人類學雜誌
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78 巻, 4 号
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  • 遠藤 萬里
    1970 年 78 巻 4 号 p. 251-266
    発行日: 1970年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    顔面頭蓋に関する形態学的論文には,しばしばその力学的構造を論じているものがみられる.そのような議論には,材料力学あるいは構造力学の立場からみて,一般的に不正確な記述が多く,またしばしば誤った解釈が展開されている.この種の議論においては顔面頭蓋に対して咀嚼の時働く一群の力が,ひとつの力系としてとらえられず,別個にとらえられて,それらによって生ずる骨格内の力(内力)あるいは応力の分布を各力に対応する部分に分割する傾向がある.正確にいえばこの方法自体が誤りである.しかし,あらい近似としては成立することもある.
    筆者(ENDO,1965,1966a,b)は,すでに,ひとつの系としての咬合のときの頭胃に加わる外力群下に生ずる顔面頭蓋応力の実験的解析を行った.しかし上に述べたような議論に対応するため,ここに,実験によって咬筋の作用による応力成分と側頭筋の作用による応力成分の分析を試みた.
    実験に使われた資料は現代日本人成人男子晒頭骨3個体である.実験においては,まず生体において咬むときに働く咬筋と側頭筋の力を静力学的に近似推定し(ENDO,1966a),そのいずれかの力あるいは両方の力と顎関節部に加わる力,歯に加わる力との間で平衡させた.これらの力を頭骨に加えて,そのとき生ずる頭骨の眼窩周辺の各歪状態を測定した.測定された歪にもとづいて咬むとき生ずる応力状態を知り,その応力の各筋の力による成分を近似的に分析した.この実験の結果は,したがって,従来行われてきた形態学の立場からの顔面頭蓋の形態の力学的解釈に対して,力学の立場から批判と基礎を与えるものである.
    結果を要約すると次の通りである.
    1.一般的に,咀嚼のとき顔面頭蓋眼窩周辺に生ずる応力あるいは内力の分布様式には,咬筋の力によるそれとの間にも側頭筋の力によるそれとの間にも大きな差はない.ただし応力値•内力値には変化がある.
    2.眼窩上縁-外側部には縁に沿って引張応力が生ずるが,この応力は咬筋の力に負うところが大きい.この 応力は眼窩をとりまくラーメン構造の変形により生ずるものである.直接的にはこの部分の曲げモーメン トに由来する.位置が近いからといって側頭筋の張力に直接由来すると考えるのは,少なくともヒトの場 合は誤りである.
    3.前頭-鼻部 この部分には垂直圧縮力と水平で斜の方向に軸をとる曲げモーメントが働く.軸力について は側頭筋の力の影響が強い.しかし,構造に与える影響は曲げモーメントの方が一般に強いのが通説であ る.したがって,曲げモーメントが無視された従来の形態学的研究は誤ったところが多い.
    4.前頭-頬骨部 この部分では外側面にほぼ沿って変形を起こす曲げモーメントが主である.軸力について は,咬筋の力による引張りと側頭筋の力による圧縮が同時に生ずるため,このふたつの力が相殺してほぼ 消失する.したがって,この部分においては,引張力や圧縮力の存在を重視して議論することは誤りであ る.
    5.眼窩下部 この部分には曲げモーメントと剪断力が生じ,そのため眼窩下縁内側部に引張応力が現われる.
    更にこの部分には咬筋の力によって,別種の曲げモーメントに由来すると思われる引張が生ずる.以上の結果にもとついて, GÖRKE(1908), BENNINGHOFF(1925), TAPPEN(1953,1957), EHARA(1969,1970)等の顔面頭蓋の形態学的研究における力学的解釈を論評した.
  • 田村 端
    1970 年 78 巻 4 号 p. 267-273
    発行日: 1970年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    耳介外形は強い遺伝性を示し種の判定基準として有効である.また,同一種の各地域群の間で,どのような変異を示すかという問題は集団遺伝学的にも興味あることである.しかしながら,この種の研究はほとんど行われていない.このような観点から37体のカニクイザルを使用し,耳介型の分類基準を設定し,フィリピン,タイ,マラヤ各地域群を比較し地域的変異性の分析を試みた.分類にあたっては1.上耳介縁の特徴,2.結節の型,3.耳介輪郭の形,4.耳介下部の形の4つに重点を置き,それぞれの形,程度により付号をもって表現し,有効性を吟味しつつ,地域の特徴をまとめた.
