人類學雜誌
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99 巻 , 4 号
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  • 埴原 恒彦
    1991 年 99 巻 4 号 p. 399-409
    発行日: 1991年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    縄文人が後期更新世から完新世初期にかけて日本列島に拡散していったことはほぼ間違いないであろう.彼らの人種的,地理的起源に関しても,筆者は,後期更新世にスンダランドで進化してきた集団が,今は水没してしまった東アジアの大陸棚づたいに北上してきたとする, C. G. ターナーの仮説を支持する分析結果を示してきた.それでは,日本列島への拡散ルートについては,どのように考えられるのか.港川人の発見によって,南西諸島がこのルートの一つと考えることが可能になったと思われるが,他の形質人類学的追証は殆どなされていない.本研究では,この問題へのアプローチの一つとして,先史時代を含む南西諸島のほぼ全域から歯冠形質に関するデータを収集し,縄文人,東アジア及び東南アジア諸集団との比較分析を試みた.
    分析は,南西諸島集団を4つの地理的グループ(広田遺跡集団-種子島,奄美諸島,沖縄諸島,先島諸島)に分けておこなった.その結果,南西諸島諸集団,とくに,最南端に位置する先島諸島集団は,今日でも縄文人の形質をかなり濃厚に受け継いでいることが明かとなった.それと同時に,これらの諸集団の歯冠形質には,地理的勾配が認められた.これらの結果から,近世の南西諸島民の歯冠形質は,縄文人のそれを基盤とし,過去数千年間にわたり,環境及び文化的影響,また,本土の集団からの遺伝的寄与を受けながら,小進化してきたものと考えられる.全体としては,南西諸島民の歯冠形質は,本州日本人,朝鮮人,中国人よりも東南アジア集団(フィリピン人,ネグリト)に類似する.
    以上のことから,スンダランドから拡散していった集団は,南西諸島をその北上ルートの一つとして,日本列島に拡散していった可能性があるものと思われる.
  • 佐熊 正史, Joel D. IRISH, Donald H. MORRIS
    1991 年 99 巻 4 号 p. 411-417
    発行日: 1991年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    上顎犬歯の咬合面において近•遠心辺縁隆線,基底結節および棘突起が強く発達することにより,小臼歯に類似する形態を示すものをブッシュマン•ケナイン(Bushman Canine)と呼ぶ ORANJE (1937)によって最初に記載され,その後 MORRIS (1975)や TURNER ら(1991)が詳細な分類と定義を行った.本稿では,中東アフリカに居住する Chewa 族から得た硬石膏模型(男性82例,女性76例)を用いて,その上顎犬歯に現われた Bushman Canine をアリゾナ州立大学の基準模型をもとに観察した.出現頻度における性差は,これまでの報告と同様に Chewa族においても認められなかった.また,中東アフリカに居住する Chewa 族の出現率を他のアフリカ南部の諸集団と比較検討したところ, Chewa 族は低い値を示すことから,アフリカ南部から中央部に向かうに従って Bushman Canine の出現率が低下する傾向が認められた.この事実は, San 族(Bushman)とバンツー系言語を主として話す人々との混血の結果と解釈される.なお, Chewa 族の Bushman Canine の出現頻度が San 族に比べ極めて低率であることにより, San 族の出自母集団は Chewa 族とは異なると考えられた.
    これらいずれの所見からも,いわゆる"Bantuexpansion"説の妥当性が示唆された.
  • 井上 直彦, 坂下 玲子, 野崎 中成
    1991 年 99 巻 4 号 p. 419-436
    発行日: 1991年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    頭部 X 線規格写真を用いて解析を行う際に,性別不明の資料のため困惑することがある.そこで,頭部 X 線規格写真の計測値から判別関数を求め,性別の判定を試みた.まず,性別が明らかな近世泰雅族頭骨標本,男性24例,女性21例の頭部 X線規格写真を用い,肉眼的観察に際して重視される眉間および乳様突起部の計測を行い,判別関数を求めた.これを45例に適用したところ93.3%の的中率を得た.ついでこの方法を,中国殷墟出土の頭骨標本に応用し,性別不明のすべての例の分類を試みた結果,頭部 X 線規格写真の計測値によって性別がかなりよく判別できることが知られた.
