による編集が約1万9000件(月平均約1600件)で,全体で2割以上を占めた.組織的な大規模編集は,日本のOSM活動がアジアでも比較的早い段階で行われていたことから実験的に点在する程度であることがわかった.実際の編集内容を詳細に分析すると,その多くが既存のデータ入力がされている都市圏を中心とする主要道路や,地物の属性修正など修正作業が多く行われている.

    4.おわりに

     オープンな協働型マッピングを通した地図の民主化が果たす役割は,様々な社会的背景を持つ人々が必要とする,既存の地図では対象外となるようなローカルな地理的知識の共有が特に重要と考えられる.したがって,その基礎的な資源であるオープンな地理空間情報の整備の拡充,協働マッピング概念の再検討,地域の状況に応じたマッピング評価手法の確立など,地理空間情報のデータコモンズをめぐる議論も必要な段階である.

  • 小坪 将輝, 中谷 友樹
    セッションID: 344
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    これまでの日本の地域人口の変化は二時点の変化によるスナップショットで捉えられてきた。しかしながら、人口の変化は動的なものであり、二時点の比較から見える人口減少は結果であるとともに変化の過程でもある。本研究では、生産年齢人口の減少が始まった1995年から2022年の日本の市区町村別人口を対象として、その変化過程に関する分析を行うことで、その動向と地域差を明らかにする。

  • ―類似都市との比較を中心に―
    橋爪 孝介, 三浦 魁斗
    セッションID: 343
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    Ⅰ はじめに

     いわゆる「増田レポート」の公表から,8年が経過した。同レポートは,人口移動が収束しないという仮定の下で人口推計を行い,20~39歳の女性が2010年から2040年の間に5割以上減少する市区町村を「消滅可能性都市」と定義し,全国の約半数に当たる896の市区町村がこれに該当すると発表した。その上で,「選択と集中」の考え方による,若者に魅力のある地域拠点都市の創出などを提言した。小田切(2014)をはじめとする反論書が多数出版されたことや,2015年に地理空間学会がシンポジウム「消滅自治体論を批判する―地理学からの反論―」を開催したことは,同レポートが日本社会に与えた衝撃の大きさを示す結果となった。 本研究で取り上げる宇都宮市は,増田レポートの言う「若者に魅力のある地域拠点都市」となることが期待される都市の1つである。宇都宮市は「消滅可能性都市」とされなかったが,2017年を境に人口減少に転じ,少子化も進行している。少子化は全国的な課題であるが,自治体によって実態は異なり,地域拠点都市とされる都市の中でも差があることが想定される。そこで本研究では,類似都市との比較を中心に,宇都宮市の少子化の進行状況とその要因を明らかにすることを目的として,分析を行った。

    Ⅱ 研究方法

     うつのみや市政研究センターは,宇都宮市が抱える行政課題にについて調査研究し,新しい時代に対応した政策の提案を行うことを目的に設置した自治体シンクタンクであり,本研究は庁内での少子化対策の検討に必要となるデータの収集と分析を行い,順次担当部署に提供する形で実施した。宇都宮市と比較する類似都市としては,人口規模・地理的条件・経済圏の自立性等を勘案し,姫路市・福山市・松山市・大分市・高崎市の5都市を選定した。  研究全体としては,①出生数等の基礎データの類似都市との比較,②岡山県「見える化」分析(岡山県 2017)に沿ったデータの分析,③宇都宮市からの子育て世代の転出先・転出数と転出超過の状況,④全国調査と宇都宮市の調査結果の比較による結婚・出産に対する住民の意識の差の分析,⑤少子化に関する既往研究の分析および有識者との意見交換,と多岐に及ぶが,本研究では①と②を取り上げる。  ②の「見える化」分析とは,岡山県が県内市町村の課題を検討するために,女性有配偶率と有配偶出生率に影響を与えると考えられる社会経済特性を分析したものであり,本研究では,中核市の62都市について,同一の手法で分析し,類似5都市と比較した。

    Ⅲ 結果

     ①基礎データの類似都市との比較  宇都宮市は類似都市と比較して,2015年から2021年にかけての人口減少率に対して出生数の減少率が大きいことと,2020年時点で有配偶率に対して有配偶出生率が低いことがわかった。

     ②「見える化」分析に沿ったデータ分析 宇都宮市は類似都市に比べて,偏りなく得点できており,社会経済特性上の弱点は,特にないことが明らかになった。

  • 澤田 康徳
    セッションID: 108
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    電子付録

    目的:近年における高温日の増加により,暑熱対策やそれが関連する気候変動適応策に関して,事例や課題,対策などの自治体間連携の必要性が指摘されている(白井・田中 2016).一方,暑熱対策の直接的役割を担う行政実務者(以下実務者)において他自治体の暑熱対策に対する関心や知識保有の認識などは把握されていない.自治体間連携などに先立ち,実務者の他自治体の暑熱対策に対する関心や知識保有の認識などの意識の態勢をとらえる必要があろう.そこで本研究では,熱中症予防策などが評価される熊谷市を対象に,実務者の他自治体の暑熱対策に対する意識を明らかにする.

    方法:本研究では,熊谷市が直接に管理運営する部署の市正規実務者を対象にアンケート調査を行った(2022年10月末~11月末).暑熱対策は,関心が部署により異なり,将来的に様々な部署で役割を担う可能性がある(澤田 2022).そこで,集計結果に部署の実務者数の多寡が影響せずに全体的な実務者の意識傾向をとらえるため,各部署一人ずつ回答するよう依頼し89名の回答を得た(回収率91.8%).アンケート内容は,暑熱対策に対する意識として,関心,知識保有の認識,入庁時と現在の業務などの変化について5段階評価(5点:そう思う~1点:そう思わない)の問いを設定した.さらに,関心のある他自治体の有無,関心のある自治体とその理由などについて自由記述の問いを設定した.

    結果:他自治体の暑熱対策に対する意識の傾向をとらえるにあたり,関心得点(スコア5~1)および関心自治体の有無でスコア群に類型化した.人数の割合はスコア4で最大を示すものの(図1),自治体あり群の関心自治体は,スコアにより若干異なる(図2).関心自治体は,全体的に熊谷市の遠方(200km~)で最大の割合を示す.これは,日本の最高気温記録の経験をもつ自治体が大半(39件/40件)である.熊谷市と距離が近い(0~20km,20~40km)自治体は,スコア5・3で割合が若干大きい.関心理由(表1)について,割合は,気温が高いことでいずれのスコア群も大きく,政策や対応でスコア4が最大を示す.つまり,スコア群により,関心の高い自治体は若干異なる程度で,関心理由が顕著に異なる.また,実務者の関心や知識保有,職務量などの増減の認識は,スコア群によって異なった.そこで,スコア群別の自・他自治体への関心や知識保有,業務などの変化に関する要素の上位得点(4点)以上の割合に対し,コレスポンデンス分析を行った(表2).各スコア群と近く分布する要素は,自自治体に対する関心(2-自治体なし群)や自自治体に対する知識保有(3-自治体あり・なし群),暑熱対策全般に関する関心や業務の増加(5・4-自治体なし群),業務の増加のほか他市町村などへの関心や知識保有(5・4-自治体あり群)と高スコア群にむかい自自治体から他自治体,関心から知識へ変化する.さらに,他自治体の関心スコアの高・低は,勤務年数の長短と対応する.暑熱対策の意識へ影響を与えた事がら(図なし)は,勤務年数の長いスコア群(5・4-自治体あり群)で暑熱対策関連の職務経験の割合が大きかった.そのうち,他自治体の政策や対応の関心が高い4-自治体あり群では,他自治体との交流による学びが意識に影響する回答が認められた.したがって,本研究結果は,高温化の継続を踏まえた実務者の暑熱対策への継続的関わり方に,意識とキャリアステージを見据えた検討の必要性があることを示していると考えられる.

  • 浦山 佳恵, 野間 晴雄
    セッションID: 403
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    縄文時代以降の気候の下では日本列島の多くが森林へと遷移する。そうしたなか氷期に大陸から渡ってきたと考えられている植物や昆虫が今もなお生息する草地が東北地方,中央高地,阿蘇等に残存している。こうした草地は人の火入れ,放牧,採草などにより維持されてきたと考えられることから半自然草地といわれている。実際,半自然草地の土壌は縄文期の層から表土まで草原的環境であったことを示す黒ボク土が連続して堆積していることが多い。しかし,個々の草地を維持してきた人間活動の実態については必ずしも解明されていない。本研究では,長野県の開田高原と霧ヶ峰高原に残る半自然草地がどのような過程を経て現在に至るのかを比較検討することで,中央高地の半自然草地の歴史の一端を把握する。

    開田高原では旧石器時代から古代まで狩猟採集の場として利用されていた。中世以降人の居住が始まり,馬の放牧と焼畑等が営まれ,近世以降に常畑の開発がすすみ,厩肥生産・現金収入のために馬飼育・生産が盛んになった。一方,霧ヶ峰高原は旧石器時代から中世まで狩猟採集に利用されていた。山麓における人の居住は縄文時代から始まっており,古墳時代以降,馬の放牧と焼畑等が営まれていたが,近世以降に常畑や水田の開発がすすみ,厩肥生産・中馬稼ぎ等を目的に馬飼育も続けられた。多くの新田集落ができ,草肥への需要が高まった。そうしたなか近世以降,秣の採取地は霧ヶ峰高原に広がった。

    開田高原では古代,霧ヶ峰高原では中世頃まで,シカ等の草食獣,山菜や木の実を採取するために定期的に野火が入れられた可能性がある。開田高原は中世以降,霧ヶ峰は近世以降に秣のために,近年は両者とも観光地の景観維持を目的に火入れがなされてきた。中央高地に残る半自然草地は,火山山麓の高冷地で,長く狩猟採集に利用され,その後は農業生産に厩肥が不可欠であった人々の恒常的な火入れによって維持されてきたと考えられる。

  • 高千穂町と延岡市沿海地区を事例として
    中村 周作, 大平 明夫
    セッションID: 406
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    五ヶ瀬川川上の高千穂町と川下の延岡市沿海地区における伝統食の摂食変化について,現地でのアンケート調査をもとに明らかにする。高千穂町における伝統食は,食材生産の減少により摂食が減ってきた。年代別では,高齢者ほど伝統食を食べ,若くなるほど食べないことがわかった。延岡市沿海地区における伝統食は,60歳を境に,高齢者と若年層に摂食の大きな断絶があることがわかった。

  • 細井 將右
    セッションID: 646
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    世界で国家地図作成機関は日本の現在の国土地理院のように民事 civilの国や戦前の陸地測量部のように陸軍の国もあるが、スペインでは両者が併存している。スペインでは19世紀前半に陸軍に地図作成も行う戦争資料部が設置され、現在陸軍地理センターとなっているが、1870年に勧業省に地理研究所が設置され、その初代所長カルロス・イバニェス・デ・イベロは19年間在職し、基本図として5色刷り5万分1地形図作成推進指導、地中海対岸アルジェリアと三角測量で測地網を結合するなど活躍し、現在の国立地理研究所の礎を築いた。

  • 遠城 明雄
    セッションID: 304
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    昭和初期は,全国各地で電灯・電力・電車・ガスなど各種料金の値下げ運動や借家・借地争議など,「生活防衛運動」が展開された時期である.その中心を担ったのは,農民組合,無産政党,労働組合,各種議員のほか,町などの地域組織と市民であり,異なる目的と意図を持つ各主体は,時に協力し時に対立しながら,地域独占事業への異議申し立てを行った.本報告の目的は、1930(昭和5)年から翌年にかけて北九州地域で発生した,九州電気軌道株式会社(以下,九軌と略)に対する電灯・電力料および電車賃の値下げ運動について,地域社会における運動主体の動向と運動の空間スケールに着目しつつ,その展開の一端を検討することにある.

     運動は当初,門司市や八幡市などにおいて労働組合や市会議員などを中心に進められると同時に,沿線の複数自治体(門司市,八幡,折尾町)が協力して値下げ交渉を行った.しかし,交渉が行き詰まったことから,門司市では運動に地域住民を動員するため,町総代など地域の代表者も運動に組み込み,運動の「民衆化」を図った.この後,運動の激化を懸念した警察と行政によって調停が行われ,一定の値下げで妥協したが,一部の町総代らはこの調停に不服を申し立て運動の継続を主張した.

     以上,この値下げ運動は,当初市の有力者などにより指揮されていたが,途中から市会議員と町総代が対立する等、民衆の動向が運動に大きな影響を及ぼすようになったといえる.こうした地域住民のエネルギーは,公共事業を独占する資本への怒りのみならず,選挙に基づく「代表制」に対する不信も生み出したと考えられる.

