はじめに
居住地選択行動に関する研究は, 雇用や所得, 災害など外的要因による移住の研究が多いが, 個人の志向性や願望といった内的要因にも着目することも求められる. このタイプの移住を「ライフスタイル移住」と呼ぶ (Benson, 2009).日本におけるライフスタイル移住として, 将来は田舎に住みたいといった居住願望による移住があり, この移住形態は主観的幸福感との関連性が高い可能性がある. リモートワークなど場所を選ばずに働ける環境の増加から,研究の重要性が高まっている.パーソル総合研究所(2022)は, 都市に住む就業者の地方への移住について, 移住後の幸福度に着目した研究を行った. その結果, 移住後の幸福度の高い移住パターンは「Uターン型」と「配偶者地縁型」が多く, 「Iターン型」などはやや低い傾向であった. 一方, 移住を決める際には, 都市部へのアクセスや自然の豊かさが重要な要素であることを明らかにしている.
研究目的
本研究では, 日本の大都市圏から地方への自由意志による移住(ライフスタイル移住)者の主観的幸福感に影響する要因を明らかにすることを目的とする. 特に, パーソル総合研究所(2022)の結果から, 都市部へのアクセスや自然の豊かさに着目した. このため, 本研究では, 大都市圏から遠隔地であり, 自然環境に恵まれているとともに, 飛行機によるアクセスの利便性が高い地域を選定した.
研究手法と結果
本研究では修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下, M-GTA)を援用した質的分析を行った. 2022年に東京都八丈島八丈町および北海道阿寒郡鶴居村で, 大都市圏からの移住者という条件でスノーボールサンプリングにより対象者を選定し, 個別に半構造化インタビューを実施した. その結果, 八丈町で5名, 鶴居村で6名の回答を得ることができた. 録音したインタビューデータからM-GTAを援用しながら分析した結果, ライフスタイル移住における幸福感に影響する要因とプロセスが明らかになった. まず, 都会生活での人生への疑問から自分らしい生き方を模索し, 移住の意思決定を行っていた. 移住の準備として, 移住先に知り合いがいない場合では, 公開されている統計データの活用やSNS発信を通じた移住先との交流など, 移住後の不安を取り除く情報収集をしていた. 移住後の生活では, 飛行機の使いやすさやネット通販の充実から「便利さのあるバランスの良い田舎暮らし」および, 「独り占めできる景色とイメージ通りの田舎暮らし」を実現しており, 移住前よりも移住後の主観的幸福度の方が高くなっていた.
考察
大都市圏から遠隔地では, 人口密度が低く, 自然環境が豊かであることから, 日常的かつ独占的に自然を享受でき, 地方移住の理想像を現実化しやすいと考えられる. 一方, アクセスがよいことは, 急な仕事や大都市圏に住む親族との関係で都市に行く必要がある場合には, ストレスなく飛行機による移動ができることによって, 日常的な安心感も確保されていた. このように, 幸福度の高いライフスタイル移住を実現している人は, 移住後に実現したい願望が明確であり, 事前の情報収集や移住先との交流によって, 願望を実現していた. さらに、日々の生活での主観的幸福感が向上し, 今後も定住したいという考えにつながっている可能性がある.
参考文献
Benson, MC. (2009). A desire for difference: British lifestyle migration to southwest France. In M. Benson, & K. O'Reilly (Eds.), Lifestyle migration: expectations, aspirations and experiences (pp. 121 - 136). Ashgate Publishing Ltd..パーソル総合研究所, 2022, 「就業者の地方移住に関する調査報告書」.
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