  • 土肥 直美
    1991 年 99 巻 4 号 p. 437-462
    発行日: 1991年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    金関家骨格資料について,形態学的調査を行なった。次に,骨形態に表れる遺伝的効果と環境効果の関係を知るために,他の家系および非血縁者集団とともに多変量解析法を用いて分析した。その結果,遺伝的効果はこれまであまり研究されていなかった四肢長骨においても,特にその骨端部にかなり強く表れることが明らかになった。環境効果は社会的階級および時代の差として検出され,それぞれ主として骨の太さと長さに関係していた。社会的階級の差による環境効果は前腕と下腿に強く表れており,労働の量等に関連すると考えられた。時代の差は下肢骨に強く表れる傾向が認められ,食性や衛生環境等の生活条件と関連すると考えられた。
  • 百々 幸雄, 木田 雅彦, 石田 肇, 松村 博文
    1991 年 99 巻 4 号 p. 463-475
    発行日: 1991年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    北海道東部の厚岸町下田ノ沢遺跡より,1966年,1体の擦文時代人骨が発見された。人骨は頭骨ほぼ全体と体幹•体肢骨の一部が,人類学的研究に耐え得る状態に保存されていた。年齢,性別は成年女性である。頭骨の計測値に基づいた距離計算では,アイヌよりも東北日本人にやや近いという結果が得られたが,歯の計測値に基づく距離計算と頭骨の非計測的小変異に基づく分析の結果は,本人骨が明らかにアイヌに帰属することを示した。体幹•体肢骨の計測と観察の結果もこれを支持するものであった。頭骨の非計測的小変異では,関節面を有する典型的な第3後頭顆の発現が注目された。分析結果を総合的に解釈すると,下田ノ沢擦文時代人骨の形質は,近世北海道アイヌのそれと基本的に変わるところがないと結論される。
  • 茂原 信生, 芹澤 雅夫, 高橋 秀雄
    1991 年 99 巻 4 号 p. 477-482
    発行日: 1991年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    栃木県小川町の仲の内遺跡(江戸時代)から出土した女性と思われる人骨に乳歯残存,および萌出位置の異常がみられた.この人骨は軽度の歯槽性突顎を示し,上顎右第3大臼歯は先天的に欠損している.上顎右第2切歯が欠損し,第2切歯が萌出すべきところに犬歯が萌出し,本来犬歯が植立しているべき場所に乳犬歯が残存している.上顎左第2切歯は円錐歯形で,舌側にはみ出して萌出している.今回の例は,乳側切歯が欠如し,その結果永久犬歯の歯胚が近心に移動して側切歯部に萌出したことによるものと解釈できる.
    ヒトの顎は退化傾向を示しており,顎骨の退化が歯に影響を与えていると考えられる.今後,日本人の歯の先天異常の報告を蓄積していくことは,咀噌器官の時代変化を明かにしていくために必要である.
  • 土肥 直美
    1991 年 99 巻 4 号 p. 483-496
    発行日: 1991年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    故金関丈夫先生および御尊父の遺骨にっいて形態学的調査を行なったのでその資料を報告する.計測は主として MARTIN und SALLER (1957)に従い,顔面平坦度については YAMAGUCHI (1973,1980)に従った.また,非計測的計質の観察は BERRY andBERRY (1967), DODO (1974,1975), FINNEGAN(1978)を参照して行なった.
  • 竹岡 俊樹
    1991 年 99 巻 4 号 p. 497-516
    発行日: 1991年
    公開日: 2008/02/26
    ジャーナル フリー
    打撃を加えると石は割れる(剥離;Fig.1).石器製作はこの単純な物理現象のくり返しによって行われる.従って,石器を構成している剥離面を観察すること,および実験を通して剥離現象の因果関係を知ることによって,我々は石器の素材とハンマー.ストン(Fig.3)を操作した旧石器時代人の手の動きや,彼らの行った石器製作の工程を復元することができる.
