日本地理学会発表要旨集
2024年日本地理学会秋季学術大会
選択された号の論文の185件中101~150を表示しています
  • 川久保 篤志
    セッションID: 445
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    1.はじめに

     昨年後半からの輸入オレンジ果汁の価格高騰は、輸入減とオレンジジュース小売価格の急上昇をもたらしている。2024年春には大手飲料メーカーが販売休止を発表するなど自由化(1992年)以降では最も流通が混乱している。発表者が都内で観察した限りでも、オレンジ100%の濃縮果汁還元ジュースは900mlで200円台後半のものが多く、リンゴやブドウ、グレープフルーツと比べると割高感が目立つ。また、原料産地国としてイスラエルやメキシコなど見慣れない国が加わっているのも変化の1つである。このような流通の混乱は、国産みかん果汁産業にどのような影響を及ぼしているのか。以下、若干の考察を試みる。

    2.オレンジ果汁の輸入動向と展望

     オレンジ果汁(冷凍濃縮)の輸入量は2010年代には5万t前後で推移していた。しかし、2021年以降は3万t程度に減少し、2024年も回復の兆しはみられない。一方、価格は長らく1リットル300円台前半で推移してきたが、2023年には500円台後半に急騰し、2024年には600円を超えたため(日本貿易月表)、需要は急速に減少した。輸入減の最大の要因は、世界最大のオレンジ果汁生産国のブラジルで天候不順と病害(柑橘グリーニング病)が発生し、オレンジの収穫量が低迷して在庫量が過去最低水準に陥っているからである。また、米国フロリダ州が近年、相次いでハリケーンに被災し、米国がオレンジ果汁の輸入量を増やしていることも世界的な需給逼迫に繋がっている。さらに、日本的な事情として34年ぶりの円安による輸入価格の押上げと、長らく続いたデフレ下で容易に値上げできない小売環境にあることも、輸入果汁の流通減に繋がったといえる。このような状況から脱するには、ブラジル産の回復や他の輸出国の成長が望まれるが、ブラジルのオレンジ生産量は長期的には減少傾向にあり、現状ではブラジル産より安いオレンジ果汁を対日輸出している国はない。

    3.国内の柑橘果汁業界の現状と課題

     みかん果汁の製造量は自由化後に激減し、濃縮果汁ベースでは5分の1になっている(日園連資料)。これはオレンジとの競争に敗れたことに加えて、みかん自体の収穫量が自由化当初と比べて半減していることも関係している。このような中、一部の飲料メーカーでは苦肉の策としてオレンジにみかんを加えた混合果汁商品の販売を開始し、スーパーやコンビニに並ぶようになった。しかし、俄かに高まったみかん果汁の需要は、濃縮果汁を製造する農協系工場の在庫を一掃する効果はあったが、それほど大きな利益をもたらしてはいない。なぜなら、みかん果汁を前面に出した自社ブランド商品の販売に積極的な農協系工場は極めて少ないからである。これは、柑橘果汁は「安いオレンジで十分」という環境の醸成とみかん果汁が減少しすぎて積極的な商品展開が難しくなったことからきている。したがって、みかんがオレンジの代替品として機能して利益をもたらすには、何よりも原料みかんの集荷量を増やすことが必要で、その上で自社ブランド商品を積極的に展開しなければならない。みかん生産が減少する中で集荷量を増やすのは容易ではないが、1つの考え方として農家が産地商人や農産物直売所向けに出荷している裾物を果汁向け出荷に誘導することがある。ただし、これには購入価格の引上げが不可欠で、現状ではkg当たり10円台と目されるものを農家手取りで30円まで引上げれば効果が出るだろう。高値購入は工場側にはコスト上昇になるが、ストレート果汁の強化など高付加価値化と並行して希望小売価格を引上げられればコスト上昇分は回収できると思われる。

    4.おわりに

     昨今のオレンジ果汁の価格高騰は、みかん果汁商品の流通量の増加と農協系工場の果汁在庫の一掃など、プラスの変化をもたらした。これは、価格面で圧倒されていたみかん果汁に商機が来たことを意味し、高品質・高価格路線での商品展開の可能性を抱かせるものといえる。しかし「安くない」オレンジ果汁の定着は、低価格な他の果実飲料との競争に敗れ、みかんを含む柑橘果汁全体の消費減退に繋がる可能性がある。また、オレンジ果汁主体の飲料メーカーにとっては、みかん果汁の在庫が潤沢でない以上、混合果汁で急場を凌ぐ戦略はいずれ破綻するだろう。結局のところ、自由化後にオレンジに依存した柑橘果汁製造が定着した日本では、早期にオレンジ果汁価格が下落し、輸入量を増やせることが最善のシナリオではないか。

  • 工藤 駿之介, 河合 隆行, 土屋 竜太, ツェレンプレブ バトユン, 森永 由紀
    セッションID: 233
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    遊牧民の洗濯排水による地域水環境汚染の現状

    Pollution of regional water environment caused by laundry wastewater of nomads

    工藤駿之介 (日本地下水開発株式会社)*, 河合隆行 (秋田大), 土屋竜太 (明治大), ツェレンプレブ・バトユン(モンゴル気象水文環境情報・研), 森永由紀(明治大)

    Shunnosuke Kudo (Japan Groundwater Development)*, Takayuki KAWAI (Akita Univ.), Ryouta TSUCHIYA (Meiji Univ.), Tserenpurev BATOYUN (IRIMHE, Mongolia), Yuki MORINAGA (Meiji Univ.)

    1. はじめに

     近年,モンゴルでは,地方に暮らす遊牧民の生活水準が向上している。その一例として洗濯機の普及があげられる。洗濯機が普及することで洗濯回数が増え,洗濯排水の量も増加した。しかし,遊牧民が生活するモンゴルの地方には上下水道処理施設が存在しないため,遊牧民は洗濯排水を直接地面に流している。そのため,洗濯排水が地域水環境を汚染している可能性がある。特に,遊牧民は生活用水の大部分を地下水に依存している。もし,地下水をはじめとする地域水環境が洗濯排水によって汚染されているとすれば,遊牧民にとって大きな問題である。そのため,地域水環境の汚染実態に関する調査を行った。

    2. 調査地・調査方法

     モンゴル国ブルガン県モゴド郡にあるホルジ川流域内の河川,湧水,湖,温泉で調査を行った。モゴド郡の人口の大部分は遊牧民で,ほとんどの世帯が洗濯機を所持している。調査は2023年の7月中旬から8月下旬にかけて行った。調査地点はホルジ川6カ所,湧水16カ所,湖3カ所,温泉1カ所である。調査地ではpH,EC,水温の基礎データの取得と採水を行い,採水したサンプルは密封して日本に持ち帰り精密分析を行った。また,現地で販売していた洗濯洗剤を全種類購入し,疑似的な洗濯排水を作成し精密分析を行った。精密分析には誘導結合プラズマ質量分析法 (ICP-MS)を用いた。ICP-MSの結果から,サンプルと洗濯排水に人体に悪影響を与える元素が含まれているかを調べた。また,洗濯排水に含まれる特徴的な同位体比を持つ元素をトレーサーとして,洗濯排水による地域水環境の汚染指標とした。

    3. 結果

     ICP-MSを用いた精密分析の結果,水サンプルと作成した洗濯排水の両方に,日本の環境省によって定められた「水質汚濁に係る環境基準」の「人の健康の保護に関する環境基準」元素が含まれていた。また環境基準値を超える地点が9箇所観測された。洗濯排水に含まれる特徴的な金属イオンの同位体に40Caと48Caがあった。48Caはモンゴルのような標高の高い地域には多く存在しない同位体であるため, 48Caの同位体が多く含まれる水サンプルは洗濯排水の影響を強く受けていると考えられる。また,洗濯排水に特に多く含まれる元素としてB,P,Zn,Pb,U,Asがあり,これらの元素が多く含まれる地点も洗濯排水の影響を受けていると考えられる。人口の多い地域周辺の調査地点から48Caの同位体と洗濯排水に多く含まれている元素が多く検出された。このことから人口の多い地域では洗濯排水による地域水環境の汚染が既に進行していると考える。

  • 宮崎県における事業所経営者を事例に
    福山 一茂
    セッションID: 438
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    問題の所在

     従来の地理学におけるエスニック・ビジネス研究では大都市の集住地域や大都市圏における事業所の機能や立地に重点が置かれてきた(片岡2004, 2005, 2015; 金2016; 粉川2017).しかし,事業所経営者の生活者としての側面はあまり検討されてこなかった.また,2010年代後半以降のベトナム人の増加は非大都市圏において顕著であるが,非大都市圏のベトナム人について扱った研究は地理学においてはみられない.

     非大都市圏の多くの地域では技能実習・特定技能制度により居住するベトナム人がその地域の外国人割合の上位である.非大都市圏の自治体や外国人を雇用する企業では両制度の法改正による大都市圏への人材の流出が懸念され,地域に定住してもらうことが課題となっている.しかし,その地域に定住するに至ったベトナム人の事情や意思決定のプロセスが十分に考慮されているとは言いがたい.

    目的

     本発表では,ベトナム料理店や食材店の経営者をすでに定住しているベトナム人の事例のひとつと位置づけ,この人びとに焦点を当てる.この人びとはどのような経緯でベトナム人集住地域が存在していなかった地域に定住するに至ったのであろうか.本発表では,経営者の生活者としての側面にも留意しつつ,経歴についての語りの分析を分析する.それを通じて,非大都市圏におけるベトナム人の定住の実態を明らかにするとともに,定住に向けた政策的インプリケーションを提供することを目的としている.

    調査地域と方法

     宮崎県内に立地する4店舗において経営者やその子を対象として2024年6月にインタビューを行った.なお,宮崎県に住むベトナム人は2013年からの10年間で70人から2775人に増え,増加率は全国で最も高い.このことを踏まえ,宮崎県で調査を行った.

    結果 インタビューをもとにした経歴を下に示した.名前はいずれも仮名である.この人びとは経済的な要因だけではなく,家族の事情や友人関係によっても定住,開業に至っていることが明らかになった.詳細な語りの分析や考察は発表時に提示する.

  • - 成人映画館を事例に -
    横山 百恵
    セッションID: 439
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    本研究では,村田(2002)の指摘が成人映画館に対して適応されるのか考察を行った.成人映画館は利用者の主体が異性愛の男性であることが想定されるため公的な空間であると考えられる.同性だけで構成される空間は,鑑賞対象が性そのものであるにしても,利用者同士としては性を意識する機会が少なく極めて無性な状態に近いと言える.本研究では,現代の成人映画館の利用実態を解明し,成人映画館内における公共的空間と私的空間の境界線を村田の指摘を参考に考察することにある.

    本研究では,日本のとある大都市圏に立地する成人映画館7館(A~G)に対し概要を把握するための一次調査を行い,そのうちF館に対して二次調査を行った.その後,新聞記事やエッセイ等を利用して,成人映画館に関連する言説分析を行った.

    調査の結果,F館の事例から現代の成人映画館が必ずしも同性だけで構成される空間ではないことが明らかになった.ある特定の利用者がルールを敷き女性を保護することで,他の男性利用者に対して公共的空間内に私的空間を意識させるという空間構造の実態は,村田の指摘に合致したものであると言えよう.一方で,現代における成人映画館には各館ごとに個性が見受けられ,一般化して議論をすることが困難である.F館以外の成人映画館においては,村田の指摘に合致しない現状が明らかになった.

  • 平間 千尋, 堅田 元喜, コノリー ロナン, スーン ウィリー, オニール ピーター, 前田 滋哉
    セッションID: 213
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    地球温暖化による生物季節(ソメイヨシノの開花日や満開日など)への影響が懸念されているが,過去の長期観測データには都市化昇温(ヒートアイランド)の影響も含まれている.既往研究でもソメイヨシノの開花は都市の中心部に近づくほど早いことが指摘されているが,全国規模での実態は不明である.さらに,生物季節観測指針制定(1953年)以前の観測データは紙媒体の状態で保存されており,過去100年間の評価は困難である.そこで本研究では,全国のソメイヨシノ観測地点から都市部と農村部を分別抽出した上で,1953年以前の観測資料を電子化して過去100年間の開花日・満開日の長期トレンドを復元する.1953~2010年における都市部の開花日の変化率の推計値は農村部の約3倍となり,開花の早まりが都市化昇温による可能性があると示唆された.また,各地点におけるこの変化率は都市化の指標や3月の平均気温の上昇とともに増大する傾向が見られ,都市部の多くの地点で過去70年間開花が早まってきた理由は都市化が進み冬季の気温が上昇したためであると考えられた.

  • ―総合型地域スポーツクラブと地方自治体の活動と相互関係から―
    佐藤 正志
    セッションID: S407
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    1.研究の背景と本報告の目的

     「平成の大合併」からおおよそ20年余りが経過する中で,合併を経験した市町村では新自治体建設から一体化の時期へと移行している。一方で,地方自治体は,財政悪化や人口減少,公共施設等再編計画の進行を受けて,公共施設を介した公共サービス提供の再編を余儀なくされている。一方,公共サービス供給や運営では,地方自治体だけでなく民間企業やNPO法人,地縁団体などが相互に関与する体制が,2000年代以降の地方行財政改革以降に進められてきた。しかし,初期の研究を除けば,合併した自治体での公共サービス運営や供給をめぐる旧自治体と新自治体を中心とした地域単位の設定や,自治体内外に所在する主体間の相互関係が,運営の一体化や個別化にもたらす影響については,十分議論が進んでいない。

     こうした状況を踏まえて,本報告では合併自治体における公共サービス運営における地理的枠組みの出現を,関わる主体の活動が繰り広げられる地域単位や,活動における相互関係に着目しながら検討したい。

    2.スポーツにおける多様な主体の関与と地域

     本報告では,広域合併により誕生した市町村におけるスポーツ(体育)分野を取り上げる。スポーツ分野は,①従来市町村により住民向け施設の整備が進み,運営面で体育(スポーツ)協会や地方自治体の社会教育関連部局が中心的な役割を担ってきた,②1995年の総合型地域スポーツクラブ(以下総合型地域SC)の育成開始や,2003年の指定管理者制度により運営において,多様な主体がスポーツ運営に関与する場面が拡大してきた,③公共施設等総合管理計画の策定で施設再編や効率化の対象となっている,といった点が特徴である。スポーツ分野では地域を軸とした運営へと転換が図られており,市町村合併した場合の地理的枠組みの出現を考察する上で格好の分野である。

     総合型地域SCは,2023年7月時点において全国で3551育成されている(スポーツ庁調査による)。しかし,総合型地域SCの活動単位は,市町村や学区など多様な地域単位が設定され,地域が指し示す内容は一定ではない。

    3.合併自治体におけるスポーツ運営上の地理的枠組み

     本報告では広域合併自治体である,富山県南砺市と新潟県村上市を事例に,スポーツ運営をめぐる地理的枠組みの形成を捉える。両自治体では,先行する旧自治体で,文部科学省の支援を受け総合型地域SCの結成・活動が進められてきた。合併後には,行政の支援を受けて,市全域で新たな総合型地域SCの設立が進められてきた。

     このような背景の中で,設立された総合型地域SCは,①指定管理者制度による旧市町村単位のスポーツ施設の管理運営,②行政による設立支援とその地域的な枠組みの設定,といった点から,旧市町村を中心とした単位での活動や施設管理運営が実施されてきた。また,各クラブは,個別での活動が中心で,クラブ間で共同事業を行う動きは少ない。事例から見た際には,スポーツ運営となる地域的枠組みは,旧市町村という単位が軸となっている。そして,その枠組み設定には,設立への支援や施設面を中心に行政の意向が強く働いていることが示される。

     一方で,総合型地域SC同士や,関係団体が集う協議会などを軸にして,新自治体での一体化を進める動きもある。実際に,村上市では先行して設立されたクラブが,自主的な活動として開始した学校部活動の地域移行を,国からの支援を受けて事業化を進めた後,全市的な取組みとして一体的な運営に繋げる動きもある。反面,南砺市のように,各クラブの活動の人的・資金的規模,指定管理者制度による管理施設の有無などから,協議会が存在しても市全体としての一体的な運用の困難さを抱えている。このように,合併市町村では,旧市町村・新市町村という地理的単位の併存を中心に,多層的な相互関係を構築しながらスポーツ運営が実施されている状況がみられる。

  • 鈴木 比奈子, 水井 良暢, 三浦 伸也
    セッションID: P041
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    1.はじめに

     2011年東日本大震災以降、災害アーカイブが各地で展開してきた。災害アーカイブの活用実態とその効果は、例えば池田・佐藤(2020)や大西(2023)に詳しい。アーカイブする災害情報は本来、網羅的に収集されるべきであるが、記録をするのも人間である。抜け落ちやすい地域や情報があり、災害記録の偏りと粗密が生じる。鈴木(2022)では、災害記録の空白域は、災害が無いのか、災害記録が抜け落ちているのか、両方の状況が考えられ、それによって地域の災害認識に齟齬が生じることを示唆している。そこで本研究は、デジタルデータとして大量に保存される災害アーカイブデータを用いて、空間的な面から情報の偏りを明らかにすることで、災害アーカイブが持つ地理的な情報の強靭性や脆弱性を知り、災害アーカイブの在り方を考えることを目的とする。本稿では、現在進行形で被災し復旧が進む令和6年能登半島地震を対象に建物やインフラ、斜面崩壊被害の画像を中心に行った。

