人類學雜誌
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96 巻, 4 号
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  • Zarko ROKSANDIC, 南川 雅男, 赤澤 威
    1988 年 96 巻 4 号 p. 391-404
    発行日: 1988年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    古人骨の安定同位体による食性復原の可能性を検討するために,三貫地,伊川津,羽島3貝塚で発見された縄文人骨の炭素同位体比を測定した.また分析結果のもつ意味を比較検討するために樺太,北海道の近世アイヌ墓地で発見された古人骨についても同様に炭素同位体比を測定した.
    炭素同位体比の測定は, ROKSANDIC がオーストラリア国立大学の Research School of Biological Sciences にある質量分析計を用いて行い,その結果の吟味,人類学的意味の検討については主として南川と赤澤が担当した。
    炭素同位体比は人骨中のゼラチンとアパタイト(hydroxyapatite)を試料として測定した.その結果,アパタイト中の同位体比は遺跡間,集団間でほぼ同じ分布範囲を示すが,ゼラチン中の同位体比は縄文グループと近世アイヌグループの間で違いが認められた.すなわち,近世アイヌ人骨のゼラチン中の炭素同位体比は縄文グループよりも13C 濃度が高く,サケあるいは海獣を主食とする北米太平洋沿岸の先史および近世の漁撈採集民に近い値を示した.しかし,今回分析した縄文グループの同位体比は,以上のような集団とヨーロッパ農民の中間に近い値を示したのである.以上の結果は,今回分析した縄文グループが近世アイヌと異なった食生活をしていたことを強く示唆している.
    縄文人とアイヌのゼラチンとアパタイト中の炭素同位体比の間には一定の相関が認められた.また過去の研究で,草食獣ではアパタイトの炭素同位体比がゼラチンのそれより約7‰高く,肉食獣ではそれが約3‰高いことが指摘されている.そこで今回の結果からそれぞれのグループの食性の肉食依存度を推定することを試みた.
    今回の測定結果では,アパタイトとゼラチン中の炭素同位体比の差(△)は,羽島グループ6.3‰,三貫地グループ5.5‰,伊川津5.5‰,そして北方の近世アイヌグループが2.7‰であった.典型的な肉食性人類の△値は解っていないので,肉食動物の値(△=3‰)を使って計算を行った.得られた各グループの肉食度はそれぞれ18%,38%,38%,108%となり,近世アイヌが高い肉食依存度を示すのに対して,縄文グループの肉食度は比較的低いという結果が得られた.この結果は,今回の仮定に基づく誤差をそれぞれ20%程度含んでいると考えられるが,それでも別に行われた15N-13C法による縄文人の食性分析の結果と比較的良く一致した.
    縄文人の食性は,今までは主として遺跡堆積物の特徴と民族考古学的手法により得られた結果を基にして論じられてきた.本研究では縄文人骨の同位体比を用いて,より直接的に彼らの食性を復原するという新しい方法を検討した.結果として,縄文人は近世アイヌとは著しく異なった食性を持って生活していたことが示唆された.その特徴は今回分析した縄文人については,水産物に加えて,植物から多くのエネルギーを摂取していたという点である.
  • 金沢 英作, Donald H. MORRIS, 関川 三男, 尾崎 公
    1988 年 96 巻 4 号 p. 405-415
    発行日: 1988年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    アリゾナ州立大学人類学教室に保存されているアフリカの3人種の歯列弓石膏模型から得られた上顎第1大臼歯についてモアレ法による立位計測を行った.材料は1960年代に南アフリカで採得されたもので,Bushman(San,30個体,性別不明), Bantu(Sotho,男性14,女性16), Asiatic Indian(コーカソイド系,男性18,女性15)である.上顎第1大臼歯は咬耗のほとんどない若年個体からのみ印象をとり,3咬頭頂平面を基準とし,ピッチ0.2mm のモアレ撮影を行った.得られた写真上に11の計測点を求め,点間の距離や咬頭の高さを計測した.
    Bushman の歯は咬頭頂間距離が今回のサンプルの中では最も小さく,また咬頭も低い.一方, Bantu は咬頭頂間距離,咬頭の高さともに Bushman を上まわる. Asiatic Indian は人種的に前二人種との関連はうすいが,計測値からみると Bantu よりも咬頭頂間距離は小さく,咬頭は高い.この小咬合面,高咬頭の傾向はすでに調べられたオランダ白人にも見られたことから,コーカソイド系共通の特徴であると思われる.Bantu と Asiatic Indian について調べられた性差は咬頭頂間距離に見られたものの,咬頭の高さには見られなかった.
  • 山本 美代子
    1988 年 96 巻 4 号 p. 417-433
    発行日: 1988年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    古人骨の歯には,疾患や栄養欠乏など乳幼児期に経験した環境ストレスを示すエナメル質減形成がしばしば認められる。縄文時代から近代に至る日本古人骨の,永久歯におけるエナメル質減形成の出現頻度,形態の観察および発生時期の推定を行うとともに,減形成についての研究方法を検討した。その結果,エナメル質減形成の出現頻度には性差はないが歯種差があり,下顎犬歯が観察対象歯として最適と思われた。出現頻度の時代変化をみると,縄文時代よりも古墳時代の方がやや低く,江戸時代ではかなりの高頻度を示し,近代に至って低下した。また減形成の発生は全時代を通じて生後4~5年に多く,3年未満にはほほとんど認められなかった。
  • 山田 博之, 川本 敬一, 酒井 琢朗, 片山 一道
    1988 年 96 巻 4 号 p. 435-448
    発行日: 1988年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    クック諸島住民について歯の大きさを計測し,その結果をクック諸島内ならびに周辺諸地域の集団の間で比較検討した。資料として,クック諸島のラロトンガ,マンガイア,プカプカで採取した4歳から20歳までの男女397名の全顎石膏模型の中から,男性146個体のものを選んで用いた.計測は,上下顎の中切歯から第2大臼歯までの歯冠近遠心径•頬舌径について1/20mm副尺付ノギスで行った。資料は両親あるいは祖父母の出生した島にしたがい次の6群に分類した.プカプカ群,N-S群(北島グループと南島グループの混血),ラロトソガ群,マンガイア群,S群(南島グループのうちラロトンガとマンガイアを除いたもの),混血群(ヨーロッパ人との混血)である。また周辺地域との比較では,クック諸島民をプカプカ群,混血群,南クック群(上記6群のうちプカプカ群と混血群を除いたもの)に分けて行った.集団比較にはマハラノビス距離を用い,これにもとついてクラスター分析,正準座標分析を行った.