  • 山形 えり奈, 小寺 浩二
    セッションID: 138
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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     はじめに

     最上川は,山形県を流下する,幹川流路長約229 km(全国第7位),流域面積約7,040 km2(同9位)の一級河川である.当流域について,河川水質を明らかにする目的で行った調査の結果を報告する。

     研究方法

     2022年3月から11月まで月1回現地調査を行った.調査地点は本流(m01~06, 08~17)支流(t01~37)を合わせ計53地点であり,現地では気温,水温,比色pH,比色RpH,電気伝導度(EC)を測定し,採水を行った.6月は現地でパックテストによる化学的酸素要求量(COD)を測定し,大学の研究室で全有機炭素(TOC)を測定した。

     結果と考察

     調査結果より,最上川流域全体の水質の傾向が分かった. 本流のECは,95~134 µS/cmの間で推移した(図1).特に,上流部のm03およびm04で132と134 µS/cmと高い値を示し,m09で95 µS/cmまで低下したのち中流部のm10で120 µS/cmと再び上昇した.これは合流する水質に影響するもので,上流部ではECの高い支流,羽黒川,天王川,鬼面川,吉野川(t01~04)の流入により,本流のECが上昇し,一旦ECの低い支流が合流によりECは低下するが,中流部で須川(t19)が合流し、再度ECが上昇する.

     さらにCODは,逆川(t17),吉野川(t04),犬川(t05),が4 mg/Lを超え,TOC(図2)では,逆川(t17),最上川(m09),須川(t11),酢川(t13)が3 mg/Lを超え高かったことから,これらの地点では汚濁負荷があると考えられる。しかしながら,犬川(t05)および最上川(m09)はECが100 µS/cm未満 であり,汚濁の質が他の地点と異なる可能性がある。

     ECは高いが,CODおよびTOCが低い蔵王川は,pH3.5前後であり,汚濁はなく,温泉の混入によりECが高いと考えられる。酢川(t13)もpHが2.5前後で,温泉成分が主であると考えていたが,TOCが高かった結果については,要因を探る必要がある。

     おわりに

     今回,最上川流域の河川水質を,調査結果から汚濁負荷の観点から概観した。今後,各イオン成分の分析を進め,他の項目間の関係性を究明し,流域の水質形成要因および水収支を明らかにしていく予定である.

  • 長野 真子, 苗村 晶彦
    セッションID: 134
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    光化学オキシダント注意報について,2018年まで発令された年間都道府県数は,2007年および2009年の28都府県で最多だったが(苗村・渡邉,2016),2019年には1974年観測以来の最多の33都府県を記録した(苗村ら,2021a)。光化学スモッグ注意報の主因はオゾン(O3)で,光化学スモッグ注意報は依然首都圏(1都7県)を中心に発令されるが,近年は鳥取県や島根県で観測史上初めて光化学スモッグ注意報が発令され(苗村ら,2021a),鳥取県においては汚染の移流から大陸からの越境汚染の可能性がある(苗村ら,2021b)。そこで本研究では,日本海に位置し,離島の対馬島においてO3の最高値および季節変動を調べ解析した。O3の解析は長崎県対馬島の対馬振興局敷地内の独立局である厳原町宮谷(北緯34度12分37秒,東経129度17分22秒,標高20 m)とした。尚,OxのほとんどはO3なのでO3と表記した。また参考として,首都圏の中心地・東京タワーとの比較を行い,解析した時期は,2015年3月21日から2018年3月20日までの3年間とした。1年という単位は太陽を中心として考えることがよりよく解析しやすいと考えられ(苗村・福岡,2017;苗村ら,2019),濃度の変動解析は太陽黄経15度毎による二十四節気別で行った。O3濃度については、3年間の全平均値は39.6 ppbとなった。これは同時期の首都圏の中心地・東京タワーの値である27.5 ppb(苗村ほか, 2021b)と較べて1.44倍となった。最高値は,2015年4月26日の24時の133 ppbであり,光化学オキシダント注意報レヴェルを充分上回るが,長崎県においてこの年に光化学オキシダント注意報は発令されていない。NOAA HYSPLIT Modelによる後方流跡線解析の結果,対馬における高度100 mは112時間前に高度5,000 mからの移流で,オゾン層下層からのO3の供給が考えられる。また,対馬における高度20 mは72時間前に高度4,000 mからの移流と考えられる。両者はその後韓国南部を経由し,対馬に到達したと考えられる。島根県および鳥取県において光化学スモッグ注意報が観測史上初めて発令されたのは2019年5月23日であるが,2015年5月27日にも光化学オキシダント注意報発令に近いレヴェルのO3が観測され,O3気塊の移流が考えられる(苗村・奥田,2021)。この時対馬においては,前日の5月26日17時にO3濃度110 ppbを記録している。 二十四節気別のO3濃度を図に示した。二十四節気別では,対馬島では立夏(5/5~20)で最も高く55.8 ppb,大雪(12/7~21)で最も低く平均27.8 ppbとなっている。二十四節気別の季節変動においては,対馬と東京タワーほぼ同じ傾向を示した。いずれの二十四節気の季節において,対馬は東京タワーよりも高い傾向を示し,日本海の離島・佐渡島においてもO3濃度が相対的に高いことから(苗村ら,2022),日本海の島嶼における大気常時観測等でO3濃度の解析が求められる。

  • ハパランダトルニオにおける事例研究
    前田 陽次郎
    セッションID: 637
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    1.はじめに

     スウェーデン・フィンランド国境に位置するハパランダトルニオでは、国境線をまたいだ新都心建設が進んでいる。

     この都市結合による効果について、政治学・社会学的側面からの研究は進んでいるが、経済面での効果に関する研究は少ない。本発表では、この事業による経済面での分析を行う。

    2.地域の概況

     もともとは全体がスウェーデン領だったが、現在のフィンランドがロシア領になる時に国境線が引かれ、国境の川の中洲にあった都市トルニオはロシア領になった。右岸のスウェーデン領内に新都市ハパランダが建設され現在に至る。

     トルニオはほぼ全住民がフィンランド語を話すフィンランド人である。ハパランダはスウェーデン人、フィンランド人、先住民のトルネダリアンがほぼ3分の1ずつで、全員スウェーデン語を話せる。人口はトルニオが約2万人、ハパランダが約1万人である。トルニオは工業従事者が多いが、両都市とも医療福祉関係の就業者が多い(表)。

     国境をまたいだ新都心の建設がEU Interreg Aプロジェクトを中心に進められている。2000年から2006年までの間に受け取った資金は3700万ユーロ以上、2007年から2013年の総予算は約5700万ユーロで、そのうちERDFの資金は約3400万ユーロを占めている。

    3.国境地帯に起こる産業

     国境地帯に興る産業として、行政機関(軍事関連、税関等)、商業施設(国境貿易、免税店等)、観光関連(国境観光、コンベンション施設等)の3つが挙げられる。行政機関は国境機能の撤廃とともに縮小している。商業施設はIKEAの新店舗が立地した事例はあるが両国間に経済格差が少ないこともあり立地の優位性がない。観光施設で特に有力なものはなく観光客も多くない。結果として現状では経済面でのメリットは見出せていない。

     この地域の実情を見ると、経済的効果を生むにはもっと広い範囲(Bothnian Arc)(図)で連帯して、情報通信関連の研究機関を誘致するなどの方策が考えられる。

    4.まとめ

     都市結合による効果は行政サービスや地域の文化を守る点では機能しているが、多額の予算を使う以上は経済的にも効果が出る方向性も考慮しないといけない。

  • 移動する中で場所感覚はどのように構築されるのか
    住吉 康大
    セッションID: 401
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    COVID-19の流行以後,リモートワークの普及などに後押しされる形で,近年日本では「アドレスホッパー」などと呼ばれる,各地を移動しながら暮らす人々に注目が集まっている.このような暮らしは,かつてから「マルチハビテーション」などと呼ばれ,日本の国土政策の中で度々取り上げられており,東京一極集中の是正や地方部の活性化策の一つとしての期待を寄せられることが多い.しかし,移動しながら暮らす人々が必ず地域貢献に対する意識を有するとは限らないため,一時的に滞在するに過ぎない空間や領域に対してどのような経験や感覚を持つのか,すなわち移動の途上で構築される場所感覚について十分に検討することが重要である.発表者は,移動しながらの暮らしを支えるサービスとして登場した「定額住み放題サービス」の事業者に協力を得て,2022年6月から2022年12月の6か月間にわたり,同サービスを利用する人々20名を対象に日記をつけてもらうよう依頼し,収集された日記の記述から場所感覚を考察する調査を実施した.調査実施前には,Massey(1993; 2002)で提唱された「進歩的な場所感覚(progressive sense of place)」という,多様なプロセスや関係性の総体として場所を捉える感覚を有するようになっている可能性を想定していたが,実際には固定的で一貫性のある存在として場所を意識するような記述も見られた.調査が終了した直後であるため,本発表は速報的なものであり,理論的な背景との接合や分析について不十分な点も残されている.発表時には具体的な記述も示しながら,さらなる研究の可能性について検討し,今後の補足調査や分析に活かす.

  • 八木 浩司, 山田 隆二, 佐藤 昌人, 若月 強, 本山 功
    セッションID: P031
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    2022年8月3-4日にかけて北越地方から山形県南部では線状降水帯による記録的な降水があった.山形県飯豊町付近では観測史上最大の300mm/日の降水があり,山地斜面に多数の崩壊が発生するとともに,土石流となって谷底に達した崩壊物質は泥流となって山麓部にまで到達した.本報告では,SPOT画像やLiDARデータを用いてこの豪雨に伴う斜面災害の概要を述べる.

  • 本多 一貴
    セッションID: 346
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    1.研究背景 1950年代半ば以降の日本においては,都市部と農村部の雇用格差が拡大していた.同時期に向都離村が急増し,都市部は大幅な転入超過となったが,1970年ごろを境にその傾向は鈍化していった.その後,都市部に定着した者もみられた一方で,都市部から農村部へ戻る「Uターン」も一定数みられた.また,近年は「Iターン」「Jターン」といった用語も散見され,都市部から農村部への人口移動は以前よりも増加している. 農村部への人口移動は1990年前後においては,就業(通勤)のために宅地化された都市近郊の農村部に移住する形態が多かった.2000年代に入ると,就農をはじめとする「田舎暮らし」を希求する移住がみられるようになった.そして,近年では田舎暮らしに限らず,理想的なライフスタイルの希求にともなう移住が増加傾向にある.そこには多様な背景がみられるため,混住化の様相も絶えず変化し続けていることが予想される.農村部は都市部と比較しても住民同士の社会関係が密接であり,特にIターンは新住民と旧住民の混住化を色濃く示す事象である.そのため,移住の背景に関わらず新旧住民の対立が発生しやすい傾向にあり,既往研究においても移住者が理想的な社会関係を構築し,定住することは困難であることが指摘されている. 本研究では人口が増加傾向にある御代田町において,移住者の社会関係を分析することから,その社会関係の広がり方が,どのようにして御代田町への移住者の定住に結びついているのかを明らかにする. 2.御代田町自治会「区」の概要 御代田町には「区」と呼ばれる20の自治会がある.区は町の下部組織として,町内清掃や祭りの運営,街灯の管理を行うほか,区をさらに細分化した「班」単位でごみ捨て場の管理を行っている.そのため,ごみ捨て場を利用するためには区に加入する必要がある.しかし,アパート等の集合住宅の場合,その大半は管理会社によってごみ捨て場が設置されており,アパートの大家が共益費から区費を納入している場合が多いため,住民が個人として区へ加入する必要性は低い. 御代田町は世帯数の増加とともに集合住宅に居住する世帯が増加しており,区への加入率も低下している.現在,アパート住民の大半は,大家を通じて区費を納入しているものの,地域清掃や行事への参加率が低い.金銭面ではなく労働力の面で,フリーライドが問題視されている. 3.移住者の構築する社会関係  集合住宅での生活では,集合住宅の管理会社が設置したごみ捨て場を利用するため,区の管理するごみ捨て場の利用は必要ない.そのため,大半の集合住宅居住者は区に加入せず,地域行事にも参加しない.すると,移住先での結びつきは職場の同僚や同じ学校・保育施設に通う子どもの保護者,SNSを利用する移住者といった,似た社会的属性を有する者との間に限定される.そのため,近隣住民と接触し親しくなる機会が消失し,結果として自宅近隣の社会関係は希薄となる.  一方,戸建住宅での生活では,ごみ捨て時に区の共同管理するごみ捨て場を利用する必要があり,区への加入は半強制的なものとなる.区費を自ら納入し,地域行事に参加する機会が生じた結果,その積み重ねが行事等を介さない,自発的な社会関係の構築へとつながっていくと考えられる.つまり,集合住宅での居住時と比較して,近隣住民との社会関係は濃密となる傾向にあるとみられる.また,自宅近隣よりも物理的に広い範囲に所在する似た社会的属性を有する者との関係は,住居形態に関係なくみられる.このことから,戸建住宅に居住する場合,集合住宅に居住している場合と比較して,より多様な社会関係が生じているといえる.このことから,移住者の住居形態が結果的に移住者の有する社会関係の範囲に影響を及ぼしているといえる.また,これまで農村部への定住にあたって絶対的に必要とされてきた,近隣コミュニティへの参加・適応は,少なくとも本事例においては必須ではないことが明らかになった. 4.おわりに  既往研究において,Iターン移住はライフスタイルの希求による純粋な向農村移動,田園回帰として捉えられてきた.本研究で取り上げた御代田町は,町内にDIDがないため,一見するとこれまで語られてきた田園回帰と同様の事例であると捉えられる.しかし,御代田町は人口増加が続いている自治体であり,新築の戸建住宅,アパートの建設も進んでいる.大谷(2007)が明らかにした「都市部はマンション居住者が多いため,結果として近隣関係が希薄となる」という点が一致していることからも,御代田町における移住者の増加傾向を,従来のような田園回帰としては捉えきれないといえる.そのため,本事例は磯田(2018)が提唱した,「田園回帰は反都市化のさきがけである」ことを示す一事例に位置付けられると考えられる.