    2.方法

     今回使用するデータは、2024年6月6日から10日に筆者らが調査を実施した石川県能登半島地震被害調査の画像である。被害が認められた際に、手持ちカメラで撮影した画像4576枚を使用する。経路上はドライブレコーダーでも写真撮影を行っており、被害状況の振り返りが可能である。画像に書き込まれたExifデータより緯度経度情報を抽出し、ESRI社製ArcGISにて、出力セルサイズ5E-03で点密度処理を行い撮影画像の密度分布図を作成した(図1)。

    3.結果

     点密度が高い地域は内灘町、輪島市中心部・門前町、珠洲市中心部、輪島市門前町、七尾市中心部であった。既知のとおり、多数の建物の全壊や火災や津波による被害が大きかった地域である。点密度が少ないものの被害が出ている地域は、特に輪島市から能登町の内陸にかけての地域と能登町から能登半島北部の沿岸地域の経路上である。報道や被害報告の話題に上がりにくい地域だが、全戸避難の地区と建物被害が軽微な地区が入り乱れていた。

    4.考察

     点密度が高い地域は、報道等で目にする機会が多い地域である。情報の密度が多いところは記録が残りやすく、支援やアーカイブが集中する。今回、情報の粗密が生じていた地域は、これまでの地震災害であれば、報道されるレベルの被害であるにもかかわらず、ほとんどニュースなどでは取り上げられていなかった。災害記録の偏重は、外部からの災害復旧や復興支援への進捗や、後世へ向けた災害対策を進めるうえで、後回しになることも考えられる。情報が粗密な地域では、災害直後から、復旧や復興時期も含めて、意図的に情報をアーカイブする必要がある。

    5.課題・まとめ

     本稿では、アーカイブデータの空間配置から、災害記録の粗密について検討した。今回のデータは、災害発生後5ヶ月が経過し、被害状況が把握され、通行が可能な地域を対象にしたデータであり、すべての地区を網羅的に撮影したものではない。発災直後の画像や復旧に携わる機関の画像などと比較して、災害アーカイブの粗密がある場所や、抜け落ちやすい情報、時期による復旧の様子の視覚化などのさらなる解析が必要である。伝わりにくい場所や情報についてもさらなる検討を進め、地域の資産として災害アーカイブのより一層の活用を目指す。

    参考文献

    ・池田・佐藤(2020)東日本大震災アーカイブの活用実態に関する調査分析,地域安全学会論文集,37,219-226.

    ・大西(2023)東日本大震災に関する災害デジタルアーカイブの利活用における成果と課題,デジタルアーカイブ学会誌7(S2),S146-149.

    ・鈴木(2022)日本全国の自然災害記録のデータベース構築と災害記録の現状に関する研究,https://senshu-u.repo.nii.ac.jp/records/12692

  • 鈴木 允
    セッションID: S108
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    現行学習指導要領では,校種,教科・科目を越えて「探究」が重視される.高等学校では,科目名に「探究」の入った「地理探究」が設置され,そこでは世界地誌も多く取り上げられる.高等学校の「総合的な探究の時間」の学習指導要領解説をみると,「探究」の定義は「物事の本質を自己との関わりで探り見極めようとする一連の知的営み」とされている.かつては「地名・物産の地理」と暗記科目の象徴のようにいわれたこともあった地誌学習であるが,表面的な地域理解にとどまらない探究的な地誌学習は,どのように実現できるのか.地誌学習の目的は「地域的特色の理解を通じて学習者の世界像の形成に寄与する」(竹内2015)ことといえるが,地域的特色のより深い理解のための探究的な学習過程とは,どのようなものなのか.社会問題を社会科教育でどのように取り扱うかを論じた坂井編(2016)は,学習者の思考や学習者に迫る授業の論理の枠組みとして,「自己の内側からの思考」と「自己の外側からの思考」の両者の必要性を主張した.前者は,当事者(地誌学習においては,地域の人々と置き換えられよう)に対して人間的な共感をもとにストレートに心情に迫ろうとすることによって,自己の感じている社会的な価値観や個人の見方を問い直す契機となり,自己と当事者を結びつけた深い思考を促すものである.後者は,社会認識を育む立場から重視されてきた視点で,より合理的に問題を捉え,原因,内容,社会的な影響などの分析をもとに社会問題の全体や社会的意味を追究することを重んじるものである.この枠組みは,地誌学習における探究の方向性としても援用が可能であろう.「自己の内側からの思考」は,空間的・社会的に遠く離れた他者に対する想像力を働かせ,共感を伴う理解を重視する熊谷(2022)にも通じる.地誌は,「対象となる全体地域について,全体地域を構成している複数の部分地域(諸地域)のそれぞれの特色を捉えるとともに,それら部分地域が集結した全体地域地誌的空間的パターンを捉える地理」(山口編著2011)といえる.この全体地域-部分地域の関係は,様々な空間スケールにおいて成り立つ重層的なものである.ただし,ある部分地域の特色を捉えようとする場合に,その下位スケールの部分地域の個別の特色は,一定程度捨象される面もある.地域内における多様性や,地域で暮らす人々の生活のあり様は,マクロスケールになればなるほど具体的に捉えにくくなり,地域の景観や人々の暮らしなどへの想像力が働きにくくなる.その結果として記述された文字情報だけによる地域像の理解が進んでしまうと,「地名物産の地理」になりかねない.総体的な地域理解の中で,多様な人々の生活のあり様を想像できるような授業開発が必要である.なお,スケールの話と関わって,どのような地域区分で地域像を描くかという問題もある.世界像を認識する上で特に,「東南アジア・オセアニア」を総合して捉える意義についても,今回の公開講座の重要な論点となるだろう.一方,「自己の外側からの思考」は,地理学習においては,「地理的な見方・考え方」を働かせて事象を考察するという過程として提示されてきた部分に重なる.「地理的な見方・考え方」は多様な対象に対して援用できる汎用性があるが,世界地誌学習(地理学習,あるいは社会科学習)の目的により近づくために,どのような事象を教材化し,学習課題をどのように設定するかが重要である.これまで,地理を学ぶ意義として,SDGsとの関わり,国際理解や防災において有用な知見や視点を提供し,社会問題の解決に向けた貢献が可能であることが主張されてきた.こうした目的意識に応じた内容は,主に高等学校の「地理総合」で具現化されたが,持続可能な社会の構想に向かう探究活動の実現には,地域についての具体的な知見や視点も欠かせない.ここに,地理の枠組みで探究を進める地誌的な学習の意義が認められる.もっとも,そうした応用的な面だけでなく,「自己の内側からの思考」から学習者の世界像の形成につながるような地誌学習も望まれる.現行指導要領における探究の重視は,予測困難な未来を生きる子どもたちが,困難に立ち向かい,より良い社会を切り拓いていく必要性から提起された面もある.現実の世界を知り,人々が直面する様々な課題を見出し,解決していくのに有益な思考力や行動力の育成につながる授業が求められている.そこにつながるような探究的な世界地誌学習の在り方について,議論していく必要がある.

  • 古賀 勇人
    セッションID: 633
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    1. 背景

    人文地理学において、「スケール」は論争的な概念である。これまで、特に英語圏の学術誌を舞台に、いくつかのスケール論争(Scale debate)が行われてきた(例えば、Political Geography誌(1998)、Progress in Human Geography誌(2000-01)、Transactions of the Institute of British Geographers誌(2005-07)など)。なかでも、Marston et al. (2005)に端を発する論争は、スケール概念の理解に際して基礎的であるにもかかわらず、今なお結論付けられていない。“Human Geography without Scale”と題されたこの論考では、スケール概念が本質化され、自ら存在するものとして用いられてきたことが問題化されている。この理解において、「高位」のスケールである「グローバル(the global)」が、特定の空間編成の要因として措定され、それゆえに、日常性(everydayness)や状況づけられたポジショナリティ(situated positionality)への着目が制限されていると、Marstonらは主張する。このことから、「スケール」を廃棄し、フラットオントロジー(flat ontology)に基づいた人文地理学の展開が提起される。このフラットオントロジー的な思考様式は、Actor Network Theoryやassemblage theoryなどに代表されるように、今日の英語圏人文地理学において、一定の影響力を持っている。他方で、スケールという概念は、人文地理学において、今なお頻繁に用いられる概念である。ここに、一見相反する状況が存在する。すなわち、フラットオントロジーを提起したMarston et al. (2005)はスケール概念を廃棄することを主張したのにもかかわらず、フラットオントロジー的思考様式をしばしば採用する人文地理学的思考において今なおスケール概念が用いられているという状況である。本報告では、Marston et al (2005)の問題提起とそれに対しての応答、さらにその後の英語圏における議論を批判的にレビューする。それにより、この一見相反する状況に対しての理解の枠組みを試論的に模索する。

    2. 分析

    一般的に、英語圏人文地理学におけるスケールの理論化は、二つの異なる視座に位置づいていると理解されている。すなわち、マルクス主義政治経済学の潮流に位置する理解と、ポスト構造主義の潮流に位置する理解である。Marston et al. (2005) の問題提起は、前者を批判的に乗り越えようとしてきた後者の代表的な試みとして理解されている。スケール論争の主題である「スケールをontologicalなものとして理解するのか、epistemologicalなものとして理解するのか」という対立は、この思想的潮流の差異に起因するものと一般に理解されている。対して近年では、こうした対立的な理解を折衷する枠組みの提起が行われている。こうした折衷的な取り組みは、Scaleの理論化を豊かにしてきた一方で、scaleを廃棄すべきというMarston et al (2005)の主張と、彼らのフラットオントロジーの位置づけについては、十分に議論を展開できていない。本報告では、むしろMarston et al.(2005)の論理展開自体を再検討することで、フラットオントロジーは(スケールの廃棄を必ずしも要請するのではなく)スケールの理論化に位置づけることが可能であることを主張する。すなわち、Marston et al (2005)の論理展開は、ontologicalなスケール理解に対しての批判という点での説得力に比して、スケール概念それ自体を廃棄するべきであるという主張に関しての説得力が弱いことを指摘する。

    3. 参考文献

    Marston S.A., Jones J.P. and Woodward K., 2005, Human geography without scale, Transactions of the Institute of British Geographers, 30: 416-432.

  • 林 琢也
    セッションID: P009
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    1 はじめに

     本稿は, Iターン就農者を取り上げ,配偶者や懇意にしている地域住民,他の移住者とのかかわりを明らかにすることで,移住者の実践が自身や周りの住民に及ぼす効果を考察することを目的とする。その際,移住者自らの望む生き方の追求と真摯な姿勢,夫婦間の相互補完関係に注目し,調査協力者の語りを中心に分析した。対象地域は報告者が2011年以来,研究・教育,地域づくりの実践・協働の場として携わってきた郡上市和良町である。現地調査は町内の地域づくり団体・和良おこし協議会(以下,協議会)が移住・定住促進に取り組んだ2015年4月~2024年6月現在までの10年間,毎年30日前後の滞在で収集した情報や資料・データを使用している。調査協力者に対しては半構造化インタビューを複数回にわたり実施している。また,地域イベントでの共同作業を通じた参与観察,日常的な交流や飲食を共にする際の会話等も分析対象には含まれる。

    2 自らの望む生き方の追求と真摯な姿勢

     AM氏(30歳代男性)は神戸出身で,大阪の大学を卒業後,都内でシステムエンジニアの仕事に就いていた。田舎で農業をして暮らしたいと考えており,その過程で知り合った(既に移住していた)AF氏の暮らす和良町での就農を決意し,2019年に移住した(同年秋に結婚)。当初は町内のB農家の下で研修を受け,翌年に独立した。2022年時点で20aの圃場(ハウス16棟)でトマトを栽培している。1日の多くの時間を畑で過ごす熱心な農業者である。農協の研修や圃場見学以外にも農学系の論文を読んだり,種苗メーカーの技術に詳しい営業担当から最新の話を聞いたり,インターネットでトマトの栽培方法を公開している生産者の動画を視聴するなど,日夜研鑽を積む姿が特徴的である。田舎暮らしでの人付き合いの重要性は妻から助言を受けており,最初に暮らしたY集落では毎月の祭り(神楽)の練習や飲み会に参加する等,濃密な田舎暮らしに驚きつつも対応していた。結婚後は町内の他集落へ転居したが,現在暮らすS集落でも,消防団や頼母子(講)のグループに参加している。コロナ禍で集落活動が停滞していた中で頼母子の集まりがあったことは,地域の住民と接する機会としても大きかったという。

    3 周囲の反応~温かく見守る地域住民,移住者から受ける刺激~

     研修先のB農家(夫妻と息子)は,自分達を反面教師にAM氏は頑張ったとユーモアを交えながら強調する一方,和良で新しく農業を始めてくれること,自分達の “こだわり”も含めて継承してくれることの嬉しさを語っている。他方で,独立後は自分のペースでやって欲しいため,あまり圃場の様子を見に行ったりはせず,たまに車で通る程度である。熱心に学び,既に市内のトマト部会でも上位の反収のAM氏への信頼と気遣いが見て取れる。また,移住時からA夫妻と懇意にしている地元の男性C氏(60歳代)は,定年を機に2023年度からAM氏の農園でアルバイトをしている。C氏は和良のナイターテニスでAF氏とも関係が深く,夫妻を応援する住民の代表である。C氏は,親しくなったのが移住者なだけで,支援している気はない,むしろ自分が楽しくて一緒に行動していると語っている。AM氏については単なる憧れで就農したのではなく,郡上市で専業農家となる場合のトマト栽培の有効性,水分量や養分の管理,データ測定を通した環境制御の効果等を,きちんと考えていて凄いと感心している。また,移住者との交流により,今まで以上に和良の子どもや若者に積極的に田舎も悪くないということを伝えるようになった。A夫妻や和良で起業した他の移住者を通して,農村で充実した暮らしを送る若者像を和良の子どもにイメージさせることができると感じている。

    4 移住の先輩,人付き合いに長けた配偶者の存在~相互補完関係~

     AF氏(30歳代女性)は自宅で針灸マッサージの治療院を営む。協議会の一員として地域づくりのイベントにも積極的で,住民と他の移住者や地域外の有志を繋ぐ橋渡し役,ムードメーカーとなっている。協議会の事務局長D氏もAF氏は人と仲良くなるのが得意で,集落の祭りや協議会の活動に加え,和良蛍を守る会の活動や地域のテニスクラブに参加することで仲間が増えていったと語っている。また,後輩移住者のE氏(30歳代女性)をトマト栽培のアルバイトに勧誘したのもAF氏である。AF氏は単身で移住し,人間関係の構築に勤しんでいた頃と比較し,夫がいることを心強く感じており,AM氏も有難さを実感するとともに,配偶者の存在が,縁のない土地で新規就農する際の様々な場面で助かったという。この点は,C氏も,社交的で次々と人脈を広げていくAF氏と農業に誠実に向き合い成果を出すAM氏が互いの個性を活かし,補い合いながら好影響を及ぼし合っており,バランスが良いと評している。

  • 八丈町と鶴居村におけるインタビュー調査分析
    桂川 健人, 鈴木 杏奈, 高尾 真紀子
    セッションID: 514
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    はじめに

    居住地選択行動に関する研究は, 雇用や所得, 災害など外的要因による移住の研究が多いが, 個人の志向性や願望といった内的要因にも着目することも求められる. このタイプの移住を「ライフスタイル移住」と呼ぶ (Benson, 2009).日本におけるライフスタイル移住として, 将来は田舎に住みたいといった居住願望による移住があり, この移住形態は主観的幸福感との関連性が高い可能性がある. リモートワークなど場所を選ばずに働ける環境の増加から,研究の重要性が高まっている.パーソル総合研究所(2022)は, 都市に住む就業者の地方への移住について, 移住後の幸福度に着目した研究を行った. その結果, 移住後の幸福度の高い移住パターンは「Uターン型」と「配偶者地縁型」が多く, 「Iターン型」などはやや低い傾向であった. 一方, 移住を決める際には, 都市部へのアクセスや自然の豊かさが重要な要素であることを明らかにしている.

    研究目的

    本研究では, 日本の大都市圏から地方への自由意志による移住(ライフスタイル移住)者の主観的幸福感に影響する要因を明らかにすることを目的とする. 特に, パーソル総合研究所(2022)の結果から, 都市部へのアクセスや自然の豊かさに着目した. このため, 本研究では, 大都市圏から遠隔地であり, 自然環境に恵まれているとともに, 飛行機によるアクセスの利便性が高い地域を選定した.