    また,同様に,石器やハンマー•ストンに残された使用痕の分析によって,その道具の運動形態,つまりその道具を用いた旧石器時代人の手や腕の動きを知ることができる.
    従って,以上の作業を積み重ねていけば,ヒトの手•腕の進化,利き手の出現,そして脳(思考)の発展の様相を明らかにすることができるはずである.
    しかし,今日までこのような問題意識の下に行われた石器の分析,あるいは資料の提示は皆無である.
    本稿は以上の諸問題を先史•考古学の俎上にのぼすため,そして諸関連学問からの教示を仰ぐための作業仮説として提出するものである.
    本稿の概要は次のとおりである.
    1.ハンマー•ストンの形状•使用痕の観察によれば,ハンマー•ストンの握り方,動かし方に変化があったことが推察される.つまり,手の運動能力において時代的な大きな差異が存在したと考えられる(Fig.3;1.オルドヴァイ Bed 1(180万年前)わしづかみ,垂直運動.2.テラ=アマタ遺跡(38万年前)親指と他の4指とによる把握,垂直運動.3.国分台遺跡(2万年前)向こうから手前への手首の回転による振り下ろし).
    2.利き手の存在有無は,理論的にはハンマー•ストンの使用痕と単式削器(Fig.5)の刃の位置の分析によって明らかにしうる.しかしハンマー•ストンに関しては,前期旧石器時代には専ら垂直に運動していたと考えられることから,それが左右いずれの手で握られていたかは判断し難い.現段階では,右利きの存在は後期旧石器時代までしか遡ることはできない.
    一方,単式削器の場合,刃の位置が規定される前提として,その素材となる剥片の表と裏,基部と末端(Fig.4)が製作者に認識されていたか否かが問題となる.この両者が認識され,あらかじめ右利きにとって用い易い位置に刃が付せられ始あるのは13万年前(ル•ラザレ遺跡)である.それ以前の段階では剥片の表裏は区別されてはいるが基部•末端が区別されていなかったり(テラ=アマタ遺跡,アラゴ洞穴),あるいはその両者とも区別されていない(オルドヴァイ Bed 1).つまり,刃の位置の規定は利き手の有無以上に製作技術や思考の発展段階と関係している.
    3.そこで次に,石器を製作するのに必要な素材,ハンマー•ストンの動き,っまり左右の手の動きを残された石器から実験によって推定すると,完全な両面加工石器(少なくとも30万年前に完成)の製作には非常に複雑な左右の手の分業•協調,従って利き手が必要とされると判断される(Fig.8;剥離作業の基本的身ぶり,Fig.9•10;素材(左手にもたれた)の動き,Fig.11•12;両面加工技術).つまり,この段階には左右の手による作業と対応して左右の脳も十分に特殊化していたことが推定される.そしてそれは,ヒトが石器を製作し始めた数百万年前から行われ続けた,右手でハンマー•ストンを操作し,左手で素材を持っという作業分担が脳を発達させるとともに,その左右差を拡大させぞいった結果であろうと判断される.
    4.石器製作によってなされた手,脳の発達は石器製作作業自体に反映され,石器の形は次第に明確となり(Fig.7,15),何種類かに分類され,そして製作工程は複雑化,体系化していった(Fig.13;製作工程の複雑化,Fig.14; 剥片剥離技法の諸工程,Fig.16; 製作工程の体系化, Fig.17; 製作作業の分類と石質の分類との対応(ル•ラザレ遺跡)).そして,その発展に伴うイメージの操作,作業の計画等の諸作業の複雑化が今度は左右の脳とその協調性を発達させた.従って,ここに,脳,手,石器という3つの要素間の関係によるヒトの進化という図式を仮定することができる.っまり,ヒトの生物学的進化と文化的発展とは相互不可分の関係にあり,そしてここにヒトという生物の特殊性がある.
    こうして,ホモ•サピエンスの段階に,我々の脳と手は完成し,複雑な形態を持つ道具(Fig.18•19; 組み合わせ石器)や,イメージと言語の総合による神話世界の出現を示す彫刻や洞窟壁画(Fig.20)が出現した(竹岡,1991参照).
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