  • 山川 修治
    セッションID: S304
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    2023年春季学術大会シンポジウムS3:「島嶼火山の自然災害—伊豆諸島における実体と備え」の第4パネラーとして「伊豆諸島の気象災害」を講演する。伊豆諸島における気象災害について、過去の顕著な事例を独自の解析に、関係研究者の解析を交えて紹介する。台風による災害、竜巻、大火、少雨・旱魃、八丈島の積雪、黒潮大蛇行の6項目で構成される。そして、今後の防災・減災に向けた備えの大切さを述べる。

  • 若林 芳樹
    セッションID: 502
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    人口減少社会を迎えた日本では,高度経済成長期に開発された郊外住宅地の空き家問題が深刻化し,これに対する行政や民間による対策が講じられてきた.しかし,そうした対策の実態や効果に関する研究は少ない.本研究の目的は,八王子市の郊外住宅地における空き家問題への対策と効果を明らかにすることにある.対象地域は,2016年に鄭・若林(2017)が実態調査を行った八王子市北野台をとりあげ,その後の変化を含めた分析を行う.

     八王子市は空き家対策に積極的に取り組んでおり,2013年に空き家条例を施行した後,2018年に実施した実態調査では空き家所有者の意向調査も行った.その結果をふまえて,2021年には「八王子市空き家等対策計画」を公表するとともに,改修費用の補助や相談窓口の開設などの対策を実施してきた.

     調査対象となる北野台は,西武不動産が1970年代に分譲を開始し,開発面積は約70haと市内の民間分譲住宅地としては,めじろ台に次ぐ規模となる.なお,本研究では1~4丁目を対象にし,1995年から分譲が始まった5丁目は対象外とした.年齢構成では2020年の老年人口率が47.9%と高齢化が進んでいる.とくに2000年~2015年の間で急速に高齢化が進行したが,2020年にかけてそのペースは鈍化した.2000~2020年の世帯数は2,100前後と横ばいであるが,人口数は22%減少して5,027人になり,若年者の流出によって世帯の小規模化が進行している.

     対象地域の住宅はすべて一戸建てで,地区計画によって建物用途・高さおよび壁面の制限や敷地分割規制あるため,町並みの一体性は概ね維持されている.2018年には,国交省の「空き家対策等マネジメント事業」のモデル化対象地域となり,空き家防止策についても多様な担い手の連携といった具体的な提言がなされた.

     2022年11月に実施した目視による現地調査によると,空き家率は3.24%で,鄭・若林(2017)が報告した2016年当時の空き家率2.89%をやや上回っている.空き家の分布には地域内でも偏りがみられ,最寄り駅から遠い3丁目では5.13%と高い空き家率となっている.この傾向は2016年から変わっていないが,個々の空き家の分布には変化がみられ,対象地域内の70軒の空き家のうち,2016年から継続して空き家の住宅は12軒にすぎない.つまり,この5年間で8割以上の空き家は入れ替わったことになる.現地調査で確認された建築中の住宅も12軒あり,住宅の更新が進んでいる地区もある.ちなみに国交省の土地総合情報システムで検索すると,北野台地区で2016年第1四半期から2022年第2四半期に売買された住宅は53軒あり,平均2,900万円前後で取引されている.

     対象地域の居住者が空き家問題をどのように認識し,対策をとっているかを明らかにするために,2022年11月に質問紙調査を実施した.対象は1~4丁目の全住宅で,自治会に予め協力を依頼した上で2,052戸にポスティングで配付し,郵送回収(一部オンライン回答)で749人から回答が得られた(回収率36.5%).質問内容は,空き家問題に対する意識や防止対策に関するものである.

     回答者の入居時期は1980年代以前が56%を占めるが,2010年以後の入居者も15%程度あり,40歳代以下の比較的若い世帯の転入もみられる.回答者の70.3%は70歳以上の高齢者で,70歳以上の世帯主で2人以下の世帯が61%を占める.また,自治会の活動が比較的活発で,地域活動には回答者の約7割が参加している.

     住宅の定期的な修繕やリフォームを行っている回答者は80%を越え,住宅の維持管理への関心は総じて高い.しかし,住宅や周辺環境について困っていることを尋ねると,建物や庭木の手入れが難しくなっていると回答した人が31%あり,交通アクセスや買い物場所が遠いことに不満を持つ人も8%前後にのぼる.このため10年以内に空き家問題が深刻化すると予想する人は89%に達する.

    将来住まなくなった場合の家の処分については,親族譲渡,売却,未定に分かれ,高齢者ほど相続か売却を考えている.しかし住宅の相続や継承など将来に向けた対策を行っている世帯は全体の11%にすぎず,相続・売却手続きについての情報不足から不安を抱く人も少なくない.また,八王子市の空き家防止策について尋ねたところ,知っている人はほとんどおらず,行政の施策が周知されていないことがわかった.

     以上のように,北野台地区の空き家は増加しているとはいえ,住宅の更新や若年世帯の流入も一定程度みられる.総じて居住者の空き家問題に対する意識は高いものの,行政の対策や相続・売却についての情報が不足しているため不安を抱く人が多く,今後は空き家対策に関するいっそうの情報提供が求められる.

  • 飯田 幹太, 白岩 孝行, 曽根 敏雄
    セッションID: 204
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    北海道において, 永久凍土は大雪山高山帯などの一部で確認されるのみにとどまっている. 羊蹄山(標高1898m)は後志地方に位置する成層火山であり, 山頂部は大雪山の永久凍土帯と同程度の標高を持つ. 気候モデルを用いたYokahataほか(2022)の研究によると,羊蹄山山頂部にも永久凍土の存在可能性が示唆されているが、実際の地温観測はこれまでに行われていない. そこで永久凍土の存在の有無を含め, 土壌凍結環境を把握するため, 羊蹄山山頂部西側の風衝地を中心とした地温・積雪観測を開始した.

     山頂北西部(標高約1800~1850m)で調査を行った. 山頂外輪の北西側緩斜面の風衝砂礫地(北山)を9m深地温の観測点に選定した. 2021年10月から0m, 0.5m, 1.0m, 1.5m, 2.0m, 2.5m, 3.0m, 4.0m, 5.0m, 6.0m, 7.0m, 8.0m, 9.0mの計13深度で観測を開始し, 2022年10月までの約1年間の地温データを取得した. 比較対象として地表面温度をケルン, 鞍部で観測した. 積雪深観測は2022年3月10日, 4月10日, 5月21日に実施した. 各観測点で, ゾンデを積雪に鉛直に5回突き刺し, そのうち最大値を積雪深とした.

     北山における9m深までの地温の鉛直プロファイルによると、2021~2022年の年最大凍結深は約2.2mと推定され, この地点では永久凍土の存在は確認されなかった. また, 未凍結の深度において地下水の移動に起因すると考えられるスパイク状の地温の変動が頻繁に生じており,この変動後に地温の上昇がみられた. ケルンにおける年平均地表面温度は, 北山よりも約0.6oC低かった. 3月の積雪深は北山で54cm, ケルンで25cmであったことから, ケルンのほうが積雪による断熱効果が小さく, 大気から土壌への冷却が伝わりやすい条件だったと考えられる. また, 札幌の高層気象観測データとして得られている800hPa面の9時および21時の気温データに基づくと, 地温観測期間における羊蹄山山頂部の気温は, 平年よりも高かったと考えられる. さらに, ケルンは北山よりもピーク状の位置であり, 地形の違いから地下水の移動によるスパイク状の地温変化が起こりにくいとすれば, より寒冷な地温プロファイルになる可能性もある. 今回の北山での観測では,永久凍土の存在は示唆されなかったが,ケルンや類似するピーク状の地点では,永久凍土の存在する可能性は残っている.

  • ベルリンの借家人組合誌MieterEchoに着目して
    小島 千佳
    セッションID: 632
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    Ⅰ 問題の所在 2000年以降のジェントリフィケーション研究では,ジェントリフィケーションの発生要因の解明から,それがもたらしている影響を明らかにすることへと問題設定が移行している.このシフトを早くから展望していたvan Weesep(1994)は,ジェントリフィケーションが都市政策に与える影響を捉える必要性を提起した.その一方で,Slater et al.(2004: 1142)がvan Weesep以後の研究蓄積を概観し指摘したように,ジェントリフィケーションが住民へもたらす影響は長らく問われてこなかった.2000年代中葉以降の議論では,このように立ち退きdisplacementが不可視化された研究状況を乗り越えようと,立ち退きの範疇に物理的な移動のみならず,心理的な疎外感も含めるようになった.さらに近年では,場所から立ち退かされないための対抗的諸実践に着目する研究も蓄積されている.ここで住民は,立ち退かされる客体としてではなく,抵抗の主体として位置付け直されているのである.本研究では,ドイツ・ベルリンにおける賃貸不動産市場の変容や,住宅政策の展開を借家人運動の視座から検討する.そのために,本発表では借家人組合MieterGemeinschaftの雑誌MieterEchoの分析を通じて,変化するベルリンの状況を借家人がどのように捉え返し,何を問題としているのかを提示する.

    Ⅱ 研究対象地域 ベルリンは,歴史的に借家割合が高い「借家人都市Mieterstadt」であり,例えば2018年では居住者のある住宅のうち82.6%が借家である(Amt für Statistik Berlin-Brandenburg, 2019: 6).借家人が量的に優位な状況は,その可視性を高め,組織化を促し,歴史的にも多くの借家人組合や団体が設立された.現にベルリンでは,アパート,ブロック,地区,市のスケールで,様々な団体が活動している.とはいえ,東西統一以後にベルリンの再首都化が進められ,インナーシティではジェントリフィケーションが起こる中で,借家が置かれた状況は変容してきた.借家の所有者構造に着目すると,社会住宅の数が減少する一方で,民間所有の借家が増加していることが確認される.これは2002年に断行された市有の住宅建設会社が所有する住宅の民間売却が,一つの契機となった.市場価格で取引される賃貸住宅の増加は,慢性的な住宅供給不足と重なりながら,家賃の高騰をもたらしてきた.ベルリンにおける借家人の生活の困難さは,2010年代中葉以降「家賃狂騰Mietenwahnsinn」という共通認識を形成し,借家人運動の活性化へとつながった.2021年には,一定条件を満たす賃貸住宅の公営化をめぐる住民投票も行われている.

    Ⅲ 「新たな住宅問題」と借家人運動 ヨーロッパにおけるドイツの特殊性として,Belina(2018)は2007年の金融恐慌後に建設投資が伸びた唯一の国であることを挙げ,その多くが都市部における高級住宅建設に対する投資であると指摘する.ベルリンも例外ではなく,そのような住宅の金融化が引き起こされた舞台の一つであり,これが現在では「新たな住宅問題」としてみなされている.その一方で,2016年にはベルリンの人口の約半数が,社会住宅への入居資格を理論上満たし得るという所得の状況も生まれていた(Investitionsbank Berlin, 2017).すなわち,居住者の所得水準と実勢家賃との乖離により,継続居住が困難な状況が生じているのである.本発表では,以上のような住宅市場の金融化と社会住宅の不足に着目しつつ,借家人組合誌MieterEchoの2016年から2019年までの情報を整理し,ベルリンの借家人運動の成果を示す.