    研究手法と結果

    本研究では修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下, M-GTA)を援用した質的分析を行った. 2022年に東京都八丈島八丈町および北海道阿寒郡鶴居村で, 大都市圏からの移住者という条件でスノーボールサンプリングにより対象者を選定し, 個別に半構造化インタビューを実施した. その結果, 八丈町で5名, 鶴居村で6名の回答を得ることができた. 録音したインタビューデータからM-GTAを援用しながら分析した結果, ライフスタイル移住における幸福感に影響する要因とプロセスが明らかになった. まず, 都会生活での人生への疑問から自分らしい生き方を模索し, 移住の意思決定を行っていた. 移住の準備として, 移住先に知り合いがいない場合では, 公開されている統計データの活用やSNS発信を通じた移住先との交流など, 移住後の不安を取り除く情報収集をしていた. 移住後の生活では, 飛行機の使いやすさやネット通販の充実から「便利さのあるバランスの良い田舎暮らし」および, 「独り占めできる景色とイメージ通りの田舎暮らし」を実現しており, 移住前よりも移住後の主観的幸福度の方が高くなっていた.

    考察

    大都市圏から遠隔地では, 人口密度が低く, 自然環境が豊かであることから, 日常的かつ独占的に自然を享受でき, 地方移住の理想像を現実化しやすいと考えられる. 一方, アクセスがよいことは, 急な仕事や大都市圏に住む親族との関係で都市に行く必要がある場合には, ストレスなく飛行機による移動ができることによって, 日常的な安心感も確保されていた. このように, 幸福度の高いライフスタイル移住を実現している人は, 移住後に実現したい願望が明確であり, 事前の情報収集や移住先との交流によって, 願望を実現していた. さらに、日々の生活での主観的幸福感が向上し, 今後も定住したいという考えにつながっている可能性がある.

    参考文献

    Benson, MC. (2009). A desire for difference: British lifestyle migration to southwest France. In M. Benson, & K. O'Reilly (Eds.), Lifestyle migration: expectations, aspirations and experiences (pp. 121 - 136). Ashgate Publishing Ltd..パーソル総合研究所, 2022, 「就業者の地方移住に関する調査報告書」.

  • 二村 太郎
    セッションID: 536
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    20世紀前半に自動車産業の発展で大きく成長したアメリカ合衆国ミシガン州デトロイトは、自動車産業の国際競争力の低下や人種問題などの影響で次第に成長が低下し、20世紀後半以降は衰退の一途をたどった。最盛期に200万人に達したデトロイトの人口は、現在はその半分以下である。

     人口が大きく減少したデトロイトでは、広大な空き地をどのように活用するのかが大きな課題となった(Moore 2010)。家屋が放置され、放火されたまま残っている土地もあれば、更地となった後に草木が生い茂るようになった土地も広く分布している。このような空き地を有効に活用するために、デトロイトでは非営利組織や地域コミュニティが中心となって農園が設けられてきた。発表者はこれまでデトロイトで実践されている都市農業について論じてきたが(二村 2015, 2020)、本発表では2023年に実施した(および2024年実施予定の)現地調査での知見から、COVID-19以降のデトロイトにおける都市農業の動向について論じる。

     2000年代に入って、デトロイトでは空き地を利用した都市農業が展開するようになったが、市内における農園の数は今も増加している。ここでは、非営利組織による活動が都市農園の増加に大きく貢献した。2000年にGreening of Detroitがデトロイトの環境を緑化とともに改善していく活動をはじめ、その延長で様々な野菜や花卉の種を無償で提供したり栽培を支援したりするGarden Resource Programを開始した。この活動が多くの市民に野菜や花卉を植えるきっかけを生み出し、市内に100か所以上の農園を生み出すこととなり、農園支援事業に特化したKeep Growing Detroitという非営利組織が新たに立ち上げられた(二村 2015)。現在のGreening of Detroitは緑化事業に特化しており、市内各地で積極的に植林を行っている。

     市内で作られているのはトマトやトウモロコシなどの野菜や花卉類が中心で、トウモロコシや大豆などの土地利用作物は栽培されていない。果樹も植えられているところはあるが、本格的な果樹園は管見のかぎり1か所のみである。農園は自宅の裏庭や空き地になった隣地を利用するといったものから、数区画分の土地を農園とする比較的規模の大きなものまで様々である。それらの運営には、土地所有者はもちろんのこと、近隣住民を中心とした非営利組織が管理にあたっている。

     2014-15年の調査時以降、デトロイトではファーマーズマーケットの数が増加した。これらはどれも小規模で、近くの農園で収穫された農産物を近隣の住民に販売するものが一般的である。また、新しいマーケットのいずれも何らかの団体が立ち上げや運営にかかわっており、ボトムアップな活動であることが読み取れる。

     事例として、2022年に新しく開設されたState Fair Innovative Farmers Marketを取り上げる。ここはもともと荒廃した家屋が立ち並ぶ地区であったが、市政府によって2015年に一連の建物が撤去され、2019年に農園が運用を開始した。ここでは地元の若者が積極的にかかわり、農産物の生産だけでなく地区の環境改善にも大きく貢献している。これらの活動はミシガン大学と新たな共同プロジェクトを生み出しただけでなく、USDA(アメリカ連邦農務省)とのTree Equity Programというパイロット事業も展開することとなった。

    二村太郎 2015.人口減少下のデトロイトにおける都市農業の発展とその課題.同志社アメリカ研究 51: 47-65.

    二村太郎 2020.拡大するアメリカの都市農業とその課題.日本不動産学会誌 34(1): 32-37.

    Moore, Andrew. 2010. Detroit Disassembled. Damiani Akron Art Museum: Akron, OH.

  • 助重 雄久
    セッションID: 638
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    阿寒摩周国立公園は、十和田八幡平・日光・伊勢志摩・大山隠岐・阿蘇くじゅう・霧島錦江湾・慶良間諸島とともに「国立公園満喫プロジェクト」を先行的に実施する8公園に指定され、2020年までに①アドベンチャートラベルの推進、②国立公園の新たな活用(アトサヌプリトレッキングツアー、トレイルルートの整備等)、③官民連携による民間投資の促進、④快適な公共空間の整備が進められた。

     しかし「集団施設地区」に指定されている川湯温泉は1990年代以降、団体旅行の減少等により宿泊客数が激減し、約25軒あった温泉旅館・ホテルが2020年3月には3軒となった。

     環境省は2020・22年に2軒のホテルを撤去し、跡地に星野リゾートの「界 テシカガ」が建設されることになった。2023・24年には、さらに2軒のホテルが環境省と町により撤去された。短期間での撤去を可能にした要因としては、環境省と町が一体で取り組みを進めたこと、町が過疎債や各種事業を活用したこと加え、ふるさと納税額が58.6億円にのぼり、跡地整備に向けた財政的な余裕が生じたこともあげられる。

     廃墟ホテルの撤去と並行して、町はホテル跡地や温泉街の中に残る廃業施設等を取得し、ラグーン、日帰り入浴施設を設ける「川湯広場」や「森のアクティビティゾーン」、自然と一体化した店舗や遊歩道を設ける「川湯テラス」等の整備を図る「川湯温泉街まちづくりマスタープラン」を策定した。2024年からは、専門家による「川湯温泉街まちづくりマスタープランオープンデザイン会議」を開催し、住民や関係団体にも検討案を示しながら、新たな施設と自然との調和を図る景観ガイドラインづくりを行っている。

     しかし現状では従業員の雇用や従業員宿舎の確保、「界 テシカガ」以外の施設の運営方法や資金調達については具体的計画が示されていない。また、近隣3空港からの公共交通によるアクセス、町内での移動手段も整備が進んでいない。「界 テシカガ」の開業までは2年余りとなっており、今後はこれらの未解決課題の解決が不可避となる。

  • 南雲 直子, 大原 美保, Ballaran Jr. Vicente
    セッションID: P043
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    ルソン島中部を流れるパンパンガ川流域では洪水が毎年のように起こり、地域の農業や社会経済活動に影響を及ぼしている。気候変動に伴う豪雨の頻度が増すことが見込まれている中においては、洪水の実態を正しく理解するとともに、住民の住み方や洪水に対する考え方を踏まえた上で適切な方策を講じ、水災害レジリエンスの向上と地域の持続可能な発展を促していくことが重要である。そこで本発表では、パンパンガ川下流域に位置するカンダバ市を対象に、地形と洪水の実態に基づいて集落を分類し、その立地形態を考察した。

  • 藤本 典嗣
    セッションID: 606
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    本研究では,原子力発電所やその建設予定地の圏域人口を算出して,比較分析をおこなう。年次は,国勢調査の人口データが入手可能な,2000年,2010年,2020年に拡大する。圏域に関しては,福島原発事故の例を踏まえて,100km圏までとする。原発立地点については,原子力発電所の建設が予定されていた地域までも含める。

  • -最終間氷期海成泥層上面を基準とする傾動運動認定と活動度評価-
    小松原 琢, 佐藤 善輝, 佐藤 智之
    セッションID: P045
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
    会議録・要旨集 フリー

    1 はじめに

     伊勢湾周辺では広範囲にMIS 5eの海成泥層(最終間氷期海成泥層)が分布する。この泥層上面は,デルタ前面~プロデルタで形成された堆積性地形面と考えられ,初生的な起伏が小さく,沿岸活構造の活動度評価に良好な変位基準である。この面を基準として活構造の分布と変位速度を検討した。

    2 最終間氷期海成泥層の分布

     伊勢湾沿岸には広範囲に,明褐色表土を伴い,海成泥層を挟有する堆積物によって構成される中位段丘(熱田面・碧海面など)が分布する。これらの面を詳細に検討すると,K-Tz起源の高温型石英を表土に含む高位の面(川名台地と仮称する)と,On-Pm-1やK-Tzを堆積物中に含む低位の面に分けられる。確実な地質データはないが,海成泥層は川名台地を構成する堆積物に含まれ,低位の面はこれを削剥した河成堆積物によって構成される。津市白子沖海底でこの海成泥層上位の砂層基底近くからOn-Pm-1由来のクリプトテフラが検出されている(天野ほか,原稿作成中)。

    3 最終間氷期泥層の高度分布からみた伊勢湾周辺沿岸域の傾動運動認定と活構造の活動度評価

     海底音波探査と,露頭調査・ボーリングデータより上記海成泥層を追跡すること等の陸域地質調査を組み合わせることにより,①濃尾平野南部~伊勢湾周辺では全体として北ほど変位速度の大きな活構造が発達していること(石村,2013を追認),②西三河平野は後期更新世以降に東傾動している可能性が高いこと(森山,1996を追認),③知多半島南部は後期更新世以降に北東傾動していること,④知多半島中部東岸付近に伊勢湾断層と並走する活構造(常滑沖推定断層断層)の存在が想定されること,などの知見を得た。

    文献

    天野敦子ほか(原稿作成中)海陸シームレス地質情報集「伊勢湾沿岸域」産業技術総合研究所地質調査総合センター、2024年度出版。

    石村大輔(2013)地学雑誌、122,448-471。

    森山昭雄(1996)愛知教育大学地理学報告、82、1-11。

  • 中岡 裕章, 任 海, 渡邉 稜也, 関根 智子, 森島 済
    セッションID: P014
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    日本の国立公園制度は,景勝地の活用による観光振興および自然環境の保全を目的としている.国立公園法が1931年に制定されて以降,全国で34カ所が国立公園に指定され(2024年7月現在),多くの人々に利用されてきた.既存研究では,国立公園の利用者数が減少傾向にある中で,特に若年層を中心に知名度や訪問率が低下していることが示され,その度合いは国立公園ごとに異なる可能性が示唆された.この点を踏まえ,知名度や訪問率などを年代による差異も加味して国立公園間で比較し,各公園が置かれている状況を明確にすることが重要である.しかし,そのような調査は特定の公園のみを対象として実施されており,各国立公園の状況の明確化には至っていない.本研究では,日本において人口規模の大きい東京圏および大阪圏に居住する人々に焦点を当て,国立公園に対する認識と需要の把握を試みる.大都市圏の居住者を対象とした理由は,都市住民の自然志向の高まりが各種調査・研究により明らかにされており,優れた自然環境を有する国立公園の利用促進を図るのであれば,人口規模の観点からも,大都市周辺地域に居住する人々の国立公園に対する認識と需要を把握する必要があると考えたからである.なお,本研究における東京圏は,東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県の1都3県,大阪圏は大阪府・京都府・兵庫県・奈良県の2府2県とし,議論を進める.調査は,東京圏と大阪圏の居住者を対象にWebアンケートを実施した.質問項目は,日本の国立公園に対する認識やイメージなどである.なお,Webアンケートはアイブリッジ株式会社のサービス「Freeasy」を利用し,東京圏居住者に対しては2023年1月26日に,大阪圏居住者に対しては2024年2月13日に配信して,双方とも同日に回収した.サンプル数はそれぞれ1,200である.

    まず,「国立公園を一つでも知っている」と回答した者の割合は東京圏と大阪圏の双方とも60%程度に留まっており,国立公園を一つも知らない者が少なくなかった.国立公園ごとの知名度をみると,東京圏で最も高いのは「日光」であり,「知床」,「尾瀬」と続き,大阪圏では「伊勢志摩」が最上位であり,「知床」,「日光」と続く.「日光」や「知床」,「伊勢志摩」については都市圏を問わずに知名度が相対的に高いが,「尾瀬」については東京圏のみ高く,大阪圏ではあまり知られていなかった. 次に,「国立公園を一つでも知っている」とした者のうち,「一度でも国立公園を訪問したことがある」と回答した割合をみると,東京圏では40%台,大阪圏では60%台であった.国立公園ごとの訪問率をみると,東京圏で最も高いのは「日光」であり,「富士箱根伊豆」,「尾瀬」と続き,大阪圏では「伊勢志摩」が最上位であり,「瀬戸内海」,「吉野熊野」と続く.すなわち,訪問率の高低には,居住地域からの距離が大きく影響しているものと推察される. 最後に,「今後,訪れてみたい国立公園」について,東京圏と大阪圏とも約40%が「あてはまるものはない」と回答しており,国立公園への訪問意欲の度合いは必ずしも高いとはいえず,特に若年層において顕著であった.国立公園ごとに訪問意欲の度合いをみると,東京圏と大阪圏の双方で「屋久島」が最も高く,「知床」,「奄美群島」と続く.これらはいずれも世界遺産に登録されている地域であり,指定地域名と公園名称が一致する.すなわち,知名度や訪問率については居住地域との距離が大きく影響するが,訪問意欲の度合いについてはその限りではなく,著名な観光地域が連想できる名称の国立公園に対して訪問意欲の度合いが高い傾向にあるといえる.

  • 浜田 崇, 岡田 将誌, 石崎 紀子, 栗林 正俊
    セッションID: P027
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    本研究では,果樹の晩霜害の多い長野県を対象として,晩霜害発生時の気象条件・地理的条件を明らかにすることを目的とし,今回は過去の晩霜害発生時の気象状況(2023年)について報告する.2023年4月の晩霜害の被害額は約23億円,被害自治体は16市11町11村に及び,晩霜害が生じたのは4月9日,10日,13日,18日,25日であった.このうち全県的に被害が生じた4月9日,10日の地上天気図をみると,直前に本州を前線が通過し,県内各地で降水がみられた.その後,一時的に西高東低の冬型となり寒気が流入した.さらに本州は移動性高気圧に広く覆われ放射冷却が進み,長野県内の広い範囲で最低気温が氷点下となった.一方,4月25日の場合には,県内で氷点下となった地域とならなかった地域があった.寒気の流入や滞留と県内地形条件とが関係していると考えられる.

  • 三上 岳彦, 長谷川 直子, 平野 淳平, 新田 啓, 田中 博春
    セッションID: 214
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    気象庁では,都市化の影響が小さく,特定の地域に偏らないように選定された全国15地点の気象官署のデータをもとに,年平均,月別の平均気温偏差(1991-2020の平年値からの偏差)を求めて公開している.

     全期間を通して長期的には気温の上昇傾向が明らかであるが,1940年代中頃と1980年代後半で,階段状の不連続的な気温上昇が認められる.このような不連続的気温上昇はRegime Shiftと呼ばれ,日本だけでなく世界各地で確認されている(例えば,Reid et al. 2016; Mikami, 2023).日本では,1986年から1987年にかけて冬春季の気温上昇が顕著に表れている.本研究の目的は,1980年代後半のRegime Shiftの実態とメカニズムを観測データから明らかにし,それが植物季節や湖水の結氷に及ぼす影響を明らかにすることである.

    気象庁および成蹊気象観測所の観測データをもとに,長期的な冬春季の気温変動特性を分析し,1980年代後半のRegime Shiftの時空間変動を明らかにする.次に,湖水の結氷期日(諏訪湖の御神渡りなど)および植物季節(ウメ,サクラなどの開花・満開日),とRegime Shiftの関係を検討・考察する.グローバルな大気循環場の変動との関連を,北半球500hPa面高度場(再解析データ)の時空間分析から明らかにし,Regime Shiftのメカニズム解明を試みる.

    現段階では,1980年代後半に冬春季の北半球循環場が大きく変化した結果,日本付近には寒気が流れ込みにくくなり,冬春季の平均気温が上昇し(厳冬期間が短縮し),植物季節や湖水の結氷に影響を及ぼしたと推察される.