  • 葉山 杉夫
    1970 年 78 巻 4 号 p. 274-298
    発行日: 1970年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    9科30属64種,358例の霊長類の喉頭嚢について肉眼,光学顕微鏡での観察をおこなった結果,すべての霊長類に喉頭嚢およびそのひとつである喉頭小嚢あるいはそのいずれかがみられた.霊長類の喉頭嚢は樹上生活と関連づけて考えられる.この喉頭嚢の開ロとその分布野についてそれぞれ別々に分類した結果,開口型には1属内での種差などはなく霊長類の系統上の位置を反映している.分布野には性差,年令差,1属内での種差が著しく,霊長類のそれぞれの科の特定の開口型からの分布野はロコモーションに対応している.さらに喉頭小嚢について分類したが,従来言われてる Pongidae などの喉頭嚢の退化したものではなく,霊長類の一般的な形態として存在する.
  • 楊 朝〓
    1970 年 78 巻 4 号 p. 299-315
    発行日: 1970年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    602頭のニホンザル,カニクイザルの晒骨頭蓋資料にもとづき Macaca の永久歯の咬耗を歯冠の形態および咬合機能の両方面に立脚して調査した.各歯にあらわれる咬耗の進展傾向は歯冠の形と咬合運動の様式に一致してあらわれる.とくに咬合運動の中で小•大臼歯の咬耗や犬歯の咬耗のおこり方に側方咬合運動がもたらす役割は大きい.咬耗がすすむにつれて犬歯および下顎第1小臼歯の咬耗傾向に性差があらわれる.各歯のエナメル質の咬耗は歯の萌出順位にほぼ従って始まるが,前歯の舌側面ないしは臼歯の咬合面全体に象牙質が露出する時期は前歯の方が早い.とくに下顎の切歯の舌側面のエナメル質はうすいため,この部のエナメル質がその咬合様式とあいまって早期に削除される傾向がある.そして下顎第1小臼歯の咬合機能の主体は上顎犬歯との咬合にあるので近心頬側に発達した斜台が早くから咬耗をうける.このため咬合面での咬耗の進展傾向は同顎の第2小臼歯よりもおそい.下顎小臼歯をのぞけば他の小•大臼歯の咬合面全体に象牙質が露出するのは同歯種内では近心の歯の方が早い.点接触に始まる隣在歯間の接触面は次第に隣接面のエナメル質の削除にともない面接触となり,ついには象牙質が露出することによって面接触をたもつようになる.
  • 埴原 和郎
    1970 年 78 巻 4 号 p. 316-323
    発行日: 1970年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    われわれはさきに日本人集団において,退化型の上顎側切歯をもつ歯列では,正常なものより一般に歯の大きさが小さくなることを指摘した(埴原•増田•田中,1965).
    よく知られるように,上顎側切歯にはしばしば退化型が現われるが,またこの歯は時として異常に強く発達することもある.その多くは舌側の基底結節(歯帯)がきわめて強くなり,同時に舌側中心隆線や歯冠全体の形も大きくなる(図1).このような歯はとくに Pima Indian にしばしばみられる.
    私は1967年,シカゴ大学人類学教室で Pima Indian の永久歯を観察する機会をえたので,この点に注目し,上顎側切歯の退化•異常型と他の歯の大きさとの関係についての資料を蒐集した.
    この研究では Pima Indian を次の3グループにわけてとりあつかった. Group N は正常な上顎側切歯をもつもの, Group R は退化型側切歯をもつもの(I2の欠如は含まれない), Group M は異常に発達した側切歯をもつものである.これら3群を比較すると,上顎側切歯はもちろんであるが,他の歯の歯冠近遠心径に多少の差がみられた.結果を要約すれば次の通りである.
    1.上下の第3大臼歯を除き,この研究には14本の永久歯の歯冠近遠心径が用いられた.
    2.3群を比較すると,上顎側切歯以外の歯でも歯冠近遠心径に多少の差がみられ,一般に Group N に比して Group R は小さく, Group M は大きい(表2,3).
    3.各歯ごとにt-検定を行なうと, Group R および Group M において, Group N との間に有意差のみられる歯はすべて上記の原則にしたがっていることがわかる(図2,3).
    4.女性では Group N と Group R との間に有意差はみられないが(I2を除く), Group M ではすべての歯が Group N より有意の差をもって大きい.
    5.上顎側切歯および上下の第3大臼歯を除いた他の13本の歯について,多変量解析法(MAHALANOBIS のD2法および PENROSE の size and shape distance 法)によって以上の関係を分析すると,男性では Group R, Group M ともに全体として Group N どは有意にことなる.また女性における Group M と Group Nとの差はとくに大きい.しかし shape distance の値からみると,各グループ間で shape,すなわち各歯の大きさの比率にあまり大きな差はみられない(表4,5).なおこれらの計算は北海道大学大型計算センターのFACOM 230-60型の電子計算機によって行なわれた(使用プログラム: HANICB, HANIGB, HANILB).