  • 植木 岳雪
    セッションID: P055
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    1.はじめに四国南東部,高知県室戸市の佐喜浜川上流部には,「加奈木のつえ(加奈木崩れ)」と呼ばれる大規模な深層崩壊地(崩壊型地すべり)が分布する.加奈木のつえの発生時期と誘因は,1707年(宝永4年)の宝永地震というのが通説であるが(千木良ほか,1998など),それらは100年以上後の古文書に依存している.植木(2020)は,崩壊堆積物が渓流をせき止めた場所で長さ5.5 mのボーリング掘削を行い,コアから複数の14C年代を得た.そして,加奈木のつえの初生年代は,通説のように江戸期後期ではなく,後期更新世に遡るとした.今回,その近傍で長さ21.2 mのボーリング掘削を行い,天然ダム堆積物を採取した.以下に,そのコアの層相を記載し,天然ダム堆積物の14C年代から,加奈木のつえの初生年代を決定する.2.ボーリングコアの層相と年代 コアは,深度0〜0.23 mの土壌(A層),深度0.23〜9.49 mの渓流の堆積物(B層),深度9.49〜17.70 mの天然ダム堆積物(C層),深度17.70〜19.58 mの渓流の堆積物(D層),深度19.58〜21.20 mの基盤の砂岩(E層)の5層からなる. C層の深度10.33〜10.36 mのシルトから17,500±60年前,深度13.41 mの植物片から150±20年前,深度15.42〜15.65 mのシルトから18,110±60年前,深度17.63 mの土壌塊から710±20年前の14C年代が得られた.3.天然ダム堆積物の年代と加奈木のつえの初生年代 C層からの4つの14C年代のうち,深度13.41 mと深度17.63 mの年代は,それぞれ掘削時に地表付近の植物遺体と土壌が落ち込んだことによると思われる.一方,深度10.33〜10.36 mと深度15.42〜15.65 mの年代は層序は整合的であり,有意であると考えられる.植木(2020)によって,B層の上半部から9,230〜21,720年前の3つの14C年代が得られているが,2つの年代はC層の年代よりも新しく,層序と整合的である.これらから,天然ダム堆積物は約1.8万年前の後期更新世に600年程度で堆積したと考えられる.したがって, 加奈木のつえの初生年代は通説のような江戸時代後期ではなく,後期更新世に遡ることが分かった.引用文献:千木良ほか(1998)日本応用地質学会平成10年度研究発表会講演論文集,61-64.植木(2020)日本地理学会発表要旨集,2020a (0),49.

  • 上杉 昌也
    セッションID: 503
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    I 研究の目的

     高齢化の進展に伴い,地方都市や郊外においても空き家の増加は問題となっており(由井ら2016),既存空き家の利活用だけでなく空き家の発生を未然に防ぐことも必要である.空き家発生の防止には,地域住民などの関心の高さが関連していることも示唆されていることを踏まえ(清水・客野2019),本研究では福岡都市圏の郊外部に位置する福岡県宗像市の自由ヶ丘団地で実施した実態調査に基づいて,近隣空き家に関する住民の認識と自身の対策状況について明らかにすることを目的とする.本団地は,1960年代後半から段階的に丘陵地で開発されてきた戸建住宅を中心とした住宅地(令和2年国勢調査では,人口14,420人,高齢化率30%)であり,地形や生活利便施設へのアクセス,年齢構成などの点で団地内の地域差が大きいという特徴もある.

    II 調査方法

     本研究では自由ヶ丘団地(18地区)の全戸建世帯を対象に,アンケート調査を実施した.調査項目は,世帯の基本属性のほか,今の住宅の状況,今後の意向,将来に向けた対策等である.調査票は,2022年11月にポスティングにより配布し,郵送もしくはWeb経由で回収した.有効回答数は1,544票,回収率35%であった.

     回答者の基本属性として,世帯主の年齢は60歳以上が7割を超えており,世帯人数は単身世帯を含めて2人以下の小規模な世帯が6割を超える.また地区の開発時期により地域差はあるものの,20年以上住んでいる人が6割を超えるが,2020年以降に転居してきた世帯も5%程度みられた.

    III 分析結果・考察

     近所での空き家発生に対して関心がある回答者は全体で6割程度であり,そのきっかけとして近所での空き家の発生が最も多く,続いてメディア報道などが挙げられた.また,近隣空き家に関する認識に関して,近所での空き家の問題化が予想される時期について尋ねたところ,「既にしていると思う」と「10年以内にすると思う」を合わせて約5割を占めるが,地区間での差異も大きい.開発時期が古い地区や高齢化が進む地区で早期の問題化を予想する人が多いが,同じ地区内でも認識が分かれており,単身者や近所付き合いの多い居住者でその傾向が高い.

     一方,将来自身が住まなくなった場合の今の住宅について,現状のままもしくはリフォーム・建て替えして「親族が入居予定」と考えている回答者は全体で4割に満たず,売却予定も同程度の割合となっている.「わからない・未定」も約3割と多く,空き家になる可能性も高いと考えられる.また,家の相続や継承など将来に向けた対策について,「既に行っている」もしくは「今考えている」のは全体で2割に満たず,「これから対策を考える」と「特に対策は考えていない」がそれぞれ4割弱を占めることからも,今後,空き家予防のための啓発等が課題となることが示唆される.

     近隣空き家に関する認識との関連では,空き家発生への関心が高く,早期の空き家の問題化を認識している人ほど,今の住宅の売却意向が高く,将来に向けた対策も既に行っているか,今考えている傾向が高くなっている.これらのことから,地区特性に応じて,居住者の空き家に対する意識を高めていくことも空き家予防において重要であると考えられる.

  • ――2m格子DEMによる
    阿子島 功, 坂井 正人
    セッションID: 238
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    目的】ペルー南部ナスカ台地の地形図は縮尺1:50,000図(間隔25m等高線と涸れ谷線)および主部の1:10,000地上絵分布図(主曲線間隔10m、面上5m 国土地理院1993)がある。地域の地形を説明する中縮尺地形分類図、地上絵の保全のための大縮尺(微)地形分類図はなかった。LiDARによる2×2mDEMを用いて中・大縮尺の地形分類図の作成を試みた。あわせてわが国における地形分類のDEMの利用の履歴を振り返る。ナスカ台地の大縮尺空中写真・人工衛星画像処理を利用した微地形分類については別に述べる。

    地形概要】アンデス山地西麓、海岸から約50km内陸にあるナスカ台地は広がり約20×15kmの開析扇状地である。扇面高度は約500~300m、南・西・北は段丘崖(比高約20~180m)、東は丘陵(比高200m前後)に限られる。丘陵の麓に小さく急な扇状地群が台地面に張りだしている。これらの水系を集めるマホエラス川を境に北西側の台地表面は暗赤色の(安定)部分が多く、地上絵の集中地区であり、南東側は台地面が総体に明色であり地上絵は少ない。南東側は浅い谷(ケブラダ。通常涸れ川)が多く、稀な強雨の流水によって河床が更新され、粘土質砂が堆積する。台地面では日常的に風成砂が舞うが集積するところはほとんどなく、礫原である。礫層の露出が風蝕・水蝕に抗する効果を持つ。

    図化範囲・地上絵・DEM・空中写真】地上絵が密なナスカ台地北東部の東西4.8km、南北4kmの範囲を例示する。LiDARの2×2m格子DEMを用いた(1×1mDEMでは精粗あり)。地上絵は2種あり、図形 (線・矩形など。現地観察では堤の比高が10~数10cm)を間隔5cm・10cm等高線図で図化できるが、図像(動物・植物などの絵。線幅数10cm、比高10cm未満)はまったく認識できない。Quick Bird画像(分解能0.6m)、Google Earth画像でみえる図像は色の違いや影で認識していることが判る。

    中縮尺地形分類図の仕様例1:25,000地形分類図の例1 等高線間隔2m,線幅0.3mmで段丘崖は単色ぬりつぶしとなる。傾斜3度以上の点群によってケブラダの岸、点密度の差で北東部丘陵麓の扇状地群の新旧判別ができる。水系を0.4mm線で加える。例2 丘陵麓の扇状地群の新旧判別は尾根型格子点の密度×等高線密度でも読める。

    大縮尺地形分類図の仕様例】 1:3,000図にて扇面上微起伏と図形との対応例 ケブラダと地上絵図形との切りあいは等高線間隔0.5m(線幅0.5mm)と凹斜面 (TPI 0未満)の表示で検討できる。1:1,000図にて扇面上微起伏と図像の対応例 等高線間隔を5cm(線幅0.4mm)とし、凹斜面 (TPI 0未満) のみを表示。図像の写真画像のトレース線を重ねると、強雨時に地上絵が損傷されやすい箇所を説明できる。局所的で不定形あるいは図形内の白い粘土質砂の分布は扇面上の狭い雨域で洪水流が生じたことを示唆する。図形内で顕著なのは礫が人為的に攪乱除去されたためである。

    DEMによる地形分類】1985年頃国土調査土地分類1:50,000地形分類に傾斜区分への転換が検討されたが、当時の傾斜区分は等高線図から手くくりであったため、中縮尺図の傾斜区分の意味や各県分類方式の継続性から導入された例は稀であった。50mDEMの利用(中縮尺図で尾根・谷を表現)を経て、5mDEMによってようやく実用化された。その限界の一例は2022春大会で示した。今回の2mDEMによる地形表現は点群による色表現であり、点群を総括したくくり線はないので分類図と呼べるかは議論の余地があるが、分類図は用途によって仕様が選ばれてよいと思われる。

  • 研川 英征, 宮下 妙香, 山中 崇希, 森 今日子, 大田 寛之
    セッションID: P009
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    1.はじめに

    国土地理院では,市区町村等と連携して自然災害伝承碑の整備を進めており,2019年6月より国土地理院のウェブ地図「地理院地図」(https://maps.gsi.go.jp/)に掲載を開始し,2020年8月には地理院地図に掲載されている情報を自然災害伝承碑データとして国土地理院のウェブページ(https://www.gsi.go.jp/bousaichiri/denshouhi_datainfo.html)からダウンロード提供を開始した.また,2021年11月から「ハザードマップポータルサイト」(https://disaportal.gsi.go.jp/)でも掲載を開始した.合計掲載数は2022年12月8日現在で全国509市区町村1736基となる.

    自然災害伝承碑データには,①ID,②碑名,③建立年,④所在地,⑤災害名,⑥災害種別,⑦伝承内容,⑧自然災害伝承碑の位置座標(10進経度,緯度)が含まれており,災害名や建立年での検索,並べ替えなど,様々な活用が可能である.

    本論では,自然災害伝承碑データの分析事例として,建立年による時系列分布のグラフ化,災害名による地理的分布の作図を行ったので,その結果について述べる.

    2.建立年の時系列分布

    自然災害伝承碑データの建立年に着目し,任意の時代を選び,年毎の基数でグラフ化すると,建立年の時系列分布を見ることができる.

    とくに明治以降の建立数を見ると,例えば1896年明治三陸地震の直後である1897年,1923年関東大震災の直後である1924年及び1927年,1933年昭和三陸地震の直後である1935年,2011年東日本大震災の直後である2014年の建立数が多い.当該年におけるデータの内訳を見ると地震に関する碑が多く,そのうち1935年及び2014年は,津波に関する碑の割合も多く,それぞれの災害の影響であることが伺える.

    3.災害毎の地理的分布

    自然災害伝承碑データの災害名に着目しマッピングすると,災害毎にその地理的分布を見ることができる.明治三陸地震,昭和三陸地震及び東日本大震災では太平洋岸の同じ地域で繰り返し災害が発生していること,関東大震災では東京や神奈川だけでなく伊豆半島や房総半島のほか内陸の山梨県や埼玉県まで広域に分布していることが分かる.

    4.まとめ

    本検討によって, 自然災害伝承碑データの分析から災害毎に特徴的な分布があることなどが明らかとなった.これらのことは,我が国は数多くの自然災害に見舞われていること,そして先人が自然災害伝承碑を後世まで遺してくれていることの理解に繋がり,防災・地理教育などにおける活用可能性も期待される.

    引き続き自然災害伝承碑の整備と公開を進めていき,地域の災害教訓の伝承に基づく防災・減災に寄与する取組を進めたい.