  • 平野 勇二郎, 浜田 崇, 西廣 淳
    セッションID: P033
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    本研究では長野市を対象として、都市緑化によるヒートアイランド緩和効果とその住宅における冷房用エネルギー削減効果を定量化した。まずメソスケール気象モデルによるシミュレーションを行った。本研究では夏季の代表事例として、7月の典型的な気象条件における時刻別の気温分布を得た。次に緑化のシナリオを設定し、シナリオごとに同様のシミュレーションを行った。緑化シナリオは建物用地、交通用地の緑被率を50%および100%とする2段階のシナリオを想定した。各緑化シナリオによる計算ケースと現状ケース(緑化なし)の差から緑化による気温低下効果を定量化した。この結果、気温低下効果は日中の最大値で50%緑化シナリオでは0.74℃、100%緑化シナリオでは1.04℃となった。気温の時空間分布に応じた世帯あたり電力消費量を推定し、これに居住世帯数を乗じることにより電力消費量を算定した。この緑化ケースと現状ケースの計算結果の差から、緑化による電力消費量削減効果を算定した。ここでは、緑化ケースとして建物との共存を想定した50%緑化シナリオによる気温計算結果を用いた。この結果、長野市全体で20.1[MWh/日]の電力消費量削減効果が得られると見積もられた。

  • 赤坂 郁美, 羽田 麻美
    セッションID: P023
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    1.はじめに

     日本では地球温暖化の進行に伴い、気温上昇だけでなく、降水特性にも変化がみられるようになってきた。たとえば、丸谷ほか(2021)は2020年までの全国の気象官署の降水量を用いて、年別の降水特性の変化傾向を解析し、西日本の太平洋沿岸や九州南部、南西諸島の一部で大雨指標に有意な増加傾向がみられることを示した。そのような変化傾向が顕在化し始めた年に関しても地域別に調査しており、九州北部と奄美・沖縄地域では、他の地域よりも1~5年ほど早いことを明らかにした。しかし、それらの理由については分析されていない。降水特性の変化要因を分析するためには、年単位よりも短い時間スケールで、より地域的な解析も同時に行う必要がある。

     そこで本研究では、丸谷ほか(2021)により大雨指標の増加が示された奄美・沖縄地域のうち、沖永良部島に着目して、降水特性とその変化傾向の詳細を明らかにする。また、その変化要因も解析する。本稿ではまず、気象庁観測点「沖永良部」における年別および月別の降水特性に関する解析結果を示す。

    2. 使用データと解析方法

     気象庁観測点「沖永良部」の年別、月別、日別の降水量データを使用した。解析対象期間は、1969年5月~2024年6月である。2~3月、5月、8月、11~12月に欠測を含むが、当該月の降水量は気象庁では準正常値(欠測を含まない場合の統計値と同様に扱われる値)とされているため、本研究でも同様に扱った。気象庁による「データの均質性に関する情報」においても、不均質を示す期間はなかった。

     降水特性とその変化傾向を明らかにするため、年別と月別の降水量に加え、降水日数(日降水量0.5mm以上の日数)と、降水量を降水日数で除した平均降水強度を、年別及び月別に算出した。これらの基礎統計量(最小値・最大値、平均値、四分位数、四分位範囲)を求め、全期間、前半(1969~1996年)、後半(1997~2024年)の3期間に分けて、各要素の箱ひげ図を作成し比較した。

    3. 結果と考察

     沖永良部における年別の降水量、降水日数、平均降水強度の平均値はそれぞれ1944.6mm、140.6日、13.8mm/dayである。月別にみると、6月の降水量(260.0mm)が特に多く、月平均降水強度(19.5mm/day)も最も大きくなっている。

     各要素の月別基礎統計量を前半と後半の期間で比較した結果、5~10月に目立った変化が認められた。中でも6月は、どの要素の基礎統計量も四分位範囲を除き、後半に大きく増加していた。図1に6月の降水量と平均降水強度の箱ひげ図を示す。後半における6月の降水量は、平均値、中央値、最大値のいずれも前半より100mm以上大きくなっている(図1上)。降水日数の基礎統計量も後半に大きくなっていたが、月の日数には上限があるため、降水量に比べるとその変化は小さい。つまり、後半における平均降水強度の増加(図1下)には、降水量の増加が大きく寄与していると考えられる。

     本稿では、対象期間を前半と後半(23年ずつ)に分けて解析したが、各年の年降水量に占める6月の降水量割合を算出した結果、平均割合(17.1%)を上回る年が1998年以降に頻繁にみられた。さらに、2012年以降はほぼ2年に一度のペースで、20%を上回るようになっていた。よって、沖永良部島では、2000年代頃から6月の降水量と平均降水強度が増加し始め、2010年代以降にこの傾向が顕著になったことが示唆される。

     今後は、時間降水量も用いて、降水特性とその変化要因を調査する。また、沖永良部島には気象庁による観測点の他にも複数の気象観測点があるため、発表ではこれらのデータを含めて大雨の地域性も議論する。

  • ―反射探査に偏った断層認定の問題と海底地形検討の必要性―
    後藤 秀昭, 渡辺 満久
    セッションID: 306
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    はじめに  2024年1月1日に地震を引き起こした震源断層は能登半島の北部の地下に拡がり,その尖端は北岸沖の海底面に達したと考えられる(海上保安庁,2024)。海底にずれが生じた場所は,事前に活断層が分布するとされた場所であったという見方が拡がりつつある。活断層分布の事前認定の正否検証を正確に行うことが,認定方法の改善に繋がることは言うまでもない。本発表では,音波探査に基づいて作成された活断層図と,変動地形学的な判読によって作成された活断層図を提示し,地震後の変位について報告されている資料をもとに検証した結果を報告する。それらを踏まえ,事前認定を第三者が検証する必要性を指摘するとともに,沿岸域の海底活断層調査の方法について提言を行う。2.反射探査記録から認定された海底活断層分布 能登半島北岸沖は,日本の沿岸域の活断層のなかでは例外的に詳しく調査された場所であり,産業技術総合研究所の「海陸シームレス地質図」のなかで公表されている。陸上と海底の地質を連続させて詳しく記載した初めてのもので,判断材料となった元データとともに詳しく記載した優れた刊行物である。海底活断層図(井上・岡村,2010)では,断続的な断層線が描かれており,断層線の不連続等を根拠に4つのセグメントに分かれるとした。3.変動地形から認定された海底活断層分布  一方,日本水路境界の等深線,J-EGG500等の地形情報をもとにして海底地形を画像化し,変動地形学的見地からの活断層図も作成されていた(後藤,2012)。それによれば,井上・岡村(2010)の輪島セグメントと珠洲セグメントの間で活断層はないとされていた地域にも,断層変位地形が認識されていた。それらの変動地形は井上・岡村(2010)で提示された探査記録とも整合することが確認できる。その後,海底活断層の地形判読がさらに進められ,能登半島周辺の活断層図が作成された。詳細な海底地形情報が限られる状況ではあるが,Goto(2022)に準じて地形アナグリフを作成し,変動地形学的に判読し,情報の乏しい北西〜西岸を除いて,海岸線に沿って,活断層が連続的に分布することが明らかにされた。特に,半島北東端の禄剛崎から輪島までの北岸には連続した活断層が認識され,一部でそれに並走,分岐する。4.探査断面で「活断層でない」とされていた場所で生じた2024年の断層変位 能登半島地震の後,海底面を変位させる地震断層を発見,追跡する調査が複数の機関によって実施されている。そのうち,海上保安庁では,珠洲沖で約4mの隆起が確認できるとした(海保,2024)。これらの海底面の変動(地震断層)のほとんどは,変動地形から認識できる活断層(後藤,2012)とほぼ一致する。海保(2024)の報告では,珠洲沖で確認された2024年の変位は,岡村ほか(2024)の「2万年間に活動した活断層」の分布と一致するとしている。この断層は井上・岡村(2010)では,地震前の活断層図では反射断面での断層変位が不明瞭で,活断層ではないとされていた場所にあたる。地震後の1月15日に公表された資料(岡村ほか,2024)では,この場所に「2万年間に活動した活断層」として約10kmの断層線が新たに追加されている。5.第三者による検証と今後の沿岸海底活断層に対する調査手順の提言 地震前の断層図と地表地震断層との関係を考えることは,地変の繰り返しを検討する極めて基本的な内容である。地震前の活断層図作成者でない第三者による厳正な確認,評価が今後の科学の発展に寄与するものと思われる。地震調査研究推進本部によって海底活断層の長期評価を急いでいるなかで,喫緊の課題と考えられる。上記の地震前後の状況を踏まえれば,今後の海底活断層調査について以下の手順が適当と考える。1)最初にマルチビーム測深機による海底地形調査を行い,詳細な地形情報を取得する。2)海底地形情報をもとに,陸上と同様の変動地形学的な判読を行う。3)上記の地形判読の結果と,既往の音波探査測線を照合して検討を行う。探査記録の不足がある場所を対象に探査調査を行う。海底の地形と地質を合理的に説明できるものを活断層と認定し,海底活断層図とする。これらは,陸上の活断層調査の手順に準じているとはいえ,実効性の確認に向けた実証的研究やその体制づくりが急務と考える。【文献】海上保安庁 2024 海上保安庁ウェブサイト,後藤 2012 広島大学文学部論集,岡村ほか 2024「第五報 能登半島北部沿岸域の構造図と令和6年(2024年)能登半島地震の余震分布(1月15日)」産総研ウェブサイト,井上・岡村 2010 海陸シームレス地質情報集「能登半島北部沿岸域」産総研,Goto et al. 2022 Geomorphology

  • 大都市圏郊外の税負担と再分配に着目して
    佐藤 洋
    セッションID: 612
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    Ⅰ 問題意識と目的

     戦後日本の人文地理学や地方財政論では,高度経済成長期における地域的不均等発展の下での成長地域としての大都市圏と,停滞地域としての地方圏・農村地域との間における税負担と再分配の問題が議論されてきた(持田1993).その一方で,大都市圏内部における都心と郊外との関係を整理すると,都心では法人関係税収が豊かであることに対して,郊外では高齢化に伴う社会保障関係費用の増加や個人住民税収の急減などの行財政問題が顕在化しつつある.

     この点に関して,既存研究では十分な議論がなされてこなかったが,全国の歳出総額に占める三大都市圏の割合は増大傾向にあり,郊外が日本全体の地方財政に占めるウエイトも依然として大きい.国全体の財政制度の持続性の観点からみても,大都市圏の都心と郊外に焦点を当てた税負担と再分配の問題に関する議論の重要性が増しつつある.そこで,本報告では大都市圏郊外の成立期および成熟期に生じてきた行財政問題を跡づけ,今後生じうる行財政問題を推計することにより,都心と郊外における税負担と再分配についての論点を提示することを目的とする.

    Ⅱ 大都市圏郊外における行財政問題

     人文地理学の既存研究(中澤2024など)では,大都市圏内部の都心―郊外を,生産―再生産の場として描く形での研究が蓄積されてきた.このことに対して,地方行財政の観点から検討を試みると,再生産の場である郊外では,人口構成の偏りに伴う高齢化と都心回帰によって深刻な行財政問題が顕在化しつつあることが指摘できる.一方で,郊外自治体の多くは財政力指数が高いため,地方交付税による再分配の対象には該当しない.さらに,都心と比較して法人の立地が少なく,法人関係税収にも期待することは難しい.それゆえに,郊外自治体の行財政運営,とりわけ財源確保にとって,現行制度下での焦点は地方税,特に個人住民税の確保にある.

     そこで,三大都市圏における個人住民税の将来推計を行った結果,特定の時期の集中的な住宅開発により形成され,年齢構成に偏りがある郊外の市町村では,団塊ジュニア世代が退職を迎える2030年代に,人口減少率よりも急激な個人住民税収の減少が生じると推計された.一方で,東京大都市圏郊外の市町村に関する歳出の将来推計を行った結果,高齢化の進展による扶助費の増大によって,2030年代まで歳出が増大し,歳入不足が深刻化していくことが示された。しかし,このような状況にも関わらず,東京大都市圏郊外で長期的な財政の将来予測をしている市町村は5%程度にとどまり,現場レベルでの対応の遅れが指摘できる.

    Ⅲ 税負担と再分配の問題の新たな論点

     これまで,都心における労働力の再生産の場として位置づけられてきた郊外では,「住民が都心へ通勤し,個人住民税として郊外自治体に還元する」という形で,自治体の行財政運営が成立してきた.しかし,先述の知見を踏まえると,既存の枠組みが崩れ始めている.このことは,人口の都心回帰に代表されるように,都心では現在でも成長が続く一方で,都心の成長を支えてきた郊外では,その代償として,行財政運営の歪みが表出しつつあることを示唆している.それゆえに,現代日本の地方財政を理解するためには,大都市圏―地方圏,あるいは都市―農村の二項対立の構図や,都心と郊外を一体的に捉える形での議論では不十分であり,大都市圏内部における都心―郊外,すなわち生産―再生産の場を,新たな軸として位置づけ,税負担と再分配の問題に焦点を当てていく必要がある.

     以上のような視座に立った政策的インプリケーションとして,税負担に関しては地域特性に応じた水平的連携の必要性と,郊外の各地域固有の課題解決が不可欠である.再分配に関しては郊外自治体への再分配を視野に入れた,地方交付税制度の見直しと,平成の大合併においてほとんど進行しなかった,大都市圏郊外での市町村合併促進の検討についても議論の必要性が増していくことが示唆される.

    参考文献

    中澤高志 2024.『ポスト拡大・成長の経済地理学へ――地方創生・少子化・地域構造』旬報社.

    持田信樹 1993.『都市財政の研究』東京大学出版会.

  • 大角 恒雄, 池田 真幸
    セッションID: 337
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    平成28年(2016) 4月14日21時26分の前震Ⅿ6.5の地震と4月16日1時25分の本震Ⅿ7.3の被害の差異は明白で,熊本城調査研究センターによる被害概要は,前震では重要文化財建物10棟,復元建造物七棟,石垣の崩落箇所6ヶ所であるが, 宇土櫓は1601年から1607年にかけて建設された現存の重要文化財である. 熊本城を襲った歴史地震としては,寛永二年(1625)七月二十一日熊本地方を震源とするM5~6の寛永熊本地震が発生し,その後の寛永九年(1632)の頻発地震に関しての記載が熊本市による特別史跡熊本城跡総括報告書資料編(熊本市 2019)に示されている.同報告書のpp.32には,細川家による永青文庫蔵書の記録の解釈が示されている.また,明治22年(1889)7月28日23時45分熊本地方を震源とするM6.3の明治熊本地震が発生した.本地震は金峰山南東麓附近を震源としたことから,金峰山地震(きんぼうざんじしん)とも言われている.この地震でも,熊本城の石垣が大きく崩れるなど熊本市を中心に大きな被害が発生した(熊本市/熊本日日新聞社 2021). 宇土櫓は昭和2年(1927)に,熊本城阯保存会を中心とする募金により修理工事が実施されている.当初,櫓全ての解体は行わない予定であったが,白蟻による被害が大きかったため全解体修理となった.五階櫓の基礎をコンクリート造とし,開口部と内部に鉄骨ブレースを設置することで,耐力とねばり強さを向上する耐震補強がなされていた.一方,続櫓は耐震補強がなされていなかったため,続櫓のみ倒壊したとみられることが分かっている. 平成28年(2016)の本震と4000回を超える余震によって,RCの大天守・小天守は瓦・鯱に損傷を受けているにもかかわらず,宇土櫓は瓦・鯱が損傷を受けていない.大天守・小天守はRC造外観復元構造物に対し,宇土櫓は現存する木造櫓である.この差異は大きいと考える.しかしながら,この宇土櫓は地震によって構造的にねじれが発生し,令和5年(2023)から解体がすすめられ,復旧は2032年度予定である. 宇土櫓のねじれに関して,熊本城調査研究センターでは,以下の3項目を挙げている.1) 続櫓・地下階構造による拘束,2) 櫓の基礎部の切土・盛土の影響,3) 櫓のスレーブによる補強(偏心)が考えられる.2) は平成2年(1990)の修理報告書(熊本市 1990)pp.19に示されている「元地形の復元図」から切土・盛土の構成が想像できる(図1).固い切土上の柔らかい盛土は地震動を増幅させるため,地震動の増幅が考えられる(大角・他 1998)が,熊本市 1990の修理報告書pp.69の傾斜状況図にも偏心の状況があり,上層階まで傾斜があるので,3)による偏心よりも1)の続櫓・地下階構造の拘束によって,常時の風による変形が引き金となり,残留変形が地震による変形に影響したことが想像できる. 宇土櫓外見の大きな損傷はないように見られるが,内部の被害状況は,被害は下の階ほど大きい。床の不陸は一階が最大で265 mmで,五階は81 mm.一階の床にビー玉を置くと勢いよく転がり出す程で,熊本城調査研究センターによる修理方針は,令和元年度(2019)建築ワーキングと令和元年度石垣・構造合同ワーキングにより,宇土櫓五階櫓の修理方針を検討し,「部分的な修復では直せない」と判断した.この宇土櫓解体は,令和6年(2024)5月から月1回(第2日曜日)の一般公開が行われている.今後,宇土櫓の詳細な修復記録を期待したい.