    その結果,クック諸島の中では,プカプカと南島グループの間で歯の大きさに有意差が存在し,とくにプカプカとマソガイアの間では28項目中8項目に有意差がみられた.しかし,南島グループの中では歯の大ぎさにほとんど差違は認められなかった.混血群もプカプカとの間に4項目で有意差が認められたが,南島グループとはあまり差を示さなかった.周辺地域との比較では,クック諸島とポリネシアン•アウトライアーのタウマコは1つのサブクラスターを形成し,ハワイージヤワのサブクラスターと比較的近い関係を示した.一方,ニューギニアとブーゲソビルのメラネシアグループは異なった1つのクラスターを形成した.このメラネシアグルーフ.のクラスターには中央オーストラリアの原住民も含まれた(図4,5).
    今回の結果では,歯の大きさに関してオセアニア地域では大きく分けて2つのクラスターが存在することが示された.一方はジヤワを含をポリネシア地域の集団からなり,他方はメラネシア地域のものであった.ここにみられた"dichotomy"はオセアニア地域での生体ならびに歯冠の形態特徴の結果とよく一致した.
  • 斎藤 成也, 清水 展, 尾本 恵市
    1988 年 96 巻 4 号 p. 449-458
    発行日: 1988年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    突然変異遺伝子の年代を分枝過程を用いて調べた.遺伝子の伝達確率がボアソン分布に従うと仮定して,モンテカルロ法によるシミュレーションを行った.集団の大きさの変動に関して様々な場合を考慮した結果,変動する場合の方が,大きさが一定である時よりも年代が少小さくなる傾向があった。一方,ネグリトの集団において遺伝子の伝達確率を家系図より推定したところ,ボアソン分布によく適合した.
  • 嶋田 武男
    1988 年 96 巻 4 号 p. 459-475
    発行日: 1988年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    以前に行った歯列弓および歯槽弓の集団内変異についての研究(嶋田,1988)においては,それらの形状の変動因として,1)犬歯部の幅径と全長の比,2)臼歯部の開大性,および3)前歯部の方形性の3因子が取り出されると共に,HRDLICKA の分類体系(放物線型,楕円型,双曲線型,卵型,半円型および U 字型)が基本的には放物線型と U 字型との対比に還元される1次元的分類であることが明かとなった.しかし,そこではこれらの変動の持つ意味には触れなかった.そこで今回は,上記の研究で導入した多変量的表現を用いて,歯槽弓の形状と上顔部形態との関連を通して歯槽弓の変動の持つ形態学的および機能的意味の解明を試みた.
    まず,上顔部形態の変動因を探るために,24個体の正面観および側面観の写真に基づく19計測項目について因子分析を行い,その結果,1)全体的大きさ,2)上顔部の幅径,3)上顔部の突顎性,4)眼窩部の前後径,および5)頭蓋底に対する顔面の角度ないし位置関係の5因子を取り出した.
    次に,標本の大きさを38に増して,歯槽弓形態と上顔部形態の関連を分析した.11項目からなる上顔部の計測は写真によらず実測によったが,計測項目の選定には上記因子分析の結果が利用された.なお,これらの計測も,正面観および側面観に基づいたが,これは結果の生力学的解釈を意図したものである.歯槽弓形態と上顔部形態の関連は,まず歯槽弓のバリマックス因子の評点と各顔面計測値との相関を調べることにより検討されたが,その相関の程度は概して低かった.そこで,両者の関連は正準相関分析によって調べられた.有意な相関を得るには,変数の数の一層の滅少を必要とした.その結果取り出された成分は,歯槽弓についてみると,上述の放物線型と U 字型の対比によく対応しており,また,これと対をなす顔面に関する成分は顔面の全変動の大きな部分を占めていた.U 字型の歯槽弓と結び付く顔面は,むしろ全体として退化的であり,かつ眼窩部の突出を伴っており,この意味で,ヒトと Ape の分化に関して言われる同名の対比は異質なものである.この正準相関分析により取り出された歯槽弓と顔面形態との関連の生力学的な意味の分析は,咀嚼力の上顔部への影響は眼窩部外壁および頬弓の幅径に限局されるという MOLLER(1966)や,RINGQVIST(1973), WEIJ(1986)らの統計学的研究の結果を参照して行われた.我々の得た歯槽弓の形状と連動する顔面形態の変動成分は,上記の研究で注目された幅径と相関を持っているが,同時に高さにも関連しているので,それを少なくとも咀嚼力と関連付けて解釈することは困難である.しかし,以上の結論は集団内変異の分析に基づいたものであり,集団間あるいは種間変異における歯列弓形態と顔面形態との生力学的関連を否定するものではない.
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