  • 中澤 高志
    セッションID: 332
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    Ⅰ プロジェクト全体の問題の所在 人口減少と労働力不足に直面している日本では,外国人労働力に対する期待と不安が共存している.その期待と不安は,政府があくまでも移民ではない形で労働力を輸入し続けていることに表れている.そうした社会の期待と不安や,政府の労働力政策の現状とは離れて,自らの意思に基づいて日本で学ぶ留学生は,現に多数存在する.一連のグループ発表は,多様な空間スケールにおける社会環境の下で,モビリティを生きる主体としての留学生がいかなるライフコースを編成しているのかを明らかにすることを目的とする研究プロジェクトの成果の一端である. 本プロジェクトは,2つの領域からなる.第一は,別府市におけるX大学開学後の空間・社会の変容と,留学生の生活空間・生活経験に関する領域である.これは,留学生のライフコースの編成を,別府というローカルを起点としてナショナルからグローバルにまたがる重層的な社会環境に位置付けて理解する問題意識に立脚しており,中澤報告はこの領域の大枠を提示する. 第二の領域は,留学生のライフコースを国籍別に把握し分析するものである.日本への留学および留学後のライフコースに関する意思決定は,それぞれの国における留学および留学先としての日本の意味づけや評価に大きく左右される.松宮報告は,日本への留学のもつ意味がモンゴル社会において変化してきた経緯に力点を置いた分析である.森本報告は,近年増加が著しいネパール人留学生について,留学生送り出し機構や留学生内部の差異(大学と日本語学校教育機関など)に言及しつつ,モビリティを生きる主体としての側面に焦点を当てる. 2つの領域における研究は,教育に関連するモビリティ一般へと研究を展開していくための起点をなす.その展開を先取りした申報告では,ニューヨーク駐在を子弟教育の好機としながらも任期終了後の教育の見通しがつかないという,韓国人駐在員の葛藤状態が分析される. Ⅱ 留学生の増大とステューデンティフィケーション  2000年に開学したX大学は,国内/留学生,日本人/外国籍教員の割合が約半々で,英語による学習で学位が取得できる新しいタイプの大学である.700人程度であった別府市の外国籍人口はX大学の開学を契機に激増し,ピーク時の2010年には4,500人超,留学生数は3,500人超に達した.X大学の学生の半数は留学生であり,国内学生の大半も下宿生である.別府市では,住宅をはじめとする学生の生活需要を満たすために,都市が空間的にも社会的にも変化するステューデンティフィケーションが発生したのである.  X大学の留学生は,1回生時は別府を見晴らすキャンパスに隣接する寮で集団生活をし,2回生になるとここを出て市街地(「下界」)に移り住む.留学生は基本的に公共交通に依存しているため,居住地は大学に向かうバスルートに規定される.バスが高密度で運行し,重要な生活インフラであるととともにアルバイトの機会でもあるロードサイド店舗が数多く立地する国道10号線沿いは,特に人気の居住地である.  X大学開学以降,別府では学生向けワンルーム物件が数多く建設されたが,週28時間という就労時間制限の中で自活を迫られている留学生にとって,約4万円の家賃負担は重い.そこで,物件をシェアすることで,家賃を節約している留学生が多い.「下界」での留学生の流動性は比較的高く,一人暮らしからシェアへの移行やその逆も頻繁に行われている. Ⅲ 多文化共生・国際観光都市としての別府  別府では2010年ごろからのインバウンドの拡大により,低迷していた観光業が復興の兆しを見せ始めた.ここにX大学開学を契機とする社会変容が重なり,別府は伝統的温泉地から多文化共生・国際観光都市としてのアイデンティティを獲得するに至った.留学生は,インバウンドで活性化した観光業を支える重要な労働力でもあり,宿泊施設や飲食店でのアルバイトを通じて日本語経験を積んでいく.日本語が苦手でも,布団の上げ下ろしなど,裏方のアルバイト機会も数多くある. X大学では,90カ国から来日した留学生が学んでいる.それは,建学の理念を実現した成果であるとともに,二国間関係の悪化といったリスクを分散するための戦略の帰結でもある.別府最大の宿泊施設であるSホテルは,こうして獲得された留学生の文化的多様性を積極的に活用し,主要言語に限らない多言語対応を可能としている.Sホテルで働くX大学の留学生は多く,マイクロバスがキャンパスまで学生アルバイトを迎えに来る. 2023年度には,X大学に観光系学部が新設される.ここで育成される文化的多様性に富んだホスピタリティ人材が,多文化共生・国際観光都市である別府にどの程度根付くか注目される.

  • 後藤 秀昭, 杉戸 信彦
    セッションID: 240
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    1. はじめに  陸上の変動地形の研究では,10年程前から数値地形データが重要な役割を果たすようになった。国土地理院による数値標高モデルの整備,公開とともに,解析ソフトの高性能化や普及を背景とした多様な地形表現の検討が後押しして,空中写真や地形図とは異なる重要な資料として利用が進んでいる。空中写真では観察困難な場所の変位地形を読み解く研究や,数値標高モデルによる地形表現の特性を活かし,長波長の変形や変位基準の検討が行われた(後藤・杉戸2012,後藤2015;Goto2017,Goto2018など)。一方,海底の活断層については,我が国では主に海底下の探査記録の判読に基づいて,活断層の位置形状や特性の検討が続けられている。そのようななかでも,マルチビームによる測深調査により詳細な海底地形の情報が得られるようになり,陸上と同様に地形表現を工夫することで,海底地形から活断層の位置や形状が明らかにできることが示された(泉2013,Goto2022など)。陸上と同様に,地形と地質の両方の情報から海底の変動地形や活断層を検討できる時代を迎えたと言えよう。海底の活断層と関連があるとされ,研究蓄積のある完新世海成段丘の分布する地域の周辺海域では,具体的な活断層や変動地形を見いだす積極的に研究が可能と思われる。測深調査を行うとともに,変動地形学的な判読を行い,沿岸部の陸域と海域を繋いだ変動地形学の推進が望まれる。そこで,本研究では,隆起速度が速く,多段化した完新世海成段丘が分布する房総半島の南方沖および,喜界島南東沖の海底を対象に,これまでよりも数倍の解像度を有する数値標高モデルを作成し,変動地形学的な地形判読によって活断層による地形を見いだした。2.海底地形データと地形画像の作成  本研究では,海洋研究開発機構のデータ公開サイトに格納されていた対象地域の測深データをすべて入手した。海上保安庁の測深データを含め,多数のデータの蓄積が確認できた房総半島周辺では,これらのデータを精査し,重ねあわせて1.5秒(約45m)間隔のDEMを作成した。一方,喜界島沖では,海底地形図による100m間隔程度の等深線表現の地図程度しか整備されておらず,資料が絶対的に不足していた。そこで,本研究において測深調査を依頼し,約7m間隔のDEMを作成した。これらとJ-EGG500(500m間隔),陸上の1秒間隔のALOS World 3DのDEMをSimple DEM Viewerに読み込み,Goto(2021)に準じて等深線付きの地形アナグリフを作成し,変動地形学的に判読した。3.房総半島南沖の変動地形  房総半島南端付近には4段の完新世の海成段丘が知られ,最低位面は1703年元禄関東地震によって形成されたとされる。これらの段丘面の分布高度からは房総半島南方約15km沖付近に分布する東西方向の海底活断層が隆起をもたらしたとされている。この海底活断層については探査記録の判読(活断層研究会編1991)や5秒間隔(約150m間隔)のDEMに基づく地形画像の判読(泉2013)によって推定されている。本研究で作成した1.5秒メッシュの地形画像に基づくと,これまで推定された場所周辺に,海底の扇状地面を横切る撓曲崖が連続し,一部では撓曲崖が併走する様子が読み取れた。地形的特徴から逆断層による変形と推定される。相鴨海底谷の北縁に全長約50km程度で延びており,海底活断層の位置と形状が精度よく認定できたと考える。4.喜界島南東沖の変動地形  喜界島の南端から南東に約8km沖合までは-90~30mの台地状の地形が広がる。この台地面のうち,-50m以浅の部分には閉ざされた凹地を含む比高10m以下の小刻みな凹凸のある地形が確認でき,Matsuda(2010)によれば,一部で造礁サンゴや石灰藻などの浅海性造礁生物が確認されている。この台地面には北西側に北西落ち,南東側で南東落ちを示す断層に挟まれた北東―南西走向の地塁状地形が認められる。北西落ちの断層崖は台地面を約10m変位させており,台地の北東延長の台地の斜面や,南西延長の-350mの平坦面にまで連続する。一方,台地の南東縁は南東傾斜の凸型斜面によって限られ,その斜面に複数条の低断層崖が発達する。低断層崖の南西延長は-500m付近の平坦面上に発達する比高100mの断層崖に連続する。これらの地形的特徴から北西傾斜の逆断層とそれに伴う上盤の二次的な変位の可能性が高い。さらに,喜界島の南約1km沖からは,平滑な斜面の途中に比高10m以下の急崖が南西へ約4km延びており,断層崖と考えられる。この断層崖は,直線状を成す喜界島南東縁とほぼ同じ方向で,南東縁延長に延びている。喜界島周辺には北東―南西方向の島の長軸とほぼ同じ方向の活断層が発達していることが解った。

  • 吉田 圭佑, 中山 大地, 松山 洋
    セッションID: 104
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    はじめに

     多くの山間部を抱え大雨や地震,火山活動の多い日本では土砂災害が年間で1,000件近く発生している。土砂災害は早期の災害の全容把握が困難であることに加え,道路等が被害を受けている場合や,二次災害のリスクがある場合など救助活動や復旧活動が困難なケースが多い。こうした場合,従来では航空機による航空写真の撮影とそれらの写真の判読によって対応がされてきた。しかし,それらの手法は膨大な時間と労力がかかることを堀江ほか(2019)は指摘している。しかし,既存の光学衛星から撮影された衛星画像から機械学習を用いて検出すれば少ないコストでなおかつ迅速に土砂災害発生箇所を特定できると考え,本研究に至った。

    対象地域と研究手法

     本研究では平成30年北海道胆振東部地震により震度7を観測し,大規模な土砂災害が発生した北海道勇払郡厚真町と,平成29年7月九州北部豪雨により土砂災害が発生した福岡県朝倉市に対象地域を設定した。

     本研究では光学衛星Sentinel-2が撮影した災害発生前後の画像から算出した説明変数と,DEMから算出した説明変数の双方を用いて決定木分析を行った。光学衛星画像から算出した説明変数は,各バンドの災害発生前後の反射率とその変化量,災害発生前後のNDVI,GSI(Grain Size Index)の値とその変化量である。また,DEMから算出した説明変数は傾斜角と,本研究で独自に定義したDSE(Difference from Smoothed Elevation)である。DSEは尾根地形である場合には正の値,谷地形である場合には負の値を示す。これらの説明変数のうち,厚真町の説明変数のみを用いた厚真モデル,朝倉市の説明変数のみを用いた朝倉モデル,厚真町と朝倉市の双方の説明変数を用いた厚真+朝倉モデルを作成し,厚真町と朝倉市の双方における検出精度の評価を行った。

    結果

     厚真モデルは厚真町の対象地域においてカッパ係数 0.689,正解率90.4%と高い精度で検出することに成功した。また,朝倉モデルは朝倉市においてカッパ係数 0.549,正解率 89.5%と比較的高い精度での検出に成功した。一方で,厚真+朝倉モデルは厚真町においてカッパ係数 0.690,正解率 91.0%,朝倉市においてカッパ係数 0.540,正解率 89.7%と,厚真町と朝倉市の双方の対象地域において,各対象地域のみを説明変数とするモデルと同程度の検出精度をもつことを確認した。

  • ー地球規模で詳細にマングローブ林の分布を把握する企画ー
    宮城 豊彦, 井上 智美, 三浦 真吾, 馬場 繁幸
    セッションID: 219
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    国立環境研究所の企画研究として、世界規模でのマングローブ林分布図の作成事業を実施している。アジア・太平洋・オーストラリア大陸の図化を完了している。図化は、世界各地のマングローブ林を実際に確認してきた経験知と最近のオープンデータの高精度オルソ画像の目視確認、その下敷きデータとして既に報告されたリモートセンシングの成果をも用いている。今回は、乾燥地域での森林分布変動について新たな知見を得たので報告する。