  • ―対中国・台湾貿易の砂糖・畜産物の輸入に着目して―
    中西 僚太郎
    セッションID: S203
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    1.はじめに

     近代の日本では,汽船による海上交通の発達により,海外との人・モノの交流が活発化し,交通の拠点となる港町が急速に発達した。同時に,港町とその後背地域では産業の発展が促進されるとともに,新たにもたらされた輸入品は,人々の生活に影響を与えた。本発表では,東アジア諸地域に近接する九州の代表的な港町として門司を取り上げ,明治・大正期の門司港を経由(入出)する汽船の動向を検討した上で,輸入品のなかでも,台湾・中国から主に輸入された砂糖と畜産物(卵と牛肉)に着目し,その地域への影響について考察する。

     関門海峡に面する門司は,近世には臨海村落に過ぎなかったが,1889 (明治22)年に石炭ほかの特別輸出港に指定され,1899(明治32)年には一般の輸出入港となり,港町として急速に発展した。門司の発展は,1891(明治24)年に九州鉄道の起点として門司駅が設けられ,門司港が筑豊の石炭輸出や,北九州の鉱工業の原料輸入,製品の輸出港として機能したこと,瀬戸内海から外洋への出入口に位置し,神戸・大阪ならびに横浜を発着地とする外国航路の汽船の大部分が寄港する,重要な経由地となっていたことによる。

    2.門司港を経由する汽船の動向

     門司港へ入出する船舶のほとんどは汽船で,それには内国船と外国船があり,内国船には内航と外航の汽船があった。外航の内国船と外国船の門司港への入港数の趨勢をみると,1910(明治43)年は約2,700隻,520万トンで,第一次大戦後の1920(大正9)年には約3,200隻,890万トンへと増加した。そのうち内国船のトン数の割合は1910年には約6割であったが,1920年には約8割となっていた。

     大正期の門司港を経由する内国船の内地と中国・台湾を結ぶ代表的な外国航路としては,日本郵船の神戸上海線,横浜上海線,大阪青島線,大阪商船の神戸基隆線,横浜高雄線,大阪天津線,大阪青島線などがあった。

    3.門司港の輸出入品の動向

     門司港の輸出入品の動向をみると,1910年の輸出額は約1,500万円,輸入額は約1,900万円であったが,1920年の輸出額は約4,700万円,輸入額は約7,900万円へ増加した(図1)。その内訳は,1910年の輸出品は石炭が38%を占め,次いで綿織糸,精糖の順となっていたが,1920年には精糖が首位となり35%を占め,セメント,石炭,綿織物の順となっていた。一方,輸入品では1910年には繰綿が首位で40%を占め,次いで砂糖,豆粕となっていたが,1920年は繰綿が首位であるものの,割合は25%に低下し,砂糖はそれに近い金額へと増加した。この輸入品には,当時日本領であった台湾からの砂糖は含まれていないが,それを含めると,1920年頃には砂糖が最大の輸入品となっていた。また,金額は多くはないが,明治期より中国から鶏卵の輸入が行われ,大正後期には増加傾向にあり,第一次大戦後には中国から牛肉(生肉)の輸入が盛んに行われるようになった。

    4.輸入品の生活への影響

     門司港へ輸入された砂糖の多くは,近隣の大里に1904(明治37)年に設けられた精糖工場で加工され,国内外へ運ばれて行ったが,地元の北九州での砂糖消費の拡大をもたらし,中国から輸入された鶏卵は,一般家庭や料理店,菓子屋での需要に応え,輸入牛肉は大正期に増加した食肉需要に応えたと考えられる。これらの輸入品をめぐる消費の状況に関しては,門司や北九州のほか,類似した傾向がみられた大阪や神戸の事例を交えて解説したい。

  • 美谷 薫
    セッションID: S404
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    1 はじめに

     少子高齢化や人口減少の進展は,地方圏から大都市圏にも広がりをみせており,行政サービスの存立基盤を大きく揺るがしている。取り巻く環境の違いなどもありつつ,21世紀に入って以後,各事業分野ではサービス維持のための取組が進められている。とりわけ大規模な施設を要したり,対人サービスを主としないような分野においては,事業や施設の統廃合などの広域再編が多くみられている。

     本報告では,水源から各利用者までを管路で接続するという大規模な装置産業の特性を有する水道事業を取り上げ,これまでの再編の展開と近年の再編のあり方の変化を確認しながら,水道事業をめぐるローカル・ガバナンスの変化を整理していきたい。なお,事例には,政令指定都市から小規模町村まで水道事業者の規模に相違があり,また近年,積極的な再編事例がみられる福岡県を取り上げる。

    2 近年の水道事業の再編動向

     人口減少に伴う水道使用量の減少などとともに,高度経済成長期に大量に整備された各種水道施設の老朽化が顕著な問題となり,2000年代に入ると,国は多様な形での水道事業の広域化を目指すようになった。

     2014年の国通知は,都道府県単位で水道事業の運営基盤強化の方向性を示すことを求めており,2018年の水道法改正では,都道府県の責務の1つに水道事業者間の広域的な連携推進が位置づけられた。また各都道府県には,具体的な水道再編の内容を含む「水道広域化推進プラン」の策定が求められ,2023年度までに全都道府県で策定が完了している。

     このような動向を受けて,香川県や広島県では全県スケールでの水道事業の広域化を目指す動きが進展するなど,各地で水道事業のさまざまなレベルでの広域再編・連携が進んできている。

    3 福岡県における水道事業の再編の展開

     福岡県水道整備室の資料を基に,福岡県内における水道事業の再編の実態をみていくと,1980年時点での福岡県内の水道普及率は福岡市・北九州市とその周辺や旧産炭地域で高い傾向にあった。農村部では普及率が相対的に低く,また,多くの事業体が自己水源を中心とした事業を展開していた。

     「平成の大合併」直前の2000年時点になると,多くの市町村で普及率が上昇したものの,中山間地域では普及が進んでいない状況が続いていた。水道事業の全体を広域行政組織(水道企業団)などで実施している事例は,この段階ではごく少数であったが,水道企業団による水源確保の事例が増加した。水源に乏しい福岡県においては,都市人口の増加や工業用水の確保への対応として,ダム建設が選択され,各地で水道企業団の設立とそれによる用水供給が進んできた。

     直近の2020年の段階になると,「平成の大合併」に伴い合併市町村内での水道事業の統合が進んだほか,新たな広域行政組織の設立や複数市町間での水道事業の統合が行われるなど,水源確保に加えて,水道事業全体での「広域化」も進んできている。2020年以後も田川地区での水道企業団構成市町での「事業統合」が行われるなど,今後も各地での広域化の進展が予想される。

     公営企業として経営されることが一般的な水道事業は,いわゆる「独立採算制」を採っており,安定した経営や施設の老朽化への対応には水道料金収入の十分な確保が求められる。一方で,コストに見合う収入を得ようとすると水道料金が高額に跳ね上がることから,生活インフラとしての性格を考慮すると,なかなかその実現が難しい。このようなジレンマの中で,小規模/大規模事業体それぞれの立場から,広域化によって局面を打開しようとする動きが進んでいるといえる。

    4 水道事業の再編にみるローカル・ガバナンスの変容

     高度経済成長期以後,都市用水の需要増に伴って,水源確保の側面ではダム建設などによる「広域化」が進んできた。大都市圏ではそれ以前から「事業統合」が進展している例もみられたが,地方圏の福岡県では,水源開発のための空間的枠組みと水道事業の経営の枠組みは異なる形となり,水道事業をめぐるガバナンスの「多層化」が進んだものと考えられる。

     一方,水道事業の維持が求められるようになった近年では,「多層化」した水道事業の上位スケールに事業全体が統合される「広域化」が進もうとしている。事業を取り巻く環境の変化によって水道事業をめぐるローカル・ガバナンスのあり方は変化してきているが,その一方で,身近な生活インフラの経営主体が住民から距離のある広域行政組織に移行する点の課題などについても議論が必要だろう。

      本報告は,科学研究費補助金基盤研究(B)(課題番号:20H01393)および同基盤研究(C)(課題番号:19K01175)による成果である。

  • 森 康平, 山縣 耕太郎
    セッションID: 335
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    本研究は,地震災害に関する知識の獲得状況と課題について検討することを目的として,小学校1年生から小学校3年生の児童を対象に質問紙調査を行なった。その結果,児童における地震災害の認識は,一次被害に留まり,二次被害に関する知識の認識が不十分であった。特に,津波の第1波の到達時間や建物倒壊による道路閉塞の発生については,地域ごとに異なる。児童に対して,二次被害に関する知識を獲得させるためには,教科書に記述されている一般的な地震のメカニズムを教えるだけではなく,地域の実情に合わせた防災教育を実施することが有用であるだろう。

  • 福井県の繊維産業とその支援体制に着目して
    曽我部 千洋
    セッションID: 605
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    Ⅰ はじめに

     イノベーションの重要性が高まる中でその地理的要素に着目した研究も盛んになっている.加えてイノベーションは企業内のみならず企業外の他主体とのネットワークの中で起こされるとする考えも重視されるようになり,伴って地域イノベーションにも注目が集まっている.本研究は福井県の繊維産業を事例に,歴史的に地域に根差して発展してきた産業におけるイノベーションが地域内・地域外の主体とどのように関わりながら創出され,その空間的広がりがどのように変容してきたのか,その創出に重要な近接性はどのようなものかについて近接性概念(Boschma 2005)を用いて考察するものである.本研究では特許データを用いた空間的広がりの分析・社会ネットワーク分析を行うほか,イノベーション事例のインタビュー調査や文献調査等から定性的にイノベーション創出の実態を明らかにし定性・定量両面から分析を行う.

    Ⅱ 特許データを用いた定量分析

     本研究では知的財産研究所の特許DB「IIPパテントデータベース」を用いて,特許をイノベーションの代理指標として分析した.分析ではSQLを用いて全体のデータベースから出願者住所が福井県内かつ特許分類が繊維関係の特許を抽出し,イノベーションの空間的広がりの可視化および分析,ネットワーク分析ツールを用いた社会ネットワーク分析とネットワークの可視化を行った.結果として年代が進むほど,また企業規模が大きいほどイノベーションの空間的広がりが拡大しており,地理的近接性の重要度は低下してきている可能性が示唆された.社会ネットワーク分析では企業,公設試,大学等各主体の協業構造の実態およびその変化について可視化・考察を行った.

    Ⅲ イノベーション事例の定性調査

     本研究では企業規模や時期が異なる事例を取り上げイノベーションの創出過程をインタビュー調査等から詳細に明らかにした.事例はいずれも企業外主体との連携を含むオープンイノベーションの事例であり,協業相手は県内外の大学,福井県工業技術センター(公設試),県外企業,病院等である.協業のきっかけとしては地理的近接性の他に既存の主体間関係(取引関係等)が重要であった事例が複数見られたほか,講演会への参加をきっかけに協業に至った事例も存在した.これらは地理的近接性以外に社会的近接性や技術的な近さが重要になりうることを示している.協業段階では依然どの事例も複数回の対面接触による研究開発が行われており,地理的近接性の重要性を裏付けている.また複数事例で工業技術センター・福井大学の関与が見られ,地域の繊維産業イノベーションにおける技術相談・共同研究のパートナーとして企業以外の各主体が機能していた.工業技術センターの支援体制については追加して考察を加えた.

    Ⅳ 考察・まとめ

     既存の理論・研究で示されてきたように地理的近接性は依然重要な要素であったが,定量分析の結果からその位置付けは変わりつつあると考えられる.地域イノベーションの創出においても地域外の主体が積極的に関わる事例は比較的早くから存在していることから,知識の新奇性の観点も含め各スケールにおける各種近接性のメリットを活かしたイノベーション促進の取り組みが求められる.

    参考文献

    Boschma, R. A. 2005.Proximity and Innovation: A Critical Assessment.Regional Studies 39(1): 61-74.

  • 尾瀬山ノ鼻地区における気象観測結果
    岩永 博之, 重田 祥範
    セッションID: 206
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    地球温暖化に伴う気温上昇は、尾瀬国立公園の自然環境に影響を及ぼす可能性がある。しかし、尾瀬山ノ鼻地区では2012年以降、10年以上冬季の気象観測が行われていなかった。本研究では、2023年12月から2024年3月までの気温観測を実施した。その結果、この期間中の冬の平均気温は-4.7℃であった。1990年以降の冬期の平均気温は上昇傾向にあることが認められた。

    近年の尾瀬における地球温暖化の影響を明らかにするためには、今後も観測を継続する必要がある。

  • 重永 瞬
    セッションID: 435
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    1.問題の所在

    地理学における近現代都市社会史研究では、スラムや「不法占拠」地区を対象として、都市空間を誰が使うのか、という「空間の政治」の問題が議論されてきた(加藤 2002; 本岡 2019)。しかし、その空間を「いつ使うのか」という時間的側面は十分に意識されてこなかった。そこで本研究では、近代東京における露店を事例として、Lefebvre(2004)が論じるような「リズム」に着目しつつ、都市空間における「時間の政治」について検討する。

    2.東京における露店のバワリ

    近代都市において、露店は庶民が日用生活品を購入する場であるとともに、都市下層民にとっての生業の一つでもあった。東京の露店は、特定の日に開かれる縁日市(図1)と毎日開かれる平日市に分かれる。明治期には数度の露店撤廃令が出されたが、関東大震災と昭和恐慌には被災者・失業者による露店が多く出された。東京の露店はテキヤ組織によって管理されており、「親分」が店舗の配置を差配していた。露店市の店舗配置には、バワリ(店舗配置の決定)の時間を市ごとにずらしたり、数日ごとに配置を入れ替えたりといった、時間的な調整のシステムが存在した。昭和恐慌後には、警察や商業組合によってより平等なバワリの導入が試みられたが、次第に親分によるバワリが復活する傾向にあった。

    3.東京の露店と「夜」

    露店は、24時間周期の昼/夜もしくは1月ないし1年周期の縁日というリズムに沿って出店される。近代東京においては、多くの縁日市が新たに開設される一方で、干支に基づく市は相対的に数が少なくなっていた。縁日市の市日は必ずしも社寺の祭神・本尊と関わりの深い日に設定されるわけではなく、周囲の社寺の市日を勘案しながら設定されていたと考えられる。また、露店は夜に開かれることが多く、苦学生の副業、あるいは夜業の人力車夫が腹を満たす場になっていた。露店のかき入れ時は深夜であることから、明治期に警察から深夜営業を規制された際には、露店商たちは団結して抵抗した。 近代東京において、最も多くの露店が集まっていたのは浅草である。浅草の露店は常設店舗との競合を避けるように、早朝や夜に開かれていた。大正期に警察による露店排除が行われた際には、常設店でも営業している露店商と、露店専門の商人とがそれぞれ別の方向性で運動を行った。

    4.おわりに

    このように、近代東京の露店にはさまざまなリズムが存在し、それを調整するシステムが存在した。警察はしばしば露店に介入しようとし、それに対して露店商たちが団結して抵抗することもあったが、利害の食い違いから団結に至らない例もあった。そしてその利害対立の背景には、営業リズムの違いが存在した。公共空間における商業である露店にはこのような「時間の政治」があったのであり、それを分析する上ではリズムに着目することが有効である。

  • 竹中缶詰製造所を中心に
    河原 典史
    セッションID: S202
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    1 はじめに

     近代日本における植民地期朝鮮をめぐる研究は意義深い。植民地期朝鮮において、沿岸には多くの漁村が存在した。それらのなかには水産加工業が発展し、港湾都市として成長した地域も少なくない。それらの地域は、外地である朝鮮、ならびに内地である日本との結節点として重要な役割を果たした。このように、近代日本における海域の拡大にともなって、水産加工業とそれに関わる流通産業は、主要産業のひとつとして看過できない。

     本発表では、植民地期朝鮮の南方に位置する済州島と日本海に浮かぶ鬱陵島で操業された竹中缶詰製造所を事例に、在朝日本人のネットワークと水産加工業の展開について考察する。

    2 竹中缶詰製造所の済州島での展開

     1869年(明治2)京都府深草町に生誕した竹中仙太郎は、1883年(明治15)京都・縄手通り新橋にて青果商・八百伊開業した。1902年(明治35)缶詰製造開始し、1916年(大正5)には個人会社・竹中缶詰製造所が創立された。その後、1922年(大正11)深草北新町へ工場移転、株式会社へ再編されたものの、1923年(大正12)には、関東大震災にて横浜の輸出用缶詰倉庫が被災した。

     これを契機に株式会社として再編された竹中缶詰製造所は、1928年(昭和3)済州島北西部に位置する翁浦里の牛肉缶詰工場を買収し、1930年(昭和5)には周辺の電燈事業にも着手した。そして、同年に死去した仙太郎に代わって、長男・新太郎が継続した。当初は牛肉缶詰が主要製品であったが、老廃牛の計画的な屠殺により、えんどう豆や魚介類なども材料とする済州分工場は、総合的な缶詰工場であった。