    6.以上のことから, Group R は一般に Group N より小さい歯をもつか,または少なくともそれをこえることがないことが明らかとなった.一方, Group M は Group N に比して,全体として明らかに大きな歯をもっていることがわかる.
    7.このような結果は,日本人集団における傾向とまったく一致しており.程度の差はあるが,多くの人種集団に共通して存在する現象と思われる.
    8.上顎側切歯の退化は,人類の歯の進化と密接に関係しているが.この研究の結果,それが単にこの歯の変異のみに止まるものではないことが明らかとなった.むしろ,上顎側切歯における退化型や異常型の出現は,歯全体の大きさの決定に関与するものと考えられ,人類における歯の進化学的研究に際しては,この点を考慮に入れる必要があると考えられる.
  • 欠田 早苗
    1970 年 78 巻 4 号 p. 324-333
    発行日: 1970年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    身体構成成分の研究法のうちで,因子分析法を日本人計測値に応用した.資料は畿内に在住する成人日本人(男性:168名,女性:89名)について計測した16項目である.
    本研究は身体の軟部組成をさらにその構成成分への分解を試みた.皮膚および皮下脂肪を除いた上腕直径と筋肉発達の指標としての握力を合わせて分析をくりかえした.しかし筋肉の因子を抽出するに至らなかった.独立した因子をもつ握力と血圧,それに説明不能の因子に負荷量をもつ年令等を除いた計測項目についての分析では,骨格構造と軟部の2因子を抽出したのち,男女の性差を示す第3因子をえた。女性の第3因子では男性にくらべて高い負荷量を示す項目が多く,従って女性の第3因子の変動が全変動にしめる百分率も大きい.要するに女性では11項目よりえた3因子のみでは説明しえない部分が多いことを示している.
    個人分類への因子分析の応用として,筆者はさきに頭蓋計測値をQ技法(個人間の相関係数の因子分析)に従って分析したが有効な因子はえられなかった.今回,社会学者らが利用する因子得点を求めて,その値による個人分類を試みた.その結果,因子得点による分類は,当該因子に高い負荷量を示す項目に関して有効であることが証明された.
  • 石本 剛一
    1970 年 78 巻 4 号 p. 334-338
    発行日: 1970年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    ヒト赤血球中の酵素 phosphohexose isomerase(PHI)に電気泳動で識別される遺伝変異の存在することが報告されている.DETTER ら(1968)はさまざまな人種集団からなる3000例をこえる血液試料を調査して PHI1型と名づけた通常の酵素型の他に1%以下の低い頻度であるが計10種の変異型を観察し,その出現は家族調査から常染色体上にある遺伝子座位の対立遺伝子による単純な遺伝を示すことを認めた.
    著者は数種霊長類からなる計438例の血液試料を調べてそれらの赤血球 PHI がヒトと異なる特有な表現型を示すとともにマカカ属サルにおいて興味ある PHI 多型が存在することを見出した.即ち互いに容易に識別される PHI 泳動パターンが各1例のチンパンジー,ラングールおよび34例のテナガザル,23例のルトンに観察され,後者に種内変異が認められなかったが6種マカカからなる378例の試料では PHI 泳動パターンに個体差が存在することが見出され8種類の異なる表現型が区別された.ヒトのPHI変異から類推してマカカのPHIの個体差は単純な遺伝を示す多型形質と考えられ各表現型は図1および表1に示す如く仮に PHI(mac)1-1,2-1.3-1,…と名づけられた.1例のクロザルは PHI(mac)1-1 型であった.
    推定される PHI ヘテロ表現型に3本の主成分が生ずることはマカカの同酵素もヒトと同様2量体の構造をとると考えられる.マカカの PHI 変異型の出現は10%以上の頻度を占めヒトの場合と比較して著しく変異に富むとともに,今迄調査された多くの遺伝形質において大陸産のマカカがより変異的で島国のマカカは一般に変異に乏しい傾向が見られていたが PHI 多型は,ニホンザル,フィリピンのカニクイザル,タイワンザルなどにより変異型が存在するような結果をえた.今後さらに例数を増して調査する必要があるが,マカカのPHI 多型において血清トランスフェリン多型などと全く異なる何らかの作用が働いていることが推定され同酵素多型の生物学的意義の解明が待たれる.さらにニホンザルにおいても PHI 変異型がかなりの頻度で見出されたことは同種の群集団の遺伝的構成の比較研究にPHI形質の調査が有効であろうことを示唆している.
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