  • アンケート調査からわかった懸念点とその解決策
    森田 泰史
    セッションID: 443
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    2022年度から高等学校において「地理総合」が必履修科目として開始された。「地理総合」の大項目には地図や地理情報システム(以下、GISとする)の活用が掲げられている。地理情報に関する技能を身につけることが、これからの情報化社会を生きていく上でも重要であると期待されている。そのような地理情報をキーワードに、開始された「地理総合」の現状から導かれる懸念点とその解決策を検討したい。2022年9月に大阪府の高等学校で地理科目を担当する教員にアンケート調査を実施した。総配布数は268票で回収数は61票(ただし、1校は2名の教員からご回答を頂いた)で、有効回答は60票だった。回答を頂いた教員の専門科目は、地理科目を担当している教員を対象としたため、地理が専門の教員が56%と最も多いが、歴史や経済専門の教員が一定数存在する。特に地理歴史科であるため、日本史と世界史が専門の教員がそれぞれ約2割と多い。GIS学習への不安の有無を地理が専門科目であるかどうかでクロス集計を行った。地理が専門ではない教員の3分の2程度が不安を感じている一方で、地理が専門の教員も半数が不安を抱えている。地理が専門ではない教員は、やはり半数以上がGISを使用したことがなく実際に指導できるかを不安に感じている。地理が専門の教員はGISを使用したことがあるからこそ、実際に受験指導も踏まえた授業の中でどの程度まで指導するかに悩んでおり、時間不足という点も懸念している。実際に教員が使用しているGISに関しては、地理が専門の教員はスタンドアローン型 GISとWebGISの両方を活用している。それに対して、地理が専門ではない教員はWebGISの使用がほとんどである。無料で公開されており入門書も販売されているようなQGISやMANDARAさえも使用が少ない状況である。しかし、WebGISでもレイヤを重ねて表示したり2画面表示したりするといったGISを活用する目的は果たされる。GISに対して難しく考えてしまい使うことが目的化しているのが教員の苦手意識につながっているのではないだろうか。あくまでもGISは分析や考察、解釈をするためのツールである。GISを踏まえて地理情報に関する技能の全体を捉えた指導が求められる。教員は地理情報とそれに関する技能を学習することの重要性は十分に理解している。しかし、GISが有意義であることはわかっていても、具体例を示すだけに留まった授業になってしまいそれ以上に発展させるための余裕もしくみもない。これが地理教育の現場の現状である。専門科目や地理への苦手意識に関係なく、高いクォリティで授業を展開できるような工夫が必要不可欠である。地理科目が専門科目であるかどうかにかかわらず、高いクォリティの地理科目を展開していくには、教員自身の専門性を強みにすることが必要である。歴史が専門の教員は弱みと感じるのではく、考察や解釈で歴史的な見方・考え方を用いることで強みに変換できる。また、地理情報に関する技能を分割してみると、歴史だけでなく他教科との関連の中で指導できるのではないだろうか。これを「教科横断型地理情報」として学習することで、多面的で多角的な考察する力を涵養できると考える。さらに、地理科目が他教科との関連の中で必要不可欠なものとなることで、これからも必履修科目に定着していくきっかけになるだろう。

  • 佐藤 寛輝
    セッションID: 603
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    1.研究課題と研究対象地域

     本研究は宮城県角田市を事例に,大規模水稲作経営体の農業経営における技術導入に着目し,技術導入の目的と効果,導入プロセスを検討することで,水稲作の存続要因の一端を明らかにすることを目的とした.

     角田市では近年,農業経営体数の減少が続いている一方で,農地集積などにより1経営体あたりの耕地面積が拡大している.また,角田市は宮城県内の中でも大豆など米以外の作物への転作割合が低く,水稲作経営における技術導入に着目するうえで,適切な地域といえる.

     本研究では,2021年11月~2022年11月にかけ,角田市役所農林振興課および12の水稲作経営体に対し聞き取り調査を実施した.

    2.水稲作経営体による技術の導入

     角田市では市営または県営の圃場整備事業が1970年代ごろから実施された.市内における圃場整備済みの水田は約2,751haであり,市内における水田の65.9%である.1990年以前に圃場整備事業が開始された地域では,水田1枚あたりの面積が10a~30aと狭いため,機械の大型化による作業の効率化が困難である.このため,農地集積の進んでいる地域に圃場を所有する経営体は,「合筆」と呼ばれる隣り合った2枚以上の水田を1枚にする作業を実施することで,作業の効率化を目指している.

     経営規模を拡大している水稲作経営体は,その経営維持のためにスマート農業をはじめとした,さまざまな農業技術を導入している.これらの導入の背景としては,人的要因と土地的要因がみられる.

     人的背景では,経営規模拡大への対応として,作業の省力化や労働力の確保が導入理由として挙げられている.例えば,直進アシスト機能付き田植え機の導入は,組合員や家族といった労働力の効率的な活用につながっている.

     土地的背景は,農地集積により土壌や圃場の面積といった圃場条件が多様化したことへの対応が導入理由として挙げられる.例えば,レーザーレベラーを用いた「合筆」による作業工数の削減などの経営効率化や,広大な圃場でのUAVを用いた防除などが挙げられる.

    3.技術導入のプロセス 

     これらの技術の導入プロセスは,認知段階と検討段階の2段階に分類される.導入プロセスにおける認知段階では,主に展示会や経営体間での交流により技術の存在を認知する能動的認知と,農業機械メーカーの営業担当による宣伝により認知する受動的認知の2つが挙げられた.特に農業機械販売店や農業協同組合の主催する農業機械の展示会は,経営主やその家族,法人であれば従業員にとって,新しい農業技術を知る場所としての意味を有しているといえる.

     技術を認知した経営体は,技術の導入前に農業機械メーカーの所有する「実演機」を借用し,自身の農業経営や圃場条件に合致した技術であるか評価したのちに導入している.

     以上のことから,技術導入は大規模水稲作経営体の存続要因の一部となっており,「認知する場所」と「試す機会」の両者こそ,技術導入を可能にする地域基盤として重要であるということが明らかとなった.

     スマート農業をはじめとしたさまざまな技術の導入は,経営体の経営維持につながっており,これは日本における農業の維持・存続につながっていくと考えられる.その中で,今回事例として取り上げた角田市では,農業機械メーカーおよび販売店,そして県レベルの農業協同組合といった組織・団体による各種営業・営農支援活動などが,経営体による水稲作経営を支えていた.技術の普及にかかわる組織・団体は,今後も実演機の貸し出しや各経営体に合わせた営農・技術情報の提供を拡充することにより,経営体を支える必要がある.

     本研究では角田市に水稲作経営体の存続について,農業技術の導入を指標に検討した.しかし水稲作の存続には,技術導入以外にも耕畜連携や出荷先の多様化,農地集積など様々な要因があると考えられる.本研究にて検討には至らなかったこれらの存続要因については,今後の課題としたい.

  • 渡辺 秀文
    セッションID: S302
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    1.はじめに 火山噴火災害対策における重要な要素として以下が挙げられる:1)火山噴火に関する基本的な理解(火山学的知見,噴火履歴,災害要因と予測),2)火山活動状況の把握と評価,3)的確な火山情報発信,4)迅速な防災対応.また,効果的な火山災害対策のためには,関係者(自治体の防災担当者,防災関係機関,火山専門家など)の連携により事前に実効的な避難計画を策定するとともに,平常時から関係者で情報および認識の共有を図ることが重要である. 東京都火山防災協議会では,2016〜2020年,足かけ5年をかけて伊豆諸島6火山(伊豆大島,三宅島,新島,神津島,八丈島,青ヶ島)の火山避難計画を策定した.以下にその概要と最近の活動状況を報告する.2.火山避難計画策定の方針避難計画策定においては,具体的,実践的,防災対応のイメージが容易なものとすることを目標とした.そのため,想定される多様な火山活動を防災対応の観点でケース分けし,防災関係機関の役割・連携を明記し,なおかつ,できるだけコンパクトにし,いわば座右の作戦要領となるように工夫した.また以下の点に留意した:島ごとの自然・社会的条件の特性の考慮,避難対象者の類別,島外避難の判断要素の整理,緊急時の避難の検討に必要な詳細情報(避難方法,経路,所要時間など)及び防災対応において必要となる関連資料の整理収録,3.火山避難計画の構成と内容避難計画は本編,マニュアル編,附属資料で構成され,その概要を以下に列挙する.本編:基本情報(自然・社会条件,噴火履歴),想定される火山活動(噴火ケースと火山現象,噴火事象系統樹,災害要因とハザードマップ,噴火警戒レベル),平時の備え,避難計画の基本方針,噴火警戒レベルと避難対応の目安,立ち入り規制・警戒区域,避難情報,避難対応,防災関係機関の役割.マニュアル編(噴火警戒レベル別):防災関係機関の体制と対応,島外関係機関の対応(島外避難),詳細資料(島内/島外避難:方法・経路・所要時間など).附属資料:火山観測体制,防災関連施設,移送手段,関係機関連絡先,立入規制箇所,表示板設置予定箇所,広報文例,表示板・規制看板例,火山防災に関する情報,火山用語.4.伊豆諸島の火山観測体制と最近の活動状況 気象庁,防災科技研,国土地理院,東大地震研及び東京都が連続観測を実施し,必要に応じて観測データが共有されている.東京都庁で収集処理された観測結果は,伊豆諸島の役場でもネットワーク経由で参照可能になっている.最近の活動状況を以下に列挙する.伊豆大島:1986年噴火後,マグマの蓄積が進行中.三宅島:2000年噴火後,マグマの蓄積が進行中.新島・神津島:周辺で地震,地殻変動発生.八丈島:2002年に噴火未遂事件が発生.西山周辺でやや深い地震が散発的に発生.青ヶ島:島内及び周辺は静穏.中央火口周辺で地熱活動.5.火山防災の課題伊豆諸島6火山の火山防災のさらなる向上のための重要な課題として,以下が挙げられる.・火山避難計画の活用:学習,図上演習,避難訓練.・火山監視:火山活動状況の迅速な把握と評価体制の確立(気象庁,観測調査研究機関)・火山情報の高度化:防災に役立つ情報発信(気象庁)・防災関係者の連携:活動状況,評価,認識の共有.・実効的な中枢機能体制の確立:防災担当者,防災関係機関,専門家の協働態勢.・規制区域内での調査観測:噴火推移予測に必須だが,国内では困難なことが多い(例:2000年有珠山,西の島など).伊豆諸島6火山避難計画の参照先:東京都防災ホームページ/東京都の取り組み/火山対策/東京都の火山対策

  • 小荒井 衛, 栗原 夏希, 岩橋 純子, 吉田 一希
    セッションID: P044
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    DEM(数値標高モデル)は、地形図の等高線、写真測量、航空レーザ測量など様々なデータから作成されており、データソースによってその精度や解像度が異なる。Iwahashi and Pike (2007) では、斜面傾斜・尾根谷密度・凸部の密度分布を用いた地形解析手法を提案している。小荒井ほか(2011)では、中国山地の道後山を対象にこれらの地形量を用いた地形解析を行い、DEMの解像度によって抽出される地形量の値が異なること、解像度の粗い50mDEMで抽出される尾根谷密度と地質が関連することを明らかにしたが、それらの詳細や原因については解明できていない。本発表では、特に尾根谷密度に着目して、DEMの解像度とデータソースの違いが、解析する地形量にどう影響するのかについて検討した結果を紹介する。

    小荒井ほか(2011)で解析された道後山に特徴的な地質として蛇紋岩があるため、山地の研究対象地域については蛇紋岩に着目して選定し、道後山・至仏山・早池峰山で地形解析を行った。平野については、利根川や荒川の流域で自然堤防や河畔砂丘が発達する埼玉県北東部で地形解析を行った。 航空レーザデータから作られた5mDEMを10m・30m・50mDEMに、等高線から作られた10mDEMを30m・50mDEMに間引き、解像度とデータソースの違いを尾根谷密度について比較した。尾根谷密度の抽出方法は、ArcGISで3×3セルのメディアンフィルタを用いて抽出した半径10セル内の凹凸(メディアンフィルタをかけたDEMデータと元のDEMデータの差)の数を半径10セルの全メッシュ数314で割ったもので、値は0から1の間になる。それぞれのDEMの尾根谷密度のヒストグラムを作成して特徴を検討したほか、尾根谷密度分布を地質図や土地条件図と重ね合わせて、地形・地質と尾根谷密度の関係について検討した。

    山地での地形解析結果では、尾根谷密度の数値は、等高線DEMの方が航空レーザDEMよりも小さい傾向が認められた。また、解像度が粗くなるほど、尾根谷密度の数値が大きくなっている。それぞれのDEMの尾根谷密度の平均値を閾値にして粗い・滑らかを区部して分布図を作成したところ、どの解像度でも分布特性は等高線DEMと航空レーザDEMとでよく似た分布であった。そのため、尾根谷密度の数値は違うものの、粗いか滑らかかという地形的特徴はどちらのデータソースも良く捉えているという結果であった。 また3地域とも蛇紋岩の地質では滑らかな地形であり、メッシュサイズが大きいほどその特徴を捉えていた。航空レーザの5mDEMの場合に、蛇紋岩地質のエリアでも尾根谷密度の数値が大きな箇所が多数認められた。至仏山において現地調査を行なったところ、尾根谷密度が高い箇所は稜線部の岩稜帯であったり、局所的に大岩が存在したりしており、等高線では表現できない起伏を航空レーザが捉えた結果であると考えられる。航空レーザDEMもメッシュサイズを粗くすると等高線DEMと尾根谷密度の特徴が似てくるのは、細かな起伏が除去されて全体的な地形的特徴を捉えるようになるからであろう。