     朝鮮半島の西南部に位置し、日本海、東シナ海、黄海の間にある済州島は、日本本土と朝鮮半島、大陸との結節点として重要であった。さらに、当時における離島ゆえの未開発、その発展性が注目されていたのである。

    3 鬱陵島における缶詰工場の統合

     竹中缶詰製造所に関する朝鮮新興産業株式会社として組織された缶詰工場として、鬱陵島における道洞と、その北側に位置する荢洞の工場がある。1930(昭和5)年以降の『朝鮮 工場名簿』を時系列的に精査すると、道洞工場は1907(明治40)年5月に奥村缶詰工場として開業している。1940(昭和15)年になると、それは朝鮮新興株式会社の鬱陵島工場として記録され、代表者として竹中新太郎の名前が記されている。『全国工場通覧』(昭和16年版)によれば、鳥取県米子の奥村平太郎は1907(明治40)年5月に鬱陵島南面道洞(現・鬱陵邑)に奥村缶詰工場を設立している。半島部からの船舶が到着する鬱陵島の玄関港にあたる道洞工場が、奥村缶詰工場の中心であったにちがいない。 そして最終的に、これらの缶詰工場は、竹中缶詰製造所に統合されたのである。

     鬱陵島役場に残る日本植民地期に作成された土地台帳には、次の記録がある。島南西部に位置する台霧洞634-1番地の地目は、1913(大正2)年7月1日には雑種地であり、そこは内田喜代松なる人物が所有していた。やがて、1918(大正7)年8月2日の浜忠市を経て1936(昭和11)年10月19日には奥村平太郎、さらに1939(昭和14)年5月18日には奥村亮へ所有権が移転している。そして、1941(昭和16)年1月18日には朝鮮興産業株式会社へ所有権が移っている 。

    4 おわりに

     1933(昭和18)年における竹中缶詰製造所の組織図からは、大阪・神戸方面の総合商社や薬品会社からの役員も散見される。同製造所はその販売だけでなく、缶詰材料としての農作物、さらに軍需利用された除虫菊栽培にまで関わっていた。第二次世界大戦下で統制経済制度が敷かれると、竹中缶詰会社京都工場の操業は必ずしも芳しくなかった。それに対し、済州島だけでなく、朝鮮各地においても事業は拡大した。

     前述した鬱陵島の他にも、1937(昭和12)年に全羅南道・羅州に缶詰工場が操業された。1933年(昭和8)、朝鮮総督府総監・宇垣一成が黄桃缶詰製造を竹中缶詰製造所に打診した。調査の結果、まずは翌年に水害による被害農家の救済として漬物工場が計画され、地元農家と大根、えんどう豆や黄桃の栽培契約が成立した。1935年(昭和10)に工場操業したものの、作物の収穫ができず、本格的な操業は翌年からになった。当地には、伝統的な家畜市場があったため、羅州分工場は牛肉缶詰を主要製品としつつも、農作物も材料に選ばれた。

     さらに1938(昭和13)年頃には京城(ソウル)南大門に事務所、1940(昭和15)年頃に釜山に出張所、1943(昭和18)年に束草など、朝鮮各地に工場・事務所が開設されたのである。

  • 麻生 将
    セッションID: 415
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    本発表の目的は,1910年代から1940年代の満洲における日本のプロテスタント教会の立地状況を明らかにすることである.また,その際に教会で勤めていた牧師の人事異動の状況が教会の立地とどのような関係を有していたかを検討する.本発表では1916年から1940年にかけて日本基督教連盟が発行した『基督教年鑑』を研究史料として用いる.

     近代の満洲のうち,特に関東州や南満洲鉄道沿線の諸都市を中心に日本のプロテスタントの主要教派・教団は教会を設立していた.牧師の人事異動も鉄道沿線の教会間で見られたが,教団ごとに異なる人事異動であった.また,1931年の満洲事変と翌32年の満洲国成立の後,南満洲鉄道以外の沿線諸都市にも各教派が進出し,教会が新たに立地していった.そして,古くから存在した教会は安定的に存続していた.満洲国建国の後に新規立地した教会も比較的安定して存続していた.こうしたことから,都市内部との共通点と相違点が浮かび上がってきた.ただし,これは満洲という地域特有の事情も十分に考えられるため,今後さらなる検討が必要である.

  • 鈴木 信康, 日下 博幸
    セッションID: 202
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    寒候期の東海〜関東沿岸域では,「房総不連続線」や「駿河湾収束線」と呼ばれる収束線が形成される.この収束線は降雨・降雪やガストを伴うことが知られており,収束線によって関東の初雪を観測することがしばしばある.これまでに,河村(1966),Kawase et al. (2006),鈴木・日下(2022)によって,収束線の発生条件は分かってきた.一方で,収束線の降雨・降雪に着目した研究は梅本(2004)のみであり,降水を伴う条件や要因については明らかになっていない.本研究は,収束線発生時の降水分布を環境場ごとに調べ,収束線の降水特性と増加に影響を与える要因を明らかにする.

    収束線発生時の降水特性を16冬季(2006/07年〜2021/22年の12月〜3月)の気象庁解析雨量データによる統計解析から調査した.まず,1時間毎の気象衛星画像とERA5再解析データから収束線事例を抽出し,環境場ごとに降水量合成図を作成することで,収束線の降水分布の特徴を調べた.環境場はERA5データを用いて,1)風向,2)風速,3)寒気強度,4)対流の強さの4つの気象要素に着目し,それぞれの違いが収束線の降水量と降水頻度に与える影響を評価した.

    収束線は16冬季で13768時間(期間全体の30 %)発生した.風向別の1時間降水量を確認すると,どの風向でも収束線上と収束線によって形成された帯状雲で降水域が確認された.図1は西北西風,北西風,北北西風を対象に,弱風時(Low WS; 4〜8 ms-1)と強風時(High WS; 12〜16 ms-1)の1時間降水量を示す.弱風時は降水量が最大0.07 mm h-1と少なく,0.03 m h-1以上の降水域は沿岸から30〜90 kmの遠方に位置している.一方で,強風時は1時間降水量が最大0.2 mm h-1と強く,降水域は沿岸から0~60 kmに位置している.この降水量の増加と離岸距離が短くなる傾向は,どの風向においても風速の増加と対応していることから,収束線による降水量は季節風の強さと相関関係であることが示された.今後は寒気の強度と対流の強さの影響について評価し,それぞれの寄与率を定量的に評価する.

  • 河本 大地, 東 晃太郎
    セッションID: 446
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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  • 山本 あゆ夏, 齋藤 仁
    セッションID: 314
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    日本のサンゴ礁の大部分は裾礁型であり,陸に隣接して成立しているため,近隣河川からの赤土の流入がサンゴ礁生態系に影響を及ぼしている.特に沖縄県周辺海域は,豊かなサンゴ礁が広がる代表的な場所である.しかし,近年赤土の流出によるサンゴ礁への被害が問題視されている.沖縄県では地形・土壌・多雨等の赤土が流出しやすい自然的条件に,農地・土地開発等の人間活動が加わり赤土汚濁が発生している.赤土流出に関する研究は多数行われてきたが,流出要因とその空間的・季節的差異を広域的に言及するには至っていない.そこで本研究では,赤土流出を促す地形・土地利用等の陸域環境要因と河口でのSPSS値(海域底質中懸濁物質含有量)との関係を流域単位で統計的に分析し,陸域環境要因がSPSS値に与える影響とその空間的差異を明らかにする.対象地域は,沖縄県石垣島と西表島である.数値標高モデル(DEM)から得られる地形量(流域面積,標高,傾斜)および土地利用面積(住宅地,商業地区,工業地区,空地,改変工事中の地域,田,畑,サトウキビ畑,果樹園,パイナップル畑,牧場・牧草地,温室,森林,野草地,裸地,道路)とSPSS値との関係を機械学習の一つであるRandom forest法を用いて分析し,その重要度を検討した.その結果,SPSS値に影響を与える重要な陸域環境要因には,空間的差異と季節変化が見られた.特に石垣島は開発が進んでおり,住宅地,空地,裸地,改変工事中の地域等の人工的な土地利用が重要であった.西表島は,相対的に斜面傾斜のような地形条件の重要度が高かった。また,田,牧場・牧草地等の従来はあまり指摘されてこなかった土地利用からの赤土流出の可能性が示唆された.今後はより詳細な陸域環境要因の検討が必要であるが,本研究結果に基づく陸域環境要因とサンゴの生息状況との検討は,サンゴ礁生態系の保全に貢献できると考えられる.

  • 花田 心吾
    セッションID: 237
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    Ⅰ はじめに遠賀川流域は福岡県の筑豊地域を流れ,響灘に注ぐ一級水系である.遠賀川流域は北九州都市圏や流域内の主な水源としての重要な役割を果たしている.石炭産業の終焉や水質汚濁防止法の施行によって,水環境の改善が進んでいる.一方,流域人口約60万人以上が居住しているにも関わらず,低い下水道整備率や河口堰による水の滞留など,水質への人間活動の影響が未だに懸念される.本研究では,遠賀川流域の河川水の主要溶存成分の分析の結果を用いて,流域内の水質の特性を明らかにするとともに,影響を与える因子について検討し,水質の分析結果との相関から形成要因の推定を試みる.Ⅱ 研究方法2021年8月~2023年6月に,二か月に一度流域内で網羅的に選定した約80カ所で採水を行った.現地では気温,水温,pH,RpH,電気伝導度(EC),CODを測定し,研究室ではTOC,ICの測定,イオンクロマトグラフィーを用いて主要溶存成分の分析を行った.そしてGISを用いて地点の集水域ごとに水質への影響を与えるものの負荷量を算出し,得られた水質分析結果との相関を解析する.今回は手法の検討のために2021年12月の測定結果を暫定的に用いて解析を行った結果を報告する.Ⅲ 結果と考察電気伝導度(EC)は極端に数値が高くなる地点がある.それらの地点の水質組成はそれぞれ違っている.空間的な分布の特徴としては,本流側(地図中の西側)でそれらの特異的にECの値が高い地点が複数位置している一方,彦山川側(地図中の東側)はそのような地点は本流側より少ない(図1).その傾向は通年を通してみられる.ECが高い地点(400μs/cm以上)の水質組成は大きく分けてカルシウム-硫酸型,カルシウム-重炭酸型,ナトリウム-重炭酸型,ナトリウム-硫酸型,ナトリウム-塩化物型がみられる.そのうちカルシウム-重炭酸型はECがそれほど高くない地点の多くと同じである(図2).Ⅳ おわりに 遠賀川流域では異なる水質組成の支流が混在しており,イオン濃度が高い地点だけを比較しただけでも,複数の組成のパターンが見受けられる.それらの組成のパターンを定量的なグルーピングを行い,流域内のデータとの相関を検討することが今後の目標である.

  • 飯沼 日菜子, 森島 済
    セッションID: P030
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    1. はじめに

     気圏から森林への水供給には,降水や霧,雪解け水などがあげられる.特に,降水は水分供給の大部分を占めるが,霧が頻繁に発生する地域では,霧の植生への付着が樹雨(きさめ)や樹冠流を増加させるとともに日照時間,日中の気温や水の蒸発率を低下させるため,土壌への水供給を増加させることが知られている(Kerfoot 1968).樹雨は樹木に霧が付着し,やがて大粒の水滴となって地面に滴下する現象として知られているが,日本においても海岸に近い森林地域などでは樹雨現象による林内雨量の増加は無視できない量に及ぶと考えられている(小林ほか 2002). 新潟県佐渡島大佐渡山地の一部には樹齢が300年を超える天然スギが分布しており,その維持に暖候期に発生する霧による加湿が寄与する可能性が指摘させている(河島ほか 2010).河島ほかは,大佐渡山地北部周辺で霧発生時以外の時間帯では土壌水分量が減少し,頻繁に霧が発生した時間帯では降雨が観測されなかったにもかかわらず,土壌水分量が増加することを示したが,霧の量的な把握は行われておらず,霧水による土壌への水分供給量は明らかにされていない. 本発表では,土壌への水分供給量を最も左右すると考えられる霧の植物への付着量を把握するために2023年6月に行った霧水量の観測結果と,霧発生時の気象状況を報告する.

    2. 調査方法

     観測は大佐渡山地北部の天然スギが分布する北側斜面,標高約800m 地点で行った.霧水量を観測するために霧コレクターを自作し,簡易雨量計,温湿度計及び風向風速計と共に設置した.霧コレクターは植生の有無による霧水量の差異を調べるためにそれぞれの場所に一つずつ設置した.同時にインターバルカメラを用いて霧の発生について確認した.取得したデータは 10 分値を単位として分析を行った.

    3. 結果と考察

     観測期間中の6月の降水量は195㎜であった.一方,霧水量は簡易雨量計の口径面積を基準とした値で,植生なし289㎜,植生あり90㎜であった.降水量と霧コレクターでの値を直接的に比較することは困難であるが,霧コレクターに使用した網と同様の付着能を植生がもつと考えた場合,降水量を上回る霧水が土壌に供給される可能性がある.また,植生の有無による霧水量の違いを比較すると植生ありの霧水量はなしのそれに比べ3割程度となっており,単純に考えると7割が植生に付着している可能性がある. 霧が発生するときには,降水を伴う場合(降雨型)と伴わない場合(樹雨型)があるが,降雨型の霧水量が樹雨型のそれより多い傾向にある.降雨型の霧が発生する場合には必ずしも気温が低下するわけではなく,風速の規則性も見られない.一方,樹雨型の霧は降雨型の霧が発生した直後に発生し,風速が強く気温が低くなっているときのみ発生した.

  • 張 翰寧
    セッションID: P048
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    1883年8月, 群馬県伊勢崎市八斗島町に位置する利根川と烏川の合流部直下にて八斗島水位流量観測所が開設された. 当該観測所は, 利根川の治水や首都圏の水害防止等において重要な役割を担っていた. しかし, 2011年9月の台風12号と13号の襲来による出水後, 左岸域の砂州の移動により観測所の水位計が埋没した.

     また, 河川合流部という流れ場における砂州地形の挙動は複雑な現象であり, それに関する知見が少ないことも踏まえて, 本研究では, 研究対象地域の航空写真及び統計した水文データ, 移動床実験等の解析結果を受け止め, 水位計埋没問題の最終解決の前段階として, 砂州挙動のメカニズムの解明を目的とする. 具体的には, 平面2次元数値計算の手法で砂州の挙動変化を調べた.

     2001年と2011年の河道の様相及び観測所水位計の位置を比較した結果, 2001年以前では河道と砂州形状にはほとんど変化が見られなかった. 2001年では砂州の位置変化は読み取れなかったが, 形状の変化は確認された. 2001年から2005年では利根川本川が直線化し, 砂州が下流側へ移動した. そして, 最終的に2011年の台風12号と13号の出水により, 砂州が流下方向へ移動した結果, 水位計が埋没した.

     本研究で使用した解析用ソフトウェアは, 河川の流れや河床変動解析用数値シミュレーションプラットフォームiRIC Softwareである. 解析では, 非定常平面2次元流れと河床変動の計算に特化した解析用ソルバーNays2DHを使用した. 地形データを作成した際に, Fortran77を使用してプログラム上において単純Y字型水路地形データを作成した. 右岸側を烏川, 左岸側を利根川として設定して合流点より下流側約2 kmの位置で水路上において楕円形の砂州地形データを作成した. 河床勾配は1/500と設定し, 水路の流下方向長さと横断方向長さをそれぞれ8 km, 1 kmとして設定した. 計算格子を作成する際, 水路の流下方向 (縦断方向) と横断方向に対し, それぞれ等間隔に800, 300等分として格子数を分割した. 流量比 (利根川の流量を烏川の流量で除算した値) は右岸側河川と左岸側河川の流量をそれぞれ調節して変化させた. 通水時間は7200秒に設定した. また, 出水時の砂州の挙動を具体的に調べるため, 流量はそれぞれ5000 t以上と10000 t以上でケース毎に設定し, 合計4パターンの計算条件を設定した.

     計算条件①と②では, 砂州の流下方向変化に比べて横断方向変化が顕著に現れた一方, 砂州横断方向の頂点が下流側に向かって延伸した現象が観察された. 左岸側水流が砂州上流端後方に対して持続的な作用を及ぼし, 砂州上流端周辺における砂州の横幅が縮小した現象から, 左岸側水流が砂州上流端縁辺に力を作用した結果, 砂州の浸食が発生したことが推察された. さらに, 計算条件①では右岸側の流量が優越していたため, 流心部が流路の中央の位置まで移動していた現象から, 右岸側水流が左岸側水流を砂州縁辺部近傍まで押し寄せた流れ場が発生し, これにより左岸側水流の作用が砂州縁辺部における地形の高低変動を着実にもたらしたことから, 右岸側流量優越時に形成した流れ場による影響も無視できないと推察された. 計算条件③と④では, 砂州の横断方向変化に比べて流下方向変化が大きいかつ砂州全体において大規模な下流側への地形変動が観察されたことは, 流量の増加に起因する水位上昇と砂州地形に対する洗堀が主要な起因と考察される. また, 出水が大規模かつ水流による砂州に対する浸食が持続的であれば最終的には砂州が消失する可能性があると指摘できる. さらに, 利根川本川の流量が優越する場合, 砂州形態の挙動には伸長と増大が併存する傾向が確認された.