    平野での地形解析結果では、尾根谷密度の数値は、等高線DEMの方が航空レーザDEMよりも小さい傾向が認められた。また、解像度が粗くなるほど、尾根谷密度の数値が大きくなっている。これらの特徴は山地の解析結果と同様であるが、航空レーザDEMの尾根谷密度の数値が大きくなっているのが山地に無い特徴で、地形が粗い・滑らかの空間分布も等高線DEMと航空レーザDEMとで明らかに異なっている。これは、等高線と航空レーザとで捉えている特徴が全く違うことを意味している。 等高線DEMでは尾根谷密度の数値は山地と比べて明らかに小さく、全体に滑らかな地形を捉えている。相対的に尾根谷密度の高い地形は、台地の縁辺部や台地を刻む谷、自然堤防の中央部などである。一方、航空レーザDEMは平野部であっても尾根谷密度の数値が山地よりも大きく、特に谷底平野・氾濫平野の地形区分の数値が大きい。航空レーザが畦畔や水路などの平野部の人工的な局所的起伏を捉えており、5mDEMではそれが顕著で、メッシュサイズを大きくしてもその影響の残っているものと考えられる。埼玉県北東部で現地調査した結果でも、尾根谷密度が大きな箇所では、水路などの人工構造物が存在し、梨園などの特異な土地利用がなされていた。また、利根川右岸・左岸とで全く違う尾根谷密度の数値を示しており、航空レーザの計測時期の違いや測量実施機関のデータ作成手法の違いの影響なども示唆される。

  • 岡部 佳世, 岡部 篤行
    セッションID: 418
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    電子付録

    屋号から近隣関係を統計的に推測する方法:旧唐桑町への適用

    Statistical methods for estimating neighboring relations in Karakuwa through yago

    岡部佳世(東京大)・岡部篤行(東京大)

    Kayo OKABE (Univ.Tokyo)・Atsuyuki OKABE (Univ.Tokyo)

    キーワード:屋号、近隣関係、最近隣距離法、K関数法、乱数配分

    Key words: Yago, Neighboring relations, Nearest neighbor distance, K function, random assign

    .はじめに

    この研究の目的は、屋号を通して統計的方法で旧唐桑町における家々間の近隣関係を推測することである。一見すると、屋号と近隣関係の関係はないように見える。屋号研究によると、「屋号は歴史的に培われた慣習で、今でも多くの農村地域で使われている。その理由は近隣に同姓が多いと姓で家主を同定するのが難しいので、家主は近隣にある家の屋号と異なる屋号をつけるから」とのことである。そうであるならば、屋号を通して、家々の近隣関係が垣間見えてくるのではないか、というのがこの研究の動機である。

    2.対象地域とデータ

    対象地域は、東北にある旧唐桑町を選んだ。唐桑と言う名が最初に言及されたのは『続日本書紀』で、長い歴史を持っている地域である。地理的には、旧唐桑町は広田湾に面し、南端は唐桑半島で太平洋に突き出ており、面積は42平方キロあり、主な産業は漁業である。  データ資料は、『唐桑町屋号電話帳』を使用した。これには、全ての家の電話番号、屋号、代表者の姓名、地区名、住所が記録されており、屋号は現地の人の読み方を記録してある。一つの屋号が少なくとも二軒以上に使われている屋号は233種類あり、そのような屋号がついている全軒数は719軒である。全国の姓の頻度分布で一番多い姓は、全国の姓の1%程度である。ところが、旧唐桑町では11%程度を占めている。旧唐桑町は、同姓の割合が全国より10倍以上高いことが分かり、屋号が有効に働きそうな条件を満たしている。

    3.道路距離による最近隣距離分析

    まず屋号を無視して719軒について最近隣距離法で家々間の隣接関係を分析した。この地区の人々は道路を通しての交流が主であるから、距離は道路距離を使った。その結果、最近隣道路距離の観測値の平均は、75mであった。次に719軒が完全空間ランダム(CSR)で道路網に分布した場合の最近隣道路距離の期待値を求めたら、77mであった。また有意水準5%での下限と上限は、73mと81mであった。さらに同じ屋号の間での最近隣道路距離の平均値を求めたら、3695mであった。また、一番短い最近隣道路隣距離でも136mあり、この値はCSRでの上限値81mをはるかに超えている。これらの事から同じ屋号の家の分布は、明らかに均一的に分散している傾向があることが分かる。  最近隣道路距離の平均値が3695mということは、平均的には、ある屋号の家を中心に3695m以内の近隣地区には、その家と同じ屋号の家がないということである。家主はこれを考慮して屋号をつけている可能性が高い。この近隣地区に存在する軒数を道路距離のグローバルK関数法で求めると、平均287軒であることが分った。この値は、旧唐桑町の近隣地区の大きさを知る一つの目安となる。

    4.旧唐桑町の行政地区の屋号

    社会的な近隣地区として、行政地区があり、旧唐桑町には12の行政区がある。この行政区に伝統的屋号の利便性が残されているであろうか。それを調べるために、同じ屋号数の比率で行政区にある軒数の数だけ乱数を発生させ、家に屋号に割り振った。それを1000回繰り返すモンテカルロシミュレーションを行い、行政区に割り振られた同じ屋号数の期待値とp値を求めた。その結果が上の表である。全ての地区で、同じ屋号の件数は期待値より少ない。また12地区中、9地区が有為水準5%以下で同じ屋号軒数は少ないことが分かる。これらの結果から、住人は行政区内でなるべく屋号が重ならないように屋号をつけるという伝統的慣習を引き継いでいることが分かる。

    謝辞 サントリー財団研究費、常磐大学研究費の支援と、東京大学空間情報科学研究センター共同研究No.921の支援を受けた。

  • 浦田 健作, 中井 達郎, 木村 颯, 藤田 喜久
    セッションID: 211
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    はじめに:琉球列島ではトカラ列島小宝島以南の島々(奄美大島などを除く)とその周辺海底に主に第四系更新統炭酸塩堆積物からなる琉球層群, いわゆる琉球石灰岩が分布しており, カルスト地形がよく発達する. カルスト地形の主体をなす石灰岩洞窟(鍾乳洞)については沖縄県が分布調査を実施して県内に300以上を確認している(沖縄県教育委員会、1977など)が, これまでカルスト地形形成と海面変動との関係についてはほとんど研究が行われていない.

    研究目的:本研究は沿岸域に分布する琉球石灰岩に形成されたカルスト地形について, 海面変動の影響とカルスト地形の変遷を考察する資料を得ることを目的とする.

    研究方法:沿岸域のカルスト地域, 特に鍾乳洞内の溶食地形を淡水地下水環境の指標として地下水環境の変遷と地形形成過程を求める. 沖縄島北中部太平洋沿岸域の名護市辺野古からうるま市藪地島までの直線距離約20kmの範囲に点在する4つの石灰岩鍾乳洞を対象とした.

    1 長島鍾乳洞(名護市辺野古長島)長さ30m, 標高0-5m 2 松田鍾乳洞(宜野座村松田)長さ1200m, 標高10-42m 3 シドゥフチムイ南洞(宜野座村惣慶)長さ100m以上, 標高10-23m 4 ジャーネー洞(うるま市藪地島)長さ200m以上, 標高10-20m

    調査結果:調査した4つの石灰岩鍾乳洞に共通して以下のような地下水環境変遷と洞窟地形形成過程が判明した.

    1) 淡水飽和帯での溶食による空洞形成

    2) 地下水面降下による通気帯での鍾乳石形成

    3) 地下水面上昇による淡水飽和帯での石灰岩・鍾乳石溶食

    4) 地下水面降下による通気帯での鍾乳石形成(現在)

     このような琉球石灰岩の鍾乳洞における地下水環境変遷と洞窟地形形成過程は本研究で初めて明らかにされた.

    考察:1.沿岸域のカルスト地域における地下水面変動

     本研究で判明した沿岸域における広い範囲での石灰岩中の地下水面の上下変動は島の隆起・沈降と気候変動による海面変動が影響していると考えられる. 現時点では鍾乳洞ならびに鍾乳石の形成年代が得られていないため, 変動時期は不明である.

    2.沿岸域におけるカルスト地域の侵食

     相対的に海面が上昇した場合, 海域に面した鍾乳洞は海水に満たされていわゆる海中鍾乳洞となる. しかし調査した鍾乳洞はいずれも淡水飽和帯で溶食されているため, これらの鍾乳洞は海面上昇期には海水が流入しない内陸に位置しており. 当時の沿岸域のカルスト地域は侵食されて失われたと考えられる. その規模については今後の検討課題である.

    文献

    浦田健作・中井達郎・木村颯・藤田喜久 2021. 沖縄県名護市辺野古崎の長島における鍾乳洞の地形とその形成. 沖縄地理 21:55-71.

    沖縄県教育委員会 1977. 『沖縄県洞穴実態調査報告 Ⅰ 』沖縄県教育委員会.

  • 門脇 利広
    セッションID: S207
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    1. 自然災害伝承碑の取組

    自然災害伝承碑は,過去に発生した自然災害に関する事柄が記載されている石碑やモニュメントであることから,災害当時の様相や状況を知ることが出来る貴重な資料である.また,自然災害は同じ場所で繰り返し発生しやすい性質があることから,自然災害伝承碑を見ることは,その地域の災害に帯する危険性を知るきっかけにもなる.そこで,国土地理院では,市区町村等と連携して自然災害伝承碑の情報整備を進めており,2019年6月より国土地理院のウェブ地図「地理院地図」(https://maps.gsi.go.jp/)に掲載を開始し,月1回程度の追加公開を実施している.

    また,2020年8月には地理院地図に掲載されている情報を自然災害伝承碑データとして国土地理院のウェブページ(https://www.gsi.go.jp/bousaichiri/denshouhi_datainfo.html)からダウンロード提供も開始したり,2021年11月から「ハザードマップポータルサイト」(https://disaportal.gsi.go.jp/)での掲載も開始したりするなどの取組を実施している.2022年12月8日現在,関東大震災に関する石碑等も含め,全国509市区町村1,736基を公開している.

    2. 自然災害伝承碑の利活用

     自然災害伝承碑は,地理院地図に掲載している各種地図情報等と容易に重ね合わせることにより,地域の過去の災害と地理的環境について理解を進めることが出来る.例えば,色別標高図や地形分類情報を重ねると過去の災害と地形や土地条件の関係を知ることに役立つ.

    一方,ダウンロード提供されている自然災害伝承碑データを用いて,災害名や建立年での検索や並べ替えなどを行うことにより,過去の災害の様々な状況を把握することが可能になる.災害名に着目して,関東大震災に関する自然災害伝承碑を抽出し,建立年と合わせて時系列分布のグラフ化をおこなうことが出来る.

    また,地理院地図上に展開すると,東京や神奈川だけでなく伊豆半島や房総半島のほか内陸の山梨県や埼玉県まで広域に分布していることが分かる.

    地域での活用事例については,自然災害伝承碑のサイト(https://www.gsi.go.jp/bousaichiri/denshouhi.html)から確認出来る.

    3. まとめ

    自然災害伝承碑は、地理院地図等での確認やデータでの活用により,地域の災害教訓の伝承や防災・地理教育にも役立てられるものである.引き続き,自然災害伝承碑の追加公開の取組や利活用のための支援を進めたい.

  • 小口 高, 鍛治 秀紀, 鶴岡 謙一
    セッションID: S405
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    東京大学情報科学研究センター(CSIS)は1998年に発足したGISの研究組織である.CSISは文部科学省が認定した共同利用・共同研究拠点であり,様々な地理空間情報をCSISが多数収集して「研究用空間データ基盤」を構築し,収録したデータを提供している.CSISがデータを収集・購入する際に,データの提供元と覚え書きを交わすことによって,外部の研究者がデータを利用する可能性を確保している.この仕組みにより,個人研究者がデータを入手する際の経済的な負担や手間を軽減している. 「研究用空間データ基盤」に登録されているデータはデジタルデータであるが,地理学では長年にわたり,紙の地図が基本的なデータとして活用されてきた.紙地図は現在も作製されている.この際には,地図を構成する要素のデジタルデータを用いて地図のデジタル原版を作製し,それを印刷するのが今日の一般的な状況である.一方.古い時代の紙地図は,デジタルデータから作成されたものではなく,現存する紙地図自体がデータとして意味を持つ.各所に保管されている古い時代の紙地図の一部は,スキャンやデジタイズによってデジタル形式になっている.このような古い地図の情報を活用して地域の過去の状況を明らかにし,近年の状況と比較することは,地理学の主要な研究方法の一つである.古い時代の地図は,学校教育や生涯教育の場でも活用されており,社会的にも重要である.たとえば,「ブラタモリ」のようなテレビ番組では,過去から現在に至る地理的環境と人の営みを結びつける際に,新旧の地図がしばしば活用されている. このような点を考慮し,CSISはデジタルデータとともに紙地図の資産にも注意を払ってきた.CSISが「研究用空間データ基盤」の提供のような本格的な活動を,紙地図についても行うことは,組織の性格やマンパワーの点から困難である.しかし,紙地図の活用と関連した試みをいくつか行ってきた.日本地理学会と関連した一つの事例は,2000年代後半に試みられた「デジタル地図学博物館」の構築である.これは,CSISが日本地理学会の国立地図学博物館設立推進委員会(現在は地図資料活用推進委員会と改称)と連携し,様々な機関が公開していた地図のスキャン画像を,検索によって即座に閲覧できるシステムの構築を目指したものである.この際には,古地図などの画像を公開している全国の博物館などのウェブサイトを対象とした.このプロジェクトは,画像のURLの変更に対する対応の難しさなどの課題が生じたことと,地図を含む画像の検索がGoogleなどの検索エンジンで可能になっていったこともあり,プロトタイプの構築とその試行的な運用で終了した. 2018~2019年度には,東京大学のデジタルアーカイブズ構築事業の一環として,多数の紙地図のスキャンニングと,地図画像の公開システムの構築を行った.スキャンニングの対象となった地図は,1980年に東京で開催された10th International Cartographic Conferenceの際に,約40ヶ国から日本地図学会に寄贈され,その後に東京大学柏図書館に移管された約1200枚の紙地図の一部を含む.具体的には,国土地理院、海上保安庁、日本水路協会、日本オリエンテーリング協会、U.S. Geological Survey, Geological Survey of Finlandなどが製作した紙地図をスキャンし,著作権の問題がないことを確認した後,「柏の葉紙地図デジタルアーカイブ」としてオンライン公開した.このアーカイブは,独自に開発した地図検索システムを使用しており,高解像度の地図を高速に表示するとともに,メタデータの表示や検索の機能も持っている.ただし上記の1200枚の地図の大半は著作権が消滅していない等の事情があり,公開できたコンテンツの数は限られている. 最新の紙地図と関連したCSISの活動として,埼玉大学教授だった故谷謙二氏がオンラインで公開し,教育の場を含む様々な場面で広く活用されている「今昔マップ」の保守が挙げられる.「今昔マップ」は,国土地理院およびその前身の機関が紙地図として出版した明治時代以降の地図をウェブ・ブラウザで表示する機能を持ち,さらに新旧の地図を並べて比較できる.谷氏は2022年に8月に急逝されたため,氏が管理していたサーバーで稼働している「今昔マップ」の今後の継続性が不透明となった.地理学関係者やご遺族による検討の結果,CSISが「今昔マップ」を含む谷氏が整備したオンラインコンテンツの保守の主体として協力することになった.当面の目的は,現状の「今昔マップ」の提供を継続することである.今後,現行の「今昔マップ」には含まれていない地域の地図画像を,新たに追加する可能性についても検討する予定である.

  • 矢部 直人, 田中 健斗, 清水 哲夫
    セッションID: P002
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    新型コロナウイルス感染症が中期的・長期的に地域にどのような影響を与えるかについて,多くの研究がなされている。その中で,空間的に差異が現れる新型コロナウイルス感染症の影響として,都市と地方の旅行に関する地域差をとりあげた研究がある。たとえばZeljković(2022)では,セルビアを対象として分析し,都市と地方では旅行に関するリスク認知にはほぼ差はないものの,旅行の実施については都市の方が地方よりも多い結果となった。Lin et al. (2022)は,中国杭州市に到着する旅行に関して,空間的相互作用モデルを適用して分析した。その結果,都市の方が衛生対策が進んでいるため,都市よりも地方から杭州市への移動が多い傾向がみられた。上記の研究結果のように,新型コロナウイルス感染症の旅行流動への影響は,日本でも空間的に一様ではないと考えられる。本研究は,日本国内の旅行流動を対象として,都市と地方の地域差を明らかにすることを目的とする。 分析に用いるデータは,株式会社ドコモ・インサイトマーケティングのモバイル空間統計を利用した。対象期間は,2019年1月~2021年12月までである。分析の単位は,新全総の頃に設定され,近年まで国土交通省の統計データが集計されている単位である生活圏を用いる。生活圏は日本全国に207設定されており,都道府県よりも狭く,市町村よりは広い範囲の日常生活圏である。本研究では,この生活圏の外への移動を旅行として分析する。 最初に,都市階層間の旅行流動を集計した。その結果,都市の階層が高い方から低い方への流動と比べて,都市の階層が低い方から高い方への流動は,新型コロナウイルス感染症の流行後により大きく減少していることが分かった。この都市階層間の旅行流動の非対称性は,三大都市圏と広域中心都市(札仙広福)の間などでも確認できる。また,休日の流動の方が平日の流動よりも大きく減少している。 次に空間的相互作用モデルにより,三大都市圏と地方の間の旅行流動を分析した。その結果,三大都市圏を発地とする流動,地方を発地とする流動のいずれとも,新型コロナウイルス感染症の流行後に距離の抵抗が大きくなり,短い距離の流動が増えていた。一方で,人口規模の効果については,三大都市圏と地方で異なる結果となった。すなわち,三大都市圏を発地とする流動では,新型コロナウイルス感染症の流行後も変化がないのに対して,地方を発地とする流動では,人口規模が流動に与える効果が小さくなっていたのである。 各生活圏に流入する旅行者の人数の変化を新型コロナウイルス感染症の流行前後で比べると,減少幅が大きいのは三大都市圏の都心部と,三大都市圏からは一定の距離が離れた観光地が目立つ。三大都市圏の都心部は人口規模の効果が小さくなったことと距離抵抗が増えたことにより流入する旅行者が大きく減少している。また,三大都市圏から一定の距離が離れた観光地では,距離の抵抗が増えたことにより流入する旅行者が減少していると考えられる。 謝辞 株式会社ドコモ・インサイトマーケティングにはモバイル空間統計の提供を受けた。記して感謝します。

  • 近畿三角帯西部の山地を事例として
    太田 義将, 松四 雄騎, 松崎 浩之
    セッションID: P040
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    1.はじめに

     隆起山地におけるテクトニクスの変化に伴う地形発達過程を時空間的かつ定量的に解明することは,現在の地形情報に基づいて過去の地形発達史と隆起速度を復元するにあたって重要である.これまで数理モデルを用いた隆起山地の地形発達シミュレーションが盛んにおこなわれているが,モデルから復元された地形発達の履歴そのものに対する定量的な検証は不足している.本研究では隆起山地から供給される土砂の堆積場において掘削された深層ボーリングコアを分析し,宇宙線生成核種10Beの核種濃度プロファイルを定量化することにより,隆起山地における地形発達過程を復元し検証する.

    2.研究対象地域

     近畿三角帯の西部に位置し,主に花崗岩類から構成されている六甲山地(兵庫県南東部)と比良山地(滋賀県西部)を対象地とした.いずれも第四紀後期に隆起したとされている断層山地である.山地の山腹部において急峻かつ高起伏な流域斜面が見られるのに対して,山上部では平坦かつ小起伏な地形面が残存している.駆動断層側の堆積域はそれぞれ大阪湾と琵琶湖であり大阪層群と古琵琶湖層群が厚く堆積している.

    3.方法

     山地流域の渓流堆砂に対する宇宙線生成核種10Be分析により現在の侵食速度を決定し,数値標高モデルの解析を組み合わせることで,ストリームパワー則とハックの法則を組み合わせた単純な侵食モデルのパラメータを設定した.このモデルを用いた河川縦断面形の逆解析によって地形発達過程を復元し,過去の流域が排出した土砂が堆積する深層ボーリングコア中の10Be分析によって検証をおこなった.

    4.結果と考察

     山上部の小起伏な現成流域における渓流堆砂中の10Be濃度は,六甲・比良山地ともに山腹部の高起伏な流域よりも数倍程度高かった.核種濃度から計算される流域の平均侵食速度は,流域の平均勾配の増大に従って非線形に増大する傾向となり,隆起速度の急激な増加によって発生し遡上する遷急線が,山上部には現在も未到達であると推測された.また六甲山地における流域の平均削剝速度は,河道勾配と集水面積に基づいて算出される地形急峻度指数(Normalized channel steepness index)と線形関係であった.

     六甲山地南部の大阪湾沿岸において掘削された深層ボーリングコア中の10Be濃度プロファイルは,約110万年前のコア最深部から現在にかけて減少傾向であり,後背山地の隆起に伴う侵食速度の増加が推測される.ボーリングコアが有する核種濃度の幅は,現成流域の核種濃度とも対応関係がみられた.侵食モデルを用いた河川縦断面形の逆解析によって復元された地形発達過程から計算した時系列的な核種濃度の変遷は,深層ボーリングコア中の核種濃度プロファイルと整合的な結果となった.一連の解析により,現在の地形情報と宇宙線生成核種を用いることにより,隆起山地の地形発達史とテクトニクスの履歴を定量的に復元できる可能性が示された.

  • 市野 美夏, 増田 耕一, 三上 岳彦
    セッションID: P063
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
    会議録・要旨集 フリー

    日本をはじめ,世界的に近代的な気象観測記録が開始以前の気候は,樹木年輪や珊瑚,古文書記録といった代替資料からの復元が行われている.日本には毎日の天気記録を含んだ古文書が数多く残され,これまでも気候復元に利用されてきた。著者らは天気記録を用いて日射量を復元する方法を開発し、19世紀以前の日本各地の日記への適用も試みている。本研究では、八王子で記録された石川日記の毎日の天気記録を用いて、1720年から1912年の各月の日射量を復元した。さらに、1880年代から観測されている日照時間を利用した日射量推定値を加え、1720年以降の300年を超える月別の日射量の時系列を作成した。

  • 杉本 智彦
    セッションID: S402
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    著者は1991年頃に、地形モデルから風景を再現する試みを行った。現在のようにインターネットから各地の風景映像を簡単に見られる状況で無かったことから、特徴的な地形がある場所にもかかわらず、写真資料が少ない地域の風景を再現することを目的としたものであった。紙の地形図の謄本から等高線を数値化してPCに取り込み、そこにTINを張ってポリゴン化して行く方法を取った。この方法は等高線の数値化に非常に労力がかかることから、1つの地形モデルを作るのに2~3週間を要した。その後、パソコン用ソフトウェアである「カシミール3D」を1994年に発表した。これは、国土地理院のDEMデータを用いて、それまで田代博(1991)によるように、手計算で作成していた可視マップを、パソコンで短時間に計算し、表示することを目的としたものであった。改良をすすめる中で、DEMデータから3D立体地図を表示できるようにしたが、DEMデータの価格が非常に高く、一般での入手には困難であったため、普及は難しい状況であった。1997年に国土地理院がDEMデータである数値地図をCD-ROM化して販売を開始したことにより、価格が下がり、一般での入手が容易になったことから、本ソフトウェアの需要が高まり、地形を3Dで立体的に見るという行為が一般に普及した。また、米国製のハンディタイプのGPSが普及し始め、登山などの場面でも使用されるようになった。GPSのルート設定や、取得したデータの処理などが必要となり、カシミール3Dに実装した。3D地形と合わせることで、航空分野においての利用もあった。2001年からは、インターネットサービスとして「山旅倶楽部」を開始し、地図とDEMをタイル形式のデータにしインターネットからカシミール3Dに配信できるようにした。2005年にGoogle Mapが登場するよりも前であり、タイル地図を使用したサービスとしては先駆けとなった。DEMは当初は50mメッシュであったが、途中から10mメッシュに変更した。ネットさえつながれば日本全国の3D地形や地図がみられるようにした点でも先進的であった。当時の国土地理院はFAX地図という、白黒の地図を見られるサービスしか行っていなかったため、カシミール3Dでの地図サービスは非常に有益であった。2003年に国土地理院が5mメッシュを提供しはじめ、都市部の微地形が注目される。5mメッシュを使用してカシミール3Dで地形を立体的に可視化することで、都市の発展と地形の関係を容易に論じられるようになり、皆川典久 (2012)による「スリバチ学会」などの活動に影響を与えることとなった。さらに微地形の可視化を改善するために地形をより強調する地形表現手法を開発し「スーパー地形表現」という名称で2015年から提供している。これには、全国の5mメッシュDEMを入手しやすくまとめたネットサービス「スーパー地形セット」を同時に提供し、高精細の地形の可視化が誰でも容易になった。「スーパー地形表現」の地図はNHKの「ブラタモリ」でも地形解説用の図版としてたびたび使用されている。2016年からはスマートフォンのアプリで、カシミール3Dの機能と地図を提供しているほか、ARで立体地形図が使用できるアプリも製作、公開している。

  • ーお昼の「ランチ時」に雨が降っている頻度は?ー
    千葉 晃
    セッションID: P066
    発行日: 2023年
    公開日: 2023/04/06
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    昼間人口が80万人規模である千代田区・大手町におけるお昼の降水頻度を時刻別に調査した。降水量のデータは,アメダス1時間値を使用した.0.5mm以上の降水が観測された時間数に関してそれらを24時間ごとに区切り,1年間に何回あるのかを調べた。その結果、東京・大手町でランチタイムに0.5mm以上の降水がカウントされている回数は,平均値で26.59回であった.1年=365日では13.7日に1度降水がみられたことになる。

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