     本研究で得られた主な結果としては, 出水時間内における具体的な砂州形態, 砂州挙動の時間毎変化を初歩的に確認することができた. また, 烏川の流量が優越する場合に形成した流れ場が砂州の挙動に影響する可能性及び, 砂州の挙動変化は流量比の変化にも依存する可能性があることが分かった.

  • -静岡県沼津市を事例に-
    村越 貴光
    セッションID: 639
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    はじめに 近年,コンテンツツーリズムが注目されている.しかしながら,COVID-19の流行により,観光業も打撃を受けた.コンテンツツーリズムの中でも,アニメ聖地巡礼は,コロナ打撃からの回復の希望であると同時に,地方への観光誘客の強力な武器であるとされる.また,テレビやSNSでもアニメ聖地巡礼が取り上げられ,世間から注目を集めており,特に地方経済へもたらす影響は計り知れない. コンテンツツーリズムの研究は,アニメの舞台となった地域,聖地の成り立ち,地元住民等に着目している(岡本 2019;佐藤 2009;鈴木 2010)が,それらについての持続性を議論した研究は管見の限り少ない. 静岡県沼津市は,アニメによる観光振興において顕著な事例であるが,コンテンツツ開始から5年以上経過した時点で,持続性を議論した研究はない.そのため,本研究では,静岡県沼津市を事例に,アニメファンの実態や評価,地元住民や市の取り組みを明らかにし,アニメ聖地の持続,衰退要因を明らかにする.これにより,今後の沼津市の観光ビジョンを検討できる材料になるだろう.

    Ⅱ.研究方法 アニメ聖地巡礼者(以下、観光客),沼津市役所,沼津駅周辺と沼津港の商店街の商工会等にインタビュー調査を実施する.調査内容としては,観光客には,訪問目的,訪問場所,滞在日数,訪問回数,リピーターの訪問目的の変化等から,アニメ聖地持続要因を明らかにした.市役所や商工会等のインタビュー調査については,現在までの取り組みとその影響から,アニメ聖地としての持続要因を明らかにした.

    Ⅲ.結果および考察市役所については,夏祭り等のイベントと継続的にコラボすることで,リピーター獲得に貢献している.商店街については,コンテンツツ開始当初から現在まで,継続的な取り組みを行っている.例えば,購入金額に応じて景品をプレゼントする企画や回遊性を高めるためにスタンプラリーを実施することで,リピーターを飽きさせない取り組みを実施している.観光客については,リピーターが多く,作中に登場した場所へ訪問している.また,作中には登場しなかった店舗や周辺の場所へも訪問することが明らかにされた.これが,アニメによる観光振興が持続している要因であると考えられる.以上のことから,3者がお互い上手に連携することで,アニメ聖地として持続していることが明らかになった.

    参考文献岡本 健 2019. コンテンツツーリズム研究.福村出版.佐藤智香2019.沼津市におけるコンテンツツーリズムの取組~ラブライブ!サンシャイン!!を事例に~.2019年度駒澤大学地理学科卒業論文.佐藤壮太・渡辺隼矢・坂本優紀・川添 航・喜馬佳也乃・松井圭介 2018. リピーターの観光行動からみたアニメツーリズムの持続性-茨城県大洗町「ガールズ&パンツァー」を事例として.人文地理学研究38:13-43.鈴木晃志郎 2010.メディア誘発型観光現象後の地域振興に向けた地元住民たちの取り組み:飫肥を事例として.観光科学研究:3,31-39.

  • 山本 陽子, ジョルディ バレスター, 高柳 長直
    セッションID: 608
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    2020年に農林水産省が策定した日本の農林水産物・食品の輸出拡大実行戦略は「プロダクトアウトからマーケットインへの徹底的な転換」を唱えている。この中で味噌と醤油は「日本が誇る発酵食品」と位置付けられ、「日本食文化とともにわが国の多様な味噌・醤油を世界に発信」することが掲げられている。そこで本研究では、輸出先市場の消費者が馴染みの無い異国の食品に見出す意味と、生産者が商品に与えた意味との差異をあきらかにし、輸出フードシステムが商品志向から市場志向に変わるための示唆を得ることを目的とした。

     具体的には、輸出重点品目のひとつである味噌をフランスの消費者に配布し、対象者が味噌をどのように評価し、味噌にどのような意味を見出すのかを調べ、日本の伝統食品である味噌の使用価値が、未だ普及段階には無いフランス市場で生成される過程を、川端(2021)が示した「国境を越える使用価値の生成メカニズム」と照らし合わせて検証した。

     調査にはフランスで一般的に利用されているSNSを使用し、機縁法で募った45人の対象者を年齢、性別、学歴と、味噌を使った料理経験の有無が均等になるように3つのグループに分けた上で、SNS上にそれぞれのグループ別にクローズドなコミュニティを設けた。調査は2023年11月21日から6週にかけて実施し、当初の2週間は味噌の種類の紹介、保存方法、提供した2種の味噌の生産者や成分の紹介および料理例を、全グループ一律に同内容で提供した。3週目以降はグループ別に提供する情報を差別化したが、それらの情報提供と参加者からの質問への回答、および全3回のアンケート時以外には介入をせず、対象者による調理報告の投稿や対象者同士の対話を観察した。

     アンケートへの回答内容と、SNSへの投稿内容を分析した結果、調査対象となったフランスの一般消費者が「いつもの家庭料理に新しい味や風味を加える調味料」という意味を味噌に見出し、味噌の「美味しい味や風味を様々な食材や料理に簡単に加えることができる手軽さ」を高く評価していることがあきらかになった。この背景には、Gatley et al.(2014)がイギリス人との比較において示したとおりの、フランスの食文化の影響があると考えられる。本調査ではさらに、グループ別に差別化して提供した情報が、対象者による味噌の意味付けに影響している様子が確認された。

     本研究があきらかにしたフランス市場の消費者による味噌の意味や評価と、フランス市場に向けた輸出戦略上の味噌の意味付けにはズレがある。それにも拘わらず商品志向の意味を訴求することが、輸出先市場での使用価値生成に悪影響を及ぼす可能性に留意が必要である。日本の生産者と輸出先の流通業者が連携して意味と評価を消費者から回収し、改めて商品の物的属性や意味付けに反映してこのズレを解消することの繰り返しが、フランス市場への味噌の輸出を市場志向に転換するための第一歩であり、目指すべきはその先の使用価値の生成による味噌のフランス市場での受け容れである。

  • 笠原 茂樹
    セッションID: 604
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    Ⅰ. はじめに

     地場産業は,地域経済を支える産業として発展してきたが,経済のグローバル化等の環境変化に伴い,大きな再編期を迎えており,手工業的な産地を中心にその存立を支える地域的基盤に関する議論が進んできた(勝又 2023).代表的地場産業である陶磁器産業の存立基盤に関しては初澤(2015)の報告がある.喜田(2013)は,日本の陶磁器産地には,手工業的で美術市場化した陶芸産地と大量生産の日用品を中心とする陶業産地とその両者を兼ね備えた産地がみられることを示唆しているが,初澤が対象とした産地はいずれも工芸品や作家物を中心とする陶芸産地に位置付けられると考えられ,陶業産地に関する報告は管見の限りみられない.加えて関根(2024)は,陶磁器産地ならではの変革期をいかに乗り越えて,産地が存続を果たしてきたのかを検討した研究はみられないと指摘している.そこで本研究では,国内最大の産地であり,大量生産型産地である美濃焼産地に着目し,同産地における陶磁器産業の存立基盤が国際競争力の低下や国内需要減少等の変革期の中でどのように変化し,それに対し企業がどのような経営対応を図ったのかその特徴について検討した.

    Ⅱ. 美濃焼産地の概要

     美濃焼は,土岐市,多治見市,瑞浪市を中心に生産される陶磁器の総称である.同産地では,窯元・卸売業者を中心に,絵付業者や輸出完成業者,原料業者等による高度な分業構造が構築されてきたが,経済環境の変化の中で,採算性の悪化や後継者不足等により業者数が減少傾向にあり,分業体制並びに産地の維持・存続が課題である.

    Ⅲ. 美濃焼産地における製陶業の変化

     美濃焼産地には,技術的基盤として伝統的工芸品があり,その後の洋食器の生産開始やタイル生産への転換等を経て,地区ごとに製品が分化した.岐阜県陶磁器工業協同組合統計をみると,量産に適した洋食器・タイル生産地区でトンネル窯やシャトル窯等の量産に特化した焼成設備の導入が早期に進み,多くの地区で機械工業化が進んだ.和食器生産地区においても,丼や皿を中心とする地区では,量産設備の導入が進んだが.洋食器に比べると量産に適さないため,手工業的様相が残存し,特に徳利等の袋物や盃等の小物を扱う地区では,後年まで単独窯が高い比率を占めた.このように地区により,量産技術の導入の程度が異なる美濃焼産地であるが,陶磁器需要減少下では,この差が顕著に表れ,機械工業化を進めた各地区では,多くの業者が廃業に至り,産地を大きく縮小したが,手工業的様相が残った地区においては,製品転換による経営維持もみられ,その影響が比較的小さい傾向がみられた.

    Ⅳ.美濃焼産地における卸売業の変化

     美濃焼産地では,伝統的に多治見・駄知地区に卸商が集積し,多治見地区では絵付業者の集積も進んだ.他地区では,上記地区へ仲買を行う業者や上記地区の番頭の独立,戦後の引揚者の創業により卸商が増加し,現在では,中央本線駅周辺地区と国内向け和食器を扱う地区に多く集積がみられる.これらは国内向けの陶磁器を扱っており,輸出向けは多治見・泉・妻木地区を中心に立地する輸出完成業者が担った.しかし,輸出完成業者は,海外市場での競争力の低下で淘汰が進み,各地区の組合は現存しておらず,美濃焼の流通構造は,輸出の最盛期と現在では異なることが明らかとなった.

    Ⅴ. 企業の経営対応

     個別企業の対応については,窯元では経営規模により対応が分化すること,卸商では仕向け先の変化と製造への参入がみられることが報告されている(笠原 2024a,2024b).経営対応を存立基盤の変化から整理すると,従来,窯元・卸商・絵付業者・輸出完成業者を中心に構成されていた分業体制から窯元・卸商による分業体制へと変化するとともに,卸商・窯元双方で製販一体化したことが指摘される.つまり,同産地では,産地の再編期を経る中で分業体制に変化がみられ,この中で製造や小売への参入,製品の高付加価値化等のフレキシブルな経営対応を図った業者が経営を維持していると考えられる.

  • 森本 陽日, 今 駿太郎, 長谷川 浩太郎, 玉川 莉子, 遠藤 惠秋実, 高柳 長直, 野口 敬夫, 中窪 啓介
    セッションID: 607
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    1.はじめに

     本発表では,エコフィード製造業の近年の動静を捉えるとともに,サプライチェーンに沿った原料調達・製品販売における取引関係の実態とその背景を明らかにする。

     エコフィードにはリキッド飼料,ドライ飼料,サイレージ飼料があり,各々対象畜種,製造,輸送などが異なる。また原料の種類により,原料・製品の取引価格に違いが認められる(淡路 2009)。酒粕などの原料では供給時期に限定もある。こうしたことから,エコフィード製造業を論じるためには,原料と製品の種類別の分析が必要となる。これを踏まえた上で,本発表では自給率が低い濃厚飼料の代替となるリキッド飼料とドライ飼料を対象とした。原料は,パン工場の製造副産物のように組成が単純な「単一原料」と,コンビニの売れ残り弁当のように組成が複雑な「混合原料」に分類した。

     調査では,まず産業の全体像や近年の動静を把握するために,全国のエコフィード製造業者へアンケート調査を実施した。対象は農林水産省(2022)に一覧で示された226社であり,77社から回答が得られた。次に,エコフィード製造業者の事例から事業実態とその背景を把握するために,上記の2種類の原料と2種類の製品の組み合わせで4種類の製造業者を調査対象とし,製造量が比較的多い6社に対して聞き取り調査と内部資料の収集を行った。

    2.アンケート調査からみたエコフィード製造業の動静

     アンケート結果から以下の3点が明らかとなった。第1に,食品リサイクル法の改正,CSR・CSVやSDGsへの関心の高まりを背景に,2000年代半ばからエコフィード製造業へ参入し,非中核事業として営む業者が多く現れた。特に,従来はエコフィード製造業に従事する業者が限られていた食品製造業からの参入が顕著であった。

     第2に,エコフィード製造業者の製造量は,横ばいか縮小傾向にあった。食品廃棄削減の取り組みが活発化する中で,製造業者は原料の調達量を拡大できない状況に置かれていたのである。

     第3に,エコフィード製造業は主に地域内の原料供給によって成立しており,業者間の広域的な競合は限られていた。その背景として,一般廃棄物の収集運搬業には市町村ごとの許可を要する点が挙げられる。また近隣からの調達は,輸送費の削減や原料の腐敗防止に繋がる。こうした結果,エコフィード製造業は概して原料調達圏が狭く,近辺に調達先の食品関連事業者が多い関東大都市圏や中京大都市圏に集中し,中小都市圏にも一定の分布がみられた。

    3.事例調査からみたエコフィード製造業の取引関係

     エコフィード製造業は原料供給業者の業種ごとで供給される原料が大きく異なるため,事例業者の調達先は用いる原料の種類によって違いがあった。単一原料を用いる業者は食品製造業者のみと取引し,混合原料を用いる業者は食品製造業者に加えて食品小売業者と取引していた。特に混合原料を用いるドライ飼料製造業者は,調達先数,調達量ともに食品小売業者の割合が高かった。

     エコフィード製造業者と原料供給業者の取引形態には,有償取引と逆有償取引の別があった。混合原料の場合,製造工程が複雑で分別の手間もかかるため,製造費が高い。それゆえ,利益を確保できるよう,原料調達は逆有償取引となっていた。そうした取引では,しばしば原料供給業者は取引開始に際して,エコフィード製造業者に支払う費用と所在地の廃棄物処理費用を比較し,飼料化を選択するかを検討していた。一方,単一原料は組成が単純であるため,製造費が比較的低い。小麦系の原料の場合は,そのまま家畜に給餌できるほど成分が有用である。こうしたことから,単一原料は有償取引の割合が高い状況にあった。ただし,リキッド飼料への原料供給が産廃処理の代替を担うケースは,逆有償取引がなされていた。

     エコフィードの販売取引の特性として,製品の種類に応じて販路に違いがみられた。ドライ飼料は配合飼料の原料を代替するものとして,大手配合飼料メーカーと飼料問屋に販売されていた。配合飼料メーカーはドライ飼料を使用することで,高騰が続く配合飼料の原料費を抑えられるため,増産を要望していた。一方,リキッド飼料は消費期限が短く,配合飼料メーカーや飼料問屋などが扱うことは腐敗のリスクが高い。そのため,多くは農家への直接販売か,リキッド飼料製造業者の自社農場での利用であった。

     エコフィード製造業者の販売先は,リキッド飼料,ドライ飼料ともに県内や隣接県が中心であったが,最終的な畜産農家までの流通圏は製品によって違いがあった。ドライ飼料は配合飼料の原料の一部となって畜産農家に届くため,配合飼料メーカーや飼料問屋を通じて広域に流通していた。一方,水分量が多いリキッド飼料は,重くて輸送費が高いため,より狭域で流通する傾向があった。

  • 島津 弘
    セッションID: P049
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    1.はじめに

     屋久島を流下する河川の多くの谷底には丸みを帯びた花崗岩の巨大岩塊が堆積している.それらは大きいところで中径が10mに達する.このような花崗岩の巨大岩塊は,屋久島の大部分を占める花崗岩分布域から外側にある付加体堆積岩分布域の河口,海岸にも多数見られる.本発表では2023年に主として南東および南海岸で実施した調査を基に,屋久島の河川の河口および海岸に見られる花崗岩の巨大岩塊の分布の特徴とそれらの起源と移動プロセスについて述べる.

    2.河床に見られる巨大岩塊の移動プロセス

     これまでの調査より,屋久島の河川では河床に巨大岩塊が見られない河川,途中まで見られるが,河口付近が砂床になる河川,河口まで巨大岩塊が見られる河川が存在することが分かった.南東側~南西側にかけて海に流入する河川の多くでは,河口付近まで巨大岩塊が分布している.巨大岩塊が見られる河川におけるこれらの移動プロセスは,その粒径の縦断変化や花崗岩分布域外まで到達していることなどから,河川プロセスにより運搬されたと考えた.

    3.海岸付近に見られる巨大岩塊

     調査は陸上と沿岸海上から行った.南東~南海岸に流入する河川の河口には中径で最大およそ4mの岩塊が分布していることが分かった,一方,海岸にも同様の粒径の岩塊が分布するが,その分布は不均一であった.すなわち,河口付近には岩塊が集中して分布しているが,それ以外の場所でも集積しているところ,疎に分布しているところ,砂浜海岸となっているところ,岩石海岸となっているところが見られた.南東海岸の中瀬川河口~小田汲川河口の区間では,両河川の河口には巨大岩塊が折り重なるように,あるいはロウブの地形をつくって堆積しているが,河口から離れると両河川の状況は異なっていた.中瀬川河口では河口から離れると岩塊はほとんど見られなくなった.一方,小田汲川河口の場合は中瀬川方向の分布域は狭かったが,反対側の南側へは広く分布していた.また,中瀬川方向には全く見られないのではなく,疎に分布していた.両河川の間にある岬周辺には,河口が無いにもかかわらず,岩塊が折り重なるように堆積していた.このことは,河口とその周辺に分布する岩塊は河川から流出したものであることを示していると考えられるが,それ以外の場所に堆積している岩塊はそれ以外のプロセスで海岸にもたらされたか,海岸沿いに移動した可能性が高い.

    4.海岸段丘堆積物に含まれる巨大岩塊

     陸上調査で一部の海岸段丘の堆積物中に巨大岩塊が含まれていることが分かった.小田汲川近く,鯛ノ川河口付近,鈴川下流などの段丘堆積物中に中径3m以下の岩塊が含まれているのが確認できた.また,海上からの観察によって,鈴川河口西側の海食崖の岩盤の上に丸みを帯びた岩塊が点々と堆積していた.段丘面上は畑,果樹園等に利用されているところが多いが,観察では,巨大岩塊が畑の中に突出していたり,畑の周りに掘り出された巨大岩塊が放置されていたりする場所はほとんどなかった.これらのことから海岸段丘堆積物中に巨大岩塊が含まれている場所は限られている可能性がある.一方で,巨大岩塊が見つかった場所の多くは,地形の状況から河川から広がる扇状地が海岸段丘となった場所であった.

    5.河口・海岸の巨大岩塊の起源と移動プロセス

     以上のことから,現在において,屋久島の河川の河床に分布する巨大岩塊は河川プロセスによって河口まで到達した.河口まで到達した岩塊は海に出たところで堆積したが,一部は浅海底まで運搬されたと思われる.鯛ノ川河口付近の海上からの観察によれば,底に丸みを帯びた大きな花崗岩岩塊が見えた.そのほかの河口付近では海底を直接見ることができなかったため巨大岩塊の堆積状況は不明である.一方で河口から離れた場所に点在する岩塊や河口のない場所に折り重なって堆積している岩塊は海岸段丘堆積物から供給された可能性がある.海岸段丘堆積物中の巨大岩塊は,段丘面が海岸~浅海底だった当時に,河川プロセスによって当時の河川の河口~海に到達・堆積し,それが段丘化,現在までの海食によって洗い出されて現在の海岸に堆積したと推定される.

  • 中村 祐輔, 高畠 亮, 軽辺 凌太, 日下 博幸
    セッションID: 211
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    近年,日本では熱中症による救急搬送者数や死亡者数の増加が社会問題となっており,これに関連して都市の暑熱環境に対する社会的な関心が高まっている.都市の暑熱環境が悪化する要因として,郊外に比べて都心部の気温が高くなるヒートアイランド現象が指摘されている.都市内部の気温分布は、詳細な土地利用分布や都市街区構造が関連していることが指摘されており,その関連性についてさらなる研究が望まれている.近年,その関連性を整理するため,Local Climate Zone(LCZ)(Stewart and Oke, 2012)が活用されている.ただし,日本などの都市に対して,LCZによる分類が不適切となるケースが指摘されている(Chiba et al., 2022).そこで本研究は,国土交通省のPLATEAUデータなどの高品質な都市街区・自然地理情報を用いて,LCZクラスを再定義した日本版LCZを開発することを目的とする.

  • 多田 忠義, 林 宇一
    セッションID: 447
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    1. 課題設定・方法

     本報告の目的は,2015年および2020年の農林業センサスの個票データを用いて,2020年に参入・退出した林業経営体の特徴を,参入・退出の発生地域,森林経営計画の有無,農作物販売金額における主位部門の構成比率から地域差の有無を分析することである.データは農林水産省から提供された個票データを,構造動態マスタによって経年比較ができるように接続している.

    2. 参入・退出の発生地域

     2015年は林業経営体であり,2020年に林業経営体の要件を満たさずに退出した客体は59,898,2020年に新たに林業経営体として参入した客体は6,615である.参入・退出を林業経営体の増減率と見なした場合,北海道,岩手県,岐阜県,広島県でいずれも寄与度が高く,世代交代による個票データの不連続が懸念された.しかし,林業経営体の退出寄与度の高い場所は,参入寄与度の高い場所と旧市町村別で一致せず,個票データに不連続はない可能性が高い.

    3. 森林経営計画

     林業経営体の該当要件は,保有面積,施業実績,森林経営計画の有無,一定規模以上の受託である。このうち,森林経営計画の有無は,施業集約化の取り組み強化や補助金交付対象の条件であることなどから,施業実施時に計画対象区域に参入し,5年毎の見直し時に対象から外れて林業経営体の要件を満たさなくなる可能性がある.しかし,森林経営計画がなくなったことにより退出した客体の割合が高い都道府県は,北海道,広島県,岐阜県の順(図1),同様に参入では広島県,北海道,長野県の順(図2)であり,森林経営計画の有無が林業経営体の参入・退出に影響する地域は一部存在することが確認された.

    4. 農作物販売金額における主要部門の構成比率

     退出した林業経営体の約半数は,農林業経営体(2015年)から農業経営体(2020年)に移行した経営体である.当該移行経営体の農作物販売金額における主要部門の構成比率を,農林業経営体(2015・2020年で継続)とで地域間で比較したが,ほとんど差は見られず,退出要因に農業経営が影響している可能性は示唆されなかった.

    付記:本報告はJSPS科研費22H02379の助成を受けて実施した研究成果の一部である。

  • 岡田 将誌, 茂木 大歩, 山田 侑奨, 横沢 正幸
    セッションID: P034
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    わが国における生活用水(上水道の配水量)の気象環境応答に関する調査は東京等の大都市に限られているものの、夏季の気温上昇が配水量を増加させることを報告している。一方で、夏季の気温上昇に加え、冬季の気温低下も配水量を増加させる地域があることを長野県や新潟県において明らかにした。そこで本研究では、対象地域を東日本に広げ、配水量の気温環境応答特性の地域分布を明らかにするとともに、冬季の気温低下による配水量の増加要因を解析する。その結果、中部山岳域ならびに日本海側の多くの市町村において、冬季の気温低下も配水量を増加させる傾向にあることがわかった。冬季の配水量の増加は、アンケート調査に基づく解析の結果、融雪散水の頻度、浴槽の注水回数、トイレ回数の増加に起因する可能性があることが示唆された。

  • 高柳 長直
    セッションID: 444
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    農業は地理学のなかで,最も研究活動が活発な分野の一つであると言ってよい。歴史的に農業は国民経済の大宗をなし,農業は自然環境の影響を強く受け,関係の科学としての自然と人間のあり方の解明,あるいは自然の制約の克服といった応用地理学的側面から地理学者の関心を集めてきた。さらに,土地利用が地域性のある景観として明確に確認でき,地理学の基本的な方法論を容易に適用できたこともその理由であろう。戦後は国民経済に占める農業の比重が一貫して低下してきたが,現在でも関連産業を含め農業地理学の研究は活発である。そこで日本の農業地理学の歴史を大まかに振り返り,斯学の発展の礎にしたい。なお本報告は,日本地理学会百年史編集委員会からの依頼により取りまとめたものである。

     日本の農業地理学は,新渡戸稲造と山崎直方の薫陶を受けた小田内(1918)によって始まる。戦前,農業地理学は3つの方向からの発展がみられた。第1に,世界的なスケールから農業を地理学的に理解しようとしたものである。横井(1926),西龜(1931),伊藤(1933),栗原(1944)が,小スケールで地域による農業様式の相違について説明する著作を発表した。

     第2に,ドイツ農業経営学の導入による農業立地論である。早くも新渡戸(1898)がチューネンの孤立国を紹介し,近藤(1928)による翻訳と本格的な解説がなされた。続いてブリンクマン(1931)の翻訳が出され,市場の変化や交通機関の発達,すなわち国民経済の発展に伴う立地変化について説明しようとした。これは,後に藤田(1986)にみられるように地域構造論に影響を与えた。

     第3に農業形態論である。三澤(1929),佐々木(1932)などが発表され,多くの研究が蓄積されてきた。主としてミクロスケールで,地域ごとの作物や農業様式の相違について論じられた。地形や環境,土壌,水など自然環境との関係に言及されることが多かったが,佐々木(1932)では,チューネン圏を取り入れ市場の入荷圏から遠郊農業を論じるものもみられた。研究方法としては,詳細な分布図(長井1932),農地の所有関係(岩﨑1935),労働力の投入量(酉水1936),など,現代でも行われている農業地理学の基礎がつくられた。ただし,農業の発展というような問題意識は乏しかった。

    3.食糧不足の克服と耕境の拡大の時代

     日本の農業は戦後,食糧不足と農地改革の課題に直面し,生産方法を根本的に変える必要があった。農地改革についは,白浜(1971)が指摘するように地理学からの成果はほとんどみられなかった。一方,食糧増産のためにの農地開拓(田中1948)には,特に沿岸や湖沼地域の干拓が注目された(斎藤1969)。また,高冷地や火山山麓の農業開拓に関する研究(齋藤1952,市川1966)も進められ,地域の類型化が行われた。この方法論は,長く日本の農業地理学に影響を与えた。さらに,自然環境と農業形態の関係についての研究も盛んになった(稻見1951,市瀬1954,籠瀬1953)。

     農業地理学では,地域性の特定と地域区分の研究が長年重要な課題であった。ベーカーやホイットルセイの影響を受け,日本でも市町村から全国規模に至るまで多くの研究が行われた。日本では自給的農業が主流で,特定の経営部門に特化した農業はみられなかった。そのため,農業の地域区分は複数形態の組み合わせによるものであった。尾留川ほか(1964)によるウィーバー法の適用や,土井(1970)による修正版ウィーバー法の考案が重要な影響を与えた。1970年代には計量革命の波が押し寄せ,桜井(1973)などの研究もみられたが,他分野と比べると斯学に大きな進展をもたらすことはなかった。

     地域性の相違の形成要因については,主に自然条件の違いで説明されることが多かった。環境決定論的であることから,地帯構成論を取り入れ,生産関係や国民経済,歴史的視点を通じて日本全体の農業生産の配置を明らかにする地域構造論が登場した。江波戸(1960)がその先駆けで,長岡ほか(1978)でひとつの完成形となった。ここでは,加工資本や市場構造,農業政策との関連が考察され,グローバル化の中でその後の研究に大きな影響を与えた。農工間の所得格差が地域間格差に対処するため,農業基本法が制定され,選択的拡大と構造改善が進めらた。この影響で,産地の形成と変化について研究を進め,産地形成が自然条件から脱却したものであることを示した。これには茶(山本1973),養蚕(大迫1975),野菜・花卉(松井1978),酪農(石原1979),果樹(松村1980)などの研究がある。1980年代には,海外の農業に関する研究も増加し,フィールドワークに基づく詳細な成果が発表された。

  • 岩井 愛彩
    セッションID: P007
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    近年では,食の外部化や手軽な加工食品の需要といった消費者ニーズの変化により,商品開発や販売方法の工夫,生食用とは異なる業務・加工用食品の生産が求められている。このような需要への対応が産地での課題となっていることから,日本の農業を取り巻く事象として6次産業化に着目する。政府は農林漁業等の振興と食料自給率の向上に寄与することを目的として,2020年に「六次産業化法」を制定した。これまで,原料供給や生産を本来目的としていた第1次産業従事者が加工や販売までを一挙に展開するためには,経営力や各種免許取得,販路拡大等が求められ,容易に行えるものではないとされる。東北ブロック6次産業化推進行動会議が発行する『6次産業化を進めるためのヒント』においても,心構えとして「6次産業化の取組は,自己責任を伴う」とし,「業者等との「取引」が必須」であると記載されている。

    本研究では,多様な農業経営体を中核とした主に6次産業化にかかる様々な事業に焦点を当てている小田ほか(2014)を基に,筆者が2021~2023年にかけて6次産業化事例として調査してきた6事業体を小田らが想定した6次産業化の事業展開パターンに照らし合わせ,各事業体を類型化する。それぞれの特徴を挙げた上で,6次産業化に期待される地域資源を生かした事業展開における課題を考察する。

    6事業体はそれぞれ,山梨県上野原市の2事業体,宮崎県日南市の1事業体,長崎県五島市の3事業体である。取り上げた事業体の多くが第2次・第3次産業従事者に属するが,第1次産業への参入や一貫した生産体系を形成していることが明らかになった。第2次・第3次産業部門から第1次産業部門への参入という形態であるからこそ,農業生産に求めるものや実施地域における課題を理解し,自ら生産して製品化していると考えられる。現地調査と類型化から,多くの事業体が加工工程の委託を行い,一部事業体では原料の買い取りを行っていることが明らかになった。このことから,一事業体が一貫した6次産業化を実現することは容易ではないと指摘できる。地域資源の活用はもちろんのこと,地域内企業との連携を通した地域全体での6次産業化の実現が課題であると考えられる。

  • 松永 光平
    セッションID: 634
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
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    1 はじめに

     地理学は,20世紀に勃興した環境科学や環境学に先立って自然と人間との関係を考察してきた数少ない学問の一つである(たとえば,谷岡,1989)。学問の深化のため,「自然とは何か」という問いに対する答えは,「人間とは何か」についてとともに,常に探索し続ける必要がある。日本の自然地理学においては「自然」の定義について,議論が十分になされてきたとは言い難いが,たとえば小泉(1986)は,自然を「環境」として位置付けている。他方,日本の人文地理学の,自然の地理学における「自然」は,社会的に構成されるもの(たとえば,福田,2014)や社会的・文化的に生み出されるもの(たとえば,中島ほか,2016)と理解されており,齟齬が生じているように思われる。地理学の一体性を保つため,自然地理学者と人文地理学者との間で「自然」の語の意味について共通理解を得ることは,重要であると考えられる。

     そのための手がかりとして,本発表では,「自然」の原語であるギリシア語φύσις,ラテン語natura各語のもつ意味を,原典の文脈に即して読み取ってみたい。本発表では,こうした問題意識のもと行った作業と,その結果について報告する。

    2 研究対象と手法

     φύσιςとは何かを問うたアリストテレス『自然学』,naturaの定義を示したトマス・アクィナス『神学大全』を研究対象とする。それぞれにおいて,φύσις,natura各語の定義を検討している個所の文脈から,それらの意味を検討する。

    3 結果と考察

     φύσις,naturaは第一義的に,本来の性質,「本性」という意味を有していた。現在英語のnature,日本語の「自然」も,同様の意味を持つ。つまり「本性」という意味は,古代,中世から現代にいたるまで継承されている。他方,自然地理学の自然にも,自然の地理学のそれにも,「本性」という意味はない。自然地理学の自然は,小泉の言う通り「環境」である。したがってこれまでより正確に意味を表すため,自然地理学は「環境地理学」と呼ぶべきではないだろうか。他方,自然の地理学の自然は人手の入っていない「天然」を意味すると思われる。また,日本語では「人工物」の対義語として「天然物」が用いられることがあることから,自然の地理学の「自然」は従来自然地理学で用いられてきたそれと混同されるのを防ぐため,「天然(物)の地理学」と訳しなおすことが可能と考えられる。

    文献

    小泉武栄 1986.「自然と人間の関係」を把握するための調査技術に関する一考察.新地理 34-2: 31-39.

    谷岡 武雄 1989. 環境論の系譜と展開. 水質汚濁研究 12-6: 334-335.

    中島弘二・橘 セツ・福田珠己・淺野敏久・伊賀聖屋・石山徳子・森 正人 2016.自然の生産と消費―「自然の地理学」の視点から―.E-journal GEO 11-1: 348-351.

    福田珠己 2014. 「自然」は自然なものか?──近年のランニング・ブームに関する一考察.経済地理学年報 60: 301-312.

  • 久保 哲成
    セッションID: 509
    発行日: 2024年
    公開日: 2024/10/01
    会議録・要旨集 フリー

    高等学校学習指導要領の「地理」分野において、「景観写真の読み取り」の技能習得の重要性が示されたのは平成11(1999)年告示の学習指導要領からである。その後2回の改訂においても記載されており、この技能の習得が重要なものであることがわかる。最も使用数の多い「A社・2」に記載されている設問を分析する。「場所」と「地人相関」の事項を読み取らせる設問が多いことがわかった。また、設問を解いていく過程で、生徒たちがいかなる地理的思考を習得していくかを分析、考察した。ほとんどの設問が、環境からの「刺激」の「入力」に対して人間の「反応」の「出力」という「行動主義」つまり「環境決定論」的な思考方法を習得させるものであることがわかった。

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